2010年01月

2010年01月30日

小春日和と雑木林の小道

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たまの休みに軽くジョギングしながら丘の小道をゆく。
ありがたいことに、雑木林を保存し小道を残している。木もれ日のなかフカフカした山道をゆくのは、とても気持ちがいい。

道にはモグラの掘った痕がある。懐かしい。枯れ葉が重なりカサカサと鳴る。コナラなどの落葉樹は冬枯れで透けているが、足下は笹の葉が繁っている。

登り坂も下り坂も無理せずゆっくりとゆく。時々、チチッと小鳥たちが鳴いて飛んでいく。

都会のなかにも、こんな雑木林があることが嬉しい。a35ef56d.jpg


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2010年01月29日

早朝の星 出勤電車

3ae870a5.jpg冬は五時過ぎだとまだまるで夜だ。星が美しい。高台のマンションを出ると一面の星空が見える。

住宅街の淡い街路灯に照らされたアスファルトをゆく。公園の木々はまだ寝ている。鳥のさえずりもまだ聞こえない。

だが、寒そうに出勤していく人たちがひとりふたりと歩いている。もう少し遅い時間だとジョギングする人にあう。早朝の空気はやはり違う。

確かに、冬の起床はためらいがある。もう少し暖かな布団にくるまっていたい。だが、思い切りがたいせつだ。ふんっ、と切り替えて起きる。起きてしまえば何でもない。カラダが稼働する。あとはシャワーを浴びて最後に冷たくしてカラダを締める。

そうして、ゆっくりと駅に軽くジョギングだ。駅にははや通勤者がそれなりにいる。日本のサラリーマンは早起きだ。一生懸命に会社に向かう。以前は、なんでこんなに真面目かなとイラついた。テキトーにしておけばラクなのにと。

だが、実は早朝は贅沢だ。街角は少ない人たちのものだし、星空は夜半とは違う顔をしている。駅ですら、昼間と違う。まだラッシュのような戦闘性を見せず大事そうにひとつひとつ動かしている。

早い朝は、贅沢そのものだ。


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2010年01月27日

あったかキャッチボールと愉快な仲間たち

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NPOあったかキャッチボールは農と都市を結ぶ。早い話しが交流を仕掛ける。いま、こういう旅をグリーンツーリズムという。単なるサイトシーンと分けている。

これを率いる小林勢以子理事長。独特の個性だ。夢は大きい。日本中を駆け巡っている。だが、例によって火の車。事業としては厳しい。なんとかしたい。

このあったかキャッチボールの茨城ツアーに参加した。参加した面々が面白い。いちいち書かないが、会社社長や個人が雑多に集まった。10名である。車二台に乗りわけて旅をする。

奥久慈の凍みこんにゃくの栗田さん。凍みこんにゃくは、もう誰も作らない。一人で頑張っている。こんにゃく芋は三年物だが、冬は腐らないように、一旦掘り返して春また植える。いやになるような手間がかかっている。このこんにゃく芋を皮を向きすりつぶして石灰を混ぜて固め、煮る。それからスライスして干すのだ。干す場所は田んぼに藁を敷いて干す。夜もそのままで凍らせる。昼間に太陽に照らされ溶ける。これを繰り返す。するとカラカラに干からびる。これが凍みこんにゃくだ。品質管理のプロが見たらひっくり返るような管理レベル。ほとんど手づくり。

これを戻して使う。独特の歯触り。出汁を工夫すると肉と間違う。精進料理の素材だ。山形県が一番使うという。食文化の奥義だな。

それから漆だ。漆原料はほとんど輸入。国産は岩手県とこの茨城県奥久慈しか残っていない。能登も原料はそれを使う。やはり国産漆は違うという。この漆は畑に植えて採取できるまで10年以上かかる。そして取れだして5〜6回掻いて取ると1年で木がダメになる。大変な苦労だ。採取技術を持った人もいまは少ない。

