2011年02月

2011年02月28日

憂鬱な時間を見つめる

明けがた目覚める。日曜日の夜、早く床についたせいかたくさんの夢を見た。還暦に近づいて来ると思わぬ身内や知人の不幸が様々に襲ってくる。苦しみや悲しみに襲われる。関係が深いほどその影響も大きい。逃れられない。

夢を見た。脈絡の無いそのなかで僕は怒っていた。大声で叫んでいた。確か役所の窓口に行き、給料の振込金額のミスを相手が認めながら仕方がないから次月まで待ってくれとしたことに対してだった。それは泣き寝入りしない、許さない。訂正しろと交渉していた。変なのだが、間に親父が入り僕に我慢しろと諭していた。しかしどうしても許すことが出来ずついに爆発した。窓口の女性に名刺を要求しはぐらかされると怒鳴り出した。もう止まらない。衆人の前で叫び続ける。

目覚めると寝汗をかいていた。憂鬱な気分。しばらく何だったんだろうかと考える。

もう夜が明けるころ。まだ暗い。雨音がしている。外は黒い雨に包まれている。

若いころの旅は坂を登るように期待を胸に秘めて駆け上がっていった。山の上に向かって。崖で落ちても、傷だらけでも無我夢中。

還暦に近づいてみると、友や家族や仲間たちの不幸が次々と襲ってくる。仕方ないと思いながらもやはり理不尽だと思っているのかもしれない。しかし年を取るということはそういううことなのだと思う。

外はまだ暗い。黒い雨につつまれている。



nobu23 at 06:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2011年02月26日

土曜日の朝

久しぶりに午後から会議。午前はお休みだ。早朝、近所の野山を軽くちんたら走り。一時間半。少しは汗にまみれる。足にガタがこないように、丹田に気をやる。しかしどうでもいいようなことが頭を去来する。だいたいにおいて、くだらないことばかりが気になったりしている。

疲れ出したら、さらに歩調を弛める。ちんたら、チンタラ。

右足が疲れやすい。膝に負担がきやすい。胸が少しでも苦しかったら、弛める。坂でキツかったら歩く。無理はしない。楽しみながらゆく。

水仙の花がきれいだ。可憐だ。

帰宅したらシャワーを浴びて水をかぶる。プハーッ、気持ちいい。

朝飯。小田原田んぼ玄米と軽米町の雑穀焚き合わせ。神奈川中央養鶏の目玉焼き。カジノヤ中粒納豆。キムチ。薮川行者ニンニク漬、三澤さんのイカ塩辛。ジャガイモ、人参、玉ねぎとうめてば豆腐の味噌汁。味噌は手作り。あとはレタス、マヨこれに黒胡椒。

ぐははは。美味いぞ。



nobu23 at 11:10|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 

2011年02月25日

多様性の共存

パルシステムグループがいま理念とビジョンの再検討を議論している。各県で意見交換する。この理念というやつが難しい。いま作られているものは1995年に決議されたものだ。この時、パルシステムがまだ首都圏コープ事業連合と名乗っていた。1990年が生協法人として事業連合が認可された、その最初のケースだった。法人化後、参加した会員生協役員たちが集まり一年以上かけて議論とワークショップを積み重ねて作成した。

「心豊かなくらしと共生の社会を創ります」

出来上がってみると、いつのまにか棚ざらしとなってしまう。なぜか。

その作成した過程の参加者には、喧々諤々議論し言葉化出来ない場の共有がされている。それぞれの思いやクセも理解され練られて、言葉を削り込み作られる。そして、できた理念が素晴らしく感じる。だが、角の取れた立派に見える、人がつけ込みにくい表現は、次の世代になるとその臨場感が失われて風化してしまう。当たり前と言えば、当たり前だが。難しい。

