2013年12月20日

勇気と空気

 「日本人論が気になるのは日本人だけ」という例に思いっきり引っかかり続けて早10年が経とうとしていることになります。

 俺の中の日本人論もそろそろ佳境を迎えているような気がして、その大きな進歩に一役買ったのが次のネット文章。

<中国人は道徳心が無いから儒教が生まれた。
日本人は勇気がないから武士道が生まれた。
アングロサクソンはずるいからフェアプレーの精神が生まれた。/i>

 どこからとも無く回ってきたこの文章の2行目に全ての答えを見たような気がしたわけですよ。

 今日は全部で9つあります。

1.勇気がない万能論

 日本人論として思い浮かぶ、例の皆が一度は目にして誰しも一つは胸の中で確信している信念、「〜だから日本人は駄目だ」の前半部分、つまりは波線に当てはまる文章の全ての原因は「勇気がない」ことに起因する、みたいなことです。
 何故日本人は悲観論が好きか? 何故2番手を好むのか? 何故日和見主義が多いのか? 世界一敬語が発達しているのか? 年功序列の制度が根強いのか、減点主義が多いのか、自国の文化を誇らないのか、周りをキョロキョロ見渡してから決めるのか、「世界ではどうなってるの?」と聞くのか、仲良くしろよというのか、保守派が多いのか、至極遠回しな言い方表現を好むのか、ブランド品が好きなのか、限定品が好きなのか、野球が強くてサッカーが弱いのか、イエスマンが多いのか、小さいものに宇宙を見出すのか、行列をしっかりと守るのか、貯金を好むのか、何故ネットで顔を隠すのか、奥手ではっちゃけないのか、他人の評価を酷く気にするのか……あといくつ有りますかね。

 これらの無限にある日本人要素を総称した現象が「空気」であり、何故日本人は「空気を読むのか」ということになるわけですが、その答えはさっきにもでてましたが、『勇気がないから』です。おわり。

2.強引すぎワロス。バカ乙〜www
 この手の日本人の性格傾向でふと疑問に思うのは「選択的に選んでいるのか?」ということです。「俺は悲観論というものが原理的に真理に近いと確信しているから悲観論を好んでいるのである!」といえる人は勇気がある人です。でも多くの人はただなんとなく悲観論が「なんとも口当たりがよく肌触りがよく手に馴染んでいる」はずです。それは俺も日本人だからよく分かるわけで。
 「非選択的に、それしかないものを手にとっていることが果たして勇気がないことなのか?」という疑問も同時に吹き上がることになるわけですけど、「じゃあ外国を見てみよう」ということになる裏にある真理は「怯え」のはずです。間違えたくないという。

3.「何を」間違えたくないのか?
 1タス4の答えを間違えたとして、一体何を怖れているのか? テストで間違えることは「点数が下がる=自分に不利益がかかる」という意味で実利的な怖れですが、日本人に常に襲いかかっている「間違えたくない」という思いは実利的ではありません。それはバカにされたくないという思いが強いはずです。
 「医者は弁護士を妬まない」という言葉が示すことは、自分に自信がある人は怯えない、ということです。テストで緊張するのは「自分の勉強に不足があることを知っているから」です。これは俺も嫌というほど知っています。悪口は自分が言われたら嫌なことが語彙の果てです。バカほどバカにされることを嫌う。

4.では「バカ」とは何なのか?
 ここにバカが二人いたとします。

・泡姫(ありえる)さん
・黄熊(ぷう)さん

 とりあえずベストオブキラキラネームの2013年の1・2位から登場してもらいましたが、アリエル氏は馬鹿にされることを怖れない。対してプウ氏は馬鹿にされることを恐れているとします。
 どっちがバカでしょう? 貴方の知性が試されます。
 「そんなの知性を示すデータ無しに決められるわけねーだろタコ」と思うかもしれませんけど、この名前をみて分かる通り、どっちもドッコイドッコイの知性の持ち主です。「カスみてーな親から生まれたどっちも等しくカス」という大賞を決めた人らが内心思ってることをそのまま当てはめます。
 どっちがバカでしょう? 選んでください。
 この答え次第で次の段落で何かが分かります。



