nnanami2

癒しの国タイの 怠惰と享楽、酒と踊り、嘘と誤魔化し==日本人医師の啓蒙ブログ==このブログはタイを愛する人が一部タイ人の悪事に巻き込まれてタイが嫌いになってしまわないように 啓蒙することで、余計タイを好きになって欲しい、その気持ちで書いております。従ってタイやタイ人の欠点を書いた場合、一部の、という意味です== タイに13年近隣国に3年。あっという間に過ぎ去った16年間。その後半に書いてきた産経イザブログは2万6千人中、2位~10位のランキングで活躍しておりましたが、イザ廃止の憂き目に逢い、もうブログは辞めようかと・・が、引っ越しツールのお蔭で800タイトルを無事引っ越せたので、また活躍することになりました。ただ、面白知識全集など目次形式ブログではクリックしても無効です。ご面倒でも検索サイトで『タイトル名、nnanami2』で検索して下さい

2012年09月

 

実は・・昨夜、私は、恐ろしいことがおきて・・・・・

 

今日は雨がぽつぽつと降っているので、うちから200mのペンスル(Pencil)というスーパーの2階にある子供ランドに来ている。私は ななみ が悪戯で他のクメールの子らに迷惑をかけないように、すぐ傍のテーブルで見守りながらインターネットをしています。

 

実は・・昨夜、私は、自分の身に恐ろしいことがおきて、死ほど怖い思いをしました。そのことについて今からお話します。

 

以前シンガポールの友人(=シンガポールのプライベート銀行の小生のリレーションシップマネージャーいわゆるRM)と言う方にだけ申し上げたことなのですが、私は、過去数ヶ月間、毎日USA製のアラスカ・サーモン・オイルというDHA,EPAサプリメントを飲んでおりました。毎日、朝6カプセル〈2カプセル2グラムで=EPA,DHA300mg前後〉をのみ、夜も同量をのみます。それ以外に、韓国製のビタミンEを2カプセル(1000mg), ベトナムやカンボジア製(いずれも海外からの進出企業で土着の会社では無い)のビタミンC 3000mg、ビタミンB1 1000mg、ビタミンA 5000IU 、カルシウム 1000mgなどと、銅、Mg、亜鉛などの微量ビネラルカプセル、それと糖尿病改善に役に立つクローム入りのノンカロリースイート粉末(これは料理や飲み物に使用)などなどを飲んでいました。これらはセントラルマーケットの近くの、薬問屋街で購入したものです。これで私はビックリするほど若々しくなるとともに、目の下、下瞼のヘルニアが消えました。うれしさの余り友人にそう話したのです。。

 

 

しかしその後私は血圧の異常に気が付くことになる・・・

 私は友人に『最近血圧が異常に高くなっており、これでは糖尿病、肥満、高脂血症という死の4重奏なので、何時急に死んでもおかしくない』と、彼に申し上げ、万が一そうなったときの対策を相談していました。それはなぜかと言いますと、ある日血圧を測ったら、今まで大したことは無いと思っていたのに、何と180もあったからです。それ以来、私は必死の思いで、医師としての経験を活かしたプロフェッショナルな食事療法をしてきました。私は降圧剤と言う単なる対象療法がイケ好かなく、根治的に血圧を正すことにだけ興味がありました。まあ、いうなれば、今までは未だ、それだけ切羽詰っていない、と言うことだったわけですがね。

 

美味しさを度外視した厳しい食事療法!今回ここまでの決心に至った理由は明白です・・もし私がプノンペンの家の内や外で急死(または、意識のない重態に)したら、銀行に資産があっても、そして また、わたしの死後私の資産をななみが45歳になるまでは少しずつ相続させるという手の込んだ相続を、ケイマンにある私のトラスト会社に定款で遺言していても、私の死が銀行のRM=友人を通じて、ケイマンで私に代わってトラストを管理している会社に、わからないならば、私の資産は行き場を失くしてしまう。そして、行方不明になったななみ が、孤児を多数抱えてお金をねだらせる孤児の親方とか、あるいは人身売買組織の手に渡り売春組織や中国人の養子に売り飛ばされたりすれば、文字とおり天変地異の大不幸の孤児になる。ななみは、まだ電話さえかけられない4歳なのだから。

 

そういう待ったなしの決意でもって、自分の死の4重奏に対する厳しい自然療法と食事療法に私は、ここ一ヶ月以上も挑んでいたわけだ。

それにも拘らず・・これだけやっても、血圧は、どうしても165~160に下った後は、それから一向に下がる気配がない。それどころか逆に、時々 夜寝る前などに測ると、突如として またもや180に急上昇したりしており、なぜなんだ、これは?・・・もしかしたら単に電子血圧計が壊れているだけのなのかもと、思案しておりました。

 

そういう時に、です・・昨夜、或る恐ろしい出来事がおきました。


私はななみの教育(童謡カードとDVDによる童謡の練習とか、ドラえもんの幼児英単語集、など)を終えて寝かしつけた後、アラスカサーモンを8錠(錠剤でなく本当はカプセル。以下同じ)を飲みました。8錠も?DHAEPA含有のフィッシュオイル〈サーモンにかぎらず〉は、多量に飲んでも副作用は無いことが各種の研究で確認されておりますので、ビンから手に落ちた量が偶々8錠だったので、それを飲んだというわけです。飲んだ後、私はあっ、今日の朝の分が遅れて夕方になって飲んだので未だ余り時間がたっていなかったなぁ(=時間がたってない時間内に2回続けて飲んだ)、と、すぐ気が付きましたが、別に問題があろうはずもなく、気にしませんでした。

と言いますのも・・

私は毎日、サーモンのハラミ(鮭の腹の下部の肉で、DHAEPAの不飽和脂肪酸がいっぱい含有された脂肪分に富んだ部分)を100グラムは食べておりました(脂肪に直すと40gくらい?その30%の12、000mgが上記の脂肪酸)、そのためDHA,EPAは、もうこれだけでも 十分のところ、まあ、ついでにといいますか、このサーモンオイルは、ハラミの魚油40gにプラスα つまりプラスαという小さい次元なので、錠数が一寸くらい増えよう減ろうがが、一向に気にならなかったわけです。

 

その後30分ほどで寝ようと思いまして、この日は何気なく血圧を測定しました・・・するとビックリしました! 驚いたことに190に跳ね上がっております。ええーッ、そんなバカな、故障かなと思って、5分後再測定しました。今度は200です。私はわぁーっと叫びました。これはいったい何なんだ、と更に震える手で3分後に測りました。なんという事でしょうか、こんどは210と、どんどん上がっております。私は故障かどうか調べるために、(アポ〈卒中するの意〉らぬ様に→)緩慢な、ゆっくりとした動作で 寝ている ななみの腕にマンシェットを巻こうとします。ななみ は敏感なので腕を引っ込めようとします。私は、小さな声で ななみ ななみ じっとしてね、と(大きな声を出すとアポる可能性があるので)やさしく言い、緩慢な動作で腕を押さえつけました。測定すると、上が97でした。血圧計は正常だ!

