2012年10月

2012年10月27日

三島駅前の公園

パルシステム静岡の会議。そのビルの3階の窓のブラインドを開けたら森が見えた。鳥の鳴き声。駅前なのに種類が多い。

小さなコゲラが幹を点検している。軽く突つきながら登ってっゆく。右の枝にはもう一羽。その先に見えるのはウグイスかもしれない。

会議後に監事の山本さんと高張さんとヒアリングの場所に向かう。その公園は楽寿園という。国の天然記念物。

その脇の抜け道。清冽な小川。その川の中に散歩道がしつらえてある。さらさらと透明な水。脇の家の土台の間からも水が吹き出している。豊富な水量。

ここは元はドブだったとあとで上田さんから聞いた。NPOが変えたのだという。それで親水域ができたのか。すごいね。

何が贅沢か。これだな。
楽寿園も歩いた。富士の溶岩がいまさっき流れた痕のような岩が有る。美しい庭園もその岩石がベース。涸れていた。

公園というと動物園。その言い訳のような小ぶりのそこにすねた猿がいた。二度逃げ出して世間を騒がせた。噛みつき猿で有名になったという。

いまは何事もなかったかのように毛づくろいをしていた。つまらなさそうに。

三島駅のすぐ前。農兵。ノーエイ。画像1


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2012年10月26日

第44回群馬県生協大会と内橋克人先生

群馬県の生協がおもしろい。200人ほどの会場で生協が集まった。生協といっても普通の生協だけでなく、医療生協、高齢者生協などいろんな生協。

ユニークなのは、各地の活動を顕彰すること。はるな生協は反貧困実行委員会で毎月炊き出しをしている。これを表彰。
それに永年勤続表彰。15年と30年。30年というとひと世代。すごいね。

さて、基調講演。内橋克人先生。日本の国際協同組合年実行委員長。

もともと政府批判やアメリカを批判するだけして何か言っている気がしている評論家は好きじゃない。それがどうしたと言いたい。で、どうしたいのだと。一見、自分がさも世界の秘密を暴いて、みんなに教え賜わるかのように振る舞う。恥ずかしい。そんなことはもうみんな分かっている。

だが、内橋先生は違う。明確なポリシーと方針を具体的事例で話す。パワーポイントなど使わない。話だけで2時間ぶっ通し。それでひきつける。

デンマーク。エネルギーと食料。エネルギーはドルショックの1972年のころは自給率1.5%。日本なんてモンじゃない。それがいま200%。輸出をしている。食料は300%。北海道とほぼ同じ面積。人口は8割。たった20数年でこれだけ変わる。この推進者のヨアン・ノルゴ。彼と内橋さんが対談したときの話。新宿からNHKまで歩いてきて代々木公園を通ったノルゴさんは聞く。あのブルーテントはなんでしょうか。

デンマークは、誇るべきものは何も無い。だけどホームレスは一人もいない。内橋さんは関西空港まで送っていった。その途中も青いテントだらけ。もう見ないでくれというほどつらかったという。

デンマークは、F、E、Cの自給圏。フード、エネルギー、ケアだ。ケアにいたっては地域ごとに4つの施設がある。ディホーム、ディケアセンター、活動センター、看護センター。自由に通う場所、必要な介護を受けることが出来る場所、地域活動の拠点、終末を看取る場所、それを住民参加で運営し無料で使うことが出来る。

消費税は24%を超えている。だがすべて透明性。若者も大学まで無料でいける。公平性。平等性が担保されている。国家とは何か。誰のためのものか。


北海道訓子府の講演でのこと。旅館に泊まる。そこの食堂の額。美しい文字。夢中になって書き写した。

愛する息子へ。
老いた母の言葉。変わっていく私をどうかそのまま愛して欲しい。食事をボロボロこぼし同じ言葉を繰りかえして足腰もままならない。あなたが子供のときのように。でも私が旅立つそのときまで、どうかあなたが子供のときのように、そのままの私を変わることの無い愛で見守っていてほしい。

そうなのだ。政府の批判、アメリカの批判。そんなもので人は動かない。動かされない。家族の愛。他人への無償の愛。そして自分を素直に見つめること。涙がとまらなかった。
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2012年10月24日

社会福祉法人パル

社会福祉法人ぱるの評議員会と理事会に陪席した。福本京子理事長。あれはもう30年前か。当時の調布生協へ北多摩生協の新任専務理事として挨拶に来られた。美しく賢そうなすごい方。
女性の専務は当時まだ珍しかった。

さて、今度は社会福祉法人で学ぶことになる。全くのシロウト。頭デッカチ。そこをどう体験し学べるか。おもしろい。

評議員・理事に天野マキ先生がいた。宇都宮短期大学教授(東洋大学名誉教授)で福祉の専門家。なにがおもしろいかというと先生は賀川豊彦の系列なのだ。墨田区の寄場のドヤ街で捨てられた子供を育てた。無償の保育園。中学校からセツルメントでドヤ街に通っていたそうだ。そこで特攻上がりの保育園の先生にあう。彼が賀川の影響で始めたのだという。以来、いまもドヤ街に通いながら大学に行っているそうだ。