心豊かな、とは何だ。モノは貧しくてもいいのか。なぜこの言葉が出てきたか。くらしは、暮らしと漢字で書かなかったのは何故か。そして、共生の社会とは。

その時代のリーダーたちが問題としていたこと。バブル崩壊と不況、阪神淡路大地震。オウム事件。何か大きな時代の転換期の噴き出している現象に囲まれて、大切にしたい基本的な考え方を徹底してワークショップを行い言葉化していった。

心の豊かさとはなにか。共生の社会とはどういうイメージか。

そして組織理念として多様性の共存と社会に開かれた運営が打ち出された。

いま、また理念が検討されている。このとき、いまなにが問われているか、何を求めているか。そして最も大切にしたい思いはなにか。

おそらく、絶えず疑問を持ち神棚から引きづり降ろし問い続けること。このことが理念の役割かもしれない。

ダーウィン進化論。競争的価値。生物多様性と共棲進化論。ガイア仮説。



nobu23 at 06:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生協組織 

2011年02月23日

アフリカの悲惨

チュニジア、エジプト、リビアと独裁国家での民衆反乱が続いている。専門家の先生と話した。エジプトは、膨大な国家債務が膨らみ一旦IMFに棒引きして彼らの管理下に入った。

そして、国営企業をEUやアメリカ企業に売り飛ばした。その企業と少数の支配層のみが儲かり蓄財する。そしてまた国家債務が膨れあがる。

ただ湾岸戦争の時は、借金が減った。アメリカ軍に協力し日本からお金をいただいた。しかし戦争がすむとトタンに借金がかさんでいく。

援助によりますます債務が膨れ上がる構造。証券市場でもバブルを仕掛けられ頂点で本当のハゲタカファンドは、勝ち逃げしてエジプトの中産階層は大損した。惨めに転落した。

いまは、食料投機で価格が暴騰して輸入に頼る貧しい国は大変だ。働く場が無く食べることさえままならない。

元々、アフリカは自然豊かな地域。それが食糧すら自給出来ない。貿易が国を貧しくする。援助が自給力を奪っていく。アメリカ軍が戦争に巻き込んでいく。軍需産業は他国を潤していく。

平和と食の自給。それを先ずは希求する。貧しい人の貧しい人のための貧しい人びとによる経済。協同。そして自然の再生と農による豊かな社会を。地道に暮らしを作っていく。金持ちと戦争屋はでていけ。貧しくとも自立していく。



nobu23 at 08:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域 

2011年02月21日

アフリカの革命とインターネット戦争

NHKスペシャルでネット革命を放映していた。チュニジアとエジプトで何がおきていたか。おもにフェイスブックでの動き。

チュニジアの若者の「露天商」が警官に咎められる。難癖をつけられワイロを要求される。これを拒否して怒りとともに焼身自殺する。これを見た人びとが、警察署に抗議に押し寄せてさらに弾圧される。これは独裁国家の小さな町のありふれた情景と思われた。しかし違った。この抗議の情景がフェイスブックに投稿された。これを見た遠く離れた町の若者が怒りと悲しみでこの動画を更に流す。こうして抗議の大デモへと膨れあがっていく。

これを見たエジプトの若者がムバラク政権打倒に立ち上がる。ムバラク政権はインターネットを規制していたが、フェイスブックは権力からの通信者の保護を徹底している。通信内容はおろか発信元や発信先を特定できないのだ。軍の情報機関でも無理だといわれている。

そこでフェイスブックにスパイを潜入させて、このスパイによって発信者を特定し抹殺する。偽情報で撹乱する。こういう政府の弾圧に対抗したのは多勢の市民の参加者だった。デモはこうして拡大していった。治安当局はスパイが300万人いないと勝てないと嘆く。フェイスブック参加者は500万人になったという。

ここにいたってムバラクは退任をほのめかした。しかしその裏でインターネット接続を切断し活動家抹殺をはかる。プロバイダーが抑えられる。逮捕者が続出、監獄は満員。砂漠で拷問と殺人。

