2009年09月

2009年09月30日

人参にこだわるJA音更

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思わずオオッという声がでた。北海道音更町で人参収穫に立ち会ったときだ。
まるで映画スターウォーズの機甲軍団のように動いている。人参を掘り葉をカットして袋詰めするハーベスター。その袋を次々に回収する機械。そして積み上げるクレーン車。コイツを10トン車が輸送するという。

ハーベスターはトラクターを町の自動車屋さんと作った。独自仕様だ。これで収穫が楽になった。

収穫後1時間以内に選果場に運ぶ。1時間にこだわる。
運び込んだらいったん冷やす。乾燥を避けるために袋ごと冷水シャワーをかける。それから水プール泥洗い、汚れ落とし、大きさと形の選別へと進む。選別直前に氷温で冷やす。これで鮮度が落ちない。

ここはAランクを作るために選果している。AでないものがBになる。大量の規格外がでる。さらに廃棄物もある。極小さなヤツだ。味はかじったが悪くない。形は悪いが問題ない。
そうして繰り返して金属検知機を通す。ダンボール箱には生産者別にNOがついている。これでトレースできる。入荷でもサンプル検査をしてタンパク質と糖度とFを図り、規格ランクのデータを取って価格を決めている。だから最高の人参を出荷できる。

農協が人参の種を確保し播種と収穫を支援する。だから270ha、950tもの収穫ができる。

音更町は人口が増えている。耕作放棄地もない。むしろ隣町などの地権者から借りる場合すらあるという。

小麦収穫量は日本一。とそして大豆など豆類。ジャガイモ、タマネギなど豊富だ。食料自給の一大拠点である。ここと長い間産直を続けてきた。これからはもったいない視点で無理なく無駄なく食品を開発していく。

自転車にハマっていると笑う渡辺さん。160km離れた実家に時々帰っている。人参選果場立ち上げをした。とことんこだわる。面白い。42c46667.jpg


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2009年09月29日

失ったものはトキだけだったか 野生のトキの復活

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トキはホンの少し前までは、全国いたるところにいた普通の鳥だった。1973年には能登半島で捕獲されている。

ではなぜ絶滅したか。なぜ最後が佐渡だったのか。その答えは簡単なようで考えてみると深い問題が見え始めてくる。
ひとつ、トキは雑食ではない。ドジョウや小魚は食べるが米や木の実を食べない。鷺とここが違う。沼地や水田の小動物を好む。というかそれしか食べられない。するとそれが無くなると絶滅する。
生態系のバランスに繊細に生き延びてきた。そうしてそれから彼らは里山が好きだ。ツバメと同じように農作業する村のチョッと離れたところに巣をつくる。

トキに対しての態度には二つに分かれる。田んぼの害鳥と忌み嫌う村。米こそ食べないが苗を踏み荒らすと怒る。その逆に非常に大切にする村がある。
野浦はトキを奉る。神との使者だ。野浦大神宮は、別名トキ神社と呼ばれる。伊勢神宮も奉納された刀の鍔にトキがいる。

さて、僕たちは無我夢中で近代を走ってきた。小さな棚田を疎い農を蔑み食を軽んじてきた。大切なことは、勉強して工業や産業を発展させ、お金を稼ぎ都市を成長させることだと。
競争に打ち勝ち効率をあげコストを下げて利益を確保し投資する。経済の発展を求めてきた。それがいまは虚しい。

この100年間、確かに沢山の便利が生み出されてきた。とても行けない距離と時間を超えることができる。だから、暮らしの壁を乗り越えて交流することも可能だ。確かにある種の豊さは実現した。

だが、自然そのものは乗り越えられない。
この年になるとそれはつくづく分かってくる。絶滅して初めて分かる。失ったものの大きさを。

トキの野生復帰は簡単とは思えない。
これは古くて新しい共生の村づくりへの挑戦になるだろう。生態系の微妙なバランスを回復していくこと。それは実は大変な変革への道乗りが待っている。
まずは人が変わることからだ。

人生を90年を超えて生きていること。これはすごいことだ。朝夕にお経を唱えて祈る。無心になれる。僕の母だ。32968e1d.jpg


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2009年09月28日

秀麿君といく野浦の海

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昨夜12時まで飲んでいた。それが午前5時前には出漁する。朝と夕方の二回漁にでる。狙いはスミイカだ。小型の甲イか。味はいちばん旨い。

グラスボートに小型船外機。まだ暗闇の海にヘッドランプをつけてでる。危険回避の灯もつけている。ライフジャケットを貸してもらう。用意は万端だ。秀麿君の配慮は行き届いている。

多少、波がある。シーソのように小舟は上下する。スミイカは水深12mくらいの海底に疑似餌を落として少し上げる。疑似餌は小魚を真似て引き上げるとヨコにスッと跳ねる。イカは飛びつき引っ掛かかるという。
これがコツを飲み込むまで意外に難しい。
ようやく2ハイを釣り上げた。ラッキーだ。その名の通りスミを吐く。