 

これは参った、まずいことになったと思いながら、まるで・・3.11の大津波がもうすぐやって来て、逃げ遅れたら死ぬぞ!・・と高台に逃げながら感じたであろう恐怖が、脳裏に浮かび始めた。しかし私は、(恐怖はアドレナリンを分泌し、血圧を上昇させるので)、落ち着いた態度で、自分に冷静を装いながら、もう一度測定をします。こんどはマンシェットの位置を変えて測り直しました、位置が悪いと間違った数値が出ることがあるから。すると、わーっ、220になっております。つまりこの一連の状況は、刻一刻、血圧が急上昇していることを意味している。私は、このまま上昇すれば、間違いなくアポる、それこそ250以上に上がったら、脳出血に向かっているのを知りながら、なす術もなく死ぬか倒れるかだ。私は、恐ろしい事態になるのを想像して、ぞっとしました。アポったら、お仕舞い!上昇をすぐ止めなければ!

 

以下に続く 

古いサーモンオイルのサプリで血圧が卒中寸前まで急上昇     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

カンボジアありがとうNO1:首都でまた危うく殺されかける      より続く

 

 

 

 

ところで私は、何病にしろそうですが、降圧剤に関しても、もともと高血圧になった原因を除去しないで降圧剤を飲むのは単に血圧だけを下げる対症療法に過ぎず、真に健康になれるわけではない。そのため私は医師の癖にといいますか、医師故にと言いますか、降圧剤は一切使用しない主義だったので、降圧剤は一つも持っておりません(こういう緊急時には絶対役に立つのに・・)。

 

それでも、私はやってくる脳卒中を前にして、理性的に考えました。そうだ、降圧に非常に効果があるタウリンを使おう、タウリンなら冷蔵庫に今日買っていたイカが1キロgある。その他にも『高血圧を下げる効果』

があるニンニクも考えましたが此方の方には『低血圧を上げる逆の効果』もあるのでパス。イカ100gあたり800mgも含まれている。私は、これに飛びつきました。しかし血圧は既に、220m以上にまで上がっており、既に その影響からだろう、後頭部あたりに痛みが走っている。ここで焦ってセカセカやると、アドレナリンが出て、もっと血圧を上げるので・・私は、ゆっくりと階段を、大丈夫心配ない、安心しろと言い聞かせながら、よぼよぼ爺さんのように、恐る恐る降りました。そして新鮮なイカを4分の一くらい袋から出して小さく刻み、十分に煎じました。                煎じ終わったタウリンの熱い抽出液に氷を入れて、冷やすと、私はゆっくり飲み干した。うむむ・・助かったかなぁ、と私は一応、ほっと息を付きました。

 

しかし実際にはどうなのか、初めての試みなので、確信はなかったので、そう念じながら、同じように緩慢に上がって部屋に戻り、いすに座って深呼吸をしばらく続けて5分後に測定すると心なしか少し下がっている、210。更に5分後、200と、、ありがたい事に逆の経過をたどっております。こうして20分後には やっと180になりました。これなら、以前私が180になって食事療法を決心したあの時に戻ったワケなのだから、もうアポルことはないと確信、私は、良かった!これで安心だなぁ、と初めて安堵しました。

 

それから私はしばらく休んで気もちを落ち付けたあと、この1時間に起きた血圧急上昇の劇的な変化の原因は何かを突き止めようと考察を始めた。調べるとサーモンオイル以外の他のビタミン系の薬はすべて、製造年月と有効期限が印字されている。ところがアラスカオイルにはそれが全く無い。フィッシュオイルは多価不飽和脂肪酸なので(魚介類が腐り易いのと同じように)非常に酸化され易い。酸化度が進むと過酸化物質となり使い古したてんぷらオイル同様、体にとって恐ろしい有毒物質になる。そう言えば私だけがあの薬問屋でサーモンオイルを大量に買う(他の客はカンボジア人なので、どんな薬にしても2錠だけとか、4錠だけ、と言ったバラ買いをする)ものだから、薬屋が売ってきた有効期限内のサーモンオイルは、ある時点から恐らく品切れになったのだ。そういえば外形上の劣化を思わせる兆候があった・・・つまり化粧した美麗な (ねじ切りの無い単なる化粧カバーとしての)外観だけの蓋と、その下の真の蓋(=そっけない裏ブタ)をくっつけていた接着剤が剥がれたために、化粧の蓋をいくら回しても空回りして開かないような物ばかりをくれる様になっていた。

 

きっとそうだ。あの問屋は、有効期限物が切れてしまったので、または、この多量に買う外人に、何年間も売れ残ったままになっていた同国人に売れない古い製品を、外人だから文句を言わないと考えて売ったにちがいない。何と言っても、ここはカンボジアだ。原住民の経営者の倫理感など、まずゼロだろう。

アっ、そういえば・・

私は2週間前だったか、このカプセルを飲んだ後、嫌な味のゲップが込み上げて来たことを思い出した。そこで私はカプセルをカッターで切ってラップの上に液を広げて鼻を摺り寄せ 臭って見た。うわーっ物凄くくさい!・・と言うのではないものの、鼻をさすような刺激的な魚臭がした。

 

私は、明日から直ちに、私を卒中で殺しかけた疑いが 限りなくある このアラスカサーモンオイルと、それから念のために栄養剤も捨ててしまおうと考えた。

 

私は、犯人がほぼ分かった後、最後にもう一度血圧を測って寝ることにした。175だった。良かった。赤血球の膜に過酸化したDHA,EPAが付着したままなので、1,2時間単位では、これ以上は下がる見込みはない。しかし少なくとも、もう脳出血の心配はなくなったと安堵しながら、私は、横になると、ななみの寝顔に向かって小さくつぶやいた・・・

『ななみ ごめんね。これでパパがもう急死することは無いから安心してね。これからはお前と自分のために、今までは少々は健康に良いと自分を誤魔化して飲んでいた酒も完全にやめ、美味い美食もあきらめ、ただ高血圧と糖尿病を治して長生きするからね。そのために、おいしい食事なんかもう要らない!毎日朝夕とも長寿食だけで我慢するからね、味も素っ気も無くても、パパは我慢するからね』と、私はななみの寝顔をしみじみと見ながら、そう誓って、静かに目を閉じて眠りに就いた。

 

そして今日、ここペンスル・スーパーにくる直前、血圧はどうなっただろう?タイでこのサーモンオイルが切れた頃と同じく、なんと145だった。

何のことは無い、私の高血圧は、血圧などを健康にしようと思って飲んでいた こいつ  が犯人だった。

 

犯人=原因は、古くて自然酸化された健康サプリメントのアラスカサーモンオイルだ。犯人が分かると上昇の病理は簡単だ。赤血球にはリン脂質からなる細胞膜があり、この膜に摂取したDHAEPA(n3系の不飽和脂肪酸)がくっつくと、赤血球は柔らかくなる。すると赤血球が細い血管や毛細血管を通りやすくなるため、それで血圧が下がる。もし、このDHAEPAが酸化されて過酸化物質に変化していたらどうなるだろう。全身に毒物として(癌の発生など)いろんな悪さをするが、そのまえに、即、現れる症状は・・赤血球が柔軟性をなくして硬くなり、細い血管や毛細管を通りにくくなって急激に血圧が上昇することだ。

 

私は毎日、本来、過酸化物質と化したサーモンオイルをクソカンボジアの薬屋から、金を払って飲まされていたわけだ。これで、過去1ヶ月に血圧が少々軽快したと思うと逆に突然急上昇したりしたり、下瞼のヘルニアが又もどる、といった症状に合点がいったのだ。

