June 16, 2011

"Fifth Dimension" The Byrds

byrdsfifthdimension6月に入ってもう半分以上経ってしまいましたが、ようやくこれが今月最初のエントリでございます。今年は珍しく関西でも5月下旬に梅雨入り(恐らく人生初かも)してしまったので、梅雨入りしてからもう3週間近くになりますが、梅雨明けの方はまだ先のようですので、しばらくはまだジメジメした天気が続きそうです(梅雨明けして夏本番になっても今年は節電のこともありますのでこれまた憂鬱に。。)そして、少し前にこのブログも開始から丸7年を迎えることとなりまして、ここまで続けることが出来たのもこのブログを読んでいただいている方々のおかげでございます。今後もこんな感じで細々ながら続けていければと思っておりますので、引き続きご愛顧の程宜しくお願い申し上げます。さて今回のエントリですが、ブログ開始の○周年記念のエントリは大体毎年バーズ関係のエントリとなってますので、今回は1966年7月にリリースされたバーズのサード・アルバム『Fifth Dimension』をご紹介したいと思います。

今回ご紹介するバーズのサード・アルバム『Fifth Dimension』は1966年7月18日にリリースされましたが、アルバム紹介の前に前作『Turn! Turn! Turn!』がリリースされた頃から今回ご紹介する『Fifth Dimension』がリリースされる頃までのバーズの活動について簡単に書いてみたいと思います。1965年12月6日にセカンド・アルバム『Turn! Turn! Turn!』がリリースされ、翌1966年1月にはジム・マッギン(ロジャー・マッギン)ジーン・クラークデヴィッド・クロスビーの3人による共作で今回ご紹介するサード・アルバム『Fifth Dimension』にも収録されているサイケデリック・ロックの先駆けともいえるシングル「Eight Miles High(霧の8マイル)」(全米14位)の録音を済ませ、2月にはシングルがリリースされましたが、その後すぐにジーン・クラークが脱退してしまい、残った4人のメンバーで活動することとなります。そして、4人になってからのバーズは5月までツアーやテレビ出演などの合間にシングルや今回ご紹介するサード・アルバム『Fifth Dimension』の収録曲のレコーディングを行い、6月13日にジム・マッギン(ロジャー・マッギン)作のシングル「5D (Fifth Dimension)(霧の5次元)」(全米44位)を、7月18日に今回ご紹介するサード・アルバム『Fifth Dimension』を、9月にはアルバムからのカットでジム・マッギン(ロジャー・マッギン)作のシングル「Mr. Spaceman」(全米36位)がリリースされます。それでは今回ご紹介するサード・アルバム『Fifth Dimension』の内容ですが、プロデュースは前作までのテリー・メルチャーからアレン・スタントンに変わり、収録曲は全11曲中メンバーによるオリジナル曲が7曲に、カヴァーは4曲となっております。またメンバー以外ではヴァン・ダイク・パークスがレコーディング(1曲)に参加しております。アナログでいうところのA面のオープニングを飾るジム・マッギン(ロジャー・マッギン)作の「5D (Fifth Dimension)(霧の5次元)」(全米44位)はアルバム発表前にシングルとしてリリースされたドラッグ体験を基に書かれた楽曲で、ヴァン・ダイク・パークスのオルガン、クリス・ヒルマンのベースの演奏がこのアルバムのダークなトーンを表していて、楽曲そのものもマッギンが単独で書いた楽曲として傑作に入ると個人的には思います。2曲目の「Wild Mountain Thyme」はトラディショナル・ナンバーをメンバーがアレンジしたもので、効果的にストリングスが導入されていて良好なカヴァーとなっています。3曲目のジム・マッギン(ロジャー・マッギン)作の「Mr. Spaceman」(全米36位)は後にシングル・カットもされたカントリー風のナンバーで、後期のライヴでも演奏されていたファンには人気の高い楽曲で個人的にも好きなナンバーですが、このアルバムの雰囲気からすると少し浮いているような気がします。