賀川豊彦の「友愛の経済学」で話は盛り上がる。またこの先生もお酒が好きと来ている。いいね。

問わず語りにニンゲンは直接的な欲望を満たすためにだけ経済を営むのではない。基本に類的愛があること。NHKでヒューマンというドキュメンタリーがあった。そこでは世界各地の街角実験で分かち合いが立証されていた。賀川は愛と協同を語った。人格経済。主観経済を語った。すでに100年以上前。

ゲーム理論。囚人のパラドックス。自分さえという考え方が自分を不利にする。他者への配慮と提供こそが自分たちを富ませる。というと福本京子理事長が脇から、それが福祉理論に出てくるといった。

そうか、福祉も協同の基本なのだと当たり前のことをいまさらながらそう感じた。
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2012年10月23日

嵐のあとに

夕べ、時ならぬ暴雨で荒れた。
早朝もガタガタと窓を鳴らしていた。
今朝家を出ると、怪しげな雨雲が空を覆いながら流れていくのが見える。

雨は止んで、アスファルトは濡れている。プラスチックの道路標識ポールが倒れている。隅に寄った並木の枯葉が風の跡。

遠くの空の雲の間にかすかな明かり。やがて消えた。風は止んだ。

静かに刻む足音。ゆっくりと駆ける。カラダの中を覗きこむように走る。吐くこと。吐きだす。口から吐いて鼻から吸う。お尻を締めて丹田を意識して前にだす。古武術。運足。無意識。


あの山中伸弥先生がテレビで言っていた。一番不思議で謎なのはヒトのカラダだと。生命の神秘。みんなそれを一つづつ持っている。すごいワンダーランド。

知識と技能の前にその感動がある。そのワクワクする面白さ。現れては消える。不思議な世界。他人には見えない単調な実験を何万回と繰りかえす。そのひとつ一つがワンダーランド。面白がる人にだけ見せる神秘の世界。

いつものように通勤する。いつものように働く。いつものように食べて寝る。いつものように朝起きる。だが変わっている。

世界はいつのまにか変わっている。パラレルワールド。その多元世界の迷宮に僕たちは生きている。どれだけの僕らがそれを知っているのだろう。昨日の僕ははるか遠くにいる。その脇で今日の僕が胎動している。

おもしろいぞ。ダンゴ虫。ダーウィンが来た。子供たちには見える世界。おっちょこちょいのダンゴ虫。今日も枯葉の下で眠っている。凶悪なアリたちから逃れて。画像1


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2012年10月22日

言論における戦い 橋下徹市長の戦いぶり

橋下徹市長をマスコミで見ていると、凄いなと思う。あの朝日新聞社や佐野眞一を敵に回して勝っていく。すごい。マスコミでしか知らないが。
孫正義さんが「あんぽん」で佐野眞一さんによってその出自を暴かれ書きまくられたことをむしろ喜び、在日の事実を隠しもしなかった。そのうえで孫さんの世界を変えたいという熱い情熱を照らし出した。彼の激しい突き抜けんとする意欲。この意欲は単なる成功を欲するとか金持ちになりたいとかのレベルをはるかに超えている。

橋下さんについては、我々の世代や運動論、協同組合事業関係にとっては違和感を持っている。新自由主義。再びの登場かと。あるいは変な国家主義。いまさら国旗掲揚や君が代にこだわる。日本が世界に対してメッセージを出し、価値ある世界への貢献をすることは、日本が世界に無くてはならない役割とは、食や農や生活道具の美、様々な文化において、あるいは漫画や技術的な高さや、極める哲学において果たしていると思う。国の存在の輝き。今後もそのような働きが大切だと思う。

都構想も逆だろうと思う。今はむしろ地方の時代。お金と権限と人を地方に還流。民だけではなく、公助、自助、そして共助。その立体的な推進。むしろ分散、農的生活、その地方での村のコミュニティこそ21世紀の未来社会ではないかと思っている。そのイメージとシンガポール的理想のイメージの落差。

しかし、理屈はともかく橋下さんは面白い。その戦う姿勢。社会を変えようとしたら、単なる理屈で扇動してもダメだ。一見理論家に見えるが、彼は戦う政治家だ。むしろ理論家といわれる人のそのじつ根性の無さは嫌というほど見てきた。立派なことをいうが、言うとやるとは大違い。いざとなると黙り込む。ようするに自己防御。自己保身。

マニュフェストなど政府に入れば、大臣になるなら、現実的でなかったと捨て去る。政府に入ったら、今までの野党とは違うとその政府方針に擦り寄る。既存官僚と大手マスコミにあっと言う間に書き換えられて傀儡政権に変貌する。困った。
高速道路無料化、脱ダム、公共事業の箱モノからの転換、子育て支援、後期高齢者問題、などなど。意地は無いのかといいたい。財政が逼迫していることは行かなくても分かる。それをどうするか。どうしたら突破できるかと問題提起し市民参加で解決を目指すべきだ。政治家が現実に擦り寄ってどうする。

人は、理論だけではダメだ。ピンチに陥り四面楚歌になって本性を現す。行動の心底。基本的価値観。理論はまったく違うが、橋下さんのあの戦う姿勢はいいと思う。民主主義は多様で活発な意見と議論があっていい。その根本に変えたいという熱い思い。変えなくてはと身体をさらしながら戦う心がなければならない。

