2010年08月

2010年08月31日

真夏の田んぼ

295f18d0.jpg小田原市の下曽我の田んぼである。
この時期、農家は田んぼに入らない。手で除草なんてしない。除草剤を撒いていれば田植えと稲刈りの二回くらいしか田んぼに入らない。

しかし、ぼくたちは違う。ましてや通い農業だから早朝に家を出ても9時過ぎになる。いよいよ暑さが最高潮になってくる時間だ。

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田んぼのなかでコナギなどの雑草が繁茂していると、やはり稲の育ちが弱々しい。とくにヒエは回りの田んぼの人びとが嫌がる。せっせと抜いていく。

途中、ふらふらしてくる。のどがからからに渇く。無理しないで水を飲み、一休みしてからまた草取りに入る。つい、夢中になって時を忘れるが、またふらふらになる。小一時間であきらめた。3cc4c212.jpg

ふと、みるとクモが巣を張っている。これが、カメ虫やイナゴから稲を守っている。




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2010年08月30日

NPO小田原食とみどりの研修と旅行

9765da00.jpgこの土日とNPO小田原食とみどりの研修と旅行に参加した。
小田原の下曽我を中心に田んぼや畑を耕し農と食をテーマに活動している。
研修は小田原産直組合の事務所で行われた。長谷川功代表はじめ15名が参加した。
簡単に2000年の小田原の協議会設立準備以来の活動振り返りを行う。
そしてこれからのビジョンを構想する。ワークショップで3時間があっという間に過ぎた。体験農業から多様な農の人材育成。こだわり農作物の栽培。販売力の強化。インターネットでの利用方法の強化とショップの展開。直売所の運営。やるべきことが次々にでてくる。みんな思いは同じだ。あっという間に発表になる。
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そして箱根千石原に向かう。会社の慰安旅行の雰囲気だ。職場の社員じゃあないが。田んぼ畑で出会った仲間たち。
上は70才台から30才台まで男女取り混ぜている。愉快な仲間たち。笑いが耐えない。

真夏の田んぼはヒエやコナギが繁茂する。研修前の午前は、こ1時間草取りをした。熱い。暑い。すぐにバテる。水を飲んでも飲んでも渇きが止まらない。ふらふらになってやめた。これ以上は危ない。
こういう仲間たちはほんとうにありがたい。夢はふくらんでいく。
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2010年08月28日

経済メモ その3

3d29f10b.jpg明け方目覚めてテレビをつけると「朝まで生テレビ」をやっていた。アメリカと中国との関係。そして日本。軍事と経済。

司会の俵氏が嘆く。日本はかって競争力は一位だった。一人当たりGDPも二位だった。それがいまは20数位と転落した。中国にも抜かれる。
なぜそうなったのか。

これをどう考えるか。これが問題だ。

しかし、この負けたという数値とは何か。もちろんGDPは金銭的価値で表す。この数値のことだ。
いま、日本とヨーロッパ、アメリカの金利は無いに等しい。お金を預けても少しも増えない。これはGDPで表すと縮小していくことになる。利子が低いとお金は逃げる。
逆に利子が高いとはなにか。これは投資金額で生み出した算出金額が高いということ。

中国、インド、ブラジルなどの国は急成長している。商品市場は拡大しモノの生産は増大している。だから投資した金額を超えて算出する。単純な高度経済成長をしている。

このコースはかって日本がたどった道である。日本ではすでに飽和状態で買うべきモノはあまり無い。モノ余り現象だ。
市場に取り込まれず、モノ不足の膨大な人口を抱える発展途上国では工業成長はこれからだ。それをベースに金融が躍る。

また、EUやアメリカも日本とは違う。

ヨーロッパは東欧など開発途上の国を抱える。アメリカは移民と多国籍企業を内包している。中国やインド的成長は無理だが、これらの国を取り込みながら経済成長コースを歩むことが可能だ。

さて、日本はどうか。もちろんアメリカやEUのコースも別のカタチではあると思う。資本主義的な人びとの考えることだ。我々も例外ではなく金銭的に生きている以上工夫はする。

だが、世界の人びとが日本になにをみているか。なにを期待しているか。

それはきっと21世紀型の新たな経済の誕生を生み出すかと見ている。そう、金銭的価値でははかれないこと。そうした数値では分からないものだ。そういう種類の価値。そして新たな人間社会のあり方だろうと思う。

村上春樹が描いた世界への共鳴と共振。アタマのうえで計算されつくしたような物語ではない。自分の闇に向かって下降してたどり着くもうひとつの世界。この世界的つながり。共に苦しみ、共に生きる快感。


それは、生命と自然と人間の関わりの本来的あり方だと思う。
つまり食と農にその本質がある。そして豊かな遊びと文化のなかにある。
金銭的価値観と競争による成長経済のイメージを破棄する。
人びとの奥深い魂の優しさとみずみずしい清浄なる精神。
わくわくドキドキするワンダーな感情。踊る身体。つながる命。
新しく古い基底的な人間のネットワーク。これを可能とする媒体。貨幣ではない。この媒介を生み出さなければならない。


