2010年02月

2010年02月26日

美味しい!の矛盾をどうとらえるか

5fd21f02.jpg美味しい食べ物は、なぜ美味しいか。
なぜ、不味いか。
これは考えてみると結構ややこしい。

まずは、食べ物の素材がある。とれたての冬のヒラメはうまい。春のアジはうまい。これは、生命をいただく。厳密にいうと、海岸線によったり、海流によったりでも味が違うし、当然、料理の腕や味つけでも違うが。それはまた、おいておく。
山の山菜。これもうまい。これも、土地土地で味が違う。やはり、冬寒く、雪が多い地方のやつがどうもうまいようだ。また、アク抜きなどで味が違ってくる。

こう考えると、野菜や穀物も同様に、地域や土地によって味が違う。一番大きな差は土だ。土と野菜の相性である。どう土をつくり施肥をするか。

そうして調理技術がある。いくら美味しい加工技術を持っていても素材が悪いと話しにならない。芋や大豆、米、小麦など素材をどう調達しているかが問題となる。意外に、この素材の調達に疎いと基本で難しい。美味しかったり、今度はたいしたことないと言われたりする。難しい。

だから、まずは素材の確保から始まる。それが農協系統や補助金がらみで複雑である。全農あたりに仕入れを丸投げしていると、いい素材を安定的に手に入れるのは難しい。

しかし、野菜や穀物は自然そのものだから、実に奥が深い。必ずしも、土壌が肥えているから美味しいとも言えない。家の石垣に勝手に生えるこういう草がうまいこともある。

さらに、食べる側の人の問題も大きい。水ですらちがう。昔、村では山の清水の場所による違いを知っていた。バンデラのとニヤケラの清水では味が違った。それが村人には分かっていた。ところが、都会の不味い水に驚いても、仕方なく慣れてしまう。すると水の味や香りが分からなくなる。また、水はカラダが求めているときが一番うまい。夜半、酒の飲みすぎで喉が乾いて飲む一杯の水のうまいこと。さらに、真夏、田んぼで草取りをしてカラカラに乾いて、ひと休みして畦でいただく水の美味しいこと。つまりは、食べる側にも問題はある。

食べ物は、ただ腹一杯食べるだけでいいときもある。これはありがたい。だが、次第に美味しい!や味や香りに感動することも大事だと思う。本当に、みずみずしい生命溢れる食こそ人生だと言おう。
食べ物についてより深く極めていきたい。


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2010年02月25日

中小企業事業協同組合 品質安全共同推進センター(JASMEQ) おおやかずこ氏講演

ef6f0739.jpg中小企業が事業連帯しともにこだわりの食品開発と品質管理を協同で進めている。

そこでおおやかずこさんの講演があった。

いまセブン&アイのアドバイザーをしている。そのキッカケはファミリーレストランの和風ハンバーグの評価を書いたこと。これを読んだ当時のイトーヨーカ堂副社長から電話があった。なにかチェーン店の仕事をしているかと。「ただの主婦」だと話したら仕事を頼まれた。以来、自分の身の回りから食品を評価する仕事をしている。私は、こうした業界の専門家ではなく知識も無かった。自分で調べて率直に思ったことを話すことにしている。

不況をどうとらえるか。
価格競争に危機感を覚えて緊急に本を出すことにした。安物を作ると、人も会社も安物になる。食を預かることは、生命を預かること、勇気を持って価値を守っていくことが大切だ。
マイナス発想ではなく人の持つ潜在能力を信じて引き出していきたい。負の連鎖を断ち切りたい。

日本の不況は、物不足の時と違う。過去の不況とは、全く異質だ。人間は過去の成功体験から離れられない。だから、経済成長期の物不足の時代なら価格を下げると、もっと欲しいと物が売れた。これは貧しさの時代の売り手発想である。

いまは豊さの極地での不況だ。物での豊さはもういらない。むしろ何も持たないことがカッコイい時代だ。文明の利器で成長するやりかたは終わった。これからは文化が引っ張る。文明は、会社や資本が中心であり規模が大きいとか急成長が羨まれた。
これが逆の価値観に変わった。文化は、ローカル、地域、くらし、人が重視される。一人ひとりが大切にされる。これへの対応が求められる。

