2011年04月

2011年04月29日

つまらない話

脳の構造はわからないことだらけ。

見た目は白子の大きなヤツ。問題はその重層的構造だ。原始脳があり前頭葉がある。現代人は前頭葉で考えるクセがあるらしい。すると、一見論理的に思考しているかに映る。だが違う。本当は古い脳幹に動かされている。いや、カラダの体細胞全体に動かされている。これが自覚されていない。

例えばウンチをしたいと思う脳の働きは、大腸の細胞たちの指令に基づいている。大腸にウンチが溜まった。そろそろトイレに行くべきだ。さあ動けと。食べることもそうだ。胃袋の細胞たちの指令によるもの。胃袋がカラになると胃袋表面や袋の筋肉から指令がいく。腹減ったぞと。こうしてカラダの神経系などを通して頭脳に思考させている。ところがこれが逆に脳では解釈する。脳が指令して胃袋が動いているんだと。すべてのカラダの器官は脳が指令しているんだと。だから論理的思考をしていると臆面もなく語っている人は、要注意なのである。意外につまらない肉体的欲望によってそういうひとが操つられていることが多い。

じつはある学会に僕も所属している。学歴の無い僕も参加している。これがおもしろい。大学教授たちの人間模様は楽しい。なんかストレートなのだ。素の人間たちが議論し騒ぐ。オレが俺が主義。剥き出しの権威主義。どうだオレが教えてやるぞといった具合だ。なんか子ども達がそのまま大人になったようだ。会社人間などのように風雪に耐えて、耐え難きを耐え、忍び難きを忍びといった風情ではない。あっけらかんとしている。これだけ人を批判したら表を歩けないなといった議論が平気で交わされる。実に愉快だ。

しかし、佐渡の田舎はこれとは別ののどかな人間関係がある。意外に急峻な山の仕事。荒れる海や豊饒な海での仕事。この自然に抱かれた村人達は、自分のカラダと心のありようを熟知しているように見える。そして念仏と祈り。



nobu23 at 06:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命 

2011年04月27日

何に備えるか 危機の深刻さと行動

巨大地震と打ち続く大きな余震。さらに地質学者による首都圏直下型地震と東海大地震の予想。収束のメドが立たない福島原発事故。放射能汚染の拡散。まともに考えたら、逃げ出したくなるようなこの事態。しかしそれでも人びとは黙々と仕事に出かける。住み続ける。逃げられない。

これを考えてみる。もし直下型大地震に襲われたら、その瞬間はどうしようも無い。何も出来ない。電車や高速道路やビルの損壊でやられた場合は避けがたい。避けようがない。だがしかし、今回の東日本大地震を見てみると意外に規模が大きなわりには建物の損壊は少ないように思える。あの阪神淡路大震災とは違う。これは直下ではなかったということ。直下型だとやはり深刻な損壊が予想されるものか。

しかしやはり、今回の大災害はなんと言っても大津波と福島原発事故によるものが決定的だ。津波と原発。・・・ということは大津波対策と原発事故防止こそが問題だということだ。これをハッキリさせて早急に進めたい。津波の予想と対策を本格化すること。三陸海岸の実態から、どこまで波が襲い破壊するか。そしてその際にどのように避難し被害を最小化できるか。住民総出で避難マップと対策を再度立てる。

そして全国の原子力発電所の総点検。大地震での損壊を想定した対策を本格化すること。運転をいったん停止し、冷却装置の二重三重の対策をすること。核燃料の抜き取りとその排出を図る。しかし問題は六カ所村だ。膨大な危険物質の蓄積と処理をどうするのか。これも真剣に対策を立てるべき。いま、予想される巨大地震に対して冷静で透明な公開的議論を起こすこと。キチンと思考をすること。これを口にだしてみんなで議論していくこと。恐怖を見据え、可能な対策をすること。

