本日はお昼に民主党都議に、東京都青少年健全育成条例改正に関して反対の意見書を提出し、議員に説明を行なってきた。ほかの団体はほとんどが表現規制強化に関しての懸念を表明しており、子どもの携帯およびネット規制の問題をテーマに陳情を行なったところは少ない。それだけに、もう表現規制の話はうんざりという議員には、印象に残ったのではないかと思う。

14時から、有識者を集めた非実在青少年規制反対集会が都議会館の会議室を貸し切って行なわれた。12時から記者会見が行なわれていたそうだが、そちらのほうはちょうど都議に説明を行なっている時間だったので、行けなかった。

この反対集会、中継やTwitterでつぶやけた人は少なかったと思う。なぜならばこの会議室、イーモバイルやUQなどが全然入らなかったからである。入り口付近なら多少は入るかと思って場所を移動したのだが、後ろの方は立ち見の人を入れるということで、机を大幅に前に移動させられてしまったので、また電波が入らなくなった。

会場には約300名もの人が押しかけた。このうちメディアは、50人ぐらいではないかと思う。ニコ生チームは中継できたようだが、ほかにもテレビカメラが取材に入っていたので、どこかニュースで報道されるかもしれない。


記事としてはメディアの皆さんがまとめてくれると思うので、ここでは速報というか本来tsudaるはずだったメモを、公開したい。あくまでもその場で聞き取ったメモなので、細かい表現に間違いがあるかもしれないが、大意はつかめるはずである。

・漫画家 里中満智子氏

有害図書問題というのは、10年15年ぐらいで議論が繰り返される。特にマンガはたたかれやすいが、みな覚悟をもって書いている。

たたかれると出版がやりにくくなるのは事実。みんなに見ていただきたいという理由から、本来やりたかった表現をあきらめる若い作家もいる。

子どものために、平和のためにというと、みんないろんなことw悪気なくやれてしまう。もちろん子どもを守ることは大人の使命であるが、この世に存在しない画像まで被害者扱いされてしまうことには、おかしさを感じる。

正義感にあふれた人からすれば、そういうものを見せないのがいいというが、そのことは否定しない。なぜならば、それが自由というものだからである。意見を述べるのは自由であり、こうして私が意見を述べることもまた、自由である。

しかい自分の正義が、社会の正義と思い込むところが問題だ。かつて日本には、表現が阻害された時代がある。ある一部の人が正しいと思うものだけが認められたことがある。表現規制は、社会のもろさにつながっていく。

何を規制すべきかは、慎重に考える必要がある。表現規制の危機を感じとっていく必要がある。表現者はある覚悟をして作品を描いており、それを選ぶのは読者であるべきだ。

東京に出版社が集まっている。したがってこれは東京都だけでの問題ではない。
さらに言うならば、今回の改正に小説がふくまれないのはどういうことか。石原慎太郎氏の「太陽の季節」は、かつての若者に大きな影響を与えた。今、若者に

大きな影響を与えるものとはなにか。変な闇ができないように、政治家に頑張って欲しい。

・漫画家 竹宮惠子氏

これが通ってしまう前になんらかのアクションをおこさないとと思い、その日のうちに意見書を作った。

児童ポルノ法の問題も、なにか方法を講じるべきという考えもないわけではない。しかしそれを無理に通そうとしているところに問題がある。多くの人が、わたしたちの意見をきちんと把握して、耳をかしてほしい。

正しく子どもを育てるためには、知らさなければいいのか。知ることによって、危険を回避することもある。被害にあった人たちがそれを語れない中で、マンガの中でそれを読むこと、買うことに意味を感じる人も居る。それが救いになっていることもあるはず。これを全部なくしてしまうことは、業界としても考えられない。

記事をリリースできる立場の人たちには、そこを正しく伝えていただきたい。

・漫画家 さそうあきら氏

法律の目的を考えるべき。性的搾取をされないようにということだが、児童ポルノの制作に実在の子どもを使えば、被害はある。しかし空想のキャッチボールであるマンガはどうなんだ。