身の回りの物を減らしたい。シンプルに生きたい。楽しみたい。快適で面白いことが豊さだ。便利ではないこと、手間ひまをかけること、この豊かさがこれからの発想だ。

例えば、梅干しを売るとき、梅干し体験を案内しみんなで漬けてネットワークをしていく。つまり物を売ることが目的でなく、梅干しを作り味わうことが目的となる。こうして結果的に梅も塩も売れる。

北風と太陽である。
買わそう買わそうとすればするほど売れない。価格を下げても売れない。見抜かれてしまう。その意図がバレてしまう。お客様に見透かされる。

ではどうするか。
食は美味しいが一番。美味しくないものは売れない。その美味しさも理屈や言い訳をしなければ伝わらないものではダメだ。誰でも感動する美味しい!でなければならない。

これからは、こういう美味しい!にこだわる中小企業の時代だ。稼業でなければいけない。サラリーマンではできない。真剣勝負だ。毎日、しのぎを削って商いをする。

おおやさん。
相変わらずのパワーだ。ズケズケとモノをおっしゃる。自分は明日にはたためる風呂敷ひとつで商売をしているという。日本最大の流通業トップにも直言する。本当に食文化を豊かにしたい。元気にしたい。
どうしたら価格競争から脱することができるか。真剣な議論が戦わされる。中小企業事業協同組合だ。


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2010年02月24日

複雑と単純

49a98915.jpg真夜中に起きて、考える。年を取り酒を飲んでいると、一気に朝まで寝てしまえることはまれになる。必ず途中で目が覚める。

すると、いろんなことが頭に去来する。つまらないことにこだわる。不快な出来ごとが考えても仕方ないのにぐるぐると頭を回る。腹が立ったり情けなくなったりする。そいつを、いったん脇において読みつけの本を開く。そうして、没頭しようとしていると、また眠くなってくる。

実は、夜半は大切な時だ。悩み続けた問題がふと解けることがある。そうなると、なんでもできる気になる。元気がでてくる。ぐははは。
ただ、メモしておいても、朝みると全然使えないことが多い。あんなに素晴らしいアイデアだったと感じたのに。文字も判別しにくい。

それでも夜半には素晴らしい時が訪れる。ふと目覚めると窓から輝輝と光が差し込んでいる。思わず飛び起きてみると、まんまるのお月様が中空に浮かんでいる。これを見たらなんとも言えない感動が湧き上がってきた。生きているこの一瞬。これが永遠のように感じられてくる。月光を全身に浴びながら、つい拝んでしまった。素晴らしい瞬間。

僕たちは、いつも複雑な心境と単純な喜びに揺り動かされている。それを繰り返しながら生きてゆく。


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2010年02月22日

第44回青梅マラソン

ca11985b.jpg10kmコースに参加した。快晴、実に気持ちいい。青海は奥多摩の入り口で川沿いに道がある。なだらかな坂道。

2万人が参加するが、10kmコースには6千人くらいか。スタート時間が違う。最初に走ってしまう。
道路が開放され続々とランナーが集まってくる。さすが44回ともなると年配者が多い。もう10回目だ、いつまで走れるかという60台の方がいた。スパンコールのユニフォームと帽子、陽気だ。まあ、様々なランナーがいる。僕はジョガーだ。初心者。

スタートすると、道いっぱいに広がりながらぞろぞろと移動する。ええっと思う肥えた女性も走っている。年配者のなかには鍛え抜かれた雰囲気の人もいて黙々と走る。

走るのがなにが楽しいかというと、からだが温まってくると爽快感がでてくることだ。ランナーズハイというらしい。しかもこれ以上ない快晴。山には春の装い、梅が満開。

みんなと走るとついペースが早くなる。これが要注意。普段通りのちんたら走りを通すこと。楽しみながらだ。ブレーキを効かせる。
高齢者のマラソンは、楽しみながら持続することが大切だ。距離や時間を追うとつらくなる。競争もほどほどだ。ムキになるのが一番悪い。カラダを壊す。つぶれる。無理せずカラダに聞きながら爽快感を引き出してゆく。ちんたらちんたら。ちんたら走りだ。

しかし、昔の修験者たちは1日30kmくらいは野山をかけた。何でもない。念仏を唱えながら駆け巡る。比叡山ではいまも千日回峰がこころみられている。超人だ。

超人と言えば、こちらがまだ3km過ぎたあたりで早くも折り返しランナーが見えた。あっという間にすれ違う。これはスゴい。こちらが全速力で走ってもついていけない。フルスピードだ。これで一気に走り抜ける。これは、まったく別モノだな。我々クラスのはお散歩だ。