数ヶ月前の最初のころまでなら買ったサーモンオイルは新鮮なものだったので、私はすごく健康になり、そのためシンガポールの友人にまで教えたくらいである。ところが途中あたりから、上記のように血圧をはじめ、いろいろとおかしい症状がでるようになった。そのころ丁度私はタイに行く必要に迫られ、3週間くらいタイに滞在するうち、プノンペンで買って持参したアラスカサーモンオイルが1週間で切れた。それで、私はそれに変わる血圧を下げる自然療法としてロータスやビッグC でいつでも大量に手に入るタコ(1キロ=65バーツ)を毎日買って湯沸かし器で熱して摂取していた(註:昔、タコ、エビ,カニなどは悪玉コレステロールが非常に多いとされたが、それは最新の検査法でそうではない、と分かり、今では、高血圧、脂質異常症、糖尿病などを改善し、さらにガンを効果的に予防する含硫アミノ酸、スルフォン酸アミド=タウリンを多量に含有するヘルシーなものとされる)。すると持参して来た血圧計で測ると、140~145にまで血圧が改善されていた(←古いサーモンオイルが無くなったから)のだ。頻繁にウイスキーやワインを飲んでいたのに・・。ところがプノンペンに帰ってから、血圧が下がらない(←また飲みだしたから)。いろいろと手を打ったが、どうしても160程度以下には下がらない。そのため、気迷い事ではあるが・・タイへ行き大量のタコを買って帰ろうか、とさえ考えたほどである(無論、これはだめ。持ち帰る間に腐敗する)

 

以下に続く 

こんな国にもう用は無い。この国は、畢竟、クソ だった。

 
一昨日より、(水道水を沸かして味噌スープや、お米を炊くなど)水道水を使うことを、一切やめる生活(水はミネラル水だけを使う)を守ったところ、夜どんなに夜更かしをしても、どんなに疲れていても、血圧は140から150で安定しています。今までの異常な高血圧の変動は、やっぱり、隣の若いバカもん(二人いる)が、裏には の当家の領分にまで、いっぱい洗濯物を干して占領し、太陽も隠れて薄暗くなってしまったので、オーストラリアで働いている欧米軽の考え方が出来る女性オーナーにメールをだし、善処してもらったのであるが、それに腹をたてて、仕返しに屋上の(隣の屋上からでは、いとも容易に、っていうか、そのままやってきて入れることが出来る)、タンクに何らかの薬物を入れた疑いが、非常に高まった。以前飲んでいたときは良い症状しかなかったのに、オーナーに言って以来は、ゴウヤチャを煎じて飲んでいたころは、飲んだに日に限って、血圧が数分刻みに鰻登り、病院の救急に行った日の前夜には、上がりすぎて不整脈が出たほどです。
 
タンクの水は、新しい水が一階からポンプで注入されぬように閉栓、ストップしており、。念のためタンク内の水を魔法瓶に入れて
保存している。警察はポルポトの流れを汲んでいて腐敗しているので、通報しても無駄だが、せめて、日本大使館には通報するつもりです。又、出国後は、英文でブログにも書く予定です。
 
この国の若もんは(一部中年も)原始共産原理主義で全国のエリート二百数十万人を殲滅してしまったことによって、才能と努力(できる能力)と言う二つの優れた因子の遺伝子を民族から抹消した結果、生き残ったトンでもない悪い奴(馬鹿で怠け者→楽して稼ごうと泥棒になる)が蔓延している。こんな国に支援するなど、泥棒を支援するようなもので、日本政府、大使館は、ほんとに間抜けだ。日本大使館では、カンボジア政府に忠義を尽くして悪口は一切言わないが、お隣のタイ大使館の1等書記官は、この国には泥棒が蔓延してるよ、と眉をひそめて真実を語った。そしてタイ大使館では、ななみのパスポート代35ドルを支払うとき、外貨的には何の役にも立たないリエル札などは問題外、と言う言うな表情で、ドルで良いんですドルで、ね。
その逆が日本大使館。手数料をドルで200ドルを支払うと、リエルでお願いします。えっ何故。この国はドルが主で、リエルは補助通貨じゃないですか、と反論すると、理由はいわずあくまでリエルに替えて来てくれ、の一点張り。で、わざわざ、外貨としては無価値な200ドル分のリエルを買いにタクシーで両替しに行く羽目になった。

前より続く

これで私の命も、とうとう、いまは未だ4歳の、ななみ の成長を看取れぬほど短いのかもしれないな・・と半ば覚悟を決めて、私はインド人女性心臓医(カルディオ・ドクター)の診察台に上がった。

ところが幸運にも・・心筋の機能は正常だという’・・私もベッドから横を向いて心筋の動く様子のエコー像を見ていたのでこれは本当だった。心電図もほぼSTが一時的に若干高低を変動する以外は、ほぼ正常だった。X線写も心臓形状は正常だった。

     良かった!

このときほど私は嬉しかったことは無い。

 

すると、もう、これ以上私にはICUの必要は、なにもないことになる。なぜICUは不要かと言うと、1日ちょいベッドで寝て経過を観察するだけだから。その時ではなく、あとで確認したことだが1日一寸ICUに居るだけで6000ドル(50万円)もかかるという。それなのに、看護婦や医師やもう一人の医師までがやってきて、血圧が高いから、何故ICUに入らないのかと、殆ど強制的にすすめる。

 
I真に危険な状態ならば、幾ら高くても勿論ICUには入るが、今、悪いのはただ単に高血圧というだけ。病院に自分の足(トクトク)で来たときは、210で、これは確かに、非常に高い。しかし、1時間後には145に下がっている。来たときの210と言う高さについても、昨夜以来、高血圧睡眠障害で一睡もしていないから高く出たんだし・・・。
 
あの水が原因だとは’露知らずその水で煎じたゴウヤ茶を飲むたびに170から、ひどいときは210にまで上がっていた。それも、2時間もすると170以下には下がっており、朝起きるまで更に少し下がっていた。そして起きて5時間もたつと145には下がっていた。 ここ1週間はこのような状況だった。私はこのことを十分に説明して、しかも今はもう145に下がっているんだから、icuは不要、それに私は日本の医者だから、充分家でコントロールできますから帰らせてくださいと言ったわけだ。
 
 
それなのに、(今も、2時間休んでいるうちに最終145にまで下がっているのに)・・前記のように医者らが入れ替わり立ち代り、半ば強制的にICU,ICUといいにきたのことに、私は閉口して、終に私は言った・・1日ちょいで6000ドルは高すぎるが、有用な検査をして今回の血圧急上昇の原因を調べてくれるのなら、勿論、ICUに反対などしない。で、検査は何をしてくれんるんですか、ICUで?
すると、二人の医者は言った。いやいや、何の検査をするというんじゃなくて、今と同じこと、すなわち経過観察です。血圧が高いから、様子を見ないといけないからです
 
わたしも、言う《それなら、すでに、さきほど145に下がりましたよ。看護婦も見て居ましたよ、先生方は他の場所にいたから知らないでしょうが。しかも心筋も正常で、心筋梗塞もないのだから、経過を観察するだけなら、6000ドルも払って1日ちょいICUに居る価値は、殆ど価値が無いので帰らせていただきます。すると医者は《医師の指示に従わずに退院するのなら、死や重症に至っても責任は負いません》と言う口実で、本当は、脅迫の書類を取りに行き、看護婦がもってきて、これにサインせよと、(もう客じゃないんだからと言う感じで)、いかにも乱暴そうに言い放った。私には前記の確信があったので、動じることなく堂々とサインをした。降圧剤をください、と医者に申し出ると、3週間飲み続けないと効果が出ない種類の降圧剤を3錠だけくれた。そのあと病院の内部をトイレに行くのを利用して見て回ったら、患者は誰も居なかった。納得!
 