4曲目のジム・マッギン(ロジャー・マッギン)&デヴィッド・クロスビー作の「I See You」はサイケデリックな味付けのアップ・テンポのナンバーで、後にプログレッシヴ・ロックのイエスにもカヴァーされました。5曲目のデヴィッド・クロスビー作の「What's Happening?!?!」は彼のその後に発表する楽曲にも通じる独自の世界感が味わえる楽曲で、「Mr. Spaceman」(全米36位)のB面曲としてシングル・カットもあれました。6曲目のトルコ出身の詩人ナジム・ヒクメットの詩にピート・シーガーが曲を付けた「I Come And Stand At Every Door(死んだ少女)」は広島・長崎の原爆について歌ったもので収録曲中一番重たい雰囲気のナンバーです。アナログでのB面のオープニングを飾るジム・マッギン(ロジャー・マッギン),ジーン・クラーク&デヴィッド・クロスビー作の「Eight Miles High(霧の8マイル)」(全米14位)もアルバム発表前にシングルとしてリリースされたインド音楽とジョン・コルトレーンからインスパイアされた楽曲で、発表当時はサイケデリック・ロックの先駆的な楽曲として注目を浴びましたが、バーズの代表曲として後期のライヴでも長尺で演奏され、ライヴのハイライトとなっていました。2曲目のリーヴスがオリジナルでジミ・ヘンドリックス・エクスぺリエンスのヴァージョンで有名なビリー・ロバーツ作の「Hey Joe (Where You Gonna Go)」はデヴィッド・クロスビーがリード・ヴォーカルをとるガレージ・ロック・ナンバーのカヴァーです。3曲目のジム・マッギン(ロジャー・マッギン),デヴィッド・クロスビー,クリス・ヒルマン&マイケル・クラーク作の「Captain Soul」はインストゥルメンタル・ナンバーで、「5D (Fifth Dimension)(霧の5次元)」(全米44位)のB面曲でもありました。4曲目のボブ・ギブソン&リッキー・ネルフ作のトラディショナル・フォークの「John Riley」も効果的にストリングスを導入されていて、良好なカヴァーとなっております。このアルバムのラストを飾るジム・マッギン(ロジャー・マッギン)作の「2-4-2 Fox Trot (The Lear Jet Song)」は戦闘機のSEを導入した実験的な要素の強いナンバーとなっております。また1996年にリリースされたリマスターCDにはボーナス・トラックにはシングル「Eight Miles High(霧の8マイル)」(全米14位)のB面曲で後にイギリスのバンドのトゥモロウにもカヴァーされ、次回作『Younger Than Yesterday』にアルバム・ヴァージョンが収録されているジム・マッギン(ロジャー・マッギン)&デヴィッド・クロスビー作の「Why(何故)」のシングル・ヴァージョンとRCAレコーディング・ヴァージョン、1989年に発表された未発表音源集CD『Never Before』に収録されるまで未発表だったトラディショナル・ナンバーをアレンジした「I Know My Rider (I Know You Rider)」、デヴィッド・クロスビー作の「Psychodrama City」、「Eight Miles High(霧の8マイル)」(全米14位)のRCAレコーディング・ヴァージョン、「John Riley」のインストゥルメンタル・ヴァージョンが収録されております。今回ご紹介したサード・アルバム『Fifth Dimension』は個人的にバーズの全アルバムの中ではそんなに上位ではありませんが、バーズが前作までのフォーク・ロックからサイケデリック・ロックへと変遷していったアルバムとして非常に重要で、楽曲も「Eight Miles High(霧の8マイル)」(全米14位)、「5D (Fifth Dimension)(霧の5次元)」(全米44位)、「Mr. Spaceman」(全米36位)といったこの時期のバーズの代表的なナンバーが3曲も収録されていて、その他のアルバム収録曲も粒揃いだと思いますので是非聴いてみてください。

