放送

東海テレビ検証番組に見るテレビ業界の体質

このエントリーには、不十分な情報に基づく予断が多く含まれています。業界の内情を知る一つの参考にはなるかもしれませんが、より事実に近い問題点の指摘に関しては、次のエントリーをご覧ください。


東海テレビが8月30日に検証番組「検証 ぴーかんテレビ不適切放送 〜なぜ私たちは間違いを犯したのか〜」を放送した。動画も同社サイトにしばらくの間公開するそうである。CMなしの1時間番組なので結構長いのだが、検証部分は9分半ぐらいから始まる。

以前謝罪番組が放送されたときにその原因を予想したのだが、だいたい想像通りのことが起こっていたようである。

この検証番組は、一つの謝罪コンテンツとして、非常に良くできている。おそらく関西テレビなど過去の検証番組をかなり研究して作られたのだろう。逆にここまでの用意周到さを、気味悪く思う人もいるかもしれない。

今回の事件は、テレビ局が抱える様々な問題点を浮き彫りにした。結局何が悪いのか、ということに関しては、制作費・人件費削減の問題、利益追求型の体質などが上げられているが、個人的には問題はそこじゃないような気がする。意地悪な見方をすれば、そういうことを理由にしていることが、なんだかすごく優等生っぽいのだ。ごく一部の人間のしでかした問題なんだけど全社員一丸となって、とか言うとなんかすごくがんばってる感が演出できますからねー、会社的にはそのほうがイメージいいでしょ、という計算が垣間見える。

今回の問題で注意しなければならないのは、まず不謹慎テロップを作ったことと、それが放送に出たことはまったくの別問題である、ということだ。ここを混ぜてはいけない。混ぜてしまうと、「全社員一丸となって」みたいな結論に導かれてしまう。

■不謹慎テロップに見るテレビマンの資質
まず不謹慎テロップを作ってしまったことに関してである。これを作ったとされる50代制作会社の男性に対しては、わざわざお詫びサイトの末尾に、「不適切なテロップを作成した担当者は、弊社の子会社、東海テレビプロダクションの従業員ではございません。」と付け加えている。全社員一丸となってがんばるんだけどホントは関係ないよ、という微妙なバランスをここに感じさせる。

まあ実際にこの制作会社は、東海テレビとは資本関係にないところなのだろう。テレビ局には沢山の外部制作会社の人間が入っており、社員、子会社社員ではないということは十分にあり得る。

不謹慎テロップを、この男性の一存で作ってしまったこと。それはもう、言い訳のしようもないことであるので、これは存分に叩かれてしかるべき部分である。しかしそこにはテレビ局という世界特有の事情というのもまた存在する。

テレビ番組というのは、優秀なサラリーマンだけでは作ることができない。決まったルーチンワークや段取りをこなすだけであれば、優秀な成績を収めて大学を卒業した人材でもできる。だが、美術や芸術に絡む部分、手先で何かする仕事というのは、そういう人たちではできないのだ。その部分にまあ筆者なども潜り込んでいたわけなのだが、「人間的にコイツダメだろ」という人間でも、その世界では生きていけるのである。

なぜならば、「仕事ができる」からだ。作るものが上手い、仕上がりが綺麗、抜群のセンス、そして仕事が速い、そういった理由から、こういう人たちをテレビ局は切ることができない。筆者の知る中でも、酒を飲むと豹変する、口が悪い、後輩をいびる、訳のわからない借金を背負っている、基本的なルールが守れないといった、常識から外れたテレビマンは数多く居る。そういう人たちは、たとえ酔っ払ってゲロ吐きながらでも仕事するので、必ず納期までに成果を上げてくる。オンエアという絶対的な締め切りが延ばせない世界において、必ず期限までに、出来のいいものを仕上げるということが、何よりも優先されて来たのである。

この50代の男性も、おそらくその類の才能に恵まれた人だろう。そうでなければ、その年齢で現場をやってはいられない。フリーランスはまあ別だが。昔はなんらかの会社組織に属して、テレビ制作のまさに現場でやるという年齢は、せいぜい40歳ぐらいまでだったのはないか。それ以上になると、管理職になるのが普通だ。

それが50過ぎまで現場でやる必要があるということは、いかにテレビ業界の世界で芸術・美術分野の若手が流入してきていないかという証拠でもある。なぜ流入してこないかと言えば、魅力がないからだ。お金の面、勤務時間・待遇の面、名誉の面をとっても、ゲームやWEB業界の方が魅力的に見えるということである。

で、50代の男性は、局内ではかなりベテランなのだろう。ということは、たぶん社員からも怖がられている。「職人」と言ってしまえばそれまでだが、だいたい才能のある人で人間的にアレな人は、人当たりが怖いものだ。

不謹慎なテロップを最初に確認したのは、アシスタントプロデューサー兼タイムキーパーと、新人タイムキーバーだったという。タイムキーパーもベテランになれば、番組の進行なども全部把握できるので、アシスタントプロデューサー的な位置づけになるケースは多い。新人タイムキーパーは、おそらく彼女の弟子だろう。この2人は、これまでのテレビのセオリーからすればフリーランスか、どこからかの派遣ではないかと思うのだが、番組中では立場は言及されていない。

ピーカンテレビ放送時のスタッフ


女性2人といえども、ベテラン50代の男性に向かったところでいい加減に聞き流されてしまう可能性が高いことは、以前のエントリーでも指摘した部分である。

■テロップ送出の技術的問題
番組内では実際にテロップが出てしまった時間帯の様子を再現している。これによれば、テロップ送出機(テロッパー)の操作画面は左右2つに分かれており、左側がOAに出てしまう方、右側がスタジオモニターに出る方だったそうである。筆者の予想では、ハードウェア的に別のテロッパだと思っていたが、実際には同じシステム内の2chだったようだ。

テロッパー


全く同じ画面が右と左に並んでいるだけなので、混乱しやすい、あるいは錯覚しやすいシステムになっていたのは事実であろう。ただ、そもそもは放送に出てはいけないものが入っている可能性はほとんどないことから、まあうっかりOA画面取り切りで出ちゃっても問題ないか、という設計時の思想はあったかもしれない。

筆者が問題にしたいのは、そのあと段階である。スイッチャーにはDSK(ダウンストリームキーヤー)という部分が最終段にある。最終段にあるということは、すべての映像の上に乗るということである。ここは一番上に乗らなければならないテロップを出す部分として使われる。

事故当時、そこがONになっていたところが、個人的には不可解である。DSKがONになっているということは、テロップ信号が来たら、もうそのまま乗ってしまうということを意味する。普通はこのDSKのスイッチをON/OFFしてテロップを出し入れするものだが、事故当時ここがONのままになっていた。

DSK


ONになっていたのになぜそれまでテロップが出ていなかったかというと、テロッパーのほうで何もテロップが出ていなかったからである。正確には真っ黒の絵と、レベル0のキー信号が出ていた。何も抜くものがないから、DSKのスイッチがONでも、何も出なかったのである。

しかし事故当時は、完パケのVTRが出ていた。リアルタイムでテロップを載せる作業がないのだから、当然スイッチャーはDSKのスイッチをOFFにしておくべきである。これをONにして、テロッパーのほうでテロップの出し入れをするというのが通常のワークフローだというのならば、それはスイッチャーの使い方として間違っている。水道でたとえて言うならば、手元の蛇口は全開にしたままで、元栓を開けたり閉めたりして水の出し止めをしているのと一緒だ。それぐらい放送の技術的手順からすれば、馬鹿げた使い方である。