生態学。言っていることや看板ではなく、何をしたか。どうしているか。その本質的な根性。行動の基盤。ここが問われる。理念や哲学は、キレイごとではない。生き方だ。社会生態学者と自称したのはピーター・ドラッカー先生。生態学。

あの朝日のやり方を許さずキチンと対決し議論して勝つ。おそらく彼らのことだ根に持ってスキあらばとまた襲いかかる。巨大組織は正面戦はやらず、ネチネチと小さな失敗をほじくり返し攻撃するズルいヤツが成り上がったりする。
とくに真面目で小心者。耐えず自分の評価を気にして他人と競争している。この典型。巨大マスコミ。
逆にいえば橋下さんがすごい。協同運動も分かりにくいいい訳から脱して戦う姿勢が求められている。権力と戦う。

理不尽な罠に囚われても負けない。毅然として立ち向かう。面白い。ぼくらとまったく異なるが刺激される。煽られる。素晴らしい。おじさんたちも決起する。おじさんたちこそなんでもできる。保守にはならない。画像1


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2012年10月21日

富士山に冠雪

小田原の田んぼの脱穀に向かう。
小田急線は長袖シャツでも肌寒いくらいだった。さすがに御殿場線は暖房。
朝日が眩しい。曽我丘陵が照らされて美しい。
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2012年10月19日

極私的リーダー観

リーダーとは何か
どうありたいか。どうあってほしいか。

勝手な見方を考える。文句言われる側。叩かれる側にいる。組織内競争では負ける、組織外で役立つ人。組織の外で組織が外に役立つようにいつも考えている。どうしたら役に立てるか。
ゴミを拾うこと。廊下に紙くずが落ちていたらすぐ拾う。べつにいい人ぶるのではない。気になるから。便所掃除。人嫌がることを好きになる。人のやらないことがおもしろい。人がやれないこと。見ていない時に平気で普通は人が嫌がることを、さりげなくするとくに何ということもなく、普通にする。

夢を見ている。未来から過去を見ている。決して過去から考えない。時間が逆になる。死からみて生きる。死の床をイメージしそこへの自分らしいありかたを努力する。

欲望を抑え込まない。突き抜ける。笑飛ばしながら眺める。自分を貶めない。卑下しない。肯定。根拠の無い自信を持つ。信頼。自分をそのまま肯定して眺める。自分を大切にする。他人を肯定する。エゴい人を愛する。

他人の否定ではなく、何で他人なのかを知ること。他人の中に自分を発見する。他人を信頼する。全面的肯定。矛盾をそのまま認める。

楽しい。愉快。馬鹿。誠実には勇気を出す。素で話す。駆け引きはしない。しかけない。関係を操作しない。何も足さない。何も引かない。

苦しい。嫌なこと。嫉妬。敗北。事件事故。大失敗。転落。病気。裏切り。すべて恐れない。逃げない。逃避しない。楽しむ。愉しむ。

存在がまわりを愉快にする。楽しくなる。何か肩の荷を降ろして身軽な気分になる。恐れること。嫌なことなど何もない。素。

透明で無になる。馬鹿になる。すると突き抜ける熱い想いが湧き出てくる。天空を駆け抜けて。生命の曼荼羅にめくるめく。豊かな協同のイメージ。

小田原下曽我の田んぼ。一歩先に中沢君が壺刈りをして新米を飯盒で炊いた。田んぼのバーベキュー。土の焼けるにおい。新米の気高い香り。生命の贅沢。ご飯を食べよう!画像1


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2012年10月17日

政策議論について

政策ってなんだろう。
政治のことか。いや組織の方針のこと。それも長期的な方針。長期とは約5年から10年くらい。3年位を中期、1年を単年度と呼ぶ。組織運営はこの刻みが大切だ。さらに上半期、下半期、四半期、月次、週次、日次と刻む。計画と実績。その差異分析と対策。仮設をたて実行し結果を見て問題点を探り出して次に計画していく。プラン・ドウ・シー・アクションというPDCAマネジメントサイクルである。

しかしその基本はビジョンにある。長期になるのは現実より実現しにくい目標を立てることゆえ。中期はその長期目標を刻んでいく。

現実に問題がある。それを変えようとする。問題解決をしていく。この場合、現実の問題を把握し見える化しそれと取り組む。一歩づつ現実を変えていく。これが基本。しかしこれだけでは改善だけでは高い目標を実現しにくい。あるいは社会環境の変化にはついていきにくい。やはり社会に対して組織が主体的に関わる。どうなっていたいかと目標を明確にする。高い理想。そしてそれを実現する。この過程をみんなで作成していくことが政策議論である。

だが、明確な未来を描かないとみんなの力が集まらない。未来がどうなっていたらいいか。その声を集め思いをカタチに描く。この時に文書だけで、あるいは言葉だけで描くと議論が噛み合わない。言語的政策は原理主義に陥りやすい。あるいは立案者と観客的参加者に分かれやすい。空中戦。文字通り机上の空論。
また一般的に意見というのは、否定的な声が多い。なぜなら他人の出したプランに疑問や批判を出すほうが容易いからだ。でもリーダーたちは、自らビジョンを提示すべき。そして疑問や批判にさらされながら磨き上げていく。

