2013年01月

2013年01月31日

原型の秘術

組織の大企業病と官僚化の予防。
コア技術を磨き上げること。その重要性。
ホンダ、トヨタ、光味噌、伊那食品。有機農家。
ホンダとトヨタは、車がいかに進化し高度化しても、技術者は一人で車の解体と組み立てが出来るようにするという。これが出来ないと本当の意味で、「車」を理解できない。理解できないで更に良いものを創造できるか。

光味噌は、今の時期になると職員たちが味噌作りを全員で手作りする。神事と合わせて麹作り、大豆蒸し、味噌玉作りと行う。味噌屋も今や大工場。巨大装置とコンピューター管理。すると装置作業者と管理者に堕する。故障すると直せない。いや本来の自然醸造の深さが理解できない。装置は進化できない。天然の麹菌の醸す多様で深い味噌の味を感得していること。そこに味噌の進化。それをやってみせる人がいること。

伊那食品も同じ。かんてんパパ。天草採りから煮込み寒天まで原型の仕事を保持する。天草は漁業者と契約し栽培をしている。アジアで地元の生産者と提携して天草の技術を指導している。
イトーヨーカドーでは風呂敷商売。商人の原型を大切にする。いいモノを探して人びとに売る。販売の原型。伊藤名誉会長は、いまも貪欲に全国各地の名店を食べ歩く。健啖家。その味を盗む。それをPBとして開発する。

有機農家
農協は、米や青果の生産技術を標準化した。栽培指針をつくり、種も苗も提供する。すると何も考えなくても一定の生産物が出来る。それを農協が買い取る。何も考えなくても一定の価格で買い上げる。生産ロボットに農家が転落していく。作業者。ところが、有機栽培は違う。土作り、種探し、苗作り、草取り、毎年違う気候、畑田んぼも一枚一枚異なる。観察と工夫の連続。身体も使うが知恵が必要。じつに優れた生産技術。農業の原型技術。これを磨き上げる。有機栽培農家。

生協はどうか
食の原点は畑と田んぼ、海にある。農林水産業。第一次産業。この生産の原点から安全で美味しい物を作る。そのお手伝い。その意味を体得。これを語り伝えられるか。表現できるか。

食べるの原点は台所。調理技術。出汁。煮炊き。盛り付け。美味しさの技術。身体を作り、子供を育てる。家庭の豊穣。この手作りの原型。これを表現できるか。

さらに生協はつなぐ。コミュニケーション。その技術。これは市場。対話。一人ひとり。対面販売。フーテンの寅さん。これが基本。言葉だけではない。非言語による体験や教育開発プログラム。この原型技術。

原型技術が廃れていく。分からなくなっていく。この基本を知らない人たちが多くなったらアウト。組織がダメになる。車を知らない管理者。味噌作りを知らない味噌工場管理者。天草を知らない寒天屋さん。田んぼの原理を知らすに米を扱う農協職員。これは売れない。魅力が無い。管理する中身が無い。

生き生きとした人と組織へ。
技術の持つ人間力。その深さ。豊かさ。面白さ。画像1


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2013年01月30日

精神世界の形成

ヒトが生まれて人間になっていく。言葉を自然に覚える。ノーム・チョムスキー。社会性の獲得。すると精神世界が作られていく。心が生みだされていく。

唯物論。
心の前に物がある。物質世界が人間の存在の前にある。人が死のうと生きようと関係なく在る。ヒトはその極々一部。
一見正しく見えるが貧しい。

唯識論。
人の心が在る。心が無ければ世界は無い。人に見えない、聞こえない、触れない、匂いがない、ものは無い。人に感覚できないものは存在し得ない。

現代物理学と哲学
粒子と量子論。多元宇宙。強い人間原理。唯物論から突き抜けて唯識論へ。夢と数学。反粒子。対生成と対消滅。時間の遡り。パラドックス。

マダガスカルの宝堀り。
テレビで。お金が無いと生きていけない兄弟が、掘っ建て小屋に住み、土に穴を掘る。細く深い。30mも縦に堀り、そこから横穴へ。落盤は常時。木で支えただけの坑道。空気はビニール袋とビニール筒。それも届かない。途中まで。耐えず酸欠。
だがヤバイ、もうダメだと言いながら、ムキになって掘り続ける。

命がけで掘り続ける若者たち。オンボロトラックで危険な道をボロボロになりながら、人を運ぶ若者。貧しさ。だがタフ。貧乏なくせに明るい。思わずそのバカッパワーに笑ってしまう。