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2010年08月25日

濱口廣孝さんの、今後の多方面での活躍を期待する会

db1075f5.jpgパルシステム生協連合会の元理事長濱口廣孝さんの退職慰労と次に期待する会があった。若森理事長と生産者や取引先企業を代表する諸先輩が呼びかけ参集した。

生協が大きくなるときに、転換点がある。その転換点では今までの事業の枠組や組織運営を否定的にとらえて、新しいやり方が必要となる。

これは誰でもわかるし語りもする。ところが、実際にはできない。どうしても今までのやり方が正しいと肯定してしまう。その結果、ズルズルと後退してしまう。だが、頑張ればまだやればやれると考える。さらには伸びる時代じゃあないと開き直る。

決して自分たちのやり方に問題があるとは考えない。考えようとはしない。誰かが悪いのだ。それは組織のあいつやこいつのせいだ。となりがちだ。他人の批判ばかりしてしまう。なさけない。

濱口さんのすごさは仕事を着実に積み上げていく。自分の理論がすごく時代の先を読み、正しい理論が社会を変え組織を変える、とは言わない。ただ仕事をこなしていく。

パルシステムグループが連合会を結成したときには、物流とシステムの統合を進めた。そして仕入の統一というもっとも難しい仕事をこなした。これは、今と逆で会員生協の独自商品を整理し集中すること。いやな仕事だ。

当時、バラバラだった勝手に連帯で理屈っぽかった我々を、統一したフォーマットに仕立てた。仕入機能も青果、そしてお米も専門子会社を設立し、専門業務のノウハウを蓄積することとなる。

事業のなかに人びとの本音が隠れている。一見、高尚な理論も実体から遊離していると現場はボロボロになる。だから地味だが、現場で仕事をする実務集団を育てあげるのだ。

そのためには、朝早く働き現場を回り業務を把握していく。部下の職員にも対等に議論し必要なら手厳しい対応をする。

こうした作風と実務能力こそパルシステムの底力を形成しているのである。リーダーの生きかたが組織を充実させる。

だが、いまは再び転換点にある。こんどは逆に集中から無数の現場創造が問われている。創造性、想像力、他人への配慮、誠実、信頼。

会では、佐渡野浦の伝統芸能の春駒が舞われた。新春をことほぐ。野浦大神宮の宮司が舞う。めでたい門出に。


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2010年08月24日

真夏の安穏朝市

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築地本願寺安穏朝市だ。8月22日(日)。
今回は、他力本願ライブと称してロックとリズム&ブルースのライブだ。
これに参加しないかと本願寺から呼びかけられた。もちろんOKだ。しかし、熱い。暑い。境内のアスファルトの照り返し。東京のど真ん中の熱風。


午前11時からオープンで9時半から準備した。これが10時くらいからまるで真夏。とにかく熱い。築地本願寺の境内はアスファルトだから照り返しもすごい。
喉が渇きふらふらする。熱中症に注意だ。

面白いのはロックバンドのあいだにお坊さんがステージで講話をすること。若い人たちも聴いている。
バンド自体も大音響でなんまんだぶと叫んでいた。念仏ロック。

さて、朝市は分断された農と食を直接結ぶ。こだわりのお店が並んでいるせいか、リピーターが多い。なにがうまいか良く知っている。無農薬無化学肥料栽培のかぼちゃやニガウリ。西瓜、生落花生など。

セカンドリーグの雑誌「のんびる」も売れる。今月は福祉の特集。福祉事業所の商品の紹介だ。全国のこだわり商品が並ぶ。商品を買うことでつながるのだ。天然酵母パンや藍染などいいものが多い。

さて、市場は掛け声が大切だ。とにかく呼びかけ話かける。お客様とのコミュニケーションがすべて。
いま、人びとは分断され個人個人がバラバラにされている。生き残るために必死だ。
しかし、本来はみんなでチカラをあわせて生きること。するとなんでも可能になる。実現する。

親鸞様の750回忌。乱世のなかのつながり。いにしえと未来。
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2010年08月23日

パルシステム神奈川ゆめコープ設立10周年(創立35周年)記念式典

9769835c.jpgパルシステム神奈川ゆめコープの設立10周年でけんぽく生協創立から35周年の記念式典があった。新横浜のプリンスホテル。

目を引くのは産直産地と協定を結び、その自治体と農協が参列し来賓として挨拶していたことだ。大橋荘治宮城県涌谷町長、高橋専太郎岩手県花巻農協組合長など。ゆめコープが提携している三つの産直産地から代表が参加していた。もちろん小田原産直組合のジョイファーム小田原長谷川功代表も車椅子で列席している。

