2011年10月

2011年10月29日

夜明け

早朝、目覚まし時計で起きる。初冬は布団から離れがたい。もう少しと思う自分に一呼吸入れて跳ね起きる。さあ一日がはじまる。なんて幸せな人生だろうか、と言いきかせる。どんな逆境だろうと、それを試練と受けとめたい。大きく深呼吸だ。

もし沈没する船に乗っていたら焦って逃げようとするとパニックが起きる。すると助かるものも助からない。ましてやなんで自分だけがこんなめにあうのと嘆いてみてもはじまらない。それは自らが招いた状況なのだから。自分のせいなのだ。それがわからない。すべての自分のまわりに起こることは自分が創りだしたもの。自分が引寄せたもの。これが分からず嘆いてもダメ。

難破船、火事場、崖崩れ、落下、大地震などなど。狼狽えるな。楽しめ。死にはしない。逃げるな。向き直り、受けとめたい。無理難題をこそ楽しみたい。

暗闇のなかを軽く走っているとやがて朝日がさしてくる。群青色の晴天の空。澄み切った空気。身体が喜んでいる。



nobu23 at 06:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2011年10月28日

TPPをめぐるいくつかの論点

ここにきてTPPについてマスコミがまた騒いでいる。野田総理の決断だけだと。確かにTPP交渉への参加自体は国会手続きも閣議決定もいらない。だが、参加承認は現在の参加国の承認がいる。また協定内容が決まっても国会批准が必要だ。アメリカも同じ。だがこれだけ問題になり議論が割れた政策を黙って進めるわけにはいかない。反対を表明した国会議員は300名をくだらない。

さて、論点について。

自由貿易論。

世界が完全に関税を無くして自由になれば皆が豊かになるという。これはEUをみること。域内自由化の結果、冨める国はますます富み、貧しい国はますます貧しくなる。ドイツはひとり勝ち、弱いスペイン、イタリア、ギリシアなどはますます弱くなり、全体には危機が訪れる。また、環太平洋で自由貿易か。加入国に韓国も中国もいない。それでは特定の国同士による囲い込み。特に日本はいま中国が最大の貿易相手国。それと自由貿易にならない。むしろブロック化。世界ブロック経済。

関税を低くして競争して強い経済を育てるという。じつは関税は各国と比べても低い。これでゼロにした場合、問題になるのは米と乳製品など少数。米は危機になる。栽培面積と農法が違う。価格競争ではアメリカ、オーストラリアに負ける。確かに。米は負けてもいいか。米が日本の耕地面積に占める役割は大きい。村に必要な役割は大きい。

だが問題は関税じゃない。もっと大きな問題は非関税障壁だ。関税という価格操作ではなく、輸出入の妨げるになると見なされる措置のこと。日本は食の安全基準が厳しい。BSEの全頭検査。月例管理。輸入検査と制限。遺伝子組み換えの規制。輸入禁止措置。農薬もポジティブリスト化している。これが問題となる。先行するニュージランドやオーストラリアでは医薬品などの安全基準が問題となっている。なお韓国のアメリカとのFTAでは牛肉の無制限の輸入が義務付けられ問題となっている。

農業の競争力強化という論点

この場合の競争力とは価格のことをさしている。しかし農産品は生命生産であり安全と品質こそ基本である。この場合、遺伝子組み換えや農薬使用リストが公開されず、里地里山保全など環境保全も表現できないとすれば価格のみとなる。こうした表示などの品質の違いを非関税障壁として排除されようなる。弱いとは何か。自然との共生はお金だけの価値では表せない。だからアメリカの農業と競争されることはない。アメリカのBSE牛、遺伝子組み換え食品、抗生物質漬け畜産、農薬農産物の実態をこそ明らかにすべきだと思う。

自由の国アメリカ、銃携帯すら規制できない。基本的に規制は最小限。安全と高品質の国日本。品質競争では表示の細かい規制がある。この違いを認め合うことが世界の貿易ルールである。



nobu23 at 06:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域 

2011年10月26日

佐渡の甚蔵おじやん逝去

甚蔵おじやんが亡くなった。今年の盆に病院に見舞いに行ってきた。ベットで何か言いたそうにしていたが、すでに栄養チューブがつながれ話せなかった。目は何か訴えていた。手にはグローブが嵌められていたのでチューブを取りたかったのかも知れない。

甚蔵おじやんはお母やんを大切にしていた。お母やんは若い時に土木工事で事故にあった。半身が不自由になった。おじやんは家事をこなしお母やんも元気になった。不自由ではあったが。

甚蔵家は僕の母の実家だ。母の父はうちの爺さんの姉を後妻にもらい母をうちに養子に出した。ややこしいが要は母は三才のときに養子で今の八平家に来た。このときの甚蔵家跡継ぎが今のおじやんとなる。

