2011年01月

2011年01月31日

寒さとサッカーアジア杯優勝

早朝、空気は乾いて寒さが突き刺す。指出し手袋から出た指先が冷える。手を丸めながら軽く小走りにリズムをつける。

澄んだ深い濃い青。

三日月に丸い月の形がくっきりとついている。星の明かりも輝きを失ってはいない。乾いた歩道を刻んでいく。

あまり観はしないサッカーの決勝を夜中に旅の仲間たちと見た。ジリジリする接戦と見事なボレーシュート。強い。そしてなによりチームワークの良さ。

これだけの集団ゲームはやはり言葉どおりチームワークがすべて。そのチームワークはゲームに出ている選手だけではない。それから選手だけでもつくれない。

プロ野球が企業とタレントとマスコミのゲームだとすると、もしかするとサッカーは違うのかもしれない。

子どもたちからのサッカー文化、地域のサポーター、そして各地のリーグによる底の厚さ。そして世界に開かれた個人参加と他流試合。

しかしチームワークと個人を活かすという一見相反する 難しい仕事を成し遂げるリード。この監督がイタリア人ということはおもしろい。

イタリアは歴史と文化の国。デザインとオシャレの国。食文化の国だ。低価格工業生産の国じゃない。楽しむ国だ。ガツガツと飢えた競争社会のメンタリティーでは無い。勝ち組がなんでも取る社会では無い。

日本サッカー協会のビジョンが、裾野を広げて地域に浸透して、大きな山をつくる。そして裾野が広ければ広いほど山も高くなる可能せがある。そして試合に勝つ強さは、競争的価値観だけでは無い。

ワンフォーオール、オールフォーワン

一人は万人のために、万人は一人のために



nobu23 at 06:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2011年01月29日

わけあり商品か

最近、わけあり商品が売れているという。例えば、このインスタント食品を買うと1円が貧しい国に寄付されるなどというもの。

パルシステムも恩納村漁協と組んで販売したモズクに産地に還付されるお金がついている。これは恩納村漁協がサンゴの植樹で海の環境保全を進めているからだ。さらに陸上の開発も規制して土砂の流出防止を図っている。観光船のアンカーも規制してサンゴを守る。

ところが商品それ自体はなんら関係がなくて販売促進目当てでこうした寄付金をつけている場合がある。

これがまぎらわしい。

佐渡のトキの野生化支援で米の販売金額から現地に還付される仕組みがある。この場合、本来そのお米の栽培法自体がトキの野生化のための農法であって欲しい。化学肥料も化学農薬もまるで削減せずドジョウもいない稲作で出来た米に、一円付けて還付する。これを野生化支援だと言われてもどうか。

アメリカの寄付文化。一方で巨大な収奪をして片方で寄付をする。マイクロソフトのビルゲイツなど。一国以上の富を集めて、方や莫大な寄付をしている。変だ。

莫大な富を集中して儲けるウラに必ず多勢の悲惨な労働がある。安く使い捨てされる仕組みがある。システム産業の奴隷労働が埋め込まれている。だから富を集中しないではじめから貧さを産まないほうがいい。薄く広く多勢が潤うほうがいい。負け組を作らない産業を創造する。

商品それ自体に関わる人びと豊かになり、自然が保存される仕組みがあるほうがいい。無ければならない。

アフリカ、南アメリカ、開発途上国は先進国のこの富の収奪と再配分の仕組みを問題にしている。

売らんかなの偽善。環境ファクターを利用する。これを見分けること。

選択は参加、行動することで見えてくる。



nobu23 at 07:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 商品 

2011年01月28日

農と農村の未来

米と水田

国連の環境学者によると、世界には三大生物多様性エリアがあるという。

熱帯雨林、珊瑚礁、そして水田。

この水田だけが人工物だ。といえばラムサール条約では自然であると人工物であるとに関わらず湿地帯を登録出来る。宮城県の蕪栗沼周辺の水田もラムサール条約で保存地帯に登録されている。

水田をどう保存するか、単なる食料生産基地だけにとどめない考え方が求めるられる。

いま全国の水田は四割が減反となり作らないことで補助金が出ている。これに稲を作りたい。ただし飼料米とする。畜産の餌はほとんどトウモロコシだ。確か1300万トンくらいアメリカから輸入している。これを米に切り替える。自前の飼料に切り替える。補助金はつける。なお牛は稲藁ごと発酵飼料とする。鶏と豚は農家のコンバインから直接籾ごと投与する。破砕する必要があれば畜産農家などでやれないか。

せめて600万トンくらいは飼料にしたい。

さらに水田の生態系保存とCO2貯留機能を評価したい。消費者に分かるように全国に評価委員を委嘱して生物多様性評価、CO2貯留評価を専門的にカウントする。この米は高く売る。ただしエコポイントを表記して消費者に還付する。これは自動車、家電製品でやったこと。

世界貿易ルールでも環境ファクターは許容されている。EUあたりは農業地帯にこれで大胆に環境補助金を支給している。

農薬も化学肥料も使わず豊かな生態系を保存し里山と水系を守っている。こういう村人へ手厚く巨額な支援策がうたれ若い人びとが多勢住んで心温まる古くて新しい21世紀の最先端の地域。