さて、記念講演は合瀬宏毅NHK解説主幹だ。農を中心とした第一次産業が担当だ。
「食と農で地域を元気に」のテーマで話す。いま元気な地域直売所の紹介。鳴子のお米プロジェクト。耕作放棄地復元しお米栽培を守る活動。
そしてシンプル生活の若い人びとを取り上げた三浦展の著作「シンプル族の反乱」紹介。もはや車もモノもいらない。名誉も権力も欲しがらない。自然にナチュラルな生きかた。合瀬さんの話は、食と農が新たな段階に入ったことを表している。つまり大量生産と低コストと安売りの時代は終わったということ。豊かさの質と中味が変わってきた。
個人ブランドなど人びとのあらたな生きかた。それがモノ売りを超えた豊かさの新たな価値を創造する時代だということだと思った。高い付加価値を生み出す。シンプルで素敵な生きかた。

それにしても、時の立つ速さを感じる。思い出せば、あのバラックのような事務所と荒れた職場。そこに入ったときの妙な高揚感。素朴で正義感の強かった職員。大らかな組合員理事たち。プライドの高さと妙な劣等感。
熱く激しい議論と対立。
そして苦労された、いまは無き鈴木方十さんのこと。ご指導いただいた故松本先生。

いまや神奈川県で無くてはならない食と農の運動。その代表格としてパルシステム神奈川ゆめコープは未来を見つめている。齋藤文子理事長と大信政一専務理事。組合員代表と業務組織のバランスある発展。


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2010年08月21日

経済メモその2 内山節から

bb6e37b7.jpgいまの世界経済をどうみるか。
哲学者の内山節先生が農文協発行の「農村文化運動」に書いている。すごく分かりやすく、かつ面白い。


まず1929年のアメリカ発世界大恐慌が語られる。最悪期はGDPは50%も減少し失業率が20%になった。
これから脱したのは戦時統制社会の構築と第二次世界対戦によってである。
つまりニューディール政策ではない。

さて、現代の経済的危機の本質。
アメリカのドル体制の危機だという。基軸通貨体制を維持するために世界中にばらまいたドルをアメリカに還流するシステムが必要だというのだ。
当初、圧倒的に強くアメリカ産商品が売れ輸出主導だった時代は終わった。それから変わり輸出し売れるものが無くなる。
商品が売れなければ、今度は企業を売買する。アメリカの不動産もうる。そして最後は金融債という紙を売ってドルを還流させる。そしてアメリカ国債を売る。

内山先生はこれがやがて国債も暴落し最後にハイパーインフレーションを起こして破綻するという。
これは、資本主義的な経済社会、個人主義的な市民社会、それから国民国家といういまの社会の根本的危機につながることになる。社会の組み換えがおこらざるを得ないとみる。

これを考えるためにいま一度、貨幣を考える。市場経済とお金の成り立ちを考える。
貨幣は国家がつくった。お金の成り立ちを単に交換価値の発生から説明するのは間違っているらしい。国によってはじめて成り立つ。これは使用価値とは無関係だという。

そして、あたたかいお金という概念を展開する。


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2010年08月20日

経済メモ

今週の週間「エコノミスト」の記事から。

草野豊己(草野グローバルフロンティア代表)の論文。

引用
09年4月ロンドンG20首脳会議
ここで大恐慌の再来を阻止する協調政策を確認。
積極財政政策、非伝統的金融政策、通貨切り下げ競争抑制、で国際協調する。
これは、金融や民間部門のリスクを公的部門が肩代わりすること。これで2年間乗り切ってきた。

再び金融の変調。二つのリスク。
第一「欧州のソブリンリスク(国家財政破綻)拡大。
中国不動産バブル崩壊。米国景気回復息切れ。
第二「緊縮財政による経済のオーバーキル(過剰な景気引き締め)、金融規制強化などで金融システムの亀裂。

危機の本質
膨大な借金の代償
世界主要10カ国の名目GDP08年33.8兆ドル、債務総額111.5兆ドルとGDPの4倍に膨らんだ。
しかも店頭デリバティブ(金融派生商品)契約残高は684兆ドルと世界のGDPの10倍まで膨張。
この要因は借金による投資。アメリカはGDPの4.4倍。
日本は4.7倍である。
この債務膨張の仕組み。
CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)債務返済のリスクをデリバティブ(金融派生商品)としたこと。
ここにヘッジファンドが群がった。
結果CDS契約残高は62.2ドル。

08年リーマンショック以来の政府の財政出動。
米国総額4兆6千億ドル、EUは3兆7千億ドルプラスギリシャ危機7千5百億ユーロ保証。
09年4月ロンドンG20で5兆ドルの財政出動を決定。
以上引用。


こうした実体経済の何十倍に膨らんだ金融市場の近未来はどうなるか。貨幣価値の大暴落か金融市場の破綻か。

あたかもキリモミ飛行を迎える前の急上昇からなだらかな下降へと金融収縮に成功するか、それとも機体がバラバラに破損するか。危うい世界経済のただなかに私たちはいる。


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2010年08月18日

水の問題 富士山という水の意味

465a4674.jpg水は面白い。
水は通常H2oの単体では存在しない。岩石から溶出するミネラルなど、それから溶け込む酸素や水素など複雑な微量素がおりなすシステムである。

