nnanami2

癒しの国タイの 怠惰と享楽、酒と踊り、嘘と誤魔化し==日本人医師の啓蒙ブログ==このブログはタイを愛する人が一部タイ人の悪事に巻き込まれてタイが嫌いになってしまわないように 啓蒙することで、余計タイを好きになって欲しい、その気持ちで書いております。従ってタイやタイ人の欠点を書いた場合、一部の、という意味です== タイに13年近隣国に3年。あっという間に過ぎ去った16年間。その後半に書いてきた産経イザブログは2万6千人中、2位~10位のランキングで活躍しておりましたが、イザ廃止の憂き目に逢い、もうブログは辞めようかと・・が、引っ越しツールのお蔭で800タイトルを無事引っ越せたので、また活躍することになりました。ただ、面白知識全集など目次形式ブログではクリックしても無効です。ご面倒でも検索サイトで『タイトル名、nnanami2』で検索して下さい

2010年06月

現地人が、NGとするのは、本でよく紹介されるオーチュティルビーチ。白人がうようよの、ここは ピッポウ(泥棒、高くボルなどプロブレムを意味するクメール語)が非常に多いので辞めた方が良いと、、、。平凡な人は、群集心理で 大勢の人が居る所の方が安心できると思ってしまいがちだが、実はそういう場所こそ、Much of ピッポウ なのだ。そして、ぞんざいに扱われがち。これは、タイでも同じ。
ホテルも軒並み、高止まり。6,7軒全部にあたって見たがた、ボロい木造ホテル(あずまや風の)でさえ生意気にも30ドルもとる、、、汚なそうなのに。
要するに、どんなパラダイスもひとたび、大手の出版物などで知れ渡ると、大勢が大挙して集まってくるので、そこはパラダイスでなくなってしまう。パラダイスは、そんな本に載っている所にはない。パラダイスは自分で見つけるもの(偉そうな事言ってすみません)。

それに引き換え昔栄えたビクトリービーチは、今では少数派。 現地人と賢いファランが ノンビリくつろいでいる綺麗なビーチだ。水もきれい。レストランは少ないが、その中の或る大きなレストランに入ると、ソフトマットレスに布が引かれた木製のビーチソファーがなんと、無料!(たとえ注文せずともよい)、その上、アンコールビール大でも8000リエル(2ドル)と、これまた安い。
場所は、カジノ客を呼ぶ為に大きめのツインベッドが安く設定されたホリディ/パレス/カジノ/ホテル(25ドル,週末30ドル)からは、2〜3百m。今回宿泊した、気楽にくつろげて、A/C,バスタブ、冷蔵庫なども完備したホテル、Son Guonホテル(蘇源大酒店、ツインベッド13ドル=建物内部と室内は結構 きれい。外観だけが、ちょっと古そう)からは、700mくらいの所にある。

コッコンから定期的に走っているミニバスに乗って上記カジノに泊まった事があるが、このホテルにも停車してくれた。もっと安くて、それでいて快適、、リーズナブルに楽しみたい方は、このホテルで降りて、右に歩いて行くか(200mかそれ以上)カジノ前の、バイクタクシーで上記の蘇源大酒店に泊まるのが賢いやり方で、グーだと思う。ミニマートがカジノホテルの中にあるのでソコを使えば大抵の物が手に入る。
料理は、、、ちょっとオシャレなのがよいなら、海岸ベリのテラスで食べられる素敵な外人用向けの(大酒店の目の前の)レストラン&ホテル(1品4.5ドル以上)。お味は?
何度かトライしたが非常の美味しかった。

もっと安く、だけども美味しい店がいいと言う向きには、蘇源から右へ2,300m歩くと、その名も粋な、キャメロン(マレーシャのキャメロン高原出身か?テイストもマレーシャ流だったと感じたが、、、)というレストランがおすすめ。現地人御用達だから、味は保証できる。

マイカーで入ったカンボジアでは、本当に今でも往年の名優、アランドロンが大活躍していたのだ、嘘ではない。

、、といっても それはアランドロンのタバコ会社の話である。
カンボジアでは有名なアランドロンのタバコは、ちまたで吸われている。値段は20本入りのハードケースが2500リエル。円では57円。愛煙家にはうれしい話ではある。

カンボジアがフランスの旧植民地であったことから、カンボジアでも絶大なる人気のあった往年の名優の名前を、フルに利用してアランドロンのタバコを大いに売り出していることは、後で書いた理由によっても、十分にうなづける。

カンボジアの民放TVを見ていても、アランドロンブランドのタバコの宣伝は一目、目に映える。アランドロンブランド単体でも いろんなTVの番組を丸抱えで宣伝しているが、スポンサーが数社あるメガ級の番組でも、最優先のスポンサーとして登場する。流石はアランドロン!

私は、糖尿病なので、タバコも大いに控えるべきなのだが、タバコを吸うとその代わりにアルコール(糖尿病の大敵)の量がその分だけ減るので、総合計では糖尿病には良い、、、そんな屁理屈を自分で考えだして 特にブログを書いているとき等に吸っている次第だ(医者の不養生を絵に描いたような私ではある)。

私がアランドロンの映画に出会ったのは、かの有名な《太陽がいっぱい》なのだが、もっとも忘れられない名演技は、金持ちの乱暴でグウタラ御曹司であるフィリップを、ヨットの上で殺したあと、フィリップに成り済まして銀行からフィリップの口座にあるお金を引き出す為に、フィリップのパスポートのサインを投影機でスクリーンに投影して何度も練習するシーンだ。愛煙家に買ってもらいたい目的で、この名演技を思い起こさせようとの意図が、丸見えなのは、、、、アランドロンのタバコをワンカートンで買った時に貰えるビニール製の専用買い物袋。
そこには歳行ってもなお渋みを増したオシャレなアランドロンの映像があり、その下に大きく刻まれた彼のサインがある。アランドロンとフィリップでは全く違う綴りではあるが、そのサインの感じが、スクリーンで練習する斜めに切り上がったフィリップのサインを彷彿させる、と言う訳だ。

次に忘れられないシーンは、フィリップの友人が 彼がフィリップに成り済まして借りていたアパートにやって来た時、ばれそうになって仕方なく大理石の偶像で殴り殺したあと夕方になってから もの凄く重そうなその死体を、階段で必死の形相で引きづる様にして運ぶ時に見せた、あのタバコを死体の口にあてがうシーンだ。
その他、この映画ではタバコを吸うシーンが良く出てくる。なかでも印象的なのは、警部がアランドロンが泊まったサーボイヤホテルの部屋に尋ねて来たとき見せた 寝起きの彼の食わえタバコ姿。これは大変 シーンにマッチしていた。

このように考えると、アランドロンが旧植民地のカンボジアで、知名度の高いアランドロンの名を冠したタバコに力を入れるのは 決して偶然な話ではない。私は、アランドロンの他の映画はちっとも好きでないが、この映画の中のアランドロンは大好きだ。一人私だけでなく大方の紳士淑女の皆さんも多分そうであろうと思う。

してみると、アランドロンのタバコは独特のテイストで売れているのではなく、単にかの映画の力で売れている訳だから、最も衝撃的な忘れがいシーン、(フィリップの恋人だったマージェとフィリップの遺産をものにして)、ビーチで彼女を待っていたアランドロンが、まさに『人生最高だなー』と言う感じで美味そうに飲んでいた あのカクテル!

すぐ側に捜査官達が待っているとも知らないで飲んでいた かのカクテルを、何故アランドロンブランドで売り出さないのか!その理由は、、、、アランドロンの不良っぽいイメージは同じイメージのタバコにはマッチするが、紳士淑女のタシナミであるカクテルにはそぐわない?

カンボジアの置き屋の女に気を許し、高級携帯を盗まれた若い男の話は下に書いた。
http://nnanami2.iza.ne.jp/blog/entry/1661120/
このブログは上の続きの物語だ。

若い男は、一度は、英語が出来るマラに、携帯はもういい、女にくれてやる!と格好をつけたものの、翌日になって、自分の借りていた新車のレンタカーがどうも臭い。非常に小便臭いのだ。これは絶対におかしいと、臭いのする場所を探してみた。パッとみただけでは外見上は何ともない。もしかしたらと思って助手席の大きめのマットレスをはいでみたとき、何とまあ、小便が一杯たまっている。もう分かった、あの女しかいない!

置屋からホテルに行くとき、途中で大きなマートに女だけ残して一人で10分間ほど空けていたのが悪かった。お酒等を買っている間に、我慢しきれず、おしっこをしていたのだ。
それも束の間はバレないように、ゴムのマットレスを剥がして、絨毯の上に、500ccもの大量のおしっこをすると言う最低の奴。まったく、原始人よりも原始的な女だ。原始人なら、わざわざマットレスを剥がしてバレないように護摩化そうと考えない。何てタチの悪い奴だ。ラバーマトレスの上でなら、簡単に洗えるものを、その下の絨毯の上にしやがった。絨毯は車に一体化しているので、洗う事も出来やしない。翌日 洗車ショップで一生懸命洗ってもらったが、絨毯の生地深くしみ込んでいるので殆ど消えない。これじゃ、レンターカー屋に弁償させられる、と若者は思って、無性に腹が煮えくり返って来た。

それで、一度は携帯等くれてやると言ったものの、それは女に未練が有った故の事、ここ迄やられたら、最早 糞ったれ女に過ぎない。すぐマラを呼んで件(くだん)の置屋に行った。
着いてみると、オーンと言う名前のその女は、他の女たちと一緒に外置きの汚いテーブルを囲んで笑談していた。むろん、照明がないから月明かりの暗がりでの光景である。。マラは日本人の若ものが指差した女をみて、ワウ、この女は俺も良く知っている、俺が話してやるからユーは側に居て聞いてるだけで良い、と20分くらい説得したが、盗んでいないの一点張り。タイの下層階級の女と全く同じで、もの凄く強情でシブトイ女で、常にツラットした顔で嘘をつく。そのうちにボスの男がやって来たので、この男にも散々説得したが、『女は盗んでいないと言っている、皆もそんな携帯を見た事が無い』、と静かな声で、とうとうとしゃべっておった。こいつらは全員同じ穴のムジナだ!

女たちは、時折やってくる現地人の客が来ると、顔見せに行くがすぐ又戻って来て、話を聞いていた。件の女も、ツラッとした顔で、座っている。
そこで、若者はもう取り戻す事は不可能だ、と諦めたのだが、小便をマットレスの下にされた事が許せなかったので、仕返しに あの恥ずべき土人以下の行為(小便)を皆の前で(マラを通して)バラしたやった。

するとソコにいた全員が腹を抱えて、大笑いし出したのだ。なんと、件の女さえ照れ隠しで笑っていたと言う。
やはり、この職業の女は、人間に有らざると言うべきか、到底 信用できないだけでなく、原始人よりもタチが悪い。

若者が一瞬恋をした女は実は、かって有名だったポリネシアのカナカ土人!以下のマナー さえもないタチの悪い あきれ果てた女だった!と言うわけだ。


コッコンで英語が出来るMARAを雇って、シアヌークビルに車で移動。1週間の予定だ。
タイ語のナンバープレートを外して、タイの陸運局交付の英文プレートに取り替えて(封印等は無いので簡単)フロントウインドウに置いていたコッコンのイミグレがくれた紙のナンバープレートはシートの下に隠した。そうしたら100%OKと言う訳ではないが、多少は問題が少なくなる筈だ。なぜなら、カンボジアの陸路イミグレーションは、あちこちの国境に隣接する県にあるし、その各イミグレでも同じように限定的に車の乗り入れを許している筈だから、県限定の紙のナンバーをフロントウインドから外せばコッコン以外の領域のイミグレから入って来た車だな、とパッと見の警官も考えるだろう。本来ASEAN条約では英文プレートでASEANの一つであるカンボジアの国内は、何処でも行き来できる事になっていた。ただ、タイの間で、遺跡の所属を巡って、戦闘が時々起きている為に、タイナンバーの車を差別している訳。
おまけに、コッコンのイミグレに たむろする『ウザいったいチンピラども=笑顔で誤摩化す悪ども』が、シアヌークビルにいきたいのなら、自分を運転手として雇えば問題は無い、1週間200ドル+ベッドと食事代出せば運転してやる、といったのだが、、、と言う事は自分で運転して行けると言う事になる(運転手の国籍の問題じゃないから)。ただし、プノンペンだけは200%だめだと言っていた。P.Pにはシテもいない違反をでっち上げて”罰金”という名の賄賂を有無を言わさず取る警官が交差点ごとにウヨウヨいるからだ。私も8年近く前に何度も遣られた

かくなる次第で、今、私は、通訳兼助手(雑用)としてMARAを雇って、シアヌークビルにきた次第だ。

シアヌークビルに ななみ らを連れてくるときは、いつでもこの地域では美麗な、ホリディ/カジノ/パレスホテル(25ドル週末30ドル)に泊まる事にしていたが、今回は男の私と通訳の21歳のカンボジア男性だから、カジノ/ホテルからコッコンよりに2百m離れたチャイニーズ経営のホテル(現地名ソーヌンホテル)に泊まった。1泊13ドルの所、4日間以上なら、12ドルと言う事になった。安いからと言って、決して粗末な造りではない。ホテルの外観はやや古いが、内部は、全く問題ないくらいビューティフル、そして清潔。たいしたものである。部屋は広く、綺麗な造りで、エアコンはもとより、冷蔵庫やバスタブまでもある。シーサイドの部屋を選んだ。イヤー実に快適。MARAは部屋に荷物を移すときなど、何でもやってくれる。彼は、私の事をパパと呼ぶのがまた感じがいい。

ホテルのマダムもまた親切だ。マダムと言っても50歳くらいの大分くたびれた感じの叔母ちゃんなのだが、それが気さくな感じでなのが、これまた良い。
そのマダムに、チープで美味しいレストランをMARAに聞かせた所、(更にコッコンよりに)200m位の所にあるレストランが良いと言う。行って食べたところ、3皿+アンコール小2本、大1本でたった9ドルなのにお味がまた良い。
今迄は、海の側の外国人目当てのシーフードレストランに行って食べていたが、こういう場所なら、格式の差でもって最低でも一皿4ドル半、上のメニューなら20ドルはする。

明日から行動を開始する。今日は疲れたから、もう寝よう。

約10年前にAIRでポチェントンから入り、レンタカーで北のコンポンチャムから南のシアヌークビルまで”探検”(当時はまだ局地的には混沌としていた)して以来、5,6回ほどカンボジア深部を中心に(当時は未だあったSP村の、命からがら!の隠しビデオカメラによる突撃取材も含めて)見て回ったが、コッコンから自家用車でカンボジアに入ったのは今回を入れて2回目だった。

その前にも3回ほどトライしたがその一回目は、タイ大使館の焼き討ちによる不穏情勢のため国境が閉鎖されていたり、次は、ななみの母親がパスポート期限が切れていたため入れなかったり、最後は、登録証を(修理のためもう一台の方の車に入れたままだったので、)忘れて来たりと、散々な目にあってきた。

それだから、前回、私、ななみ 、その母親、友人の4人で、越境。2週間でカンボジア南部一帯(深部も)を探検して回ったときは、感慨深いものがあった。自家用車で行くとレンタカーには出来ない芸当ができる。
今回は『自家用で行くカンボジア1ヶ月間』の気楽な一人旅の始まりだ。

コッコン越境で、非常にウザイのは何か?(マレーシャ、シンガポール、ラオスなどのASEAN諸国と違い、)コッコンなどの陸路のカンボジア国境は、イミグレが悪の巣窟(賄賂など)であるという事。かつ、それに輪をかけてウザッタイのが、(イミグレの見てる前で堂々と強引に、旅行者に書類記入の代理を、勝手にやってしまう)
自称ヘルパーなるチンピラ(カンボジア人)
の存在だ。
この、うさん臭い連中が、笑顔と優しげなセールストークで旅行者に親切にしながらチップをせびる

まずイミグレから。ビザは本来ドルで、でも支払える(20ドル)はずなのに、”イヤ、タイバーツだ!”といって有無を言わさず1000バーツ払わせる。タイバーツは、ドル=約32バーツだから、1000バーツは約35ドル以上になり、政府に入れる20ドルとの差額をポケットに入れる訳だ。しかも、バンコクのカンボジア大使館のサイトによれば幼児は無料のはずなのに、大人と同じ1000バーツをこれまたうむ言わさず取る。おまけに、写真を持っていないと、さらに200バーツ加算するというアクドさ。200バーツ出させたからといっても写真を別に取る訳でもない。写真を出したからといっても、別に貼る訳でもなく、写真はそこらに放置している。要するに、更に200バーツ巻き上げる口実なのだ。これらのイミグレの誤摩化しは、前記の、うさん臭い連中が間違ってイミグレに申告したかのように装って旅人が任意に支払った形にして、連中を悪用しているわけだ(上層部にばれても逃げられる口実になる)

つぎに、そのヘルパー然としたチンピラ連中、これが何ともウザイ。彼らは20代の若者で、いかにも手続きに慣れれない旅人のために、イミグレに言われて手伝っている、という風を装って『半強制的に』代筆を始める。静かに、ノーサンキュウと言った位では、怖じることもなく、止めようとしない。非常に厚かましい連中なのだ。

これらの手続きは簡単なものなので、せいぜい20バーツで楽をしたいと思えば、代筆させても良いかも知れない。そうでないなら、断固大きな声で断るべきだ。意に反して書いて貰っても、日本人の場合は、チップを出さないと悪いと思ってしまう気弱さがあるので、、、。しかし最も望ましいのは、もし気持ちの上で可能なら、連中を利用した上で、ノーチップを押し通す。すると2回目からは相手にされなくなって都合が良い。決して、彼らの笑顔に騙されないように!パッと見、優しげな顔をしていようが、チンピラはチンピラに過ぎない。

問題は、自家用車で入国する場合だ。
これはややこしい手続きなので、慣れないと相手がヤッてあげようと言えば、面倒くさいのは嫌なので、どうしても頼ってしまう。車で出国するタイ側は、イミグレが雇った女性タイ人が《イミグレの窓口の中》で全部書いてくれるから非常に楽で安い(代筆代25バーツ)。カンンボジア側では、この連中が《イミグレの外側でやる》から、ここに(本来、無料のはずの幼児でも1000バツ取るとかの)大幅な誤摩化をされる余地が生じる。

では車の場合の実態に付いて述べる、、、
前回は、車で滞在する1日あたり100バーツだと言って、14日間で1400バーツをポリスに支払うと言って預かりポリスのところ(ボックス)へ行ってコッコン県のナンバープレート(紙で出来た代物)をもらって来ていた。

今回は二度目だから自分でしたかというと、、、
やっぱり連中にまかしてしまったのだ。
前回のコッコン越境で、もし自分でやっていれば、今回は簡単だったはずだが、(現にマレーシャ、シンガポール,前回のラオスは全部自分で出来たのだから)前回に代理でしてもらったせいで、すぐ『面倒くさい』という気持が働らいて、今回も(代理がさも当たり前)と言うかのように振る舞う連中の罠に、はまってしまった訳だ。奴らは、私の姿を見たら、笑顔満面に手を振って”歓迎”してくれた。国境が閉まる前に間に合うかな、と心配しながら焦っていたので、つい、罠にはまってしまった訳だ。

しかしながら、、、二度続けて連中に任せたお陰で、連中のからくりを、今回見破ることができたのだった、、、連中は、前は一日100バーツといって1400バーツも巻き上げたのに、今回は1ヶ月で1100バーツと言うではないか。おまけに100バーツはカスタムに、1000バーツはポリスに、と言う。前はカスタムの事は言わなかった。怪しい、と思い、こちらが『一緒に行こう』と言うと、『いや、そんな事すると、正規の一日100バーツになってしまうから、3000バーツになって大損しますよ』という巧い心理作戦で脅して、結局、自分だけで行った。

こちらが(早くホテルに入りたい一心から、何バーツ懐に入れるのか知らないが、そんな事 もう、どうでも良い、と言う気持ちになり)私が渡した1100バーツを、その男はポケットの奥深くに突っ込んで、まずカスタムの方へと走って行った。

しかし、遠く(30m)から見ていたが、男がポケットから取り出した形跡はなかった(大きな窓ガラスから見える。)結局、連中が大半を巻き上げているとしか思えない。ラオスはもとより、他の国でも一度として、粗悪な紙製のナンバープレート代などと引き換えに(=他の国では、タイの陸運局が交付してくれる英語の金属製プレートを元のプレートの上に貼付ける)金を取られた事はなかったのだから。これもそれも、全部、この うさん臭い連中が、イミグレとの間に割って入ることから、発生する。

今後は、断固断ろうと決心した次第だ。

次は携帯や、インターネットのSIMカードの入手方法について説明する。
プノンペンに住む人に教えてもらっていた事だが、、、
カンボジアでは原則外国人はSIMは購入できない。しかし賄賂込みで5ドルで買えると。

たしかにそうだ。ただ私は3ドルで買えた。コッコン市内(市と言うほどの町ではない。)の中央にある市場近くのメイン道路を市場からロータリーの方向へ100mほど走ると、道路のちょうど両側(向かい合った全く同じ位置)にハローと英語で 看板を掲げた店がある。そのうちのロータリーに向かって右側の店で、インターネット用のシムカードを買うと3ドルだった。特に何も言わず自然に売ってくれた。携帯用も同じだと言ったが、それはまだ買ったいない、というのは まずネット環境を整えるのが先決だったから。

この店でそのシムを買ったが、pcのセッティングは出来ないと言う。それでセルカード会社(名前はモビテル)のコッコン営業所に行く事になった。営業所は、ロータリを右に曲がって100mの所にあった。中にアップルをもって入ると、賢そうにはとても見えない(言っちゃ悪いが、誤解を承知で言うと、たいがいが、そう見える。笑)30くらいの男がいた。彼に、セッティングをお願いすると、自信なさそうな顔をして、無言でセッティングを始めたが、、、。

カンボジアのモビテルのモバイルシムの発信番号は、*99#dなのだが、アップルは文字板の並び方が少し違っていて、この   *   が何処にあるか分からない。そこで、自分で勝ってに * を探し出して、*99# で発信している。私が * はここにある、これで*99# で発信すればそれですぐ繋がるのではないか、と言っても、強情な奴で、いや大丈夫問題ない、会社の据え置きpcに受信機を差し込んだら据え置きpcからセットできる!と、言ったが早いか、突然さっとpcからモバイルのネット受信機を引き抜いてしまった。私は、(まず最初に受信機の受信状態を切ってからでないと問題が生じるので、遮ろうとするより早く)あっと言う間に引き抜いてしまって宣(のたま)う、、、これはプラグインなのですぐ引き抜いても問題ない、と。

そして、据え置きpcの方でセットを始めたが、、、
如何しても巧くいかない。あれこれとタイのD-tacの専門家にセットしてもらっていた全ての設定を弄くり回したあげく、本部に電話をかけて指導をお願いする始末。結局、巧く行かないでこの男は困っていた。そこで、私がこの  *  を入れたら、完了するはずだと丁重に進言すると、この男は、やっと、しぶしぶながらそれに従った。すると即、ネットにつながった。

おまけにこの男が受信を終了もせずに引き抜いたお陰で、アップルのアプリケーション画面が全部消えてしまっているわ、据え置きで いじったお陰でD-tac用の設定が全部削除されるわ、散々な目に遭わされた。しかもパスワードは入れなくても良いと言うのに勝手に設定して、しかもそれを私に教えるのさえ忘れた。あまつさえ、設定を弄くりまわしたときに、3Gにすべきなのに、ミスって一世代前の2Gにしておった。一番進んでいるモビテルでさえサービス員が、こんなにも質が悪いんだから、他のは言わずもがな!

ネットの早さはどうか?
(3Gを2Gにしているからと言うのも少しは関係あるかも知れないが、)
どうしょうもないくらい、超が二つ付くほど遅い。利用者が多いので繋がらないんだな、と夜の12時まで待って再度トライしたが、、ヤフーやアップルのサイトにがつながらない。どんな待っても、、。そのくせ イザ!はマア繋がる。おかしい。なぜ?
しかし、1時になったら、やっと超ロースピードで繋がった。イザはどういう訳ですぐ繋がる(といってもタイのモバイルよりはずっと遅い)のか分からないが、ヤフーなどに繋がらない理由は要するに、やっぱりというか当然と言おうか、受信のデーター量がもの凄く少ないからだと分かった。250kb程度のサイズの小さい添付文書を開いたときの事だ。なんと、なんと、毎秒、0.5kbくらいしか走っていない!

なんと馬鹿げたロースピードであるのか。使いものにならない。タイでは、混んでるときでも15kbは走るのに、、。30分の1 恐るべきロースピード

これがモバイルのネット環境の現状です。
つぎは、物価に行ってみよう。

おや、もう深夜になっている、、
この続きは次回にでも、、、

註:このブログを書き始めた日の翌日(つまり、本日)モビテルに行き、再調整をしてもらってから、時間帯を変えるなどして、何度もインタンーネトにアクセスして見たが、ヤフーなど十分以上かけても殆ど見る事は出来なかった。なお、プノンペンだけは3Gであって、そこに住んでいる在留邦人の友人によるとプノンペンでは問題ないそうである。プノンペン以外はあ全て2Gであると技術者が言っていたが、2G、3G以前の問題として、タイのモバイルの早さの何十分の一しかないのだから、使い物にならない事だけは、断言していい。夜の2時,3時、4時、5時と普通ならモバイル利用者がグンと減る時間帯でも、yahooなど 殆ど繋がらなかった。

1.
カンボジアにコッコンからマイカー(取材車両)で入って以来、既に5日間が過ぎ去った。《コッコンは夜中に女性が一人で歩いても大丈夫なほど安全で、のんびり とした居心地の良い田舎だ》と、7、8年前から言われているが、今でも似たようなものだ。特に、私は乾癬という難儀な皮膚病を抱えているので、体を酷使すると症状が悪化する。そのため、取材目的を忘れ この居心地の良い田舎で のんびり させてもらっている次第だ。あと3日でシアヌークビルに移動する事にしている。

2.
さて表題で、コッコンの田舎で《イザの真価》を発見したと書いたが、どういう意味だろうか?
コッコンでカンボジアのシムを3ドル(+10ドル分のリチャージカード)を購入して、ネットをしたところ、使い物にならなかった、と言うのは第一話で既に話した通りだ。
それ以来、毎日のようにyahooなどにアクセスをトライしてみたが、最初の日の夜中の何時頃だったか、、、一度だけ10分以上待って初めてメールボックスを開く事が出来てからと言うもの、全く開く事さえ出来ないという惨憺たる有様。タイの田舎(サタヒップ)では、あらゆるサイトがモバイルで結構早く開けた というのに、である。コッコッコンでは、yahooだけでなく、どのサイトも同じだ。

そのような超が二つ付くほど劣悪至極な環境下で唯一開けるサイトがあった!それがiza! だった。
yahooなどが開けない原因は超超ロースピードな環境のため、一つ一つのデーターの固まりが重すぎて、いくら待ってもその高さを越えられないからだ。いくら待っても、例えば10分間待ったとしよう。20幾つかあるデーターの固まりの最初の小さめの何個かは何とか越えている、しかしその次の大きめの固まりを越える事が出来ないのである。
そうこう している間に、通信スピードが0バイト(本当にゼロバイト)に頻繁になるため、エラーが続出して通信そのものが途絶えアクセス自体が終了してしまう。そのため、運が良ければ一番最初の数個の固まりによって出て来るyahooのイニシャル映像だけは出てくるものの、それで終わってしまう、と言う訳だ。それだけではメールボックスは全く開けない。グーグルやホットメールなども全く同じか、または、大抵の場合イニシャル画面すら出てこない。

しかしながら、、、、、
このような劣悪な環境にも拘らず、なんとイザだけは、サッと繋がるのである。
実に感激ものだ!イザは偉い。貧乏人のネット市民の見方、産経 のポリシーに感謝したい。
、、、その謎は意外と簡単なようだ。イザで見ていると広告がいっぱい詰まった一つ一つのデーターの固まりが大きすぎるyahooなどと違い、何十個もの小さいデーター毎に小分けして設計されているので、このような数キロバイトしか走らない劣悪環境でも、悠々と一つ一つ着実にコナシて行く事ができ、それで簡単に繋がるの様なのだ。
逆に、イザを高速な環境下で開こうとすると、yahoo等と比べると逆に遅いと思ったものだが、この訳は、イザが劣悪環境下でも見れるように数多くの小さいデーターの固まりに小分けし過ぎているのが裏目に出てしまうのかも知れない。

3.
コッコンの緒物価は?ボラられるか?
プノンペンやシアヌークビル、コンポンチャームなどでも経験したが、コッコンでも あまりボラれる事はない、と思って良いだろう。

ホテル:コッコン市内中心部、特にイミグレを出てから5キロ先きにある大きな橋を渡ってすぐ右に曲がると、道の川岸に3、4つほど、小規模ながら建てられたばかりに見える美麗なホテルがある。その一つにコッコンシティーホテルと言うのに、前回4人で来て泊まった時は、ツインルームが川側35ドル、道路側30ドル、シングルルーム川側30ドル、道路側25ドル、、だった。この近くの他のホテルも大体同じかも知れない。
今回は、一人旅だし30日もの長期滞在でもあり、そのホテルから100mほど先にあるKOLABコッコンゲストハウスに泊まっている。ここは、ゲストハウスとはいえ、建ってから間もない真新しい建物で室内も清潔で奇麗な感じ。ツインベッドA/C、ケーブルTV付き13ドル、A/C無し10ドル、シングルベッドA/C無し8ドル。私はエアコンで表面皮膚温度を常に下げていないと乾癬の症状が増すので、もちろんエアコンルームだ。
このGHで私は今朝大失敗をしてしまった、、、早朝に大雨が降ったのだが、昨夜から窓を開けたまま寝込んでしまったので、窓際にあるベッドが半分水で濡れてしまった。見られたら不味いぞ、これは! と思っていたとき、部屋の鍵を車に忘れたのでを部屋の鍵を架けずに車に取りに行って帰ってみると、ありゃー、メードの女性が既にベッドメーキングをしていた。しまった、と思い観念したような顔で部屋に入り、椅子に座って あっちの方を向いていると、他のもう一人居るメードと雑用の若いスタッフを連れて来て、濡れたマットレスを交換し、濡れたマットレスを乾かす為に通路に立てかけたりと、まめまめしく動いている。
全部終わったが、、、何も私に言ってこない、、、。大型ホテルであれば、タダでは済まないのに、ここはなんて家庭的で親切な宿かと、痛み入ったのだった。もりろんチップを3人に支払ったのは言うまでもない。

