March 22, 2019

春分の日に思ったこと

昨日は春分でした。
祝日法で”春分の日”は「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」と定められているそうです。

だからというわけではないのですが、19日に沖縄のジュゴンが死んでいたというニュースがじわじわとボディブローのように効いて、申し訳なさと、どうしたらいいのかという想いがぐるぐるしています。


IMG_7212


ちょうど『こころの人類学』という文化人類学の本を読んでいるのですが、その本では、人間と動物が同位の存在である社会の話が書かれていて、人間はいつからこういう「ものの見方」「考え方」「心性」を手放してしまったのだろう・・・それを取り戻すにはどうしたらいいのか、なんてことを考えたりもします。

そして、今朝、ふと手塚治虫の『ブッダ』の一場面を思い出しました。それは、一匹のウサギが、行き倒れた僧侶のために自らを食糧として差し出そうと、たき火に飛び込んだ場面です。

04_06[1]

また、新約聖書の「ルカによる福音書」で、イエスが死に向かう場面で「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」というセリフがあるのだけれど、沖縄のジュゴンもまさに、「自分が何をしているか知らない」人間のために・そういう人間の犠牲となって、この世を去っていったのだ・・・と思いました。


『ブッダ』のうさぎの死がそうであったように、「死」というのは、究極には「愛」ということなのだなと思いました。

ジュゴンの死をこうした場面に重ねることは私の感傷でしかないけれど、でもやはり、その死から受け取ること・気づくべきことがあるとすれば、「人間社会、このままではいけない」ということだろう、と思いました。


IMG_6005


ヨーロッパでは、1人の高校生が始めた「地球温暖化対策の転換」を求めるデモが大きなうねりを見せているようです。

改めて東京での暮らしを考えてみると、かろうじて植物や天体とのつながりは感じられるけれど、そういえば動物に会う機会というのは少ないものだなぁと思いました。自然の多いところに行くと、都会にいるよりも孤独を感じないのだけれど、それはもしかしたら、動物の気配のおかげなのかもしれない、と思ったりしました。

この地球の上で生きているのは人間だけじゃない。
あまりにも当たり前のことだけれど、アスファルトの上にあっては、その当たり前を忘れないように、心を配っていく必要があるのかもしれないと思いました。

IMG_4518


どうか、生きとし生けるものがしあわせでありますように。





プロフィール

MIHO Suzuno

Categories
Archives