暮らしが、いまほど脅かされている時代は無い。生協に求められることは、安全、安心な暮らしを取り戻すことだ。いま必要な行動をしていきたい。



nobu23 at 06:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命 

2011年04月25日

鈴木方十さんを偲ぶ 神奈川県けんぽく生協の時代

元けんぽく生協労組委員長平尾さんと増岡さんが呼びかけて、元けんぽく生協常務理事鈴木方十さんを偲ぶ会が行われた。中村洋子元理事長はじめ当時の仲間達が集まった。その中には、1994年に初めて新卒採用を10名も行ったときの職員4名も参加してくれた。懐かしい顔、しかしみんなおじさんになったな。

少し懐古する。1990年に僕はけんぽく生協に就いた。それは小さくて事務所も倉庫もなにもかも一緒の見るからにオンボロなセンターだった。最寄りの駅は相模線番田駅。橋本駅から出ていた。いかにも田舎臭いその駅名には愛着があった。すぐ近くにパルシステムの多摩地域部会の弱小生協仲間で建てた大きな物流センターがあったからだ。相模線は相模川の河岸段丘が始まるハケ下に沿って行く。対面遠く丹沢山系が見えた。冬は澄んで美しく、春は田畑と雑木林が芽吹いてそれはのどかないい雰囲気だった。

さて、けんぽく生協は労組と理事会が険悪な雰囲気にあるように見えた。理事会に反対派が押しかけたり、労組が何かと反対したりする。重要な総代会では延々と議論に終始して長引き、途中ほとんどの総代が退席し最後は書面議決で辛うじて可決されるあり様。なんとかならないか。

労組と話し合った。すると団体交渉をしろという。労組三役とではなく労組員全員と話し合えと。なるほど。そして、団交に臨む。ここで大きな声で発言していたのが鈴木方十さんだった。よく聞いて見ると生協は働く労働者を大事にしろという。その通りだ。では大事にするためには何をしろというのかと聞いたら、要領が得ない。いろいろいかに仕事が大変か、差別されいるか、怒りをぶつけてくる。聞いていると同感する。しかし腹もたった。では、要求をまとめてくれ。

そして出てきた要求書が面白かった。作業用軍手の支給やカッパなどから配達トラックのパワーステアリングを取り付けろなど。切実だ。そのほとんどが実現した。すぐに。ところが鈴木さんの正規職員化が断られた。出来ないという。何故ならいま係争中だという。神奈川県の福祉センターから解雇されてその撤回を求めている。この出会いから鈴木さんの二人三脚が始まった。

労組と団交を繰り返すだけではなく、生協はどうあるべきか。理念は、ビジョンはと話し込んだ。組合員理事と職員全員でワークショップを繰り返した。鈴木さんは外部研修に通い、次第にコーディネートや講師として才能を発揮する。また最年長だったので暖かな父親役を務めた。とりわけ新人採用と研修だ。心からけんぽく生協を好きで本当にいい生協を作って欲しい。その担い手になって欲しい。そういう気持ちが溢れていた。

鈴木さんはもう一方では解雇撤回を戦っていた。当時の社会党の闘志。だが柔和で人懐こい性格はみんなに慕われていた。しかし、時々曲がったことや政治の話になると止まらない。激高したこともあった。鈴木さんのこと、思い出すとありありと蘇ってくる。人は生き、人は死ぬ。仲間達をみんなでたい切にすること。この単純な行為に豊かさはある。



nobu23 at 06:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生協組織 

2011年04月22日

有機農業と放射能汚染との戦い ミスの発生

パルシステムで千葉県田子町産の有機認証されたほうれん草を供給してしまった。有機農業生産者グループ北総ベジタブルのもの。もちろん、彼らも千葉県からの放射能汚染基準値も出荷規制も知ってはいた。しかしグループの事務所も集荷場も千葉県芝山町にある。そのためか千葉県の出荷規制は指示されない。農協のような広い範囲で一律規制すると比較的わかりやすい。それとは異なる。仲間の一部に畑が多古町にあるもの。だから事前にパルシステムから基準値も出荷規制も確認されて知ってはいたが、自分たちのは大丈夫だと思っていた。

