政治

これからの日本の姿

今回の原発事故が危機を脱したとして、その後の日本の姿というものをイメージしてみたいと思う。まだそういう検討は早いと思われる人もいるかもしれないが、今だからこそ考えられることもあるので、メモとして書き留めておくことにする。なお筆者は発電などについては素人なので、ここに記すのは単なる理想というか希望でしかない。技術的な検証は詳しい方におまかせしておきたい。

おそらく今後、原子力発電は徐々に縮小せざるを得ないだろう。これまで国策で強引に進めてきた部分がある原発だが、発電所を抱える地元での反対の声に、合理的な反論ができなくなることと思われる。当然地元選出の政治家も反原発派が増えるだろう。

そうなると、我々の生活も、湯水のごとくいつでも電気が使えるという環境が終了することになる。こういうことを書くと、60Hz圏は関係ないという人もいるかと思うが、これはそういう小さい話ではない。つまり今まだ動いている原発も、今後は止める動きが出てくるだろう、という話なのである。そうなれば、日本全国はもちろん、世界先進諸国で電力が不足する事態にもなり得る。

では「脱電力」のようなことが可能なのか。個人的には、何らかのエネルギーを消費せずに高度な経済活動はなし得ないので、それは難しいだろう。

ここで方策としては、2つに分かれる。まず1つは、原発に変わる発電技術の開発である。もう1つは、電力利用の改革である。

前者は、これはそう簡単にはいかないだろう。風力、太陽光など、自然エネルギー由来の発電の効率を上げるという方策も期待されるところだが、これは原発の変わりにはならない。

現代の発電というのは、おおざっぱに言うと2系統に分けられるそうだ。まずはベースとなる電力を稼ぐタイプ。これはすぐに止めたり動かしたりできない発電で、原子力と流れ込み式水力がこれにあたる。もう一つは調整が比較的楽な発電で、需要の変動に応じてクッションの役割を果たすタイプ。これが火力発電、調整池型水力発電にあたる。

風力、太陽光発電がベースになれないのは、発電の予測が立てられないからであろう。なにしろ風の強さは毎日変わるし、天気の都合で発電量が変わってしまうのでは、全面的に依存はできない。

可能性があるとすれば、ソーラー発電を宇宙に出すことである。SF的な話になってしまうかもしれないが、発電衛星というようなものが構想されてくるのではないか。ただ、思いついてすぐにできるものでもないので、原発に変わる発電システムが出現するのは、相当時間がかかることだろう。

今はベース電力を稼いでいた原発が止まっているので、そのぶんを火力発電をぶんまわして補おうとしている。しかしそうなると電力需要に応じた調整を行なうマージンが少なくなるので、需要の変動に対処できなくなる。いつも足りないわけではなく、電気を多く使う時間帯に耐えられないわけだ。

そこで考えられるのは、2つめの方策、電力利用の平坦化である。今回の計画停電により、電力需要は朝夕の一部の時間帯に集中することがわかった。おそらく東京近郊の場合は、通勤・帰宅時間帯の電車本数の大幅増が関係しているだろう。

通勤時間帯の電車本数を減らして全体的に多少平坦化しようとすると、社会システムでこれに対応する必要がある。オフピーク通勤の強化が求められるところだが、そもそも本当に通勤が必要か? というレベルにまで踏み込んで考えた方がいいだろう。特に首都圏の場合、オフィスワーク従事者が多いと考えられる。それらは在宅で、もしくは近隣のサテライトオフィス的な場所で仕事ができないものか、もう一度よく洗い直してみる必要がある。

さらに別の角度での対策として、蓄電技術の進化は必ず求められてくるだろう。つまり電力が余っている時に蓄電し、ピーク時には自動的に蓄電装置から供給する、という方法である。

現在水力発電のうち、揚水式と呼ばれるタイプはある意味巨大な蓄電装置だと言える。夜間に電力が余っている時にダムの上に水を引き上げ、昼間はこれを落として発電する。つまり余った電力を位置エネルギーに変換しているわけだ。ただし上にも下にも莫大な体積の水を貯めるスペースが必要になるので、環境負荷は大きい。

小さなところからまず実験するならば、まずはノートPCが現実的だ。ネット経由で電力会社の給電状況をモニターしておいて、不足気味になったら自動的にバッテリー駆動に切り替わるようなユーティリティがあればいい。

もう少し大規模な蓄電としては、家庭内の利用において電気自動車の蓄電能力を活用するという方法もいいかもしれない。これもノートPC同じく余力があるときに充電し、ピーク時には逆に家庭に対して電源を供給するようなイメージである。