プロはかぶれないかと尋ねると、ほらっと腕を見せてくれた。かぶれていた。

いま、漆器づくりの工房もできて教室もある。木から切り出して作る漆器の見事なこと。漆器は使えば使うほど味がでる。作り手と使い手の協同作業だ。

見た目、ええっと驚くような鄙びたボロ旅館に泊まる。部屋には風呂やトイレすらない。ずっと昔に流行っていたかと思うような民宿に毛のはえたようなところ。情けない。わびしい。

ところが、これが大間違い。料理がすごいのだ。巨大なヒラメの刺身、カニ、アワビ、ホタテ、それから鮟鱇鍋。ところ狭しと見事な海鮮ものが並べられる。いや、これだけあると食べきれない。3日間くらいに分けて食べたいと思った。

そうして旅は、なんといっても道連れだ。先輩社長さんたちや友達の輪。これがみんな気の置けない人たちばかり。ずーっとくだらないバカ話しで盛り上った。
笑い過ぎて腹が痛い。
人生で何が楽しいかというと、いい仲間と屈託のない旅をすることが一番だ。何は無くとも愉快な仲間がいれば、これは本当に幸せだ。ありがとうございました。52e3d0e3.jpg


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2010年01月25日

翻訳と喜んでもらうということ セカンドリーグモデル事業

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地域を豊かにしたい。豊かになりたい。しかし豊かとはなにか。
豊かではないという問題は、いくらでもある。この地域の課題を自ら解決しようと、実は様々なグループや組織がある。そのなかでこの問題解決を自発的・自立的で持続可能な事業としてやろうとすることを、コミュニティービジネスと呼んでいる。コミュニティーのために問題解決する方法を、ビジネス手法で行うわけだ。

なぜ、ビジネス手法か。ビジネスとは、顧客のために商品やサービスを提供して、その対価を受け取ること。目的と目標を明確にし、その実現のために、計画し実行、評価・点検、再修正と問題解決しながら取り組んでゆくことである。

さて、パルシステムはこうした地域団体との連携のために、食と農、子育てなどのテーマで取り組む事業団体を公募している。2009年度は2団体に決まり連携して取り組んでいる。

この中間報告会があった。NPOチルドリンとNPO暖暖(ぬくぬく)である。代表の蒲生さんと太田さんが報告した。

チルドリンは、若いママたちが自由で凜としながら子育てを楽しむことを応援する。

掲げているのは、
ママ同士のコミュニケーション
ママ達とのコミュニケーション
消費者啓発
これをリアルとイベントとWEBで実現する。
イベントと小さなコミュニティーは、事業拡大と利用促進で役立つ。
納得のいく選択へ。

暖暖は、障がいあるなしに関わらず集まり補習する場の提供をしている。
生協で理事などの役割を果たした仲間が一種の燃え尽き症候群になった。では、なにかやろうと話しあい、スタートした。八街は古い村だ。そこで空き家を借りて活動を始めた。子どもたちの補習塾。いまは2ヶ所。障がいある無しに関わらず集まり学習している。

いま、地域で何ができるか。自分は何をしたいか。仲間はいるか。そして、他人や地域に喜んでもらえる活動をしてゆく。
失敗を恐れず、まずやってみながら組み立ててゆく。
やはり女性たちが元気がいい。


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2010年01月22日

ちんたら人生と飲み過ぎた朝

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ハーフマラソンを完走したというと、なんかいかにもスポーツでひたむきに練習しているかに見られる。誤解だ。そんなことは似合わない。

毎日、出勤で駅まで軽いジョギングをしている。走っているなんて言えないレベル。まるで多々良を踏むように軽く足を刻む。早足で歩く人には追い抜かれる。息が苦しくなるようではダメ。足が痛むようでもいかん。かーるく軽くだ。気持ちいい。少しだけ負荷をかける。ホンの気持ちだけ。苦しくなるちょっと手前。この気持ちが大事。

あと、寺下さんから教えてもらった階段使い。エレベーターやエスカレーターは使わない。全て階段。これもゆっくりと登り降りる。苦しくならない程度にだ。ゆっくりといけば誰でも何階でも上がれる。