物流センターに納品されて個別にセットされた。4月10日の日曜日のこと。しかしパルシステムの青果専門会社のGPS担当者が念のためにこの有機農業生産者グループの圃場所在地を再度調べた。すると有機農業者の圃場の一部に田子町があった。真夜中、大変だ。すでにセットされた箱は配送センターに納入されている。一部はまだセット中。そこで、配送センターにお願いし早朝抜き取り作業をして貰った。配送センターではこうした物流センターのミスをフォローするのに、余計な手間がかかる。しかし仕方ない。GPS担当者や物流センターよもっとしっかりしてくれ。これでことなきを得たと安堵した。

ところが問題の発覚はここからだ。すべて抜き取り排除されているとしたほうれん草が、組合員からの電話で配達されていたことが判明した。もう一回調べてみると、74束が混入されていた。倉庫の在庫で混ざって使ってしまっていた。70名の方に届けられた。重大な管理ミス。配達された組合員に連絡する。電話をかけて謝る。ハガキをだす。全員に連絡する。不在の方には訪問をした。放射能汚染基準値出荷規制違反の事実は重い。

念のために同一ロットのほうれん草を検査機関にだして公的検査をした。これはヨウ素70bq(基準値2000)、セシウム28bq(500)だった。

消費者の不安、パルシステムなら基準違反をしないと思ったのに、これでは信用出来ない。

生産者の不安、畑一つで検査結果が違う。農産物によっても異なる。自分たちの生産物が自分の努力とは無関係に法律違反とされてマスコミに晒される。悔しい。

生産者が一人ひとりキチンと登録されて圃場を一枚づつ管理されて、しかも村町をまたいで有機農業生産者のグループがある。苦悩する。

それを繋ぐパルシステム。だからこそ、ミスは許されない。責任は重い。もっと緻密で高度な物流管理が求められる。再点検しさらに改善していく。申し訳ない。もっと良いものを安心して食べられる農産物を求めて。



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2011年04月20日

もう一つの原子力発電燃料 トリウム 谷口正次先生

フクシマ以降が世界の原子力関係者で語られている。もともとウラン燃料の核分裂を使うとプルトニウムが生成される。プルトニウム自体は弱い放射線しか出さないため、テロリストに簡単に運べてしまう。しかし半減期は気の遠くなるほど長くかつ危険なガンマ線が内部被爆で恐ろしい事態を生み出す。また、プルトニウムは核爆弾の原料だ。そこでウランの兄弟のようなトリウムを原発燃料で使うことを提言する。

谷口正次先生。資源・環境ジャーナリスト。

驚いた。あれほど近代文明を批判し森や生命をいかに守り、レアメタルなどの資源開発に反対している谷口先生がこれを言うのだ。その理由は何か。

トリリウムなら核分裂でプルトニウムを産出しない。しかも核分裂の種火としてトリウム原発に使用するのでプルトニウムを無くすことに貢献する。しかしウラン232という危険物質は産出する。しかしごくわずか。核廃棄物は少ない。トリウムは海岸の標砂(モズナ石)などにあり資源としては確保しやすい。かつ現在、レアメタルなどの資源開発で大量に選別され排除されるために蓄積されている。これが核分裂のエネルギーとしてはウランの200倍。軽水炉型原発のウラン燃料棒と入れ替えて使用すれば核分裂廃棄物を劇的に減らすこととなる。さらに液状の溶融塩炉なら、仮に炉が破損しても飛び散っても外気で冷やされ500度C以下で固化する。ガラス化する。粉塵として核物質が飛散することはない。だからまずは日本の原発の燃料棒をトリウムに代替すべきだ。

じつは2009年9月に中国内モンゴル自治区で世界の原子力関係者が集まった。トリウム原子力発電の研究である。今年の1月に中国科学院が今後はトリウム原子力発電を進めると宣言した。このときは世界のジャーナリズムはさほど反応しなかった。しかしフクシマだ。一変した。原発大国フランス、アメリカ、カナダ、ノルウェーなどが続く。今は核燃料をトリウムに切り替えようとする動きが表面化している。特に中国は資源エネルギー戦略がすごい。ウランは少ない。しかしトリリウムならある。資源の自給化をすすめる。