途中で、アジ釣りも教えてくれた。こちらは、いくつかの釣り針に疑似虫がついている。これも海底に落とした後に少しあげて、上下に動かして引っ掛ける。小振りのアジが数匹釣れた。

ふとみると、曇り空もすっかり明るい。村と山が美しい。舟に揺られて里山を望んでいる。なにかとても贅沢な気分だ。少しの小雨も止んでいる。
森と山が海に藻をつくる。藻とプランクトンと小魚たち。味わい深い海の豊饒。b3fc149e.jpg


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夢の谷ファームのハゼ掛け

a2f9ad4f.jpgここに来るとホッとする。少し前の日本の原風景がある。

曲がった畦。大小様々な田んぼ。両脇に小山を抱えた谷津田。
道端にはワラビの伸びた野草が生えている。
昔、みんなハゼ掛けをしていた。天日干しは日向の匂いがする。佐渡の段々田んぼでは、上の山から生稲を背負って家のそばのハゼ場まで運んだ。これが重くて肩に食い込み辛かった。
いまは、懐かしい。

農作業が機械化し化学肥料と農薬によって重労働から解放された。これはホントに助かった。しかし、行き過ぎた。生物、植物の生育や手作業の深い味わいすら失ってしまった。


夢の谷ファームには、これらを回復させようとする石塚さんの夢がある。強い思いがある。

それは未来を見据える。未来のための少し前までの日本の過去だ。


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2009年09月26日

路傍の芙蓉花

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冬に、ほとんど切られて株だけになっていた芙蓉が、夏から秋に蘇っている。アスファルトと下水道のほんの少しの裂け目に海底の軟体生物みたいに張り付いていた。
そいつが、みるみるうちに青葉を咲かせて花をつける。
純白の可憐な花を。

土づくりも肥料もない。水だって暑い真夏にカラカラに乾いたというのに。不思議だ。なんてすごい生命力。
この白い花は、夕方になると萎んで日が昇るとまた生き生きと開く。太陽のリズムに合わせて咲く。

生き物たちは、まだまだ不思議な世界を僕たちに見せきってはいない。その深い曼陀羅の世界はすぐ隣に開いているハズなのに。
だけど見えない。
耳をすまし静かに呼吸しながら、それを探っていく。知りたい。
その不思議なワンダーランドを。f58676d6.jpg

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2009年09月25日

レンタカウとJA甘楽富岡の黒澤さん

49ead8af.jpg耕作放棄地が荒れほうだい。篠竹がはびこり蔦が絡まる雑木藪。
この藪を取り巻くように電気牧柵がある。電源はソーラー発電だ。ここに種付けをした繁殖牛が五頭話してある。これで3ヶ月もすると急な段々畑が復元する。

妊娠した牛がこんな急な竹藪でケガでもしないかと心配になる。
まったく大丈夫だという。農協が農家に繁殖牛を貸し付けて肥育して販売し委託料を支払う。一般とコストがまるで違う。しかも生まれた子牛は丈夫で高く売れる。レンタカウと呼ぶ。

JA甘楽富岡はこうした事業の革新が満載だ。
畑を見に行く。高原の畑に簡易な低いハウスがある。このハウスも無加温だ。エネルギーをかけない。人の膝ほどの低さ。ところが小さくて丈夫だ。軽い。ここにトラクターを潜り込ませる。このハウスで10年以上持つ。
驚いたのは、なんと五回の収穫がある。ここは日当たりが抜群だ。日照時間は全国で二位だという。ホントがと思った。確かに高台で遮るものがない。
ナスで反収一回に160万円。スゴい。ナスほどでないとしても五倍になる。
米はバカらしくなるという。そうだろうな。

野菜は240種以上栽培し一年中出荷する。雪は積もらない。
宝は豊富な水だ。江戸時代に造られたという水路が畑の脇を流れている。豊富な水量。あの山の向こうから取水しているという。飲める。

トレーニングセンターと呼ぶ直販所に案内された。残念、お休みだ。お客様が次々にくるが残念そうだ。
ここではプロ農家を育てる。月20万円がライン。それを安定して越すと次にいく。スーパーのインショップに出荷できる。さらにスーパープロとなると相対取引を任せる。

すべて値付けは農家自身だ。農協は手数料15&しか取らない。

農家がいかに高収入になるか。これがポイントだ。農協は指導ではなく支援する。農協が価格をつけると農家はバカになる。考えない。工夫しない。
この直販所は逆だ。自分で値付けしパックし販売できる。生産者は1600名いる。最低パソコン操作は不可欠。在庫状況で一日に三回以上納品する。最高齢は96歳。ピンピンしている。