この明確なビジョンを作るために必要なこと。可能な限りモデルを見に行く。現実の先をゆく事例を調べること。あるいは失敗した事例を研究すること。実査が大切。そしてそのリーダーたちの話を聞く。体感し把握していく。そうしてビジョンを描く。これを未来に実現したく提案する。イメージ。絵に描く。音楽に落とす。詩で表現する。

議論を実のあるものにしたい。そのための政策議論。それには提案が明確であること。そして議論する人々に共通する知識や問題意識があること。そのための前提を整備していきたい。イメージを膨らませ、みんなの出番を創造する。参加によるデザイン。豊かな多様性のある組織のために。

小田原下曽我の田んぼ。みんなで稲刈りはざ掛け。画像1


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2012年10月16日

パルシステムの地域総合福祉政策

専門家と一般市民に分断されているもの。とくに教育、医療、福祉がある。
技術の専門性だけでなく、公共性とそれに伴う負担と国や地方自治体の支給が関わる。で認定された法人が担う。

この仕組みは良くできている。だがこの専門性が市民を受動的にしているともいえる。専門家任せ、国任せ。
あるいは自主的に市民が運営しようとすると、法人格の問題がたちはだかる。そこで分断と対立。市民の側は専門法人を特権層としてみる。社会福祉法人などはその典型。

福祉や医療や教育は、市民の問題であり市民自らが解決すべき課題である。そのことを専門家がサポートする。介護も家族が関わるが、家族任せでは無く社会的な課題として地域が関わる。そこでは専門法人と市民の団体と個人とが立体的で豊かな関係を築くことができる。

ではどうあるべきか。ありたいか。
<総合福祉の定義>
・誰もが健やかに自立し、安心して地域でくらせること
・パルシステムグループは、すべての事業活動において福祉の視点を貫いた運営を行う。
・くらし課題解決。地域福祉。セーフティーネットを広げる。

<総合福祉の方向性>
協同による「新しい公共」の地域モデル創造
高齢者福祉、障がい者福祉、子育て福祉
医療との連携
NPO、他団体と協同連帯し地域セーフティネット構築
シニアの地域活動の仕組みつくり
社会福祉法人パルと一体で実現
福祉の人材育成、就労者の条件改善

パルシステムグループがこれまで各都県でバラバラに取り組んできた福祉活動
いま、人材バンク、専門性、地域情報、投資力、などなどグループあげた取組みが求められている
そのために、各地域の実践と努力を活きいきと把握し、共有し、その課題を力を合わせて解決すること
そのネットワークのハブとして連合会が機能することが必要だ。

いま日本は財政赤字と財政破綻に直面している。この解決は、もはや政治家や官僚まかせ、専門家まかせを脱却すること。そして議論を座学と机上の空論で終わらせないこと。すべての人が、福祉に向きなおり、いま自分では何ができるか、何をなすべきかを考えて、行動すること。

パルシステムグループの活動は、ポテンシャルが高い。だが議論のみに終わらせないこと。議論も、具体的な事例や地域の生々しい現実を基礎として行うこと。基本的知識を共有しない議論は、むなしい。時間の浪費といえる。

韓国で見たicoop生協連合の地域拠点。元気なママたちのフルート演奏。これもじつは総合福祉のひとつなのだ。赤字か黒字かと考える前に、何が問われているかと行動したい。そのうえで・・・・・。
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2012年10月15日

IMF・世界銀行フォーラムとNGO

IMF・世界銀行の年次総会。東京有楽町の国際フォーラム。ものものしい警戒。

このなかで各種の分散会が開かれている。その一つ市民社会プログラム。=「極度の貧困と飢餓の解消」から「包摂的経済」の実現へ= というテーマのシンポジウムにパネリストとして参加した。IMF・世界銀行の体制がアメリカドルを中心とした現在の金融資本主義を生み拡大し世界を崩壊へと導いていると批判するのに、フォーラムに参加した。

NGOで特定非営利活動法人JANICの「動くー動かす 」の主催である。JANIC理事長の大橋正明さんが主催。基調報告は稲葉雅紀さん(動く→動かす事務局長。パネリストは、大崎麻子さん(ジェンダー・アクション・プラットフォームのアドボカシー担当)、ヴィノード・ライナさん(全インド民衆科学運動ネットワーク)、ラオ・キンチーさん(香港・嶺南大学准教授)と私。

ちょうど前の市民フォーラム「ポストフクシマ」が続いていた。パネリストで城南信用金庫の吉原理事長が話されていた。舌鋒するどく金融資本主義を批判し原発の批判を展開されていた。

さて、稲葉さんは、ポスト2015年問題を取り上げる。これはIMF・世銀が掲げるミレニアム開発目標(MDGs)の達成期間。世界銀行は達成したと言うが、飢餓人口の増大と格差の拡大、貧困層の問題はむしろ重大課題となっているという。それに対して市民社会、地域社会の取り組みを示すこと。いかに「包摂的な経済」「包摂的成長」「包摂的雇用」に取組むかその方策を検討すべきだと語る。

大崎さんは、アンペイドワークを社会が女性たちに押し付けていることを問題とする。家族労働や介護や子育て。さらには企業の各種の事業背景。ここをキチンと評価すると莫大な価値と富になる。

