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震災が切り開いた、データマッシュアップの可能性《第4回》

小寺メルマガ「金曜ランチボックス」の中の対談部分を無償公開しています。毎週金曜日発行のメルマガから抜粋して、翌週の火曜日ぐらいに公開していく予定です。



「金曜ランチボックス」は、この対談以外にも社会系コラムや製品レビュー、Q&Aコーナー、そしてこれまでブログで書いてきた小ネタなど沢山のコンテンツでお楽しみ頂けるようになっています。よろしければ、下記2箇所の配信先バナーからご購読をお願いします。

□対談:Small Talk

毎月専門家のゲストをお招きして、旬なネタ、トレンドのお話を伺います。

今月の対談、首都大学東京の日野キャンパスにある渡邊 英徳准教授の研究室にお邪魔して、震災に関連するプロジェクトのお話しを伺う4回目。今回が最終回である。

渡邊先生の研修室は、先の東日本大震災の折、ホンダ、トヨタの通常実績マップと、避難所の位置情報を重ねて見られるようにしたものをGoogle Earth上で公開するというプロジェクトをいち早く立ち上げたことで、世に知られるようになった。

現在そのマップは、すでに役目を終えたとして、「東日本大震災アーカイブ」というサイトになっている。

・東日本大震災アーカイブ
http://shinsai.mapping.jp/

今回は同プロジェクトを手がけた首都大学東京大学院 システムデザイン研究科 二年の佐々木遥子さん、計画停電MAPを作った同研究科 二年の北原 和也さんを交えて、震災後に立ち上がったプロジェクトに対する評価や意義、そして方法論の確立やモチベーションの問題など、目に見えないがプロジェクトを維持し続けるために必要不可欠な要素とは何か、そのあたりを伺っていく。

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震災が切り開いた、データマッシュアップの可能性《第4回》
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小寺 ウェブコンテンツを作るということは、人に多く見られなければ意味がないものを作るわけですから、そっち方向に行くのはある意味当然と言えば当然の流れですね。

渡邊 もともと人と人の間にあるものなんですよね。だから、絵を一人でじっくり描くというような作品制作はちょっと違ってるかな、という感じですね。

小寺 そうですね。

渡邊 「東日本大震災アーカイブ」を手伝ってくれた佐々木さんが面白いのは、別にここの研究室の人じゃないんです。

小寺 え、そうなの?(笑)

渡邊 スペースデザインといって、店舗空間とかをデザインする研究室の人。


DSC01881佐々木 空間デザインの研究室におります。

渡邊 さっきの震災アーカイブの話になると、あれ実は空間をデザインすることに他ならないんですよね。

小寺 そうか、そうですね。

渡邊 いろいろと示唆的な一年間だったなと僕は思っています。

佐々木 勉強になりました。

小寺 “空間”という意味が、「店の中」とか「建物の中」から外に出ちゃったわけですね(笑)。

佐々木 そうです(笑)。

渡邊 情報空間と物理空間が重なってきているんです。さっきの、iPadのARアプリ(*)がまさにそうだと思うんですけど。

(*)eARthquake 311 HD (AppStore)


小寺 ああ、そうですねえ。情報空間って、これまでは掴みようがなかったところを、掴めるようにした、という点では、写真を地理的に同一のところに置いた、というところに、何か特別な意味がある感じがしますね。

渡邊 よく感想をもらうのが、セカイカメラとかと使ってる技術は変わらないんですけど、使い方が良かった、という評価をされるわけですよね。

小寺 なるほど。

渡邊 震災以前とかは──セカイカメラってすごく面白いんですけど、どう使えばいいんだよ、という決定打がなかったとこに、ヒロシマ、ナガサキ、東日本大震災というのを作ったので、なるほどこういう使い方があるのか、と言ってもらえたわけです。

DSC01890あと、これはちょっと自慢……しちゃいけないんですけど。東北大が、何十億円もかけて、東日本大震災アーカイブを作ってるんですけど、まだ全然立ち上がってなくて、たくさんの企業がぶら下がってなんかやってる、っていう雰囲気でしかないんですよ。で、検索すると我々のがトップに出てくる、というのが、なんとなく……作り方が間違ってなかったな、と。

もちろん東北大のも素晴らしい試みだし、国の予算でデジタルアーカイブを作るというのはやるべきなんだけど、なんか、体制の作り方がちょっと古めかしい。

小寺 なるほど。あとね、情報の見せ方だと思うんですよ。多様なデータがあるじゃないですか。写真だけに限らず、動画があって、テキストもあり、音声データもおそらくある。そういう中で、それを一様にどうやって展開すればいいのか。あと、時間軸もありますよね。時間は積み重なっていくわけだし。そういうのを一度にどうやって見せていくか、ということが。

渡邊 ビジュアライゼーションもね。

小寺 ええ。これまでは資料館とか図書館にそういうものは積まれていってて、ある軸でしか分類されてないわけじゃないですか。そういうものを、デジタル技術を使って、いろんな角度からいろんなふうに貫いて見せる技術というのは、この渡邊先生の研究室の取り組みで、なんか飛躍的に前に進んだような気がするんですよね。

でね、ひとつ──僕らでMIAU(社団法人インターネットユーザー協会)という団体をやってて、昨年の暮れに、仙台で年末特番をニコ生でやったんですね。その帰りに、「せんだいメディアテーク」というところに寄ってみたんですよ。そしたらそこは、「3がつ11にちをわすれないためにセンター」というのを展開してて、そこに地元の方が膨大なデータを集め続けてるんですって。要は、アーカイブとしてはどんどん貯まっていくんだけど、それをどうやって見せるんだ、というところで頓挫してる感じだったんですよね。

渡邊 集めたはいいけれど、ということですね。

小寺 本当に多種多様で、写真が好きな方は写真を撮ってるし、ビデオでインタビューをとる人もいるし。あとは、カメラを車に固定して、街をずっとドライブした記録というのもあるし。

渡邊 ああ、ストリートビューみたいな。

小寺 あるいは、音声だけのインタビューもあるし、で……そういうのをどうやって整理していくのかと。あとはもう長期保存という意味でのアーカイブですね。そのあたりが答えがないようなので、渡邊先生のこういう例を参考に、なんかできないかなと思ってるんですよね。

もうひとつ課題なのが、記録されてる記録者の方は当然アマチュアなんですけど、震災から一年も経つと、なんのためにやってるのか迷ってくるんですよね。

渡邊 ああー……「これってなんの役に立つんだろう」みたいな感じになっちゃうんですかね。

小寺 やっぱりゴールというかね、アウトプットの形が見えないからだというふうに僕は思うんですよね。このモチベーションの低下というのが一番の問題になっていて、そこはまだ解決されてないらしいんですね。

渡邊 ヒロシマ・アーカイブって、高校生に協力してもらったんですけど、その一年前と明らかに違ったのは、やっぱりGoogle Earth上のインターフェースって魅力的なので、そこに私たちが頑張って収録した証言のビデオが載るんだ、というのが、けっこう強いモチベーションになったみたいなんですよ。で、僕らも忙しかったんで、映像編集とかに時間が割けなくて、なかなか載せられなかったら、あっちの担任の先生から「まだですか」「まだですか」「楽しみにしてるんです」って、催促がきたりして(笑)。

小寺 (笑)。

渡邊 特に若い世代だから、高校生とか、大学生に言わせると、やっぱり最後にかっこよく出てほしいみたいなんですよね、言葉を選ばずに言えば。震災だから重苦しいとか、原爆の活動だから重厚だ、という論理ではやっぱり動かなくて。最後に、すごいかっこいい、地球の上に我々のが載って、世界中の人に伝わるんだ、というところが、けっこう大きく突き動かしてくれるみたいなんですよ。