これにGoogleは電話機によるインターネット接続サービスを開始する。さすがと思うが、しかし本当のインターネットの戦いはこれからだ。世界のハッカー達が一斉にエジプト政府のコンピュータを攻撃する。そしてシステムダウンだ。銀行も軍隊もいまやコンピュータ無しではすべてがマヒする。ついにムバラクは逃亡した。

インターネット革命とは何か。

NHKでは取上げられなかったものがある。ウィキリークス。ジュリアン・アサンジ。ベトナム反戦活動家の母を持つオーストラリア人。母は、ヒッピームーブメント、エコライフ、演劇、ヨガを経験する。アサンジの愛読書はソルジェニーツイン「煉獄の中で」。彼の言葉「若いときに受ける迫害は正念場の至高体験だ。国家の実際の姿を知ること。信じないと誓いながらも、心では奴隷のように従う教養ある者たちの虚飾を見抜け!・・・真の信念は被告人席に座らされ、三人称で呼ばれたときに形作られる。」という明確な意思を持つ。

彼らハッカーたちの思想。「情報は自由でなければならない。情報は社会全体のものだ。オープンになれば、公共の利益になるはずだ。人々に真実を知ってほしい」

彼が、イラクの米軍兵士の内部告発を全世界に暴露する。いかにアメリカが不当な不公正な戦争をしているかだ。

アサンジは、ケニアで開催された世界社会フォーラム(WSF)に行く。そこで国境無き医師団をはじめ人権活動家、環境活動家、飢餓救済など「もう一つの世界は可能だ!」とつながっていく。菅総理がスイスダボス会議で世界のエスタブリッシュメントに加わっていくのと大違いだ。

そしてマーク・ザッカーバーグ。フェイスブック創立者。

「われわれの会社はガスと水道と同様の公益事業です」という。なるほどライフラインだ。「ぼくは会社を経営したいわけではないんです。ぼくにとってビジネスというのは、目標を達成するための手段にすぎません」

「ぼくらは世界にもっと透明性を加えることが必要だ。さまざまな情報へのアクセスを拡大して情報への共有を広げることが、結局、世界に必然的に大きな変化をもたらすと、ぼくらは考えた」

こうして彼らはつながっていく。強大な権力を前に、取り込まれず、そして邪悪にならず、暴力ではなく平和な抗議とつながりで世界を変えていく。

マハトマ・ガンジーの意志はいま強力なハッカーたちによって受け継がれていく。かれらハッカーたちの共通の生きかた。虚栄や金銭、物質的欲望よりこの不正な世界を変えること。いよいよグローバルな戦争が始まった。

ぼくたちは、「露天商」の立場に立つ。人々は、一人ひとりがつながり食べ物をつくり、流通し、消費する。家をたて、子育てし、仕事を起こし暮らしを創造する。これは、貧しい人々自身によって担われる。協同する心によって。暴力と権力とによってではない。この波は、世界を変えていく。もうすぐ国際協同年だ。



nobu23 at 06:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域 

2011年02月18日

世界とどうつながるか

世界に日本の何を発信するか。貿易でどうしたいか。

有機農業先進地域、生物多様性ホットスポット、平和と協働の心豊かな社会。

自民党の議員と話す機会があった。いま日本経済は低迷し自動車、電気など輸出産業は工場を海外移転している。経営者達は、国内に少しでも残したい。だから、EUや米国への日本からの輸出を維持拡大しないと、系列中小企業が更に疲弊する。だから、関税障壁を自ら撤廃して弱い農業も強くしたいという。

なるほど。弱い国内自動車、家電企業の保護のために自由貿易にするということ。

しかし、自動車、家電はすでに多国籍企業となりEUや米国、東南アジアですでに生産され販売されている。むしろそちらで生産したほうがいい。それと本当に系列中小企業を維持拡大する力や考えがあるだろうか。いまの自動車、家電大企業が雇用や産業を拡大できるか。

中国やインドのそれ自体は成長する経済を羨望の目で見ることはない。すでに遠く過ぎた洗濯機、冷蔵庫、テレビ、自動車が飛ぶように売れる社会。日本は若者がもうそんなものに金をかけない。

