2010年04月

2010年04月30日

一周忌 佐渡にて

f49cd6c4.jpg新君が逝ってはや一年が過ぎた。思い出すと胸にせまる。やさしく繊細な気配が蘇ってくる。
村の人たちが集まり法要を営んでくださった。

その村に、小学校からの仲間の秀一君が帰ってきた。一つ下の学年である。笑いながら農作業表を見せ、いちから覚えなければと言った。奥さんはまだ定年まで町にいるという。

少しの年金さえあれば問題なくやっていけると楽しそうだ。ただこうした法事など慶弔費がバカにならない。高齢化でほぼ毎月のように何かがある。

それでも、空気がうまく自然豊かな暮らしは贅沢な気分がするらしい。村には徐々になれていく。慣らしていく。

死と生。
村から町にでて行った人びとのUターンが少しづつだが始まりだした。これは、村と町が断絶して行きつ戻りすることではない。そうではない。
町と村に回路をつなげて還流することだ。
自由に往来し滞在できること。誰でもその気になれば住むことができる。こうすれば村は開放され町は閉塞感を解き放つことが可能だ。

生と死とは断絶していない。絶えず死と生を繰り返している。その接点にいること。生きるということ。

海はやはり美しい。
山はまだ茶色を基調にしつつも若葉が繁ってきはじめた。


nobu23 at 06:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 体験日記 | 生命・自然・宇宙

2010年04月28日

雨が降り続く

ca82d040.jpg春は三寒四温というが最近は極端だ。20度を超える陽気になるかと思うと5度以下となったりする。そして雨だ。冷える。

カラダが弱いと大変だろう。体調を崩しかねない。少し丈夫ならカラダを動かして邪気を払おう。呼吸とともに。ほんの少し汗ばむ程度に。

雨は夕べから降りしきり、朝までまだ降り続いている。この長雨は、それでなくても寒い春に、そのもとにある野菜たちの成長をさらに遅くらせることとなる。

雨の降りかた。
ザアザアと降っている。本降りである。あちこちの路上では小さな小川のように水が流れている。
いつか都会はコンクリートとアスファルトに固められて、水は行き場がない。このセメントの表面をすべり、すべては海に向かう。単純にみな集められて、そこに流されてゆく。

アスファルトが無かった昔は、土中に潜り、しみこんで地下水脈となった。
土自体も十分な水分を抱え蓄えていただろう。そうして水は土の奥深くを旅した。重層的に流れていた。まるで生物体の血管のように。

雨が降ると人は無口になる。うちむきになり膜をつくる。そこに入りこみ、なにもしない。
あるいは、外では足早に歩く。急いで通りすぎようとする。逃れるように歩く。でも、傘はカバーしきれない。ズボンの裾を濡らし、冷たくまつわりついてくる雨からは逃れれられない。だが、なるべく早くのがれたいと歩く。

しかし、雨のなか、雨にうたれなければならない。雨ガッパの下も濡れる、そうしてやらなけばならないことがある。自分の耳音がくぐもって、声が内側に響いてくる。
そう、雨に濡れることが必要だ。まったく雨に打たれなくなってくると、人は感性を失ってしまう。冷たく不快な雨に打たれること。そして濡れること。

やがて、雨とまじわるだす。雨が体内に浸透し、雨に包まれてゆく。自然はなんと偉大なことだろう。ゆったりとそれを呼吸する。内側があたたまってくる。


nobu23 at 08:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 体験日記 

2010年04月26日

小田原食と緑の交流推進協議会とNPO小田原食とみどり 初代事務局長 谷知さん

9bf121e7.jpg小田原で田んぼや畑で農の交流をしようとパルシステム神奈川ゆめコープとジョイファーム小田原が中心になって協議会がつくられている。すでに8年。いまや、年間交流人数は述べ4千人を超える。借地も畑二枚、田んぼ11枚で11,593屬任△襦

それぞれの団体の協議会に止まらずNPOを組織したことが大きな影響を与えていると思う。畑や田んぼは組織運営や机の上ではできない。やはり、土のうえで自然あいてのカラダを使った仕事になる。カラダを動かし土いじりが基本的に好きでないと続かない。だから、団体組織だけでの運営だとマンネリ化して廃れる。個人個人が参加した自主性を活かした運営が大切だ。これがNPOである。

