nnanami2

癒しの国タイの 怠惰と享楽、酒と踊り、嘘と誤魔化し==日本人医師の啓蒙ブログ==このブログはタイを愛する人が一部タイ人の悪事に巻き込まれてタイが嫌いになってしまわないように 啓蒙することで、余計タイを好きになって欲しい、その気持ちで書いております。従ってタイやタイ人の欠点を書いた場合、一部の、という意味です== タイに13年近隣国に3年。あっという間に過ぎ去った16年間。その後半に書いてきた産経イザブログは2万6千人中、2位~10位のランキングで活躍しておりましたが、イザ廃止の憂き目に逢い、もうブログは辞めようかと・・が、引っ越しツールのお蔭で800タイトルを無事引っ越せたので、また活躍することになりました。ただ、面白知識全集など目次形式ブログではクリックしても無効です。ご面倒でも検索サイトで『タイトル名、nnanami2』で検索して下さい

2016年11月

私は蝿が大嫌いだ。蝿は汚い。汚物やウンチにたかり、その足で料理にたかる。それは 汚物やウンチをなめているのだ。ウンチに止ったその足で 次の食品に止り、ウンチや汚物を舐めたその口で 食品を舐める。

蝿はみんな大嫌い・・・ のはず。ところが、この不潔な蝿を意に介さない衛生観念の欠如した人たちがいる。それも皆の口に入る料理を作っている人たちが、である。発展途上国の一部の階級に属する人たち(この意味では中国も そうだ、ただし中国人のそれは 儲けるためなら そんなこと知っちゃ居ない、と言う悪しき根性なので、より悪質だ・・・毒食、下水油、、、)。

私は その蝿を簡単な技と高い確率でお縄にする方法を 考案しました。これは蝿の複眼の弱点を利用する方法だ。1辺20センチ以上の四角い、または、直径20数センチ以上の丸い虫取り網を用意。色はブルー系が良い。蝿から見ると 青は色盲で回りの色と判別できないのか、蝿には目だたないようだ。赤や白は目立つので良くない。奥行きは深い方が良い。30センチ以上が良い。

蝿はご存知複眼だ。小さな簡単な目が 何百個も集まった焦点の浅い不正確な複眼だが、非常に敏感なので 普通は中々敏速で、捕まえるのは容易ではない。そのため、蝿や蚊のスプレイが開発されたのだが、スプレイだと どこでも使う分けには行かないから、ちと面倒だ。たとえば食品の中やそばとか、肌着や布団の類の中に止った蝿に スプレイをかける訳には行かない。

そこで、私は 蝿を一匹ずつ、上手に簡単に捕縛する方法を考えた。なにも網の柄を持って 素早く パッと被せて捕らえようと言うのではない。柄は不要なので 網から2,3センチのところで切って捨てる。

この殆ど網だけになった、その網の袋の頂点近くを持って ゆっくりと蝿の頭上30センチ以上に もって行き、静かにその網を あくまで静かに!蝿の留まっている点に下ろして行くのだ。なんと、蝿は 網が30センチ以内の真上あたりに来ると 身動きでず、方向感覚を失くしたかのように ジッとしている。

平タンな場所なら 網を蝿の留まった平面に降ろせばそれで捕まえたのも同然・・・網を手で触ると蝿は上へ移動するので網を絞って 小さくすると 完全に御用になる。上手になれば、尖った物の上や 出っ張った物の上でも また斜めになった物の上でも、同じく御用に出来るようになる。

あと、殺し方である。外に逃がすと言う方法もあるが また舞い戻ってくる確率があるし、苦労して捕らえた蝿を逃がすのは勿体無い。やっぱり、ここは憎っくき蝿を 一瞬で死刑! にしたい。一番簡単に、かつ 衛生的に死刑にするには・・・湯沸し器の熱湯ぜめ。

湯沸しの付いた水道の蛇口を捻って 約一分近く待てば 熱湯が出るので、この熱湯を1~3秒かけると即死する。冷たい水の間は 栓をあけて捨てておき(尚、蝿は水責めに意外と強い。空気の微かい粒が口周りや口の中にあり、それを吸って しぶとく生きている。)、熱湯に成ったら栓をしめることで、お湯が少したまる。こうしてからお湯を網ごと蝿にかける。湯が残っているので蝿がお湯に浮かんで死んだことが分かる。これだと、網が不潔にならないで、約1秒で死ぬから、簡単だ。潰すと寄生虫などで一杯の内臓が膿のように出てきて網に こびり付くから 大変メンドウになる。

なお、網の目から巧みに逃げる図体の小さな蝿も居るので、その場合は 小さく網を絞って身動き出来ないようにする必要がある。

なぜ 網を頭上からゆっくり下ろしてゆくと、蝿は身動きできないか。

一寸考えたらパッと逃げそうなものだが、それが逃げないでジッとしている、から不思議だ。おそらく 複眼の構造に関係しているのかも。蝿の周囲がぐるっと網で囲まれたように見え、目が回って、逃げられなくなるのかも。そのうち、蝿に聞いてみたいものだ。

逆に、蝿の約30~40センチ頭上まで、そこまで持っていくときが問題で、功を焦るあまり 余り早く動かすと 通常の蝿の本能どおり 蝿はパッと逃げてしまうから そこは気をつけてください。

この方法が簡単なことは立証済み。すなわち、これを見ていた9歳児が、まったく同じように捕縛できることから、明らかだ。 この方法で蝿を捕らえて殺す方法編み出すまでは お腹に子を持ったメスの蝿が 何時の間にか ごみバケツの中に 卵を生みつけ、ウジが いっぱい出来て 大変往生した。何回も・・・。ウジを生み付けられると 大変です。



チェンマイ市内を車で通っていた時のことだ。
ある裏小路に間違って入ってしまって、私は 表通りに出ようと道を探していた。

そのとき、小さなお店の裏側にあるキッチンとでも言おうか、屋台くらいの大きさの賄い所が目に入った。その小さな台所で中年の女が せっせと 客に出す食事を作っていた。私は女が立っている傍の俎板の上に置かれた丼に目が留まった。それは真っ黒い食品つまり女が既に作った料理だった。私の目は丼の天下盛りになった色の異様さに釘付けになった。

そのとき、女が他の料理皿に手伸ばした、その一瞬、その真っ黒い料理が急に白色に変わっかと思うと、同時に無数のハエが飛び散った。なんと黒い料理の正体は 無数のハエの色だったのだ。
ところが女はその光景にまったく慌てる事もなく  次の料理に掛かっていた。

裏通りからその店を通して表側の佇まいが見て取れ、その内側には数人の客が テーブルを前にして料理を待っていた。
ゲッ、こんな、不潔この上もない料理を食わされるのか!とんでもない物を見てしまった。衛生観念など まったくない。あの天下盛りになった無数のハエは、不潔な厠の 溜まり式肥え壷の中に止っていたかもしれない。いや きっとそうだ。よしんば違ったところで、同じように不潔極まりない汚物か、腐敗したゴミだめにたかっていたハエに違いない。

その日から、私は 屋台や不潔そうな料理店を見るたびに、この日の光景が目に焼きついて離れない。

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 より続く


これが、医者の自分が中等度の糖尿病(ダイアベティス)に掛かっていることを自覚した瞬間であった。おもえば、小さいころから白いご飯が大好きで、この年になるまでご飯党だった。それは単に美味しいからという理由で。

しかし、糖尿病と分かっても、おろかにも矢張りご飯を食べていた。習慣と言うのは恐ろしい。現に 食事指導の専門家即ち栄養士または管理栄養士でも 入院時の糖尿病食のメニューに 3度の米飯を上げている。これは 今考えて見みると 実に嘆かわしいことだ。お米は 糖尿病の 主原因で、これがため、籾を精米して白米にする技術が確立した江戸時代から、豪商やお殿様の掛かる病気とされ、現代まで続いている。日本政府は 白米がダイアベティスの主原因のひとつと分かっていても、農民票が欲しいから 白米を食うのは辞めましょうとは 絶対言わない。

なるほど、米国や欧州でも ダイアベティスは 流行っている。白米だけが 悪いのではない。だが白米も ダイアべティスの主原因であることは間違いない。医者や栄養士も まだ安全性が確立されていないという理由で 糖制限食に警鐘を鳴らしているが、その代替対策は 確立していないのだから 警鐘など鳴らせる資格などないのだ。少なくとも、糖制限食の方が遥かにましだ。

体が 糖で段々朽ちていくスピードは いささかも待ってはくれないからだ。
私が首相なら、こう言うだろう・・・白米はなるべく食べないようにしましょう、代わりに 大麦を食べましょう。農家の皆さん、大麦をどんどん 作りなさい。農協の皆さん、米の生産を減らして、その米もなるべく玄米の形で 売りましょう・・・と。むかし、高度成長政策の池田隼人が首相だったころ、貧乏人は 麦を食えば良い、と言って物議をかもしたが。実はこれは大正解だったのだ。

