幼少の頃、どうして世界の言葉を統一しないのだろうと思ったことがある。そうした方が便利だし、国際化とはそういうことじゃないのかと考えたりした。
しかし、では日本語を捨てられるかと問われたら答えは「否」である。言葉とは文化であり歴史である。そう簡単に切り捨てられはしない。各々の国でも同じだろう。

では、自国の言葉はそのままに、共通の言語を作ってはどうだろう。そう思って調べたら、さすがに同じ事を考え、実行に移した先駆者がいらっしゃった。ご存知エスペラントである。この言語、とても画期的に思えたのに、どうして普及していないのか疑問に思っている。何かきっかけがあれば普及してもよさそうなのだけど。

閑話休題。

結局のところ、言葉というものは伝えたい内容が相手に伝わればいいわけで、究極的には、減退なく電気信号の伝達がなされればいいということになる。
だけど、言葉の面白いところは、言葉にできないこと、その表現にあったりするわけで、一筋縄ではいかない。
長い言葉を重ねるより、短い言葉の方が心に響くことがある。直接的な表現より、暗に喩えた方が言いたい言葉に近づくことがある。

さて、この脈絡もなく綴ってきた文章、おそらく僕が言いたいことが何であるか伝わることはないと思う。実のところ、僕にも分かっていないのだから。