2011年07月

2011年07月29日

技術は日本を救えるか 畑村洋太郎 未曾有と想定外

失敗学、危険学の畑村洋太郎先生が「原発事故調査・検証委員会」の委員長に任命される直前の考えを記した本。

怖いものとして津波と原子力をあげている。その怖さを知るため「現地・現物・現人」の「三現」主義を貫く。失敗学とは創造を考えるためにはまず失敗を知ることが大切だという。未曾有という言葉にこだわる。過去に例のないという意味ならば、869年の「貞観地震」の大津波があるという。また1896年の岩手県宮古市田野畑村羅賀の津波石。今回はここまでは津波が来なかった。問題はこうした過去の記録を忘れてしまうことだという。人間は忘れやすい。忘れるを前提に組み立てる。

津波に対しては、「対抗する」か「備えるか」のかが重要だという。



nobu23 at 21:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 読書 

2011年07月28日

すこやか食育エコワークと二瓶徹さん

二瓶徹さんにお会いしたのは地域食品ブランド「本場の本物」の審査委員会だった。食と農研究所の加藤寛昭代表のお誘い。加藤さんとはパルシステムの新農業委員会でご一緒だった。

地域に埋れた伝統食品を掘り起こし、そのこだわりを認定しつつ育成しようとするもの。委員には小泉武夫先生はじめNHK解説委員の合瀬宏樹さん、読売新聞の福士さんや俳優の長島敏行さん、食文化研究の向笠さん、長崎県の振角さんらがいる。

普通、この手の委員会は名前貸しというか事務局お手盛りの案を少し質疑して追認する程度だ。あんまりおもしろいものではない。ところがこの「本場の本物」地域食品ブランドは違う。農水省事業にしては熱いのだ。本当にすごい地域食品がエントリーしてくる。マニアックなやつが。委員も一家言ある人たち。

例えば種子島の沖が浜田の黒糖である。こんなこだわりはもはや無形重要文化財と言いたくなる。あるいは四国の碁石茶。山の中の発酵茶である。山形の焼畑栽培の漬物など。よくこんなのが保存されていたかと嬉しくなる。だがこれはこれで悩みは深い。あまりにこだわることでコスト割れ。儲からない。後継者がなかなか育たない。たまにマーケットかぶれした人がでると製法で効率化し堕落して価格も下落し量産しようとして失敗する。困った。

そこに事務局として財団法人食品産業センターの二瓶さんがいた。彼は熱い。あのマニアックな委員さんたちの議論に応える。いやそれどころかリードする。「本場の本物」を世界ブランドにしたい。マーケット論を超えて人びとが地域で大切に守って来た固有の価値。これを育成したい。

そうだとすると農水省委託事業では難しい。伝統食品を生み出す人々が自ら主体となって新たな市場を創造することが求められる。そのたに協議会をつくりプロジェクトを生み出す。そして応援団を形成し頑固な基準と豊かな食文化を育むのだ。

その仕掛けに向けた一つの組織。一般社団法人すこやか食育エコワークである。代表は法政大学の北原正敏先生。マイケル・ポーターのCSV。価値の共創といった逆輸入の論理かそれとも日本固有の里山の思想か。同一のことを語るときに何が有効か。あるいはどちらでもいいのか。悩むところである。



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2011年07月27日

佐渡伝統芸能ツアー その2

なぜ野浦か。

近隣の村の話。野浦は会議は好き勝手に発言し言いたい放題だが、いったん決まると必ず村一丸で実行する。だからいろんなことが出来ている。

トキ米生産組合。代表は北野源衞門さん。文弥人形双葉座創設者の一人。78歳。痩せぎすの小柄なじいちゃん。しかし3kgもの重い人形を軽々と操作する。まるで忍者。30年来のMOA有機農業者。トキ米生産組合は有機栽培を目指している人は誰でも参加できる。

双葉座は座長は昨年交代するまで32年間で二人だけ。全員で13名。最近20代と30代が加入したが、座長が選任する。誰でも入れるわけではない。閉鎖集団。厳しい修業のような練習が毎週火曜日の夜にある。普通はついてゆけない。農民の片手間を遥かに凌ぐ。半端じゃない。