小寺 やっぱアウトプット大事ですよね。アウトプットの見え方、っていうかな。

渡邊 それこそベタに、テレビに流れるようでもいいと思うんですけど。なんかその、どういう形で自分らの活動が、世界に伝わっていくのか、というのが見えてるとやる気が出るんだと思ってます。

小寺 たぶんね、多くのアーカイブプロジェクトってそこが欠けてるんじゃないかと思うんですよね。後世に残さなければならないという思いがどうしても強いので、プロジェクトの音頭を取ってる人はその使命感でやるんだけど、周りがだんだん脱落していくという感じになっているんじゃないでしょうか。

■研究と実用の狭間

小寺 そういえばこれ、何か賞をとりませんでしたっけ? 東日本大震災の。

渡邊 はい。Mashup Awards(マッシュアップアワード)。なんか、照れ隠しにここにトロフィーが……

小寺 (笑)。そんな無造作に! もうちょっとちゃんと飾ったほうがいいんじゃないすか(笑)。

渡邊 あと実は北原くんたちの「計画停電MAP」も、Yahoo!のインターネットクリエイティブアワードで、学生賞をとってるんですよ。ただ、あまり賞として誇るようなものでもないな、というふうに思うんですよ。テーマがテーマだけに。

小寺 うーん、なるほど。

渡邊 だから、なんかいつも……北原くんも僕もですけど、「ナガサキ・アーカイブやってるんですよ!」みたいな言い方をすることはあんまりないんです。

小寺 で、こっちのがYahoo!のアワードのトロフィー?

北原 本当は、これだけじゃなくて、名前が刻んであるほうと合体するんですけど。

小寺 ああ、これだけじゃないのね。これだけだと、何も書いてないもんね(笑)。

北原 これは台座なんです。

小寺 台座なのかよ!(笑)。本体はなんでないの?

北原 一緒に作った先輩が……欲しかったんでしょうね。持ってっちゃったんです(笑)。

渡邊 まあね。実は彼、今ヤフーに勤めてて。入社の一年前にYahoo!の賞をとった、というのはけっこう嬉しかったみたいなんです。

小寺 ああー、なるほどなるほど。

渡邊 審査の講評文も良かったよね。熱い。要は、「技術とか、クリエイションとしてはまだまだだけど、あのタイミングで計画停電MAPを作ってくれた君たちに感謝」みたいな、そういうコメントが書かれてて。良かったなと。

小寺 なんかこう……デザインって、時に実用性と離れちゃうところがあるんですけど、ウェブデザインって、役に立たないと成り立たないデザインなんですよね。そういう意味では、なんて言うんですかね……かっこよく見せることも重要なんですが、適切なタイミングに役に立つものを出すというのもひとつのデザインなのかな、と。プロジェクトデザインということになるんでしょうかね。

渡邊 活動のデザイン、ということでしょうね。完成度を上げたけど一週間後だったらもう、ちょっと今は必要じゃないよね、というようなものが多いような気がしますね。その点では、ツイートするタイミングとかと似てるかもしれないですね。

北原 先輩が、作った時のツイッターのタイムラインみたいなのをまとめてたりもして。

小寺 おおー。

北原 何時何分にこういう……

小寺 生々しい(笑)。「しつこくてすいませんが」って。

渡邊 彼、これを修論でグラフィカルにまとめたんですよ。何が起きて、どうなった、みたいなのを。

小寺 ああ、修論もそういうふうにデザインがされてるってこと自体がやっぱり、もういい加減世の中変わらないとね、っていうことかもしれないですね。

渡邊 論文、っていうフォーマットでやらなくても、って話ですね。そういうことでは、計画停電MAPだったら実物を示して、それで良かったかもしれないですね。

小寺 そうですね。あとはもうプレゼンテーションで。

渡邊 2人とも今、論文にはちょっと悩まされてるというとこですよ。M2だから、書かなきゃいけない。

小寺 論を書くというのは、なかなか……手を動かせばいいというものでもないので、物作りの人としてはちょっと勝手が違うでしょ?

北原 (苦笑)。

渡邊 僕も未だに大嫌い(笑)。仕事だから書いてるというというところはあるけど。ただ、重要だなと思うのは、さっきのように、計画停電MAP便利だったな、でとどめずに、あれは震災後の活動として有用であった、というふうに言うと、他の人により役に立つものになると思う。知見を多くの人に伝えるという意味では、論文とか研究というものはいいな、とは思いますね。それは僕、ここの大学に赴任して初めて知ったことですね。

■マッシュアップの「元」

小寺 あとは有用なデータ、一次ソースを持ってるところのデータの出し方みたいなものも、震災を教訓に少しずつ変わってきたような気がしますよね。こうやってマッシュアップして、他の人が利用できるようにもう一回、再加工というフェーズがあるんだということを理解してもらえた、というところも大きいかもしれないです。こういう活動がなければ、未だに多分、表組とか画像とかで出してくるんですよ。

渡邊 スキャンデータとか(笑)。

小寺 そうそう、スキャンデータ。紙をスキャンしたやつをそのまま出してきたり。それをさ、OCRにかけてテキスト化してくれる人とかもいたんですよね、当時。

渡邊 うん、いましたね。まあ、捏造する、っていう危険性はあるでしょうけど、最低限CSVとか、そのくらいで出してほしいな、って気はしますよね。東電の最初のスキャンデータ、曲がってたりしましたよ。

一同 (笑)。

北原 ただ、後になってExcelとPDFを公開してもらったんですけど……テキスト編集できないのが、なんかほんと……あれ、ちょっと悪意感じますよね。

渡邊 酷いね。なんのために公開したんだ、みたいな。

小寺 それ要するにコピーコントロールで編集権がないから、要はテキストとしてコピーできない、ということ?

北原 そうですね。

小寺 ……それはひどいね。要は、テキストをコピーして別のものに貼り付ける、みたいなことが禁止されてると。

北原 はい。

渡邊 それ以外でどうやって使うんだよ、というね。印刷して貼るのか、という話だよね。

北原 その時はどうやって使ったんだったかな……なんかいろいろ、OpenOfficeを通すと開けたりとか。

小寺 抜け道あるのかよ(笑)。

一同 (笑)。

渡邊 最近のXLSの、最後にXがついてるフォーマットのやつはあれ、XMLだからね。だから、最初のパスワード設定さえされてなければ、実は無理矢理処理はできる。

小寺 そうそう、できるできる。

渡邊 面白い。小寺さんの取材だと今みたいな話ができるのが楽しい。

小寺 ははははは(笑)。

渡邊 いろんな取材がくるんですけど、やっぱりたいていの方はそんなに技術には興味がないので、なんていうんですかね、どうしてもある面からの回答になりますよね。社会的な意義とか、そこで学生として何を得たのか、という面になるんですけど。

僕的に強調したかったのは、北原くんとか、多分僕よりずっとプログラミングスキルは上なんですよ。だから、「学生だから学生レベルのものを作る」みたいなのが、特にウェブに関しては全然通用しない時代だな、というのを、もうちょっと社会的に知ってほしいな、という気がするんです。

小寺 そうですね。計画停電マップのことで言えば、一次ソースから出てくるデータって、メディアからするとそれをそのまま載せることがある意味で義務ではあるんです。手を加えてない、正確に伝えるっていうね。