パラドックス。
安全で豊かで快適な環境。お金も適度に有り高度化した社会。何が不満かと言えるほど。他の国から見たら贅沢な社会。するとヒトは劣化する。

どうでもいいことに緻密になる。ややこしい人間関係を積み上げていく。丁寧に。複雑に。

精神世界の形成
心をデザインし直す。身体を使って見る。階段を使う。走る。重いものを持つ。大声を出そう。リズム感覚。踊ろう。太鼓を乱打しよう。遊ぼう。学ぼう。仕事しよう。楽しもう。

バカになれる。画像1


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2013年01月29日

人の系統発生

ヒトはおもしろい。
母親の体内で生物史をくり返す。卵子と精子との出会い。受精した一個の卵。そこから細胞分裂が始まる。バクテリア。有精行動。細胞分裂。

そして多細胞生物へ。機能分化。魚類へ。そして両生類、爬虫類、哺乳類、人間へと母親の胎内で成長していく。ようやく人類にカラダが成ると生まれてくる。

しかし、誕生してからが問題。そこから今度は人類史の系統をたどる。四つん這いから二足歩行へ。母親の識別から家族の認識。言語の取得。ノーム・チョムスキーの生成文法。社会性の体得と類的個人。

そして人類の数十万年の歴史を個人史でたどる。狩猟時代。モノを摂る 。栽培時代。モノを育てる。子供時代に動物に残虐性を示し愛情と虐待を繰り返すのは狩猟と栽培時代の追体験。

逆に自然に幼少期に触れて残虐性を発揮することで、生と死を体感するという。それを生で学ぶ。ヘビを掴んでぶん回し叩き殺す。トンボの尻尾を毟り取り藁をつっこんで尻尾代わりに飛ばす。蛙のお尻から麦わらで空気を入れて破裂させる。海ではクサフグ。これを陸で怒らすと腹を目いっぱい膨らます。足で踏んづけてパンクさせる。残虐。悪戯が全面展開。崖から落ちる。草で手を切る。足を海辺の岩で切る。クラゲにさされる。オコゼにやられる。海で流される。おぼれる。自然の怖さを体得する。
これを抜かすと大人になってくり返すという。大人でやると犯罪者になる。福岡章、犯罪心理学。これを紹介した藤本敏夫さん。ささかみ講演会にて。

つまり、人間は誕生してから「ヒトから人間へ」と成長していく。社会性を身につけていく。これはごく自然に。さらに歴史を学ぶ。これは学問で。知識は深い。世界の神秘に誘う。

社会はヒトを人間として育てる。だがヒトは自分を社会の主人公と育てる。個人史。物語。ヒューマンヒストリー。世界ではこの精神史を神話として長老が物語る。寓話。

英雄譚。シンデレラ姫。物語の神話的骨格。タフな精神。暖かで豊かな心。大いなる冒険。素晴らしい感動。世界史に語られている。

さあ、旅にでよう。豊かな人類史のひとりとして。歴史的個人、世界史的一人として。誰もがバカになれる。誰もが熱くなれる。豊かな挑戦への旅へ。
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2013年01月27日

弔辞 中澤満正さんへ

告別式。葬儀委員長として。

弔辞

中澤さん、ありがとう。本当に感謝しています。

中澤さんとの出会いは、私が1978年に調布生協に入り働いていた時でした。
そのころ貧しく小さな生協が集まって、多摩地域部会という生協の協議会を持っていました。パルシステムの前身の首都圏生協連絡会議に所属するものでした。中澤さんは北多摩生協の専務理事で多摩部会のリーダーとして何かと面倒を見てくれました。

私は生協を腰かけにして、三多摩地域の立川基地反対闘争など政治闘争に明け暮れ内ゲバに疲れていました。そのとき中澤さんに声をかけられました。北海道の根釧へ行ってみないかと。牛乳の勉強をしてみないか。当時の調布生協ではとても出張などかなわない状況でした。それを見越して、旅費などは出してやるから言われ、連れて行ってもらいました。そこから私の牛乳の学習が始まりました。産直。そして生協運動に目覚めてはまっていくのです。

多摩部会のパルシステムの法人化参加の議論の時は、ずいぶん生意気な振る舞いとご迷惑をおかけしました。多摩独立論と呼ばれましたが、実は中澤さんは法人化には賛成だったし、その強化の道を探ってらっしゃった。
1990年に事業連合が法人化した時は、初代専務に就任、その後理事長に就かれました。名実ともに創立者でした。