普通の凡人は (かっての私のも含めて)ダイアベティスの恐ろしさを未だ悟らぬまま、糖尿病を放置して やっぱり 美味い白米を食して・・・それでも まだ知恵ある人はインシュリン注射や、グルコシダ-ゼ阻害薬(糖が消化されにくくするために 消化酵素を阻害する)を飲んでいる。しかし、これでは、多少遅れるだけで 結局は 同じ結果だ。絶対、根治しない。最大半分通常は2,3割減のスピードでダイアベティスが進行して 腎臓の糸球体に糖の最終代謝産物のソルビット(ソルビトールとも言う)が沈着して腎機能が破壊されたり、網膜の同じような組織に沈着して失明し、最後は死ぬ。

私は ダイアベティスの専門家ではなかったが、それでも 多くの人が やれ糖尿病で目が見えなくなった、とか糖尿病性腎症で 透析するようになったとか、言う話は良く聞いていた。医者を引退してシンガポールを拠点に投資業を始めるようになってからは、個人的に知っていた たとえば 退職後 チェンマイに移住した元パイロットが 糖尿病で失明したとか、バンコクの元会社社長さんが 糖尿病性腎症で 週2回 バムルンラードに透析に通っている、とか・・。

これほど多い、また これほど甚大な合併症をきたす糖尿病が分かっていながら、なぜ、お米を食べるのか。米は糖尿病の元凶である(パン、普通のパン でも同じことが言える)。
私は いろんな段階を経て、最終的に 毎日 大麦を炊いて食べる。それから、大麦に大量の水溶性食物繊維(FIBER)と不溶性のFIBERが含まれるが それ以上に 約30gのFIBERを取り入れる。

以下、構成中



女優・川島直美はワインが大好きだった。それも ポリフェノールをほとんど含まない甘い白ワイン。途中から日本ソムリエ協会認定の称号をもらって、何時しか自分でもワインの権威に負けて《多量のワイン》は毒物に過ぎないことを忘れてしまった。これがおそらく川島直美がワインの飲みすぎで最も悪性の胆管癌になってしまった主原因である。齢(よわい)わずか54歳にして 天国に召されてしまった。おいおい、神様、いくらなんでも ひどすぎるじゃないか!!

川島は女優でありモデルであり女であった。これらの属性はどれも科学に弱い傾向を示している。一般に女性は地理に疎いといわれて久しい。地理と言うのは いわば科学的な考え方の代表を表すもので、女性は科学に疎いことが多い、と言う意味ではないかと思う。もちろん、男女平等なので 一方の男性は話を聞かない と言われる。
ご存知 豪州人のビーズ夫妻が書いて、イギリスで出版された「話を聞かない男、地図が読めない女」である。

女性は相手の人に(相手の話に)共感し、男性は相手の話を自分の論理で当て嵌めて聴こうとする。川島はもちろん女の中の女だから、ワインの権威に共感し、ソムリエの権威に共感しているうちに、いつの間にか 自分の血がワインのエッセンスで出来ているかのような、錯覚にとらわれてしまった。

ワインはブドウから出来ている。ブドウは 皮(と種に)にウイルスや細菌の毒に対抗するポリフェノールが含まれる。だから、たとえばブドウを房ごと取っていて、ぽんとそこらに常温で放置しておいても 相当長時間は痛まずに居る。ポリフェノールの抗菌作用のお陰である。
ワインには赤ワインと白ワインがあり、ポリフェノールが大量に含まれているのは赤ワインだけである。

赤ワインにだけ含まれるポリフェノールは抗細菌や抗ウイルス、果ては抗癌作用に加え、抗動脈硬化、抗血液凝固作用など これら全部ひっくるめて、広範囲の抗酸化作用がある。これらのお陰でフランス人は太っているのに、平均寿命が比較的長いと言うフランス・パラドックスが生まれた。ブドウジュースとは違って、アルコールに溶けたポリフェノールが 絶大な効果を発揮する。

その赤ワインでさえ、飲みすぎては 逆効果だ。 適量は赤ワイン、グラス1杯か2杯。それ以上 たとえば 4杯以上は アルコールで肝機能が壊されて 毒になる。たとえば肝炎、肝硬変、肝癌・・。


川島直美が好んだ白ワインには これらの抗酸化作用は殆ど含まれていない。この限りなくただのアルコール飲料に近いワインを 川島は ワインが体を守ってくれると信じて 浴びるほど飲んだ。何時しか、胆管の細胞に発生した異物化した癌細胞は、Tリンパ球やナチュラルキラー細胞やマクロファージなどの防御網を次々とかわして、増殖して行った。


川島は (有名ブランド病院の)PET-CTで 通常ならば 発見できないくらい小さな癌 を発見して、その検査画像などを持参して近藤誠医師のオピニオン外来を受診した。近藤は言った『ラジオで焼きなさい、1ショットで100%焼ききれる』

しかし、川島は他病院の医師による手術を選んだ。手術・・これは人間の手で行うから”手”術なのだ。人間の手では 所謂人間の”神の手”では、紙一重の手違いは五万とある。何しろ見えない癌細胞は 人間の手では 網羅的に絶対に取りきれない。もし癌細胞の一つの塊が残ったり他へ血行性に飛んだりしたら、それこそ 見えないのだから、他で増殖して終わることになる。

それより、ラジオ波で焼き切るべきだったのだ。まだ、その方が 真の意味で 神の手であり得た。

手術だけでなく +抗癌剤 を川島が拒んだのは 正解だった。抗がん剤で生命力を殺がれるだけだから。ただし、小野薬品の新世代の抗がん剤オブジーボ(二ボルマブ)は除く。

近藤医師の精密なPET-CTのような癌検査を拒否しよう、はこの時も正しかった。受けないで知らん顔していれば、余りに小さな癌を人間の”神の手”による癌細胞の暴れ がなくて、もっと延命できただろうし、あるいは もともと備わっている免疫力で もしかしたら 縮小あるいは死滅して 生存できたかもしれない。


川島直美に 合掌!
川島さんの死を無駄にしてはイケナイ。

大麦(BARLEY)と食物繊維(FIBER)が 失明や腎不全が目前に控えている恐ろしい糖尿病の救世主になると、誰に予測しえただろうか。薬は不要、大麦と繊維だけで 根治する。物凄く多い糖尿病のどの薬も すべて対症療法薬で、死ぬまで使う必要があるが、そんな医者や製薬会社を顔面蒼白にさせる糖尿病の救世主は、70年前の食生活にこそあったのだ。

私は引退した内科医兼外科医だ。小さいころから白飯が大好きで 鯖の煮つけや玉子かけ御飯で何杯もお代わりした記憶がある。私が現役の医者なら こんな事(上記)を言うのはいささか はばかられただろう。なぜなら ドル箱の主役のひとつ、糖尿病が薬ではなく 大麦と繊維だけで治ってしまうと 多くの医者や製薬会社が困ってしまうからだ。

私は長年病院長をしてから引退して病院を売却し 日本の非居住者(非課税者)となって外国に引っ越した。職業はと聞かれたら、シンガポールが舞台の専門的投資家とでも言おうか。そんな私が 寝ているとき以外、常に気にしていることは 病気にならないことだ。タイにも無論 外人専用の国策病院はある。しかし、一番大切な事は 自らが病気にならないよう、健康に留意することだ。

しかし、私は タイに引っ越してからも、自分が掛かっているかも知れない糖尿病に無頓着だった。しかし、あるとき何かの都合で検査専門のクリニックで血糖値を測ったら350もあった。これで びっくり。アルコール性の肝炎とか多発神経炎などには用心していたが 自分が中等度の糖尿病に掛かってると自覚したのは このときだった。

以下 構成中



  

 ある友人の娘の家庭教師による指導は、1年生の終わりごろから、始まった。娘さんは 保育園や幼稚園に通う年の頃、父親がボランティアの無料奉仕の医師として、医療に従事していたため、プノンペンやジョホールバールにいた。で、周辺には全く日本語環境がなく、幼稚園などに通っていなかった。それで、最初のころは娘さんは宿題を教えて貰うのが精一杯で、それ以外に考えるユトリは全くなかった。


 しかし、1年半がたったころ、学校や家庭教師の効果のせいか、娘さんの躾や知恵が次第に身に付き始めそのためユトリが出来始めて来た。
家庭教師の先生は日本で私立の幼稚園の先生をしていたといい、イタリヤのモンテソーリーという指導法などを使って教えてきましたと言ったが、その方法は良く分らないが、娘さんの個人指導に すこし、活かしてくれたようだった。

