2011年05月

2011年05月31日

種子島について プロローグ

種子島というと鉄砲伝来の島とすぐ答が出る。その隣の屋久島は千年杉を象徴として自然の多様なカタチを持って世界遺産となる。しかし種子島は鉄砲のみ。他になにがあるか、と思っていた。

強い台風2号が近づくなか早朝に鹿児島行のJALに乗った。じつはこれ以降は欠航だった。鹿児島空港からはプロペラ機で飛ぶ。ところが予定した10時50分の便は欠航になった。台風がさらに近づいて来ている。だが今日は何がなんでも行く。と思ったらやはり11時30分が飛ぶと言う。ええっと思った。それにしてもすぐではないか。見たらなんと鹿児島空港から種子島へは一日5便もある。佐渡はもう航空便が廃止されたというのに。負けたな。

プロペラ機と言ってもいまはハイブリッドだ。ジェットエンジンもついている。でもプロペラ機のほうが安心できる。いざとなれば滑空飛行ができる。空港を飛び立つとすぐに雲のなかに入った。確か25分くらいのはずが40分かかる。とにかく揺れる。揺れる。視界は真っ白の雲の中。降下して島の緑が見えた時は、うんよしよしとひとりうなずいた。

さて、種子島に着くと追いかけるように台風が近接してくる。猛烈な雨。そして風。

実は種子島との出会いは地域食品ブランド「本場の本物」の審査を通してだ。種子島の黒糖。黒糖と言えば沖縄だと思っていた僕は現場を見て驚いた。「沖が浜田の黒糖」作り。そもそも畑から違う。そう広く無い畑のせいか、生産者ごとに記録して砂糖きびが最も良い時に刈り取る。それを見分ける。そしてその一本一本を丁寧に皮を剥いで揃える。この皮を残すと灰汁が残る。雑味が残る。だから丁寧にむいている。それを小さな絞り機に少しづつ入れる。普通、沖縄では大きな機械で一気にバリバリとつぶしてしまうのだが。その糖液を煮るのに登り窯を使う。陶磁器のあれである。登り窯の上部は鉄板が敷いてありそこに流し込んだ糖液をこねて煮詰める。それが二段となっている。温度と固化の状態で微妙にコントロールしていく。仕上げは鉄鍋。磨きこんだ鉄鍋でかき混ぜながら冷やしていく。それを微細にコントロールしてあるものは飴のように透明に、あるものは空気をいれてソフトに、あるものはあの黒糖状態に仕上げていく。丁寧な砂糖きびのエキスの採り方、熱とかき混ぜと石灰の微妙なコントロール。まるで芸術だ。伝統の技。この一連の作業を統率するのが大棟梁という。まさに集団芸。

こう書いていくと種子島の黒糖だけでページをはみ出す。じつは、種子島の凄さはそれだけでは無い。謎の広田人がまたおもしろい。日本列島で沖縄は別にしてまったくの異人種がいたのがこの種子島だ。西暦400年ごろから702年までいた。大和朝廷が滅ばしたのだ。日本書紀にその記録がある。これが残る浜辺の遺跡がすごい。骨格標本かと思われるように見事に人体骨がでた。ほぼそのまま。浜が貝殻や珊瑚礁で出来ているため骨が保存されたという。身長150cmくらいの小型の人間。そして後頭部を意識して変形させ平らにさせる。極端な絶壁。掘り出された装身具はじつに精密で見事だ。全身骨格はシャーマンだと推定されている。男だが華奢な女性的な体つき。霊的パワーは統合された中性性に宿るといわれている。この説明をしてくれたのが、中種子町の石堂君。彼もおもしろい。林野庁の無理解で遺跡に防風林を植樹するという暴挙に悩んでいるときに、波打ち際で護符を拾った。1600年前の護符が彼と浜辺で出会ったのだ。すごいでしょう。広田人たちのことがようやく少しづつ近年分り始めた。子どもの遺体に飾られた濃緑色のガラス球。この時代には世界的に希少なもの。中東で製造されたといわれる。それが無造作に普通の子どもと思われる遺体に残っている。

