1 何故私はマレーシャに住もうとしたか?

 

私は、2012年9月から短期間だがマレーシャのジョホールバル、それもシンガポールまで車で30分という場所に滞在した。その直接の動機は、プノンペンに住んでいたとき、何らかの原因で、元来持っていた高血圧症が、睡眠時無呼吸症で酷くなり、血圧が異常に高くなったため、生命の危険さえ生じたことだった。それで、私は、救急で、バンコク病院系のプノンペンバンコク病院のICUに、半日入っていたこともある。

 

★(付録)小耳に入れておきたい東南アジア、タイカンボジアなどの医療について

ここで、ついでに、これからカンボジア長期滞在を目指す人のために、カンボジアの医療事情について少し触れておく。新生カンボジア人の新医師達(全員が新医師)は、はっきり言って、先のポルポトのエリート大虐殺(村長などの行政の長、上級役人、教師、医者、金持ち、地主など200万人がポルポト兵士によって虐殺された)で、医者が、ほぼ全て殺されたので、新生カンボジアには、経験豊富な専門医や先輩医師が根こそぎ消滅した。そのため、アカデミックなものが全て破壊されて何も無くなったプノンペン大などの医学部を卒業しただけの医師は、経験豊かで有能な医者は、まず全くといって良いほど、ほとんどいないのだ。先進国から来た外国人(欧米人)の間では『カンボジア人医師の頭の中は、ただ金儲け知識しかない。医療の知識などゼロに等しい』というのが定評になっている。

 

タイのバンコク病院は金持ちの外人患者を誘致するために、国策で作られた株式会社経営の高級病院の一つだが、治療費は日本などの医療先進国にくらばて超馬鹿高いので有名だ(アメリカの自由診療費並み)。それが、ここプノンペンにまで出張したのは、カンボジア全土は無論のことここ首都でさえ、ろくな病院が無い劣悪な医療環境に目をつけたからである。しかし、この病院は、大した治療もしないのに、アメリカなみの馬鹿高い治療費を請求する、という点が問題だ。私を担当した医者はインド人で、しきりに2日間ICU入院を奨めたが、日本で医者をしていた(ここでは言わなかったが・・)私には、この医者が2日入院の根拠とする論理の節々に、経営者からノルマを課されている商売根性がはっきりと見て取れた。

 

ICUに滞在した4時間くらいの間に、ARB系の降圧剤を二回飲んだのだが、4時間後に血圧が140程度に下がったので退院を要望した。するとその女の医者は、これは不味いと、他の同じインド人の同僚も呼んで来て、2日間入院の指導に加勢してきて、入院しろ入院しろと、ウザイくらい熱心に、時には死んでも知らんぞ、と脅したりもして、入院を奨めたのだが・・。私は最後に『自分は日本人医師で、あとは自分で自宅で診ることが出来るから大丈夫です』と、引導を渡して、やっと退院できた。

 

受けた治療は、ARB(血圧を上げる受容体をブロックしすることで降圧する)系の第一世代(基本中の基本の)の降圧剤であるニューロタンを2錠飲んだだけだった。後は血圧測定。それで治療費は1800ドル位だった。因みに2日間入院した場合、1日3000ドル+諸経費なので、計6000ドル+諸経費かかる・・・・・・・私は、ほとんど単なる経過観察だけに終わるはずの2日間の入院に、6000ドルも平気で(気持ちよく)払える お大尽じゃない。 

 

★ここで元の話の戻る。

 

もし、寝ているときに血圧が急上昇して脳出血が起これば、意識不明になって私の子供ななみ は私の資産も受け取れずに路頭に迷うどころか、悪い連中の餌食になり売り飛ばされるかもしれない。そういう心配から私は、万が一の際、プライベート銀行のRM(リレーションシップ・マネジャー)、担当者が 30分で来られるジョホールに引っ越したのだった。要するに、命の危険から、マレーシャに引っ越したのだ。

 

2 マレーシャの何処に住んだか

 