青少年の健全な育成とはなんなのか。僕も子どもに見せたくないものはある。昨今の政治家の醜態は、18禁にしてもいいぐらいだ。

何かを隠蔽したり押しつけたりすることで、健全な育成ができるわけじゃない。子どもだってバカじゃない。ぱーっとめくって、いやだったら閉じることだってできる。逆に全部読んだら犯罪者になるわけではない。


・漫画家 齋藤なずな氏

理屈で考えることが不得手だが、これを読んだときに直感的にどうもおかしいと思った。私は普段、オヤジ向けの作品ばかり書いているのだが、思い起こせば高校生のセックスについて肯定的に書いている作品もある。これがひっかかるとなると、ずいぶん多くの作品がひっかかってくる。

たとえば大学でマンガを学んでいる生徒たちは、高校生の経験をもとにすることになるわけだが、この規制では漫画家のとっかかりになるところで規制されてしまう。そんな状態は許されるべきではない。

・漫画家 おがわさとし氏

青少年はそもそも何見ても性的に刺激されるだろう。かつて自分は、英語の教科書に登場するルーシーとベンで不健全な妄想をしたぐらいである。中高生でありとあらゆるものを、妄想の素材とする。人間の妄想の自由、それを共有することの自由を犯されたくない。それを法で罰していくのは間違っている。

かつて小学生の自分は、永井先生のハレンチ学園などで情操教育された。そのようなことは、今の子供たちにもあっていいはずだ。

・漫画家 永井豪氏

40年前にこの法律があったら、ハレンチ学園はかけなかった。マジンガーZなどは国際的にも評価されているが、ヒロインの性的な魅力がポイントになっている。

たとえば違う犯罪があって家宅捜索されたときに、別件でしょっぴくことはあり得る危険な法案。日本のマンガが発展し、アキバに外国人が押し寄せてきているのは、日本は魅力的コンテンツが自由に描けることが大きかった。韓国では規制が厳しく、マンガの発展が30年遅れてしまったといわれている。

日本にはハリウッドと同じぐらいの宝がある。これは世界のコンベンションでもよく言われる。若い人がそういうものを描いてみたいという思いが、可能性を広げている。

日本は資源がない。知財は未来に重要。規制されてマンガ産業が疲弊してしまった、らつまらない国になる。おもちゃ、テレビ業界などに影響をおよぼすものである。

・評論家 呉智英氏

子どもは馬鹿だと前から思っている。ポルノっぽいマンガをみて犯罪を起こさないとは言えない。僕は子どもが嫌いなので、ロリコンではない。しかしこれは危険である。一つは法律論、もう一つは文化論の問題。

法律論では、行政、司法が一般に介入するところでは、必ず歯止めが必要。すばらしいものを検証することは、あってもいい。メディア芸術祭などもそうである。

一方行政、司法がこれを書くことはまかりならんということは、やってはいけない。推奨はやってもいいが、禁止のほうは常に警戒しなければならない。子どもが危険に走ることを防止する策としては、ゾーニングなどの手段がいろいろある。

文化論、文明論としては、多くの社会倫理を考えたときに、文化・芸術・表現は別の論理で動いている。人間、社会にはネガティブな面もある。これを描かないと芸術も文化も描けない。

これは近代以前から言われている。たとえば本居宣長。短歌は人間の心情を読むものであるから、悪いものを読むことがあると述べている。

僕は人間を安易に信じないので、それを描くことが重要であると感じる。拙速な法令で規制することには反対する。

・明治大学 森川 嘉一郎准教授

オタク、腐女子の方は、それを隠すのが仁義であり流儀である。一般人のふりをするのがいいという習慣みたいなものがある。それはよくわかるが、しかるべき時には説明する必要がある。説明の努力を怠ってきたことがこのことを引き起こしたかも知れない。

国土交通省が18年にマンガアニメを国の輸出産業にするとしたが、結局6700万円をシンクタンクになげて報告書ができておわった。

どうもマンガに詳しくない人たちは、ポケモンとかを秋葉にどう生かすのかという問題であると考えているようだ。しかしアキバは同人誌やエロで盛り上がっている。良いマンガ、悪いマンガを分けることができるようなイメージがあり、悪いマンガには悪い連中が集まるのだという発想がある。