初代理事長の下山さんが、組織作りに長けていたとすると、中澤さんはまさに理念と哲学の人だった。食と農。人間は何を食べてきたか。そのことが人間の社会と歴史を作った。戦争や政治の根底に、この人間の「食べる」があること。自然と人間の結節点、その風土と人間の英知。このことで人類は暮らしを営んできた。これが農の意味であり、価値であること。パルシステムの産直の真髄。商品事業の根幹だ。
「俺はぶきっちょうにしか生きられない」と笑った中澤さん。会議中に、どなりまくった中澤さん。自分の死の直前でも、おもらしの話をされてニヤッとわらった中澤さん。

生きて、生きて、生きて逝く。誰でもがみな逝ってしまう。誰もが。

だが、渡されたバトンの重み、これをしっかりと受け止めて、力強く歩みたい。生活者と生産者と協同の企業によるパルシステムグループ。まっすぐに生命を豊かにする食と農の世界を。この広がりを求めて活動することを誓い、お別れの挨拶とします。

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2013年01月25日

腸だ

腸が大事だ。病気の原因。
人間には木の根と同じものがある。木の根は、土のなかの栄養を土壌菌によって髭根から吸収する。岩に巻きついて細菌の力を借りて、岩を溶かしてそのミネラルを吸収する。この木の根っこと同じ機能を腸が持つ。

腸に細菌を住まわせて、食物繊維などを分解し鞭毛などの毛細管に栄養を吸収する。主に小腸や大腸。大腸菌のなかに乳酸菌などが住む。この乳酸菌を活発化させるのが、こいつの食べ物として、ヒトには吸収が悪く消化しにくい食物繊維である。ファイバー。繊維。こいつをヒトが食べないと腸にバクテリアのための食物が届かない。すると腸が活性化できず乳酸菌も活性化しない。腸に充分な食物繊維を送ろう。

腸で吸収された栄養は、全身に回る。届けられる。
何によるか。血管によってである。血管に栄養を溶け込ませて全身へ、最末端細胞まで届ける。その入り口が腸に有る。腸の状態が良く、吸収する栄養が良いものが血管にいい。ミネラルたっぷりで生命力のある野菜や穀物、とくに玄米や雑穀がいい。パンなどは逆に吸収されやすく粉食と呼び大腸まで繊維質が届かない。おもしろいことに消化が悪いほうが、乳酸菌の活性化には役立つ。

その腸の状態を内視鏡で見ていたのが、かの新谷弘美先生「病気にならない生き方」である。あの本の食事の内容は首を傾げるが(例えば牛乳を小牛のためだという、じゃあ卵や野菜だって別にヒトに食べられるのが目的ではない)、腸がキレイだと病気になりにくいというのは本当だと思う。それは血液が清浄に保たれるからだ。血液を清浄に保つことがいかに重要か。一説にはガン細胞は血液浄化のために発生するとも言われている。そうだと思う。

しかし僕たちが毎日内視鏡を使うわけには行かない。腸の状態を直接確かめるわけにはいかない。ではどうするか。どうすれば腸がキレイだと分かるか。それはうんこ。大便をみること。

愛媛県今治市の小学校での食育プロジェクト。
その教育の入り口では立体うんこ模型を使用する。子供たちにそれで自分のうんこの観察日記を付けさせるのだ。そうすると子供たちは気付く。そう発見するのだ。何を食べればどういううんこが出るか。同じものを食べても心理状態でも変化することを。

立派な理想のうんこをすること。これが食の出発点である。
これは凄いことだ。食べ物。食べること。人間の生きる原点。60兆個の細胞。それが日々壊れ作り変えられていく。固定されたカーボディではない。毎日崩壊し製造される。その原料供給が血管から。血管の栄養から。それを食物から吸収するのが腸である。その排泄がうんこ。

身体のすみずみまで行き渡らせるミネラル。それは生命力溢れる食べ物からである。
生命の循環。輪廻転生。
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2013年01月24日

波だ

生きることには、波が有る。好不調。
落ち込むこともある。ずーっと深く落ち込んでいく。その時は、ジタバタせずに深く息を吐く。ゆっくりと静かに長がーく吐く。吐き切る。