さて、会場ではそもそも核分裂での発電自体がいかがなものかという真っ当な意見が出た。それはその通りだ。参加者が外資系の職員や外国滞在者が多く、東京電力や経済産業省原子力保安院などの発表を見た会社のトップや外人たちは直ぐ逃げた。誰も信用出来ない。特に東京電力の会見はトップが現場を知らず、たて割りで担当役員がそれぞれを知らない。この典型的な日本企業の体質がモロに出ている。そもそも女性のトップがいない。会見は男ばかり。信用出来ない。

さて、会場となった銀座吉水。小さなホール。中川誼美さんは言う。電気がなくても暮らせる生活を少しづつ取り戻していきましょう。いいチャンスだと。暮らしを変えることからはじめること。原発を止めよう。



nobu23 at 07:14|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 生命 

2011年04月18日

がんばっぺ茨城 安穏朝市

毎月、第三日曜日に築地本願寺で朝市がある。運営委員会の代表はお宿吉水の中川誼美さん。有機農業者やこだわりの物作りの方々が参加している。パルシステムのセカンドリーグもテントを出している。

ここに茨城の生産者大場さんが農産物を持って来た。JAつくば市谷田部もきた。茨城BMW技術協会の清水さんもきた。千葉からは海上の大地が出品した。いま一般市場では茨城産は半値以下。いや値がつかない物もある。放射能汚染値を茨城県が測りどの県よりも丁寧に品目や地域を公開して、基準値を超えた物は出荷を自粛している。だから基準以下や検出されない物が出されているのだ。風のうわさや伝聞で怖がる。確かに放射能汚染は目に見えない。だから事実を自分で確かめられない。そこに恐怖が顔をだす。二束三文。実態被害より大きい。

もう10年になる。パルシステムの職員がこの茨城の生産者大場さんの田んぼで稲創りをしている。大場さんが面倒みてくれている。そこに20数名が参加している。大地震と大津波で大場さんが甚大な被害を受けた。そして原発事故だ。放射能汚染の被害。汚染されていない物まで被害が及ぶ。農業を続けられるか。打ちのめされる。職員たちが立ち上がった。カンパが20万円を超えた。そして大場さんの茨城県産農産物販売を手伝う。そしてパルシステムのOBたちも参加した。R60グループ。東京電力に憤る。産直の長い歴史の最大の危機に立ち上がる。これから風評被害を食い止める。直売を広げる。

昨年、4月に始まった安穏朝市。親鸞の750回忌を迎える。安穏に生きること。ご無事でなにより。この言葉が昨年は実感が伴わなった。今は胸に迫る。なんまんだぶつ。



nobu23 at 06:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域 

2011年04月15日

桜の花のパラドックス

播磨坂の桜。吸い込まれそうな青い空。どうしてこんなにも美しいのか。

空を覆って咲き乱れる桜花。見上げていると一陣の風が吹く。ふわっと小さな花びらが舞い降りる。さわさわさわと舞い降りる。その一瞬のなかに僕はいる。時がとまる。切ないような花びらの舞。

花は咲き、花は散る。散るために咲く。舞い降りるために咲く。舞い散るために生きてきた。空を踊りそして土に舞う。

天空の恐るべき深さと、地面下のプルート。ダイナミックな躍動は誰にも制御できない。

だが桜は舞う。だから舞う。そして僕はこの舞い上がり舞い散る時のなかにいる。この舞い散る瞬間に共にいる。種が芽吹き、木々が伸びる。そして花は咲く。それはすべて散るためにある。



nobu23 at 06:52|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 生命 

2011年04月13日

被災の畜産 餓死と継続

秋田県小坂市にあるポークランド。年間12万頭を出荷する養豚場。その豊下さんが語る。

大きな地震だった。電気が止まり携帯電話もつながらない。全く情報が途絶えた。車に乗り、そこを対策本部にしてテレビを見た。大津波が襲っている。これは海岸の飼料工場がやられる。大変な事態だと思った。自家発電機を回して水や餌をやる。しかしその燃料も乏しい。豚をグループで分けて早期出荷した。餌の在庫は2日半しかない。給餌を三分の一に減らした。良かったのは飼料米に取り組んでいたこと。これを農協から前倒しに仕入れて凌いだ。この飼料米が無かったら、廃業になっていた。

