楕円系萬週報

フルタイム・ラグビー・ウォッチャーの眠れない日々

カテゴリ: TV・活字評

水曜、四時起床。
河口まで堤防徘徊、一時間。

堤防登って二キロぐらいまでは、
台風13号絡みの剣呑さいっぱいの朝焼け。
12-5-152018-08-08 04-45-58
河口あたりで日の出、快晴酷暑当確。
12-5-152018-08-08 05-09-45
帰途最後の一キロ、徒歩区間が意外としんどかった。
昨日、無理して徘徊三昧したのが堪えているかも。


火曜日、午前零時半起床。
無風の熱帯夜。

天気予報は終日曇り。
12-5-152018-08-07 06-36-23
陽射しさえなければ、紫外線がどうであろうと、
早朝徘徊はロング・ヴァージョンでいけそう。

で、数年ぶりに貿易港徘徊、二時間と二十分。
12-5-152018-08-07 05-41-54
12-5-152018-08-07 05-43-25
12-5-152018-08-07 05-46-02
12-5-152018-08-07 06-05-47

返す刀で、お昼前後に隣市。
これも数ヶ月ぶり。やはり二時間半。

Bオフ、Bマで各々収穫アリ。
気分が高揚してご祝儀相場、『新・酔いどれ小籐次(十一)』510円也。

これは余分でした、猛反省。


月曜日、ミッドウィークに台風接近。
何があるか分からないので、早朝徘徊しておこう。
12-5-152018-08-06 05-04-43
堤防から干拓地を回って、一時間と半。


夜、寝落ちして『かぶき者 慶次ぁ抔損ねる。

設定がいいし、藤竜也以下キャスティングもいいので、
下手な大河ドラマより遥かに見応えがある。

原作は読んでないが、
TV化作品の方が面白かったりして。
(追伸・ブログ更新前にニュースを覗くと、津川雅彦氏亡くなったとの報・・・)

日曜、十三時十五分起床。
快晴無風、昼間は初夏。
でも夜はそれなりに冷える。

それは我が家だけかもしれないが、
室内にいて戸外より寒く感じるのが不思議でならない。

駅前までコーヒー豆仕入れに。

駅横の広場では、恒例の街おこし市。
食物屋ばかり二十もの店舗が出ているが、
三時すぎていたので、人出はイマイチでした。
17
11

途中、上り坂、
青信号に間に合わせようと立ちこぎしていると、
意識が朦朧としてくる。
Tシャツでもいいくらいの暑さ。

買い物の後、徘徊のつもりだったが、
一時間で撤収。

「そろそろ田植えの時期か」なんて書き出しを考えていたが、
とんでもない、もう夏が、今そこにあるって感じ。


『Number925』「嫌われる勇気」。
エディが表紙で、特集記事のトップにも。
エディの写真映り、なかなかいい男振り。

頑固おやぢ風だけじゃなく、
知性も感じ取れるいい画だね。

それが、カメラマンの腕か、エディの実相か、
ご本尊の感想を知りたい程です。


アドラー心理学なんてまったく知らなかったが、
この歳になると向上心なく、別に読もうという気にもならない。

それが、
読書階級を謳う我輩としては、情けない。。

それはともかく、エディに勇気はミスマッチ。

天然だから、コーチしてなくても、
自然に敵を作ってしまうんじゃないかと思ったりして。

なので、勇気は必要ないのです。

まあ、特集そのものは興味深かったが、
何か欠けているような・・・(エラソーに言って御免)。

珍しく、朝早くもなく遅くもなく、
フツーの人のように起きた。

ああ、よく眠れた。
それで、徘徊モードむんむん。

子供のように、昂ぶった気持ちで快晴の街に繰り出したら、
2キロぐらい走ったところで、
デジカメのバッテリーに赤ランプ点滅。

で、充電を終えて、午後リスタート。
湿度が低くても、真昼間となると、さすがに暑い。


平岩弓枝の「御宿かわせみ」シリーズ。
明治維新後の新シリーズは、
おてんば娘の花世が主人公になるものと思い込んでいたから、
ちょっとばかし失望したが、まあ、楽しんで読んでいる。

