小寺メルマガ「金曜ランチボックス」の中の対談部分を無償公開しています。毎週金曜日発行のメルマガから抜粋して、翌週の火曜日ぐらいに公開していく予定です。

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□対談:Small Talk

毎月専門家のゲストをお招きして、旬なネタ、トレンドのお話を伺います。

今月お相手願っているJag 山本氏は、(株)イーフロンティアで、プロダクトマーケティング、マネージメントグループを指揮している人物だ。過去Shadeの開発会社にいたこともあって、CGのクリエイティブシーンにも詳しい。

CGを作る作業が「手作り」だった時代は終わり、立体化からアニメートまでオートメーション化が進んでいる。イメージがあればすぐに形にできるよ、というのが、今CGというツールが一番果たさなきゃいけない役わりということなのかもしんない。現場に行って写真を撮るよりも、もっと早い手段。表現手段としてはもはや絵筆やカメラと変わりないところに到達しつつあるわけだが、それを使って何をやるのかで、今猛烈に行き詰まっている。

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3DCGブームはどこへ行った? 《第4回》
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小寺 なんかこう、映像に対しても、感覚の日米差というか、基本の違いが差として大きくなりすぎちゃった感じがするんですよね。

山本 そうですね。変な話、我々が旅行に行ったときに撮ったビデオって、後で編集しづらいじゃないですか。でもアメリカ人とか欧米人とかが撮ったビデオって、すごくよくできたビデオがありますよね。

ドイツ時代に社員旅行に行ったときに、そういうの好きな奴がコンテみたいなのを持ってて。自分のビデオ用ですよ?(笑) 「Jag、ちょっとそこでジャンプして」とか言って、撮っちゃう。行く前から「こういう絵が欲しい」ってプラン作って持ってきたりするわけですよ。だから当然ちゃんとしたものが出来上がるじゃないですか。そういう作りかたってまだまだ日本にはないなと思って。

小寺 ないねえ。向こうの人は勝手にレポートしたりね。みんな好きだよね、ああいうことが。

山本 そういう撮影テクみたいなところの基本の楽しみ──いわゆる映研とか、8ミリで特撮を撮る、みたいな、撮影テクが楽しい時代ってあったじゃないですか。ああいうのが楽しいってことの普及が、だいぶ止まっちゃってるのかな。

小寺 止まっちゃってますね。普通の人がみんなカメラを持ってコンテンツを作り始めてるのに、誰も方法論を知らない。

出来上がったものから学べるものってのもあるんだけど、それも読み取り方の基礎がないとそれも限られるわけで。現場にいたことがないから、みんな想像でやってるわけです。まあ想像から手法を再発明するってのもひとつの学習の仕方かなとは思うんだけど、なんで学ぶ道がなくなっちゃったのかな、という気がしますね。

山本 自分が関わってきたところの贖罪で言うと、Shadeの使い方の本とかもそうなんですけど、ビデオ編集ソフトの使い方の本ってあるじゃないですか。で、載っているのはソフトの使い方で、映像の撮り方が一切書いてないんですよね。

DSC00096b『ズームイン!!朝!』じゃないですけど、ミニテクニックで、ビーチボールをひとつ持ってって、「じゃあ次よろしくね」って投げて、受け取るところでカットをつなぐと……みたいな、昔からのテクがあるじゃないですか。あんなのひとつ挟むだけで出来上がりが全然変わるのに、それはビデオ編集ソフトの本に1ページも割かれてないわけですよね。だから、そりゃ編集するの大変だよな、っていう(苦笑)。

小寺 そうだよね。撮っちゃったものをなんとかしてくれ、っていうニーズのほうがやっぱり多いんですよ。

山本 そうですよね。ギターで言えば、コードは押さえられるけど曲は一切弾けない、みたいな状態になっちゃってると。

小寺 でもね、それも難しいところがあって。マニュアル本を作るのはソフトウェアメーカーの資本なので、ソフトの説明しないで撮り方の説明してどうすんだよ、っていうね。

山本 いや、だからそこがメーカーの贖罪なんです(笑)。

小寺 (笑)。一部ね、自分でできる人たちもいるんですよ。でもそういう人たちは、現場が楽しい、という人なので、最初からある意味、もうテレビ屋さんみたいなもんです。それはどういうところに生息しているかというと、USTREAMみんなでやろうぜ、的な感じの世界観がそうなんですよ。現場で撮影クルーとわーわー言ってやるのが楽しいよね、みたいなところでは、ハウツーってすごく共有されてるんですけど。