山梨県の鳴沢村や忍野村などの水源地を見た。鳴沢村の渡辺さん、森のなかの水源地である。井戸を掘りポンプで汲み上げている。ここの水は300mもの深さがある。
飲んでみる。旨い。
まろやかで微かな甘味がある。ふくよかな感じ。しかも冷たい。聞けば4℃だという。冬にはあたたかく感じると話された。

普通の水井戸は150mくらいだが、なぜこんなに深くほったか。表流水による混濁を嫌った。玄武岩の層を幾つか掘り抜いた。この玄武岩の下層の600年くらい前の伏流水が欲しかった。
渡辺さんの説明では古富士山まで掘ったという。古富士までくると水はそれ以上浸透しないそうだ。

さて、この水はまずクラスターが小さい。80Hzだ。水道水が150Hz くらい。クラスターが小さいと細胞内に流通しやすいそうだ。
ミネラルはさすがに多い。バナジウムはもちろん亜鉛やカルシウムなど生物に必要な微量ミネラルが含まれている。

BMW技術では、人体の水は生物体と同じく海のミネラル組成と同じだとする。なぜか、それは地球の成り立ちに要因がある。地球のマグマのもともとのミネラル組成が基本である。それが地上で冷えて岩石になる。それが水に溶けて海ができる。その海に生物が発生していく。だから地球が人体を生み出した。だからマグマそのものの岩石が大事になる。それが玄武岩だ。

しかも何百年間と地中深く流れる水には、酸素や水素が溶け込んでいる。これをそのまま取り出す。これが旨く感じるのも無理はない。これが水だ。水がカラダの基本である。

こうしてみると、いくら浄化した水道水だと言ってみても全然違うことがわかる。汚染やバクテリアを取り除くのとは次元が違うのだ。水の成り立ちが大切だ。生命の水。

さて、これを大都会の人びとにそのまま届けられるか。しかも無駄のないリユースペットボトルで。
リユースペットはドイツやデンマークで普及している。
そもそもワンウェイボトルがこれ以上氾濫したら、地球がゴミだらけになる。アジアで増大するペットボトルを使い捨てから使い回しに変えるたい。リユース社会を実験したい。

その循環社会を水をテーマに始めたい。水こそ循環の基本形だからだ。水そのものと媒体としての機能とで。


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2010年08月17日

戦争と平和へのメモ

f15ca2b9.jpgこの時期はやはり戦争を考える。大勢が苦しみ殺し殺された戦争について。

しかしそれは他人ごとではない。
自分自身を振り返ってみる。一時期、政治に関わり新左翼に関わった。それでトラウマがある。
それは理想を求め人間の真の素晴らしさを実現するとした運動が、やがて凄惨な内ゲバに転じていったことだ。

最初は理論的相違をめぐる論争だ。相手がいかに間違っているか。わが党派がいかに正しいかというもの。それは、一見真理を求め正確な社会革命のコースをめぐる論争に見えた。

ところが次第にむしろ間違った相手のいうことだから、いかに間違っているかを挙げ連ねるという派閥の論理に転落していく。相手への感情がまずある。自分たちの身内以外は敵なのだ。閉鎖的集団の論理。自集団の利害が先にたっていた。自集団が増えて大きくなることが革命なのだ。

しかし当の本人たちも薄々おかしいと思っても、もうダメだ。ある種、そうした疑問を呈するやつは臆病者であり日和見主義者にされていく。
そのうち肉体的実践が大事だとされ、それ自体はなるほどと思うと、これは敵を倒す暴力の実践なのだ。ここまでくると理論もへちまもない。勝手に暴走しはじめる。いつのまにか、国家への戦いが敵対党派との戦いにすりかわる。先ずは敵対党派の殲滅抜きには国家との戦いもあり得ないというわけである。
本末転倒。しかし悲惨な戦いは終わらない。

こういう場面では純粋で几帳面なやつほど危ない道をひた走る。
もしかすると自分たち自体が間違っているかもしれないとは考えない。あるいは考えることはおかしいとなる。断固として迷わず決断して勇気を持っていくことしかないとなる。

これが恐ろしい。いつのまにか人間性を失い軍事思想へと昇華していく。総火の玉だ。玉砕である。軍事思想とは要は自アタマで考えることの放棄。絶対の組織集団ルールの貫徹である。死を恐れない。死を見つめない。生命を見つめない。

さて、現在だ。
先ずは、組織論理に囲まない。集団の論理に流されない。一人ひとりが生命を大切にした生きかたをすること。それには、自分の身体性に目覚めること。60兆個の細胞の生成。そして全身の神経細胞。ミラーニューロン。
運動系と多重人格。物語の世界。