「かわせみ」シリーズは、短編のミステリ連作。
推理捕物が骨格の物語で、東吾とるいの関係は味付けというバランス。
(『御宿かわせみ』全34巻、『新・御宿かわせみ』1〜3巻。いずれも文春文庫)
21

TVは三十分ドラマ、時に、メロドラマ臭が強くても、
そんなに気にならない長さだった。

もちろん、東吾役の小野寺昭のキャラが、
爽やかでジトジトベタベタ感がなかったせいだと思うが、

<新・御宿かわせみ>
この特別長編TVドラマの原作は(クレジットを見落とした)、
「牛鍋屋あんじゅ」(「新・かわせみ」第2巻所収)だと思うが、
大分悪く改変されているのは、シナリオの暴走か迷走か、
または、まだ文庫化されていない、東吾の消息に関する短編との、
出来の悪いミックスか。

小説のように、
捕物ミステリとしてのフォーマットを守っていれば、
一定の水準は保てたはず。
若い素人の男女にしても、勘働きが鈍すぎる。

しかし、所詮悪あがき。
第二世代のキャスティング、
誰一人、原作のキャラに遠く及ばず、魅力なし。
それで、背景であるべき第一世代のメロドラマがしつこく感じるのかも。

まあ、一番の問題は、三十年ぶりに再集結したとの触れ込みの、
オリジナル・キャストの何人かが、美しく老いていない。

それでも、いろいろな停滞があっても、
スカッとしたアクション・シーンがさえあれば、
多少は救われるのだが、
しかしここでも、不発。

盾のはずの人質が簡単に逃れたり、
お粗末な殺陣のせいか、
リアリティは、病み上がり浪人のへっぽこ剣法にしかない皮肉。

なにより、悪役マニア本田博太郎の熱演に、
スタッフが何も応えていないのが情けない。

全体に、『あまちゃん』を見習えよ、と言ったら可哀想だが、
まあ、元スターの再開発は、クドカンの域に達するのは無理でも、
はたまた、ストーリー構成、プロット作りが駄目でも、
編集でメリハリつけるなり、誤魔化せただろうに。


ついでながら、『はやぶさ新八御用帳』全10巻、
『はやぶさ新八御用旅』全4巻(ともに講談社文庫)にも一言触れておきたい。

これも好きなシリーズだが、
TV版は完全なミスキャストだった。
主役の彼は、体育会系ではあるが、爽やか系ではない。

もう少し説明する。
どんな暗い話でも、カラッと後味を爽やかにする天然スター、
たとえば、高橋英樹。

デビューから半世紀以上、一度として沈むことなく、
アイドル映画から「けんかえれじい」を経て任侠ヤクザ物、
TVでも、桃太郎侍ら人気シリーズを、
老いては「慶次郎縁側日記」まですべてのジャンルで活躍している。
(バラエティ番組に出るのだけはやめて頂きたいが・・・。)

高橋英樹クラスは無理にしても、
せめて、村上弘明(腕に覚えあり)、山本耕史(陽炎の辻)程度の役者を見つけないと、
いい時代劇シリーズ物はできない。
(この人たちも、明るく爽やかだが、他の作品で主役をはると、やや荷が重い感じがする。)

ここ数日、夜中の暑さが、尋常でない。
寝汗で布団が半分の薄さになるほど。

まあ、昼間に布団を干すと、ふわっと倍ぐらいに膨らむ。
このさまをみるのは楽しい。

ただ、空模様で干せなかった日が続くと、
小池さんじゃないけど、若い頃の下宿時代を思い出す。
よくもまあ万年床で平気だったものよ。


暑いので、毎日素麺かカレーみたいなことになっている。
カレーは作り置きだからいいが、素麺は節水にならない。

八月は、ケーブルTVの別契約のチャンネルがフリー。
(生憎、ラグビー界はほぼオフ・モードなのが残念です。)

関係ないけど、今まで水曜だけフリーだった、
近所のスーパーの水も、八月一ヶ月間だけフリー。
頑張って、コーヒーをがぶ飲みするが、
老いぼれ一人の消費量なんて所詮知れたもの。
深夜、トイレに行く回数が増えただけであります。