ここまでは大規模な蓄電技術がないという前提で考えてきたわけだが、仮に大規模な蓄電技術が開発されたならば、発電・送電設備側でクッションとして蓄電しておくという方法も考えられるだろう。ただこれは抜本的な解決にはならない。発電量が足りないということには違いないからである。

蓄電という方法は、割と受け身な作戦である。積極的に攻めてみるには、発電しなければならない。今後は小規模な発電技術の開発により、発電を各個人あるいは各家庭で分散するという方法も検討されていいだろう。

もうすっかり忘れてしまった人もいるだろうが、燃料電池はもうそろそろ実用化できるタイミングのはずだ。材料のエタノールは要するに酒のようなものなので、植物を原料とした発酵物であるため、石油など化石燃料と違って人が新たに製造することができる。PCの燃料電池化は近いとされているが、家電でも利用できるぐらいの規模の燃料電池も、開発を進めてもらいたい技術である。

喫緊のネタとしては、これまで「地球にやさしい」などのふんわりした理由でエコを進めてきた家電メーカーも、今後はより厳しい目で見られることだろう。カタログ値ではなく、本当に家庭に入れて実際に運用したときに電気を食わないのか、というところがシビアに検証されてくる。冷蔵庫、エアコン、洗濯機、電子レンジなどの白物家電、そしてテレビも、本気で検証が始まるだろう。

最後にもう少し根本的なことを書いておくと、そもそも住んでる地域ごとで電力会社が1つしか選べないという状況は、これまで技術競争の妨げとなってきたのではないか。電話キャリアと同じように複数の会社が同一エリアをカバーすることで、競争させるという方策も、一つ政治的に検討してもいいのかもしれない。

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MIAU3周年にて思うこと

昨日はMIAU3周年記念イベントだった。集客が心配されたのだけど、最終的には講演は満席、ニコ生は12000人ぐらいののべ視聴者にお越しいただいて、ほっと胸をなで下ろしている。

冒頭挨拶をさせていただいたのだが、MIAUの語源をスでど忘れしたのには焦ったが、なんとかリカバーできたんじゃないかと。そのあせりっぷりはタイムシフト視聴でご覧ください。

以下挨拶のために用意した原稿を掲載し、支えてくださっている皆様への感謝の言葉とさせていただきたい。

記念講演に先立ちまして、私の方から簡単にご挨拶をさせていただきます。

私どもMIAUは、2007年10月に任意団体として発足しました。MIAUとは「Movements for the Internet Active Users」の略称で、当時の日本語名は「インターネット先進ユーザーの会」という名前でありました。それから2年目には中間法人、そして3年目には一般社団法人となり、現在のインターネットユーザー協会となっております。

私どもの活動は、インターネットに関わる諸問題をよりよい形で解決し、インターネットの自由を守っていこう、とするものであります。インターネット規制にはなんでも反対する団体のように思われているかもしれませんが、そうではありません。

発足いたしました3年前は、まだインターネットユーザーの視点で利害関係を代表できる団体がありませんでした。ネットの自由に価値があることがあまり認識されておらず、ネットは無法地帯であると思われていました。当時インターネットは、リアルな社会とは別の、バーチャルな社会であると大まじめに言われていたものです。

我々が活動してきたのは、適正にネットを利用しているものに多大な負担を与え、不適切な利用者に対してはほとんど効果のない法規制が行なわれようとしていることに対して、それは効果がないからもっとうまい方法を考えましょう、ということであり、そのスタンスは今も変わっておりません。

しかしこの3年で、社会の方が状況が大きく変わりました。ネットの情報流通が現実社会に大きな影響を与えるようになり、ネットと現実社会が別のものであると考える人はずいぶん少なくなったように思います。

個人個人が意見を述べるメディアを持つようになり、議論の時代がやってきました。そして誰もがよりよい社会を実現するために発言し、いいアイデアならそれが認められる時代、そういう時代に私たちはさしかかろうとしています。かつて各家庭に電気が引かれ、家事が電化していった時代、一家に一台の自家用車という夢が実現し、行動範囲が大きく広がった車化の時代、そしてそれと同じスケールの変化として、知恵と知識を共有する情報化の時代に、まさに私たちは今、さしかかろうとしているわけです。