 家庭教師は、最初は娘さんの宿題を中心に指導していたが、娘さんの知能が進んでくるに従い、《宿題を先生に教えて貰ってやると、他の子供が自分で独力でやるよりも、能力が伸びない》と言うことに気がついた。
それで、宿題は あくまで自分でやることにして、考え方などの他のことを教えて貰いたかったが、これが、中々上手く行かない。考え方を中心にやって欲しいと簡単に言っても、そう簡単ではなかった。

たとえば時計の問題・・。
たとえば午前10時35分から午後1時20分までは何時何分あるでしょうか、と言う問題で、先生は模擬時計を持ってきて、分かり易く説明する。子供は その場では分かったように、思う。しかし、実際に学校では問題が出されると そのときは模擬時計が手元にないので お手上げになる。この時計の問題は 実は 何度も何度も この繰り返しで、前から どうにかならないか、と先生に申しあげていた。


そこで、友人は、今回初めて 先生が帰った後で 新しい考え方として 娘に60進法の簡単な計算方法を教えることにした。13:20 - 10:35 =・・・ 20から35は引けないから、上の位から1借りると(10進法では1借りてくると下の位では10になるが、60進法では上の位の1は60、つまり60分なので、)・・・60から35引いて25.これに20を足して45になる。次に13は1引いているから12で、これから10引いて2になる。よって2:45 ! ・・・・・・  こう教えると、娘さんは すぐ理解したのである。

結局娘さんの勉強が他の生徒の進展度合いに追いついてくると、家庭教師が娘さんに出す トラの巻き からの勉強や宿題は 余計なことになり、《しなくても良いとは言えないものの、さしたる効果はなく》、それでいて、娘さんの時間的ユトリはその分、過小になると言う皮肉な結末になったのだ。これでは 自由がなくなる。自由こそは創造の母。


 今までの家庭教師の役割を一言で言うと、最初は幼稚園などの躾教育が全くなかっため、学校や家庭教師はそれを身につけさすのに大変苦労したが、合計2年間でその成果があって、普通程度の躾教育と知識が身に付いた、というわけだ。

友人の娘さんに関する限り、家庭教師の役目は ここまでで、しかも それは上出来であった。


 しかし、これからは、別の観点から考えなくてはならない。
ちょうど折り良く、家庭教師の先生の夫が、12年間のバンコク勤務(その前は香港だったと言う)終えて、夫と一緒に日本に帰国すると言う。

 こうして娘さんの家庭教師は無事 終了したのだ。

親父さんは 明日からは娘が学校の宿題以外の勉強をする必要が無くなって(しかも宿題だけを一生懸命勉強する)、つまり時間が一杯余って娘にユトリができると言って、大いに喜んだ。子供には 遊び つまり創造力の源泉も必要だ。


ユトリこそが 創造性を育む。子供は生き生きと輝き、明日の自由な独創力を育む。



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友人は いままで、娘を見てくれてありがとう、と感謝した。さようなら・・・

あっ、そうそう、大事なことを言い忘れていた。この家庭教師の方は、今まで2年間、風邪などの病気で一度も休んだことがなく、そして特筆すべきは一度も遅れてきたことがなかった。必ず15分か25分前には来てくれた。非常に規則正しい生活リズムで暮らしていると思われた。それを学ぶのも 一般の社会人として 大切なことだ。

    より続く

そんなことを御くびにも考えなかった元雇い主は、1年が経過したころ、娘が リクちゃん、どうしてるかな(リクちゃん=奈保子の子供)、リクちゃんのお母さんに会いたいよ、などと何度か口にしたのを聞くともなしに聞いていた。

そして、或る日ポンと膝を叩いて、娘に こう言った。

『あの人に会いたいか?』

『それなら、会わして上げよう』

1年も経ったので、そして娘の学業も何とか軌道に乗ったので、都合の悪い事とかは上の空になり、あの女が現在も燻る(くすぶる)全般癲癇(ぜんぱん てんかん=強直性間代発作を起こす)の病歴があったことも、異常な《しつこさ》と それを上回る《爆発性》を持っていたことが如実に分る乱暴な”手紙”をも見逃してしまった。

 

そして、この女が当時厄介になっていたオカマの兄”夫婦(兄が嫁役、相手が夫役)”の住むタウンハウスへ娘を連れて行った。彼はこの女が家庭教師の初日に言った言葉『貴方さえ良ければ、私は一緒に暮らしてもイイと思ってますのよ』を思い出していたのだ。

 

《なーに、一緒に住もうというだけだ。ほとんど 問題はない。奈保子とリクが経済的に困らぬように面倒を見てあげる・・それだけでよい。娘には云わば代理の母親ができて、リクちゃんと仲良く暮らせれば それで言うことないじゃないか』 
ただ、子供を作るとかセックスなどは絶対に出来ないと思っていた(何しろ、母親も奈保子も遺伝性の全般癲癇)。だから、形を変えた一種のお手伝いさんだったので、それが見透かされるのが嫌だった・・・。それでも 高級なお手伝いさんと思えばイイじゃないか、タイ人のメーバンと違って、先ず盗み癖はないだろうし、とにかく娘の幸せのためだ》と無理してそう思った。

 

 ところが・・・・
兄夫婦も奈保子も前住んで居たところには すでに いなかった。引っ越したらしい・・

それでメールを打って、返事が来るのを待つことにした。

すると、メールで返事が来る代わりに、なぜか学校の同級生の母親のところへ、電話があって、娘の父親の電話番号を教えてくださいと・・言う。奈保子は わずか一ヶ月の家庭教師だったが、学校へ娘を迎えに行ってたとき同級生の母親の電話番号をメモしていたのだ。

 

おかしい、メールで返事を送ればイイだけなのに・・・・。
オカシイと思ったが、ななみの幸せのために急いでいたので、深くは考えなかった。で、同級生の母親から教えた貰った番号に 電話をして会う日を決めた。ちょうど、シンガポールから1ヶ月毎の定例の銀行員(←プライベート銀行はこういう訪問がある)が来る日が迫っており、こういう事が決まったことを報告することも兼ねて 丁度その日に設定した。奇しくも その日は彼の誕生日であった。



電話を掛けて、打ち合わせた場所(三階建てのタウンハウス)に行って呼びかけてみると、返事はあったものの中々出てこない。なにやら、家の中でゴタゴタやっている感じだ。車に戻って15分か20分、やっと、奈保子が出てきた、と思ったら すぐ引返して 今度は、36,7の女、どう見ても40以下の女と、一緒に出てきた。

聞いてみると、母親だと言う。
えらく若い。友人はこの段階で よーく考えて見るべきだった。どう考えても40だ。奈保子は25で、上に兄が居てその兄が27とすると、母親が13歳で生んだことになる。タイの田舎ならありうるが、日本人と結婚した国際結婚だからそんなことは許されない。最低でも、初めて産んだ子は16歳以上、まあ大体で言うなら18歳くらいで生まないといけないことになる。しかし、このときも、深くは考えないで、えらい若いなーで済ませてしまった。最初から最後まで乗り気だったことが災いして、まったくおかしい事の連続であったが、全部見逃してしまったのだ。

こうして車は友人の家に着いた。玄関には既にシンガポールから来た銀行員が待ってた。部屋で銀行員は これはお祝いのウイスキーですと言って、ジョニ黒の最上級の酒を持ってきてくれた。詳細は予め話してあったので、すぐお祝いムードで始まり、新婚旅行の日取りの話になったが、近場のコチャーン(チャン島)で1泊旅行で決まった。すると、”母親”が結納金の話をし始めた。旅行前までに男性がお金を渡すのが決まりだという。

それで翌日に奈保子と友人は二人で銀行に行き、お金を彼女の口座に入れた。

旅行は3日後だったが、奈保子は 翌日電話を掛けてきてリクが具合が悪いという。彼女の家に行ってみると、まず、年齢が35過ぎか40の男性が ニコニコして会釈する。と、奈保子が、一番上の兄です、と説明。この時点で、友人はどうもおかしいと考え始めた。だが、最初、善意に解釈することで始まっていたので、お母さんの年齢もこの一番上の兄の年齢も聞かなかった。肝心のリクはピンピンしていたが、奈保子は夜になると、咳が出始めると説明した。不可解な兄の存在と言い、リクの怪しげな病状といい、すべて、菜穂子の日本語での説明がなかったら、まったく誰も理解できなかっただろう。

翌日も奈保子はまだリクの具合が悪いと言う。こんどは彼女の家に聴診器や血圧計を持って行った。行ってみると、はやり、リクはピンピンしてたが、血圧や聴診器での診察所見は異常なしだった。どこも異常はないですねね、と言うと、奈保子は 夜になるとね・・・と誤魔化した。それで近くの設備の大きい病院で友人の費用で見てもらうことに・・。病院では いろんなことをした。病院は詐病だと夢にも考えないので。その途中で 待ち時間がかかり、奈保子はイライラしだした。奈保子は とっくにブチキレテいたよだ。。、