退院してトクトクで帰る途中、内の近くの行きつけの薬局(大学の薬学部卒の薬剤師が居る)に寄って、自分に症状にあったコレコレの薬はあるかと聞くとあるという。また(高血圧で睡眠が障害されるときの)睡眠導入用の抗不安薬もあるという。私は、バンコク病院プノンペン支部よりこちらの方が遥かにマシですよ、と薬剤師にお礼を言って家に帰った。それを飲んでぐっすりと眠ると、翌朝、血圧は130にもさがっていた、深呼吸10回してから測ると、125にも下がっていた。
 
余談
 
 
私は、バンコク病院の超金儲け主義を同系列のパタヤ支部で知っていた。パタヤで当方の車にぶつかって来た無謀運転のバイクが3年前にあった。私は彼のヘルメットをすぐ脱がせて頭部の傷の有無、瞳孔の状態、そのほか脳内出血のサインの有無を調べたがそれらが全く無いことをしってホッとしたのだった。それらを予めしらべて脳出血など全く無いと確信していた私は、バンコク病院の患者家族に言った地祇の言葉に仰天した。《開頭するので、相手方の保険にサインをお願いしてください》の云々に仰天した。私は、相生保険に加入しており、30万バーツまで出るタイプだ。サインしても私が存することは無い。
 
バンコク病院パタヤと、各地のNPOのバンは、患者をつれてきたら高額リベートを出す契約しているので、事故った屈強な体格の若い男の家族は、病院から言われたと断ったうえで、あなたの保険を使えるようにサインしてほしいと言う。えっ、何故?
病院は・・脳内出血の可能性があるので直ぐ開頭手術をしなければならないそうなのです、と。
私は、《それはとんでもない、いんちきですよ。私は前にも言ったように日本の医者です、彼が倒れたあと、私は医者の義務として十分に頭部や目などを調べたが、全くそのような兆候は無かった。
こんな何でも無いのに開頭されたら、彼は十年、二十年も酷い後遺症に苦しむだけです。だから私は彼のためにサインはいたしません、と説得した事がある。すると翌日、男の保険枠(30万バーツ)を使い切ると同時に、バンコク病院はその若男を放り出して退院させてしまった(いやはや、なんとも酷いえぐい話ではないか)。
 
それ位、バンコク病院株式会社の系列病院は、どこも、お金儲けのためならば、患者の頭でも、胸でも、なんでもないのに切るくらいお茶の子さいさいで、平気なのです。しかしバンコクでは若干ニューアンスが異なる。なぜなら他にも高級国策病院が沢山あるからだ。で、バンコクHはすこし大人しい。
その代わり、といっては何だけど、サミティーベート病院は内部を超高級な大理石作りにして、それだけで、法外な金を取る病院だと私は実例によって確信した。なぜなら、ななみ がまだ胎児のときこの病院で超音波エコーで性別などを調べてもらったときの事だ、単に、機械が操作できるというだけの女性(看護婦ですらない)がやってきて、40分くらい色々具にもいつか無い、(関西弁で言うところの)しょうもない”診察”をしたのち、上顎頭骨の中部に空いている骨鼻口を指さして《お子様は鼻の穴が異常に大きくて鼻も広いです》と言ったのだ。骨鼻口がひろいのは誰の子であれ、頭蓋骨を見たら分かるように、当然のことだ。僅かの軟骨の小さい外鼻や外鼻孔はこんな条件では写らないのだ。なのに、この馬鹿な若女は看護婦でも無いくせに、医者の振りをして、そう宣言して ななみの母親(すでに分かれて、オランダ人のラオスの工場経営者と結婚、ラオス在住)を途轍もない大ショックに貶(おとし)めたのだった。しかも、費用たるや、今でもハッキリ覚えている。9700バーツ以上!!(当時のレートで29000円)。
 
そのあと私らは、チェンマイのランナー病院と言う同じ国策病院、明子さんと言う親切無比な日本人が必ず、ずーっと、通訳してくれる病院に行きエコーで調べてもらった。説明も操作もともに、(産婦人科医の経験20年の)女医さんがしてくれたのだった。そして、その費用たるや、如何に?
 
たったの、250バーツ。
 
いかに、バンコクの高級国策病院(タイ政府の外貨獲得のために、と立案されて出来た国策病院)なるものが、お金儲けだけ?に専念しているかが分かろうというものだ。
 
ただし、誤解しないように。
バンコクの高級国策病院にも例外があることをお断りしておく、それは聖パオロ病院(モーチットへのびるBTSの下の道沿いにあるビッグCの、すぐそば)。ななみ が右前腕の両骨(とう骨と尺骨)の骨折で、即日、夜9時ころ、KーWEI というチタン針を皮膚外から打ち込んでの非切開手術(執刀医と麻酔医付きで2時間)と、必要なあらゆる機器の整った大きな一人部屋に1日半はいって費用は僅か70000バーツ(2400ドル)であった。
1週間以降は手が不自由で無くなり1ヵ月後にチタン針を抜いてからは水泳でも力遊び、なんでもOKに。非切開なので傷は無論無い。医者も看護婦も非常に親切であった。(英語だと不便だわ、と言う向きは、片言の英語で十分だと知っておこう)
 
余談終わり
 
 
 
まあ、話を横道から本道に戻すが、私は、ICUに入らないが降圧剤はぅださいよ、といったら・・1時間で利く降圧薬は、いくらでもあるのに、それはくれずに、3週間くらい飲まなければ効いて来ない薬をたった3錠(三日分)くれただけだった。三日後には必ず来なさいよと、と言う目的のためにだ。血圧が下がってしまうと患者は来ないからだ。
 
通訳をしてくれた当病院で働いている韓国人の女性のキムさんは、小声で、この病院は、物凄く高いので有名です、ほかの普通の値段で、ちゃんとした心臓医がいる良い病院を紹介しますとこっそり紙に病院名とTELを書いて私に渡した。
 
私は、このキムさんに、この国では5回も泥棒に入られるなどを初めとして、いろいろ目茶苦茶、酷い目にあいましたね。警察はお金をはらわ無いと犯人も捕まえないですし。で、私はもうすぐ、カンボジアから他国に引っ越す予定だったのです、その矢先にこの高血圧が急に起きたんです。というと、彼女は、うんうん、私も、同じですよ、韓国にもう直ぐ帰ることになっていますと首を縦に振ってうなずいた。

お元気でしょうか。私はアレから、酷い目にあいどうしですよ。
 
まず・・、再度、車の運転席ドアを開けた一瞬に(2秒間くらい)同時に反対側ドアから、予め狙っていた かばん などを盗む 手ぐちで 又やられました(今回は前に懲りて、たいした物を入れてなかった)
 
