2010年05月

2010年05月31日

小田原の代掻き

9cc7a691.jpg全国的にはもう田植えは終わっていると思うが、小田原はまだ代掻きである。遅い。
これは小田原は温かいので田植えから稲刈りまでの時期がずれて遅れてもいいのだという。たぶん積算温度がある一定を越えれば問題ない。
そう言えば石垣島では年三回とっていた。

小田原では5月下旬から6月中旬まで田植えをしている。
3月くらいに田起こしをしておいて、5月中かばに水がはいる。整地組合の管理で水は自由にならない。いっせいに水を入れていく。だからどうしても勝手な時期に代掻きはできない。みんなに合わせるしかない。

代掻きとは、その前に田んぼを耕しておいて水を入れ、もう一度浅く耕しながら平らにしていくことだ。土を細かく砕きながら柔らかい泥状にして平らにしておく。
これに稲の苗を植える。これが田植えだ。
石川さんの指導と高橋克己君と倫子さん夫婦のサポートでなんとか代掻きが終わった。

中沢君や片山君、井上さんと楽しみながら田んぼを整えていく。しかし、ぼくらの田んぼはトラクターでやってもでこぼこになる。水平にならず高いところと低いところができる。下手な証拠だ。そこにT字型の道具を引いて水平に整えるが水が濁り出来が良く分からない。

さすがに石川さんや高橋君はトラクターをうまく使う。なかなかこうはいかない。

面白いのは、鳥が一番田んぼを知っている。田んぼに化学肥料も農薬も使わないから、ぼくらの田んぼにサギが固まっている。代掻きをしているとサギだけでなく今度はツバメがやってくる。どんどん増えて数十羽が飛び交いながら水面で何かしている。
浮いた虫を食べているか、巣作りの泥をとっているのかも知れない。

田んぼの脇の水路にはカエルが泳いでいた。
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2010年05月26日

ヨガについて

aa5c268a.jpg瞑想ヨーガ入門
綿本彰 実業之日本社
この本を読んで考えている。
アジアを旅していると貧しいのに、みんな元気で目がキラキラと輝いている。そして、率直でやさしい。
帰ってきて東京の電車では、みんな不機嫌そうで目が沈んでいる。心が折れている。

いまさら、中国やインドのような経済発展への強くてシンプルな欲望をもとうといってもたぶん無理だ。

日本は坂の上に上がって見ると何も無かった。いや、物は溢れ便利になり忙しくなったがむなしい。ものすごい産業の発展は、実は自然を破壊し、人間を衰退させ社会を壊している。

では、未来はどこにあるか。

こうなるとまずは自然の回復である。それも外在的な自然のそれではなく、自分のなかの自然に目覚めること。これがヨーガだ。あるいは禅である。カラダとココロとの統一。

というわけでこの本になる。ヨーガの基本的な考え方を実に分かりやすく書いている。
普通、身体的な修行などはあるレベルを超えると、その説明が一般の人には理解しにくくなる。ミスター長島の野球解説のように簡単には理解し難い。このように体得したものをどう言語変換できるかは、これは別の能力が必要だ。

綿本氏はこれをしている。あっちの世界に行き過ぎないで説明している。

例えば、意識について。空腹を感じるのはカラダの細胞からの指令からだと言う。これは普段意識していないが不思議なことだ。便意をもよおすのも腸をはじめとした体内細胞の働きかけによる。

そして禅の「十牛図」で目指す境地を紙芝居で紹介している。
そしてプラーナだ。
それといいのが、ヨーガ実践の落とし穴を自らの体験をもとに紹介している。

これだな。


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2010年05月24日

佐渡にいる母

8dbc4994.jpg佐渡の実家に母がいる。91歳。カラダは弱っているがまだ意識はしっかりしている。耳が少し遠い。電話には出られる。

兄弟で交代で土日に帰る。母に会いにいく。誰も同居してないので、せめて毎週誰かが訪問しようということ。普段は佐渡市のヘルパーさんが週三回家事援助できてくれている。

いまは、姉の娘が毎週土日以外に訪ねてくれている。ありがたい。

母と二人でいて何をするでもない。ただ本を読んだりうたた寝をしたりと時間を過ごすだけ。ゴロゴロしている。実家の天井をみて寝っころがっていると時間が止まる。昔の子ども時代にもどる。