意外に障害者の参加も多い。これは本人もスゴいが伴奏者の実力にも圧倒される。後ろからほぼ支えて走る人もあれば、2人ともかなりなスピードで走っているのもある。
市民マラソンの面白さはこうして老若男女、年齢もバラバラなのがみんなで走ることだ。楽しい。

しかし、やはりみんなにツられて自分のペースを超えてしまった。10km1時間4分でゴールした。自己最高記録。といったって記録は初めてだが。

帰り道の駅の階段はさすがにつらかったが、回復は意外に早くなった。やみつきになりそうだ。楽しい。


nobu23 at 06:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 体験日記 | 生命・自然・宇宙

2010年02月21日

大恐慌 乱世の時代と親鸞

2ecbf3b8.jpgビッグイシュー日本の佐野代表と話した。ビッグイシューは月刊雑誌の販売をホームレスに委託し売上金の六割以上を収入にし自立を助ける仕組みである。大都市の駅前路上販売などでみかけることがある。佐野代表はこの日本での仕掛け人。ホームレスのヒアリングをしている。そのなかで気付いたこと。

おじさん達と若い人達の間に、大きな断層がある。まるで同じ日本人じゃないかのようだと。
ホームとは家庭であり、故郷であり、仲間である。おじさん達には少なくともホームがかってあった。ところが若い人達にはもともと無かったのかもしれない。引きこもりは、もうひとつのホームレスかもしれない。彼らは社会に溶け込まない。溶け込めない。外れていく。それをすべて自己責任としている。自分のなかに籠もる。

さて、恐慌とはなにか。社会の産業が各セクターごとにバラバラになり、それぞれの連携がうまくいかず壊しあう経済をいう。例えば、巨大小売りの生き残りが流通や生産企業や第一次産業を破壊するなどだ。金融が発達して社会的産業や経済を破壊すること。その段階では、小売りの発達が流通を豊かにし生産を革新するといった好回転はない。それぞれが生き残りをかけることで互いに破壊しあう関係に堕する。デフレはその現象のひとつ。

さて、壊したのは産業における連携だけではない。地域のコミュニティーであり、つながりであり、人びとの心である。破壊された関係には、寒々とした勝ち負け競争と機械的な社会正義だけが残る。孤独で寂しい暗闇を背負った人びとが無数に誕生する。つらく苦しい。悲しい。

だが、歴史のなかにはこうした時代は珍しくない。連綿と続いている。一億総中流と呼ばれたあの時代こそ希有の時代だったのかも知れない。

そこで親鸞である。
平安時代末期から鎌倉時代にかけての乱世の時代。末法の時代。
京の街は、飢饉と餓死と犯罪で死体の異臭につつまれていた。
皇族や公家と武家の争い。もうひとつの比叡山の権力。
ここに、下層の民や被差別民と犯罪者などのいき場のない人びとの宗教が誕生する。そうした人びとが共感する新たな宗教だ。
「南無阿弥陀仏」を唱えるだけで救われるというもの。なんかインチキ臭いと思った。

ところが、これが面白い。五木寛之氏によって虚実混ぜ合わせた語りによって、現代に生き生きと蘇ってくる。無明の闇。矛盾した心。偽善。欲望などをまるで活劇を見るかのように物語る。親鸞を感じること。日本の生んだ優れた哲学者のひとりだと思う。


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2010年02月19日

産直ということ つなぐこと 底力

04e9aa73.jpg産直に違いが分からない。わかりにくい。どうしたら本物かどうか見分けられるかという。

ほんとうに違いがないか。無いならそれはそれでいい。世の中が良くなる。
しかし、違いは歴然とある。似てはいるがどうも根っこが大きく違う。

これはパルシステムの産地に行けばすぐわかる。産地から家庭まで追っかけをやるとわかる。畑が違う。田んぼが違う。栽培が違う。そして作っている人が違う。組織が違う。
これを、公開して監査し確認している。交流している。交流といっても中身が違う。生物多様性、日本型畜産、飼料米、海を守るフードの森づくり、珊瑚の森づくり、フードマイレージなど、あれやこれや。