山本 好きな人は多いはずなんですよね。昔のアナクロな手法とかを教えると、知らなかった、みたいな人もけっこういますから。先ほどのボール投げもそうですけど、なんかあった時用に、6色ぐらいの4×4の紙を貼っとけばあとで位置情報がわかるから、なんちゃって3Dで合わせるのも簡単だよ、みたいなこと。マーカー4つ貼るだけでどうにかなるよ、とか言うと、「あ、なるほどね」とか。別にあとで消せばいいんだから、みたいに言っても、「考えたことなかった」みたいなことも多くて。

そういう基本情報の伝達が──まあ当たり前ですけど学校で教えることじゃないんで、共有できてないのかな、という。

小寺 USTとかの放送でも、後ろをクロマキーバックにしてはめ込むよ、っていった時にさ、いちいちトライキャスター持ってきちゃうのよ。

山本 (笑)。

小寺 そんだけだったらトライキャスターじゃなくてもいいじゃねえかよ、っていう(笑)。綺麗に抜ける理屈って、昔雑誌で連載とかもしてたんだけど、誰も読んでなかった(笑)。

■批評とムーブメントの関係

山本 今危惧するところは、技術が進んでいるんで、ここまで来ると今度はCG作りをCGから真似するんじゃなくて、リアルから真似するわけですよね。この時に、特撮の人たちが作ってきたノウハウ、ここをパッと教えてあげないと、きっと動くだけで全然つまんない作品とかが出てきちゃう。そこをなんかブリッジしないとな、使い方を教えてる場合じゃないな、みたいなところはありますよね。

小寺 それはあれだね、最終的にはもうソフトウェアの使い方云々じゃなくて、コンテンツを面白くする方法論みたいなところに収斂しちゃうんじゃないかと。一億総批評家みたいにはなってんだけど、いざ自分が作る側になったときにぜんぜん面白くない、っていう状況に今なりつつあるな、というのを感じるんですよ。

山本 わかります、わかります。

小寺 2ちゃんねるまとめサイトですごい人気だったのが、転載禁止食らったとたん超つまんなくなったり(笑)。お前自力で文章で書いたらこの程度なのかよ、みたいなのに直面して、逆にビックリしました。お前そこまで自分でモノ作る才能なかったのか、みたいな。人が作ったものをまとめてるというだけで、やり方が巧い人はそこそこ稼いじゃってるわけですから。

山本 そうですね。

小寺 自分で作るよ、ってなった時の力量のなさっていうところって、どうやってカバーしていけばいいのかな、というのが……自然には覚えないんだろうな。でもなんかのきっかけでガーッといくんだろうな、と思いつつ、なんかあんまり思いつかないんですよね。

山本 僕がひとつ、そこにヒントを感じたのは、評価をされるべきところの評価レベルが低いんだと思うんですね。

たとえばやっぱり初音ミクとかはわかりやすいじゃないですか。評価されるのもわかるし、「すごい」というのも言いやすい。それが結局どうなってくかというと、評価されやすいものに人は寄っていきますよね。

そうした時に、小寺さんとか僕とか、業界側にいる人たちが、わかりづらいものをもっと評価してあげないといけないのかなと。それが新しくものを作るためのきっかけになるんだろうなと。ま、牽引側というか、経験者側が、非常に抽象的なものとかをどんどん評価していくと、たぶん──「評判の店」で、素人が「美味しかったよ」と言うんじゃなくて、識者がバイアスをかけてでも評価をしていけば変わるな、と思うんですね。

というのは、CGの世界に抽象概念というのがまだ非常に少ないんですね。テリー・ギリアムの映画でハリウッドまでいけば「凄い」と言いますけど、あのぐらいバイアス作って、「あれがいいんだよ」って言ってあげないと、「あれなんか気持ち悪いね」「よくわかんないね」だと終わっちゃうわけじゃないですか。

今ShadeやLightWaveで抽象画を描いたところで、たぶん識者は、「これは新しい試みだ」とか、いい色だとか、格好いいというところで評価できるじゃないですか。でも普通にニコ動にいる人の多くは、評価できないはずなんですよ。なぜかと言ったら、見たこともないしどう評価したらいいかもわかんないし、「つまんね」と言って終わっちゃうと思うんですね。

そういうのを発見し次第、即、ウェーブ作って評価する、あるいは評価する場所を作ってくと、あれが評価されるんだ、ってことでそっちに来るんだと思うのね。

小寺 なるほどねえ。その考え方はすごくよくわかるんだけど、実際に評価で食ってる側からすると、それはすっごいデンジャラスなんスよ!(笑)

山本 わかります、すごいわかりますよ!(笑)