May 16, 2011

"The Melody Maker -村井邦彦の世界-" オムニバス

muraikunihiko早いもので5月も半分が過ぎましたが、本日ようやく今月最初のエントリとなりました。ゴールデン・ウィークは近場ではありますが、2回日帰りで出掛けて来ました。今回は2回とも鉄道車両を撮ることを目的とせず、できるだけ多くの駅の駅名標(駅のホームにある駅名の書いた看板)を撮ることを目的で出掛けたのですが、1回目は京阪本線の京都地区を中心に近鉄京都線の一部を、2回目は近鉄けいはんな線と相互乗り入れしてる大阪市営地下鉄中央線などを廻りまして、1回目の京都方面では京阪も近鉄も今まで乗降したことのない駅も多く廻れ、今まで車窓で五重塔しか見たことのなかった東寺にも行くことができましたし、2回目も近鉄けいはんな線の延伸区間は今回初めての乗り鉄でしたので、2回とも個人的にはかなり楽しめました。さて今回のエントリですが、1960年代後半から70年代前半にかけては作曲家として活躍し、1970年代後半から80年代にかけてはレコード会社の経営者として活躍した村井邦彦の作曲家としての楽曲を集めた5枚組編集盤『The Melody Maker -村井邦彦の世界-』をご紹介したいと思います。

今回ご紹介する村井邦彦は1945年に東京都で生まれ、慶応義塾大学在学中は三保敬太郎や大野雄二も在籍した同校の名門ビッグ・バンドのライト・ミュージック・ソサエティ・オーケストラやアルバイトとしてホテル・ニュージャパンのラウンジでピアノを弾いていたそうです。また同じく学生時代に赤坂の輸入雑貨店の一角に"ドレミ商会"というレコード店を開店し、このレコード店ではジャズやポピュラーから歌謡曲まで幅広いジャンルを取り揃え、海外のアーティストのレコードに関しては国内盤だけでなく輸入盤も扱っていたそうで、営業も深夜までしていたことから業界人の常連客が多かったそうです。そういった中でジャズ好きなラジオ局のディレクターと知り合ったことからTBSラジオでジャズの番組のディスク・ジョッキーを担当することになります。また、当時から親交のあったスパイダースかまやつひろしの紹介で銀座ACBでの彼らのステージに客演するなどして徐々に音楽業界との繋がりを深めていき、1967年には「L'Amour Est Blue(恋はみずいろ)」のヒットを持つヴィッキーに「待ちくたびれた日曜日」(作詞:小薗江圭子、編曲:利根常明)(この編集盤には未収録)(後にグループ・サウンズのオックスやレンジャーズがカヴァー)を作曲したのをきっかけに職業作曲家としてデビューします(リリース順ではスパイダース「あの虹をつかもう」(作詞:阿久悠、編曲:三保敬太郎)や11月にリリースされたモップスの「朝まで待てない」(作詞:阿久悠)の方が12月にリリースされたヴィッキーの「待ちくたびれた日曜日」より先になります)。そして、そのヴィッキーの「待ちくたびれた日曜日」のヒットに気を良くしたフィリップス・レコードのディレクターで同じ慶応の先輩だった本城和治からの依頼でテンプターズの「エメラルドの伝説」(作詞:なかにし礼、編曲:川口真)を書き、見事オリコンでNo.1に輝く大ヒットとなり、売れっ子作曲家の仲間入りを果たします。そして、その後はタイガースの「廃墟の鳩」(作詞:山上路夫)や「美しき愛の掟」(作詞:なかにし礼)、ズー・ニー・ヴーの「白いサンゴ礁」(作詞:阿久悠)、トワ・エ・モワの「或る日突然」(作詞:山上路夫、編曲:小谷充)や「虹と雪のバラード」(作詞:河邨文一郎、編曲:小谷充)、ピーターの「夜と朝のあいだに」(作詞:なかにし礼、編曲:馬飼野俊一)、森山良子の「恋人」(作詞:山上路夫、編曲:ジム・ホール)、辺見マリの「経験」(作詞:安井かずみ、編曲:川口真)、北原ミレイの「ざんげの値打ちもない」(作詞:阿久悠、編曲:馬飼野俊一)、ルネの「ミドリ色の屋根」(作詞:さいとう大三、編曲:馬飼野康二)など多くのヒット曲を書いて活躍します。また、1969年には音楽出版社"アルファ・ミュージック"を設立し、日本コロムビア・レコード内(後に東芝レコードのリバティ・レーベル内、エクスプレス・レーベル内へと移籍)に"アルファ・レーベル"も設立して原盤製作も行うようになり、赤い鳥(「翼をください」(作詞:山上路夫)など)や荒井由実らを発掘・育成しました。また1971年には日本コロムビア・レコード内に川添象郎やミッキー・カーチスらと"マッシュルーム・レーベル"を設立し、ガロ(「一枚の楽譜」(作詞:山上路夫、編曲:大野克夫)など)や小坂忠らが在籍して活動していました。そして、1977年にアルファ・レコードを設立し、最盛期にはイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)やサーカス、カシオペアらが在籍して活躍しましたが、1998年にレコード製作から撤退し、現在は原盤管理会社として残っております。また彼自身は現在も作曲家として活動を続けています。さて今回ご紹介する5枚組編集盤『The Melody Maker -村井邦彦の世界-』の内容ですが、ディスク1には先述したヒット曲を中心とした代表的な楽曲を23曲、ディスク2には森山良子、山本(新居)潤子(赤い鳥、ハイ・ファイ・セット)、白鳥(山室)英美子(トワ・エ・モワ)が歌った楽曲を24曲、ディスク3・4にはレアな楽曲も含めた隠れた名曲を合計49曲、ディスク5には新録音のインストゥルメンタルの楽曲を14曲という構成になっております。ただディスク1・2の収録曲のほとんどはアーティスト単独のアルバムやベスト盤に収録されてますし(単独ベストのまだ発売されたことのないルネもソニー・ミュージックのオーダーメイドファクトリーiconで初のベスト盤発売に向けての投票受付中です)、ディスク3・4のレアな楽曲もカルトGS、ソフトロック・ドライヴィン、喫茶ロックシリーズなどのコンピレーションを既にお持ちの場合だとダブりの楽曲が結構多くなりますので厳しいかもしれませんが、自分のようにそういったレアな楽曲が収録されたコンピレーションをあまり持ってなくて、村井邦彦の楽曲を有名曲から隠れた名曲までまとめて聴いてみたいと思った方には最適な編集盤だと思いますので、是非聴いてみてください。