そしてそのDSKのスイッチを管理するのは、役割としてのスイッチャーの仕事である。なぜならば、DSKはスイッチャーの一部であるからだ。赤丸で囲った部分が、DSKの位置である。わざわざそう明記したのは、システムとしてスイッチャー本体の後に別の機器としてDSKを設置する場合もあるからである。この場合ハードウェアとコンパネがスイッチャーとは別なので、例えばディレクター席の前に置いて、ディレクターの責任でテロップの出し入れをするというシステムも考えられる。しかし今回の例は違う。

スイッチャー


事故発生当時、スイッチャー担当の技術者は「オレ何にも触ってないよ」などと発言したそうである。筆者にはそれが腹立たしい。自分以外の人間の操作ミスによるOA事故のリスクマネージメントを、技術者が負っていないからである。そしてそこの「予定外のテロップがOAに出てしまった」という事故を引き起こした責任は、DSKをいつまでもONにしたままで放置した技術者にある。

たぶんこう言うことを指摘するのは、東海テレビとしては大きなお世話なのだろう。また問題の本筋論とも外れているかもしれない。ただ検証番組の中では、技術的な側面からのミスの構造が解説されなかったのが、非常に気になった。おそらく演出・制作者側で技術がわかる人間が居なかったからだと思うが、それはまあ仕方がないとして、今後の社内検証では、運用技術の穴を誰かがしっかり見てやる必要があると思われる。

INAX シングルレバー壁付キッチン水栓 RSF-561 RSF-561INAX シングルレバー壁付キッチン水栓 RSF-561 RSF-561
販売元:INAX

販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
続きを読む

フジテレビの韓流ゴリ押しは事実か

8月21日に計画されていた、フジテレビに対するデモは決行されたようだ。筆者はいくつかUstreamで見ただけで実際に現場には行っていないが、相当の人が集まったようである。番組単位での抗議や批難などはまあまああるが、放送局全体の姿勢に対して電話などではなく、リアルにこれだけの人が集まって抗議したケースは、かなり珍しいだろう。代表者は抗議文を渡そうとしたが、フジテレビ側は受け取りを拒否したといくつかのネットニュースが報じている。

デモに参加した方への取材記事や考察記事なども、今週中にはいろいろ上がってくることだろう。一足早くTwitterでは、実際に参加した方へ取材した結果がまとめられている。これによれば、参加者はフジテレビの韓流ゴリ押しや偏向報道に対して、テレビはあまり見ていないがネットで情報を得た人が多かったようだ。ここでは本当にゴリ押しや偏向があったのかの検証が必要ではないか、と指摘している。

おそらくデモに参加された多くの方は、ネットで情報を知ったのは事実だろう。なぜならば、テレビ放送はどんどん流れていくわけだから、たまたまそれを見た人、あるいは録画していた人の情報が元にならざるを得ない。それを共有するのは、ネットしかないからだ。

なぜフジテレビばかりがやり玉に挙げられるのか。たぶん番組ピンポイントで偏っているのではないかと感じるものもあっただろうが、それよりも放送局全体に対しての不信感がここまで高まったことのほうが、問題が大きいと思っている。おそらくそれほど流行ってはいないものを、いかにも大ヒットしているかのように報道すること、番組中にわざとらしく露出されるステルスマーケティング的手法に対しての不快感から、不信感が生まれているのではないか。

これには他局との比較など、定量的なデータが必要だろう。過去放送されたテレビの情報を調べるには個人の力ではなかなか難しいところがあるが、そこは良くしたもので、そういうことができる機器がある。「ガラポンTV 弐号機」は、マルチチャンネル対応のワンセグ放送録画機だ。これの検索機能を使えば、過去放送された番組情報と字幕に含まれる語句が検索できる。製品の詳細は以前レビューしているので、そちらをご覧いただくのがいいだろう。

筆者宅にこれをお借りしていて、現在約1ヶ月間のNHK2波と民放5局のテレビ番組がストックされている。これでいろいろ調べてみることにした。

まず番組情報に、「韓国」という単語が含まれている番組数を抽出した。番組情報とは、番組タイトルのほか、EPGに含まれる番組の説明文なども含んでいる。サンプリング期間は7月23日から8月21日までのほぼ1ヶ月、総出現数は133である。

番組情報数


このグラフは、放送局別に番組数をカウントしたものである。TBSがダントツの71番組となっているが、これは8月27日に開催される「世界陸上」の番宣番組が異常に多いからである。今回の世界陸上は「世界陸上韓国テグ」が正式名称なので、これがひっかかってくるわけだ。TBSは例年世界陸上の放映権を取っており、これが終わってみないと正確な値はわからない。

続いてテレビ東京が多いのは、韓国ドラマ枠がいっぱいあるからだ。ついで3位がフジテレビとなっている。他社の冷め具合からすると、上位3社は多いと言えば多いが、ゴリ押ししている状況は見えてこない。

WS002続いて字幕情報を検索してみよう。字幕情報とは、ケータイなどでワンセグ放送を見たことがある方にはおわかりだろうが、音声をリアルタイムで字幕化したデータも同時に流れている。このデータも検索可能で、要するにタレントやアナウンサーが「韓国」と発言したデータがほぼ全部拾えるわけである。検索結果はこのようになる。

ここから、「韓国」と発言した番組数をカウントする。一つの番組中で何度も見つかるものもあるが、これは一つとカウントしている。総出現数は310番組。グラフ化すると次のようになる。

字幕情報数


それなりにどの局も韓国に関する発言はしているが、それなりに偏りは出ている。1位はNHK総合の67で、内訳は大半がニュースか経済・産業番組だ。文化・バラエティ系は民放よりも少ない。続いてTBSとフジテレビが2位タイの57となっている。TBSでは番組タイトル数で71もあるのに、実際の発言では57しかない。いくつか世界陸上の番組を見てみたが、番組タイトルには「韓国テグ」まで入っているものの、ナレーションや発言では「世界陸上」としか言っていないものが多かった。このため、番組数より発言番組のほうが少なくなっている。

一方フジテレビの場合、番組数が17しかない割には、発言数でTBSと同じ57ある。数としてはかなり多い。その差、40番組。番組情報に韓国を含まない番組これだけの番組内で、韓国韓国言っているということになる。報道が多いNHK総合を除けば、民放では一番差が大きい。差と言うことでは日本テレビの38、テレビ朝日の36も大きい数字だが、元々韓国を謳う番組数が少ない。これがステルスマーケティングだとするならば、そちらのほうがやり方が上手い、ということになる。

過去テレビ番組を散々作ってきた側からすると、報道を別にして、利害関係のない話題がこれだけの数うっかり露出されるということは、まずないと考えていい。必ずその先の何かに対しての導線がある。テレビ番組とは、そこまでちゃんと計算して作るものだからである。

もし仮にデモの影響で、フジテレビが番組の方向性を変えてくるような事があれば、今から1ヶ月後にまたデータを取ることで違いが出てくるかもしれない。ただあいにく筆者宅のガラポンは8月末までという約束でお借りしているだけなので、来月までまたがる調査ができない。これはどなたかお持ちの方にお願いするしかない。