この協議会とNPOの運営の事務局を率いたのが谷知美和子さんだ。齋藤文子理事長と小田原交流事業をリードしてここまできた。当時NPOがまだ弱かったこともありパルシステム神奈川ゆめコープの職員として働いてきた。いま、いったん退職する。NPOとは会計委託の契約をして応援していただけるという。

感謝の懇親会が小田原尊徳神社でひらかた。リハビリ中の長谷川功代表も参加した。みんながひとこと話した。谷知さんは、いついっても畑でもくもくと農作業に没頭していたという。

さて、二宮尊徳だ。いまや神と祭られたが、実は協同組合の源流だと思う。たしか、この二宮神社には北海道野付漁協が定期的に参拝している。コア・フードの森つくりをパルシステムと育て続けている。海は森が育てるというの信念からだ。漁協の精神に尊徳思想を掲げている。

小田原は春だった。桜は散ったが緑は萌える。
5c605983.jpg


nobu23 at 06:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)  | 生協

2010年04月23日

生命・岩石および土・水の技術

35f7a729.jpg有機農業の理論や技術の根本的な原理を考えている。
木村秋則さんの奇跡のリンゴはなぜ可能か。無農薬はともかく無施肥、肥料を与えずにどうしてリンゴが成るか。不思議だ。

もうひとつは冬季湛水田。冬も水をはり堆肥も入れず米をとる。
これも謎だ。1、2年ならともかく持続可能なのか。

いまBMW技術協会に関わり、その理論を学んでいる。故内水護先生が発見し,椎名盛男氏が確立した理論と技術である。名称がBMWのため、自動車会社が開発したのかとか、EM菌の偽物かと胡散臭く見られることもある。

最初、内水護先生は岩石を研究し、そして東京都の排水を研究された。その排水浄化の生態、システムの観察と研究からこの原理を発見する。汚水の有機物分解と生命の関連を見つけだした。
生分解自体は珍しくもない。問題はバクテリアたちと土の関係だ。そして必ず媒介する水の性質。この動的な変移だ。この研究から腐敗と発酵という二つの分解のコースにたどり着く。自然界には有機物の生分解に二つのコースがあるという。そして山や海は腐敗はしない。

生命(Bacteria)と岩石および土(Mineral)水(Water)は密接に関係している。すごいのは岩石は地球のマントルからつくられ、その鉄やミネラル成分比は海水と似ていることだ。そして承知のように人体の組成も海水と同様である。

つまり、生物は地球組成に密接に関わったいる。しかも、この岩石の微量ミネラルはバクテリアによって取り込まれて活用されている。これが生物活性に不可欠だ。植物もバクテリアと共生しないとミネラルは活用されない。

さらに、この関係を媒介するのに水が同様に不可欠だ。このバクテリア、岩石、水の関連を知りつくして活用すること。これがBMW技術の基本だと言われる。ここが分ると生命と物質循環が見えはじめてくるように思う。
だが、これはまだ入口にすぎない。これが様々に変異する。仮設と実験を繰り返す。これが有機農業そのものだ。

田舎の杉の大木。堆肥など一切なくここまで育った。自然は深い。大きい。


nobu23 at 09:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命・自然・宇宙 | 

2010年04月20日

佐渡の二つの村の伝統芸能 春の村祭

0cff7e03.jpg村人たちが守る伝統芸能である。
佐渡には海辺にしがみつくように小さな集落が取り巻いている。平均四、五十戸ほどのこの小さな村に伝統芸能が根付いている。

うねうねと曲がりくねった海岸線の入江部分に家が集まっている。戸数はすくない。
野浦村のひとつ飛んで隣の片野尾地区は、もと六十七戸があった。いまは五十四戸しかない。減っている。高齢化も進んでいる。しかし、この村で歌舞伎を定期公演しているのだ。これを見にいった。
数年前の大波被害から立ち直り新装なった公民館。この周辺では大きい。しかし、百人も入ればいっぱいになる。超満員となった。立ち見もいる。村人以外からも2割は参加しているようだ。

午前の演目は、三番叟と一谷軍記、須磨浦の場。である。
三番叟は、三人の女性の舞い。やや年齢がいっているが動きは軽やかで華麗でまぶしい。
一谷軍記は、源平合戦の一幕。平家の総大将平敦盛が討ち取られた場面。その妻の話も含めて敗者を悼む物語だ。村の人びとは滅びる人々への愛情がある。平家を悪くは演じない。源氏を単純に勝者として描かない。源氏の武将が最後に、討ち取った敦盛に南無阿弥陀ととなえる。深く同情を寄せながら哀悼を表す。なんまんだぶつ。