では、他はどうなのか。問題は、主導的な生協にあるかも知れない。いっぽうで産直をうたい、他方で低価格を強調する。実は、真の狙いは事業を発展させることにあるという。事業が発展することは、大勢の人が支持することであり、つまりは経済民主主義が実現することだとする。あるリーダーは、生協は価値判断を押し付けるべきではないとまで言い放った。つまり売れればいいと。生協における新自由主義である。
では、なぜ産直をうたい、食育を語るかと聞くと、儲かるからだと率直に話した。ならば、それを組合員にこそ語るべきではないか。すると黙った。

理念と実践。運動と事業。これが、ただ事業の成功だけを求めると何がおこるか。現消費者優先である。安ければ、それが正義だ。価格を落として倒産する食品企業や廃業になる産直団体がでても、それは競争に負けたのであり、努力が足りないとさえ語る。

そうして、生協の商品基準の見直しである。製造日付を止め、遺伝子組み換え食品に賛成し、ホルモン剤投与さえ容認しようというもの。それなのに、生物多様性を語り生き物調査もするという。

とはいえ、こうした矛盾が内包されることは、ダメだとは言えない。いや面白いかもしれない。おおいに議論を交わしたい。

さて、パルシステムはどうするか。生産と加工と消費をつなぎたい。つなぐということは、一人ひとりが主人公となり、自分の言葉で産直を語ること。このためにすべての事業がある。運動がある。豊かな里地里山と町をつなぐ。知識だけの普及ではない。


これは、物語であり歌であり音楽であり映像であり、芸術なのだ。生き物たちの競演の連鎖。深い慈愛。
愛と協同。これが産直そのもの。同志たちよ。


nobu23 at 08:10|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 生協 | 事業・起業

2010年02月18日

阿賀野市観光戦略プランの推進

cc2afeed.jpg阿賀野市観光戦略プランの評価委員会があった。天野市長が主催し商工観光課が事務局となる。委員長は川上博治観光協会会長である。

観光戦略プランについて、推進・評価を行うもの。第1に評価・検証、第2にいろいろな方策やアイデアを提言することが求められている。

阿賀野市は、産直産地のささかみがある。ここで毎年二千人の農体験交流をパルシステムは行っている。これを企画し受け入れているのがNPO食農ネットささかみだ。最近は、冬の火祭りが催された。いま交流は農体験だけでなく、縄綯いなど地域文化や五頭登山など多岐に渡る内容へ進化している。

阿賀野市は、ラムサール条約に登録された瓢湖、そして白鳥。源泉掛け流しの五頭温泉郷、33もの観音堂など様々な見所と文化にあふれている。しかし、東京など関東では名前すらよく知られてない。

村と都市がつながること。このためには、農と村の側の発信力が問われる。阿賀野市の市民参加で幅広い発信と運動を企画していく。事務局も大変だ。
それにしても雪の五頭山は美しい。


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2010年02月17日

失われた日本 ちょっと前の日本

b488e67a.jpgずうっと考えていること。里山や海や美しい田畑。素晴らしい作物でいっぱいになっている風景。農薬や化学肥料などまったくない。生命あふれる田畑。美しい。
つまりは農が豊かに栄えることがほんとうの豊さだと思っている。

それが実は、いまも全国各地に少ないがあるとわかっている。しかし、いまさらに廃れ、激減しつつある。

またいっぽうに、暮らしを大切にし派手ではないが、良い農産物を大切に料理し、味噌や漬け物、干物、梅干しなどを手作りし子育てをする人びとがいる。美味しい料理、うまいお茶やお菓子にこだわり、食を大切にし深い味わいを楽しみ感謝する人がいる。

こういう素敵な生き方をする人びとは実はたくさんいる。それが、いつのまにか食べ物を価格破壊し添加物だらけにし均一な規格商品化してしまった。

これは、便利で安く有りがたかった。24時間空いていたし、明るく清潔で選択する目利きの技が無くても安心して買えた。

これで失われたものは大きい。失われつつあるものは深い。実に恐るべきことだ。

ではどうするか。
そこここにいるスゴい人たちがつながり、場を形成し互いに顔の見える関係を復活することだ。
これは、どうしたらできるか。
もちろんインターネットがある。しかし、現実とはちがう。やはり二次情報だ。五感、全身感応が使えない。