僕が小さいときは良く遊びに行った。泊まると小遣いをくれた。同年の準坊ちゃんと遊んだ。夏休みになると一ヶ月くらい田舎にくる。それで甚蔵家にいた。一緒によく遊んだ。

甚蔵おじやんが元気だった去年。伝統芸能祭で文弥人形を仲間たちと見に行った。終了とともに帰りの船に間に合うよう大急ぎで会場を出ようとしたら、いた。出口におじやんが立っていた。声をかけたら、お前に会いにきた。元気そうで良かったと先に言われた。

昔、郵便局に勤めていた。定年以降田んぼも丁寧に続けていた。キチンと管理するそのやり方は野浦の村では評判だった。

今年の正月も年始に行くと酒をすすめられた。元気だが昨年から田んぼをやめたという。機械の事故を親類が心配した。

そういえば親父が亡くなったのも田んぼをやめて数年だった。甚蔵おじやんは90を超えたと思うが。



nobu23 at 08:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命 

2011年10月24日

イタリアは精神病院が無い

躁鬱病や統合失調症が増えている。日本ではいまや4人に一人がなんらかの精神障害を抱えているという。これはどうしてか。

藤田鉱一郎先生である。あの寄生虫学者。凄いぞ。

この問題を個人と社会のあり方から解いていく。社会は個人がバラバラにされて競争し傷つき傷つけやすい関係性となっていること。専門医が誤った対処療法によって余計にダメにしていることを明らかにしている。

さて、個人について。生命の成り立ちからはじめ人間の仕組みを解明する。

バイオフィルム。細菌の集合体。下水の滑り。あるいは岩肌に着いた地衣類。一定規模に各種の細菌や苔類、藻類が集まるとまるで一つの多細胞生命体かのようになるという。水路が出来て物質代謝が行われる。協同生命体。このとき細菌間でやり取りされる情報伝達物質がセロトニン。そうあの脳内物質である。

多細胞生命体の動物に最初にできる器官が腸だという。その腸には様々なバクテリアが共生している。このバクテリアがセロトニンを産出しそれを情報伝達に使っているという。そしてそれが多細胞生命体で器官を動かす。人間でもセロトニンのほとんどを腸で作っている。腸内細菌を活用して。

腸しかない動物。腔腸動物。彼らの司令塔は腸である。つまり腸が脳の役割を果たしている。ヒトはどうか。ヒトの脳内物質は体内で自力で合成できない。セロトニンは腸のなかで細菌から引き継ぐ。ドーパーミンの前駆体も腸で作られているという。従って腸内細菌が大事だ。いかに活性化させるか。これが精神障害へきわめて有効だということ。脳内物質の製造を握っている。それからヒトは、頭が考えて身体が反応していると思っている。頭が先だと。それも間違ってはいないがじつは胃袋と腸が空になると指令が出る。腹が減ったぞと。すると頭が反応して腹が減ったとなる。可笑しいから笑うというが、じつは笑うと可笑しくなる。

さて、イタリアだ。イタリアのトリエステ県の県立精神病院のフランコ・バザーリア院長だ。彼が精神病院を解体し地域密着型の精神保健センターを作った。1973年に「民主的精神医学」という組織を立上げ、精神保健に関係する全ての職種の人を集め一大大衆運動を展開し精神病院の廃止を法律化した。そして精神病院は解体された。地域が人々の心の悩みを包んでいく。総合的にフォローする。

この流れがヨーロッパ全体に広がっているという。

こころと身体の免疫と健康。これを考えると本当に奥が深い。



nobu23 at 06:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命 

2011年10月23日

稲刈り続編

小田原田んぼの稲刈り。昨日、土曜日は雨で残念ながら中止。午後はNPO小田原食とみどりの理事会に出席した。齋藤文子さんが事務局長となって運営が締まった。経理規定や慶弔規定を簡潔に備え、決裁基準も明確化した。NPOは意外に運営がワンマンでずさんなところも多い。そこから人間関係など混乱が生じる場合もあるのだがさすがそこはキチンとしている。

NPO小田原食とみどりではブランド方針を持って商品開発に取り組む。直売コーナー出店、食講座企画も準備する。

田んぼも10年を過ぎるとヒエとコナギで参ってくる。一回除草の話もでたが、ジョイファーム長谷川代表に叱られる。生産者に有機をよいせいしつつ自分たちは慣行ではいかがかと。パルシステム高橋宏通部長がアドバイスした。耕起の徹底と田植え時期の検討、ダメなら畑転換など。みんなでもう一回挑戦するこことなった。

日曜日に再度稲刈りをした。金君、伊藤さんが参加した。三人でやっていると高橋克己君と石川さんが手伝ってくれた。田はまだ濡れていたがなんとかバインダーを動かせた。竹を組んでハザ掛けをした。バインダーを洗って終了したのは午後2時だった。それから中級の田んぼに参加し帰路についた。



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2011年10月21日

福島の野菜や果樹の放射能について

ええっ、本当かと思った。トマトなどのセシウム検出が軒並みNDだ。この間の検査結果の公表。出ているのを見ても22とか低い値である。この22と一桁まで数値があるということはゲルマニュウム半導体で、それも長い時間を掛けているはずだと。