ネイチャーサイエンスによるエネルギー省力化と資源循環社会。それはローカルな世界拠点となるだろう。

そこには豊かな伝統食と伝統芸能。

そして多様な神々と深い叡知がある。



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2011年01月27日

常識を疑う パラドックス論

テレビや新聞の論調で考えていると世の中の真実が見えなくなる。

なぜ農村地域に若者が居なくなり山が荒れ村が衰退して行くか。

なかには、いや日本の農業は世界でも強いのだとか販売高は高いとか言い張り、まるで問題が無いかのように言い張る人すらいる。そう言う販売金額で見たら、日本ほど流通や販売網が整備され都市部に巨大消費市場が形成されていれば、金額で計算したら高額になるのはあたり前である。だが、この販売高が大きいと言うことと農業の衰退とはまるで問題が異なる。問題は、農村部をつぶさに見て行くと分かる。

たとえば竹藪の荒廃である。竹藪はまさに藪そのものになり密集して生えてくる。

これを保全するには筍を間引いてやる必要がある。適度にしてやり整備する。これをしないと荒れることとなる。そして密植になると一部から葉が枯れ始め葉が落ちる。そして幹と枝だけが残り魚の骨のようになる。それから白ちゃけて全体が枯竹だらけになる。こうなると次はバタバタと倒れ始める。

あるいはその前に他に広がって行く。よその畑や山に進出し出す。困ったもんだ。

これが倒れて崩れると崖崩れが起きる。竹は生きている時は根を張り、地震がきたら逃げ込めと昔の人がいうくらい強い。これが枯れてくると逆に弱い。怖い。

一気に山崩れが起きる。

それから昨年、過去最高の数の熊が里に出没して殺された。2800頭も。大変な数だ。

雑木林のコナラなどがカミキリムシにやられた。これは虫のせいではない。

これはおそらく森の衰退であり木々の生命力の衰弱が原因だろう。山が荒れて衰弱すると里山や森が荒れ、山の神といわれる熊もが荒れはじめてくる。

天候も変わり破壊的な気象と現象が多発していく。

農のチカラを金だけで考えないこと。カネで計らないこと。

若者の農離れは確かに第一にお金だが、実はその前に農から離れる価値観がある。問題そしてある。

農の面白さ豊かさを知らない。ただツライ。ただつまらない作業の継続に見える。

だが実は農ほど面白い物はない。ただし農をただの作業に落とし込めない。換金作物作りだけにしない。効率を考えないこと。

農は芸術だ。農は宗教だ。農は哲学だ。農は自然科学だ。農は社会科学だ。民俗学。伝統芸能。これを都市と結ぶ。そしてあったかいお金を回すこと。

ルーラルキャンパスで学ぶ芳醇な過去とそして未来。



nobu23 at 07:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)  | 事業・起業

カラダの中を観る

なにが悪いかと言うと、歯がわるい。左奥歯が無い。右も一本抜けている。入れ歯を二度作ったがよく合わないのか痛くてやめた。体調まで悪くなる。

しかしこの二十年も片方の奥歯が噛めないとバランスが悪く顔が曲がってしまっている。眉間の縦じわが曲がっている。よく見ないとわからないが。

歯のことを考えると憂鬱になる。

とりかえしのつかない気持ちになる。さらに左側の歯の付け根が明らかに虫歯がひどくなっている。食事の後に爪楊枝でほじるくせがある。

ジジくさい。情けない。

とは言え、なんとかごまかしながら日々を過ごしているが、やはり歯医者へいこうと思う。気持ちを切り替えていこう。



nobu23 at 02:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 体調 

2011年01月26日

価格と食べること

若い人と議論すると、やはりいい物でもスーパーと価格を比較して高いと手が出ないと言う。
牛乳だって200円を切る価格を追及して欲しい。
確かにそれはそうだ。しかし、搾りたてに近く牧草をたくさん食べて自然に近い飼い方をした物と畜舎につなぎっぱなしで牛の生理に反して大量に絞り超高温殺菌した牛乳とではまるで価格が違う。これが悩ましい。実に問題だ。

むしろ、低賃金の若い家庭にこそ品質のいいこだわった食べ物を食べてもらいたいのだ。
田舎への旅もそうだ。日本の田舎は美しい。温泉も多くしかも多様でサービスも行き届いている。農業体験も田畑で各種インストラクター付きで揃っている。
しかし若い人たちには余裕が無い。時間もお金もあまり無い。こまった。

さてどうするか。
まずは、美味しい食べ物を本当に欲しがり手に入れたいと願うこころを育てたい。食べることの重要な意味を分かって欲しい。それには年配者の説教では聞かないだろう。やはり彼ら彼女らに影響力のある著名人に語ってもらうことや、仲間同士で伝えあうことなどが有効じゃないかと思う。

生活費をどう振り分けるか。食と農の体験による人間力を鍛えていく方向へどう誘導するか。農や食にたずさわる僕たちの課題である。

食のパラドックス。
価格を下げればいい物は無くなって行く。
生産者はこれ以上無理出来ない。いや実は若いひとたちを雇用する加工品メーカーも流通も配送も小売店も立ち行かなくなる。産業が縮小して失業者が増大する。価格が下がるということはそうなること。