市場の相場:私が購入した経験では、魚も肉もタイよりは2割以上高い。野菜も同じ。ただし、これらは売る人が女性の場合だ。市場のすぐ外の露天で、取れ立てのカラス貝(アムール貝)を売っていた男は、正直なのだろうかタイより安かった。同じく露天で少女が売っていたマンゴーもタイより安かった。少女だから嘘はまだ付けないのだな、と思った。

お食事処:レストランも構えのリッパな店は、当然それ以外の店より3割から5割以上高い。私が常用している小さいが清潔そうな店の場合(市場の玄関前の道の右向う角にある)、例えばお肉や野菜がたくさん入ったスープ&ライス6000リエル(1ドル半)アンコールビア小3000リエル。
ここでも前述のような女性と男性とで正直さの相違が見られた。
前記のメニューの勘定をお願いした時の事、私がドルでお願いすると、ちょうど折よく帰って来たそこの20代の息子は、2ドルだと言った。するとその時 一見怖い顔に見える女将が、大声で怒鳴るように息子に文句を言って訂正させようとした。1ドルは4200リエルなので本来は2ドルと600リエル。息子の方に発言権があるんのか、それでOKになった。
通常、10ドル以下の場合、1ドルは4000リエルにされてしまうので、この店で食べたメニューは通常なら2ドルと1000リエルなのだが、息子(青年)は1000リエルはサービスしてくれた訳、、、
、、、、前回の4人旅でも、ここは良く利用した店だが、その時も女将が勘定すると、高い方に設定された。このレストランには従業員の女性が3、4人ほど居るが、外勤の一人をのぞいた家族の女は皆いつも怒った様な表情をしている。ところが、この店の旦那は彼女らと違って柔和な表情で勘定も正直だった。
以上から私が出した結論は、、、この国では女性は、怒鳴る様な大きな声で話し合う癖があり、外国人に対しては、せこくて 少しでもボロうとする傾向がある。逆に男性は大概、柔和で静か、正直な傾向がある。

最後に、男性が、たいがい関心を抱く、あっちの方の産業に付いても (私は乾癬の体なので全く没交渉ではあるが、)諸兄の為にと戦略的に知恵を働かせて鋭意調査をしてみた。
これについては既に知っておられる方々の《真のパラダイスは決して人に言ってはいけない》、というジンクスを守る掟があるので、考えたあげく、、、イザの透明文字で、次回ブログから少しずつ小分けにして書く事にする。これなら、nnamini2ブログへのアクセス数が増える一方で
パラダイスを荒らす事も殆どなかろうかと、、、



コッコンで英語が出来る兄ちゃんと一緒にカラオケに行く事になった。今日は通訳で世話になったのでカラオケ好きの彼にせがまれ(通訳のチップは渡してはいたが)、マアいいか!と思っておごる事にした。

私はカラオケは余り好きじゃない。医者の時代に散々夜遊びしてビールをたらふく飲まされ、医者の激務とも相まって、肝臓を何度も壊した経験から、もうウンザリと言う気持なのだ。しかし、明日は喉から手が出るほど欲しかったカンボジアのナンバープレートを彼の親類から手頃な値で売ってもらう事になっている(※後記)。その為もあって、私にはウザイとしか思えないカラオケにつきあう事にした訳だ。むろん私のおごりだが、、、、タイのナンバーやタイから持って来たASEAN用の英語のナンバープレートでは、絶対にプノンペンには行けない。しかしカンボジアのナンバーを付けておれば、特別な事がない限り大丈夫だとプノンペンに住む人のよく知る

代理店できいてもらった。代理店が言うには、警察にルートを通して賄賂を払って手に入れる事も出来るが最低200ドルも掛かると言う。(この国の公務員は全てが賄賂で動いているらしい)


カラオケ街は市場から真っすぐ北へのびる道を2キロほど行ったとき突き当たりにあるT字路の道路(未舗装)の両側に約30軒以上、隣接したり離れたりしながら軒を連ねている。
言わばここは全部がカラオケの村だ。カラオケ女性は店の前に総出で椅子に腰掛けて並んで居るので、車で行く場合は両側のカラオケ店の彼女たちを物色しながらユックリ流すそうだ。
私は、こういう風俗(コヨーテ、カラオケ、バー、キャバクラ、ゴーゴーバーなど)はもともと好きでないので、彼に自分の好きなのを選べと言った。
歌もあんたが歌ってくれ、自分は歌えないからな!と念を押した。
流しているうちに、男は2,3見つけたようだったが、一見すると店がなくなって暗がりの所まで来た(出発点から約1キロ)。それでUターンんをしようとすると、いや、もっと先にも何軒かあるんだという。そこら中の店を全部あれこれ見ているうちに今度は本当に終点に来てしまった。そこで、Uターンして彼が目星を付けていた店に直行した。

その店には、3人の女性が店の前に座っていた。30過ぎの女、15歳くらいの女の子、24歳の女性。たった3人しかいない。普通の他の店には、たいがい5,6人以上はいた。その店で彼が目星を付けたのは24歳の女性だった。

中に入ると、既に先客がいる事を示すため店前の看板を消灯してから、5人で飲む為に応接用の椅子が並べられた。私は、必ず飲む前にビールの値段をきく事にしている。もし聞かなかったら、いくら取られても文句が言えないからだ。それで、ママさんと思われた女に、値段を聞いたのだが、笑うだけで何も言わない。
そんな事でメゲて諦めて飲み始めると示しが付かなくなるので、笑いながらしつこく5,6回はきいたのだが、笑顔を半分と困り顔を半分するだけで何も答えてくれない。
MARAにいくらか分からないとここでは飲まない、と言う感じで聞いてもらうとアンコールビア(小)24缶入りで1000バーツと初めて答えた。こんなにも飲めないから、じゃー12缶で十分だ。するとマラが、『OK,OK!12缶なら500バーツだ』、とママさんの方を向いて確認するように言った。これならすごく安いと内心思った。酒の肴は何にするか、とママさんが言う。私はお腹を摩りながら、お腹はいっぱいだから、ノーサンキューとはっきり言う。

飲み始めると、我々が初めての客だったように、ママさんも24歳も、もの凄いピッチでグイグイ飲んで行く。まるでその日一日客が無かったかのように、、。そのうち、15歳にしか見えない女の子までもが、コップのナミナミとつがれたビールをキューッと何度も空けて行く。これは、すごい!その飲みっぷりの良さは、到底15歳の技ではないと思ってしまった。それで、これだけあれば十分と思っていた12缶のビールが、見る見る無くなって行った。

マラの通訳で、女の子に、君何歳?と聞いて貰うと(彼らはタイ語も英語も全くだめだった)、、、、笑いながら、18歳 と言う。そんな馬鹿な、と思ったが、その時はそれ以上は聞かなかった。私の左にはママさんが座り、左には女の子が座っていた。そのすぐ右横に24歳の(一見すると、ハリウッド女優のゴールディホーンに似た顔つきをした)厚化粧の女性が座り、マラはその隣に座っている。

カラオケは全部クメール語なので全くのチンプンカンプン。バンコク、チェンマイなら英語のはもとより、日本語の歌まであると言うのに、、、ここにはカンボジア製のカラオケVCDが、買ったとき付いてくる袋に入ったまま、そこいらにだらしなく散らばって置いている感じ。歌はマラが歌ったが、、
マラは下手とも巧いとも言えない歌い方で、歌手の歌声の方がずっと良かったのだが、女たちも歌わなないので、これじゃ興が醒めるとマラをせかして歌わせた。

私の両側の女性二人を観察していると、、15にしか見えない女の子とママさんの顔が、一見、似てはいないのだが、それとなく二人のやり取りから、これは親子だな、と分かった。それで一計案じて、まず最初に、女の子に私の手相を見せたあと、彼女の手相を見させた。それから、次いでに、、と言わんばかりにママさんの手相を見てみた、、、、
何と瓜二つ。ママさんが席を外した頃合いを見て、あの人は君のママだね、と笑って言うと、相手も笑って誤摩かすので、手相が、ママだと言っているよ!と言うと、そこで初めて白状した。すかさず、それから君は15歳ね、というと仕方なさそうに頷く。、、、、、これじゃ、まるで興ざめだと、密かに出る機会をうかがう事にした。

マラはと言うと、24歳の女性を、抱きつくわ、キスするは、もっと過激な事までしておる。滅多に行く機会が無いんだろう、ムシャブリ付いておった。すると私の方を向いて、ユーはハピーかい、ときく。ノーノー、ユーアーハピー、ノットミーと皮肉を言うと、マラはユーも同じ事していんだよ、100%ノープロブレムなんだから、、と。私は、『この子と あの女は母娘だ、ノー グッドだ。』
しかし、まあ、女の子がだんだん不機嫌になって来たので、手を握るか腰に手を回すか程度はした。その都度ママさんの視線が私の手に向かう、、、(これじゃ針のムシロじゃわい)

ビールも無くなって来たので、そろそろ引け時だなアと、帰えるような仕草をしたときのことだ、、、ゴールディーホン似の女性が私の手に彼女の手を差し出して、意味ありげにもう片方の指で丸を付くてくれる、、うーん、そうかOKなんだな、と満更悪い気もしなかったが、よくみると、この女性こそ、ママさんによく似ている。もしかしたら、と彼女の手のひらをグイと開けさせてみたら、なんとこの女も全くの瓜二つ。そこで、女たち3人の右手をグイと引っ張ってテーブルの上に並べて皆にみさせた。そして、私は大きな笑い声とともに3人に言った、『ユー、ママ  ユー、ドーター  ユー、ヤンガーシスターof ママ』

私は、日本語で、つぶやいた。
『これじゃ興ざめだわ』
料金は550バーツ、私は3人をからかって そこそこ楽しかったし、マラは思いっきりゴールディーホーンにイチャツイてニコニコしながら、店を出たのだった。
これで〆てたった550バーツ。やっぱり、最初に聞いておく事だ。


※後記
ナンバープレートの話は、全然ガセネタだった。マラ本人はいけると思っていたようだが、、。親類と言う車関係の男が言うには、カンボジアの登録証を持ってるか?だと、、。そんなもの持ってたら、苦労はしない、ぜよ。
マラは21歳だが、まだ何も分かっていないヒヨコだ。何でも、I know,I knowと調子の良い事をいうので、実際に彼の言う通り、知っていると言う所へ行く等してみると、実際には、ほんの聞きかじり!に過ぎない事の方が多かった。で、If you don't know ,pkease tell me I don't know .It's better.と言わざるを得なかった。ただし、お金に汚い点は全くなく、根はいい奴だが、、。

マイカーで入ったコッコンで英語が巧い兄ちゃんと知り合いになって、いろんな事を教えてもらった。得た知識は、支払った対価とは比べ物にならないくらいのビッグ価値があった。
兄ちゃんは、名前がMARA(まら)という日本語ではあれを意味するが、ここはカンボジアだから、むろん関係はない。その兄ちゃんから教授してもらった知識の一つに、置屋の女に関する詳細な情報がある。

註:私は何度も言って来たように、私の体には乾癬の赤い斑点がそこら中に散布しているので私自身にとってはこのジャンルは全く没交渉であることをご理解のもと閲覧ください。しかし普通の健康な男性諸兄には関心がある筈なので、nnanami2ブログへのアクセスを期待して、この種の情報も発信しております。ただし、、カンボジアでもこのジャンルは”本来は”タイ同様に違法!であると付言しておきます

具体的なデーターは、第一の2話で説明したように、凡人が大挙して押し寄せ、賢人が秘密にする事で守って来た相場を荒らしてしまうことになり、諸兄のお叱りを受けるから、と言う理由で、具体的な情報(現地価格で利用する方法、詳細な場所、その他)も発信するにしても、(複数のブログに小分けしてイザの透明文字(ドローすれば現れる)で書く事にすると言いましたが、、、ここでは逆に、置屋の女の持つ 本来の質(たち)の悪さ に付いてだけ述べるにとどめる。

MARAが相談に乗った或る経験不足の若い日本人は、件(くだん)の置屋に行き、すきなタイプの女を見つけ何度か通った。
彼にはその女が”清純そうな感じ”の女で、”気心が優しい”かのように思えた。いつもは置屋の汚い女の個室(言語を絶するほど汚い部屋)で事をなしていた。終了後の洗い場と言うのが、これまた個室の汚さに輪をかけたように薄汚い便所で、その水というのが、古ぼけた大きな樽に雨水を貯めたんじゃないかと思える薄汚れた水。
それで男は大枚を支払って、オールナイトで快適な自分のホテルの部屋に呼ぶ事にした。前金で全額(これが諸悪の根源?)といわれ訝(いぶか)ったものの、断れない弱み故に、しぶしぶ支払った。

ところが、清純そうだった女は部屋に入るが早いか、私は3時で帰るからね、と宣言、男が抗議すると ぷりぷり 怒って、取りつく島もない。ぷりぷり怒った調子に乗ったままロクなサービスもしないくせに、持ち帰り料金の約4割のチップまで出させて、バイクタクシーでサッサと帰ってしまったという。

ここ迄なら、未だ良い。
結論から先に言うが、、、色々あったその日の晩になって、携帯電話をくまなく探したが、何処にも見つからない。結局、女が、男が眠っている隙に盗んだと分かった。

男が未だその事が分からない夕方の頃、彼はもう一度 件の置き屋に行った。それは同じ女に会いたいからではなく、その女の行状にウンザリして今度は一番最初に逢った確実に性格がよかった女性(ただし指名が多くて、いつも塞がっていた)を指名する為だった。彼がその人気ある女性の部屋の方に一人で行って、『居るか居ないか』確かめていたところ、いつの間のか、すーっと昨日の女が近くにやって来て、不安げな表情で、男の行動をじっと見ている。

その昨夜の女は驚いた事に、今迄とは全く違う髪型にして昨夜迄の可愛げな顔とは似ても似つかない別人の顔になっていた。男が、女に君は誰だときく迄、その女が誰かわからなかったくらい変わって見えたと言う。近くに来たからと言って、別に再指名してくれと言うんでもない、ただ じっと見ているだけ、という。これは、おかしいとは思ったが、『女が携帯を盗んだため幾ばくかの不安があって、男の様子をサグリに来た』等とは知る由もない。
この店に来て最初に逢った女性は、誰にも人気があるせいか、もうコッコんでの仕事を辞めて実入りのいいプノンペンに行ったと分かったが、男が日本製の高級な携帯を盗まれたと分かったのは、その後ホテルに帰ってからだった。財布のお札の枚数は数えていなかったのではっきり言えないが、お金もいくらか抜いたに間違いない。携帯は同じショルダーバックの同じポケットに非常に安いタイプと前述の高級携帯の、2台を入れていたが、安いのは(売れるほどの価値はないので)残して行ったという。

しかし男は、安い方が残されていたので、それで胸を撫で下ろしたそうだ。
、、、なぜなら、高い方には10ドル程度のプリペードカードしか入れてなかったが、安い方には日本のシムカードを入れていたから、、、(筆者註:日本の月極シムでカンボジア国内で架けられまくると、何十万円に付くことだって稀ではない)
その話を聞いて、MARAは彼にアドバイスをした、、、その携帯を取り戻したいなら、方法はある。女の居る置屋に行って、ママさん格の女に『携帯を返してくれればこの額のお金をあげる。もし返してくれないなら、自分が、日本人と一緒に行って警察に行き告発する』と、、。
しかし、日本人は、もういいよ、あの携帯は女にくれてやる、と言ったそうだ。男は、まだその女に未練があったのだ(警察に行けば、その女の所には二度と行けなくなると?)

置屋などの性産業の女性は、場末も場末、はっきり言うが言葉の真の意味で 
サマナビッチ(あばずれ女)!
こういう類いの女性を、恋人にしたいなどという馬鹿げた妄想、愚考だけは、そのお国の言葉がネイティブに使えない以上 大やけどするだけ、痛い目に遭うのが関の山、、、たとえ死んでも大それた禁じ手だけは冒さぬ様に!、、、と幾ら言っても、それでも尚、同じ過ちを繰り返すのが
男の悲しい性(さが)?

バンコクの深刻な大気汚染と住民の半数の罹患が国際調査で確認される

バンコクの国立病院には重い皮膚病や呼吸器系の病気の患者が、溢れ帰っている

 

 

パラダイスを求めてチェンライ~ラオス~サタヒップ第8話(最終編2010.6.12) 

 長い治験(の旅)の結論は巻末に詳しく記載

 

医師自ら難病に罹り、自らの治験によって、

乾癬の主要な増悪原因の一つは

大気汚染である!ことを実証。

 乾癬友の会に捧げる

 

私がバンコクで3年間暮らした最初の1年半の時、尋常性乾癬の斑点(直径3センチ)が腰の中央に一つだけ出来た。それは残りの1年間半に少しずつ大きくなっていったが、腰の中央と言う見えない場所にたった一つだけで、痒くもなんともなかったので、私は、この銀色のカサブタを被った貨幣状の斑点を治療もせずに放置しておいた。そして4年目にチェンマイに引っ越し3年間暮らした。するとその斑点は少しずつ小さくなっていったが消失する事はなかった。その間に、上腕の僧帽筋部に一ミリ以下の小さな、しかし物凄く痒い赤い斑点が5、6個位直線状に並んで出来たが、1週間で消失し、その後何事も起こらなかった。

 

子供が出来たので、日本語幼稚園に入れる必要から再びバンコクに戻った。すると、1年半ほど経過したとき、全身に、赤くて物凄く痒い斑点が一斉に出始め、あるものは銀色の斑点に変わり、あるものは炎症状の赤い斑点になり、斑点の大きさも色んな程度に拡大していった。シーツや下着は赤い出血班で点々と染まった。

 

尋常性乾癬に常用される最強力なステロイド軟膏(デルモベイトなど)や、特効薬的な効き目があるとされるデボネックス軟膏、果ては発ガン性があるとして日本には輸入されていないフランス製のポリタールという木炭から抽出したタール様の液(頭皮用の洗剤)まで使った。また、紫外線のUVB波療法の代替として1日3時間以上も自宅のベランダにフォーム製のござを敷いて体中を太陽光で焼いた。

 

しかしながら、これらの悪戦苦闘の努力をしても、斑点が軽快するより拡大する力のほうが強く、また次々に新たに発生してくるので、イタチゴッコの様相を呈していた。

 

これじゃ社会的人間としては終わりだ!と、私はしばしば気が弱くなって涙汲み、そして焦った。

 

そういう地獄の状況下で、私は、(この乾癬は、自分の体が持っている素因から来ているのは知っていたが)、それを誘発し増悪させる原因が有るのではないかと考えた。それは、きっと恐らくは、物凄く酷いバンコクの大気汚染が原因ではないか、と私は考えた。私が住んでいたバンコクのスクムビット地区の10階に位置する部屋は、1日に最低一回、モップで洗わない日には、フローリングの床が煤で汚れた。どのくらい酷い状況下と言うと・・床がこげ茶色のため目にこそ見えないものの指で擦ると真っ黒になる、それくらい酷かった。1ヶ月も家をあけると、床や家具、本棚などに空気中の煤が沈着しているのがはっきりと分るほどだった。窓を閉め切っていて、これだから、外気がどの位酷いかが分るだろう。

 

そして私は、決断の末に、大気汚染のない土地で私の乾癬はどう、変化するかの治験の旅、チェンライ~ラオス~サタヒップ が始ったのだ。

そして4ヵ月後の今日、私は、この長い治験の旅の結果を報告する。

 

治験前

体中に乾癬の赤い、または銀色の貨幣状の痒い斑点が無数に出来ていた。薬を塗っても上記のようにイタチゴッコで結局は変わらない。斑点の数は、数えた事はある。それは・・紫外線療法の代替として日光浴を効果的にしようと虫眼鏡で100倍に集光して、斑点部に水道水で冷却しながら焦点を当てたことがあった。その時、数えたのだが、見えない背中は含めないで約250個はあった計算になる。斑点の合計面積は、直径を平均6ミリとすると、約76平方センチ。他の重症患者さんと比べれば決して大した数字ではない。

 

しかし、外観だけで言えば、これが、色んなサイズで全身に散布しているのだから、サウナなど絶対にいけない、それほど目立つものなのだ。大手のサウナフィットネスクラブの1年会員権も持っていたが、経営者が、客にエイズの客が来ているとと思われたら大損害だと考えて嫌がらせを受けたので使えずに終わったほどだ。シーツや下着は赤い血で点々と染まった。斑点は赤から数日で銀色のカサブタに変わり白いフケ状のカスとして落下するので(頭の中、皮膚)、何時も座っている机の周りは1ヶ月のすると、これえ一杯になった。

治験後

総面積は約10分の1に減少した。

 

相変わらず小さい斑点は出現し、痒みもある。ただし、新たに出現する1ミリ以下の大きさの斑点が、そのまま殆ど拡大しないものが大半である。それらも、数日の経過で次第に消えていくため、治験前のビックリするような外観とは様相を全く異にするわけだ。フケ状のカスは全く出ないようになった。この様に改善された。これは驚くべきことだ。

 

なお、治験前に毎日塗布していた軟膏は、治験中でも使ったが(ただし、大気汚染が原因していると判断される前のチェンライ、ラオスでは使わなかった)、その量は約5分の一から10分の一に著しく減った。日光浴は全くしなかった。

 

医師としての観察によれば・・斑点の新たな出現は・・睡眠不足、過労、糖尿病の悪化、飲酒(肝機能障害から免疫異常をきたす)、喫煙、肉食(肉食の多い白人は日本人の10倍罹患する)、暑くて汗をかき易い環境、など体の免疫が悪化ないしは異常になる場合に起き易かった。

 

その他一般的には、大気汚染物質と同じように皮膚に付着した過酸化物質は乾癬を悪化させる(皮膚の汚れ不潔など老廃物、劣化した古い食用油)。皮膚に対する過激な刺激は、その部に乾癬を発生させる。すなわち、皮膚を引っ掻く、皮膚の擦過傷、蚊や蟻などの虫の刺し傷、など)、汗などの皮膚に付着した老廃物・・。

 

軽快させる場合は、上記の逆であるが、肉食の代わりに、魚油のDHAを多く含むサバ、さんまなどを1日400gくらい食べると更に軽快した。大気汚染がない土地でも暑いところでは効果が薄れるので、常に冷房を効かすことが大切である。

・・・・ 暑さは、多量の汗を発汗させ過酸化物質である老廃物質として皮膚表面に蓄積する。さらに暑さは皮膚の血流を異常に増して免疫活動を過敏にするので、乾癬は増悪する。従って冷房などにより、適度に皮膚表面温度を下げることが望ましい。

 

牡蠣毒にあたって、乾癬が直った?

自らの経験から明白にいえることだが、牡蠣の毒にあたって発症した牡蠣中毒で乾癬が消えてしまった。牡蠣中毒症は、1両日でほぼ治癒(軽快)する病気であるが、苦痛でウンウン唸りながら寝ている夢を見ていた睡眠から、夜中に目が覚め起きてみると体から斑点が嘘みたいに消失していた。その後体が完全によくなる1週間から10日間の間は、乾癬は著しく軽快(殆ど消失)した様になった。ただし、牡蠣毒中毒症から完全に回復すると再び元の乾癬の状態に戻った。うたかたの夢だった。

・・この現象は、免疫物質が枯渇した為であると推察された。

 ・・・・・

どのくらい消失したかと言うと・・消えている間に大病院に行ってその診断書と乾癬の啓蒙パンフレット【乾癬は自己免疫疾患の一つで決して人に移らない病気です。差別しないように】(註:バンコクにはその位乾癬患者が多いわけだ)を貰ってすぐサウナフィットネスクラブに行ってマネジャーにそれらと体を見せて安心させて、消えている期間 毎日通った・・。

 

結論

大気汚染は素因のあるもに対して乾癬を誘発し増悪する。

大気汚染のない土地への転地療法は、著効を奏する。

 

参考

乾癬は、免疫細胞がTNαという病原菌やウイルスに対して出す攻撃物質を、免疫細胞が過敏になるなどの異常で、正常な皮膚にまで、このTNαで攻撃してしまうことによって起こる。どこの皮膚も無差別に攻撃するかといえば、そうではない。体軸に対して左右対称であり、全身に出現するといっても、いつも出る所は(ある程度は)大体決まっている。皮膚にTNαの攻撃を受けるような何らかの異常なマークか何かがあるのではないかと、推測された。

 

次は、以上の結果より、私が立てた仮説である。 

仮説

乾癬部の皮膚の新陳代謝のサイクル(古い皮膚が脱落して新しい皮膚が生まれる)は、通常45日のであるが、乾癬部の皮膚は3,4日で新陳代謝している。この猛烈な速さのためその部の古い皮膚が猛烈なスピードで表面へ押し出されていくため、辺縁部の皮膚と不整合(断裂)が生じて毛細血管が切れてしまう。そのため、斑点部の皮膚及び辺縁部の皮膚は脆弱になり外的から皮膚を守るバリアーが壊れる。

そこへ大気汚染物質の微粒子(排気ガスや工場排煙などの煤煙や窒素酸化物、亜硫酸ガスなど、非常に複雑な物質を含む大気汚染の微粒子)が静電荷を帯びて皮膚に付着し、汗などに溶けて有毒の複雑な過酸化物質となり斑点部分と辺縁部の皮膚を微視的に傷害する。すると、(乾癬の斑点周囲を、痒いために皮膚を掻いた場合、掻いた部分も新しく乾癬の斑点になるという)ケブネル現象が、汚染物質よって傷害された辺縁部の皮膚にも起きて、乾癬が拡大する。これを繰り返すことで斑点はどんどん拡大して行く

 

私が、尋常性乾癬を薬を使わず(と言うよりも、あまり効かない)大気汚染の無い地域への転地と、更に、自然界にある摂取可能な物質を取り入れることによって完全に克服した方法と証拠の症例写真は次をご覧ください。

社会生命が終る難病の乾癬、如何に我が研究で治したか  

 

 

ご注意

このブログ及び、パラダイスを求めてチェンライ~ラオス~サタヒップ

第一話~第7話に書かれた乾癬に関する知見は、だれでも自由に使うことが出来ますが、研究発表、治療などに使用する場合は、必ずご面倒でも、何らの方法により、これらブログの出典を明記してください。

All right reserved 

 岩城玲奈に捧げる

 

  戦略的知恵

ディープ タイの情報

Deep Strategic Intelligence of Thai

海外支援医師の会≪メ リークリスマスの会≫TOPページ  

 

岩城玲奈 

 

(Investigation of Overseas Support Doctor's Society)

Air pollution is a cause of exacerbation  as for psoriasis. 

Only  change to land without Airpollution, psoriasis gets better with  dramatic action . 

 

The abstract:

 

 

The skin in the psoriasis part has been renewed on 3 or the 4days. The  no adjustment (plasmotomy) of the peripheral zone are caused because an old skin of the part is pushed out to the surface by the terrific speed. And by this no adjustment (plasmotomy)  the capillary cuts.

Therefore, the skin in the macula part and the skin in the peripheral zone become weak, and the barrier where the skin is defended from the foreign enemy,is  broken.

 

The electrical static charges  in  the air pollutant corpuscles(Nature gas, smoke such as factory smokes, oxide of nitrogen, sulfurous acid gass, and other very corpuscles of air pollution including complex matter).They adher to the no-barrier skin. And, they melt to the sweat etc. and becomes a complex peroxide substance  of poisonous. This injures the skin in a macula part and the peripheral zone microscopiclly.

 

Then, Koebner's phenomenon(the scratched part also becomes new macula of psoriasis when the patients scratche the skin against itchy) occurs to the skin in the injured peripheral zone, and psoriasis expands. The macula expands fast by repeating this.

