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                    昭和8(1933)年5月30日 秋田魁新報の記事 <1月24日の記事とするブログあり>

   菅江真澄時代の猿酒現存する 
平鹿郡○○村に

 今から1世紀前の偉大なるジャーナリスト菅江真澄翁の「雪の出羽道」に 奥羽の武将清原武則時代からの霊薬として誌された「猿酒(えんしゅ)」が 約千年後の今日まで甕(かめ)そのまま平鹿郡○○村の山深き一農家の家宝として秘蔵されているという不思議な事実がある。

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 猿酒とは 野性の猿猴(えんこう)が果実、木の実等をとって蓄えて置いたものが自然に発酵したもので 人間の葡萄酒製造への鍵となったとも云われているが この「猿酒」は全くのアルコール分なしの正真正銘 猿を原料とした薬なんである

 「雪の出羽道」平鹿郡の巻から引用すると

 ○○村に代々○○源助という旧家あり この民家に猿酒というものを造って()也、これは腹の病にしるしありといえり この○○が上祖は伊勢ノ国より来る人にて 創は山北(現在仙北)金澤に居住して家衡に仕う 秋田叢書巻七、570頁)

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 その○○村というのは○○村○○字○○部落であり ○○源助の後裔(こうえい)は連綿として同部落に残り 当主は○○氏である、

 横黒(おうこく)○○駅から○○川の上流に沿うて淙々(そうそう)たる川瀬の音に和して麗々と清く澄んだ河鹿(かじか)の音に聴きほれながら山道1里半という所に○○部落がある、藁(わら)ぶきの一見貧農としか想えない○○家は 初夏の明るい太陽の下に屋内は惨めな程暗い

 「猿酒」はその一室に甕(かめ)のまま木箱に納めて奥深く秘められ 戸主以外には家人といえども手を触れられない家憲というのである、その戸主たる○○氏がその日は木流しに山に行ったとあって留守というのである

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 しかし「猿酒」については 現存する誰も知らない程詳しく真澄翁が記録している-- 金澤の城主家衡の家人が 家衡の父清原武則時代、大猿3頭を捕獲し 皮と筋肉を去り (きも)と背肉を寒水に浸すこと30日 そして日に乾し美酒に漬け又6月の炎天に乾して後 更に塩水に浸して甕に入れ蓋をして3年間密封して置いたというのがそもそも故事来歴なんである、

 そして1盞(さん)飲めば同量だけ塩と水を入れ 汲み出す毎に補充すれば「千歳を経るともつゆかわる事なし、病(やまい)(なお)る事またなき薬也」と真澄翁は百年前に証明している。

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 後三年落城の際 この「猿酒」を甕のまま持ち出したのが○○源助で 幾山越えて○○の○○邑(むら)に逃避し 永久の住家を定めたわけである

 その代までには同家に鞍、鐙、刀槍などがあり 鞍、鐙は菩提寺金澤町祇薗寺に寄付したことになっているが 現に同家から出た古刀が横手町○○氏方に所蔵されている--

 叩頭(こうとう)懇願 やっとのことで持ち出された神秘の甕は 通称四ツ椀を添えて丁寧に木箱に納められ 飴色の土甕はさすがに年代を経ているため底部なんか多少缺潰(けっかい)の跡を見せている、高さ1尺8寸5分(56cm) 口径7寸(21cm)、周囲3尺8寸5分(117cm)、正に真澄翁が図解までして記したものに間違いない。

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 四つ椀というのは大小四重ねの木椀で 一番大きいのは径五寸(15cm)、2合5勺(0.45)入り、口径7寸(21cm)の甕から汲み出すには親指と中、薬指の3本で椀の端をつかんで上げなければならないので 相当呼吸がいるんだそうである

 そしてくみ出す時の音は 液体というよりも金属的な不気味な音がして 女子供は物の怪のようにおそれるという 当主の叔母に当る婆さんでさえ「戊辰の役の際 甕を抱いて山にかくれた時見ただけで絶対見せられなかった」と言っている

 「猿酒」の効能は 腹の病一切、殊に霍乱(かくらん)即ちコレラなどにはてき(、、)面に効くと信ぜられている 分析化学的なことはこの際問題ではない、数百年来「秘薬」として伝統を続け 1世紀前菅江真澄によって紹介されている「猿酒」が現存することは 一つの奇蹟ではではなかろうか、但し猿酒は現在は売ってはいません(宮崎生)

 昭和8(1933)年5月30日 秋田魁新報の記事

「後三年の役」は11世紀の出来事です。そのころに造られ、以後家宝として大事にされてきたという「猿酒」。19世紀初めには、菅江真澄が「造って沽()る也」と図絵を添えて書き残しています。これほどの長い間護り受け継がれて来たということは、よほど貴重な売薬であったということなのでしょう。でも、昭和8年時点では売薬の役目は終えておりました。現在、ご当家ではあまり騒がれたくないようです。
 秋田には、魚を塩漬けにして発酵させた「
ショッツル」という調味料がありますが、もしかしたらこの「猿酒」も、原料が違うだけで、塩漬発酵の原理は似たようなものなのかなと、「猿酒」を見たこともないくせに勝手に想像しています。

文中の「○○」は、ご当家に迷惑が及ぶのを恐れて伏字にしたものです。なお、ネットで検索したところ、この記事の掲載日は昭和8年1月24日の秋田魁新報第15125号であるとしている方がいらっしゃいました。同社のマイクロフイルムを確認してとのことですので、私が入手した資料の手書きメモの年月日よりは信憑性が高いかと思われます。

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