村上春樹。世界の人びとが紡ぎだす深い精神世界。国境を超える人びとの基底的世界。平和への祈り。


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2010年08月15日

朱鷺神社奉賛会 総会

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野浦朱鷺神社奉賛会の総会が8月15日の昼からあった。会長は宮司の臼杵秀昭君。事務は中島明夫君だ。神社に参拝後に野浦公民館で開催された。

事業報告は朱鷺神社への看板設置、神社の年間管理、祈願の要請に応えて各地に出張して行った。昨年は、パルシステム「100万人の食づくりフェスティバル」の祈願式に出席したほか「朱鷺祈願祭2010」、新潟市の朱鷺メッセでの「願掛けトキ」など引っ張りだこ。

広報も、パルシステムセカンドリーグ発行の「のんびる」2010年4月号、地域情報誌「かがり火」No131、農村文化協会発行の「現代農業」増刊「季刊地域」、日本離島センター発行の「季刊しま」221号、洋県朱鷺愛鳥協会ホームページ、などでさまざまに紹介されている。

朱鷺神社への参拝は、環境省の審議官、佐渡自然保管事務所、新潟大学朱鷺・自然再生学研究センター長などの参拝。春祭り、野浦芸能の里フェスティバルなどの参加者で行われている。

宮司の臼杵秀昭君はちゃんとお札も正式な押印だと説明する。

参加者はトキ米生産組合北野源栄さんはじめ有機農業者、文弥人形の双葉座の関係者とNPOトキの島の中島事務局長である。

事業報告が終わると簡単な懇親会である。弁当とお汁にソーメンでいっぱいやる。若い人たちも参加してなかなかの盛況だった。

野浦には、有機農業がある。里山保全活動がある。そして双葉座の文弥人形。それをつないでトキの復活への取り組みだ。どじょうも増えた。生物多様性の頂点の鳥。

必ず朱鷺はくる。焦ることはない、と臼杵春蔵さんはいう。ちゃんとやるべきことをやっている。

あとは嫁さんがこないかと話される羽豆さん。村に若い人たちが暮らせる環境をつくりたい。それは職と収入をつくることだ。

美しい海と山がある。さて、どうするかだ。9cf84ac2.jpg


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2010年08月14日

茗荷谷の蝉


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茗荷谷には比較的公園が多い。暑い夏の昼休みにこの古い大きな木のある公園にいく。

さすがに人はまばらだ。
噴水のある水場で子どもたちが騒いでいる。離れて木陰の道を歩く。
なにか世間バナレしたような大人たちが一人二人、探しものをしているかのようにゆっくりと歩いている。
気配を消してすれ違う。
木陰は意外にさわやかだ。暑さを忘れる。

気づいてみると都会の真ん中なのに、不思議な生々しさが漂う。異次元空間への空中トンネルを探す人びと。
蝉の鳴き声がふっと止む。
さっきまで聴こえていたカン高い鳥の声もやむ。
工事の喧騒も近くの道路の車の音も聞こえない。

大きな古い木はいい。蝉たちがそこに位置して生と死とをつなぐ場である。死と生の中間地点である。
ようやくこれにふさわしい木を見つけた。そうしてみんみん蝉はそのカラダを木に同化していく。考え深そうに哲学していく。彼にはいのちと時間がわかっているのだ。
その意義深い時間を止めてみせる。一瞬の永遠をぼくにみせる。
なんという不思議な世界。

たくさんの音と、そして静寂。飛び去るような時間と一瞬の永遠。それをわからせてくれようとする。

古い大きな木は昔からの構造物のようにある。どこからが物体でどこからが生命体かわからない。そういう存在感。だから蝉はやってくる。安心してとまっている。ここからしか行けないとわかっている。ここがかの通路だ。秘密の時空間への道なのだ。

ぼくはこの時空に取り込まれる。みんみん蝉に同化する。と思った。
そう思ったその瞬間、蝉は飛びたった。振り切った。
するといっせいに騒音が降り注いできた。再開した。そう、昼休みが終わる。b9c4a796.jpg287c4c42.jpg


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2010年08月12日

真夏 一生を終えるか アブラゼミ

21a03d64.jpg熱い。猛暑である。

真夏の都会のアスファルトはたまらない。白茶けた道路に湯気が沸いているようだ。しかし、ここが勝負だ。カラダにエネルギーが満ちてくると暑さも爽快である。日焼けしながらも歩く。

都会の小さな公園。蝉が鳴きわめいている。アブラゼミだ。暑苦しいその声。耳から全身に降り注いでくる。
これに比べたらヒグラシは涼しげだ。夕方、カナカナカナと遠くから聴こえる。物悲しい。姿は決して見せない。

で、我がアブラゼミだ。脇の裏道にひっくり返っていた。これでは車に引きつぶされるかとつまんでみた。
すると弱々しくもジタバタと羽を動かす。しかし、飛べるほどではない。