April 29, 2011

"The Look Of Love: The Burt Bacharach Collection" Burt Bacharach

burtbacharach早いもので4月も明日で終わりでして、本日よりゴールデン・ウィークに突入しましたが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか? こちら関西では先日阿倍野に新しいショッピング・モールがオープンし、5月4日にはJR大阪駅の新しいビルに百貨店がオープンするので、今年はこういった都市部のスポットが賑わいそうな雰囲気です。ここ数年ゴールデン・ウィークは取り立てて遠出もしてないので、今年も近場をぶらぶらする程度だと思いますが、適度に楽しめたらなと思っております。さて今回のエントリはこの季節らしいといえるかどうかわかりませんが、20世紀屈指のヒット・メーカーであるバート・バカラックの3枚組編集盤『The Look Of Love: The Burt Bacharach Collection』をご紹介したいと思います。

今回ご紹介するバート・バカラックは1928年にミズーリ州カンザスシティで生まれ、その後家族がニューヨーク市クイーンズ区フォレストヒルに移住したので彼も高校卒業までそこで過ごします。そして、カナダのモントリオールにあるマギル大学に進学し、大学卒業後はニューヨークに戻ってマネス音楽院、その後はカリフォルニアに渡ってミュージック・アカデミー・オブ・ウェストで音楽家になるための勉強をします。ミュージック・アカデミー・オブ・ウェストを卒業後はニューヨークへ戻って作曲家としての活動を開始し、1953年には最初の妻で女優のポーラ・スチュワートと結婚もしますが、作曲家としての仕事がほとんどなく、主にクラブのピアニストとして下積み生活を送っていて経済的に苦しかったこともあり、わずか5年で離婚してしまいます。しかし、1957年に作詞家のハル・デヴィッドと出会ってコンビを組んで曲作りを始めてから状況が徐々に良くなってきます。まず同1957年にマーティ・ロビンスに提供した「The Story Of My Life」(全米15位)が全米総合チャートでトップ20に、カントリー・チャートではNo.1ヒットとなったのをきっかけに、翌1958年にはマレーネ・ディートリッヒのステージのオーケストラの指揮、アレンジを任せられて注目を集め、更にペリー・コモに提供した「Magic Moments」(全米4位)が全米トップ5に入るヒットとなったことから経済的に苦しむこともなくなり、ソングライターとしての知名度も上がっていきました。その後は1960年代初頭から70年代初頭にかけてハル・デヴィッドとのコンビ(一部他の作詞家との楽曲もありますが)でジーン・マクダニエルズ(「Tower Of Strength」(全米5位)など)、シュレルズ(「Baby It's You」(全米8位))、ドリフターズ(「Please Stay」(全米14位))、ジーン・ピットニー(「(The Man Who Shot) Liberty Valance(リバティ・バランスを射った男」(全米4位)、「Only Love Can Break A Heart(恋の痛手)」(全米2位)など)、ジェリー・バトラー(「Make It Easy On Yourself(涙でさようなら)」(全米20位)(1965年にウォーカー・ブラザーズのカヴァーが英米でヒット))、チャック・ジャクソン(「Any Day Now」(全米23位)(1969年にエルヴィス・プレスリーがカヴァー))、ディオンヌ・ワーウィック(「Walk On By」(全米6位)、「I Say A Little Prayer(小さな願い)」(全米4位)、「Do You Know The Way To San Jose(サン・ホセへの道)」(全米10位)など)、ボビー・ヴィントン(「Blue On Blue」(全米3位))、ダスティ・スプリングフィールド(「I Just Don't Know What to Do with Myself(恋のとまどい)」(全英3位)(オリジナルはトミー・ハント)、「Wishin' And Hopin'」(全米6位)、映画『カジノ・ロワイヤル』の主題歌「The Look Of Love(恋の面影)」(全米22位)(セルジオメンデス&ブラジル’66によるカヴァーも有名)など)、シラ・ブラック(「Anyone Who Had A Heart(恋するハート)」(全英1位)(オリジナルのディオンヌ・ワーウィックのヴァージョンはアメリカでヒット)など)、サンディ・ショウ(「(There's) Always Something There to Remind Me(恋のウェイト・リフティング)」(全英1位)(オリジナルのルー・ジョンソンのヴァージョンはアメリカでヒット))、ジャッキー・デシャノン(「What The World Needs Now Is Love(世界は愛を求めている)」(全米7位)など)、トム・ジョーンズ(「What's New Pussycat?