私の稲作−10

{その9 やった!!全量1等米}
 昨年までは、8月頃から私の田んぼは他所の田んぼより葉色の緑が薄くなっており、稲穂が稔る頃には他所の田んぼより早めに黄色くなっていた。これは稲の勢いが落ち、大事な稔りの時期に収量を落とすということだった。力強い稲は、穂が稔って黄色になっても葉はまだ緑色を保っている。昨年つくづくそう意識してきた。
 今年は生育中期に追肥を加え、最後まで稲の体力を落とさない力強い稲にした。その結果、籾へのデンプン供給力が上がり、乳白色の米が少なくなり米は出荷米全量1等となった。更に収量も反収9.5俵となり、万々歳となった。ちょっと自信がついた。

{その10 今後の目標}
 農業普及指導センターで年間5回、夜2時間くらいの稲作講習会が開かれている。11月7日にこの最終会が開かれた。この日参加者各人が米を持ち寄り、米を整粒歩合測定機にかけて、整粒歩合を測定するという興味深い内容があった。
 私の米は整粒歩合が70.4%と測定された。1等米は70%以上といわれているのだが、それは目視による判定で、機械による判定は厳しめの数値になるという説明があった。目視の判定では機械測定の66%くらいの判定でも1等米になるという。私の米70.4%は堂々の値なのだ。
 私は自分の米の目標をうまい米においている。しかしそれをどうやって判定するかはなかなか難しい。食べてみてわかるわけだが、昨年より旨くなったか不味くなったかということはわかりにくい。水、土質、気象、肥料などがそれを決める要素であろう。気象と肥料にはタイミングという要素も絡んでくる。私の田んぼは、山から来る冷たくミネラルの多い水があるのだから、その他の要素を工夫していくときっともっとおいしい米ができるだろうと思っている。

初期のころ気に入って求めたバラ。プリンセス・ドゥ・モナコ。撮影h26.6.11。
プリンセスドゥモナコ

私の稲作−9

{その8 農業の収支−−−大赤字}
 退職して稲作農業をまじめに行おうと思ったとき考えた。収益は少なくても良い。私の日当はゼロでも良い。農協へ出荷したお金で肥料や農薬代金を支払って少し余ればよい。自分の食べ分と、東京にいる子供達へ送ってやる米ができただけでヨシとしようと思った。なんと謙虚ではないか。こんなことを思いながらも、幾分かの収入が入ってくるだろうと内心は期待していた。
 退職2年目。20年以上使っていたコンバインの買い換える時期が来ていた。農協の農機具祭りに行ってみた。展示場ですばらしいコンバインに出会い、惚れ込んだ。それまでのコンバインは前面の刈り取り幅より後ろのボディ幅が大きく、左回りにしか刈れなかった。これは小型コンバインの常識であった。クボタ社では、刈り取り幅を少し大きくしボディ幅を少し小さくし、両方の幅を同じくした。こうすると、左回りだけでなく、右回りでも刈り取れるようになる。これにより、刈り始めに手刈りする部分が極端に少なくなった。また、倒伏した稲を苦労して刈り取るとき、自由方向に刈れるので刈り取り時間が大幅に少なくなる。この新しく開発された機械が私の求めた時期と一緒だとは何という出会いであろう。また、今までモミ袋で運んでいたモミを、モミ袋を使わず直接軽トラのコンテナに積み、乾燥機への輸送もモータで行える。モミ袋を手で積んだり下ろしたりする重労働が省けることは大きい。
 家に帰り、妻と相談する。妻は優しい妻ではあるが、身体を使って働いて、その結果が赤字になるという農業というものに、あまり理解を示してくれない。コンバインと軽トラにつける籾積みコンテナで200万円もする。だが、すばらしいコンバインであり、籾積みコンテナと組み合わせて作業すると稲刈りが一人でもできるのだと説明する。だが、なかなか理解してもらえない。
 とっておきの説得をしようとした。我が家は昔から農業をやっており、農業は我が家の家業だ、と。ところがその話をし出すとすぐに、私の話の上に「私は農業をやりに嫁に来たわけではない」とかぶせてきた。私はあせった。すぐに、論点を経済性に変えて説得にあたった。

 ここでちょっと農家でない方への米の値段を説明しておこう。米30kg一袋の値段は市場では2万円近くになるのだろうが、生産者が農協へ出荷する価格は7千円弱である。さらにここからわずかではあるが、輸送費・販売促進費・その他の経費が差し引かれる。生産量は10aあたり18袋くらいである。従って田んぼの面積を知れば簡単に総売上量は計算出来る。