仕方ないので起こしてみた。なかなかの雄姿だ。七年間も土中にいた。最後の一週間、交尾のために外にでてきた。危ない我が身を省みずひたすら泣きわめいて倒れる。
それが彼の生きかた。

真夏になると必ずこのアブラゼミと再会する。騒々しくけたたましい。
ただ喚きちらしそして息をひきとる。生と死。そのあいだにいる。やがて生はどこかに抜け出していく。
熱い。


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2010年08月10日

戦後の日本のつくられ方 「下山事件ー最後の証言」柴田哲孝を読む

90fe4526.jpg戦争を考えるときに、戦後の日本のあり方を探るのもひとつの方法だ。

そこにこの柴田哲孝氏だ。
この本の主題の下山事件とは1949年(昭和24年)7月におきた初代国鉄総裁下山定則の轢死体事件である。
当時の警察内部でも捜査一課と捜査二課が自殺と他殺で対立し最後は曖昧なまま捜査が打ち切られた。迷宮入りとなった。

当時はマスコミによって国鉄の整理解雇に反対する労組左派の犯行かのように演出される。これで一気に労組側に不利な状況が生まれてくる。さらに三鷹事件、松川事件と鉄道に絡む不審な事件が続く。労組左派勢力が逮捕されて不穏な社会状況のなか全国的な労働運動や民主化の戦いは衰弱していく。


この事件をGHQ(連合国軍最高司令官の組織)の関与した謀殺と展開したのが松本清張の「日本の黒い霧」1960年になってからである。以来、当初の左翼犯行説から逆転しCIAの関与や右翼勢力の犯人説などが様々に論じられた。しかしついに真相は不明に終わるかと思われていた。

そこにこの柴田哲孝氏の著書が2006年にでた。
ここで描かれた下山事件は、これまでの「下山本」と決定的に違う。それは彼の祖父が関わっていたことだ。そのため身内の話や写真など本来到底でてこない事実が明らかにされている。これはすごい。

さて、これまで下山事件はGHQかCIAなどアメリカ占領軍の犯罪か、ないし急速に復活、台頭した児玉誉士夫など右翼勢力かという図式で語られてきた。すると、アメリカとソ連の対立という図式である。左翼でなければ今度は右翼かアメリカという東西冷戦構造に全ての要因があるとするもの。

しかし、この本を読むとそれは基本的に当たっているが、そう単純ではないことがわかる。
当時の吉田茂首相や佐藤栄作運輸大臣の意図と関わり。戦前からの軍部特務機関と亜細亜産業という謀略企業の存在。三浦義一など右翼と政治家とアメリカとの密接な関係など。複雑に絡みあった関係が明らかにされる。まるでとびきり優れた推理小説を読むようだ。

1949年は時代の転換点だ。それまで日本の産業構造の民主化をすすめたGHQ民生部に代わりCIAに再編された対共産国戦時体制への移行。アメリカ銀行団から送りこまれたジョゼフ・ドッジによる「経済安定9原則」(ドッジライン)による社会政策の導入。
それは1ドル360円への固定とデフレ経済。日本企業大量整理合理化。運輸再編などによるアメリカ型日本の構築である。このなかでの財閥復活と再軍備への道。

面白いのは、これを推進したのが日本人自身であることだ。
しかもそれは旧満州国を構想した吉田茂、岸信介、佐藤栄作などの政治家とその裏に日本軍特務機関であったことである。児玉誉士夫や三浦義一などや亜細亜産業などだ。
戦後、GHQは彼らを温存し彼らはアメリカに忠誠を違い、連携して再び復活して活動する。すごい構造だ。


三輪明宏氏がいうように敵国アメリカから、一転アメリカ様となった人びと。中国やアジアに自分勝手な夢をみて侵略し暴虐の限りを尽くした。その中枢が残されて復活し、再び貪欲な利益を産む。新たな支配層とともに資本主義経済と政治体制を構築してきた。


ぼくたちは、いままた時代の転換点にいる。この場合にこういう政治から見るとわからなくなる。何々党や政治家をみてもわからない。巨大なシステムを批判しても取り込まれる。

ではどうするか。
自らの経済に挑戦すること。たとえささやかでも仲間たちと小さな起業にチャレンジすること。あるいは生協のように民衆自身のお金で民衆による経済を組み立てていくこと。
誰かスーパーパワーに依存しない。なにか天上の理論に任せない。自分の身体と心を使い深堀していくこと。そこから世界とつながる。これが自立、独立と協同、連帯につながることだ。

もうひとつの日本の伝統と村の豊かさに学ぶこと。自然との豊かな共生のなかに世界の人びととの平和で心豊かな連帯が見えてくる。生命のつながり。愛。


nobu23 at 05:24|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 読書 | 生命・自然・宇宙

2010年08月08日

今こそ、産直の底力!秋は畜産 パルシステム

7fc6bf1f.jpgリーマンショック以来、デフレが続く。成長拡大が基調だったパルシステムも2009年度ははじめて前年を1%近く割った。しかも、お得意の産直商品の利用が落ちこんだ。青果や畜産関係が大きく割り込む。困った。