そこに話が舞い込んだ。銀座吉水の中川さんが仕掛ける。築地本願寺が市をたてる。その運営を任された。

ここで考えてみると、市とは集う場であり交流の場であり、情報交換の場だったのだ。
そう、もともと市場とは生産、加工、消費などから米、麦、大豆など穀類や野菜、漬け物、加工食品など多様で多彩な作物の交換の場であったのだ。

いつの間にか、市場が金だけに支配され、人びとの顔が消され、モノの深い成り立ちが消えた。

さて、築地本願寺では親鸞の命日である16日に毎月、こうした交流の場を復活させたいという。
親鸞は、乱世に生きた。世の中が乱れ人心が荒んだときに現れ支えた。

面白い。これもなにかのご縁だ。農業生産者とこだわりの食品企業と地域コミュニティービジネス支援のセカンドリーグ支援室が関わる。

新しく古い市の誕生を狙う。ちょっと前の日本。中川誼美さんのコンセプトである。スタートは4月16日からである。


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2010年02月16日

村の歴史とつながり 薮川にて

4f212888.jpg岩手県の薮川は、本州一寒いところだ。ここに共生食品の三澤孝道社長が19年前から蕎麦を作っている。食料自給を確保するため、自ら山あいの畑を確保した。そこは牧場跡地で村は寂れて放棄された家を払い下げてもらっている。

そこから三澤さんの孤軍奮闘が始まる。なにしろ寒い、なかなか作物が育たない。結局、蕎麦に行き着いた。この蕎麦を原料にして蕎麦10割の店「遠野」を開く。この技術へもこだわり抜く。

しかし、この薮川の蕎麦畑の成功は、農場長の上野さんの存在も大きい。もともと農協職員だった彼を見込み、口説き落とした。イーハートブ農場の誕生である。

こうして稼働した農場をとともに、未来塾を立ち上げる。地元の方やここの出身者で集まり三澤塾長のもとで語り合う。

聞いてみると、この薮川の外山地区は実は開拓村だった。ここに戦後入植した50軒がいまはわずかしか残っていないという。そのリーダーの佐藤圭さんにあった。岩洞湖漁業協同組合の組合長だ。入植はやはり厳しい環境との闘いだったようだ。しかしなによりも新しいことに挑戦しようとするときの村人たちの消極性と失敗への非難がこたえたと話す。それでも夢をあきらめない。この村を豊かにしたい。若い人が継いでくれる村に。

さて、それでは何をするか。酪農もやった。短角牛もした。いろいろやった。しかし、あまりうまくいってない。

岩洞湖漁業は冬のワカサギ釣りがメイン。そこそこだが次第に温暖化で凍る期間が短くなってきた。
そしていま構想しているのは加工施設だ。ここで山菜やキノコを出荷できないか。働ける場をつくりたい。

80歳にならんとする佐藤組合長の情熱。それを受け止める三澤さんの熱い思い。実現への上野さんの技。そして軽米町からは町と民と都市をつなぐ木下さん。商品開発はJASMEQ小野専務。山を愛し村に惚れた仲間たちが集う。
冬の薮川は厳しい寒さだけではない。


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2010年02月11日

都市と結ぶ、農山村と結ぶ 内山節先生

cd768077.jpg内山節先生の短い講演。NPOあったかキャッチボール総会にて。

内山先生は東京と群馬県上野村と半々の生活をしている。いまこれが一番贅沢な暮らしじゃないかな。

先生をみていると哲学ということを考えさせられる。普通、哲学と言えば、カントやヘーゲルなど神学から哲学へという世界認識、あるいは世界理解の仕方などをいうと思う。世界観だ。正しい世界観があり、どいつもこいつも間違った世界観で生きている。だから、哲学を学び真の世界を知らなければいけないと。

ところが彼は、哲学をそういう文脈では語らない。いや、ただ言葉で話すだけでは終わらない。日本の昔の暮らしかたに哲学するのだ。

たとえば、作法という言葉。農の作法。つまり単なるアタマのうえの表現でなく、カラダの使い方や人びとの関わりかた、自然とのなりわいのなかに哲学を見る。哲学する。
これをもって、このことから現代資本主義を照らしだす。批判ではない。批判にとどまらず、人びとの価値を掘り起こし輝かそうとする。

上野村には鉱泉宿があった。いくばくかの宿賃で逗留する。しかし、この宿が市場になりモノが交わされ情報が伝わる。とりわけ、種だ。作物の新品種。これが最も貴重な交換品だったという。