現地の日本人には評判のよいことで知られるアパートである、ストラング・ビュー・アパートメント Stulang View Apartment の●-●-●を借りて、ななみ5才と一緒に生活していた。そもそも、マレーシャが段々と徹底して嫌になっていった原因は、このアパートの一所有者が相当の曲者(くせもの)だったということだ。

 

所有者はストゥラング・ビュー・アパートメントの部屋を15年以上前に購入して住んでた中国系シンガポリアンだが、そのうち自分たちはシンガポールで働き始めたので、それで人に貸すことにしたそうだ。私が入居するまでの2年間近くの間、見に来た見学者は借りたいとは言わなかった。私が仲良くしていた守衛さんの一人はそういった。

 

この部屋は約130平米以上はあるが、ベッドといえるものは主寝室のダブルが一つだけ。子供部屋と、もう一つ何も家具など無い部屋がある。子供部屋にもあるベッドは、子供だましの他愛ないガラクタ・クラスに等しかった。

 

けれども、このアパートには中央に大きな25m変形プールがあること、屋根付き駐車場が、一軒ごとに決まっていること、近くに歩いていけるジャイアンというショッピングセンターがあること、などから、(子供部屋のガラクタ・クラスのちゃっちいベッドは、使わなければ良い事なので)、この部屋に決めた。

 

3.薄汚い中華系シンガポリアンのオーナー

 

住んで直ぐ、主寝室のお風呂のボイラーが最初から故障しており、そのお湯を、距離的に遠いキッチン用のボイラーから迂回して来ているのを利用していたため、途中で冷えてしまい、湯が熱くならないことが分った(ボイラーはキッチン用、メード用トイレ用、主寝室用の三つがあり、ルーフの上にある各々の貯湯槽はパイプを通じて繋がっていた。それで主寝室のボイラーが壊れたままでもお湯は何とか来たわけだ)。この欠点は本来なら事前に説明しなければならない物件の重大な瑕疵に相当する。

 

その他、三つあるトイレのうち、二つの便座が、裏のゴムパットが全く無いため、ぺらぺらで、座るたびにグニャりと曲がるので、不快感というか違和感があった。それで家主に以上の旨を訴えると、直ぐ相談に来てくれるといったが、そのとき、私のヒアリング力では2か月分を集金したいということだった。私は強度の難聴のため、家主が修理代として1か月分をくれと言ったかも知れないオーナーの勝手な希望を、聞き逃していたかもしれない。それで私は、ワザワザ来るのだから、2か月分欲しいんだな、と言ったんだろうと信じた・・・それが、そもそもの間違いだった。

 

4.家賃一ヶ月分を取って、自分の所有物である部屋の不具合を直す家主

 

私は前日に2か月分の家賃をジャイアンのATMでおろして、翌日オーナー夫婦が来たときに渡した。彼らは去年の分の領収書一枚ともう一枚の領収書をくれた。私はてっきりそのうちの二枚目が、今回の2か月分の領収書だと思っていたので、中身を確かめることをしなかった。これが苦々しい経緯の元となった。

 

彼らは慇懃な態度で私と対面してくれたあと、翌日便座の業者を呼んでくれた。マレー人の業者は、強度の怠け者で、便座の下の『陶器の受け』より5センチ以上も短いサイズの違いすぎる寸足らずの便座を取りつけて、平気な顔、知らん顔を している。これでは未だ前のほうが便器に触れず清潔だという点ではずっとマシだ。つまり、二つの便座は、その下の陶器の壷の天辺の長さより、なんと5センチも短い、不潔この上ないものに交換されたわけだ。

 

湯沸しも、同じ業者が、外つけの、安い小型湯沸しを取り付けていった。お風呂のバスタブの正面のタイルの壁に、ななみの勉強用の、あいうえおアンパンマン の綺麗なポスターを、テープで張っていたが・・・

この怠け者の業者は、完成後に見に行くと、『ポスターを剥がしますか』とも私に聞くこともしないで、ポスターの上から平気で電動ドライバーで何箇所も穴を開け、水道管を取り付けていた。