そこで先ずは、青果の利用普及に取り組んだ。物流改革をベースに生協配達現場と青果生産者が一体になって野菜と果物のこだわりを組合員にお伝えする活動だ。何ができるか。

地域に建てられた生協の配送センターを拠点にして、職員学習会を行なう。一日三回、定時も正規職員も委託会社社員もみんなで学習した。近所のスーパーからこだわりだという野菜を購入して、ブラインドで食べ比べした。意外にハッキリ違いが分かる。簡単に分かる。ほんとうだ。美味しい。と分かる。

その野菜生産者が配達の車に同乗する。その生産者のエピソード。担当者が交代する場面に出会った。各家でお疲れさまとの声とプ レゼントが手渡される。組合員は生協からの職員にほんとうに感謝し信頼していることを感じた。

青果のおすすめを、品質を打ち出して取り組む。いきいきだ。宅配システムで一日短縮して二日ないし一日で届ける。
なんだ、店舗は当日朝取りだぞ、そのくらいたいしたことない。といわれるかもしれない。
だが、産地での収穫後予冷から青果専用物流と専用箱による宅配になった。

この鮮度を測定してみた。総ビタミン量を測るとなかなかすごいデータがでた。鮮度は時間と温度と保存状態による。明らかな改善がわかった。

さて、この6月から青果改革と商品紙面のリニューアルをした。職員や組合員委員が学習会やお知らせを展開した。力が入る。

そうして青果は前年比110%を超えた。8月になっても勢いは衰えない。職員たちはやったと発表する。各配送センターで様々なな取り組みがあった。パルシステム静岡や神奈川ゆめコープの発表。
若手生産者たちの報告。熱い。
職員と生産者の相互訪問も続いている。

そうだ。一番良かったのは、こうした野菜生産者と生協職員の交流だ。そしてそこから生協組合員だ。つながること。デフレと価格だけの殺伐とした社会。そこを変える。変えていきたい。

さあ、秋はさらに低迷する畜産だ。いのちをつなぐ畜産への学習会の連続開催と伝える力の蓄積だ。
そして畑と台所を結ぶ。連帯と協同の社会へ。


nobu23 at 20:38|PermalinkComments(2)TrackBack(0)  | 生協

2010年08月06日

三輪明宏と戦争について

e0449716.jpg三輪明宏というと不思議な人で、あっちの世界に行った方かと思ってしまうが、実に真面目で深い人だと思った。

「戦争と平和、愛のメッセージ」を読む。
この本は読みやすい。薄くてすぐ読み終わる。だが、内容は濃い。
戦争体験を語り、長崎の原爆体験を語り、地獄を見た人の言葉で綴られている。身につまされる。
しかし、彼はそれだけではない。戦争の原因を明確にする。
忠臣蔵のような不条理な価値観。儒教の影響を受けた、権力者に都合のいい詭弁。
軍人たち用心棒に国を預けた問題。
さらに、実は戦争経済が最大の問題だったこと。

そして戦後、戦時中の要職者は死刑にならずに生き残ったこと。敵国アメリカから、一転してアメリカ様となったこと。そして教育と文化のアメリカ化が進んだという。文化の退廃だ。

アメリカは軍需産業が巨大だ。ブッシュは戦争を起こして食べている。
いま日本も憲法を改悪し戦争に巻き込もうとする動きがある。

ほんとうに戦争をやめさせようと思うなら、世界中の軍需産業にたずさわって食べている人びとのために代替産業を起こさなければならない。
実際に戦争を起こしているのは財界の連中だ。儲かるためには、人が何十万、何百万死のうが、平気な人たちだ。
政治家は使い走り。

でも、一番悪いのは国民だ。そういう政治家を選んでおいて文句ばかり言っている。この矛盾に気づいていない。

では、どうするか。
三輪さんはいう。必要なことは真の意味の教養だ。考える力。
一番教育しなおさなくてはいけないのは、中高年だ。これまで物欲、性欲、食欲、名誉欲だけで生きてきた。

日本が生きていくためには、平和産業、民需産業しかない。人的資源、「頭」だという。日本は文化こそが財産だと語るのだ。

NHKプロジェクトXの町工場職人、そしてイチローや小澤征爾などが重要だ。
朝鮮半島との関係も冬のソナタが変えてしまう。文化の力を政治に生かす。

「亡霊達の行進」「悪魔」を歌う。
そして、最後に自分たちは加害者の一人でもあるという。アメリカ文化一辺倒だということは、戦争支持者だということだ。そのため今後、経済も社会も大変になる。

自分のこととして戦争を考えること。真の教養を身につけること。文化の力を使うこて。平和への経済。


nobu23 at 08:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 読書 | 生命・自然・宇宙

2010年08月04日

藪川と上野さん、そして開拓者組合佐藤圭さん


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岩手県藪川で三澤孝道さんは、農場をはじめた。藪川というところは本州一寒いところだ。マイナス20℃にもなる。極寒の地。