いまデフレスパイラルに陥った日本が元気になることは、自動車、家電製品でやり地デジでやったような買い換え需要をおこせないか。自動車、家電製品に政府が税金を注いだ。手厚く保護育成した。守ってやった。しかし就労拡大も賃金アップも無かった。すでに自動車、電気は国内労働分配率を高められない。
これからは底堅い農と食の分野にこそ有効需要を喚起させたい。
人間が、田畑が、自然こそが豊かな国にしたい。
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夏の夕飯


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2011年01月24日

公開確認会と農法研究会

毎年、新年に全国から農業生産者が集まりパルシステム生協組合員代表たちと発表会を行なっている。夜には賀詞交換会があるため、赤坂プリンスホテルの豪華な会場で開催されている。
前半は新農業委員会主催の公開確認会報告。後半はパルシステム生産者消費者協議会主催で農法研究会となっている。

公開確認会は産地に組合員代表の監査人が行く。そして他産地からも監査人を派遣する。また農業普及員や研究者も参加される。産地は大変だが、産地がわのプレゼン時間が中心に構成して理解を深める場となっている。一年前からパルシステムの青果と畜産専門会社が入り準備をしている。これが産地組織の整備となる。
公開確認会当日は、先に調査した監査人の厳しい指摘もあるが、それを越えた成果がある。生協組合員が生産の努力をより深いところで知ることが出来る。生産者もナマの消費者の声を聞くことが出来る。

農法研究会は生産者側からの新たな取り組みの報告である。今年度は自給率向上と青果「いきいき品質」と畜産「おいしさ品質管理」の取り組みである。飼料米、産直原料加工品、耕畜連携、農商工連携の取り組みなどである。

いま、米価格の暴落。TPP交渉など日本農業の骨格を崩そうとする動きがある。ある意味「弱い農業」への攻撃とも言える。
弱いとはなにか。お金に変えられない労働者があるということ。かかる費用を商品として売れない価値である。
畑や田んぼと里山。川、用水路、海。そして温かい村。お金という価値に転換出来ない、しない豊かさ。これを伝え知り立場を越えて協働すること。

産地はいつもそんなに時間はいらないと言う。しかし発表しだすとみんな時間がもっと欲しいと思うようだ。語りたい。知って欲しいことが山ほどある。

nobu23 at 06:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)  | 生協

2011年01月21日

天空の月

夜半にふと目覚める
部屋が明るい
この明るさは、月だ。月光が射し込んでいる
真夜中は、さすがにしずかだ。遠くを低く車の音がしてはいるが

月光を浴びる
満月ではない
少しだけ心なしかひしゃげている
白銀のような鈴かな光
透き通る
ただ黙って光る

夜明け
しだいに空がしらっちゃけていく
日の出
濃いオレンジの赤

出勤の道を急いでふと振り向く
ビルの向こうに薄く巨大な月が浮いている
半透明に空に溶け込んでいく
吸い込まれそうに空が広い、その深さ

またうつむき加減に僕たちは
早足で歩いていく

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2011年01月19日

自由貿易論批判と中野剛志

ようやく若手の政策担当者から自由貿易への批判が展開されるようになった。
中野剛志「自由貿易の罠-覚醒する保護主義」青土社

世界がグローバル化するなかで、各国間の貿易ルールはいかにあるべきか。
「平成の開国」などというが日本は鎖国していたのか。などという議論の前提としてかなり本格的に主流派経済学の批判を展開する。ミルトン・フリードマンのような市場原理主義はもう評判が悪い。すでに多くの人々はこの化けの皮をはいで見抜いている。問題は、ポール・クルーグマンのようなまともな経済学者にある。
宇沢弘文先生たちのようにすでに自由貿易論批判を長年に渡りキチンと展開されている大御所はいたが、若手の政策研究者で政府部内からの本格的な批判はすごいことだと思う。大丈夫かなと心配になる。

さて、いままでの常識。
経済が発展すると人々は豊かになる。経済の発展には国際貿易が不可欠である。国際貿易では関税を出来るだけ低くして自由に行なうことが望ましい。これによって各国の強い産業が世界に広がり、非効率で弱い産業や企業が淘汰される。このことが世界をトータルに豊かにし人びとは幸福になる。各国が偏狭なナショナリズムによって政府と官僚の利益で世界貿易をゆがめて真の世界の発展と国際協調を阻害している。「リカードの罠」自由貿易が世界を豊かにする。

これに対していち早く自由貿易からの脱退を進めているのが当のアメリカである。アメリカ民主党のシンクタンク「ブリッキングス研究所」の「ハミルトン・プロジェクト」による政策である。保護貿易主義者のハミルトンの名を冠する。
アメリカ政府は、「労働政策やエネルギー政策、環境政策との整合性を理由に、従来の自由貿易のルールから逸脱する可能性がある」としているというのだ。
周知のように、もともと京都議定書も締結せず生物多様性条約にも加わっていない。しかしアメリカの悩みは破綻した金融資本主義によるアメリカ経済の崩壊である。ぼろぼろである。深刻な大不況。
そしてアメリカ発の多国籍金融資本はグローバルな怪物として暴れまくっている。政府を食い物にしながら。