友人が彼女に何か言っても ブスッとして投げやりに答えた。ははん、やっぱり詐欺だったか、友人は理解した。
次の日の朝になって奈保子から電話があり、リクが良くなったみたいです、だから、明日の旅行には行けるかもしれないと、と言ってきた。ところが・・・
晩になったら、リクはヤッパリだめ、これじゃ、旅行は行けないですね、と言うではないか。ふん、最初から その手だったくせに・・と友人は思った。

次の日になって友人は一計案じて 小細工を考えた。
で、彼女の家に着くと、長椅子の下辺りに壊れたペンシル型の長時間テープレコーダー(壊れていて使いものにならない奴)を奈保子が他の事に気を取られている間に差し込んだ。奈保子が来ると、昨日の診察時に 診察カバンから落ちた超小型の録音器がこの下辺りに入り込んでないか、調べたい、と奈保子に申し出た。すると彼女は激しく怒鳴るような声で、ふん、そんなものないわよ、と言いながら、足で 長椅子を蹴飛ばした。この女の本性が出た一瞬であった。おそらく、別れた大久保氏との毎日もこうだったんだろうなと、狂人相手の男性の地獄絵を垣間見た思いがした。

足で蹴ったが 長椅子は重くてほとんど動かなかったので、友人が手で動かすと、昨日から入っていたかのように、それは出て来た。友人は これこれ、探していたんですよ、と言った。おお、スイッチが入ったままだと友人は追加した。
奈保子は 急に顔色が変わった。そこで、私は『どうも怪しいなと思ったんだ。お金を返してくれ。』すると奈保子は観念したかのように『このカードに入っているわよ、自分で行ってとってきな』と乱暴に言った。

『暗証番号は?』
『〇〇〇〇だ』  すべて喧嘩ごしだ。

友人は上手く行ったと思いながら、家を出て車に乗ろうととすると・・・
奈保子も出てきて急に大きな声で、泥ぼう、と叫んだ。日本語で だから、タイ人には分かりゃしないが、友人はぎくりとした。人聞き悪いことをいう奴だ。
『何が泥棒だ、泥棒はあんたじゃないか。』
奈保子は 道の真ん中にリクを置きっぱなしにして、狂人のように喚き散らしている。こいつは、大変なアバズレだ、まさに狂人だと友人は思って、カードを奈保子に投げ付けて、『覚えていろよ、後で警察と弁護士に言って、処罰させるからな、と捨て台詞を吐いて、その場を後にした。


翌日同じムバ-ンに行って警察と弁護士に言うための調査をしたところ、
そのムバーンはタウン ハウス プラス ラーマⅨと言い、その10/159だった。クルンテープ・クリータ・ゴルフ場のすぐ近くの北側だった。一軒隣の10/158の住人に聞いたら、この家は家の旦那の、シンガポールに住む父親の名義で、旦那は 奈保子と夫婦で一緒に住んでいる。
一緒に母親がすんでいるね、と言うと、あれは ただのメバーンですよ と、教えてくれた。この住人も奈保子が車を自分の家の前に止めて迷惑している・・などで、困っているらしかった。そのせいで、全部詳しく教えてくれた。

なんだ、この女は手の付けようがない頭の狂ったアバズレ女だったか。すべて嘘で固めた詐欺。この旦那も奈保子に完全に牛耳られており お金は日本人の医者に貸してもらったと言い含めていた。

狂人と〇〇だけは手が付けられないと言うが・・・。
どこの国でも、先進国では これは同じで、悩みの種であることには違いない。
この間、相模で精神薄弱の人たちを19人も殺害した狂人の男も、死刑にするための裁判にも掛けられないし、精神医療刑務所などで何を対応するにも、莫大な予算が掛かるウンチのような存在だ。



81025

 中国の国営通信・
新華社の元記者がこのほど、極左路線大躍進
1958~60年
による飢饉の実態を調べた本を香港で出版し、3年間の餓死者は約3600万人だったことを明らかにした。


註:
大躍進
は中国共産党の歴史上、最大級の失政であるため、死者数など詳しい実態は今も秘密にさ れている)


 香港やシドニーなどで医者をした後、毛沢東の募集に応募して気に入られ、個人的な主侍医を22年間も務めた西洋医の医師=李志綏(イ・チスイ)が、毛の死後アメリカに亡命してから書いた 『毛沢東の私生活』全二巻 によれば
・・・・・

毛は、或る日、思案顔にずーっと耽っていた。部下がご機嫌を伺いに来ても、心ここに在らずと言った感で、受け答えするだけ・・。その毛が、その日の最後に、突然ポンと膝を叩いて、そうだこれだ!これこそが中国を救うと叫んだ!

多少の脚色はしたが、まあ、大体はそのような状況で独裁者の頭の中に、1958年から数年続いた恐るべき被害をもたらした『大躍進』が産まれたわけだ。

 


 大躍進には一大イベントとして世界に追いつけ『鉄鋼大生産』があった。毛は
10億国民から農耕に欠かせない鋤鍬(すき、くわ)はもとより家庭の食事に欠かせない鍋釜包丁などあらゆる鉄製の生活必需品の強制供出を命令して、

裏庭ないしは家庭レベルでの溶鉱炉で鉄鋼生産をはじめた。


ろしく幼稚な思いつきで恐るべき甚大な被害をもたらしたのが毛沢東という独裁政権の恐ろし
ヒットラーのユダヤ人抹殺のアイデアと同じように・・・。

この男こそが その後の中国の生きる道 共産党独裁!と言う諸悪の根源!を決めたのだった。


 

 
 その結果、農業生産が立ち行かなくなり、日々の生活も困難になったため、食糧生産が急激に低下して、約3000万人の餓死者をだしたと、記述している。しかも、裏庭ないしは家庭レベルで作られた”鉄鋼”なるものは、含有酸素量が多すぎて酸化鉄(鉄は酸化したら酸化鉄となって錆となる)の成分が多い為、非常にもろくて全く使いものにならなかった、と証言している。

 


 独裁者・毛の独り善がりな”卓抜した”アイデア(=馬鹿げた奇策)は経済対策に限らない。毛は女なしには居られないほどの女狂い。結婚していても(4度も結婚)他に女を作るのは当たり前であった。従って、権力者になってからは、自分の遊興の分野でも類稀(たぐいまれ)な独創性を発揮した。すなわち、他の共産党の国から来た外交使節団を歓迎する舞踏、演劇団を創設した(喜び組)。口実抜きにいえば、これは毛の性欲を満たすためにつくたのである。

李志綏によると、毛は毎日のように、中南海の”迎賓館”で、毛の発案による 全国から集
められた美女集団の舞踏団を結局は自分の凄まじい性欲のために利用し、舞踏や演劇を堪能した後、毎夜、毎週のように、観劇中に目を付けてた美女二、三人を選んでは何室もある自室に夫々引き込んでいたという。


 毛の妻(江青)は妻で、それで、耐えられないストレスから 毛の権力を利用して文革を起こしたのではないか。ただし女優時代から、この人物は破天荒で目立ちたがり屋で、嫉妬心から大きなことをしでかす所があったが・・。毛の死後、彼女は逮捕投獄され死刑判決の後、無期懲役となり獄中で自殺した。夥しい数の無実の民衆を 嫉妬心などの恨みから死に追いやった文革の責任者として、当然の報いである。

凄まじい性欲の虜となった毛沢東。3600万もの民衆を自分の失敗で死に追いやった悪魔(大躍進の失敗で死んだ人々のことを なんと言ったか。『餓死が国家を救ったのだ、1,2億くらい死んでも世界を救うには丁度良い』

その生き様は 悪魔に匹敵する。

ヒットラーでさえ(決してヒットラーを賛美するのではない、人類の敵ヒットラーでさえ・・と言う比較の意味で使うのだが)、連日美人女優をトッカエひっかえ性交しまくる、と言う破廉恥極まりない畜生以下の邪道は決してしなかった。

 

 


↑毛の4人目の妻となる前の女優の写真 

毛沢東とともに(1946年)

 


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李は「もし私が殺されてもこの本は生きつづける」の言語を残し
3カ月後、シカゴの自宅浴室で遺体となって発見された。死因は心臓麻痺、との事だったが、トリカブトなどの毒殺では心臓麻痺が直接の死因となるが、トリカブトが検出されるのでまずい。それより、電気ショックで暗殺したほうが何も検出されない。要するに工作員の手にかかれば 心臓麻痺を起こしたように偽装して 暗殺されてしまうのだ。

中国共産党は「事実無根の書」として発禁扱いにした。このことは中国共産党が、今も同じ穴の狢(むじな)と等しいと言うことである。
中国のエリート層では、この書は今でも密かに ひろく読まれている。

新華社の元記者の今回の発表は、李の『毛沢東の私生活』の中の記述を統計的に立証したものに過ぎない。

 

 


 81025



     

  ( 註 ) 籠絡=ろうらく=相手を騙して巧く丸め込み、自由に操ること。例えば『少女を籠絡する』

  (註2)これは凄い!少女を誑(たら)し込む必殺の手口 そのご紹介は6で!