で、話を戻すと、
『CSI:科学捜査班』、『CSI:マイアミ』、『CSI:NY』が、見放題。

ただし、シーズンが入り混じっていて、
キャラや設定のマイナー・チェンジで、混乱することが多いが、
なんと行っても、吹き替え版が一番ウザイ。

しかし、寄る年波で、字幕を追う動体視力もかなり落ちているから、
数年後には、吹き替え版に感謝している可能性大だ。

それはともかく、
何度も何度も再放映してくれるお蔭で、
コンプリートの『NCIS〜ネイビー犯罪捜査班』シリーズ、『NCIS:LA〜潜入捜査班』シリーズ、
ほぼコンプリートの『BONES』シリーズ、
たぶんコンプリートの『サイレント・ウィットネス』。

『NCIS:LA』を除けば、
すべてが、鑑識、検死といった科学捜査、
分析官の仕事に焦点を当てたドラマ。

我輩なんぞ、ラグビー・アナリストを自称していたので、
ラボの分析官には、ちと惹かれるものがある。

で、シーズンの初期頃とは違って、最近のものは、
証拠の大半がラボによる解析で明らかにされ、
現場での捜査は銃撃戦だけ、みたいなつくりになってきている。

一部作品では、分析官が銃を持って犯罪者と撃ち合いをする、
現場捜査官との区別をいい加減にしているものもある。

ご都合主義を全面的に否定するわけではないが、
外勤の捜査に物足りず、
分析官が乗り出すみたいなストーリーが、
例外でなく、定番化している風潮は、
ちょっと違うんじゃないかと思ったりする。

それで、目下のお気に入り、
『NCIS:ネイビー犯罪捜査班』シリーズが、
カリカチュアライズが行き過ぎているにも拘らず、
役割分担がきっちりしていて、
設定面での破綻は少ないように思われる。

基本構図が崩れないから、
多少のご都合主義、USマリーン万歳主義なんかが混じっても、
面白さが毀損されないのではないか。

BSで、秋元康のドキュメンタリーを見た。
感想は、ブログ何本も書けそうなくらい、いろいろあるが、
とりあえず、ホリエモンとか、やぶにらみの暴君とかいう言葉が、
脈絡なく浮かんだ。

この世界、誰も、サーヴィス残業がどうこう、
奴隷労働云々とか、言わない(言えない)、
クリエイティヴな業界の、凄まじい身過ぎ世過ぎ。

で、PVを演出する、映像作家が、
秋元を「先生」と呼んでいたのが、気になった。

異なるジャンルの作家として対等の関係ではなく、
まるで被雇用者か、下請けみたいだ。
互いに「さんづけ」でいいんじゃないか。

(我輩は、編集者だったが、
締切を守らない、デッド・ライン超えてるのにアカ入れする、
この手のセンセとは、どんなにギャラが良くても、
どんなに傑作を書こうと、絶対お付き合いしたくない。)

まあ、AKBビジネスが、
スピンオフを含めて、膨大な労働者を抱える、
巨大な産業化していることだけは解った。

バスケ部顧問の暴力事件だが、
暴力を部活指導の重要な方法論としていたことには、
弁解の余地がない。
一刻も早く、暴力事件として逮捕立件すればいい。

しかし、周囲の連中、教師は当然共犯者だが、
暴力教師の周辺にいた生徒たちに、
加害者意識のないことには呆れる。
(見て見ぬふりをしたくせに、まるで、
自殺した生徒が悪いみたいな空気になっている。)

これじゃあ、
市長から乱暴な介入をされても仕方ない。

部活の輝かしい伝統も、
体罰文化あっての成果だと、
白日の下に晒されてなお、
肯定する方が多数派なのは、想定通りだが、
死者が出たtらそれもオシマイ。

このような暴力的文化が、
代々受け継がれて行くことのマイナス面に比べれば、、
多少の過激な措置は仕方ないかも知れない。


暴力には暴力というのが、
20世紀後半からの世界的風潮だから、
これも世界基準ではあるが、
常に弱者が割を食う、一方的なんだよね。

まあ、話は飛ぶけど、
イナメナスの悲劇もそうだが、
背景を知ると、うかつに言及できないほど事情は複雑。
でも、表現は単刀直入に、暴力という形になる。

イスラム原理主義系のテロは問答無用に排除すべきですが、
せめて、トゥアレグ独立運動とアラブ過激主義は別物である、
との認識ぐらいはもって、報道して頂きたいものです。