午後は野浦地区の春祭に行った。小学校の講堂をうめて家族連れで見る。演じられるのは文弥人形だけじゃない。舞踊あり、若い人たちのおしゃれなポップダンスあり、若い男性の剣舞あり、最後は芝居た。この芝居が玄人はだしてうまい。なかせる。あちこちからすすり泣きがきこえた。文弥人形は、ベテランの演目と若手の演目をわけて上演する。これはこれで味が分かる。若手もまたいい。一生懸命だ。初々しい。

この日はまれな晴天だった。演目を見ているときだけ、ざっと降ったらしいが外へ出ると快晴だ。天気にも恵まれた。
春の海は美しい。きらきらと輝いている。その佐渡を走ると村むらで祭りがあった。みんなで手作りで演じる。みんなで参加している。ここに原型の文化があり、芸能があると思った。テレビや映画では、これは味わうことのできないものだ。生身の息づかいがある。年寄りの経験と感動が若者の純真さと混ざり合う。

豊かな、本当に豊かな世界。いま再び若者が増えだした。
二つの村の能と人形芝居の中心メンバーは、トキ米生産者が担っていた。このつながりがまた面白い。
da22796a.jpg


nobu23 at 19:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命・自然・宇宙 | 

2010年04月19日

第2回農商工連携研究会と大塚さん

0c8acef3.jpgNPO法人農商工連携サポートセンター主催の研究会である。代表は大塚洋一郎さん。30名の出席。

農商工連携について考えてみる。
農業で一応生計をたてている人は2百万人をきったと言われている。平均年齢もすでに67歳をこえる。農業の大切さが語られるが、その割には状況は衰退に向かっているとしか言えない。

では、どうするか。
農を核とした新たなお金の回す仕組みをつくれないか。今までの産業構造を変えるようにと。これはこの間の国の変化でもある。
地方の農業地帯での活性化を目指す行政の取り組みが始まっている。
2007年農商工連携の推進法ができ、農水省と経済産業省がまがりなりにも連携して動きだした。

これは、農業と中小企業が連携して新しい商品やサービスを生み出そうとすることを助成するもの。お金と人で支援する仕組みである。

しかし、こういう補助金の仕組みは往々にして実は政府周辺の関係者か、よほどの利害関係者あたりしか使われないのが実態だ。そしてさらには、結局土建業などの企業に吸い上げられた。いまはそれにIT関係か商社などが群がる。
これでは農民も地方も活性化するにはほど遠い。農業にITだというが、使いこなすまえに借金まみれとなった。IT業者は素抜きで稼ぐ。農民にはたまらない。

今回、報告した三井将宇プロジェクトマネージャーは面白かった。中小企業基盤整備近畿活性化支援事務局。奈良先端大学の先生である。普通、補助金を出すがわは実務手続きの機械的な説明をされる。まさに役人的に。
ところが、先生は熱い。仕組みの説明も使うがわの視点で解説する。ギリギリの理解の幅を事例で話す。なるほどこれなら使い勝手がいいかもしれない。

こうした仕組みの成功事例、失敗事例の報告とともに参加者が互いに連携しようとする。参加した人たちも面白い人が多かった。むしろこのなかから何か生まれるかもしれない。

大塚さん。経済産業省で農商工連携をすすめ定年まえにやめて、民間の立場から繋いでゆく。永沢映さんの講座を学んでいた。面白い人がでてくることが一番だ。


nobu23 at 07:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 事業・起業 | 生協

2010年04月17日

築地本願寺安穏朝市 第1回開催

bc82830d.jpg築地本願寺である。親鸞。その命日から750周年。16日が命日である。

親鸞は、平安時代末期に現れた民衆の宗教だ。京都鴨川に死体が腐臭を放つ時代の地域に、虐げられた人びとの宗教が誕生した。権威になった比叡山に対抗する浄土宗である。それは法然に始まった。南無阿弥陀ととなえるだけで「悪人」すら浄土にいけるという。「悪人」にしかなれなかった底辺の人びとの清浄なる魂を救おうというものだ。

時の権力に狙われ法然や親鸞は遠流の刑に処された。数名の行動派のお坊さまは処刑された。民衆の宗教とはそれほど重いものなのだ。以降、織田信長しかり繰り返し弾圧する。
さて、その本願寺が社会的活動をしている。テーマは、三つ。平和、人権、環境である。この一貫として寺を開放し人びと自身による市場を呼びかけた。安穏朝市である。

