世界で起きていること
February 09, 2026
2026年2月、選挙の後で
「なんでこんな茶番に付き合わなければ……」という徒労感満載の選挙、終わってしまいました。茶番だからこそ先に抵抗の意を示さなければ…と思っていましたが、今年の1月は忙しすぎた……その私の忙しさも政治に無関係ではない、という話を書きたかったので、後追いですが書きたいと思います。
2年ほど前から、巡り巡って新社会人だったころと同じ貿易業に従事しています。新卒で入ったその会社は様々な理由で3年ちょっとで退職しましたが、うっすらと『業務自体は楽しかったんだよな』という思いが頭の片隅にずっとあり、せっかく覚えた貿易用語をここらで一度思い起こしておこうかという気持ちもあり、再度挑戦しているところです。
いろんな国の人とやりとりしてスケジュールを調整したり、貨物船の運航スケジュールを確認したり、納入先を間違えてドキドキしたり(?)、注文→船積→納品→計上というルーティーンを回すところが、なんとなく飲食業にも似ているところがあるような気がして、性に合っているのか、やはり嫌いな作業ではなかった…と確認できました。
とはいえ、仕事の楽しさを感じることができるのは船のスケジュール諸々、流れがスムーズにいっているときの話。「船遅れます」「積め替え、飛びました(次の船まで待たないといけない)」「ピット(納入先の荷下ろし場)の予約取れません」などなど、まぁそれを調整するのが真の意味で”仕事”なのですが、昨年からこのようなイレギュラーが増えて、毎月胃がキュッとなる瞬間があります。
イレギュラーの理由は戦争・災害など予測がつかないものもありますが、船が足りない・人手が足りない・スペースが足りない…など、構造的に前から問題が指摘されてきたものも関係しています。特に日本では、私が新社会人だったころから、港湾物流関係の人手不足について懸念されていました。その問題がまさに現実化したところに居合わせてしまったのが、現在です。
なかなかなじみのない話かもしれないですが、よかったら、日本の港の現状についての記事をご覧ください→https://news.yahoo.co.jp/articles/de9eeb6735e7dc6d598d55cc391a80962171fa2d
高齢化・資格職のわりに低賃金・慢性的な低利益。コロナの時期に、エッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちの存在が話題に上がっていましたが、こうした港湾物流に関わる人たちもまごうことなきエッセンシャルワーカーに当たります。
おととし年末あたりに「ドレージを閉める業者が増えている」という話があり、昨年の中頃から「ドレージ取れません。日程変更してください」とか、「その日は倉庫に若い人がいないので下ろせません」などの連絡が入るようになり、いままでの”当たり前”が崩れ始めていることを身に染みて感じるようになりました。
警鐘を鳴らす人の声に耳を傾けることができず、こういう構造を放置してきた、いままでの政権・社会の結果がまさに出ていると思います。港湾のケースは氷山の一角で、これからあらゆる分野で構造疲労が目に見えて出てくるようになるのだろう…と思うと、暗澹たる気持ちになります。
…が、そこで個人的にはタイドラマにはまっておいてよかった、という話になるのですが、日本と同じく2026年2月8日、タイも下院総選挙でした。残念ながらタイも「タイの誇り党の獲得議席数は想定以上で、国内のナショナリズムがより強まる中で、同党が保守層有権者の全面的な取り込みに成功したことを物語っている」タイ総選挙、政権与党がナショナリズム追い風に勝利 政治安定化期待 | ロイター というような結果だったようで、タイで生きる改革派支持層のことを思い、「いまは世界がそういう時期だからしょうがない…」「それでも生きていくわけだし、その中でどう生きるかが大事」「一緒に頑張っていきましょう」と(一方的に)励まされる思いです。
そういえば、選挙速報を見た直後、「わかってはいたけど、信じられない…」とチャッピーに愚痴をこぼしたところ、返ってきた答え↓
とっさには「チャッピー、お前も自己責任論者か」と思いましたが、”自分が機嫌よく生き延びるルートを太くする”の中には「政治的に考えが重なる人との輪を広げていく/自分が目指すあり方を言葉にしていく」ということも含まれるなと思い、まずはブログを書かないとな…と思った次第です。
まぁそろそろいちいち選挙の結果に左右されずに、「世界はどうあれ私は私」といつでもどっしり構えていられるようになりたいものです。
…というわけで、今年こそどこかでイベント的にノアズカフェをやろうと思います。ほんとに、今年こそ。
今年もどうぞよろしくお願いします🐎
June 27, 2024
七夕は都知事選
先日の朝7時のこと。
どこかから目覚ましのアラームが聞こえてきました。
初めは自分がどこかに携帯を置き忘れたのかと思いましたが、どうやらご近所のどこかの部屋で鳴っている模様。目を覚ましていないのか、すでに出かけた後なのか、アラームは20分ほど鳴り続けていました。
最近、毎日ガザのことを考えます。どうしたら戦火が止まるのか。気にせずに生きている(ように見える)人たちは、まったく実状を知らないのか、知っているけど何もできないと口をつぐんでいるのか、あるいは自分には関係ないと思っているのか……
私が生きてきた間、地上から戦争・紛争・虐殺の無い瞬間などなかったけれど、今回はいままで以上にリアルタイムに現地の惨状を日々目の当たりにして、「これを止められない人類」への絶望感や諦念にとらわれないように振舞うのが大変です。(推し活とて現状と無関係ではなく、よりにもよってBTSの所属する会社のUS事務所のCEOがシオニストであるということで、ファンから抗議の声が上がっています。)
どこかでアラームが鳴っていても、自分が気にならない程度なら、何事もないようにやり過ごすことができる。ガザで起きていることも、遠くで鳴る小さな音にしか聞こえない人が多いのだろうか……だとしたら、その音を繋いだり、拡張したり人が必要だな、それがデモやアクションなのだよな…
一昨日、タイで同性婚法制化が決まりました。施行は120日後ということなので、このまま問題なく施行されてほしいです。