この老人は一言で言うなら、いわば、「チェンマイの玉本」, あの伝説のハーレム男性であるチェンマイの玉本の、バンコク版 すなわち「バンコクの”吝嗇な”永濱」だと言えるのではないか。

因みに”裕福な”玉本氏は悪名が轟いたので、今ではカンプチャ(カンボジア)に引っ越してギョクモト、すなわち玉本の重箱読みの 『ギョクモトの名前で出ています♪♪』。そして相変わらず同様の大家族主義(男性一人;女性多数;子だくさん)を実践していると言う、そういう話だ。一時、チェンマイで警察に拘束された事がある玉本氏だが、玉本氏の場合は、女を騙して誑しこむことはなく、母親が億万長者なので、堂々とその趣旨(大家族主義)を女性に説明したうえで、みんなで楽しく、ワイワイと、かつ チャンとしたお手当てを支払って 集団生活をしている、とのことだ。玉本氏は幼少時に非常に寂しい思いをしたのかな?!


前置きは この辺にして、本文に入ろう。


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 私の友人から聞いた話で、長浜建は極めてエキセントリック(風変わり、変人など と言う意味)な男だったが、 反面教師という意味で) より良い最後の人生を送りたいと思っている皆様の参考になるかと思ってわがブログで詳しく紹介したい。人生最後の正念場を日々切磋琢磨して 最良の晩年にしたいと思っている方は この老人を反面教師として、どうぞ参考にしてください。または反面教師ではなく一部、同じように生きるのも 興がある(ただ、長浜のように闇雲に女、特に少女には手を出さぬこと)。なお、老人の名=長浜建(ながはま・けん)と言うのは 完全な仮名です。



このブログで紹介する人物のストーリーは、或る老人のタイにおける赤裸々な姿である。その姿は、友人が3年間、すなわち、老人が少女と同伴で友人の家に滞在しに来てから、その後友人のマンションに単独で居候(いそうろう)し、最後には友人が新しく購入したコンドミニアムで、男から直接見聞きして知りえた真実の赤裸々な人物像である。嘘、偽り、または誇大な語り口は一切無いと断言できる。

1.友人が長浜と出会った経緯

友人がこの人物 長浜建(ながはま けん 現在70歳)に会ったのはバンコクの北 、ラッパオ47丁目の佐藤家の居宅に暫くの間 賃貸で住んでいる頃だった。友人は非常に裕福で マレーシアに1年間住んでいたとき その地に永住しようと思ってメイ銀行で口座を開いたのだが、女性銀行員が 友人のメイン口座があるBOS(バンク・オブ・シンガポール)からメイ銀行宛に送付された資産バランス(残高証明書)を見て 酷く びっくりして言った

        「Oh,you are more than Billion-aire!   Wow」

友人は間違いなく女性銀行員がビックリするほどのビリオネヤーだったのだ。でも結局マレイシアは住むに値しないと分かってタイに引っ越してきたのだが、その際の片時の仮住まいと言うか、佐藤家が菊池さんなど多くの友人やその弟とかが居て、賑やかだったので かねて大家族に憧れていた友人は、面白い家だと思って、暫く住んでみようと考えたのだった。


2の     長浜は 少女を連れてやってきた


その家に 長浜建は18歳くらいのタイ人少女を連れて、この家にやってきた。二人はそれまでは戦勝記念塔の南で、soi ランナム の大き目のランナムアパートの小道一つ挟んだ、真向かいの古い9階建てくらいのアパートの8階に住んでいた。古びたダブルベッドが置かれた一間だけしかない部屋である。

長浜が言う「貴方は6歳の娘さんのベビーシッターを探しているんやねえ、そのことで伺いに来ましたんや」

そう言って男は 傍らの小柄で初心(うぶ)そうなタイ人女性を指さした。


見れば 孫どころか曾孫(ひまご)にも みえる女性で、この老いさらばえた老人が実は精力抜群のロリコン爺さんで18歳の少女の恋人とは 一寸信じがたかった。諸事情から類推するに、長浜がこの少女に初めて男女関係になった時点に遡ると、『少女買春に関する国際法』ならびにタイの国内法に触れる年齢だった可能性がある!この場合例え少女が承諾していても無効である。日本でも淫行条例があるが、この場合も少女の承諾の有無に関らず有罪である。タイで犯した少女買春という国際法違反の罪は時効に関らず日本国内でも訴追される。日本人の教頭がフイリッピンで少女買春を繰り返して日本で訴追され有罪になったのと同じだ。


ともあれ、結局 長浜建の18歳の恋人パッタマーが わが友人の娘のベビーシッターにおさまった。長浜建が言うには、「今までパッタマーには2万バーツも渡しとったんやけど、資金が苦しくなりましてなぁ (筆者注;茨木の家で高級車のベンツも最近買ったというから、資金繰りではなく、要するにケチり始めただけ) お宅でべビーシッター代をちょいと稼いで貰おうと思ったんですわ。それから私とパッタマーは この家にタダで(無料で)住めるんやろなぁ。」

彼は 臆することなく ぬけぬけと そのような事を喋った。普通の人ならば、極めて恥ずかしい事なので 言うに憚られることだが・・この男は行けシャーシャーと言うではないか。老練で神経が図太いのか。最初の頃、シーラチャの少女の実家に挨拶に行ったと言うから 老練さと図太さが仲良く同居している様だった。

何と言ったらいいのか、ぶっちゃけた話、女(少女)は もう物にしたから、これからは稼いでもらう、というのだ。いわば、ヒモみたいな関係か。


2の  長浜の中の 女をたらす(女を誑す) 内なる悪魔


自分はゴルフ三昧で遊んでいる。この男、ゴルフだけは中々の腕前だが、紳士淑女のスポーツとされてきたゴルフと この男の卑しい品性とは全く相容れない所から、ゴルフは 70と言う年に見合わぬ女たらしの本能、いや、女をたらす内なる悪魔が、あたかも「ゴルフで、自分の卑しい品性を ヒタ隠しに せよ」と言っている様だった。因みに女たらし とは女をたらしこむ男のことで、たらすとは甘い言葉で女を騙したり誘惑することを言う。まさに、この男からゴルフを取ったら、朝から晩まで若い女や少女に狂った女誑しの醜い老人だけが(枯れ)残る。


いままでは自分の財布から出してきた僅かな手当てを 自分の女(自分の物)になった時点で 今度はケチリ始める。友人はそんな長浜に好意どころか反感を感じていたが、全て娘のために 我慢したのだ。娘のためを思えば、そんなことなど どうでも良いように思えた。友人は妻とは別れた後、一人娘を育児していたのだが、もうすぐ小学校にあがる年になったので、切羽詰っていたのだ。


3.長浜の少女籠絡に困り果てた(少女の)母親が友人宅に現る


何日かしてこの少女の母親だという40代初頭の女性が、憔悴し切った顔で 長浜建と私(友人)を訪ねて 家にやってきた。

「パッターマーは 私の大事な一人娘です。 まだ大学1年生で(日曜日だけ授業があり、後はレポートで単位を取る短大)長浜建と付き合うになってから(註=少女の承諾が有って付き合っても、少女買春罪に抵触する)生活が目茶苦茶になったのです。私も父親も こんなフシダラな生活に困っています。長浜には娘と別れて欲しいのですが・・」


友人は 自分に話が振られたので、困惑したが 娘のベビーシッターを急に探すわけにも行かず、「少なくとも、ここに居る限り パッターマーさんの生活は安心してもらえるように 私が責任を持って引き受けます」、というほか無かった。ずる賢い長浜建は 友人が そう言うだろうと最初から分かっていて 今まで自分を煩さく責めていた母親をここに呼んだのだった。自分では 年齢といい顔と言い、まるで信用が無いものだから、6歳の娘を持つ社会的にも認められた友人が請け負うことで 両親の信用を得ようと企んだのだった。まさに一石二鳥の謀略 だった。


このように、長浜という男は学歴は皆無だが、このような抜きん出た本能、つまり 人をずるく利用する本能、一見図太く聞こえることを臆せずにハッキリと言う老獪さ、若い女性を手練手管で籠絡する特技は 教育由来のモノでなく、長年の経験から学んだ本能由来のものだろう。また長浜は自分から”英語は全然分からん、学んだことが無いんで”と堂々と言っている所から推定すると、中卒か高卒止まりだが、高卒ならば多少は英語が分かる筈だから、中卒(多分 中卒)だろう・・。


4.富士通勤務だったというが・・サラリーマンにしては極めてエキセントリックな男


この男は会った時から、自分は富士通に勤めていた、つまりサラリーマンだったそうだが、それにしては全くサラリーマンらしくない。富士通勤務だったにしてはエキセントリック過ぎる、そう、この男は極めて風変わりな変人なのだ。