あと、夜間普通なら絶対にブツケッコナイ広い2車線道で左折待ちをしていたら、時速100キロ以上は出していると思われる車が100から200m前方にハッキリと見えた。で、これな絶対に大丈夫だ、と思っていると、我が方よりに近ずいてきて、ドッカーーンとぶつかって来たのだ。
 
ヤバーか草をやっていたに違いない、そうとしか考えられない、ほど、いかれた奴。 その車に 後部をペッシャン子にブツケラレた。奴はそのまま逃げた。こちらは大破したので動くはずも無い。警官が10人ほどきてレッカーじゃなクレン車を(夜12時)呼んでくれた。で、警備員しかいないプノンペンの修理工場へ1人の警官がバイクで同行してくれて運んでもらい、警官が夜警に、朝になったら修理をするようにと、私に代わって強く要請してくれた。
 
そんなお金で済むことなら大したこと無い。まだまだまし、です。
 
私に回りに殺害か重症を狙って恨みを晴らそうと考える奴がいた。これにはショックを受けた。最近どうも血圧が上がって困っていると、前にもいったよね。その原因は?以前は大変古くなり、過酸化物質とかしたアラスカサーモンオイルを多量に飲んだから、赤血球の膜に過酸化物質とかしたDHA,EPAが不着して血球が硬くなっ可塑性がなくなった結果血圧が急上昇したといったよね。しかし、最近、それ以外の複合的な原因が重なっているとしか言えない事がわかった。
 
それは、古いサーモンオイルも勿論原因のひとつだ。
私の血圧急上昇の証拠を保存するため、同じ店ではなく近くの問屋に同じサーモンオイルを1つだけ買って調べてみた。すると裏にハッキリと年月日が刻印されている。私が症状を起こしたものには、その刻印を完全に消しておった。悪質な偽装だ。
しかし、その後、それと。他の一切の栄養剤も辞めていたとき、同じ血圧急上昇がまたもや起こったのだ。それはこの家の屋上にある給水タンクから引かれた一階の蛇口からの水で煎じたゴウヤチャを飲んだあとである。ゴウヤチャは、タイでも前の、ここの近くのアパートでも何ども蛇口の水で煎じて飲んでおり、良い薬効のお陰で血圧だけでなく、他のj病も治っており、ゴウヤは問題は無いとハッキリしている。このアパートでも数ヶ月前は、同じく良い効果だけがあった。
 
すると、問題はここ最近の水にある。ここさいきんでも、ゴウヤチャ、即ち、蛇口の水を飲まない日には血圧は145付近である。ところがゴウヤチャを飲んだときは、どんどん血圧が190,200以上になるのである。これはトンでもない薬物殺害犯罪では無いか。
 
諸般の事情から考えると、どう見ても、隣の馬鹿で怠惰で妬みや恨みだけが発達した若男が屋上のタンク(隣の二軒と通通になっている、何の壁も無い。タンクは横置きで蓋は簡単に開けられる)に、薬物たとえばアリ駆除用に売っている砒素などを入れたのではないだろうか、としかいえない事件の可能性がおきた。
 
私は水道水は、スープや ごうや(苦瓜)のお茶を作るときしか飲みません。糖尿病のためお米は炊きません。その、ごうやチャを私は何時も夜寝る前に沢山飲みます。以前は体調が良くなりぐっすると眠れて高血圧は殆ど心配なかった程度だった。ところがここ最近になって急に、のんで20分ほどして何となく気分が悪いので、血圧を測るのですが・・・
最初は170は必ずあります、これは大変だと.あと5分後とに測りますと・・180,190,200,210と目のブログで書いたように、急激に上がっていくのです。朝起きると170のままです。その後2,3時間で150,160、もっとあとでは145にも。このように、ここの水を使ったお茶をのまない昼間は145くらいしかないのに、夜間飲んだ直後から、異常に上がり始めるのです。これは絶対にくさい。命にかかわる大変な事態だ。
 
何故隣の(中学も出てない)馬鹿を疑うかと言いますと、こいつは驚くほどの怠け者で、ゲストハウスの雑用係として雇われているのに、客のシートの分も自分(女と同棲)ら衣類も5階のもの干しに1度だって使ったことがない(何故なら、階段で上がるのが、しんどいから)。で、客のシーツは一階の自分とこの前の狭いベランダに2本、紐をはって干している。その残ったスペースにもあと2本は何とか張れるのに、新たに釘を打つのが面倒だからそうしないで、当家のスペースを勝手に利用するのです。そこで、当方の広い(当方のベランダは家賃が高い分広い)ベランダもこいつらが自分らに洗濯用に占領してしまっていた。ロープの端は、当家の鉄格子に勝手に縛って張り、自分のや彼女の衣類(雑用男は二人いる、女も二人)を干していた。
 
すると当家の前は以前はななみが自転車で遊んでいられたのに、それも出来ないばかりか、お天道様までが完全にかくれてしまうため、昼間でも真っ暗になる。そこで私は、オーストリアで仕事をしているこのアパートの(欧米人の常識と感覚が分かる)所有者の女性38歳に、ベランダを占領され干されて真っ暗になって困っているとメールで、現状の写真を添付して、善処をお願いしたのだ。
 
すると、こいつらは、つぎの日から、それは辞めた。しかし、今度は直ぐ倒れやすいパイプ製の物干しを持ち出してきて、小さい基礎に何の重石もつけずに、当家の敷地内に(まあ今度は境界線近くではあるが)そこに、僅か2mの長さの衝立型パイプに(水を含んで重い)衣類20枚以上を干そうとしている。ところが基礎の足が小さいのに上部に非常に重いものを干すものだから、バランス上、1日2、3回は倒れていた(両横に綱を張ったりもしない。頭でっかちで直ぐ倒れるのは馬鹿でも分かるのに、同じことを繰り返す)。
 
普通の人間なら、物の数回も倒れれば、だれだって他の方法、たとえば客用のロープの横の未だ空いているスペースを使うとか、家、しんどくても屋上に干しに上がるとかを考えよう。しかし、こいつらは、言葉の真の意味で、馬鹿なんだなあと、あきれて見ていた(キッチンの前なので丸見え)・・・彼らは、特に男だが、
なんと、2ヶ月間も、同じこと(倒れたは立て直す。地べたはレンガの床なのだが倒れると衣類は少しは汚れるだろう)を繰り前すのみ。基礎に重石を置くことも、客用物干しスペースの横の空いたスペースにロープを張ることも、屋上利用も一切考えたこともなく、延々と同じことをやっていたのであった。馬鹿のひとつ覚え!!とは、こいつら(若男)のための格言だろう。
 
私が、急に高血圧、それも屋上のタンク(簡単に40センチ角の蓋が開き、ほかにも栓がなかうなった注水口が、=雨水も勿論入る=開いている)水からくるキッチンの蛇口の水で、ごうやチャを煎じた水を飲んだ後の数時間で起こる急性の高血圧だ。
 
私は、ある日朝まで息苦しく全く眠れなかった。その朝
血圧を測るとなんと不整脈が出ているではないか。私はこれは危険だと考えて、バンコク病院の付属病院に車が無いのでトクトクで行った。

以下続く

古いサーモンオイルのサプリで血圧が卒中寸前まで急上昇

 

より続く

 

 

これらの変な症状の変遷は、何のことは無い!!古い酸化したサーモンオイルで私は血圧だけでなく広く健康まで損ねていたのだ。

 