さらに今回の調査には発言の内容、話題にした時間などが含まれていないため、これだけのデータでフジテレビにのみブーム捏造があったと言うには、若干根拠が薄いだろう。しかしテレビにおけるステルスマーケティングの手法を研究するには、格好のサンプルである。

このような形で、一般の個人や団体でもテレビ番組に対しての定量的な調査ができるようになれば、もっとテレビ放送の公平性に対して、国民が根拠を持って発言できるようになるはずである。

そのためには、このようなことができる録画機器、ガラポンや東芝 CELL REGZA、この秋に発売されるPTP 地デジ版SPIDER PROなどに対して、放送局側から不当な圧力がかからないよう、しっかり法改正の動き、ARIBやDpaの動向などもチェックしておかなければならない。筆者やMIAUだけではいかんともしがたいので、ぜひ皆さんの力をお借りしたい。

地デジにしたいなんて誰が言った!? (晋遊舎ブラック新書 10)地デジにしたいなんて誰が言った!? (晋遊舎ブラック新書 10)
著者:荒川 顕一
販売元:晋遊舎
(2008-07-28)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

「嫌なら見なければいい」に感じるズレ

フジテレビに対するネットの反感に対して、複数のタレントが「嫌なら見なければいい」という趣旨の発言をしたことが波紋を広げている。これに対する推理作家の深水黎一郎氏による、「そうではなく、マスメディアのあるべき姿が問われているのだ」という反論は、民営によるテレビ局運営の根幹に関わる問題を指摘している。

本来ならば元テレビマンである筆者がその点を深く掘り下げるべき立場なのだが、その前に「嫌なら見なければいい」という発言に感じる違和感について、少し思うところを話しておきたい。

「嫌なら見なければいい」と同じようなことは、TwitterやBlogでもたびたび起こっているが、ネットならばこの理屈は通ると思う。ネットのサービスの大半は、見たい人が情報を引っ張るPull型サービスであり、読者は「わざわざ見に行ってる」わけである。しかも個人が非営利でやっていることに対して、嫌なら見なければいいと本人が言う分には、まさにその通りだ。

しかし、テレビ側のタレントがそれを言うことは、事情が違う。理由は3つある。

電波の公共性ということはすでに深水氏が指摘しているところなので省くとして、テレビは点けている限り強制的に情報を送りつける、Push型メディアであるという点で特殊だ。受け手側には、テレビを消すか、チャンネルを変えるぐらいしか選択肢はなく、そもそも見たいコンテンツを選択する方法がない。

そのメディアに対して、見なければいい、というのは、筋が違うように思える。見たいわけではないのに、送られてくるわけである。そもそも放送枠が元々「韓流ドラマ」であれば、番組表を見てそれを避けることはできるだろう。しかし通常のバラエティ番組の中にネタが差し込まれてくると、事前に知ってそれを避けることはできない。

2つ目は、民放の商業性である。民放の事業モデルはご存じのように広告モデルであるわけだが、これは番組視聴率が上がることで広告がより露出されるという、単純な図式で成り立っている。それをメディアで露出しているタレントが「見なければいい」というのは、民放テレビ局の事業モデルを否定することになる。テレビでメシを食うタレントは、それを言う立場にない。筆者はもうテレビの仕事をしていないが、もし現役のテレビマンの立場だったら、「そりゃないよー」と思うだろう。

3つ目は、「見なければいい」とするコンテンツと視聴者に、発言者が無関係である点だ。これが自分の出演する番組、あるいは制作した番組のことを言うなら、まだ話はわかる。それだけ自分の仕事に対して誇りを持っているということだろう。しかし今回は韓流ものに対して、視聴者に「見なければいい」と言っているわけである。もちろん批判することは誰にでも権利があるが、作品に対する評ならまだしも、視聴者の行動を週刊誌やラジオなどのメディアでタレントが評するのは、ちょっと筋が違うだろう。


だがその一方で、テレビタレントがこのような発言をするということ自体、かなりこれまでとは事情が変わってきたということを感じる。おそらくタレント自身も、すでに韓流押しには無理があるということがわかっているのだろう。気がついちゃった人はもういいから、ほっといてくれよ、という心の叫びなのかもしれない。あからさまにテレビ局批判ができない中で、視聴者に唯一残された抵抗、「見ない」ということで落としどころを付けたいという思いがあったのではないか。実際それが一番効果的である。

前回のコラムで、テレビ局の意識を変えるには視聴率が5%変わるぐらいの人数が必要として、250万人という数字を出したが、これを実際のデモの参加人数と勘違いした人も居たようだ。これは言葉が足りなかった。リアルで集まる人数の話ではなく、視聴率5%に影響を与える規模の不視聴運動が、テレビ局側にとっては一番可視化されるよ、ということを言いたかった。

もう一つこの数字で言いたかったのは、ネットとテレビのスケール感の違いである。例えばブログで10万PV取るとか、Twitterのフォロワーが20万人というと、ものすごい数だと感じる。あなた自身がそれだけのビューを取れるかどうかを考えると、このあたりは非常に生臭い数字に映ることだろう。

しかしテレビ放送を相手にする場合、ネットとは桁が違う数字を常時扱っている巨大メディアなのだということを、今一度意識する必要がある。番組の視聴率5%などたいしたことないと皆さん思っているわけだが、たかだか5%という数字で、250万人が見ていることになる。ネット民数万人が集まって何かやっても、テレビ局のスケールからすると、もう測定されないほどの小さな数字なのである。

話が逸れてしまった。タレントの発言の話に戻すと、彼らがそう発言するようになったもう一つの背景として、ネットの個人個人の意見が、もうタレントまで届いているという点がある。ほんの数年前まで、テレビタレントでネットをよく見ている人というのは少なかった。テレビという業態はその中で自己完結しているので、、ネットの情報を知らなくても、テレビの中での情報さえ知っていれば不便は感じないのである。

従ってタレントがダイレクトに視聴者あるいはファンの意見を目にするのは、ファンレターかブログのコメント欄程度であった。大物タレントになるほど、それらは事務所が間に入って整理するので、ネガティブな意見をダイレクトに目にする機会はほとんどなかった。

しかし現在では、多くのタレントが自分からネットの評判を気にして見るようになっている。ネットでフジテレビと韓流が批判されていることは、テレビや週刊誌があまり取り上げないが、それでもタレントがその事実を詳しく知っているということは、タレントへの情報入力ルートもすでに昔とは変わってきているという証拠である。

タレントも今回の騒動で、どのように立ち回るべきか、もはや踏み絵のようになっているのではないか。大衆に愛されるタレントを目指すか、テレビ局に愛されるタレントを目指すか。俳優の高岡蒼甫氏がフジテレビ批判で事務所を辞めることになったのも記憶に新しいところだが、テレビ側から切られた俳優を大衆が救うことは大変難しい。いくら応援するといったって、1ヶ月もすれば忘れてしまう。テレビ業界とは悲しいかな、コロコロ変わる大衆の「付和雷同的興味本位」をすくい上げることで成り立っているものなのである。

今後もネットの批判が肥大化すれば、テレビ側が表現を変えてくることは、十分にあり得ると思う。火付けがバレたからには、それ以上やっても無駄だからだ。ただし偏向やねつ造があったという確証が出てこない限り、謝罪などはないだろう。いつの間にかやらなくなった、ということになる。民放は編集番組が多いので、仮に一斉にやめたとしてもOAまでは1週間から2週間ぐらいバラバラのタイムラグが発生するからである。