お腹が空くと簡単な料理をつくる。母は食べることにあまり執着しない。少食である。ただコーヒー牛乳だけは欠かせない。それもJA佐渡のもの。

日曜日の夕方まで居て実家を離れていく。母の寂しそうな顔。また来いといいながら、手を合わせている。
僕らが病気や事故に合わないようにと毎日早朝祈願していると言う。

船が佐渡を離れる。曇り空。海は暗くしずんでいる。

新潟港の佐渡汽船のレストランに定夫さんの同級生たちが飲んでいた。還暦の同級会だという。まだみなさん元気そうだ。これから佐渡に帰ると言う。


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2010年05月22日

BMW技術の研究 (株)パル・ミート山形事業所にて

c79ee2a9.jpgBMW技術の全国交流会が20周年を迎える。その記念の大会が今年は山形県で開催される。11月高畠町。米沢沢郷牧場を中心に実行委員会を形成して準備している。

この山形県村山市にはパルシステムの畜産会社(株)パル・ミートがある。ここでBMW技術について学習会を行った。講師は椎名盛男常任理事と伊藤幸蔵副理事長である。地元の畜産生産者なども参加した。リンゴ生産者からは使用方法と実験的な資材申し込みもあった。

(株)パル・ミート山形工場ではハムとソーセージを製造している。冷蔵肉源料からこだわった製品をつくっているが、このとき出る肉端材や血液の排水処理技術にBMW技術を使用している。排水の水質は、BODが20PPMと優良だ。だが、この排水と処理固形物は産廃にしている。もったいない。

有機物をバクテリアとミネラルで反応させた後の「製品」は、生物にとても有効なことがわかっている。だから、排水処理後の水と固形物は実は宝の山と言われた。

BMW技術は、自然界における有機物の循環を理解し活用する。つまり有機物分解は、腐敗と発酵の2コースだ。そして発酵コースにするために、水と石がバクテリアに働きかけるという。

真剣に聞く参加者。だが、頭の知識として分かることはまだ一歩に過ぎない。実は実際に使いながらそのチカラを再発見することとなる。
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2010年05月20日

築地本願寺安穏朝市

fab74915.jpg築地本願寺は銀座からほど近く築地場外市場に隣接している。
先月に引き続き第二回の安穏朝市が開催された。今度は前回の冷たい雨とはうって変わって五月晴れ。少し汗ばむような晴天だ。

天気には恵まれたが、この16日は日曜日で残念ながら築地市場はお休みだった。そのためか人通りが少ない。
本願寺はボーイスカウトを支援しているらしく、いくつかの地区の交流会で境内は大型バスと子どもたちで埋まった。
朝市テントは隅に広がる。

しかし、テント市は元気がある。例えば山菜だ。岩手県から軽米町と藪川が参加する。藪川は山桜もビンに飾った。まだつぼみだが北の山を演じた。ここの山菜は、やはり別格だ。味が濃い。
原本の椎茸も持ってきた。大小取り混ぜて山積みし、買い手に選んでもらう。これが好評だった。買いそびれたが実にうまかったと後で聞いた。

さて、いならぶ店でもやはりパンがおいしい。国産小麦にこだわる。そして天然酵母。だからむっちりした素朴ななかに深い味わいがある。三ヶ所でそれぞれ販売している。

面白いのは、雑穀と黒米だ。小田原子どもと文化協会がペットボトルに赤米、黒、白など数種類のお米を入れて並べてある。これは売り方がうまい。ここはパンも売る。これも七色で見た目もおしゃれ。つい買ってしまう。
「とうじば」さんの豆もいい。様々な大豆を軽く煎ってある。そのまま食べられる。うまい。

さて、運営委員会では、この安穏朝市の「らしさ」が話し合われた。ちょっと前の日本に、どこでもあった「売る人」と「買う人」のやりとり。買う人は勉強にもなるが、だまされることもある。だから、積極的に話かけたい。目指すは、たくさんの人がくることでも、多く売れることでも無い。人がつながり、あらたなネットワークをつくることだと一致した。

面白いのは、銀座の八百屋さん。この界隈の人たちはうるさいと言う。簡単には騙されない。安ければ安いでなんで安いのかと問う。
午後2時半には後片付け。藪川の山桜がほころび咲き始めていた。


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2010年05月17日

生産者消費者協議会関東ブロック会議 箱根湯本にて

ed7c32e8.jpg80名を超える参加。受け入れ産地は、ジョイファーム小田原と神奈川中央養鶏、首都圏とんトン協議会、久望農園だ。神奈川と静岡である。

さて、普通には生産者同士は競争相手であり、生協とはいくらで買ってくれるかという駆け引きの相手だと言う。神奈川中央養鶏の彦坂さん。だから通常、生産者を一同に介して仕入れ担当者と話し合いをしたら団体交渉となる。そうすると不利なため、生産者同士を分断して縦型の情報のみをだす。ところがパルシステムはむしろ一緒に一同に介してトコトン話そうとする。これが生産者消費者協議会の役割だと挨拶した。パルシステムくらいしかこんな場はないのではと言う。