原発事故の被害者は福島県の花兄園。大須賀社長の報告。

あの事故原発地点から1.8km。地震では鶏舎が部分的に壊れた程度だった。高台にあるのだが津波警報で着の身着のままで全従業員が避難した。ところがその避難先でもっと西へ逃げろと指示がでた。何も聞かされず、そのままバスと乗り合わせた乗用車で移動した。その避難先に着いてはじめて原発事故を知らされた。もう退避命令のでた場所には二度と入れないと言われた。財布と免許証だけしか持ち出せなかった。養鶏場には9万羽の鶏がいた。それは放置せざるを得ない。飼料も車も事務所もそのままだ。鶏は逃げられず餓死しただろう。しかし宮城県にも小さな養鶏場がまだある。支払いもあるがなんとか再建したい。原発の町の人がみんな東京電力に聞かされていたことがある。想定外の自然災害には免責条項がある、一切保証しないと。テレビで枝野官房長官が繰り返し想定外、想定外と説明するたびに、ああ、保証しないんだなと思った。でも私たちは生協と付き合っている。再建したらすぐ取引すると応援してもらっている。だからまだ幸せだ。

香取さんが語る。パルシステムの生産者組織代表

千葉県も実は地震と原発事故にやられている。放射能は怖い。毎日毎日早朝テレビで放射能検査結果を確認する。それで出荷自粛だ。やりきれない。生産者仲間の茨城産直の坂入さんが避難した農家を受け入れた。雇用している。その人たちの慰労ためのの花見に行ってきた。農家同士だからわかることも多い。私は3・11でがらりと世の中は変わってしまったと思っている。もうこれまでの常識は通用しない。でもまだどうしていいか分からない。しかし生協のみんなや生産者仲間、協力企業がいる。つながって生きたい。

そのメーカー代表三澤社長が話された。

包装材料が不足している。原料も工場も稼働できるのに。これをなんとか凌いでいく。その三澤さんが何度も言葉をつまらせた。故郷岩手の大好きな釣り仲間の漁師のことだ。津波に大急ぎで沖にでて助かった人。流されて亡くなった方。振り絞るように語った。

大地震、大津波、原発事故。未曾有の大災害は人だけが被災者ではない。餓死させられた家畜たちの多さ。香取代表の言葉が胸に残る。亡くなった方達の思いを引き継ぎ世の中を変えて行こう。社会をつくりなおしたい。



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2011年04月11日

悪夢は始まったばかり 広瀬隆 原子炉時限爆弾

福島原発に何が起こったか。これほど臨場感溢れる描写を書いている本は無い。

だが、この本は2010年8月26日の出版だ。その描写は浜岡原発事故の想定である。東海大地震がマグニチュード8.0級で起きた場合の予想。高速道路の寸断、新幹線の脱線事故。停電、断水、あちこちからの火の手。そして大津波。マグニチュード8クラスの本当の怖さは揺れの長さにある。小型地震が15秒くらいなのに、それは1分半から3分も続く。長い、とてつもなく長く感じる。そしてさらに大きな余震が数ヶ月続くという。さらに大津波だ。海岸が盛り上がりなんと一時間から3時間も引きそして襲う。津波の怖さは、海上での高さで地上も行くかと思ったらとてつもない水圧のために土手を駆け上がるのだ。これで、30数メートルの高さまで行く。しかも引き波が怖い。強力な破壊力でビルも壊す。津波が、まるで堅い岩石がぶつかったような破壊力になる。

広瀬隆氏が述べていることは更にメルトダウンの恐怖だ。浜岡原発では、原子炉の制御棒操作どころではない、オペレーション室がブラックアウト。コンピュターが配線が切れ制御不能。電源が降りた真っ暗な部屋で大きな揺れの恐怖に襲われる。冷却水のパイプはあちこちで破談。冷却をうすなった原子炉は暴走を開始しついに水素爆発を起こして大量の放射能を撒き散らす。非常電源など何の役にも立たない。その放射能の怖さがまた克明に述べられている。

