nnanami2

癒しの国タイの 怠惰と享楽、酒と踊り、嘘と誤魔化し==日本人医師の啓蒙ブログ==このブログはタイを愛する人が一部タイ人の悪事に巻き込まれてタイが嫌いになってしまわないように 啓蒙することで、余計タイを好きになって欲しい、その気持ちで書いております。従ってタイやタイ人の欠点を書いた場合、一部の、という意味です== タイに13年近隣国に3年。あっという間に過ぎ去った16年間。その後半に書いてきた産経イザブログは2万6千人中、2位~10位のランキングで活躍しておりましたが、イザ廃止の憂き目に逢い、もうブログは辞めようかと・・が、引っ越しツールのお蔭で800タイトルを無事引っ越せたので、また活躍することになりました。ただ、面白知識全集など目次形式ブログではクリックしても無効です。ご面倒でも検索サイトで『タイトル名、nnanami2』で検索して下さい

臨時ニュース
今日午後、韓米合同の会合で、政府より正規に招待されて客席に座っていた韓国人が、突然速足で駆け寄り、『米国は敵だ』と叫んで、大使の顔をナイフで切りつけた。この事件で大使は頬に80針も縫う大怪我を負ったが、手術を担当した医師のよると、生命の危険はない。

偉い人物を切りつける暴漢は、大雑把に言って二種ある。腹部か顔。腹部を狙う暴漢は殺すことが目的。顔を狙う暴漢は、殺す目的より憎しみを晴らす目的の方が大きい。

この暴漢は以前も駐韓日本大使に石を投げて執行猶予3年の懲役刑を受けている。会場の警備が余りにも手薄(警備は23名)だったことに加え、暴漢の過去の重大な犯歴を見逃して 暴漢を正規に招待した(出席を許可した)韓国政府は 国際的に大きな非難を受けよう。韓国政府の心配は それだけではない。

このところ米韓は何かにつけて不協和音が軋んでいた(中国媚びをうる)。このような米韓の間に、この事件は外交上の大きな風穴を開けた。すなわち中国に接近する姿勢を全く改めることがない韓国政府に米は手を焼いていたが、この風穴が米国の最後通告へと、いよいよ進んで行くだろうことは、火を見るまでもなく明白だ。

朴クネ大統領は事件に驚いて大使を見舞ったものの、大使の謝意は文字通りの外交辞令と周辺では受け取られている。過去にとらわれる余り外交を明らかに見誤った朴は、この事件を契機に 任期半ばにして退陣する?
父親の威光だけで 大統領になっただけの、何のとりえもない女。慰安婦も産経ソウル支局長事件も、考えてみれば、ただ、『女の執念』からでたものに過ぎない。

朴クネは 早く お引き取り願いたい。コリャ 朝鮮人とパカ(朴)にすな(昔の旺文社の豆単に出ていた英単語ゴロ辞典。コリャは勿論、コリアとコリャをかける)。

以前にもこの18歳の主犯少年(少年?精神的にも外見上も この餓鬼は すでに少年ではない。生半可なヤクザの真似事をしている夜叉餓鬼に過ぎない!)は、13歳の少年に暴力を振るっていたという。17歳の子分を従えて・・。
17歳 18歳にして、すでに心は 生半可なヤクザ。いずれにせよ、ロクでもない奴らだ。こんな夜叉餓鬼に目をつけられた優しい男の子は余りにも不幸だが、それにしても何故なのか?

息子を殺された 心優しい母親は、嘆き悲しんで言う「主犯が捕まっても 息子は返ってこない、この犯人に何も言うことはない」。こころが優しすぎる。息子をカッターナイフで腹や背中ではなく なんと顔を、何度も深く切りつけて殺した相手に、私なら こういう『18歳にして、こんな残忍で惨たらしいことを平気でした男には 検察官は 少年法で裁くのではなく、大人として起訴して 相当の処罰をしてください』。

また、この18歳で夜叉餓鬼に育てた親も親だ。『自分の子がしたはずはない、うちの子はそんなことはしない』。こんなバカなことを言っている。小さいときは罪はなかった子供を、こんな恐ろしい夜叉餓鬼に育て挙げた愚かな馬鹿親は、昔なら、相応の詰め腹を切らされたものだ。半殺しの目に合わせる”リンチ”さえ起った。無垢の子供を人殺しに育てた罰として。それを恐れて親は夜陰に紛れて こっそり夜逃げを図った。


犯罪者には少なくとも、2種類ある。被害者の痛みを何とか理解する心をもった犯罪者と、それが全く欠如した犯罪者。
この18歳の主犯は、もちろん後者だ。顔をカッターで深く切りつける(しかも何度も)のは、余りにも痛そうで 普通は到底できない。顔は、腹や太ももとは全然違う。知覚神経も極度に集中しており、鋭敏で痛い所だが、それ以上に顔は、傷つくと とり返しが付かない非常に大切な場所だ。傷害保険でも顔だけは、特別扱いになっている。

この犯罪者は、このような普通の感覚が欠如した男だった。他人の痛みが少しでも分かる犯罪者は、まだ矯正できる。しかし、他人の痛みを理解できない犯罪者は、殆ど矯正不能だ。首だけ出して体を地中に埋めて、群衆が無数の石を投げて殺害すると言う石打の刑 が 今でも普通に行われるイスラム法が こんなロクデモないない極道にだけはお似合いだ。

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私は、自分の子供(7歳 女の子)に、この犯罪者の残忍さを しっかり教えた。万が一 自分の子が そんな事にならぬとも限らない。 もしお前が、そんな目に合いそうなときは、『兎に角逃げろ、逃げるが勝ち という諺は この為にあるのだよ。しかも、相手に悟られないようにして、巧みに逃げろ。(もし悟られて、逃げるのに失敗すると 酷い目にあう) そして直ぐ親に隠さず全部しゃべれ。親は弁護士を付けて警察にいう。世の中には こんなロクでもない愚かな奴が幾らでも居る。』 



仮に その保護者をOさんとして置く。
Oさんは女の子をこの学校に預けている。しかしお父さんの任期が来たので、もう一週間も しない内に 先ず家族だけ帰国する。お父さんは会社の都合で1月まで、ホテル住まいだそうだ。

そのOさんが、泰日協会学校との関わり合いを語ってくれた。

Oさんの子供は多少問題があって特別支援教室に入るか否かで、悩んでいた。学校は入った方が良いと言った。悩んだ末、最後の手段として 日本語通訳のいる大きな病院へ行き、専門の医者に相談した。その末に 診断書を書いてもらうことにした。それを学校に、自主提出。

学校は、診断書の内容に異議を唱えることなく、今のまま、ふれ合いルームでの指導に とどめることにした。

そのOさんが仰った、『Y先生が毎日書いてきた日誌を、帰国してから指導してもらう先生に引き継いでくれる上に さらに細かい指導方針のアドバイスも書いてくれるので、引き続き同じ教育が受けられると、非常に喜んでいるんです』。そして、この日が最後ですので、ぜひ、見学に来てくださいと、仰った。私は 「それはありがたい、喜んで行かせてもらいます。時刻は、6時限目ですね。」と応じた。 

数日してOさんが、自宅に息せき切って、やってきて、言った。『山川先生に見学のことをお願いに行ったら、ななみちゃんは、もうすでに受けてるって、言うんですよ。』
『えーっ、ななみも受けているって・・・・・?
アー、そういえば、ふれあい教室で受けて何かの指導を受けていました。・・・それが山川先生でしたか。てっきり別の先生かと・・』。そこで、2人+お母さんとななみ の4人で 大いに笑いあった。それは、私の ボケ について「爆笑」したのだった。 

確かに その先生は 子供の才能の芽を見つけて、その芽を伸ばそうとするタイプの かた だった。たとえば
 『生徒の手と先生(=その先生)の手とで結んで、生徒の体を振り回してあげると、大抵の子供は キャーキャーと叫ぶだけで それ以外に 考えられるユトリは無くなるものだが、ななみ ちゃん は違った。』

私は、ななみ が ふれあいルームのY先生に出会えたことに感謝している。

2014年11月17

在留邦人が大きな被害を受けた場合

 在留邦人のNKさん(プノンペンで半年間、私やななみと一緒に住んだ)が、詐欺の常習犯の悪い日本人に、なけなしの大金150万バーツを詐取されて、タイの弁護士を使って裁判所に訴えた。訴えたものの、「自分方の弁護士が 相手方(詐欺常習犯)の弁護士に、買収されたため、完全に敗訴した」。この例のように、こっちが雇った弁護士が相手方に寝返ることは、タイでは よくある。寝返った弁護士は元の依頼者から貰った着手金と、相手方弁護士からもらう莫大な寝返り料 をせしめることになる。

その経緯を書いたブログは、タイ在住の、タイの裁判に不慣れな方の参考になろうかと思い、引用す(2番目のブログ)。なお、一番目のブログは、アパートの女性マネージャー(管理人)が合鍵を使って我が家に空き巣に入いる事件だ。弁護士を選定し、”起訴”から 勝訴 に至る物語です。検察官が起訴する(これを公訴という)日本と違って、タイの刑事訴訟法では、被害者が弁護士を雇って”起訴”する。そんな馬鹿な、とは言いたいが、これは日本領事館に照会済みのことだ。)





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ななみ の 余談話 



この歳にして、初めて生まれた子(お爺さんが孫を可愛がるどころではない。父親なのだ)を、思いやる余り、私も、いよいよモンスターパパか。もし私が、普通の歳の親父なら、正しくモンスターパパに近いといえるが、私は、そうではない!それは、違う。モンスターではない。

老い先の短い老齢の父親として、私は生きている間に ななみを立派な大人に育てねばならない。もし癌死しないと仮定して、かつかつ ななみが成人に達するか、どうか。ななみが幼い小、中学生の内に 「もし癌死すれば」目も当てられない。日本の弁護士をななみの後見人をつけることを、ケイマン諸島に設立してある自分のトラスト会社に、「 My Will (遺言) 」 として定款してあるが、死んだ跡のことゆえ、非常に心もとない。ハッキリ言って、私の死後、どうなるかは、分からない。過去2,3百年、戦乱が続いた欧州では、恣意的に横暴になりやすい時の政府に対抗するため、プライべートバンクの、このMy Willは、もっとも重要な機能だそうだが・・。(プライベートバンクのトラストの遺言機能:ベネフィシャリティー=受益者 が死ぬと、引き継づきべネフィシャリティは誰を指名するか、そして、そのべネフィシャリティは、年齢が何歳までは元本ではなく利息だけ、とか、元本も含めて全部譲るのは何歳になってから、とか細かく遺言できる。日本の相続税制には全く関係ない。ベネフィシャリティは当然、日本の真の非居住者でなければならない。)

そう思うと・・居ても立っても居られない気持ちになる。いつ何時、病死で ななみの面倒を見れなくなるか、悩ましい辛い気持ちで一杯だ。


 予知連会長で検討会座長の藤井敏嗣東京大名誉教授は記者会見で、「来年の登山シーズンには間に合わせたい」と述べた。噴火警戒レベル1の「平常」という表現も、安全と誤解されるとして見直す方針。

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これは予知連と行政府が、過ちを認めた瞬間だ。
警戒レベルが 『平常』 だと誤解してではなく正しく理解して、山に登り 大噴火にあい、雨の様に降り注ぐ高速の岩石(トラック大の岩石もあった。)に当たって即死した人々の無念。御遺族は、予知連と行政府を提訴すべきだ。犠牲者たちの無念を晴らすべきだ。

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 《 我々のレベルはこんなもの (こんな程度の噴火では予知できない) 》  これは戦後最大の犠牲者を出した御嶽山大噴火の後で、予知連会長の藤井敏嗣氏がした 言い訳 だ。

当ブログはそれを批判して次の様に書いた。

それなら、会の名前に 《火山噴火予知連》 という名前 を使うな。
仰々しく火山噴火予知会の名で 大噴火した時の警戒レベルが平常すなわち《レベル1》 では、誰だって「警報なしだから大丈夫」だと山に登る人は却って安心するではないのか。これは全くの過ちではないのか。
我々のレベルがそんなもの、と開き直るなら、噴火予知会の看板を下ろせ。
降ってくる超高速の岩石の雨にあたって死んだ人々にもうしわけない。

この予知連会長の御大は 《東大名誉教授》 と言うのだが、これって、たんに 名誉(教授)という名を頂いてるだけの、要するに 何にもしてない、何もしない、 ただ名だけ が仰々しいだけ。

東大と言う名に弱い会員連中や行政府の 錦の御旗の”印籠” に過ぎない。『これが目に入らぬか! ええい、頭(ず)が高い・・』

馬鹿丸出し・・・・・


東大名誉教授  (藤井敏嗣 写真集 ヤフー検索より転載)

母親が子供を売ると題したCNN.Comは、スワイパー村の生活に困った母親が、いまでも、少女をホテルなど売春施設に売っている現状をレポートしている。http://www.cnn.co.jp/world/35041270.html

一方、スワイパー村などカンボジアにあった各地の置屋村は、2003年頃から2007年ごろまでに、外国人が殆ど行かない地域に残る1%ほどを残して、ほぼ完全にUNの勧告と指導によって、警察の手により壊滅させられた事になっている。

どちらが正しいのか。

じつは、どちらも正しい。それについ以下説明する。


私はかって難病の皮膚病である乾癬(自己の免疫システムが自己の皮膚を攻撃して、全身に猛烈に痒い=痒くない人もいる=赤い斑点が出る病気)にかかっていたとき、免疫の主役NKキラー細胞の機能を抑制するアダリブマブ系の薬(日本人の10倍以上多くまた重く発症する欧米では売られている。日本では発がん性のため未認可)以外の特効薬を使っても、焼け石に水だった。さりとて発がん性が高いアダリブマブは使う気にはなれず、決心して妻子をタイの実家などに預けて、カンボジアに単身住み、各地を歩いて特効薬的な天然食材を探求していたことがある。そのとき、同時に自分の日本の医師資格(カンボジアでも有効)を活かして無償のボランティア医療も行っていた。

それというのも・・ポルポト派の医師、大学教授、行政官などエリート層200万人大虐殺によって、カンボジアの医療は、大学や医学校の壊滅で、経験豊かな医学教育者が皆無となった医学部しか出ていない新医師しかいないため、興廃しており、そのため日本など先進国の医師は、一定の条件の下、カンボジアで医療が出来たからだ。

私はこの地で乾癬の症状をほぼ無くする天然素材を見つけ、この難儀な病気から開放されたので、カンボジア各地の貧困村を積極的に視察して回って、無償で病人を診させてもらい、投薬や治療指針などを教えていた。

そのころ視察した村の一つがスワイパー村だ。
当時すでに全置屋はフンセン首相の徹底的壊滅の命令によって、完全になくなっていた。

この点、上記CNN.com(以下CNNと略す)レポートでは、いまでも堂々と置屋で少女が売春をしているかのように読めるのは、間違いである。おそらく、センセイショナルな感じを出そうとして故意にそうし立てたのかも知れない。

では完全に少女売春村がなくなったのか、というと、そうではない。闇にもぐった一般民家では非常にレアケースではあるが、少女が売春させられていた、ただし場所はスワイパー置屋村からは数百m離れた数軒で、隠れ一軒家につき15,6歳の少女が一人だけ、という最小規模で、だ!従って、地元民にしか分からない。