次は別のメディアを使って、着火することだろう。ラジオ、新聞、雑誌などのメディアは、テレビに対して抗議をするような人々とはまた違った層を持っている。特にラジオはPushメディアであることに加え、最近ネットで見直されている点、番組単価が安いため簡単にてこ入れできる点で、可能性が高い。人は多方面のメディアから攻められると、「もしかして本当に流行ってるのか?」と思ってしまうものである。

ネットの登場により、人の好みは非常に分散した。狭い範囲の趣味でも、仲間を見つけることができれば、その状態を維持できるからである。筆者もそれを楽しんでいる一人だ。国民を巻き込んだ大ブームという現象に夢を見続けているマスメディアと、人の生き方のズレが顕著になり、その軋轢がこの騒動の奥底にあるように思える。テレビが示す世の中とネットが示す世の中は、今後も加速度的にズレていき、我々はいつかそれを容認せざるを得ない時が来るだろう。

キミとは致命的なズレがある (ガガガ文庫)キミとは致命的なズレがある (ガガガ文庫)
著者:赤月 カケヤ
販売元:小学館
(2011-05-18)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

フジテレビの韓流騒動について

この件に関しては静観を決め込むつもりだったが、もうテレビの話を書くついでなのでこれも書いちゃおうかと。フジテレビが韓流ゴリ押しであるとして、ネット民から批難されている件である。

過去テレビ局というのは、ブームを追い、それを報道することでさらにブームが加速するという構造を持っていた。グッズ、ファッション、タレント、ショップなど、テレビによって取り上げられ、それが全国に飛び火するという傾向が70年代から80年代前半あたりまでであろう。なめ猫、キン肉マン消しゴム、ルービックキューブ、ハマトラといったブームは、元々は雑誌が火付け役だったが、テレビにより全国隅々まで押し込まれる形で大きく広がったと言っていい。

80年代も後半に入ると、今度はテレビ局自身がブームを作るようになってきた。つまり流行ったあとから他人のブームに便乗しても、もう利益構造には割り込めない。しかし権利関係を押さえておいて自分でブームを作れば、利益誘導できる。その時点で、フジテレビは非常に仕掛けがうまかった。おニャン子クラブで夕方の高校生層を押さえ、オールナイトフジで女子大生ブームを作り、月9でトレンディドラマを流行らせた。

90年代を過ぎてバブル崩壊のあおりを受け、広告収入が減ると、フジは自社リソースを商品化することで番組制作費を大幅に削減した。いわゆる女子アナブームである。女性アナウンサーは正社員なので、いくら売れても給料据え置きである。社員をタレント化することで、外部タレントの発注を押さえて番組を成立させる方向にシフトした。一時期は男性アナウンサーを司会に、女子アナが運動会のようなことをやるような番組さえ登場した。やってることは大規模な社員運動会である。

さらにお台場移転をきっかけに、その敷地内をテーマパーク化して観光スポットに仕立て上げた。場所的には非常に不便にも関わらず、執拗に情報番組内で露出することで、地方からの観光客にとって行ってみたい観光名所として定着させてしまった。こういうことをやって成功した局は、フジテレビ以外にない。

今回の韓流ゴリ押し騒動もこういった流れで見れば、音楽著作権を大量に保有しているK-Popも実は自社リソースに過ぎず、それを売るためにブームを作ろうとしているということがわかる。過去80年代から何度も繰り返してきた手法なのである。

それがここにきて、大きな反発を受けることになったのはなぜか。それはたぶん、思ったように利益が上がっていないのだろうと思う。つまり、ブームの火付けに失敗したのだ。

韓流ブームのそもそもは、03年にNHKで「冬のソナタ」が放送されたのがきっかけである。そこから先韓流ブームが継続しているように思われているが、経済効果としてはほぼ1年~2年足らずで収束している。韓流ドラマ、K-Popの版権が安いとされているのは、おそらく事実であろう。円高ウォン安の影響ももちろんあるだろうが、それ以前に経済的価値が低いからである。

それから何度かメディアが再点火を試みたが、うまくいっていない。もちろんその背景には、韓国という国からの広告宣伝費も出ていると思われる。韓国は国策としてコンテンツ産業育成を行なっており、海外への売り込みにも国から予算が出ている。

テレビの王者フジテレビとしては、安く仕入れたものを自分たちのブーム着火力にものを言わせて商売するつもりであったのだろう。もちろん韓国からの広告宣伝費も相当入っているだろう。しかし、うまくいかなかった。そこで次第に焦りが見え始め、過剰なまでに露出をエスカレートさせることになったのではないかと思われる。

これまでのフジテレビの火付けは、スマートだった。いや実際にはスマートとは言えない部分もあったが、少なくとも仕掛けに行っていると大半の視聴者にバレない程度には引きどころをわきまえていた。しかし今回の韓流ゴリ押しは、多くの視聴者が「そんなわけないだろ」というレベルにまでエスカレートした。

もう一つ反感を買っている原因は、売ろうとした商品が「韓国」であったこともあるだろう。日韓の関係は従軍慰安婦問題から竹島、ワールドカップ、オリンピックまで、非常に摩擦の多い間柄である。日本には少なからず反韓感情は芽生えているだろう。これまで作ってきたブームは、無風の中から立ち上げてきたが、今回は逆風をひっくり返そうというのだから、大変だ。

韓流ゴリ押しには、非常に大きな圧力がかかっているのも、また事実であろう。例えば「笑っていいとも!」のランキングによるゴリ押しだけ考えても、おおごとだ。最近は視聴率が下がっているとは言えあれだけの長寿番組のプロデューサー、ディレクター、構成作家、大物出演者まで全部ネゴして回らなければ、あれだけのことはやってのけられない。

もちろん公共の電波を使って私腹を肥やすべきではない、という意見には一理ある。しかし実際にはこれまでも、すでに散々やってきたことなのである。それをどこまでエスカレートしたからダメだ、というのは、誰がどのような線を引くのか。米国のようにマスメディアの権利保有を分散する仕組みもあるが、日本では法が通らないだろう。米国ではテレビよりもハリウッドのロビーが圧倒的に強いので、テレビはかなり透明性が高い経営が求められる。しかし日本の場合、新聞社とテレビ局が一体化しているために、メディア力+ロビー力で、とても規制に動かせるものではない。

8月7日にフジテレビ周辺で非公式な抗議デモが行なわれたそうである。本番は21日だそうだが、こういったストレートな抗議行動をテレビ局は右翼から以外に受けたことがないので、どのような反応を示すのか、非常に興味がある。

ただ人数が数千人程度では、7日同様、黙殺の可能性は高いだろう。テレビ局の場合、視聴率が5%ぐらい変わるほどの影響力が必要だ。ということは、250万人ぐらいの人がなんらかのアクションを起こさないと、影響力を行使できないのではないかと考える。

スポンサーに訴えるというのは一つの方法ではあるが、花王の製品に対して事実ではないことを書き込んだり、風評を立てるような運動は、よろしくない。こういうものは、たとえ事が解決しても依然として悪評だけが生き残り、ダメージを与え続けるからである。主張が組み入れられたら撤回し、現状復帰できるような方法を選択すべきだろう。

一部のネット民が騒いでいるだけ、という見方をされてしまったら、伝えたいことも伝わらない。いちテレビ局に対して具体的な抗議行動というのは日本でこれまであまり例がないのだが、視聴者の意見が反映された好例となるような、前向きな活動と決着を望みたいところである。