 

5.2か月分を支払ったのに、1か月分しか貰っていないと、オーナーがいう。

 

翌月、家主が、翌月分を早く入れよ、と言ってきた時、私はビックリした。それこそが、その後の長く続く不愉快な気持ちの始まりとなった。私は家主に催促されたので、うちに来てくれた貴方がたに2か月分を支払った、と言い張ったが、家主は、部屋では1か月分しか貰っていない、の一点張りだ。そして翌月分を支払わないなら、出て行ってくれとまで悪態をついた。私は、信じられない気持ちになり、長い不快な思索の後に、『湯沸しと便座は、家賃一か月分で取り付けたんだ』と、自分の頭の中で、言い聞かせ、観念しなければならなかった。

 

それにしても(業者から聞いたのだが)僅か400リンギットの湯沸しと、100リンギットの便座二つを取替えて、3000リンギット(タイバーツなら3万バーツ)も取るとは!中華系シンガポリアンが皆、こうだとは思いたくないが・・・。

 

こういうことで、この家主は実に汚い奴だな、と不愉快に思い始めた頃、タイル張りの床のアチコチが、妙に薄黒く汚れたままで、モップで幾ら洗っても、どうしても取れない。それでよくよく調べてて、あっと驚いた。なんと!床のタイルの割れた欠損部分や、(重いものを動かしたために付いた)ギザギザの深い傷の部分に、床のタイルと同じ白のペンキか石膏を塗りこんで綺麗に見えるように誤魔化していたのだ

 

最初見たとき、綺麗だったのはこのペンキ石膏で誤魔化してたせいだ。そのごは薄汚い黒ずみが、ペンキか石膏にこびりついて行き、ますます汚くなっていった。モップで拭くたびに、汚れがますますくっ付いていくわけだ。

 

綺麗に見せかける為とはいえ、まともなオーナーがこんなことするだろうか?いずれ直ぐ化けの皮がはがれるのに・・。

 

それ以来、こんな汚い手法で誤魔化してまで、店子を何としても掴もうとする家主なんだと、私はずーと不愉快な気持ちが頭から離れなかった。

 

それで、私は途中解約して出て行こうかと思った末に、仲介業者に『途中解約したら敷金より幾ら取られるますか』と、友人に聞いてもらったことがある・・・

 

6.強欲シンガポリアンの家主、途中解約なら敷金3か月分全部没収!という

 

私は、既に賃貸契約書を重要箇所はある程度読んでいたので、これはインチキだ、嘘だ、と直感。契約書の最後の部分には、はっきりと英語で『途中解約の場合、(3か月分の敷金から、)一か月分支払う』とちゃんと明記されてあるのを確認。仲介業者にメールで問いただすと、その通りでした、1か月分の間違いでしたと、返事が来た。この3か月分全部没収のアイデアは、仲介業者が家主に問いあわせて聞いて、それで3か月分全部と最初返事したんだろう。

 

7.10年間のビザ、マレーシャ政府のMM2Hの取得、指定業者に20万円、30万円払って取得する価値はあるのか?

 

最初の頃は、10年ごとの長期ビザであるMaraysia My Second Home ビザを取得しようと一生懸命考えていた。しかし、その最後になって自分の気持ちは、『こんな煩わしい書類を全部集めてまで、こんなクソ家主のいる面白くもなんともないクソマレーシャに、10年ごとに、ずーっと、滞在する価値が果たしてあるか』と、はなはだ疑問に思うようになった。

 