その全体会では、パルシステムからの提起と並んで関東ブロックの受け入れ各産地からの問題提起が続いた。
そのなかには栽培基準の話も出された。新規参加に甘いと怒る。

その後、懇親会があり更に翌日分科会が持たれた。テーマは、産地強化点検、交流と産直開発、基準と価格などである。もちろん、司会は生産者が仕切る。
世の中、大変なデフレである。これは不況と物価下落が続き悪循環に陥ること。これは生産を圧迫する。物つくりが窮地に陥る。売れないと価格下げの圧力がかかる。ますます追い詰められる。

これをどうするか。
生産と消費をつなぐことが大切だと思う。これを分断し金銭だけで判断する関係だとすると破綻する。物の価格はすでにギリギリまできている。これ以上は、価値をさげるかインチキしかない。そうすると破綻だ。議論の余地はない。自明のことだ。

さあ、一歩を踏みだす。互いに直接結ぶために何ができるか。
「場」が必要だ。無数に話す場が必要。そのなかから新たな経済が誕生していく。分断から連帯へ。協同へ。

ジョイファーム長谷川代表も参加した。まだ車椅子だが、時間をみてはリハビリに動いている。


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2010年05月15日

賀川豊彦とお金のあったかい回し方

0f0b866c.jpg協同組合金融には、労働金庫法や生協法による労働金庫と中小企業事業協同組合法による信組組合がある。
いずれも賀川豊彦が創立に関与している。

いま、地域でたくさんの女性たちが起業しようとしている。地域に根ざした活動や商品の開発を身の丈にあった事業=コミュニティビジネスにしようとしている。しかし、このとき一番の問題は資金である。まず自分の個人口座が無い。さらに個人収入が無い。すると事業計画を立てても資金は、家族からの借入に頼らざるを得ない。金融機関に行っても門前払いが多い。

こうしたなか、無担保低利子で保証もつく融資ができないかと話している。普通はできない。だが、工夫てきないか。

ふと見ると会議室に賀川豊彦が微笑んでいた。知恵と助けあいでなんとかしたい。


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2010年05月13日

マイペース酪農と牛乳の未来

ba98d673.jpg石沢元勝さん。
酪農を語る。「せんこん」地域と話す。パルシステムでは「こんせん72」牛乳がプライベートブランドである。
「こんせん」とは根室と釧路の合成語、石沢さんは釧路太田農協なので釧路を先に発音している。せんこん地域である。慣れないと違和感がある。

さて、マイペース酪農だ。まず家族でやれる規模にこだわる。20戸で平均、成牛45頭(子牛含む65頭)。根室管内の農協平均は73頭(120)。年間出荷乳量はマイペースが272トン、農協平均は551トンと倍である。

それに対して草地面積は54ha。農協平均は73haであり、成牛一頭当たりの草地面積がマイペースは広い。自給粗飼料にこだわる。

搾乳もミルカーで手作業が多い。ほかではフリーストール畜舎でパーラー方式で、自動化して多頭、大量搾乳方式となっている。

面白いのは、農業所得である。農業収入がマイペースが2007年でみると2671万円、他農協が4771万円だが、所得は1101万円で他が919万円と逆転する。
これは、農業収入に対する所得率が41.2%と農協平均の19.3%の二倍となっているからだ。草地(ha)当たりの所得も20.3万円に対して11.5万円と倍近い。
つまり、マイペース酪農は牛の適正規模の草地(1ha/頭)を守り、昼夜放牧で手をかけず、搾乳には神経を使う。家族単位で無理なく経営するというやり方なのである。これが結局、自然条件に無理なく、かつ酪農経営でも成功することとなった。

しかし、これはこれまですすめてきた大規模化、多頭飼育、大量搾乳のやり方と正反対となる。機械化、自動化、輸入飼料依存で不健康に育てるのとは異なる。

さて、マイペース酪農は今までの主流の方法の破綻を照らしだす。すると、不足払い法など補助金と飼料会社と生産資材で稼いできたシステムには困ったことになる。ここをどうするか。

