hijudai 大分の日出生台を訪れ、旧日本軍の時代からつづく現自衛隊の演習場と、SACO合意以降ここで行われている米海兵隊の演習のことなど、いろいろと学ばせていただきました。写真は初夏の美しい風景。けれど、信じられないほど広大な土地が演習場となっていました。
 住民の方々からお話を伺う時間もいただきました。豊かな自然のなかで農業・畜産業が営まれています。もともと演習場のなかの土地は集落があり、放牧と採草の場であったそうです。軍隊によってそれらが奪われ、強制移転させられてきた歴史を知りました。強制移転の先で小野原という集落はつくられましたが、防衛省による「移住」の働きかけが現在も続いています。過疎高齢化は進み、中学校は統合されたそうです。「集落はなくなり、演習場だけが残るのでは。国はそれを望んでいる」という住民の声が耳から離れません。京都の宇川と重なってみえました。
 「日出生台はいいとこよ。野焼きの終わった真っ黒の大地から新芽が出る。金には変えられない心が洗われる風景だよ。勝手気ままに(軍隊に)使わせんぞという気持ち。住民の手に土地が戻ることはないかもしれない。けれど次世代に残したいもの」という言葉に胸うたれました。
 宇川のこともお伝えしました。すると「燃えさかるような状態でずっとつづけることはできないけれど、火種はたやしちゃいけないよ。火種があれば炎になる。この指止まれの「この指」になればいい。信念を曲げないでやる。ぶれない。がんばれぇ!」と笑顔で励まされました。涙が出そうでした。
 宇川での米軍基地建設(現在も進行中)、自衛隊の拡張をめぐって、ずっと運動をつづけてきました。そのなかで、住民の暮らしを知ること、理解することの大切さを感じ、田植えや稲刈り、もちつき、地域の行事や活動に関わらせていただいています。宇川の方々が、これまでの日常生活をつづけていること、そのなかで、土地と暮らしを守り、次世代になんとしてもつなげようと毎日努力されている姿は、「基地反対運動をしていない」のではなく、もっと広い裾野のなかで何らかの異議申し立てと自律的な営みをつくりだしているのだと思います。
 私たちスワロウカフェも、宇川のみなさん、そして、日出生台や沖縄、宮古や八重山をはじめとする各地の住民のみなさんの歴史と現在に、なんらかのかたちでかかわり、響きあう、そんな活動をほそぼそとではあれ、つづけたいと改めて思いました。自分たちにとっての自律を問い続けながら。