社会が金融を頂点にバラバラになっている。生産と消費は寸断され互いに破滅へと向かう。消費は己れのためにもっともっと安くと動き、スーパーは自己破壊を繰り返す。生産も加工も流通も小売も分断され未来が見えない。

そこに民衆の市場だ。築地本願寺を開放する。ここに生産者と消費者が出逢わんとする。直接語らう。高いも安いも顔を見て話す。加工業者もNPOも皆集まる。集まりたい。

初日はまだ30団体だ。雨に打たれる。寒い。震えながらも、立つ。いろんなな人がきた。様々な人たちが覗いていった。まだまだ様々な団体に呼びかけたい。

つながるという場。時空をこえる。時と空間をつないでゆく。
運営委託は銀座吉水の中川誼美さん。「ちょっと前の日本」の提唱者。ドキドキンタリー映画上映活動や有機農業推進など多彩な活動をしている。いまの社会はスーパーとコンビニ、農協がダメにしたと公言する。だから一人ひとりが行動せよと。

さあ、未来はここからだ。過去はここにある。南無阿弥陀仏。なんまんだぶつ。合掌。ec017a8c.jpg


nobu23 at 06:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 事業・起業 | 

2010年04月14日

寺下さんと旅について なにを学ぶか

7687fe80.jpg寺下さんの平和への祈り。2500km日本韓国の旅を考えている。

真に偉大な人は、同時代に理解されないかもしれない。なんかトンでもないことをやらかしたことは分かるが、それがどういう意味を持っているかまでは解らない。

変な例えだが、僕たちが魚類だとして、いまだ水中に住んでいる僕たちには、陸上にあがらんとする両生類の苦しみや喜びは理解し難い。陸上という異次元の世界に移動すること。このためには、苛烈な肉体改造がともなう。そのきしむカラダと対話しながら異世界へとゆっくり上陸してゆく。

それは居心地のいいこの世界に流されている僕たちには、なぜそんなバカげたことをするかといぶかしがるようなことである。

しかし、旅はその異世界への通路である。
昔から多くの人びとが旅をして異世界と交信した。それは巡礼とよばれ祈りとなされた。肉体の移動と精神の移動である。

昔、日本全国に修験者がいた。その人たちはあるいは山伏とよばれた。
毎日、三十、四十キロの山道を小走りに歩く。それは祈りというにはあまりに過酷な修行である。山の神々への参拝そのものである。こうして異常なる体力と気力を蓄えた。念力など異能力をも身につけた。

彼は似ている。寺下さんは似ている。この正当な流れをくんでいると思う。

平和について。
異界を旅する人の平和への役割は大きい。修験者はいつも時の権力者の管理からは無縁であった。価値観がまるで異なる。
だから、犯罪者すら守った。文弥人形芝居の新阿丸伝説などを見ればわかる。それだけではない。さまざにわけあって国境をこえて逃げる人びとを助けた。

異界にすむ人びとはこの世界にある価値観をこえる。生物と無生物のあいだを理解する。
平和は敵と味方をこえる。二項対立を軽くこえる。正義を否定する。正義は相手を悪とする。悪を滅ぼさんとする。悪いヤツがいて、自分は正しいとする。あるいは、自分たちが被害者だとする。

しかし、平和はこういう思考ではほど遠い。無理だ。正義の戦争になる。悪と戦い悪を滅ぼさんとする。
だがちがう。敵こそ仲間だ。悪こそ大事だ。悪人もまた成仏すること。異界の世界。

日本と韓国、朝鮮。アジアと西洋。近代化と西洋。経済発展。こうした歴史のネジレを理解しじっくりと新たな共生を生み出していく。寺下さんの巡礼は終わらない。そうして僕たちもまた。


nobu23 at 08:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 体験日記 | 生命・自然・宇宙

2010年04月12日

寺下さんと世界平和の旅

bc138a78.jpg寺下 武 さんが帰ってきた。

昨年、定年まえに生協をやめた。
世界平和を祈り、朝鮮の独立活動家 安重根氏追悼の日本〜韓国2500km巡礼に旅だった。これを無事終えた。

なんと2545.7km、339万歩である。気が遠くなる。

韓国家庭料理チエゴヤで、20名ほどで親密に報告を聞いた。

スタートは昨年12月25日に宮城県栗原市の大林寺からだった。なぜ大林寺か。朝鮮の独立運動家 安重根は伊藤博文首相を暗殺し処刑されるまえの監獄看守の憲兵に贈っ遺墨の記念碑があるという。なんと日本軍憲兵との曰くがあるようだ。