中野剛志氏がすごいのは、経済学のあり方そのものを問うていることだと思う。
主流派経済学が、真理はひとつでその経済の本質を把握してそれを政策に落とすという枠組みそれ自体を批判している。経済学の前提として絶対真理の「合理主義」、数学的思考法を批判する。
ジョン・デューイの「プラグマティズム」を引用し、「問題状況」を把握し人間は不完全で間違いを犯すとして、「科学的探究とは終わりなき仮説の設定とその修正の過程である」という立場をする。これは、従来の理論と実践を分離し理論が優位と見なされていることへの批判である。抽象理論が真理であり、その知識をもって社会を改造しようとする合理主義批判だという。

さらにマイケル・ポランニーの「暗黙知」を評価する。科学者は問題発生の実践的現場を知る「暗黙知」の獲得から出発すべきだという。これは僕たち実務家の実践的な仮説・検証の参加型の思考法である。
ここでは、頭でっかちの議論がいかに危険かを述べていると思う。

ある社会の問題解決のための集団行為や協調行動のルールや方針を政策として確立していくために、政治、官僚、民間がいかに協働するかが問われているということ。
産業化とは、デューイを引用して「利益追求活動の結果ではなく、自然科学の知識を実践の中で応用し、技術を生活の中で応用した結果である」という。
なるほど教条主義は、マルクス主義のみに発生したのではなく、主流派経済学もそうだったというわけか。

政策のエキスパートとはと問う。
彼らの個人的な卓越性のみに由来するのではなく、社会におけるさまざまな主体とのコミュニケーションを通じて発想する「社会的知性」なのであると規定している。

そしてデューイによれば「ただし、社会的知性を発生させるコミュニケーションの場として決定的に重要なのは、最終的には地域である」というのだ。安定的な地域共同体が健在であり、かつ各地域共同体も対外的なコミュニケーションに開かれているような「大きな共同体」を理想とする。
そして中野氏は、政策のエキスパートとは、社会の地域共同体や各種の組織との間のコミュニケーションを通じて、大きな共同体を維持し発展させる役割を果たすとしている。

さて、日本の各地域共同体、そして各種組織はどう問題解決にあたるか。人びとの豊かになっていく活動をひろげるか。そのために、世界とどう向き直っていくか。
経済学と政府と行政と企業と各組織と市民のあり方への優れた官僚からの問題提起である。面白い。


nobu23 at 07:37|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 事業・起業 | 

2011年01月17日

政府の限界と自ら取組むこと

日本の深刻さを羅列する。
若者の失業、高齢者の急速な拡大、所得格差の拡大、年金や社会保障の危機、農地の崩壊、山林の荒廃、竹林の荒廃、漁業の衰退、地方自治体の大赤字、経済の収縮など。
こうした問題をどう考えるか。

まず、この解決は団塊世代が取り組むべき課題であるということだ。これはハッキリしている。自分たちの問題だからだ。しかもほとんど団塊世代が撒き散らした問題である故に。

団塊世代だけとは言わないが、この国や社会のあり方に無責任な考え方が多い。というか問題山積していることに人ごとのように言う。政府がダメだとか財界が悪いとこか学者がまちがっているとか。
だからどうしたと言いたい。では自分たちは何をしているかと。

高齢者の問題は、高齢者になる自分たち世代で解決していきたい。高齢者だって役立たずではない。いやむしろたくさんの経験を積んだ「出来る」人たちが多い。頭で学ぶ上っ面の知識ではなく、辛酸を舐めた深い体験からくる人間の知識である。これを活かしていきたい。
ところが団塊世代は日本の成長期と成熟期に生きたために、経済衰退や崩壊などの乱世に弱い。基本的に会社人間が多いのではないか。という自分自身もそうである。組織の一員として真面目にやれば成果があがり暮らしも良くなる、良くなった。50年前の暮らしとは雲泥の差。

しかし、成長し成功したために自組織の外への関心は低い。地域社会へ裸一貫で参加するなど個人の貢献はじつに低いと思う。一人の人間として何ができるか、挑戦をしていない。いままですべて組織人として行動するのみだった。これが社会のあり方にひどい影響を与えた。社会が貧しくなった。そして問題が山積した。
ごめんなさい。申し訳ないと思う。やはり一人から行動していないと思う。

ではどうするか。
出来るところから無理せずやること。高齢者の手助けをする。障がい者に自分でも出来ることをやる。当たり前だが、専門的施設へも関わりたい。ホンの少しでも関わる。
農業をやる。土日でもいい。仲間と無理しない範囲で関わる。ずっと続ける。
若者の働き場をつくる。雇用して高い賃金など出せないが、一緒に朝市出店などチャンスをつくる。売り方を一緒に工夫する。
熱心な若者ならきっと稼ぐ術を体得するかもしれない。すると雇われない働き方も可能性を増す。