渡邊 あ、なるほどね。

小寺 メディアは伝播させることが目的なので、だからそのまま載せてしまうんですけど、でもやっぱりそれではどうしてもわからない人はもちろん大勢います。そのためには、次のフェーズとして誰かが一回飲み込んで咀嚼して、情報をかみ砕いて出さなければならない。人々が欲しいのは詳細な情報じゃなくて、「要するになんなんだ」が知りたいわけじゃないですか。

渡邊 一言で言うとなんなの、というとこですね。

小寺 そうそう。そこの、細かいデータに裏打ちされていながら、パッと一覧で見えるものが提供できる力。そこの──なんていうんですかね。学生だから、ということじゃなく、民でそうやって情報を整えて作っていく、というフェーズができたことというのが、新しいと思うんです。

渡邊 そうですね。

小寺 公共インフラを持ってるところって、情報を出す相手として対官公庁という部分と、対生活者という部分の二面があるわけじゃないですか。たとえば東電から出てくる情報を、生活者が「我々的にはこういうふうにそのデータを見るべきなんだ」ということが言えるかどうか。ここは昔のマスメディアしかなかった頃とは明らかに違ってきてますよね。

たとえばテレビでは、民間の人がテレビ番組をもう一回編集し直して撒く、なんてことって、あり得ないじゃないですか。

渡邊 うんうんうん。

小寺 テレビはある程度語弊があるかもというのは承知で、あれ以上わかりやすくできないぐらいに作っている。しかもコピーコントロールとかもあって編集できないようにしてるので、何にもできない。でもネットの情報はそうはなってない。もう再利用前提、という大原則がもともとあるわけじゃないですか。ま、それなのにプロテクトかけたりするわけですけど。

■技術を持つ者の役目

渡邊 さっき言われた、「生活者が」というのは、すごく──特に、この2人にとってはまさにそうだな、と思いますね。千葉で暮らしてた人と、計画停電に出会った人、というのが、自分たちでコンテンツを作って他の人に伝える時代になったんだ、ということ。

それも、物凄いハイスキルが必要というわけではなくて、インターネット上のサービスを応用して作ることができる。建設的な話になるな、と思って、実際そうしていくと。「東電の情報はさあ」と文句をつけるんじゃなくて、「東電の情報はあれだから地図作ってみた」みたいな感じに持っていけるわけですよね。

小寺 そうですよね。

渡邊 東電をいくらつついても多分、地図は出てこない。

小寺 そこは、僕の考える脱原発ということに対する考え方と繋がるんです。僕はもともと技術者なので、イデオロギー的なことにあんまり興味ないんですよ。で、もし原発を動かさなかったら、その代替はどうするんだ、ってことを考えなければならないわけで、僕は今それを取材して記事化してるんです。そういう、エンジニア的な発想とすごく似ている感じがしますね。僕らは、「じゃあどうすんだ?」という問いに対して、答えを出す係の人なわけですよね。

渡邊 ブーブー言う係じゃなくて(笑)。

小寺 そうそう。旗を振って、人を集めて、扇動して、「電気より命のほうが大切!」って言う係の人じゃないんですよ、僕らは。

渡邊 たしかに。

小寺 もっと、なんていうのかな──ディレクターとかプロデューサーの人が、「小寺ちゃん、こっちの方向で間違いないんだよね? ないんだよね?」って言ったときに、ちゃんと調べる術を持ってて「大丈夫です(キリッ」って言う係の人だよ、僕らは。

一同 (笑)。

渡邊 いいですね(笑)。

小寺 そういう作業は、マスにいてパーッと目立つ人がやる仕事じゃなくて、もっと地べたを這いずり回って現場をうろつく人がやるべき仕事なので。僕は今、そういう仕事をしているということです。

渡邊 なんか、ぐっときますね。


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震災が切り開いた、データマッシュアップの可能性《第3回》

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#038 Sample

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□対談:Small Talk

毎月専門家のゲストをお招きして、旬なネタ、トレンドのお話を伺います。

今月の対談は、首都大学東京の日野キャンパスにある渡邊 英徳准教授の研究室にお邪魔して、震災に関連するプロジェクトのお話しを伺っている。

渡邊先生の研修室は、先の東日本大震災の折、ホンダ、トヨタの通常実績マップと、避難所の位置情報を重ねて見られるようにしたものをGoogle Earth上で公開するというプロジェクトをいち早く立ち上げたことで、世に知られるようになった。

現在そのマップは、すでに役目を終えたとして、「東日本大震災アーカイブ」というサイトになっている。

・東日本大震災アーカイブ
http://shinsai.mapping.jp/

今回は、同研究室がリリースした学生主導の別プロジェクト、「計画停電MAP」について実際に作成を担当したに参加している、首都大学東京大学院 システムデザイン研究科 二年の北原 和也さんにお話を伺う。

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震災が切り開いた、データマッシュアップの可能性《第3回》
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小寺 「計画停電MAP」も、当時はずいぶん多くの人に利用されたと思います。そもそもなんでこれを作ろうと思ったのか、そういうあたりからお話しを伺えればと。

北原 僕は、地震が起きたときは家にいたんです。すごく揺れたので、一人で家にいるのも怖いなと思って、学校に避難みたいな形でここに来て何日かいたんですけど。

小寺 ご自宅は近くなんですか。

北原 八王子です。

小寺 八王子だと、電車で来るってことですか。

北原 ええと、原付で。

小寺 なるほど。日野キャンパスまではびゃーっとすぐ来れる。

北原 そうですね。で、13日の夜に、計画停電が実施されるよ、というリストが公開された。当時は東北大の学生たちが、自分たちで安否確認のサイトみたいのを自主的に作ってて、それを見た時に、あ、僕たちにも自分たちでなんかできることがあるんじゃないかな、というのを感じたんです。

DSC01880僕と先輩で、何か役立てることしたいですよねと話してたら、ちょうどその時に計画停電の実施が発表されて。その時の資料が、本当にただテキストでばーって書いてあるだけで、僕たちが住んでるところも──というか、ここですね。それも地域に含まれてました。

でも、いつ停電するか全然これじゃわかんないなと。自分たちでもそう思ったので、これは困ってる人はいっぱいいるなと思って。それで、今までこの研究室でやってきた、位置情報系のコンテンツとかの経験を活かして、わかりやすく伝えられないかということで開発を始めました。

一番最初に作ったのが、本当にもう手作業で。Google Mapのマイマップに、「八王子市新町」とか、住所を突っ込んで、グループ分けも全部手動で一個一個行っていきました。で、13日の深夜ぐらいに作業を開始して、朝の……3時とか4時とかですかね。八王子市内と、東京都23区内を網羅したうえで、「こういったものを作っています」ってのを公開したところ、何件かコメントをいただきました。

・「計画停電MAP」初期バージョン
http://teiden.sou-sou.net/index2.html

応援して下さる方とかもたくさんいたんですけれど、このとき、「何かしたい」という気持ちの人が日本中に多分たくさんいた。その時にいちばん刺さったというか……感動したのが、「腕力では協力できないのでノウハウで協力させてください」という申し出で(笑)。

小寺 いいね(笑)。いいじゃない。

北原 僕らはその時、マイマップ使って、全部手動で一個一個打ってたんですけど、そうじゃなく、データベース使ってもっと自動化したら効率よく地図表示できるんじゃない? ということで、そのノウハウというのをコメント欄で教えていただきました。