JA新ふくしまの菅野孝志専務の報告。すぐ聞いてみた。この検査限界は数値はと。なんと1ベクレル。じつは福島県はゲルマニュウム半導体検査機を10台持ち、市と合わせると12台を稼働させているという。しかも3千秒(50分)をかけているという。もしそうならこれは本物だ。

セシウム検出は現在のレベルでは最低20分はかけないと50ベクレル以下は検出できない。つまり一日中フル稼働しても前後の下処理合わせて30分はかかるという。すると48個が最大だ。これで全品検査は物理的に無理。これより精度の低いシンチレーションでまずスクリーニングするというが、変だ。精度が低ければ、例えば100ベクレル以下は検出できない。全部NDでフリーパス。普通、的を絞るとはザルの網で救うと細かい粒子は逃してしまう。プロの検査官は全品検査をするならレベルを下げて高いベクレルしか測れない。だから精密な数値を摘発するならサンプル検査しか意味が無い。

これがなかなか理解されない。だが、福島県は地道にこれを続けている。土壌も500m四方で検査する。JAふくしま管内で260ヶ所を継続的に検査している。そして総力をあげた除染。そして検査。徹底する。そして全てを公表する。

果実(桃、梅、ブドウ、梨、りんご、柿など)からホウレンソウ、キャベツ、白

とか菜、ジャガイモ、サツマイモ、など。そして米もほとんどがND、出ても高くて55〜8.4などだ。コンマまで測っている。

これだな。感情を押さえて科学的にキチンと分析し公表し危ないものは排除する。これをしかし確かめたい。現地調査を企画する。おそらくこの数値は信じられないだろうと思う。だから実際に消費者が立会い検査してみることだ。一番ショックだったのは農産物協議の場で生協組合役員から福島の野菜は食べない。他所のものを食べるといわれたときだと嘆いた。しかし、そうだろうと思う。恐怖は事実を確かめないと消えない。



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2011年10月20日

小田原の稲刈り

確か10年を越える。小田原の田んぼに通いだしてから。NPO小田原食とみどりが借り上げている田んぼ。11枚のうちの一つである。小田原食とみどりは小田原市の特訓を利用して市を仲立ちに田畑を借用し農業体験や就農支援を行っている。

田んぼの初心者は初級田んぼから始める。インストラクターが付いて多勢で田植えから稲刈りまでやる。一番手数がかかるのが草取り。これもみんなと一緒だと楽しい。

少し慣れたら中級。種もみから苗作り、田植え、草取り、稲刈り、脱穀、籾摺り、精米、田起こしと一通りやる。インストラクターも付いて少数だがお米作りの全体を学ぶ。いよいよ自分でやって見たい人は自主田んぼである。一枚から借りて自分で栽培する。ただし一家でできない場合、自分の仲間のチームを登録して耕作する。

僕は自主田んぼに登録してやっている。しかしとても一人では出来ず、仲間が一緒にやってくれている。中沢君、金ちゃん、菊地さん、園山さんだ。中沢君は職場の仲間を連れてきてくれる。そこでようやく可能となる。

なにが手間がかかるかというと、草取りだ。農薬と化学肥料は一切使わない。素人でもこれはできる。問題は収量と雑草。とくにコナギとヒエ。コナギはオオバコのような草で田の表面に大繁殖する。稲が負けると栄養を取られ貧弱になり収量がガタ減りする。一回田んぼに広がると取っても取っても直ぐ出てくる。熱い夏に泣かされる。紫色のキレイな花を咲かせる。今年は少なかった。田植えの後、米糠を大量に撒いた。すると酢酸が出て水面に広がる。コナギの芽はいったん水面上に出ようとするらしい。そこで酸にやられる。かつ芽の出る前に土をかき混ぜる。すると芽の出る前にすでに根が張りだしている。これを浮かす。流す。前は、コナギが見えてから取っていた。これだと上だけなので次々とまた出てくる。これが変わった。

ヒエはこれと違う。苗に寄り添うように

稲そっくりに生える。そのため見分けが素人には難しい。ほらこれだと言われても間違う。はっきり分かるときは伸びて実がつくころ。このころは泣く。取っても取ってもまたでてくる。生やしておくと近所の農家に叱られる。