この大きな変化に対して私たちは、ネットの自由という価値を再認識し、よりよい社会実現のためにこれからも努力して参りたいと思います。これまでも皆様方からたくさんのご支援をいただき、ここまでやって参りました。これからも皆様のご支援をいただかなければ、立ちゆかないことも多かろうと思います。どうぞこれからのMIAUの活動に、変わらぬご支援をいただければ幸いです。


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アクセスコントロール規制を著作権法に組み込むとまずい理由

模倣品・海賊版拡散防止条約 (ACTA) の影響で、国内法改正の動きが活発化している。以前MIAUでも解説番組を放送したが、もっとも影響が大きいのは、アクセスコントロールの回避が違法化されることだろう。具体的にはマジコンを違法化したいということなのだが、このアクセスコントロール規制を経産省は不正競争防止法に、文科省は著作権法にそれぞれ組み込もうとしている。

MIAUとしてはマジコン対してのピンポイントに規制であればあまり積極的に反対する理由は見つからないのだが、これがアクセスコントロール全般に規制がかかると、困るところは沢山出てくるので、ざっくりとした規制には反対であることを両省庁に訴えてきた。

例えばアクセスコントロールの違法化で困るのが、LinuxでDVD Videoの再生が違法になってしまうということだ。なにせソフトウェアのDVDプレーヤーというのは、DVD Videoに対するアクセスコントロールを解除する機能なしには成立しない。しかしこの暗号化解除キーは、オープンソースのソフトウェアには貰えない。なぜならばオープンソースであるがゆえに、その解除キーも公開されてしまうことになるからである。

現状はちょっとまあうまいことむにゃむにゃっとやって再生しているというのが現状なので、そこががっつり違法ということになると、結構困るところも出てくるのではないか。とまあそんなことを考えたのだが、正直どれぐらいの影響範囲なのかは判然としない。

しかしLinux問題より大きな問題があることがわかってきた。先日、米国でiOSのJailbreak(ジェイルブレイク)が合法であるという結論が出たわけだが、これはハードウェアに対する、アクセスコントロール回避に相当する。これが日本だけ、違法になる可能性が出てきているということである。

特に著作権法で違法化をやると、とてつもないことになる。つまりコンテンツを保護する法律なのに、特定のハードウェアやプラットフォームを保護する仕組みも著作権法に組み込まれてしまうのである。ハードウェアプラットフォームによる囲い込みは、経産省が所管する不正競争防止法が管理するべきところに、著作権法の問題も絡んでくるという、二重構造になってしまう。

来週13日の文化庁著作権分科会で違法化の承認が出れば、あとは粛々と法改正の手続きが始まっていく。大変わかりにくい話で、筆者もこの解釈でOKなのかは自信がないところではあるのだが、この「著作権法がハードウェアも保護する」という妙な事態になることは、健全ではないと思う。ぜひこの問題を多くの人が話題にし、メディアでも取り上げて貰えれば、国会での改正議論で戦えるチャンスが出てくるだろう。

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ウィキリークスとジャーナリズムの関係

12月4日にニコニコ生放送にて、「ウィキリークスとジャーナリズム 〜正義か、犯罪か?〜 」が放送された。MIAUの八田真行が出るというので見ていたのだが、一晩寝て頭をすっきりさせると、「重信メイかわええ」以外のことに気がついてきたので、書いてみる。

これまでもネットというのは、リーク先として使われることは多かったわけだが、それの総本山的なところができてきて、いよいよ国家単位のリークが集まるようになったことから、様々な批判が集まってきた。当然、情報が盗まれたとされる国にとっては、脅威となり得る存在なので、つぶすために圧力をかけるだろうが、一度こういう方法に人類が気づいてしまった限り、一つをつぶしてもいたちごっこである。

ウィキリークスを擁護するのは主にジャーナリストで、特に大手メディア社員ではなくフリーランスであるあたりが興味深いところだ。しかしここで我々が考える必要があるのは、「知る権利」の解体なのではないかと思う。

過去リーク情報握っている人間がその情報を広く公開するためには、ジャーナリストの力を借りなければならなかった。つまり、国民の「知る権利」が具現化されるためには、ジャーナリストによる「知らせる権利」がイコールだったわけである。

しかしネットの登場によって、事情が変わってきた。情報を持つものが直接、ジャーナリストやメディアを通さずにリーク情報を広く知らしめることができるようになってきた。ウィキリークスも一つのメディアでありジャーナリズムの一部であるという見方もできるが、これはリークする側にとっては単に「身の安全が確保できる仕掛けを持っているネットソリューション」にしか過ぎない。これも存続の危機ということになれば、別のソリューションを探すだけのことである。