こういうことを半年くらい続けていると習慣になる。何でもなくなる。最初はこのレベルでも100mが出来なかった。やはり走ってしまい、息が切れる。心臓がバクバクした。つい、走ってしまうのだ。これがいかん。ちんたら走りだ。

カラダは自分のものだと思うと間違いだ。カラダは誰か余所の人間だと考えたほうがいい。カラダは正直だ。苦しいことは嫌いだ。美味しいこと、楽しいことが大好きだ。だから、少しでも苦しいことを嫌がる。やりたがらない。だから、カラダを上手く騙さないといけない。楽しいぞと。

するとまた走りたくなる。しかも、次第に欲がでて長く遠く走りたいと感じるようになる。これが頭ではダメだ。カラダ自身がそう感じるように持ってゆく。すると小一時間でも平気なだけでなく楽しくなる。気持ちいい。

こういうちんたら走りをしていたら、最近NHKの「試してガッテン」でスロージョギングの効果が証明されたと放映された。

運動科学でやりすぎは逆効果だという。脈拍や血圧で一番効果のあがる負荷レベルがあるという。
しかし、それは図るまでもない。
苦しいと楽だの間がそれだ。カラダにはそれが一番いい。負荷レベルをやりすぎないこと。楽しみながら続けられること。毎日の日課にすること。飲み過ぎたら汗をかく。汗をだす。

そうしてやがて、ハーフをフルマラソンを走れるようになる。カラダが軽く、ハイな気分で走り抜けられるようになる。早朝の道端の水仙。美しい。5e784c5b.jpg


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2010年01月21日

賀川豊彦とあったかいお金のまわし方 3月6日(土)明治学院大でシンポジウム予定

f0731a36.jpg20世紀前半の恐慌の時代、賀川豊彦は「友愛の経済学」で、資本主義の限界を説いた。
モノは有り余っているのに、回らない。富は少数者に、ますます集中し、貧困と飢餓は増大すると。その根本的要因は、経済のあり方、金融のあり方にあると言った。

人々が互いに協同し出資し融資し使いあうことが必要だ。協同の力で経済を回すことこそが恐慌を乗り越える。これを、客観的物理的な、あたかも個々人の意思とは関係なく動く自由経済と対比して、人間経済、人格経済、あるいは主観経済と呼んだ。つまり、貧しい人々自身による意志を持った金融であり、モノの生産であり、流通であり、消費である。そこには巨大な富を持った資産家や全てを統制している権力者はいらない。

さて、この賀川豊彦の考え方と運動をどう現代に蘇えらせるか。いま献身100年記念で全国各地の各種協同組合がシンポジウムを開いている。しかし、どうもスラムに入り貧民救済に働いた聖者のような神格化が強いように見える。これが残念だ。賀川はある種の誇大妄想であり、様々な現象への子どものような興味と常識を覆すパワーを持っていた。

今回のシンポの基調講演は加山久夫賀川豊彦松沢記念館長。
いま加山先生が、賀川の人間的エピソード、そして金融論と経済学を一番詳しい。分かりやすく解説していただける。

パネリストには、加山先生の他、中ノ郷信組近藤理事長、吉澤保幸場所文化フォーラム代表。山根真知子セカンドリーグ実践起業塾講師、セカンドリーグ支援室などである。

中ノ郷信組は関東大震災復興から賀川が立ち上げたもの。以来80年以上庶民自身の信用事業を展開し、土地バブルや金融デリバティブに無縁で超優良財務を誇る。秘訣は小口金融である。積小為大。

吉澤さんは元日銀幹部、あったかいお金の命名者。グローバル金融の破綻を内部から身体性を持って分かり過ぎるほど分かっている。いま地方と都市をつなげるレストラン「とかちの」を経営。都市と地方をつなくゲートウェイとして次々にネットワークを仕掛ける。逆ビジョンを提唱。山川草木国土悉皆成仏、生命と人間社会の有りように警鐘を鳴らす。