この点に関しても上記CNNレポートは或る程度の規模でスワイパー村で少女売春があるかのように書かれている。これは間違いだ。

私は、インドネシア大使館に勤めた経験がある英会話可能なカンボジア人モスリムを通訳として伴って、果てはラオス・ベトナムの三叉国境の山岳の町(名前は、ラタナキリという)まで、タイから持ち込んだ自分の車にOIオーガニゼイション・インターナショナル)のナンバープレートを付けて踏破したのだが、置屋は、フンセンによって、見事にほぼ壊滅させられていた。ましてや少女売春村など見たことが無い。通訳のカンボジア人もそう言っていた。ただし、プノンペン市の外れにあるスラム街、同じく南方約120キロにあるカンポット、同じく北東120キロにある日本カンボジア友好橋の町(コンポン・チャム)、同じく

                  南西200キロの辺境の町※※

、など 極く例外的に、垣間見られたが、しかし、それもほぼ廃墟化していた(廃墟と化した、のではなく、廃墟の様だった の意味)。警察当局のお目こぼし(僅かな賄賂を支払って)で、隠れ家的に(もしくは、かつかつ)生き残っているわけだ。いずれも地元民にしか分からないとんでもない僻地のような場所にある(プノンペンのは都心にある)。

そのほか、国際都市のプノンペンやシェムリアップでは、立ちんぼ が、アチコチの決まった場所に立っていた(ごくまれだが、警察が立ちんぼたちの近くで取り締まっていることもある)のと、プノンペンンの場合は、特筆すべき情報として、売春婦の数では昔のころの無数の置屋の全在籍者にも匹敵する『一人だけの紹介屋』、、すなわち良く顔を知られたボス的な40代男が、これら昔あったころの各置屋を束ねる手配師として、客と売春婦たち(数百名規模)の中継ぎを、ただ一本の携帯電話によってしていた。

この男は売春婦から見れば逆らえないボスのような存在だが、客には極めて事務的かつ効率よく接しており、客の要望を素早く聞き、相応しい売春婦を電話で呼び出し、もし気に入らなければ別の売春婦をまた呼ぶ、という風であった。客から、紹介の礼金をもらう事はなく、所属する無数の売春婦たちが、会費として出し合って、この手配師を雇うというか経済的に支えているようであった。ボスの立ち位置は、興味あろうと思慮して、当時の資料を何とか探し出して、また開示するつもりだ。
立ち位置を記憶したナビは、当の昔に車上カッパライに盗まれた(ナビだけで3度)


最後にカンボジアの首相フンセンは、日本など国際無償支援の資金導入を巧み(ずるい?)方法=たとえば、4号線などの主要幹線以外の国道は、アスファルト舗装の構造を極めて低質にとどめて、1年ごとに確実に劣化して壊れるようにする方法=によって、10、20年と、長きにわたって延々と続けさせている、という噂がある。
また、世界でも有数の貧乏国であるにもかかわらずプノンペンの白亜のフンセン首相府は豪華絢爛であり、シアヌークビルなど各地の避暑地には一族郎党の豪邸(複数)を持つなど、一部国民の不信感を買っている。という。つまり、かってのイラクのサダムフセインであり、リビアのカダフィー大佐である。一言でいうなら”独裁者”である。

(註=国中に至るところにカンボジア人民党の集会所を作って選挙時には首都だけでなく国中に選挙用の大量動員をして人気を取るとか、日常茶飯的にTVに頻繁に出演して人気を取るなど、いわゆる愚民政策によって、ポルポト壊滅以来の四半世紀以上の間、ずーと首相を独占している)。

そんな問題もある首相ではあるが、世界中に知れ渡ったプノンペン市内の93番街などの売春置屋街とかスワイパー売春村など、、、これら売春置屋街/置屋村の壊滅作戦と全国置屋一掃作戦は

・・・カンボジア女性を本国に連れ帰って虐待したり売春させていた例が相次いだ韓国人とカンボジア女性との結婚を禁じる立法措置(後に変更)などと並んで(笑)・・・

   埃り いや誇り高いフンセンの、数少ない功績の一つである

関連ブログ
      


※※
カンボジア南西200キロの町 コッコン・シティ。タイからカンボジアには普通は東西回廊の西の入り口ポイぺトから入るが、珍しい行き方として、タイのトラート経由にて海岸沿いの国境の町コッコン市 から入ることもできる。

コッコン市の中心部は大略 東西3キロ、南北4キロの、タイとの国境貿易で栄える町だ。ホテルは有名どころではエイペックス(APEX)ホテル(プールがある)、コッコンシティーホテル(海に面していて海側では海が見える) など。いずれも15ドル程度のホテルで、前者は3日間借りると、13ドルに下がる。
 
この中心部に南北約一キロの大きな通りがあるが、その中の唯一のサークル式交差点から、西に約2,3キロ走ると、途中から未舗装に変わるが、その先に 件の売春村はある。

一見 廃墟に見えるが、実は営業中の売春村である。しかし、そこに行くまでが凸凹の未舗装。一度 雨が降ると2,3日以上 汚い水たまりができ、乗用車で行くには、なかなか難儀な村である。いずれは一掃されるだろう。

すぐ近くの屋台村(10数軒集まった所で、海岸沿いにある)で、食事するときは、一番右のやや綺麗な姉妹がやっている店は避けよう。古い肉を辛い味付けで誤魔化して食べさせる店で、食中毒で下痢することがある。私の友人2人も4日間 腹を抱えて(便器を抱えて?)いた。

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nnanami2@yahoo.co.jp

タイは完全な階級社会、著しく貧富の差が激しい。日頃から、新聞や大使館から送られてくる犯罪情報に注意して、下層階級の起こしやすい悪事、もしくは 犯罪に 用心するしかないが(犯罪ではないが、暴走バイクにも注意)、私共のように多くの犯罪にあい、その傾向が分かってくると、ポイントを押さえていれば、ほぼ大丈夫とは言える。下層階級の起こしやすい、という言い方は、日本ではご法度だが、東南アジアでは、そんな遠慮は無用だ。遠慮すると、トンデモナイ事件に遭う。私はタイに来て11年か14年(一時、カンボジアでボランティア医師などを2年間して、また、それで体を壊してマレーシアに1年いたので。)になるが、実に多くの犯罪(事件)にあった。

あなたが 犯罪被害者になる可能性は 東南アジア(タイ、カンボジア、ベトナムなど)では残念ながら、非常に多い。もし、あなたが被害者になったとき、どうする?被害が小さい場合は、ハッキリいって泣き寝入りするしかない・・いや、泣き寝入りした方が得、ってこともある。

しかし、被害がデカい場合、またはメンツに関わる場合(舐められないため)、弁護士を使って提訴するしかない。

提訴する場合、日本人は言葉の壁があり、どうしても安易に、”日本語が通じる弁護士”を選ぼうとする傾向がある。しかしながら、日本語のフリーペイパーに広告を打っている弁護士とは、一般的かどう言う弁護士か、を見極める必要がある。

日本語が通じる弁護士とは、有体に言えば タイ語を解する日本人を一人雇っているだけ・・これが実態。
それで居て、着手金や成功報酬は べら棒に高い。弁護士報酬規定を無視した超高額報酬なのだ。これは報酬規定に完全に違反している。その点を、後で高すぎると気づいた邦人クライアントが、文句をいうと・・・彼らはちゃんと逃げ道を用意している・・通訳料で逃げるのだ。日本人の通訳はかなり高いので、と・・。ちなみに、筆者がフリーペイパーに広告している3つの法律事務所に電話してみると、怪しげな日本人が電話口に出てきて、さも、自分が弁護士であるかのような、言い方をする。しかも、言っている内容は、お粗末で、”何も知らない日本人を誑かすような内容”なのだ。
それならば、自分でタイ語を解する日本人か、日本語を解するタイ人を雇ったほうが断然安い。1時間1000バーツとしても超安く着く。しかも自分サイドの通訳なので、日本人をタブらかす、こともない。

そもそも、0.002%(在留邦人÷タイ人口)しか居ない日本人のために、日本語フリーペーパー誌に高い広告料を払っている弁護士 ということ自体がオカシイ。それ以外の殆どの弁護士は、電話帳に広告を打つ位なもの。
”特殊な弁護士”ではなく、一般的な弁護士を雇おう。または親友のタイ人に口伝で教えてもらおう。これなら、日本語フリーペイパー誌に載せているような ”特殊な弁護士”ではなく、一般的な無数の弁護士から選ぶことが可能になる。

タイ語が分かる日本人か、それとも 日本語が分かるタイ人か・・どちらが、良いか?
法律問題は特殊用語が時々出てくるので、日本語が分かるタイ人が適役だ。タイ人ならば、特殊なタイ語もわかるから。しかも、タイ人通訳は、日本人通訳より非常に安い。
インターネットで”タイ語通訳”を引くと、無数に出てくる。その中で、タイ人を選べばよい。

第一当事者は無論、東電である。東電は国の援助がなければ、本来潰れている。

しかし、水素爆発を陰で招いた犯人は、一国の首相として、当事者が委縮して何も考えられなくなるほど、怒鳴り散らした 張本人、いらちの管こと・管直人である。一国の首相に怒鳴り散らされれば、誰だって体も頭も すくみ上がり委縮してしまい、頭は真っ白になってしまう。これは 明らかだ。

無能のイラ管が、政権党だった民主党の総裁、すなわち首相になったとき、日本の原発事故が誘発する運命が 決まった。この男さえ居なければ、津波で多少の事故は避けられないとしても、水素爆発は避けられ、大事故は防げたに違いない。
 
しかし、それにしても、こんな無能の馬鹿が首相に選出されるほど、民主党もまた 畢竟は、無能のクソ政党だったのだ。この政党が今や底辺に没落しているのは当然だ。この男は学生時代から既に抜け目ない男で、安保反対デモを率いるにしても、警察に目を付けられやすい第一列目に出ないで、常に第4列目の、しかも右端(左端は捕まりやすい)に交じっていた。計算高い男である。しかし、知らぬが仏 、知らぬは当事者だけなり。警察はちゃんと 第4列目の男として 常にマークしていた、と言うから、馬鹿丸出しである。

この男こそ、民主党一の馬鹿、日本の原発の歴史的大事故を招いた張本人として、永久に問われ続けなければならない。
          クソ政党、民主党。

沈没船の船長に判決下る!

国民に広く精神病質気質が多い韓国で、光州地裁の裁判官は知性を守った。

沈没船の船長は、確かに悪い。悪すぎる。沈み行く、旅客船の中の多数の生徒を、脱出させる誘導がなければ、確実に死に至らしめる事は明らかだった。それを中途で放棄した船長の罪は、果てしなく重い。

しかし、殺人罪は余りにも行き過ぎた感情的な要求だ。殺人とは、殺意を持って、人を殺める行為。船長は殺意など毛頭なく、せいぜい乗客の甲板までの誘導を、途中で放り出して逃げた罪だ。今回、遺棄して死に追いやった(遺棄致死罪で懲役36年)生徒らの数が、今回、300人以上と 余りにも多かったと、いうことだ。

罪は、船長は一応 乗客をデッキまで誘導していたが、それを最後までやり遂げなかったと言う罪だ。
結局、船長とて最後まで誘導することで、自らも死に行くことに、耐えられなかった。誰でも、みすみす 死にたくはないだろう。だが職責としての船長は、最後までそれを成し遂げる義務があった。

今回の事故は初期の救難に関する指示が、余りにも間違っていた(=船室から出ないでください)。船員が間違って出したのだが、これは指導すべき船長の大きな罪の一つ。そのため、船長は、乗客の一人に至るまで誘導する義務がある以上、船と共に死に行く運命だった・・・。それなのに、途中で放棄して、自分も早く助かろうとした。

これが罪に問われたのである。

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ただし、殺人罪では、毛頭ないのは明らかだ。精神病質気質が広く国民の性格的特徴に近い韓国国民の中で、光州地裁の裁判官は流石に感情より、法理念の方が勝っていた。

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ちなみに、精神病質気質とは、病気(精神病)ではなく、問題を起こしやすい性格の一つであって、

1.著しく高い外向性向(後先を考えない攻撃的な性格)、
2.神経症的傾向(ノイローゼ、ニューローシス)を示し、しかも、
3.執拗さ(執拗に攻撃する)    
                                
この三つが揃った性格を、精神病質気質という(モーズレー・パーソナリティ・インスぺクションより)。

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朴クネ大統領は、この性格の典型である。
近所にも、時々この性格の人がいる。

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タイのマジ面白ろ知識 大全集 by 海外支援医師の会

2015ミス・インターナショナル日本代表に千葉出身の中川 愛理沙さん(18歳)に決定!

ミス・イは個人的な,或いは 日本人的な 好みとは、次元が違う。
フランス革命を導くドラクロアの絵の女性のような民衆を導く様な 美感覚が、審査員には必要だ。

ミスインター日本に選ばれた中川愛理沙さんは、日本的には確かに美しい。実は私も、好みだ。
知性の輝きも豊かそうで(なんちゃって・・)。
しかし、ミス・インターナショナルのインパクトに欠けるキライがある。


日本人的には素晴らしいし、魅力があるが、
海外勢の目鼻立ちのインパクトの前には 並べられると久純(くす)んでしまうキライがある。

これは私も含めて、日本人の個人的美感覚(繊細で、か細く、あっさりとした美)の宿命であろうか。
これでは、大衆に訴えるものが か細く、あっさりし過ぎている。
かって、山本富士子さんが世界のミスインターに選ばれたとき、私は未成年だったが、インパクトはあるものの、そんなに 世界のショー的には、きれい と思わなかった。目鼻立ちは日本的スタイルで、鼻筋も繊細で綺麗だが、いかんせん 地味だ。しかし、当時は、日本的な繊細さが世界的に興味を引く時代だった、ということもある。丁度、今の韓流のように・・・。

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総じていえば、ミスインターは、自然な或いは個人的な好みとは違うところにあり、まさにショー的美しさなのだ。自分の好みとは違う、ショーとしての美しさ。自然な好みとはちがう、パっと派手やかな、明るい、全世界に共通する美。
フランス革命の旗を持った あの フランスの『民衆を導く自由の女神』民衆を導く自由の女神 - Wikipedia の女性のような、そんな、多くの民衆を誘動し導く、女性の美しさ なのではないだろうか。これは個人的好みとは明らかに異なる。

日本のミスインターを選ぶ審査員は、そのことを意識すべきなのに・・。日本のミスインターの審査員は、ただの個人的好みから『こんな可愛い娘(こ)が、もし,自分の近くにいたら・・』という程度の美感覚で選んでいるにすぎない。

情けない、というか、日本の審査員はほとんどが個人的な美感覚で選ぶので、不甲斐なさすぎる。世界のミスインターに何年たっても選ばれぬわけだ。

タイのバイクや車の運転の仕方は時に常軌を逸している。
みんながそうだと言うことは決してないが、ざっと見たところ、
日本で無謀運転が 1 だとすると、タイでは 感覚的に、10倍は軽く行く、のではないか。
このブログは数々の交通事故に遭った著者が、煮え湯を飲まされ苦悩しながら、警官(悪い警官、良い警官)に対する供述に次第に賢くなっていく物語です。