そこに昔、放牧していたという牧場跡地がある。この山のなかのこういう場所で農業をはじめた。日本の自給率を少しでも上げるのだ。それには食べ物を自らつくる。本気だ。
最初は雑穀からやろうとした。それからいろいろ栽培した。うまくいかない。そして落ちついたのが蕎麦だ。いまは蕎麦畑を30haも耕作している。この農場がイーハトブー農場という。農場長が上野さんだ。

軽米町との関係。その最初に三澤さんが雑穀を栽培したくて探しあるいていた。すると軽米町の入口の農家でおばあちゃんに出会った。雑穀の種が欲しい。だが、おばあちゃんの話す言葉が分からない。とにかくお茶をすすめられた。いただいた。それから帰ろうとすると、奥から種を持ってきた。雑穀の種。お金は受けとらない。感激した。


その雑穀も続かなかった。しかし蕎麦だけはうまくいきだした。そこに農協からスカウトした上野さんが来てくれた。さあ、それからがすごい。
上野さん、いまでは無理だと言われた稲作もしている。畑も無農薬無化学肥料で作っている。激辛青唐辛子、昔きうりなどこだわり品種。そうして、山野草を栽培する。山そのままで育てる。行者ニンニク、しどけ、ウルイなどなど。
キノコ。椎茸はもちろんナメコ、マイタケなども任せてくれだ。
本当に多種類で豊かな食べ物ができる。

それだけではない。野良仕事の道具や機械はみんな修理する。はてはログハウスまで建ててしまう。まさに百姓だ。百の仕事をこなす。

夜、藪川の岩洞湖漁協の役員の皆さんと交流した。終戦直後から開拓者として入植した。それから60数年がたった。当時の開拓の夢と苦労を知る人は少ない。ほとんどがなくなったりした。村つくりが絶えようとしている。

佐藤圭さん。漁協組合長。開拓者だ。80歳を超えて熱い思いをもつ。現代の開拓者上野さんと新たな村つくりに挑戦する。

夕方、岩洞湖の向こうに夕日が落ちていく。薄曇りのなかで赤く照らす。一瞬、蝉の鳴き声が止んだ。美しい。人生は豊かだ。


nobu23 at 08:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 事業・起業 | 

2010年08月03日

軽米町と藪川

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築地本願寺安穏朝市の運営委員会メンバーで岩手県の二つの地域を回った。農と都市の交流の仕掛けを組み立てる。
中川誼美さんが団長である。炭焼きや山野草栽培を見て歩く。原木椎茸の原木供給がいかに山を守るか教えてくれる町役場の兼田さん。切り株の脇から生える「ひこばえ」だと成長が早くしっかりしている。植林との比較をしてみる。なるほど。

軽米町には、悪いことをした。パルシステムでは、JA花巻で雑穀を扱い安定した取引をしているが、雑穀の歴史は、どうも軽米町にはかなわないという。しかしパルシステムでは雑穀といえば花巻だ。だが軽米町の雑穀は、なにしろ数千年前から自然栽培されていたようだ。
この町名の由来も種々説はあるが、物が豊かな所というアイヌ系の言葉からというのが有力だ。系がつくのはアイヌ自体は北海道での人びとをいい、若干系統が違うらしい。蝦夷(エミシ)はその後に進出してきた。

藤原氏の時代になるといたるところで馬が飼われて、その馬の餌にしたらしい。ヒエやキビは、実を人間が食べて茎や葉を馬に食べさせた。この茎や葉には微量栄養素が豊富で丈夫な馬が育った。

耕作放棄地が広がるなか、そこに本格的に雑穀を栽培し販売しようと取り組んだのが川原木町議会議長さんだ。それに応えて当時の岩手県農政振興部長が支援した。15年前。現在は275haにも広がった。キビ、ヒエ、粟、アマランサス、エゴマ、ダッタンソバなど多様に栽培している。全て無農薬無化学肥料栽培だと聞いた。
アマランサスは花のケイトウに似ている。強い赤の実が目に痛いほどだ。美しい。
輪作体系を守っている。

しかし、この販売がいまいちだ。六割が花巻に出荷し、残りが農協通した販売だ。軽米町のものがその名をつけずに売られている。

ひと口に雑穀というが栄養素ひとつとっても実に豊富だ。微量栄養素がお米の数倍はある。それは、腸内バクテリア作用など素晴らしい効果がある。奈美悦子さんの難病、掌蹄膿褒を完治させたのは有名だ。

さらにルーツも面白い。アフリカ、中央アジア、インド、南米と古人類の歴史が現れている。

そう雑穀、ややもするとついこだわりが強すぎて偏狭な語りになりそうだ。がしかし、それほどに豊かな穀物である。小さな巨人である。これが東北で守られている。それを育てる人びとがいる。


nobu23 at 08:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 事業・起業 |