山根さんは、地域コミュニティーのためのNPOなどの活動をサポートしている。最も重要なことは、資産を地産地消で互いに回すことだと力説する。お金の使い方こそ大切だと。単に大銀行や郵貯に預けたその金が戦争やデリバティブで貧しい人々の抑圧に使われている。自分たち自身で顔の見える関係で使おう。お金の地産地消、参加型、多様性、協同で。

個性的なパネリストをコーディネートするのは前田和雄。地域活動情報誌「のんびる」編集長である。
最近でもヒット作「なぜ男は化粧するか」を出している。ジャンルを問わない多彩な書き手である。

さて、金融恐慌とは何か。金融の破綻、もはや国の財政出動で支える異常事態。これは社会の各セクター同士が対立し互いに崩壊過程に行き詰まってゆくこと。金融がいい回転をうまない。分断と自分だけの生き残り策が、かえって全体を崩壊させるという。デフレスパイラルもその一現象だ。そこからの脱却。これは自立、連帯、協同という内橋克人氏のいう通りである。賀川豊彦こそすでに100年前にこれを語っていた。


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2010年01月20日

内田樹「日本辺境論!と歴史 身体性

9b12d64f.jpg日本人論がなぜこんなに日本では盛んかと問い、いつも「きょろきょろしている」と丸山真男を引用する。
他の国との比較で判断するクセが染みついている。いつも外から先進的な考え方ややり方を導入して日本的に変える。この変えるやり方は変わらない。

ここまでは、誰でも指摘する日本人論じゃないかと言われそうだ。だが、内田氏のユニークなところは、この「民族的奇習」を治すのは、掃除のようにやらなければならないと指摘することだ。要は気づいた足元のゴミを拾うこと。徹底的にやってはいけない。

日本は、その名の通り「日の本」でどこから見たら日がでるか、と述べる。つまりは中国から見た名前だという。この中国との関係のつくりかたを、「知らないふり」で表している。無知ゆえの華夷秩序を知らずというふりをして好きにふるまったと。

この本は中味が濃すぎて要約が難しい。以下刺激的キーワードを目次から引用する。

ロジックはいつも「被害者意識」
便所掃除がなぜ修業か
学びの極意
「機」と「辺境人の時間」
敵を作らない「私」とは
肌理細かく身体を使う

わからないけれど、わかる
「世界の中心にいない」という前提
日本語の特殊性はどこにあるか
日本語がマンガ脳を育んだ

さて、また政治が激動している。いつも政治は政治として激動せず事件として激動する。マスコミとともに。
この社会が変わるためには、実は一人ひとりが徐々に変化すること。これが真の変化だと思う。いっぺんに上から変わることではない。積小為大。


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2010年01月18日

(株)ささかみとNPO食農ネットささかみ

7824a6e9.jpg新潟県阿賀野市のJAささかみ。1978にパルシステムの創業者たちが、ここを訪問した。当時、お米の産直先を探してたどり着いた。紹介は衆議院議員の松澤敏昭代議士だ。社会党の闘志である。ささかみは木崎争議で活躍した日本農民組合の強い地域だった。もちろん日本農民組合の指導は賀川豊彦が行っている。この組合の農民学校開設の時は賀川は病床からメッセージを送っている。

奇しくも、社会党を介して生産と消費の協同組合が連帯を始めた。
以来30年を超えて産直が発展してきた。2000年にはあらためて協定を結び、笹神村も加わり協議会を設立した。
そしてそのもとに、協同出資で(株)ささかみが事業会社としてスタートした。

お米から農産物だけでなく、餅や味噌などに拡大し豆腐工場も協同で建設した。この(株)ささかみは豆腐工場の経営ともうひとつペンションぽっぽ五頭を経営している。産直加工品の製造と交流拠点だ。

