2011年03月

テレビ番組は「見続ける」ようには作られていない

最近、直接被災していないの具合が悪くなったり、やる気が出なくなったりしている人が増えてきているそうである。こういうのを「エア被災」と言うらしい。

まさにテレビ番組を通じて徐々に被災の状況が明らかになって行くところなのではあるが、こういう番組を2時間も3時間も見続けていれば、精神的にまいるのは当たり前である。そもそもテレビ番組は、次々に連続で見続けるようにはできていない。番組一つ一つで担当者が違い、トータルでどうか、という視点で毎日番組編成を変えるようなことはしていないからである。いやNHKは結構調整しているはずだが、民放はそういう体制にない。

番組担当者は、当然自分の番組作りに関して、全力だ。しかし自分の前後の番組がどのような内容かは、ほとんど情報が入ってこない。ネタが被らないようにという程度の大まかな調整はあるが、細かい内容や絵で確認するようなことはない。逆にスクープ映像があれば、何度でも使い回されるため、同じシーンが次の番組にどんどんリレーされていく。各担当者は自分の番組でいい視聴率を取りたいので、必然的にセンセーショナルな番組構成になっていく。

それら全力の番組が、いくつもいくつも連続で押し寄せてくるわけだ。見ている方がまいってしまうのはごく当然である。ニュースでも情報番組でも、一つの番組を見たら思い切ってテレビを消して、別のことをするといった方法で、メンタルケアを行なうべきである。

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これからの日本の姿

今回の原発事故が危機を脱したとして、その後の日本の姿というものをイメージしてみたいと思う。まだそういう検討は早いと思われる人もいるかもしれないが、今だからこそ考えられることもあるので、メモとして書き留めておくことにする。なお筆者は発電などについては素人なので、ここに記すのは単なる理想というか希望でしかない。技術的な検証は詳しい方におまかせしておきたい。

おそらく今後、原子力発電は徐々に縮小せざるを得ないだろう。これまで国策で強引に進めてきた部分がある原発だが、発電所を抱える地元での反対の声に、合理的な反論ができなくなることと思われる。当然地元選出の政治家も反原発派が増えるだろう。

そうなると、我々の生活も、湯水のごとくいつでも電気が使えるという環境が終了することになる。こういうことを書くと、60Hz圏は関係ないという人もいるかと思うが、これはそういう小さい話ではない。つまり今まだ動いている原発も、今後は止める動きが出てくるだろう、という話なのである。そうなれば、日本全国はもちろん、世界先進諸国で電力が不足する事態にもなり得る。

では「脱電力」のようなことが可能なのか。個人的には、何らかのエネルギーを消費せずに高度な経済活動はなし得ないので、それは難しいだろう。

ここで方策としては、2つに分かれる。まず1つは、原発に変わる発電技術の開発である。もう1つは、電力利用の改革である。

前者は、これはそう簡単にはいかないだろう。風力、太陽光など、自然エネルギー由来の発電の効率を上げるという方策も期待されるところだが、これは原発の変わりにはならない。

現代の発電というのは、おおざっぱに言うと2系統に分けられるそうだ。まずはベースとなる電力を稼ぐタイプ。これはすぐに止めたり動かしたりできない発電で、原子力と流れ込み式水力がこれにあたる。もう一つは調整が比較的楽な発電で、需要の変動に応じてクッションの役割を果たすタイプ。これが火力発電、調整池型水力発電にあたる。

風力、太陽光発電がベースになれないのは、発電の予測が立てられないからであろう。なにしろ風の強さは毎日変わるし、天気の都合で発電量が変わってしまうのでは、全面的に依存はできない。

可能性があるとすれば、ソーラー発電を宇宙に出すことである。SF的な話になってしまうかもしれないが、発電衛星というようなものが構想されてくるのではないか。ただ、思いついてすぐにできるものでもないので、原発に変わる発電システムが出現するのは、相当時間がかかることだろう。

今はベース電力を稼いでいた原発が止まっているので、そのぶんを火力発電をぶんまわして補おうとしている。しかしそうなると電力需要に応じた調整を行なうマージンが少なくなるので、需要の変動に対処できなくなる。いつも足りないわけではなく、電気を多く使う時間帯に耐えられないわけだ。

そこで考えられるのは、2つめの方策、電力利用の平坦化である。今回の計画停電により、電力需要は朝夕の一部の時間帯に集中することがわかった。おそらく東京近郊の場合は、通勤・帰宅時間帯の電車本数の大幅増が関係しているだろう。