キャンパスナイトフジ しこたま卒業アルバム (講談社MOOK)キャンパスナイトフジ しこたま卒業アルバム (講談社MOOK)
販売元:講談社
(2010-03-19)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

東海テレビ放送事故の不思議2

前回のエントリーを上げたあと、東海テレビが簡単な検証番組を放送しているYouTubeのリンクを教えて貰ったので、見てみた。厳密に言えば、番組制作者である東海テレビ自身がアップロードしたものではなさそうなので、この動画は違法アップロードであろう。いくら相手に落ち度があるとはいえ、ネット側がなんでもやっていいということにはならない。MIAUの代表理事という立場上、こういう動画を参考にエントリーを書くという事に躊躇はあるが、事故再発防止の役に立つかもしれないという点で、社会的利益はあるだろう。今回はそちらの方を優先させるべきと判断した。

検証番組中では、前日に放送で使用するテロップ類をタイムキーパー(TK)がチェックすることになっているようである。そしてCG担当者が悪ふざけで作ったものを、TKが訂正の指示を出したものの、担当者は訂正の依頼だと受け取らなかった、とある。

この部分だけでもいくつか説明が必要なようだ。テロップをCG(Computer Graphics)と呼ぶことに対して、いちいちテロップをMayaやLightwaveで作るのか、という指摘があった。MayaやLightwaveは3DCGを制作するためのソフトであるが、2Dを制作するペイント系、ドロー系のソフトで作ったグラフィックも、CGと呼ぶ。実は昨日のエントリーの下書きではその説明も書いていたのだが、さすがにそれはわかるだろうと思って削除してしまった。読者に配慮が足りなかったようだ。申し訳ない。

80年代から90年代までは、このようなテレビ用のテロップは、クオンテルのPaint Box、Harry、Harrietといった装置で作っていた。これらは動画を下敷きにしてその上にぐりぐりとフリーハンドで絵が描ける装置である。たぶんPaintboxを世界的に有名にしたのは、AhaのTake on Meのプロモーションビデオである。曲もいいので、興味のある人は見てみるといいだろう。

しかし現代はこのような高価な装置を使うまでもなく、Windows PCで十分作れるようになった。CG担当者は50代というから、筆者よりもさらに年上である。筆者が業界入りしたときにはCGなどという職種は存在しなかったので、のちにこの職業に転職したということだろう。おそらくは元々セット美術さんか、印刷会社のデザイナーか、写植屋さんだった方ではないだろうか。最初からテレビ業界だったとすると、相当の大御所である。

一方TKという職種は、あまり説明されることが少ない。タイムキーパーは生放送などのときに、番組の時間的な進行具合をチェックし、時間ぴったりに番組が終われるよう管理する仕事である。台本には大まかな進行時間が書かれており、それに対して現場がどれぐらい時間的に押しているか、あるいは巻いているかを計算し、ディレクターに伝える。ディレクターはそれに応じて、次のコーナーを巻いたり伸ばしたりして、放送終了時間にめがけて時間調整していく。

TKさんは、伝統的に女性である。まあ広い世の中、男のTKさんも存在するかもしれないが、寡聞にも筆者はお会いしたことがない。通常TKさんは局員ではなく、完全なフリーランスか、映像専門の派遣会社からの派遣である。どうやってTKさんという職業になるかというと、筆者の知る限り「弟子入り」が最短コースだ。最初は先輩TKさんにくっついて雑用をやりながら仕事を覚え、テレビ局スタップに顔を覚えて貰う。仕事を覚えて1人でできそうだ、というところまでになれば、先輩TKさんが持っている番組を「のれん分け」してもらい、独り立ちする。技術者というよりは、メイクさんやスタイリストさんに近い職業である。

■女工哀史
検証番組の内容からは、おぼろげながらスタッフ間の人間関係が把握できる。東海テレビでは、テロップの確認は前日にTKが行なうという。しかしこのワークフローは、問題がある。普通このような演出上の確認ごとは、ディレクターか、もしくはディレクターの下で働くAD(アシスタントディレクター)の仕事である。そのような業務をTKさんに振っていたということは、おそらくこの番組にはADが付いていないのではないか。人手が足りないので、TKさんにADの代わりをさせているのかもしれない。

TKさんは局員ではなく雇われている立場なので、そういう「○○ちゃんこれもやっといてよー」というリクエストに弱い。これは連綿と続く、女工哀史的な話である。今は女性のADやディレクターも結構多いが、昔はテレビ関係の職種で女性がほとんどいなかったために、TKさんが女性特有の気を回す細かいことをやる立場になりがちであった。まあ逆にベテランTKさんになると、遅れてきたディレクターの代わりに本編の編集の指揮を執るような豪傑もいたが、本来はADがやるような仕事、例えばコーヒーを注文するとか灰皿を変えるとか、そういうこともなんとなーく女性であるという理由だけでやってきたという歴史がある。職種と職種の関係を円滑につなぐ役目、というのが、テレビの現場で働く唯一の女性に求められてしまった結果である。

50過ぎのベテランCG屋さんと女性TKさんでは、立場的にはTKさんのほうが弱い。悪ふざけを注意するにも、かなり気を遣った言い回しをしないといけなかっただろうということが想像できる。それがゆえに、訂正の依頼だと受け取られなかった可能性は高い。

きちんと演出サポートの役割を担うADを使わず、TKさんを便利に使っていた番組スタッフの構造に、まず問題がある。

■システム設計の問題
次のポイントは、実際にそのテロップが放送に出てしまった経緯である。検証番組では、スタジオ内のモニターに絵を出すため、いったんVFに映像をコピーする、と解説されている。ここは技術者としていろいろ疑問が残るところだ。

VFとはおそらく、Video Fileの事だろう。静止画用のファイル送出機であろうと想像する。実はこの辺の略号というのは、放送局によっていろいろ違うので、同じテレビマンでも話が通じないことが多い。元々はVFナントカという機材の型番だったのではないか。局の人はその呼び名が世界標準だと思っているので、このような検証番組でも平気で使ってくるわけである。

このVFに映像をコピーするために、放送用のスイッチャーを経由する、と解説している。ということは、このVFなる装置は、FTPなどによるファイル転送をサポートしておらず、ビデオ映像を入力して、それをキャプチャする機器だということがわかる。FTPをサポートしていれば、そんな面倒なことはしないはずだ。ということは、たぶんこの機械は、以前はテロップ出しのメインで使われていた、古いタイプのものだろう。新しいテロップ装置を導入したために不要になったものを、スタジオ内のテレビモニターに絵を出すための装置として流用したのではないか。

しかし、コピーするためにはスイッチャーのOAかNEXT(プレビュー)ラインに出す必要があるというシステム設計には、正直首をかしげる。やってることが雑すぎるのだ。

番組に写ったスイッチャーを見ると、3ME仕様で各MEごとに4キーヤー、DSKが2系統という、かなり大がかりなものであることがわかる。当然、AUXバスも複数あるはずだ。AUXバスというのは、本番のラインとは関係なく出力できるラインで、外部機器に映像を送り込むために存在する。なぜVFの入力にAUXバスを使わないのか。AUXバスがいっぱいなら、せめて上段のME列の独立出力に繋ぐべきだろう。