いま、農協と生協で連携したい。生産と消費が顔の見える関係をつくりたい。地産地消で最高の品質で鮮度抜群だ。ともに何が可能か話しあいたい。

群馬の甘楽富岡は、富岡製糸が有名だ。ところがあれを官製といい、実はそうでない協同製糸工場があった。甘楽社である。これが後に農協となる。
製糸は農と工業の連携の発祥だ。革新性に満ちている。

群馬は面白い。パルシステム群馬の田中理事長と中嶋専務と語りあう。


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2009年09月23日

カラダの異常について

62351558.jpgベランダに山鳩がくる。大きな陶器に布袋草を入れている。この水を飲みにくる。
ほとんど昼間は留守にしているので、普段は会えない。お休みの時だけに見ることになる。

ベランダは手をかけないために、ヒエまで生える始末、荒れている。気にしてはいる。

さて、一昨日の夜に遅い会議を引き上げて帰宅途中にそれはきた。首後ろから後頭部が痛い。ズキズキする。なんかヤバそうだ。
そういえば日曜日の炎天下の農作業のあと事務所に行き一仕事して帰宅したが、喉がカラカラで水をいくら飲んでも乾いていた。軽い日射病だったか。その夜、首後ろが少し痛いような感じがしていた。

翌日の夜にその激痛がきた。ようやく家に着いて寝ようとしたが痛みはヒドくなる。ほとんど首が動かせない。首が回らない。寝ていても痛い。

ヤバいな。脳内出血の前兆か。いや、左側奥歯の欠損を放置してバランスを欠いたことで、その歪みが一気にきたのかも知れない。あれやこれやと妄想する。
意識を丹田に降ろし深く呼吸をする。ゆったりとしていく。痛みは取れないが眠くはなる。だが結局、ほとんど眠れなかった。

翌朝、区役所の休日診療にいく。内科と小児科だけだが、診療申請を書いて質問受けた。それで断られる。ソロソロ歩きでガマンしてここまで来てと腹がだったが、仕方がない。急患対応病院の一覧表だけを頂いた。

問い合わせ案内番号には話中で全然かからない。困った。そうして、一番近い麻生病院にかけてみたら、ようやくつながった。見てくれるという。地獄に仏かありがたい。

しかし、例によって病院の待合室で小一時間待たされて、ほんの五分診察だ。かなりの人たちが心細そうに待っている。
診察結果は、喉の炎症で首がやられたとのこと。脳内は大丈夫だろう。歯も今回は関係ない。化膿止めの薬をやる。それで治る。と簡単だ。

確かにクスリを飲んで休んでいると軽くなった。芯まで痛みが取れてはいないがだいぶ良くなった。

小田原の病院の長谷川さんを思う。農作業で転落して脳外科手術を二度も受けている。現代の医学はすごいレベル。いま回復に向かっている。

人は病む。必ず傷つく。ケアの自給とは、こうした診療、治療が不可欠だ。ココロやカラダを鍛えながらも、専門家からのケアを受けられるということ。こうしたネットワークを各地で自給したいものだとつくづく思った。


nobu23 at 07:19|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 体験日記 | 生命・自然・宇宙

2009年09月21日

農業経営と時代の変化

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農業の経営について、他産業の方は皆さん企業マネジメントを導入し企業会計を入れれば成功するとおっしゃいます。ところがこれが全然違うのです。農業は全く違う。と語る澤浦彰治社長。群馬県の野菜くらぶ代表だ。

どこが違うか。
お金はすべて作る前から出てゆく。年間売上の倍は資金が予め必要だ。そして売り先もまた大切だ。市場が変動する。土地の問題もある。これらを経営する人がどう育つか。これは簡単ではない。

資金と経営と販売先、農地確保と生産などを考えて、現場判断を優先する仕組みが会社化だった。個々人が経営体をつくりネットワークする。

さて、大げさだが世界金融資本主義の崩壊過程で未来の経済をどう展望するか。

理念はなにか。
一人ひとりの幸せと地域が豊かになること。世界が自然と調和して多様性の共存と生命系の経済の誕生を目指すことではないか。

戦略は、
金融資本主義から徐々に生命系経済への転換を進めること。キーワードは生命、自然、身体性、多様性、協同、公共など。
金銭的価値観や計数化から、生物指標、幸せ指標、ネットワーク指標、公共指標などの評価を導入すること。

戦術としては、
多様な関係者による議論と実験の場をつくること。イメージとしては、地域協議会やイベント広場や学会だけでなく、村ごと自給モデルなどだ。そこには、農と食の自給モデルがある。そしてエネルギー自給。それからケアの自給だ。


おそらくこうした村の実験は、豊かな自然哲学がないとやれないだろうな。村に宿る信仰とそして野生とのバランスだ。自立と協同の豊かなハーモニー。

それは祈りと芸能のトランスクリプションから誕生する。
精霊飛蝗虫(バッタ)と稲子(イナゴ)がいる。
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2009年09月20日

ヒエの見分け方と枝豆

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まだヒエ取りをしている。来年までに種を残さないように少しでも取り除いておく。