 








 

ななみが、第一反抗期の前半では母親の愛に恵まれ、自我が形成されるのに役だった。たとえば、ななみが真夜中に目を覚ましテレビが見たいというと、こどもを何よりも超可愛がるので有名なタイ人(=これは国是である)の例に違わずテレビの前のソファーに連れてゆき、自分はそこで寝ていた。

しかし・・その後半で、私は、プノンペンでボランティア医師をすることになったため(これだけではなく、私の難病・尋常性乾癬の特効薬=自然食材から=さがしもあったが。その目的は完全に達した。)、単身カンボジアにタイから渡った。 女房はカンボジアは嫌いなため、、実家に預けざるを得なかった。

その後、単身では寂しくなり、、せめて ななみだけでも一緒にいてほしいと、女房にお願いして、ななみと私は、一緒にプノンペンで暮らすことになった。これがイケなかった。すなわちオランダとアイスランドのドケけちなハーフ野郎に、女房を寝取られることになった。ななみは母親をなくし、愛情も、半分かそれ以上なくした。註:カンボジアは有能な医師がポルポトのエリート200万人虐殺で、医師が壊滅的に減少したため、日本の医師資格があれば誰でもカンボジアで医療活動ができたのだ。

こうして、私はななみを手元に置いて育てていたが、父親だけと暮らす幼児は、母親の様な甘える相手がいない一方、私は甘えられるのが、そのころは得意ではなかった。そこで、知り合った男性、例えば菊地さんのような方に、居候してもらったりしたので、、ななみは甘える相手をドウにかコウにか見つけたのだった。でもそれは余りにも足りなかった。幼稚園に通わせる、なども、しなかった、言語がクメール語じゃ・・。

そんなわけで ななみは幼稚園にもいかず、甘える相手も居らず過ごしていた。日本の無数のDVDの漫画を見て・・。
また、周囲に日本語を話す相手もいない。また、私は男親で武骨な愛情しかないし、どちらかというと、権威主義的なところがある。・・こうして ななみは第一反抗期の後半を、出す(=甘える)場所がないまま、育った。

子供の反抗期は自我の形成に必須で、反抗期を完全にシャットアウトしされた子供は、大人になって自発性のない(御しやすいが)自発性が欠如した大人になる。反抗期を上手く受け止めてやりながら、上手に勉強などへ向かわせることが大切といわれている。要するにコツがあるそうだ。
泰日協会学校(日本人小中学校、合計3000人以上)に入ってからのななみにとって、学校は ななみの第一反抗期の後半の出しどころとなったようだ。すなわち、学校は余り叱らない(きつく叱らない)、体罰は一切なし、みんな優しい先生ばかり、これが ななみの第一反抗期の格好のぶつけ場所になった。つまり、言うことを聞かない、先生の静止をふり切って動き回る・・・このため、先生はななみを特別支援教室(なかよし教室)に入れようと決心したようだ。特別支援とは、たとえばダウン症候群の子供を支援する。

そのため、先生は、社会生活能力テストをして、ななみの行動を評価して、『3歳から1歳』と判定した。これは余りにも一面的な評価であると思う。先生はそもそも、一面しか見ていない、いや、見られない、といったほうが正解だ。ななみが反抗している行動(=甘えていうことを聞かない)、その部分しか見ておらぬ。一方私は父親として ななみと一緒に暮らして、毎日の日常の行動を評価する。それが先生の評価=3歳~1歳、父親の評価=8歳~9歳  というギャップを生んだ。そもそも、先生はななみの全行動を知らない。たとえば、お金を沢山渡したら無駄使いしますか、などという質問には先生は与り知らぬ没交渉事であるはずだ。こういう種類の質問がたくさんある。したがって、その採点結果は余りにも一面的で真実ではない。質問用紙の質問を一問一問つぶさに見れば、これは明らかだ。それなら、『テストはできません』、というのが正解だ。

さて、さて
3日前から ななみを教えに来てくれている先生がいる。
英国に留学し、ニューヨーク州立大に入学し卒業した方で、日本の小中高一貫校で教師をされ、タイでは王立学校の英語、日本語教師をされた。この先生が、言った。
「ななみちゃんは不得意な算数の時間になると、『むずかる、涙ぐむ』、などして言うことを聞かない。しかし、これは甘えているんですね。それを分かってあげると、あとはチャンと ついてきます。」 

うむ、流石だ。私が算数を教えているときは、ななみの態度は違う、『むずかる、涙ぐむ』は、一切なかった。これは私が甘える相手でないと判断したからだろう。だから、それで、ななみは甘えられない私ではなく、絶対に怒らない学校に反抗し(=甘え)てたのか。

納得した。(今では、ななみに甘えられて、照れ笑い。)

続く


 まだ記憶に新しい、文春の あの、『今週の馬鹿』は病的に(精神病質的に)世界中に告げ口をして回るパックネだったが・・・日本人の今週の馬鹿として、私は 或る珍説を出した人物を推薦したい。


國學院大の博士課程で日本史を専攻した矢部健太郎、その人だ。日本史で博士号をとって同じ国学院大の準教授にまでなった位だから、日本史に関してはさぞかし博学で物知りには違いない。
しかしながら、博学といわれる人に限って、よく木を見て森を見ず、とか、針小棒大とかに陥りやすいものだ。
彼の場合もそうではないだろうか。

歴史上、秀吉の姉の子の秀次は、跡継ぎに困っていた秀吉の養子となって関白にしてもらったものの、秀吉に実子が生まれるや、2年後に手の平を返えしたように秀吉の心は急変し、関白秀次を高野山に幽閉して、切腹させたと言うのが定説である。


これに疑義を唱えたのが矢部さん(以下、矢部と略す)だった。

      矢部健太郎の画像(728件) 
    (系列写真の一番目か二番目の眼鏡を掛けて、髪を7・3に分け、にんまりと笑っている男性)
  
     郷土史研究団体が 『よくぞ、郷土史(秀次の根城の城がある)の汚名を晴らしてくれました、
    ぜひ、来ていただいて、ご講演を!』と持ち上げた。 カバン持ち、ここに極まれり!の恰好の例


その疑義を抱いた最初のキッカケは、石田光成ら五奉行が出した切腹命令書の日付けが7月12日で、僅か3日後の15日に秀次が切腹したのは、高野山までの120キロもの距離を考えると、命令執行のため兵隊が僅か丸2日で着くのはオカシイと考えたことだった。

次いで矢部は、秀吉が高野山を管理する僧にあてた手紙に『秀次には、監視役を付けるとともに、料理の係りなどを世話するように』という枝葉に着目、秀次を切腹させる気なら、料理の係りなど要らないはずおいうのだ。だ。
だから、秀吉は本来秀次を切腹させる気は無かったのであって、秀次の切腹は将来をはかなんだためか、或いは身の潔白を晴らすために自ら自害したのだと、いう新学説を唱えた、と言うのだ。

これは噴飯ものだ。木を見て森を見ず、の最たる例ではないだろうか。
まず第一に最優先すべきは、基本的な史実『秀吉が五奉行命じて出させた切腹命令書』の存在だ。そもそも秀吉は、切腹を命じている。

第二には、秀次切腹後、秀次家の正室、側室、妾室ら一家郎党39人を皆殺しにしたという動かしがたい事実だ。39人には幼な子たち多数も含んでいる。この悪魔のような仕打ちは、秀次への憎悪だけではなく、(将来実子が後を継いだときの安泰のため)秀次の子孫の謀反防止のためだったとも言われている。一族郎党を、鴨川の河川敷に設けた処刑場まで数台の牛車(ぎっしゃ)で護送して、まず秀次のサラシ首を見せ付けた後で、全員を殺している。子供の場合は、まさに犬の子を殺すように首根っこを鷲づかみにして持ち上げ、男の子から娘子に至るまで、槍で刺し殺して鴨川に投げ込んでいる。秀吉の、おぞましさ、と、残虐さを明かす史実だ。

 

第三に、秀次の首を衆目注視の川原に晒し首を晒す行為は、秀吉に、切腹などさせたくない気持ちがあるなら、考えられないことだ。

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この三つの事実は、お互いに関連して行われた、という事がもっとも重要なのであって、前記の第一の項目(切腹命令)を考えれば、
秀吉が高野僧に料理の係りをつけろといったことは、むしろ秀次が幽閉されてから切腹命令までの長い期間(数ヶ月)の間に、栄養不全で病死されては困るからだ、と断言しても良いだろう。


刑務所で、死刑囚に対して、逃亡はもとより、自殺防止に注意し、栄養に気をつけて、死刑執行の日まで死刑囚の生命保全に万全を期すのと全く同じだ。死刑囚の栄養と自殺防止を第一に考えるのは、刑務所のもっとも重要な仕事だ。

そもそも、秀次が入っている座敷牢(今なら死刑囚の独房)で、さらに監視役(看守)をつけたのだから、切腹(自害)をするための刀を手に入れようがないし、その他にも、首つりなど、自殺の、しようがない。


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歴史学の博士号は、時には 抜群の記憶力 だけで取れることもあるのか?

それにしてもNHKがこんな噴飯モノの珍説で準教授を中心に、TV座談会まで組むとは恐れ入る。血税たる視聴料の無駄遣いではないのか。それとも余りにも奇想天外な珍説なので、これは面白い!視聴率が取れるぞ、と先読みした故なのか!な。いずれ、物笑いの種になるか、それとも・・・。

’14年 2月 25日 初登録

その内の一人は、日本人で、イギリスに留学した後、ニューヨークの市立大学に入学し卒業した女史(50歳)です。
帰国後、日本の小中高一貫校で小学部の教師をしておられ、タイに来てからは、タイ王立の小学校や中学校で主として英語の教師をなさってこられた方で、経歴といい、年齢と言い、申し分のないお方です。

その方に、国語と算数の勉強だけでなく、愛情面の情緒教育をフルタイムで見てもらうことになりました。

早速、火曜日からお任せしました。 

その先生には、今の泰日協会学校では、ななみが1歳から3歳の能力しかない  と言われていること、ダウン症候群などの子を対象とした特別支援教室に行くかもしれない、といわれている事などをお話ししました。
また、毎日、日本の病院で手術前に、必要に駆られて、知能検査や性格検査を常時してきた医者の私が、自分の子だから、殊の外 厳しく採点しても 6歳以上はあるし、高度な推理力に至っては大人顔負けの考える力がある、などもお話しましました。と同時に、学校では、ななみが算数など良く分からない授業のときに、先生方に反抗して(=第一反抗期)、よく動き回って他の生徒の勉強に、支障があると、先生が判断している、ことなどもお話しした。
すると、先生は『日本本土の一貫校でも、そこまでの管理はしないように思われます。ましてや、タイの小中学校では、ななみ ちゃん のような子供は、ごく普通の生徒で、伸び伸びと教育されてます。』と、開口一番、そう言ってのけられた。

続く



カンボジアとの国境に近い大きな二つの島、マーク島とクート島は、トラート県のトラ-
トからフェリー(車と人)で40分のチャン島の、沖に浮かぶ島です。
今回は、そのマーク島でゆったり遊ぶ非日常的な物語を書いてみました。




一方、バンコクの近場パタヤの、日常的な風物詩は こちら↓


長距離の観光バスに乗るなら、覚悟して乗ろう。タイのバス運転手は乱暴なので有名。

その他、飲酒、居眠り,ヤバー(覚せい剤)・・・。

車列に割り込んで来るのもバス。割り込んでは直ぐまた出ていく、足の身軽さ、それがタイ式路線バス。



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下記をクリック




このようなことは、決して、稀ではありません。たとえば つい先日も こんな事件が起きました・・・・

ターク県、妻の連れ子3人を強姦した容疑で67歳男を逮捕。北部ターク県ワンチャオ郡で、妻の連れ子の娘3人(12、16、17)を強姦した容疑で67歳の男が逮捕された。

警察によれば、長女が通う学校の教師が長女が妊娠していることに気づいて事情を聞いたところ、昨年6月から父親に性的関係を強要されていたこと、妹2人も今年5月ごろから強姦されていたことを打ち明けたという。

取り調べに対し、容疑者は、「長女とは合意の上で、母親も承知していた。 次女と三女には手を出していない」と容疑を否認しているという。

タイの面白大全集/

12件 から抜粋

                 以下をクリック

                              http://blog.livedoor.jp/nnanami_papa/archives/1001061904.html


タイ式大災難12件 の一つ一つのタイトルを見たい時は、クリックしても無効ですから、タイトルをキーワードに(必要ならnnanami2入れて)検索して下さい

生活用品を届けに来た姉を刺殺!求刑よりも重い懲役20年。

一般に、尊属殺人は罪が一等減じられるのが普通だが、この例では、逆に 5年! も重い。
尊属殺人だけではなく、知的障害もあったのなら、どんなに重く見ても、20年には到底ならない。

素人裁判員の感情的評決を、職業裁判官が抑える役割が過少に過ぎたのだろう。職業裁判官は軽い判決を多く出しすぎると最高裁事務局の人事考課に遭って僻地に飛ばされるが・・(自分が指導すべき)裁判員の評決が軽すぎるのも、同じではないだろうか。裁判官とて一皮むけば、自分や家族がかわいい。

職業裁判官は余り無罪や軽い判決が出すぎると僻地に飛ばされるのだが、裁判官が指導する裁判員裁判の判決も同じだ。
この例では裁判官が、裁判員の感情を重罰化の方向へ誘導したのではないかと、推測できる。

もともと、裁判員裁判は、職業裁判官のマンネリ化、冤罪多発、重刑罰化を防ぐ目的もあって、導入された。欧米の陪審員裁判が、日本ではまだ寝付かないだろうと、最高裁(東大)事務局の”理想とする”中間の裁判員制度の形で誕生した。
こんな判決では(重すぎる評決では)、最高裁事務局も思いがけない”理想的”な結果に、ほくそ笑んでいることだろう。

日本司法の有罪率は99.99%。欧米司法のそれは、平均すれば65%。
日本の無罪率では0.01% 実に欧米司法の35%の3500の1だ。

素人が裁判に参加することの1つの意義は、素人の素人としての痛みを感じて、職業裁判官には余りない痛みという観点から、冤罪事件などを極力排除してほしいからでもある。

だが、これでは、素人の欠点が逆に出てしまった。素人が職業裁判官の真似をしたって、それは正に 猿真似 に等しい。中国の裁判員制度の様相を帯びてきている、と言ったら少し大げさだろろうが・・。

やはり、日本は欧米流の陪審員裁判は、まだまだ、なじめぬのだろう。戦後の日本は、民主化がかなり進んだ国と思ってる人が多いが、司法の分野では、まだまだ欧米より中国に近い のだ。

民主主義の歴史が浅い(民主主義は戦後、敗戦によって欧米より与えられた)のも原因だが、『民主化より治安を優先する』意図が、民主化を遅らせていると言えよう。最高裁事務局は東大閥の巣窟だといわれている。