<雷桜>
映画『雷桜』原作/宇江佐真理(角川文庫)。
監督/廣木隆一(2010東宝)

つい先日、(BSだったと思うが)映画版の方を先に見た。
原作を読んだのはその後になる。
もちろん小説には、新たに付け加えるようなツッコミはない。

ところが、映画版は、
原作ストーリーの改変部分がすべて失敗している。
なんと全部でっせ! この体たらくには驚くしかない。
中でも最悪なのは、
紀州行きの斉道の行列に、駆け落ちを迫る雷の取り乱した姿。

この描き方は、原作とは正反対の心理的解釈。
これじゃ陳腐なメロドラマだ。
二人もいて、脚本家は何をしていたのか。

ここまで落ちぶれても、映画人には、
優れた原作を忠実に映画化するという素直な発想はないのか。
(追記。落ちぶれたと書いたが、伝承文化遺産のこと。
邦画は過去最高の興行収入を上げたとの報道あり。1・30)

ミス・キャストは時任三郎(この役どころは緒形拳しかない)。
役者は好き好きだから、そう思わない人もいるだろう。

しかし、不要な登場人物(甲賀忍者の頭とは思えないピーター)が、
似合わないズラ姿で、ただ切られ役で出てくるという酷さには、
誰しもが二重に呆れると思う(熱演しているので、余計に可哀想)。

全ての欠点を補ってくれるのが、主人公を演じる蒼井優。
いわゆる美人ではないが、魅力のあるキャラクター。
(古くは桃井かおり、その後、小林聡美、中嶋朋子、寺島しのぶ、小雪とか、いい女だが美人ではない系統。で、「澪つくし料理帖」、あのキャスティングで大丈夫か。)
だがさすがに蒼井優一人では救いきれていない。

せめてもの慰めは、
雷桜の顕現化と、ハリボテに見えないリアリティのあるセット、
殿と忘れ形見の顔立ちがそっくりという設定などなど、
映像ならではの強み、こちらはきちっと活かして見せてくれる。

だから、原作を下手にいじらなければ、
それなりに傑作となったはずの映画。もったいない。

TVで、何の先入観、期待感もなく観たので、まあ点が甘いかも。
映画館で観たら、また別の感想になったかもしれませんね。

深夜ザッピングしていたら、
『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』にヒットした。

2007年、NYのビーコン・シアターにおけるライヴを中心にした、
マーティン・スコセッシのドキュメント・フィルム。

まず会場がいい。
内部の装飾も雰囲気があっていいが、
どデカイ、数千数万入るような場所でなく、
入ってもせいぜい1千人たらず(想像)の小屋だから、
その気になれば観客全員の顔が判別できる。

アトホームな雰囲気のせいか、
ミックが演技ではなくリラックスしていたので、
喉の調子が良く、歌がいつもより上手に聞こえた。
(ストーンズは、存在を開始して以来常に、
上手い下手を超越しているので、こういう感想はいかんのだが、
久しぶりにみたら・・・!)

我輩は、高校の頃からストーンズ派だが、
ロックに関しては、70年代から進化は止まっている。
それでも、ストーンズについては初期だけでなく、中期まで、
レコードは当然だが、映像もかなり見ている。
(しかし、この20年は、アップ画面に耐えられないというか、
老いを感じさせて、見る気がしなかった。)

それで、リフすら満足に弾いたためしのないキースが
リード・ソロを4小節以上(もしかして8小節)弾く姿を初めて見た。
この画を撮っただけで、スコセッシはエライ。

ずっと観ていたら、
ミックとチャーリーの、年齢を超越したタフネス振りに、
だんだん感動を覚えてきた。

「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」には、不意を突かれた。
さすがに、へそ曲がりの我輩は、泣かなかったけど、
(タイトルに「涙」が入っていなかったら、泣いてたかも。)
マリアンヌ・フェイスフルとか、『あの胸にもういちど』とか、
どどっと記憶が押し寄せてきた。