種子島のメモ。

お茶、お茶の木の固有種を育てる。製造は、一貫生産。粗茶から製茶までトレースできる。霧の発生する適性な土地。松下さんが製茶組合をリードする。

インギー鳥。イギリスの難破船が残した鶏。これを原種を保存し育成する。中種町町議をこの3月に辞めた陶山美知子さん。タフでやさしい方。軽トラでぶっ飛ばす。

そしてポロンの中野正さん。パラグライダーで飛ぶ。プロペラ着き。種子島を鳥瞰する。ライブも最高。ナマでカラオケを楽しむ。

種子島焼きの野口君も素敵だ。まっすぐな目をしている。独特の素朴で深い焼き物。種子島の一億5千年(?)前の地層から採った土を使う。ここでシニアガイドの竹村さんたちの手料理をいただいた。唐竹、フキ、でんぷんの煮付け。そしてビールだ。ぐはははは。

テッペンハゲじゃなくステッピンライオンの米沢君の鶏も旨い。またビールの出し方が上手なのだ。手作りのお店もかっこいい。

さて、こうして種子島を歩くとあることに気づく。難破したポルトガル人を親切に助ける島の風土。これは、イギリス船も、アメリカ船も同様に難破して助けれらて皆深い感謝をささげている。外国人を排斥し恐れた本州の人とは違う。そして問題は鉄砲だ。簡単に伝来というが、最先端技術を教えるためには、それを受容できる一定のレベルの技術水準が必要だ。まるで金物も扱ったことの無い集団にそれを教えることは不可能にちかい。その技術水準が種子島にあった。刀鍛冶がたくさん居たそうだ。それも高度な。だから鉄砲もすぐ作ることが出来たのだ。

こういう種子島の深さ。豊かさ。おもしろさ。これをコーディネートしてくれたのが、長野広美市議。西之表市市会議員。田んぼも作る。ヒエ採りを指導してくださった。僕たち中小企業事業協同組合JASMEQと「本場の本物」コーディネーターの二瓶さんに田んぼのおもしろさとそしてどしゃ降りの中のニガ竹採りを体験させてくださった。なかなか出来ない。感謝である。なお、かの軽トラはやはり正しく暴走していた。種子島のネットワーカー、リーダーである。感謝。

最終日は台風一過。澄み渡った青空。照葉樹林がキラキラと輝く。海はまるで光の粒をばら撒いたようにまぶしい。澄んだ空気。心温まるなか一瞬の時がかけていく。



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2011年05月27日

伴英幸代表とJASMEQ

原子力資料情報室伴英幸共同代表が語る。

日本全国の原発総基数は54基。そのうちこの地震で15基が停止した。すでに停止している3基と合わせて18基が停止。別に16基が定期点検中(2基が調整運転)で34基が止まっている。運転中は残りの21基だ。

大地震で圧力容器に水を送る細菅が何らかの損傷を受けた可能性がある。また分かっているだけでも送電鉄塔が二基倒れている。72万キロワット(kw)の発電力だと3倍の222万キロワットの熱が放出される。これを冷やさなければならない。その冷却が止まれば暴走が始まる。津波だけが暴走の原因とは言いきれない。福井県知事は運転再開は現状では認められないと言っている。

福島第一原発は4基で爆発が起き、特に3号基は少なくとも400mも放射能物質を上空に撒き散らした。少なくとも64京べクレルがその時、環境にでた。広範な放射能汚染状況が出現した。

アメリカDOEが日本の文部科学省と航空機による空間放射線量を測定して80km圏を退避指定した。これが年間1mSV(ミリシーベルト)だ。1000マイクロシーベルト(μSv)。0.1μSv毎時。難しいのは、放射能にこれ以下なら安全だという量はないこと。怖がれはどこまでも怖い。基準値でも毎日食べるとすぐ23日で年間1mSvに到達してしまう。乳幼児や子どもには過酷な環境だ。

JASMEQはパルシステムのPB商品などを製造している中小企業の事業協同組合である。そこでの学習会。まずは事実を知ることからはじめる。

どうするか、検査制度と回数をあげ、危険性を徹底的に排除していく。悩ましい。



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2011年05月25日

被災地に何ができるか のんびるトーク

震災後宮城に行った。何ができるか。出来ることをしたい。と(株)ナカショクの本間春夫社長が語る。福島の避難所にお肉と卵を送った。パルシステム福島を介して。避難所の方々に好評で二度寄贈した。パルシステムには子会社の(株)パル・ミート山形工場へ灯油をタンクローリーで二度送った。さらにパルシステムの岩槻物流センターに軽油と燃料を送った。GSスタンドの協力を得て社員が運んだ。大変だった。