それから、農体験などの交流についてはNPO食農ネットささかみが組織されている。職員2人が事務局を担い活発な交流企画を組み立てている。

こうさた産直の立て役者は石塚美津夫氏だ。JAを途中退職して有機農業に入れ込んでいる。いまはNPO食農ネットささかみの理事長である。

彼は堆肥づくりにこだわる。地元の雑木林から採取した菌を使って良質なボカシ堆肥を大量につくる。これは、発酵して温かくなる。ここにボカシ風呂と称して入った。ジンワリと汗がでる。黒糖蜜の香りもいい。カラダの疲れがほぐれた。


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2010年01月16日

公開で産地を確認するということ

72168a82.jpgパルシステムの公開確認会の2009年度報告会が開催された。
200名規模。4産地からの報告が産地側と消費者から双方で行われた。

農産物の産直産地の組織や商品の信頼を担保する方法は、いくつかある。通常は、有機認証のように法律に基づく認証機関による第三者認証が一般的だ。
他にはヨーロッパから始まったISOのように民間認証機関による認証システムに基づくやり方。自組織の基準を作成し、それをそうした認証機関に認証を求めるやり方がある。法的裏付けいかんに関わらずシステムの妥当性を保証するもの。グッド・アグリカルチャラル・プラクティスでGAPと呼ぶ。農産物品質保証システムと訳されている。いまやこのGAPが大流行だ。日本生協連もこれだ。

しかし、パルシステムは生産者自ら産地組織や栽培方法を公開し、それを消費者自ら監査し確認するというやり方をしている。二者認証、というより確かめあう、理解しあうことを行う。これを基本としている。

と言っても産地組織がてんでバラバラなやり方をするわけではない。有機認証の仕組みを取り入れて産地組織の体系、生産者、圃場、栽培と見ていく。組織の機関代表や事務局、圃場現場や集荷場、栽培計画や実績、農薬、化学肥料管理、入出荷伝票など細部にわたる。

しかし、やはり圧巻は産地側のプレゼンテーションだ。何にこだわり、どういう思いで生産しているか熱い思いが伝わってくる。
この公開確認会への参加者は、パルシステム組合員の監査人の他、職員や農業試験所、大学教授、そして多産地からも参加する。
総勢は80名〜150名にもなる。産地側の準備は大変である。それでも、やりきった後は産地が得るものは大きい。

GAPが主に商品を問題にしていることに対して、公開確認会は生産と消費の連帯を目指している。共に学びあうことだ。

農と食が共に連携して新たな社会を目指す。この重要な取り組みのひとつがこの公開確認会である。しかし、これを、大勢のパルシステム組合員にどう伝えていけるか。課題もまた大きい。


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2010年01月15日

生物に学ぶ 「池田清彦の『生物学』ハテナ講座」

cdc43502.jpg生物多様性について、種の多様性が問題だと思っていた。それはいいのだが多様性には三つあるという。ひとつはこの種の多様性。そして種のなかの多様性。例えばヒトでも様々な形態があるように。人種と言ってもこれは種ではないが。
もうひとつは、生態系の多様性だという。だから、一つの種による一種類の生態系は多様性を失っている。これは環境変化に弱い。

面白いのは、生物分類でどちらも当てはまらないか、どちらにもかかるようなものが意外に多いこと。まあ、無理やり分類しているのだからムリがでてくるのは仕方ないが。

それと、生き残るのは必ずしも環境適応したものとは言い切れないこと。長い歴史と素早い変化をとげる大腸菌が、効率的で環境適応したものが残ったかというと、そうでもないらしい。今になっても実験室で最適化とみられる変異をするという。何億年も生き残っているのにだ。

生物の存在方法はなかなか一筋縄ではいかない。ある種いい加減なところがある。キチッとしていない。

そういえば、HIVエイズだ。免疫不全というヒトにとって最も嫌なウイルスだ。こいつはDNAではなくRNAという遺伝子の転写物でできている。これは他の細胞に入りこみ増殖して破壊する。これに免疫が効かないのはRNAの複製がいい加減で絶えず少しずつ間違えるため、前のを認識した免疫が今度は見失ってしまうからだという。これが厄介だ。