民謡研究会。三味線、太鼓、笛。そして唄い手。役割りを決めて磨きあげる。プロ並みを目指す。

さらに名前は忘れたがJAZZやヒップホップ系のダンスサークルがある。ここだけは老若男女混成。肥り気味だが若い女性もイキイキと踊る。

野浦地区会。行政末端組織。この区長は毎年交代する決り。いくら優秀でも重任は無し。全員参加。

あすの野浦21委員会。明日の野浦のビジョンを創る。自主的組織。現在の事務局長は双葉座大夫の山本宗英こと定夫さんである。

このようにたった42戸ほどの小さな村に多様な芸能や生産の組織がある。それぞれ運営方針が違う。メンバーは重なる。

ほかには我が臼杵秀麿君、宮司が仕切る野浦大神宮の檀家組織やトキ神社奉賛会がある。神妙ななかにも愉快な仕掛けがある。

こうした背景で小さな集落に活気ある活動が続けられ若者も参加しているのだ。

NPOトキの島の中島事務局長がこの野浦に惚れ込んで住んでいる。おそらくいい面も濃すぎるせいの嫌な面も知っているだろう。飄々とだがトキのこととなるとバカになって追いかける。トキのために耕作放棄地を何枚も耕す。

今年、国連のFAOが佐渡の棚田を世界農業遺産と決定した。能登半島の棚田と共に。奇しくもトキが最後まで残った地域。世界遺産とは何か。田んぼか人か。田んぼと人と村の歴史的現在。



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2011年07月26日

あったかキャッチボール 佐渡伝統芸能ツアー 野浦にて

金曜日にお休みしてNPOあったかキャッチボール企画の佐渡伝統芸能ツアーに参加した。3日間。

最初は大佐渡スカイラインで全体を俯瞰する。が、霧で何も見えない。残念。スカイライン脇から山路を入り乙羽池に行く。うっそうとした森の中に小さな池見えてくる。黒い鏡のような湖面に浮島がおおう。二十数種類の植物で構成された日本最大級の浮島だ。湖面も木々を写して美しいがその巨大なケヤキの大木が圧倒する。こんな島にこんなに森が豊かだとはと皆驚いている。清冽な空気と霧の滴。地面の小さな虫たち。水面のアメンボ。小さな魚の群。

それからお定まりの金山へ行く。いまは採掘していないが往事は世界最大級。岩山にアリの巣のように掘られた穴が無数に広がっている。図解される巨大な採掘組織。技術集団と管理組織。そして、人足としての江戸無宿人。大量に連行され消耗された。平均数年の命だったという。粉塵や酸素不足、劣悪な環境。罪人といっても無宿人である。無縁仏の墓が傍にひっそりとあった。展示館では実物の金の延べ棒取りゲームがある。強化ガラスの窓に小さな穴がありそこから片手で出せれば記念品がでる。わいわい騒いでトライするも無理だった。しかし年間400名ほどが成功していると言う。本当かいな。おみやげ物では金箔アイスクリームが人気。柿酎を試飲する。これはいける。

そして尖閣湾。海岸段丘。入り組んだ火山性の美しい海岸。焼きイカがうまい。

こうして一日が終わる。参加者は18名。皆顔見知りというか、まっ仲間たちである。宿泊は吉田屋旅館。汽水湖の鴨湖を臨む。

二日目はトキの森公園からだ。トキの育雛と飼育ゲージがある。どこか元気のないトキを見る。黒トキもいるが人気が無い。ここでは枝豆ソフトクリームがうまい。

それから宿根木だ。船大工の村。中学生のボランティアガイドの少女が一生懸命解説してくれる。本当に可憐な子たち。部活だと言う。狭い村に外側は質素だが中は立派な屋敷が並ぶ。

驚いたのは蓮華峰寺(れんげぶじ)である。小比叡とよぶだけあって八角堂から始まりそれは精巧な建築物が並ぶ。弘法大師を祭った寺。しかしその荒れ方はすさまじい。国の重要文化財指定を受けているのに虫食い状態。荒んでいる。特に骨堂。萱葺き屋根の歴史的建築。それが崩壊しそうだった。