不調もいいもの。たまに落ちこまないと申し訳ない。人ではない。それは落ち込む。どんより。胸が重苦しい。おもしろさ。

やがて、いても立ってもいられない。ムックリと起きあがる。スパッと起きあがる。とてちてた。むくくくく。

大きく息を強く吐く。ハッ。シャワーを浴びる。熱いシャワー。そして冷たい水をかぶる。冷水を浴びる。気合を入れる。グワッ。

サッパリしたら、整えて行こう。さあっ外は空気がうまい。
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2013年01月23日

生きざま

我慢して生きる。いろんな腹の立つことを、耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ。昔の村人はそういう風に見える人が多かった。とてもそんな生き方はできない。

ところが実は、自然体で楽しんでいたのだ。べつに我慢して耐えていたのではない。もちろん、いわゆる飲めや歌えと遊んでいたわけではない。境遇も豪奢とはとても言えない質素な暮らし。何が楽しいのかと感じるだろう。

だがその自然体のなかにおもしろさがある。泣き笑い怒り安らぐ。いつも家族と村の仲間を思い社会の平和を祈る。村の自然を知り学ぶ。山の恵み。海の幸。田んぼと畑と。そこに深く豊かな生き物たちの曼荼羅。それをいただく。

その毎日が実は工夫であり発見である。もっとできる。もっと知りたい。感じたい。自然は豊かなワンダーランド。自分は不思議な自然を抱えるリトルワールド。

夏、秋、冬ときて、また春が訪れる。冬の凍てつく寒さ。これを愉しむ。冬の中に春がある。秋がある。夏がある。

人は生まれて生きて死ぬ。もともと存在していた。死んで生きる。もともと死んでいた。死と生と。そのワンダーランド。曼荼羅。豊かな不思議。

その境界域でたたずむ。
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2013年01月22日

訃報

中澤満正さんが逝った。深夜の訃報。
お疲れ様でした。本当に良く生き抜きました。二ヶ月の宣告。遥かに超えて。

激しい痛みと死に向きなおり見つめてひかず、最期までクリアな精神。

革命が権力闘争や民衆洗脳では無く、ましてや巨大組織づくりでも無く、人間の食べるをめぐる英智を傾けること。人は何を食するか。その本質。そこにこそ命の本質がある。と語り続けた。

鮮烈に生きる。妥協を嫌いいつも問い続ける。天邪鬼に。まわりを揺さぶる。驚かせる。語りかける。叱る。諭す。

運動は、事業は、その生き方。死に方。生と死。遠くへ。

大雪の名残り。道端の残雪。画像1




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2013年01月21日

納豆について 桧山納豆

山の草花は腐らない。枯れるだけ。腐ったらひどい臭いになるだろう。腐らない。しかし畑の野菜は腐る。ひどい臭い。

山野草や枯葉は腐らずに腐植する。腐植して分解され土になる。これをしているのが枯草菌。納豆菌である。枯草菌の種類は極めて多様だ。乳酸菌も多様だが。

納豆。この枯草菌を活用する。稲わらで煮豆を包む。そしてムロで保温する。すると稲わらの枯草菌が豆を発酵させる。腐るのではない。似ているが異なる。腐るととても食べれない。

だが、実は難しい。枯草菌は雑多。上手く発酵させるのには条件を整えてやる必要がある。そもそもの稲わらの状態。稲が元気で有機栽培などかせめて減農薬。田んぼの地域の常在菌の健康なものでないとダメ。それを天日干ししたもの。これを活かす。いまどきは稲刈りはコンバイン。稲藁は寸断される。そのままの稲藁は手に入りにくい。

こうして今は健康な稲藁が手に入りにくい。それと発酵が難しいので、強力な納豆菌を培養し、それをタネとして付ける。しかも実はプラスチック包装である。その外側に稲わら。見た目稲藁だがじつはビニール包装。これではしょうがない。稲わらツツコ納豆というが、中はビニール包装。

ところが、本当に稲わらだけで昔ながらに作っている納豆があった。檜山納豆わらづと。桧山納豆とも書く。秋田県能代市桧山町。古い山城のある町。歴史の町。ここに頑固に守る続ける納豆屋さんがいた。地域伝統食品ブランド「本場の本物」の現地調査。

雪深い住宅の中に小さな工場。大きなツララが目立つ。そこに近所のおばさんたちが働いていた。先代の社長が80歳過ぎてもなおかくしゃくとして藁づとを編む。さすがに今は藁を蒸気殺菌する。そのため納豆菌は使う。だが、藁にジカに包む。作業場は藁の香り。