小寺 で、その方法は役に立ったと。

北原 そうですね。それを一回僕のほうでちゃんと動くかやってみて、いけそうだったので……。その地図で作り直したのがこちらになってます。全部のデータをデータベースに突っ込んで、それからマップしてます。

・計画停電MAP
http://teiden.sou-sou.net/

小寺 網羅範囲が全然違いますね。

北原 そうですね。旧バージョンだと5、6時間かかって、八王子と23区内だけだったんですけど、こっちの場合は、データの処理──最初、東京電力が発表してる書類がコピー不可になってたりとか、扱いにくい状態だったんで、それの処理とかにけっこう手間取ったんですけど、そうですね……前のやつを作る何分の一の時間で全エリアが網羅できるまでになってます。

小寺 なるほど。

北原 これがかなりの人に見ていただきまして。一日で、20万とか30万とかのアクセスがありました。

■「社会が教えてくれる」という仕組み

小寺 これ、ベテランのエンジニアがもし作るとしたら、まず最初に方法論を探すところからいくので、わりと……最初からある程度のものはできるんでしょう。ただ学生が手作業でまずやり始めてパッといいタイミングで公開したから、情報、方法論が集まってくるというところもあるわけですよ。

そういう意味では、とりあえず作って公開してみる、というところまで含めて、またこれもソーシャル的なのかもしれないですね。いろんな人が情報をくれて、お互い成長できるというサイクルができるという点では、とりあえず動いてみるということは重要(笑)。

渡邊 そうですね(笑)。

小寺 特に学生にとっては(笑)。

DSC01891渡邊 学生たちだから、というのもあるし、応援してくれるんですよね。さっきみたいに、技術を持ってる方が、「君たち、頑張ってくれ! おれの技術は教えるから」みたいな感じで助けてくれる。

北原 たくさんコメントをいただけて。ほんと……やり方を教えてくれた方のおかげでできたな、と思ってますね。で、これで終わりじゃなくってですね。一番最新版が……まあ、もう今は生きた情報ではないんですけれど、前のバージョンを公開していると、たくさん企業の方が「うちも何か手伝いたいんですけれど」ということで、声をかけていただきました。で、ここパスデータになってるんですけれど、この地図の、北海道地図株式会社という会社の方が、好意で提供していただいてます。

小寺 それは、もともとそういうデータがあった?

北原 全然別で作成してたんですけれど、だったらこれ使えるじゃないか、ということで。

小寺 なるほど。

渡邊 その方にあとであるカンファレンスでお会いした時に聞いたら、もともとの彼らが作った計画停電マップが、どうやらもう集約的になってきてると。あと、エンジニアの方々は、デザインのスキル自体はお持ちでないので、デザインコースにいる北原君らのほうでまとめてくれたほうが、という判断もあったと言われてましたね。

小寺 なるほどね。

渡邊 僕はそれで良かったと思ってて。やっぱり君らが、実際に徹夜して。徹夜してというか、計画停電に遭いながら作った、という血が通ってる気がする(笑)。

一同 (笑)。

渡邊 今日いない、研究室の先輩と彼で2人で作ってるんですけど、その彼は修士論文をこれにしたんですよ。最初はデザイン手法みたいな話をしていたのが、最終的にはまず震災があって、その後ネット上でどんなアクティビティを展開していったかというのをまとめたんですよね。

小寺 なるほどね。ある意味、途中から社会論になっていると。

渡邊 そうです。こないだもさっきのナガサキ・アーカイブの件で、長崎放送の方が取材にきたんですけど、これを彼が話し始めたら、いま九州がちょうど計画停電が起きるかもしれない、と言ってるので、この作り方は参考になるかも、という話をして帰られました。

小寺 そうですね。いやあ、僕も実家が九州なので。

渡邊 ああ、そうですか。この2人もそうなんです。

北原 僕もです。

小寺 あ、そうすか(笑)。

一同 (笑)。

小寺 向こうの新聞とかに載ってる計画停電というのは、九電のサイトのほうもそうなんですけど、もう情報の出し方がひどいよね。なんか、ただの文字組みじゃない? こんなのどうやって探すんだよ、っていう。

・九州電力の計画停電情報
http://www2.kyuden.co.jp/kt_search/index.php/group_area/grouparea_pref/45

渡邊 全然把握できないですよね(笑)。長崎放送の方は、わざとわかりにくくしてるだろ、みたいな話をされて昨日は帰られましたけど。マップにするなんて、それこそ本当、学生たちにもできるぐらいの技術だと思うのに。

小寺 まあただですね、そこはいろいろ考えどころがあって。電力はライフラインなので、どういうエリアが固まって計画停電が起こるか、っていうマップを公式に出すと、いわゆる電力分配図ができるわけです。

渡邊 ああ、なるほどね。

小寺 そういう意味で、あんまり情報を可視化させたくない、というところも、もしかしたらあるのかもしれないですね。

渡邊 テロの対象になるかもしれないですしね。

小寺 そうです。もしかしたら図面化に関しては、法規制があるのかもしれないですね。実は今僕の家の目の前の空き地が宅地造成されようとしているんですけど、宅地開発とかの規模でも、周辺住民には上下水道の配管とか教えてくれないんですよ、役所は。やっぱりそこは黒塗りで。

渡邊 バックドアとして見られちゃうから、ということですね。

小寺 そうですそうです。……というところもやっぱりあるので、そこはある程度、ライフラインを持ってるところとしては仕方がないところかもしれないですが。ただねえ、こういう格好で情報を出されても、みんなが理解できないのではまったく本末転倒なので。

それはやはり民間というか、情報を受け取った側が、もう一回ちゃんと可視化し直すという作業は、やっていいことだと思いますね。

渡邊 そうだね。北海道地図さんがオフィシャルでやらなかった理由もなんとなく、わかる気がするね、今の話を聞くと。「学生たち」という、社会的に自由な立場の人たちがやった、というのが良かった。

小寺 うんうん。で、当然「研究」ということにつながるわけですし。

渡邊 そうですね。さっきの、震災発生後のアクティビティ、という話は、彼はそんなに詰め切らずに大学院を修了しちゃったんですけど。その「活動のデザインをする」みたいな切り口がすごく有用だなと思ったんです。さっき小寺さんが仰ってた、プロトタイプをまずウェブに上げて、声がけをしたら、たくさんの人がそこに力を貸して、どんどん完成度が上がっていく、っていう流れですよね。ここはもともとウェブコンテンツを研究するみたいな研究室だったのが、だんだん社会活動に寄ってきてるというのは、そういう意味もあります。


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震災が切り開いた、データマッシュアップの可能性《第2回》

小寺メルマガ「金曜ランチボックス」の中の対談部分を無償公開しています。毎週金曜日発行のメルマガから抜粋して、翌週の火曜日ぐらいに公開していく予定です。

☆夜間飛行様のご厚意により、試験的にepubも提供します。フォーマットは夜間飛行で配信されるメルマガと同じものですので、epubの表示テストなどにもお使いいただけます。

#037 Sample

「金曜ランチボックス」は、この対談以外にも社会系コラムや製品レビュー、Q&Aコーナー、そしてこれまでブログで書いてきた小ネタなど沢山のコンテンツでお楽しみ頂けるようになっています。よろしければ、下記2箇所の配信先バナーからご購読をお願いします。

□対談:Small Talk

毎月専門家のゲストをお招きして、旬なネタ、トレンドのお話を伺います。

今回の対談のお相手は、首都大学東京の渡邊 英徳准教授と、同研究室でプロジェクトに参加している、首都大学東京大学院 システムデザイン研究科 二年の佐々木遥子さんにお話を伺う。