そうして稲刈りだ。感慨ひとしおである。



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2011年10月19日

もう一人の自分 神々と生きる

もしできるなら、夜半にふと目醒めたい

南西向きの部屋なら天空に透明な月が見えるだろう

やや肌寒い薄青の空間が自分を無限に放ってくれる

できるなら、優しいこころを解き放ち愚かな自分をそっとみつめる

ひとは自分を離脱してもうひとりの自分を見ることができる

月とともに

さて自分とはなにものだろうか

静かに横たわったこの小柄な小太りの狸のような人体だろうか

それとも浮遊する変な意識だろうか

僕たちは不思議な身体に使われている

無意識という強力な操作性の虜にされてあがいている

原始の欲望をそれとして意識できずに暗い絶望の淵にたたずんでいる

人体には無限の宇宙がある

体内には人しれず無限の生命が蠢いている

とりわけ腸の中に住む神々たちが僕たちを操っている

ミクロとマクロ

細胞と細菌たち、分子と宇宙

繊細な神経とその伝達物質が僕たちを地獄と天国へと誘っていく

そう自分はどこからきてどこへいこうというのか

もう一人の自分を見る

多元宇宙を感じること

静止した天空の無限の時間を止めて

青白い透明な月とともある

南方のはるかな島の道端に佇む黒い蜥蜴が

こんなにもおおくの言葉を紡ぎだしてくれるのだ



nobu23 at 03:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命 

2011年10月18日

里海について

里海という言葉は、里山から類推した軽い言葉かと思っていた。しかしシンポジウムで報告された柳哲雄先生(九州大学応用力学研究所所長)の開発した言葉で、しかもその理由を知ってはじめてそうかとわかった。

里海は豊かだ。これは里海に人の手が加わえることで生物層が豊かになり生物生産性が高まるという。柳先生が発表した。直ぐ反論があった。生物多様性は人の手が加わらない方がいいと。余計なことをしない。人間が関与しない方が豊かになると。

だが、実際に生物相を調査してみるとじつは伝統的漁法の中に豊かにする方法が見出された。例えばアマモの壺苅り。海中のアマモをそのままに生やしておくよりも所々刈り取った方が小魚は増える。産卵も多くなる。アマモだけがビッシリと密植されていると他の生物は明らかに減る。これを極相と呼ぶ。極相にしない。そう言えば昔、佐渡の漁村では海掃除が村人総出でおこなわれていた。そして刈り取った藻を使ったような気がする。堆肥などに。これは記憶がぼけているが。里海は山と連携する。

石干見というのがある。海岸の浅瀬に石を積む。池の様に囲う。一片は開けておきそこから海水と魚が自由に出入りする。いしひみと呼ぶ伝統漁法。石組みに藻が生える。小魚が逃げ込み、それを追い大型の魚も来る。生物相が豊かになるという。この石干見が沖縄に残る。研究者が調べたら日本各地にもあった。いや韓国にもインドネシアにもあった。という訳でじつはスペインやアフリカなど世界各地にあった。石干見サミットがおこなわれた。人の賢明なる自然活用。

柳先生はいま瀬戸内海の深刻な海藻枯渇を調査している、対策を任されている。漁民たちは下水処理が進みすぎて貧弱化したという。川からの栄養も減った。ところが調査をしてみると川からの栄養よりも海の中の生物相の多様性がチッソやリンの循環を豊かにしていることが分った。海の中の生物多様性それ自体が栄養を豊富化するということが分析で分った。

里海の偉大さを現代の研究者が科学的データで証明する。このことは近代農水産業が大量生産大量消費で破壊してきたことを、見直すことにほかならない。自然との共生、人間が自然の恵みをいただくという思想。これは決して観念的な頭の上だけの理念ではない。伝統文化に育まれてきた英知のなのである。里海と里山。そして村。

国連大学高等研究所のあん・まくどなるど氏が語った。日本の漁村を小型自動車や自転車で回った。漁村は閉鎖的ではなかった。むしろ開かれていた。見知らぬ外国人を平気で受け入れてくれた。日本の里海を守っていきたい。感動した。そして話をしてみて分った。国連の世界農業遺産。今回の能登と佐渡が認定された。この仕掛けをしたのが彼女だった。いま能登半島で里海を守る活動で苦労されている。



nobu23 at 07:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 生命 

2011年10月17日

地域環境学ネットワーク 沖縄渡嘉敷列島

地域環境学ネットワークという学会がある。地域に役立つために科学者や専門家がどうあるべきか研究する。地域とは人びとと環境そのものである。代表は佐藤哲長野大学教授。専門はアフリカ・マラウィ湖の閉鎖生態系の研究など。以前、NHKで魚の子育てで母魚が稚魚をピンチになると口の中に避難させるという映像があった。あれである。あの番組編集も協力したそうだ。スラッと背が高く痩せぎすで髪が長く学者というより老けたロックスターの風貌。今回、一緒に土砂降りの雨の中でシュノーケルで潜った。船上では雨風で寒くふるえていた。

この金、土、日に沖縄の渡嘉敷列島の阿嘉島でシンポジウムを開いた。そこに呼ばれた。コーディネーターは家中茂先生(鳥取大学)。僕は恩納村漁協との取り組みについての報告を行った。恩納村漁協は山城正巳理事、そして比嘉義視さん。もずく加工の竹内周常務(井ゲタ竹内)からの報告だ。