いま何度も総理大臣が替わる。何も変わらない国で政府の大臣がコロコロ変わる。
政治家も可哀想だ。大変だ。マスコミも無責任だし。出来ることは限られている。

木の根っこが腐っていては花は咲かない。実はつかない。政治の土壌もそうだと思う。
だから、政治を変える。それはしっかりとした根を生やすこと。豊かな土壌を育むこと。

こういうことはマスコミにも登場しない地域での働きかたにある。
僕たちが変わることにある。着々と地域の「豊か」を仕掛けていく。

自然は豊かにそれを教えてくれる。
風は冷たいがカラダを動かそう。

nobu23 at 07:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 事業・起業 | 生協

2011年01月16日

畜産PR行動とパルシステム

一昨年、2008年からの大不況でパルシステムは2009年度ではじめて供給高が前年比を割り込んだ。そのもっとも悪かったのが産直の分野だった。青果と畜産である。そこで、もう一度組合員へのパルシステム産直の普及にグループ挙げて取り組んだ。

青果は昨年に物流改革を完成させて青果専用物流としたことにより、納品日を短縮して鮮度アップした。低迷した果物も糖酸度を測定して糖度保証とした。そして、地域のパルシステム事業所職員たちと生産者の交流と相互研修を徹底して取り組んだ。
いきいき品質キャンペーンである。組合員一人一回あたり3品目の青果の利用に上がった。
しかも利用後の評判も上々である。ただ昨年の夏の青果は異常気象で物不足と価格高騰でもともと青果利用は高くなる。むしろ市場価格が下落したこれからが勝負だ。

さて畜産である。
この取組みにあたりパルシステムの産直畜産を再度コンパクトに整理した。
産直4原則は当たり前だが、さらに直営工場がある。習志野精肉製造と山形ハムソーセージ工場である。これによって生産者の牧場からと畜場を通して直接仕入れて製品化している。これは肉質など製品化技術を内製化することで産直の技術的側面を把握することとなった。
さらに畜産専門家を育成し顧問獣医による指導をいただき牧場管理も生産者と共に研究する。
そして飼料米への挑戦である。このパルシステム産直はアメリカ型でもヨーロッパ型でもない日本型畜産への挑戦を行うことである。もちろん生産者も多様なため一緒に話し合いながら無理無く進める。

その結果、生産者とパルシステム畜産生産指標を作成している。生産管理から交流まで体系化されている。飼料の自給を向上する様々な取り組みも進める。パルブレッドのパンクズ、PB豆腐のおから、そして飼料米である。米豚など。

地域の配送センターなどの事業所職員たちと生産者の交流は様々な感動を生み出した。それをチラシに書き、そして語る。職員たちが商品を熱く語る。 生産を語る。つくるを語る。面白い。

パルシステムは物売りでは無い。扱っているのは熱き人間たちの思いのこもった生命力あふれる農産物とその食品である。つながることがいのちを結ぶ。


nobu23 at 06:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生協 | 事業・起業

2011年01月14日

下村婦人会、コミュニティビジネスの源流

熊本県球磨郡湯前町、と言ってもどこにあるかすぐにはでてこないかも知れない。鹿児島空港から高速道路に乗り、その後一般道をくねくねと山道を走る。一時間半くらいで山のなかの広い盆地のような所にでる。ここが湯前町だ。合併を拒否してがんばっている。
ここに昭和25年から続く 農家のお母さんたちの漬物加工場がある。下村婦人会である。創設者の山北幸さんは現在は引退したが、まだ特養で元気にしておられるという。96歳である。
ここの「市房漬け」が知る人ぞ知るこだわりの漬物なのである。これを視察した。「本場の本物」の審査である。

なにが驚いたかいうと、まず味噌作りから入る。地元「JAくま」から仕入れたお米と麦を中心に仕込む。そこまでは他でもできる。この味噌を土中に埋めたカメに寝せるのだ。人がすっぽり入るような深いカメで一年間自然醸造する。この味噌をベースに漬物を作る。また醤油も同様に仕込み手作り圧搾機で手でハンドルを回して絞る。ポタポタと絞る。だから醤油も深い香りがする。香ばしい。

原料野菜の畑も二ヶ所見た。
椎場さんは畑で大根を掘っていた。ほこほこする土に切り取られた大根の葉が一面に広がっている。ビールケースに座布団を敷いて腰掛けながら作業していた。声をかけると被り物を取って挨拶される。74歳。元気である。シャキとしている。
ご子息は「勤め」で農業をつがないという。二世帯で新居が隣接している。ヨメとはあわないと笑った。
畑には大根の他ほうれん草、白菜が見える。
あまり金にならないが、遊んでいても仕方ないとまた笑った。帰りに大根を二本もらった。洗って厚切りにし齧ッてみると、これが美味い。同行した町役場の職員にも進めたら驚いていた。ちょっと果実の味わいである。

もう一人、金子さん。彼はMOAの有機農業者。46歳。ゴマをはじめ麦や雑穀を生産している。実に詳しい。
ゴマは作るの難しくないですかと聞いたら、いやそんなこともないとしっかりと答えてくれた。ゴマ虫は出ませんか。でます出ます、あれはお友達です。葉っぱを食べてくれるので作業しやすい。それに増えるとカラスが食べてくれる。
別れ際に子どもが四人いると笑った。じつに頼もしい。町会議員だそうだ。