私は、今まで、タイでもカンボジアでも長期滞在ビザはビザ業者であるエージェンシーにお願いせず全部、個人でやってきた。まあ、それだけ簡単だったわけだ。それで今回もエージェンシー(エージェントはその組織であるエージェンシーのスタッフを指す言葉なので、よく使われている組織を指す言葉は、エージェンシーの間違いです) 。警察証明は領事館事務所経由(全市の指紋を専門用紙にスタンプで写し取る)で取り寄せ、子供は21歳まで同居させることが可能ですので、ななみの戸籍謄本を日本から取り寄せ、領事館事務所で英文に翻訳証明してもらい、個人投資家として資産や年収をシンガポールのプライベート銀行で証明してもらい、果ては近くのマレーシャの銀行で口座を開いて決められた額の預金までした(銀行口座は、普通はMM2H取得までは作れない決まりだが、シンガポールの銀行の資金の証明書のお陰で。OKになった(銀行の担当者はシンガポールに問い合わせていた)。アパートを借りただけでも状況次第で口座を作れた銀行の名前は、メイバンク。

 

そしてフォーマル化されている所定の経歴書、子供に関する書類など全8ページに記入、最後にジョホールバルにあるはずと思っていたMM2Hのジョホールのセンターに、ビザ資料を出そうと、探したが、一向に分らない。そこで(シンガポールのプライベート銀行の担当者に)クアラルンプールのMM2Hセンターに問いあわせてもらった。すると、提出先は首都にしかない、というではないか。それだけでなく呼び出しに応じて何回も行く必要があるということだった。

 

私が突如目が覚めた・・・これだけ頑張って色んな書類を集めたのに、まだ数種類の書類が必要?と分った時・・・この瞬間に目が覚めたのだった。不足した書類そのものはMM2H取得したい理由という単なる小作文と、あと、簡単な学歴だ。こんな書類こそ今までそろえた書類に比べて、簡単に直ぐできる書類なのだが、しかし、私は、この一瞬にこそ、遂に切れてしまった

 

なんでこんなクソ手間までかけて、こんなクソ面白くもない国に何度もお願いして、住まわせてもらわないといけないんだ!!ばかばかしい!

 

8.マレーシャのよさは・・・たかが

 

1.泥棒の少ないこと、

 

2.産油国ゆえにガソリンや電気代がタイ、カンボジアの6割程度と安いこと・・
これくらいしかない。

 

3.あとは英語が街中でマアマアで使えること(これは大きい長所ではある)それくらいだ。利点は以上の外は何も無い。

 

一方マレーシアの悪い点は

 

1.禁酒のイスラム国家なので、まずビールが洒落じゃないくらい超バカ高い。タイの2.5倍以上もする、カンボジアの4倍以上もする。タバコ(マルボロ1カートン)がカンボジアの8倍100リンギ=33ドルもする。(カンボジアでは、特定経済地域で買うと1カートンが僅か4ドル)。私は酒もタバコも、どちらも健康上の必死の事情から禁酒禁煙止していたが・・。
 

それから

2.恋愛などのアバンチュールなど、イスラム国家では望むべくも無い、なにしろ宗教上の戒めが厳重を極めるのイスラム国家だから。ここでは、つつましやかに、地味に、馬鹿騒ぎせずに、静かに生きていなければならない国なのだ。

 

9.地味に暮らさないといけないマレー半島、かたや、怪しい魅力の魔界のバンコクや、怪しげな場所が今でもあるカンボジア

 

マレーに比べれば、泥棒はクソ多いいけれど、タイ、カンボジアのほうが遥かに冒険趣味があり、男のロマンと夢があり、面白い。不味いマレーメシを食って、クソして、寝るだけ の、マレー半島とは大違い。

 

食は、人生のかなりの部分の楽しみの要素!といっても過言ではない毎日の『食事』の事情についていうと、マレー半島ではこれが最低なのだ(私個人の意見ではあるが)。つまりレストランの食事が不味い。単にお腹が空いていたら食べられる、というレベルだ。都市部の中華系にレストランに行けば中華料理などが食べられるが、タイに比べると余りにもしょぼい。

 

ショッピングセンターで売っている出来合いの弁当の類でも、地味でお粗末この上ない。これは本当に、私の真底からの実感だ。弁当の中身はは、不味い薄汚れた感じのご飯に、いためた鶏肉の小さい足(ふくらはぎ)が一本だけ。これで6.5リンギ。タイで65バーツの弁当の方はもっと種類がある。日系の店なら あと20バーツも出せば、美味しいジャポニカ米の白飯に、数点の気の利いた おかずが結構入っている。

 

レストランの貧弱な食事メニューは何処が起源か?