阿嘉島は沖縄本島から西に40kmの洋上にある。渡嘉敷列島の一つの島。大きな島を砕いた様な島群。誰でも知っているのは慶良間島と座間味島か。その中に阿嘉島がある。座間味島と阿嘉島と慶留間島で座間味村を構成する。人口千人ほど。これでも増加傾向という。1980年代に700人台まで落ち込んだ。そこからの増加がおもしろい。戦後再開したカツオ漁、そのメッカがここだったのである。一時は大型船と加工工場があった。カツヲと言えば鹿児島県枕崎、山川、そして焼津だが、じつは慶良間鰹は評価が高かったという。それが冷凍技術の発達で漁場に近いことの優位性が失われ衰退した。漁師はこの遠洋漁業のほかの磯漁がある。ぶだいや魚、シャコガイ、エビ、蛸、イカなど。渡嘉敷列島に囲まれた海はじつに豊かな珊瑚礁になっている。海面のすぐ下に珊瑚の棚が広がる。多勢のダイバーたちが潜っている。これが島の経済を変えた。ダイビング経営。村に40を超えるショップがある。漁業としての海の利用からツーリズムとしてのダイビングである。民宿を兼ねて隆盛する。Uターン組、Iターン組が担う。こうして新たな産業がおこった。しかし、このダイビング経営は海を守る。3年間、なんとダイビングを中止した。珊瑚礁の保全のためである。現在、利用者制限を守り、アンカーなどの制限を厳しくする。数年前にラムサール条約で海域を登録した。地域再生のモデルとなる。



nobu23 at 06:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域 

2011年10月14日

ジェオゲノム・プロジェクト 安田喜憲

安田喜憲先生である。この間、時代の転換期を意識し新たな文明を構想されている。生き方や価値観をはじめ社会や経済のあり方を転換する 。このために過去の文明の研究をされている。

巨大災害の時代を生き抜くージェオゲノム・プロジェクトーという書名だと誤解される。いまの大震災の話かと勘違いするが、その話では無い。過去の文明がなぜ起こりほろびたかを気候変動や環境激変から読み解こうとするもの。

地球規模の環境変化をまず捉える。そしてそれが人間社会にどう影響を与えたかを調べるのだ。グリーンランドの氷河、この厚さ3千メートルに夏と冬で色の違う年輪のような縞模様がある。過去20万年。この酸素の安定同位体比の測定で一年単位の精密な気候変動がわかる。その結果、たった数十年で劇的な変動があることがわかった。これに人間の歴史を当てはめてその変動を探る。画期的な地球史。

ところが安田先生たちはさらに氷以上の高精度で環境史を復元することに成功した。湖底に堆積する「年縞」である。一年一年湖底に堆積した年輪で正確に年代測定できる。しかも氷と違い花粉、珪藻、プランクトン、ダスト、大型動植物遺体、粘土鉱物など多角的に復元できる。過去の水温、水質、水位はもちろん潟湖なら海面変動さえわかるという。

こうしてわかったこと。地球環境史で文明史を読み解く。

グリーンランドやヨーロッパの気候変動と東アジアのそれは違うということ。そして地域によって気候変動に時間差があることがわかった。気候変動はおもにモンスーンアジアから始まる。アジアが変化してヨーロッパなどに波及していく。気候変動の影響によって農業や土器作りなど人間社会がいやおうなしに変化していくのだ。

おもしろいのは歴史的事件の謎がわかってきたこと。渤海国の滅亡(926年)は白頭山の大噴火が原因と思われてきた。この火砕流の炭素年代測定では920年にプラマイ20年だった。だから東洋のポンペイといわれた。ところが秋田の日潟の年縞分析に結果、白頭山の大噴火は937年だっことがわかった。滅亡の後だった。そして920年から925年が著しい寒冷期だったことがわかった。これがひとつの要因と考えられるという。

こうして安田先生たちは、地球環境史を解明して文明の勃興と衰退を関連づけ人間の歴史を再考していくこととなる。

環境史を深く捉えると、気温、乾湿、雨、水、川、森、動植物などと栽培。農業などと都市国家。

また都市も音や匂いも関係するという。目に見えるものだけではない。細菌やウィルスの変化。人間の肉体や脳の変化も関係してくる。

環境変化は本当に我々をおおきな変化へ誘っていく、



nobu23 at 06:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 読書 

2011年10月12日

リーダー論

リーダーとは文句言われる人。文句言う人は没主体である。全ての問題が人のせいだと思うか、いや全ての問題を自分が解決しなければならない、自分の問題だと思うか。世界に主体として立ち現れるためには、どうしたら問題を良く解決できるか考えること。

この場合前提がある。手持ちのカードが限られていること。それは自分と未来は自分の意思で影響を与えられるが、過去と他人は変えることは自分では出来ない。だから、他人の欠点や問題点をいくら指摘しても虚しい。そりゃあそうだ。だいたい他人に批判されて喜ぶとしたらそれはその人がレベルが上だということ。レベルとは考えている範囲が広いという意味。

ではどうするか。

問題を良く考える。そこに他人の問題が見えるとすると、その他人を批判して事足りるのでは無い。なぜ、何故その他人がそのような行動をするか考える。普通、人間は楽しいこと、おもしろいこと、得することが好きである。嫌なことはいやである。嫌なことを他人に押し付けることができるか。出来る。それは嫌なことを引き受ければもっといいことが待っていると思う場合である。組織は金銭的価値でそうするのが一番簡単。その場合でも金銭的価値だけでは続かない。人間は複雑系。人間的価値を求める。