中国香港から来たラオ・キンチーさん。「新たなオルタナティブのためのアジア地域交流(ARENA)」の共同議長。中国国内の女性の組合や生態系と生活のプロジェクトに取組む。農村復興や女性の活動の紹介があった。生協と似た取り組みを続けている。

ヴィノード・ライナさん。インドの理論物理学博士。デリー大学を辞めて市民活動に飛び込む。BGVSなど市民機関設立やボパールガス事故犠牲者を救う運動ややナルマダを救う運動。インド議会で教育、食料についての権利の法案を通す。インドではNRNG(マハトマ・ガンジーの言葉で「村の共和国」運動を続けている。農村で一人100日の雇用を生み出す補助金を出している。バラまきだとの批判も有る。だが、いま4494万世帯に雇用を生み出している。これを8000万まで伸ばしたい。

まさに国家の財政が、これまで企業の成長のために優先的に配分されてきた。大企業が成長するとその効果で人々の暮らしが良くなるとされてきた。だがいまはそうではない。大企業はもはや雇用を生み出せない。地域を、くらしを豊かに出来ない。自然を収奪し村や町のコミュニティを崩壊させる。

モノが無いから飢えるのではない。お金が無いから貧しくなるのではない。1%に富が偏在し多くの人々は貧困と疑心暗鬼に蹴落とされている。と語ったのは100年以上前の世界恐慌における賀川豊彦だ。生協の生みの親。

今世界は危機に立っている。だがその解決の方向を一般社会は再び新自由主義に頼ろうとする。ここを変えたい。稲葉さんは呼びかける「動く→動かす」で共に行動しよう。
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2012年10月12日

おおやかずこ食文化塾

おおやさんは、セブンイレブンやイトーヨーカドーの商品開発を指導している。また多くの食品企業や流通業などのアドバイザーをされている。そこで200社くらいを集めて研究会を主宰されている。

そこに以前から呼ばれて話をしている。様々な企業にはセブンイレブンの商品開発をされている役員も参加されていた。驚いたのは、ヨークベニマルの大高会長がいらっしゃったこと。賀川豊彦の話をしたら、ヨークベニマルは以前ヨークベニマル生活協同組合だったという。

会長の父上が賀川豊彦に感化されて新聞記者を辞めて生協をつくったという。ただ、その後経営が難しくて生協から変わったという。

そうだったのか。これでヨークベニマルの強さの秘密がなんとなく分かった気がした。

東京駅の大丸の改築と増床について。ガイアの夜明けで紹介されてというさんが講演された。

お弁当ストリート。60mもの直線に76社の弁当を陳列。さらに奥には「肉の細道」と呼ぶ肉専門店が並ぶ。

菓子では東京名店街。老舗が並ぶ。
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2012年10月11日

韓国における政権交代 光州蜂起の民主化闘争

国家の主権を誰が何のために握るか。
この権力にハードとソフトがある。韓国は金永三大統領が1992年に誕生。これでガラリと政権が変わる。軍事独裁という強烈な武力制圧の統治から、民主化の流れを形成した。金永三大統領は政権をとるなり、軍部の内部派閥を解体しKCIAの情報局を再編しそのトップに大学教授などを置いた。そして法律を制定し二度と軍部が政権を握れなくした。

この政権の民主化への大転換の象徴に光州事件への位置づけがある。法的措置と国立墓地建設である。いわゆる光州蜂起の問題である。

光州の民主化への希求は、全斗換が軍事独裁により大統領になったことから始まった。それに抗議し退任を求めた。全斗煥将軍が軍事クーデターで国権を握ったとき、市民が平和デモをして軍事独裁に反対した。その大規模デモを軍隊が弾圧し多くの死者を出した。それに対して市民が武装蜂起し光州市を解放。軍隊を追い出した。そこに大規模の空挺部隊を投入し大虐殺を行ったところである。その当時の世界のマスコミはその様子を報道したが、韓国国内では一部の不穏な勢力の内部攪乱として報道管制されたという。

僕は、金大中氏が韓国のKCIAに東京から拉致され死刑判決を受け、その釈放運動に関わっていた。当時、数寄屋橋交差点でのテントによる在日韓国人を中心として韓国民主化運動と連帯して多くの日本人が支援していた。東京でも大きなデモが行われた。

あの当時、光州市民への凄まじい弾圧。それに対抗して市民が武装し市を制圧。武装市民のジープの映像に衝撃を受けた。ところがマスコミ論調はまるで北のスパイに操られた内乱分子扱いだった。市民が悪者にされた。そして空挺部隊の投入と無残な虐殺事件。

しかし金永三大統領による名誉回復が行われた。韓国の軍事独裁政権を打ち倒し民主化のために戦った尊い人々と規定されたのだ。そして荒地に葬られた遺体を立派な国立墓地へと移転された。

国立墓地。沢山の墓が立っていた。刻まれた氏名と生年月日。10代の若い人も大勢いた。大半が20台の若者。顔写真は幼なさがみえる。合掌。

韓国の言葉に「民主主義の木は血を吸って大きく育つ」と語られていた。人々の自由と権利は、その自らの犠牲を求めるというのだ。その覚悟をもってして地域は変わる。優しい愛と共に時には自らを投げ出す覚悟が求めれれていくという。