 

マレーシャ特有の地味なメニューしかない。それもそのはず!マレーシャは、食事が不味いので有名な(朝食だけが、まだマシといわれる)英国

植民地だっただけあって、何処へ行っても、ミーゴレン(マレー風ヤキソバ)、ナシゴレン(マレー風焼き飯)やカレー煮込みの魚か鶏肉、あとは何処へ行っても同じ種類のみすぼらしいメニュだけ。タイの何でも手に入り何でも食えるレストラン事情に比べたら、貧弱も貧弱、がっかりすること、この上なし。

 

おかげで、レストランへ友人を誘って食べに行くという楽しみも、当の昔に消えうせてしまった。だから私は自分の家で手料理のご馳走及ばず乍ら踏ん張って作り、先の担当者など友人を呼んでいた。

 

エキゾチックな、怪しい魅力を秘めた面白く楽しい外国に住みたい!という夢と希望も、このモスリムの国では、しょっぱなから、しおれてしまった。そんなマレーシャのMM2Hを取得するために、ジョホールから何度も遥遥、クアラルンプールの首都におもむき、係官に説明する努力をするだけの価値がある国とは、私には、この時点で、到底、思えなくなっていた。まあ、ストゥラング・ビューの部屋の所有主との不幸な出会いが、その気持ちに徐々に導いたといえるのだが、まあ、逆にいえば、このウザったいオーナーのお陰で、あまり面白く無いマレーシャに、間違って住まずに済んだともいえるわけだ。

 

10.原住民系のマレー人(マレー系マレー人)には、変な癖が!

 

原住民系マレー人とは、英国が植民地経営する前からすんでいた原住民のこと。英国総督府は、マレーは非常に人口(マレー系マレー人)が少ないので、植民地のスズ鉱山や、プランテーションなど、の植民地経営の上で、海外からの大規模な移民政策が必須だった。それで、イギリスは、中国人(鉱山に携わる)インド人(プランテーションに携わる)など、若い独身男性を、マレー人人口の数倍以上も移民させた。そのとき独身の(無論男性)移民のために、中国などから売春婦(中国人労働者が主な客)をシンガポール経由で多数受け入れた。日本からは有名なジャパユキさんがきた(中国人だけでなく各国人も客とした)。現在シンガポールのゲイラン地区にある売春街は、そのころの名残(なごり)で残った公認の公娼地区である。

 

マレー人の変な癖とは何か

 

中国系やインド系の移民がその勤勉さの故に、豊かになり、一方、生まれ付いての自然人間であるマレー人は勤勉でないため貧乏になった。それやこれで、中華系、インド系と、マレー系の貧富の差が、あまりにも酷くなりすぎた。そこで、マレー人を優遇する(逆)人種差別政策=ブミプトラ政策 を二十年間もの間代々のマレー政府は続けてきた。それでどうなったかというと、逆差別によるマレー人の怠惰さ、偏屈さ、独りよがり、原始的性格などが、大いに助長されただけだった。

 

その実例

 

私は、短期間ではあったけれど、ななみをイオンなどの大型ショッピングセンターなどで買い物をしている間、イオンの設けた遊園地(無料)で毎日のように1時間一寸、遊ばしていた。ここでで見た光景は、タイ、プノンペンの屋内遊園地で見た光景とは、まったく異質なものであった。それは・・・私はブミプトラの優遇策のせいだと思うのだが・・・マレー人の親が、白人など先進国の子供の他愛ない悪戯に、憎しみをモロに出すってこと。

 

