以前、自らの尋常性乾癬の特効薬(後記註)を探しながら,カンボジアで

ボランティア医師をやっていた2年間、カンボジアの首都プノンペンに住んでいたが、そこから160キロ離れた海浜町のコッコン市(カンボジアの国境の町)経由でタイに一時、里帰り(骨休め)しようとしている途中の事。国境越えにコッコン市経由は珍しいが、カンボジアのポイペトの対岸 アランヤプラテート(タイ側の町=占領した国の意)経由よりも、パタヤなどタイの臨海都市には 走行距離が遥かに短いので、私は何時もこのルートを使っていた。


コッコン市内の給油所で 自分の車に給油した。店員はあーうー調の馬鹿っぽい?27,8の男だけだった。その男に  「ディーゼル ぺム・タン(満タンの意味)」と、注文した。車は日産NAVARAで、ジーゼル車とすぐ分かる。給油が終わって、走り始めると、1、2キロくらい走ったところで、エンジンがガタガタと大きく異常な音を発し始めた。これ はオカシイ、と思ったが、まさかガソリンを入れられたとは考えなかった。一旦エンジンを切って、暫く置いてから、再始動を試みる。すると、エンジンは激しいキューンと言う音を発して、停止してしまった。


ここに至ってあの給油所でガソリンを入れられたことに気が付き、そこに車を置いて、タクシーで給油所に向かった。1、2キロ走れたのは、ガソリンより比重の重いディーゼルが底に少し残っていたからだ。

 


あの店員を見つけて、「馬鹿野郎、ディーゼル車にガソリンを入れやがって! 車は1キロ先で動かなくなった。すぐ経営者を呼べ」、と私は ワザとも含めて 猛烈に怒鳴った。アホ男は右往左往しながらも ことの重大性が分り、経営者を呼びに行った。


経営者は 教育もありそうな、多少、良心的な奴で、アイム ソーリと謝りながら、私を連れて車で現地に向かった。経営者は車をロープで牽引して近所の修理工場に入れて、エンジニアに事情を話した。直ぐタンクが下ろされて、ガソリンの洗浄が始まった。少し軽油の混じったガソリンは また別の用途に使うのだろう、別のタンクに移していた。


私は これからタイに帰国するのに非常に不安を覚えながら、固唾の思いで洗浄作業を見守っていた。修理工場自体はご存知のように粗末で原始的だったが、工員(技術者)は 意外と、いや かなりテクニカルだった。洗浄もタンクだけではなく、キャブレター=混合器 やフィルターなど燃料の通路を全部、洗浄していた。やがて、洗浄は終わりタンクも元の位置に取り付けられたが・・。問題は エンジン周りが何らかの不調を起こしてないかだ。


経営者は少々のディーゼルをポータブルの小型タンクに入れて持ってきていた。給油が始まった。エンジンはかかるか、かかって欲しい、と念じながら、イグニッションを回す。


最初は 中々掛からなかった。不安がいや増しに高まる(それは洗浄でキャブやフィルターなどに燃料が来ていないからだったが・・)。

やがて・・棒でコズかれて目を覚ました象が うつら眼(まなこ)で周囲を見渡したが早いか、雄たけびを上げるように、エンジンは ブゥオーンと唸ってスムーズに回り始めたのだ。


万歳、これで無事、タイに帰れる。


カンボジア、特に首都プノンペンは ほとんど教育を受けていない馬鹿が、非常に多くいる(ほとんど男)。学校は国際支援の公費で無料になっており、只で小中高校に行けると言うのに、勉強が嫌で、学校に行かないのだ。カンボジアの若い男は怠け者が 非常に多い。


たとえば・・うちでは空港の近くの4号線沿いに借りていた新しい5階建てアパート(リフトはない、階段)。5階ともで部屋は7つあり屋上は洗濯物干し場など広場として使える。それでいて、家賃はたった2百ドル位だった。全部借りていたが、使っていたのは1階と2階だけ。そのアパートの横には 店をやっている同じ建物の続きで、その裏は こちらと共通というか地続きで、裏庭になっている。それで、彼らの様子がすっかり分るのだ・・・彼ら若い男女の立ち居振る舞いや習慣が手にとるように・・。


或る日こんな光景を目撃した・・雨が降ってきたので洗濯物を男が取り入れ に来た。ただし、丁寧に取り入れたのは男のものだけ。あとに、女の物が残っていたが、男は知らん顔。で、女物はすっかり びしょ濡れになってしまった。そこへ若い女が降りてきて、自分の衣服の惨状を目撃して・・・喧嘩が始まった。女はアンタの分も洗ってあげたのに!と、カンカンに怒っているが、男は頭を掻きながら、へらへらしていただけ。