下村婦人会は8人の主婦たちで運営する。いままで生み出した利益で、「子ども文庫(図書館)」設立、「子ども広場(運動場)」を村に寄付した。公民館分館も建てた。

コミュニティ・ビジネスや農商工連携、6次産業化、などという言葉がでるはるか60年前に女性たちが起こした起業。子ども達が町へ出て行く。村を忘れないように、お母さんの味を忘れないようにと手作りの昔ながらの漬物を作った。伝統食にこだわった。

その名の由来である「市房山」が村のどこからでも見える。漬物、村、山、そして家族、これを結ぶ食の生産。
昭和46年、「暮らしの手帖」で花森編集長に取上げられ一躍有名になったという。
それからも延々と続けられ、現在代表は2代目の星原さんが務めている。
声のハリのある元気な方、自ら畑も栽培している。




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2011年01月12日

たまのお休み

先日の土曜日は、久しぶりに予定が無くて、まず朝8時に自治会室に行く。チラシ配布の準備。だが、正月休みで来週に予定がズレていた。
そのまま軽く小一時間ばかりジョキングする。近所に保存林がある。その雑木林がいいのだ。落葉樹のなかの落ち葉積もる山路を軽くかーるくちんたら走る。
こんなさほど広くもない林でも、様々な野鳥が見える。
バサッと笹薮が鳴った。よく観ると茶褐色の尾羽が美しい。キジバトのつがいがいた。携帯カメラを構えると足早に笹にもぐっていった。

すぐ脇の枝がカカカッカッと大きなおとをたてる。見ると小ぶりな黒白の縞模様、コゲラである。意外に細い枝にいた。首を振りつつ回って登る。よしよし。

アップダウンの山路をのんびりと駈けて行く。竹林もある。よく手入れされた孟宗竹。少しひんやりする。静かだ。これはまた気分が違う。木道も整備されている。なんだか厳粛な気分。

一汗かいて家に戻ったらシャワーを浴びる。最後に冷水をぶっかけて締める。
気分がいい。

朝飯は玄米と黒米を炊く。ジャガイモと玉ねぎとキャベツとガンモの味噌汁。黒くなった今治市の農協の自然醸造の味噌がうまい。それから豆腐、納豆は欠かせない。ポークウィンナーを軽くボイルする。沸騰させない。取り上げた湯に白菜を軽く湯通しする。これを絞ってザックリと切る。そこに菜種油と純米酢に粗塩と胡椒を混ぜてよく振る。これをサッとかけて、さあ朝飯だ。ぐふふふふ。

ただし前夜に飲み過ぎたときは罰として朝飯抜きである。
食後に皿洗いをしたら軽く台所を片付ける。ペットボトルやビール缶の山を片付ける。
ついでに、書類の山もなんとか整理らしきことをしてみる。これはなかなか片付かない。

そうしていろいろやって、午後三時くらいに昼寝する。
これが気持ちいい。小春日和。
お日様が部屋を暖めてくれる。干した布団は日向の香り。幸せ感。

目覚めたら、夜はヨガにいくのである。



nobu23 at 08:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 体験日記 | 生命・自然・宇宙

2011年01月10日

豊かさと人間力 日野原 一 さんを追悼する

日野原さんが亡くなった。享年73歳。

パルシステム生協の創立者のお一人である。
豪放磊落というか、独特のいい加減さをもっていた。パルシステムに結集していった小生協は、もっと規模の大きな生協群への批判的立場をとっていた。
すると当時は、生協の運営方針への批判だけではなく、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに人間的にも合わず交流もなかった。

これを変えたのが日野原さんだった。小生協の僕たちに対して、とにかく理論や方針などの建前をひっくり返して、お前ら単に仲間と敵でわけているだけじゃあないか。いろいろ立派なことを言っているが社会的常識がないだけだ、と痛いところをズバリと指摘した。その当人は日生協幹部たちと平気でマージャンやゴルフで遊んでいたようだ。しかしそこから実はお互いの理解のベースとなる議論の土台がつくられてきたように思う。本音で話すこと。

とかく注意が必要なのは、本来大きな目標で取り組んでいるとされる組織が、実は偏狭なリーダーのもとに、理論そのものより仲間か敵かと感情的支配をすすめることがあることだ。
正しく見える政策や方針の裏に、自分がいかにすごいか頭がいいか正しいかと他者と競争しているその矮小な姿が隠れている場合がある。するとたいして違いがない言葉じりをとらえて、まるで相手が敵かのようにいいふらす。こまった集団である。このような傾向がいつも僕たちにはあった。
それをズバリと批判して笑い飛ばした。もっと率直に話そうと。

しかし小生協が、主流の生協の常識を疑い、独自の方針を持つことそれ自体は悪くない。当時、全盛だった共同購入から個配に取組み始めたとき、それを日野原さんは批判した。これからの時代は店舗だと言われた。店舗に投資すると。
これは主流の生協が店舗で隆盛し始めていたからだった。そして店舗が無かったら地域からは見えない。これでは生協が地域に役立てない。
さらに個配は共同購入の強みを壊すとまで言った。しかもコストもかかりすぎる。もし個配が成功したら裸で逆立ちして東京じゅうを回ってやるとまで言われた。しかし、これは実現しなかった。