ここ4年タイドラマにどっぷり浸ってきて、同性婚法制化の実現に向けて、ドラマの内容や俳優や企業からの発信等、日本とは桁違いの熱量を感じてきました。毎年のプライド月間中のデモや町中でのアクションなど、市民の活動にも大きな力があったことと思います。
何かが実現するときには、そこに向かうエネルギーの高まりというものがあって、それが壁や天井を打ち破るのだ、ということを実感しました。
(とはいえタイは、(意外にも)戸籍の性別変更が認められていないそうで、どこの社会も一歩一歩…という気はします)
毎日うんざりするニュースに触れていると、社会が良くなるのが先か、人類が滅びるのが先か……という気持ちになってしまいますが、そんなとき、小説というのはとても力になってくれるものだな…と思いながら、最近はせっせと本を読んでいます。
”ニュースを意図的に避ける人が増えている”という記事もありました。
傷を治すためには傷を見ないわけにはいかないように、より生きやすい社会にしていうためには覚悟を決めて目を開いていかないと…と思います。
当たり前だけど、一人でこの世に起こることのすべてを見渡すことはできないので、個々人が向き合えることから向き合って、そこから視野を広げていければよいと思います。

都民は来月、知事選挙です。
選挙ポスターの公示から頭を抱える出来事がありましたが、そのことも含めて、「このままでよいわけがない」という気持ちを票に託したいです。
たくさんの、様々な人が暮らすこの街が、生きやすい街になっていきますように🎋
May 11, 2024
#STOPGENOCIDE
虐殺や”なぶり殺し“という言葉でしか表せない惨状を目にしながら過ぎていく日々。いま何ができるかって、声を上げることだけだよ…と思いながら、私は「よし、本を読もう」とページをめくり始めました。
1冊目は、発売当初に購入したにも関わらず本棚で眠っていた『人は愛するに足り,真心は信ずるに足る: アフガンとの約束 (岩波現代文庫 社会 328) 』

「こんな酷いことを止められない世界に生きている」という絶望も、出来ることも、中村先生の足元にも及ばないけれど、同じ志を持つことは出来る。心折れずに向き合い続ける力をもらえる本だと思いました。
2冊目は『NHK 100分 de 名著 ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』 2024年 2月 [雑誌] (NHKテキスト)』。