では、自動車、電気など大企業は国内で何をするか。それは彼らの優れた研究開発と技術力で新たな製品開発を進めること。ぜひ、生物に学びエネルギーを多投しない循環社会システムを推進する産業を創造して欲しい。例えば、カタツムリの殻に学ぶマジックインクで書けて水だけでキレイに落とせる壁や自動車。トンボの羽構造の室内風力発電。ネイチャーサイエンス。東北大学石田先生ら。

日本が世界でまれに見る固有生物種の宝庫。これに学ぶ。ここから学習する。

有機農業先進地域。農産物を輸出するのではない。狭い国土で輸出すると足りなくなるものも多い。

有機農業技術とシステムを輸出する。すでに中国や韓国、東南アジアで引く手あまた。わがBMW技術など。それと種を売りたい。美味しく優れた種は各国有機農業者から渇望されている。

食と農による平和と協同。生物多様性の里山里海。資源とエネルギーの域内自給モデルを世界に。



nobu23 at 07:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域 

2011年02月16日

自己満足

雪が降った。一晩降って積もった。びちゃびちゃの雪のなかを歩く。町内会のチラシ撒きをする。道道に雪かきするオジさんがいる。じぶん家の周辺におさまらず道路も取り除いている。脇を通ると大変ですねと声がかかる。僕のチラシをみてる。いやどうもと応えて、うん、そちらこそと思いつつ言葉にならずに通り過ぎた。

誰に誉めてもらわなくとも雪かきするオジさんがいる。道端にたくさんいる。あちらこちらにいる。滑ったら危ないと丁寧に雪をかたずけている。早朝、二三の人だけの歩いた痕をしっかりと掻き分けて道をつくる。キチンと丁寧にかたずける。これだけで気分がいい。

翌日、残雪が傍に残っている。すごいね。



nobu23 at 06:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域 

2011年02月14日

商品を開発するということ

パルシステムが組合員参加でメーカーと一緒に商品を開発している。その発表会があった。

商品開発チーム2010ー私の「ほしい!」をみんなの「うれしい!」にー「組合員の声から生まれた商品」報告会」である。

11のチーム。

野付の海鮮丼(ホタテ、シマエビと高いが植樹などつながりでかバー)

野菜入りハンバーグ(5種類もの野菜入り)

家族大満足冷凍ウィンナー(旨みと食感にこだわる)

米粉マカロニの豆乳グラタン(7大アレルゲン除去)

産直じゃがいものほくほくコロッケリニューアル(じゃがいもの固形とマッシュ比率と手作り感)

鶏ムネ肉の中華炒め(ムネ肉スライス厚さ5mmこだわり)

もっちり米粉クレープミックス(米粉7割と小麦粉で苦労)ママのお!でん(れんこん、きのこなど普通にない驚き)

ちょこ&チョコパン(チョコのツブツブ感)

パパッとトマ豚キャベツのベジソース(トマトベースの惣菜の素)

国産野菜使用ソース(中濃ソースで国産野菜と果実にこだわる)

チームが次々と壇上で発表する。プレゼンテーションは手書き絵を切り抜き、シナリオを作りミニコントで笑いもとる。商品にかける思いがひしひしと伝わってくる。おもしろい。

売れない。高い。供給がいかない。と悩むまえにこの組合員たちとメーカーの協働をみることが必要だ。ママたちは、子どもにいかに喜ばれるかおいしく食べてもらえるか真剣勝負だ。しかも体にいいこと。そしてまた、できるだけ値ごろ感も欲しい。このことを考えながら、メーカーに学び、努力した。メーカーの苦労もこうして分かった。

商品開発は生産と消費の協働のチカラを生み出す。つながること。これを提供するのがパルシステムだ



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2011年02月12日

謙虚と誠実 村上春樹「雑文集」

謙虚という生き方とは正反対である。なんか謙虚にしろと言われると無性に逆らいたくなる。偽善ぽく感じられる。しかし、村上春樹の「雑文集」を読んでいると考えさせられる。