実は海外に住む日本の児童がBCG予防接種をしていない割合を調べていて、それが終わって寝たのが、夜の3時だった。『バタン、キュウ』で寝てしまい、目覚まし時計をセットするのを、つい、忘れれてしまった。それで・・慌てふためいて大急ぎで身支度させているときに、担任の先生から、電話がかかってきたわけ。

私の子供はポリオなどの接種は他の感染症とセットでしているが、BCG接種だけ敢えてしていない。
それは今ではBCG接種には平均40%から50%の児童には効果がないことや、接種が有効な児童でも7年くらいで効果が切れることを医師として分かっているからだ。

現に、そのような疑問があって、欧米ではBCG接種は しない。

従って欧米ではツベルクリン検査は結核にり患していないかを調べるために行う。もし、陽性反応があれば、即、結核菌に侵されている、とみなされる。

この点、日本ではつい最近まで、BCG接種前にあらかじめ乳幼児が結核菌に感作していないか(もし陰性ならBCG接種をする)を調べるツ反応を、陽性率(つまり結核菌に感作している)が0.002%しかないにも関わらず、していた。
やっと、BCG接種前のツ検査は無意味だということになって、廃止になったのだ。

日本の予防接種法の事情が分からない米、欧州主要国に、BCG接種を受けた日本人児童がいくと、本来、結核に蝕まれてないかを調べるツベルクリン検査(日本では予防接種の前にする検査と思われている。)で陽性となり、胸のX線写真やら予防的化学療法剤投与など、いろんな検査や治療が始まって大変な事態になる。

そのため、『日本では法律でBCG予防接種義務がありまして・・』などと、めんどくさい複雑な説明をしなくてはいけなくなる。もし、欧米の医者にそれを分かってもらえたとしても、結核にり患していないかをしらべるために厳重なX線検査など複数の検査を受ける覚悟はしないといけない。

ところで、日本から駐在員と一緒に、家族や児童がついてきた、というような事情では、ほぼ全員がBCGを受けているが、私の子供のようなケースでは、BCGを受けていないケースの方が多い。

結核は体格や栄養が貧相な者がかかる感染と言われる様に、栄養が十分、身体強健で、かつ、周辺に結核患者が蔓延していない環境では、まず り患する病気ではない。むしろ、後で留学などで欧米に住むことが決まっている人の場合、日本でBCG接種をうけると、体が(毒性を取り除いた結核菌という)ワクチンに感作しているので、欧米留学時に、ツ検査で陽性になって、結核菌に感染していると みなされ、前記のような色んな不都合が始まる。

産経のソウル支局長を、情痴的な、大統領閣下が起訴。

週刊誌が、『今週の馬鹿』に選んだだけのことはある。今週 どころか、今年、いや、通年の馬鹿といってよい。

また、韓国民も同様だ。まさに、馬韓国であり、情痴国民だ。科学的根拠も全くなしに福島産の食品を輸入禁止にしたり、国際大会で姑息なインチキを系統的にやったり・・・。まったく情痴な感情だけが 一際 抜きんでた国民性。それもこれも、すべて『恨みの情念』から来ているそうな。それは一見すると、吉良上野介を打ち取った暁には47士全員が切腹をすることになる赤穂浪士の物語にも似ているが・・。

旧来の日本の仇討は 恨み だけではない、死を覚悟の上の恨みである。仇を討った暁には切腹(或いは返り討ち)をも覚悟した。これが日本の旧来の『潔い恨み』だ。

あちらさんの恨みは、インチキや嘘を使ってこれを遣り遂げる卑怯極まる恨みだ。自分は安全な所に居て恨みを果たす。そして一度(ひとたび)自分の命が危なくなると、「アイヤ、アイヤ』と嘆き悲しむふりをして、卑屈に命乞いをし始める。ベトナム戦にご褒美のアメリカ移住権欲しさに参戦した、お馴染み韓国兵の定番だ。〚命が危なくなったらアイヤ、アイヤと敵に懇願し、必要ならば喜んで寝返る〛卑怯極まる卑しい恨み。こんな国民性だから、ベトナム戦争で普通の村人が住んでいた女子供を含む村民全員を殺害し、あるいは若い女がいれば強姦したうえで皆殺しにする。そんなベトナム女性の何%とかが、生き残ってライダイハンを身ごもった。

 こんな潔くない国民性なのに、GDPが世界第7位になれた。ただし、韓国のは、日本の技術をパクって一時的に優秀な物を真似して作って、日本のデフレと日本円の超円高に日本が苦しんでいる隙に、火事場泥棒的に成功しただけのこと。

こんな情痴な ずるい国民に 真に(継続的に)優れた物つくりなど、出来るわけがない。
ウォン高に苦しんでも、今度ばかりはアメリカににらまれて、為替操作のズルはできない。

理性なき、潔よくない、情痴な韓国が、20年前の姿に戻る日は近い。

こういう性格を精神分析では 精神病質気質 という。
病気(精神病)ではないが、病気に限りなく近い性格で、問題を起こしやすい。
精神分析的には 次の特徴を持った人である。

1.著しい外向性向を呈する(後先考えずに行動する)
2.情緒不安定で、神経症(ニューローシス、ノイローゼ)的傾向を認める
3.執拗なまでに執着する(執拗に恨む  とか)

この性格の持ち主とは、当たり障りのない態度 で 付き合うしかない。

最初は学校の近くで、全くのデッチ上げの交通違反にあった。
つまり、警察官の、その日の飲み代を稼ぐカモにされそうになった。

警官が『おたく、車線変更したでしょ』と、違反を誘導しようとする。私は、『ノー、ノー。車線変更せずに、まっすぐ来た。』と主張(なんにも、違反はしていない)。
押し問答だ。このままでは でっち上げられると思ったので・・・学校の近くだから、若しかしたら効くかもしれないと、バッグから免許証を出さないで・・、色んなものと一緒に、子供の写真付の生徒同伴下校許可証を、一か八か チラッと見せてみた。

すると、色んなものなかの同伴証だけ目ざとく見つけて、警官はそれに反応。
『オー、▼×● か。』というと、急に罰金(≒賄賂)を取る熱意が失せたようだった。
私は何かを探すフルをして尚もバッグをまさぐっていたが、警官は次の獲物をみつけて、プイとそっちへ行ってしまった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、これは学校の近くだから警官は日本人学校を知っていて、「そこの生徒の保護者だから でっち上げは不味い」と思って でっち上げを辞めたんだと、”最初は” 考えた。

次に、3週間ぐらいして、再び警官に止められたが、今度は でっち上げではなく、(微罪だが)違反らしい。私はこの交差点のすぐ右のあの店の行きたくて信号待ちしている、と警官に説明した。警官は『でもお宅の車は車線をハミダシテいる』・・その通りだが。

『免許証を見せて。』
この免許証を見せてという言葉が、曲者で、見せたが最後、ポケットに入れてしまう。罰金という名の賄賂を支払わないと、じゃ警察で聞こう、ということになり、余計高いものになる(賄賂なら、警官は400バーツというが、結局は200バーツになる。警察の行くと100%、400バーツ支払わないといけない。一度、免許証をだすと、人質を取られているので、言うことを聞かざるをえない)。

だめで元々、という気持ちで 今度は一発勝負、生徒同伴証だけ取り出して 警官に見せた。この時は学校の近くではなく、ラーマ4の、BigCのそば。全然、近くじゃなかったが・・・。

すると、どうだ。打てば響くような反応があった。「オー、小学生の子(筆者註:6歳で、小1)がいるのか、」というような感じで、『そうか、それなら、もう良い。行って。』  あっという間。瞬間的変化。
ただし、『二回目は、駄目だよ、今回だけ。』というのを忘れなかったが・・。  (でも、ほかの警官なら分からない・・)

タイ人は異常なくらい子供(特に、6,7歳までの子)が大好きで、その子を育てている親には、贔屓するらしい。私の場合は高齢者だから、特に・・・。

この後、「大した威力だ。同伴証さまさまだ、これからは、この同伴証、大事にしよう。」と思って どこかにしまって、ビッグCにいった。
しかし、後で家に帰って、大事にしまったはずの、同伴証、どこを探しても見つからない。学校に行けば、すぐ交付してくれるが、カッコ悪い。その日は金曜日だったので、金、土、日と3日間探しまくった。金曜日に寄った所は全部行って確かめた・・・結局同伴証は遂に出てこなかった。落としたのだ。
これからは、もうするな、っていうことだろうか。でも。タチの悪い相手が相手なら・・。

今度遣られたら、カバンから出さずに、直接首に掛けておこう。

27年間政権を私物化してきて、そして、今後も30年間は首相をやりたい!と語った独裁首相ならではの言葉である。

この男の27年間にわたる政権私物化の陰では、野党党首ら、300名以上の殺害が秘密警察ら高級幹部の暗躍でひそかに行われてきた。

当局が誠実に捜査・訴追しなかった以下に掲げる多くの超法規的殺人を含む人権侵害事件の一部を下記にあげる:
  • 1992年〜93年にかけて国連平和維持活動中に行われた、野党党員と活動家数十人に対する殺人事件
  • 1996年5月、プノンペンの路上で、反体制系新聞の編集者トゥン・ブン・リー(Thun Bun Ly)氏が殺害された事件
  • 1997年7月、フン・セン首相によるクーデターの後、カンボジア内務省敷地内でホ・ソック(Ho Sok)同省副大臣が殺害されたことを含む、王党派政府職員約100人の超法規的処刑作戦
  • 1999年、政府高官スヴァイ・シータ(Svay Sitha)氏の妻が、当時16歳のタット・マリナ(Tat Marina)に酸を浴びせ顔面を変形させた事件
  • 2003年、プノンペンの客で賑わうレストラン内で、民衆の尊敬を集めていた野党国会議員オム・ラドサディー(Om Radsady)氏が処刑形式で殺害された事件
  • 2004年、人気の労働運動指導者チェア・ヴィチェア氏が殺害された事件
  • 2008年、調査ジャーナリストのキム・サンボ氏とその息子が公園内で運動中に殺害された事件
  • 2012年、環境保護活動家チュ・ウッティ氏がココン県で殺害された事件

                                              以上はカンボジア・ヒューマンライツによる。

政権党・カンボジア人民党の家(公民館見たいなところ)は 国の至る所にある。選挙が近づくとこれらの家は大忙しだ。また、カンボジア人民党の運動員は、多くの車に分乗して首都や地方に出向いていくが、ほかの微弱な野党と違い、圧倒的大多数だ。

またフンセンはテレビを使って、衆愚的国民の心を強く引き寄せる。フンセンは夫人と一緒にテレビに出て、国民に国父、国母として強い印象を形成している。先進国の国民が見れば猿芝居同然だが、ポルポトによる2百数十万人の虐殺の恐怖に怯えてきたカンボジアの国民には自分たちの父、母に映る。

フンセンはこうやって27年間、独裁政権を続けてきた。そしてアメリカのFBIが、もっと介入しないなら、おそらく百歳になるまで首相を独裁し続けるだろう。

カンボジアの国民はポルポト時代に牙を抜かれた(従順になった)。

産経新聞ソウル支局長の(名誉棄損罪での)事情聴取と準拘束(国外移動の禁止)はパックネのヒステリックな性格をモロ、明らかにし、
世界中の皆(習近平中国国家主席を除く)に恥をさらした。

父親の朴元大統領の御威光を傘に来て、その自分が傷つけられたことが許せないのだ。

しかし、日本のいろんな首相を見ても明らかなように、こんなのは名誉棄損には到底当たらない。鈴木善行、作り酒屋の宇野・・数えあげたらきりがない。日本では首相職に対する民主主義というか言論の自由が発達して、公人の名誉棄損など無きに等しい。
その点、韓国はつい一寸前まで軍政下におかれていたという事情もあるが、パックネの孤高でヒステリックな性格は、父親譲りの権威主義的な性格によるものだ。

今まで繰り返されてきた、韓国大統領が辞めた後の、新大統領による前大統領の逮捕劇が見ものである。

大韓民国の国民性もバカなら(情痴的性格)、大統領も同じく、情痴的。何一つ現実的な国民の利益を実現したことがなく、やってきたことは、唯、世界のお偉方に告げ口して回ることだけだから、これに気がつかない国民も情痴的だが、それでもそんな情痴な国民にも、引きずりおろされる日は、もうそこに来ている。

その断末魔の声が、産経ソウル支局長の事情聴取と準拘束だ。

BigCはとても酷くなった。益々酷くなるようだが・・・ロータスがあるから、最低限,防がれているが・・・。

BigCへ自転車を買いにいった。一台は少し大きい目のを買った。イーオンの、裏の(ほとんど車が来ない)駐車場で練習させていたが、従業員のたまり場に突っ込んだ。これで、唇の裏が少し切れて、わんわん泣くはめに。

そこで、これは危ないと、より小さな自転車で、しかも、軽いものを探しに元カーフールへいった。旧来のBigCのは、元値が安く利益幅が大きな中国製一色なので、驚くほど重い。それでいてカフールがあった時の2倍だ。
カーフールは品質がよく、中国の安いのから他の国の、高いのまで幅広くおいていたはずだ。

行ってみると、ありゃ!全部中国製だ。重い重い、幼児用のまで、ゴツクて、超重い。これじゃ、ひっくり返ったとき、下敷きになり、けがをしかねない。BigCがカーフール買収した最初のころは、カーフール時代の良さを、残していたが、数年たったら、悪貨のBigC一色。中国製は元値が安くて、見かけは高級機と大差ないので、BigCは値段を比較的高くして、利益を多く取っているようだ(著者の邪推)。


BIgCはこうやって大きくなっていったんだろう(同上)。まさに、悪貨は良貨を駆逐する。あくどいのが残るわけだ。フランス資本のカーフールがあったころが懐かしい。

タオ島は 絶海の孤島、綺麗な海に浮かぶタイ随一の海亀の住む島だ。
私は、2回行ったことがある。

一回目は、例の (子飼いの)酒飲み友達ネットと、もう一人のメバン(名は忘れた)を連れて、車でタイの南部地方(南はラノーンまで行った)を旅していたとき、寄った島だ。

このメバンは、私がボランティア団体を主宰していたとき、バンコクでも名前が売れた大規模タイマッサージ施設でマッサージ師をしており、(この店は、真面目な大規模マッサージ店で、ラッパオ=Lat Phrao をまっすぐ行った外れ、バンカピにある。大規模は健康センターも付属している)、受けたマッサージがあまりにも気持ちよかったので、、私の家で働かないか、と当時ボランティア団体の秘書をさせていたジャッキーに口説かせた。メバンの仕事のほかは、時々、マッサージをする約束で来てほしいというのだが・・ところが、その日の翌日に我が家に来てくれるという。ジャッキーの腕を最初はびっくりもし称賛もしたが、後で本人の訴えで、手品のトリックが分かった。

・・・・このメバンを口説いた方法は、何のことはない、『日本で医者をしていた この日本人の、お嫁さんに来ないか』、と言葉がお互いに通じにくいのを良いことに、大嘘をついていたのだ。このジャッキにはこの他も散々だまされたが、これについては後で触れよう。こいつは、後で分かったが、大変悪い奴だった。歌手として身を立てていた綺麗な奥さんを、汚い(仕組んだ)演技で物にして、挙句の果てにバイク事故で殺したのも、こいつの嘘八百が原因だ。