食べてみる。歯ざわりが違う。蒸した豆も食べてみた。これは柔らかく香ばしい。ところが納豆になるとゴロゴロして歯ごたえがある。これがまた美味しい。

桧山納豆の西村社長が食べ方を教えてくださった。15代目西村庄右衛門。気さくな方。塩を少々。刻みネギを混ぜる。それを糸を引くまでかき混ぜる。別名糸引き納豆とも呼ぶ。これを熱いご飯に載せて、かき込む。食べる。口の中で噛む、味わう。うーん。芳香。旨いな。

納豆菌のチカラ。酒の杜氏は食べない。酒の発酵が負ける。同様に味噌屋、醤油屋、キノコ栽培など。いかに納豆菌が偉大か。O-157も負ける。証明されている。強いゾー。

枯草菌は落ち葉を枯らして堆肥にする。その菌と植物は共生して栄養をいただく。吸収する。植物の根は菌との共生なくして育たない。ではヒトはどうか。人もまた根を持つ。それは腸にある。腸は菌と共生して毛細管から栄養を摂る。枯草菌。これによって腸は整えられ活発になる。納豆は偉大だ。毎日、美味しく頂きたい。画像1


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2013年01月17日

物価目標とは

お金を市中に大量に発行してインフレを起こすという。何の物価を上げたいのか。市場主義の人びと。食品はどうか。

すでに消費税対応が小売の間で問題となっている。5%を上げる。これは本来税金が上がるのだから、そのまま価格に反映させるのが筋。ところが大手量販店ではこれを吸収して値ごろ感を維持するという。そんなことが可能なのか。

5%もの利益をあげていたのか。普通、小売の最終利益は2%台という 。もし5%もあげていたとして、それもすごいがその5%が無くなる。無理だ。

すると結局、原価にくる。だがこれはひどい話。生産現場は持たない。

日本では1990年代から消費は増えていない。国民の中階層の所得は減り続けている。なぜなら、食品も生活雑貨もオーバーストアーで価格競争に陥り、それで生産が疲弊しているから。

物価を意図的にはあげられない。だが株価を操作し擬似バブルを演出しゾンビ企業を再生、そのあとに売り逃げる。弾ける。

いま求められるのは、生産と消費の真の連携。協同。画像1


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2013年01月16日

日本生協連政策討論集会、賀詞交換会

日生協の政策討論集会は全国の生協が一同に介して行われる。都市センターホテル。今年は2020年ビジョンの第一期中期計画を重点に基調報告が矢野専務より行われた。

会場からの発言は16名。やはり被災地の取り組みは胸に迫る。宮城生協の仙台白菜の取り組み。福島県生協連の取り組み。コープ福島からの報告。茨城コープなど。

パルシステムからは、パルシステム神奈川ゆめコープの渡辺常務と吉中理事長。連合会松本運営本部長のエネルギー政策。
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2013年01月15日

東京の雪

朝まで雨だったのに、昼からみぞれに変わり午後には本格的な雪になった。電車のダイヤが乱れる。

夜、雪を踏みしめながら歩く。雪国ではあたりまえの光景。関東は冬は晴れる。東京に出て来た時に、この冬の晴天が気持ち良かった。そして3月くらいを春というのも分かる気がした。

だが、おもしろいのは1月以降に時々大雪になる。3月まで2、3回は積もる。すると大騒ぎ。車はスリップで道路渋滞。電車は止まる。歩く人も革靴で滑っている。目の前でおばさんが見事なくらいに滑って転んだ。大丈夫ですか。

駅まで歩いていると、ところどころで雪かきをしている。道から雪をどけて歩きやすいようにしている。雪かき。意外に重労働。ただ何ということもなく結構な数の人が雪かきしてる。

おはようございます。
お疲れさまです。ありがとうございます。
地域の豊かさ。嬉しくなる。画像1


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2013年01月14日

生協経営の考え方

経営規模の拡大をどう考えるか
利益をどう確保するか
虫の目、風の目、鳥の目、で考える。

規模の拡大とは、地域のシェアが問題。食のあり方、農のあり方、こだわり。その物語。これがどれだけの参加と共感を得るか。そして具体的な商品として食されて活用されているか。その結果として規模の拡大がある。規模は拡大していくことが求められる。持続可能な協同社会は力強く成長していくこと。

ただし規模の拡大によって経営方法を改革すること。10名の協同と100名、千名、1万名、10万では関係のあり方が変質する。単一で大規模になると、顔の見える関係といった人間らしい生の関係で考えられず失敗することが多い。小グループごとに目標を立て具体的実践的に仕事をすることと設計する。そのネットワークを作る。成長している大企業はその仕組みを作るのが上手い。これは学ぶ。

