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            秋田の古い新聞記事  <ホーム> 2
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 101  神代村・郷土かるた(昭和7年)
  102  ロシア漁船が松ケ崎海岸に漂着(昭和7年)
 103  ロシア漁船・遭難の話を聴く(昭和7年)
 104  五城目神明社・十三騎堂の由来(昭和4年)
  105  角館祭典座談会(昭和11年)
 106  秋田に初めて時計の入ったのは(昭和4年)
 107  狐狩と狼の話(昭和14年)
 108  秋田の正月(大正3年に昔も紹介)
 109  農村の正月(大正3年)
 110  八郎湖の魚行商人(昭和10年)
 111  秋田の猿廻し・口上(大正3年)
 112  船越村の狢(むじな)(1747年のこと)
 113  房住山の太鼓の音(昭和5年)  
 114  雪貯蔵小屋・新屋町(昭和12年)
 115  古四王神社建てた飛騨の名工・甚兵衛さん(昭和8年)
 116  鉄魚発見・上桧木内村(昭和13年)
 117  檜山のアメッコ市(昭和10年)
 118  詰将棋の傑作「煙り詰」(昭和4年)
 119  「ショッツル」か「ショッチル」か(昭和10年)
 120  八橋人形の評判(大正期)
 121  秋田県で考案・「竹縄」を完成(昭和12年)
 122  木内デパート新築落成(昭和9年) 
 123  鹿角・錦木村から珍しい「鈴石」発見(昭和2年)
 124  角館小学校?郷土かるた(昭和6年)
 125  白岩村・郷土かるた(昭和6年)       
 126  鮭のたたりで息子が化物(明治16年以前の話) 
 127  酒出し無用(昭和15年)
 128  天然ガスで走る自動車(昭和10年)    
 129  バリカン・秋田市には明治24年頃入る(昭和15年)
 130  士族の窃盗・その罰は(明治7年・かじ新聞)
 131  虫二房(ちゅうじぼう)の名跡(大正2年)
 132  雉子寄(きじよせ)の名人(大正2年)
 133  「秋田時間」を改めよ(昭和4、14年)
 134  新殺生石・玉川温泉探険中に卒倒(大正6年)
 135  本邦唯一・鳥海で四季成りイチゴ発見(大正5年)
 136  食通文化人・小島かわたれ・粕漬けの問題(昭和10年)
 137  横綱・常陸山(ひたちやま)揮毫(きごう)の石碑が秋田市に(大正2年)
 138  初代秋田赤十字病院・建築工事中(大正2年)
 139  昔の竿燈とかけ声(昭和8年前後)    
 140  鳥類の黒焼・調査中(大正9年)
 141  「秋田のズボラ」と「山形の勤倹」(大正2年)
 142  ガッチャキに就(つ)き(大正11年)
 143  ハタハタ雑記・小島彼誰(昭和10年)
 144  土木官吏の今昔(大正2年) 
 145  横手梵天・五輪マーク現る(昭和13年)
 146  稲作の豊凶占い・言い伝え(昭和11年)
  147  秋田県のスキー界(大正2年)
 148  家庭の良薬(大正5年)
 149  榮太楼の由来(大正3年)      
  150  『漬物と女と』・執筆者調査中(大正5年)
 151  東北人は 外朴訥 内隠険譎詐?(明治45年)
 152  土崎築港・和船から汽船への変遷のあと(昭和3年)
 153  千秋公園・名前の由来など(明治36年)
 154  中山人形を改良①(昭和2年)
 155  中山人形を改良②(昭和4年)
  156  船川港内の”石炭漁”(昭和15年)
 157  根曲竹をステッキに(昭和10年)
 158  やまゆり1本の茎に116の花(昭和2年)
 159  ナンコ貝焼の由来(昭和3年)
 160  船川節・秋田船方節(大正5年など)
 161  モヘとモヘ箱・安藤和風(大正7年)
 162  秋田市内の交通量調査(昭和4年)     
 163  六郷町のかまくら(竹うち・昭和5年)
 164  和歌「白蓮の花」・小島かはたれ(大正9年)
 165  クニマス雲隠れ・田沢湖近頃大不漁(昭和14年)
 166  「クニマス」「潟尻千歳八ツ葉」絵葉書(昭和14年頃)
 167  岩館で40年振り「鰊」漁獲(昭和13年)
 168  漢化し行く地名・安藤和風(大正9年)
 169  秋田駅「駅弁」の掛け紙(昭和5年頃)
 170  小学校児童の服装調査(昭和6年)
 171  「小櫻物語」・角館枝垂桜の由来(大正5年)
 172  秋田県内花火製造の状況(昭和5年)
 173  千秋公園プール竣工(昭和11年)   
 174  鹿角の盆踊「太鼓仁義」(昭和9年)
 175  横手の送り盆・横手の花火(昭和10・18年)
 176  文化7年の男鹿大地震・曲田慶吉(昭和6年)
 177  「ドブロク入り水枕」密造酒検挙(昭和22年)
 178  人力車の思い出話(昭和13年)
 179  「白い雀」数百羽の群れ(昭和8年)
 180  我国号の呼称は「ニッポン」とす(昭和9年) 
 181  男鹿・金ヶ崎温泉(昭和13年・10年)  
 182  旧藩時代の正月風習<痩馬・凧揚げ・羽子板>(大正7年)
 183  千秋公園の観桜会プログラム等(昭和11年)
 184  「マッチ」が秋田に入ったのは・明治5、6年頃
 185  男鹿半島の島を松島に(昭和2年~5年)
 186  「打瀬網漁」厳禁すべき(大正7年)
 187  八龍橋以前「岡田橋」の遺跡か(昭和7年)
 188  小唄 酒の秋田・秋田自慢(昭和6年)
 189  鰊(かど)と鰰(はたはた) (大正2年)
 190  町人割腹・病院医師の仁術に感嘆(明治7年) 
 191  諸井旅館主人 男鹿観光宣伝に貢献(昭和14年)
 192  木内雑貨店の生い立ち(明治の創業から昭和11年現在まで)
 193  太平山・ゴールドラッシュ?(昭和7年)
 194  郷倉に150年前の米(昭和9年)
 195  ガッチャキ病の現状(昭和2年)
 196  浪花節 『秋田ぶき』(昭和6年)
 197  ドブロク「製造免許鑑札」を発見!(昭和11年)



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