さて、我々は、東日本大震災がそのピークを終えて余震が続くも次第に収まって復興につくだろうと考えている。ところが、これを読むともっと怖さが沸き起こってくる。

大地震がなぜ起きるか。

大陸は、地殻(クラスト)と呼ばれる薄い皮だ。この皮がどれくらい薄いか。卵の殻どころではなく、卵なら薄皮部分程度しかない。この皮の上に僕たちはいる。この皮ごとマントル上部部分が、まるで溶岩の上に冷えた黒い岩が乗って溶岩全体が動くように、動いている。これが太平洋プレートと北米プレート、そしてユーラシアプレートとフィリピン海プレートもの4つのプレートが交差して、そのうえでぶつかり合う海流のゴミのように日本列島が浮いている。これが、中央構造線とそれをタテに横切るフォッサマグマなどの活断層を始めとして無数に日本列島をズタズタにしているのだ。

従って、連鎖反応が起きる。地震学者によると1995年の神戸大地震から地震の活動期に入ったといわれている。大地震はこれからなのだ。

さて、我々に何が出来るか。

出来る。しなければならない。地震対策と共に原子力発電所を止めることだ。そしてその原子力燃料をいかに安全地帯に移すか。これを大声で叫ばなくてはならない。これは、時限爆弾の雷管を引き抜くこと。電力会社も相当な英断がないと止められない。市民の声が大きくなること、自治体を動かすこと、政府を動かすことだと思う。

それまでに、東海巨大地震が襲ってこないことを祈る。



nobu23 at 06:29|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 生命 

2011年04月08日

石巻大被害と救援

エリクソンというスェーデンの会社が震災復興でヘリコプターを提供している。ピースボート吉岡代表と同行してこのヘリコプターで石巻に入った。被災の被害が少ない地元の専修大学対策本部となっていた。

自衛隊、石巻市災害対策本部、ボランティア協議会の三者が連携して救援に取り組んでいる。たとえば、大きな瓦礫を片付け道を作り、遺体を探すのは自衛隊。しかし家々の土砂や破壊された家具などを片付けるのはボランティアだ。思い出の品なふどこまめな探しものはボランティアが合っている。

炊き出しは重要だ。最初はパンやおにぎりだけ。これでは元気がでない。市の八ヶ所の避難所に温かい味噌汁やカレーを届ける。これも自衛隊が頑張っている。しかしやはり大勢のボランティアが活躍している。一人ひとりに声をかけ、子どもたちには絵本などを配る。こういうこまめなサポートが大切だ。

第二段階で必要なもの。一輪車、土嚢袋、安全靴、ヘルメット。安定した食材の提供。そして良く働くボランティア。

ピースボートは3月17日に石巻に入った。いまはJC(青年会議所)などと組み完全に地域の一員としてうごいている。専従スタッフ15名。ボランティア100名以上。

自治体、自衛隊、ボランティアの有機的連携のモデル。それが石巻だ。これにつながっていく。



nobu23 at 07:50|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 地域 

2011年04月06日

播磨坂の桜

事務所のすぐ近くに播磨坂がある。まぼろしの環状線。前後が塞がれてその坂だけが取り残されて拡幅工事した後の広い道。その中央分離帯が桜並木の公園になっている。えらいぞ道路公団。

今年は例の自粛で桜祭りが取りやめられた。ガラガラ。見放題。観桜年。

少し肌寒いか。八分咲き。年季の入った肌黒い幹がひん曲がったその上に可憐な花びらが咲き乱れる。ソメイヨシノの清冽な花。見上げると降ってくる。どこに放射能があるのかと見上げる空が青い。すごく青い。美しい。