 

 

 

 

 

海外支援医師の会が4ヶ月間で調査

【大気汚染は乾癬を誘発・増悪する重要原因である】

尋常性乾癬は汚染のない土地へ転地するだけで著名に軽快した

 

医師自ら難病に罹り、自ら直の治験によって、

乾癬の主要な増悪原因の一つは

大気汚染である!ことを実証。

 乾癬友の会に捧げる

 

 

パラダイスを求めてチェンライ~ラオス~サタヒップ

第8話(最終編2010.6.12) 

 長い治験(の旅)の結論は巻末に詳しく記載

 

 

私がバンコクで3年間暮らした最初の1年半の時、尋常性乾癬の斑点(直径3センチ)が腰の中央に一つだけ出来た。それは残りの1年間半に少しずつ大きくなっていったが、腰の中央と言う見えない場所にたった一つだけで、痒くもなんともなかったので、私は、この銀色のカサブタを被った貨幣状の斑点を治療もせずに放置しておいた。そして4年目にチェンマイに引っ越し3年間暮らした。するとその斑点は少しずつ小さくなっていったが消失する事はなかった。その間に、上腕の僧帽筋部に一ミリ以下の小さな、しかし物凄く痒い赤い斑点が5、6個位直線状に並んで出来たが、1週間で消失し、その後何事も起こらなかった。

 

子供が出来たので、日本語幼稚園に入れる必要から再びバンコクに戻った。すると、1年半ほど経過したとき、全身に、赤くて物凄く痒い斑点が一斉に出始め、あるものは銀色の斑点に変わり、あるものは炎症状の赤い斑点になり、斑点の大きさも色んな程度に拡大していった。シーツや下着は赤い出血班で点々と染まった。

 

尋常性乾癬に常用される最強力なステロイド軟膏(デルモベイトなど)や、特効薬的な効き目があるとされるデボネックス軟膏、果ては発ガン性があるとして日本には輸入されていないフランス製のポリタールという木炭から抽出したタール様の液(頭皮用の洗剤)まで使った。また、紫外線のUVB波療法の代替として1日3時間以上も自宅のベランダにフォーム製のござを敷いて体中を太陽光で焼いた。

 

しかしながら、これらの悪戦苦闘の努力をしても、斑点が軽快するより拡大する力のほうが強く、また次々に新たに発生してくるので、イタチゴッコの様相を呈していた。

 

これじゃ社会的人間としては終わりだ!と、私はしばしば気が弱くなって涙汲み、そして焦った。

 

そういう地獄の状況下で、私は、(この乾癬は、自分の体が持っている素因から来ているのは知っていたが)、それを誘発し増悪させる原因が有るのではないかと考えた。それは、きっと恐らくは、物凄く酷いバンコクの大気汚染が原因ではないか、と私は考えた。私が住んでいたバンコクのスクムビット地区の10階に位置する部屋は、1日に最低一回、モップで洗わない日には、フローリングの床が煤で汚れた。どのくらい酷い状況下と言うと・・床がこげ茶色のため目にこそ見えないものの指で擦ると真っ黒になる、それくらい酷かった。1ヶ月も家をあけると、床や家具、本棚などに空気中の煤が沈着しているのがはっきりと分るほどだった。窓を閉め切っていて、これだから、外気がどの位酷いかが分るだろう。

 

そして私は、決断の末に、大気汚染のない土地で私の乾癬はどう、変化するかの治験の旅、チェンライ~ラオス~サタヒップ が始ったのだ。

そして4ヵ月後の今日、私は、この長い治験の旅の結果を報告する。

 

治験前

体中に乾癬の赤い、または銀色の貨幣状の痒い斑点が無数に出来ていた。薬を塗っても上記のようにイタチゴッコで結局は変わらない。斑点の数は、数えた事はある。それは・・紫外線療法の代替として日光浴を効果的にしようと虫眼鏡で100倍に集光して、斑点部に水道水で冷却しながら焦点を当てたことがあった。その時、数えたのだが、見えない背中は含めないで約250個はあった計算になる。斑点の合計面積は、直径を平均6ミリとすると、約76平方センチ。他の重症患者さんと比べれば決して大した数字ではない。

 

しかし、外観だけで言えば、これが、色んなサイズで全身に散布しているのだから、サウナなど絶対にいけない、それほど目立つものなのだ。大手のサウナフィットネスクラブの1年会員権も持っていたが、経営者が、客にエイズの客が来ているとと思われたら大損害だと考えて嫌がらせを受けたので使えずに終わったほどだ。シーツや下着は赤い血で点々と染まった。斑点は赤から数日で銀色のカサブタに変わり白いフケ状のカスとして落下するので(頭の中、皮膚)、何時も座っている机の周りは1ヶ月のすると、これえ一杯になった。

治験後

総面積は約10分の1に減少した。

 

相変わらず小さい斑点は出現し、痒みもある。ただし、新たに出現する1ミリ以下の大きさの斑点が、そのまま殆ど拡大しないものが大半である。それらも、数日の経過で次第に消えていくため、治験前のビックリするような外観とは様相を全く異にするわけだ。フケ状のカスは全く出ないようになった。この様に改善された。これは驚くべきことだ。

 

なお、治験前に毎日塗布していた軟膏は、治験中でも使ったが(ただし、大気汚染が原因していると判断される前のチェンライ、ラオスでは使わなかった)、その量は約5分の一から10分の一に著しく減った。日光浴は全くしなかった。

 

医師としての観察によれば・・斑点の新たな出現は・・睡眠不足、過労、糖尿病の悪化、飲酒(肝機能障害から免疫異常をきたす)、喫煙、肉食(肉食の多い白人は日本人の10倍罹患する)、暑くて汗をかき易い環境、など体の免疫が悪化ないしは異常になる場合に起き易かった。

 

その他一般的には、大気汚染物質と同じように皮膚に付着した過酸化物質は乾癬を悪化させる(皮膚の汚れ不潔など老廃物、劣化した古い食用油)。皮膚に対する過激な刺激は、その部に乾癬を発生させる。すなわち、皮膚を引っ掻く、皮膚の擦過傷、蚊や蟻などの虫の刺し傷、など)、汗などの皮膚に付着した老廃物・・。

 

軽快させる場合は、上記の逆であるが、肉食の代わりに、魚油のDHAを多く含むサバ、さんまなどを1日400gくらい食べると更に軽快した。大気汚染がない土地でも暑いところでは効果が薄れるので、常に冷房を効かすことが大切である。

・・・・ 暑さは、多量の汗を発汗させ過酸化物質である老廃物質として皮膚表面に蓄積する。さらに暑さは皮膚の血流を異常に増して免疫活動を過敏にするので、乾癬は増悪する。従って冷房などにより、適度に皮膚表面温度を下げることが望ましい。

 

牡蠣毒にあたって、乾癬が直った?

自らの経験から明白にいえることだが、牡蠣の毒にあたって発症した牡蠣中毒で乾癬が消えてしまった。牡蠣中毒症は、1両日でほぼ治癒(軽快)する病気であるが、苦痛でウンウン唸りながら寝ている夢を見ていた睡眠から、夜中に目が覚め起きてみると体から斑点が嘘みたいに消失していた。その後体が完全によくなる1週間から10日間の間は、乾癬は著しく軽快(殆ど消失)した様になった。ただし、牡蠣毒中毒症から完全に回復すると再び元の乾癬の状態に戻った。うたかたの夢だった。

・・この現象は、免疫物質が枯渇した為であると推察された。

 ・・・・・

どのくらい消失したかと言うと・・消えている間に大病院に行ってその診断書と乾癬の啓蒙パンフレット【乾癬は自己免疫疾患の一つで決して人に移らない病気です。差別しないように】(註:バンコクにはその位乾癬患者が多いわけだ)を貰ってすぐサウナフィットネスクラブに行ってマネジャーにそれらと体を見せて安心させて、消えている期間 毎日通った・・。

 

結論

大気汚染は素因のあるもに対して乾癬を誘発し増悪する。

大気汚染のない土地への転地療法は、著効を奏する。

 

参考

乾癬は、免疫細胞がTNαという病原菌やウイルスに対して出す攻撃物質を、免疫細胞が過敏になるなどの異常で、正常な皮膚にまで、このTNαで攻撃してしまうことによって起こる。どこの皮膚も無差別に攻撃するかといえば、そうではない。体軸に対して左右対称であり、全身に出現するといっても、いつも出る所は(ある程度は)大体決まっている。皮膚にTNαの攻撃を受けるような何らかの異常なマークか何かがあるのではないかと、推測された。

 

次は、以上の結果より、私が立てた仮説である。 

仮説

乾癬部の皮膚の新陳代謝のサイクル(古い皮膚が脱落して新しい皮膚が生まれる)は、通常45日のであるが、乾癬部の皮膚は3,4日で新陳代謝している。この猛烈な速さのためその部の古い皮膚が猛烈なスピードで表面へ押し出されていくため、辺縁部の皮膚と不整合(断裂)が生じて毛細血管が切れてしまう。そのため、斑点部の皮膚及び辺縁部の皮膚は脆弱になり外的から皮膚を守るバリアーが壊れる。

そこへ大気汚染物質の微粒子(排気ガスや工場排煙などの煤煙や窒素酸化物、亜硫酸ガスなど、非常に複雑な物質を含む大気汚染の微粒子)が静電荷を帯びて皮膚に付着し、汗などに溶けて有毒の複雑な過酸化物質となり斑点部分と辺縁部の皮膚を微視的に傷害する。すると、(乾癬の斑点周囲を、痒いために皮膚を掻いた場合、掻いた部分も新しく乾癬の斑点になるという)ケブネル現象が、汚染物質よって傷害された辺縁部の皮膚にも起きて、乾癬が拡大する。これを繰り返すことで斑点はどんどん拡大して行く

 

ご注意

このブログ及び、パラダイスを求めてチェンライ~ラオス~サタヒップ

第一話~第7話に書かれた乾癬に関する知見は、だれでも自由に使うことが出来ますが、研究発表、治療などに使用する場合は、必ずご面倒でも、何らの方法により、これらブログの出典を明記してください。

All right reserved 

 岩城玲奈に捧げる

参考記事

バンコクの深刻な大気汚染と住民の半数の罹患が国際調査で確認される

深刻な大気汚染のバンコクで、国立病院には重い皮膚病や呼吸器系の病気の患者が、溢れ帰っていた 

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福島瑞穂が詰まらぬ意地を張って切腹しその一族郎党がヒステリックなだけで何もできない耳クソ野党に逆戻りした馬鹿げた話は、赤穂藩主の浅野が愚かな意地を張って切腹し、愚藩主の仇を討つべく四十七士が吉良に復讐(殺人)して全員が切腹した当代一流の愚か話と対比しながら、既に面白おかしく書いた。

離脱決定!やはりというか流石は女性党首

 

そしてその福島の後を追うように、コレステロールでたるんだ生首を投げ出したのが亀井だ。

亀井よ、お前もか!これでは耳クソに続いて目くそだぞ、洒落にもならない!と思ったのだが・・。

 

さすが、消え行くべきイデオロギーの耳クソ政党である社民とは一線を画した。国民新党は図らずも社民の”意地を張って何も出来ない耳クソに逆戻り”という愚行を目の当たりにして、与党内にとどまったわけだ。これは、賢い選択だった。未だその方が、耳クソよりも小さい目くそ政党である国民新党の支持者に対して、まだ実益を実現する可能性はあると言うものだ。

 

やっぱり、亀井は地図(大局)が読めないと俗に揶揄される女性の党首福島と大違いで、亀井は、”地図が読める”男だったわけだ。

 

亀井といえば、思い出されるのは・・・

(本題の趣旨から一寸外れるが)

亀井は、ペルーの大統領職からフジモリを追い出した”米国の傀儡政権”がその流れで訴追した日本国籍のフジモリをかばって、知名度の高いフジモリを国民新党の国会議員にしようとした事があった。(アメリカは南米をアメリカの内庭と看做している)

 

その目的で国民新党は、当時の自民党政権に対して、ペルー政権に圧力を加えるように主張したものだ。しかし自民政権は、国民新党を利するだけで米国を怒らせるだけ、何のメリットもないとして、全く動かなかった。

もし、それが今だったら、歴史はすこし違ったかも・・。フジモリは今、獄中でどうしているのかな。フジモリは、祖国日本(大使館)のために体を張って救出してくれ、それもあって訴追されたまことに気の毒な人だ。この件は、亀井が人情家とされる由縁でもある。

 

日本は何時になったら欲張りチャーリー(=アメリカ)の子分から足を洗えるのか。

 

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岩城玲奈

環境保護団体「グリーンワールド財団」がバンコク都における大気汚染についての調査結果を発表した。

 調査はウメノキゴケなどの地衣類の生物指標を用いて、2009年9月から学生などの協力により実施された。

 バンコク都内214カ所を調べた結果、最も大気汚染が進んでいるのは都心部で、北側のクロンサムワ区、ノンチョーク区、ラトクラバン区ではまだ空気がきれいなことが判明した。

 ただ、都心部でもルンピニ公園、ラマ9世公園、デュシット動物園周辺は、さほど汚染が進んでいないという。また、都心から離れていても工業団地に近いバンナー区やスワンナプーム空港周辺などでは、かなりの汚染が確認された。

 大気汚染の主な原因は車の排気ガスとみられている。現在バンコク都では600万台の車両が登録されており、住民の約半数が呼吸器系統の病気を患っているという。

 

by the BangkokーSyuho

 

参考

 

バンコクの酷い大気汚染のお陰で難病に罹った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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岩城玲奈

 

 

 

 

1.

第一話

原因が分らなかった乾癬の増悪主因の一つを突き止める旅の始り

  

2.

 

 第二話

安息のパラダイスを求めて・・チェンライ~ラオス~サタ…

 

3.

第三

ラオスの険しい山々と国境を分けるプーチーファーで初日…

4.

第四話

 パラダイスを求めて私の旅は尚も続く!

   

 5.

第五話

ラオスにマイカーで入国 

6.

 第六話

ラオスの山岳地帯を取材車両で走った

 

7.

第七話(その1)

ラオス、パラダイスを求めて!

 

 8.

 第七話(その2)

 ラオス女性にモテた?(ラオスを取材車両で 

行く

 

 

   9.

 

第七話(その3)

ラオスで少女斡旋のマフィアを撮る

 

 

最終回

第8話

 治癒困難な乾癬を誘発し増悪した犯人はバンコクの大気汚染
 

 

 

 

関連

大気汚染度を雲の目視で簡単に調べる方法

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日本人なら誰も考え付かない驚くべき誤摩化しのテクニックもご紹介。

まず、旅人なら毎日お世話になるレストランの誤摩化しテクニックから。
旅行,長期滞在中の外国人にとってレストランの価格の公正さは重要な関心事項だ。
ラオス人は民間に限って(つまり警察官以外ということ)東南アジアでは誤摩化しは少ない方ではあるが。それでもビエンチャンのような都市(首都と言ってもせいぜい人口は50万人)では、誤摩化されることは良くある。その手口は、経験によればタイのウエートレス達がばれても気にせずツラットして済ますのとは異なり、ばれたら格好が悪いと感じる国民性なのか、ボラレタと客に文句を言わせない知能犯的なやり方をするようだ。例えば、外国人が良く行くシーフードレストランのボーイ達は、メニュー載せていない(従って価格が書かれていない)品物の価格を勝手に水増しして誤摩化す。価格が、時価と書かれた高価なシーフードなどは、いくら値段を高くされても値がないのだから文句が言えない。時価と書かれたものやメニューにさえ載っていないものは予め聞いておくのが必須になってくる。
例えば、白飯(ご飯)。これは、誰でも、安いから載っていないんだろう、と勝手に考えるものだが、あにはからんや、そこで誤摩化される。

ラオスに取材車両で旅行した時、ビエンチャンの外人向けシーフード店でこんな事があった。我々4人はお腹を空かしていたのでディッシュをたくさん頼んだ。会計の段になって、チェックビンをお願いしたら、だいたい暗算で予定していた額よりも大分多めになっていた。そこで、メニューを再度 持ってこさせて携帯電話の電卓で計算すると、二皿分くらい多くなっている事が分かった。おかしいね、この請求書は。と言うと、思ってもいなかった事を言う。何とご飯の値段が、べらぼうに高かったのだ。メニューには載っていなかったのだが、ご飯なってどうせ安いんだから、これ位だろうと目見当で値段を想定していた。そこを突かれた。メニューに載っていないから、文句の言いようがない。店主に確認しようにも、居ないのでどうしようもない。仕方ないから、、、こいつらヤッてくれるじゃないの、という顔でニヤリと笑いながら支払った。

ここで補足すると、、、タイなど東南アジアのレストランで、誤摩化しは、店主ではなく給仕人が会計責任者も含めて全員がグルになってするのであって、仕事が終わったとき平等に分け合う、ってことを知っておこう。

これに対して、タイではどうかというと、、これが全然違うのだ。タイのレストランでは、適当に水増しして堂々と請求する。従って、計算すれば、すぐ分かる誤摩化し方。彼らは、”私たちは(下層階級は)すごく貧しいのだから、お金持ちの外国人からボッたって悪い事ではない、本国では同じくらいの食事がタイの何倍もするんでしょうが ” なんて事を考えて確信犯的にこれをやるので、かならず幾ばくかの誤摩化しはやられる、と思っておいた方が良い。メニューを頼みながら紙片にメモって行くとか、食後に一応自分でも計算する、っていうのが面倒だと思う人は、施しだと思って済ますのも一つの方法ではある。

警官の場合は、どうか。彼らは国家権力を与えられているので、やろうと思えばいくらでも稼げる。
ラオスでは、地方に行けば、時々トヨタ•ランドクルーザーに乗っている警察官を見る。彼らはどう見ても高級官僚としての警察官ではない。要するに大した事のない警察官だ。ただし、ラオスは警官の数が非常に少ないので、アメリカ流に言うと、保安官みたいなものだ。そういう種類の警官が持っているのは、全員がなぜかランクルなのだ。何故ランクルなのか。
その訳は、、、彼らは”保安官”として地元企業や日本などの進出企業から、賄賂をとり、企業はそれによって、身の(=会社の)安全を保証される。要するに、暴力団がミカジメ料を取るのと全く同じ、でもって彼らがセシメルのは、彼らが最も欲しいと思っているランクル!ってわけだ。
一般の旅行者の場合はどうか。もし、お金を持っている奴だと思われた場合、例えば自家用車で旅行中なら、違反とも言えないようなことに因縁をつけて賄賂をせしめる。ラオスの場合は、タイと違って、まだ慣れていないので、法外な高額の賄賂(=恐喝と同じ)をせしめようとする。それで、相手も必死になって反論するので失敗に終わる事もある。

この辺で、冒頭にあげた、奇想天外な誤摩化しテクニックの事を紹介しよう。
次に続く
準備中





 

 せいぜい意地を張って耳くそ野党に逆戻り!
        福島瑞穂は第二の田中真紀子? より続く

 
 福島と社民党は、『主張を通して良かった』とうそぶいているが、それは単に、『クソ意地を通したために耳くそ野党に逆戻り』、というだけじゃないの。これほど東大法科卒で弁護士でもある秀才の福島瑞穂が、唐変木の分からず屋だとは思わなかった。要するに秀才馬鹿ってとこだろう。合理的でバランスのとれた価値判断が欠けている。

 元来、プライドほど高く付くものはない、といわれる。身近な例では、、意地を張って社長に反対して、就職難の大会社をクビになる。歴史的な例では、、赤穂藩主が松の廊下で意地を張って、吉良に斬りつけたため本人は切腹。それどころか、主君の意地を晴らそうと、大石に率いられて(殺人のため)吉良家に殴り込みを駆け四十七士全員が切腹となった忠臣蔵は、現代の価値判断から見て国際的にも理解できない馬鹿げた無謀な行為だ。

 もしその意地が、インドの独立のために無抵抗運動で主義を貫き通したガンジーのように歴史を変えるなら別だが、忠臣蔵は日本史という大海に落ちた一滴の雫にもならなかった。要するに47人+主君の野たれ死にだ。福島瑞穂が忠臣蔵よろしく内閣という松の廊下で意地を通したところで、日本の行方は1mだって変わりはしないってーの。

 後悔する事態に陥っても、福島や一蓮托生の社民は、『我が党はアメリカの圧力に屈せず国民の利益の追求を押し通した』をいうだろうが、、、しょせん、それは負け惜しみか自己慰めにしかない。耳クソ野党がいくら声を張り上げたって、アメリカさんにはウンカの羽音・・・所詮は消え行く党だもんね。

 だから、女が権力を手中に入れるのは嫌だってーの、(弁護士って言うのも余り好きじゃないが・・)。きれいで秀才っぽい顔をしていても、やる事はサマナ●ッチ?(ごめんなさい)

 なぜ鳩山は、民社党支持者が理解に苦しむ こんな裏切り者で、質(たち)の悪い党首に率いられた 耳くそ政党 と連立を組んだのか。いずれ、鳩山はその責任を取らざるを得まい。
 

 

七海式 処世訓 (笑世訓)

詰まらぬ事で意地を張って、命を落すのは馬鹿者

詰まらぬ事で意地を張って、負けて悔しがるのは凡人

詰まらぬ事で意地を張って、負けて偉そうな事をのたまうのは”秀才”

詰まらぬ事で意地を張らず負けて、最後に大きな得をするのは賢人

 


註:
このブログは、タイ在留の一邦人が日本を憂うあまり書いた、言いタイ放題、、、独断と偏見で書かれております。瑞穂さん、ごめんなさい。ではでは(笑)
 

 

エントリーランキング(マネー経済)

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        せいぜい意地を張って耳くそ野党に逆戻り!

   

この後しばらくして、なんと首位に。ありがとうございます。ランクって直ぐ消えちゃうので記念に写真を撮っておこうっと。

 

 

 

 

ランクなんか載せちゃって、恥かしかないのか!

  

 だって、評価して貰えてうれしかったんだもん、最高のプレゼントだもんね

今日はオラの誕生日だ 

 

 

城玲奈3

第7話その3(マフィアの少女斡旋の現場を見た) は←をクリック

 

ルアンパラバンからビエンチャンに帰る道は通常なら国道13号線だが、趣向を変えて13号の西を走ってビエンチャンの西10数キロに達する国道9号線を辿ることにした。

註:写真の中に焼き付けた文章と同じ文章も出てくるのはキーワードによるサイト検索を可能にするためです。ご迷惑をおかけしますが何卒ご理解ください。

 13号線は貧弱ながらも一応は舗装されていた・・だから番号が一桁の9号線も舗装されているに違いないと予測したが・・・。

期待は見事に裏切られた。

 

そのうち舗装道路に出るのではと、期待して走ったが、行けども行けどもご覧の通りの悪路。

 

 

すると、9号線で初めて出合ったもっとも大きな村で結婚披露宴が行われているのに出た。

 

 

 

まずは、柔和な顔付きで用心されないNさんが取材役になって訪問。

 

 

私はあなた方の味方ですと言う風情で披露宴式場へと入っていった。

 

すると何処から来たのかと尋ねられ、イープンだと答えると・・・

マア中に入って一緒に祝ってやってくれとビールと食事を勧められ・・・我々は恐縮しながら参列の栄誉に預かった。

 

 

 ↑ 

真面目な日本の独身青年男女諸君

これからは、ラオスだ!

 

 今回紹介したような日本の真面目な若者を歓迎してくれる村や集落は、上の例に限らず無数に有るだろう。

 

国境なき交流も、草の根の付き合いも、これからは、ラオスだ!

 

第6話に出てくる山岳民(被差別民族)の少女が無垢な心で手を振ってくれたように、ラオスこそ、真面目な日本の若者に呼びかける。

 

ただし、次回のブログに出てくるラオスマフィア(タイ人)から15歳の少女をお金持ちタイ人が斡旋して貰っていた例で見るような、不真面目な輩は国際支援の理念からも(みんなの自制心でもって)排除しよう。

 

とくに、人間の屑であるヤクザや、小銭でアジアを食い漁るアニマル系プー太郎や遊び人は有害分子として躊躇なく告発すべきだ。

 

ラオスを取材車両で行く 第7話その3

(携帯モデムで投稿中の為、写真は長時間かかるので順次掲載します)

 

バックナンバー

ラオス女性にモテた?(ラオスを取材車両で行く第7話その2)

パラダイスを求めて!第7話ラオス

大気汚染度を雲の目視で簡単に調べる方法

パラダイスを求めてチェンライ~ラオス~サタヒップ

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9号線の最初の村を4時pm頃 後にした取材班は、13号線に戻り山岳国道を風光明媚なバンビエンへと急いだ。しかし山岳国道では時速50キロくらいでしか走行できないので、日が暮れてからも営業しているという往路で覚えていた食堂までは、まだまだ遠かった。日が暮れてもあいている食堂は、記憶する限り 山岳地帯ではここ一軒だけだ。

タイの国道では山岳地帯といえど道路に照明灯があるため、ほとんど何処でも薄っすら見えるものだが、ここラオスでは全く照明がないため、日が暮れると真の暗闇になる。行き来する車も全くと言って通らない為、もし車が古くて信頼性に乏しい時はヘッドランプなどが故障する危険性を考えて、夜明けまで走行を待機すべきだが、我が取材専用車はラオス走破に備えてバンコクのイスズで、直ぐ故障する軟弱なキセノンのヘッドランプのタマだけでなく器ごとハロゲンランプに交換するというアッセンボリー交換した上に、ディスク・ブレーキのディスク残存量のチェックや、オイル交換なども含む総点検をして万全の体制で来ているので安心して走行を続けた。

一寸、話しが脇道にそれるが、ヘッドライトシステムをキセノンからハロゲンにアッセンボリー交換した理由であるが・・・購入した当時のイスズD-MAX 4WD はヘッドランプがキセノンランプで明るいものの、片側1個だけで4万円もする高電圧発生装置が1年半ほどで駄目になり点灯しなくなるという馬鹿げた欠陥が有った(1年半毎に、きっかり故障した事実は、3回も繰り返えされた。両方で8万円なので、3回で24万円にもなったのだった)。この欠陥のためイスズタイランドとディーラー(経営者はタイ人)はリコールをすべきところ、純正のを取り外して、そっくり交換できる2個でワンセット約2000バーツと言う安いハロゲンランプシステムのアッセンブリー交換を取り入れていた。この交換が出来ることさえ、3回の左右交換(合計6個)の時、ディーラーサイドからは(利幅が大きいキセノンの高電圧発生器を売りたいがため?)三回とも全く教えてくれなかったのだ。その後、この手の4WDに装備されているキセノンは流石に客からのクレームが相次いだので廃止となり、もとの12ボルトで点灯するハロゲン球システムになった。そのような いわくつきのヘッドランプであったのでラオスに行く前に簡単なシステムである丈夫で安いハロゲンランプシステムにに交換したと言うわけだ。

参考:タイなどの日本車のディーラーはフランチャイザーこそトヨタタイランドとかイスズ・タイランドなどと日本メーカーの直営(従業員は全員がタイ人で、からくも日本から派遣された日本人駐在員が一人程度いるだけ)だが、フランチャイジーであるディーラーはすべて現地人経営者なので、『欠陥はメーカーとそのディーラーが保証する』という日本の常識は全く通じない。そう思っていた方が精神衛生上、良い。少なくとも取材班の経験では、タイでは販売者責任は全く取ってくれなかった、といっても過言ではない。『賢い消費者がメーカーを磨き立派に育てる』、と良く言われるが、タイの消費者は宗教観からかどうか分らないけれども、兎に角、上に対して文句を言わないように思想的に我慢するように躾けられてきた・・そう取材班は感じた。トヨタタイランドでさえ、ディーラーのこのような経営方針は日本の責任体制になれた日本人が特に指摘しない限り、放任しているように思われる(別項ブログ=世界のトヨタもタイでは、怠惰と享楽・酒と踊り・嘘と誤魔化し)

 

雲の上のレストラン

(前回ブログ:ラオスで持てた の最後の写真↓を参照)

 

 

このような事を考えながら夜道を走らせているうちに、ようやく我々は目的の食堂に到着した。休息もかねて、ここで 我々は皆んなで 晩の腹ごしらえをすることにした。

写真 2323山岳の食堂

 

この食堂はここ一帯では唯一の よろずや として日常品なら何でもそろうという感じのミニマートも兼ねていた。写真 2324

 

 

 

我々に続いて、トラックの運転手も食事にやってきた。

写真 2325 

 

 

雲の中のレストランなので、雲の水蒸気だろうか、湯気のような物が立ち込めており、肌寒いのでななみを厚着させパーカーも被せた。食事は、やはり日本人の口に合う。ビアラオで乾杯。

写真 2326

 

  食事の後、経営を切り盛りしていると思われた娘さんに、ラオ語が分るチャンヤーが我々がラオスを車で旅行しているなどと話しかけると、興味を示してくれ四方山ばなしが花開いた。別れの際、姉弟と一緒に記念撮影をさせてもらう。写真2327

 

14キロもある重い ななみを軽々と抱いてくれた娘さんは、弟と目鼻唇などが瓜ふたつだ。写真 2328

 

食堂を出て3、4時間ほど走ったところで、無事、山岳地帯を通りすぎ平地に入った。時刻は夜10時を越えようとしていたが、往路で泊まった(外観は古いが)室内は比較的綺麗だった例のバンガロウ風のホテルに到着したので、そこで泊まることにした。お陰で食事も、数キロほど一寸車を走らせて、往路で利用した中国人系のレストランで済ませることが出来た。

 

 翌日、朝早くホテルを出てバンビエンに向かった。往路では反対方向のため、見れなかった(日本では見ることが難しい)神秘な山々を正面に眺めながら、平地の傷んだ舗装道路を時速80キロくらいで注意深く走らせた。

写真 来た時見た景色(来た時にも色いろ見た神秘な山々 に変更)

 

写真 何度見ても凄いの一言2349

 

同 2353

 

 

飛ばした甲斐があって昼飯どきに何とか間に合う頃に、バーンビエン(今までバンビエンと記載してきたが、チャンヤーによるとバーンビエン・ラオというのだそうだ)についた。着いて先ずした事は、景色の綺麗で価格が手ごろな、お食事処を探すことだったが・・くまなく探しても、それに該当するお食事処は、(往路で利用した)眼下に川を見下ろす例の店しかなかったので、そこで食べることにした。行くときもそうだったが、この時もチャンヤーは車の中で休んでいた。その訳は、ななみがぐっすり眠っていると言う理由も少しはあるが、それ以上の理由として、彼女が車中でスナックの類をムシャムシャと食べ続けてお腹が減っていないせいだ。自分だけでなく ななみ にも目を離したら直ぐ、事あるごとに与えている。元来、人間は小さいころに身に付けた習慣が大人になっても改められないのが普通(三つ子の魂百まで)で、チャンヤーの場合は、小さいころ親から(痛ましいことではあるが)、食事と言えばインスタントラーメンのママカップ(10個入りで40バーツ、1個4バーツのアレ)。お菓子はママカップをそのままボリボリと食べること。たまにご飯を炊いたときには、タイ醤油すなわちナンプラーをかけて食べる・・いやはや・・気の毒だと言えば気の毒ともいえる。

恐ろしいことに、立派なプーヤイ(大人)になった今でも、癖を治すことが出来ないので、(冷蔵庫を開けば多種類の高機能野菜や魚があるのに、)面倒くさいのか、あまり好きでないのか知らないが、いまだにママカップか、ご飯に醤油をかけて食べているというテイタラク。たまに自分のために料理をする事があると、肉と野菜に莫大な量の油とか、プリック・キーヌー(プリック=唐辛子、キーヌー=ネズミの糞 すなわち ネズミ糞サイズの唐辛子 → これが最も辛い唐辛子だ。唐辛子は少量なら健康に寄与するが多量では黴菌にとって毒であるように人間にも毒物に変わる)、そのプリックキーヌーをドサッと加え、さらには唐辛子の赤粉を料理が赤くなるまで沢山かけて炒めている(ただし自分専用のときのみ)。ご飯とご飯の合間には引っ切り無しにスナック菓子の類を食べているというくらい口が卑しい。これでは後10年もすると老化が激しくなり皮膚がボロボロに老けるだけだぞ!と、いくら脅しても何処吹く風で、全くの馬耳東風だ。パテトラオの時代の共産圏のラオスで、ベトナム戦争の米軍の作戦利用されて勇敢に戦った為、その後もラオスからタイ(当時、米軍の後方支援基地だった)に逃げざるを得なかったモン族出身ゆえ、教育もロクに受けられなかった親爺には(同情を禁じえないし)、罪はないけれど、いかに小さいころの躾が大切かと言う、悲しい事例ではある。

 

さて、美味いラオス料理とビアラオでお腹も一杯になった。では探検に行くとしますか・先ず最初に対岸へ行く橋をさがす。レストランから3キロほど南下したところに有料の橋があった。それを通って向こう岸の川原にでた。

写真 レストランから見えた向こう岸2359-1

 

川岸から西を見ると屏風のように立ちはだかる奇岩の山が見える。写真 2367

 

川の西、つまり奇岩の山の方向は農村で、そこの子供たちが川原で水遊びをしている。

写真2369-1

 

ふと対岸を見ると、そちらは若干深いのか、若い白人女性が一人で泳いでいた。

写真 2370-1

 

若い白人女性はワビサビに興味があるのか、あるいは、気にならないのか分らないが、この女性は直ぐそばの川岸にある古びた民家風の宿に泊まっていた。日本人女性なら不潔っぽいと言って忌み嫌うような たたずまい ではあるが、このような事情は我々の目には、白人男性が元植民地だった国の黒人や色黒の異★人的風貌の女性を得意げに連れて歩いている光景とダブって見えるから面白い(太字の文章は、単なる実体験を記載しただけで、黒人蔑視などでは決してありません)。

写真 2372-1

 

川原の北側を見ると、地平線すれすれまで雲や山脈が明瞭に見え、その下の川の右岸には立派なホテル街が、左岸にはジャングル然とした木立と1,2軒の農家が見える。

写真 2371-1

 

川は遠浅で人が大きな荷を背負って歩いて渡っていたのが目を引いたが、通行料を倹約する為だろうか。

写真 2378-1

 

ななみ は?といえば川原の浅瀬でお玉じゃくしを見つけて戯れていたが、おたまじゃくしがいる水は公害で汚染されていない証拠だ。

238-1

 

我々は取材車両の4駆を駆って慎重にぬかるんでガタガタの道を奇岩の山の方へと向かった。 途中、さっきの白人に似た女性がカメラを構えているのに出合った。一人で旅行しているようだ。白人女性は勇気がある?