小寺 「あいつあんなもん評価してるぜ」とか言われて、こっちの評価が落ちる、ってところがあってですね(笑)。

山本 そうですよね。そこはだからもう、徒党を組まないとダメですよ(笑)。のっけから。

小寺 そう、おかしいのがさ、良いものを良いってちゃんと評価してるのに、悪口書いてないと、「こいつ金もらってる」とかって妙に勘ぐる奴がいるんですよ。

山本 わかります。年を取ると、というか、こっち側になってくると、そこの辻褄合わせをしとかないと、単独だとできないっていう(笑)。

小寺 そう、単独だと刺されるというところあるかも(笑)。

山本 やっぱり仲間うちで──それも別に、握れ(手を組む/口裏を合わせて全員で同じこと言おう)って意味じゃなくて。それこそたとえば、「あの変な緑色のやつはいいよね」ってなったら、「今年は緑だよね」って。それはパリコレですよね。みんなでこうやって、ある程度モードの擦り合わせをして。

小寺 そうだね。

山本 そういう意味で言うと、モードの発信の仕方、やり方ってそうじゃないですか。それがないんですよ、今。モードが全部下からくるものだけになってて。

上から落とすものは秋元康さんとか、プロデューサーの世界。音の世界とかではありますけど、絵の世界とか、ビデオの世界、いわゆる目で見る物の世界では、モードのムーブメントを作る側の仕掛けの流れがない。

そこをかつてはテクノロジー側が持っちゃったりしてたんですけど、コンテンツ側でなんかしてかないと……。

小寺 そうですね。多分ね、昔はあったんですよ。映画評論家が映画のシーンを育ててるっていう世界があって。それはやっぱり映画評論家もちゃんとした権威を持って、責任を持っていたという時期があって。ちゃんと批評が成立してたという、健全な時期というのがあったわけですけど。

山本 そうですよね。

小寺 批評が今ね、誰でも批評できるようになっちゃったんで、難しくなってきてて。それがうまく機能してない、というところがあるのかもしれないですね。

山本 でもそこでまたね、晋遊舎の『MONOQLO』とか『家電批評』って雑誌が売れてるのって、Webがそうやってなんにも信じられなくなった時に、批評家・評論家・テスターが本当にやると、広告ないのに一番売れてる雑誌になった、みたいなことが起きたじゃないですか。

そのへんは読者、というか、消費者側もわかってるんじゃないかな。

小寺 そうね。そういう評価軸が成り立つ世界って、そろそろ戻ってくるのかもしれないですね。最近まで妙にみんな、2ちゃんねる信じ過ぎというか、「お前2ちゃん見過ぎ」っていう感じに全員がなってきてるところがあった。

それに気づけない人はずっともうそのままなんだろうけど、そことは離れて、もうちょっとちゃんとメディアが突っ張って出してる情報を真っ正面から見ようよ、っていう人たちも現われてきたというところがあるのかもしんない。

■評価とマネタイズのスパイラル

山本 この前、あるとこにコラムで書いたネタなんですけど。

『じゃらん』の口コミサイトが、やばいことになってて。なんでやばいかと言うと、あれって泊まった人しか書けないことになってるから、すごくいい評価が多いんですよ。なんだけど、そこの評価を、『利用』する。違うサイトで予約取っちゃう人がすごい増えて、結局『じゃらん』にお金が還元されない。さらに『じゃらん』で予約しないから口コミが増えない……という、悪いスパイラルが起こるわけですよ。

で、リクルートはどうするかというと、結局クーポンサイト、ポンパレみたいなとこで、「今日安い」とかで売り始める。でもポンパレやグルーポンみたいなのは評価欄がないから、とんでもない宿に泊まる可能性もすごい高い。誰がこの状態を作ったの? と。

小寺 (苦笑)。

山本 で、さっきの評論の話と近いんですけど、『利用しよう』とするとそういうことになるけど、『参加しよう』としたらそうならないんですよね。

小寺 あ、なるほどね。

山本 自分がそこの、『じゃらん』の口コミサイトを作ってる参加者だという気持ちだったら、『じゃらん』から離れられないじゃないですか。「参加するからいいことがある」という当たり前のことを、なんかこう、もう一回ちゃんと言ったほうがいいのかな、とか。

小寺 やっぱりネットに「普通の人」が大量に入ってくると、もうカリスマ的な人が理屈抜きに方向を引っぱってやらないと、加速度的にベクトルが散乱するということかもしれないですね。誰かが羊を追わなきゃいけない。それまではルールがなくてもみんなが自立してうまいことやれてた世界は、もう帰ってこない。


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