しかし人間的価値のみで動けるか。これは難しい。が共感がある。災害時ボランティアの原動力はこの共感。いいことしてやっているというカッコでは続かない。嫌になる。なんで私たちだけがと他人を批判する。政府を怨む。

だが、被災者との共感は自分を変える。深い心に働きかける。豊かな世界に導かれる。自ら海に飛び込み深い世界へ潜っていく人たちだけに視える世界がある。それがリーダーたちの報酬となる。さあ、文句言いなさい。



nobu23 at 07:35|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 生協組織 

2011年10月11日

会議は踊る 議論の在り方

あらかじめ自分たちが方針や施策を決めてそれを会議参加者に承認していただく。こういう会議だけだと承認に関するテクニックが発達する。質問や反論の想定が緻密化して会議の段取りが良くなる。しかしこの場合は参加者と起案者に共通の状況認識や知見が共有されてないとすれ違う。議論すればするほど断層が深まる。

あるいは元々不信感を抱いた参加者が起案者に対して起案そのものを覆し、それどころかリーダーとしての信用性を貶めようとすることすらあるかもしれない。議論は収拾がつかない。えっ、そんなバカなと思うかも知れない。そうなのである。困った。

ではどうするか。

そもそも会議体の参加者にその会議の持つ役割や目的、目標が認識されていなければならない。これがなくて、組織の目的や役割を理解せずに、一般の方がそのまま紛れ込んで思いつくままに発言を繰り返したら絶対にうまくいかない。つまり会議には位置づけと役割が明確になっていることとその実際的共有化が前提となる。組織は必ず基本的な目的を掲げる定款がある。その定款のもとに機関が設置されて役員や事務局が設置される。この明文化された組織運営が大勢が関わるのに不可欠だ。これの問題点は山ほどあるが、基本を押さえないと早晩、組織は瓦解する。

協同とは何か。

他者と自分は違う。このことを自覚して他者との合意を形成して共に目的実現に向かって動くことである。協同と言いながらじつは自己実現を持ち込む人もいる。それは自分かもしれない。これはこれでおもしろいのだが、中途半端に賢いと組織運営や他者との権力闘争を仕掛ける。これが組織を混乱させる。根は自分の賢さとまるで預言者のように振舞いたいのだ。困るのである。協調することがバカに見える。先を読み社会を変える。おれは凄いぞ、どうだまいったか。こういうときの自分はバカになっている。本当だ。

生協の面白さは経験を積み上げ苦労した専門の職業人と消費の現場、家庭からの実践されている組合員が共に会議を構成しいぇいることである。当然、経験を基礎にした言葉も考え方も違うのである。だからこそ多重な場をもち議論を格段階、各テーマごとに深めて双方がより深く問題を共有化していく。そしてその解決を相互にになっていく。格段階ごとで実践的課題を自ら動き協同して解決に向かう。このPDCAの協同化こそ会議の意味ではないかとそう思う。



nobu23 at 08:39|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 生協組織 

2011年10月10日

10・8シンポ 自転車屋さん

仙台シンポジウムで面白かったというと失礼だが、日専連の仙台理事長山口さんのお話だ。日専連とは協同組合連合会 日本専門店会連盟のこと。町の専門店の協同組合である。小売で社会を豊かにするという改革組織。宮城県では五連と呼び農協、生協、漁協などと協同組合協議会に参加している。

今回の大災害では小さな商店が活躍した。大手資本の商品がストップしたなか小回りのきくお店と問屋がいち早く商品を並べた。評価された。

だが、南三陸静川などは日専連支部が消滅した。町ごと流された。商店は地盤は無いとやっていけない。商人は何も出来なくなる。自分は自転車屋。店こそ大丈夫だったが仲間がやられた。復興支援も物だけが溢れかえると良くない。自転車も大量に送られてきた。地元の自転車がまるで売れなくなった。あと何年分もある。店を流された商人達で仮設の店を建てる。牛小屋を借りてただ看板だけ出した人もいる。これからの町の安全・安心は私たちが守っていきたい。

宮城交通労組の岩井さん。バス31台、営業所3ケ所が全壊ないし水没した。線路がズタズタにされて電車や地下鉄が止まった。バスも大変だったが公共交通を守る。被災者の足でもある。運輸労連が全国からボランティアを派遣してくる。その拠点で仙台事務所がなった。いま困っていることは風評被害。観光客がガタベリした。観光バスが窮地に落ちる。観光に来て欲しい。

さらに生コン業者からも報告があった。そして労働者協同組合である。ワーカーズコープ。被災地で仕事起こしを仕掛ける。職業訓練とそのまま就業である。

様々な立場から発言があった。司会は半田正樹東北学院大教授と田中史郎宮城女子学院大教授。協同と転換期がキーワード。



nobu23 at 09:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域 

2011年10月09日

協同の力で復興を!仙台シンポジウム

涙がとまらなかった。最近、涙腺がゆるくなった。やはり現地の被災者の話は重い。特に農業関係者は。

大内秀明先生の呼びかけで開かれたシンポジウム。大内先生は宮沢賢治の碑、ガレキに埋まるアメニモマケズを映しながら語る。近代日本において一貫して「周辺」に位置づけられてきた「東北」において「復興の先」をめざしたい。大量生産大量消費、簡単便利な社会からの転換を。