エンド・ロールを見ていたら、
冒頭に「アンダー・マイ・サム」がかかったらしいが、
ザッピングで当たる前のシーンだったので、見逃した。
残念無念、またの機会を待ちたい。

現在を生きるストーンズが、
変わらず恰好いいことは判った。

ファンとしては、非常に嬉しい限りだが、
新作を買おうとか、全然思わないし、
やっぱり懐かしモードの方が強い。
これも、感性の摩耗衰退、老化の一環なんでしょうね。

12-5-1512-5-29haioku 001

▲既述の海抜表示。

このところ、曇りがちながら、雨の心配もなく、
風も弱い日が続くが、生憎、目下夜更かしモード。

外出時間が減ると、てきめんに腹が出る。
というような、心理的圧迫感があって気が滅入る。


差し入れ、東京の友人たちから慰問袋が。
もっぱら、Bオフで調達していた境遇から開放されて、
久しぶりに新刊本が読めます。

まずは、高橋義夫の『御隠居忍法帳』シリーズ1〜10(中央公論新社)。
文庫化されてない最新単行本を頂いたので、全10巻読破。

主人公が、若くして隠居生活に入ったことと、
強すぎるのがやや気にはなるが、
とりあえず、安心して読める。

映像化はまったく望んでいないが、
お遊びで勝手に、ご隠居のキャスティングなんかを考えるのが楽しい。

白石一郎の『十時半睡事件帖』TV版では、
島田正吾がいい味をだしていた。

北原亞以子の『慶次郎縁側日記』では、
高橋英樹の天性の明るさが、暗くて重い北原作品に、
カラッとしたユーモアを付け加えて、かなり救っていた。

で、20年前だったら、緒形拳なんかいいと思うが、
今現在五十路、六十前の役者となると、
もともと役者に詳しいわけじゃないし、
認知症気味なので、それ以上名前が出てこない。

せめて、
渡辺謙(藤枝梅安)、仲代達矢(清左衛門残日録)、村上弘明(腕におぼえあり)、
このくらいの感じでハマるキャスティングが出来れば、
いくら空想夢想でも胸踊るんですが。

マダム・パニエールから、
海外ラグビー中継のネットによる見方を指南され、
チラ見(画面が小さいので)できるようになった。

で、昨日は、久しぶりに、南アではない、
スーパー・ラグビー(『レッズ×ブランビーズ』、『フォース×チーフス』)を見た。
有益な情報、ありがとうございます。


日本代表だが、続々と選手が離脱している。
それぞれ事情が違うから、一概に捉えることはできないが、
ここまで続くと、やっぱり、
ネガティヴかつシリアスに解釈したほうがいいのではないか。

たとえば、辞退理由の中で、
一番前向きかつ有益な留学だって、

世界屈指の監督が指揮する、
ナショナル・チーム招集を蹴ってまで強行するようなことだろうか。

たとえ、本場の州代表クラスでの実戦経験が有益だとしても、
そんなに日本のラグビーのために効果があるのなら、
代表キャンペーンと重ならないときに留学すればいい。

つまり、代表の意向には逆らっても、
所属クラブの意向を無視してまでの留学ではない。

だから、結果的に、
代表キャンペーンに寄与する可能性はあっても、
いまからそれを辞退の言い訳として認めるのは、
あまりにも、人がよすぎるのではないか。
などと、我輩は思ったりする。

こんなことを言うのは、あのエリッサルドが、
突然、リザーヴ・シートに座らない余分な代表を選んだ時、
(発表を1週間遅らせればなんの問題もなかった)
件の選手は、代表の試合するスタディアムには行かず、
父親のプロデュースする出身地のラグビー祭を選んだ。
このときの、国粋主義者の怒りようったら、凄まじかった。

(余談ながら、このとき、
普段は温厚の仮面をかぶっていたブログが、
突如アンチ・ワセダを歌い始めたのには驚いた、
すぐお気に入りから消したが。)