最後は、3月26日に安重根義士没後100周年記念式典に参加した。韓国の人びとから大きな反響があったという。

心が挫けそうになったときがある。長野から新潟にでて日本海側を歩いたときだという。寒いうえに毎日雨ミゾレにおそわれた。だが、そのとき海をみてこの向こうに韓半島が待っていると勇気を持った。

たくさんの山を越えて、川を渡って、雨の日も雪の日も、ただひたすら前に進むことだけを考えて約束の地ソウルをめざした。

すごい人がいる。友達にいる。なにを学ぶか。なにかを変えようとするとき、まずは行動することからだ。そして自分のからだを使い変えていく。

平和への行動は祈りである。祈りは毎日繰り返す自分の行動のなかにある。
韓国と日本。この歴史関係に世界平和の根源がある。これを理解し平和の関係を築くことが日本を変えてゆける。隣国との深いネジレを深い人間的連帯に変えたとき、あらたな世界が産み出される。

寺下さんに学ぶこと。彼の生き方に連帯すること。激しい情熱のなんと静かな持続的燃焼。


nobu23 at 07:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命・自然・宇宙 | 生協

2010年04月10日

山桜

505cff56.jpg桜のなかで一番いいのは山桜である。すべての桜はもちろん美しい。そのまぶしいほど華やかな装いは人びとを陽気にさせる。萌える春、まっさかり。しかし、まだ里の桜がつぼみの時期に早くも山桜は咲いている。早い。

ささかみの石塚さんの夢の谷ファームである。早朝、この里山を散歩していると、山桜が咲いている。雑木林にひときわ目立つ。ソメイヨシノとは違い可憐で清楚だ。蝶のような薄い花びらと小さな葉。ひらひら。

田んぼを覗くと山赤カエルのオタマジャクシが見える。真っ黒い頭にちいさなしっぽ。土にへばりついていて、時々ちょろっと動く。ちょろっと。

畦には、枯れ草のところ所に、若草が生えている。ヤギの夫婦と4匹の子ヤギと2羽のメンドリが石塚さんについて歩く。首ひももつけず自由に歩いていく。手製の発酵飼料がお目当てだ。それを食べると畦の若草をむしりながら食む。

夢の里は、のどかな春を満喫している。生きて生きていきてゆく。豊かな春。b5e584f4.jpg


nobu23 at 22:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)  | 生命・自然・宇宙

2010年04月09日

現役と退役

308975d6.jpg(株)パル・ミートの山川さんが65歳でついに定年だ。送別会をした。60歳定年だが65歳まで再雇用制度がある。その満期だ。実は60歳定年では石上さんと中村さんのお二人がいる。本当に感無量。

年齢を重ねて実績を積むとかけがえのない経験が蓄えられる。この豊かな経験、紙の知識ではない人間力こそ宝だ。若い人たちにどう伝えるか。難しい。
しかし、つながりつなげていくことで何かがおきる。起こす。今度は雇われない生き方だ。セカンドステージ、セカンドリーグ。

ほかに、パルシステム神奈川ゆめコープの座談会があった。新生協設立10周年、元けんぽく生協から35周年の記念誌編纂のため。いろんなことがすでに昔話となった。歳月はいまさらながら早い。懐かしい

考えてみると、いまを生きることは、昔を生きることでもある。連面とした人びとの活動があってこそ今がある。だが、一瞬の後に時は過ぎ去り、歴史となってゆく。いまでさえロクに記録されない物語が未来に語りつげるか。これは難しい。

だが、実はいまがあることそのものが大勢の昔があってこそだ。ありがたいと思う。考えると面白い。

生協という組織は、いち経営者の個性では語れない。たくさんの役員や職員の様々な活動から構成されている。それぞれの切口からみる万華鏡の世界だ。

パルシステムは、さらに多様な面をもつ。この多様さこそ宝だ。
これからのパルシステムは、生協本体だけでなく、生産者や加工、流通、福祉、文化など多様な活動と事業で構成されることとなる。そうした無数の輪のハーモニーがパルシステムそのものとなるだろう。