彼は沢山の賞を受賞している。その受賞スピーチがすごい。単に喜んでいない。しかも、乗せられてもいない。いやなんとなく自分を勘違いしないように、真理からはなれないように抑制しているように見える。あるいは、授与者への率直な批評精神すら感じられる。

最大の表彰は読者からだとハッキリと言い切っている。これは起業家の態度であり実務家のこころでないかと思う。

有名になりたい、他人に、しかも著名人やマスコミに評価されたいとは誰しも思うことだ。それに流されない。自分を見失わない。すごいね。

こういう生き方はどこからくるんだろう。

勝手に考えると、おそらく、走ること、楽しむこと、遊ぶこと、学ぶことからではないかと思う。面白い。

すると、正直に率直に話し聞くことができる。

村上春樹の話のなかに、朝起きたら自分が何者かしばらくわからないということが出てくる。そして時間が立つとやがて自分の名前や役割がわかりだすといった話。これは、僕たちが物語のなかでこそ生きているということを語っている。だから、けっして他人に価値判断や評価をゆだねないこと。じぶんがなにものか、なにものでありたいかを物語ることが必要になる。

誠実とは戦いだといった人がいた。じぶんに言い聞かせる。



nobu23 at 09:17|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 

2011年02月11日

高度経済成長で失ったもの

日本はお金の面ではまだまだ世界でも富める国であることは間違いない。ただ、貧しい。目がうつろである。総理大臣をはじめどこか生気が無い。

こういう時読むべき本こそ、宮本常一である。「失われた日本人」

お金があってもだめだ。

根性が腐っていては。では根性を叩きなおし、気合の入った暮らしを取り戻すにはどうするか。

昔の人の生きかたに学ぶ。

人のために役立て。人を立てろ。自分が利巧ぶるな。バカのクセに。自分をバカだと自覚する。何も分っていない。だから学ぶ。学びたい。知りたい。

地域には、個性があり、豊かな伝統がある。誇りがある。

美しい里山を深く知り、好きになる。風を感じる。匂いを感じる。

美味しいもの食べる。そして孤独を孤独と思わない。自然の全てに包まれる。

宇宙とカラダの統一感をもつ。フォースのパワーを感じること。

自分が楽しければ、人にも楽しくあってほしいと願う。



nobu23 at 08:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命 

2011年02月10日

デフレの正体 藻谷浩介 を読む

社会の閉塞状況、社会的格差、貧さ、事件事故が襲ってくるとき、どうしたらいいか。

自分のアタマで考える。頭だけでなくカラダを使って考える。自分の立場を知りつくし自分を使いこなす。他人に楽しんでもらう。おもしろがってもらうことが基本。

いろんな問題、課題を考えるときに新聞やテレビのコメンテーターなどの意見を参考にはしないこと。大文字言葉と小文字言葉とに分けて、一般的に分かりやすいスローガン的な言葉や、やれ政府がダメだとか、アメリカのせいだとか、アレが悪いこれが悪いといい募るそういう論調にはみるべき内容がないと考える。

小文字言葉で語れとは佐野真一さんの説だが、その通りだと思う。具体的で確かな自分で考え体得した考え方だ。そういう方法による提案は実にためになる。

藻谷浩介さんの「デフレの正体」はそういう実践的な本だと思う。やや文書が冗舌っぽいのは講演をベースに作っているからかもしれない。

就労人口、生産人口の減少こそ、GDP減少の正体。経済の収縮局面。

すると人口増加を前提にした経済と社会は、もう日本では持たない。就労、生産人口が減れば全体として消費支出がヘコむ。にもかかわらず小売の出店と拡張が続く。オーバーストアで無理な競争による低価格戦争が小売の破綻を生み出している。