ここで主に情報流通を担ったのが修験者などだ。そして人びとの山岳信仰だったという。山岳信仰は講をつくり、この小さな講グループが無数に集まりまた講になる。最も大きなものは富士山講、善光寺講、伊勢講の三つ。講は自然信仰だけでなく実は娯楽でもあった。そして、村と農山村を結ぶものであった。
そこで、現代にこの講を蘇らせないかという。村と交わすもの、旅、医療、教育などなど。それも専門領域の高度なものだけでなく、ほんとに相談するレベルでもいい。農山村と都市側が相互発掘しつなげる能力を育んでいく。安心感を育てていく。


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2010年02月10日

NPOあったかキャッチボール総会と内山節先生

9e31a4ca.jpgNPOあったかキャッチボールは農と都市を結ぶ。グリーンツーリズムを企画・運営している。特にパルシステムの「産地へ行こう」ツアーの業務委託を担っている。
この総会が開かれた。「産地へ行こう」企画数16、695名の実績。このなかには「子どもだけの岩手奥中山サマースクール」もあり実に多彩な企画内容だ。すでに6年くらいの蓄積がある。大きな事故はなく参加者には好評である。

また、自主企画として各地の農業者や行政と様々な企画を組み立てている。9企画90名と小規模で軽米町エゴマツアーなど濃い内容で企画している。

理事長は小林勢以子さん、パルシステム東京の元理事。この総会にはパルシステム東京から現と元理事長も参加された。パルシステム連合会理事長も参加している。生協組合員と産地を結ぶツアーは苦労も多い。

企画が良いとリピーターが多くなるのはありがたいが初参加者とのギャップに悩む。単なる旅行者とは質が違う。子どもたちの引率や田んぼ畑のリスクもある。そして、委託費もほとんど実費しかない。儲からない。

総会の前に内山節先生が短い講演をした。NPOの理事は小林さんの他、内山先生と山形県の農業者の栗田さんの三名。栗田さんは様々な活動をしている。日本の楓でメープルシロップを作っている。
都市と農をつなぐのは言うは安し行うは難しだ。一年中、旅を運営するのは本当に好きでないとできない。これがあることが、何よりもNPOあったかキャッチボールの強さだ。すごいことだ。


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2010年02月09日

ささかみでホワイトアウト

fd36da28.jpg米粉の工場がささかみにある。この工場を活用できないか。地元農産物をどう多岐に渡って活用するか、これが大事と考える。

普通、当たり前だと思っている飼料のトウモロコシ。これはアメリカの余剰農産物の利用から生まれた。
ひと昔前は、畜産には日本在来の稲藁や野菜屑、残飯が使われていた。地域で資源を回していた。地産地消とか意識する前からだ。

さて、グローバルな時代にこそ逆に地域でこの稀少な資源を大切に使いまわす知恵が求められてくる。
ささかみには何があるか。なんと言ってもお米だ。米をつくり米を活かす。米を食べる。
というわけで、ご飯用、お餅、お酒ときて次は米粉でお菓子、パンだ。さらに飼料へと進む。冬季は裏作で菜種を植えたい。これは昔はやっていたという。

この多面的技術を習得し、そしてそれを支持し、ありがたく頂く都市の人びとがいる。これだな。

しかし、26年ぶりの大雪と暴風にみまわれた。新潟からの在来線特急は運休だ。普通に乗った。これがなかなか発車しない。ヨタヨタと風に怯えながら各駅停車でゆくと、三駅目でついに立ち往生。完全に止まった。先の二つの駅に先行車両が止まり、一番先頭は雪を抱きかかえて動かないらしい。ついに諦めた。

迎えの車がまた遅い。雪国新潟でもまれにみる大雪と暴風。この駅まで迎えがくるのに二時間かかった。あげくに来る道で田んぼに車が三台落ちていたという。

へー、そんな下手くそがいるのか、東京じゃあるまいしと呆れた。
ところが、車で走るとすぐわかった。これはすごい。怖い。

家並みがある間は、たいしたことはないのだが、一面田んぼの道がすごい。細かな雪が横なぐりに吹きすさぶ。ビュービューと叩きつけてくる。まるで先が見えない。真っ白。ライトを照らしても見えない。