稲より上にでた青いヒエの実を握って根っこを見る。すると、赤みを帯びたケバだった株がある。これがヒエだ。分かりやすいヤツはこれをザクッと刈る。

ところが稲株に紛れこんだものがある。これが時間がかかる。下手すると稲まで刈ってしまう。くやしい。

ふとみるとカエルが稲葉についている。

茶豆はまだ実入りが悪い。多分これから膨らんでくる。とそう願う。

青空、遠くに箱根山系、赤みがかった富士山。まだまだ暑い。汗だくになる。

昼に終了し、長谷川さんの見舞いにいく。まだ話せない。だが目を動かした。手を何度も握り返した。回復への確かな意志。83189aa0.jpg


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日本農業経営学会と若手経産省官僚の研究

d18e6194.jpg東京農業大学で日本農業経営学会大会が開かれた。その東京地域シンポジウム。座長は門間敏幸農大教授だ。

経済産業省の筑紫正宏さんの話が面白い。
この間、農商工連携をリードしている。

世界中で一人当たりGDPが下がっているのは、実は日本とアルゼンチンだけだ。アルゼンチンは通貨切り下げなど特異な経済破綻があった。アフリカなど低開発国もすべて上がっている。日本だけがひとり下げた。下がり続けている。

実はGDPはこれから先も上がるとはいいにくい。この場合、人びとの価値観がどうなるか。深刻な問題に逢着する。人は働くことで社会に関係し報酬でもって生きる意味を感じる。これが下がり続けると自己存在の不安感がましてくる。この国の危機が訪れている。

いま経済産業省の若手と新鋭の経済学者で勉強をしている。
もしかしたら電気や車が引っ張った時代は終ったかも知れない。そうすると人を幸福にし生きがいを持つことのできる産業とはなにか。
実は農と食はポテンシャルが高い。レストランも含むと国内消費の半分を占める。
ここを核に地域活性化を仕掛ける。農商工連携で。
しかし、いままでの発想ではダメだ。国も社会政策と国土政策だけではダメ。産業政策が必要だ。

経産省は中小企業支援をしてきた。ところが弱者を救う政策だとどこまでいっても解決しなかった。
2000年ころから変わった。下請け孫請け系列からの脱却。中小企業の連帯やクラスター形成による生産技術の活用。こうして、ある部分では世界シェアを取る強い企業群が誕生した。このなかでものづくりの概念が変わる。巨大化大量規模拡大ではない未来。

いま農に学び新たな経済をどうしていけるか悩みながら学習している。
おそらく単純に工業的金融的価値観やコスト主義ではダメだろう。哲学が問題となるだろう。

閉会の挨拶は会長の新山陽子 (京都大学教授)。農学は環境生命学問分野に位置している。生命学というとバイオテクノロジーなどを想起するが、実は農学が基本である。農は食であり生命の産出である。我々研究者の使命は重い。


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2009年09月19日

大木先生の悩みと生協の産直

ff6d597a.jpg大木茂麻布大学教授は日本生協連の生協総合研究所の研究員を引き受けていらっしゃる。東都生協の理事も勤めている。生協の研究ではもっとも生協に近い立場で続けてこられた。

ひとくちに生協といってもいろいろある。右から左、運動重視から事業重視など様々だ。
この生協産直について講演された。パルシステム21世紀型生協研究機構の研究会だ。

以前、論争点だった単品産直と総合産直の双方に問題があるという。それは産直推進力の欠如として現れた。
総合産直は、調達産直で商品品質が内包されていない。
逆に単品産直は商品供給はうまくいっても消費行動における社会性が不明瞭になとた。
両方うまくいかなかったといえる。

産直は、こちらがいいとか、いいことをいっているところに組合員を引っ張るやり方ではダメだと思う。

そこで、あらためて株式会社、NPOと生協の違いについて再整理した。
そのうえで生協産直は「主体形成の場」、「自学自習の場」といった場に意義があると問題提起した。

アグリフードチェーンにおける信頼構築の外国文献を引用し、コミュニケーション、コラボレーションと個人的つながりが信頼構築の決め手だと話した。

パルシステムの公開確認会を高く評価し、最近の北岩手の耕畜連携会議の取り組みを取り上げた。これこそフードチェーンの可視化に成功した優れたモデルと評価された。

生協産直にもいろいろある。研究者としては事業運営される立場とは違う形で関わりたい。

さて、生協も事業的に厳しい時代をむかえている。いよいよ本当の地域づくりに資する産直運動の正念場だ。

日本フードシステム学会の斎藤修会長がコメントした。
パルシステムは三年くらい付き合ってはじめて少し分かりだした。産直など真の事業は理念と戦略とそれを実現する固有の事業の3つがないとダメだ。
意外に事業に理念が貫かれない場合が多いと嘆く。