我輩なんかは、先に予定に入っていた重要な案件で、
しかも親孝行優先のなにがいかんのか、まったく理解できなかったが、
出産に立ち会うためにゲームを休む外人選手を、
難詰するお国柄だから、
まあ、この程度のことは想定内と考えるべきか。


『NCIS〜ネイビー犯罪捜査班』は、
186話中、150話ぐらいは見てるはず。

それにもかかわらず、基本的な設定で、
解らないことが多々ある。

一番の疑問は、
市警出身のトニーがここに来るきっかけ、

我輩としては、
トニーの、つまらないお喋りが耐えられない。
(笑えたのは3回くらい)
そういうキャラ設定だと分かって入るが、
時と場合をわきまえず、銃撃戦以外のシーンで、
のべつ幕なしにくだらんことをしゃべりまくる、
どうして、この男が有能と評価されるのか理解できない。

最大の疑問は、
アビーのキャリア、ギブスとの強い絆の訳、

長きにわたるシリーズなので、
ときどき、スタッフが笑いながら作っているなって感じの、
緩みが透けて見えることがある。

今日から、毎週土曜日に、シリーズ全作品を放送するらしいので、
なんとか、日頃の疑問に回答を見つけたい。

またしても週末ラッシュ・アワーだ。
お昼から深夜早朝まで、
トップリーグ決勝、日本選手権1回戦、
6Ns、スーパー15。

「Jスポ4」が見られないから、
なんとかカヴァーできそうだが、
日本選手権1回戦の、
結果がみえみえのゲームは、
スルーするかも。申し訳ないが。


以前、古本屋は、
「Bオフ」しかないと書いたが、
隣の市に「Bマーケット」という、
同系態の店があるのを発見。
お値段は少しだけ安い。

Bオフは、時代小説に限ると、
105円の棚はほんの少しだけで、
大半が350〜400円。
kgン円で買って、定価の半額というのは、
随分法外な商売だ。
だから、こんな田舎にまで、
支店があるわけだろうが。

お世話になりながら、こんなことを言うのはなんだが、
既成の古本文化を破壊駆逐したことには目を瞑るから、
せめて、文庫くらい全部105円にしろよ。


江戸もの、時代小説、
この分野、雑誌という媒体がなくなって、
文庫書下ろしという出版形態が普通化、
その結果、目次章立てを見れば歴然なように、
骨密度が約半分になっている。

と、誤解しないでいただきたいが、
だからと言って、お話としての面白さが、
半減しているというわけではない。

描写の質とか構成の緻密さとか、
文章にコクと深みがなくなって、
やや単純明快系に重心を移さざるを得なくなった。

皮肉なことに、面白さ自体は、
ヴァラエティに富んでいるぶん、
むしろ昔より勝っているかもしれない。


「仕舞屋」(しもたや)についての素朴な疑問は、
すでに書いたが、大御所クラスまで、誤用している、

いわゆるコタツも、江戸時代にはなかった。
寒冷地を除く本邦民家は、
基本的に、夏の暑さを意識した作りで、
暖房装置は、火鉢とか炉しかなく、
冬場は非常に寒かった。
コタツは、エゲレス人陶芸家、
バーナード・リーチの考案による発明と言われている。

特筆すべきは、
一時期スポーツ界で流行った「ナンバ歩き」について。

某有名スポーツ評論家は、
昔の人はみなナンバ歩きしていたと、
のたまわっていたと記憶する。

この頭でっかちが、
いかにスポーツ音痴かを示す好例だが、
時代小説界も同様だ。

特別な場合の所作、足さばきを、
昔の人の日常生活動作だと思い込んでいる、
剣豪小説家がいるのだ。

こういう人の描く剣戟シーンは、
やはり今ひとつ信用できません。

この他にも、
決めポーズの「残心」とかは、
道場剣法かTV的演出ではないか。
もちろん、
血を拭うことなく刀を鞘に収めるとか、
血振りとかで済ます描写は、
ご都合主義としか思えない。

寡聞にして、
鞘を分解掃除するなんて描写は読んだことない。
ちょっと考えたら、分かりそうなもの。
この辺は、小説ではきっちり描いてもらいたい。

↑このページのトップヘ