メバンは、なんと翌日に仕事を辞め、次の日には家族3人(うち1人は妹で、コンケーンの大学を卒業したばかりの若い女性)で引っ越してきた。私は、嫁にすることなど、何にもしらなかったので、就職祝いのご飯を食べに行くとき、助手席に座った彼女が、ギアーシフトを握る私の手を、やにわに、『ぎゅっ と握ってきた』のでびっくりした。私は、ユックリとしたしぐさで彼女の手を解(ほど)いて元の位置に戻した。女の歳は35で、12歳の子供が一人いた。旦那が大酒飲みで働かなかったので、離婚することになったが、その 慰謝料を稼ぐために、ブルネイで1年間働いたという。肌色はイサン地方には珍しく、真っ白だった。このメバンに腹違いの妹(こちらは色黒)が一人いて、大学卒業してすぐ、今の大規模店に受付として就職し、マッサージ師の姉と一緒に働いていた。

まあ、そんな変な組み合わせ・・ネット、メバン、私の3人がタオ島に渡ったのだ。

このタオ島に、どこから乗ったか詳細は忘れたが、確かスラター二の港から高速フェリー(Lomprayah のカタマランでない)にのって、シュノーケルツアーに参加したと思う。海も滅多に行かない、シュノーケルなどしたことがないネット、メバンの2人が、ぎこちなくも、マスクと足ひれをつけて足をバタつかせて、海と魚たちを楽しんでいたのを、はっきりと覚えている。私はPADIのライセンスを沖縄でとって持っているが、中国の海南島で潜ったことが一度あるだけで、タイでは一度として使ったことがない。しかも、ライセンスをとって初めて潜った海南島の海は、汚かった。何とか見える、といったところだ。

みんなシユノーケルだけで、間に合うし それで十分、いや、2時間でも3時間でも簡単に出来るところは、ダイブより好い。ダイブになると、時間制限があるだけでなく、やれ、重たいタンクや、堅苦しいウエットスーツや、バランスの錘 とかで大変になる。それよりも、シュノーケルならどこででも出来るし、特に必要なものはない。それでいて、きれいな海と魚たちを見ることができる。ダイブとの違いは、深さと大規模な点だけ。ダイブ・ポイントもシュノーケルで出来ない所でダイブでなくてはならない所は、滅多にない。10m位なら、シュノーケルで5mまで潜れるから、その深さから十分見れる。フランス映画の素潜り映画=グラン・ ブルー を見たことがある人なら、何でもないことだ。

さて、タオ島では、シュノーケルで綺麗な海と、夥しい魚群を満喫した。なかでも驚いたのは、ナポレオン・フィシュやウミガメがいたことだ。ウミガメは体長が1mより、ちょっと大きく、ナポレオン・フィシュは1m内外の大きな奴だった。

タオ島には、その後、もう1回 行った。当時は暇だったので車でどこへでも行けたのだ。二回目の時は、私の嫁と ななみ の3人水入らずの旅だった。今回はチュンポンから、海の中に船の足がニョキッと出ていて、これだけで走る大型カタマラン(Lomprayah社のカタマラン)だった。この時は、出発港であるLomprayah社のビレッジのホテル泊まり(出発港にホテルがある。正確にはコッテージのあるビレッジ)、旅の間ずっとガイドが一人ついた(ガイドなしにもできる)。

乗ってから、特別席コーナーがあったので、それにチェンジした。十分な広さの中に設えられたリクライニングのきく席の区画だ。それでいて、当時はたった”50バーツ”。使わない手はない(今は料金が少し上がったが、大したことはない)。
航行中は揺れが殆どなく、快適だった。このカタマランはフルムーンパーティで有名なパンガン島にも行くので、欧米人がたくさん載っていた。

乗船券は、タオ島と同じグループのナンユアン島(ほとんど一緒の島々)での一服とバーベキュウの食事が付いていた。ナンユアン島ではそのバーベキュウを楽しんだあと、砂浜の両サイドにある綺麗な海で泳いだり水中写真を撮ったりした。今回は残念ながら海亀やナポレオン・フィシュは何処にもいなかった。ポイントが違うのか。

水中写真を1時間撮っているうちに、カメラに水が入り撮れなくなってしまった。オリンパスのカメラで、他にも欧米人の一人が 同じ機種に水が入ったのだろう、カメラの底蓋を開けて逆さまにして叩き水を排除しようとしていたが・・そんなことで直るはずもなく、途方に暮れていた(上がって帰る時、欧米人が)。

これで、水中写真は撮れなくなったので、諦めて岸に帰ろうとしたとき、黒い影が私の視界の片隅に入った。オーォ  サメだ・・・水族館でないところで見たのは、これが初めてだった。体長1.5m位の鮫が、岸辺近くを泳いで通った。私はビックリして大きな声を上げた・・  シャーク!シャーク!

それを聞いた周り(欧米人)がビックリして周囲を見渡した・・・欧米人も見た瞬間、サメは岸辺に、Uの字を描いて去って行った。サメが人食い鮫かどうかはわからない。でも、カメラが、こんな時に故障しなかったら、ちょっとしたスクープだろう・・。私は『チッ』 と舌打ちして、そして オリンパスのクソッタレ! と叫んだ。バンコクに帰ってから、保証書で取り替えてくれたが・・半年もしないうちに、というか、交換して最初のシュノーケリングの、チャン島のバンバオから出る4島(無人島)ボート・トリップ(シュノーケルツアー)で使っていたら、水深3m~4mくらいのところで、水が入って、また同じ。このオリンパスは、水深5mカメラとしては 最低だ。

そのことがあって数か月がたったころ、オリンパス社の経営陣の欧米人取締役による告発騒動が起きたが・・むべなるかである。。

メモ
ロンパラヤー社
  
         バンコク 02-629-2569~70 02-629-2641

         ホアヒン  032-533-739 032-532-815

         チュンポン 077-558-112~3  077-558-112
 

前にもマレーシアの家主の、悪口を書いたが、、、そして、このブログは悪口を書くのが目的では全くないが・・・マレーシアに関する限り、どうしても、悪口 になる。
マレーシアの家主は、思い出すたび にむかっと来る が、その詳細を明らかにすることは、私の二の舞を防ぐ意味で、公けの利益にも叶うかと考え、お知らせしたい。

マンション名はえーっと、何だったっけ?余りにも、腹立たしいので、忘れてしまったか?シンガポールに最も近いジョホルバルの・・・
仮の名をストゥラング・ビュウ(Stulang Veiw)・アパートメントと書いておこう(当らずとも、近い)。その、Ⅾ棟の02-03号室に私は住んでいた。家主の名前はYiewitかなにか、それに近い名前。これは奥さんの名前だ。

入って直ぐ、マンションのお湯水が、バス(トイレ)だけ、生ぬるいのに気が付いた。湯温も30何ぼしかない。ボイラーが故障していてキッチンのボイラーのが、迂回してきているのだ。これは物件説明だは、なかったこと。これはお風呂というよりは、太陽で温まった生ぬるい水たまりの水、といったところだ。 
また、トイレは二つあるが、二つとも便座が、その下のボウルの全長より3センチも短く、ボウルに接触しそうで、汚ならしい。しかも、便座の下の、ゴム受けが取れていて、フニャリとして折れそうで、かつ、使い心地が悪い。

私は、これらの改善を家主に申し入れた。入って直ぐの事だ。

電話を掛けると、奥さんがでて、シンガポールから、夫と一緒に向かうから、2か月分用意して置くように、とのたまった。私は、これはあくまでも、最初の物件説明の時に、知らさなかった不具合だから、無償で直してくれるもの、と思っていた。

ところが、実際は、一か月分は修理代金だったのだ。修理と言っても、300リンギット(3000バーツ)の簡単な湯沸かし器をつけただけ。便座は、業者が来て附けたが、やっぱり二.、三センチ短い。この、2、3センチ短いのに何とも思わないのには、流石に面食らった。けれども、無償だと思っていたから、怒らずに、丁重に説明した。すると、他の業者が来て、1つだけ、大きいサイズに変えてくれた。値段を聞くと、80リンギット。

ところが翌月になって、二か月分の一つは、修理と便座の代金だと言うことが分かった。
有償なら、有償でやり様がある。まず、高すぎる!
300リンギットの湯沸かし器と、80リンギットの便座なら、口銭を入れても、500リンギットくらいなもの。それが3000リンギット(3万バーツ)なのだから、泥棒に追い銭 !!も、いいところだ。

これは最大の不満であるが、数としては、ほんの一部にすぎない。数え上げたら、切がない。その一つ、エアコンのガスの充てん は自分のお金で入れる・・。効きが良くないので周旋屋に言うと、自分で入れて!、と。周旋屋(不動産屋)は、完全に家主の方の味方だ。他の東南アジアとちがって、不動産屋は家主に圧倒的に有利だ。

そのほかのことで腹が立つ事の一つは、まともなベットが一つしかない!入るときは、もう一つの部屋にもベッドがあったが、入ってから調べると、これが、最低の安物。子供用にも、使えない。マットはペラペラのスポンジで、裏を見るとスノ子が10センチおきに細い木を並べただけの、安普請。こんなもの、子供だって、最安価のボロ!子供騙しのベッド!だとすぐ分かる。

これが、家を探す場合の、マレーシアの代表的な、標準だろうか。
今から、それを検証する。

地理上の位置が、マレーシアでもジョホルバルは、シンガポールに近い。
シンガポールは、90平米のアパートで一か月の借り賃が最低60万円する。また、エアコンも、充填は自分でやり、出ていくときは充填証明書を付けないといけない。狭い丁度淡路島程度の島に、5百万もの人間が住んでいるから、家賃が圧倒的に高い。家主はシンガポリアンだった。

この地理的位置、および人種からは、似通った所が見えてくる。しかし、問題は、これがマレーシア全土に広がっていることだ。

これはモスリムの不便に耐え忍ぶ、という性格から、来ているのかも知れない。不便に耐え忍ぶことが、家主の横暴にマッチしているのかも。

アパートとは違うが、ホテルの居住性も値段に比べて、劣悪なのは有名だ(他の稿、参照。)マレーシア、特にクアラルンプールのホテルの部屋の部屋代に比べての、みすぼらしさ は半端でない。130リンギット(1300バーツ)で、兎小屋程度しかない。冗談でなく、本当のことだ。Wベッドの他は半畳の踊り場を通ってトイレしかない。タイならバンコクの中心部でも1300バーツと言えば、どんなに狡からいホテルでもその4倍はある。カンボジアでは、首都のアジアホテル、ニューヨークホテルあたりなら、これに朝食までつく。一方アパートなら、(中階まで入れて)五階建て(部屋数8つか7つ)の、空港真ん前の 店もできるところが、400ドル。すこし(一軒分)奥まった所なら300ドル。これはタイバーツでは、1万バーツか1万3千バーツだ。

契約の中途で出ていく場合の返還金を聞いたら、(このアパートを紹介した人=奥さんは韓国人、旦那も同系=に聞いてもらったら『預けたお金、全部を罰金として取ります』、という。私が、『契約書の最後に一か月分を引き去る』と書いてある、と直談判したら、あー、間違いました、一か月分でした、と言う始末。マレーシアの家主も周旋屋も、ヤルことが汚い。思い出しただけでも、反吐がでるくらいだ。

とにかく、タイやカンボジア、ベトナム、ラオス、日本などとは、マレーシアは価値観が全然違う。マレーシアは、『不便を、神が人間に課したもうた精進するための課題であり宿題』なのだ。結果からは、そうとしか言えない。そう理解するしかない。消費者は神様です、はマレーシアは通用しない。家主、地主は神様です、と言い換える必要がある。マレーシアに元々住んでいる人は別にして、これらのアメリカナイズされた国から引っ越す人間の気がしれない。遊びの部分も全くない。神に反するからだ。イギリスが植民地にしている時代、中国、インドなどから、植民地で働く独身労働者をものすごく移民させた(マレー系よりも)。主として、中国人は錫(すず)鉱山の、インド人はプランテーションの労働用に。それに見合うように、女たちもシンガポール経由で入れた。この名残が、シンガポールのゲイラン地区として今も同じ商売で栄えている。中国からの女は中国人労働者の・・・、日本からはジャパユキさんとして中国・インド両方の・・・、インド人の女はインド人労働者の・・・。

MM2Hとは何か。先進国から10年間(更新あり)住む権利を、日本円でなら1000万ちょい等を用意すれば与える制度だ。私は、これを全部集めて、今まさに提出しようとしていた。
しかし、こんな国で、10年間住むことは、鉄格子はないものの、まさに食べるだけの幸せ(それもイギリス流の粗食)しかない”刑務所”じゃないかと悟って(=私は気が付いて)辞めた。

私は、煩悩を一身に集めた人間、つまり、煩悩の化身みたいな人間なので・・・そんなクソ面白くもない国、キッパリと  『御免こうむる』

うちの子に あいうえお を教えていると、4,6時中 かっかっ ときます。
自分が同い年のころ、算数国語など勉強した記憶がなく、ガキ大将を任じていたことも忘れて、
こんなことも分からないのか?たった今さっき、教えたばかりじゃないか!・・などと、時には御法度の体罰=頭を叩く=をやってしまう。教えている時、ものすごく、自分は短気になると、自分でもハッキリとわかっている。

思えば、私が急に学習熱に芽生えたのは、中一、か中二だ。それまで、ビリから数えた方が早かったのに、急に学年(300人くらい)で、2,3位になった。その秘密は、ある隣り町を、綬業をサボってサイクリングしていた時、偶然に入った非常に小さな教材店で、英語の試験に使われている学校教材を、見つけたことからだった。

学習塾で次のテストに出る部分の正解と解き方を教えてもらっていたのだから、2位になってもおかしくない。
ところが、英語だけ二位で、他の教科は全然ダメ、というのでは、すぐ秘密がバレルと私は考えた。
それで、他の教科も、急に勉強するようになった。

傑作なのは、私が教えてもらっていた学習塾だ。私が急に賢くなったのは、学習塾の所為だ、と噂が広まり、今まで数人しか塾生がいなかったのに、急に十倍くらいに増えた。塾の先生(今どきの学習塾ビジネス企業に雇われた若い学生ではなく、定年退職して自宅で教えているお年寄り)は その数の多さに ビックリ仰天。

今まで、一人も同級生がいなかったのに、急に知った人間が増えたため、私は、やりつらくなって、辞めた。


このネットに、ちょっと前に(と言っても、数年前)、偶然にもカーフル・ラーマ4世(今のビッグC)の 長い下店が続く回廊で擦れ違った。と言っても、相手も私も、”知らぬ顔”である・・いや、相手の方は、オヤッとは思っに違いない。現にネットはこちらを一瞬、振り向いた。この時、私は妻子を連れていたが、彼女は、私が癌で急きょ日本に帰ったことになっていた。ネットは顔は今も浅黒い顔をしていたが、顔面はキリリと引き締まっていた。