国民、というか情報を受ける側の人たちにとっては、知りたい情報はありがたく頂戴するが、知りたくない情報、例えば自国や自分個人にとって不都合な情報に対しては、知る権利を行使しない。米国の反応がいい例で、ウィキリークスが中国のリークを流していたときは絶賛し、自国のリークが流れたら大たたきする。大手メディアは自国民にウケる報道を行なうので、それを反映する。

人々の知る権利は、公平ではないわけだ。それでもウィキリークスをつぶしてはならないというロジックを成立させるためには、これは「知らせる権利」なのであると、分解して語った方が腑に落ちるのではないかと思った。ウィキリークスを擁護するジャーナリストの立場は、この知らせる権利を擁護しているように思える。

番組中でリーク内容の正誤を判断するのは誰か、というアンケートでは、「個人」という答えが最も多かった。だが個人というのは、自分の信じたいものを信じる、あるいはそうあったほうが面白いものを真実として受け止める傾向があり、訓練されたジャーナリストのように社会正義とのバランスの中で葛藤したりしない。個人に判断をゆだねるのは、結局は何も判断しないということとあまり変わらないように思える。

僕個人の考えでは、それらリークの裏を取る作業こそ、従来メディアの役割になっていくべきだと思う。もはや従来メディアは、第一報を伝えるという役割を終えようとしている。個人にはない予算と組織力を使って、じっくり腰を落ち着けた、裏がとれた解説を中心とする報道に切り替わっていくべき時代がきたのだろう。

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東京都健全育成条例改正について別角度からのツッコミ

今年3月にも大騒動になった東京都のいわゆる青少年健全育成条例改正問題。あのときは広範囲なロビー運動が功を奏してかお流れになったが、11月30日からの都議会に改正案を再提出するという。というか、もうされたのだろう。リークではなく、東京都のサイトに改正案が載っている。

これの新旧対照表(PDFが開きます)というのがいわゆる「縦書き」というやつで、具体的な条文の改正点がわかるようになっている。表現規制に関してはすでに活動している方も多く、またもや錚々たるメンバーが名を連ねていらっしゃるので、僕的にはそこの影に隠れている青少年のネット利用の部分に注目してみたいと思う。

まず第五条の二だが、東京都規則で定める基準に該当するケータイや機能を推奨することができるとある。その推奨には、業界関係者、保護者、学識経験者などの意見を聴かなければならない、ともある。さてそのヒアリングの相手だが、それが以前からメンバーや議論の方向性に偏りがあると指摘している東京都青少年問題協議会を指しているのであれば、おそらく行きすぎた規制となりうるだろう。少なくともこういうことを言い出すからには、東京都からも安心ネット促進協議会に人を出して、コミュニティ検証作業部会とかを傍聴すべきである。ネットと子どもたちのコミュニティ、そしてそれをとりまく大人達の取り組みの現状など、一番情報が集まっているのがここである。なんの調査もせず、ネットには危険が蔓延しているという思い込みやイメージ、聴いた話だけで規制に走ることがないよう、ここは東京都や警察と利害関係のない第三者であることを担保する必要がある。

第十八条の七では、いわゆるフィルタリング事業者らに対して、サービスの性能および利便性の向上を図るよう努力義務を定めている。まあ確かにそれら事業者が東京都に集中していることは事実ではあるが、それは都の条例に書くことか? いわゆる東京ローカルのルールの中に、全国規模の事業者の役務を努力義務であるとしても規定していくのは、行きすぎというか、フィルタリングソフト開発事業者が東京にない場合全然意味がないので、規定するだけ無駄ではないか。そもそも青少年ネット規制法の第二十条にも同じ事が書かれている。ただ国の方は「有害情報」とざっくりしたくくりであるのに対し、都条例は青少年の売春、犯罪の被害、いじめ等と具体例を挙げている。ただ青少年の売春、犯罪の被害、いじめというのは、ネットが関与することもあるかもしれないが、ネットの有害情報の影響によって発生しているとは言い難い。とくにいじめなどは、ケータイを使わない小学生の間でも起こっていることを考えると、もうちょっと社会全体の責任として視野を広げるべきであろう。

フィルタリングに関しては、親がフィルタリングを外しにくいような措置がとられているが、これは今まだ保護者に対する情報リテラシー教育が全然間に合っていないという現状を考えれば、いたしかたない範囲かと考える。つか、こういう話に付いてこれる保護者は問題ないんだけど、世の中にはとんでもない親はいるからね。