写真 2388-1

 

観光名所の洞窟が沢山あるのか、あちこちに標識が立てられている。写真2390-1

 

100m先に4つの洞窟があるという標識の所から急に道が悪くなった。4駆かバイクでなければ通れないほどだ。

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しかし、進んでいくうちに次第に道の状態がよくなって来た。2397-1

 

途中で、道が二股に分かれていて、左の道に進んだところ寺院が前方に見えてきて道を間違えた事に気がついたが、寺院に立ち寄るのも悪くはないと そのまま進んで寺院まで行った。2413-1

 

ちょうど仏祭事が行われていたので9号線の村のことを思い出し、Nさんが様子を見に行ったが何の反応もなく、今回はパスして目的地に引返す。

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放牧の牛の大群に出会い、緊張する場面となった。牛は普段は大人しいが、驚かすと突進すると聞いていたので、そんなことになれば大変と、歩くよりもずっと遅く、カタツムリになった積りで牛の群れの中をジワジワ進んだ。2416-1

 

そうこうしている内に やっと、洞窟に近づいた。

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すると屏風がそそり立ったような奇岩の山の麓にでた。洞窟はあの下にありそうだ。

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地平線まで蒼然と澄み切った空と屏風岩の光景・・・一体、これは何なのか?と思わず呟いてしまいそう。

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洞窟に入る。

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しかし・・ありゃら、洞窟は大したことないじゃないか。私は、悄然と立ちすくんで洞窟内を撮影したが、Nさんはしっかり、近くの荒野や森林を散策をかねて見て回っていた。

洞窟よりもこの頭上の奇岩の絶壁の方が感動的だったので、すこし離れて車と屏風岩が一緒に入るように撮影したりしてNさんが帰るのをまった。2434-1 2433-1

 

Nさんが帰ってきたので、もっと凄い洞窟があるはずと思い、さらに奥まで車を進めたのだが、残念ながら 道が極端に狭くなってきて、イスズ4駆では不可能となった。乾いた空き地を利用してユータンしようとしたら、その場所にバイクで洞窟巡りをして帰ってきた白人のカップルにあった。彼らが持っていた観光案内地図を見せてもらったが・・この先もずーっと奥地までバイクしか通れない洞窟周遊コースが設定されていたので、『へーっ、白人の観光に対する徹底さは凄いな』と感服させられた。女性のお腹には2ヶ月の子供がいると言うのに・・。

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起点の有料橋に着き、渡ろうとした時、行く時には気が付かなかったが、路面が、なんとも頼りなげな木の板で出来ており、一部腐ったような部分さえあるではないか。我が4駆は重さが2トンもある重量級の車。板が下へ抜けて落っこちはしないかと橋端で熟慮していたが、後方より現地人のバンが来たので『行く時も通れたんだから』と、蝸牛さながら徐行して通過する。2443-1

 

橋端に設置された爆弾模型の訳が、いま分って私は一人ほくそえんだ・・ピンポーン!ゆっくり走行せよ、さもないと壊れて落下する!

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バーンビエンを後にして我が取材車両は一気にビエンチャンに着くため夜道を飛ばした。時々放牧の群れが国道を占拠しているので油断できない。衝突すれば車と同じ重量なので、確実に(双方とも)お陀仏だ!2445

 

ビエンチャンに到着。着いて先ずする事はホテル探しであるが、最初と同じような市中のホテルでは能がないので今回はメコン沿いのビエンチャン市内よりは北の郊外のメコン沿いに沿ってホテルを探す。・・・おやっ、これは、酷い!汚物が捨て放題じゃないの。

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大統領官邸裏の公園を中心として、数キロの範囲はそうでもなかったが、それ以外はゴミの捨て放題って言うか、野放しにされていた・・・リバーサイドなのに勿体無い。2447-1

 

メコンに沿った道は継続して続いているのではなく、高級官僚が権力をかさにして分捕ったんじゃないかと推察されるようなデッカイ屋敷などがトウセンボしており、何度も国道に出ては川に向かう路地に入ると言う手法をやり直した。しかし、最初はこれが余りうまく行かず諦めて市内の方へ向かったりもした。すると、海外青年協力隊のビエンチャン支部があった。日本人の青年が1~2人駐在していた。同胞のよしみかラオスやビエンテャンの現況を教えてくれた。2448-1

そこの日本人と面会して、ビエンチャンでの活動などをお聞きした。

結局、市内側から川沿いを走って見つけたのがモンコルホテルだ。このホテルは併設している河畔のレストランと共に、実によかった。

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チャンヤーは例によってななみをほったらかして現地のラオス人と話しまくり、我々二人も料理に舌鼓を打ちながら旅の成功を祝って祝杯を続けているうちに、ななみがいないことに3人とも気がついた。おやっ、ななみは何処?すわこそ、これは大変と慌てて周囲に目を凝らすと・・・なんと、まぁー、こんな所に勝手に上がって歌手の真似事をしているではないの。

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これには客も従業員も大笑い!

人間は幼少時の脳による物事の覚え方の原理として、ミラー・ニューロン・システムという脳野が前頭葉にあることが1980年代に発見された。ななみ は、これが少し発達しているようだ。ミラー=鏡 ニューロン=神経 つまり鏡神経系。砕いていうと、母親などがする行為を赤ちゃんが真似することで覚えるとき、無くてはならない脳野であって、この機能のお陰で、赤ちゃんは、鏡に映った相手(母親など)の仕草が、この脳野に信号として映るので、赤ちゃんでも簡単に真似が出来るようになっている。

まぁそう言う訳で、ななみも何でも真似をしたがるのだが、それにしてもこれ には爆笑もんだった。

 

 おいおい、歌手の真似をするんなら、パンツみせちゃーいかんじゃないか。

えっ!未だ、二ちゃい なのでパンツじゃない、パンパースだって?(笑)2457-1

 

 

夜のレストランの写真は次。2464-1

 

 

 翌日一人でレストランに行って見ると昨日のタイ人二人が黒ラベルをのんでいた。写真を撮っていると、日本人か?と聞く。そうだと応えるとマアここに来て一杯やれというので善意を無視するわけにも行かず同席させてもらったのだが、昨日の少女の話をし始めたのだ。

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昨日の少女?実は・・・ 

昨日チェックインしてレストランに行って直ぐの時の話だが、ご飯を食べていたところ、先客のタイ人二人の席に少女(後でタイ人が話すには15歳だと・・)が二人、照れ笑いしながら遣って来て、なにやら話しをしていたが、暫くすると男女とも全員がホテルに消えたのだった。おおよそ見当はついていたが、15歳だと言うことが後で気になっていたのだが・・。

今日、その二人に再度、たまたまレストランで逢ったって訳だが、少女の話を暫くだまって聞きながら、その場にいると、凄く怖そうなイカツイ顔をした大男が遣って来て同じテーブルに座った。不思議そうに黙って見ていると、ロレックスの時計を3つも持ったタイ人の方から私の方を向いて、彼はタイ人だが今ではラオスでマフィアをしている。彼に言えば少女でも何でも斡旋してくれるから電話番号を後で教えてやるよ、と言うではないか。15歳ならタイでは直ぐ逮捕されるが、ここでは100%大丈夫だ、ともいった。私は、相手にしてみれば好意か自慢からかはしらないが、不愉快な話であったけれども、それを顔に出しては不愉快にさせるので、ウンウンと頷きながら神妙に聞いていた。

後でよーく考えたが、この二人のタイ人は別にしてこのような少年少女を斡旋する事は、

勿論買う行為も重大な犯罪として・・

タイでは『15歳未満の少年少女を金で買うことは妻である場合以外、懲役10年以上の刑に処す』と刑法の条文があり実際にこの行為をしたタイ人や外国人が罰せられている。

国際的には15歳以下の少女を金銭で買って姦淫した者は非人道犯罪として海外でした場合であっても罰せられる重大犯罪である。

現に日本では、アジアで15歳のを買った大学教授が日本で起訴され罰せられた。

 

ラオスのマフィアは次

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マフィアがタイ人二人にタイでは不可能な取引をしている光景は次 

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不快な話はこの辺でおしまいにして、旅行の話に移ろう。

次はホテルの部屋。古風だが広くて清潔なダブルとシングルの2階の部屋。

 

次も同じ。応接室も付いて13200バーツ以上だったがメコン沿い界隈に林立するホテルの中では安い方だ。

 

モンコルを出て、大統領官邸の裏にあるメコン河畔の公園に行った。2493-1

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市内に近いグリーンパレスホテルの玄関先でオウムや九官鳥を売っている露天商(とうよりもお爺さん?)に会った。

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オウムが気に入ったので1羽購入してフォーム製のアイスボックスの蓋を外してビニール(買い物袋のポリエチレン)を被せ四方の隅だけテープで止めようとした途端、見ていた4人の主婦が、大きな声で駄目駄目窒息して死んじゃう、と制止した。隙間が一杯あるから大丈夫だと説明して分ってもらうのに骨が折れた。教育にもよるがこの事情はタイでも同じで、『女は地図が読めない』という俗説がまさに本当らしく見えてくる話ではある。

かりに9割方の周囲をテープで止めたって、小鳥の肺活量など微々たるものなので元気でぴんぴんしていますよ。

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 購入して大事にタイに持って帰ったのに、太い竹の棒で出来た鳥かごに入れて、ベランダの日陰に置いていたら、翌朝僅か1日で、竹の棒を食いちぎってもぬけの殻になっていた。

 

 

高額の賄賂を鴨ろうとした警官に遭う2504-1

ビエンチャン観光で運転していた時、停車可能の場所に1分間ほど道路端に停めてドアウインドウを拭いていた所、交通警官がバイクで遣って来て、駐車違反だ、車の輸出証明書を出せという。

見るだけだからと言ったが、タイで免許証を見るだけだといった警官が全例そのままポケットに入れてしまい警察署に来いと結局賄賂を要求された例を散々経験したことなので私は駐車していない、1分だけ停めただけだと見せるのを拒否した。すると幼少時よりモン族の父親が警察や役所に散々苛められてきたせいで、警察や役人を見ると、それだけでも恐怖を感じるチャンヤーが、助手席側に立っていた警官に、勝手に国境を越えて運転するのに欠かせない重要書類(輸出証明書)を渡してしまった。すると案の定、警官は書類をわしづかみにして急に態度がいじょう高になりポリスボックスまで来いと乱暴に命令するじゃないか。

この続きは、別項の次のブログに詳しく書いているので参照ください。ラオスにマイカー入国!出国の日に”事件”は起こった

 

 

 

 

 

 

 

The much of  fired flame occured  everywhere. This is a riot or already a civil war.

Photos  can be seen in japanese version→眼前で、カーフール隣接の銀行が燃え上がった!  

Take the responsibility of the Bangkok disturbance.← which continues from 
 

 

  The president(80years) of 'Hinode bed and breakfast' in which the Lotus exists  nearby with Carrefour , have open  the  dinner party for the Japanese association (10 members or more) as host  at 6 o'clock of the evening today, and I was  invited one week ago  . I  am going to there by car from [Ban-sare] of the Pattaya outskirts. besides  with one or two  business ,  thinking  Bangkok is far from my house  for a moment

 

Though Bangkok is now  in the disturbance ,I have  disided to go easy at home  with my  family because the president said  yesturday, 'my place  is safe and no-promlem from Bangkok disturbance’ by call

 

Big surprise happened  suddenly at the time when we having arrived there . The hand grenade was thrown to the  Bangkok bank  only 30m close to the Carrefour , and it gush the flame  with terrible smoke. In front of my car before my eyes .

I stopped the  car and turned the camera to them .

 

My Chan;ya  loudly shouted, 'Dangerous,run away soon '. But I have  still  kept frantically pushing the shutter for about ten seconds.

 

I rush to Hinode Bed and Breakfast passing the Rama road with very pale face .

There  came

, it was  naturally a range of common sense ,no members by call of  cancellations,except for only me .

 

 

(This is already a level of the civil war or the riot. )

 

 

 

However  I could not help not to come back to my house in Bansare  .

 

(Because we already ran as much as 160 kilos. )

 

For instance, intense smoke seemed to have blazed up in the sky of  vicinity of the Central World Depertment store .

Two military brims were turning over the sky.

  

 

However, the problem is the next.

Afer the military spokesman broadcasts ahead saying that 'Everybody is prohibited to go out after eight pm to six in the morning  (curfew)' through all Television Broadcasting, the leader of UDD decleared “our event of demonstration is over here   just now. The marcher must go home soon. We( leader of UDD) will give ourselves up to the police .

 

However It is a large problem that UDD member made terrible setting fire to many buildings  inspite of it already declared.

 

It was still good while the people of UDD were following the holding person's instruction ,except for a part of radical molecule (party of the group etc. that the Major General was leading) espesially young party . Even radical group still controlled slightly , because even these parties cannot completely hostile to the leader of moderates, I think.

 

However, these radical group management of control  will disappear in the future. This is scared. How will a party of the Major General murdered receiving the initiation of the guerrilla warfare come to do .(There might innumerably be a strategy such as arson and time bombs)

A real guerrilla might start in the future to give big damages to the current government?As the funeral battle of the Major General murdered by the sniper of the army

 

The result is clear.

If the game against the   arson guerrilla is given in the commercial center district (building etc.) in   all regions where the police and the army do not exist ・・・ There are no strike externals of the hand because it is impossible to check the whole area of Bangkok. It needs , in the guerrilla warfare , nothing needed to arms etc. ・・・ Enough with one gasoline can a district. It can be done  with only two person getting on motorcycle in which they are skillful, and it can be set over very easilly   Then  they

 can  run away after the arson operation is executed with the cap open only eyes.

 

They might applaud it , saying that 'Surves you right !([thai=Somu-namu-naa!])' though many rich people fall  victim of the arson.

Because they are very much especially lower class who have the grudge in the society and the nation ,and they believe in that those people were fellen to victm by rich classes and ruling classes. .

It is likely to become uncontrollable at all, how the army and the police work hard,

 if becoming such a condition . Even if enemy is huge the guerrilla warfare  is very effective in the urban area. Also in the U.S. military of the best military power in the world,America could  neither win  nor draw  to the guerrilla warfare of Vietnam . Even if the mountainous region in Afghanistan was bombed with the heavy bomber  and carried out, arukaida  cannot be   yet annihilated.

 

In Thailand, a lot of poor lower classes nurtured with the same idea as well as a rash above-mentioned party, are terribly potential in the whole country. Because Thailand is a typical hierarchical society from which tens of times  lower classes support and were loaded heavy work for only handful rich classes and the ruling classes (while agonizing )

 .

 

The royalist might says seeing such a disturbance  What’s  the matter is this!

Its not so terrible .

 It was said so when  the event in May of blood was occurred  19 years ago , and 300 demonstration participants or more (they were nonresistance )were murdered by the army. The diver found the container with which skeletons of a vast number of people were blocked in the sea of Sattahip near to base of naval forces in last year by chance innumerably miraculously.

Even if army can suppress the dissatisfaction of a lower class with the gun, it  explodes sooner or later even whenever it can temporarily be done. As long as the deflation is not done by improving their predicaments little by little.  

Even if UDD said that UDD was reconciled with the government and the meeting is still continued', Abissit  had better not to withdrew the settlement offer .

 As a result, better strategy  can be taken by pulling out the gas a little and gaining some time.

 

Some one says he is only Old aristocrat's young son who lived in Britain for a long time after guraduated  Eton school in Britain by (I do not think so). There is a person who thinks that  he could become a politician by his valued family name .In such a person there seems to be an ability shortage as a Prime Minister in the political pandemonium age, too. He also might be called in some paper  ‘the army and royalist's Puppet (I do not think so).

 

 The royalist ,I think , should speed up choosing a suitable person of the person with  not only endurance but also the ability as the Prime Minister who has more excellent in the strategy.

It is  much different at all from yesman

When only yesman, its impossible to make them consent above metioned lower people  though royalist's mind is satisfied.

So called Boss, generally recognized all over the world , always .says selfish.

 

French revolution started from arsons at the beginning(Arson was occurred not only a Bastille prison but also anywhere in Paris) by a great number of roguish peoples  with the book on the thing. When  violent revolution happens in the whole land of Thai, we, foreign residents are sure to get damage at  first.

 

 

 No more happening of the riot in the whole land of Thai

 

 

岩城玲奈

タイのお米はインディカ米。これだけで七海式インディカ米健康ダイエットがOK

インディカ米を食べると直ぐお腹が一杯になり腹持ちがよい上、便通が非常によくなり、健康に寄与するのは何故?インディカ米が世界の米生産量の90%も占める理由もそこにある。

 

澱粉のなかのアミロペクチン【ブドウ糖などが数珠のように繋がって出来た非常に長い鎖が二本一組になった螺旋(らせん)状の分子】に、長い側鎖がくっ付いた物を=スーパー・ロング・チェーン(SLC)と言うが、インディカ米は、このSLCがジャポニカ米の100倍も多く含まれているからだ。以前はアミロースの量がインディカ米には多いいから固いと言われていたが、最近、それは同じで、SLCの違いから固い柔らかい(もッちり感)、などの差ができる事が判明した。

 

この長い側鎖のお陰で、インディカ米はアミロースのブドウ糖が、団子状に密集して巨大なクラースター(房)になっているため、水が内部まで入りにくく、熱水でふやかしても(炊飯)、ご飯が硬くぱさつく。、また、冷めて硬くなる度合いも強い。

 

食物繊維が多い玄米も似たような性質があるが、その仕組みが全く違う。玄米の硬さは単に食物繊維から来ている。

 

 

胃や腸に入って吸収されにくいという、このような性質のSLCが日本の米には0.1%しか含まれていないのに対して、タイ米などのインディカ米には10%も含まれている。

そのため、インディカ米を食べると、正直言って炊きにくく食べにくい玄米と大違いで、炊飯が簡単な上に、なかなか どうして 結構美味しく食べられる。少量で直ぐお腹が一杯になり満腹感がえられ、大腸まで届く量も日本米と比べて非常に多い便量が増える→便秘によい)訳だ。

 

大腸に行く量が多くなると、その分カロリーも減って、しかも善玉腸内細菌の餌が増えるため、これらの菌が増える。すると、善玉菌が”お礼に”といって、その代謝産物として、健康に大いに寄与する酪酸やビタミン類その他 抗癌作用や抗菌作用がある抗酸化物質を作ってくれ、免疫も向上する。さらに、前記のように便量が増える為、便通がよくなり、大腸癌などにもなりにくくなる。

 

まさにインディカ米は、肥満と便秘に悩み、生活習慣病を恐れる現代人にとっては、救世主のような存在なのだ。

 

 

タイ米は日本米と比べパサパサした食感がちょっと、と言う方は、考えが浅いというか認識不足だ。

タイ人に日本米を食べてもらう、と不味いとまでは勿論言わないが、決して好きになって毎日食べる、って事はありえない。要するに食習慣なのだ。一見、パサパサしたタイ米の食感に違和感があったとしても、毎日食べていると その味が段々よくなってくる。初めて食べる方でもタイ米で作ったチャーハンやカレーライスはベッタリ出来上がる日本米より美味い。しかも、日本米と違い玄米以上の薬効があるので、体がそれを欲するようになる。

要は慣れと料理法の問題だ。

 

タイの田舎に行けば、小さい時から、安いタイ米のご飯にタイ醤油(ナムプラー)だけをかけて食べることが良くあるが、皆さん、何れも病気知らずの健康体に立派に育っております。安いタイ米の方がSRCが多い。

 

大腸に届くお陰で免疫も向上する七海(ななみ)式健康ダイエットしたいなら、タイなどに住んで、インディカ米を食べましょう。

 

以上 nnanami2

 5.27.2010 記 

岩城玲奈

 

 戦略的知恵、タイの情報

Strategic Intelligence of Thai

海外支援医師の会≪メ リークリスマスの会≫TOPページ

1 ラオス・マフィアが15歳ラオス少女を売春斡旋し 

 ていた実態をラオス女性の人権向上の為、表す 

 る

2 旅の醍醐味は人との出合いにあり

 

 

 

岩城玲奈

 

パラダイスを求めて!チェンライ~ラオス~サタヒップ

第7話ラオス(北部から首都にかけて、土地や人柄を巡る旅 )

 

 

旅の真の醍醐味は、その土地、土地での人との出会いにこそあると言えよう。それなくして、単に旅行代理店の作ったスケジュールどおりの行程で、観光地の名所旧跡をあれこれ見たり、添乗員やガイドの案内通りに観光するだけでは、真摯とした価値に乏しい。それならば、極端な話し、世界中の観光地を実写映画で撮影したメディア(DVDなど)で旅行気分に浸るのと余り変わる所がない筈だ。ましてや、特に最近とみに進化してきているグーグルのマップサーフィンに至っては、世界中の街角の景色が音声付で見られたりするので、実旅行よりも こちらの方が楽チンだし、その上ほとんど無料に近いので、はるかにベターだ。

 

 英国の文豪、サマセットモームの小説に、昔の有名な作家が書いた『我が室内世界周遊記』のことが皮肉っぽく書かれている。これは、室内においていろんな世界中の名所旧跡の絵葉書とかその土地の文化や食事、遊び方などについて書かれた名士の紹介本などを見て色いろ観光的な想像を巡らせることによって、室内において居ながらにして世界旅行を(擬似的に)楽しむ方法を語ったものである。この方法による(擬似的な)旅の欠点は、事実は小説よりも奇なり、と言う真理を突いた言葉が示すとおり、旅先で偶然起こり得る(人生を変えるかもしれない)意外な出来事や出会いと言うものが全くない、と言う点にある。このような擬似的な旅は、下品な例えで申し訳ないが、まさにマスターベーションと同じで、人生や生命と言うものが持っている驚異的で発展的な不可思議な力が全く欠如している。

 

 冒頭に上げた類の旅、例えばパック旅行に代表される既製品的な旅の仕方は、旅行代理店の設定したレールの上を誰も彼も皆一様に行動するのと同じで、最初から最後まで判を押したように同じ。何のことはない、そのような旅は、言い換えれば、代理店が作った旅の設計図の原本のコピー、または孫コピーに過ぎない、と言う事も出来る。その種の旅の利点は、安全で安価で便利なだけで、出会いなどの意外性もなく(自分を磨いてくれることになる)旅の先々での苦労と工夫なども(ほとんど)不要で、それゆえに、(本来、真の旅であれば、得られるはずの)旅の至福の喜びなど、あまり望めないだろう。

 

 まあ、お仕着せ的な既製品であるパック旅行家の名誉のために付け加えれば、それはあまり未知の旅をした事がない(またはそんな精神的時間的余裕のない)短期旅行者にとっては非常に便利なものなので、その点においては充分に価値がある。とくに日ごろ休む暇も無く、働きずくめのお忙しいサラリーマン諸兄にとっては、限られたGW期間中に、未知の旅など言語道断!であり最初から最後まで判を押したように決まっているからこそ有難いのだ、という事はこれまた真実であって、この点 筆者も異論はない。

 

 閑話休題、この辺でそろそろ本題の

 

パラダイスを求めて!チェンライ~ラオス~サタヒップ

第7話ラオス(北部から首都にかけて、土地や人柄を巡る旅 )

 

に入ろう。序章で、旅の醍醐味は出会いにあり!と冒頭から拙い文章をいじくり回して皆様の頭を混乱させた訳は、実はそれ(意外な出合いと展開)が今回まさに起こったからである。なお、旅のストーリーは、今回も前話同様、時系列に従って写真を中心に展開することにする。

 

註:写真の中に焼き付けた文章と同じ文章も出てくるのはキーワードによるサイト検索を可能にするため。

 

 ■ルアンパバンには午後5時頃着いた。早速、タイのナビ(ラオスでは空白になる)に、主要な道の角々や有名な建物の位置を、走りながら記憶させて応急的な地図を作った(ガーミン社のラオスのナビ地図ソフトは今のところ無いか、もし有っても入手が困難)。この外にも山歩き用の(地図が入っていないが)軌跡は残る原始的なナビ(Empex社のMap21EX)に道路の軌跡と主用ランドマークを記憶させた。その作業によって、自然と、この古都の概略が頭に入った。最後に、作業の途中で適当なホテルとレストランの何件かに立ち寄って決めておいた所にチェックインした。 

 

それらの価格は、おおむねビエンチャンと同じか若干高かったのだが、その理由はこの都市が世界文化遺産に指定され白人を主とする観光もしくは長期滞在の外国人が非常に多く来ているか住んでいる為であると推測された。我々取材班はお仕着せの 誰でも行くような観光ポイントは避けて、なるべく自然体で面白そうな穴場(ポイントや村)を探索(探検)する事をモットーとしているので、いわゆる観光本は家にはあるが わざと持参していない。もし持参すると、どうしても安易に頼ってしまい、結局誰もが行く観光コースに乗ってしまうからだ。とは言え、定番の観光コースにも最低限は行くが、それだけでは思いがけない穴場など見つける事は出来なくなってしまうだろう。

 

 さらに言うなら、元来、定番の観光スポットと言うものは、無数の観光客が長年にわたって連日のように押し寄せて来る故に、人間と言うものが持つ悪しき本能によって、現地の価格は高騰し、人間が本来もっている自然で暖かい親切心さえも長年の間に消え失せてしまうものだ・・それどころか、外国からの訪問客を舐めきったりして対応が悪くなったり、観光客を騙したりする輩が出てくるキライさえある(むろん、例外は常に存在する)。

 

 このブログでは最低限の観光コースも偶然に立ち寄る故に、そういう場所もタマタマ紹介はしているが、それ以外の定番は観光本に譲ることにして、なるべく未知のポンイント探索に意を注いだ。

 

 

 

(写真:上と下の系枚) さて、最初に行ったのはサナソンカーム寺院と言うところで、その表参道には観光客ではなく町の住人が主として利用する市場だ。五百メートルもある市場には地元で取れた果物の他、野菜や魚の材料とか調理済みのそれらが地元価格で売られていた。この町は盆地にあるため周りの山脈から流れてきたミネラルを多く含んだ水が豊富なのと、直ぐそばのメコンの水を利用した農作が盛んなので、それで生鮮野菜やメコン由来の魚が豊かなのかも知れない。

 

    

 

(下の写真)次に行ったのはMantatoulat通り界隈だ。東西に走るメコンに沿って作られたこの通りは、すぐ北側をメコンが流れ、直ぐ南側は高級ホテル/レストランと寺院が林立している.

メコン側には露天のレストランがポツリポツリあるが、ホテルや建物式のレストランや寺院は景観を損なうので全く建てられていない。いずれも価格帯は観光地価格であった。

↑町の北側を東西に走るManthatoulat通りは、メコン河に沿って作られており、その南側には沢山のホテルや寺院が林立している

 

↑ メコンの対岸は船でしか行けない。そこには小さな集落があるがその周りは未開発だ。

 

 

 メコンに沿ってMantatoulat通りを東に行くとメコンに斜めに蛇行しながらカーン川に突き当るが、畢竟この古都はメコン河とカーン河に囲まれた数キロの小さな町だ。

 

↑ メコン沿いに、これは懐かしい、ラオスでは今も現役の手動の機織があった。

 

 

写真数十枚(作成済みを、次回に掲載

 

第7話その2ラオス女性にモテた?(ラオスを取材車両で行く第7話その2)

 

第6話に戻る第六話 ラオスの山岳地帯を取材車両で走った

 

 

 (ちょっと恥かしいけど) 瞬間風速一位に

 

タイポップス界のニンフこと妖精の歌手リディアの家族が、『リディアは今、ニンプだと(←元首相タクシンの子を身ごもる)とお告げが出た』と発表した占い師を告訴した、(損害賠償の額=1億バーツ)。

 

タイでは、政府首脳が、よく有名な占い師に大事な政策上の相談をすることが多かったが・・・・

タクシン元首相は、その例外だった。

ごもっとも!タクシンはアメリカの超一流大学に二度留学して、法学博士号まで修めた理論家・・。

 

受難の続くタクシン・シナワット(タクシン中佐)の恋人であり、

タイポップス界の輝ける星である美人歌手リディアが、

タクシンの亡命を追いかけて歌った、有名な曲(歌中の男性は、タクシンを象徴)は

       クリック⇒ ≪ ハイ パイ カップ ドグマイ

           花束を携えて貴方は いずこ (直訳:花束を失くした)

    

 岩城玲奈

リディア

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 その他のタイ歌謡曲は次をクリック

 

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私はタイの演歌,ルクトウーンが大好きなタイ在留邦人だが、特に嵌っているのはアジャリヤ。彼女は(昔はチェンマイ県だった)ラムプーン県出身で、ランプーン高校在学中からルクトウーン歌手を目指して部活などで歌や踊りを熱心に練習していた大変な努力家として知られる。自分が嵌ったのとは関係ないが、最近になって ななみ(2歳半)の母親チャンヤーも実家が貧しくてラムプーンの親戚の家に預けられていたので、同じ高校に通う事になった。

 アジャリヤはその後ちゃんと卒業してすぐグラミーなど大手音楽プロダクションの一つ、U2に入り,毎年ジャケットを一枚ずつ出すまでになった。一方チャンヤーはといえば、勉強が嫌になり付いて行けなくなった頃 友人のオカマちゃんに、そそのかされて、年齢が足りないのを承知で経歴をごまかしミスチェンマイに応募。これが年齢が足りない、つまり少女の印象が強かったせいかどうか、分からないが何とミスチェンマイNO2を受賞し20万バーツほどの賞金をもらった。

 その結末であるが、賞金の半分をお釜ちゃんに持ち逃げされるは、受賞者の義務である孤児院慰問などに、ミスチェンマイら受賞者全員と一緒に学校にも行かず回っていたため学校や親戚にばれ、ミスチェンマイの主催協会にも知れる事になった。受賞と賞金は取り上げられ、あげくは高校も退学、お釜に持ち逃げされた賞金も親が親類縁者から借金して協会に弁償した。、、、とほほほ。

 閑話休題、
長い前置きになったが、ここらでアジャリヤの話にもどる。
アジャリヤの実家は農家出身で、これはタクシン元首相派の支持団体UDD(反独裁民主主義統一戦線)の構成員が主としてタイ北部(チェンマイ、ラムプーンなど)、タイ東北部(イサーンなど)の農民であるのと一致している。
そのせいか、彼女はデビュー当時からタクシンに因んだ曲を歌っていた。タクシンは今でもそうだが、現役時代はタイ国民のほ大多数を占める下層階級から慕われていて歌の世界でも、よく彼の事を言っていると思われる歌が出てくる。
 例えばタクシンの恋人だったリディア(Lydia)の歌では、、、、タクシンのことを歌っていると思われるハイ パイ カップ ドグマイ(花束をなくした)と言う曲がある。これは秘密裏に会おうとしてホテルにとった自分の部屋に、彼が花束を持って会いに来てくれたのに、部屋が分からないまま終わってしまう、と言う曲だ。その前曲のSo Lonelyではあなたが居ないので非常に寂しい、すぐ側にきて)と歌っている。

 さてアジャリアの歌だが、、、極め付きは、サパイ ナヨーク(ナヨーク=首相=タクシン の奥さんの息子)という歌では、今をときめく首相の義理の息子と恋人になれたら、どんなに素敵だろう、などと歌っている。タクシンが逃亡者となった今でも、最新版の(1年ん前の時点)ジャケットの中に、アメリカの大ヒット曲、悲しき 雨音を変曲した歌(8曲目)がある。これは十数人の女性ダンサーが真っ赤な傘をリズミカルに振り回して踊る(踊りの民ならではの巧さ)楽しい曲である。同じジャケットの、1、3曲目には赤シャツ隊(UDD)の赤いバンダナや赤い上着を彷彿させる衣装を身につけた10数人が、息もつかせぬ、ものすごい早さでリズミカルに踊っている。
かって、これほどまでに庶民に親しまれた首相があっただろうか。

註:以上の曲はブログnnanami2 の中に(ユーチューブ経由で)すべて収録。
 

 

 

 

追記

ビジネスのジャンルで一位にしていただき御礼申し上げます。

 

(けんどよ、写真なんか載せて恥かしくなかとかぁ)

 

瞬間風速なもんで、何時も写真に撮っておるんですよ。

 

(いや、いや ヤッパリ恥かしかぁ。誰もしねーべや) 

 

すみません。その代わり、最後にアジャリヤとリディアの歌を載せ、させて頂きました。よろしくお願いします。

タイ歌謡の歌姫 アジャリア 全代表曲ご紹介:イザ!

