虹の風学修館 新津教室

西中(浜松西高中等部)受験日が来年の1月6日(7日)に迫っています。この時期になれば、誰しも現状と合否の可能性を照らし合せてしまい、不安に感じてしまうことも多いでしょう。ひとまずは、直近の模試で「どのような結果が出ていても」鵜呑みにせず、これまでの努力を継続する必要があります。西中受験は特に、「どのような結果が出ていても」合格や不合格を保証するものはないのです。

今年の春に誕生したばかりの新津教室ですが、初年度から生徒達に恵まれ、6月頃に西中受験クラスも立ちあがりました。昨年の冬あたりにできていれば、もしかすると4月から受講して頂けた方もおられるのでは?とも思います。そして、指導の中で感じていることがいくつかあります。


1つ目は、受験するのであれば、4月スタートの時点から長期的に考えていただきたいということです。学校の中でもできるほうだから、というのはさほど参考になりません。例えば、学校の算数では「計算問題」が解けるように、「あらかじめ用意された式」の答えを求められることが多いのではないでしょうか。
しかし、西中受験では「問題文から情報を整理し、”何を” ”どうやって”求めなければならないのか」といった視点や思考、時に発想が必要とされます。基礎の多くは国語にあると考えていますが、「難しい算数の問題をたくさん解けばできるようになる」という曖昧な見解・印象は先行しがちです。「勉強時間を増やせば…難しい問題さえ取り組めば…」という認識が生まれると、かえって「まだ入塾しなくても大丈夫」といった、後手後手の判断からアクションを起こせないこともあるかと思います。


2つ目は、言われたとおりに「学ぶ(まねぶ)」ことができる生徒は、時間に比例して伸びる可能性が高く、「自己流」は停滞しがちなことです。意志の強さや、持ち合わせるべきプライドはあるかとは思いますが、まずは「謙虚」に受け入れて取り組めるかどうか、ではないでしょうか。


3つ目は、合否そのものではなく、合否判定後の生徒の学校生活こそ、真っ先に考えておくべきです。新津教室では、誰しも向き不向きがあるという点を踏まえたうえで、あらかじめ「西中受験を良いチャレンジにしよう」という声掛けをしております。不合格を恐れる方が圧倒的に多いでしょうが、「そもそもついていけるのか」ということも同じくらい、後々の懸念事項になってくるかと思います。6年間通うわけですから、そこは軽視すべきではないでしょう。実際に、西中で日々どのような課題が出されているのか、など知っておくこともやはり大切です。

来年度の西中受験クラス受講をお考えの方は、お早めに・お気軽にご相談ください。

こんにちは。

新津中では11/22から定期テストⅢが実施されます。
当塾では、テスト実施日の3週間前から既にテスト対策を開始しています。
この時点ではテスト範囲が発表されていないケースが多いのですが、前回のテスト範囲の続きから取り組みをスタートさせられるように準備していきます。
この時点では、範囲よりも「具体的にどんな取り組み(時に作業)をするべきか」が、生徒にとって明確になっているかどうかが重要です。
「じゃあ始めよう」と言ったところで「何から始めよう?」で止まってしまっては、生徒の時間が無駄になってしまいます。


この写真はテスト対策期間初日の中2Bクラスの様子です。

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全員が「英語の和訳を確認する」とやるべき事を定め、教科書本文が書かれている紙に、教科書を見ずに和訳を書き込んでいる様子です。
これは、「家ではやる気がでない」「1人では何をしたら良いか分からない」というありがちなハードルを越えるために、敢えて塾で「家庭でも同じようにやる」ことを意識させるシミュレーションです。


彼らはテスト対策期間初日から集中して臨んでいました。
「テストまでまだ3週間もある」と考えている同級生に差をつけていくことでしょう。

「勉強ができる」とは、何をもって「できる」と言えるのでしょうか?
一般的には、「学校のテストの点数が良く、成績も良い」といったところでしょうか。


・・・このようなことがありました。

「今回のテストはあの先生が作ったから、知らなくて解けない問題があった。自分の先生はそんなこと授業中に教えてくれなかったし」

戸惑う気持ちや、理不尽に感じることもあるかもしれません。
ただ、テスト範囲から外れているわけではないので、厳しい見方をすれば「自学自習」が足りなかった、とも言えなくはないでしょうか?


・・・このようなケースもあります。

「学校の先生が作った中間期末テストはできるのに、実力テストは難しくてできない」


どちらのケースも根本的な問題があるように思います。
その問題とは、「本質的な理解の欠如」と「受け身の姿勢」であることです。

前者は、「自分がやった問題集の問題が解ける」だけで、問題文(発問の仕方)が違えば間違えてしまう可能性があります。つまり、「作った先生が違うからできない」というケースです。
後者は、「学習範囲も、問題の解法も与えられるモノ」という思い込みと、その習慣化を疑う必要がありそうです。

本来、「学び」とは「主体的に(先人を)まねる〔まねぶ→まなぶ〕こと」であるように思います。このようなそもそもの話に立ち返ると、「学習範囲」とはあくまでも「テストで点数を取るため」のものでしかないのではないでしょうか。大半の生徒は、教科書から学んだことを「なぜ?どうして?」と掘り下げるために自分で調べることをせず、与えられる機会をただ待っています。環境に左右されるところは大きいですし、このような姿勢の習慣化が生徒の自己責任であるとは全く思っていませんが。


点数や成績が良いからその教科が好きなのか、その教科が好きだから点数や成績に結びつくのか―――どちらもきっと正解でしょう。ただ、どちらのモチベーションを優先すべきかで行き着く先はだいぶ違うように思います。

「勉強ができる」とは、「自ら進んで勉強ができる」という基本的なスタンスにこそあるような気がしてなりません。

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