リーダーのタイプで隙がなく正しい人のタイプもあるだろう。しかし逆に隙だらけでバンカラなタイプもあるだろう。隙のあるリーダーのもとで、部下が自由になり自信をもって自分を表現できることがある。そのパワーの影響は意外に大きい。いまチマチマとまとまり、こうしたバカッパワーを持つものが減った。おおらかな人間力が。
その結果、守りに強い者たちばかりの組織が増えてきた。

陽気な日野原さん。こころ温まる生協のもう一人の創設者。
ケンカも楽しかった。

正月はお孫さんに囲まれ、3日は透析のあとお酒を美味しそうに飲んで、好きなマージャンを楽しんでいたという。そしてその翌朝ベットで逝ったという。
いかにも、らしい、いきかた。




nobu23 at 08:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生協 | 生命・自然・宇宙

2011年01月07日

転換期について 「旅する巨人」佐野真一

世界が転換期にあるとすると、どうこの時代の変化に対応するか。考えている。
佐野真一氏の「旅する巨人」宮本常一と渋沢敬三、文芸春秋社、が参考になる。

この本とは別のところで司馬遼太郎が、宮本常一への追悼文を書いていた。表面には見えない日本人のシンを宮本先生は知り尽くし記録していたと。この日本人のシンと表現した司馬遼太郎は、その後それが崩れていくと嘆いた。

その宮本常一を常に支援していた渋沢敬三は、戦後大蔵大臣として戦時国債乱発によるハイパーインフレションに直面する。このとき国の借金を棒引きせずなんとか返済することにこだわった。自らは広大な邸宅を物納してあばら屋にすみ畑を耕す。ニコニコと落ちぶれていく。その事が300万人を殺した戦争犯罪の責任であると。また、日本銀行紙幣の印刷が工場の破壊でできなく、アメリカのGHQがそんなのはアメリカで印刷して使えばいいと指示したときに、猛然と反発し辞意まで表明して抵抗した。現代の政治家とは気骨が違う。敗戦直後の占領軍への抵抗である。この国自身の貨幣の印刷にこだわった。

経済の破綻は人をも破綻させるか。いやそうではなく、金がないと何もできないという人が破綻する。では、金が無くとも平気で暮すにはどうするか。

実は敗戦間際に日本軍は宮本常一を高級将校として徴用しようとした。宮本がまだ中学校の臨時教員だったときにである。すでに軍部の一部は、敗戦後の荒廃を見こんで農業強化の方針を進めようとしていた節がある。そして農業現場の情報と農業技術、農村、漁村振興の指導者として宮本を活用しようとしたという。日本人崩壊への最後の復活への足がかりである。しかしそれは時遅く実現はしなかった。

この宮本を全面的にバックアップし支えた渋沢敬三がつくったのがアチックミューゼアムである。戦時中敵性語とされ日本常民文化研究所と改称させられて戦後に続く。
ここを拠点に宮本は日本中を歩き調べつくす。あるくみるきく。

おもしろいのは敗戦を挟んだ前後の人間模様だ。戦時中マルクス主義者として大学を放逐され不遇をかこっていた著名な二人を密かに渋沢は支援していた。渋沢も軍にニラまれたらアウトだが。その二人は向坂逸郎と大内兵衛だった。その彼らがあれだけ危険な状況下で渋沢に支援してもらっていたにも関わらず、戦後は手のひらを返して身下すシーンがある。日本のマルクス主義者の底の浅さに愕然とする。

さて、日本人というか「常民」の強さはどこにあるか。
これを読むと、人を騙したり陥れたり悪しざまに批判したりしない。常に誠実で前向きでひとを信頼する。騙すより騙される。しかし自然との深い対話をもち、生きることを楽しむことだと思う。
何も持たずただ丈夫なカラダとワクワクする関心を失わない。

宮本常一は戦時中被差別部落に入り、その長老が日本が負けようがアメリカの支配になろうが自分たちはなにも変わらないと語るのを聞いている。
そしてすでに戦時下で新たな日本復興のリーダーはこれらの人々と農民こそがなりだろうと予感していた。

同じ民俗学でも柳田国男や岡正雄らとの大きな違いである。
支配者の価値観、世界観から脱却し、「常民」の価値観のなかに真の豊かさを見る。
宮本常一が残した膨大な豊かさの記録。こころ温まる宝。

nobu23 at 07:13|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 生命・自然・宇宙 | 読書

2011年01月06日

JAZZの歴史と組織の論理 坂本龍一

お正月にNHKで坂本龍一氏の音楽講座スコラを一挙に流していた。このうちJAZZについて、たまたま見たらこれがおもしろくていっきに最後まで見てしまった。

JAZZの発祥はよく知られたようにニューオリンズである。ここはアフリカから黒人奴隷を連れてきて売買するアメリカ南部の大都市だった。JAZZの原型は黒人労働歌とマーチングバンドと確か聖歌だった。労働歌はブルースであり辛い労働から解放されるために歌われるもの。マーチングバンドは本来戦争のためのもの。歩兵隊の前進を歩足のリズムを刻み統一して戦わせる。文字通り鼓舞するためだ。最強のオスマントルコ軍が開発したのだ。以降、軍隊の戦いで不可欠となった。あくまで明るくかろやかなマーチである。