二項対立を越えて、ほんとにいい生産のやり方と、ほんとに美味しい牛乳を飲みたい消費者を結ぶことだ。これはジャマできない。マイペース酪農が未来を見ている。リーダーは三友さんである。
パルシステム新農業委員会主催の学習会。


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2010年05月10日

地域を豊かに 新たな起業への取り組み

dd0e56de.jpg行者ニンニクである。
岩手県盛岡市藪川で藪川の開拓者の皆様に呼ばれていった。現在は岩洞湖の漁協の幹部の皆さんである。

玉山村藪川地区が盛岡市に合併して、市がこの地区の活性化のために補助金をだすという。それをうけて食品加工施設の計画をつくろうとしている。それについてアドバイスができないかという。

藪川は他所者からみると非常に豊かだ。ただし、都会的な価値観ではただの過疎地となる。山里や川、湖が好きで、その視点でみるとたまらない魅力にあふれている。

まず最初に、たくさんの山菜があること。
地元の上野さんに教えてもらうとこんなものも食べられるかと驚くことが多い。例えば、アイコだ。アザミのように葉や茎にトゲがある。これが食べられる。
さらに行者ニンニク、シドケ、ミズ、フキ、ワラビ、ゼンマイ、ウド、タラノメ、コシアブラ、ヒメタケなどまだまだいくらでもある。
さらにはキノコが豊富だ。椎茸栽培も盛ん。
山菜やキノコは、温度の高低差があり、雪が深いほど美味しい。だから藪川はうまい。それも野性のものが美味い。なんというか味が深い。

これを単に自然にあるまま取るだけでは、大変だ。そこで、野性のまま増やす。条件を整えてやるだけで沢山とれる。
そうして、このもっとも美味しい食べかたをも知っている。アクの抜きかた、料理方法。漬物など。行者ニンニク漬は臭いが旨い。元気になる。

川と湖もいい。魚は豊富で水も美味しい。イワナやワカサギ。今回はナマズで話しはもりあがった。

さて、なにがとれるか。なにを育てるか。そして誰に食べてもらおうか。イメージは親戚つきあいだ。顔の見える関係でお付き合いする。だから固定客に届ける。生協そのもの。地域を協同で活性化したい。

バカ者、若者、他所者たちが集まる。さあ、行動だ。


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2010年05月07日

下流志向 内田樹著

8c50f1f7.jpg「下流志向」
学ばない子どもたち
働らかない若者たち
内田樹著

ここで現代の子どもたちの学校での態度が紹介される。教師の話していることなど誰も聞いていない。ワザワザ無視して雑談に興じる。

それがどうしたと思う。よほど教師の教え方が下手か学生の質が低いかだろうと。ところが内田先生はそうは思わない。子どもたちはいわば「努力」して忌避しているのだという。

なぜか。
氏は語る。子どもたちの成長過程で社会的な存在感を得るのは、お金を持って消費者として立ち現れたときだという。
このとき自分の未熟さやいたらなさは問われず、消費主体として全人的に扱われる。お金の全能性を身をもって知る。消費者主権の誕生である。

このときから子どもたちは、消費者として行動する。学校は親と子どもにとって教育という商品を提供する場となる。するとこの商品を値切り、いちゃもんをつけることが、買い手としての対等以上の関係となる。オレ様化する子どもたち。キミの授業はつまらんネ、というわけだ。親はクレーマとなる。子どもの問題はすべて学校のせいだ。なんとかしろ。

しかし、実は学校を卒業すると今度は企業から子どもたちは労働力製品として値踏みされる。できたら働きたくない。売りたくない。引きこもりの発生である。

これに対して、ホンの少し前の日本では、子どもたちが最初に社会性をもつのは働くことだったという。例えば家事手伝いなど。すると大人に対して自分の無力さを実感する。労働の意味をカラダに染み着かせる。

学びの本質
学びは、学ぶ人にとってなんの役に立つか最初は分からないという。それを現代は子どもたちが平気でこの授業はなんの役に立つのと聞き、納得できないと忌避する。
ところが最初に無知な人が、納得できる授業内容ならそれはむしろおかしいという。学びの逆説である。学ぶほうにはこの内容が何の意味があるか分からないのが当たり前だという。

例えば、言葉について。言葉はなんの役に立つかなどと問うまえに覚えはじめている。そして必要に迫られて学習を深める。
これは、親や兄弟、親類から自然に学ぶ。当たり前だ。