筆者は生放送の送出はNHKしか経験がないので民放の感覚的なことがわからないのだが、OAラインはそのまま放送に出てしまうし、NEXTもTAKEボタンを押せば一発で本番に出てしまうようなところだ。そういうところを仕込みの段取り回線に使うというのは、かなり剛胆である。もうちょっと慎重な設計にすべきではないか。

■そして最終的にはスタッフ構成の問題
検証番組の中では、実際にテロップが出てしまったのは、TKさんがテロップをVFにコピーするために、NEXTではなく、OAラインに出してしまった、とされている。このとき番組はVTR送出に切り替わっており、スタジオ副調内では次のコーナーのリハーサルを行なっていたという。ここにもいくつか疑問がある。

そもそも、VFにコピーしなければならない段階まで番組が進んでいたのに、まだダミーテロップのままだったのはなぜか。もしかしたら、完成した最終のテロップは別にできていて、問題のテロップは単にダミーの消し忘れだったのではないか。

普通はあまり使わないT2にVFコピー用のテロップを入れているというが、今回の事故では問題のテロップは、T1に入っていたとされる。これは、T2には完成品を送り込んであったが、T1のほうは前日あたりに間違って流し込んでおいたものを消し忘れたのではないかという推測が成り立つ。

2つめの疑問は、なぜVFにテロップをコピーするというような技術的な仕事を、TKさんがやっているのか。てか技術者じゃない人に、放送中のスイッチャーを触らせるという感覚が、もうどうかしている。まあこれがポストプロダクションの編集室や、スタジオ事前収録だったらわからないでもない。失敗しても止めてやりなおせるからだ。しかしOA本番で、TKさんにスイッチャーを触らせただダメだろう。

これは前段でも書いたが、このTKさんは、時には演出側の人間としてADの仕事をし、本番では本業のTKの仕事もしながら、技術者の助手の仕事もしていた事になる。これをTKさんの操作ミス、と言えるのか。元放送技術者としては、スタジオの信号フローが頭に入ってない人に、本番に直接出てしまう機材を触らせるようなワークフローにしたという管理責任を問うべきではないかと思う。

もう一つの疑問は、いくらVTR送出中とはいえ、技術の人間が誰もOAの画面を見ていなかったのか、という点だ。検証VTRによれば、技術者は「技術責任者」と呼ばれる1人しかいないようだ。その1人までもリハーサルに加わったのだろうか。このようなケースでは、普通2名の技術者を用意して、1人は必ずOAのモニタをするべきである。これも技術者としては、考えられない杜撰さだ。

番組送出は、アナログ時代とは比べものにならないほどに自動化、合理化されているのは事実である。しかし生放送はほとんどがマニュアルであるので、昔ながらのノウハウとあまり変わりがないはずだ。テレビに関わるスタッフは、それぞれが何か「資格」を持っているわけではなく、厳密には誰がどの役割をやってもダメではない。しかし責任の所在をあきらかにするために、越権してはならない部分がある。

今回の事故は、もちろんふざけたテロップを本当に作った担当者のモラルが第一に問われる点は揺るぎないが、それ以外では現時点で検証番組を見る限り、TKさんをいいように使っていたテレビ局側の人的リソース管理、外部スタッフの待遇の問題が浮上したと思う。今回の一件では、この点を指摘する人がいないまま、CG担当者とTKさんの責任として、契約を切って終わりにしてしまうのではないかと懸念している。

「君、クビね」と言われたら読む本「君、クビね」と言われたら読む本
著者:高井 晃
販売元:PHP研究所
(2010-03-20)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

東海テレビ放送事故の不思議

Twitterでお題を貰ったような気がするので、久しぶりのブログ更新である。

東海テレビが生放送中に、スタッフがふざけて作ったテロップを誤って23秒間放送したことで、様々な波紋を呼んでいる。もちろん、不謹慎にもほどがあるし、関係者が激怒するのも当然だろうと思う。ただ元放送技術者としては、なぜこういう事故が起こったのか、ということのほうが気になるところだ。

東海テレビのシステムがどうなっているのかは知らないのだが、当該の番組は情報バラエティの生放送だということなので、制作は報道局だろう。送出は情報番組用のスタジオとそれに付いている副調整室を使って行なっていたと想像される。

問題のテロップは、CGで制作されたものと聞いている。この手のテロップは、すべてデータとしてファイル上でやり取りされる。フリップ専用機で制作され、そのファイルはテロップなどの静止画を順次送出するためのこれまた別の専用機に送られる。この送出機で、台本の順番通りに送出順に並べ、ほとんどの場合は単に「TAKE」とか「送出」とかいったボタンを押すだけで順番に1枚ずつ呼び出される仕組みだ。

それをどのタイミングでテレビ放送画面に出すのかは、TD(テクニカルディレクター)がスイッチャーと呼ばれる画面切り替え器を使って、操作している。ただTDがカメラ割りなどで忙しい場合は、テロップだけはサブの技術スタッフが入れる場合もある。スイッチャーは、そうやって手分けして作業できるようにも作られている。

こういった電子テロップ装置では、フリップのような紙ものになるタイミングはない。内容の確認は、放送開始前の技術打ち合わせで確認するのが普通だが、そのときはスタジオのフロアとかで行なうので、副調整室内にあるテロップ送出機の内容や順番は確認はしていないのではないか。おそらく放送直前に担当ディレクターが、画面上で一通りチェックするというというワークフローになっているのだろう。

Wikipediaの記述を信じるならば、不祥事となったテロップは、プレゼントの発表とは無関係の内容の時に誤って送出されたという。一番考えられるのは、最初からテロップの並び順が間違えていたか、放送中にコーナーの順番を入れ替えるなどしたために、テロップの順番変更がおかしくなったか、というところだろう。

プレゼント発表のテロップがダミーとなっていたのは、放送中に抽選するために、事前に当選者を入れ込んでテロップが作れないという事情があったのかもしれない。そのあたりは、放送を毎週視聴していた人に聞くしかない。

ダミーのテロップは、普通ははっきりダミーとわかる内容で作っておくものである。しかしいくらダミーとはいえ、ああいう不謹慎ネタを仕込むのは、いくら外注の制作スタッフとはいえ、モラルが問われて当然だ。

しかし謎はまだ残る。まったく無関係のコーナーで該当テロップが、23秒間ものあいだ送出されたという点だ。23秒というと、皆さんも時計とか見ながら測って貰えればわかると思うが、相当長い。特にテレビ的な「間」としては、かなり長い。この間、誰も間違っていることに気づかなかったのか。

間違いに気づけば、ディレクターがTDに指示を出して、いったんスタジオカメラに戻すなどの措置ができるはずだ。普通「ヤバい!」と思ったら、5秒以内でそれらの判断、措置はできておかしくない。早ければ3秒。秒数が問題ではないのだが、それでも傷口は最小にできる。

これは想像だが、もしかしたら出すテロップを間違えたのではなく、テロップに切り替えるタイミングではなかったものが、誰かが誤って別の系統のテロップ送出ボタンを押したのではないか。テロップは、同時に2枚出すこともあり得るので、通常は2系統ないし3系統の送出ができるようになっている。

今回送出されたのは、画面内にスーパーインポーズされるテロップではなく、画面全体を取り切るタイプのフリップだ。普通画面全体を取り切るものは、カメラ回線などと同じようにラインそのものを切り替えるのが普通だが、キーヤーと呼ばれる合成用の機能でも同様に画面に出すことができる。