悪質な連中を排除すれば、輸出にいいのではないかと言われる。しかしそれでは、本質となる競争力をそぐ結果となる。競争力とは、基盤となっている競技人口の多さである。ピラミッドは裾野が広いほど頂点が高い。豊かさを支えているのである。

コミケが年に2回行なわれる。3日間で55万人が訪れる。オタクは男性と思われているが、女性が7割。独特の表現がなされている。アマチュアがみようみまねでマンガを書き始めて同好の人に配布する。基本はエロパロ。

既存のマンガの主人公は、設定上18歳未満であることが多い。あくまでも推定だが、同人誌発行点数の3割、部数の5割が18歳未満のエロパロであろう。

具体的にはどういうものなのか。綾波レイは14歳。文化庁メディア芸術祭を受賞した作家もエロパロ出身。受賞した後に綾波レイを使ったエロパロを出している。プロも同人を書くことも多いのだ。

この作家は器用な人で、フィギュアの原型も作っている。著作権侵害で取り締まるべきという人も居るが、このフィギュアはエバンゲリオンの公式ストアで販売されている。相互依存の関係があるわけだ。これはすでに成立しているので、わざわざ行政が介入する必要はない。

エロの作品を作った作家が不健全であるなどのレッテルを貼り、スポンサーに説明できないようなことになれば、相互依存の関係を破壊する可能性がある。

エロマンガというと、昔の人はエロ劇画を発想するようだ。しかし少女マンガの絵柄をエロにするというのを生み出した人が、メディア大賞などを受賞している。女性向けマンガの潮流を変えた作家が、エロマンガを媒体として商業デビューをしていくという現実もある。

エロマンガを不健全だとして市場から追い出すと、ピラミッド構造が崩壊する。

・全国同人即売会連絡会 中村氏

我々は業界団体ではない。ゆるやかな連携をしている。同人誌は自由だからといって、野放しではない。以前わいせつ問題で逮捕者がでたこともあり、そこで考えて、今は自主規制などの取り組みを行なっている。

同人即売会では、有害指定されたものを青少年に売ってはならないのはポイント。即売会では机を並べて本を売るという対面販売が基本なので、子どもには売らない。

同人はアマチュアのイベントであるため、なるべく安い会場を探す。そのため公共の施設を使うことも多いが、職員が発行物をチェックする場合もある。これまで会場側と主催者側で相談しながら、販売に関しては進めてきた。

しかし公務員は3年程度で担当者が変わるため、そうなるとまた1から相談して行かなければならない。新しい担当者は、都条例だけを見て判断されるかもしれない。曖昧な内容での規制で危惧を覚えている。

・評論家 藤本由香里氏
非実在青少年なんて、こんなのネタだろと思っていた。出版社でもどうせ民主党が反対するだろうと言っていた。

しかし状況を聴くと、このままだと通るということがわかってきた。宮台真司 氏、東浩紀氏にも相談したが、このままだと通るという。その時点で全然報道されていない。検索したが、当時痛いニュースぐらいしか出てこなかった。

そこでいろいろ情報をまとめて、ブログはやってなかったのでMixi日記にあげた。知り合いの記者に連絡したが、記者もこの問題を知らなかった。知ってたのは1人だけ。知ってはいるけど通らないんじゃないかというぐらいのことだった。

このような性急なスケジュールの中で、条例が決められていく。規制したいとしても、このような形でこんな大きな影響を与えるものが決まって良いはずがない。都の方では「強姦」や「みだりに」といった表現で押さえているという。

改正案に元々ある8条1号には、図書以外にゲームなども入っている。実際もう規制は行なわれている。今まで野放しになったものを取り締まるというが、嘘である。「みだりに」は、いくらでも「みだりに」解釈できる。

東京都に問い合わせた人によれば、「規制対象など細かい規則は条例が通ってから考える」という。たとえば16歳の女性と30歳男性の真摯な恋愛をどう扱うかと質問したところ、「今後検討する」という。16歳と30歳の恋愛は、議論の余地があると都は考えているということだ。

問題にしているのは、18歳未満に見えるキャラクターの性を肯定的に描くこと。子どもを守るのをお題目に、道徳的な取り締まりをしたいだけではないか。さらに児童を18歳未満と規定していることも問題。児童ポルノといえば、ものすごく小さな子どもを対象としているイメージがあるが、それをそれを利用しているのである。