5.決定できるか、決定できないか。
 答えの可能性は二つ。「どっちかを選んだか、選ばなかったか」です。つまりは、決定と保留。
 決定というのは本当に面倒な作業で、特に情報がトントンである時に選ぶことは一種の苦痛を伴うことがあります。
 保留というのは裏返せば「自分は決定を下していない」ということです。決定は二元論です。どんなにまろやかな言葉を用いようがOn/Offスイッチに中間がないようにOnでないならOffになるわけです。

6.知性はOn/Offで決められる。
 ある極めて重要で大事な約束を保留として先延ばしにしたところで、自分が死ぬなどでその約束が強制的に固着されてしまいます。どんな大天才が「世界の誰一人の毀損もなく漏れ無く幸せになる事業」というものを幸福質量保存の法則を時空間含めて完全無視して起こしたとしても、それは達成出来なければ失敗ということになる(この場合完全にスタンドアロンで外部に情報が漏れる未来永劫ないこととする)。
 知性というのは時間に頼っている部分も多いわけで、死んだ時になってはじめて「総合的に見て賢かった・バカだった」ということを評価できる。これはつまり時間の切り取り方の問題というわけで、「はいバカ〜ww」と馬鹿にされる時というのは「ある一定の時間の評価」というわけになる。
 1タス4を間違えて馬鹿にされる時というのは「1タス4を問われ、答えるまでの間」がバカだったということになります。だれかがその瞬間に1タス4を間違えたからといって、「こいつが1タス4を平均的に間違えられるようなバカ」と思うバカはいません。
 と書いたところで気づきましたが、賢いがOnでバカがOffというわけではないです。「100秒間の間にまずOnかOffかを出力し、それがOnであったときのみ”賢い”かどうかの判定を受けられる」ということです。Onであってもバカかもしれない。Offだと漏れ無くバカです。200秒あればOnになるかもしれないというのは、20歳になれば中学受験に合格できる、みたいなことです。

7.On/Offは自分では決められない
 「明日から本気をだす」という慣用句がありますが、言い換えれば「今日はオフ、明日はオン(になるかも)」ということになります。しかし今日は何が”オフ”なのか? 「苦労と思わないのが玄人」という表現があるように、100人中100人がオンだと思うオフはオフか? 「知ろうとしないのが素人」的にググることすらできないハイパーメディアクリエイターが素人でないと証明するのは難しい。
 俗にいう「大成功した」という表現には(みんなから見て)という主語が隠れています。つまり「みんなから見て大成功」したいのであれば「みんなから見てOn」でなければ少なくとも到達できない。

8.「選べない」という国民性
 一番最初に列挙した日本人属性の様相を自分が好き好んで選べていれば、「だからダメだ!」という結論に繋がりません。
 「性格は選べるものではない」という反論があるかもしれませんが、性格が選べないのならば人は赤子の状態から1ミリも変われません。正しく言うなら「性格を変えることは大変難しい」わけですが、それは当人が「俺はこの性格をどうあがいても実は手放したくないだけ」というだけの話で、それは「俺はこの性格を”選んで”いるのだ!」ということになる。選んでいるからこそ、俺はこの性格が変わらないわけです。

9.空気を誇れるか?
 「空気に流されてだからダメだ!」ではなく、「空気に流されて良い!」といえるかどうか。これはつまりよくあるノリでいけば『太平洋戦争を間接的なトリガーとなった空気を誇れるか?』ということです。
 空気があることによって「良い」側面は絶対にあるわけです。世界がお互いに絶対に譲れないもの同士のぶつけ合いで殺し合いをしてる裏で「なんでみんな仲良くできないの!」とアニメ美少女的な強烈な白痴キャラが世間知らずという純粋な無知性でジョーカー的役割を果たすことは絶対に必要です。
 ただそれが俺ら日本人ということで。「誰かがやらなくちゃいけないのは知ってるけど、俺はゴメンだ」ではダメなわけです。
 ところで、こういうと「曖昧性を曖昧にしないと真の曖昧性にはたどり着けないんじゃない?」的な反論が出てくるかもしれませんが、それは「真実性を追い求めると何が真実かわからなくなるんじゃない?」という疑問と一緒です。一部の大天才が頭の中だけで到達できる事象を、一般人の日常生活レベルにまで落としこむ必要はありません。

10.勇気を出すには。
 選んでいきましょう。それが最小単位です。

nnnat
posted at 22:57

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