アトピッコ地球の子ネットワークの赤城さんが語る。被災地のアレルギー、アトピーの人たちや子供たちは大変だ。差し入れられた物や炊き出しの物が食べられない。当初病院にアレルギー対応商品を送った。そして家庭にも届ける。最初は政府の搬送車へ頼み込む。次に自前の運送便を調達した。病院もアレルギー対応品が不足した。食品としてとどけた。緊急時はいろんな知恵がいる。工夫が必要だ。柔軟性が無いとやれない。

会場からは個人で物質支援している人が発言した。知り合いに物質を贈り続けている。仮設住宅には何も無い。茶碗から揃える必要がある。まだまだ何もかも不足している。マスコミの報道が減るこれからが大変だ。

岩手県で支援活動している人が言う。岩手県はまず県で支援を立ち上げた。外からの支援対応は遅れた。宮城県は逆に外からの支援を積極的に受け入れた。どちらが良いかでは無く、ここにきてその差がではめている。岩手の方が自立的だ。復興計画も地元民主体で組織されている。

簡単な質疑の後、グループに別れて話し込む。

そうそうコーディネートしたセカンドリーグ支援室鈴江室長は、この後宮城に支援に出かけた。炊き出し部隊の指揮をとる。



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2011年05月24日

NPO小田原食とみどり 有機栽培の学習

これほど分かりやすい有機農業の理論を聞いたのは初めてだ。NPO小田原食とみどりの学習会。小田原有機の里づくり協議会の東利昭さんの講演。

僕も、もう田んぼで稲作りをしてから11年になる。その前に茨木で4年間やっていたから通算すると15年にもなっている。茨城ギルドの濱ちゃんに世話になって、しかし雑草に負けて迷惑をかけてしまった。田んぼへ通勤に片道4時間半かかった。そこで挫折して、小田原に通いだして11年だ。しかしいまだに全然稲作技術は身につかない。中途半端に頭で覚えても現実には役に立たず、いつも雑草やヒエに悩まされている。いまはむしろ田んぼの作業は草取りが主業だとなっている。

除草の基本。まず苗は成苗とする。それを植えかえる本田。その代掻きは数回と丁寧に行っておく。雑草の性質。発芽は一日の気温掛ける日数により、積算100度Cを超えたときから始まるという。したがって20度Cなら5日間で芽がでる。植物は、芽のときが一番弱いらしい。したがってそれを狙い、田植えをしたら直ぐに米ぬかを撒いておく。すると有機酸がでて芽を叩く。次に芽がでても、もうそのころは稲が生長しており草に負けない。多少の草は問題ないという。さらにチェーン除草。これは草が見え始めたときにチェーンを引いて他の土をかき混ぜる。このなにがいいかというと、草を直接とるというよりは根をはがす。種からは根が先に出ている。これは見えないが、その根をかき回して浮かせる。するともう成長しない。なるほどそうか、草が出たらそれを取っていたが、問題は根だったのだ。うん、言われてみればその通りだ。そして稲の苗はチェーンで倒れても起き上がってくるから心配しないで良いという。三日で活着する。

田んぼは、みんな違うという。プロの農家は田んぼをよく観察している。切り土なのか、盛り土なのか。そして田んぼのでこぼこも知っていて平らにする。肥料なんてやらなくても軽く6俵は取れる。なぜなら稲の背丈と同じくらいに根が生えているから。その根は絶えず腐り土になって、どんどん新しい根が生えているのだから。稲を植えた田んぼは根によって有機物だらけになるという。

すごく具体的で分りやすく教えてくれる。本当にためになった。



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2011年05月22日

柏崎と佐渡

佐渡にいるとやはり落ち着く。もろ岩盤の上に家がある。これなら地震がきてもなどと思う。しかし茨城県南部と千葉県沖の群発地震が止まない。本当に地震活性期だ。

しかし佐渡も大きな活断層の上にあると言う。日本じゅうが地震の巣なのだ。まったく。

その佐渡の斜め対岸に柏崎がある。ここに世界最大の原子力発電所がある。柏崎刈羽原子力発電所である。こいつは新潟中越沖地震で緊急事態を起こしたところだ。大地震で緊急停止が効かず冷却装置が機能を失って暴走を開始した。外の電源装置は火災が発生して燃えている。テレビの現場中継では原発が燃えていて肝を冷やした。このとき中では核分裂が暴走し始めていたのだ。しかし何故か偶然冷却装置が再可動して難を逃れた。このことは後で地元紙の新潟日報で詳細に報道されて知ることとなった。東京電力の隠蔽体質がモロに出ている事件。つまり大津波が無くとも中規模程度の地震でも冷却装置が機能を失うことがあるのである。これは怖い。見慣れた原子炉の解説図では実感しない複雑な配管と配電。これが簡単に損壊する。地震で水道、電気、ガスが止まる。当たり前だ。配管や電線が損壊するから。これと同様だと言う。