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2009年09月17日

丈夫なココロと稲穂の波

55df9c92.jpg夕方の山形県村山の田んぼを軽く走る。

まだまだ沢山の田んぼが広がり稲穂が稔っている。舗装道路から外れて土道を踏みしめていく。道には両端と真ん中に草が生えている。土のところを走る。稲には黄色と赤と茶色を混ぜた濃い穂が並ぶ。そのモミの房が自慢げに垂れている。確かにあの小酒部さんがいうように稲の葉が穂より突き出ている。脇の田んぼはその通りに豊かだ。美しい。
懐かしい匂いがしている。

ときどき、大きな爆発音が聞こえる。なんだろうか。そうか雀を追い払う空砲の音だ。雀の姿は見えない。

カラダの調子を眺めてみる。息は苦しくない。足とヒザも痛くない。さっきまで違和感があった左足も大丈夫だ。吐く息に気をつける。痛い部分に気を送り無理しないように、ゆっくりと足を運ぶ。

人には心がある。これが厄介だ。わがままで自分勝手で我慢強くない。楽を望みなんでも欲しがり人とすぐ比べて自分だけ目立とうとする。さもなければすぐひがむ。嫌になる。
だが、それが自分自身なのだ。自分の本当の姿でもある。
自分らしく生きるということは、コイツと付き合っていくことだ。コイツを好きになり、なんとか折り合いをつけなければならない。
自分のやり方を見つける。自分のなかにもう一つの物語を生み出すこと。確かなマイストーリー。面白い豊かなイメージを作っていく。その物語には、決して否定型はない。否定は壊すことになる。ココロを少しずつ傷つけて破壊していく。注意が必要だ。だが、苦しみや壁はもちろんある。それをも楽しんでいく。

田んぼには、見えない曼陀羅があると岩渕成紀先生はおっしゃった。土とバクテリアとミジンコと糸ミミズ。そして昆虫など小動物から鳥たちまで。その生物の曼陀羅が実は僕たちだ。僕たち自身の内部にある。これは比喩ではなく本当にバクテリアからミトコンドリアたちや小動物などが共生している。アタマはほとんどなにも知らない。自分のことはなにも知り得ない。
壊れてはじめて分かる。いかに自分のシステムに無知だったかと。
いまは無心で駆けながらカラダと対話する。少しキツメにするとすぐ息があがる。これは分かる。わかりやすい。まずはここからだ。
夕日が遠くの山並みに沈んでゆく。ホリゾントに映る淡い影絵の世界だ。少し悲しいような懐かしいようなココロを胸に満たして走っていく。


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2009年09月16日

恐山と生と死

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どんなにお金があっても元気なカラダとココロがないと意味はない。一億円と健康を取引できるなら支払いたいと。お金持ちの知り合いの会社役員さんが言った。

この手の話は年を取り病気がちになると真実味が湧いてくる。何はなくとも健康なことが当たり前の若い時代は関係ないが。

さて、では健康とはなんだろうか。実はカラダにガタをきたしていない人なんかいない。みんな、どこかしこか病んでいる。それが普通だ。問題は健康になろうとすることではなく、この状態で、病気の状態で楽しんで生きることだ。今を、この瞬間を楽しむ。健康と病気の間の動的平衡。
これが免疫力だ。カラダは自らバランスを取ろうとする。必ずそうする。それを信じて身を任すこと。合一。可能なら内観する。

さて、恐山に初めて登ってみるとどこかで見た風景だ。湖があり、その周りに大小の山が取り巻く。外輪山。
硫黄の匂いが立ち込めている。岩だらけの地獄にいくと、無くした子供を供養するためか色採りどりの風車が回っている。カラスがそれをツツいていた。
小石をあちこちに積み上げている。その脇から硫黄が吹き出している。

美しい湖には硫黄が流れこむためか小魚さえいない。それはコバルトブルーに透き通っていた。よく見るとプチプチと水底から泡がでている。水は冷たい。

どこかでみた景色。そう、バリ島の高い山にあるキンタマーニだ。やはり湖と外輪山。そして岩場にそれがあった。ヒンズーの墓場。鳥葬の場所だ。似ている。死者が天空に連れて行かれるように、頭骨を砕いておくという場。そいつを鳥がついばんでいく。その場所だ。

おそらく人は死の匂いのする場を感知することができる。そしてそこが生と死の交点となる。この恐山。
そこに死者の服や遺物が祭られていた。沢山の小さなお墓が山道に並べられている。
祈りが人を救う。痛いほどの悲しみを解き放つ。

境内のなかに硫黄温泉があった。ただ温泉だけ。洗い場もない。質素な板だけの小屋。硫黄の香りにつつまれて熱い風呂につかる。地底からの熱を全身に浴びる。チクチクと痺れるような熱さもやがて慣れていく。

恐山。僕は不思議なやすらぎを感じた。34c64ee0.jpg


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2009年09月15日

ヒエを食べる

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軽米町は雑穀の中心になった。意図してなった。もともとかなり古くから栽培されていたらしい。
源平合戦にでてくる馬など軍馬を産出していたという。この馬の餌がポイントた。