犯人が次々に別人に変わるので免疫がついていけない。

このいい加減さは、何だろう。もし、生き残り戦略とすると高等だ。だが、そうでなくたまたまだとするとスゴいことだ。しかし、エイズと言えども、生き残るためには宿主を絶滅させては続かない。もうすでに、かなり死なないヒトや発症しないヒトが増えているようだ。

生物界の多様性は、実に深い。まだまだ分からないことだらけ。問題は人間の認識が、さも合理的で科学的に生物界を理解し言葉ですべてわかったと思ってしまうこと。生物を理解するには、人間も五感を使い様々な関係性のうえに、ホンの少し自然のことがわかることができるのかも知れない。


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2010年01月11日

多様な心の動きと事業のあり方

a757dae7.jpg心のベースには食欲、性欲などの快楽欲求があり、さらに名誉欲や権力欲などがある。さらに、快適な暮らしや知識欲などへとつながってゆく。

意外に、他人との共感や共有の感情はこれも基本的な欲求だ。脳内のミラーニューロンが見つかっている。他人の痛みを共感するというもの。人の場合は他の生物に対しても働き、道具などにすら感情が入る。

地域活動をしている団体や企業が油断しているとマンネリ化し活動が衰退してゆく。すぐ仲間割れなどの問題にブチ当たり崩れてゆく。
これが何故かと考えている。あのNPOやこの企業などだ。

ひとつは、リーダーのリーダーシップが弱いから。と言っても何も言ったことにはならない。これは前提だから。仕方ない。そこから始めなければならない。リーダー以外にリーダーシップを取れと言ってもなかなか難しい。

では、チームが高い目標を共有しているか。それも口先でなくカラダ全体に染み込ませるような。
しかし、そういう目標を共有するためには、何が必要か。危機感や飢餓感か。確かにこれもある。自分たちの生存のために、もがくことから始まる。
だが、これだけでは自分たちや自組織のためだけに動き、他人や他組織を傷つけたりしないか。それを良しとし自組織だけの生き残りを目標にしていないか。こういう組織は、実は生き残りできないという気がする。地域や社会に害を成す気がする。自然は絶滅型の生き残り競争はしない。競争と共生はともにある。

いまはパラドックスが必要だと思う。自分はなんのために生きているか。他人のために生きている。他人の苦しみや問題の解決のために生かされている。自分が他人である。別に格好つけて言ってるワケでなく。

自分たちの組織はなんのためにあるか。他人たちのためにある。他人たちの苦しみや問題解決のためにある。
すると他人たちの問題が見えてくる。それを出来るところから取り組んでいく。

例えば、一人暮らしの高齢者のための活動。例えば、限界集落のための活動。例えば、子育てで悩むママたちのための活動。例えば、失業者のための活動。自分たちに出来ることは何か。
それも問題を根本的に解決する大きな行動は難しい。だが、少しずつでも出来ることがある。小さな誰にでも無理なくホンの少しでできること。これを、それぞれ専門の団体が提案し、それにネットワークして地域を豊かにしてゆく。これならできる。

その基盤に生協があったらいいなと思う。すべての人が少しずつみんなのためになれば、楽しい。そうできる。この仕掛けをすること。

大いなるパラドックス。本当のエゴイズムは他人のために役立っていけること。これがリーダーシップを強めてゆく。


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2010年01月08日

道具について

1bc84a72.jpg久しぶりに錦織さんとお会いした。デザインプロデューサー。彼には、和歌山県の海南市で生活雑貨のデザインコンペに審査員として駆り出されたことがある。もう6年以上前か。

この海南市は、高野山への参拝道熊野古道の瀬戸内海側の入口にある。そこで参拝者の道具を売っていたという場所。ワラジの緒のシュロなどが有名である。
そこから実は、日本で最も栄えた生活雑貨の町になった。根来塗は有名だが、箒からタワシなど様々にある。
最近、海外製品に押されて廃れ気味である。