たとえば、ななみが仲良しになったマレーの子供を追い掛け回したりすれば、父親が出てきて、こらー!追いかけるな!と激しく怒る。

以前こんなことがあった・・・

ななみ が、1時間の遊びで好きになったマレー人の子が帰るとき、悪戯か冗談の類から、子供の靴を先に取ってしまうことがあった。『もう一寸、一緒に遊ぼうよ』と思う動機で、その子の靴をななみが手で抑えるわけだ。するとその父親の怒るまいことか!他愛も無い子供のいたずらに本気で顔を激しくゆがめて、カンカンになって怒っている。それも非常にシツコク、だ。それを見た私が、頭を下げアイムソーリと何度か平謝りすると、今度は私に同じ顔を向けて凄い形相で怒ってくる。兎に角、実に激しく かつ しつこいのだ。私は心の中で、こいつらはまさにエテ公だ、と密かに思っって笑った。

 

マレー人の、親の、子供に関する、これに似た光景はアチコチでも何度か遭遇した。利己的な、原始的な自己主張が、非常に、かつ 法外に、強いのである。同じ肌色が違う色の白い人種でも中国系マレー人の子供に対してなら、こんなことは多分しないであろう。肌色が同じ白くても、日本人などの外国人になら、一寸した子供のいたずらにさえ、激しい怒りの表情を見せるのである。ここであげたのは一例であって、他にも同傾向の実体験をして、何て奴らだ、と心の中でうんざりしたものだ。

 

まあ、同じマレー人でも、中国系屋インド系はシッカリ勉強して来ているので、マレーシア政府のルックイースト政策(日本を見習おう)をよく知っているから、日本人には非常に優しく親切だ、これは大袈裟でなく、実にその通りなのだ。それは何度も経験した。

 

しかし、原住民系のマレー人の上記の振る舞いは、この美点をも台無しにしてしまう。

 

11.マレーとタイ、カンボジアの長所の比較

 

プノンペンは勿論、圧倒的に泥棒(←悪い奴全般を指して言う)が多い、そしてタイも多すぎる。両国とも、街の中で、ちょっと路地に入るってーと、『薄汚くて、何かが腐ったような、くさい嫌な臭いが、ぷんぷんしていたりする。』

 カやハエも多い。

 

KH、TH両国とも、ガソリンや(電気代は日本より安いが)、マレーシャよりは、ずっと高い。けれども、それでも、夢がある点ではマレーシャよりはマシだ。男だけでなく男女とも両国には、まだ大きな夢と希望がある。マレーシャは畢竟、貧しいマレー飯を食ってクソして寝るだけの国だ。

 

私が12年前何処に住むかを実地で調べるために、タイ、カンボジア、ベトナムを車やバイクで1ヶ月間旅行した後、こんどはタイからマレーシャに入って、(マレ-シャの国産車のレンタカーを借りて)クアラルンプールをはじめ、東海岸、西海岸を踏破した。そのとき、クアラルンプールで、身動きの取れないあり地獄の苦しみを味わった・・・どういうことかというと・・当時まだタイでもマレーシャでも今流の便利なナビが作られておらず、私は、どの道も蛇以上にクネクネ曲がりくねった道であるクアラルンプールの殆ど全ての道路で、どうしても目的地につけないあり地獄を味わったのだ。当時は私には結婚をすることになっていた大卒後すぐの、若い日本女性が居たのだが、二人で登山用の地図の入っていない原始的ナビを見ながら、目的地に行向おうにも、どうにもならない。道は、最初はいい方向に向かっていても、やがて、どんどんあらぬ方向に曲がって行ってしまうので、どうにもこうにも目的地につけないのだ。どの幹線道路もそうだった。これは、どうも、軍事的理由からワザと曲がりくねって作られているようだった。戦車で侵攻されても、どの道も蛇のように曲がりくねっていると、砲弾を目的地に打ち込みにくい。

 

そのとき、私は遂にきれて、大きな声で『こんなクソマレーシャには決絶対に住まない』と腹立ちのあまり、彼女の前で、独白宣言したものだが・・・

 

今回図らずも、12年たって、同じ結果になってしまった。

 

 

 2013/9/30 下書き 初登録