小寺メルマガ「金曜ランチボックス」の中の対談部分を無償公開しています。毎週金曜日発行のメルマガから抜粋して、翌週の火曜日ぐらいに公開していく予定です。

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#037 Sample

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□対談:Small Talk

毎月専門家のゲストをお招きして、旬なネタ、トレンドのお話を伺います。

今回の対談のお相手は、首都大学東京の渡邊 英徳准教授と、同研究室でプロジェクトに参加している、首都大学東京大学院 システムデザイン研究科 二年の佐々木遥子さんにお話を伺う。

渡邊先生の研修室は、先の東日本大震災の折、ホンダ、トヨタの通常実績マップと、避難所の位置情報を重ねて見られるようにしたものをGoogle Earth上で公開するというプロジェクトをいち早く立ち上げたことで、世に知られるようになった。

現在そのマップは、すでに役目を終えたとして、「東日本大震災アーカイブ」というサイトになっている。

・東日本大震災アーカイブ
http://shinsai.mapping.jp/

震災の記録を、民間で、しかもWeb上で誰でも閲覧できる形で残すということ。これを、国の助成も受けずに淡々とやれるのが、大学の力だと言えるだろう。

記録を残す意味や意義を、若い世代にどのように伝えるのか。震災後からはその意味も変わってきている。

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震災が切り開いた、データマッシュアップの可能性《第2回》
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小寺 当時作っていただいたマッシュアップのURLって、現在は東日本大震災アーカイブというのになってますよね。

・東日本大震災アーカイブ
http://shinsai.mapping.jp/

渡邊 さっきの速報的なコンテンツを作ったあとで、今度は東日本大震災という、我々の同時代の出来事を記録しなきゃな、という思いも出てきたわけですね。で、これはもうご覧になってすぐおわかりになると思うんですけど、今までのヒロシマ・アーカイブとかの手法と同じやり方で、被災者の方々の証言や被災の風景、これを今の地形に重ねて見れるようにした、というものなんですけど。

小寺 なるほど。

渡邊 さっき、ナガサキとかヒロシマの時に説明しなかった件があって。えっとですね……(操作する)……ヒロシマ・アーカイブの制作情報( http://hiroshima.mapping.jp/member.html )を見ていただくと、上はもちろんこの研究室とかメーカーなんですけど、下を見ていただくと、広島の高校生とか専門学校生がすごくたくさん加わっていて。で、彼女たちが何をしてるかというと、被ばく者の方にインタビューをしてもらったんです。

小寺 ああーそれはいいですね。

渡邊 だから東京の僕らが、ただデータをかき集めてマッピングしましたというだけじゃなくて、「記憶のコミュニティ」と僕は呼んでるんですけど。

DSC01888年長の方々と、我々制作グループと、あと、より若い世代とで、立場も、住んでる場所も、世代も違うメンバーで、記憶を継承するコミュニティを作ってくというのが、実は、この表に見えてるインターフェースの向こうで起きている一番重要なことだなというように気づいてですね。コンテンツを作るだけではだめで、それに主体的に関わったもっと若い世代を育てていかなきゃいけないんですよ。そうするとその高校生たちが、僕らの世代になったときに、また最先端のテクノロジーが生まれてる。それを使って継承するという活動をやってくれるかもしれない。

結局Google Earthを作って「はいどうぞ」だと、あまりにもショートスパンのプロジェクトになってしまう。で、東日本大震災のアーカイブのときも、当地出身の宮城大学の学生さんらが現地の方に話を聞いて、載せてくれたりといった活動に繋がっています。

実は、東京湾沿岸でもかなり被害が大きかったんですよね。たとえば浦安のあたりを見ていただくとですね……Yoko Sasakiというクレジットの写真がいっぱいあるんですけど。

小寺 うわー、液状化してるんだ。

渡邊 そうですね。あんまり、マスメディアではそんなに、取り上げられづらい被害ですけど、かなり甚大なわけですよね。で、学生たちに声がけをしたら、佐々木さん他、あと2名が、私たちも協力しますって言ってくれたんですね。じゃ、ちょっと佐々木さんから話してもらったほうがいいかな。関わった経緯とか。