渡邊先生の研修室は、先の東日本大震災の折、ホンダ、トヨタの通常実績マップと、避難所の位置情報を重ねて見られるようにしたものをGoogle Earth上で公開するというプロジェクトをいち早く立ち上げたことで、世に知られるようになった。

現在そのマップは、すでに役目を終えたとして、「東日本大震災アーカイブ」というサイトになっている。

・東日本大震災アーカイブ
http://shinsai.mapping.jp/

震災の記録を、民間で、しかもWeb上で誰でも閲覧できる形で残すということ。これを、国の助成も受けずに淡々とやれるのが、大学の力だと言えるだろう。

記録を残す意味や意義を、若い世代にどのように伝えるのか。震災後からはその意味も変わってきている。

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震災が切り開いた、データマッシュアップの可能性《第2回》
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小寺 当時作っていただいたマッシュアップのURLって、現在は東日本大震災アーカイブというのになってますよね。

・東日本大震災アーカイブ
http://shinsai.mapping.jp/

渡邊 さっきの速報的なコンテンツを作ったあとで、今度は東日本大震災という、我々の同時代の出来事を記録しなきゃな、という思いも出てきたわけですね。で、これはもうご覧になってすぐおわかりになると思うんですけど、今までのヒロシマ・アーカイブとかの手法と同じやり方で、被災者の方々の証言や被災の風景、これを今の地形に重ねて見れるようにした、というものなんですけど。

小寺 なるほど。

渡邊 さっき、ナガサキとかヒロシマの時に説明しなかった件があって。えっとですね……(操作する)……ヒロシマ・アーカイブの制作情報( http://hiroshima.mapping.jp/member.html )を見ていただくと、上はもちろんこの研究室とかメーカーなんですけど、下を見ていただくと、広島の高校生とか専門学校生がすごくたくさん加わっていて。で、彼女たちが何をしてるかというと、被ばく者の方にインタビューをしてもらったんです。

小寺 ああーそれはいいですね。

渡邊 だから東京の僕らが、ただデータをかき集めてマッピングしましたというだけじゃなくて、「記憶のコミュニティ」と僕は呼んでるんですけど。

DSC01888年長の方々と、我々制作グループと、あと、より若い世代とで、立場も、住んでる場所も、世代も違うメンバーで、記憶を継承するコミュニティを作ってくというのが、実は、この表に見えてるインターフェースの向こうで起きている一番重要なことだなというように気づいてですね。コンテンツを作るだけではだめで、それに主体的に関わったもっと若い世代を育てていかなきゃいけないんですよ。そうするとその高校生たちが、僕らの世代になったときに、また最先端のテクノロジーが生まれてる。それを使って継承するという活動をやってくれるかもしれない。

結局Google Earthを作って「はいどうぞ」だと、あまりにもショートスパンのプロジェクトになってしまう。で、東日本大震災のアーカイブのときも、当地出身の宮城大学の学生さんらが現地の方に話を聞いて、載せてくれたりといった活動に繋がっています。

実は、東京湾沿岸でもかなり被害が大きかったんですよね。たとえば浦安のあたりを見ていただくとですね……Yoko Sasakiというクレジットの写真がいっぱいあるんですけど。

小寺 うわー、液状化してるんだ。

渡邊 そうですね。あんまり、マスメディアではそんなに、取り上げられづらい被害ですけど、かなり甚大なわけですよね。で、学生たちに声がけをしたら、佐々木さん他、あと2名が、私たちも協力しますって言ってくれたんですね。じゃ、ちょっと佐々木さんから話してもらったほうがいいかな。関わった経緯とか。

佐々木 ええと……もともと、東日本大震災アーカイブというのは、昨年度の前期の授業で、渡邊先生がこういうプロジェクトをするよ、ということだったんですけれども。

DSC01875参加に至った経緯としては、自分は千葉県の出身でして、主にメディアで取り上げられるのは津波被害が甚大だった場所ですとか、あとはどうしても東北地方のほうに偏りがちで。液状化という言葉は出てきても、その実態がどういうものなのかとか、どういう範囲で広がっているかということが、きちんと出てきていなかった。ですからそういうのも含めて、情報の共有と、被害を把握するというところ、あとは「こういうことがあった」というのを後世に残すためにプロジェクトに参加したい、ということだったんです。

小寺 なるほど。自分たちも被害を受けているんだけれども、やっぱりメディアとしてはどうしても、いちばん大きいところを取り上げにいくので、誰もここの記録を残さないかもしれないという不安感というのはあったんですね。

佐々木 ありましたね。私が実際に歩いて写真を撮ってきたのは主に東京湾沿岸の幕張あたりと、あとは浦安に知人がいたので情報提供をお願いしてデータをいただいたのもあるんですけれども、他にも千葉県ですと、利根川沿いの香取市とか、佐原あたりも液状化になっていたりして。そこはちょっと今、写真とかデータは載せてないんですけれども。

cap003渡邊 これ、がれきだよね。

小寺 ああー。これは……どこのがれきですか?

佐々木 これは銚子のあたりで……

小寺 千葉もこのぐらいにはなってたんですね……。

渡邊 そうなんですよね。津波5メートルとかだったんじゃないかな。

佐々木 はい。千葉県は震源地から遠いこともあって、あまり報道されなかったんです。津波がきたのは、仙台、宮城あたりですと、地震が発生してから30〜40分後というふうにはよく聞くんですけれど、千葉県の沿岸にきたのが大体2時間後だったらしくて。で、地震が発生したあとはみなさん一旦高台に逃げるんですけれど、津波来てないから大丈夫だね、って戻ったところで被害に遭われた方がすごい多いという話を聞きました。

小寺 このへんも、記録する人がいたからこうやって残るわけですね。そうじゃない地域はもちろんもっとたくさん、きっとあるんですね。これ、何日ごろに撮ったやつですか?

渡邊 これは、5月って書いてあるから。

小寺 あ、だいぶ経ってますね。

渡邊 全然片づけられてない状況ですよね。どうしても陸前高田とか、石巻とかが報道ではよく出てくるんですけど、それこそ東京の我々の間近で、こういうことが起きてる、ってのが、草の根的な資料収集でわかってきたというのがけっこう良かったことじゃないかなと思ってるんですよね。

佐々木 写真は全部、さきほど先生が言っていたように、写真の中に手がかりとなるような電柱の地名とか、お店の名前とかを探して、ひとつひとつ場所を探して……。

小寺 (笑)。え、GPSデータはなかった?

渡邊 たいていついてなかったんです。

小寺 えー今どきの写真なのについてないんだ。

佐々木 探してマッピングしていたんですけれど。どうしても千葉県のあたりを中心にマッピングしていると、なんかどうしても東北のほうの写真を見比べた時に、何かこう、ジレンマというか、葛藤を抱きながらずっと作業をしていました。

小寺 わかります。ただそうはいってもこれ、土地勘がないとなかなか探せないんじゃいないですか?