山川さん、石上さん、中村さん、ありがとう。そうしてこれからが新たなステージだ。


nobu23 at 07:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生協 | 事業・起業

2010年04月07日

新たな時代と若い人たちとの対話

a19481b6.jpg昨日は、二ヶ所で四回役員と職員へ産直について対話した。パルシステム神奈川ゆめコープは、理事と幹部職員とで定期的に学習会をもっている。
講師は生物多様性と生き物調査の岩渕成紀先生、ささかみのわが石塚美津夫理事長など面白い方たち。そこに呼ばれる。

参加されたセンター長や営業所長たちは、20年前の前身であるけんぽく生協よりはるかに巨大で複雑な運営の責任者である。悩みも多いと思う。しかし、産直がパルシステムの基本だということはみな共有していると感じた。真剣だ。

午後はパルシステム東京板橋センターにいく。新しく美しいセンターだ。荒川の土手のそばにある。

最初に営業担当の職員、次に配送担当の第一部、最後に配送担当の第二部の職員と三回話した。配達から帰って疲れているのに6時半からみな参加してくれた。いまパルシステムでは全62センターで産直青果の学習会を行っている。

青果専用箱と言っても冷蔵とどこが違うか。じゃがいもや玉ねぎは日にち短縮の意味はないのではなどきちんと意見が出された。若い意欲ある数人の職員が残って話しを続けた。嬉しくなる。

いくら不況でも、食を大切にしたい。基本は自分のカラダだ。
日々自分のカラダの細胞は壊れてはつくり治されている。そのカラダの原料が食べ物だ。いいカラダをつくるいい原料を食べることでいいカラダをつくることが可能となる。

健康はうんこを見ることから。良いうんこを出すためにはお米を食べたい。とりわけ玄米がいい。腸内が健康だといいうんこがつくれる。

いい食べ物は、いい生産者がつくる。いい生産者は、いい土つくりと水を大切にする。バクテリアを活用する。それは地域を豊かにする。本当だ。

一人ひとりが大切にされ、大切にする。みんながチカラをあわせて生協を豊かにする。生協は生産者とともに消費を変えていく。確かな未来はそこにある。誇りと自信をもとう、感謝!


nobu23 at 07:44|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 生協 | 事業・起業

2010年04月06日

おめでとうトキワ養鶏五十周年 そしてフードアクションニッポン 2009年アワード大賞受賞

74c1b238.jpg青森県藤崎町の常盤養鶏協同組合。トキワ養鶏だ。

鶏卵の生産を中心にヒナ飼育、飼料仕入、パックセンター、鶏肉加工とグループで養鶏に取り組んでいる。現在約20万羽。特徴は、エサへのこだわりといかに健康に鷄を買うかである。エサはポストハーベストフリー(収穫後農薬不使用)で遺伝子組み換えを使わない。
なるべく自然に近い飼いかたでと窓が無く人工的な照明と空調のウィンドウレス鶏舎は使わない。開放鶏舎で外気を循環させている。

さらに、平飼いという土で小羽数で飼っているものを拡大している。これはすべて国産原料のものにチャレンジしている。国産飼料の確保ではやはり米が可能性が大きい。減反田など耕作可能な田んぼはすべて栽培する。

こうした取り組みが自給率向上を目指すフードアクションニッポンの最高の大賞と農林水産大臣賞のダブル受賞になった。これは凄い。日本の農業を元気にする、日本を元気にする取り組みと評価された。

トキワ養鶏グループは30年以上前から東京の消費者を意識し直販を手がけてきた。雪深い東北の農村地帯で出稼ぎに頼らない経済を農を軸に育ててきた。

それが、リンゴ園であり、更に養鶏となった。彼らが非凡なのは、養鶏をたんに採卵時期だけの事業とするのではない。雛育成から飼料作り、販売、加工と総合化して出来るだけ自前で行うことだ。これを事業ごとに会社化して経営する。協同組合だ。

いま、鶏卵事業は厳しい。卵価は上がらず飼料代はかさむ。経費はこれ以上下げられない。こうした素晴らしい取り組みでも、事業として利益を産み出さないと続けていけない。若手生産者らが知恵を絞る。

