講談社の現代ビジネスが電子書籍に関してなかなか面白い記事を載せている。これを肴に今日から何回かに分けて、書き手、そして読み手の立場から電子書籍について考えてみたい。

コラムの冒頭に「家にいながら本は買えるが、町に本屋さんがないって想像できますか?」という一文がある。こういうところの文章は大抵編集担当者がくっつけるのだが、これを見て、ああ、やっぱり本屋さん目線なんだなぁ、と思う。町の本屋は、もう場所によってはとっくに終わっている。

僕は相当の量の本を読むので、本屋には一家言持っている。僕が3年前に住んでいた小さな町は、駅ビルにも駅前にも小さな本屋があったが、完全に終わっていた。単に売りたい本を売っているだけの店である。すなわち各ジャンルのベストセラーを平積みし、大量の週刊誌をならべ、地図や学習ドリル、辞書など一通りのものがあるだけ。「本読み」の心を全く捉えない。

しかしこの町には大きな古本屋がいくつかあり、そっちの方が断然面白かった。その理由を考えてみると、本の配列にあるのではないかと思う。新刊の書店の棚は、出版社と書店の取り合いである。出版社では棚をおさえる、棚がある、という言い方をするが、いわゆる「その手の本が並べてある棚があるか」ということが、本を出すか出さないかの大きなポイントとなる。一方本屋は、大手出版社の本がずらりと並んだ棚を作って、本を押し込めていく。そのほうが見た目も綺麗だし、管理しやすいからだろう。しかしどこにも「本読み」の心はない。

一方読み手は、本の内容が重要である。それがどの出版社から出ていようが、100%どうでもよい。おお、今回は角川から出たのかよしよし、などという読み手など居ない。それならば、多少背の高さはでこぼこになっても、内容別、ジャンル別、作家別でまとめてくれた方が助かる。

実に古本屋の本の並べ方は、これなのである。出版社関係なしに集めるので、棚がぐしゃっとした感じになるが、面白い本に偶然巡り会う確率が非常に高い。

今の本屋は、品揃えと見せ方の面で、ネットの検索性にも勝てず、古本屋の発掘の喜びも満たせず、中途半端である。Amazonや電子書籍に負けるのは当然であり、客に支持されない本屋は、淘汰されても仕方がないのではないか。これはどんな商売でも同じ事で、なぜ本屋だけが手厚い保護を受けなければならないのか、その理由がよくわからない。別に町の文化の象徴というわけでもないだろう。町の文化度を象徴するのは、そこに住まう「人」であるはずだ。

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著者:泰中 啓一
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