しかしどうせフィルタリングのあり方を再規定するのであれば、健全育成の理念に照らして、子どもの成長やリテラシーの習熟度に合わせた段階的なフィルタリングの提供を義務付けるといった方策が欲しいところである。そうしないと、リテラシーを学んでも結局フィルタリングで見られないままでは、学習のインセンティブが得られない。飴がなくて鞭ばっかりじゃ、人は動かないよ。

第十八条の八では、保護者の責務を定義している。しかし「青少年のインターネットの利用を的確に管理する」とか簡単に言ってくれちゃうけど、ケータイに関してはそれをやるためのツールや仕組みがないので、実行は事実上不可能である。せいぜい毎月のケータイ料金を調べるぐらいのことが関の山だ。子どものケータイが家庭内のサーバを通っていて、全部アクセスログが残るというのなら可能だが、そうはなってない。仮にできたとしても、全家庭でそれがやれるスキルはない。みんながみんなネットワーク技術者じゃないんだから、これは無茶だろう。

MIAUでも今回の改正案について、何らかのコメントを発表する用意をしている。オレより頭いい幹事諸君が、硬軟織り交ぜつつ色々やってくれることだろう。


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「忘れっぽい日本国民」はもう終わりにしよう

今回の東京都青少年健全育成条例改正案は、とりあえず継続審議になったようだ。しかしこれは、反対派の勝ちではないし、引き分けでもない。異論の出ない格好で条例を練り直して、次はもっと穴がないよう巧妙にやる、という意味である。引き続き、注意深く東京都の動向をウォッチしていく必要がある。

とかく日本人は、政治に関して忘れっぽい。とんでもない法案を出した議員でも、次の選挙の時期になるともうすっかり忘れて、聞いたことある名前だから、ということで投票してしまったりする。今回の騒動がどういう規模であったのか、今回の法案に賛成したのはどの政党で、賛成派はどの議員なのかをしっかり調べて、ネット上で記録として残しておくべきだ。今回の問題で実働した皆さんは、検索で探せる形にして、今回知り得た情報のメモをできるだけ沢山、ネット上に残しておいて欲しい。

これらの記録は、次の都議会議員選挙の時に、重要な資料となるはずである。MIAUもこないだの衆議院選挙から「政論検索」と協力して、国会議員およびその立候補者の一部でではあるが、データベースを作成した。このような作業は、国政だけでなく、地方政治でも展開する必要がある。

ネットワーカーの活動や意見が票を左右するということを、確実に証明しなければならないということである。

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お金でいいのかなぁ

こないだの「被災地で何が求められるかという話」の続きだが、やっぱり送るならお金ではないか、という意見が散見される。

これ、本当にお金でいいのかなぁ、というのを立ち止まって考える必要があるんじゃないだろうか。そもそもお金が役に立つのは、経済活動が通常通り行なわれているという前提の話でしょ? いや、今のハイチの状況がというわけではなく、被災地全般の話なのだけど、少なくともお金が役に立つのは、貨幣経済が成立している状態での話なのですよ。そもそも金で買う「もの」がない状態の場合、金は役に立たないんじゃないか。

あと、そのお金は誰が運んで、どうやって分配するのだろうか。たぶん、状況がもっと安定したあと、先方の政府に寄付されるんじゃないかな。ダイレクトに現地で配ったりはしないでしょう。だって行き届かない場合、不公平すぎるもの。ということは、お金はすぐに必要なものじゃない、ということじゃないのか。

お金を送ること、そして物資を送ることにも、僕がちょっと抵抗があるのは、ずっと前に24時間テレビの仕事をしたことがあるからかもしれない。もう20年ぐらい前の話になるのだけど、当時アフリカに取材に行ってきたディレクターが、今自分がやっている仕事にものすごく疑問を持っていて。

というのも、現地に届けた物資を元に現地役人がものすごい利権構造を形成していて、闇で高値で売り飛ばすとか、テレビカメラの前では難民に渡すけど、カメラクルーが帰った後取り返してるとか、ものすごい惨状になってる現実を見てきたわけだ。そして、自分が信じてやってきたことは一体なんだったのかと。

いやもう20年も前の話なんで、未だにそんなことにはなってないとは思うけど、こういう無政府状態に近い状況下で、無償の富の分配というのは大変に難しい。公務員や地元警察、軍が正しく機能しているとは限らないからね…。

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プロフィール

小寺信良
WEBに巣食うモノカキ。
原稿依頼、取材などのご連絡は、nob.kodera(at)gmail.comまでお願いします。

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