さて、僕たちはこういう畜産や農業こそ村を守り里を育てると知っている。先人たちの優れた運動を現代に蘇らせ、力強く発展させたい。そのためには、都市の人びとを味方にし、生命あふれる本物の卵をもっと利用していただくことだ。理解と共感を得ることだ。そういう橋渡しこそ生協の役割だとそう思った。100405_1031~01


nobu23 at 08:13|PermalinkComments(2)TrackBack(0)  | 生協

2010年04月03日

朝食

506482e0.jpgたまに遅い出勤がある。土曜日である。助かる。

早朝、カラダ慣らしに軽くジョキングする。寝ぼけた頭と身体をゆっくりと覚ましていく。ホントに歩くスピードより遅い。軽くかーるくだ。ちんたらちんたら。

それでも最近は小一時間も走ると調子があがってくる。気持が軽やかになってくる。すると少しリズムが早くなり速くなりはじめる。ここで欲をかかない。スピードを抑え足の具合と相談しながら走る。無理をするとすぐ足にガタがくる。ムリはしない。心地よい走りに徹すること。

春はぐずぐずと行きつ戻りつだ。生暖かいかと思えば肌寒い。山桜が迷いながらも小さな花を飾っている。たよりない美しさ。しかし、強い風にも負けない。散らさない。
二時間走る。

さて、朝飯だ。
小田原の玄米と黒米。まとめて炊いておいてラップにつつんで冷凍しておく。レンジですぐに炊きたてだ。
味噌汁はじゃがいもと玉ねぎで、ダシはパルシステムPB出汁パック。味噌は今治のJAの味噌、天然醸造。これがうまい。青物に茨城産直のレタスの外葉をちぎっていれる。

野菜炒め。つくば市谷田部のほーれん草ともやし炒め。塩少しとコショウ。よつ葉バターで味付け。赤卵も一緒に炒める。

納豆と藪川の行者ニンニク漬け。きくぞー。パワーをいただく。
それからあらびきソーセージ。我がパル・ミート製だ。これがうまい。山椒入りの練ったヤツをつけて食べる。うまい!

なにが幸せかと言って、丈夫なカラダと美味い飯を喰えることほどない。ありがたい。命あふれる。


nobu23 at 12:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 体験日記 | 

2010年04月01日

年度スタートとパラダイム転換

d5529c32.jpgおそらく事業的に厳しい年度となりそうだ。時代の変化に対応した当時の事業システムは、次第に細部が精密に仕上げられ巨大な建築物のように完成していく。しかし、その完成過程で、それは社会の変化への変化に即応する仕組みとはなりにくい、と思う。むしろ、社会への防御システムとなっているかもしれない。
そのことが、加入や利用を広げると共に、逆にめざすべき目標から遠ざかっていくというパラドックスをうんでいるのかも知れないと思う。

考えてみると、パルシステムの事業の中心である食への取り組みが難しくなっている。巨大化が本来の狙いの実現とズレはじめてきているからだ。このことはある意味、必然的におこる矛盾である。だから、これをどう解決していけるか重い課題を抱えている。しかしこれこそ、時代の要請だと思っている。大衆化、普及と、こだわりと本物への接近。食と農への理解の深化をもっと図ること。

日本の食システムは、食の危害を徹底して排除してきた。細菌コントロールや異物混入の排除だ。その結果、病的なはどの衛生管理がすすんだ。それは家庭のまな板にまで及んでバイ菌を滅菌するという。これを真に受けると他人の体はおろか自分自身のカラダも否定することになる。口内や腸内はもちろん皮膚さえ細菌の巣窟だ。菌だらけと言っていい。

生きているということは、こうした菌だらけの世界のひとつの仲間として、人もまた生かされているということだ。だから、清潔とは、腐敗などの病原菌を抑制し通常の菌たちとの共生システムにすることをいう。滅菌として菌を全滅、排除することではない。
ところが、大量生産、大量消費で商品の品質管理を徹底すると菌の排除に向かわざるを得ない。だが、食は実は本来、常在菌とは共存しているのが普通である。それは、特に保存を常識的に行えば、品質的に特に問題とならない。このことは、商品の生の姿を知ることであり、多様性を知ることである。これは、矛盾する。

ではどうするか
こうした食の豊かさを知りあい学びあう仕組みをつくることだと思う。
最初から、食や農を知りつくしている人はいない。みんな教えてられて学びながらホントのことを次第に分かっていく。こうした場にパルシステムがなれること。加入しやすいが、しかし段階的に無理なく、食の真実へ近づくことがプログラムされているような参加型の食育の場であり続けること。このポイントは、生産現場と結ぶことだ。
これが進化を促すことになると思う。


nobu23 at 10:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生協 | 事業・起業