11月30日に正式導入された、mixiの「メールアドレスでの検索機能」は、事実上3日でサービスを取り下げることとなった。これまでfacebookが搭載してきた機能をなんの臆面もなくパクって来たわけだが、今回の失敗は割と致命的だったのではないかと思われる。

そもそもmixiがSNSとして台頭してきた理由は、なんでもかんでもオープンになるネットに辟易として、共通の秘密あるいはプライバシーを持ちたいという人々のニーズにマッチしたからである。以前もコラムで指摘したことがあるが、プライバシーが守られたパソコン通信の時代が崩壊し、同時にプライバシーの壁も崩壊したネットの世界に、もう一回壁を作り直したのだ。それがmixiがウケた理由である。

ところが今ソーシャルメディアとして成長しているのは、人と人との繋がりの間にプライバシーが挿入されるクローズドな環境ではなく、見ず知らずとの他人と簡単に繋がるドライなTwitterやfacebookのようなサービスである。これは単に、mixiのセキュアではあるがベタベタした付き合いの反動で、今そういう時代が巡ってきたということにしか過ぎない。これはいずれまたその揺り戻しが来るだけのことである。それなのに、そもそもクローズドだよ、特定の関係じゃないと非公開だよ、という前提で始めたmixiが、ある日突然メールアドレスをキーに日記まで丸見えになるというのは、まあどう考えても話が違う、ということになる。

多くの人はそうだと思うが、オープンな場とクローズドな場では、当然発言も違う。違って当然だし、プライベートな場ではきわどいことも書いたりするだろう。それは気心が知れた仲間内しか見ないからという、安全が確保されているからそうなるわけである。それが過去に遡ってまで丸見えになる可能性があるのであれば、当然事前に綿密な告知があってしかるべきであり、そのリスクについてもきちんと説明があったのちに実働させるべきだった。

こういった、サービスの根幹に関わる部分の変更なのに、そのリスクが理解できていなかったばかりか、謝罪の態度もなくいけしゃあしゃあと「ユーザーの皆様がご利用しやすいよう一部機能の見直しをおこなうため」などと逃げを打つというのでは、個人のプライバシーを預けるに値しない。というか、もう会社としての体を成していない。

昨年夏頃になるが、安心ネットづくり促進協議会のイベントで、大阪の箕面市に行ったことがある。この時の講演がmixiの笠原社長だったのだけど、当時大阪というケータイ教育に関してかなりアウェーな土地柄に来ておきながら、しかもその時mixiは会員の年齢制限引き下げを間近に控えた時期だったにも関わらず、リテラシーの話をすることもなく延々mixiの宣伝をやってのけた。これはよほど空気を読む必要がない大物か、基本的になにもわかってないのかどっちだろう、と思ったものである。

この時僕は、mixiのIDに相当するメールアドレスを、捨てアドに変更した。それまでは仕事でも使っているアドレスだったのだが、こういう会社に大事な情報を預けとくと危ないと感じたからである。そしてこの事件だ。金が儲かればよいというだけで、そこには運営ポリシーもユーザー保護の観点も何もないということが明らかになった。機能を引っ込めたことでみんななんとなく落ち着いているけど、きっとまた同じようなことをやらかすだろう。だって、何のポリシーもないんだもの。

僕はバブル時代から崩壊以降の20年の間、フリーランスという立場から多くの会社倒産を見てきたわけだが、自社に大したアイデアもないのに事業を拡大し、なりふり構わぬ金儲け体質に陥った会社がだいたいヤバいことになっていた。mixiとは仕事上の付き合いはないので、社内の雰囲気がどうなのか知らないけど、オフィスに見慣れないスーツ姿の男達を見かけるようになったり、経理をはじめとする事務方がこれといった理由もなく次々に辞めていったり人が入れ替わったりしてたら、大抵の会社はもうダメである。アスキー、大陸書房、Japan Mixみんなこうだった。これは身についた本能みたいなもので、こういうところに長居は無用、ささっと逃げるが勝ちだ。一ユーザーとしては、もはやmixiで培った人間関係は今facebookやTwitter上で再構築されつつあるし、近々身辺整理をして、アカウントをたたもうかと考えている。

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