たとえば彼は人生の後半頃は 高級なメルセデス・ベンツCクラスに乗っていたが、サラリーマンの男性、またはサラリーマン上がりの男性がベンツに乗るなんて取締役クラスなら分かるが・・そうでないなら滅多に聞かない。また英語も学んだことが無いそうだし、ちょっとした4字熟語の意味とか、有名な諺の意味も余り知らなかった。富士通勤務だった人が、まさか そんなことは無いはずだ。


色んなことから類推すると、電気店とか電気工事の店をやっていてその関係で富士通に出入りしてたかなぁ、と言うところだろう。それなら男の言う通り 富士通主催のゴルフコンペ にも出られるし・・。言うなれば、叩き上げの男と言うか・・。長浜はパソコンの使い方(パソコンの構築ではなく利用の仕方)を熟知していたが、大学や高等専門学校の電気工学系または電子工学系の出身とは肌が全然違っており、前記のように 経験で叩き上げた人というのが一番似合う人物だ。それならば、70歳近くの年令になって 少女や若い女性を籠絡すると言うのにも符合する。


5.全身これ性欲(精力)といった感じの男


この男は 頭が半分(頂上部分)禿げていた。これは精欲が強いことの証だ。男性ホルモンであるテストステロンの代謝物5αリダクターゼが多すぎて、これが頭皮の毛根に いっぱい溜まることで、毛根が脂肪太りして死んでしまう。これが禿げの原因だ。で、ただでさえ薄い髪はクシャクシャで、何年もの間、くしを一度も解かしたことが無いかのように縮れていた。足の爪も手の爪も殆どの爪が 白癬菌にやられていた。普通は白癬菌に冒されたら爪の色は白っぽい黄色になるのだが、この男の爪は 緑のう菌などが混合感染しているのか、汚たならしい緑色になっていた。その癖、人が親切でもって (無論、手を洗ってから)ビールの氷をこの人のグラスに入れてやろうとすると、「ちょっと待って。自分で入れる,自分で入れる」と血相変えて 氷を自分のもっと汚ならしい手で入れている。


長浜は そんな”清潔好き”の男だった。実はこの異常なほどの雑菌嫌いが、返って、この爺さんの、白カビ(白癬菌)の繁茂、皺だらけの顔(顔だけでなく、全身)、コラーゲンに見放された干からびた皮膚、(無数に近い)微小脳梗塞、(目の)網膜の点状の微出血・・・などの重大な原因であることを この男は知る由もなかった。この病因については項を改めて書こう。


前記のように、顔には皺が無数にあった。まず、額の皺だが、これは小さい頃に既に出来ていた皺で、長浜の場合これが沢山あり、そして深かった。おそらく不運な幼少期を過ごしたのだろう。苦虫を噛みつぶすような人生を幼少期に過ごした人は、額に深い大きな皺ができると言われている。

ついで額の下の 顔中の大きな皺も細かい皺も無数(数え切れない位)にあったが・・・

特筆すべきことは 口の周りの口囲皺(こうい じわ)が口の上下に各10本くらい 縦に細かく刻まれていた。


これに付いても長浜は知る由もないが、実はこの男の余生が そう長くはないことを示している。口囲に出来た無数の縦皺は高齢者に多いのは当然だが、顔の他の部分と違って、ここは晩年の最後に出来る皺(理由=口の周囲や口唇の血管は非常に密に発達しているので皺が出来にくい)であって、大抵これが出たら あと幾ばくかで・・する と言われる。これも、項を改めて書くが、異常な雑菌嫌いに加えて、血圧が年齢不相応な低さに原因がある。つまり低すぎて血流が細部まで巡らないのである。



6.こんな男が なぜ持てる?


6の

どうして こんな男が うら若い女性にもてるのか。以前 長浜とゴルフ仲間だった朝比奈氏(現在では この男の卑劣さに辟易して絶交している)によると、彼女以前にも若いというか16,17という女性が何人かいたという。それで、警察沙汰になった(か或いは なりそうだった)と・・・言うことだ。


それにしても何故もてるのか。スタイルや顔とは全然違う。顔はハッキリ言って不細工(この男には申し訳ないが・・・醜男といったほうが良いくらい)で、その上、特製のメガネを外せば 目が異様に細いので、かなり怖い感じ。
長浜は(自分でも嫌いな)顔の造作を メガネでカバーしている。で、ガラスに少し暗い色をつけた度入りの高級な眼鏡を ラッパオの古いビッグCの2階であつらえていた。


だいぶ昔の事件で申し訳ないが、グリコ恐喝事件の犯人とされたモンタージュ写真の細いキツネ目、そういう意味では長浜の細い目は似ているようだ。その上 足はハッキリと短い。これは見ただけで、すぐ分かる。長い胴の下に非常に短い足がチョコッと ついている。ゴルフが巧い原因は この辺にありそうだ。スイングを傍で真横から見ていたら どっしりと斜めに腰を曲げて安定した胴長の胴体の下に チョコッと付いた短い足が踏ん張って 安定感あふれるスイング をしている


こんな男に何故女がなびくのか。


6の

それは女が なびくのではなく、半分は男の謀略。謀略でもって女性を籠絡するということに尽きる。といっても この男はタイ語が少しだけ出来るだけ。如何にして若い女をたらすか、最良の謀略策を考え抜いた末に、身振り手振りというか、一生懸命に女達を口説くのだろう・・その一生懸命さも女性のハートに訴えるのか。何とかは口ほどに物を言う、と言うではないか。

筆者が考えるに
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女を誑し込む(たらしこむ)テクニックとは・・・・・・・・・

たとえば、

自分は奥さんや家族と離れて茨木の新築(に近い)家にすんで、妻と子供たちは高槻の古い家に住んでいるのだが (食事のときだけ、高槻の家に帰る)、一人で住んでいる家の写真を少女に見せて、『ワシはなあ、女房も死んでしまってこの家に一人で住んでいるんやけど、死んだら、遺産を誰に譲るか悩んでいるんや。今は誰もおらへんやろ』と言って、最近買ったベンツの5年もの(勿論、新車と言う)が、玄関の駐車場に止められている写真も見せて、凄い
金持ちだと少女に思わせる』(実際、長浜はベンツが玄関の駐車場に止まっている写真を撮影していた。普通の金持ちはベンツを購入しても最初から家の玄関に車を置いて写真に収めたりしないもの。この老人は買って真っ先にそれをやっている)・・・

などと言った手の込んだ嘘で少女にユクユクは老人の死後にその遺産が転がり込むかのように、思わせる手法で、少女を籠絡(ろうらく)する・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とか。

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6の

残り半分は 爺(ジイ)さんのくせに、物凄いセックス好き、そこからくる 表向きのクソ優しさ だろう。

だたし、この男の優しさは毛頭 真の優しさではない。その証拠に今現在(たとえばパッタマーと)同棲しているのに、 こっそり女募集の広告を載せており 3階の部屋でパッタマーが寝込んでから、1階の部屋で毎晩シャンな女が広告に(=わなに)掛かったか、どうか調べており、友人が傍で見ていても、平気でやっている。常人にはとても出来ないことだ。因みに、彼女と男の寝室は3階、友人と娘は2階に住んでいた(当時)。


7.友人は長浜の特殊な顔に助けられたことがある


この男の顔の怖さで 友人は得したことがあるという・・・友人は半年前にパンティップ・プラザで買ったパソコンの保障修理を店に出したのだが 長期間そのままにして放置されていた。すると、それを聞いた長浜が一緒に付いて行ってやろうと言った。一緒に行くと 彼は 店の中でメガネをしないで 両腕を組んだまま、一言も言わないで 立っていた。それだけで十分だったのだ。店の男は友人が日本のヤクザを連れてきたと ビビッて、慌てて こう言った「明日完成しますので、取りに来てください」店主は 明らかにビビッているのが 見て取れた。

効果抜群だった。何か喋ったら間抜け顔になるので 効果は無効になるが、何も言わないで ただすっ立っているだけだと そら恐ろしい怖い顔なのだ。長浜建は自らそのことを百も承知だったので、友人は「立っているだけで良いから。絶対に喋るなよ」となどと 言う必要が無かった。釈迦に説法って奴だ。


8.こんな顔、こんな年齢、こんなにも吝嗇(りんしょく。どけちなこと)なのに どうして女に持てるのか


このように 不細工な造作(顔)で、足が短く、深い皺、細かい皺が数多くあり、最初は金を出すが女が自分の物になるとドケチになる・・・女なら誰でも嫌がるはず この男が なぜ持てるのか。上記6 で書いたが、これをもう一度、別の面から見てみよう。


1)

まず第一に 女には とてつもなくマメで かつ極めて優しい。1週間か二週間に一回か二回のゴルフをやる他は 女のことを考えているか、女に気に入られようと 努力している(顔やスタイルは全くだめなので、女に好かれるには、これしかないと達観している)