佐々木 そうですね……知ってるところはありました。あとは、しらみつぶしと言ったら変ですが(笑)、Google Earthですとか、ストリートビューも活用して。

小寺 でも、一枚をそうやって合わせるのにどれぐらい時間がかかるんですか。ま、すぐ分かる、象徴的なものが写ってたらすぐ分かるんでしょうけど。

渡邊 僕は慣れてるんで、20分ぐらいですかね。

小寺 1枚20分ですか。

渡邊 ええ。で、学生たちは最初たぶん何時間もかかってたと思います。

佐々木 場所を見つけるところから始めると、1枚で1時間ぐらいかかってしまったりはしました。恥ずかしい話なんですけど、東北のほうだと、震災があるまで知らなかった土地名がすごくいっぱいあって。

でも、全部津波で流れてしまったあとですと、もともとそこにどういう施設があったとか、どういう街が広がっていたかというのを把握できないので、被害後の写真をネット上にぱっと見た時に、すごい衝撃は伝わってきても、それがどこの写真なのかというのを見つけ出すのは大変でした。

渡邊 こことかだと──これは陸前高田の──有名な写真ですよね。物凄い被害に遭ったあとの写真なんですけど。

cap006小寺 これ、空撮ですよね。

渡邊 空撮です。これは、共同通信が提供したのをウェブ上から引っ張ってきてるんですけど。ここで、昔の街の姿を見ることができちゃうので。だから、こういう街がこうなっちゃったんだという比較を我々はすることになるんで、かなりしんどい作業ではあるんですね。

小寺 なるほど。

渡邊 で、今みたいな活動をしてたら今度は、二宮章(にのみやあきら)さんという方がいらして。パノラマジャーナリストなんですよね。で、快くこれの掲載を許可してくださったりとか。

小寺 あ、パノラマ写真をね。

渡邊 さっきお話しした、コミュニティがどんどん、ネット上で形成されていったんです。

■共有される記憶と体験

小寺 このプロジェクトは、最近もずっと続いてるんですか?

cap007渡邊 最近の動きとしては、朝日新聞さんが、記者たちが1000人の声を集める、という活動をされているので、そのデータを提供してもらって。たとえばここが福島原発ですけど、この周りの、避難された方々の証言を読むことができたりとか。

もうひとつはこれ。僕のほうでちょっとテストをして集めたものなんですけど、地震発生のときに何をしていましたか? というアンケートをネット上でとって、マッピングしたものですね。800件ぐらい。

小寺 ああ、面白いですね。

渡邊 震災の思い出、というと、その後に起きた出来事を話すことが多いわけです。だけど、地震が起きたときにあなたは何をしていたか、というデータを集めてマッピングすると、こういう、ちょっと気の抜けた回答があったりするんですよ。

cap008小寺 はっはっは(笑)。

渡邊 実は、ちょっとした日常の中に突然起こる出来事なんだ、ということがこれでよく表現できるんじゃないかな、という。

小寺 (あちこちクリックしながら)……秘書検定か。いろいろやってるなあ。

渡邊 で、今のを、ARで見れるようにする、というアプリをちょっと作ってまして。

小寺 おお。

DSC01877渡邊 今朝方アップデートされたんですけど、地図でまずこれが見れると。そこでARにして、カメラをこう、かざしていただくと。

小寺 おお!

渡邊 ちょっと待っていただくとですね、方角と距離が。

小寺 ホントだ! 方角と距離が。

渡邊 で、タッチするとその内容が。こんな感じですね。

小寺 「家で寝ていた」か。なるほどなるほど。

渡邊 東北に行けば、この写真とか、被災者の方の証言もそこに重層されて。

小寺 「ジアスでパチンコ」(笑)。なるほどなあ、面白い。

渡邊 (笑)。“ふつう”なんですよね。このへんの人たちはやっぱり──やっぱりというか当たり前ですけど、地震が起きるなんてことは想像もしてなかったということがよくわかる。

小寺 これはなんというアプリです?

渡邊 これはですね、東日本大震災アーカイブで検索すると出てきます。

・eARthquake 311 HD
http://itunes.apple.com/jp/app/earthquake-311-hd/id486784514?mt=8

iPad版だけ、さっきの、800件のが入ってます。iPhoneだと重くなっちゃうんです。

小寺 あ、そうですよね。

渡邊 あとこれが……もうひとつ、うちの研究室中心にやったもので。日本財団さんのボランティアの方々が、避難所に行って足湯を振る舞うという活動をされてたんですよ。で、その時に、避難してる方々が、ぼそっと本音を言ってくれるそうなんです。つまり、「つらいですか」とか言って揉んでると、東北の人って我慢強いので、遠慮してるんですよ。でも、その時にぼそぼそと仰ったことを、個人情報をなるべく隠すかたちでつぶやき続けるbotですね。

・足湯のつぶやきBOT
https://twitter.com/AshiyuBot

小寺 でもそれって人力ですよね。あ、入力されたのをランダムで繰り返してるのかな?

渡邊 無作為に、一定時間おきにつぶやくんですね。で、こういう、匿名のキャラを介すと、人々に伝えやすくなると。地味なbotなんですけど、けっこうフォロワーさんがいてですね。で、フォロワーの方を見ると、けっこう本気モードの人が多い。

小寺 あ、@nobi(林信行)さんだ(笑)。

渡邊 知らぬ間に(笑)。一日に1、2回、被災者の方々の話が入ってくるというのが重要なんだろうな、と思って。

小寺 ずっと在り続けるということね。

渡邊 だから、震災アーカイブみたいな、言ってみれば派手な。

小寺 まあ、そこを目指してみんなが行くコンテンツですよね、あれは。これはそうじゃない、ということですね。

渡邊 ちょっとした折に思い出せるようなコンテンツ、ということで、これを作ったんです。これはけっこう好評だったですね。これも学生たちだけで作ったよね、基本的には。

佐々木 はい。


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震災が切り開いた、データマッシュアップの可能性《第1回》

小寺メルマガ「金曜ランチボックス」の中の対談部分を無償公開しています。毎週金曜日発行のメルマガから抜粋して、翌週の火曜日ぐらいに公開していく予定です。

☆夜間飛行様のご厚意により、試験的にepubも提供します。フォーマットは夜間飛行で配信されるメルマガと同じものですので、epubの表示テストなどにもお使いいただけます。

#036 Sample

「金曜ランチボックス」は、この対談以外にも社会系コラムや製品レビュー、Q&Aコーナー、そしてこれまでブログで書いてきた小ネタなど沢山のコンテンツでお楽しみ頂けるようになっています。よろしければ、下記2箇所の配信先バナーからご購読をお願いします。

□対談:Small Talk

毎月専門家のゲストをお招きして、旬なネタ、トレンドのお話を伺います。

今回の対談のお相手は、首都大学東京の渡邊 英徳准教授の研究室にお邪魔して、お話しを伺うことにした。渡邊先生の研修室では、先の東日本大震災の折、ホンダ、トヨタの通常実績マップと、避難所の位置情報を重ねて見られるようにしたものをGoogle Earth上で公開するというプロジェクトをいち早く立ち上げたことで、世に知られるようになった。

それまでは、それぞれの情報がバラバラに存在したのだ。僕は震災後、最初にGoogle Map上に公開されたホンダの通行実績マップと、別のMapとして公開されていた避難所情報を2つの画面に出し、左右を見比べることで、孤立している避難所がわかるのではないかと考えた。

最初は両方とも同じ縮尺にして、スクリーンキャプチャを取り、画像編集ソフトでレイヤーに重ねて見るという作業をしていたが、これでは日々更新される情報に追いつけない。また僕だけがその作業をやっても、その結果が正しいかどうかを検証してくれる人もいない。

こんなことならば、誰かが情報をひとつの地図上にオーバーレイして見られるようにしてくれないか、とTwitterで声をかけた。3月21日の夜ことである。

するとそれを見た渡邊先生が、その日のうちに着手してくださった。翌朝には、かなり完成度の高い状態で一般に公開されていた。

現在そのマップは、すでに役目を終えたとして、「東日本大震災アーカイブ」というサイトになっている。

・東日本大震災アーカイブ
http://shinsai.mapping.jp/

渡邊研究室では現在も、Google Earth上に位置、方角、時間の情報を加味しつつ、写真、動画、音声といった複合的なデータをマッシュアップさせるという手法を通じて、そこから見えてくる新しい価値、そして新しいデータアーカイブの形を研究している。