道端のポールがチラッと見えたと思うとすぐ隠れる。しばらく停車して小康状態を待つ。このまま埋もれるかと焦る。ようやく脱してバックし回避した。

幹線道路も油断できない。途中田んぼの中にでるとやはり見えにくい。突然、対向車が現れてくる。

ホワイトアウトとは聞いたことがあった。しかし、これは空から吹雪くのではなかった。地吹雪のことだった。一緒に乗ったJAささかみ遠藤君が言った。昔はこういう状態で何人か遭難して亡くなったと。なるほどすごいなと思った。やはり自然は簡単じゃない。久しぶりに恐怖感にとらわれた。


nobu23 at 07:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生協 | 事業・起業

2010年02月08日

日本中に元気な女性たちがいる。パルシステムの生消協女性生産者交流会

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毎年、全国各地のパルシステム産直産地の女性たちと生協組合員が一同に集まり交流している。会を企画運営する中心は、持ち回りで各地域のいくつかの産地で実行委員会をつくり担っている。今回は、紀伊半島食と緑の交流協議会のメンバーだ。

会場では、この紀伊半島の産地の入場行進からスタートした。先頭は修行者の法螺貝だ。ぶぉ〜と響き渡る。

紀伊半島の海の幸は、「みえぎょれん」だ。海女さんの魔除けは星印。布に縫い付けている。鳥羽から20分の離島からの報告だ。700人の小さな島に嫁いできた。仕事は大変そうなのになぜだか楽しんでいる。

丸山千枚田を自慢する「全農みえ」の若い女性たち。棚田保全が交流活動の拠点だ。生き物調査もしている。

「御浜天地農場」からも若い女性が発表する。三年前にIターンで就農した。福祉施設とも協同し商店街とも地域活性化に取り組んでいる。マコモタケを覚えてほしい。

ミカン産地からは「さんまる柑橘同志会」。
1976年にパルシステム創業時代にリーダーが知り合い結成された。以来、小さな組合のまま継続している。発表は農家に嫁いだ女性から。

「紀ノ川農協」は昨年公開確認会を主催した。農民組合と農民産直センターをへて生産物と生産資材の販売専門農協として運営されている。直売所は遠くからも来店する人がいるほど人気がある。

この協議会の女性世話人代表王隠堂裕子さんが所属するのは、大紀コープファームだ。春は鶯、初夏はカッコーやホトトギス、秋はメジロとたくさんの鳴き声が聞ける。四季の花が見れる。でも150軒の集落で農業している方は70歳以上がほとんどだ。

最後は、「京都農民連」だ。構成する団体は「弥栄空詩土」「久美浜農民組合」「亀岡市農民組合」「京丹波町農民組合」「美山農民組合」
経済が停滞し、生協組合員の皆さんの生活も大変でしょうが、日本の農業と食料の現状を知っていただきたい。私たちが作った産直野菜を皆さんが喜んで食べ続けていただけるよう、農業をあきらめずこれからも頑張りたい。

200名を超える会場はガーデン式で明るく各テーブルに分かれて熱い歓談が交わされた。

日本を支える女性たちのパワー炸裂だ。ツライ話も笑いとばす。f975788c.jpg


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2010年02月04日

残雪 身体思考

9bc0fb19.jpg珍しくまだ雪がところどころに残る。この冬一番寒い朝という。
だが、例によって軽い走りをすると、この寒さがむしろ気持ちいい。

最近、内田樹氏の著作に凝っている。彼は、現代人には珍しく頭や知識だけで思考しない。自分のカラダを通して考えている。
神戸の女子大の先生だが、大学教授におさまらない。合気道を教えているという。

合気道は、闘う相手を敵という概念ではとらえない。相手のカラダや呼吸や力を感じながら、その力を借りながら共に組み立てる。つまり、変な話しだが協同作業だ。こういう技を身に付ける修練を積む人は違う。頭とカラダのバラバラ感を知っている。
内田先生の思想はこういう感じがする。

佐渡の野浦村の文弥人形がそうだ。一年中練習している。重い人形をひとりで操る。これが78歳の北野さんに20歳台50歳台の男がついていけない。人形が重くて動かせないのだ。

何が違うか。カラダが違う。筋肉や思考が違うのだ。技を修練するとこれができる。この後期高齢者に若者がついてゆけない。筋肉の強さではない。動きが違う。神経回路も違うと思う。