こうして二日目を終わり野浦に入る。野浦村のみんなと大宴会だ。



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2011年07月25日

埼玉産直協議会の創立

いよいよ埼玉産直協議会の本格的スタートだ。パルシステム埼玉と沃土会、南埼玉ネットワークが中心で農業体験交流に始まり農作物や農産加工品の産直の地産地消を目指している。代表は沃土会の矢内さん。副代表に南埼玉ネットワークの山崎さんとパルシステム埼玉の坂本さんがついた。事務局長はパルシステム埼玉の石川さんだ。

農体験の大切さはまだまだ一般には知られていないと思う。じつは子育てには不可欠ともいえるほど大切なのだが。なぜかというと子どもの脳はスーパーコンピューターを遥かに凌ぐ機能を持つ。通常のコンピューターのデータ処理では、文字から画像、画像から動画へと現実に近づくと重くなる。CP処理能力が飛躍的に高度化を要求される。これを知っていると子どもの脳への入力は五感を使い音、光、触覚、味覚など無数にかつ膨大な量になる。ものすごいデータ処理能力。これを使いこなすにはそうした空間における訓練が必要である。マンションの一室でテレビゲームにうつつを抜かしていては発達しない。テレビゲームのデータ量も内容も貧弱だからだ。自然のなかでの光と風と音、そして様々な草花や虫たちのうごめき。そして土だ。土というシステム。有機物と微生物の織りなす生命体。これらのパワーに揉まれてこそ豊かな生命頭脳が育まれる。これが農体験だ。そして仲間たち。

農の体験プログラムを工夫することで、とても楽しく豊かな体験を積むことができる。埼玉産直協議会はそれができる。とりわけ沃土会は有機農業を30年以上も続けて若手が中心となっている。栽培経験も理論も豊富だ。

農を守り育てること。これは農民だけの課題ではない。むしろ消費者と呼ばれる生活者こそが問題となる。野菜を選ぶ目、美味しく感じる五感。本物の食べものを大切にする感性。こうした生命系の経済を誕生させたい。そのためにはなによりも交流から開始し持続し発展させ豊かに拡げること。またおもしろい活動が本格化する。



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2011年07月19日

大民の歴史 小民の歴史 姫田忠義のドキュメンタリー

姫田先生にお話を聞いた。日本各地の記録映像を取り続けている。僕もまだ映像者への遥かな道のダイジェストのほか奥三面の一部二部、端山の山籠り、しか見ていない。そこに記録されたわずか数十年前の日本人の姿は、まるで異国のように映っている。しかしどこか懐かしい、切ないようなものを感じる。

姫田先生の「奥三面ーダムに沈んだ村ー」、を見て感じたこと。村の移住のために自分の家が壊される姿をただジッと見続ける少女がいた。最初はなんでもなかったという。しかし自分の部屋が破壊されるそのときに自分の思い出もろとも心が引き倒される気がしたと後になって語っている。その映像を見ながら僕たちもまたミラーニューロンによって大切な何かが壊されていくのをずっしりと感じていた。そして三陸の津波跡とダブらせて。

だが、奥三面の人びとはハッキリした村の破壊をみていた。それを目のあたりにして歴史の無惨を知った。このことはまだ良かったのかもしれないと思った。僕たちは村も家もそのまま残ってはいる。村が残ったまま内側から壊れていく。人がいなくなる。この移り変わりを無自覚に過ごしてしまっている。遠い昔の日本の優しい村。その豊かさ。数万年に渡る自然との共生。その恵みへの感謝と祈り。里山の思想。

姫田先生は語った。田山花袋を昔撮った短編がある。田山花袋は言った。「これまで描かれた歴史は大民の歴史である。大民とは王侯貴族、上層階級、富裕層。しかしわれわれは、小民をえがく。小民をえがいて、歴史は全たからん」。田山花袋とともに活動した柳田國男、そして渋澤敬三そして宮本常一とつながり姫田忠義先生である。宮本常一は言ったという。姫田君は映像で記録しろと。「姫田君は詩人じゃけのう」、映像は冬は冬にしか取れない。聞き書きは冬でも夏を書ける。