(何かいいことないか仔猫チャン?)」(全米3位/全英11位))、シェール(「Alfie」(全米32位)(同時期にディオンヌ・ワーウィックやシラ・ブラックと競作))、ビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタス(「Trains And Boats And Planes(汽車と船と飛行機)」(全米47位/全英12位)(同時期にバカラックによるセルフ・カヴァーがイギリスでヒット))、ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラス(映画『カジノ・ロワイヤル』のテーマ・ソング「Casino Royale」(全米27位))、ハーブ・アルパート(「This Guy's In Love With You(ジス・ガイ)」(全米1位))、ボビー・ジェントリー(「I'll Never Fall In Love Again(恋よ、さようなら)」(全英1位)(1970年にディオンヌ・ワーウィックのヴァージョンがアメリカでヒット))、B・J・トーマス(映画『明日に向って撃て!』の主題歌「Raindrops Keep Fallin' On My Head(雨にぬれても)」(全米1位)など)、フィフス・ディメンション、(「One Less Bell To Answer(悲しみは鐘の音と共に)」(全米2位)(オリジナルはキーリー・スミス)など)、カーペンターズ(「(They Long to Be) Close To You(遥かなる影)」(全米1位)(オリジナルはリチャード・チェンバレン))など数多くのアーティストに楽曲を提供し、ヒット曲も多く輩出しますが、1973年をもってハル・デヴィッドとのコンビを解消します。その後の活動は基本的に落ち着きますが、1980年代に入ってからは3人目の妻となる作詞家でシンガーでもあるキャロル・ベイヤー・セイガーと楽曲を共作するようになり、1981年にクリストファー・クロスが歌う映画『ミスター・アーサー』の主題歌「Arthur's Theme (Best That You Can Do)(ニューヨーク・シティ・セレナーデ)」(クリストファー・クロスとピーター・アレンも共作者としてクレジット)は日本でシングル・カットされてヒットし、1982年に映画『ラブ IN ニューヨーク』のサウンドトラックの1曲としてロッド・スチュワートに提供した「That's What Friends Are For」を1986年にエイズ撲滅基金のチャリティー・ソングとしてディオンヌ・ワーウィック、スティービー・ワンダー、グラディス・ナイト、エルトン・ジョンがカヴァーして全米No.1に輝き、また同1986年にはパティ・ラベル&マイケル・マクドナルドのデュエット・ソング「On My Own」(全米1位)も全米No.1に輝きます。また1990年代に入ってからもエルヴィス・コステロとの共演アルバム『Painted From Memory』を1998年にリリースしたり、2000年代に入ってからも2003年にロナルド・アイズレーとの共演アルバム『Isley Meets Bacharach: Here I Am』、2005年には彼のソロ名義のアルバム『At This Time』をリリースし、80歳を超えた現在も現役で活動しております。今回ご紹介する3枚組編集盤『The Look Of Love: The Burt Bacharach Collection』ですが、3枚の中に1957年の初ヒットとなったマーティ・ロビンスの「The Story Of My Life」(全米15位)から1998年にエルヴィス・コステロと共演した「God Give Me Strength」まで75曲収録されてまして、基本的にはオリジナル・アーティスト(最初に楽曲を発表したアーティスト)によるオリジナル音源で収録(一部カヴァーでヒットしたアーティストのヴァージョンで収録)されてますし、3枚組で75曲ともなるとほぼ漏れなくヒット曲は聴けますので、これからバート・バカラックの楽曲をまとめて聴こうと思ってる方には現在のところ決定版といえる編集盤だと思いますので是非聴いてみてください。