ひと口にタワシと言っても三個100円である。あるいはもっと安いか。これはパーム椰子で作る。ところがシュロは違う。一個250円。比べると、椰子は固くて折れやすい。タワシ皮膚鍛錬はこれだとただ痛いだけ。ところがシュロだと折れにくく比較的柔軟だ。
台所もこれひとつあれば、石けんをほとんど使わない。汚れは落ちる。実は経済的だ。

話しが長くなった。海南市のコンペでは、著名なデザイナーと一緒だった。これには気後れした。場違いな感じが否めない。
しかし、いざ審査に臨んで見るとただデザインそのものを見るのではなく、実物が試作されている。これを審査する。ホッとした。

ここで著名な喜多先生とペアで回ったが、驚くほど喜多先生は実際的だった。不必要に飾らない。ワケのわからないデザインはバツだ。使い勝手から家でのスペース、食卓や台所のイメージと詳細に具体的に話され検討した。これなら誰でも参加できる。やはり、本物のプロのデザイナーは分かりやすい。難しいことを実にリアルに話された。

こうした少し聞くと誰でも、ああ、あの人かと一般の方にもわかる著名デザイナーを集めてプロデュースしていたのが錦織さんだ。

彼がいう。漆塗りがピンチだ。日本から漆塗りの技術が無くなろうとしている。中国製品に押され売れないことから、漆栽培自体が衰退している。しかし、漆技術はもともと中国からではと混ぜっ返すと、そうだったが日本の漆塗りは違うという。薄く塗り重ねていくという。

いま、岩手県北部で漆塗りの保存に取り組んでいる。漆採取からだという。

日本の漆器は、飾らない。使い手によって仕上がっていく。製造直後より使い続けたもので見える仕掛けもある。だから、漆器には骨董という相場がない。ぜひ、ご飯は漆器で食べてくれという。アツアツが冷めにくい。本当に美味しいという。
それまで、生活雑貨にさほど興味が無かった。しかし、ここまで知ると本当に奥が深いと知った。それから、毎日の生活道具に、これほどこだわるかと面白くなった。

そう言えば、イチローがバットとグローブとシューズの手入れを試合後、一時間以上もかけるという。
別にイチローを持ち出すまでもなく、道具を大切にすることが面白い暮らしや仕事の底力を生むなとつくづく思った。なかなか、難しい。デザインの深さ。


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2010年01月06日

情報のギャップをどう超えるか

2c0cb2b3.jpg例えば、野菜の生産と消費を考える。
野菜の生産は深い。ホーレン草ひとつ取っても最近の日本のものは美味しさが足りない。なぜなら、アクを嫌うために生でも食べられるとしてアクの少ない品種に変わってきているからだ。
それとどうも土にチカラがない。化学肥料の使いすぎか味が弱い。これはアジアなど外国で食べてみるとすぐ分かる。味が濃く深い。日本原種や堆肥による土作りが問題となる。しかも土作りと一口にいっても土壌の性質とホーレン草の性質とその地域の寒暖など風土が関わってくる。これにやはり作る人のクセと流通が問題だ。
これが、すべての野菜に問題となる。膨大で大変な生産と流通の物語。

だが、結局最終的に食べる人が、これをまるで知らない。知らない人がどう選択しどう使ってゆくか。ここにすべての悲劇が存在するというと大袈裟かもしれない。しかしここがポイントだと思う。

では、どうしたらいいのか。
これは難しい。
ただし、いくら情報をただ言葉で伝えてもダメだとは思う。これは有機栽培ですよ、これは日本原種在来種ですよと言ったって滑る。消費者のこころに響かない。もちろん分かっている少数派は別にして。

だから低価格という直接欲求に訴える。これは選択に直接働きかける。だが、これでは安いものしか生産できなくなり、こだわりは滅びる。
だが、直接欲求にはもうひとつ大切なものがある。美味しいものを食べたいというもの。これが一番だ。しかし、では美味しさとは何か。これは不味いものと食べ比べるとすぐ分かる。本物を食べる。
しかし、このとき素材そのもので生ですぐ分かるが、料理も大切だ。素人には料理方法を教えるといい。それも実に簡単で手間要らずから始めること。生協組合員にはそのお師匠さんが沢山いる。これを伝えてゆくこと。