姫田先生の話は世界を回る。コレージュ・ド・フランス。世界の学者の憧れ。フランス最高学府。そのジャック・ルピエ教授とバスクのドキュメンタリー。バスクとは人の意味。同じくアイヌも人の意味。アイヌとシャーマン。神と対等。パキスタンとハイバル峠。スェーデン国立民族博物館。バスクのタルデッソ村。ストーンサークル。客に先を譲る日本人。湯川秀樹と混沌。混沌とは科学上の概念か、人生上の哲学か。万物の根源の無。

そうだ。小民の歴史をして真実を語らしめよ。

大民の思想の殻を打ち破れ



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2011年07月18日

奥三面と文弥人形  inささかみ

新潟県の旧朝日村にダムに沈んだ地区がある。1985年のこと。その前後6年に及ぶ村の暮らしを記録したフィルムがある。

姫田忠義、奥三面ーダムに沈んだ村ー。

この上映をNPO食農ネットささかみが行った。会場は奥三面村から移築した古民家。

さて、佐渡に小さな村がある。高齢化と人口減少にさらされているその村は限界集落の一歩手前。野浦地区。ここに有機農業へのこだわり生産者がいる。その人びとが伝統芸能を守る。人形浄瑠璃文弥人形の双葉座である。

かたや廃村、かたや衰退する村。これを結んで有機の村ささかみで両方の上演が行われた。会場は奥三面から移築した古民家。人形浄瑠璃とドキュメンタリーを併せての上演である。こんなヘビーな企画をしたのはNPO食農ネットささかみ石塚美津夫理事長である。あいかわらずのパワー。彼は5.5町歩の田んぼを有機栽培している。朝早くから本当に良く働く。

文弥人形の双葉座は結成して40年近くになる。佐渡に伝わる人形浄瑠璃を継承し発展させようとするもの。佐渡には文弥人形を上演する座が10くらいあるが最も有力なものとなっている。メンバーは13名。簡単には増やさない。しかし20代と30代の若者もいる。頼もしい。

演目は「山椒大夫」と「蓮如上人の肉付きの面」である。重い演目で通常はメインとするもの。これを連続上演した。間に「春駒」が入る。お祝いの角付け行事。有機農業は身体を変え目線を変える。78歳の北野源衛門さんが3kgもある人形を軽々と使いこなす。太夫は山本宗栄、三味線と謡いのような語りで引き込む。

奥三面は前回の一部に続く二部となっている。2時間半もの長編である。一部は山里の暮らしを映し出した。四季と農林業。マタギの知恵。今回は、ダム建設決定から閉村、そして家々の取り壊し。移住後まで。家の破壊をじっと見つめる少女。破壊される村。電力開発はいつも歴史を破壊し無理やり塗り替えてきた。そして廃墟。なにも無くなる。奥三面はおもしろいところだと、民俗学者が語る。1万4千年前からの旧石器時代からの遺跡がある。この土地には無い黒曜石のやじりもでた。そして縄文の土器。祈りと叫びの人形。この1万年以上の地域の歴史。これが無くなった。

これを撮影した姫田忠義先生は事情でこれず中川誼美さんが解説する。東日本大震災の被災地でたたずむ少女がニュースフィルムで映し出された。涙が止まらない。どこかで奥三面とつながっている。

会場からJA女性部のかたが発言する。これを見てよかった。大切なものに気づかされたと話した。



nobu23 at 08:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域 

2011年07月15日

内部被爆の脅威 肥田舜太郎/鎌仲ひとみ

肥田舜太郎医師は、現役で94歳。広島郊外で原子爆弾に被爆している。その恐ろしい瞬間がこの本に描かれている。そこから被爆との生涯をかけた戦いが始まる。

肥田先生の指摘。

人体への放射線被爆にしきい値があるか。

自然放射線と人工放射線は同じに扱えるか。

核に平和利用は有りうるか。

ペトカウ効果。カナダ原子力委員会のホワイトシェル研究所のアブラム・ペトカウ。彼が偶然発見した。細胞は強い放射線の低頻度被爆に対しては遺伝子を損傷されても修復機能がある。修復できないものは死滅する。変異は継承されにくい。逆に低線量の放射線を長期に浴びていると遺伝子損壊は継承されて発ガンなどの異常をおこしやすいという。これは汚染食物を食べることで体に蓄積する低線量被爆のこと。この方が怖い。