くそったれ!私はいままで原始人のクメール猿のお陰で数え切れないほどの被害にあったが、今回もまた危うく殺されるとこだった。1月前は、夜間、葉っぱか大酒でラリッったクメールの糞猿が猛速(時速、最低100キロ以上はあった)で運転する車に 遠くからハッキリと見えている私の車の後部に思いっきり、ぶつけられ、もう少しで、ななみや私が大怪我をするところだった(車は大破、犯人は逃げた。車はクレン車で輸送して、現在、自費で修理中)って言うのに・・、すぐまたもや今度は、酸化した古い栄養剤で、もう少しで脳卒中になり意識不明の重体にさせられる寸前であった。

 

 

ここ首都では勿論のこと、殆どの地方都市や、あの辺境のラタナキリ(Rotanak kiri=

ラオスとベトナムの国境地帯)でも、誰もがバカの一つ覚えのように馬鹿げた誤魔化し を考えるのだ。たとえばラタナキリで小額ドル札がなく100ドル札でジョニ赤の洋酒を買おうとすると、リエル札でくれるのだがお札の数が多いのを利用して、20ドル分くらい少なくしようする。電気代を支払いにオーソリティ エレクトリシティDu Camboji(カンボジア電力公社のフランス語よみ)に請求書をもって行き、窓口で(高額のリエル等、まさか持っていないので)止む得ず100ドル札を出したところ、公務員なのに15ドル相当のおつりリに対して、端したの わずか800リエル(20セント)だけ出して、おつりは、もうこれで終わったかのような態度を装って知らん顔を決め込んでいる。つまり外人だから『レートに疎いから,おつりはこれだけか』と思わせようと装ったのだ。れっきとした年配の公務員までもが、バカの一つ覚えのような誤魔化し(盗み)を考えわけ、この国では。公務員がそれだから、いわんや普通の民間人なら、言わずもがな、だ。

 

唯一潔癖なのは政府が重点的に治安管理をしているカンボジアの誇り=国際都市シェムリアップと、タイとの交易都市=国境の町コッコンくらいなもの。それ以外の土地では、ポルポトが、上位エリート2百数十万人を根こそぎ粛清して世直しだと言って憚らなかったポルポト原始的共産原理主義思想が、今でも(貧困階級だったため殺されずに生き残った)クメール人の心に染み付いている、特に若者を中心に。ポルポトが当時のエリート(=大半が才能と努力によってエリートになった)の上位から二百数十万人を根こそぎ消滅させた結果、今生き残っているクメール人は、遺伝子的に、バカかまたは怠け者しか居なくなったのである(←これは科学的に明らかな帰結。厳然たる論理的な真理である。エリートはナルホド、一部は大金の賄賂を払ってなったものも居ないではないが、通常は、有能か、または努力家の故になったのだから)。

 

このようなバカか怠け者の連中は、富裕な外国人(同じ富裕でも、クメール人には警察がついており、盗人に対する脅しや防御力がある)には、その富裕さ故に無意識に反感を抱き且つその高貴な金品を盗みたくなる本能がある国民性かもしれない。

 

特に日本人は泣き寝入りで有名なので、完全に舐められる。それで私はこの国(とタイ)では止む得ずバイクタクシーなどを利用して、何国人?と聞かれると何時も、コリアンだ、と答えることにしていた。コリアンは騙されたら理性が無くなるほど激しく大声で怒鳴り散らしたり時には暴力を振るって抵抗することで世界的にも、また、ここコリアン企業の多いカンボジアでも超有名なのだ。

わき道にそれるが・・タイを含めて危ない国で危険なバイクタクシーなどに乗ったら、私の場合は先にすぐ『今日韓国から着いたばかりなんだよ』と、躊躇せず大きな激しい声で話しかけるのだ。それによって、強盗に早代わりしたり、ごまかされるのを防いでいる。ところがここカンボジアでは、小中高校まで(日本などの国際支援のお陰で)完全無料になっているのに、バカか怠け者ゆえ、中学さえ中退する若者が蔓延しており、英語のきわめて簡単な単語(銀行=バンク)さえ全く知らない。それで、私は今日韓国からカンボジアに着いたばかり、と言ったって馬の耳にション便だったのだ。

 

話の続きに戻ろう。そのため富裕な外人は(※2 逆に貧しそうに見える格好の外人は全然違う対応をされる)、タイなどより信じられないほどの数の盗難が待っている。富裕に見える外人にとってカンボジア特に首都は、無政府状態といっては言いすぎだろうか、いや、私のようにそれまでの1年間は7年物のぼろいタイナンバー車だったが、一度だって被害にあわなかったのに、高級そうに見える新車に変えたとたん、わずか半年で5回(うち一回は強盗)も盗まれた経験をした人間には、富裕な外人に対するクメールの若者≒無政府的な連中 だといっても過言では無い。

 

余談だが・・私がプノンペンに来たばかりのときはマレーシャ・クメール系のソックニーと言う名のモスリム35歳とコッコンで出会った(コッコンに住んでいて、礼儀正しく妻と子がいた。チャンと無料で高校も出ており英語がうまい。クメール系でもイスラム教徒は悪い人は余りいないのだ)。この彼を住み込みで雇っていたのだが、彼が何度も曰く『(当時は、一般国民の性悪さを未だ知らなくて、片親では可愛そう、ななみのママになれる女性を探そうと、はかない努力していた・・)ミスター、もしボスが、新車のランドクルーザーかレクサスのビッグを持てば、美人のママさん希望者がいっぱい寄って来る,これ、間違いない。ワンハンドレッド・パーセント・シュアーだ(100%間違いない)ワッハッハッ!』と何時も高笑いしながら豪語しておった。その暗示に無意識にかかったのかどうか、にわかには定かでないが・・いすゞも古くなって故障も多くなったので、新車を買おうかなと考えた。しかし私はカンボジアに住めば住むほど、当時でも既に悪い国民が多いなぁと思っていた。それで早晩、ここから撤退するだろうなぁと、内心思っていたので、新車を買うにしても私はここではなくタイで、コストパーフォーマンスがよくてカッコも抜群の車を買うことにした。カンボジアで買えば引越しのとき安値で売り払う羽目になるからだ。新車を買ってどうなったのか・・私の一見高級車(実際は高くないのだ)に寄って来た人々は、美人どころか女性は一人もなく、寄って来たのは乞食か、盗人の若男(わか男、いや、バカおとこ)だけ。それも3度も、だ、笑。盗人のバカ男たちは、みんな申し合わせたように、ツバの長い薄ぎたない野球帽をかぶっていたのが、今も忘れられない腹立たしい記憶である。

 

註2:貧しそうにみえる外国人にはクメールはいたって優しい。私が車を修理のため工場へ入れた後、車が無いので、運動もかねて自転車を買い(車が直ったら撤退するので自転車が最適)、毎日4キロ範囲内の大手スーパーなどへ、ななみ の好きな子供ランドと、買い物のために、こいで行くとき、多くの人が、私や ななみ にハロー、ハローと気さくに声をかける。きっと自分たちと同じ仲間と思うのであろう。その一方で、屋根に円盤型のパラボラがついた高級そうに見える新車のときは、単に盗みの対象として見られただけだった、と言っても過言ではなかった!  高級新車と自転車では、彼らの対応は、偉い違いである。