今月のシリーズは、そんな新しい情報の見せ方の可能性について、伺っていきたい。

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震災が切り開いた、データマッシュアップの可能性《第1回》
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小寺 まず渡邊先生の研究室は、基本的には何を教えてるかというところから。

渡邊 ここはですね、ネットワークデザインスタジオというように呼んでいまして、もともとはウェブコンテンツを中心に制作するというコンセプトでした。僕が着任して今年で5年目なんですが、徐々にインターネットでできることを追究するというよりは、社会活動を行なうためにインターネットの技術を応用して展開していくというコンセプトに変わってきてますね。

小寺 ああ、なるほど。最初はウェブコンテンツを作ろうということで、プログラム、Javaとかを教えていくところからスタートしたような感じですか。

渡邊 そうですね。あまり技術開発を積極的に行なうんではなくて、たとえばGoogle Earthというプラットフォームが既にあるんであれば、それを応用してより多くの人がアプローチできるようなコンテンツを実践していく、という活動が中心になってきています。

小寺 なるほど。昨年、大きな震災があって、そのときに大きくその技術が役に立ったということだと思うんですけど、その前というのは、社会的に役に立つようなプロジェクトというのは何かやってらっしゃったんですか。

渡邊 少し順を追ってお話しするんですけど、もともとはですね、2009年に制作した、このツバル・ビジュアライゼーション・プロジェクトというのが、社会貢献系のプロジェクトの第一弾です。

・TUVALU VISUALIZATION PROJECT
http://tv.mapping.jp/

これはですね、2009年ごろにちょうど地球温暖化が話題になっていて、ツバルが水没する、というふうに言われていたんですよね。でも、現地で支援活動をしてらっしゃる写真家さんとお話しして、ツバルの人たちの生身の声を聞いてみてから、それから温暖化とかの議論をしないと失礼なんじゃないかという話をしていて。

小寺 なるほど。

DSC01890渡邊 で、これは実際ツバルの方々に10年かけてインタビューしてきた記録を、ツバルの情景に浮かべてみることができるというものなんです。この発言されてる内容を見ると、もちろん、“Sea level rise”って言ってる方もいるんですけど、子どもたちはわりと「大人になったら野球選手になるんだ」とか、日本の子どもたちと変わらないんですよね。

だから、今回震災で津波によって我々がもしかしたら逆の立場になったかもしれないんですけれど、国対国じゃなくて、人対人でまずコミュニケーションしてみないか、というメッセージを。で、一人ひとりに実はメールを送ることができるんですけど、送るとですね、送った人とその人の間に線が結ばれる。だから、世界中の人とツバルの人が、P2Pで会話をしてる様子が可視化されるという、そういうコンテンツになってます。

小寺 ああ、面白いですね。

渡邊 ここからにわかにうちの研究室は社会活動的なニュアンスが深くなってきて。これがその翌年に、被ばく3世の若者の方から依頼があって制作した、ナガサキ・アーカイブというコンテンツで。

・Nagasaki Archive
http://nagasaki.mapping.jp/

たぶんもうすぐにコンセプトはおわかりになると思うんですけど。さっきのツバル・プロジェクトのプラットフォームをそのまま応用して。長崎の被ばく者の方々の証言や写真資料を、Google Earth上で閲覧できるようにしたというものですね。このひとつひとつの証言は、原爆投下時に立っていらした場所に掲載されてるんです。あとこの時から使い始めた技術なんですけど、これで写真を見ていただくと、写真に写った地形と地図上の地形がぴったり重なってるんですよ。

小寺 あ、なるほどなるほど。

渡邊 こうやると、2012年の長崎の街と、原爆投下直後の街を重層して見ることができるわけですよね。

で、この時のコンセプトは2つあって。まずひとつは、原子爆弾の情報というのは今までは資料館等に行かないと見れなかったものを、インターネット上で誰でも見られるようにするというコンセプトです。で、もうひとつは、自分から離れたものではなくて、普段過ごしてる街と地続きの出来事なんだというのを、直感的に理解しやすくしたかったわけです。なので、この一枚一枚の写真を、3次元的にぴったり今の街に重ねて見れるようにする、という工夫をしてるんですね。

小寺 なるほど。でも、これマッチングさせるのってどうやって……

渡邊 手作業です(笑)。

小寺 手作業。見た目で「こうに違いない」と(笑)。ま、当時の写真のほうに位置情報とかないですからね。

渡邊 ないんですね。今のであれば、GPS情報がついてたりするので合わせやすいんですけど、結局、昔の古地図を入手して、そこで場所を同定しながら合わせていく、という、けっこう気の遠くなるような作業を……(笑)。

僕的に重要だな、と思ってるのは、見た目はすごいデジタルで、ハイテクで動いてるように見えつつ──結局一枚一枚を丹念に見ながら我々が学んでいくというコンセプトが重要だなと思ってるんですね。それで最後にこういう力強いものができるんじゃないかという。

小寺 なるほどなるほど。

渡邊 その翌年が2011年で、今のを使って今度はヒロシマ・アーカイブを作っていたわけです。

・Hiroshima Archive
http://hiroshima.mapping.jp/

小寺 あ、なるほど。

渡邊 で、その打合せが3月11日だったんです。

■運命を変えた3.11

小寺 ああ、まさにそれをやってるとき。広島にいらっしゃったってことですか?

渡邊 えっとですね、八王子被爆者の会という証言保存の団体の方がいらして。大学の近くで打合せをしてたんです。その時、京王線に乗っていて、初台を通過したあたりで起きたんですね。

小寺 ああ、まだ都心ですね。

渡邊 そうですね。で、地下なんで全然揺れなくて。

小寺 あ、そうなんですか? そういうもんですか。

渡邊 揺れなかったんですよね。周りの人たちがワンセグを見ていて、「宮城で震度7だ」って言ってて。今日はいないんですけど、このヒロシマ・アーカイブの制作メンバーの一人が、当時仙台に住んでたんです。大丈夫かな、とかいう話をしていて、地上に出たら例の騒ぎになっていてですね。

そのとき原発の状況とかまったく来ていなかったので、どうしたのかな、というのを、翌朝に思ったんですね。翌日が、僕、大学の入試の業務で。

小寺 あ、3月ですもんね……。

渡邊 そうなんです。作業ができない日だったんですよ。で、翌朝になったら突然「福島原発から何キロが避難範囲になりました」みたいなことをわいわいニュースが言っていて。で、原発からの距離の同心円のデータを、Google Mapで配信したら、多くの人の役に立つんじゃないかというように考えたんです。で、自分のサーバで立てると絶対に落ちてしまうので、マイマップを使って。

・福島第一・第二原子力発電所からの距離
https://maps.google.co.jp/maps/ms?ie=UTF8&brcurrent=3,0x6020efcb3edec50d:0x84ba4122ed907c54,1&oe=UTF8&msa=0&msid=217380486463122398257.00049e44fc78c64c2b769

小寺 なるほど。

渡邊 ただ、実作業ができないので、どうしようかなと思って、ツイッターで「ポリゴンデータを作ってください」と。そしたら僕のほうでマイマップで公開しますというふうに打診したら、あっという間に、たくさんのジオ系のエンジニアの人が手伝ってくれてですね。

小寺 ポリゴンデータってどういうふうに使うんです?