私がこの女と、片時の慰めに、一緒に住んでいたのは、8年前のことだ。といっても、正確には一緒にすんでいたのではなく、隣りに部屋を借りてやり、”隣り同士”で住んでいた。酒に強いと自負している(そのせいで、私は多発神経炎や、肝機能障害や、近頃では、高血圧、糖尿病にも罹患した)その私より、この女は、はるかに酒に強く、なおかつ、酒癖が一段と悪い女であった。当時、私はタイに一緒に住もうと約束した日本の女は来ないことになり、その、さびしさ を紛らわせるため毎日酒を一本くらい、飲んでいたが、この女は その頃に知り合った女で、いわば酒飲み相手だった。

酒は、最初の数か月くらいは別にして、それ以降一緒には飲むことはなく・…もっぱら、別々に飲んでいた。ネットは毎日女友達が来て、一緒に連れ立って飲みに行っていた。一緒にする事と言えば、時々思い出したようにする会話くらいなもので・・その会話も次第次第に話すこともなくなっていった。月に一度くらいは、一緒にベッドで過ごすこともあったが、その、月に一度の、お勤めの日さえ、或ることがあってからは、サッパリに御無沙汰になってしまった。

その、或ることとは・・

お見合いである。私は、インターネットで知り合った日本の女と、一度だけ、タイに来てもらいバンコクで会ったことがある。言わずとも、往復切符、ホテルつきのバンコク観光旅行である。ネットには、はっきりとは言わず、日本から来たお客さん、ということで、その接待ということにしていたが・・・
結果は、散々なものであった。日本の女は、白々しい顔をして、お礼も言わず帰って行った、ネットのやつが告げ口しやがったのだ。俗にいう”二兎を追うものは一兎も得ず”。しかし、私には、私なりの理クツ、早く言えば口実 があったのだ。ネットは単なるお手伝いさんという・・・。

ネットは、途方もない自堕落な酒飲み友達、いわば ものすごく横着な”お手伝いさん”て、とこだろう。
月に1度か2度くらい私の部屋の掃除をする。後は、何もない。それでいて、給料は、人並、いやこの人並が大企業の給料を刺すのであれば、それこそ、大企業の二倍は払っている。それでいながら、仕事はしない。もとはちゃんと決めてあったのだが何時の間にやら、なし崩し的になくなった。自分のことさえできないのに、何で他人のことが出来ようか・・この女は途方もない自堕落な女だった。トイレの傍の洗面器の外見を見てみればよい。この女ときたら洗面器で、毎日歯磨きする あの口からポタポタ落ちる歯磨きの涎が、堪り堪ってビッシリと厚さ2センチもあろうか、という高さになっているのだ。一回も洗面器の内部を洗ったことがないのだろう。それにしても・・毎日、歯磨きの涎が、こんなにも堪るなんて・・。

その途方もない自堕落な女が、私がお見合いをすると、激しく抵抗したのである。
思っても見なかった誤算である。こんな、途方もない自堕落な女なのに、激しさだけは、人の何倍も見せたのである。

私はこの女から逃げることを画策し始めていた。
カンチャナブリ、メホウソンからチェンマイ・・イサン地方を除く北タイを この女と一緒に旅行したときのことだ。

この女が、お父さんがいるチェンライに この際 行ってみないか、と提案した。それで、旅行も終盤に入っていたので、そうすることにした。チェンライについて3,4日遊んだあと、この女が、お父さんの家に寄ろうと言い出した。行ってみると、中には入らなかったが、6畳一間の、瓦屋根、土塀だ。

私はお土産に、ウイスキー4本を用意していた。4本というのは・・女に、ジョ二クロ1本でイイかと聞くと、それより、安い○○(バディ?)でイイから4本位、欲しい、といったので。

私は応対に出た親父に会釈して、4本を差し出した。親父は、背の高いネット(身長170センチ)に反して、身長が150センチあるか、ないか、だった。顔も、全然似ていなかった。頭は剥げていた。チビで、禿。ネットは若しかしたらインド人系の もらい子かもしれない。
・・・この親子が仲良く、家の中に入って行った。

翌日、私はネットを迎いに行くと、ネットはへべレキに酔って、歩くのも、やっとのことだった。親父も、家の中で、与太っていた。草むらの中や、アチコチには、4本の空き瓶が転がっていた。

ネットは『2週間ほど、お父さんの家に、泊まってイイ?』と聞いた。
私は、あゝ、泊まっていいよ、と答えた。
そして、2週間分の給料を前渡しした。

私が、バンコクに一人で戻り、チャンマイに夜逃げを謀ったのは、それから丁度2週間目のことだ。日通という運送屋が来たが、日本人は、『エライお急ぎの様ですね?チェンマイは、初めてですか?』と聞いた。
『いやぁ、チェンマイに嫁が来るもんでね・・。』

チェンマイには、実際には、まだ何もなかったが、ネットと別かれられる嬉しさと、新天地で嫁を探す喜びで、私の心はルンルンと踊っていた。

このサミテーベトという病院に罹った。といっても、病気でではない。妻の胎子の顔を見てみようというのである。

私は、実は、チェンマイの外国人専用のランナー病院で、妊娠6か月の胎子の性別をすでに見ていた。女の子だったが、しかし、この時は性別がわかる程度で、顔までは、わからなかったものの、五体満足との診断は、中年の女医の、確かな見立てであった。化粧も医師としての風格があった。それだけ診てくれて、トータルでたった250バーツ。
その延長線上に、サミティべートの受診があった、いや、正確にはある筈だった。

ケバイ化粧をしたサミテーべートの女医師は胎子をエコーで見ながら、こう呟いた。お腹の胎子は、鼻が広いです、と孔と思しきものを指していった。オヤ、と私は思った、孔らしきものが、うつっているのは骨鼻孔であって、皮膚でできた外鼻口ではない。骨鼻孔は上愕骨に開いた穴で、大きく、かつ、左右に開いている。その上の外鼻口が小さく上品に開いていても、骨鼻孔はでかいのだ。
この医師は果たして本当の医師か、という疑問がかすめた。お子さんの鼻の穴は、これですから、と言いながら、骨鼻孔を指示していうに及んで、この医師は似医師だというのがはっきりした。本物の医師がそんな基本的なミスをするはずない。

妻は、自分の子が広鼻で、鼻の穴が滅茶くちゃデカいというイメージで一杯になり、ショックを受けている。
この偽女医は、何と言うことだろう!胎子の骨鼻孔を外鼻口と間違えて教えて、母体たる妻に、大きな傷を負わせたのだ。

それでも、私が後で事細かにあの偽医師の出鱈目を教えたからいいようなものを。
もうこんな病院、クソだ。どこもかしこも大理石。器(うつわ)作って、魂入れず!

あとは、もう見ないでも分かる。見せかけだけの、インチキ。
日本人を馬鹿にしている。信用しやすい日本人を立派な器でごまかすインチキ。


トータルで、似医師の誤診付で9950バーツ。私は、サミテーべートで子供を産むのは金輪際辞めた。
せっかく子供を産むためにチェンマイからバンコクにきたのに、これじゃランナー病院の方が、100倍上も良い。

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子供は、ランナー病院で生まれた。五体満足、鼻は自然。

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次は、バンコク病院。バンコクだけではなく、パタヤにもある。また、プノンペンにもあり、この3つとも経験した。いずれも、期待に反して予想外の、株式会社であった。これについては、次回に・・

注意
この記事は、病院を見て器を見ない、つまり大理石に誤魔化されない日本で長年医師をした引退医師が書いています。

今日になって、突然私のタイブログへのアクセスがひどく増えたのは、勿論昨日勃発したクーデターのせいだ。
それで期待に応えようと、今回のクーデターの持つ意義、前回のクーデターとの違いと、同じ点 について書いていたのだが、突然 原因不明の氷つきで、アップデイトが出来なくなった。それどころか、データーも当然全て消えてしった。長時間をかけて書いてたのに・・クソッ!と思うと、無性に腹が立って 次いで阿保らしくなり『書くのはもう止め!』と決意したのだが・・・。

後で考え直して、要点だけを書くことにする。

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今回のクーデターの目的

タクシンの妹インラックは2年前の先の下院選挙で、圧倒的多数で勝利をおさめ、首相となった。しかし、それは中国人(客家=はっか)であるタクシンの編み出した、巧妙で汚い謀略を、インラックがタクシンの逃亡先からの指令に従って、忠実に実行した結果によるものであり、決して全国民の自然な意志の結果ではなかった。

今回のタクシン傀儡政権の誕生も、前回同様の謀略的な農民買収政略によっている。

ドバイに逃亡中(前回のクーデター後に汚職などの罪で懲役2年の実刑判決確定)のタクシンが少々綺麗な末妹インラックを首相しようと考えたが・・・
その目的の大きな一つは前回のクーデター後の王党派政権下の裁判所で下された実刑判決(汚職罪など)をインラック政権を誕生させ その下で、恩赦法によって無効し、タクシンが帰国できるようにすることであった。

その目的のため、タクシンはが初めて首相になった時に使った禁じ手を今回も使っただけではなく、今回は更に大胆かつ巧妙に、大規模に改良したものだった。それは一言でいうと、『タイ人口の過半を圧倒的多数で制する農民票の買収法』である。タクシンは自分の利益のために、ドバイや香港から、一生懸命、逐一指令を出して、インラックを動かし、演説させ、農民を感激させ、慟哭させた。インラックはこれらによって選挙戦を有利に勝ち進め遂に首相になることに成功したのである。

その買収法は皆さんもご存じのように、貢献党を政権党にしてくれたら、私ことインラックは首相になり、農民の毎月の収入を2倍にしてあげます、というものだ。その収入2倍化の方法は、なんと農民のコメを担保=質草にして、米1キロ当たり今までの2倍の金を貸し付けるというものだった。しかし、これは質屋の質草と同じであって、返さなくてもよいのだから・・結局は全国民の血税たる国庫の金で農民の収入を2倍にしたのと何ら変わらない。選挙中にまで振り返ると、インラックが訴えた収入2倍化政策は、何のことはない、まさに『国庫の金で全農民を買収した』のと変わらない。

その結果、今まで世界一のコメ輸出国だったタイは、コメの値段が高騰したので輸出が大幅に減り、タイの国庫は2兆円もの大赤字になった。しかも市中の物価は米、野菜、肉だけでなく衣類など生活必需品全般が大幅に高騰、このため、それまではユトリをもって暮らせていた中間層までが、生活苦に陥いるのではないかと真摯に心配し始めた。

王党派(上院議員、支配層、上流階級、中間層)はこのインラック政権を倒したい。しかしそれにはクーデターしかないlことは明らかであった。なぜなら農民票は絶対過半数を圧倒的に凌駕しているからだ。どんな手段を講じようが、何度 選挙をしようが、タクシン派は農民買収党なので必ず勝利してしまう。

そこで、王党派は憲法裁を使って、『米質草政策による農民への貸し付けを巡って多発した不正をインラックが怠慢により見逃した罪で首相(ほか8人の議員)を辞職させたあと、どうタクシン政権を潰そうかと考えた。

その結果は・・やはり軍のクーデターしかなかった。選挙による限り、タクシン派が必ず勝って政権党になるからだ。そこでクーデターを正当化するために王党派が考え出したのが、『ステープ元副首相による反政府デモを広大に組織⇒政府派の反独裁民主戦線の構成員(農民)を挑発する』、ということである。この挑発にまんまと引っかかったのが前記の反独裁民主戦線の農民のデモ隊だ。この結果、高速道路などからデモ隊にめがけて自動小銃弾、手投げ弾、迫撃弾が日常飛び交うようになった。

このタイミングで、国軍はクーデターを首尾よく勃発させて、遂にタクシン派政権(インラック政権だけでなくその後に期待された傀儡政権も)は完全に崩壊した。
後は、インラックら旧政権党を軍事政権がどう裁くかだ。インラックを遣っ付け過ぎると、タダでさえ王党派に憎悪を蓄積した農民の反発は、一気に暴発して、前回以上の内戦が、全国で起きやすい。

国軍のクーデターは数年毎に定例的に起こされてきたが、特に今回クーデターの意義は、以上のとおりだ。国軍は、欧米など世界の批判を避け、農民の激情を何とか沈め、タイ経済の大幅沈下を避けなければタイは大きなダメージを受ける。やがて誕生する軍事政権または暫定政権のお手並みが期待される。

タイなど東南アジアの医師は日本の医師と どこが違う

私が自分の子供を、タイの邦人には有名なサミティ―ベート(各地の)とか、バンコク病院(プノンペンにもあり、私は実際に掛ったことがある)など超高額な国策病院(株式会社)などには連れて行かずに、自宅で自家診療にこだわるのは・・治療費が異常に高い、などという経済的理由では毛頭ございません。過去のブログでも書いておりますように、日本の普通の腕の臨床医からみても、これら”有名”病院は、全面的には信頼できかねることを実体験で既に知っていたからです。つまり私は医師として普通の腕であっても、ここでは自分で診断し自分で治療した方が、より安心できる!!・・そういうことであります。

素人の同胞の方々は、上記の病院など(旅行者保険などが効くという理由以外に)、超高額治療費からみても最高の治療が受けられる、と信奉しておられます。それはそれで結構でしょう。が・・・そういう理由からであれば、むしろ、欧米人が良く掛る聖パオロ病院などの欧米系の医学部を普通に入り普通に出た医師が多い国策病院の方が、もっと良いのではないでしょうか。


なるほど前者びは、東大や京大など日本の有名大卒のタイ人医師は多い。しかしながらタイでは(他の東南アジア諸国同様)医学部(外国の医学部も同じ)を出るだけで、試験もなくて医師になれます。医師国家試験は有りません(法曹試験がない弁護士資格と同じ)。日本の後進国支援の一環で設けられた入学枠に入って、別枠で卒業すると、即、医師資格がとれるわけす。私はマレーシアのジョホールにある中華系マレー人の老医師が院長のクリニックに行ったとき、『国立 福島大学 医学部 卒業』 と大きく標記された1メートル×2メートルもの超でかい看板を、受付の壁に掲げていたのを見て笑ってしまった。笑ったのは その下に掲げられた文句だ。看板曰く『福島大学医学部、同付属病院 認定病院』 と大きくウタっておった。そもそも、大学病院や医学部がそんな認定をすることはない。しかも、そこは病院ではなく、老医師一人と受付2人程度の単なるクリニックだ。正看護士は一人いたかどうか!?