 私の家で、農協への売上額は年間70万円程度であり、その半分は苗代・肥料代・農薬代だから、残金は35万円程度。私は80歳くらいまでの20年間農業をする。だから、20年間では35万円掛ける20年で700万円の収入がある。だから、今回は200万円の購入に同意してくれと頼んだ。妻は言う。そのほかにもお金は必要になってくるのではないか。20年農業をやると保証できるのか。そして最後に、仕事として農業をやるというなら、赤字になるだろうから同意できない、しかし趣味として農業をやるというならしかたがない、同意する、という。私はこの言葉に飛びついた。何であれとりあえず同意してもらえば丸く収まる。
 その後、今までの間で、作業所が雨漏りをして全面瓦葺き替えがあった。今まで他家に頼んでいた籾すり作業を自分でできるように籾すり機を購入した。田んぼの中を歩き回っていた歩行型田植機を肥料撒機能付の乗用田植機(中古機)に買い換えた。昨年は芝刈り機型の草刈り機を買った。軽トラも使用20年近くになったので新車に買い替えた。どの機械も買って良かったと思わせる良さがあった。籾すり機は籾をはぎ取られた玄米とまだ籾が残っている米との様子が見える。すばらしい。乗用田植機は歩行型と違い植えた苗の立ち姿が安定している。草刈り機は、少々小石があっても問題にしないし、春先ならば1mくらいのヨモギ林など楽々と刈れる。
 問題は費用である。私の農業は“仕事”という分野から“趣味”という分野に仕分け替えをされてしまっている。おかげで経済活動で問題になる損益分岐点ということを考えなくて良くなった。赤字でも、楽しいからいいや、と。
 妻の言っていたことは正しかった。今は趣味の範囲を通り越したと思っている。あまりに費用が多すぎる。これは“道楽”というものではないか。

バラはエリナ。大きくて豪華。撮影はh26.6.7。一番良いときだったかな。
エリナ1


数日後。撮影h26.6.11。
エリナ2


美しいときが過ぎたが、ちょっと色っぽく撮った。h26.6.13。
エリナ3

私の稲作−8

{その7 今年(平成25年)のコメ作りへの思い}
 4月14日、暖かな天気の中で江普請が行われた。山の急斜面、高さ20mくらいの地点で貼りつくように2kmも横に這い伸びた水路が我々の田に水を引く大切な水源である。毎春この水路にたまった砂利を上げたり、邪魔になる雑木を切りはらったりして整備している。これが終わると田んぼに水がきて春耕が始まる。いよいよ今年の私の田んぼも始まるのだ。
 今まで書いたことの繰り返しになって恐縮ですが退職からの5年間を振り返ってみます。1年目。今まで休んでいた田んぼで稲作を行い、休耕中の雑草による肥料分により、稲が育ち過ぎて倒伏が起きた。2年目。基盤整備をした新しい田んぼで耕作を始めた。育ち過ぎに用心をして肥料を少なくしたが、それでも倒伏した。だが、稲が大きく穂も大きかったのでびっくりするくらいに収量もあり売上額は多かった。品質等級は良くなかった。3年目。今年こそは通常の田んぼになっただろうと品質向上を期待したが、暑い夏となり、全国的に米の品質が悪い年となった。私の米もだ。4年目。今年こそはと始めたのだが、ヒエ、ホタルイ、クログワイと雑草が繁茂してしまい、毎日田んぼに雑草刈りに入る次第であった。5年目。昨年。雑草対策も完ぺきに行い、刈入まで順調であった。なのに、等級検査で2等となった。なぜ?。素人百姓だと思って検査員が意地悪をしているのではないかとひがんでみたりした。だが、あるとき、同じ基盤整備田で立派な米作りをしている人と話す機会があり、等級を尋ねたところその方の米も2等だという。その時アルコールが入っていたので感情がたかぶり、その人の手を取って「そうなのか、そうなのか」悪いのは自分だけではない、寂しい思いは自分だけではない、と涙を浮かべそうになった。どうやら、私たちの基盤整備田ではコシヒカリは2等が多かったようだ。まだ田んぼの地力が十分でないのだろうか。基盤整備を行う前の田んぼでは何も考えなくても、倒伏してでさえ、1等米になっていたのに。
 なにはともあれ、また新しい米作りの年が始まる。昨年末には軽トラを新車に買い替えた。準備は万端だ。だが・・・

このバラはヘリテイジ。前日の、マリアテレジアにちょっと似ているが、あちらはカップ形。撮影h26.6.10
ヘリテイジ1


このバラの木は大きいのだが時期が過ぎたこともあって花は多くはない。でも、写真の上部に10こ近くの花はある。
ヘリテイジ2

私の稲作−7

{その6 うまい米}
 ご飯をおいしく食べるために、私は二つのことを行っている。まず炊飯するとき、水の量を普通の炊飯ラインではなく、もっと少ないすし飯のラインにあわせる。つぎに炊きあがりの合図音が鳴ったらふたを取ってすき返すのだが、すき返した後も30秒くらい長くふたを開けておく。このことによって、堅めでかつご飯粒の粒々感が際だってくる。
 私たち農家が米をJAに出荷すると、1等米、2等米と検査官の目視検査で格付けされる。等級によって出荷価格が大きく違ってくるので、農家にとってはプライドと実益の両面からこだわることになり、1等米を作るべく努力をする。生産者としてきれいな米を作ることも当然の方向である。だが妙なことだが、一般消費者から見て、米の等級が目に触れることはない。精米してしまうとほとんどわからなくなってしまうのだ。JAでは1等米の方が精米したときの歩留まりがよいといっているらしいが、本当かどうか何ともいえない。