ニューオリンズでこの黒人音楽と白人音楽が融合していく。
最初はリズムの革命家、ラグタイムだ。4拍子で、いままでワンとスリーが強調される普通のリズムを、裏拍子とも呼ばれるツーとフォーを強くする。ウンチャ、ウンチャ、である。これが後々ROCKへとつながる。
そしてブルーノート。これはドレミの七音階に当てはまらないミとシの半音階下げた音を基調に使うもの。民謡調というか独特の哀愁感がでる。
ラグタイムもブルーノートも既存の西洋音楽の範疇を壊す。こうした革新は頭ではできない。腹の底から湧き出す音楽への渇望から叩き出された。

そしてこれがダンスミュージックへと大衆化していく。ハデなビッグバンド。ラッパ系が入りスイングと呼ばれる快調なダンス音楽が広がる。ディークエリントンバンドなどである。
しかしこいつに飽きたらない黒人たちの新たな挑戦が始まる。

ところでJAZZの基本を坂本龍一氏はこうおさえる。コール&レスポンス。呼びかけと応答。呼びかける歌と応える歌。これを支えるリズムと通奏低音。ドラムとベース。
こうしてまずモダンJAZZが生まれた。チャーリー・パーカーが偉大だ。
シンコペーションを駆使しつつ、和音、つまりコード進行を進める。彼はコードを素早く正確に刻みながら自由に即興演奏を行う。

しかしその和音(コード)進行を無視しブルーノートの音階に依拠して表現するモードJAZZが次に誕生する。モードJAZZ。マイルス・ディビスである。切り詰めた音でまったく新らしい表現が洗われた。
しかしもっと革命的なJAZZが同時に発生する。音階、音調、リズムを無視して勝手にやる。フリーJAZZの誕生である。
山下洋輔がいう。ピアノ、ベース、ギター、ドラムが勝手にやりながら自己主張しそこから新たな協働が生まれると。すごい。

nobu23 at 07:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 読書 | 事業・起業

2011年01月04日

野浦の初詣り

今年は、30日から帰郷して大晦日と元旦をじっくり過ごした。兄がエクアドルにいるため、代わって歳暮配りから夜中の初参りと元旦の神社の氏子による春祈祷(はりんと)も参加した。
岡村夫婦が泊りにきてくれたので、ご一緒した。実家に92歳の母がひとりのため、海が荒れるといとこに言われて早めに帰郷したのがよかった。

野浦の初詣は夜中の12時前に行く。寒い夜だが、雪にはならず雨が降っていた。夜詣りは行き交う村人と挨拶はかわさない。黙々と歩くのがしきたりである。それから仏教宗派に関わらず、みな参拝して回る。順序もチャンと決められている。
最初は野浦大神宮。臼杵秀麿宮司が取り仕切る。お神酒をいただき軽く温まって次は萬福寺である。尊敬する先輩山形正之さんが対応してくれた。その脇の祠に参拝して、次は浄土真宗の「道場」である。御門徒の方々はお寺と呼ばず道場と言う。
この野浦の道場は一向一揆で逃げてきた雑賀衆が建てたというもの。木彫りの阿弥陀仏が祀られている。なんといまだに年一回、その雑賀衆が詣りに野浦に来るという。大半は北海道へ逃げていったが佐渡にも残りその村があるらしい。

さて、その後は「しょくばんどう」であり田んぼ脇の山路にある。小さな小屋に石地蔵が並ぶ。その側に古い石碑がある。これは実家の昔の家系で諸国を放浪した男の石碑だと聞いた。

雨が強くなるなか海辺にでて「権現堂」に参る。やはり小さな祠である。そこにお賽銭と祝儀が並べてある。それから村の真ん中で海に張り出した岩にある弁天様。次にあの有機農業の北野源栄さん家の脇の祠に参拝して、最後は北組の地蔵様に賽銭を置いてようやく終わる。ズボンはびしょ濡れになっている。

こうして初詣は終わった。村は神道も真言宗も浄土真宗も共存し皆で参る。
小さな村での共生の知恵であると思う。神道も真言宗も浄土真宗もみんな大切に続けられている。けっして一つにまとめない。
そうそういまも村には多様なグループがある。区会(自治会)、明日の野浦21委員会、双葉座、トキ米生産組合、伝統芸能館管理組合、民謡研究会などなど。これがたった42軒の小さな集落にある。

翌日、元旦には若者達による「春駒」が家々を回った。ひょっとこの面をつけ春馬の人形を手に踊る。平太鼓を細いバチで叩きながら方言で豊年満作を祈る。40軒も20分程度舞踊り祝い酒を頂く。彼らの体力には脱帽だ。年寄りに「そくせいでのう」と声をかける。みんな仲間だという気がしてくる。

豊かさはここに見える。画像 529

nobu23 at 07:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命・自然・宇宙 | 体験日記