私はジョホールに住む多くの日本人に有名なここへ、血液検査の目的だけで受診したので、腕はどうでも良かったので心配はしなかったが・・。

老医師に私が『日本の医師です』 と言ったので、それでなのかどうか、わからないが・・・
老医師は血液を採る注射器を持つ手が震えて、針の刺入を2度やり直した。しかも、20ccの血液を採取するのに、10cc用の筒で一回取ったあと、検査項目に不足すると看護婦らしき女性に注意され、もう一回、同じく10ccの筒でもう一本取った。最初から20ccで採血すれば一回ですんだのに・・。老医師は この認知症的なヘマをして、流石に、バツが悪そうな表情をした。

検査費用は日本より5割高かった。私が検査結果を取りに行ったのは、1か月も過ぎたころだったか?!
体が元気になったため、結果など もう、どうでも良かったからである。

 まず、無呼吸症のバス運転手がまたも起こした大惨事ニュースから・・・

先般、北陸自動車道で起きた夜行バス衝突事故で、死亡した宮城交通(仙台市)の小幡和也運転手(37)が事故直前、上半身がハンドルにもたれ掛かる状態で伏せていたとの証言があることが分かった。 捜査関係者によると、小幡運転手は、上半身が前のめりになってハンドルに体を預けるような状態だったとみられる。再三の声掛けに全く反応せず、事故前に意識を失っていた可能性が高い。

 小幡運転手は睡眠時無呼吸症候群の簡易検査で要経過観察だった。県警は小幡運転手の居眠りが深かったか、体調が急変した可能性があるとみているが遺体の損傷が激しく、病気と事故との因果関係は特定できなかった。引用終わり

当ブログの筆者の私は医師ですが、同時に、同じ睡眠時無呼吸症(Sleeping apnea)の持ち主です。今までの医学考察から、今回の事故は、運転中に血圧が急上昇したため、クモ膜下出血などの脳内出血が起こり意識を喪失したのが直接原因だと言えます。

と言うのは・・・

睡眠時無呼吸症は、夜間寝ているときに舌根の筋肉が弛緩しすぎて咽頭内に著しく沈下し、空気の出入りがストップされて呼吸できなくなって起こる重い病気ですが、これによる主な症状は二つある。

第一は血圧の急上昇。呼吸が出来ないのに、睡眠中で意識がないため、意識的に舌根を上げて呼吸を再開することがタイムリーに出来ないので、血中酸素濃度の著しく低下する。それで酸素が少ない事に対する代償行為として、血圧がどんどん高くなるわけだ。通常は、このために血圧が頂点(200以上もざらに有る)に達した時点で目が覚めて、再度 呼吸を取り戻せる。しかし、この症状を毎日繰り返しているうちに、常態的に高血圧が続くことで高血圧症がどんどん進行・・更に動脈硬化も進行する(→脳内出血の入り口)。

第二は、夜間深い眠りが取れないため、起きているとき、特に車の運転中に、頻繁に睡魔が襲うことが多くなる。

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今回のバス事故では、第二の 居眠り で起こったのではない。運転手は年齢から見て(第一の)高血圧と動脈硬化が常態的にあって、運転中の神経集中(運転は大脳がフルに働いている脳内重労働)で
血圧が非常に上昇する(血圧が220~230以上になることも稀ではない)。血圧が、その頂点に達した時、脳内の血管が破裂、通常最も考えられるのはクモ膜下出血だ。これは、血管の周りを大脳皮質が取り巻いている皮質内の血管からの出血(普通の脳出血)と違い、大脳を取り巻く空虚な狭い空間であるクモ膜の中の動脈の破たんを意味するクモ膜下出血では、大量の血がどんどん、大脳皮質を取り巻くクモ膜下にホトバシリ出るので、ほぼ一瞬で、大脳皮質が圧迫されて、意識を喪失する病気だ。この運転手の場合も、クモ膜下出血だったと考えられる。

単なる居眠りだけなら、乗客が運転手を小突けば、すぐ目を覚ますので、これとは全く違う。クモ膜下出血で意識を失ったのであろう。

以上述べたように、睡眠時無呼吸症は、高血圧と動脈硬化が進行性に悪化する危険な症候群(真の原因がわからないので、まだ病名ではなく、症状の集合体の名に過ぎない)です。

現時点での最も良い対症療法は、
1.常時陽圧式呼吸装置をつけて就寝すること(常時、陽圧をかけて舌根が気道を塞ぐのを防ぐ)
ですが、これは治療機関から毎月機械のチェックを条件に同装置を借り受けなければならないので、費用も高く簡単ではない。

次善の治療法は
2.マウスピースで舌根の沈下を防止する。

以上の二つは、不愉快な装着感に慣れるまでが大変ですが、そうしないことで上記の病理が進行することを考えれば、素晴らしい効果が得られるはずだ。

さて、私はどのように、この病気と戦っているでしょうか?実は、そんな(不愉快な?)装置は付けていません。こんなものを付けて寝るのは、神経質で敏感な私にとっては、拷問のような(笑)ものだから。

そこで私は過去長年にわたって苦しんで来た最後の1年間(ちょうど その頃マレーシアに住んでいた)、私は毎日、どうしたら簡単に、睡眠時の無呼吸を軽快させられるか? と医学的考察をしておった。その結果、何とか物になった簡単な方法を編み出したのだ。必要は発明の母 とはよく言ったものだ。そこで今回、その方法を、読者の中に居られるはずの、患者さんまたはその関係者の方に、こっそり教えます。

それは次
服用で”若返り術”も期待できるCQ10、無呼吸症の切り札も期待可能か
投薬による若返り術も期待される補酵素Q10(コ・エンザイム・Q10)
の無呼吸症への応用だ。


まず、この症状(症候群)の持ち主は、同時に糖尿病も持っていることがヒントになる。どういう事かというと、糖尿病の人はグルコース(細胞内のエネルギー発生機関であるミトコンドリアが、エネルギーの原料にしているもの)を取り入れる機能が傷害されている(だから、使われないグルコースが血中に溜まって高血糖になる)。これを対症療法的に防ぐ方法がある。
それには、糖尿病を治すことだが、そうわ言ってもこれが簡単ではない。しかし兎に角、糖尿病を治療を怠らないこと。その上で、細胞内のミトコンドリアにグルコースが十分に取り込まれる方法を考える。

それには、コ・エンザイム・Q10の積極的摂取が良い。

コエンザイムQ10(正式にはユビキノンまたはユビデカレノンという、デカは10の意)の発見は、医学史的にはごく最近に属するもので、発見当初は微量ですごい機能があるため、ビタミンの一種かと考えられていた。しかしこれは人間の体内で自然に作られている微量物質であり、実は人間だけどころか、哺乳類、爬虫類、両生類などでも、Q分子の側鎖の数が人類の10個と同一でないだけで、同じように持っている(ユビキノン)。子犬も体内でコエンザイムQ つまりユビキノンを作っているのだ。子犬が人間の子供同様に元気いっぱいなのは体内で製造している、この微量物質のなせるわざである。

この微量物質は細胞内のエネルギー生産工場であるミトコンドリアが、エネルギーの原料(グルコース=ブドウ糖と酸素)からエネルギーを作りやすくする補酵素(酵素の機能を補う)です。これが有るのと無いのとでは、エネルギーの生産効率が非常に違ってくる。これがないと、エネルギーが少ししか生産されない。下等動物は進化の歴史で、これを獲得したが、更に、種が進化して高等動物になる際にも、この補酵素もまたQ分子の数が違う形で進化してきた。

残念なことに、この補酵素の生産量は子供時代がピークで年齢が20代を超えると、次第に少なくなる。それで、体力(筋力)が落ちるとか、動作がゆっくりで緩慢になるとか、皺が出来るとかの大きな原因の一つになっている(=Q10が若返りに使われる理由)。子供や子犬がエネルギーが迸り出るように、元気一杯なのも、体内で大量に生産されているQ10のなせる業(わざ)だ。モウロクした老人が、非常に動作が緩慢なのも体内でのQ10の生産がストップしたせいである。Q10が無いと、1モルのブドウ糖からミトコンドリア内で生産されるエネルギー(ATP=アデノシン・トリ・フォスフェイト=アデノシン三リン酸)は、最大で二けたも減ってしまう。

さて、ここで再び睡眠時無呼吸の話に帰ろう。

舌根が沈下する原因の一つは、無呼吸の患者が糖尿病患者に多く合併することから推理できるように、舌根の筋肉細胞がミトコンドリアからエネルギーを受け取り難い為、(睡眠時には全ての横紋筋が弛緩するのであるが)、その横紋筋である舌根の弛緩が、無呼吸症の人は、普通の人以上に大きく弛緩する故だという仮説を立てれば、その防止は、簡単である。

すなわち、睡眠前(たとえば)1時間前に、Q10を 十分に摂取しておく(最近では一日150mg或いはそれ以上取っても良い、と考えられている)ことで、舌根の完全弛緩が防げることが期待できる。

舌根の筋肉細胞のエネルギーが、睡眠中も一定限度の量だけは保障されるからです。つまり舌根横紋筋が完全に弛緩してしまわない程度のATPが供給されるからです。そのうえ更に、細胞でのブドウ糖の利用を促す製剤(糖尿病薬の一種)も併用すれば、トータルで、かなりの効果があるのではないか、と期待できる。

私はその一つとしてクロミウム製剤(GTFクロミウム、ピコリン酸クロミウムなど)を利用している。この製剤は、肥満防止にも役立つ。私はピコリン酸クロミウム1000マイクログラム(=1ミリグラム)と、GTFクロミウム200マイクロを睡眠前にCQ10と共に摂取している。両者とも本体は同じピコリネイトクロミウムではあるが付加物に違いがあるため細胞の吸収率が多少違う。

最後に、CQ10が致死性の重篤な病状に対しても、非常に有効な治療薬として使われる1例を紹介しておこう。
それは、たとえば心不全である。心不全は放置すれば、即、死に至リ得る重篤な症状であるが、CQ10は立派にこの症状を改善し得る。投与する薬剤名としてはユビデカレノンであるが、この名前がCQ10と同じ であることは既に述べた。心不全時には、他の薬剤とともに僅か10mgを1日3回投与することで、重篤な症状を緩解しうるのである。しかし、今では上記のような精神的肉体的若返りの目的のために一日150mg以上でも問題なく利用されている現在では、心不全の緩解目的に僅か 1日10mg×3回 というのでは勿体なさすぎる。

CQ10(ユビデカレノン)の応用は無限である。たとえば、ほんの一例だが、酒の飲み過ぎで肝臓がアルコール性肝機能障害を起こしたとき、CQ10を飲むことで、傷害された肝細胞が、内部のミトコンドリアが最小の原料で最大のエネルギー(ATP)を生み出せるゆえに、豊富なエネルギーを得て、元気になリ易く、それで細胞が正常に回復するまでのスピードが速まるのである。実際、私自身が しばしば、アルコール性肝炎になるのであるが、CQ10が奏功することを確認している。まさに小生は『医者の不養生』の鑑(かがみ)、または『医者の不養生』を絵にしたような人間 なのだ(笑)。


もし睡眠時無呼吸で悩んでいる人があなたの周りにいたら、この記事を参照してはどうか教えてあげるとよい。
効果があった場合は、こころから感謝されるはずだ。

日本演歌の大先輩であるタイ・ルクトゥーン・ミュージック人気歌手、男×1、女×1代表的な1曲 ご紹介

                 せめてヘッドフォンで聞いて欲しい      

                 パソコン内蔵のスピーカでは殆ど音が出ません       

 

タイ歌謡の

プ リ ン ス こと、アイス (現役大学生)の

ディスコティクソング

 

     ★★★★ コン・チャイ・ンガ イ ←申し訳ないですが削除されています           意味は(皮肉っぽくに言うと)  気軽に恋をする人たち 

全く同じ曲はこちらにありました⇒http://www.youtube.com/watch?v=mvDn7Us9WXk


この曲の売りは、ファッションショウから飛び出してきたような白いドレスを着て踊る、『美しく超スリムなセクシーな女性』です。これとまったく同じファッションショーから飛び出してきたような白いドレスを着て踊るデブ女(100キロはある?)版のKon Jai Ngaiも、各局のテレビで、爆笑を取ったことがあります。その対比は爆笑ものでしたね。
残念ながら、これはTVショウだったので、紹介はできませんが、上の本家の曲を見ながら、同じ服を着て踊る『体も顔も超太った女』が踊る光景を、想像して見てください・・爆笑

     ★★★★+
 
   
上の曲の日本語版なら次

           ≪恋なんじゃない≫  ← まだ削除されてませんでした

 

 

 

 

 次に女性版を紹介しましょう。

 

 

タイ演歌

お嬢様こと、メンポー(Mangpor=トンボの意味)が、久々に頑張って上手な振り付け(というのも、普段は踊りは大味で繊細さを欠くから)で踊った曲は、次。

 


 

     ★★★★★ネン・ネン・ネネンシ ー   削除されていました。

ちょっと待ってね、今探してみます・・・
おーっ、まだ、削除されていない全く同じ曲を見つけました。 

   http://www.youtube.com/watch?v=K5BHrfbu4Gw&list=RDKJ_AHKlM-dA

\\ 

お姫様のお姫様たる由縁の一曲(若い王様に見初められたお姫様のストリーで。)は次。

 

    ★★★★★+A  Mangpor Lor Rak


 残念ながら、上記は削除されてました。同じ曲は見当たらない。

しかし お姫様の姿の振り付けではないが、同じ曲なら、次

      
http://www.youtube.com/watch?v=Sz8WxZYPGU8

 


未だ初々しさが残る可愛いメンポーの、少女趣味心を満たす逸曲(一曲)は次。

     ★★★★ー   http://www.youtube.com/watch?v=KJ_AHKlM-dA 
   

削除されてない例から、 歌手名、曲名を書くと、著作権関係者が検索できるので見つかって削除されやすいことがわかりますね。曲名も歌手名もない場合は検索コンピュータで自動的に探すことができないわけです。


さて・・・
メンポー
コスプレの達人・・少女になったり姫様になったり面白い歌手ですが、踊りの振り付けが、大味で、ガサツな感じでバタバタして見えるのが 玉にキズ!ですが、
そんな彼女のアルバムで、愛らしげな
田舎娘の、姿を見たいなら、次    

     ★★★★  Mae Krua Hua Kai

           すみませんこれも削除でした。
ちょっと探してみます。オーッ、ありました。下です。まったく同じ曲。

        
AVSEQ01 Mangpor   

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長い間に大半が削除されていたため、今回何とか改正したので、文面が鬱陶しくなってしまい、申し訳ないです。

そのお詫びに
一風、趣向の違った面白い歌手を次に紹介しましょう。

次はタイ映画界のイヤラシ系の女優さんが歌う曲です。変に妖艶過ぎるので、以前3歳だった時の我が娘に見せましたところ、大きな声で『怖い 怖い』と顔を隠してしまったほどです。

ここで注意して見ていただきたいのは・・・
音が流れ初めて丁度最初の30秒目で わずか1秒という瞬間に、『大柄のナイスなセクシーボディすなわち性欲をかき立てる肉体をきゅきゅっと捩じりながら、下半身もきゅきゅっと、二回激しくゆする動作はタイ女性ならではの動体性能です。私などは何度見ても笑ってしまう。

余談ですが・・動きが激しいと言えばタイ人女性はイザとなったらスッゴク動きも感情も激しいので有名。綺麗で上品な人でも、怒ると・・激しく怒鳴ったり攻撃的な態度をとるのが普通です。以前、ラヨーン県で同じ病院に、浮気で(恋人や妻に)チンチンをちょん切られた男性の急患が同時に二人も駆け込むような、お国柄ですが、これもまた、激しく攻撃的なタイ人女性の感情のなせるわざ。チンチンちょん切りなど、日常的に起きているタマダー(=普通)な出来事なので、そういう場合だけ、ニュース になる国ですから・・。
過去から現在まで、戦時中に一回だけ起きたお定さん事件の我が日本とは、月と鼈(すっぽん) くらい違うお国柄なのです。同じ女性なのに、片やすごく冷静、片や激情! 
下記に掲載した上品系の歌手も可愛い系の女優も、多分、『怒ったらビックリするほど激しい』と思いますよ。     余談終わり

                                                
曲の話に戻りますが、ぜひ30秒目は、注意してみてください・・
それから、周りの男性ダンサーは みんなオカマちゃんです。ダンサーはオカマでないと不味いんですね、この国タイではちょっと・・・

http://www.youtube.com/watch?v=9M_QHf-HrJ8

    
                                同じ歌手の別の曲は 最後に載せました。

上と同じ曲でも 上品系のプロ歌手が歌うと、あららっ、お嬢様風に大変身!という格好の例は次

http://www.youtube.com/watch?v=gjKTaieg1CA


次もまたタイ映画の、これは上のイヤラシ系ではなく、可愛い系のセクシー女優さんが歌うルクトゥーンです。  
        この女優も、もう一つ、別の曲を最後に載せました。

http://www.youtube.com/watch?v=SwBTwJ8SbbA

この可愛い系セクシー女性の周りの男性ダンサーも すべてオカマちゃんです。ダンサーがオカマでないと困る理由は・・・

タイ人の場合、若い男性は、
ものすごいと言いますか、度を越した浮気性で、若くて可愛い女にはすぐ手をだします(と思われている)。まして歌謡界、芸能界だと、若くて可愛い女性タレントは非常に危険なので、共演する下積み職の男性はオカマでないと、『女性タレントが身の危険を案じて大変嫌がる』のです。つまり、『正常な男性は怖い、オカマならOK 』だと、いうこと・・・。いやはや、日本とは逆さまの世界ですね。

なるほど、オカマは心が女性なので、女性を性的対象にはしないからね・・・
いや両刀使いも、たまにいるかも?