カンボジアでは男は怠け者、女は勤勉。女は高校(国際支援で無料)に行くが、男は中学さえ卒業するか、どうか・・。で、女は強く、男はヘナチョコ。


こういう馬鹿が取り分け多いのがプノンペンだ。連中は 金を手っ取りばやく得る為に 車上狙いで生計を立てている。車上狙いと言っても 持ち主が帰ってきて、鍵を開けた瞬間、反対側のドア(エントリーキーで開けると全ドアが開く)から、金目の物を盗んで 脱兎のごとく逃げる。あらかじめ狙いをつけた車の持ち主が帰って来るのを待ち、ドアを開けた瞬間の ”瞬間芸”だ。つまりコツコツ働くのが大きらいで、一発勝負で生計を立てている。


私は こいつらに 車上狙いというか、車上狙いの強盗を 私自身 馬鹿みたいに6度もやられた。本当に 6度も!

こいつらは 車上狙いではない、持ち主が傍にいる目の前で 強奪するのだ。いわば、いや正しく強盗だ。

6回目のときは給油所で給油している間に 給油所の中で私の目の前で ドアを開けてバッグを盗んで 予めエンジンをかけておいたバイクに乗って 逃げて行った。


このときは 私は相当痛い目にあった。親子のパスポート計2通、7万バーツ、買ったばかりのGPS付きカメラ(5万円)などなど。今でも、パクって逃げた野球帽の男に 腹が立って仕方がない。特にパスポートには再取得に苦労した。日本のパスポートは約1ヵ月、タイのパスポートは 子供の母親の了承を文章でとるのに1ヶ月、パスポートの発行に2ヶ月、合計3ヶ月も掛かった。


プノンペンは、こんなにも 若い盗人稼業が多い。行った事無い人には分るまいが、物凄く多い。多すぎる。カンボジアの首相のフンセンは フンセン一家の蓄財に25年間精を出し、温厚な年寄りの国民からは(フンセン出演のテレビなどで良い様に騙されて)好かれているが、若者は とうに見透かして 諦めている。汚い金を巧みに使って、民衆というか愚民を巧く 手懐(てな)ずけて、選挙対策に万全を期す抜かりないズル賢い独裁者である。


膨張主義の中国・習近平に巧く取り入り、アセアン各国の中国の反膨張主義決議に激しく反対して、中国に気に入られる(そして何億ドルかの援助を得る)。中国の国家主席と全く同様に、どうしょうもない独裁者だ。フンセンがインフラと教育の復興を一生懸命にやらず、国際支援を食い物にしているから、こういう連中が運びり 無教育の若もんが(註;どいつも こいつも皆、野球帽を被っている)首都の隅々にウロウロしている。首都に一度2年間住んでみたら、分ります。


こう言う事が分ってから、

このとき(6回目の車上強盗)を最後に プノンペンみたいな狡賢い独裁者のいる町で ボランティアは金輪際すまい、と心に決めた。

最後に田山日本語学校の2年生を娘の家政婦に雇ったら、その家政婦が手引きした強盗に深夜に私やイソウロ中の友人の金銭やパソコンを盗まれた(女の丁度その時刻の携帯電話の通話記録が決め手)。これがカンボジアの現状だと 完全に目が覚めた。


※尋常性乾癬の特効薬 


長年良い薬がなかった尋常性乾癬は、7、8年前アダリブマブが創薬された。

しかし、これは 一部の重要な免疫機能を殺す薬なので、重篤な副作用(癌)が少なからず起こりやすい。

日本では いまだ、そのため認可されていない。

私は、自ら かっての研究医の経験を活かして、この薬(生薬)を探すのに、成功した。


それは タイ名=マラ、カンボジア名=マラヤ  日本名=苦瓜(または ゴウヤ)である。これ一つで 尋常性乾癬は 完全に治癒する。


なぜ、こんなにも簡単で、どこにでもある安い素材が完璧な特効(生)薬になるのに、尋常性乾癬で苦しむ大勢の人たちに 伝わらないのか?!それは 世界支配層の一員たる医薬品研究機関や製薬会社が 一文の得にもならない素材を 最初から相手にしない(研究しない)からだろう。そして発癌の可能性があっても、超高価なアダリブマブを研究開発したのだろう。患者自身も まさか こんな瑣末な一ブログに 真の特効(生)薬がうたわれているとは、誰も思わないからだろう。可哀想だが・・しがないブロガーには、多くの患者さんに これを伝える力はない。


使用方法

最初1~2年は 毎日一回、その後、次第に食する回数を減らしても十分効果あり。6、7年後には 1週間に1回で良くなる。食する一回分は 長さ約30センチのマラの半分か3分の一。(ただし、ここにあげた数値は全て、中等度の尋常性乾癬の場合)