本当に取り締まったら犯罪が減るのか。逆の統計のほうが多い。規制強化すれば性犯罪は増える。一概にこれが原因とは言い切れないが、事実。

たとえば性犯罪による犯罪率は、韓国11人 米国6人、日本1人。規制が厳しい順に犯罪率が高い。たとえば食べ物が潤沢にある場合は人のものまでとらないだろう。つまりは同じことである。

欧米では規制強化が高い。世界で一番発達したマンガ文化と市場を持つ日本から、発信していくべきだが、現状は全く逆。ブラジル会議では、日本5000億円がマンガ産業、このほとんどが児童ポルノでしめられていると報告された。実際には本当に一部である。

今後この議論は、また巻き起こってくる。表現と社会について、論議を深めていくことが求められる。表現の自由は、戦前に自由にものが言うことができないとどういうことになるかというのを、日本人は一番知っている。どこよりも大事だと知る文化がある。それがこんな文化を産んでいる。

表現には、悪いことも描かれている。悪い感情も抱き止める力になる。自分のマイナスの感情をどこにいっても否定されたら、犯罪者になるしかない。マンガがそれを抱き留める力を持っているから、日本の性犯罪率がこれだけ低いと考える。

・都議会議員 福士敬子氏

改正条例の前から、条例そのものについて反対している。規制の枠の中に入ってしまったら、他の人もその枠の中でしか考えなくなるのが怖い。世界でこれから話をして行かなくてはならない若者が、これでは困るだろう。

弁護士 山口貴士氏

非実在というものを規制すると、世の中からなくなってしまう。いったんなくなると、もう復活はできない。

多数決の結果が正しいとは限らない。何が正しいかわからないから、多数決の価値がある。取り返しのつかない結論を多数決でやってはならない。

後世の人が価値を判断する余地を残すために、表現の自由を担保しなければならない。価値観や考え方は、変わるかも知れない。多数決は謙抑的でなければならない。不健全であるということから、表現の自由を縛って良いのか。

07年に米国から、児童ポルノ単純所持規制をやれと主立った政党を呼び出したのが発端。しかし国政レベルでは止まっている。

一方地方議会である東京都のほうが通りやすいので、規制推進派はそこでやると切り替えた。東京の条例単発の問題ではない。東京で決まれば、地方でも決るのは簡単。

・質疑応答

Q マンガ以外の媒体の規制はどの程度か?
A 視覚的に容姿が見えるものであればひっかかる

Q 青少年規制だから広く一般の規制ではないと言われているが?
インターネット規制も入っているがどの影響は?
A 担当者は3年ぐらいで変わる。議会でこういう答弁が出たから安心というわけにはいかない。条文に入るかはいらないかは重要。
インターネットは別に動いている団体がある。

Q ビジュアルだけで小説が入っていない。東京都からは活字文化が入らない論理的説明はあったか?
A この範囲に限定するというのは、元々合理性がない。非実在に関してはビジュアル。小説は読まないといけないので、手間がかかるので網がかかっていないと、ただそれだけではないか。挿絵は問題になるだろう。
すでに8条1号には図書映画等とあるので、ビジュアルに限らない。小説もすでに入っている。それにプラスして18歳未満の性を肯定的に描くことが追加された。今回特にビジュアルが悪いということになる。たとえば源氏物語などは、不健全図書指定になりうる。

Q 活字関係者は騒ぐべきではないとするが、どう思うか。
A 表現の自由は弱いところから浸食されていく。これが規制できるならこれもいいだろうと広がっていく。そんなことを言うのは、歴史を知らない人なのだ。規制派はこれで安心とは絶対に言わない。

Q アダルトゲームは何年も前から自主規制しているが。
A 自主規制努力してもだめだということになる。ただ自主規制も2種類ある。唯々諾々と言われるがままにする規制と、自分たちで未来を考えた規制。唯々諾々とした自主規制をしていると、どんどんつけこまれていく。受け手側も漫然と好きだとか嫌だとかじゃしょうがない。政治などのリテラシーの努力はしてほしい。

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