ところ所に花見人がいる。浮世離れした人びとがいる。いいね。今年も花見だ。酒を飲もうと。

世界が変わり、時代が飛んでいく。異常が正常になり、非日常が日常に変わってしまう。おかしくなっていく。ふわふわとした日常。終わることのない時間。

桜は、しかし一斉に咲く。何があろうと咲き乱れる。いつものように咲いている。一本いっぽん咲いている。なんて見事な咲きっぷり。嬉しい。美しい。



nobu23 at 07:29|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 

2011年04月04日

般若心経と苫米地英人

苫米地英人というと、いかにも怪しげというか不思議な人である。脳機能学者と名のるが経歴もそれは変わっている。

だが、いろんなところに書かれているものは本物だと思う。本人が茶目っ気で演じているので変人かと見えるが内容は深く濃い。

般若心経の解説。

般若とは、パーリ語で智慧。波羅蜜多とは修業中の菩薩が行うこと。般若心経とは、智慧を体得するための教えである。

智慧とは覚り。覚りのためには瞑想すること。瞑想とは、自分自身を見つめ、自分のいる世界を見つめ、宇宙全体を見つめること。この瞑想のための一つの方法が般若心経を唱えることだ。

観自在菩薩。自在に観る。菩薩とは修業中の人。自由自在に観ること。自分自身と世界の関係性を観ること。ここがスタートだ。

そして、最後にマントラがでる。呪文だ。この意味はいままでよくわからないと言われていた。

苫米地博士は、大胆に仮説する。これはシュメール語だと。

マントラ(呪文)

ガテー・ガテー

パラーガテー

パラーサムガテー

ボーディ・スヴァーハー

(ありたくないとありたいからこそあるのだ)

僕たちもまた菩薩をめざす。偉大なる死に向かって。



nobu23 at 06:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命 

2011年04月01日

組織の駆動原理と愛

活発な組織。明るい組織。笑いが絶えない楽しい組織。厳しい環境に立ち向かう組織。問題解決集団。常に様々な角度から深く問題解決に取り組み、そして柔軟で学習していく組織。信頼と友情に満ちた組織。

こういう組織をどうつくっていくか。あるものは自分の方針がいかに先を読んで正しい方針かと力説する。また別の人はブレないこと、実直に一本やりにモノごとを実現するという。また別の人は人の意見をよく聴く調整型だ。様々なタイプ。

これがどうまとまるか。実は小集団で実際に問題解決に挑戦してみるとわかる。完璧な人間なんていない。良い性格は悪い性格にもなる。慎重な性格は判断が遅く冒険を好まない。誰も取り組まない新しいコトは苦手だ。逆に挑戦型はこんどは失敗リスクも高い。丸ければエッジが無い。キレ味が無い。三角では角が立つ。であるから完璧は自己矛盾。言葉のパラドックス。

しかし、一番大切なこと。大切にしたいこと。それはお互いに認めあうこと。目的、目標実現の前に、それ以前に、互いに尊重し合うコトだ。

立派なコトを言っているクセに、実は自分だけが人を蹴落とし陰で悪口を垂れ流して売り込むような、そういうひと。議論はいつも自分だけが正しく他人はバカばかりだというよいな態度。批判されるとすぐむくれて態度を硬化させていつか仕返ししてやるみたいな人。組織運営を一皮向いたらこういうドロドロな人間関係ではニッチもサッチも行かない。

笑い事では無い。

ではどうするか。どうなりたいか。問題解決に向かう激しい議論。しかし、それが終わるとサッパリして酒を酌み交わすようなバカ明るい組織になりたい。信頼と友情に溢れた温かい組織がいい。それは愛だ。知恵の前にエモーショナルな感情だ。共に生きる。

昔、全共闘が輝いていた時代。集会では激論し殴り合っていた党派の人間が、帰り道に居酒屋では一緒に酒を酌み交わした。大いなる時代。それが終わったのはバカがいなくなり、正しいが性格が偏狭なヤツばかりがリーダーになって組織がせせこましくなった。つまらないだけでは無い。やがて内ゲバの凄惨な破壊の時代がやってくる。そして自己崩壊していった。二度と繰り返さない。

愛と協同。賀川豊彦の人間性。



nobu23 at 06:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生協組織