April 16, 2011

"Reflections" 寺尾聰

reflectionsあの東日本大震災が最初に発生してから1ヶ月が過ぎましたが、ちょうど1ヶ月となった4月11日、12日にも大きな余震があり、この余震によって被害に遭われた方が多くおられますので、心よりお見舞い申し上げます。被災地ではあらゆる面でまだまだ厳しい状況が続いていることから、被災地から遠く離れたこちら関西でも自粛ムードというわけではありませんが、阪神淡路大震災のことがあるので被災地の方々の気持ちを考えてどこか遠慮しているというか、無意識のうちに自粛してしまってるところがあるのは事実です。最近は関西ローカルのニュース番組でも関西では過度の自粛より普通に生活する方が被災地復興に役立つと言ってますので、これからそういった自粛ムードは薄らいでいかないと日本全体が沈んでしまいますから。。それでこちらも普段通りに進めてまいりたいと思いますが、今回はちょうど30年前の1981年に「ルビーの指環」の大ヒットを飛ばした寺尾聰の1981年にリリースしたアルバム『Reflections』をご紹介したいと思います。

今回ご紹介する寺尾聰は1947年に神奈川県横浜市で俳優の宇野重吉の長男として生まれます。1965年秋にエレキ・バンドのサべージにべーシストとして参加し、1965年10月に出場したフジテレビ系列のバンド・オーディション番組『勝ち抜きエレキ合戦』で4週連続チャンピオンに、1966年3月に出場した日本テレビ系列の『世界へ飛び出せ ニュー・エレキ・サウンド』でグランド・チャンピオンになったことからホリプロダクションの堀威夫にスカウトされ、1966年8月に佐々木勉作のシングル「いつまでも いつまでも」(B面曲は彼が書いた「恋の散歩道」)でフィリップス・レコードよりデビューしてヒットします。10月にリリースされた利根常昭作のセカンド・シングル「この手のひらに愛を」もヒットしますが、人気絶頂だった1967年1月に彼は学業に専念するためにサべージを脱退します(脱退後の2月に彼も録音に参加した佐々木勉作のシングル「夜空に夢を」がリリースされます)。しかし、1968年には三保敬太郎が結成したグループ・サウンズ"ホワイト・キックス"(ハプニングス・フォーとの競作となったシングル「アリゲーター・ブーガルー」1枚のみで解散)に参加して芸能界に復帰し、同1968年には映画『黒部の太陽』で俳優デビューを果たします。その後は数多くの映画やテレビドラマに出演して俳優業が活動の中心となりますが、ソロ歌手として音楽活動も続け、1970年にファースト・アルバム『二人の風船 恋人と一緒に聴いて下さい』、シングル「ママに内緒の子守唄」をリリースします。そして、その後は東芝EMIへレコード会社を移籍し、1974年にケン村田作のシングル「ほんとに久しぶりだね」、1977年に田辺靖雄とデュエットしたシングル「16の夏」をリリースします。そして、テレビ朝日系列の刑事ドラマ『西部警察』にレギュラー出演していた1980年8月に有川正沙子を作詞に迎えて彼が作曲したシングル「SHADOW CITY」、10月に同じく有川正沙子とのコンビのシングル「出航 SASURAI」、翌1981年2月に松本隆を作詞に迎えてのシングル「ルビーの指環」、4月には今回ご紹介するアルバム『Reflections』をリリースしますが、中でもシングル「ルビーの指環」は1981年最大のヒット曲となり、日本レコード大賞を受賞しました。