戦力的知恵:とんでもない呑み助の女と露知らず同棲、毎日この呑み助から逃がれる方法はないかと思案していた・・

 

まずは、ウォーミングアップで、元駐在員をしていた日本人の方の話から行って見ようか。

 

岩城玲奈

 

ブログ(タイなどに移住する際の主要な問題点と解決法! )へのコメントを転載します

>私が初めてタイに駐在員として赴任したのは26年前の27歳の時でした。
>まだ独身で、赴任初日から現地会社社長から遊ぶなら飲み屋か風呂屋、今まで遭遇したことも無い美人とも沢山会うであろうが決して結婚の対象として考えててはいけない。
何故なら、あまりにも生活習慣、常識が違いすぎるから。
>
>最初は意味が理解できませんでしたが、何年もタイに関わっている内に、その本当の意味が分かりました。
 

私は、一般常識を備えた女性なのか、又その一族もそうなのかどうかも理解できない間は
>決して結婚なんぞすべきでは無いと思います。

 

>残りの人生を地獄の片道切符で進む羽目にならないよう気を付けていただきたいと思います。
>常識をわきまえたタイの人も沢山います。
>ただ、そういう人にめぐり会えるかどうかという事ですが。。。。

 

■貴重なアドバイスを読みやすいしっかりした文体で投稿してくれまして、ありがとうございます。

 

彼の言うとおりで、その女性と家族がどんな人達なのか、ほぼ分るまでは、結婚してはいけない・・・でないと大事な半生が地獄への片道切符になる。

 

この元駐在員のかたのコメントを見てくれた諸君には、

誰でもいとも簡単にできる、地獄の片道キップを掴まないストラティージック(=strategic=戦略的)な知恵を教えよう

 

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タイは勿論のこと、他の東南アジアでも、籍に入れると入れないとで、国家や社会から差別される事は殆どありません。そもそもタイ人女性のカナリの人たちが籍を入れないまま子供を生んでいるって事を知っておこう。

 

或る友人は彼女と結婚しようと考え彼女の独身証明書を一緒に取りに行きました。彼女は何年か前に既にタイ人との間に子供が3人もいまして、その3人の面倒も見る約束で結婚しようという事になったのです。

 

彼女の故郷に行って独身証明書を貰い日本領事館に訳文をつけて出すために領事館近くの翻訳屋に行って価格を聞いたら、なんとたった200文字くらいで2500バーツと言うじゃありませんか。英語に直す方はずっと安いのにイエスマンの日本人だけが割を食わされている。こんなのにOKしたら同胞の為にならない、と思い、断って、彼女と一緒にタイ日辞典で翻訳を始めた。

 

タイ語(タイ文字)を彼女が引き、彼がその和訳(日本語)を見る、と言うわけ。タイ語の文法は物凄く単純なので、立派な日本語訳ができました。あとパソコンで作成し、自宅を所在地とする適当な団体の名前で提出したところ、一言の文句も無く勿論OKになりました。が・・・お笑いは、次です。
その独身証明書には『下記のものは、非常に善良な女性(えっ、こんなことまで書くの?)にして未だ1度も結婚も出産もしたことのない者である』と、あったそうだ。

 

日本でも同じだが、一度籍を入れてしまうと離婚には莫大なお金が必要になってくる。慰謝料という奴だ。これはタイでも同じ。女性が離婚したい場合でも同じ。ある35歳のタイ女(某日本人のお手伝いさん)は、働かないで毎日飲んだくれていた夫と別れるためにブーナイ(ブルネイのタイ語)に2年間出稼ぎに行かざるを得なかったそうだ。

 

(正体も分らぬうちに)簡単に籍を入れるのは常識でしか物事を考えられない凡人か、籍を入れてあげる位の”結納金”しか、能がないひと(ごめんなさい!)。ユトリあるものは、まず同棲してみる。親を呼んでも構わない。その方が早くその一族の正体が分るから。

 