21日も柏崎で地元の団体と東京電力と経済産業省原子力保安院が話し合っている。新潟日報が伝えた。僕の兄も参加している。

東京電力福島原発の事故は大津波のせいか。事故の詳細を公開せよと。じつは津波の前に冷却装置が棄損して暴走を開始したのではないか。問題は地震そのもの。こう正面から問われて、明確な回答は無い。



nobu23 at 07:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域 

2011年05月19日

人生を愉しむ

60歳を過ぎたら、どう生きるか。60歳を前にして考える。60歳までは雇われた働き方。あるいは組織人としての生き方。組織や社会とともに生きる。回りを気にして生きる。妥協も必要だ。

しかし60歳からは、これとは違う生き方をしよう。雇われない生き方。フーテンの寅さんになろう。旅をしよう。自由に生きる。時間が変る。風が変る。

寅さんに必要なもの。

一人を愉しむ。孤独と向き合う。逆説的だが仲間を愛する。他人を大切にする。村人を尊敬する。農や漁業林業をもういちど学ぶ。芸能を楽しむ。

お金も物も持たない。溜めない。必要なときにその分だけ有ればこと足りる。むしろ困っている人に出す。有る物は提供する。家も何もみんなで使えばいい。

丈夫なカラダを持つ。暑さ寒さに慣らして裸一つでどこでもすごす。雨露を凌げればいい。飛脚のような足を持つ。一日に30kmは平気で移動できる脚とする。山川を小走りに行く。海を泳ぐ。河を渡る。アジアを旅する。山に登る。空を飛ぶ。

病気に負けず、いつまでもボケないこと。これは呼吸法とインナーマッスルの活用にある。カラダのバランスは骨と筋と神経でとる。普通に考えるよりカラダを鍛えることは実に重要なのだ。脳はカラダに支配されている。だからカラダの使い方で脳がわかる。体内化学が変わる。毒も薬も自分がもともと所有している。最も重要なタフな神経はカラダを鍛えることで、脳をも含む全身を使えるように維持できる。いくつになっても。

ではどう鍛えるか。無理をせず楽しみながら全身を使うようにする。感覚的には、苦し過ぎず楽過ぎず、その中間を維持すること。苦し過ぎるとカラダを壊し嫌になる。嫌なことを我慢して身体を酷使するとバランスが壊れる。スポーツ選手に多い。運動そのものを楽しまずその成果だけを目指している場合だ。競争している。これではダメだ。

楽過ぎてももちろんダメだ。筋肉や神経が慣れてしまい運動をなめてしまう。そのため機能が向上しない。ラクだと手抜きするのでむしろ劣化する。

したがって中庸を行くこと。中庸は訓練で次第にレベルが上がる。これはそれほど難しくない。じつはやってみると簡単で愉しい。リズムとメロディがあるとベストだ。人生を楽しもう。



nobu23 at 06:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命 

2011年05月16日

朝市とたんか売

毎月第三日曜日に築地本願寺で安穏朝市が開かれている。本願寺の社会的存在テーマは三つ。平和、人権、環境だ。これは至極真っ当な課題だと思う。仏教宗派というより生協のテーマに近い。そしてこの環境テーマに「繋がり」がある。繋がりは古くから寺社の課題だと言うのだ。市場はもともと門前市場から誕生した。人が集まり人が祈る。

さてしかし、物売りは難しい。売り手に求められるもの。ただ物を並べていても売れない。物が語らないと売れない。物語こそが必要なのだ。物を売るのではない。語りを売るのだ。

フーテンの寅さん。なんであんなに元気か。何をして食べているか。おいちゃんの店に帰って来て泊まるが無心はしない。決してお金をせびらない。失業者でもフリーターでもない。彼はカバン一つで全国を歩くテキ屋なのだ。テキ屋は門前市がその舞台だ。ここで物を売る。例えばバナナの叩き売り。これこそコミュニケーション売買の典型。実際、素顔の渥美清はバナナ売りをしていたこともあったと言う。あれはバナナを売るのではない。語りの面白さ、話ぶり、パフォーマンスを売っている。コミュニケーション売買の典型。