しかし、このことから学びの本質を知る。

学びは子どもたちとって権利であり、親にとっては義務だ。しかしいまは子どもたちへの苦役として義務化してみえる。働くことも本来喜びである。しかし、いまは労働の切り売りだ。苦役となった。
では、どうするか。
農と食にその答えはあると僕は思う。カラダと自然との対話のなかに学びはある。そして親のなかに自分の未来がある。メンター(先達)の誕生である。親から学ぶ。

内田先生は、武道を教えている。だから、スターウォーズを引用する。アナキン・スカイウォーカー、例のダースベーダーが実はオビ=ワン・ケノービの弟子であったこと。弟子が師匠を超えて「オレ様化」しダークホースに引き寄せられてしまい、最終的にはオビ=ワン・ケノービに倒されることを深いと指摘している。
このスターウォーズは元もと黒澤明の世界なのである。


そう。
何から学ぶか。
自然と生き方の作法は少し前の日本にある。


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2010年05月05日

生き物たちの五月

231c6a09.jpg桜が終わると、緑が映えてくる。

雑木林がいい。
茶色にくすんだ山肌が様々な緑に塗り替えられていく。浅黄色、黄緑色、青緑、食べられそうな柔らかい若葉。ところどころに山桜の残りが見える。

このいっせいに生えてくる若葉を見ていると、不思議だと思えてくる。いつもの春だと慣れてしまうと見過ごしてしまうような感じ。

大きな木の梢のすべてにいっせいに芽吹いて若葉が繁る。
その小さな葉のひとつ一つに葉脈がある。養分が水脈とともに送らている。微細で精密な仕組み。生きている。

気温のわずかな変化。それも一日の夜昼の変化。これに対応している。それから季節の傾向的変化にも動いていく。
ひとつの木のなかの各枝が連携して反応していく。それがまた、離れた木々の間で連絡を取り合ったかのように、いっせいに若葉を繁らせていく。

地面にはすすきが生い茂る。手が切れそうなその鋭い葉。その葉先についた水滴。雨ではない。
夜露をためて水分を補給する。あるいは地中から水分をあげて蒸散させていく。精密な生命。

僕たちは、いのちあふれる生命システムに包まれて生きている。
これをもっとも実感する五月がうれしい。


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2010年05月03日

開拓者の精神と協同について

d21330e3.jpg今は盛岡市となった外山村のこと。
ここの藪川地区に三澤さんが入り20年近くになる。荒廃した酪農跡地をいまは一面の蕎麦畑に変えている。ここで未来塾を主宰し面白い人たちが集う。
そこになんとはなしに参加させていただいている。しかし開拓者についてはさらに話をさかのぼる。

この村は面白い。
ようやく少しわかってきた。実は何もない高原に約60年まえに開拓者が入り村づくりをしてきたという。
そうだったのかと思った。

なにしろ藪川は寒い。いまごろでも日陰や山にはたくさんの雪が残っている。本州いちの極寒の地だ。稲はもちろん野菜なども普通に作れない。冬はトンでもない寒さだ。強力な暖房がないと耐えられない。

そこに29人の若者が入植した。リーダーは伊藤勇雄さんと深沢勘一さんだった。その伊藤さんを偲んだ生誕百年記念誌をお借りした。それはすごい世界。文字通りの地域づくりである。観念的じゃあなく実際に開墾し村をつくった。電気を引き電話を通して民間バスを誘致した。学校をたて診療所を開設した。これをひとつずつ実現していったのである。
当時の話の一端を現組合長の佐藤さんに聞く。

マッチが無い。あるいは貴重品なのか、起き火を大切にする。薪の燃えカスに灰をかぶせて大事にとっておき翌日には堀だして使う。火を絶やさない。
それから杉の木の薄いコバをつくり硫黄を塗る。手作り自家製マッチだ。こうした工夫と知恵が何気なく語られる。これがすごい。

日本の強さと豊かさは実はこういう人びとがつくってきたのだということがわかる。感じられる。おそらく、無数の藪川があったのだ。全国各地に。

さて、そのリーダーの伊藤勇雄さんは外山村が軌道に乗りだすのを見とどけると、なんと南米パラグアイを目指す。今度は外国に開拓村をつくらんとする。当時70歳。だが77歳で病に倒れた。しかしいまもパラグアイには日本村があるという。

いま人びとは元気がない。いいふるされた言葉だが便利さと金銭的価値観に溺れている。自然との共生を取り戻すこと。個人主義から協同を復活させること。このビジョンが実は過去のこの村にあったのだ。素晴らしい。

竹田芳男さん、この手作りのログハウスがいいのだ。森のなかで住む。月がきれいだ。
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nobu23 at 07:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 事業・起業 | 体験日記