或る人は、風俗の若い女(18,9歳)に、貴方が初恋の人よ、とおだてられて、これで自分も一人前になれるかな、と期待しつつ同棲したのだが・・・・

ちょっと1ヶ月間日本に働きに帰っている間に日本の40代の医者、アメリカの純情な青年、頭がはげて前歯が全部抜けたフランス人を含む5人もの男をこしらえて夫々に甘い事を言って騙して結構な額のお金を貰っていた、という。

・・・・・・・

40代の医者とは毎月4,5日間一緒に住んで4万バーツ、アメリカ青年はアメリカの両親をインターネットの映像付きで出して彼女に息子をよろしく、とまでお願いしたのに青年が3ヶ月間アメリカに働きに行ったと同時に3か月分の家賃と生活費、その上 彼女名義で買ったバイクを持ってドロン!フランス人とは一緒に住む条件で20万バーツ貰って5日でドロン!何という奴だ。これが18、9歳の女のすることだろうか!彼女の監督の積りで親も一緒に呼んで暮らさせていたというのに、娘に食わせてもらう弱みがあるのか、逆に悪事の手助けする始末。嘘みたいな話だが・・・

二人の縁談には私も自分の通訳を呼んで立ち会ったことがあるので、これ 全部本当のお話です。

 

彼自身は、本当に初恋だったのか、騙されなかったものの、呆れ果てて直ぐ別れた(夜逃げした)という。彼女がこんな話を全部したのは、自分が以下にモテルる女であるかを、自慢したい気持ちがあったからだろう。

 

しかし、その後も、彼の携帯には何度もいや何十回も電話をかけてくるので、ついつい可哀相に思って一度あってみたら・・・

何時の間にか日本のSIMの入った最新のビデオカメラ付き携帯をすられていた。おまけに、ボーダフォンの緊急電話に紛失届けを出した時 まさかと思いながら半月間の電話代を聞いたところ・・・

 驚く無かれ!半月間で、20万円も使われていた、という(女がタイ国内同士で話しまくったのだろう、日本経由なので馬鹿だかい料金になった訳だ)。

 

それでも懲りずに彼は、また同じように、後2、3回だけ他の魅力的な女と同棲を試みたが・・・・。遅くて1月、早くて たった三日で(新婚旅行中に) 化けの皮が剥がれて別かれたそうだ。たった三日で別れた方の女は、男としての未練があったので、もう一度申し込んだら、なんとOKとなり!こんどは上手く行くかもと期待して一緒に住んだが・・・・今度も2日で、終わったという。彼が外出している隙に、おん出たそうで、おん出るとき、ついでに金目の物を少しだが、掠めて持って行ったそうだ。この女はチェンマイのセンターン(セントラル)デパート・エアポートの横のファーイースト(=極東)大学に通っていた。お金だけで行ける大学だ。


 

最後に私の話になる。これからが正念場。耳の穴をよーくホジッテ聞いてもらいたい。

 

日本で、3Kそのものの病院経営で健康を害し病院を処分して廃院した。そして、大分前に離婚してからの

独身が長かった私の心の支えになってくれた女性と、一緒にタイに住む事になっていたのだが・・

親の反対で来れなくなったことが決定的になったタイ滞在4年目頃、

・・・・・・・ひょんなキッカケから、色は多少浅黒いが、目鼻立ちが整って、背が170センチもあるインド系タイ人女性(25歳)と一緒に生活していた。ただし、同じワンルームマンションを二つ借り、隣り同士で住む形で・・。

もともと(日本人とタイ人が組んでやっている)組織の世話で、日本に興行ビザで行き、博多の郊外のクラブで、3年ほどホステスをやっていた女だったので、日本語が少しでき、自分を綺麗に見せる事に長けていた女だったが、日本人の泣き所を知り尽くしていた。また、自分が綺麗な衣装を着て物凄く綺麗に映っているプロが撮った大きな写真を 数枚持っていて自分を美麗に演出するのに役立てていた。

 