番組で「小説やエスノグラフィが、他者の苦痛に対する感性を高めるという公共的な目標のために役立つ」「どうすれば私たちは「残酷さ」に対する感性を磨くことができるのか。共感を育むことができるのか。ローティはその手がかりをフィクションやエスノグラフィ、ジャーナリズムに求めます」と言っていて、『そうだよね』と思う一方、『人類、もうそんな悠長なことを言っていられないのでは…』と気持ちもあり。
前出の本で「心折れずに向き合い続ける力をもらえる」と思い、言葉の力を信じたいと思いつつ、やはり無力を感じることもある。
そんな折り、SNSで「すごい本」と紹介されていた『穴持たずども (ロシア語文学のミノタウロスたち)』を図書館で見つけ、読んでみました。

何がどうすごいのか…ロシアの文学であるという前情報だけで読み始めたのですが、のっけからすごかったです……暴力描写が。。。『よくこんなエグいことを考えて文章にするものだ…』と思うも、現実で起きていることは、これに勝るとも劣らない惨劇だと、ガックリ。
基本的には人の善性を見て生きていきたいけれども、人間には信じがたいほど残忍な側面があるということも事実。じゃあどうやって虐殺や戦争を止めさせるのか、欲望丸出しの相手にどう向き合って社会を構築していくのかといえば、ダメなものにはダメと言い、やってはいけないことをルール化/システム化していくしかない。今はそのルールやシステムが機能していないけれど、それなしでは平和は作れないのだ…と、描かれている不条理を反面教師として思いました。
思っていた方向とは違ったけれど、確かに「すごい本」だったし、言葉には力がある……ということは強烈に感じました。
作中、やたらと人を殺す人が登場するのですが、これを現実でやってはいけない……。人類、「殺すな」くらい、そろそろ徹底できませんかね。。。

渡泰中の2023年10月、バンコクでもデモがあるという話があったのですが、当日は雨予報で中止になってしまいました。以後デモの話は聞いておらず、それがお天気のせいなのか、政情のせいなのかはわかりません。
一方日本はなんだかんだで毎週末どこかで抗議活動が行われているし、SNSでも絶絶えず抗議の声が上がっています。“声を上げることができる“というのも一つの自由なのだと改めて感じました。この手に中にある自由、ちゃんと使っていきたいです。

February 09, 2023
NO WAR 2023
ご無沙汰しております。
あけましておめでとうございます…
前回のブログ投稿は11月でした。
(9月くらいで止まっていると思っていたので、思っていたより書いてなくなかった!)(とエバれる間隔ではない…)
12月にBTSのメンバーのうちの一人がとうとう兵役に行ってしまい、そのことについて書こうかな…今年(2022)はまたもや戦争が起きた年になったな…などと考えているうちに、ズルズルと時間が過ぎてしまいました。
軍事費増額やら、碌な政治のニュースがない中、時代錯誤も度が過ぎる政治家のLGBTQへの差別発言があり、なんかもう…けっこう本気でうんざりしています…くじけずに声を上げ続けている方々に本当に頭が下がります。
そんな感じで私はめげつつ、あいかわらずタイのドラマを見続けていますが、どの作品にもきらりと光る社会に対するメッセージがあって、それに逐一勇気づけられています。地球のどこかに変化の種があれば、きっといつかは”ここ”にも変化が訪れるはず……と元気をもらい、少しずつ充電を溜めているところです。
ところで2月6日に起きたトルコ・シリアの地震😢