 

あのタクシンの恋人、美人歌手リディアは今どこに?:イザ!

  岩城玲奈オフィシャルサイトA 

今でも好きな

 

♪乙女達のセクシー演歌のリズムに乗って・・・。

 

タイ日簡易辞典語源・こじ付け半々

タイ語は中国語の影響が大きいので漢字の音読みと似ていることが多い

 

 岩城玲奈

 

では、まず、ウォーミングアップから

お尻を前に、お尻を後ろに・・・ 腰を右に、腰を左に・・・

振る時のは何と言う?

 

腰(音読み=ヨウ)    タイ語=ヨウ

臀(音読み=デン)    タイ語=デン

 

上記の声調は、平声音(上がり下がりが無い)なので発音は日本語流でよい。

 

巻末に、上記のお尻、腰、前、後ろ、右、左の4語が余す所なく、出て来る乙女達のタイ演歌をご紹介。踊りにかけては天才的だと思われる可愛い女性、アジャリヤのデビュー曲ブサバダンサーを後で視聴してみてください。

 

 

それでは、こじ付け半々、語源半々の各種のタイ語を上げてみましょう。

 

数字

3    サム

4    シー

6(ろく)ホック

7(シツェット

8(パー)ペー

9(ク―)カオ

10(ジュウ)シッ(プ)

 

本当だ、真実だ・・・・・チンチン(真 真=しん しん)

          逆に日本語の おちんちん は コイ

広告(または、広告する)  ボシュアー(募集)

一人用の小部屋のアパート  リョウ(寮)

涙(なみだ) ナムター

         ペッ(ト)ナムター­=涙がつらい(辛い) ペッ(ト)=からい(コジツケ→からいのでペッと吐く)

水      ナム  河 →メナム メナムメコン=メコン河 

メナム・リバー・サイド・ホテル(チャオプラヤー川沿のシャングリラホテル500m南)

       メナムもリバーもだから、訳すと河河となり変だ

 

 

 

カバン   ガバウ

バカ    バー

­=ヤク  ヤー 薬局はランカイヤー=ラン(屋)・カイ  

                  (売る)・ヤー

バカになる薬(覚醒剤) ヤー・バー

女(陰) プーイン   陰=イン

男() プーシャイ  陽=ヨウ

っこ(おしっこ) シー(幼児におしっこを促す時シーシー

              という)ウンチはキー

ガラス(鏡)  ガチョック

空気  エ と くう が混じって アカ(こじつけ)

エアコン → 単に エアーという

いい(良い)   ディー → 悪い=マイ・ディー

・・・だよなー   ナー  OKだよなー=OKナー

日本(パング)  ープン タイ人はジーもイーも同じに

                    聞える

韓人(韓国人)カオリー (韓は=カラ 1=ひと

中国(シナ) ジーン シもジも同じに聞える

フランス フランス人  フランセー

 

英国(england) イギリス人   エングリ

ドイツ (german)人  ゲルマン

   注;欧米白人のことはファラン

 

 

マンゴスチン  マングッ(ト)

アップル  アップン(アップルのLはンになる 例、セントラル→センタン)

有(居る 在る 有る)  ユウ   

住所=ティーユー(地 有)

火(ひ=ふぃ)    ファイ(電気も)

火事   ファイ・マイ

信号(交差点の信号)  ファイ・デン(デン=赤い)

道(どう)  トウノン

土地(と)      デーン (デーンは田=デン)

 

~しなさい(関西では ~しい という)タイ語も同じで動詞の後に~シーを付ける

   例)おしっこをしなさい  シーシー(最初のシーは動

        詞で、おしっこするの意味)

動詞が幾つか連がる話し方 順序どおり並べる(動詞は、時制の変化や語尾変化などは全くない)

(例)行って見て来て   行って食べて帰る  行って来る 行って帰る

    パイ・ドゥー・マー  パイ・キン・ガップ パイマー  パイガップ

                                 ↓

                             家に帰る=ガッ・バーン

綺麗 VS 不細工(しょぼい)これは全く逆で、綺麗はスワーイ(≒しょぼい)  しょぼい(不細工)がキーレイ

 

汽車  ロッ・ファイ ロッ(ト)は車 ファイは火または電

           気 火(電気)の車

運転する カブ (ホンダバイクのカブを運転する=こじつけ)

車を運転する カブ・ロット

 

多い たくさん~だ 例えばもの凄くたくさんお金がある→ミー・サタン・ヨッヨッ→   覚え方水がヨウヨウと流れる のヨっヨッ(洋洋または遥遥)

↑量的な程度を表

大変~だ      例えば 大変美しい スワーイマーッマーッ

覚え方=マー大変 の マーッ

 

 

腰と臀(お尻)+ 前と後ろ右と左 

          が頻繁に出てくるアジャリヤの歌は次

 

タイ歌謡の歌姫 アジャリア 全代表曲ご紹介

最初の一曲目がそうです。

死傷者が多数出ている最中にタクシンが豪華な買い物、とバンコクポスト!

 

これは、UDD人民を離反させる為にする当て擦りとしかいえない、と私には感じられた。

タクシンは一時、悪性度の高い前立腺癌にかかっており、その癌巣に薬剤を注入する3回目の治療中に死亡したとも伝えられたこともあるが、前立腺癌は事実だとすると、例え健在でもそんな元気はない筈だろう。タイコム衛星放送の124チャンネル=Dステーションに対して、タクシンがTV画面で演説している姿を視聴していたが、私には、タクシンがあまり元気がなく、弱弱しく、やつれて見えた程です。

 

岩城玲奈

 

バンコクポストの英文記事を日本語に訳して携帯に流すサービスで、翻訳者を務めていた日本人の友人を知っておりますが、この英字紙も他紙同様、タクシンに関する限り事実上の検閲を受けておると言う噂があります。タクシンの事を悪く書けば良し、逆の記事は圧力がかかるわけです。例えば、タクシンの呼び名は、犯罪者、逃亡者などと明確に書かないといけないとか・・。

 

今の政権は、感情的すぎるのか、さしもの 王党派の私にもイライラすることが実に多い。

 

一例を上げると、、軍がデモ隊に向かって銃撃するのはタクシン派デモの中に、テロリストが紛れ込んでるからだ、とか

少将を銃撃したのは、紛れ込んでいるテロリストの仕業だとか・・

1年前のサタヒップ沖でダイバーによって偶然、おびただしい数の白骨死体が積み込まれたコンテナーが発見されたことがあったが、行方不明になったままの家族達が、18年前の血の五月事件の犠牲者のものである可能性が非常に高いから、調べて欲しいと政府に嘆願した時もそうだった。そのとき政府は、なんと、調査には莫大な費用がかかるので予算不足の現在、それは出来ない相談だと発表。しばらく日にちが経ったとき、海軍と科学研究所の合同調査機関は調査結果として『コンテナーに付着して生育していた珊瑚の年齢が19年だった。だからこのコンテナーが沈められたのは、血の5月事件とは関係ない、と。これでは誰も納得するはずはない。

 

他にもいろいろな不都合に直面するたびに、にわかに信じ難いような事を、それも最高権威者がシャーシャーと言ってのける。

これでは、私もそうだが 王党派を信じる多くの中間階級のタイ人でも、情けなくなってしまう、と言うものだ。

 

王党派には、もっと誰もが納得できるような事が言え優れた政策が打ち出せるような次期首相の人選をお願いしたい。そして正々堂々とタクシン派と戦って欲しい。王党派のためにもそれが王道であり最も安全なのだから。

到る所で火の手が!これは最早、暴動か内戦だ!

アビシットはバンコク騒乱の責任を取れ!より続く

English version without photos is click here→ 

The Bangkok Already Civil War (only sentences)

 


岩城玲奈

 

 

 実は今日、ラーマ4世通りのカーフールとロータスの直ぐそばのムバーン内に有る『日の出民宿』の社長さん(80歳)が夕方6時に日本人会(会員10数名)の好例食事会を開催するということで、1週間前から招待されておりましたので、行ってきました。パタヤ近郊のバンサレーからです。一寸遠いかなと思ったのですが、他に用事もあったもので・・

 

前日も、社長さんが電話をかけてきまして『ウチの近くは、大丈夫』と言うので、安心して家族で出発したのですが・・・

行ってみると突然、大変な事になっていました。着いた早々、待ち合わせ場所から30mと言う至近距離のバンコク銀行にテキ弾が打ち込まれ、あっと言う間に火の手が上がるや煙が物凄い勢いで噴出しました。私の車のすぐ眼前で、です。

炎上してもうもうと噴出すバンコク銀行の直ぐ前に、私は運転していた車を停めて(高速道路でバンコクが炎上していたのを目撃してから)、ずーと片手に持っていたカメラを向けた。

 

チャンヤーが、大声で、『危ない、早く!』と叫んだ。それでも10秒ほど夢中でシャッターを押し続けた。

 

引きつった青い表情で、4世道を隔てて直ぐ前のムバーン内にある民宿さん行くと・・

当然、会員は私だけ、他の皆さまは全員がキャンセルです、これって常識の範囲内ですよね。

 

来る途中、チョンブリ・バンコクモーターウェーのラーマ4世付近まで来た時、彼方此方で(10数箇所の地区から)放火やテキ弾によると思われる出火したばかりの煙が立ち上がる光景が見られ、これは無理じゃないかと思いましたが・・

 

(これは最早、内戦か暴動のレベルだ)

 

 

 

 

昨日も社長さんがウチのあたりは全く大丈夫ですよと、電話をくれた手前、高速道路からみた彼方此方で起きている火の手を見て嫌な予感がしても・・・行かざるを得なかったんです。

(既に160キロも走行してきている事だし・・今更引返すのも、と思って)。

 

例えば、伊勢丹のあるワールドセンター付近などでは・・直前に燃え上がったに違いないと思われる、激しい煙が空を焦しておりました。上空には軍用ヘリが2機旋回しておりました。

 

 

ところが、問題は次です。

これらの火の手が上がった時刻は、時間的には、それらの事件より、少し前に軍のスポークスマンが全テレビ放送を通じて、『今日より、夕方8時以降は外出禁止とする(夜間外出禁止令)』と放送したあとUDDのリーダーが、『デモはただ今解散した!デモ参加者はすぐ帰省しなさい!我々はこれより警察に自主する』と宣言した後でこれでは大問題です

 

UDDの人民が開催者の指示に従っていた間は、デモは統制が取れていたので未だ良かったのです。若い連中を主とする一部の跳ね上がり分子(少将が率いていたグループなどの連中)を除いては・・。それでも、これらの連中でさえ、穏健派のリーダーと反目していたとは言え、統制を完全無視する訳にはいかないので、未だ少しは大人しかったと思います。

 

しかし、これからは、統制が無くなります。これが怖い。軍の狙撃手に殺害された少将の、ゲリラ戦の手ほどきを受けた無鉄砲な連中が、これからは、殺害された少将の弔い合戦をかねて、現政権に深手を負わせるために、アッチコッチに跋扈して本格的ゲリラ戦(放火、時限爆弾など、作戦は無数にあるでしょう)を始めれば、どうなるだろう?

 

結果は明らか。

警察や軍の居ない あらゆる地域の商業密集地区(ビルなど)で 放火ゲリラ戦を遣られれば・・・バンコク全域を固めるのは不可能だから手の打ち様がない。ゲリラ戦に武器など何も要らない・・・一地区につきガソリン一缶で充分。彼らが得意とする二人乗りバイクで遣って来て目だし帽で放火作戦を実行後 逃げれば済む事。

 

下層階級のなかでも特に連中は社会や国家に恨みを持つ者たちだから、金持ちや上流階級の犠牲者がいくら出ようが、むしろ『ザマーを見ろ(ソムナムナー)』と喝采するかもしれない。

こうなれば、軍や警察がいくら頑張っても、手に負えなくなるでしょう。ゲリラ戦は戦う相手が巨大でも市街地では非常に有効なんです。世界一の軍事大国の米軍でも、ベトナムのゲリラ戦には手も足も出なかった・・・アフガニスタンの山岳地帯を重爆機で空爆し尽くしても 未だにアルカイーダは殲滅できない。

 

タイには、全国に、前記の無鉄砲な連中と同じ考えを持つ『国家と社会に恨みを抱いた』貧しい下層階級が物凄く多く潜在する。タイは一握りの上流階級や支配階級を何十倍もの下層階級が苦悶しながら支える典型的な階級社会なので・・・この先が恐ろしい。

 

王党派が騒乱など、『なに、そんなもの。軍で叩けば良い(そう言って19年前にも、血の5月事件で、無抵抗なデモ参加者300名以上が軍によって殺害され、くしくも昨年、海軍の一大拠点で軍港などが無数にあるサタヒップの沖合いにて、ダイバーが偶然、おびただしい人数の白骨死体がつまったコンテナーを見つけた。)』と過信し過ぎると、えらい事になるかもしれない。それだけは避けて欲しい・・。銃で下層階級の不満を抑える事は、一時的には出来ても、いずれ必ず爆発する。彼らの苦境を少しずつ改善していくことで、ガス抜きをしないかぎり・・・。 

 

折角、統制が取れていて曲がりなりにも和解が成立したときに、アビシットは、拒否反応的に『UDDが、政府と和解しても集会は続けるのであれば』と和解案を撤回したが、それも一計かも知れない。

 

しかし政略的にいうなら、相手が いくらデモは続けると言ったとしても、戦略的な大所高所より、和解をひとまず するべきだった。それによって少しガスを抜くことで、ゆっくりと構えながら色んな対策が打てるのだから。

 

アビシットは旧貴族の御曹司で英国の名門イートン校を出たあとも長らくイギリスに住んで勉学に勤しんでいた人物で、生まれも育ちも良い政治家であるが、そんなアビシットには、政治的大混乱時代の首相としてはいささか面食らった感もあるようです。

まず暴動をとりあえず治めた上で、この先鋭的な動きが国家規模の争乱にならぬ様に暴動の原因を一つ一つ取り除いてゆかなくてはならない。そのとき大事な事はタクシンやその一派だけが原因ではないと言う事です。階級の貧富の差を少なくする事も大事だ、いや、それこそ最も肝要な問題かも知れない。
今の時点で革命云々は脱線し過ぎでは有るが、心配が高じた余り敢て言わしてもらえば、一説によればフランス革命前夜の暴動は、パリ市内の彼方此方での無頼の衆徒による放火から始まった(放火は決してバスチーユ監獄だけではなかった)そうである。タイ全土にもしも、これに類した暴力革命みたいなものが起こると在留外国人である我々は真っ先に被害を受けるのです。

 

 

(下)民宿・日の出があるムバーンの入り口 ロータスラーマ(4世店)の左隣、カーフール(同)の正面

(上)リーダーの一人が、TVで解散(終結】宣言を宣言

 

 

■このあと日の出の社長さんその友人、私の家族でスクンビット通りまで20mの所あるトンカツ屋が一軒だけ開いていたので、そこで小人数だけど水入らずのパーティーを開いた。

 

 写真左が民宿・日の出の社長さん。民宿なので、1泊は非常に安い。日本女性も宿泊でき、女性専用階。

 

 上の放火の写真が撮影された時刻から翌朝までの間に起きたビル放火事件の数と、放火された場所を次に示す。

■(バン週の転載規定により転載)

 

 

 

 

バンコク都庁報道官は19日午後11時、同日起きた放火事件が30件に上ったと発表した。

 最も被害の多かったのは銀行で16カ所。このうち12件がバンコク銀行だった。同銀行は2006年に起きたクーデターの黒幕とタクシン元首相支持派が糾弾しているプレム枢密院議長に近いと見られているため、タクシン派の標的となっている。

 また、戦勝記念党に隣接するショッピングセンター「センターワン」も放火されたが、テナントの供述によれば、大勢の屈強な男が午後6時ごろ押し入ってきて、金製品など商品を強奪した後、放火して逃走したとのことだ。

 バンコク銀行フアランポン支店の放火では、犯人グループが消火班を銃で脅して、消火を断念させたという。

 このほか、サイアム地区では数カ所が放火されたが、デモ中止に反対する者が暴徒化して同エリアに留まり、消火活動を武力で妨害しているとのことだ。

 一方、法務省特別捜査局のタリット局長は、この時期の放火および強奪はテロ行為とみなし、最高で死刑を適用すると発表。さらに、治安部隊は放火・強奪犯に対して銃を使用すると明言した。なお、放火については、消火を妨害する行為も重刑を科すとのことだ。

 

名前が暗示するように踊りが天才的で、歌唱力も感嘆するほど洗練されたランプーン出身の女性歌手アジャリヤ。

 

注:長い前置きを飛ばしたい方は、後半の■まで飛んでください

 

岩城玲奈

 

 私は、長年の重労働で健康を著しく害したため3K【キツイ(重労働)、キタナイ(感染しやすい)、環境悪化(医療を取り巻く環境)】そのものと言っても過言ではない病院経営を 続ける気力を失い、数年間考え続けて出した結論の末に、病院を未練なくキッパリと処分した。それを含む全資金をシンガポールの大手プライベートバンキングに開いた口座に投入して、(タイを含む)世界の優良企業の会社債などに投資し、海外所得に関しては無税であるタイに10年前に(日本の非居住者になって)居住した。

 

当時、かなり前からに既に離婚していた私の、心の支えになった素晴らしい女性と知り合い一緒に住んでいた。私は、彼女と力を合わせて日本国内で孤児のための特別児童福祉施設や特別擁護老人ホームなどでボランティアをするボランティア団体を主宰した。これは 寄付するだけでなく、プロのマジシャンなどの芸人のショウをはじめとして、ミュージシャンの楽器演奏に合わせて、綺麗な衣装とポンポンを付けた男女7,8人が振り付けで踊るショウなど、色いろ工夫を凝らすことによって両親のいない子供たちや寝たきりの老人たちに喜んでいただくのを目的とした催しをボランティアでする団体だった。踊ってくれる人たちは、前述の私を支えてくれた女性の友人たちで、皆さん某大学の4年生だった。

 

実は、タイに住むに当たってはその女性と結婚した上で一緒にタイにいく、と言うのが前提だった。ところが、我々の結婚を当初から喜んでくれていた両親が、新しい居住地がタイだと分ると、『娘は婦人科関係が弱いのであなただけ先に行って住環境でも整えて待っていてください、娘は色いろ病院で検査をしてから行かせます』と急に言い出したので面くらった。私は止む得ず単身タイにわたる他なかった。

 

ところが・・・

待てど暮らせど彼女は来ない。娘が卵巣嚢腫で当分行けなくなったと言うのだ。医者として、疑問を抱いた私は彼女が検査のために かかった病院には、友人の医者がいたので、その彼に電話で説明して彼女の主治医に逢って貰い、それとなく聞き出してもらった所、予測どおり体には殆ど問題は無く健康そのものだと言うことが判明した。

 

私はそれ以来何度も帰国しては相手の家に行き、何度も何度も信じられない位の忍耐力でもって説得したが、両親は、直ぐではないが何れ行かせようと思っている、待ってほしいの一点張り。

 

このような事情の後、結局私は3年間も待たされた挙句、結局親の反対で来れないという真実が分った。その3年間やそれからの2年間私は毎日ウイスキーを浴びるほど飲んで気持ちを慰めようとしたが、胸の中の苦しみと苦痛は一向に消えず、毎日悶々としていました。

 

そのような頃、私はタイでもボランティアをはじめたのだった。スタッフとして先ずバンコクの日系人材会社であるパソナを通して7,8人くらいのタイ人を集めた。

日本人も必要なので、バンコク週報の募集欄で募集記事を出した所、バン週が、これはなかなか良い記事だという事で特別に有料の電子版にも無料で掲載してくれた。しかも、その週の特選人事募集(一件だけ)に選ばれ連日掲載された。

参考:今でも下記サイトで残っております。http://archive.mag2.com/0000056576/20040628201000000.html

(中ほど過ぎの各募集とある所)

この効果は凄かった・・・遠くアメリカや豪州、ニュージーランドなどからも応募があったほどです。一例を上げると・・豪州の音楽大学を卒業したばかりのピアニストも応募してくれまして、実際にバンコクの当会の事務所にお出でになり一定期間、ボランティアでピアノを弾いてくださった。

 

これほども毎日色いろな催しをしても、なんと言うことだろう、夜になると孤独な苦悶と苦痛がどうしても取れず、毎日のように涙が出て止まらない。.私は、当時無意識ではあるが、それほどまでに私の魂が彼女を必要としていた訳だ。

 

 

 

ちょっと前置きが長くなったが、そろそろ、この辺で表題の話しに入ることにしよう・・・・・・・・・・・・・・・

 

   ■そんな時私はアジャリヤの歌に出合ったのだった。彼女のVCDカラオケ(動画映像と歌詞)は実に素晴らしかった。何度も聞いているうちに (驚くなかれ、どの曲も1000回!は聞いた計算になる)一部の曲は 歌詞まで全部翻訳して意味を知るのは勿論の事、歌詞を全部丸暗記さえしてしまった。私は嵌ってしまったのだ。

 

彼女は鼻が低いので決して美人ではない。しかし、目が離れていて瞳が大きく、真っ白い歯と口元がとても美しい。童顔というかベイビーフェイスそのもなので可愛いらしいと言ったらそれは滅多にないくらいだ。歌唱力も素晴らしい。しかし、何といっても引き付けて止まないのはその天才的な踊りの巧みさと、人の心を打つ優しい仕草を伴った踊り方だろう。最初は、鼻ぺチャで平面的な横顔が気になる向きもあろうかと思うが、彼女は立ち居振る舞いが まことに優雅なので、彼女とよく比較される好敵手の

歌手に、中華系のスマートな美人歌手メンポーがいるが、そのうちに歌唱力が単調過ぎる上に 我が侭そうな性格や踊りの荒々しさが目だって来て、逆にアジャリアの素晴らしさが分ってくる。最初は美形のメンポーの方が気に入るかもしれないが、アジャリヤが深く分るにつれて、私の言ったことが理解できるはずだ。

 

アジャリヤの歌の入門編を下記のブログで紹介しておいたので(ユーチューブ)、是非、視聴してみてください。VCDの映像には遠く及ばないにしても、ヘッドフォンで聞けば少しは分っていただけるだろう。

 

タイ歌謡の歌姫 アジャリア 全代表曲ご紹介

踊る時の仕草の優雅さはデビュー版VCDの翌年に出したサウ・ランプーン(ミス・ランプーン)など。天才的なアグレッシブな踊りは、5枚目に出したVCDの二曲

タイなどで地獄の結婚・片道キップを掴まぬ戦略的知恵 に続く

 ご注意:

私はこのブログで決してタイ移住(=引越し)を勧める訳ではありません。私はタイを深く経験してきた立場上、この事を最初にはっきりお断わりしておきます。
 

手続とか書類など様式上の問題は別項で扱うとして、今回は、私が主催する海外支援医師の会に、退職者ビザを取ってタイに移住したいという日本の高齢者の方からのプライベートな問題(一緒に暮らす相手、本国のしがらみ等の処理)について扱わせていただきます。

 

今回の方の問題点は、要するに次の通りです。

 

『移住したい』

けれども、

問題点1

『住んでいる日本の現住所には、まだまだ、色んな しがらみ やら処理すべき事柄が一杯で、事が中々進行せず、タイと日本を往復するどっちつかずの状況が続いています』

問題点2

『移住前に予め、現地の伴侶もある程度は可能性を確認しておかないと心配。一人では とても寂しいですから』

 

『どうしたら良いか教えてください』

 

 
 問題点1への
 アドバイス
私は、この方(知り合いです)の質問を受けて、タイに移住(引越し)したい、と言われる割には、なにか物足りない思いがしました。
そんなことでは、いつになってもタイに移住など出来ないでしょう。
 
■あなたは今○○歳です。歳月はあっという間に過ぎ去って行きます。極端な話し、5年など一瞬ですよ。私の場合9年がさしたる満足感も無いのに過ぎ去りました。初めてタイに長期滞在したときの日がつい1年前のように感じます。子供時代とか若いときと違い、高齢者の時の流れ方は数倍早いと、物理学者で随筆家だった寺田寅彦も申しておりますが、まさにその通りです。
 
寺田寅彦は経験的に書いただけでその根拠は述べませんでしたが、私にはその根拠は明白です・・・高齢になると脳細胞はどんどんアポトーシスで死んで少なくなって行きます。特に記憶野の脳細胞が死んでドンドンへっていくと、時の流れ方が早くなると感じるのは、『子供時代なら、1年が1兆個もの記憶野の脳細胞で処理していたのに、高齢では、例えば0.1兆個に減ってしまう為、1年間分の時間の記憶として、僅か10分の一しか記憶しか残せない。それで、10倍も早く時が流れてしまったと感じる訳です。
 
絶対的時間は子供も老人も同じですが、その時間記憶を引き受けている記憶素子が10分の1しかないと どうなるでしょう。例えば、蝶々が、さなぎから蝶々に生まれ変わる現象を1万コマで撮影した場合と10分の一の千コマの場合を比べて見ます。
 
これをどちらも1コマ1秒で再生しますと前者は再生が1万秒=約2.8時間も続きますが、後者は1000秒=0,28時間しか続きません。これと同じ原理で、時の流れ方は、高齢になればなるほど、絶対的時間と違って、早くなることが分かって頂けたるでしょう。
 
■高齢者になると(いや、今でも充分高齢者ですよ)、タイなど東南アジアといえども若い女は、全くの金目当てだけの女しか寄り付きません。
女だって、男程ではないけれど、若い相手が良いに決まっており、普通の感覚を持った(純情な)若い女は幾らお金を出しても来てくれません。来てくれるのは高額のお金だけを狙ったヒモ(一度獲物をつかんだら絶対にはさないので、ヒモの事をタイでは同じ生態の水生昆虫であるメンダー=タガメと言いいます)、そうそんなヒモ付きの美人か、または40歳以上の生活費とか子育ての為にお金が欲しいだけの女 しか来ないはずです。
 
■東南アジアでは、言葉の余り通じない外国人の高齢者の魅力はお金だけ(言葉がネーティブに通じれば別です)。お金だけで良いと言う女性でも、特殊な女しか来ません。
なぜなら、純情な女はお金では来ませんので。私を見れば分るでしょう。私はお金なら全く大丈夫。幾らでも使えます。良い女が”本当に好きで”来てくれるなら、お金は幾らでも惜しみませんよ。それなのに、現実は、どうでしょうか?
さっぱり駄目です。
 
■毎日、相手と当方の、恐ろしいほどの格差のある常識・文化・習慣・教養ないしは教育のレベルの違いなどからくる衝突。
相手の言う事がまことに蒙昧で不合理な事であっても、あんたはタイにいるんだから、タイ人に従えと、言う訳です。
 
それを 納得いかないからと思って、あなたの方が間違っていると合理的に主張しても、彼らは聞く耳を持って呉れません。こっちが、あくまでも、それは間違だ、迷信だとかと主張したりすると、タイの田舎の人々(両親や親類)の誇り高いプライドが傷つけられるのか、『フンフン』とバカにしたような笑いを浮かべて鼻を鳴らしてから、、大きな声を張り上げて、訳の分からぬ方言で罵倒してくる。
で、しょっちゅう、怒鳴り合うことに!
 
■努力して医者になり、30年間もの間、240床の病院を必死になって経営してきた最高学府の出の男が、こんなテイタラク!なんです。
もう、逆に笑ってしまいます。
10年早くタイに来ておれば、良かった、と今になって後悔しても、もう遅い。もっと早く病院を譲って未だ何とか若いといえる年齢で来ておれば・・・。
教養や常識が同じ位と言わないまでも、理解しあえるの程度の人間と出会えていたなら・・・平和で もっと楽しい今を過ごせたかも。
 
10年若く、早くこれなかった最大の原因は、正直に言いますが、そのころの毎月入ってくる莫大な収入に対する未練です。勿体無いという執念にも似た お金に対する執着心でした。
しかし、今では、お金はある程度以上ある人ならば、それ以上いくら有っても、幸福にはほとんど無関係・・・そう悟りました。
 
■純情な若い女はお金がいくらあっても高齢者には興味が無い!・・・明々白々なこの真理は、男である自分の気持ちで高齢者の女性が好きになれるか、どうかを考えてみれば、一目瞭然で、直ぐ分かること。
 
ここで田原(仮名)さんのことを思い出しました・・・
以前、田原さんという○○歳の高齢の方がミャンマーのヤンゴンで持て持てだと言う話をしましたが、ミャンマーのように貧しい国では若干タイ女とは違います。
また、この方の場合は、○○歳と言う最高齢者でも、スレンダーで、長身(180センチ)で、皺も殆ど無い、まあ、未だ遙かに若い私から見ても、カッコいいなと思わざるを得ない、そんなシャンな方でした。私らでも、シャンな服を着てそれなりに身綺麗に見繕いすれば、ミャンマーとかラオスなら、最高齢の○○才近くになっても、それなりに努力すれば純情な女性のハートを掴めるかも知れません・・ただし、その場合でもこれらの国では長期滞在ビザがタイヤフィリッピンのようになっていませんから、どうしてもまずタイに住む事が前提になるのです。
 
要するに何をアドバイスしたいのか?
 