ふと顔をあげると、広大な墓地の隅のほうの階段を高齢の方が不自由そうに上っていく姿が見えた。弾圧のなかで身体の障害をうけた多くの人がいたという。

なんという過酷な歴史の転換期。激しい嵐のような時代。
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2012年10月10日

韓国の生協 icoop 連合会の挑戦

韓国全羅南道の求礼(クレ)郡に、4万ヘクタールの規模で、郡と道との協力を得て、物流と食品加工工場、交流会館などの協同のクラスター拠点づくりが進んでいる。
明確なビジョン基づくモデル。
投資規模500億ウォン。
環境配慮。太陽光発電、地熱利用。
集中エネルギー管理。
古民家。職員住宅。郡の募集。
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2012年10月09日

韓国の国際農業博覧会視察

国際農業博覧会が韓国全羅南道光州市で開かれている。韓国icoop生協連合会と全羅南道の招待で行った。

ソウル龍山駅から光州にKTXで向かう。案内は金亨美さん。明治大学大学院で協同組合経済で博士コースを受けている。。韓国のI coop研究所員。日本の生協にも詳しい。百人力だ。

光州市に道の農業技術院がある。正門に技術報国との石柱。広大な用地、大学のキャンパスのような場所。温室や農場が広がっている。そこに様々な展示会場やテントが並んでいた。昨日まで3日間で30万人が来場したという。

農業の多様な価値として食料、環境、生物、、地域コミュニティ、文化を大きくうたっており多彩なイベントが開催されていた。あっという間に3時間がたつ。全羅南道の副知事と農業技術院院長との会談でも院長が力説されていた。それと種だ。種の確保。

世界24カ国が出展している。コーナーが多かったのは、フィリピンとポーランド。ポーランドはサムソンの進出国だという。中国のコーナーは展示物は撤去されたか無かったが、赤い横断幕で魚釣列島中国的等が掲げられていた。なるほど。日本からはおとなしく北海道の農業機器メーカーなどが出展していた。

おもしろかったのは、雑多な韓国企業の出展コーナー。農業機械あり食べ物あり、薬草茶あり、はては肩こりなどを取る丸いゴムパッキン。お湯で暖めておいて手のひらなどにペコンとへっこませてくっつけると、吸盤になって協力に吸い込む。手が痛いほどだが身体に効くという。変なおじさんが必死で売り込んでいた。

農業の多様性や、世界的な価値を売り込むその必死さ。楽しさ。おもしろさ。画像1


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2012年10月08日

市民体育祭 in 種子島

いやあ、本当に長い間体育祭を見てなかった。小中学校のとき以来。種子島の西之表市の市民体育祭。種子島は一市二町がある。その西之表市で体育祭を見た。第50回の記念大会。

間近で見るとスポーツはやはりおもしろい。百メートル短距離なんかは、迫力がある。いままでのこの大会の高校新記録は10秒7だという。凄いね。短距離は、男女、小学校、中学校。高校と走る。さらにリレーがすごい。おもしろいのは生涯リレーといって、幼稚園児からシルバーまで走ることだ。スピードが徐々に上がりまた下がっていく。

おばさんたちのマスゲーム。種子島のカモネ音頭。そして玉入れゲーム。10人縄跳び。ムカデ競争。自転車の輪回しまであった。圧巻はおおとりの総合リレーである。まさに老若男女の選抜されたメンバーが走る。地域の韋駄天ども。これがはやり一番盛り上がった。

グランドは4百メートルトラック。百メートルは直線。当たり前だというかもしれないが、佐渡では中心部へ行かないとこういうのは無かった。島である。僕らクラスになると百メートルグランドで精一杯。直線で50メートルをとるのも対角線でやっとだった。それに比べて立派なグランドである。メインスタンドもあるし向かいには掲揚ポールも並んでいる。その会場へ8時15分に遅刻しないかとはらはらしながらついた。秋晴れ。

選手は小学校区で別れている。13校区。AグループとBグループに分かれている。Aグループは小さな集落。Bは大きなもの。大きい榕城校区はさらに二つに分割。そして公平にしようとしている。入場行進はプラカードと旗手を先頭に整然と行われる。スピーカーに流れる威勢のいいマーチ。そして開会式に続いて聖火の点灯までまで演出。選手宣誓。

我が井関校区。それまで27連勝。常勝の優勝チームである。小さいながら強力な選手たちがそろっている。10人縄跳びも持田君の紐回し役はじめ一致団結そろっている。玉入れもトップ。走ってはほとんどがリレーで勝つ。こうして連勝記録を伸ばし、かつ昨年の記録からの躍進を表彰する躍進賞もいただいた。おもしろいね。

みんな素朴でやさしい村。だが元気だ。年配が全速力で走る。トラックの土ぼこりを蹴立てて走る。
畑と田んぼと山と海。そして走り飛ぶ。柔和で優しい人々。しかし頑健な体力を宿す。すごいね。
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一周忌

広美の母が逝ってから一年たった。二回ほど病院でお会いした。弱ってはいたが、気は確かで「ようこそ、ようこそ」と大変喜んでくださった。小柄で飾らない優しい方。

種子島の井関集落は20数軒の小さな地区。それが全部神道だ。日本の田舎は廃仏毀釈にも関わらず、ほとんど神道と仏教が同居している。例えば佐渡の野浦集落では、神宮の氏子で真言宗の檀家でもある。嘘だと思うなら調べて見るといい。聖徳太子が仏教輸入した時以来だという。