人は実を食べ馬に茎や葉を与える。こうして無駄がない。東北の寒冷地でも立派に育つ。
最初、ヒエと聞いてあの田んぼのヒエを思い出し、あんなもの喰えるかと思った。ところが違う。見ると粒も房も全然違う。大きい。なるほどこれなら食べられる。

ひと口に雑穀といってもヒエ、アワ、キビ、アマランサスといろいろある。アマランサスあたりはもう穀物というより観葉植物につく実だな。
ひまわりみたいな伸びた茎に西洋の花のような赤い房がつく。派手で綺麗だ。これが微量栄養素の塊らしい。軽米町のそこここに植えられていた。
真っ赤なのとやや色あせた黄色のものがある。自然に色違いが出るのかと思ったら、見栄えで工夫しているという。そう言えば木下さんが、軽米町は家々に花が植えられていて美しいと話していた。

色彩りどりの花を見ていると、雑穀を愛でる文化も納得できる。とりわけ栽培する人たちの心だ。

もうすぐ冬が来る。厳しい寒さ。
昔の東北飢饉は凄惨だったというが軽米町は餓死者はひとりも出なかった。八戸とは全く違うと木下さんは言った。山が多く川があり食べ物は沢山あるのだと。

雲が違う。雲が湧き、雲が垂れこめる。動かない。関東とは雲がまるで違うんだと空を見て話した。木下侃さん単身で軽米町活性化にかけている。42f5e2af.jpg


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2009年09月14日

掌蹠膿疱症と奈美悦子さん 全国雑穀サミットinかるまい

aef6818d.jpg岩手県軽米町にて全国雑穀サミットが開かれた。その基調講演が奈美悦子さんだ。

最初、女優の奈美悦子というと、またダイエットで雑穀を売る手合いかと、客寄せで出すのかと思っていた。
これが全然違った。確かにバラェティ番組の楽屋話を披露して笑わせるあたり、さすがにうまいのだが。
しかし、いつの間にか体育館いっぱいに埋めた聴衆がシンとなった。彼女が原因不明の病気について話し出したころからだ。

2004年にそれは始まった。手にニキビのようなデキモノができた。それが手のひらいっぱいになる。不思議に手の甲にはできない。痒くて掻くと膿がでて皮がむける。また出来て手のひらに広がる。医者にかかっても様々な検査でも異常なし。原因が分からない。そのうち足裏にもできた。吹き出物は膿が出てつぶれて汚くなる。女優として困った。
駅のキヨスクでお釣りをもらおうと手をだしたら、気持ち悪いとお釣りを投げつけられたこともある。

全国54ヶ所の病院や針や気功や漢方や考えられる治療のほとんどを回った。だが分からない。治らない。

そのうち胸に針を突き刺されるような痛みに襲われた。新幹線から救急車で運んでもらったこともある。アバラ骨がほとんど骨折していた。

そうして病名は判明した。掌蹠膿疱症という。ドイツで研究が進んでいるらしい。渡航しようとしたその前に最後にたどり着いたのが秋田県の病院だった。ここの先生が専門家だった。

原因はビタミンHの不足からだという。これを投与し少しずつ回復をはかる。入院と言われたが自宅療養にした。
それから勉強を始めた。ビタミンHは何から取れるか。実は体内合成するらしい。その素材には何がいいか。
そうしてたどり着いたのが雑穀だった。

雑穀は粒が小さく実の部分の皮ごと食べる。微量栄養素も食物繊維もある。食生活の改善も始めた。旬のお野菜を食べる。春先のウドやワラビはカラダに良い。冬に溜めた毒素をデトックスしてくれる。こうしてのめり込みついに雑穀アドバイザーの資格まで取った。100名以上が受けて16名しか合格しなかった。満点をいただいた。

そして昨年にお医者様から完治したと言われた。ホラッと壇上で手のひらをかざした。何の痕跡もない。誇らしく肌も若いと言われるんですと。目の弱い人にとすぐフォローを入れて笑いを取る。

カラダで大切なのは腸だ。この腸が働かないとビタミンHが作れない。このためには玄米や雑穀を食べると良い。

食の大切さをこれほど真摯に語れるひとも珍しい。マグガバンレポートや一物全体など知識も深い。
いまは畑をやってるそうだ。いつまでも元気なかわいいおばあちゃんになるんだと微笑んだ。

この企画をたてたのが山本賢一軽米町町長だ。全国雑穀サミット実行委員長。娘の知り合いが秋田県の医師の娘だという。


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2009年09月13日

軽米町芝葉園と木下侃さんの挑戦

1c4318ed.jpg岩手県軽米町、山の中に開けた農場がある。この栽培物が面白い。
山野草が専門だ。山ウド、コシアブラ、タラノメ、ワラビ、ゼンマイ、ウルイ、シドケ、タカノツメ、浜ぼうふ、葉ワサビ、行者ニンニクなどなど。300種類。およそ考えられる山菜がすべて揃っている。これを山から採集し株を増やしてポット苗や茎で卸している。この畑が実に多様で面白いのだ。