時間の流れは高齢者の場合、若い時代の10倍も早く 進んで行く。
そのため、最高齢の○○歳などマダマダのように見えても、本当は直ぐ目の前にある。若い時代の10年間ではなく、せいぜい若い頃の2年分の価値しかない事になってしまうんです。
○○才にもなると、40以上の女性以外は、若い純情な女性の心をつかむのは殆ど困難になってしまう。○○歳になれば、伴侶がいない寂しさを慰めても貰いたいと思って、お風呂屋さんに行っても、露骨に嫌な顔をされるかも知れません、場合によっては、たった今、○○○になったので、という口実で、体良く、拒否される事もあります。高齢者のニオイが嫌と言うわけです。
 
そもそも、○○才にもなれば、田原さんのような精力満々なかたなら兎も角、普通の男性は性の欲望そのものが消失して、バンコクで中堅のホテルを経営するの本田(仮名)さんが 自ら何度も仰るように、『毎日生きているのが辛い』『早く死にたい』状態にさえ、なってしまうでしょう。
註:後者のお言葉は冗談でもなさそうです。と言うのは・・
私『そんなこと言っても本当は長生きしたいんでしょう?』
彼『いやいや、本当に早く死にたいんだ』と申しておりましたから。実に考えさせられる お言葉です。
 
問題点2
『予め伴侶を決めるとまで行かないでも何とか約束(伴侶の約束)見たいな事は予め取れませんか?一人では寂しくて、何かしらの約束だけでも取り付けてからでないと、不安で行けないんです』
アドバイス
まずタイに長期滞在の資格を取って、住んで見ないことには、伴侶になりそうな人を見つけようもありません。
それはハッキリしています。女が出来てから引っ越すと言うのが一番都合がいいですが、それは主客転倒。
 
住んでお互いに見知りしない事には、好きになる心の芽生えようもありません。それを住む前から便利に取り付けておこうと言う人は、結局、プロのタイ人女性と悪徳日本人が組んでやっている結婚相談所の世話になり、騙されておしまい。
 
100万バーツも払って一緒になったは良いが、1年もせぬうちに喧嘩等を口実に別れることになっちゃう訳。これは最初からの予定で、本人はまた元の結婚相談所に帰って、次の獲物を待っております。 
 
■問題点1に関連する事ですが、ここでも再度、言いたい・・・
日本にシガラミやウザッタイ人間関係とか処理すべき事柄とかで未練があって踏ん切りがつかないなら、むしろ諦めた方が良い。それでは、タイには何時までたっても住む事はできず宙ぶらりんになってしまうから。
 
■以前も言ったように、私は、デカイ物件(高額物件の宅地)や3件のマンションを必死の努力の末に買い手を見つけて、叩き売って、来たのです。
マンションなどは毎月の管理費支払いも馬鹿にならないし、40年間も続く面倒な固定資産税の支払いも馬鹿高いし、大手の賃貸住宅に集金とかメンテナンスとかを任せて賃貸に出したとしても、将来、何が起こるか分からない・・などの理由でキッパリと叩き売ることにしたのです。購入時の価格の30%の値段で3件纏めて買ってくれる会社などが申し出てくれた時は、(相手も大喜びでしたが、実は相手以上に私の方こそ)地獄に仏と、感謝しましたくらいです。
 

■移住すると決めたなら、日本を一切すててこそ、異国で身を立てそこをパラダイスにすることができましょう。

 

家をどうするとか、腐れ縁の相手をどうするとか、あれやこれやで悩んでいるだけなら、絶対にこれない、と断言します。勇気と決断を持たないなら、何時までもどっちつかずの状態で、「気が付いたら○○歳になっていた」、と言うことになるかも知れません。もし私が9年前に、「こんな不動産物件の事で、勿体無いから、もうちょっと高く買ってくれる会社を待ってみよう、などと思っていたら今でも日本とタイのどっちつかずに終わっているはず。

 
タイなど男らしい人生を決めてみよう!
そのためには より良い夢の実現の為に、男らしくすべてをキッパリと勇気を持って決断して処理しないといけません。
 

岩城玲奈

戦術転換してこう言ったら執行猶予か! はこのブログ最下段
の部
 
最近プノンペンにビジネスビザで長期滞在している友人の○○が、面白いから読んで見ろよ、と言うのでホリエモンのブログにアクセスして見たが・・・・・
堀ちゃんのブログは私には面白くなかった。何処が面白いのかな?○○くん。
 

岩城玲奈

 
堀江は欧米の一部のプロや第三世界のプロなら、裏で誰でもしていると思われるすれすれインサイダー取引や灰色的水増し記載で実刑を2審でも食らって、大変気の毒だったね。フジ買収劇でマスコミを敵に回し、新聞などで、たたかれ、画一主義の(=庶民の)国民の大多数に、堀江は悪い奴と言う世論が形成されたので、これが検察を勇気づけ、睨まれたのが運が悪かったんだと思うよ。
 
日本の司法は権威主義が行き過ぎて、経済音痴で世界の趨勢に逆行するようなところがある。て言うか日本の司法は検察官が裁判官を実質的に兼ねている世界でも悪名高いシステムで、その上 更に 、いつも定期的に官官交流をする制度まであって裁判官と検察官がただでさえ仲良くなる。
 
”判決”は実質的に検察官が最初から作っており、裁判官はお飾りで単にお墨付きを与えるだけ(ただし権威はある。給料も超高額だ)。検察官に逆らって無罪を出すには誰が考えてもこれは無罪だといえる明々白々な証拠がいる。それなしに単なる心証で無罪を出しすぎると僻地の判事に左遷されちゃうので、妻子の事を思えばとてもそんな気にはなれない。これ本当。
 
一度検察に起訴されたら、99.99%まで有罪ですから(1年間に約90万人の起訴中、無罪はたった90人ほどしか居ないので、90人割る90万人でそうなる)検察官が書いた論告求刑=”判決書”が1万回に一回しか覆らないということは、実質的に裁判官まで兼ねているって事になる。最高裁ともなると判事も権威もあり国民投票で首にならない限り大丈夫なので、あまりそんな事にこだわらないかも知れない。
 だから微々たる程度だけども少しは雲行きが変わるかも。無論、どうなるか全く楽観できませんね。何しろ0,01%ですから。
 
また最高裁は統治者的な性格の官庁であるため、国や政権の意向を尊重するので、その思惑を感じ取って判決の方向性をア、ウンの呼吸で調節するところがある。遠い親戚に最高裁まで出世した裁判官がいるけれど彼から聞いた話なんだよ、これって。現在は退官して弁護士に。75歳にもなったと言うのに遊ぶ事を知らないので、未だに裁判所に出かけて、こつこつ働いている。裁判官の給料は大型旅客機のパイロットより高いので高額の年金が入って来るって言うのに、信じられないと言うか・・。極端な話し、天才馬鹿じゃん、これって。
 
よく今でも最高裁の判事は、法の番人、法の神様 って言う人もいるが・・番人や神様どころか、以前に、15年間も、無実の人を刑務所に送ったあの事件も、最高裁の裁判官全員で決めた訳ですから、これで判断する限り、日本では『疑わしきは罰せず』、の正反対、『疑わしい奴は罰する!』である。彼らは世間で言う所の木を見て森を見ず!要するに実世間ではどうにもならない天才馬鹿で雲上の人たちでしょうね。
 
公判はまず検察官の論告ありきでそれに六法全書の文面を顕微鏡下で見るかのように、微にいる細をいじくり回して判決する。人を見ないで、些細な部分だけを顕微鏡的に見る。
 
だから、実際にはあのお気の毒な方のような冤罪はしょっちゅう起きているはずでしょう、分らないだけで。裁判官は弁護人の弁論など1段下に見ているそうです。
 
このようなシステムですから、堀江が徹底的に無罪を争う限り、まず実刑でしょうね。
 
堀江は頭が立ちすぎる、頭でっかちのため、なるほど理に適った理屈を達者な口で述べてはいる。しかし相手には、頭では分っても、心には、なかなか入って来ないきらいがある。
そんな性格も手伝って無罪を徹底的に争っているんでしょうがね、心情に訴えないので、効果も期待できない。
 
しかしながら、日本の司法は、検察官同様、裁判官も、素直に罪を認めそれなりに情状を斟酌できる所があれば、若干だけども良い点をくれる節がある。一方、あくまで否認して無罪を争うなら、情状が悪くなり罪が一等悪くなる(ただし、誰が見ても無罪だと思える証拠が出てくれば別だが、ああ言えばこう言う式の、屁理屈をこね回した感じのツギハギ証拠では、絶対通らない)
 
堀江さん思い切って戦術を全面転換して、こう言ったら いかがです?
 
『私が悪うございました、社長としての社会的使命を忘れて、お金ではなく、ゲーム的感覚で面白くなり、つい のめり込んでしまいました。気がついたら、知らないうちにノリを越えておりました。深く反省しております。もし将来、社会に出ることが許されるならば、これからは、清水(きよみず)の舞台から飛び降りる覚悟で、社会に貢献して参る所存です』・・・
 
と、謙虚に頭(こうべ)をたれて殊勝に述べたあと、
 
この今の覚悟と信念を忘れないで心に焼き付ける為に と、三十数箇所の精神障害者施設などに合計3億円を寄付いたしました。ここに各施設の名称と寄付金額の明細がありますので提出いたします。何卒よろしくお願いいたします』、
 
とででもやれば、或いは情状で悠々、執行猶予が取れるかもね。
 
裁判官も人の子だから、小額の寄付では心が動かない。しかし堀江は金持ちなんだから、それくらい出せるだろう?
3億も出せば、流石に情状を斟酌してくれるだろう。
 
だって、口先で悪うございました、と言ってるのと違い、これは心から反省したものにしか出来ない額だから。ただし、3億円を一箇所だけに寄付すると金に飽かしてポンと出したんだな、こいつは!と思われて効果が少なくなるので、こまめに調べて裁判官がグッと来るような本当に気の毒な、出来るだけ沢山の施設を調べ上げて寄付するのが大事だよ。いろんな施設を調べ上げた努力、その一生懸命な様こそ裁判官の心証を良くするんだからね。
 
有罪は所詮覆せませんが、これで執行猶予が取れたら御の字ってとこでしょう。実刑は辛いぞ。ケツの穴の毛まで抜かれるって言うから。
 
えっ?もしそれだけしても、『実刑になったら、大損だから、その可能性ある?』ってか
 
子供じゃあるまいし おれにそんなこと聞くなよ!

前に戻る→タイ移住で伴侶を失った私を支えたタイソング

 

以上のように、晩年に起きた私の人生の危機を救ってくれたアジャリヤだが、彼女に嵌ってしまった挙句、私は主としてバンコクで毎週主催していた各孤児院慰問(プロのバンドによるコンサートやお食事会、寸志の寄付)で、アジャリヤの歌と踊りに常に出てくるダンサーを慰問コンサートに呼んで孤児を喜ばせたくなってしまった。

 

岩城玲奈

 

そのため私たちメンバーは、アジャリヤをはじめ、タイの殆どのルクトゥーンに出てくるダンサーの先生(プロデューサーも兼ねている)クー・チ ャーン(チ ャーン先生:男性ではあるが女性ダンサー指導には最適のオカマちゃん。チ ャーンは象を意味する)を訪問した。

 

行って見ると大勢の女性ダンサー達がある別な歌手の曲の振り付けを練習している最中だった。二時間ほどで練習が終わり要望を説明すると快く応諾してくれ、最も代表的な熟練ダンサーであるタックとジョイの二人を選んでくれた。二人は、タイの有名歌手の曲には必ずと言って良いほど衣装やメーキャップを変えて多数のダンサーと一緒に出演している。

 

クーチャーン訪問時の写真は

 http://nnanami2.iza.ne.jp/blog/entry/1069759/

 

慰問コンサートでの二人の活躍は次

 

 

このように大好きになってしまったアジャリヤではあるが、ある日彼女の手相が日本で有名になったソプラノ歌手  

千の風に・・の秋川 雅史さんの手相   

と同じマスカケである事を発見した。この稀なマスカケの手相は、これはと思う対象にはとことん熱意を執拗に捧げる努力家である事で知られ、有名な例では遠く信長、秀吉、家康も同じだったそうだ。

 

手前味噌で申し訳ないが、実は私も、現在2歳半の ななみ

も同じ手相なので、アジャリヤが自分と同じマスカケであると分って非常に嬉しくなりしくなり、心が生き生きと弾んだのだった。

 

アジャリヤの手相は次

 

(VCD映像をスチルで撮ったので不明瞭であるが、VCDではハッキリ映っている)

 

 

 

戦力的知恵:とんでもない呑み助の女と露知らず同棲、毎日この呑み助から逃がれる方法はないかと思案していた・・

 

まずは、ウォーミングアップで、元駐在員をしていた日本人の方の話から行って見ようか。

 

岩城玲奈

 

ブログ(タイなどに移住する際の主要な問題点と解決法! )へのコメントを転載します

>私が初めてタイに駐在員として赴任したのは26年前の27歳の時でした。
>まだ独身で、赴任初日から現地会社社長から遊ぶなら飲み屋か風呂屋、今まで遭遇したことも無い美人とも沢山会うであろうが決して結婚の対象として考えててはいけない。
何故なら、あまりにも生活習慣、常識が違いすぎるから。
>
>最初は意味が理解できませんでしたが、何年もタイに関わっている内に、その本当の意味が分かりました。
 

私は、一般常識を備えた女性なのか、又その一族もそうなのかどうかも理解できない間は
>決して結婚なんぞすべきでは無いと思います。

 

>残りの人生を地獄の片道切符で進む羽目にならないよう気を付けていただきたいと思います。
>常識をわきまえたタイの人も沢山います。
>ただ、そういう人にめぐり会えるかどうかという事ですが。。。。

 

■貴重なアドバイスを読みやすいしっかりした文体で投稿してくれまして、ありがとうございます。

 

彼の言うとおりで、その女性と家族がどんな人達なのか、ほぼ分るまでは、結婚してはいけない・・・でないと大事な半生が地獄への片道切符になる。

 

この元駐在員のかたのコメントを見てくれた諸君には、

誰でもいとも簡単にできる、地獄の片道キップを掴まないストラティージック(=strategic=戦略的)な知恵を教えよう

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

タイは勿論のこと、他の東南アジアでも、籍に入れると入れないとで、国家や社会から差別される事は殆どありません。そもそもタイ人女性のカナリの人たちが籍を入れないまま子供を生んでいるって事を知っておこう。

 

或る友人は彼女と結婚しようと考え彼女の独身証明書を一緒に取りに行きました。彼女は何年か前に既にタイ人との間に子供が3人もいまして、その3人の面倒も見る約束で結婚しようという事になったのです。

 

彼女の故郷に行って独身証明書を貰い日本領事館に訳文をつけて出すために領事館近くの翻訳屋に行って価格を聞いたら、なんとたった200文字くらいで2500バーツと言うじゃありませんか。英語に直す方はずっと安いのにイエスマンの日本人だけが割を食わされている。こんなのにOKしたら同胞の為にならない、と思い、断って、彼女と一緒にタイ日辞典で翻訳を始めた。

 

タイ語(タイ文字)を彼女が引き、彼がその和訳(日本語)を見る、と言うわけ。タイ語の文法は物凄く単純なので、立派な日本語訳ができました。あとパソコンで作成し、自宅を所在地とする適当な団体の名前で提出したところ、一言の文句も無く勿論OKになりました。が・・・お笑いは、次です。
その独身証明書には『下記のものは、非常に善良な女性(えっ、こんなことまで書くの?)にして未だ1度も結婚も出産もしたことのない者である』と、あったそうだ。

 

日本でも同じだが、一度籍を入れてしまうと離婚には莫大なお金が必要になってくる。慰謝料という奴だ。これはタイでも同じ。女性が離婚したい場合でも同じ。ある35歳のタイ女(某日本人のお手伝いさん)は、働かないで毎日飲んだくれていた夫と別れるためにブーナイ(ブルネイのタイ語)に2年間出稼ぎに行かざるを得なかったそうだ。

 

(正体も分らぬうちに)簡単に籍を入れるのは常識でしか物事を考えられない凡人か、籍を入れてあげる位の”結納金”しか、能がないひと(ごめんなさい!)。ユトリあるものは、まず同棲してみる。親を呼んでも構わない。その方が早くその一族の正体が分るから。

 

或る人は、風俗の若い女(18,9歳)に、貴方が初恋の人よ、とおだてられて、これで自分も一人前になれるかな、と期待しつつ同棲したのだが・・・・

ちょっと1ヶ月間日本に働きに帰っている間に日本の40代の医者、アメリカの純情な青年、頭がはげて前歯が全部抜けたフランス人を含む5人もの男をこしらえて夫々に甘い事を言って騙して結構な額のお金を貰っていた、という。

・・・・・・・

40代の医者とは毎月4,5日間一緒に住んで4万バーツ、アメリカ青年はアメリカの両親をインターネットの映像付きで出して彼女に息子をよろしく、とまでお願いしたのに青年が3ヶ月間アメリカに働きに行ったと同時に3か月分の家賃と生活費、その上 彼女名義で買ったバイクを持ってドロン!フランス人とは一緒に住む条件で20万バーツ貰って5日でドロン!何という奴だ。これが18、9歳の女のすることだろうか!彼女の監督の積りで親も一緒に呼んで暮らさせていたというのに、娘に食わせてもらう弱みがあるのか、逆に悪事の手助けする始末。嘘みたいな話だが・・・

二人の縁談には私も自分の通訳を呼んで立ち会ったことがあるので、これ 全部本当のお話です。

 

彼自身は、本当に初恋だったのか、騙されなかったものの、呆れ果てて直ぐ別れた(夜逃げした)という。彼女がこんな話を全部したのは、自分が以下にモテルる女であるかを、自慢したい気持ちがあったからだろう。

 

しかし、その後も、彼の携帯には何度もいや何十回も電話をかけてくるので、ついつい可哀相に思って一度あってみたら・・・

何時の間にか日本のSIMの入った最新のビデオカメラ付き携帯をすられていた。おまけに、ボーダフォンの緊急電話に紛失届けを出した時 まさかと思いながら半月間の電話代を聞いたところ・・・

 驚く無かれ!半月間で、20万円も使われていた、という(女がタイ国内同士で話しまくったのだろう、日本経由なので馬鹿だかい料金になった訳だ)。

 

それでも懲りずに彼は、また同じように、後2、3回だけ他の魅力的な女と同棲を試みたが・・・・。遅くて1月、早くて たった三日で(新婚旅行中に) 化けの皮が剥がれて別かれたそうだ。たった三日で別れた方の女は、男としての未練があったので、もう一度申し込んだら、なんとOKとなり!こんどは上手く行くかもと期待して一緒に住んだが・・・・今度も2日で、終わったという。彼が外出している隙に、おん出たそうで、おん出るとき、ついでに金目の物を少しだが、掠めて持って行ったそうだ。この女はチェンマイのセンターン(セントラル)デパート・エアポートの横のファーイースト(=極東)大学に通っていた。お金だけで行ける大学だ。


 

最後に私の話になる。これからが正念場。耳の穴をよーくホジッテ聞いてもらいたい。

 

日本で、3Kそのものの病院経営で健康を害し病院を処分して廃院した。そして、大分前に離婚してからの

独身が長かった私の心の支えになってくれた女性と、一緒にタイに住む事になっていたのだが・・

親の反対で来れなくなったことが決定的になったタイ滞在4年目頃、

・・・・・・・ひょんなキッカケから、色は多少浅黒いが、目鼻立ちが整って、背が170センチもあるインド系タイ人女性(25歳)と一緒に生活していた。ただし、同じワンルームマンションを二つ借り、隣り同士で住む形で・・。

もともと(日本人とタイ人が組んでやっている)組織の世話で、日本に興行ビザで行き、博多の郊外のクラブで、3年ほどホステスをやっていた女だったので、日本語が少しでき、自分を綺麗に見せる事に長けていた女だったが、日本人の泣き所を知り尽くしていた。また、自分が綺麗な衣装を着て物凄く綺麗に映っているプロが撮った大きな写真を 数枚持っていて自分を美麗に演出するのに役立てていた。

 

この女には、3歳の女の子がいたがその世話は女の母親(バンコクの郊外在住)が全部しており、その実家へ彼女を車で送るために何度か行ったことがある。

 

やがて、この女が桁外れの呑み助だということが分るまでに、そう、たいして月日はかからなかった。

 

毎日、女友達を自室に呼んで来るのは結構だが、直ぐ、バーへ飲みに繰り出す始末。それが、ほぼ毎日なのだ。タイ人は快楽に耽溺し易い(癖になり安い)というが、その通りで 相手を変え、行く先を変えては毎日飲みに行く。そしてヘベレケになって帰宅してベッドにもぐりこんだ翌日になると、また金をせびる。もういい加減にしろよ、と断ると、怒って口を利かないどころか 逆に私の自室に入ってきて、大きな声でわめき散らす始末。信じ難い怠け者なので、洗面タイルには、毎日練り歯磨きで歯を磨くのはまだ良としても、その後で 洗面タイル面を全く洗わないので、口からこぼれた練り歯磨きの汁が毎日乾いては固まり長い間に3~5ミリもの厚さで、びっしりと洗面の表面と言う表面いっぱいに、こびり付いていた。見掛けとは全然違う、そういうダラシのない奴だった。

 

これらの所業には流石に参った。

 

あるとき、お手伝いさんを伴って3人で北部タイを車で旅行したことがある。その通過経路に彼女の故郷があったので親爺の実家に行く事になった(両親は離婚してるので母親はバンコク)。

 

行く前にお土産としてなにが良いかと彼女に聞いたら、酒が好きだと言うので、ウイスキーより健康的なブランディーを3本買って持っていった。逢ってみると、親爺はたった140センチあるかないかという非常に背が低く小太りした50過ぎの頭のはげた男だった。私は、彼女に、『あの人、本当にお父さんか?』と聞いたほどだ。140センチと170センチが、横に並んで、お土産のブランディーを持って家に消えていった光景は失礼ながら、まるで喜劇かピエロと言っても良い。

 

翌日彼女を迎えに実家に行くと、なんと家の前の入り口付近に、昨日プレゼントしたブランディーの空瓶が3本ともあっちこっちに転がっているじゃないか。不安な面持ちで中に入り二人を呼ぶと・・・なんと140センチの剥げ頭と170センチの大柄な女が、二人とも仲良く、ヘベレケになってヨタヨタ出てきた。

 

これには忍耐強い私も、呆れ果てた。

 

私は彼女に、『2週間休暇を上げるから、ゆっくりしてから帰って良いよ』と言って、1か月分の給料+アルファーを渡した。その後 一路、色白美人の郷(さと)チェンマイへと車を走らせた私は、チェンマイに着いてすぐアパートを見つけ、契約した後、バンコクの自宅に取って帰した。

 

翌日、日本通運の引越し担当の日本人を呼んで・・・顛末をちょい聞いてもらったあとで、全家財道具を3日以内に、出来るだけ早く整理梱包してチェンマイのアパートに送る算段を整えて欲しいと依頼した。すると翌日、担当の日本人が13人ほどのタイ人男女を連れてきて、たった6時間で全品の梱包を完了、超大型トラックに全部積み終わってしまった。これには感激。

 

私は、向かう途中のセブン(セブンイレブンのこと)で買った新曲のチャイナドールと言うVCDカラオケを何度も聞きながら悪女と別れられた嬉しさでいっぱい、ルンルンしながらチェンマイと車を飛ばしたのだった。その中の1曲はこういうセリフだった。

 

下線部は日本語で歌っている

 

『(ケチでセコイ)中国人はもう

 

要らないわ。さよなら、さよなら。

 

これからは(金持ちで気前が良い)日本人ね。

 

日本人は何でも問題ない、問題ない(と言う)。

 

アー、おいしい寿司食べたい。』

 

 

註:タイ人の握る寿司はシャリをお餅みたいに硬くしているので

寿司ではなく 寿司もどき です。

富士レストランかZENで食べましょう。

 

 

 

 

表題は私の発言ではなく、デモ現場からのシュプレヒコール

 

某日曜日、デモ隊終結会場で、激しいシュプレヒコールが終日、天空を響かせていた。

アビシット、ユッ(ツ)サッパー

(アビシット、辞職しろ)

アビシット、ユッ(ツ)サッパー

(アビシット、辞職しろ)

アビシット、ユッ(ツ)サッパー

(アビシット、辞職しろ)

アビシット、ユッ(ツ)サッパー

(アビシット、辞職しろ)

岩城玲奈

 

この現場を中継しているタクシン系の衛星放送を見ていたサタヒップの生鮮市場の民衆たちが食い入るように見ながら、こぶしを握り締めていた・・・・

 

後記:タクシン派デモの一部始終を24時間体制で伝えて来たタクシン派の衛星放送(タイコム衛星、第124チャンネル=DーStation)は陸軍とデモ隊の激突で20数名以上が発泡により殺害された事件後、閉鎖されたままで、4月24日現在に至るも再開されていない。

福島瑞穂氏は何故罷免を承知の上で最後まで、閣議で決まった辺野古に反対したのか?

 

ここで耳クソ程の極小政党(ごめんなさい)である社民党の政策綱領などについて述べる気など、毛頭ない。福島瑞穂氏と言う女性個人の性格についてだけ述べたい。

 

岩城玲奈

 

女性は地図が読めないと俗に言う。動物のDNAは性染色体といわれる部分で♂と♀のDNAが全く違うが、これは、♂と♀が地球上巧く生き延びるために作られた必要不可欠なものであり、それゆえに、動物には性別の役割分担が必ずある。人間の場合もこの性差から逃れることはできない。

 

その性差は、活躍する分野によっては長所短所を生み出す。

女性は地図が読めない、男性は・・・できない と俗に言われるのはそれを分りやすく言い換えた単なる極論に過ぎず真に女性が地図が読めないわけではない。

 

男女が平等であることは言うまでもないことだし、同じ女性でも能力差と言う個人差は厳然と存在することは勿論である。特に福島氏は東大法卒の弁護士だ。

 

しかしながら、それ程の個人差という特段の能力でもってしても、性染色体によって深層で決定ずけられた性別役割分担の呪縛から逃れられないようだ。

 

古くは、フランス革命の直接の原因を作ったマリーア 

 ントワネット。美貌の誉れ高い彼女から尻に引かれていた(容貌や能力、優しすぎる性格などのため いまいちパットしなかった)夫ルイ16世は、毎日大好きな鍛冶屋仕事にうつつを抜かして政治をほとんど省みずマリーア ントワネットに国政を任せた。そうなるまでは、よき妻でありよき母であったのに、彼女の手に権力が集中してからというもの下層階級の間に彼女に対するある大きな反感が芽生えだしたのも知らず、母方であるオーストリーの女帝のもとで贅沢に慣れた彼女は、未だに国民が自分を尊敬してやまないものと思い込んで、我が侭を欲しいままにしていた。

 

これが、フランスの最大多数を占める貧困層の不満を一気に爆発させた。

 

最近では、マリーア ントワネットに比べるのもおこがましいが、田中角栄の有名さを かさにきて女帝の如く振舞った田中真紀子。

 

そして今、その傲慢かつ我が侭な行動を目のあたりにした福島瑞穂。福島は第二の田中真紀子?あるいは田中真紀子の小さい版?