自分を知ること。この自分をわかることが実はわからない。自分という他人を理解しなければわからない。自分という肉体と意識。

だいたい、自分の頭がさもすべて自分を統率しているかに誤解している。その結果、浮ついた情報や知識に惑わされる。欲をかく。マスコミに踊らされる。誰か悪者がほかにいて邪悪な社会を作っている。そういう悪い連中を打倒すれば世の中は良くなると。

だが、技を磨いて修行を重ねている人はまるで違う。なんかこう独特の視界が開けている。普通、見えないものが感じられる。わかるのだ。問題は自分自身にある。社会の歪みは自分のなかにある。

カラダのなかに宇宙がある。深く広く繊細な細胞たちのネットワーク。こういう不思議な生き物のなかに自分がある。これを感じながら動いてゆく。ここをマスターしないと宇宙の扉はまだ開いてはくれない。


nobu23 at 07:44|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 読書 | 生命・自然・宇宙

2010年02月02日

関東の雪

423c596f.jpg昨夜から降り続けた雪が積もった。早朝、新百合ヶ丘のあたりは雪景色である。
だが、雪は水を含んで溶けやすい。滑りにくい。小田急線も平常通りだ。

だが、山梨の県境あたりはどうだろうか。スタッドレスでも大丈夫かと思う。

すでに歩道を一人で雪掻きしている人がいた。雪掻きは見た目よりキツい。意外に力仕事。数分で腰にくる。実家の母を特養に入れようかという話しの発端は雪での孤立だった。雪掻きが大変だからだ。しかし、関東は少しの雪で大騒ぎだが、せいぜい年明けから数回程度しか積もらない。
歩道をひとり雪掻きし通勤者を助ける。誰も感謝の言葉をかけない。だが、感謝されるためにしてはいない。自分でしたいからしていると思う。これが偉大だ。究極の個人主義者。ゴミを拾う。道を掃く。片付ける。

誰のためか。ただ自分がそうしないと気分が悪いから。

こういう人が意外に大勢いる。地域や組織やそこここに。別に得ににもならないことに見える。感謝されることも誉められることも必要ない。ただエゴイストでワガママなのだ。人には迷惑だけはかけない。

夜半に降り続いた雪。家家の屋根を覆い、道を埋める。雑音を吸収し街を雪景色に染め上げてゆく。

まだ寝静まった街に、あちこち雪掻きの人びとがいる。そして、祈りを。


nobu23 at 06:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 体験日記 | 生命・自然・宇宙

2010年02月01日

小田原ははや春の気配 NPO小田原食とみどり理事会と田んぼ会議

4f46decb.jpg小田原の田んぼをみんなで始めて、はや10年目になるか。早いものだ。

最初の桑原の田んぼも次の日本新薬前の田んぼも道路で壊された。共に小田原メダカがいた。とりわけ桑原の田んぼは、いまどき珍しい土溝の水路で水草が繁茂しウグイやハヤ、メダカ、それからたまに鮎まで泳いでいた。その水路を少しせき止めると高さが同じ水田に水が入る。そこにメダカが逃げこみ卵を産むのだ。メダカ田んぼと名付けた。

水量が豊富で湛水はラクだった。だが立ち退き問題で耕作できなくなった。続いて日本新薬前だ。多い時で三枚か。ここはメダカは少ないが金魚藻に悩まされた。取っても取ってもでてくる。コナギも凄かった。

すごく良かったのは、用水路の土手の桜並木。春は田んぼのレンゲと菜の花と桜が咲き乱れてそれは見事な眺めだった。正しい日本の水田風景。その桜並木で餅つきをした。

そこも道路拡張でダメになった。反対派が頑張ったが計画撤廃はできなかった。しかし、用水路は残しビオトープは移動した。なんとか水路も残った。

それから現在の下曽我に移る。ここではまず2枚から始める。少しずつ増えていまは9枚になった。中級以上の豊年倶楽部メンバーも十数名が中心にいる。田んぼ仲間は心強い。
NPO小田原食とみどりは、他にも湯河原でミカン農園にも関わる。
年間参加者はすべてあわせて4千人だ。

経費はまだまだパルシステム神奈川ゆめコープからと(農)小田原産直組合からの業務委託費に負っている。
しかし、最近少しずつ販売を強化しだした。なんとか収入を増やしたい。

専従職員を増員し、農と食を育む場となりたい。議論を重ねる。
小田原はそれにふさわしい美しい自然があふれている。


nobu23 at 07:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 事業・起業 |