しかし、歌謡界で雇用されるオカマちゃんはプロダクションのお墨付きがある物ホン!
と言うわけで・・・タイではオカマちゃんは、日本とは違ってちゃんと社会に認められ、女性からも良い評価があるので、会社で『普通の仕事がもらえる』だけでなく、オカマちゃんならではの美味しい仕事もあったんです・・。
 




イヤラシ系女優の他の曲は  http://www.youtube.com/watch?v=1lQx1bKqfTU 

 可愛い系女優の他の曲は  http://www.youtube.com/watch?v=9tm03LGgIek














その他の歌手のクールB’sなタイ歌謡は

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最近の追跡事故死から見てみよう。

パトカー追跡の車、海に転落=運転の61歳男性死亡―京都・舞鶴

5月11日(日)11時20分配信

 11日午前1時20分ごろ、京都府舞鶴市浜の舞鶴港内で、府警舞鶴署のパトカーが追跡していた乗用車が海に転落した。車は約4時間後に引き揚げられたが、運転していた同府福知山市の無職男性(61)は搬送先の病院で死亡が確認された。
 同署によると、パトカーは同1時17分ごろ、交差点で信号無視の車を発見し、逃走したため約600メートル追跡。車は海沿いの道に入った後、車止めの石を乗り越え、高さ約1メートルの岸壁から転落した。パトカーは時速20~40キロで追跡していたという。
 舞鶴署の村山三鶴副署長は「本当に残念。追跡方法が適切であったかはまだ調査中で、現時点でコメントできない」と話している。

上の例では逃げたのは年寄りだが、少年の場合も被追跡死は良くある。

一方は年寄り、他方は年端もゆ行かぬ若年者だ。高齢者と若年者・・いずれも、年齢的に弱者であり、精神肉体的に劣った者たちに、この種の事件の特徴がみられる。

微罪であるにもかかわらず、警察への恐怖から(精神的にアンバランスゆえに)、逃げてしまう・・・。しかし、肉体的に(技巧的に)劣っているがため、事故を起こしてしまう。そういうことだ。


また、被追跡者ではなく、被疑者が逃げる際に、巻き添えを食って、関係ない人が死亡するという例も良くある。
たとえば、パトカー追跡中に、逃亡車が信号待ちの車に衝突して1分後に炎上して無関係の二人が焼死した事件で、見てみよう。一寸長いが、警察の職権についても(司法が)述べている案件なので、ちょいと我慢して読んでみよう。

パトカー追跡事故、警察官の救護責任を認めず

パトカーの追跡を受けていた乗用車が信号待ちをしていた別のクルマに追突。このクルマに乗っていた男女が死亡した事故で、遺族側が岩手県(警察)を相手に起こしていた損害賠償訴訟の判決が2月25日、盛岡地裁で行われた。

裁判所は「追跡に違法性は無く、救護義務違反も無かった」として、遺族側の請求を全面的に棄却した。

問題の事故は1994年3月31日に発生している。同日の午前0時20分ごろ、盛岡市上堂1丁目付近にある国道4号線と県道の交差点で岩手県警・盛岡西署のパトカーから追跡を受けていた18歳の少年が運転する乗用車が右折レーンで信号待ちをしていた22歳男性運転のクルマに激突。クルマは直後に炎上した。

パトカーは追突被害を受けたクルマの横をそのまま通過。十数メートル先で停止した容疑車両の真横に停止し、運転していた18歳の少年の身柄を拘束しようとしていた。その間に追突被害を受けたクルマが炎上。乗っていた男女2人が焼死している。

いわばパトカー追跡の巻き添えによって死亡した2人の遺族側は「警察は容疑者の検挙を優先し、被害者の救出を怠った」と主張。1997年に岩手県(県警)を相手に総額1億4000万円あまりの損害賠償を求めた民事訴訟を提訴した。

県側は「追跡に違法性はなく、容疑者には逃走の恐れがあり、何よりも優先しなくてはいけなかった。事故に巻き込まれたとされるクルマには人影が確認できなかった」と主張。真っ向から対立。裁判は長期化していた。

2月25日に開かれた判決で、盛岡地裁の高橋譲裁判長はパトカーによる追跡の必要性について「窓に濃色の(スモーク)フィルムを貼り付けた上、警察官の指示を無視して逃げる運転者の犯罪を疑って追跡を行っており、これは不適当だったといえない」として、その正当性を容認した。

また、追跡の距離は約540mで、時間にして30秒弱。約100mの車間距離を保った状態で追跡が行われていたことから「追跡自体や方法にも無理がなかった」とした。

最大の争点である救護義務違反については「追突された車両に乗っていた人の生命や身体の安全が確保されないことが“相当の蓋然性”をもって予測され、それを追跡した警察官が認識できる際に生じる」という前提条件を新たに判断。これに照らし合わせてこの事故における警官の責任を図ることになった。

今回のケースでは「警官は追突事故発生を認識したが、事故を間近で目撃していない」、「追突されたクルマに乗っていた人影を目撃していない」、「追突から炎上までは最長で73秒程度であり、当時のパトカーの位置関係からは注意を払うことが難しく、警官が気づいた時には炎上していた」と判断。前提条件にはいずれも該当せず、「相当の蓋然性をもって2人が死亡する状況を予測できなかった」と判断した。

これらの理由を総合的に判断した結果、裁判所は「パトカーでの追跡、救護義務を含めて警察官に責任は無かった」と判断。遺族側の請求を全面的に棄却している。

パトカー追跡を起因とする事故は全国で多発しているが、第三者が巻き込まれるケースもこれまでに数回発生している。

追跡については確固たる規定が定められておらず、すべてが現場判断に一任されている。これが事故の多発を生み出しているとも考えられるが、警察庁はこの部分の規定を定めることには消極的な姿勢しか見せていない。

なお、今回の判決を遺族側は不服としており、近日中に控訴するものとみられる。

《石田真一》

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ここいらで、私の持論『微罪で追跡して被疑者を死に追いやるのは、生物学の世界では『病原微生物を攻撃する体内の免疫システムが、暴走して正常な肉体を過酷にむしばむ病的現象』と認識されており、これを社会的に言えば、まさしく『公権力の職権乱用罪』である。

生物で行われているこのような現象は、例えば体を外的などから守る免疫システムが、花粉や自己の細胞に対して過酷に攻撃する過敏反応に見られる。非常に難治性で、患者は筆舌に尽くしがたい苦しみを味わう。

たとえばアトピー(性皮膚炎)とか膠原病(自己免疫疾患の総称)。これらは、外的を殺すために『5~6億年かけて進化した、体に生まれつき備わった免疫システム』が、大した敵でもない、つまりほとんど無害なのに(=人間社会の世界に言い換えれば=社会に殆ど害を与えない微罪であるにも拘わらず)
体内の軍隊また警察に相当する免疫システムが必要以上にその微罪を攻撃して、よって、難治性の病状を引き起こす、ということに相当する。

この現象は、免疫が些細な病原性に対して必要以上の過大な攻撃を与えることで過酷な病状を引き起こす病的反応として認識されているように
上記のような社会現象は、病気=つまり職権乱用という犯罪 である。にもかかわらず、薄っぺらい(安っぽい)正義感と、東大閥を頂点とする最高裁事務局の人事考課に、しっぽを振って出世を願う多くの世俗的裁判官たちに、そのような深い病理など、わかろう筈などないのである。

東大閥を頂点とする最高裁事務局は、裁判官が下した過去の判決などを人事考的に管理し、もって裁判官を牛耳ってきた。検察官の書く論告求刑(裁判官に突き付けられた”判決書”)に反して、無罪を多く言い渡す裁判官は、左遷される。最高裁事務局は、官官交流(=裁判官と検察官の交流=判事と検察官の交流、つまり判官交流ともいう)などで、裁判官と検察官の意思の疎通を良くして、検察官の書く論告求刑=”判決書”を、裁判官がその意を酌むように期待してきた。その結果生じた現象がなんと、99.99%という先進国でも突出した異常な有罪率である。欧米先進国ではこの有罪率は60数%である。99%と60数%は驚くべき違いはないように思えるが、その真の意味は絶大だ。

欧米では1万人起訴したら3千人ほど無罪になる。
一方、日本では、検察官に一度起訴されたら最後、1万人中9999人まで有罪になる(根拠は・・年間、大略80万件の起訴事件中、無罪はわずか凡そ80件。つまり有罪率は99.99%である。)欧米では1万人に無罪3千人、日本で1万人に無罪は1人。恐るべき数字である。

先進国の中で、日本だけ突出したこの異常な有罪率を、最高裁事務局は『日本の検察官は、無罪になりそうな事件は立件せず、有罪が確実な事件にのみ限って立件している』と、言い訳しているが、詭弁もここに極まれり!!

この詭弁では、『では、欧米先進国は無罪になりそうな証拠不十分な事件も公費を無駄に使ってでも敢えて立件しているのか?』ということになり、欧米先進国に失礼ではないか。

社会に殆ど害を与えない微罪にもかかわらず、精神的年齢的に弱い年齢層の被疑者を、とことん追跡して、その結果、死に追いやる。そして、たとえ、微罪追及でまき沿いを食って関係ない市民が死んだとしても、警察は絶対に正しい!・・・・とする。
このような警察の病的な異常行動は、『最高裁事務局に媚をうる(=僻地に飛ばされたくない、出世したい )裁判官たちが世俗的な欲望によって総体的に作りなした結果(諸判決)から来るものであろう。もともと、裁判官たちの、世間に比べて非常に高い超高額な年棒は、権力志向や世俗的精神買収などで、判決を左右されぬために=つまり、絶対的正義を成すために=設定されたのである。それが、いまや、最高裁の志向のままにコントロールされている。実に嘆かわしい病理である。


半年前まで住んでいたマレーシアに、今から、(運転を交互にしてもらう友人と一緒に)、『荷物を取りに行き、ついでにマレーシアの銀行口座を解約(預金残高を引き出す)する』ために、今すぐマイカーで出発します。当記事はそのわずか30分前に書いたので、まことに要を得なく、申し訳ないと思っています。また機会があれば、整然と書き直してみたいです。

まだ記憶に新しい、文春の あの、『今週の馬鹿』は執拗なまでに世界中に告げ口をして回るパックネだったが・・・日本人の今週の馬鹿として、私は 或る珍説を出した人物を推薦したい。

國學院大の博士課程で日本史を専攻した矢部健太郎、その人だ。日本史で博士号をとって同じ国学院大の準教授にまでなった位だから、日本史に関してはさぞかし博学で物知りには違いない。
しかしながら、物知り、博学といわれる人に限って、よく、木を見て森を見ず、とか、針小棒大とかに陥りやすいものだ。
彼の場合もそうではないだろうか。

歴史上、秀吉の姉の子の秀次は、跡継ぎに困っていた秀吉の養子となって関白にしてもらったものの、秀吉に実子が生まれるや、2年後に手の平を返えしたように秀吉の心は急変し、関白秀次を高野山に幽閉して、切腹させたと言うのが定説である。

これに疑義を唱えたのが矢部さん(以下、矢部と略す)だった。
その疑義を抱いた最初のキッカケは、石田光成ら五奉行が出した切腹命令書の日付けが7月12日で、僅か3日後の15日に秀次が切腹したのは、高野山までの120キロもの距離を考えると、命令執行のため兵隊が僅か丸2日で着くのは困難でオカシイと考えたことだった。

次いで矢部は、秀吉が高野山を管理する僧にあてた手紙に『秀次には、逃げないように監視役を付けるとともに、料理の係りなどを世話するように』という枝葉文の後ろ半分に着目。秀次を切腹させる気なら、料理の係りなど要らないはずだ、いうのだ。
だから、秀吉は本来秀次を切腹させる気は無かったのであって、秀次の切腹は将来をはかなんだためか、或いは身の潔白を晴らすために自ら自害したのだと、いう新学説を唱えた、と言う。

これは爆笑というか、噴飯ものの迷珍説だ。木を見て森を見ず、の最たる例ではないだろうか。
まず第一に最優先すべきは、基本的な史実『秀吉が五奉行命じて出させた切腹命令書』の存在だ。そもそも秀吉は、切腹を命じているのである。

第二には、秀次切腹後、秀次家の正室、側室、妾ら一族郎党39人を皆殺しにしたという動かしがたい大事実だ。39人には幼な子たち多数も含んでいる。この悪魔のような仕打ちは、秀次への憎悪だけではなく、(将来実子が後を継いだときの安泰のため)秀次の子孫の謀反防止のためだったとも言われている。一族郎党を、鴨川の河川敷に設けた処刑場まで数台の牛車(ぎっしゃ と発音=ギッシギッシと音を立てるので?!)で護送して、まず秀次のサラシ首を39人に見せ付けた後で、多くの見物人が見る前で、全員を殺している。子供の場合は、まさに犬の子を殺すように首根っこを鷲づかみにして高く持ち上げ、おの子からむすめ子に至るまで、槍で刺し殺して鴨川に投げ込んでいる。

この二つの事実はお互いに関連して行われた、という事がもっとも重要なのであって、前記の第一の項目(切腹命令)を考えれば、秀吉が高野僧に料理の係りをつけろといったことは、むしろ秀次が幽閉されてから切腹命令までの長い期間(数ヶ月)の間に、栄養不全で病死されては困るからだ、と断言しても良いだろう。

歴史学の博士号は、時には、思考力が伴わない突出した記憶力だけでも取れることもあるのか?
それにしてもNHKがこんな噴飯モノの珍説で準教授を中心に、TV座談会まで組むとは恐れ入る。血税たる視聴料の無駄遣いではないのか。


國學院大学 文学部 准教授 矢部健太郎氏

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