 

遠藤周作は著書・王妃マリーア ントワネットのなかでいみじくもこう述べている。

女性と言うものは、権力を手中にいれると、女性特有の或る一定の性格が女性の心のすべてを支配するようになってしまう・・・・

 

 戦略的知恵

 ディープタイの情報 

 http://nnanami2.iza.ne.jp/blog/entry/666610/

strategic

Deep Intelligence 

of Thai

by 海外支援医師の会

■江戸屋さんという日本料理店をバンコクで盛大に営んでいた日本の方は・・・このブログはタイでこれやると即、絶対確実に懲役15年の実刑+α だ よりの続きです ・・・店の名と同じ名前のブログを作って毎日のように更新していた。私も何度も読んだことがあるのだが、王党派や○○の悪口とまでは言えないのだが、王党派の政策批判が○○を貶すことに繋がりかねない文章を日本語で書き続けていたので、私はこんなことまで書いても良いのかな、と結構、気になっていた。

 

すると或る日、突然ブログが消えた。友人に聞くと・・案の定、当局に目を付けられ、本人は逮捕を恐れて日本に逃げ帰ってしまった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なぜ、これほどまでに王党派は対立する階層や付和雷同の人たちに厳しいのか?○○罪を使ってまで。

 

それは次を読めば明らかだ。

 

岩城玲

岩城玲奈

 

タクシンの派の支持者はタイ北部全体、タイ東北部(イサン)全体など極度に貧しい農民や、タイ全土に散らばる極度の低賃金の下層階級の労働者たちだ。タクシンはこれらに人達に30バーツ医療制度や奨学金制度、小口の起業資金貸付制度(お金が無くて食うに困っている人に屋台などの資金を貸す)、中でも ふるっていたのは農民の借金棒引き制度だが、これらによって救おうとした。以上の政策で貧困層を救う一方、彼は貧しい農村などから覚せい剤と麻薬を一掃しようとして村をよくするために麻薬撲滅政策を徹底的にやった(ただし、逃げ出したものは容疑だけで警官が射殺した。全国で16000人が犠牲になったともいわれる)。これらの政策は、あるいは我田引水的な ばら撒き 政策だったかもしれないが 、完全にそうだったかと言うと、そうでもない。

いずれにしても、貧困層は初めて自分達に目を向けてくれた首相だったということで、今でもタクシンを熱烈に支持する。

 

それらの制度は今ではタクシン以降の4代の政権によって、ほぼ消えた。貧困階級は、バンコクを中心とした富裕層に、激しい憎悪を抱く。これらの階層は大体が無学なので、中でも若い人たちは、過激になり、無鉄砲な行動に走りやすい。このようなヒエラリキー的矛盾の爆発が、前回のデモ終結宣言の後に起こったバンコク暴動となったわけだ。

 

それに対してバンコクを中心とした富裕層や支配者階級は、既得権を守る為に、タクシン派を封じ込めようと必死だ。選挙をやれば、あるいは惨敗する恐れがあり、もし惨敗すれば再び軍のクーデターが起こるかもしれない。それを防ぐ為に上層階級の一部の人たちから、選挙権を制限して、”選民による選挙”方式を取り入れよう、という意見も出さえしたが、それをやればほぼ確実にタイ全土が内戦になって荒れ狂う可能性があるので、まず不可能だろうと言われている。

 

私は、自分の置かれた諸条件のために王党派政権を信奉する者であるが、望めるならば・・・多少は貧困層の人たちの生活を少しずつ改善しながら、穏健な王党派政権を 維持して欲しいものだ。

 

:タイ国民は、富裕層のみならず、全国つづ浦々のどんなに貧しい人たちも、国王陛下を心から敬愛して止まない・・これは、まがう事のない真実。戦前の、物資が枯渇して生きることすら難かしい、欲しがりません勝つまでは!の時代に、全国民が天皇陛下を現人神(アラヒトガミ)として心から敬愛し心の支えだったのと同じように・・。

 

タイ国民の過去のヒエラリキー的矛盾の爆発によって起こった 騒乱や暴動 で国家が危機に際した時には、いつも国王陛下が相対峙する国民に呼びかけて、国民和解を説かれ、危機を救った。当ブログは今回もそれを こいのぞむ ものだ。

既に世間に”福島個人あるいは社民党の選挙地盤を思いやる”と言う”クソ”意地は見せたのだから・・離脱までする必要はなかった。離脱までするのは、つまらぬ意地で”大会社”を辞める行為と類似する馬鹿げた事だ。それ以上に、自分を拾ってくれた民社党に大迷惑をかけっちまうじゃないか。つまらぬ意地をはるのは、損こそあれ得は何にもない。

 

何故つまらぬ意地 かと言うと・・・

沖縄県民に同情するのは分る、しかしながら同情と実効は全く違う。いくら福島氏や社民が、どんなに大きな声で叫んでも、所詮アメリカさんの決定した意思の前には、いかんともし難い城壁があるからだ。それを承知で、意地を通すって言うのは、クソ意地以外の何者でもない。それによって、極小政党の耳クソ野党に逆戻りして一体全体何が出来るって言うの?いくら耳クソ野党がギャーギャー叫んでも、アメリカさんにはウンカの羽音にしか聞こえない。したがって、そんな自殺行為に打って出た福島氏や社民党には、もはや先見の明がない事を暴露しているのと同じ。先見の明があるなら、ここは我慢して閣僚にとどまり、少しずつ沖縄県民のために出来る事を一歩一歩進めるのが、大人の政治家って言うもんだろう?

 

これは確かだ・・離脱の結果=うるさいウンカか耳クソ程度の極小野党に逆戻り(笑)牛(=福島瑞穂さん)に引かれて善光寺どころかじゃない。

 

女性が政治的権力を握ると、女性特有の或る一定の性格がその心を支配してしまい上手く行かなくなる・・この事は遠藤周作が、同じ誤謬に陥った王妃マリー・ア ントワネットを例にとり既に述べている。

 

福島瑞穂は、東大法卒の弁護士という秀才だが、才女なるが故に、権力を握った時よく陥リ易い上のような失敗例の雛形に、今回なるかもしれない。他にも同じような方がいましたっけ。

 

岩城玲奈

 

このブログは福島瑞穂は第二の田中真紀子?の続きです。

 

註:当ブログは、偏見と独断で書かれており、福島瑞穂さんが実際に上記の属性をもっていることとは、全く別物であります。 

BBCの地方局が”ジョークで女王陛下ご逝去”と放送。

 

タイに旅行、長期滞在、起業予定の方の必見ブログ 

類似ブログは次:(その他の)タイの特殊なお国の事情参照 

 

タイには世界で唯一残る重大な刑法犯罪 ○○罪 が存在する。この威力には物凄い物がある。小生が読んだチェンマイ入門書でそれでチェンマイが好きになりチェンマイに引っ越すことになったチェンマイ田舎暮らし と言う素晴らしい本があったが、いかんせん、著者が某ページで親しみを込めて書いた積りが、つい口が滑り・・・○○の御息女の身体格好を ほんの数行○○を呈したために、お気の毒にも、

たったそれだけで懲役2年6ヶ月の判決を食らった。

紀子(きこ)さんはキレイけど少し痩せ過ぎだね、とか雅子さんは神経がデリケート過ぎる、とか日本では自然とでてくる話なので高橋さんは、悪意など毛頭なく、同じ感覚で書いたわけだ。それは拙い。紀子さんも雅子さんも特定の人を指しているのではなく例えばの話しです、念のため。

 

 

著者はチェンマイで退職者の生活のケアーを生業にしていた高橋公志さんという方だ。判決は日本人と言うことで日本との友好が考慮され、執行猶予と国外追放だけで済んだものの、タイ人なら容赦なく実刑を食らっただろう。これなど日本で発行された本なので、同業者の密告の線が強く疑われる事件だ。たとえ密告は無くともタイには各国語夫々のネイティブを雇って検閲している(と思われる)ので、日本語だから分るまい等という気休めは通用しない。後述のニューズウイークの件でも同じ事が言える。

 

大事な事は、いくら他の部分でトータル的に大いに○○を賛美していようが、一箇所でも、○○罪に触れる事を書くと、逮捕されるって事。高橋さんの例は、まさに これ。ここがポイント。

 

 

 

次は単純に乱暴な行為で捕まる例。

○○の御影の映った写真とかカレンダーなどを酒に酔った勢いで恐れ多くも公衆の面前で破いたり燃やしたり、とか、映画館で幕開け前に流される○○賛歌がかかっても、クソ意地を張って敢えて起立(直立不動)しないで逮捕される呑平の白人も多い。公衆の面前で、と言うところが大事。カレンダーなどどこの家庭にもあるわけだから、もし自宅でも、と言う事になれば困ってことになってしまう。十数年間分ずーと保存、と言う事に。

 

(最近ではあまり実行されなくなってきたが)ショッピングセンターで毎時丁度の同じ曲がかかったら、歩いていても その場で直立不動をする決まりなのに、それを何らかの意地で無視したところを王党派市民(支配者階級、富裕階級、バンコクの中産階級)などに携帯で通報され(と思われる)、駆けつけた警察官にその場で逮捕されることはよく聞く(新聞記事)。

 

○○に反感を持っていた或るタイ人は・・・これは、つい最近の事件だ・・・ユーチューブに、○○を揶揄した映像を出した所、王党派市民に通報され、懲役10年の実刑を食らった。これは有名な話だ。

 

国会議員でも この罪から逃れることはできない。民主主義の観点から、○○罪廃止論をぶったタクシン派の野党国会議員が口が滑って、対立している○○派議員に、この罪で告発される事もよくあった。高橋さんの例と同じように、○を○す戦術に使われる訳だ。

 

外国特派員協会の記者も自国の政治風土による主観から○○の批判記事をかいて、○○罪でよく告発される。クーデターの後、○○に批判的な記事を書いた英国のエコノミー誌 も発禁処分を受けた。その記事を書いた記者は、最早タイには来れないだろう。

 

新聞などマスコミが、不敬罪事件を扱うとき、何をして逮捕されたのか、その中身を書いても不敬罪に問われる。当ブログが要所要所で○○で伏せ字にしているのは、この理由からだ。

 

○○になじみ深いシリラート病院のある女の先生が ○○の病状をちょっと漏らした為に、○○罪で逮捕され起訴された事件があるが、これは、タイの株価が理由も無く急に暴落したので、その犯人探しの時に発覚したものだ。

 

アンナと王様(王様と私)はシャムの時代に書かれた本で、これはイギリス出身のインド(当時植民地)に住んでいた英国人女史アンナが、幼少の殿下達に英語などを教える家庭教師の口の募集を見て赴任した後、何年かして辞めたとき書いたものだ。王室の生活風景が、いろいろと大袈裟に脚色して書かれている。勿論、今では(タイでは)発禁処分になっている。アンナと王様の映画やそのビデオも同じだ。映画の配役は、、古くはユールブリナーが王様役を務めた。新しいものでは、ジョディー・フォスターというプリンストン(?)大学出の才女の大物ハリウッドスターがアンナ役を務めている。

 

タイに住む外国人は元より、タイを旅行する事がある人も、絶対にタイの国内外で、○○罪に触れるような事をしてはいけない。

記録に残らない(タイ国内以外での)前述のような会話程度は問題ない(と思うが定かでない)が・・。今では、コンピューターと言う便利な武器があるので、数年前に本人が書いた○○批判が当局によってインプットされているのも知らず・・・旅行でタイに入ったとき入管でコンピューター照会されて即、御用、お縄頂戴、って事になるかも・・(笑)。いや笑ってる場合じゃないですぞ。なにしろ懲役15年の重罪犯罪ですから。

 

岩城

岩城玲奈

続きを読む何故、タイは今不安定なのか

(硬軟いろいろ)タイの特殊なお国の事情 

 

 

日本の有名人の例では、木枯らし紋次郎役をした中村敦夫さんが、○○罪で逮捕される直前に、それを察知して日本に帰国して難を逃れたという逸話が(未確認ではあるが)伝えられている。

 

江戸屋さんという日本料理店をバンコクで盛大に営まれていた方は、江戸屋という威勢の良いブログを毎日書いていた。私もよく拝見したものだが・・・王党派批判を通り越し、ニューズウイークよろしく、ご本尊批判に取られかねない事まで書いていたので、流石に私も、その方の身を案じておった。すると3ヶ月くらいして・・案の定、この方に逮捕の手が迫り、それを或る筋からの情報で察知、急いでブログを閉じてそのまま逃げ帰るように帰国された。

 

 

・・・・・・・・ギ○チ○博士によって完成された或る新しい装置の初めての試みが、皮肉にも夫と自分の頭上から激しい速さで落下して来ることに繋がった≪あの怒号の革命の足音≫がまじかに迫っていたのも知らないで王妃は全人民の自分への尊敬をあくまで信じて疑わないのだった。

 

ルイ15世の死によって王位を継承したルイ16世は、権力に相応しい派手で力量のある14世、15世と違って その小太りしてパッとしない容貌や立ち居振る舞い、そして非常に地味な性格のため自分を尻に引いてきた寵愛する王妃マリー・ア ントワネットに、その側近達をかしずかせて、権力の全てをまかせっきりにしていた。自分はと言えば、猟と、王に相応しくない鍛冶屋仕事の趣味に耽っているだけだった。

 

 その王に、或る日ふっと考えが浮かんだ。それは、今までの惨たらしい死刑執行のやり方(死んでしまわぬ程度まで、体に残忍な拷問を加えた上で、最後は2台の4頭立ての馬車で股を引き裂く・・など)を死刑囚を苦しませない”人道的な方法”に変えるべく、金属で出来たある新しい装置の発案だった。そしてギロチン博士を自分の鍛冶工房に呼んで、その細部を考案させた。王は、鍛冶屋仕事に繋がる事は何にでも興味があったのだ。

 ・・・・・・・・

 一方、『女性というものは如何に聡明な女性であっても・・』 と 小説は語る。『富と権力を手中にいれると、どうしても女性というものが一般的に持っている或る特有の性格に支配されてしまうものだ』・・・

 容貌いまだ微々たるも衰えを見せぬ美しい王妃マリー・ア ントワネットは、数百万の民衆の尊敬と賞賛の声の裏で、度重なる失政ベルサイユ宮殿の浪費のために、目を被うばかりの極貧に疲弊していた一部の人々の心の中に、次第に高まっていった或る激しい感情すなわち激しい憎しみと復讐心に気づかなかった。

 

 それどころか国民の窮状を進言する真面目な幹部は首を切り、イ エ ス マンの側近だけに首を替えて、国民の窮状に あえて目を塞いでいた。

 

 そしてオ ーストリー帝国上がりの 贅沢に慣れたマリー・ ントワネットの美貌を引き立たせる何十億円もするようなダイヤの首飾りや、華麗な服や装身具に身を包み、彼女は数万、数十万の人民の歓呼の声に、愛らしくも美しい微笑で手を振って応えるのだった。

 

ギロチン博士の手で完成され、皮肉にも夫、ルイ16世自身によって許可された、或る新しい執行装置初めての”試み”が、夫とマリー・ア ントワネットの頭上から激しい速さで落下してくる事になった≪あの怒号と革命の足音・・・・それが、彼女の直ぐそばまで迫っていたのも知らないで王妃は 人民は皆わたくしを心から尊敬し、敬愛しております、と側近達に微笑を浮かべて語るのだった。

 

 王妃マリー・ア ントワネット上巻 408ページ 505円

                 下巻 389ページ 552円

                 遠藤周作 著 (新潮文庫)

 

後記:

 日本からタイに引っ越すときに上巻だけ持参していたが、それを読んで面白いの何のって、居ても立ってもいられず、日本の友人に頼んで下巻まで取り寄せ、一気に読み終えた私は溜飲が下がり、心の底から感激した。

 今までフランス革命の人民側の皮相的史実しか知らなかった自分は、憎悪に駆られた人民の王妃と国王は元よりおびただしい数の貴族やその家族らに対する、暴力と狂気に満ちた復讐心を逆に心から憎むようになった(下記註)。ルイ16世は14,15世と全く性質を異にしており温和で優しい人物だったのだ。

 決死の作戦で貴族に変装して馬車に乗って逃亡を図る国王と王妃、子供たちを、無慈悲にも革命隊の追っ手が捕まえ、拒否する夫妻らを詐術で おだて騙してパリに連れ帰り塔に閉じ込め、次第次第に、死刑判決へと追い詰めていった。革命隊の下層階級の人民の残酷さは、これを読む限り、憎んで余りある。王妃は、最後の時点には 容色は別人の如く醜く変わり果て、髪は真っ白に変わっていた。 

 

註:

タクシ ン派の”下層”階級に浅薄な人情をかけると酷い目に遭う(…  

 

 

 

 

 

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日本の司法では、一度起訴された被告人は99.99%有罪になる。

ベイスン被告は、日本の有罪率は98%だからどうせ有罪になる!とうそぶいたが、そうではない。

毎年約90万人が起訴され、無罪はたった約90人。前者で後者を割れば0.01%。

無罪になるのは1万人につきたった一人だけ。

 

裁判官が検察の意志に反して、無罪を言い渡すのは1万人に一人と言うのであるから、これでは、日本では検察官は事実上の裁判官を兼ねていることになる。

 

裁判官と検察官は、ただでさえ定期的に催される官官交流で仲良しな上に、無罪を出しすぎる裁判官はお目付け役の最高裁事務局が決める人事異動でもって僻地に飛ばされる、となれば当然上記の数字になってくるわけだ。

 

しかし、今回はちょっと事情が違う。オーストラリア政府が、日本の調査捕鯨を国際条約に違反しているとして、国際司法裁判所に提訴した。これは、選挙公約で反捕鯨を打ち出し、裏で反捕鯨活動を応援していた労働党政権のオーストラリアが、逮捕された被告などを後方支援する目的もかねて決行したものだ。従って、この裁判に限り、国の意志を第6感で感じ取って判決を下す傾向のある裁判官が、今までのように悠然と判決を下すとは思えない。

 

もし、オージ政府の提訴が無ければ、有罪は有罪でも、執行猶予の付いた判決になると思う。(この点、オージー政府は、勘違いも甚だしい)

しかし、日本政府は提訴された。された以上、引くに引けないのであるから、とことん戦うということになれば、裁判官もそれを感じとって、実刑判決をくだす可能性は大いにあろう。

 

しかしながら、世界の趨勢は反捕鯨が主流だ。弱小国は別にして、世界の経済一流国で趨勢にあえて逆らっている国は日本だけ。

 

一方、調査捕鯨の経済規模は、微々たるもので、たかが知れている。こんな四面楚歌の捕鯨で国の屋台骨(オーストラリアなど欧米先進国との経済協力関係)を損なっては、大損あって得はなきに等しい。百害あって一利なし。そもそも日本が欧米先進国の多勢を相手に反旗を翻しても勝てるわけはない。孤立するだけだろう。唯でさえ、たちの悪い中韓露との、せめぎ合いというか内憂外患を抱えてにっちもさっちも行かないって言うのに、詰まらないことで詰まらない意地を張って欧米先進国と喧嘩沙汰など愚にも付かない。

 

小さいことで、世界の大勢に逆らって母屋を傾ける・・・これほど愚かなことはない。

世界に真の正義など存在しない。

弱肉強食こそが国際正義だ。現に、そうでしょう?既に死に体の敗戦直前の日本に、必要など全くなかった原爆を落とされ、何十万人も殺されても、国際正義は勝った相手の国にあり!と言う事では、なかったですか。

 

日本は欧米先進国と仲良くやっていかざるを得ない経済的な事情がある。国際司法裁判所では是非とも勝ってほしいところだが、例え勝ったとしても、調査捕鯨と言う名の違法捕鯨は漸次縮小すべきだ。誰だって知っている・・調査と言う口実で鯨を取って、捕鯨業の存続の収入にしているって事くらい。

 

面子などにこだわるのは、国際経済人のすることではない。面子ほど高くつくものはない。

国際経済人ならば、小さい損をしても意地を張らず、大きい得をすべきではないですか。

捕鯨業には転業に必要な資金措置を講じてやれば良い。

 

七海式処世訓

詰まらぬ事で意地を張って、命を落すのは馬鹿者

詰まらぬ事で意地を張って、負けて悔しがるのは凡人

詰まらぬ事でワザと負けて、大きな得をするのは賢人

 

 戦略的知恵

ディープ タイの情報

Deep Strategic Intelligence of  Thai 

 海外支援医師の会≪メ リークリスマスの会≫TOPページ

 

 

 

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邦人初、タイの留置所内でインタビュー(写真付き)

 

私は、以前、エカマイの某賃貸マンションに住んでいた。インド人の経営者で、5階から9階まで一族が住み、私は10階ワンフロアを借りていた。私の上階ワンフロアは沢田さんと言う方で、バンコクで有名な邦人子女のためのテニスクラブ(Machy Team: 部員は東南アジア全域の試合に出場)を経営、奥様はキャノンに勤める美しい方という素敵なご夫婦が借りておられた。ここに滞在した期間は私のほうが長かったのだが、その方と時々マンションの事で話をする事があった。お互いに、マンションに不満が色いろあった。警備員の態度が悪い(オーナー一族には満面の笑顔で接するのに店子にはむすっとしているなど)とか、ケーブルテレビジョンの映りが悪いので直して欲しいというと、露骨に嫌な顔をされるとか。

 

そんなことは大きな気持ちになって笑って済ませられるのだが、或る日3回目のデカイ空き巣事件(1,2回目は僅かだった)が我が家に起きたとき、いっぺんに腹が立ってどうしょうもない事態が起きた。

 

犯人はイサンの貧農出身の女マネジャー(29歳)だった。ところが、警備員も、(目つきの悪い陰険な表情を何時もしていた)マンション専属の若いエンジニアの男も、犯人のマネジャーの方をかばっている節があった。

 

或る日、マネジャーが犯人なら雇い主にも道義上の責任があると思っていた私は、この警備員に、家主と空き巣の件で話がしたいから、電話で呼んで欲しいと、警備員に言った所・・・いくら待っても知らん顔をしている。

私は、その後、部屋に帰ってビールを1本飲んで我慢しようとしたが、やっぱりどうしてもオーナーに一言話をしたくてもう一度警備員のところへ行った。

 

ここで補足すると・・この男は大分前の事だが、ある日の夕方オーナーが帰ってきたとき(門を開けさせる)合図のクラクションが、いつもより激しく鳴ったせいか、大慌てて門を開けに飛び出したことがあった。その拍子に、男はすってん転んでコンクリートで両腕に重い擦過傷を作って具合悪そうにしていた。私はその一部始終を車の中で見ていたので、10階に行って包帯と消毒薬や抗生物質を持ってきて丁寧に治療してあげた、そんな事さえして上げたというのに・・・

 

こいつは、私がオーナーを呼んでくれともう一度男にいうと(そのとき多少酔っていたので若干声が大きかったのだが・・)、ぷいと玄関から外へでて帰ってこない。すると、何と言うことだろうか、男が警官を連れて戻ってきた。この男を警備員として雇っている警備会社は、マンションがある地区の所轄の警察署の幹部がやっている会社で、警察にはコネがある。男は、酔っ払った日本人に殴られたと嘘をついて警察官を呼んできたわけだ。

 

おかげで、3時間半も留置所に入れられた。警備員がオーナーに会いたいという私の言葉を無視したのも、オーナーがそう言ったんだという事が後で分った。

 

註:参考までにクリック↓

ゲス警備男の悪嫁の発案で嘘の110番され、タイの留置所を体験

邦人初、タイの留置場内のインタビュー写真付き

 

 

 

 

さあ、ここからが私の出番。

私は、別の名でやっている辛口ブログを書いていたので、そのブログで・・・・・・

マネージャーに空き巣に3回も入られた事、女マネジャーが、欧米人や日本人入居者から電気代など光熱費を勝手に30%位、水増ししてポケットに入れている事、空き巣の件で件でオーナーに話しあいたいと警備員に少し大きな声で迫ったら、嘘の通報で留置所に入れられた事の一部始終などを、十数行程度の簡潔な文章にして、日本語と英語で書いて発信した。すべて真実だ。真実ならば問題ないが、nanami2ブログが穢れるのは避けたいと、深遠某慮して他の所の匿名ブログで書いた訳だ。英語で書いたのは、このマンションのオーナーは欧米人を主たる客筋と考えていたからだ。

 

私は、その後、その事(ネットで発信したこと)を忘れていた。しかし、どうも或るころから、家主が急に手の平を返したようにニコニコしだしたので、変な奴だ、もしかしたら、私が空き巣事件の犯人を(警察に言われて)、弁護士を雇い起訴したからかな?それにしても、急に、あきんどヨロシク満面の笑顔で手をすり合わせるのは何なんだ。変わり身が早い。ヤッパリ曲者だわ、と呆れていた。

 

ところが真相はそうでなかった。

或る日、裁判所から、告発したチャンヤーへの召喚状が届き、数日して調停が開かれ、女が犯行を認めて空き巣事件の裁判が急遽解決。そこでこのマンションに留まる意味がなくなったので、家主に『解決したから解約する』、と申し出た。その時真相が分った。

 

私の希望した時間に現れた家主の弟(女に懲りてマネジャーをやる様になった)が、或る書面を握りながら、私に頭を下げて慇懃に言った・・・お互いに喧嘩しないで穏便に済ましたいのだが、このインターネットを外して貰えないでしょうか?そういって、彼は私の書いたブログの、タイ語に翻訳された数枚の紙片を示した。

 

そして、半額の敷金を返してもらえる解約期限も過ぎていたのに、これくらいはサービスしておきます、とニコニコしながら、言うのだった。

 

そういやぁ、あの頃から急に入居者が来なくなり、空き室が 

目立ってたなぁ,いや

目出たいなぁ (ちょっと無理?)。

ともかく目出度し目出度し!

 

溜飲が下がるとはこの事?1週間ほど笑いが止まらなかった私

 

 後日談:

数ヶ月して、10階の忘れ物やら、自分宛の手紙などを貰おうと、たまたまバンコクに所用で行ったとき、(もしかしたら捨てられているんじゃないかと心配しながら)取りに行った所・・・・なんとも早、警備員は愛想がよく応対してくれたばかりか、忘れ物も、数十通の手紙も、きれいに整理して保存していた。

 

 みなさーん、悪徳経営者をネットでギャフンち言わせましょう。

 

終わり

 

 

他でも同じ文句使っています

 一位にさせていただき御礼申し上げます。

 

(けんど 恥かしかなかとかぁ、写真なんかのせてよぉ)

 

瞬間風速なもんで、何時も写真にとっておるんですよ

 

(いやいや、やっぱし恥かしかぁ、誰もしねーべや)

 

すみません  、その代わり事件の当事者が、そうでない人達と一緒に映ってる写真を・・・(誰かは言えませんが、ヒントはイサン人は色黒が普通(別に人種差別ではありません)で中華系は色白。中華系の女性=タチ役、当事者はネコ役。二人はいつも一緒)

 

タイの正月ソンクラン(水かけ祭り)の二日目:アンパーワで遊ぶ

 

 

 

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タイ人は不味い事しでかすと取りあえず逃げるのね

 

>nnanami さん
>本当にこのプログは、タイの底辺の急所をついていますね。

タイは上から下まで全部ひっくるめて・・ 

 

 

 

 

>只、分からないのは:
>1)一回の空き巣が入られた時、なぜ即座に転居されなかったのでしょうか?
答え:警察に『事件が片付くまで、この住まいから動かないで』といわれたのだが・・・警察というものを異常に怖がるチャンヤーが、引っ越しは不味い!自分の名で訴えているのだから・・・と。

>2)お見受けしたところ、十分資産をお持ちのようなのに何故、運転手を
> 雇われないのですか?>

このご指摘もまた、私の底辺(笑)の急所を付いておりますので、慎重にお答えします。

2)運転手を何故雇わないのか??????

タイ人運転手を全く信用していないからです。中には真面目で運転が慎重な運転手もいるでしょうが、私が今までに見た邦人が書いたいろんなタイの紹介本には・・・・
・・・・
『運転手が、雇い主の居ない間に新品の部品を取りはずして売って、バッタ部品に取り替えることあり』『ロクに運転のキャーリャーもないのに、経験20年などと嘘をつく輩が多い』『少しずつガソソンを抜いてちょろまかすので注意』

などと書かれているので、そんなウットウシイ事を経験したくない為、
自分で運転しています。なんと言っても運転手を雇わない最大の理由は・・・


運転暦40年の自分が運転した方が、絶対に安全だから!!これの一言につきます。或る邦人が雇っていたタイ人運転手が、雇い主のいない日に、私用で車を内緒で使った・・・タイ人はお目付け役がいないのでガタが外れ、性能限界までぶっと飛ばしたが・・カーブを曲がりきれず民家に突っコンでそのまま逃走。雇い主は帰って大変なことになってビックリするやら巨額の弁償をさせられるわで酷い目にあったという話も聞いた。参考:タイ人の運転は、限界ギリギリまで !

 

それと、ついでに言えば・・・タイ人男性は滅茶苦茶のライチャイ(浮気症)
ウチのチャンヤーがいくら三段腹でも、服を着た見かけだけはマシなので、やられる危険性がある・・。やられると、仲良しになって、資産目当てに私が運転手に殺されないとも・・・
いやー、これ(殺される)は、決して絵空事ではありえないかも。

『ロクに運転のキャーリャーもないのに、経験20年などと嘘をつく輩が多い』には笑える経験があります。むかしタイに住む直前のころのお話です。

バンコクのベルジャン・ブリッジの下にあるハイウエー・カー・レントと言うレンタカー屋でカローラを10日間借りてハジャイまであちこち旅行しながら行って、ハジャイで乗り捨てたことがある。これはハジャイから陸路でマレーシャへ行く為に、レンタカー店で特別お願いしたオプションだった。3000バーツ出してくれれば、この私(契約した時のフロントマン)が汽車で一家の旅行を兼ねて取りに行きますと・・そういうことになった。このフロントマンと言うのが身長180センチ程もある怖い顔をした声の大きなアルンという名の大男だった。

無事ハジャイに着いて・・・ミニバスの停車場になっているハジャイの旅行代理店の男性(ガッテーつまりオカマ)に(当時日本で出たばかりだったDVDテープ録画機のビデオテープを売っている)○○デパートは何処にあるかと聞いた所、『そこに連れて行ってやるから自分に運転させろ、勿論運転暦は長いので任せてくれ!』と自信たっぷりに言う。で、そいつの運転で出発したまでは良かった。が、一度走り出してビックリ、危なっかしいの何のって、フィアンセ(当時は未だ日本人の若いフィアンセがいたんですわ)が悲鳴を上げる。私は、オイ、そこの角で停めろ、そこで停めろ、と絶叫に近い声で怒鳴っても、『マイペンライ、デパートは直ぐそこだよ』の一点張りで停めようともしない。冷や汗をかきながらやっと着いた時のことだ。デパートの玄関前に大売出しに使うバンドのステージがあったのだが、カローラがそれにぶつかってステージを1,2mほど引きずってしまった。慌てて降りて、車を調べると・・・かすり傷程度で、まあまあ、大丈夫だったが、オカマはというと運転席から既に逃げて、もぬけのから。フィアンセいわく、タイ人は何か不味い事をしでかすと、取りあえずは、逃げるのね。

面白いのはこれから・・
買い物した後、代理店で車の受け渡しをしますと電話で伝えていたので、くだんの代理店に帰ってみると、オカマはバツの悪そうな顔をしてアッチの方向を向いていた。そこへ、突然、大男のアルンがやってきた・・・彼が車を調べていると、ちょうどステージにぶつかった問題の箇所に来たときのことだ。私はかすり傷なので全然心配はしていなかったのだが、アルンが急に、店の中にいた私に振り向きざまに、例の怖い顔を向けて、大きな声で『ミスター』、と怒鳴った。
すると・・オカマは、衝突がバレタのかと思って、泡を食って裏口から逃げ出した!

アルンが怒鳴るような大声で言ったのは・・・
ミスター、ミニバスは あと何分で来るのか? 

 

 

 

 

 

 

岩城玲奈

黄昏時に入った王国は今後どこへ向かうのか?

関連ブログ アビシットはバンコク騒乱の責任を取れ!
 