さて、最先端の営業マンの言葉。北極で氷を売れ。砂漠で砂を売る。つまりニーズや商品力で売れるのは企画力や営業力とは関係が無い。企画力は砂漠で砂を売るところから生まれる。売れないのを商品のせいにしたり、価格のせいにしたり、さらには消費者ニーズとのズレのせいにしたりする。自分に物語力が無いことが問題だとは気づかない。貧弱な精神。売れない人々。

コミュニケーションこそ雇われない働き方をする自由人達の武器なのだ。いや雇われていてももっとも大切なワザ、技、業なのだ。では、コミュニケーション売買のやりはどうすればいいか。軽米町産物でいうとどうなるか。やってみる。

さあ、ウドだ。うどがある。見てくれこの太さ。この青皮の毛並。ウドの一番美味しい食べ方を知ってますか。ホイル巻きであぶるのが一番だ。20分と時間はくうが開いてみると湯気と共にジューシーな香りがする。皮を薄くむいて味噌で食べてみな。カラダの毒が一気に抜ける。旨いぞー。なにしろ軽米は寒い。この寒さから春に芽吹くうどの芯の強い香りは最高だ。山菜は冬から春へと動物達の体の変化を生み出していく。溜まった毒を排出する。

山菜と一口に言うが、実はワラビもウドも地域や山によって、土質によって味が違う。じつは北上山系は古い地層だ。宮沢賢治の好きな山並み。このなだらかな山系に春が来る。本州一寒い地方だ。ここの山菜は天下一品。それをいまこの時期に食べる。これが健康の秘訣なのだ。お酒と実にあう。最高だ。ただの道端の山菜を売る前田さん。女寅さん。病気はこれで何でも治す。



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2011年05月14日

歯の治療法

イッセーさんにせっつかれて紹介してもらった贔屓の歯医者に行った。セカンドリーグ支援室のリーダーの吉村一正さん、身体と心の分かった人である。彼のチベット体操はセカンドリーグ支援室の定番だ。イッセーさんがいるときには、朝礼で軽く教えてもらう。手首、足首、頭の首と関節。筋と呼吸法。伸ばす、捻る、振る、押すと身体に聴きながら動かす。良く身体の仕組みと機能がわかってないと出来ない。

さて、自分のカラダに弱点が沢山あると思うが、そのなかでも一番弱いのは歯である。若いときに虫歯にやられて知り合いの理事の弟の歯医者にかかった。ところが数年して蓄膿症になった。自分でも感じるイヤな臭いと鼻水がでる。医者に通ったがだめだった。そこで、針治療もする口腔外科の町医者に変えた。するとそのじいさん医者がいきなり鼻に針を刺して治療する。翌日も通ったら、これはいかんと言う。これは被せた歯の治療が下手で中が壊死して鼻の奥の空洞に膿が溜まっている。そこから治療しろと言った。

ヤバいな。そこで大学病院にいき治療した。そのとき抜いた上歯を治療しておけば良かったのだが、面倒になってほったらかしておいた。その後、入れ歯を二度作ったが、違和感があり声も裏返るのでイヤになった。全部やめた。ほおっておいた。

すると下側の歯がおかしくなった。しかもこの部分は上歯が無いので30年もほったらかしていたために顔がゆがんだ。いつも食事は右側だけで噛む。左頬がヘコむ。すると眉間の縦皺が曲がってくる。変になる。

そこにイッセーさんが歯医者を紹介してくれたのだ。今いけ、すぐ行け、ただちに行けと。それに押されるようにようやく先日歯医者にかかった。



nobu23 at 09:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2011年05月12日

恐怖と向きあう 奇跡の生還を科学する

実におもしろい本だ。

軌跡の生還を科学するー恐怖に負けない脳とこころー ジェフ ワイズ著 

EXTREME FEAR−THE SCIENCE OF YOUR MIND IN DANGER JEFF WISE

大地震、大津波、そして原発事故と放射能汚染の拡散、打ち続く大きな余震。そして地震学者によるさらなる大地震の予想。日本全体が、大きく揺れている。この状態がもたらす恐怖心理と逃げられないストレス。そのなかで人はどう生きるか。