佐々木 ええと……もともと、東日本大震災アーカイブというのは、昨年度の前期の授業で、渡邊先生がこういうプロジェクトをするよ、ということだったんですけれども。

DSC01875参加に至った経緯としては、自分は千葉県の出身でして、主にメディアで取り上げられるのは津波被害が甚大だった場所ですとか、あとはどうしても東北地方のほうに偏りがちで。液状化という言葉は出てきても、その実態がどういうものなのかとか、どういう範囲で広がっているかということが、きちんと出てきていなかった。ですからそういうのも含めて、情報の共有と、被害を把握するというところ、あとは「こういうことがあった」というのを後世に残すためにプロジェクトに参加したい、ということだったんです。

小寺 なるほど。自分たちも被害を受けているんだけれども、やっぱりメディアとしてはどうしても、いちばん大きいところを取り上げにいくので、誰もここの記録を残さないかもしれないという不安感というのはあったんですね。

佐々木 ありましたね。私が実際に歩いて写真を撮ってきたのは主に東京湾沿岸の幕張あたりと、あとは浦安に知人がいたので情報提供をお願いしてデータをいただいたのもあるんですけれども、他にも千葉県ですと、利根川沿いの香取市とか、佐原あたりも液状化になっていたりして。そこはちょっと今、写真とかデータは載せてないんですけれども。

cap003渡邊 これ、がれきだよね。

小寺 ああー。これは……どこのがれきですか?

佐々木 これは銚子のあたりで……

小寺 千葉もこのぐらいにはなってたんですね……。

渡邊 そうなんですよね。津波5メートルとかだったんじゃないかな。

佐々木 はい。千葉県は震源地から遠いこともあって、あまり報道されなかったんです。津波がきたのは、仙台、宮城あたりですと、地震が発生してから30〜40分後というふうにはよく聞くんですけれど、千葉県の沿岸にきたのが大体2時間後だったらしくて。で、地震が発生したあとはみなさん一旦高台に逃げるんですけれど、津波来てないから大丈夫だね、って戻ったところで被害に遭われた方がすごい多いという話を聞きました。

小寺 このへんも、記録する人がいたからこうやって残るわけですね。そうじゃない地域はもちろんもっとたくさん、きっとあるんですね。これ、何日ごろに撮ったやつですか?

渡邊 これは、5月って書いてあるから。

小寺 あ、だいぶ経ってますね。

渡邊 全然片づけられてない状況ですよね。どうしても陸前高田とか、石巻とかが報道ではよく出てくるんですけど、それこそ東京の我々の間近で、こういうことが起きてる、ってのが、草の根的な資料収集でわかってきたというのがけっこう良かったことじゃないかなと思ってるんですよね。

佐々木 写真は全部、さきほど先生が言っていたように、写真の中に手がかりとなるような電柱の地名とか、お店の名前とかを探して、ひとつひとつ場所を探して……。

小寺 (笑)。え、GPSデータはなかった?

渡邊 たいていついてなかったんです。

小寺 えー今どきの写真なのについてないんだ。

佐々木 探してマッピングしていたんですけれど。どうしても千葉県のあたりを中心にマッピングしていると、なんかどうしても東北のほうの写真を見比べた時に、何かこう、ジレンマというか、葛藤を抱きながらずっと作業をしていました。

小寺 わかります。ただそうはいってもこれ、土地勘がないとなかなか探せないんじゃいないですか?

佐々木 そうですね……知ってるところはありました。あとは、しらみつぶしと言ったら変ですが(笑)、Google Earthですとか、ストリートビューも活用して。

小寺 でも、一枚をそうやって合わせるのにどれぐらい時間がかかるんですか。ま、すぐ分かる、象徴的なものが写ってたらすぐ分かるんでしょうけど。

渡邊 僕は慣れてるんで、20分ぐらいですかね。

小寺 1枚20分ですか。

渡邊 ええ。で、学生たちは最初たぶん何時間もかかってたと思います。

佐々木 場所を見つけるところから始めると、1枚で1時間ぐらいかかってしまったりはしました。恥ずかしい話なんですけど、東北のほうだと、震災があるまで知らなかった土地名がすごくいっぱいあって。

でも、全部津波で流れてしまったあとですと、もともとそこにどういう施設があったとか、どういう街が広がっていたかというのを把握できないので、被害後の写真をネット上にぱっと見た時に、すごい衝撃は伝わってきても、それがどこの写真なのかというのを見つけ出すのは大変でした。

渡邊 こことかだと──これは陸前高田の──有名な写真ですよね。物凄い被害に遭ったあとの写真なんですけど。

cap006小寺 これ、空撮ですよね。

渡邊 空撮です。これは、共同通信が提供したのをウェブ上から引っ張ってきてるんですけど。ここで、昔の街の姿を見ることができちゃうので。だから、こういう街がこうなっちゃったんだという比較を我々はすることになるんで、かなりしんどい作業ではあるんですね。