神道では一周忌も祭るという。亡くなって神となり祭る。そして子孫を護る。それに感謝し祈る。DNAは人体にのみ継承するのではなく、魂と生き方に宿る。

毎朝、神棚に杯の茶を入れ替える。それが全部で9つもある。面倒。酒杯も二つ。これを毎朝新しいものをで満たす。祈り。

どう生きるか。どう果てるか。そこに解があるようにふと思った。画像1


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2012年10月04日

デザインと産直

現代の問題の根幹に分断があるのではないか。生産と消費、自然と人間、被災地と首都圏の都市、企業と地域個人、組織と個人、思いつくままあげるとキリがないくらいだ。
そのうちでも「食べる」と「つくる」がまずは基本的な問題。これをつなぐ。食べるはすべてに影響している。

デザインとは非言語的コミュニケーション。情報を、言葉としてではなく、伝えること。伝えあう。
東京オリンピックで多言語の人に都市を分かりやすく伝えたいと考案されたのが ピクトグラム。これが世界中で交通標識や非常口などに採用された。一目見れば分かる。世界の都市でもこれは便利。デザインはホスピタリティ。

ブランドロゴ。もとは商家の家紋。のれん。これが単なるマークにとどまらない。ある種の商家の理念やビジョンを表している。格式。コンセプトデザイン。価値の創造。

以前、商品包装や容器について、GKグラフィックの金子代表に講演してもらったことがある。彼は言った。モノはすべて包装されている。そこには意味がある。例えば、ミカンはニ重に包まれている。中身を守る。しかし同時に鳥たちに食べてもらう。あのようにデザインされる意味。食べるデザイン。

地球は空気で包装されている。それによって守られている。一日に2千個以上もの彗星が飛び込んでくる。流れ星。だが、地上まで届くのはほんのわずか。空気が無かったら月のようにあばたになる。空気で包装されて生命圏が誕生する。一個の宇宙。生命系のデザイン。

GKグラフィックの新幹線。卵型、イルカ型。そしてカワセミのクチバシ。空気抵抗、空気圧。そして圧力の境界面。プロダクトデザインは自然を超えられるか。自然は深い。わけあってああなっている。機能のデザイン。

さて、田んぼと台所を結ぶ。体が田んぼへ。台所が田んぼになる。水の清冽。土の生命力。土の偉大な浄化力。生命の豊穣。身体の細胞と細菌群。その不思議な曼荼羅。生命の循環図。そのまんなかに田んぼが在る。存在のデザイン。つながり。画像1


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2012年10月03日

山中俊治 「デザインの骨格」を読む

デザインの本。デザインを語った本だが、刺激に溢れていて想像力を駆り立ててくれる。山中さんは腕時計から調理器具、鉄道車両、ロボットまでなんでもデザインするプロダクトデザイナー。

デザインするとき行うのは「見ること、聞くこと」だという。工場などでじっくり観察し担当者などに聞きまわり情報を集めて、自分の言葉で「要するにこういうものなのですね」と語って、専門家が「まあそうですね」といってくれたらスタートだという。これは商品開発も同じだ。現場で人とモノを見て歩いて自分の頭で考えること。そしてデザインする。レベルは全然違うが態度はおんなじ。

その刺激的な言葉を羅列する。美しい写真もすごい。本にある。

アップルのマックブックを解体して、その誰も見ないはずの内部の美しさを語っている。プラスチックの整形。普通、型抜きを大量生産では台形になる。それを嫌って型作りもこだわる。きれいな外郭を作るためにプロダクトの常識を超える。IPhoneを分解してその常識をこえた手間隙かけた造詣に感嘆する。
「無駄かどうかなどという次元ではなく、設計の常識から言うと信じられないような美意識が内部にも行き渡っていました」

そのiPhone。友人の一歳半の子どもが、まだ言葉も話せないのに、左手で持ち、右手の人差し指でキーをスライドさせて、こともなげにロックを解除し、アプリをスクロールして立ち上げ、自分の写っているビデオや、家族の写真を拾い出してきてにっこり。特に教わる事もなく、見よう見まねで触っているうちに使いこなしたという。他のケータイは使えないそうだ。

このことを山中さんはiPhoneのインターフェイスは「やってみればわかる」を基本としているという。一つボタンにこだわるのは、複数だとその決め事を文字や記号で表示され、それを理解しないと使えない。そういう言語的な決め事をアップルは嫌ったと説明している。

これをユーザビリティというらしい。ヤコブ・ニールセンの「ユーザビリティ・エンジニアリング原論」が紹介されている。ちなみにニールセンは、ここでユーザビリティをヽ惱しやすさ効率性5憶しやすさぅ┘蕁屡生率の低さゼ膣囘満足度を挙げている。ここには習慣性や非言語認知j科学などが総動員される。アップルは、ここが優れている。取り扱い説明書など無い。いじってみると分かる。

ところがその逆にダイソンを紹介する。羽の無い扇風機。ユーザビリティに対して新しい機械原理。むしろこの扇風機は首を振るとスイッチが逃げるようで使いにくいという。でもダイソンは多少の犠牲を払ってまで追い求めたシンプルな形には、エンジニアが思い描く理想が明快にこめられている、という。