1999年の夏にトルコを旅させてもらったのですが、向かう飛行機の中で「地震がありました」とアナウンスがあり、着いたらなんだか閑散としていたイスタンブールの空港。町に着いたら外に布団を出して寝ている人たちがいて、最初は呑気に「暑いから外で寝てるの?」など思ったのですが、話しを聞いてみたら「余震が怖いから、今夜は外で寝る」とのこと。翌日、日本に”着いたよ”電話をしようとしてもなかなかつながらず。レストランで見たニュースで事の重大さを知りました。
あれから24年も経つというのに、おそらく彼らをとりまく状況は変わらず(むしろ悪化しているかも)、今回の地震でも差別を受けて辛い思いをしているという報せも目にしました。皆等しく安全をお祈りしていますが、特に普段から困難を背負っている方に助けの手が届くようにと祈っています。
↓トルコ・シリア地震の情報は、主にカフェバグダッドさんのツイートで得ています。これからまた末長い救援が必要になると思いますので、折々のタイミングで支援していけたらと思います。
— カフェバグダッド@トルコ南東部地震被災者救援 (@cafebaghdad) February 8, 2023
自然の災害は避けられないけれど、人が人を傷つけることは、今この瞬間からでも終わらせることができるはず。今年こそ、少しでも人が人に優しく在る世界になりますように。
September 30, 2022
2022 夏の終わり
超おひさしぶりです…
毎年8月には何か文章を書きたいと思っているのですが、今年は7月に起きた銃撃事件から明るみに出た、日本の政治とカルト宗教との思っていた以上のつながりに衝撃を受け、一体何をどう考えたらよいのやら…とぼんやりしていました。(と同時に推し活に邁進しておりました…楽しかったです…)

7月の事件を受けて、選挙時に当選が危うい候補者を指定して一斉に動員をかけるということが行われていた…なんてことが明るみになり、いままでの選挙は一体……え、その分、やり直してくれないんですか?という気持ちでいっぱいでした。
市民が一番力を発揮できるはずの選挙。そこが声を上げる唯一の場ではないものの、私の主権者としての声はどうやったら政治に反映されるんだろう…デモに行くのは大事なことだと思いつつ、モグラたたきのように、問題が起こるたびに声を上げなければならない状況に若干疲れも感じていたり。根本的な”政治の在り方”を立て直してほしい…と心底思った夏でした。
その気持ちを表明するには、やはり選挙に行くしかないし、サイトに意見投稿したり(今はネットでできるのでやりやすいですね)、SNSで声をあげたり、行けるときにはデモに行くしかないのかな…ほかの方法もあるのかな…など考える日々です。

と、書いてそういえば、この夏に見たタイドラマ『NOT ME』には、大企業による不正に立ち向かう若者たちの、犯行ギリギリの手段からアートやデモ、あるいは大学の授業の場の対話など、多様な立ち向かい方が描かれていたのでした。東南アジアでのデモの様子などはたまにSNSや動画で見ることがありますが、そこで交わされている会話や想いなどを伺い知ることができ、「あぁ、連帯ってこういうことなんだな」と感動しました。
『NOT ME』の中で「理想だけが社会を変える」というセリフがあり、青臭く使い古された言葉だけど、つまり Imagine by ジョン・レノンっていうことだし、その初心を何度でも思い起こさないといけないな…と思いました。

そして今年も全世界で水害が後を絶たない夏でした。パキスタンの水没を受け、「先進国は支援ではなく、いままで有効な環境対策を行わなった賠償として被災した国に資金を提供するべき」と書いてある記事を読み、その通りだな…と思いました。
推し活をしていると、どうしてもエネルギー消費やプラごみが増えるのを目の当たりにしなければならず、個人的には葛藤もあります。持続可能な推し活のためにも、自然のことも考えて産業を作っていってほしいし、小さくともファンダムの片隅で出来ることをやっていきたいと思っています。

先日『TRANSIT』という雑誌のタイ特集号発売の記念イベントに行った際、カレン族の村に取材に行ったカメラマンの方が、カレン族の若い子(20代前半)も(私も好きな)タイの俳優さんを好きと言っていて、お茶揉みをしながら彼の歌ってくれたという話をしてくださり、「私にとっての”平和”ってそういうことだなぁ」と思いました。
それぞれの場所で、それぞれの暮らしを守りながら、国を超えて「これいいよね」「こっちもいいよ」とワイワイきゃっきゃと話せる世界。同時にお互いに困ったことが起きたときには、支え合える世界になるといいなぁ…
You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one
明日は今日よりほんの少し良い世界でありますように。