林の中にも棚を作り栽培している。
大手の有名な種企業に卸すビジネスだ。一般には直接販売はしていない。


芝葉末吉社長は広大な畑を自ら歩いて案内してくださった。
軽米町に単身赴任して町お越しのお手伝いをしている木下侃さんの友人だ。木下さんは山菜の師匠と呼んでいた。


芝葉さん、照れくさそうに笑う。木下さんがヨーロッパ輸出をもっと増やしたらというと、飛行機はキライだからと楽しそうに笑った。


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2009年09月09日

中村靖彦先生と食料自給率 パルシステム新農業委員会にて

f1efd7a4.jpg中村靖彦先生が講演した。食料自給率について。
子供時代に疎開した。長野県だ。祖父が学校の先生だったので田畑はない。家は広いが食べ物がない。母が毎日毎日一掴みの米麦で鍋いっぱいのお粥をつくる。芋と大根だ。
今でもこの芋と大根は好きじゃあない。見ると嫌な気持ちになる。一生分を食べたと言い訳している。

食料自給率の問題は貧しさとはまったく違う。逆にお金があるから低くなった面もある。これは注意が必要だ。
最近「シカゴファィル1012」という本を出した。いろんな本を書いているが、初めての物語になっている。宣伝下手なNHK出版から。
食料危機の近未来を描いた。
そのなかのエピソード。泥だらけの農夫を指差して若い母親がいう。勉強しないとああなるのよ。これは実話だという。

農に誇りと自信をもってほしい。農が尊敬されるそういう国にしたいと語った。

齋藤文子委員長のパルシステム神奈川ゆめコープの理事を引き受けている。日本食育学会で齋藤さんに常任理事になっていただいた。それでゆめコープの理事を引き受けざるを得なかった。
そして出席して驚いた。朝10時から3時までビッシリ議論する。これに付き合わされる。大変だ。

しかし、引き受けて良かった。生協のまじめな取り組みが分かってきた。本当に良かったと思っている。

委員会の川西顧問と同じ年齢。川西さんも同調する。戦争時代が我々の原点だ。二度と繰り返したくない。

さて、このあと委員や事務局より日韓中稲作技術研究会の韓国大会の報告がされた。有機栽培と生物多様性農業が語られる。そして植物と動物の生態系の調査報告だ。
農は人間と自然のなりわいの真ん中にある。生命系のなかにある。

僕たちは20世紀工業社会を駆けてきた。そして競争し勝ち抜く。頂点に金融システムが君臨した。その崩壊が雪崩をうつ。いま、それを再興するのか。

そうではない。大きな価値の転換こそが誰の目にも現れだしている。だが、肉体を変えるよりも難しい。この変化を楽しむ。それは物語のなかにある。


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2009年09月06日

ヒエとの戦いと耕作放棄地復元田の実り

1412cef5.jpg小田原はやはり暑い。晴天。富士山が霞む。緑が濃い。緑田にシラザキが舞っていた。

田んぼに行くとすでに大迫さんが作業している。8時半過ぎ。やはりヒエだな。一見立派に見える稲田だが、よく見るとヒエが突き出ている。
ヒエは奥の方にかたまって生えている。まとめて刈り取ると稲がスカスカになる。
田んぼに足をとられながらも刈り取っていく。三々五々と集まり結局9名くらいになる。バラ園田んぼが終わると軽トラックにヒエが山積みになる。それを畑に捨てにゆく。

次は耕作放棄地復元田んぼだ。ここはヒエと別の草もある。刈り取りと手でも抜く。これも軽トラックにいっぱいになる。復元田は土が硬い。ヒエより乾田型の草が伸びる。コナギは有るが大したことない。
地元の小酒部さんが語る。最後の葉先が上に出て稲穂も粒が多いと嬉しいことをいう。

リーダーの石川さん。朝7時から西大友の田んぼで作業しひとりで軽トラックに2台もとった。去年まで腰が痛くてあまり動けなかった。今年は違うな。

やはり暑い。まだ残暑厳しい。それでもやはり真夏とは違う。汗の量と風の爽やかさか違う。

みんながヘバりはじめたお昼すぎに終了だ。まだあと少しやりたいくらいで止める。あまり一日にやり過ぎると次が億劫になる。ほど良い疲れを抱えて帰る。

青い空。白い雲。
濃い緑。草いきれ。田んぼの土の匂い。
カエル。イナゴ。トンボ。ヘビ。そしてシロサギ。
小田原曽我田んぼの草取り。


nobu23 at 14:17|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 事業・起業 | 

ログハウスつくりに挑む仲間たち

0de6d456.jpg今回は神奈川県津久井の山のなか。といっても民家も近いところ。
山と川の間の平らなところにログハウスを立てる。目の前には川が流れ敷地にも脇水が出ている。気持ちいい。