目次だけでも拾ってみる。

吃堯Ф寡櫃ら見える「もう一人の自分」、怖がり方にも個性がある、恐怖がひらく超人的能力、崩壊

局堯▲僖縫奪に役割があった、恐怖が暴走するとき、「死ぬのが怖い」と「嫌われるのが怖い」、名選手がつまづくとき、観客の視線

敬堯恐怖につぶされないために、意志力はどこまでできるか、強い自分を作るには、現場で持ちこたえる、名人芸は崩れない、ほんとうの勇気とは

著者は、訳者によるとアウトドア雑誌の体験企画をものにした冒険野郎とのことで、実際に初のスカイダイビングの体験が出てくる。研究者の対象として、恐怖との対面を書く。

この本では、様々な死への直面して生き延びたり失敗して亡くなったりする事例がたくさん出てくる。しかし、おもしろいのはそうした死との物理的事例だけでなく、精神的な強度のストレスからくるパニック障害の例や広場恐怖症の例。スポーツ選手のイップスと呼ばれる高いレベルの選手に突然現れる現象が語られる。強いプレッシャーで突然運動スキルが崩壊してしまうことだ。

他にも、恐怖が昂じて逆に残虐凶暴になる例、一切の恐怖心から自由になってしまう例も出てくる。これはまた逆に非人間性を演じることとなる。

脳のなかの、偏桃核と前頭前皮質、XシステムとCシステムなど環境と脳の関わりの研究が進んできていることがわかる。しかし、結局は恐怖は自分自身で生み出しているのだということ。自分を制御することが一番大切だという平凡な答えになる。ところが、これが実に難しい。自分が一番分らないということだ。突発性難聴もパニック障害も広場恐怖症もすべて自分が生み出している。

FBIも米軍特殊部隊も訓練している方法がある。それは呼吸法だ。ヨガである。様々な戦闘訓練とともにこの呼吸法によって異常事態で自分を取り戻す。おもしろい。



nobu23 at 06:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命 

2011年05月10日

好きな状況

長い階段

おっ、やった〜と思う。得したな。

通勤電車で座れないこと。ありがたい。楽をするなと声がする。少し歩く道のり。いよ〜し、軽く走ろうか。

発言を叩かれること。批判されること。おもしろい。そういう見方もあるのか。腹立つけど。

立ち振る舞いを揶揄されること。楽しい。トリックスター。自分を滑稽にして笑を取る。

日本の話芸。漫才、落語、狂言、祭りなどすべてで笑がある。馬鹿にし、馬鹿にされ、笑がおこる。

身体が疲れたら、運動をする。疲れて休むと疲れが取れない。他人の力や薬に頼ると、かえって疲れやすさが身体に染みつく。逆に酷使して観る。芯から疲れるとよく眠れる。

暗闇をジッと観る。明るさに耐える。智慧の鳥、ミネルバの梟は宵闇に飛び立つ。

未明。未病。中庸。パラドックス。



nobu23 at 06:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命 

2011年05月09日

有機農業と放射能汚染被害(有機中央会理事会)

一番心配だったのは、放射能汚染物質が拡散すると有機農業はどうなってしまうのだろうかということだった。現に、福島の有機農業者が将来を悲観して自殺している。そして、ヨーロッパでは、日本からの通常の食品の輸入に関しても3・11前に製造されたか、12都県産でないか、放射能汚染検査をクリアしたものかの三条件を課している。海外ではもう日本からと言うだけで忌避されるようになった。

こうした放射能汚染下の有機農産物の認証はどうなっているか。それは放射能汚染の出荷基準をそのまま適用していくとしている。このこと以外は有機栽培と有機農産加工品の基準は適用されることとなった。つまり有機栽培している基準は守られる。しかし放射能汚染されれば通常の出荷規制に該当されるという。有機農業者にとっては大打撃である。化学農薬や化学肥料を使用しないこだわりが天から降ってくる放射能汚染物質のためにダメになるのだ。

7日(土)に開かれた日本有機農生産団体中央会の理事会のこと。JAS有機認証の登録団体である有機農業中央会は大地震大津波被害以上に原発事故で苦しんでいる。

田んぼや畑はどうか。福島県の詳細な土壌検索データはすでに公開されている。そこに有機農業会員も存在する。基準はセシウムが5,000bq/kgである。この10%が植物に移行すると見ている。5,000bq/kgを超える圃場は4月6日で58の水田調査で、2ヶ所ある。あの飯館村である。同日の果樹と畑は調査が12ヶ所、越えたのは2ヶ所川俣町と大玉村である。これが4月12日には水田調査54ヶ所、基準超は7ヶ所、飯館村と浪江町である。4月22日は水田は調査1ヶ所いわき市で基準内。畑地で33ヶ所超えたのは5ヶ所で全て飯館村となっている。飯館村は風の関係と空気の滞留によるのか飛びぬけて影響が出ている。昨年グリーンツーリズムで世話になったがとても美しく味噌作りなど伝統食にこだわった村だった。悔しい。