自然放射線については生物や人間が長い歴史のなかで排出作用を生み出してきたという。ところが自然界に無かった人工放射能物質は似たようなモノと勘違いして取り込まれる。セシウムはカリウムと間違って臓器に取り込まれやすいという。だから人工放射能線を自然放射線と同等に語る学者には要注意。人工のほうが怖い。

すると人工放射能物質の製造工程では極めて危険な被爆の可能性が存在しないのかとなる。そのとおりでウラン採掘現場から被爆が始まる。運搬、濃縮、原爆製造のすべてで被爆する。関係者がすべて被爆している。アメリカは被爆の大国である。しかし、この事実は意図的に隠されてきた。原爆製造だけではない。平和利用という名のプルトニウム製造工程のすべてで被爆者を生み出してきている。

こうした低線量被爆は、すぐ死ぬわけではない。ただちに問題のでるレベルでは無い。だからスローデス。緩慢な死。手足を切断されガンで亡くなる米軍兵士。白血病で苦しみ死んでいくイラクの子供たち。今後の日本の姿だ。いやになる。

なぜ原子力の平和利用などを許したか。広島、長崎を理解出来ず他人ごととした。ピカドンで一瞬で亡くなる。直接、強力な閃光や熱戦爆風で6ヶ月以内に亡くなった方よりじつは何十倍もの方がそれ以降、白血病やガンなどで生き地獄のなかで苦しみ死んでいった。この事実が日本国民に共有されなかった。世界に知らされなかった。深刻な被爆が広がったことにも無知だった。

米軍は被爆者の治療記録も死体も持ち去り、軍事機密として秘匿し医師や被爆者に語ることを禁じた。意図的に隠されてきた。そして製造したウランやプルトニウムの活用である。これを世界に広める。日本に押し広げる。

では、被爆とどう向きあうか。

原爆開発のロバート・オッペンハイマーが毎日受けた点滴。キレーション。ミネラルなどの総合投与である。これによって放射能物質の吸収を拒み排出を促す。濃縮したビタミンやミネラルの摂取で放射能物質の吸収を防ぎ排出する。

これで思い出す。長崎での被爆病院医師の秋月辰一郎先生。被爆者治療で味噌汁、梅干、塩の投与で治療していたこと。キレーションの日本型食事療法。すごいね。秋月先生も96歳まで生きた。



nobu23 at 07:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命 

2011年07月13日

パルシステムとはなにか パルシステム協力会第22回総会

三澤孝道会長の開会挨拶

原発は明確な人災だ。テレビを見ていて腹が立って仕方がない。まだ安全などとのたまうバカがいる。この調子だと時間がいくらあっても足りない。と怒りを露わにする三澤孝道パルシステム協力会会長。

協力会とは、パルシステムの商品生産のメーカーや物流会社、情報、企画印刷会社、ドライアイス製造会社、銀行などパルシステムとともにパルシステムをつくっている人びとが組織しているもの。この総会に400名以上も参加した。震災から各社は立ち上がり、事業継続のご苦労と被災者支援の報告が続く。協力会は、各企業代表者で幹事会を構成し独自に年間の事業計画をたてる。パルシステム連合会は来賓となる。幹事会は事業規模でなく歴史的に継続的にパルシステムブランドを共に作ってきた同志の企業代表が並ぶ。また部会活動も盛んだ。組合員交流部会は各都県で商品展示会。物流部会は環境対応エコドライブ取組みと物流事故、納品事故ゼロに取組む。品質管理部会はHACCP,包材事故事例研究など。環境部会はバイオディーゼルの視察。異業種交流会は大規模集荷配送センター見学や飲み会などに取組む。