小寺 なるほど。

渡邊 で、今みたいな活動をしてたら今度は、二宮章(にのみやあきら)さんという方がいらして。パノラマジャーナリストなんですよね。で、快くこれの掲載を許可してくださったりとか。

小寺 あ、パノラマ写真をね。

渡邊 さっきお話しした、コミュニティがどんどん、ネット上で形成されていったんです。

■共有される記憶と体験

小寺 このプロジェクトは、最近もずっと続いてるんですか?

cap007渡邊 最近の動きとしては、朝日新聞さんが、記者たちが1000人の声を集める、という活動をされているので、そのデータを提供してもらって。たとえばここが福島原発ですけど、この周りの、避難された方々の証言を読むことができたりとか。

もうひとつはこれ。僕のほうでちょっとテストをして集めたものなんですけど、地震発生のときに何をしていましたか? というアンケートをネット上でとって、マッピングしたものですね。800件ぐらい。

小寺 ああ、面白いですね。

渡邊 震災の思い出、というと、その後に起きた出来事を話すことが多いわけです。だけど、地震が起きたときにあなたは何をしていたか、というデータを集めてマッピングすると、こういう、ちょっと気の抜けた回答があったりするんですよ。

cap008小寺 はっはっは(笑)。

渡邊 実は、ちょっとした日常の中に突然起こる出来事なんだ、ということがこれでよく表現できるんじゃないかな、という。

小寺 (あちこちクリックしながら)……秘書検定か。いろいろやってるなあ。

渡邊 で、今のを、ARで見れるようにする、というアプリをちょっと作ってまして。

小寺 おお。

DSC01877渡邊 今朝方アップデートされたんですけど、地図でまずこれが見れると。そこでARにして、カメラをこう、かざしていただくと。

小寺 おお!

渡邊 ちょっと待っていただくとですね、方角と距離が。

小寺 ホントだ! 方角と距離が。

渡邊 で、タッチするとその内容が。こんな感じですね。

小寺 「家で寝ていた」か。なるほどなるほど。

渡邊 東北に行けば、この写真とか、被災者の方の証言もそこに重層されて。

小寺 「ジアスでパチンコ」(笑)。なるほどなあ、面白い。

渡邊 (笑)。“ふつう”なんですよね。このへんの人たちはやっぱり──やっぱりというか当たり前ですけど、地震が起きるなんてことは想像もしてなかったということがよくわかる。

小寺 これはなんというアプリです?

渡邊 これはですね、東日本大震災アーカイブで検索すると出てきます。

・eARthquake 311 HD
http://itunes.apple.com/jp/app/earthquake-311-hd/id486784514?mt=8

iPad版だけ、さっきの、800件のが入ってます。iPhoneだと重くなっちゃうんです。

小寺 あ、そうですよね。

渡邊 あとこれが……もうひとつ、うちの研究室中心にやったもので。日本財団さんのボランティアの方々が、避難所に行って足湯を振る舞うという活動をされてたんですよ。で、その時に、避難してる方々が、ぼそっと本音を言ってくれるそうなんです。つまり、「つらいですか」とか言って揉んでると、東北の人って我慢強いので、遠慮してるんですよ。でも、その時にぼそぼそと仰ったことを、個人情報をなるべく隠すかたちでつぶやき続けるbotですね。

・足湯のつぶやきBOT
https://twitter.com/AshiyuBot

小寺 でもそれって人力ですよね。あ、入力されたのをランダムで繰り返してるのかな?

渡邊 無作為に、一定時間おきにつぶやくんですね。で、こういう、匿名のキャラを介すと、人々に伝えやすくなると。地味なbotなんですけど、けっこうフォロワーさんがいてですね。で、フォロワーの方を見ると、けっこう本気モードの人が多い。

小寺 あ、@nobi(林信行)さんだ(笑)。

渡邊 知らぬ間に(笑)。一日に1、2回、被災者の方々の話が入ってくるというのが重要なんだろうな、と思って。

小寺 ずっと在り続けるということね。

渡邊 だから、震災アーカイブみたいな、言ってみれば派手な。

小寺 まあ、そこを目指してみんなが行くコンテンツですよね、あれは。これはそうじゃない、ということですね。

渡邊 ちょっとした折に思い出せるようなコンテンツ、ということで、これを作ったんです。これはけっこう好評だったですね。これも学生たちだけで作ったよね、基本的には。

佐々木 はい。


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