その後は1982年12月にシングル「Long distance Call 長距離電話」、1983年10月にシングル「飛行少年」、12月にアルバム『Atmosphere』とシングル「回転扉」、1984年2月にライヴ・アルバム『SPECIAL LIVE IN TOKYO』、1985年6月にシングル「恋のトランス・コスモス」、1986年12月にシングル「Inter Change」、1987年2月にアルバム『Standard』、4月にシングル「砂漠」をリリース(シングルはすべて有川正沙子と彼のコンビによるオリジナル曲)して音楽活動を続けていましたが、徐々に活動の中心を俳優業へと移し、黒澤明監督の映画『乱』『夢』『まあだだよ』をはじめとする映画やテレビドラマに多数出演し、2000年の黒澤明監督の遺稿となった映画『雨あがる』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞し、映画『半落ち』でも2005年に再び最優秀主演男優賞を受賞することとなります。そして、2007年には今回ご紹介のアルバム『Reflections』を再レコーディングしたアルバム『Re-Cool Reflections』をリリースして音楽活動も再開し、現在は俳優活動と音楽活動の両方で活躍されています。それで自分が初めて聴いた寺尾聰の楽曲はもちろん「ルビーの指環」で、その「ルビーの指環」が大ヒットした1981年といえば自分は小学4年生でしたが、当時小学4年生の自分にとって「ルビーの指環」という楽曲の歌詞を解釈することはとても無理でしたが、いかにも大人の雰囲気という感じがしてカッコイイと思ってました。またその頃放送されていたTBSテレビ系列の『ザ・ベストテン』などの歌番組をよく観ていて、その『ザ・ベストテン』で「ルビーの指環」が12週連続で1位を獲得したことでスタジオに赤いソファーが設置されたこととその「ルビーの指環」の他に過去のシングル「SHADOW CITY」と「出航 SASURAI」の2曲もランク・インしていたことがとても記憶に残っております。さて今回ご紹介する『Reflections』ですが、シングル「ルビーの指環」がヒットしていた最中の1981年4月にリリースされ、このアルバムもシングル「ルビーの指環」と同様に1981年最大のヒットとなりました。アルバムの内容ですが、彼自身が作曲をすべて手がけ、有川正沙子が7曲(「HABANA EXPRESS」、「二季物語」、「SHADOW CITY」、「予期せぬ出来事」、「ダイヤルM」、「北ウイング」(中森明菜のヒット曲とは同名異曲)、「出航 SASURAI」)、松本隆が3曲(「渚のカンパリ・ソーダ」、「喜望峰」、「ルビーの指環」)を作詞し、井上鑑がすべての楽曲のアレンジを手がけていて、彼が作曲した楽曲に、有川正沙子と松本隆の詞の世界とAORを意識した井上鑑のアレンジが見事に合致した素晴らしい作品に仕上がっています(作詞が松本隆、編曲が井上鑑という点では偶然にもほぼ同時期の3月にリリースされた大滝詠一の『A LONG VACATION』ということになります)。このアルバムでお気に入りな楽曲は正直絞り込むのが難しいのですが、大ヒットした「ルビーの指環」、「出航 SASURAI」、「渚のカンパリ・ソーダ」、「二季物語」、「北ウイング」を挙げておきます。

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1960〜70年代の洋楽を中心にレビューを書いております。

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