みなさん和気藹々と勝手な発言が交わされ大いに盛り上がった。自由で熱気に溢れしかも食べものや家庭用品などへのプライドが高い。パルシステムとは、生協組合員と職員だけで構成されているのではない。生産者、メーカーなどものづくりの方々との連携、連帯、協同の仕組みだということだ。そこには取引関係による力関係を超える熱い思いがある。



nobu23 at 06:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生協組織 

2011年07月12日

環境変化とどう向きあうか

自分を取り巻く環境が大きく変化したときにそれにカラダを合わせるか、環境を自分らしく合わせるか。これはじつは恐ろしい問題である。ひとは内実を見ない。観えない。何を悩んでいようと外見と肩書きだけである。もちろん真の仲間たちは違う。昔からの友人は素で付き合う。

宮本武蔵が剣の極意を問われて答える。畳の縁を歩く。これが極意だ。えっ、と驚きなにがなんだかわからない者に説く。いまこの城の天守閣の屋根から向こうの尾根まで畳の縁状の板が張って有り、そこを渡ったのだと。大袈裟だがこれが極意。地上高く狭い板の上を軽く渡れるか。まず無理だ。これを地上でも天空でもまったく変わらずに渡る。歩く。

王子と乞食。王子のときに乞食の心を持ち乞食のときに王子の心で生きる。要はとらわれない。捉われない。捕らわれない。囚われない。

役割りを素直に果たす。なすべきをスッと行う。

瞑想。内観法。呼吸法。数息観。

立ち方。両脚を自然に開き恥骨を前に引き腰を立てる。丹田から下部は地面に落とし、上は頭のテッペンから引き上げる。肩から脱力し自然体で立つ。深く吐く。眼を閉じてから半眼とする。さあ、いってみようか。



nobu23 at 06:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2011年07月11日

早朝のひとっ走り

野付漁協とのふーどの森づくり協議会でも夜の懇親会はつい飲み過ぎた。漁協の人たちとパルシステム会員生協の役職員とのザックバランな交流は豊かな心を育むことができると、実感している。

さて、朝6時には小林君とひとっ走りした。いろいろ冗談を交わしながら軽く小一時間ジョキング。キツイものではないが、これがカラダに効くのだ。旅館に戻り汗をお風呂で流して、さあ朝飯だ。ご飯がうまい。

露天風呂からの日の出が美しいというが、残念ながら霧で見えなかった。野付は夏はこうした濃霧にほとんど覆われているという。

汗をかき汗を流す。一日一回はカラダを動かしポンコツの稼動域を確認する。年とともに劣化する肉体を動かすことで心も動かしていく。

野付半島の原生花園にて。



nobu23 at 06:38|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 日記 

2011年07月09日

海を守るふーどの森づくり野付植樹協議会

2000年に第一回の植樹を始めて12回目の植樹を行った。海の見える海岸近くのコープの森と銘打ったところ。野付漁協が毎年土地を購入して植樹を拡げている。

これをリードする佐藤一雄専務理事が話す。何十年も前に植樹を始めたきっかけは酪農プラント開発だ。国の事業。原生林を壊して牧草地を広げる。この時、多くの川が汚され壊された。そして大量の土砂が流されて海に広がった。それは藻に降りかかりホタテを埋めた。海藻は縮れ海は枯れた。漁協青年部は怒り実力で造成事業を止めた。以来、川沿いを別海町ととに購入し破壊から守り植樹を開始した。100年の森づくり構想。

森は川に緑を流す。植物プランクトンを豊かに育む。その植物プランクトンを食べる動物プランクトンが繁茂して藻場を育て小魚やエビを育て貝類を太らせる。美味しいホタテは森からのプレゼントである。野付の漁民はそれをよく知っている。

漁民は海を守る。だがそれだけでは無い。川を守り森を育てる。

栽培漁協。子々孫々まで自然と共生する。ホタテの稚貝を陸上水槽で育苗して4輪採区と仕分けした海に放す。人口衛星で監視して4年間は採取しない。たっぷりと育った4年目のホタテ。そのうまさ。