木村稔宮城県漁業協同組合前会長が声を震わせた。こんな民主主義の根底を覆す話があるか。宮城県の村井知事の特区構想である。漁業権をはく奪する政策。漁民に一言も聞かない。話しをしない。逃げてばかりいる。発災直後の一週間で行きなり特区構想を東京でぶちあげた。大手資本の導入で漁民の権利を強奪する。おかしい。絶対に阻止する。

ピースボートからは現地の責任者、山本隆共同代表。5月連休前までボランティア派遣を控える話が飛び交った。NPOなどで。いま現地へ行くとかえって迷惑をかけると。そんなことはなかった。人手は不足していた。支援物資があっても配れない。個人宅の片付けなど山ほどしごとがあった。ピースボートは17日から現地に入り石巻市や社会福祉協議会、商店会、町内会、自衛隊などと連携してきた。9月までボランティア延べ3万5千人。炊き出し約10万食。泥かきも2年かかると言われたがほぼ終わりつつある。これからは仮設住宅の支援だ。越冬が問題だ。仮設住宅は寒い。女川町は場所が無く、3階建なんてのもある。新潟大学が中越地震で作った「仮設のトリセツ」が良くできている。これをカラー印刷で配った。仮設の暮らし。

ボランティアリーダー養成プログラムを開発している。ボランティアを活用できる人材が必要だ。

福島県から来た東西しらかわ農協の組合長、鈴木昭雄さんの話は放射能被害だ。国の危機管理能力の無さが風評被害となってダメージを受けている。独自の検査体制で調べている。問題無いものさえ福島というだけで売れ無い。困った。

岩佐國男JAみやぎ亘理組合長、東北一のいちご生産高。40億円。農協で会議をしていた。大きな揺れ。外に出た。何が起こっているかと三階屋上に行った。黒雲と稲妻。阿武隈川方向、海岸の松林に白いけむりが見える。津波だ。松を越えて20mの高さで襲い掛かってくる。これはダメだ。家もなにも持っていかれた。いちごハウスもやられた。避難所に行き農協の米や物資を放出し炊き出しをした。残ったハウスでイチゴを再開する。どんなに酷くてもまけない。ただ支援物資に頼っていると人間はおかしくなる。こんどはトラクターが欲しいという人まで出た。崩れたらおしまいだ。若い人が立ち上がってくれた。必ずイチゴを復活させる。



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2011年10月08日

無茶茶園と門田さん

無茶茶園の総会で懇親会となった。すると若い人や年配者が次々とやってきて話し始める。

真珠の後継者佐藤くんや素潜り自慢の若手。今年はタコを50匹捕った。なんと素潜りで。すごい。いろいろ聞くと明浜の海は違うなと思う。早朝、軽く走っていても防波堤から小魚の群れがたくさん見えた。

年配のいかにも面構えのいい方が話しかけてくる。創業者の一人だと言う。知らなかった。無茶茶園と言えば片山さんだ。いまの宇都宮代表や大津専務らはもちろんだが、年配の方と懇意に話すことはあまり無い。ほとんど無い。彼は片山を固める脇にしっかりしたヤツがいないと今日までこなかったと話す。そうか、と思った。なるほど。

すると今度は脇からニコニコした先輩がいきなり自分ちに来いという。夜だしご迷惑をおかけするわけにいかないと固辞したが聞いてくれない。無茶茶園幹部に聞いたら行ってほしいと。そこでおじゃました。

家並みが面白い。佐渡にも有るが湾に面したちょっとした平地に複雑に建っている。しかし小路に面した家が古いが格調が高い。板塀には彫物。二階には凝った手摺りも見える。表通りの大きな家は庄屋で文化財指定だという。門田さんの家に行くと木彫りの観音像が有った。等身大。ご自分で彫ったという。これはプロだ。他にも阿吽像。全部一本彫。作業場に掘りかけが有った。途中までで休んでいるのだそうだ。ミカンを背負った母の像。

90歳の父親がいた。まったく年を感じない。やさしく微笑んでいた。部屋にはたくさんの製作された人形が並べられている。お母上も絵を書かれたという。いまは亡くなられた。息子は独立して美術の先生。まさに芸術一家。いやまいった。

門田さん。無茶茶園の理事。年なので断ったがやってくれと頼まれた。宇都宮君を代表に選んだが組織がしまったと自慢げだ。

牛鬼まつりの手製の牛鬼を見せてくれた。ずっしりと重い。ケンカ祭。ぶつけ合う。頑丈に出来ている。

表通りにでるとすぐ海だ。宇和海。波の静かな美しい海。豊かな自然は心豊かな人を育む。素晴らしいな。



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2011年10月07日

無茶々園総会と地域

四国の愛媛県西伊市に有機農業のグループがある。30年以上の歴史があり若い人たちも多い。その名も無茶々園である。無茶苦茶やってやると創業者がつけたという説とスペイン語でムチャチョスからだという話もある。ユニークだ。この総会に呼ばれた。