キーヤーは複数の段階にわかれて用意されており、信号の流れ的にどのキーヤーがONになっているかは、メインの操作を行なっているものが把握するのが普通である。ただ、DSK(ダウンストリームキーヤー)と呼ばれる最終ブロックのキーヤーは、生放送では時報とか緊急テロップなどに使うため、あまり積極的に使わないケースもある。(これは各局のシステム運用がどうなっているかによる。時報や緊急テロップは、スタジオ副調のさらに後ろにあるマスター調整室で入れることもあるだろう。)

おそらく23秒間もテロップが放置された原因は、スイッチャーのどこでこのテロップがONされたのか、瞬時に把握できなかったことが原因ではないか。普段は使わないはずのキーヤーのボタンを誰かが台本か何か置いた拍子に押されてしまったら、TDとしてはたまったものではない。

もちろんすべての元凶は、ふざけたテロップを作ったスタッフ、それを容認してきたスタッフのモラルである。ブラックジョークは時には人を和ませ、精神を健全に保つ働きもあるが、それは口だけにして、実際に作っちゃったらさすがにダメだろう。

今回事件を教訓として、民放各社はワークフローの見直し、スタッフのモラル向上に務めていただきたいと思う。


モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられないモラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない
著者:マリー=フランス イルゴイエンヌ
販売元:紀伊國屋書店
(1999-12)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

来年4Kディスプレイが来る?

今日は川崎のアイキューブド研究所というところが開発した、4K映像向けの映像クリエイション技術発表に出かけていった。本当はこういうことを書けるメディアがあればいいのだが、最近では技術動向を好きに書かせてくれるところもなくなっちゃったので、ブログで書いとく。

アイキューブド研究所は、元々ソニーでDRC-MFやQUALIA001などを開発した近藤 哲二郎氏がソニーを辞めたあとに立ち上げた研究所である。それもあって、本日発表のICC(Integrated Congnitie Creation:統合脳内クリエーション)という技術は、DRCの考え方をベースにしているようだ。

DSC04240発表されたICCとそのLSIは、放送で使われているハイビジョン解像度の信号を、4Kディスプレイの能力を引き出せるような信号に作り替えるプロセッサである。モノとしてはアップコンバータと言えるのかもしれないが、4K解像度にふさわしいディテールを出すことができる技術だ。

普通ならば単純にディテールを上げれば擬似的に解像感が上がったように見えるが、同時に不自然さも増してくる。単純に信号を縦横2倍に刻んだだけでは、エラーが出てしまう。いや信号的には刻んだだけなのでエラーとは言えないのだが、本来あるべき信号の形ではない刻み方の箇所が出てくる。例えば奥の方にあるので絵としてはディテールは立たせる必要が無い部分でも、一元的に刻めばディテールが立ってくる。

人間の視力では、遠くのディテールは見えないので、そういう情報も含めて遠くにあるもの、という認識をするわけだが、一元的に信号を刻んでしまうと、遠くにあるもののディテールが立ってきてしまって、奥行き感がおかしくなってしまう。

ICCはそのような現象を押さえるために、正しい情報を元に蓄積したデータベースを参照しながら、エラー刻みを無くしていくことで、ただディテールを立たせただけの信号処理ではない、次の次元へ行く処理である。まあ近藤さんのある種哲学的な説明を聞きながら、僕はそういう風に理解した。

もちろん信号処理としてはただディテールを上げるだけでなく、デモを見た限りではコントラストや階調なども処理を行なうようである。面白いのは、元々4Kで撮影した映像よりも、いったんハイビジョンにダウンコンバートしてICC処理し4Kに戻した映像のほうが、ディテールどもども立体感が感じられる映像になっていたことだ。

しかしこれは、元々の4Kの映像がヘボいということも考えられる。現状4Kでデジタル撮影できるカメラは、RED ONEかアストロデザインのAH-4410-Aぐらいじゃないかと思うが、何で撮影したのか聞けばよかった。もしRED ONEで撮っているとしたら、使用したLUTがかなり標準的なものに見えた。カラリストが絵を作れば、もうちょっとしまった絵になるだろう。

しかしいずれにしても、来るべき4Kディスプレイ時代の準備ができつつある、ということだ。家庭に届く映像そのものが4Kになるのはまだ結構先の話で、これは映像インフラとディスプレイ技術の進化とのギャップを埋める技術である。

4Kディスプレイは現在アストロデザインが製品化しているが、他社でも民生機に転換できる芽がもう見えているのだろうか。以前ソニーでも4Kディスプレイのデモを見たことがあるので、アプリケーションさえあれば投入できるのかもしれない。過去の経験から日本ではどんなにがんばってもプロジェクタは流行らないということがわかったので、マイクロディスプレイデバイスではなく、なんらかのパネルで展開してくると考えられる。

クオリア・テクニカの世界クオリア・テクニカの世界
著者:茂木 健一郎
販売元:ネイチャーインタフェイス
(2009-09-09)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る




テレビ番組は「見続ける」ようには作られていない

最近、直接被災していないの具合が悪くなったり、やる気が出なくなったりしている人が増えてきているそうである。こういうのを「エア被災」と言うらしい。

まさにテレビ番組を通じて徐々に被災の状況が明らかになって行くところなのではあるが、こういう番組を2時間も3時間も見続けていれば、精神的にまいるのは当たり前である。そもそもテレビ番組は、次々に連続で見続けるようにはできていない。番組一つ一つで担当者が違い、トータルでどうか、という視点で毎日番組編成を変えるようなことはしていないからである。いやNHKは結構調整しているはずだが、民放はそういう体制にない。

番組担当者は、当然自分の番組作りに関して、全力だ。しかし自分の前後の番組がどのような内容かは、ほとんど情報が入ってこない。ネタが被らないようにという程度の大まかな調整はあるが、細かい内容や絵で確認するようなことはない。逆にスクープ映像があれば、何度でも使い回されるため、同じシーンが次の番組にどんどんリレーされていく。各担当者は自分の番組でいい視聴率を取りたいので、必然的にセンセーショナルな番組構成になっていく。

それら全力の番組が、いくつもいくつも連続で押し寄せてくるわけだ。見ている方がまいってしまうのはごく当然である。ニュースでも情報番組でも、一つの番組を見たら思い切ってテレビを消して、別のことをするといった方法で、メンタルケアを行なうべきである。

究極の眠れるCD
究極の眠れるCD
クチコミを見る

撮像素子はフル35mmなくても問題ないというが…

先日ProNewsラウンジってのをUSTしたんだけど、後半はソニーのPWM-F3を持ち込んでの解説となった。その中でちょっと気になった話の流れがあったんだけど、現場では上手く言えなかったので、ここで整理したい。

ソニーのF3、あるいはPanasonic AF105など、最近プロ用カムコーダでレンズ交換式、大判センサーを搭載したモデルが出てきた。大判といってもフル35mmではなく、F3はスーパー35mm(いわゆるハーフとだいたい同じ)、AF105はフォーサーズである。

大判センサーで動画を撮るという流れはキヤノンの5DmIIから出てきたわけだが、こちらはフル35mmセンサーである。これに対する、プロのカムコーダ屋からの答えが、この両社というわけだ。

もちろん動画専用のカムコーダは、HD-SDIが出るとかXLR音声入力があるとか、5DmIIにはないスペックも差別化ポイントである。しかしセンサーはフル35mmなくても十分、という根拠の説明が、番組では不十分だったように思う。番組中では、