野付湾に広がるアマモ。そこは北海シマエビの宝庫。この藻を傷つけないように帆掛け船で収穫する。気を使う。



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2011年07月06日

生きる 協同について

損する生き方

道端にゴミがあると拾う。誰が捨てたかわからない。分かっているのは拾うのは自分であること。便器が汚れていたら拭く。トレペでうまく落とす技術がある。

我先に逃げる人波があれば、そこから脱落する。みんなが急いだら急がずに負ける。決して競争しない。争わない。

おかしいと思うことは黙っていられない。立場が危うくなるようにかえって話す。ヤバい目に合う。

競争には負ける、ジャンケンも負ける。つぎつぎに起こる事件、事故の真ん中にいく。ひとごとにしない。

絶対に出来ないと言われるとやりたくなる。やり続けたい。

ひとに嫌われても自分からは嫌わない。話にいく。素で話す。

階段を歩く。エレベーターやエスカレーターはなるべく使わない。長い階段や坂道が好きだ。

ベンツやポルシェを見るといいなと思う。だが欲しがらない。自分のカラダをポルシェにしたい。車に乗ることを避けたい。

不運を楽しむ。逆境を喜ぶ。ひどい目にあう。そう、雨にも日照りにもね。楽しい。嬉しい。そんな生き方をしたい。する



nobu23 at 22:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生協組織 

2011年07月05日

銘苅宗和さん受賞と恩納村漁協

祝うとはこういうことかと思った。銘苅宗和さん。母親から孫まで一族郎党が招かれて村はもちろん地区代表から漁協、商工会も参加した。みんなでおおいに祝う。

海ぶどうの養殖を初めて成功させた人だ。日焼けした顔に優しい目をしている。海ぶどうは難しい海藻だ。新鮮な海流と豊富な酸素が無いとすぐ腐る。そして商品化するには粒揃いの長さと小エビなどの混入を防がなくてはならない。陸上にイケスを設置し海水を組み上げ空気を送り太陽光を調整して成功させた。これで台風など気象に振り回されず安定した生産と働く場ができた。その技術を惜しげもなく沖縄の漁協に開放した。その功績で沖縄県初の農林水産大臣賞を受賞した。

沖縄で米軍占領から日本復帰して漁協が作られた。1972年。それまで一律支配。アメリカの交付金は一括支払いで好きに使ってもよかったという。復帰以降、本土資本がやってきて巨大リゾートホテルができる。この乱開発と温暖化で珊瑚の白化現象がおこる。珊瑚の死滅である。そこから漁業権の確立と海を守る戦いが始まる。恩納村と協定して乱開発にストップ。建設には必ず排水やゴミ問題や土砂流出問題の解決を前提とする。また海の観光は遊覧船もダイビングも全て漁協が管理する。



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2011年07月01日

道を挟んで天国と地獄がある

東松山、石巻、女川と訪ねる。海辺は瓦礫の山。以前より片づいたがまだまだだ。とりわけ港湾造成地の水産加工の工場の破損は酷い。手つかず。働いていた多勢の人たちはどこへいったのだろう。海岸沿いのまるで空襲の後のようなガレキのところどころに汚い水溜りがある。仙台から海辺の松島あたりまでは気にしなければ普通の景色に見える。松島だって観光地らしき体制にならんとしている。だが、東松島の海辺に出るとすごい臭いが立ちこめる。腐臭とドブ臭の入り交じった匂い。そして一面の瓦礫。コンクリさえ剥がれて鉄骨が剥き出しでゆがむ。

石巻市災害復興協議会におじゃました。伊藤会長に話を聞いた。いまは大変な時期だ。これからが深刻になる。いままではみんなで救援活動を共にしていた。だが見てのとおり道を挟んで天国と地獄がある。復旧して電気もガスも入り普通の生活にもどった人たち。道一本挟んで海側津波に持っていかれた人たち。辛うじて体ひとつ残った人たちには家も仕事も無い。こんな小さな町ですら恐ろしい分断と格差がしのびよる。

生協の宅配が、そして移動販売車が有るといい。仮設住宅にはお店が無い。車も無い。不便な場所。困っている。食べ物を届けて話を聞いてやってくれないか。仕事が無く知り合いもいないと孤立化する。

大きなカラダ。ハリのある声。すべてをなんとかしようとする気合い。被災地のリーダー。通い合う心。分断と孤立を超えていく。太い腕、たくましく力強い腕で握手。

被災者の目となり、耳となり、口となる。



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