情報のギャップは参加と行動で超える。理屈では超えられない。
しかも生産者と消費者が直接出会うのが一番いい。言葉を超える共感が得られる。

膨大な知識、歴史、空間をひとっ飛びに共感できるのは、緻密なデータや論理ではない。五感であり、物語だと思う。こういう面白い「場」を無数につくることが、社会を変えてゆく。
一人ひとりの食と農を大切にしてゆくこと。変革のイメージ。豊かさへのプロセスは、失われた物語の回復からだ。


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2010年01月04日

不安な時代における 豊さと楽しさ

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なにが不安か
いまの自分ではダメだと否定されること
なにかとてつもない失敗をしているかと指摘されるような気がすること
他人と比べられ劣っていると言われること
仕事の成果が認められないこと
失業し無一文になること
社会から不必要な人間だと言われること

さて、在日の華僑のかたと話しをしていたときのこと。
彼女は中国人と日本人の決定的な違いは何かと問い、こう答えた。日本人は、いつもどう見られているかを考えている。自分の価値を他人からの評価で図っている。
だが、中国人は、自分はどう見るかを大切にする。自分の頭で評価する。他人がどう見てるかはどうでもいい。批判されたら反論すればいい。
なるほど。

これは、しかしどちらがいいかというものではないと思う。
もう、どうしてもこうなってしまう性分をいっているのだ。これは分かっていても変えられない。
これを知りながら世界で生きる。

未来の作り方について
数の比較(多い方が良い)
量の比較(同)
時間の比較(速さ)
質の比較(優れる)
金による(過多)
という価値観は、産業社会のものだ。自然資本や人口増加、社会保障制度などが前提となっていた。いまは違う。自然はもう希少になった。社会保障は壊れ人口は減る。

すると産業社会の価値観を抜けること
変革期の生き方へ

競争から共生へ
勝ち負けから共感へ
相手を倒すから、共に生きるへ
優秀さから面白さへ
立派から愉快さへ

力を抜くこと
自然に学ぶこと
自分のなかの自然を知ること
ありのままに生きる
それを喜ぶ

小さな未来を大切にする
そこかしこで少しずつ、みんなが主人公になってやってみること
未来を無数にかたちつくること
小さく、しかし着実に問題解決してゆくこと

雪のなかの朱鷺神社
トキとの共生。小さな村の決意100101_1616~0001


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2010年01月03日

2010年正月を迎えて

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毎年、大晦日から佐渡に帰る。今年は暴風警報が続き船の欠航が相次いだ。それでも幸運にもたった一便の航海で渡った。

母と兄との三人の年越しだ。マダラを一本買い込み、鱈チリで飲んだ。年明けの元旦は定夫さんちへ呼ばれた。したたか飲んだらやはり参った。もう飲めない。夕方早くから眠った。

兄のスペインの話。3ヶ月の語学留学体験を聞くと、日本人はもちろん中国人など多彩な国からの留学生を受け入れているようだ。

ヨーロッパは、すでにアメリカ的GDP発展コースを見限り、地域ごとの自立的経済とコミュニティーを誇りにしているという。

スペインではファッションはいまや日本が一番人気がある。漫画はそのままMANGAで圧倒的な人気だという。実は、日本は評価が高い。
だが、それは若者文化だという。

ヨーロッパと日本はもっと交流させたい。日本からの若い人たちはほとんど女性だ。
むしろ、企業経営者や政治家や官僚だけでなく、普通の人びとがスペインやヨーロッパの地域、村に入って交流するといい。そこには環境保全や資源循環や助け合いや楽しみが溢れている。とりわけ市場を見ることだ。暮らしがわかる。

新たな世紀と時代は、経済成長戦略ではなく、地域コミュニティーや真の幸せ指数が問題となる。一人ひとりの生き方を含むコミュニティーが。どうやら未来のヒントは日本の古い村と若者文化とヨーロッパにありそうだ。6f207627.jpg


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