通勤時間帯の電車本数を減らして全体的に多少平坦化しようとすると、社会システムでこれに対応する必要がある。オフピーク通勤の強化が求められるところだが、そもそも本当に通勤が必要か? というレベルにまで踏み込んで考えた方がいいだろう。特に首都圏の場合、オフィスワーク従事者が多いと考えられる。それらは在宅で、もしくは近隣のサテライトオフィス的な場所で仕事ができないものか、もう一度よく洗い直してみる必要がある。

さらに別の角度での対策として、蓄電技術の進化は必ず求められてくるだろう。つまり電力が余っている時に蓄電し、ピーク時には自動的に蓄電装置から供給する、という方法である。

現在水力発電のうち、揚水式と呼ばれるタイプはある意味巨大な蓄電装置だと言える。夜間に電力が余っている時にダムの上に水を引き上げ、昼間はこれを落として発電する。つまり余った電力を位置エネルギーに変換しているわけだ。ただし上にも下にも莫大な体積の水を貯めるスペースが必要になるので、環境負荷は大きい。

小さなところからまず実験するならば、まずはノートPCが現実的だ。ネット経由で電力会社の給電状況をモニターしておいて、不足気味になったら自動的にバッテリー駆動に切り替わるようなユーティリティがあればいい。

もう少し大規模な蓄電としては、家庭内の利用において電気自動車の蓄電能力を活用するという方法もいいかもしれない。これもノートPC同じく余力があるときに充電し、ピーク時には逆に家庭に対して電源を供給するようなイメージである。

ここまでは大規模な蓄電技術がないという前提で考えてきたわけだが、仮に大規模な蓄電技術が開発されたならば、発電・送電設備側でクッションとして蓄電しておくという方法も考えられるだろう。ただこれは抜本的な解決にはならない。発電量が足りないということには違いないからである。

蓄電という方法は、割と受け身な作戦である。積極的に攻めてみるには、発電しなければならない。今後は小規模な発電技術の開発により、発電を各個人あるいは各家庭で分散するという方法も検討されていいだろう。

もうすっかり忘れてしまった人もいるだろうが、燃料電池はもうそろそろ実用化できるタイミングのはずだ。材料のエタノールは要するに酒のようなものなので、植物を原料とした発酵物であるため、石油など化石燃料と違って人が新たに製造することができる。PCの燃料電池化は近いとされているが、家電でも利用できるぐらいの規模の燃料電池も、開発を進めてもらいたい技術である。

喫緊のネタとしては、これまで「地球にやさしい」などのふんわりした理由でエコを進めてきた家電メーカーも、今後はより厳しい目で見られることだろう。カタログ値ではなく、本当に家庭に入れて実際に運用したときに電気を食わないのか、というところがシビアに検証されてくる。冷蔵庫、エアコン、洗濯機、電子レンジなどの白物家電、そしてテレビも、本気で検証が始まるだろう。

最後にもう少し根本的なことを書いておくと、そもそも住んでる地域ごとで電力会社が1つしか選べないという状況は、これまで技術競争の妨げとなってきたのではないか。電話キャリアと同じように複数の会社が同一エリアをカバーすることで、競争させるという方策も、一つ政治的に検討してもいいのかもしれない。

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湯たんぽライフ

まだあんまり広まってないと思われるライフハック。湯たんぽは暖房としても優秀ですよー。

うちではガスコンロで炭に着火→七輪とヤカンでお湯を沸かす→湯たんぽで足下あったか、というノー電気ライフです。パソコンで電気使っちゃうからね。

そのほかお尻に敷いたり背中に当てたりおなかに抱えたりと、寒いところにあてればよろしい。低温やけど防止と無駄な熱を逃がさないために、タオルなどを巻いてね。そうするとだいたい6時間〜8時間ぐらいは暖かいよ。

湯たんぽはポリ製のものなら数百円で買えます。生活雑貨を扱ってるスーパーとか、DIYショップ、なぜか時々電気屋さんにも置いてあったりします。支援物資の邪魔にならないよう、Amazonとかじゃなくてなるべく近所のお店で買ってねー。だからアフェリエイトは貼らないよー。
プロフィール

小寺信良
WEBに巣食うモノカキ。
原稿依頼、取材などのご連絡は、nob.kodera(at)gmail.comまでお願いします。

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