しかも人件費を削るからますます消費が減り、経済が縮小していく。悪循環。

では、藻谷さんはどう提案しているか。①高齢富裕層から若者への所得移転、②女性の就労と経営参加、③外国人観光客の短期定住者受け入れ。の三つ。

いかに高齢者にお金を使ってもらうか。いかに若者にお金を配分するか。具体的に提案されている。若者をこれ以上不安定でかつ低賃金で使うことを続けてはいけない。

もっと注目したのは女性の就労と経営参加である。女性たちの1200万人の就労者可能な方たちが専業主婦にとどまり社会的収入を得る活動をしていない。では、パートで働くか。いや経営規格参加が必要だという。これである。

この場合、女性たちに優位な仕事、食や農や衣住、サービスなどを自分たちで仕事を起こしていくこと。パルシステムのセカンドリーグがそうだ。

この人たちが就労し経営参加すれば社会は変わるという。

藻谷浩介さん。パルシステム・セカンドリーグの講演会で話されてから4年がたった。極めて実践的かつ面白い具体的提案が詰まっている。



nobu23 at 06:41|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 読書 

2011年02月09日

環境学ネットワークとコウノトリ

この土日と兵庫県豊岡市で開催された環境学ネットワーク主催のシンポジウムに参加した。「地域社会主導型科学者コミュニティの創生プロジェクト」という長い名前の集まりである。

豊岡市のコウノトリの野生復帰への取り組みは有名だが、野生化も90羽を超えると新たな段階に入ったようだ。コウノトリが日常化する。住民の熱い思いの火が消えないように油を注ぎ続けることが役割だと市のコウノトリ共生部コウノトリ共生課コウノトリ共生係の方が話した。

このシンポでは非常に刺激的な4名のパネリストがいた。

代表の佐藤哲(長野大学)、家中茂(鳥取大学)、大橋勝彦(虹別コロカムイの会)、中嶋健造(NPO法人土佐の森・救援隊)、がおもしろかった。

家中先生は、公害原論の宇井純先生の自主講座から始まり水俣一人芝居について歩き、水俣病に関わる。その後、沖縄に渡り石垣島空港反対運動に関わる。そこで魚住けいさんと㈱真南風を結成し、生産者の組織化と自立経済への道を展望する。そしてパルシステムと出会う。ミドルマンの役割を語り、都市とつなぐ。

大橋さんは、本業は定置網漁民である。しかしトラウト養魚にはまる。この養殖所にシマフクロウがやってきてすっかりシマフクロウの保全活動にはまる。木々の移植から巣箱の設置。そしてこの数年間で19羽もヒナが孵った。西別側流域で毎年1週間の連続コンサートを仕掛けるなど実に多彩で愉快な方だ。

中嶋さんは、森の再生でコペルニクス的転回を仕掛けている人。

自伐林業。副業林業。農民林業。

彼らの提案は、いままでの専業、専門家などからは嘲笑された。

専門森林業、大規模、利益追求型ではもうやっていけない。

実は、日本全国の森林所有の多くが個人の小さな所有だという。その所有者は、お金にならず扱い方も知らないため、荒れることに気を病んでいるがどうしようもないと思っている。そこで、彼らの出番だ。

間伐のやり方を講習し、簡易型索道機をレンタルし、一人でもできる間伐を進める。そして軽トラ一台分で4万円程度で買い上げる。これで、村人の目の色が変わった。

大勢が参加しだし、森が変わった。いま、このNPOでは8千万もの収入がある。150名もの職員が働いている。間伐された木材はマキやチップで販売される。

佐藤哲先生。

アフリカマラウイ湖などの生態系の専門家。

環境アイコンを提案する。地域で自然再生と地域経済の活性化を結びつけ、新たな環境経済学の提唱を行う。環境アイコンは、例えばコウノトリであり、シマフクロウだ。森だ。それをキーワードに多様な文化や働き方を生み出す。社会関係を創造する。