・35mmフルサイズだとボケ過ぎて縦方向の芝居が取りにくい

・せっかくのレンズを絞らないといけない

・だからフル35mmより小さい方がいいよね

という話の流れだったのだが、よく考えたらこのロジックには穴がある。まずレンズの特性で一番おいしい部分というのは、F4、F5.6、モノによってはF8ぐらいに絞ったあたりだ。このあたりが収差が少なく、しゃきっとした絵が出てくる。それぐらい絞ってもまだボケ過ぎというなら仕方がないが、ボケ過ぎ目にも振れる余裕を残してある環境のほうが、いろいろ使い出があるんじゃないかと思う。

もう一つは、フル35mmセンサーだと、昔の35mm用レンズがそのまま使えるので、特性的にもおいしいところが使えるというメリットがあるということだ。

マイクロフォーサーズなどはフランジバックが短く、さらに豊富なマウントアダプタで様々なレンズが付けられるが、画角が狭くなってしまう。せっかく24mmのワイドレンズを持ってきても、35mm程度の普通の標準レンズ相当にしかならないというデメリットがある。それよりも、24mmのレンズであれば24mmの画角で写るほうが、光学設計的にも正しい特性で絵のおもしろさが出るはずだ。

F3のメリットは、PLマウントが基準なので、映画用のPLレンズがそのまま使える、というところのメリットをもっと押すべきだったし、映画をやっている人は今までのボケの感じと同じだから移行しやすいという点を強調すべきだった。つまり、撮像面積が小さい方がメリットがあるという論調は、ちょっと行き過ぎだった。

レンズ交換できるカムコーダは、キヤノンがDV時代に出していたこともあり、当然この流れへの参入も計画しているだろう。今キヤノンのプロ用センサーは1/3インチ止まりだが、大判への移行で今更Super35mmサイズのセンサーを積んでもしかたがない。だけどそういうの出してきちゃうんだろうなー。空気全然読めてないからなー。

5DmIIのおもしろさの本質はなんだったのかというと、写真用のレンズで動画を撮るおもしろさなんじゃないかと思う。そういう、たくさんのレンズの素の特性が引き出せるという方向では、5DmII、F3はストーリーが繋がるが、AF105はそのストーリーからは外れたところで勝負するということになる。

ただ現実問題、今映画撮影の需要はほとんどなく、フィルム経験のあるカメラマンの需要も減ってきている現状で、PLレンズの資産を持っている会社がF3を買ったとして仕事があるか、という問題がある。CMは大きな市場だったが、ご存じのようにテレビ局の広告収入が減少する中、CMの制作費もコストダウンが進み、5Dでいいよ5Dで、という流れは止められないのではないか。

Nikon 一眼レフカメラ FM10 標準セット(FM10ボディ・Aiズームニッコール35~70mmF3.5~4.8S・カメラケース・ストラップ付)Nikon 一眼レフカメラ FM10 標準セット(FM10ボディ・Aiズームニッコール35~70mmF3.5~4.8S・カメラケース・ストラップ付)
販売元:ニコン

販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


まねきTV裁判こぼれ話

昨日のまねきTV最高裁判決特番は、初めてのスタジオかつ借り物のマシンでのエンコードで、かつマシンの調子が今ひとつだったのでぶつ切れになってしまって申し訳ない。今回の反省を生かしてスタジオでも配信用マシンの変更などを考えているようなので、引き続きよろしくお願いいたします。

今回の最高裁判決、キモは「自動公衆送信」というものの法定義が改めて行なわれたことであろう。ヤバイ方向に。

というのも今回の判決文では、送信相手が1対1に限定されるなど著作権的にセキュアな対策が取られている機器においても、公衆回線の電気通信回線に接続されて、外からユーザーのリクエストに応じてデータを出せばそれは自動公衆送信だし、その装置も自動公衆送信装置である、と判断された。

ざっくり字面だけを見ればそう言えないこともないかもしれないが、その実態というか意味するところはものすごく広くなる。ネットに繋がったパソコンやサーバはもちろんのこと、ルーターまでその範囲に入る可能性がある。SeverManのようなアプリを入れればスマートフォンももちろん入る。じつはものすごく広い定義というか、ネットに繋がっている機器ほぼ全部が自動公衆送信装置であることになる。

そして判決では、「送信可能化」というのは、自動公衆送信するための準備をした段階を指すということになった。つまり実際に送信するかどうかは関係なく、送信できる準備をしただけで送信可能化権の侵害になり得るという。

そうなると困ることはいろいろ出てくる。たとえば文章や音楽、あるいは書類でもなんでもいいが、著作物制作の過程で業務として人の著作物をクラウドサービスにアップした段階で、共有設定とかしてなくても、送信可能化権云々の話が出てくることになる。

さて本日の放送後に小倉先生と雑談中に、面白い指摘を聞いた。自動公衆送信するための準備をしたのが誰なのかという論点で、本裁判ではテレビのアンテナ線をロケフリ親機に接続したまねきTVである、と指摘している。では接続しなくて勝手に電波受信したらどうなるのか。

たとえばワンセグチューナーを搭載した、ロケフリ的な機器はどうなのか。ワンセグチューナーはわざわざ線を接続しなくても、アンテナから勝手に受信する。誰も入力してない。それは送信可能化したという条件に入るのか。

まあはっきりいって、こうなるともう所詮水掛け論の域にである。そもそも今回争われている公衆送信権というのは、日本とオーストラリアでしか採用されていない考え方だ。正直ネットサービス後進国である日本が振り回していい権利ではなかったのではないか。もっと先進国の事情に習ってからでも遅くなかったのではないか。立法当初は何らかの意味があったかもしれないが、今となってはネットの利用者にとって無意味にハードルの高い概念となっているのではないか。そんな気がしてくる。

テレビ局も多額の金を使って、何十人程度しか利用していないサービスをつぶす事に、コスト的な意味がどれだけあるのか。そんなことにお金使うんだったら、ヤバい事になってる会社経営のほうをなんとかしたほうがいいんじゃないか。

テレビ局は億単位の損害賠償請求をして、類似サービス登場に対する牽制にするつもりなのかもしれないが、元々資本金が1000万円ぐらいしかない会社にそんな支払い能力はない。勝ったとしても裁判費用すら取れないだろう。

テレビが強いコンテンツを持っていたのは、過去の話になりつつある。みんな番組を欲しがっている? いや10年前にもっとネットに進出してればねぇ。視聴率を見ればわかるように、もはやテレビは、選択肢の一つでしかない。

こんなところで小競り合いを続けるより、ネットサービスと手を組んで、生き残り作戦をちゃんとやったほうがいいんじゃないのかなぁ。そうしないともうネット企業は、テレビ局とは関わり合いたくなくなってくるんじゃないかと思う。

本当はこういう解説記事をどこかのニュースサイトで書かせてくれるといいんだけど、ITmediaとか連載終わっちゃったし、書かせてくれるところがない。世知辛い世の中なのである。どこかで現象思考みたいな連載、やらせてくれないかなぁ。


パンチラ見せれば通るわよっ!―テレビ局就活の極意パンチラ見せれば通るわよっ!―テレビ局就活の極意
著者:霜田 明寛
タイトル(2009-06)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

プロフィール

小寺信良
WEBに巣食うモノカキ。
原稿依頼、取材などのご連絡は、nob.kodera(at)gmail.comまでお願いします。

記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