有機中央会、事務局長加藤和男さんが少ない予算で素晴らしい活動を続けている。集まった義援金46万円は果実など支援物資のほか放射能検査費用に生産団体にカンパすることとなった。



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2011年05月06日

協同について考える

1980年に国際協同組合同盟(ICA)モスクワ大会でカナダのレイドロー博士が、協同組合の危機について報告した。このときレイドロー博士は協同組合が危機に直面しているとした。その危機には三つの段階が在ると。信頼性の危機、経営の危機、思想的危機だった。このとき、じつは思想的危機が最も深刻だとして、協同組合の定義と基本的価値の確立の議論を起こす事を提言する。それを受けて1988年大会でマルコス会長が提言としてまとめた基本的価値は次の四つだった。

<マルコスの4つの価値>

〇臆

¬閏膽腟

誠実

ぢ昭圓悗稜枸

これを、当時の僕は読んでへーと思った。参加と民主主義は分る、その通りだ。しかし、誠実と他者への配慮とはなんて人間的で情緒的な表現だろうかと思った。社会科学的、経済学的な表現になれた僕のような頭では、誠実とか他者への配慮とかは、個人の生きかたであり倫理的なもので、それは個人の資質の問題だろうと思っていた。協同組合の基本的な問題とまでは思っていなかった。しかし、国際協同組合はこの価値について真剣に議論することとなった。人間的な協同組合へと問題を深めた。

このマルコス報告では、1980年以後の10年は資本主義市場経済が誇示された10年であり、資本に対する利潤が成功へのかぎとして認識されるようになり、これに協同組合は有害な影響を受けて、協同組合の本来の独自の性格は株式会社といった現代資本主義の支配的形態に侵食されてきたのであるという。

それは協同組合理念からの離反、アイデンティティの喪失であった。

協同組合の基本的価値が確認されなければならないと強調された。そして協同組合の基本的価値として上記の、参加、民主主義、誠実、他人への配慮の4つが提案された。

そして、1992年ICA第30回大会(東京大会)において、協同組合の基本的価値が勧告された。次に1995年のICA新原則では、このマルコスの4つの価値のうち、「民主主義」はもちろん「誠実」と「他者への配慮」は採用され、「参加」が除かれた。

新原則の価値は、「自助、自己責任、民主主義、平等、公正、連帯」である。

これをまとめたS.ベークによれば、基本的理念と基本的倫理(協同組合精神、協同組合文化)の検討から、次の五つに集約された。すなわち、(1)(人間的)ニーズに応える経済活動、(2)参加型民主主義、(3)人的資源の開発、(4)社会と環境に対する責任、(5)国内的・国際的な協力、であった。

こうして協同組合の価値を考えるとき、協同組合の人間的組織としてのあり方こそ重要だということである。それはやはり、他者への配慮と誠実ということが一番大切なんだと思う。

現代の協同組合においても、いかにも経営者然とした数値管理とコストカット主義や冷たい決断主義が横行する。また意見の違いによる派閥的権力闘争などは、現代の企業経営者としても問題は多いと思うがいかがだろうか。



nobu23 at 07:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生協組織 

2011年05月04日

桜を二度観る 得したな気分

土日と佐渡に帰った。新潟駅から例によってちんたら走りで佐渡汽船まで行った。佐渡汽船は信濃川河口にある。駅からしばらくして河岸に出る。桜が咲いていた。散り始めているがまだ美しい。ラッキー!と思った。新潟はまだ肌寒い。桜の開花が遅いのだ。首都圏の桜は散って、今年も春は過ぎていったと思っていた。また会えた。得した気分。嬉しい。

向こうには万代橋が見える。石のアーチ橋。新潟大地震では近代的な八千代橋が落ちたのに、古い建築のこの万代橋はビクともしなかった。どうだ、すごいだろう、というように威厳を持っている。デザインもいい。この万代橋に桜がまたよく似合う。