ミカン、柑橘類が主な生産物。四国は山が高い。西日本一の石附山もある。険しい山のトンネルを抜けると宇和海に出る。豊後水道。遥かに九州が霞んでいる。美しい入江。海岸に家並みがかたまる。

その急斜面に階段状にミカン畑が広がっている。一歩間違うと転げ落ちる。この斜面こそが生産者たちの仕事場だ。日本の柑橘産地は海岸沿いの急斜面が多い。和歌山や小田原もそうだ。南向きで潮風にあたる。すると甘くなる。美味しい。だが生産は大変だ。重労働。手作業がほとんど。ましてや有機だとずーと草刈をしている。急斜面の草刈りは考えるだけで嫌になる。そこを黙々と仕事している。

湾内に筏が見える。タイなどの養殖のほか真珠のアコア貝を養殖している。魚の養殖と違い二枚貝は海を綺麗にする。餌は与えずプランクトンを吸い込む。ただし年に数回、陸に揚げて貝を掃除する。この作業がまた大変だ。藻を削り寄生虫でやられた貝を取り除く。真珠というものは同じものは一つとして無いという。玉を良く見ると形も色も異なっている。それがイミテーションとの見分け方、と教えられても簡単では無い。この無茶茶園の真珠をパルシステムは古くから扱っている。漁業者も無茶々園の会員なのだ。明浜の湾内で操業しているものは他にちりめん生産者がいる。彼もメンバーだ。イワシの稚魚を採ったらすぐ釜揚げして天日干しする。これが美味い。人気が有る。茹でるのは海水だが塩分濃度を調整し低くしている。そのため魚の美味しさが引き立つ。天日干しもいい。最近のものは異物混入などを恐れて工場内乾燥が多いがやっぱり天日は違う。

彼らは、海を豊かにするために藻場の再生を考えている。海の幸、山の幸。明浜の人々の生産拠点、これが無茶々園なのだ。

総会では圃場について65歳になったら園地を誰に任せるか宣言しろという。後継者がいなければ委譲を話し合おう。園地も更新する。若木を計画的に植えている。収穫量を増やそう。収入を増やす。生産高7億円を10億円まで伸ばそう。

新たに松山市近郊の土地を買い畑の農場を拓いた。若者たちでサツマイモ、玉ねぎ、人参などを栽培している。まだ年間1千万に届かない。赤字。玉ねぎも20tも腐らせた。それでも若者は強い。2千万円めざして栽培を続ける。

小学校と連携して食育講師を計画している。福祉施設と連携している。さらに加工場の新設計画も立てる。地域を豊かにして若者を生かす。



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2011年10月04日

東北の豊かさ 先進性

この土日月と東北北岩手をまわった。軽米町と薮川に行った。中小企業事業協同組合品質安全推進共同センター(JASMEQ)の研修企画である。

軽米町は縄文から続く雑穀の里。稗、粟、黍、荏胡麻などの生産が日本一。アマランサスもある。雑穀を研究し種を開発保存する農業試験センターもある。山本健一長長がすごい。雑穀文化と蝦夷(エミシ)からの歴史を語る。軽米という言葉は、豊かな土地というエミシの言葉に漢字を当てはめたらしい。冷害で飢饉がおきても軽米は別格。雑穀と山の実などで餓死者は出していない。

雑穀は馬にいい。古くから馬の産地。馬が人と同じ家に住んだ。どちらかと言うと馬の方が大切にされた。この馬の栄養に雑穀の藁が良いのだ。ミネラルが豊富で丈夫な馬になる。

そうそう、奈美悦子が話していた。あの金井勝子、由美かおるなど西野バレー団の奈美悦子だ。彼女が掌底嚢胞というやっかいな病気になった。掌と足裏に膿が溜まる。潰れてグジュグジュになる。軟膏やクスリでも治らない。そのうち骨が痛み出す。胸が刺す痛み。肋骨が折れたりする。難病だ。痛みに耐え兼ねて自殺する人も多い。40以上の病院を転院し最後に秋田大学病院にたどり着いた。原因は腸だ。腸で生成されるビタミンの一種が欠落している。生成出来ない。治療はそのビタミン投与からだ。一生、投与し続けなければならない。

ところが奈美さんは自分で勉強した。腸を回復させるのはどうしたらいいか。雑穀。雑穀によって腸が回復し活性化する。全体食。ミネラル。腸内細菌。これでビタミン生成。つまり、細菌が生成する。うんこが大事。奈美さんは4年で回復したい。普通は一生ダメだと言われている。難しい試験の雑穀マスターもパスした。雑穀を熱く語る。山本町長が招いた。

雑穀の実は人が頂く。茎と葉は馬が食べる。糞は肥料。この雑穀が美味しく感じたら味覚改善成功。

軽米は深い。縄文、エミシ、藤原氏、騎馬民族説。東北学。入会地、マタギ、焼畑。



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