髪の長い、「怪人風」。学際的。レジデント型研究者を生み出そうとハッパをかける。

環境学ネットワークという新たな潮流。地域の再生への挑戦。



nobu23 at 07:54|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 地域 

2011年02月05日

商品を開発するということ 中澤さんの本から

元理事長中澤満正さんの本を読んだ。おいしい「日本」を食べるKKベストセラーズ

これを読んで、つくづく創業メンバーの思いを次世代が引き継いでいくことがいかに難しいかを考えさせられた。

食を人間の根源と捉え、世界の気候風土に対応して人間の叡智を駆使して生み出した深い文化と捉えている。そして日本の米の優れた力を語っている。土地面積当たりの収量、連作可能性、そして日本人の腸の長さなど。日本型食生活の基本だ。これが育む伝統文化。そして高温多湿のなかで生み出した発酵食品の数々。

中澤さんは、商品開発についても、どれだけ時間をかけて作る人や食品に感動したか、そしてそれを食べる人に伝えたかの大切さを語る。この思いが長い利用につながる。けっして売らんかなの商品開発ではない。商品への深い理解と感動こそ伝わっていくと。

さて、どうしたら商品担当にこの哲学や思いが伝わるか。

若い担当者の悩みや苦労を聞くことからだ。彼ら彼女らも悩んでいる。ただ売らんかなの精神ではない。しかし数字に追われ成果を迫られている。

問題は彼等自身が理解している。

それを可視化して信頼し、フォローする。成功することを見守る。アドバイスする。

なにより、農地へ出かけ、工場へ行き、物流センターを見ること。そして配達現場へ足げく通い、組合員と対話すること。

現場で考える。そして取材し構成し開発し生産とつなげる。一次生情報から考えること。自分のアタマで組み立てること。

昔、中澤さんから北海道根釧地方の酪農について学び、こんせん牛乳の誕生に関わらせていただいた。

酪農への深い理解と愛情、ワクワクする既存の牛乳への改革、真に美味しい牛乳への探求。

売れるとか量を求めるまえに必要な価値へのこだわり。それが長い利用継続を生み出していった。

守るべき大切な生き方。変えるべき仕事への態度。共感と感動の商品開発。



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2011年02月03日

生きるということ 山下洋輔について

山下洋輔さんのJAZZはまるでわからない。しかし彼の話やエッセーは本当におもしろい。なんでかなと考えた。それは生き方が面白いからだと思った。

クラシックピアノも出来るし完全に古典的JAZZもこなせる。しかしそれをぶち壊してできるだけ全速力でデタラメをやる。カラダとココロから湧き出でるママに演奏しているようだ。

既存の演奏を壊すその恐怖と戦いながらギリギリの格闘を続ける。

能登の浜でピアノを焼きながら演奏したエピソードがおもしろい。ピアノは燃え始めると、ものの五分で弦が伸びて音が出なくなる。それからは観客の側に行き、一緒に燃え落ちるピアノを見ていたという。それが海と夕日でなんとも言えない感動だったと話している。つまり演奏と音楽というより、その観客も巻き込んだ全体が不思議な感動を生んだという。

これを読んでそうかと思った。

僕たちはJAZZならJAZZ、音楽なら音楽。演劇なら演劇とあらかじめ決めて見る。枠にはまった概念で確かめにいく。物事すべて分類して形にはめて理解する。しようとする。そのことで、システム化して自分を限定する。そうすると落ち着く。

演奏も演劇も映画も野球もサッカーも、見る人と演じる人がハッキリと別れ、物事はすべて整理されて、見終わったあとはまた平凡な暮らしにもどっていく。

しかし、いのちはこうはいかない。いつ病気をするか、そしていつ死ぬかわからない。仕事も家庭も仲間も何が起こるかわからない。だから、用心しろということではない。いくら注意してもそれはやがてやってくる。誰にでも訪れる。理不尽な偶然が。不幸が。

では、どうするか。

楽しむこと。この偶然と理不尽性をおもしろがることだ。そのためには、自ら形を破る。打って出る。怖いことに向き直る。嫌なことを好きになる。苦しいことを楽しむこと。

フリーはなんて贅沢なことだろうか。いのちというデタラメを生きる。偶然が味方する。



nobu23 at 06:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命