 

プノンペンでは外人はバイクか、または高年式車が丁度よさそうだ。メコンカンボジア大学の日本人日語講師から聞いた話しだが・・・私も紹介された彼の友人=70歳の日本人が、広い国道で新車の乗用車をごく普通に走らせていた。そこへ、左右ジグザグな、滅茶苦茶運転をするバイクが寄ってきた(註:カンボジアは若男もアホの大人も、草やヤバー が蔓延しているので、滅茶苦茶な走り方をすることが多い)そのバカが勝手にぶつかってきて、その後、激しく転倒して怪我をしたという。警官がやって来たとき、日本人は、相手に金が無いから弁償は無理だから諦めていたところ、警官が命じたことは、逆になんと『バイクの修理費と治療費と罰金,合計1000ドル支払え』だったとさ。実はタイにも、当事者のうち合法な外人を罰し、違法なタイ人をかばう警官は幾らでもいる、って言うか、ほとんどがそうだ。私は数回そういう目に合わされた。カンボジアではこの傾向が、もっと酷いと言うわけだ

註:首都の大きな交差点で赤信号が青になり、数台の先頭の車が私の車と一緒に発進した。そのとき私の右影にバイクの若女も一緒に発進した。そのとき、既に赤信号になっている左の道路から猛速で、我々の車より先に渡り切ろうとしたバカ男が横切ろうとした。私は、瞬時にそのバイクが、右陰の若女と多分衝突するぞ、と予測できたので、激しくクラクションを鳴らしながら他の先頭車たち同様に急ブレーキでストップ。若女はクラクションの意味を気づくことなくそのまま走って、バカ男と衝突した。双方がモンドリウッテ、道路に投げ出され、女のほうから多量の血が流れ出た。私は、出血して倒れている女を気の毒に思うと同時に男が逃走するのでは、と心配した。私は、いままで自分もバカ男の滅茶苦茶なバイク運転で3度ほど新車にぶつけられ逃げられた経験もあったので、窓を開けると『こら、猿、このアホ、逃げるなよ』と大きな声で威嚇してあげた(まあ、日本語だけど。笑)。

 

註:こちらは、タイでの話。私もまた、比較的おとなしいタイ人が住むチェンマイで、災難にあった。ブレーキの付いていない競争用の日本製強化プラスティック自転車が、停車中の当方に勝手にぶつかって来たのである。相手は前歯を3本と高級自転車(14万バーツ)のフレームを折った。私のワゴン型バンの後部のガラスには、男の3本の歯型の跡と、左右の手の平を広げて両手を突いた跡がくっきりと残っていた。事故後この自転車の(タイ人金持ちの)バカ息子との示談で、事故担当の警官(警官二人はバカ息子の両親と何故かそろって示談部屋に一緒にやって来た)は、当方の言い分を厳しい表情で聞いた後、次にバカ息子の供述を穏やかに聞いてから、私に向かって自転車代14万+前歯代3万バーツを支払え!と宣告したのだ・・(タイ人と外人の事故では通常、示談金をもらったタイ人から後で分け前を貰う裏取引が必ずある)

 

余りの悔しさに、私は 直後に、馬鹿がぶつかって来た現場(中級ホテルの丁度前)に行き、木の腹にタイ語で『目撃者求む(お礼します)』の張り紙をすると運よく翌朝ホテルで従業員をしている目撃者から電話があった。そこで再示談に警察に一緒に行ってもらい目撃した光景を証言してもらった。それにバカ息子が異論を挟むと、彼は《真実を知っている者だけが出来る 威厳のある明晰な声で『事故は、路肩で発進待ちしていたイスズのバンに、お宅の自転車が停止できずに、そのまま突っ込んで行っただけだよ。私はホテルの3階の廊下から一部始終を見ていたんだ』と。それを聞いてた強欲な警官は、『それでも、あんたの車のほうが悪い』と嘯いて、弁償額を半分にしか下げない。金持ちの親は親で(母親は)『あなたは日本人なんだから、お金あるんでしょ。支払えるでしょう、ね、ね。いいでしょう』とほざいておった。睨んでいる警察官の有無言わさぬ脅迫で私は払った。・・同乗していたタイ嫁と、嫁に日本語の家庭教師をしていたタイ人女性(東京家政大学卒業で日本語がぺらぺら)の通訳つきで証言(もちろん同乗者の証言は価値は低いが・・)してもらってさえ、この結果だ。一人なら、もっと散々な目にあっただろう。

 

結論的にこの国について総括するならば、

一口で言って、『この国は、貧乏なクメール人が犯す富裕な人に対する財産犯罪に対しては、一般市民はもちろんのこと、警察までもが寛容な国』 なのだ。生き残った人々の心に、ポルポトの原始的共産原理思想が今も染み付いている証拠である。警察は被害者が盗まれた額に応しいお金を支払わない限り、犯人を決して捜査しない。これはカンボジアの国民なら誰でも知っている真実だ。

だから、ソコイラ中に盗人がうようよ這い回っている。外人の高級車は、ホンのわずかでも隙を見せるとすぐやられる。予め近くで様子を伺っていたバイクや徒歩の猿が、信じられない早業すなわち猿ワザで、盗んで逃げる。つまり持ち主がワイヤレスキーで運転席ドアを開けた瞬間に、パッと反対側のドアに寄って来て、こちらが見ている目と鼻の先で、予め目を付けた獲物をつかんで逃げるわけだ。

 

私は一回やられて、(イスズを売った代金と買ったばかりのGPカメラなどの金品のほか、最も痛いパスポート3通も盗まれて)それは、もう、大変な目にあっていたので、常に徹底的に用心していた。それにも拘らず、その後2回もやられたのであった。持ち主が運転席ドア側に立って開けると、反対側のドアには、4,5秒では直ぐ行くことが出来ない(だから捕まらない)という厳密な計算をした盗みの手口なのである。そのため私は、当家の玄関前で車を止め玄関ドアをキーで開ける場合でも、わずか2mの一見誰もいない目と鼻の先であっても、必ず 車を降りたら同時にロックをする。

 

こんなひどい国には、もう何の用も無い。いかに人間性が悪いか、それを挙げたらきりが無いのだが・・一例だけ挙げてみる。この国の人は、華僑などの富裕層を除いて、私が見てきた誰もが公衆道徳、倫理観などをまったく持ち合わせていなかった。たとえば・・車やバイクや歩いている人だけでなく、住んでる人までが、何でもかんでも、目の前の道路に投げまくり捨てまくる。捨てたゴミは広い道にも勿論貯まっているが、通常 風で飛ばされるので、道ばたや住宅の前の生活道路は、そこいら中が、もうそれこそ、ゴミの山なのだ。現に私は毎日それを見てきた。

 

また同じ壁を隔てた隣の家のバスタブの湯船から、バスタブの面している壁のひび割れ穴を通して、大量の汚水が当方側へ浸入するという被害が二回も出たときでも、相手の結構豊かそうなクメールの中年女性(雑貨屋を経営して数人を雇用していた)は、一言の謝罪もないどころか憮然としており、私が文句を言うと『何よ、この人。失礼な外人だね』って感じの、《鼻を木でくくったような態度》を取っていた。当方の家主もこの件で私と一緒に来ていたので、その家主に、『この人謝りもしないよ』と文句を言うと、まあまあ、カンボジアン○×△(聞き取れない単語を喋った)だからね、というだけ。一緒に隣に来てくれていた知り合いのバイクタクシーが説明していう『カンボジアン・ロー、これがカンボジアン・ロー(カンボジアの法)と言う奴だよ,法が無いのがカンボジアの法だよ』と私に教える。車や家からゴミをポンポン当然のように放るのも、カンボジア・ロー。泥棒にあっても、警察が賄賂を払わない限り捕まえないのも、またカンボジアン・ロー。悪いことは何でもカンボジアンローなのだ。

 

この国と、(虐殺を逃れて現存の)クメール人は、畢竟といいますか、さしずめといいますか、肥えタゴと、その中の、蛆虫(うじむし)の様なものの集まりです、と私なら言い放って心に咎めるところは、まったくない。それほど酷い目にあった。

 

 肥えタゴと蛆虫のカンボジアに住んで、最後に悟った夢の理想の国は?