さて、土台はセメントの台。小さくて大丈夫かと思うようものが四角形の角と四辺の真ん中とで8個。これだけが大地との接点となっている。

材料はすべてこの山からとった杉材。木としては弱いが加工し易いのでありがたい。
まずは四辺を固めて溝を掘った柱に丸太のまま端を削ったやつを差し込んでいく。これだけ。

基本はチェーンソーの扱いだ。これが腕の良し悪しでまるで違う。それからノミだ。後は秘密兵器のドリル。小さな穴開けに活躍する。

師匠は薮川未来塾。上野さんと外川さん。大将は三澤さん。さすがにいくつも立てただけあって図面も引かずに組み立てる。
それからカラダとチカラが違う。大きな柱も一人で軽く担ぎ上げてしまう。うーん、これが普通は持ち上がらない。ビクともしない。これを平気で持ち上げて組む。

下手クソな新人メンバーも丸一日作業していると少しは作業が飲み込めてくる。しかし、あまりにも仕上がりのマズさが際立つ。
まあ、シロートらしくていいか。
シロートでも戦力になる。丸一日草刈りをしている猛者もいる。すごいぞ。

あと休むタイミングがいい。ぶっ通しでやりすぎないようにする。必ず3時間くらいに20分くらい休み体力回復を図る。無理をしない。

自然と楽しみ豊かに暮らすには、こうした技術がいる。仕事のできるカラダと心がいる。田舎の人は、家を建てる。大工ができる。料理も田畑の栽培も、海や山の栽培もできる。本当になんでもできる。そうでないと生きてゆけなかった。
しかも、唄も歌えば踊りもできる。これがクロート肌。

さて、僕たちは失ったこれらを学び直す。カラダと心を百姓につくり帰る。これが楽しい。

国や組織が一夜にして変わるか。無理だ。家もカラダも一夜では変わらない。変わるとすれば壊すときだけだ。ものつくりは、一見地道に見える過程の先に見えてくる。それを味わう。それを楽しむ。


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2009年09月04日

秋にて

6c2c22a1.jpg昨日からすっかり涼しくなった。蝉たちがピタッと鳴き止んだ。温度の変化かな。一斉に鳴き声が聞こえない。あんなにたくさんさわいでいたのに。

道端にネコじゃらしが咲いていた。隙間のない石垣なのに。すごいね。ほんとにすごい。土づくりや肥料などを入れないのに。最も劣悪な環境に見えるところに平気で生えている。

蝉たちがいき、ネコじゃらしが生えている。
僕たちは、真夏を駆け抜けては倒れて、起きあがっては走る。

借り物のカラダを騙しだましに様子を見ながら走ってゆく。

人の肉体を構成する60兆もの細胞たちとミトコンドリア。無数の合成生命体。頭の意識なんてなにも分かっちゃあいない。
借り物の肉体に騙されないように、良く観て対話する。しようとする。そこかしこの違和感や重さを感じながらも、なんとか動いていただく。

呼吸をしっかりとすること。大きな呼吸をゆったりとする。ほぼ呼吸だけでも回復力がつく。

秋だ。


nobu23 at 06:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 体験日記 | 

2009年09月01日

台風と選挙

8e1d3c92.jpg投票日から関東を襲いだした台風は夜半から激しさをました。
翌日は、民主党の地滑り的勝利を報じるなかで嵐は荒れすさんだ。

この国の行き場のない未来を苛立つように。
変わらなければ、変えなければ、いまのままではダメになる。
そうみんなが思い津波のような投票行動が起きた。
高い投票率。次々に落選する与党幹部たち。

だが、嵐はまだ始まったばかりだ。
誰も確かな未来を描けない。恐るおそる仮説を立てて一歩踏みだす。誰か悪いヤツがいてそいつを倒せば幸せになる。そんな幸せな時代は遠くに過ぎていった。

たぶん、変わらないかも知れない。だが、今よりはましだ。現状を壊さなければどうしようもない。

しかし、変化は見えないところから起きている。地道に市民が主体に地域を変え行政を変えようとする。小さな胎動が芽生えだしている。そこここに。

僕たちは、政党や政府に対立してきた。あてにはしなかった。だがいま、それらは自壊作用を起こし崩れ始めている。

だが、まだ地域コミュニティーや行政や国家が未来型には変わってはいない。しかし、変化の兆しはある。確かにある。
問題は、一人ひとりが関わっていけるように中間組織の機能がなければということだ。
バラバラな個人では社会を動かしえない。
生協や農協や労組がそうした役割を果たさず、単に政党支援組織に堕するか。それとも政策提言と実効性において政党をリードするか。

嵐が過ぎるといきなり残暑に戻った。嵐のあいだ息をひそめていた蝉たちがまた一斉に泣きわめく。


nobu23 at 18:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 体験日記