2)

最初は 女に お金をかける。が、それほど掛けるわけでもない。パッターマーの例でも分かるように、2万バーツ程度だ。普通の男なら、そんな額では効果はないと思うが・・。が、とにかくマメなのだ。何時も女をこつこつとマメに探している。タイ・キュウピットというインターネットの媒体で、ちゃんとステディな同棲相手のパッタマー(大学1年生)が居るときでさえ 毎晩タイキュウピッドの自分宛てにメールが着てないか調べており、もし綺麗な女から問い合わせがあると、小躍りして返事を書いていた。パッタマーがいるのに!!だ。


また、万が一(同じタイキュウピッドで知り合った)パッタマーが、未だ今でも 自分と同じように男性を探しているかも知れないと、先回りしてチャンと手を打っていた。友人はその方法を長浜が説明するのを 内心では軽蔑しながら ふんふんと感心して聞いていた。

 

3)

この男は女には金より(最初は金だが) とことん優しいのが一番だと この男の場合 所詮まやかしではあるが、達観していた。それを更に効果的にする方法をこの男は知っている。


それは すぐ傍に居る自分らと関係が深い男性(たとえば この場合 リッチな友人のこと)で、自分よりリッチで高学歴の日本人がいたら、その男性の色んな悪口を一生懸命に創作して 彼女に故意に吹聴する。それだけでなく 二人でその人物をコケにする。絶対褒めたりしないのだ。従って たとえば 彼女は 自分を雇ってくれている雇用主である友人を 裏では勿論のこと、表でも それとなく 嫌うようになる。若い女は思ったことが顔に出るから。しかし 言い出しっぺの長浜の方は まるでスパイのように 全く顔に出さない。名うての策士だから当然ではあるが・・。


9.エエーッ 奥さんと独身の二人の子がいたの、大阪茨木に?


ところで、友人は この男長浜が タイでのハチャメチャな女道楽の行動生態から てっきり 一人暮らしの寡夫かと思っていた。が、実は奥さんもおり、その上 未だ独身の二人の息子(40歳くらい)までいたのだ。大阪の茨城市東太田(ひがし おおだ)に奥さんと子供は住んでいる。家は死んだ父親が残した家と、自分で25年月賦で購入した新しい家がもう一軒あり、この男は一人で新しい方に住んでいた。そういう事情(自分は新しい家で一人暮らし)に持っていった遣り方が また悪賢い(わるがしこい)っていうか、かなりのスケコマシ(策を弄する男という意味)だった・・・


新しい家に住むと言う理由の一つは この男、ベンツの5年物の中古車(←天井がパノラマでスケスケになっている)を約500万円位で買ったのだが、その駐車場にするため、車を新しい家に置く、と言う理由。


理由の二つ目は、新しい家は売りに出しているので、家族が多人数で使ったら汚くなって不味いし、さりとて 日ごろから手入れをしていないと家が朽ちて行くから、やむ得ず自分が住んで掃除をする・・・等と言う理由で、奥さん子供を納得させて、ちゃっかり一人で住んでいる訳だ。


この男がタイに来て言うには 何とか大阪でも愛人をこの家に囲おうと 思案している、と本気で友人に語っていた。この男は、以前から奥さん子供に 巧みに吹き込む諸工作しており、ここまで来ると実に用意周到な策略家、またはスパイ肌しの謀略家である。その技は何十年という年季が入っており実に巧みだ。日本でも 同じ調子で少女などを籠絡して同棲するのだろう。


続く(次回をお楽しみに)


 ※※※ お願い

このブログを読んだ方で、主人公の長浜(大阪府茨木市の住人)についての情報をお寄せください。どのような情報でも構いません。連絡はこのブログのコメント欄(自動的に公開されます)か、数ブログ前のブログ(ス村)の最後に記載した筆者の専用メルアドまで。なお、情報提供者の秘密は固く守ります。 


私の友人は 留守にしていた1ヶ月一寸の間に、この決定の荒波と余波で、 ドル円のショック安で円が 1ドル119円から15円も円高となり、8000万円も損をしたという。逆に大もうけをした人も勿論居る訳だが・・・

人騒がせなブレグジット、もともと議会は脱退に否定的だった。それを上流階級出身の軟弱なキャメロン(=日和見的で、ご都合主義者)が否決されると見込んで国民投票に掛けた(わざわざ赤子を起こすような事をした),ところが、何と、見込み違いのEU脱退(ブレグジット)!

最初から議会に決めさせれば良かったのだ。このアホ馬鹿 いや失礼、ノータリンの、お人好しキャメロンは国民に受けようと、脱退にNOを総花的に演出しようとして、まさかのブレグジットに突き進んでしまったわけ。


しかし、見込み違いで国政を決めさせては為らぬとばかり、それを修正しようと試みたのが高等法院。議会の承認が必要だと、当たり前の判決を下した。流石は老舗の国は強か(したたか)だった。メイ首相率いる英国政府は最高法院に上訴するだろうが、世界の相場が判断するところ、最高法院も高等法院の判断を支持するだろう、と。実は メイ首相も  内心はその方が良いと思ってる?

すべて、国民(←ブレグジットに票を投じた)向けの ポーズだろう。EU脱退を望むマイノリティへのポーズ。脱退はマイノリティ(主として高齢者と中産階級以下の、移民たちの流入でウダツの上がらない階級)が望んでいたもので、パワーある若い人たちやそれ以上の階級は否定的だった。

最高法院が高等法院の判断を支持すると見られるのは、ポンド相場が急上昇していることが示している。
意外な 間違った国民投票結果の修正方法があったものだ。民主主義の苦杯を甞めて来た国、老舗の英国だけある!

英国が脱退しなければ 全て上手く収まるのだ。高齢の労働者などのマイノリティと 単なる大英帝国時代の誇り(誇りだけで、何もない)のために、EUを脱退して どうする。これで取りあえずは、相場の激変は避けられそう。


友人の娘さんは某私立学校に新1年生の入学式のときから通っている。入学して2学期の終わり近くこの試験を受けた。テストは7段(各年齢域別に7段の項目群)に分かれていて、先ず最初は親がよく考えて記入するのだが・・・実に、タイに進出して来ている日系の学校のテストとしては極めて不適切なのだ。タイで育った一部の生徒に適用すれば、検査が不適切のため、知能が、まさにチンパンジー並みと言う結果になって・・・(笑)。


その訳を説明しよう。


1.


自分の子供の実年齢域の属する段階の項目群をチェックするのだが、各項目を自分の子供が出来ると思えば〇、出来ないと思えば×を入れるというものだ。もし連続して10項目、〇が付かないうちに×が付けば、年齢が1段回前の項目群の最後から、逆方向(年が小さくなる方向に)に検査を進め、連続10項目〇が付くまでこれを行う。この場合 それより前の項目、と これより前の各年齢段階の項目群は全部出来るものとみなすものだ。連続10項目〇がつかない内に×が付けば、さらに検査を逆に進めて 連続10項目〇が付くまで行う。ややこしい様だが・・実に簡単な原理だ。子供のいろんな発達段階をスケール化して、そのスケールのどの辺に位置するか、を見る検査である。

これとは別に KIDS という検査もある。これは様々な機能の発達状況を総合的に捉えようとする検査である。



2.


この社会能力検査は日本での使用を条件に作られており、タイには適合していない。と言うのは、子供にとって《一人で乗るのが極めて危険な》電車やバス、ましてや、自転車で、一人で乗れて目的地まで行ってこれるか?とか言う類の質問項目が何十となく出てくる点である。タイは子供の誘拐事件が相次いでおり、実際に、Wanted Missed Child !という、顔写真付の子供の捜索願が頻繁に掲示されているお国柄である。

一般の日本人の子息にとって、一人で電車などに乗るなどと言うのは 「子供を どうど誘拐してくれ」、と言っているも同然で、ましてや友人のような、(狙われる危険性があるゆえに、言いたくはないが、事実を言わないと 現実に苦労していることが分かって貰えないので言うのだが)友人のようなビリオネヤー(億万長者)の子供が電車に一人で乗ると言う事は危険極まりないことなのだ(予め調べた誰かが、後を付けて来ているかも知れない)


実際、こんな事件があった。
娘さんが入学する半年前に 友人はシンガポールの最有力銀行がINGを買収して作った某プライベート銀行のエグゼキュティブ・デイレクター(祖父母や親が在日韓国人)によって100万USドルを横領され、果ては仲間によって、バンコクのペッチャブリのムーカター(焼肉店)において、猛毒のメチルアルコールを洋酒に混ぜて飲まされて 殺され掛けた。これは、資産の全部を更に横領しよう、という陰謀事件であった。

清武英利 著=プライベートバンカー(講談社) が詳しく取材している。また インターネットにも事件の全貌が載っている。        http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49354



3.


