2009年05月07日
マハラバ伝説公演まで、あと3日
マハラバ伝説公演まで、あと3日
と劇団態変からメルマガが届きました。
原稿を載せているので添付します。
ーーーーーーー
今回の茨城公演の企画・実行委員を務められます野口修さんより、『マハ
ラバ伝説』への思いを書いていただきました。
斜視の目が積乱雲湧くかなたへと吸われゆく
ただ平和が憎く
母子心中葬りしあとに慈母観音やがて雑草に
埋めゆく日本
これは、マハラバ村創設以前から崩壊後も大佛空氏と歩んだ折本昭子氏の短
歌です。私たち実行委員会では、今ではほとんど寝たきりの折本氏に文章を
依頼しました。折本氏からわたされたのは「蛾の舞」という歌集でした。
折本氏は1960年土浦市中央公民館にて県南障害者の会を結成し、196
1年人生の師である大佛和尚に出逢います。以後不肖の弟子として二十数年
間、共に歩むことになります。
その折本氏がマハラバ村の崩壊を振り返って書き残している文章に『家族を
得ることによって、CP者ゆえの脆弱な社会に苦しんだ過去からの勇気ある
脱出と評価すべきで、むしろ「まはらば村」という共同生活の場を得たから
こそ掴み得た自立へのステップだったのだ』と表現しています。
先日、5月8日のシンポジウムに出演していただく、川崎の小山正義氏(マ
ハラバ村設立者の一人)にお会いした時に、マハラバは大いなる叫びと訳さ
れているが、それは「追い詰められて、追い詰められて、どうしようもなく
て最後にあげる叫びだ」といわれました。
劇団態変の作品「マハラバ伝説」を介して共鳴するさまざまの思いは、見る
前から「思考」を迫ります。考えることから逃避した私たちの現在は、前の
めりに崩落していることは言うまでもありません。思考するとは何だろうか
という思いは、マハラバ伝説が描くものとして「人間という存在とその営み
のたくましさ、脆さ、それ故の崇高さです。我々一人ひとりが日々生きてい
る、その本質的な姿です」というポジションを常に反芻することからのよう
に思われます。
それでは、伝説地での「マハラバ伝説」公演に多くのご来場をお待ちしてい
ます。
野口 修(「マハラバ伝説」公演実行委員会)
と劇団態変からメルマガが届きました。
原稿を載せているので添付します。
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今回の茨城公演の企画・実行委員を務められます野口修さんより、『マハ
ラバ伝説』への思いを書いていただきました。
斜視の目が積乱雲湧くかなたへと吸われゆく
ただ平和が憎く
母子心中葬りしあとに慈母観音やがて雑草に
埋めゆく日本
これは、マハラバ村創設以前から崩壊後も大佛空氏と歩んだ折本昭子氏の短
歌です。私たち実行委員会では、今ではほとんど寝たきりの折本氏に文章を
依頼しました。折本氏からわたされたのは「蛾の舞」という歌集でした。
折本氏は1960年土浦市中央公民館にて県南障害者の会を結成し、196
1年人生の師である大佛和尚に出逢います。以後不肖の弟子として二十数年
間、共に歩むことになります。
その折本氏がマハラバ村の崩壊を振り返って書き残している文章に『家族を
得ることによって、CP者ゆえの脆弱な社会に苦しんだ過去からの勇気ある
脱出と評価すべきで、むしろ「まはらば村」という共同生活の場を得たから
こそ掴み得た自立へのステップだったのだ』と表現しています。
先日、5月8日のシンポジウムに出演していただく、川崎の小山正義氏(マ
ハラバ村設立者の一人)にお会いした時に、マハラバは大いなる叫びと訳さ
れているが、それは「追い詰められて、追い詰められて、どうしようもなく
て最後にあげる叫びだ」といわれました。
劇団態変の作品「マハラバ伝説」を介して共鳴するさまざまの思いは、見る
前から「思考」を迫ります。考えることから逃避した私たちの現在は、前の
めりに崩落していることは言うまでもありません。思考するとは何だろうか
という思いは、マハラバ伝説が描くものとして「人間という存在とその営み
のたくましさ、脆さ、それ故の崇高さです。我々一人ひとりが日々生きてい
る、その本質的な姿です」というポジションを常に反芻することからのよう
に思われます。
それでは、伝説地での「マハラバ伝説」公演に多くのご来場をお待ちしてい
ます。
野口 修(「マハラバ伝説」公演実行委員会)