この女には、3歳の女の子がいたがその世話は女の母親(バンコクの郊外在住)が全部しており、その実家へ彼女を車で送るために何度か行ったことがある。

 

やがて、この女が桁外れの呑み助だということが分るまでに、そう、たいして月日はかからなかった。

 

毎日、女友達を自室に呼んで来るのは結構だが、直ぐ、バーへ飲みに繰り出す始末。それが、ほぼ毎日なのだ。タイ人は快楽に耽溺し易い(癖になり安い)というが、その通りで 相手を変え、行く先を変えては毎日飲みに行く。そしてヘベレケになって帰宅してベッドにもぐりこんだ翌日になると、また金をせびる。もういい加減にしろよ、と断ると、怒って口を利かないどころか 逆に私の自室に入ってきて、大きな声でわめき散らす始末。信じ難い怠け者なので、洗面タイルには、毎日練り歯磨きで歯を磨くのはまだ良としても、その後で 洗面タイル面を全く洗わないので、口からこぼれた練り歯磨きの汁が毎日乾いては固まり長い間に3~5ミリもの厚さで、びっしりと洗面の表面と言う表面いっぱいに、こびり付いていた。見掛けとは全然違う、そういうダラシのない奴だった。

 

これらの所業には流石に参った。

 

あるとき、お手伝いさんを伴って3人で北部タイを車で旅行したことがある。その通過経路に彼女の故郷があったので親爺の実家に行く事になった(両親は離婚してるので母親はバンコク)。

 

行く前にお土産としてなにが良いかと彼女に聞いたら、酒が好きだと言うので、ウイスキーより健康的なブランディーを3本買って持っていった。逢ってみると、親爺はたった140センチあるかないかという非常に背が低く小太りした50過ぎの頭のはげた男だった。私は、彼女に、『あの人、本当にお父さんか?』と聞いたほどだ。140センチと170センチが、横に並んで、お土産のブランディーを持って家に消えていった光景は失礼ながら、まるで喜劇かピエロと言っても良い。

 

翌日彼女を迎えに実家に行くと、なんと家の前の入り口付近に、昨日プレゼントしたブランディーの空瓶が3本ともあっちこっちに転がっているじゃないか。不安な面持ちで中に入り二人を呼ぶと・・・なんと140センチの剥げ頭と170センチの大柄な女が、二人とも仲良く、ヘベレケになってヨタヨタ出てきた。

 

これには忍耐強い私も、呆れ果てた。

 

私は彼女に、『2週間休暇を上げるから、ゆっくりしてから帰って良いよ』と言って、1か月分の給料+アルファーを渡した。その後 一路、色白美人の郷(さと)チェンマイへと車を走らせた私は、チェンマイに着いてすぐアパートを見つけ、契約した後、バンコクの自宅に取って帰した。

 

翌日、日本通運の引越し担当の日本人を呼んで・・・顛末をちょい聞いてもらったあとで、全家財道具を3日以内に、出来るだけ早く整理梱包してチェンマイのアパートに送る算段を整えて欲しいと依頼した。すると翌日、担当の日本人が13人ほどのタイ人男女を連れてきて、たった6時間で全品の梱包を完了、超大型トラックに全部積み終わってしまった。これには感激。

 

私は、向かう途中のセブン(セブンイレブンのこと)で買った新曲のチャイナドールと言うVCDカラオケを何度も聞きながら悪女と別れられた嬉しさでいっぱい、ルンルンしながらチェンマイと車を飛ばしたのだった。その中の1曲はこういうセリフだった。

 

下線部は日本語で歌っている

 

『(ケチでセコイ)中国人はもう

 

要らないわ。さよなら、さよなら。

 

これからは(金持ちで気前が良い)日本人ね。

 

日本人は何でも問題ない、問題ない(と言う)。

 

アー、おいしい寿司食べたい。』

 

 

註:タイ人の握る寿司はシャリをお餅みたいに硬くしているので

寿司ではなく 寿司もどき です。

富士レストランかZENで食べましょう。