 

王国は、過去 ”ロイヤル”を総元帥に頂く国軍あるいは王党派によって、数え切れないくらい多くのクーデターや政変を繰り返してきた。しかし危機の度ごとに国王陛下が仲裁して、事なきを得てきた。

しかしながら、今や、そのような危機の克服が難しくなってきたのは、同国の王立大学の某教授がかって不敬罪(懲役15年の重罪)に触れぬように”慎重に言葉を選んで語った”内容によると、『王国が黄昏どきに入ったからだろう』という。

果たしてそうか?それは兎も角・・いずれにしても、王党派の政権が、怨念に取り付かれたタクシン率いる反独裁戦線の攻撃に対して、今までの感情的な対応を少しずつでも改善し、あるいは、より有能な新しい人材を首相に抜擢するなどして、この危機を乗り切り、再び栄えある王国を復活させていただきたいものだ。

さもないと、あの悪夢のような暴動が 全土を不幸のルツボにしてしまうかも知れない。歴史は生きて日々進化・変遷していくものであり、それゆえ、○○は繰り返す、のである。

 

反独裁戦線に身を置く下層階級の人民は、バンコクを除く全池方の貧農を中心としてそれに地方及び首都の低所得階層が加わる構造になっているが、憂うべきは、彼らに心情的に共感している国民が、その何倍も居るという事だ。タイは奴隷制があった時代以来より、今でも典型的な階級社会(ヒエラリキー)である。一握りの上流階級と支配者階級を、次に分厚い中間階級をのぞいた非常に多くの(恐らくは国民の過半数をはるかに上回るであろう)下層階級が、苦難に満ちた縁の下の礎となって、支えて来た・・・と、そう彼らは信じている。これを信じ込ませたのがタクシンだった。

彼らがそう信じている積りに積もった鬱憤と憤りが一気に爆発すれば,どういうことになるだろうか。これを防ぐ唯一の方策は、少しずつ彼らの経済的地位を向上させることでガス抜きを図ること、止むを得ないが、これ以外にはない。

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♪ タイの特殊なお国の事情 $

Σ いろいろ

 

 

 

タイでこれやると即、絶対確実に懲役15年の実刑+αだ

インディカ米健康ダイエットの提唱と医学的考察

 

タイの赤シャツ=UDDは歌謡界にも深く浸透

 何故、タイは今不安定なのか
 
タイなどで地獄の結婚・片道キップを掴まぬ戦略的知恵 

 

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アビシットはバンコク騒乱の責任を取るべきだ!

よく使うタイ語の忘れられない覚え方

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タイは今、革命前夜の暴動の様相を呈しつつある(?)

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怠惰なタイ人と勤勉な日本人が一緒に暮らした喜劇のような悲劇な… 

 

マイホーム、タイ等では何がベスト?

(消費者保護)後進国で、賢いマイホームの選び方

まずはニュースから見てみよう

 

 

タイの特殊な政権交代!

 付録:クーデター時の首相、広大な土地不正取得、発覚か

 

 アジアに住んだ、社債を買った、紙屑になった

 

 

 タイのアビシット現政権(右派中道)の行方は?

 

 

 

 

 

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岩城玲奈

 王妃マリー・アントワネット(ダイジェスト)の続き

 私はタイに住んで10年。この間に、数々の被害に遭遇したが、全部 加害者は上記の(下層の)人たちだった。貧困層はもともと犯罪の温床だが、タイのこの連中は特にその傾向が強い。

 

今回のデモ終結宣言後、無関係の高級デパートやセンターンワールド、銀行を狙い打ちにした放火暴動を見ても分るように、彼らはタイの富裕階級に恨みと復讐心を根強く抱いている。しかしタイの富裕層、とくに支配者階級、旧貴族階級 は 軍、警察などをバックに巨大な権力を持っているため、非常に危険である。そのため、本来、何の関係もないのに、(金持と思われている)無防備な欧米人、日本人を標的にするわけだ。

 

ほんの数例だけ上げてみよう。嫌な事は忘れたいのが人の常、今すぐ、この時点では全部は思い出せないから・・・

 

1.同じマンションで3度も続いた空き巣被害。犯人はイサンの貧農の出身で、チャンヤーが日頃から親切にしてやっていた(合鍵も持っている)マンションのマネジャーで29歳の女だった。警察から、もう既に供述書類は検察庁にあげたから今さら起訴の辞退はできない、弁護士を雇って起訴しなさい(タイの刑事訴訟法)、必ず勝てるからと半ば強制的に言われて、不本意ながら起訴したら、3年も経ってやっと調停が開かれ、結局女は犯行を認めた。この女は散々親切にしてあげたのに、恩を仇で返した訳だ。犯行を認めたのは被害者との示談が成立すれば初犯と言う事で実刑を免れるからだ。(脇道にはそれるが、、、この時も法廷の被害者席(起訴人席)にたったチャンヤーは、『私の盗まれた額を言えば必ず相手はOKせざるを得ない、私の言う額で押し通せ』と電話で厳しく指示したのに、相手の抵抗に忍耐できず、遂に盗難額の数分の一以下というおめでたい額で妥協してしまった。これではチャンヤーが盗まれた金のネックレスと弁護士費用、及び成功報酬で消えてしまい、私の高額被害は日の目を見る事はなかった。本当にこの人の、外に弱く内に強いという典型的な内弁慶に、私は毎日泣かせれているのである)恩を仇で返した訳だ。

 

2.上記マンションには空き巣時間に警備員がいたのに、何故空き巣に入られたのかと不信感が芽生えた或る日の8時pmころ、(ビールを飲んで少し酔った勢いもあったとは言え)その警備員を相手にちょっと怒っただけで、警察に”酔った日本人に殴られた”と嘘を付かれたため留置所に3時間半も入れられた。勿論 嘘だったので深夜の12時に開放されたが。人生で始めての腹立たしい体験

 

3.翌日その男の卑しい嫁からチャンヤーに脅しの電話があり、2万バーツ払わなければ医者から貰った(嘘の)診断書で、訴えてやると言われてチャンヤーが怯えて恐怖の形相で、『払ってやって!お願いだから!』と泣きつかれた体験・・・たまたま この件は小生が警察署に行く直前に、身の危険を感じて一瞬の隙に撮ったその男の(殴った痕跡など何もない)顔写真と、小生が『脊椎分離症の重い腰痛と足の痺れが常時あるため殴る事は不可能』との診断書を大病院で貰ってきて反証。仕方がないから、3500バーツだけ渡してケリをつけたが・・・(この時も本来1バーツも払う必要がないのに、チャンヤーが強迫観念から必死に3500バーツ払ってあげてと猛烈に私に食って掛かったので、やむ得ず支払ったのだった。人が良いと言うよりも、単に、あいての強い感情に忍耐できないだけ、つまり忍耐して耐えると言う事がからっきし駄目な人なのだろう)

 

この邪悪な男は、数ヶ月前に門を開けるとき滑って転倒しザラついたコンクリート床のせいで、前腕に大きな擦過傷を作った事があった。小生はきのどくに思い、医者として一生懸命に手当てをしてやったのに、この男はその恩を仇で返した訳だ。

 

この邪悪な”下層”階級の男は、2,3日したら居なくなったので、新しく来た警備員に何故辞めたのか、辞めさせられたのか?と聞いたところ、契約期間の6ヶ月が終わったからだ、と話した。つまり、この邪悪な男は、退職期限が迫ったたので、新就職までの生活費を稼ぐ目的で、絶好のチャンスだと考えたわけだ。

 

私が、医者だという事や車を二台持っているとか知っており、金をせびれると思ったのだろう。下層のタイ人に決して金持に見せては いけない 。といってボロを着たりボロアパートに住むのは簡単ではない。そこで、彼らに接する時は、軽く会釈する程度にとどめなければならないというわけだ。ましてや、情をかけたりするのは禁物だ。(何時も出会うのに、無視するのも良くない、敵意からまた被害を受けるきっかけになる)

 

4.チェンマイの暴力カラオケの前の道の反対車線に駐車する際、連中のバイクに軽く接触。バイクが隣のバイクに軽くもたれかかった事がある。連中(5人)がすかさず飛び出して来て、高額の弁償金を要求(脅迫)。小生は余りの額にノーと言うが早いか、5人が寄ってたかって殴る蹴るの暴行狼藉。警察官が駆けつけてくれて助かったが・・・。

 

5.ボランティア事務所として借りていたオフィスを解約するとき、女のマネジャーや受付女に、(孤児らが喜ぶようにと、複数の風船を壁にくっ付けるため、)壁に貼ったセロテープの跡の些細なシミをネタに(一点数百バーツだといって)12万バーツの敷金を返さず自分等の懐にいれた。

 

6.小さい被害、寸借詐欺なら数えきれないほどある。

 

 

 

 

岩城玲奈

怠惰と享楽、酒と踊り、嘘と誤魔化し、の国?

 

私がnnanami2 というブログを始めた契機になった2年前のトヨタタイランドのトヨタサービスで受けた連続2回にわたる タイ社員の徹底した誤魔化し作戦こそ、(その後私が悟ることとなったのであるが、『上は計札(けいさつ)、中は保険会社、下は庶民や身内に至るまで、面倒くさいことは一切逃れようとする、責任逃れや誤魔化しの国民性』か?と私には思われたのだが、)その縮図であった。

 

今から、その例を二、三、要約して挙げて見よう。

 

トヨタサービス:

日本直輸入のウイッシュという乗用車をチェンマイのトヨタディーラーで注文した。注文したかったのは135万バーツの最上級車であったが、担当の女性販売員は、バンコクに在庫が有りますよ、といって注文書を作成、引渡しは1週間後ということになり手付金を支払った。私は期待に胸を膨らませて、指定日時に行ってみると、これが全くの出鱈目。外のタイプなら直ぐあるが、注文車は2ヵ月後になるという。私が苦情を言ったら、友人だという若い日本人が電話で呼び出され、日本語で言い訳をしたのだが、男性は、私は彼女と○○カラオケで知り合っただけで、大した友人ではないと釈明した。なんと、彼女は昼はトヨタで厚化粧のコンパニオン風の販売員になり、夜は夜で風俗嬢に変身して、日本人を誑(たぶら)かしていた訳だ。しかも顔は整形丸わかり(笑)と、これまた、誤魔化しであった。

 

その後あきらめて店頭にあったトヨタツーリングⅡを購入した。実は、これが1年後の、とんでもないトヨタタイ人社員による『ダブル誤魔化し作戦で酷い目にあわされるドタバタ悲劇、いや むしろ喜劇の始まり』だった。

 

問題は、DVDプレヤーにあった。新品以外のDVDやVCDでは全く使い物にならない。長らく使用しているようなディスクでは、目に見えない微妙な顕微鏡的傷の為に、映像が飛び回って全く鑑賞に耐えないのだ。ところがこのトヨタ純正DVDで全く使用できないディスクは全て100%タイで販売されている1000バーツ~2000バーツの安いプレーヤーで再生できるのだ。

 

結論から先に言おう。

日本からの直輸入車の為、プレヤーのレーザー出力が、安全性にこだわる余り非常に弱く設計されている。ところが、中国や東南アジアで売られているプレヤーでは、強力レーザーが一般的なので、この地域で一般に売られているDVDやVCDのディスクは、反射率が国際基準より40%低いのだが、レーザーが強力なので反射光量は問題ないのだ。しかも、このようなディスクは、タイでは大手のデパート、カーフール、ロータスなどのショッピンギセンターで売られている大多数の正規品であって、日本で売られている国際規格品こそ滅多にない代物。だから、日本で作られたトヨタ純正のDVDプレヤーでタイのディスクを再生しようとすると、反射光量が少なすぎて、顕微鏡的な傷に対する訂正機能が働かない。まあ、こういうことが、富士通テンの調査で分かった。

 

トヨタ社員(タイ人)はこのクレームを、最初から騙しで、解決していた・・・その経緯を要約しよう。

まず そもそも、、チェンマイのディーラーでは最初から無視され、一切合切、対応してもらえなかった。やむなく、買って1年後になって始めて、チェンマイから引っ越したバンコクの直営サービス店に持ち込んだ。

 

サービス店のタイ人エンジニアは、最初、私の苦情を聞いて、こう言った。

『分かりました、気の毒だから新品に交換します』私は地獄に仏、と喜んだが、彼は、続けて『ただし、交換しても同じ症状なら、それ以上どうしょうも出来ませんよ』

私は、ちらっと、疑惑を感じたが、喜びの方が大きかった。彼はプレヤーを外して、一週間後に交換しに来てください、と言った。

ところが、これは真っ赤な嘘だった。交換当日、取り付け現場で私は油断させるために、5m離れて、遠目で見ていたとき、彼がビニールに入った”新品”のプレヤーを出して、つけ始めた瞬間に直近まで走り寄って見たところ、なんと、”新品”のはずのプレヤーは、1週間前に外した奴そのものだった。汚れや煤の付着も全く同じ。

 

新品に換えるという申し出(Offer)から、取り外し、取り付けに至るまでの手慣れたやり方から見て、外の多くのユーザーにも同じ手を使っていたと推察された。

しかも、あいた口がふさがらないのは、そのあとだ。

賄賂までとって今度は本当に交換したといった時も、驚く無かれ、ヤッパリ元と同じプレヤーを、今度はよく磨いて綺麗にし、表に張られた検印まで新調(偽造)した上で、またもや騙したことだ。

 

彼は1回目に誤魔化した後で、私に弁解するときに、普通は新品交換は難しい、だけど、やり方によっては可能なんだと、暗に袖の下を匂わした。で、私は、たとえ袖の下を払っても、大好きな自分の所蔵する200枚にもなるタイのルクトゥーンミュージックを聞きたい一心で、フロントと目の前のエンジニアに1500バーツの賄賂を差し出した。

 

二人の男は、今度はもう大丈夫ですよ、と言いながら、微笑んだ(タイ人の微笑み)。しかし、二回目の交換後、トヨタサービス店内で試した時は、傷に対する訂正機能は、前より若干は良くなったかな、錯覚した。けれども、これは読み取りレンズをクリーニングした効果であって、店を出るまでの僅か30分後には、本質的には前とちっとも変わっていない事が判明した。家に帰って、(今度は用心のために、エンジニアが取り外した時、デジタルカメラでDVDの写真を強拡大で撮っていた)『元のプレヤーの取り付け部の金属の擦り傷の写真』を持って、再度サービスに行った。

 

本当に変えたのか疑問があるからと、取り外させて、問題の金属製の縁を写真と比較したところ、なんとまあ、全く同じだったのだ。このような傷は一種の指紋と同じなので、こいつが同じと言うことは、前のと同じ、って言うことだ。

開いた口が塞がらないとはこのことだが、その後の経緯は前述の通りだ。

 

タイでは、その国民性からか?、計札(けいさつ)官、保険屋、庶民に至るまで、嘘と誤魔化しを、主要な手段として、外国人などを煙に巻く

計札官(けいさつかん):

■14万バーツもする競技用の日本製自転車が前方不注意で停車中の私の車にぶつかって来たときも、加害者の青年は最初は認めていたのに、その両親が遣って来てから雲行きが180度変わった。(恐らく袖の下の約束でも取り付けたんだろうか?・・・)こちらが急に側路から出てきたのでぶつかったと言う事にされてしまい、14万バーツと、歯が3本折れた治療費3万バーツを要求された。

 

■チェンマイのプーカムホテルのすぐ北側の交差点で、チェンマイ大学の卒業式の日のため非常に渋滞していて左折の為、5分間以上も左折信号を出して停車中だったのだが、その私の車に、人相の悪い男が運転する車が、追突してきた。男は警察官だった。100%相手がが悪かったのに、、そいつの勤める直ぐ側のプンピン警察署の事故係りに、私の側の保険屋だけが呼ばれて、私には全く事情聴取もせず、こちらが悪い事にされた。

 

■お祭りが近くなると、小遣い稼ぎの為、あっちこっちで検問がある。そのような場所では、何らかの難癖を付けてでも違反を見つけたいので、絶対に外の車の流れと異なる動きをしては損をします。同じ流れの中だと難癖をつけられないが、もし、昼にライトをつけていたり、車線変更したり、車の流れの列から はみ出しでもしよう物なら、これは自殺行為に等しく、待っていましたとばかりに、停車させられる。

 

保険屋:

最近の経済危機不況で、保険屋も赤字になっている所為で、本来保険で直せる事故でも、あの手この手で、保険適用はできないと言って無視しようとする。(詳細は他のブログに書いています)

 

保険屋と計札(けいさつ)の事故係:

バイクタクシーに追突され、バイクのナンバープレートを含めた写真を撮ったうえで、100mしか離れていない当方宅まで誘導していた時のことだが、まさかと思ったが、逃げられた。計札署に保険屋と一緒に行き、訴えたが、ナンバーを控えただけで進展は全く無かった。しかも、保険屋は、最初から、『逃げた男が否認すれば自分で直すしかありません』とこの結末になるのが分かっていたかのように、引導を渡していた。グルなのか?

警察官も放置した方が有難い?

 

これ以外にも、実は、僅か二週間という短期間に、お釜を掘られたり追い越しざまに引っ掛けられたりの散々な目に遭ったのだが、この2件とも、保険屋は、あの手この手で逃げようとして、結局何もしてくれなかった。私は実運転経験40年はあり、タイでは自分の方から事故を起こして事はなく、すべて相手が勝手にぶつかって来ただけ。

 

計札官:

外のブログで詳しく書いていますが、

一例:賃貸マンションで空き巣に3回も入られた。女マネージャーが犯人だった。この女は休みには毎回家人が、ご馳走をおごってあげたり、色んなビーチに連れて行って上げたりした女だった。

 

計札は、私に起訴するために弁護士を雇えと言った。(邦人ならビックリするでしょうが、タイでは被害者が雇って起訴する)

雇うまでの間と雇った当日だけは、担当の計札官(肩書きは元首相のタクシン・シナワット=中佐 と同じ)は、非常に熱意があった。しかし当方が、もう被害はどうで良い、泣き寝入りしたい、と主張しはじめると、とたんに何としてでも雇わせようと、雇って起訴しないなら嘘だったのか、と威嚇さえした。

それでやむなく大枚を払って弁護士(タナエクワーン)を雇ったんだが・・・・すると、セールスマンが契約した際に見せるように、急に満面の笑みを浮かべて私に愛想を振りまいた。

 

ところが、雇って起訴する直前まで来た時になるってーと・・・・

急に音沙汰がなくなり、こちらから電話すると『犯人は逃げた』、といって、その後2年間以上も放置され其れでおしまいになってしまった。

弁護士も、起訴する(振りをする)までは、熱心に取り組んでくれたかに見えた。中でも、愛想だけは最高に良かった・・・しかし、裁判所が忙しくて中々順番が回ってこないと、起訴したかどうかの説明もなく、、何時の間にか2年間が無為に過ぎ去ったという感じ。

 

これでは、弁護士を雇って起訴させようとしたのは、起訴直前になった時点で、犯人の女に、今までの空き巣常習犯行で貯めた あれ をさし出せば(女はあちこちで同じ犯罪を繰り返している常習犯だった)逃がしてやると取引する為だった、としか、私には考えられない。今になって悟ったことだが・・・領事館で、私が担当者が中佐ならマサカ賄賂で犯人と取引される、ってことはないでしょね、と言った時、無言で首を横に振ったのを思い出した。また、領事館員は、他日、私は弁護士を雇うことした、といった時、意味ありげに『泥棒に追い銭!にならぬように気をつけてください』と心配そうにアドバイスしてくれたのも思い出した。

 

 

 

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岩城玲奈

タクシン派”下層”階級に浅薄な情をかけると酷い目に遭う(?)より続く

 

タイで以前、駐在員をしておられたという方からのコメントが、上記ブログに寄せられましたが、当方のブログを補完し実証してくれる貴重なコメントなので、改めてこのブログにて紹介させて頂きます。(ただし、コメンテイタ-の了解は特に得ていません。ブログ本文に載せるのと、コメントのまま載っているのとでは若干ニューアンスは違うので、叱られないかな、という一抹の心配はありますが・・)

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Commented by hayasan さん

失礼します。
いやはや、この内容すごいですね。タイに住んでいれば日常的に起こりえる事ですけど。
チェンマイ発のこのような不愉快なトラブルの話を良く耳にします。
タイの貧民族思考は、死んでも治らないですね。
赤シャツ騒動しかり、自分達は貧乏、金持ちからどんな手段でも金を取って
当たり前、上手く事が運べば、他の貧乏族にいかに自分は上手く金を
かすめ取ったか自慢する。そこには恥という言葉も、犯罪という言葉も存在
しない。自分達は貧乏で、弱い者たちだから少しぐらい金持ちから金を取っ
ても悪くない。多少街が燃えようが、又 作りなおせばいいじゃないか、
金持ちがそれをやればいいだけの事だ。という発想ですね。

他人の金だけを頼りにして生きている、年頃の娘が居ようものなら都会に
売り飛ばし、その娘の仕送りを頼りに生活し、自分達は決して努力しない。
ウジ虫みたいな世界がある。

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どうでしょう?信じられないでしょ。

 

劣悪な環境という点で比較するなら、日本でも、終戦直後から30年代までは、現在のタイの下層階級の貧しさ以上に、もっと惨めな貧困が当たり前でしたよ。しかし、日本人の場合は、克己努力して働きながら夜間大学に行くとか、自分なりに貧しさから脱出する真っ当な方法を考える。若くて健康ならば、怠惰に身をゆだねたりはしない。兎に角頑張ろうとする。

 

タイにも夜間大学は色いろある。バンコクのラウムカウヘン大のように、土曜(半ドン)と休日の日曜だけ昼間出席して、平日は勤務後に夜間講義に出席することで卒業できる大学だってある。たとえば・・弁護士事務所で働きながら毎週講義を聞きに来て単位をとって卒業しようとしているイサン出身のウッさんという弁護士見習いの青年とか、イサンの夜間短大を出てバンコクのこの大学で大卒資格を得ようと働きながら毎週簿記の講義を受けに通っているAnnさん(当nnanami2 ブログに頻出)みたいな人だっている。

ところがそういう真面目な人は数える程しか居ない、タイ人は怠惰な性格の人が多いからだ。大多数はそんな事など考えずに世間を恨みながら漫然と働いている。勤勉勤労の努力どころか、昼間ッから遊んで、風俗の女のヒモになっている奴とか、世間を恨んで観光地の外国人を恐喝したりバイクで引ったくりをして生計を立てるような悪党や、そこまで行かなくても、努力もしないで生活が苦しいと、世間を恨んで復讐を考えている犯罪予備軍のような輩だって例外的存在ではない。

 

色いろ書き綴ったが・・・・・

畢竟、タイの貧困層の若者、特にタクシン派支持団体の貧困階級の場合に言える事は・・・怠惰な性格が邪魔して、努力して貧乏から脱出するという面倒くさい事は全く考えない、ただ、その貧しさに身をゆだねたまま、恨みと復讐心だけを育てる・・・と言う事だ。

その連中を当時のタクシン首相が自分の支持者層に取り込むべく、いろんな、ばら撒き政策をやった訳だ。ばら撒きの中でも、究極は借金棒引き政策。

 

畢竟、克己努力など念頭にさえ浮かばない上のような種類のタイ人が、警察などとコネのあるバレたら危ない目に遭う金持階級のタイ人と違って、自分を守る術のない無防備な外国人を狙って、誤魔化し、騙し、暴力 などで金を得ようとするのだ。

 

最後に、タイに来る人のためになるように・・・・前ブログで、些細な騙しや誤魔化しなど無数にあると言ったが、それがどう言うモノか?一例だけ上げて説明して見よう。

 

たとえばレストランのウエートレス。バンコクでも田舎でも、数点以上注文すると必ず起きると言っても過言ではないのが、支払い時に請求額を2,3割水増してネコババする例。二人で食べに入って,お皿が3,4点になる時でも、大いにやられるが、4、5人の団体で入って、何やかやと、沢山の注文などした時には、200%(笑)確実に水増し請求されてくる(ただし、世界的に有名な高級ホテルのレストランは別)。合計が暗算では出し難くくなるのを悪用するわけだ。かといってウルサそうな金持か中間階級のタイ人の場合は、ばれた時の仕返し(電話で店主とか警察に言うとか)が怖いので、手を出さない。

 

これは会計係りとウエートレス全員が絡んでやっているのであって、経営者は無関係だ。その日一日で騙して分捕った合計のお金を、皆で分け合う。全員がそういう同じ穴の狢(むじな)体質。

こんな誤魔化しに遭いたくなければ、注文時に、面倒でも、ノートか紙切れなどに金額を記入しながら注文すると良い。この客は誤魔化せないと思わせておくわけだ。

 

面倒だなーと思うかもしれないが、(そうしなかった為に)請求書を検算して2,3割の護摩化しを見つけ抗議するよりは遙かに楽だ。また、注文時のメモや請求時のチェックは、恥かしい!、カッコウが悪い!と思う人は、タイの初心者だ。

 

レストランでのウエートレスたちが外国人相手にグルになってやる2,3割水増しの誤魔化しは、タイのいたるところで見受けられる日常的抒情詩になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岩城玲奈

ゲス警備男の、悪い年増の嫁の発案で、

嘘の110番されタイの留置所を体験

記2008.3 頃?

 

本邦人初撮影(多分?) 

留置所内インタビューと写真付き


ロシアより愛を・・バンコクより怒りを・・こめて

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・■結論から■・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

我等の主催者のボス、必殺技の秘策により、ゲス

警備員の偽診断書による恐喝撃退に成功


取材班のボスである主催者は、日本で30年間以上、医者をしていたのだが・・・。その主催者に、警備の男は、殴られたと嘘の110番をした上、翌日、零細クリニックから50バーツで貰ってきた偽診断書で、大金を脅し取ろうとした。

 

翌日、警備会社の社長(所管署の幹部)を伴って、偽診断書をもって大金を脅し取りにやってきた

 

 

しかしボスは診断内容が男の嘘で書かれた事を証明して

退した。さすがは医者!その一つが、次の動かぬ証拠写真

 

 

50バーツの診断書曰く

左眼に打撲傷あり

ところが殴られたという直後の写真は、全く正常だ(下の写真)。 もとの写真は10メガの高精細度で撮影していたので、強拡大して見るとハッキリするが、全くの正常だった。それでもこの馬鹿は半額に減らして要求したが、流石は社長、もう止めとけ、と男を諭した。

 

 

 

このブログは
http://nnanami2.iza.ne.jp/blog/entry/660576/       
からの続きです

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                序章から

我々のボスである主催者は、留守中に起きた会計係りの空き巣事件の件で、アパートのオーナーに連絡を取ってもらう約束を、アパートの警備員との間で付いていた。ところが、男は、何時間たっても約束を守らないで、ぶらぶら遊んでいる。主催者は、立腹して、大きな声で、『早く連絡をとれよ』と強く言った所、男は、何を思ったのか、玄関の鉄の扉を開けて出て行って帰ってこなかった。後で分かったことだけど、この間に男は外から携帯で 『日本人が、自分を殴った』 と嘘の110番(タイでは191番)をしていたのだった。
しばらくして、二人の警官が男とやって来て、タクシーを呼んで、主催者とその家族、男も一緒に警察署に向ったのです。

 

実は、警備員である男の雇い主は、アパートに男を派遣していた警備会社だった。その社長が、この地区の管轄をしている警察署の幹部だったので、警備の男は気が大きくなり、図に乗って、嘘の電話で警官を呼んだわけだ。


主催者は、お陰で、聴取も何も無く、警察に酔っ払い?として留置された。パスポート提示や氏名聴取も一切なかったそうだ・・・・それで4時間近くも、留置室され、神経的肉体的に疲労こんぱいしたのだった。

 

都内の警察署内

留置ならびにインタビュー体験記

↓コンビにで1000バーツの盗み&ヤバー(※)所持

※ヤバー=馬鹿(バー)になる薬(ヤー)

覚せい剤所持の方は重罪(日本より)
  

 上の写真の6名は  賭博開帳     ↑

 

下の写真の男はそのリーダーの年長者 ↓

親類が面会にきて皆から一人1000バーツか何がしかを集めて、保釈される

         

 


  
      ↑上は 5000バーツの盗み

 

下の写真:このページ一番最初の

巻頭を飾った女性が、急に笑顔になった ↓

  

恋人が面会に来て、お金を払って保釈されるので。その時ミー・クワン・スウック(うれしい)と、主催者に手を振った、そうです。

(あくまで保釈。無罪放免とは違う)
  

 

 

↓ 檻の中からの光景

何か頼みたいときは、外に向って声をかける

 

(タバコ、ジュース、弁当などの差し入れを頼める・・・・・・金があればの話だ。

主催者は、携帯電話も持ち込めたのに、律儀にも家族に渡してしまった)





タイに住む日本人の皆様へ!

用心のための知恵


知り合いの日本人を通訳として置いている或るタイ人弁護士は
『タイ人、特に下層階級のタイ人に大きな声で怒鳴ると、かなり
神経的に傷つくので、下手すると仲間を呼んで袋叩きに合わされる事がある。』という。

(余談ですが・・日本人を通訳として置いてるだけで、タイ人向け弁護士の料金の何倍も取る、と当の本人(日本人)が言っておりました)

確かに、まさにその通り!

取材班もそっくり同じ経験をしたことがある

 

チェンマイに住んでいた時のことですが・・老日本人に金を出してもらって経営していた性悪タイ女35歳がやっていた或る零細・悪徳カラオケ店があった。その店の前の路上での出来事です。

そのカラオケ店の隣のマッサージ屋に車で来た時、

カラオケの前の、向こう側の路端に車を停めようとして・・・

運悪く、数台のバイクの一番手前の古バイクに接触してしまった。それで、そのバイクが隣のバイクにもたれかかってしまった。

ゆっくりだったので傷など付く訳がない。
ところが・・・・

間髪要れず、カラオケにたむろしている仲間の男の一人が出てきて、3000バーツ弁償しろという。
こちらは、いささかムカッと来て、大声で、『ノー』と叫んだ。と、その瞬間、同じ店の悪いタイ人どもの男女が5人も出てきて突然、殴る蹴るの暴行。マッサージ店から、かかり付けのマッサージ師が心配して出てきてくれていたので、警察を呼んで!と叫んで助けを求めたのだった。彼等は日頃から日本人を鴨にしているとんでもない連中だった。多勢に無勢、喉や手を羽交い絞めにしてくる。その中に女が一人いたが、怖い顔した女で そいつまでが ギョロ目をひん剥いて、こちらの顔にパンチを食らわせている。今でも忘れ難いギョウ相です。多分、この女が、マッサージ師から聞かされた『性悪の女経営者』だったのかも。

そのうち、警察がきてくれて、騒ぎが収まった。警官は話を聞いてから、こちらにいった。こういう場合は120バーツでいい、払えるか、と。100バーツしかないと言うと、それでもOKだというので、支払を済ましたら、警官は、訴えたいか、と聞く。

こんな奴等の事で貴重な時間を使うのは時間の無駄と考えて、勿論、首を横に振った。

マッサージ師から良く聞かされていた事だけれど、

このカラオケ店は大音響でカラオケをかけるので店の両隣が騒音で商売が出来ないと、警察に191番したことが何度もあるそうだ。ところが、店は その都度音響を小さくするだけ・・・翌日には元の木阿弥になっている手に負えない性悪女だと。よく、こんな悪い、『日本の騒音おばさん事件のタイ版』みたいな女を、
チェンマイの女にしている日本人がいたものだ。

 

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註:このブログは、タイを愛する一個人の感想に過ぎません。現地情報に無知の為、犯罪に巻き込まれてタイが嫌いになってしまわないよう、現実を良く理解して貰うことによって、逆に安心してタイをより好きになっていただく目的で書いております。

 

 

 

   

 

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岩城玲奈

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