川面には繋留されたヨットが並ぶ。その人工的な土手には草花が植えられている。曇り空。

僕は、ゆっくりとカラダの芯を確かめながらちんたらちんたら走っていく。背中にうっすらと汗を滲ませて。なんて気持ちのいい日なんだろう。いつかなんとなく得した気分になっている。一瞬、一瞬を生きよう。



nobu23 at 06:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2011年05月03日

手作りはお金持ちの道楽か 千葉大園芸学部にて

ここ6年くらい千葉大学園芸学部で2単元だけ講義をやらされている。斎藤修教授のフードシステム講座の枠で消費者行動と現代の生協論を90分と90分の二コマで担当する。非常勤講師の扱い。斎藤先生はこうすることで、生協実務一辺倒から理論的に思考し、語り、書く訓練をしてくださっている。学生に語ることで自分達のやっていることを整理し世間に伝えていく方法を学ぶ。

さて、今年は5月2日だった。連休の中日。50名の学生が出席した。12時から4時まで、休憩を挟んで話していく。冒頭に東日本大震災の報告をした。かってない膨大な人的被害。死者と行方不明者、避難者の数。そしてインフラの破壊。ライフラインの損壊。

パルシステムもいくつかの施設が被災した。そこからの復旧。基本食料の安定的供給活動へ苦心する。そして、被災生協の支援活動。被災地域への救援活動。さらに商品調達が困難になるなか食料品を安定して届けることが困難を極める。

さらに東京電力福島第一原発事故の被害。放射能汚染の拡散。そして農産物の出荷規制。そこでのパルシステムの供給事故とお詫び。計画停電と電力不足を逆に電力消費の削減へと努力していく。くらしを変えようとする。

この学生たちのなかに被災地域の方がいた。なんと原発事故のすぐ近く。家族は無事だったが立ち入り禁止地域となった。話を聞く。強制的に避難させて未だに生活補償の話はまるで無い。本当に困っている。暮らしの見通しが立たない。

さて、食と農を語る。まずは食べることの意味。なぜ毎日食べるか。食べることは体の材料を吸収すること。これがインスタント食品と添加物だらけではカラダの細胞が拒絶反応を起こす。アレルギーやアトピーである。そして細胞の代謝と腸の働き。特に今治市の食育プログラムでウンチの話をした。ウンチの立体模型と毎日の観察記録。立派なうんこをすることの深い意味。これは受けた。このあたりから居眠りしていた学生がおきだしてくれた。そして手作りのすすめ。完熟梅の梅干の話。手作り味噌をどうやって手軽に造るか。そして促成味噌との簡単な味の比較の仕方。フライパンで焼いてみること。などなど。

質疑をうける。すると、母の代から生協に入り味噌などほとんど手作りをしている女性が発言した。こういう手作りできる家庭とは専業主婦だったり余裕のある人だったりと金持ちの道楽に捕らえられてしまう。本当にお金が無くて困っている人たちに手作りしてもらうためにはどうしたらいいかと。そうだね。時間に余裕が無く、お金も無いとついついインスタント食品やハンバーガーで済ませてします。これがまた貧しさを助長していく。では、どうしたらいいか。みんなでやってみよう。味噌の簡単な作り方。手抜きの、だが本格的な仕込み方。簡単だよ。旨いぞー。

あと、みんなで学生起業をしよう。有機農業家を探し出し共に育ち会おう。いまなら沢山いるぞと。面白くなる。



nobu23 at 06:29|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 生協組織 

2011年05月02日

佐渡の残雪

土日と久しぶりに佐渡に帰った。雨降りで肌寒い。大佐渡の山には雪が残っている。義兄の太田さんとボロ軽自動車を両津港の契約駐車場から出して実家へ向かう。

夕方、定夫さんが沢山の料理を持って来てくれた。カレイ切身、煮付、などから黄粉餅まである。話が弾む。定夫さんが帰ったら7時過ぎに中島君がきた。NPOトキの島事務局長。トキの話なら彼が一番だ。近所の村で巣作りがおこなわれているという。そして我が臼杵秀麿君の登場だ。奥さんの鈴子が先にメカブと葉ワサビ漬を届けてくれた。秀麿君は宮司の会議があったらしい。そこからか駆けつけてくれた。

佐渡の仲間と飲めるときが本当に嬉しい。しかも、首都圏にいるときのようになんか浮き足立った危うい感じがしない。旧い家はどっしりと立ち、見下ろす海はあくまで静かだ。おとなしい。

つかの間の安寧。佐渡はいいなと言ったら、中島君が言った。佐渡もむかいの柏崎に原発がある。そして佐渡も断層だらけだと。うー

ん、安寧はどこにあるか。逃げられない。原子力発電所か。



nobu23 at 00:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記