この辺は、パナソニックのレッツノートのデザイナーとの話もおもしろい。「本当はMacのように薄くフラットに作りたいが、軽くするために仕方がない」といわれ、「軽くて丈夫に徹するっていい」と応えている。

音をデザインする、もおもしろい。ハイブリッドカーの無音声の危険に対して、音をつけること。これを人間は、聞き慣れた音(自動車の)の変化には意外なほど敏感だという。安易に導入せず、実地試験を繰りかえして音色や音量をデザインすべきだと提案している。

フェルミ推定。大雑把に数量を推定すること。ここではチラシの間取り図から大きさを推定する妻に質問して、トイレが基準となっていることを書いている。なるほど。よくカバンや机を何センチ×何センチ×何センチと表記して有るが、これで分かるほうが凄いね。みんな分からない。それをどうするかだ。

タイヤの溝の不規則性。デザイナーの描く未来は、シド・ミードの言う「懐かしい未来」。ソーラーカーと太陽エネルギー。植物は走らない。その太陽エネルギーを植物で濃縮して食べる動物が走る。濃度の違う液体が引き起こす複雑な拡散作用。雲、森、地形などのフラクタル。

絵を描くというのは、見る技術。言語論理思考の優秀な人間ほどしばしば「かたち」を見ていない。絵を描く訓練は、わかっている物をあえて捉えなおす作業。乗用車のミニカーは、実物の単なる縮尺ではない。忠実にミニサイズにすると、ちっともらしく見えない。原型師と呼ばれる人たちが、彫刻のように手で掘って作る。ある意味「正確」ではないが、一番らしく見える。

物理学者寺田虎彦のエッセイ。批判精神が溢れているという。その批判精神とは、決して他者をあしざまに言うことではない。あらゆることを原点から考えようとしていたという。
山中さんはいう。現状を疑うことは芸術の動機でもあり、科学の原点でもあります。新しいビジネスチャンスの発見も、優れた政策の起点も沿うでしょう。

人々が当たり前と思って見過ごしてしまうことに意味を求め、誰もがそう信じていることを確かめずにはいられない。それは私のデザインの源泉でもあります。

すごい!山中さんのこの深さこそ、ものづくりの真骨頂。僕たちのあこがれである。
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2012年10月01日

DVDで映画を見る インセプションについて

人の心が「壊れる」というこの言葉に出あった昔、すごく違和感があった。こころがこわれる?、心はモノかと思った。だが、いまは普通に使うようになった。心がいかに壊れやすく脆いか。それが理解できるように思えるようになった。とくに複雑で巨大化した社会構造に「住む」住人にとっては、なおさらのことである。そのことがこの映画で分かる。

レオナルド・デカプリオ主演。他人の夢から情報を抜き出す非合法の仕事をしているのが主人公。他人の夢に入り込み話しかけたりして大切な情報を引き出す。その彼がある日、日本人の謎の男に依頼を受ける。ある大企業の跡継ぎ息子に働きかけ、それと分からないようにその父に反逆させる。そしてその会社を破壊するように意識を植え付けて欲しいと。そんなことが出来るか。

これはつまり自分でも自覚しないうちに操縦されるということ。主人公はチームを組んで仕掛ける。しかし夢に接続してみると、この息子は意識の防御訓練をしていた。夢のなかで彼らを排除しようとする。戦いが始まる。複雑なストーリー。

映画はサスペンスドラマに見えるがじつは心理構造を描いている。「心」の問題を考えている私たちにとっては、おもしろい実験映画である。じつは主人公は愛する妻を失っている。昔幸せだったころ、二人は愛を深めるために夢のなかに住む街を築く。それがあまりにもリアルだったために彼女はその街と現実がやがてどちらが現実か分からなくなる。むしろ愛は夢に強く有るように思う。そして自死。この愛があまりにも深かったために、彼は過去にとらわれていたのだ。壊れているのは彼だったのである。

意識の三層構造。時間の進みかたの違い。夢の共有。音と音楽のトリガー。夢における重力の認識。痛み。意外に夢では極大化する。
では夢での死とは何か。虚無。まさに生ける屍。恐るべき破壊。夢における死からいかに生還するか。

この映画を見ていて思い出した。「グレートジャーニー」。普通は人類がアフリカで誕生し世界に広がっていったその旅をいう。しかしもう一つ、心と夢のドラマ。少年や少女の成長物語。男の子にとっては、母親からの旅立ちや父親との対立とその克服。冒険と自立への旅。敵との遭遇と艱難辛苦。そしてそれを乗り越えて偉大なドラマの大団円へと向う。その死までの旅だ。

つまり人類の偉大な旅は、一人ひとりの偉大な一生でもある。人間は生命として誕生するまで細胞の歴史を個体史としてなぞる。そしてそれからだ。誕生して以降、今度は人類史を経験してなぞっていく。それが社会性のドラマである。一人では生きられない。それは物語。神話である。道徳や知識や哲学の前に必要なもの。夢である。ネバーエンデングストーリー。

小田原の曽我神社祭り。鳥居啓宣さん、小酒部登さんに誘われて。歴史の古い屋台。なんと天狗もでる。歴史を体験し村で共有する。村の永遠。画像1


nobu23 at 05:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)