 日本穀物検定協会というところがある。ネットでご覧下さい。そこで『米の食味ランキング』を発表している。ここの検査法は、食べてみて味を調べる官能試験と化学分析をする理化学試験。この両方を総合してランク付けをしているという。新潟県では佐渡のコシヒカリは最上級の”特A”にランクされている。魚沼、岩船、中越などのコシヒカリも特Aである。上越、下越のコシヒカリは“A”となっている。新潟県人としてはコシヒカリがうまいと思っているわけだが、うまい米は全国にいくつもあることがわかる。北の北海道では『ゆめぴりか』や『ななつぼし』、九州ならば熊本県城北の『森のくまさん』や『ヒノヒカリ』などが特Aである。意外なのは宮城のササニシキ、A'(Aの下)になっている。
 私は自分が丹精込めて作っている米は絶対においしいと思っている。だが、根拠が乏しい。全国の特Aランクの米を食べてみたいものである。米とは本当にうまいものとそうでないものとがある。旅行したときなどにここのホテルはいい米を使っているなあと感心したり、料理が良いのにご飯が残念と思ったりするのも私の楽しみの一つである。

マリアテレジア。撮影h26.6.10
マリアテレジア1


このバラの全体。元気に沢山の花をつけてくれる。
マリアテレジア2

私の稲作−6

 
{その5 退職1年目の農業(平成20年)}
 張り切っていた。前年まで耕作していた田んぼは基盤整備工事をするため、代わりとして数年間休耕田となっていた別の田んぼを耕作することにした。休耕していた間に田に入る水路は土砂で埋まったり雑木が生えていたりしていた。3月頃から、水路をスコップや鍬あるいはノコギリやナタまで使って直していた。
 4月。地域の農家の人がみんなで共同水路の掃除をし、この年はじめて水路に水が流される。私の水路にも水がきた。トラクターで荒代かきをするために田んぼに水を入れた。ところが半日たっても1日たっても田んぼに水が溜まらない。土にしみ込んでいくのである。
 田んぼであっても、田んぼとして使わなかったので水を溜ためる力をなくしていた。この日のトラクター作業はあきらめた。大雨の降ったときに水を溜め、トラクターで土をかき混ぜ泥をいっぱい発生させて田んぼの底を作った。うまくいったと思ったが晴れたらまた水がなくなっていた。側の道路に水がいっぱい流れ出ていた。畦(あぜ)が悪い。通常以上に分厚く畦塗をする。これで完成と思ったが、何年も使わなかった畦は崩れやすく、泥を厚く塗ってもどこからか水が抜けていく。この後、プラスチックのナミイタを入れたり、二重に畦塗をしたりして何とか田植えに持ち込んだ。
 田植えを終えた苗はどんどん伸びた。背丈も、茎数も。よその田の苗よりも一目でわかるほどよく育っていく。始めに心配していたことがあった。休耕田で再度稲を作るときには、基肥(もとごえ。稲を育てる基本となる肥料)を少なくしないと育ちすぎて倒伏すると。どのくらい少なくするかという目処を何人かに尋ねたが、答えは人によって違った。私は、標準の半分の量を撒いた。それなのに、どんどん育った。稲丈は人と較べたとき、へその高さくらいで良い、と近所の人からきいていた。胸の高さ以上になると倒れるという。
 以下、この年最も大きく育った田んぼについて書こう。稲は八月の穂が出始めたときにはもう目の高さに伸びていた。大きく茂った稲はお盆の頃には倒れ始めており、九月の始めにはべったりと倒れてしまっていた。倒れた様子は近所の人に『青畳』といわれた。この田からの収量は望めないと思った。
 自分の技術不足だということは十分わかっていたが、何とも腹立たしかった。いらいらをぶつける相手として農業共済を思いついた。数十年も掛金を納めているがまだ被害金を受けたことはない。今回の倒伏を申請してみた。共済から数人の人が来て、調査用として田んぼのあちこちの稲を刈り取り、持ち帰った。後日結果が来た。『倒伏しているが米の収量は多いので、共済金は出ない』と。実際の刈り取り時期になったとき、稲は堆肥状になったり、白化したりしており、この田では全く収穫できなかった。

バロンジロードラン。赤い花びらに白い線が綺麗。撮影h26.6.10
バロンジロードラン




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