一方、この学校では、子供の送迎、特に子供のお迎えは 厳重を極めており、手続きとして先ず1年ごとに発行される子供の写真つきのピックアップカードというものが絶対必要となる。また、迎えに行く人物も、さらに前記のカード以外に 保護者証 というものが絶対に必要である。いつもゲートの係官が見慣れた人でも顔パスは絶対に不可能だ。『いつも通ってるんだから、ね、イイでしょ』等ということは絶対通用しないのである。そばには警察署より派遣されている常勤のタイの警察官が睨んでいる。ゴネようものなら、直ぐこの警察官が顔を出す。もしカードを忘れた場合には、日本人の教職員の担当者がゲートまで来て、あらゆる事(子供の生年月日、学年、担任の先生の氏名、親の電話番号、住所など)を申告させて、間違いがないか、確認する。


なぜ こんなに厳重なのか。

いわずと知れたことだ・・・それだけ誘拐の危険性があるからだ。




4.


それなのに、このテストの項目に、こういう項目が沢山設けられている。

電車、バスを利用して 一人で 行って帰ってこれるか》とか《一人で自転車カナリ遠いところまで行って帰ってこれるか》とか《お金を貯めて 計画的に お店やさんで、ものを買って来れるか》とか。これに類する項目は非常に多い。いわく《初めての所でも地図を見て、一人で・・・》とか《知らない所でも一人で・・・》などなど。

これらの行動は 日本人の子にはタイにおいてはご法度で、極めてナンセンスな質問である

友人は1年生の末ごろ、担任を通じて学校当局にその点を指摘して、このテストは おかしいと問題を提起したが、未だにその回答が 無い状況だ。


友人の娘は 誘拐されないように絶対にバスや電車や、ましてや自転車なんかに乗らない。子供用に自転車は買っているが 親の自転車と一緒に、並んで公園とか近くを走るためである。父親は1年前までは 親機側で GPS信号で子供の位置がピンポイントで分かるマッチ箱程度の小さな器械を 子供の体に付けていた。いまは壊れて使っていないが・・。まぁ ピンポイントGPS発信機が無くても、この学校にいる限り、誘拐はない、と確信できたからであるが。


友人は繰り返し言った。このテストは、タイにおいては、タイで育った日本人の子供には全く向いていない、と。客観的に言って、このテストはそのような生徒には不適切である・・・と言うしかない。


5.


にも拘らず、友人の子供は無理に この検査を適用された結果、当時満7歳なのに、社会能力年齢が1歳半~と認定された。あなた、1歳半だよ,1歳半。
一方、親がこのテストを、(前記の一人で電車に乗るなどの危険な行動を、他の安全な行動に置き換えるなどして)柔軟に適用して採点した結果は 8歳から9歳であった。この結果は担任に預けたが全く無視された。)

この検査は 体のイイ、一種の知能検査とも言われているが、この式で行くと知能指数は20くらいしかないことになる。胎児の頃に先天的に能の発育が障害される気の毒なダウン症の子供(IQが平均5,60と言われている)より 遥かに重大な脳障害または欠陥があることになる。

冗談じゃない、
サル並みだ と友人は憤慨した。少なくとも当時はそう判定されたのだ。只でさえ友人は 『うちの娘は ある分野では実に見所がある、父親がチョイ考えても出来ないことが 出来ている(人形の寝床などで)。将来が楽しみだ』と言ってたのに・・。それがなんと1歳半!と言われたから、怒るのも無理はない。自尊心をこんなにも傷つけられたことはない、と、



 最初、担任クラスの先生(木島菜穂氏)がこのテストを行ったと考えて、(実際は、親が最初にやって、それを参考に学校側が本施行すると思われる)実にすさまじいほどの敵意を担任と学校側(第一教頭)に覚えたのものだ。その後、テストの結果も踏まえ、WISCと言う別の検査(この検査では平均を百とすると、7,80と、まあ、普通に近くなっていた)を勘案して、友人の娘は 特別支援学級(なかよし学級)に入れられたという。1年生の3学期の後半から、特別支援の先生である坂本勝彦教諭と第1教頭先生は友人と厳しい表情で対立していたのに、なぜか最後のころになると  急にニコニコし始めて、何かことある毎に ”最近良くがんばっていますよ、娘さんは、”などと言って喜ばしていたそうだ。

ところが蓋を開けてみると2年生になった途端、説明もなく、なかよし学級に入れたれたと言う。そして教頭と特別支援部長と担任の先生は そろって仲良く 日本に帰国していた。つまり、竹迫氏と坂本氏の
騙まし討ちに遭ったと言う・・いや、単なる騙し討ちと言えば嘘になる。というのは特別支援に入る前のホンの一瞬だったが、御歳45歳くらいの竹迫氏は 勝ち誇ったように、こう言った。 『貴方ね、もう話はこっちのペースでついとるんだわ。これにはPTAも日本企業の会員の方々の了解も既に貰っとるんでね。』





友人は、1歳半という判定結果を、第一教頭の竹迫先生が特別支援の坂本先生かまたは担任の木島菜穂先生と 組んで、ほにゃららをしたと 友人は腹立ち紛れに想像したと言う。
というのは、事あるごとに この二人(教頭と特別支援の先生)と友人は娘のことで対立していたからだ。

或る日など、他の先生がた二人が 教頭と友人の二人が娘さんのことで話している現場(=教職員室の直ぐそば)を 何か起きないか心配して(友人の声が大きいので)、取り囲まれた事もあると言う。もちろんその場は『私は、耳が悪いので、声が大きいだけ』と、白井克己先生らに説明すると、直ぐ理解してくれたそうだが。(註:友人は幼少時から両耳性の重症中耳炎で聴覚が酷く悪く、大学入学時の健康診断で35dbの感音性難聴と診断された(註;難聴で落とされたら気の毒だよね、と教授のお情けで合格に!)、歳を取ってからは更に悪くなり45dbも落ちる強度の難聴があり、そのせいで声が大きくなる傾向がある。


この第一教頭氏は タイ人の生徒との交流学習のときに 何故かこの友人の娘の行動だけを凝視していて、やれ、娘さんがタイ人の生徒に執拗に何かをおねだりして嫌がられていた、とか言うので、友人は『子達二人の会話はタイ語ですよね。教頭先生はタイ語の会話が分かるのですか』と反問したこともある。教頭は無論、短期赴任なので、タイ語はまったく分からない。

とにかく友人の娘さんだけを、目の仇にしているようなのだ。娘さんは とくに教頭の授業を受けることもなく、顔も会わせるせる事も滅多にないことから考えて、担任が あの子は何かと手が掛かる子です、などと相談して(言いつけて)いたのかなあ、と思うとのことだった。担任は御歳35歳くらいの ”未婚” のようだったと言う。


6  特別支援教室


ただ、特別支援学級に入ってみると、このクラスは非常に手厚く保護されており、その点は 申し分なかったそうだ。また、娘さんの生い立ちが保育所、幼稚園に通う年頃のとき、ちょうどプノンペンとジョホールバルで(医療ボランティアなどの関係で)暮らして居て、日本語環境の幼稚園などが全くなかったため いずれにも通ってはいなかった。こう言う事情もあって、友人の娘さんが普通クラスでの勉強環境に 直ちには適応できなかった、という背景もあった、という。


しかし、いずれにせよ、このテストは日本企業の短期の駐在さんの子息を想定して施行されており、日本から來タイしてきて、暫くしたら(通常2~3年。数ヶ月で帰国と言う例も)日本に帰国する、という生徒さんが主な検査対象なので、その場合、若干 かかる由々しき問題は矮小になる。まあ、若干、問題はあるが目立たない。



したがって、友人の娘さんのような、タイで育った日本人の子息には 100%適合しないのである。学校が、生徒が誘拐される危険性を考えて 送迎を極めて厳重にしていると言う中で、社会能力検査だけが、『一人で自転車に乗って遠くまで行って、帰って来れますか』、等という質問するのは そのような子供の親にとって極めてナンセンスなのである・・・・発達段階というスケール つまり 子供の発達程度が どの辺にあるか、を調べるものさし には そのような項目(ナンセンスな項目)が沢山あり、そのような項目で×が出る度に 発達のスケールを幼少へと遡る分けだから、友人の娘さんは こうして1歳半のサル並みの能力だと 判定されたのである。1歳半と書かれた検査済用紙を友人に渡したのは 確か・・・、

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私は友人に 『いい加減に 過去のイザコザは もう忘れろよ、お宅の一部思い違いもあるだろうし・・・・・お宅は若い頃から物忘れが良くあったからね・・・財布の入った大事なカバンを忘れてきたり、してさ』


そして私は明るい話題で友人を元気付けた。

『何よりも今 特別支援教室で 娘さんは段々芽が出て来てると言うじゃないか!』




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