渡邊 ポリゴンはですね、「マイプレイス」というとこから「インポート」ってやると、ポリゴンデータを地図に乗せることができるんです。

小寺 この同心円はポリゴンでできてるってことですか?

渡邊 そうです。

小寺 そうかなるほど! ポリゴンにしないと、ズームした時に表示がついてこないということですね。

渡邊 まあただ、20km、30kmって切った意味が今やなかったというのはよくわかってるんですが。当日は、やらなきゃ、と思っていたわけです。これで2つ、僕は得られたなと思ってて。

ひとつは、緊急時にソーシャルメディアで情報発信するだけじゃなくて、たとえばこういうジオ系のポリゴンデータを作ることができるエンジニアさんに声が届くということですよね。で、みんな自分の技術を使って何か役に立ちたいと思ってるとこに、そういうミッションが降りてくると、「じゃあやろう!」って言って、どんどんどんどん手を差し伸べてくれると。

小寺 なるほどなるほど。渡邊先生の呼びかけでそういう人が集まるし、渡邊先生自身も、もっと大きなアクションの中の一部として動いていくという、巨大なツリー構造の中で当時は動いてたってことですね。

渡邊 はい。3月11日の前後で全然変わったんです。さっきの、ナガサキやヒロシマの仕事をご存じだった人が、フォローしてくれてたんですね。で、「渡邊さんからこういう打診があるから作ろう」っていって、一回も顔を合わせないで作ったものが、これだけの人(現時点で222万人強)に見られた、というのは、かなり……いい意味で自信につながったんです。

小寺 自分ひとりで全部をやらなくても、コーディネーションすればなんとかなると。

渡邊 そういうことです。これがいい一例ですね。2時間ぐらいでできたと思うんですけど(笑)。なんか、ほんとに……あの頃はみんな、恐慌状態になっていたというか、焦ってたんですけど。「自分に何ができるか」って思ってる人がたくさんソーシャルメディア上にいたってことなんでしょうね。

小寺 うんうん、なるほどね……。

渡邊 で、この後に作り始めたのが、小寺さんがいちばん深く関わってくださってる──もう今はコンテンツを閉じちゃってるんですけど、「通行実績情報」のマップですね。

その前に、うちの学生が「計画停電MAP」というのをを作ってまして。あとで作った子が来ますんで、話を聞いてほしいんですけど。ここ(東京都日野キャンパス)、計画停電エリアだったんですよ。

小寺 なるほど。

渡邊 自分たちが停電して困ってるから作り始めたというコンテンツで。要は、東電が最初に配信した情報が非常に不親切だったんですよね。スキャンデータの図でPDFだったと思うんですけど。で、まったく、自分のとこが何時に停電するのかわからない、っていう状況で。

これも……もうなんか、死にもの狂いで作った結果、相当なページビューになって、たくさんの人に届いたんですね。作り方の軌跡も非常に興味深くて。

・計画停電MAP(旧バージョン)
http://teiden.sou-sou.net/index2.html

彼らは最初、各エリアの境界線を手で打ってたんです。で、「絶対おっつかないよ!」って言ってたら、ネット上のエンジニアの方が、Google Fusion Tablesという方法があるよ、というふうにコメントで教えてくれて。

で、学生たちがこういうのを作り始めたんで、僕も何かしなきゃ、と思ったのがきっかけなんです。

小寺 なるほど。そういう風に繋がるわけですね。

■マッシュアップから見えてくるもの

小寺 「通行実績情報」のマッシュアップ作業は、研修室でやってたんですか。

渡邊 僕のは全部家です。都心はたまたま計画停電範囲対象外だったんですよね。23区内で。

これは、小寺さんが紹介してくださったり、いろいろ打診してくださった結果で育っていったと僕は思ってるんですけど。結局、ホンダさんが配信しはじめたデータだけでは、有用なものにならない、というように僕は直感したんですよ。結局、いろいろなデータと複合して重ねることで、ルートの情報というのは役に立つわけですよね。

だから──前日に通れた道を表示できるようになりました、という報道がなされて、まずGoogle Earthで表示してみたんですよね。でも結局道って、どこかに到達するための手段であって、俯瞰してどこが通れたかという分布を見る、というのは、ちょっとこう、表示のレイヤーが俯瞰的過ぎる気がしたわけです。

小寺 なるほど。

渡邊 僕のほうで、当時得られる、ほぼすべてのジオデータがついてるデータを収集して、マッシュアップして、重ねてみたわけですね。そうするとたとえば、避難所に行くためにどの道がアベイラブルか、というのがミクロな次元で見えてきたりとか。

あと──これ面白いんですけど、東電の車が走ったルートが残ってたりするんですよ。東京電力が毎日作業してます、っていうニュース自体は伝わってくるんですけど、この当時みんなすごい不安だったと思うんですよね。もうみんな逃げ出しちゃったんじゃないか、とか、水をヘリコプターで撒いてるけど、なんかまったくかかってないように見えるじゃないか、とか(苦笑)。

でもまあ、少なくとも現地に毎日通ってる人たちがいて、必死に何かやってるんだということは透化されて、見えてくると。こういう副次的な効果があったんです。

小寺 なるほど。当時このデータって、毎日更新されてたんですか。

渡邊 毎日更新されてましたね。もちろん、リツイートしていただいた結果だと思うんですけど、たくさん評判が上がってきて。一番僕が個人的に嬉しかったのは、石井先生が褒めてくれたっていう(笑)。

・石井 裕(いしい ひろし) 日本のコンピュータ研究者、MIT教授
http://twitter.com/ishii_mit

渡邊 やっぱり、切り口がわかってくださってるなと思っていて。要は、通行実績マッシュアップというのは、それぞれ個別に配信されてた多元的な情報を、一元化したというに過ぎないですよね。僕自体は何ひとつデータを作ったわけではなくて。世の中の人が「たくさんの人に届け」と思って配信していたものを、かき集めてGoogle Earthに乗せる、ということをしただけなんです。

小寺 なるほどです。でも、重ねることではじめて意味を読み取ることができる人が出てくるわけじゃないですか。

渡邊 そうです。

小寺 そこが大きいですよね。これはこういう資料だ、というふうに提供するんではなくて、いくつかレイヤーがあって、自分が必要なのはこれとこれで、それによってこういうふうな情報を得ることができるはずだ、という具合に、見る側がある狙いを持って選ぶことができる、というところが。特に地図って、それまではまあ、「Google Earth面白いよね」「ストリートビュー楽しいよね」ぐらいのことだったんですけど、それが本当に役に立つ、というか、ある意味、命に関わってくる。

本当にライフラインである“道”というものが可視化されたということでは、震災とここのプロジェクトのあり方というのは、すごく象徴的な出来事だったような気がしますね。

渡邊 不思議なことに、それまでGoogle Earthって、すごく仮想世界に見えてたと思うんですね。

小寺 そうですそうです、はい。

渡邊 あんなにぐりぐり動いて、ビルも建ってて、すごいな!っていう。現実の我々の世界と乖離して見えたものが、震災という命に迫ってくるような出来事が起きると、急に接続されて。

それが実はヒロシマ・アーカイブとかで我々がやろうとしていたことに他ならないな、というように。

小寺 あっ、そうですよね。現在と過去との接点。土地の記憶がそのまま写真として残っていて、現在と接続してるということがわかるということが、プロジェクトのひとつのテーマなんですもんね。


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