それはマレーシャ。タイ流の性産業や快楽産業はマレーシャの(イスラム教徒に適用される)イスラム法の影響で無いし、それ以外の多方面で、モスリム特有の暗さがある。けれども、そのかわり、安全性は東南アジアでは,シンガポールについで高い。

 

私とななみは一刻も早くマレーシャに引っ越すのだ。そこには快楽と性産業を求めて集まる種類の日本人はいな。退職後の豊かな生活を家族で楽しむために、日々 平穏な生活を営む日本人家族が多数集まっている国だ。しかも、私が居をかまえる土地は、命の次に大切な私の経済的根拠を置いてあるシンガポールの銀行街から、車で一っ飛びの場所なのだ。

 

(車の修理が完了して)マレーシャに行けるまでの後2ヶ月間は・・クメールの、怠惰で盗人の猿(←猿ワザで盗む奴らなので、私は、猿、と呼ぶのです)に徹底的に用心しながら、ななみの家庭教育に力を入れよう(英語を中心にね。シンガポールの影響で英語が全域に普及しているので通訳が要らず楽だ。カンボジア、タイと大違い)、一方で、ななみの成長を長く見取れるよう長生きするため、不退転の決意で健康を取り戻すのだ・・私は、そう思うと、急に胸が熱くなり、希望が胸に溢れ出し、眼には栄光の色に染まった かすかな潤いに反射する輝きが灯り始めた。私は遥かなる夜天を仰ぎ見た。

 

歯が浮いた書き方に思われるかも知れないが、決してそうではない。上のような気持ちになるくらい、私はこのカンボジアで痛めつけられたのだ。しかし、まあ、どんな悪い出来事にも幾ばくかの長所が見つけらる様に、このカンボジアにも私はお礼を言わなくてはならない点がある。それは・・

私は、いままで、イスラム法から来る暗さゆえ、確かにマレーシャは他より安全であっても、(1ヶ月程度のマレーシャ滞在を2回しはしたが)継続して長期滞在まではする気には、どうしても ならなかったのである。が、しかし今回、こうして確固として住む決断をすることが出来たのは、ほかならぬこの最悪の国に2年間住んだお陰なのだ。

カンボジアさんよ、ありがとう。

 

何度も逢った泥棒さん達よ、イスズの売却金や買ったばかりのGPSカメラなどは金で何とかなるから未だマシだったよ。でもパスポートを3通とも盗まれた時は、筆舌に尽くしがたいほどの辛酸を舐めましたよ。日本やタイの大使館に何度も足を運び、日本やタイの役所に手紙を出して書類を取り寄せ、あっちやこっちを駈けずり回わって、やっとこさ2ヶ月半後に再交付して貰えたんだ、大変つらかったんだよ。ありがとうね。        また就寝中に入った強盗君よ、そして、それを手引きした田山学校(日本のNPOが無料でカンボジアの貧しい若い男女のために日本語教育を施しているカレッジ)の女学生さんよ、ありがとうね。君は、ベビーシッターとして雇ったのに2週目で強盗の手引きを計画的にしてくれたんだね。

また、メコンカンボジア大学の日本語学科を“優等で卒業”した新卒さん、就職先の日系企業が無いから是非お願いしますといって担任の日本人の先生にも逢わせてた上で、ベビーシッターとして就職して来たんだよね、ありがとう。君は、私が当時は、貧しいカンボジア人のための無料ボランティア医院を開く予定だったので、その直前に、私が、ベビーシッターをニョニャムと言う日本語フリーペーパー誌に出した広告を見て応募したんだよね。私は、君に敬意を表するつもりで、就職のお祝いに、担任の先生方2人や私の友人2人(内一人はシンガポールから来た梅田さん)たちをよんで、トンレサップ河畔の有名レストランで就職祝いパーティーまで開いたよ。でも働き始めた何と翌日に、子供の世話は大変ですから辞めます、といったよね。しかも君は、一日目の私の不在中に、大事な備品を不注意で二つも壊しており、しかもそれを、ななみのせいにしたんだよね。私はそれに異を唱えなかったし、むしろ、『担任の先生方までよんでパーティを開いたんだから、せめて、あと2ヶ月だけ半日勤務で良いから勤めて欲しい』と慰留までしたのに、あなたは、3,4日後のある朝、出勤しないで、電話で『バイクが故障したので、行けません』と嘘をついて、そのまま辞めてしまったんだよね・・本当にありがとう。

 

私はあなた方のお陰で、胸の奥深く心の奥深くまで、傷つきましたよ。本当にありがとう、こころから感謝します。なぜなら君らのおかげで私は最後の理想の土地であるマレーシャに開眼できたからです。

 

 車修理(3ヶ月)が終わってマレーシャに行ける日まで、未だ2ヶ月もある。その間、数回現地に行き、退職者や駐在さんら日本人が多く住んでいる地区の、殆どの居住者が日本人だというコンドミニアムなどを下見したり、そのすぐ傍にある(園児の大半が日本人子弟の)アメリカンスクールなど下見したい。政府の監督下で、インドネシア、ミャンマー、フィリッピンから来ているメードを養成した上で、まともなメードを家庭に紹介するエージェントがマレーシャには(シンガポール同様に)あるんだけど、そのうちの大手エージェントを2社ほど、梅田さんと、その知人の退職組日本人が紹介して案内してくれるんだ、素晴らしいシステムじゃないですか。カンボジアは、といえば、こっちは雇った女に強盗の手引されるは、心を傷つけられるは、でトンでもない国だったが、これに比べたら、何という素晴らしい国であろうか、まさに天国、パラダイス。

以上の環境は、ななみ にとって 生まれて以来、最大の幸福であり、海外で得られる最善の環境だと思う。肥えタゴと蛆虫のようなカンボジアに住んだ私にとって、ここはまさに、夢のような環境

 

 

2ヵ月後にはマレーシャに住む、そのため、今から準備をしなければ・・。

 

昨日も、今日も、明日も、私が身は例えカンボジアにいようとも、私が心は 希望と言う名の、暖かくて気持ちの良いお湯が、いっぱい入ったお風呂の湯船 につかりながら、今 私は、幸福感に打ちのめされそうだ。

それは、10年前に日本からタイに引越すとき覚えたあの甘酸っぱい胸のときめき よりも、遥かに大きなものであった。

 

 

 

 

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