いま停滞し落ち込んでいる大企業は、大企業病といわれる病に悩む。成長できずコストも下げられず利益もでない。革新的な製品を生み出せない。普通の製品(コモデティ化)では価格競争に勝てない。要は支持されない。たとえば電気屋。以前は世界に誇る革新的な製品を世に送り出していた。それはなぜか。

音楽バカ、映像バカ、その大好きな音楽をどうしたら歩きながらも聴けるか。そこから革新的技術が生まれる。その逆ではない。革新的技術と世の中に物を売りたい。そんな動機では生み出せない。それがないのにコスト競争だ。価値を生み出す組織。それは実際の人の暮らしのなかから考える人々のなかから生まれる。決して儲けを追求する大企業からではない。自戒する。

ではなぜ革新的技術を生み出せなくなったか。

生協の価値。それは食にある。食の本質に革新的価値創造がある。
社会改革だ何だと叫んでも、食が変わらないと農は変わらない。農の疲弊するところに地域の協同は育たない。なぜなら自然と人間の生命系の接点に農はあるから。

むしろつい価格で購入してしまう人にこそ、美味しさの魅力、その秘密、その身体への意味を伝えたい。それを具体的、リアルに、楽しく。それがこだわりの食ワールドへの誘い。肉体と自然の接点。それこそ食。病気にならない強靭な肉体。それは運動では作れない。細胞原料。これが食。

一人ひとりが本物への理解と行動を行うこと。それで世界は変わる。自然と共生する社会。そのあり方。そのバロメーターが生協の事業と言える。言いたい。それは一人ひとりが価値を大切にしていくこと。その意味を深めること。そういう職場でありたい。中身がないのに外形的に管理者となるのは避けたい。数値やコストを外形的に支配するのはヤバイぞ。問題と真摯に向き直り、解決する態度でありたい。

価格の秘密。
安いものは大量生産、大規模。機械と肥料と農薬である。一度でもまともに農業に携わってみれば分かる。有機栽培は高くなる。ごまかせない。生活用品はあきらかに開発途上国のが安い。あたりまえ。そこから輸入すれば安くなる。するとその国にお金は流れる。けっして国内の生産者に向わない。すると純粋な消費者はいない。消費者は国内生産者でもある。リストラ。手取り収入が減る。するとまた低価格へ向う。悪循環。デフレ経済。

デフレの逆転。
それは貨幣流動性にあるのではない。いくら市中にジャブジャブ流しても、消費の構造が変わらないと物価は上がらない。価値創造に向うこと。地産地消。地域循環。持続可能社会。地域コミュニティにお金を回す。
ものづくり。人の手塩にかけた良いもの。その価値は深い。暮らしへの貢献。これは暮らしを豊かにする。豊かな暮らしそのもの。食が粗末で身体がボロボロで生活道具が貧弱で、ゲーム中毒ではいかん。

こうした本物の価値への欲望を高めること。化学物質に汚染される自然。放射能に汚染される社会。これはその前に金銭的価値で汚染されている。お金ですべてが手に入ると。だが肉体は、精神は、そうはいかない。価値の転換こそ持続可能な社会への旅路。それがコストによる価値破壊からの脱却。

コスト。
価値を生み出すのは人。人しかいない。いかに人の仕事の意味を理解するか。コストをかけるか。
農のくせに、食をおろそかにする。農の場に輸入食品だらけ、ではいかん。農の価値。農の豊かさ。おもしろさを全面展開、自給だらけへ。価値を生むためにコストをかける。投資する。費用をかける。かけるものは大胆にかける。

協同は人を豊かにする。
人を生き生きとさせる。人の存在を肯定し価値を生み出す仕組みとなる。人はコストではない。仕事の仕方がコストとなる。目的と目標をいかに実現していくか。一人ひとりが考え行動していく。価値を生み出す。

数値は味方。見方。
3割バッターは結果として3割だ。3割を求めて実現したわけではない。ピッチャーとボールの研究とそれを叩く身体能力。これを磨いていく。これを愉しむ。結果として3割。

自然をどう見るか。その深い理。
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2013年01月13日

国産菜種にこだわる影山精油所

菜種油である。その精油所に伺った。島根県出雲市。
今や世界の85%が遺伝子組み換え菜種である。昨年はその遺伝子組み換えをしていない菜種を持続的に確保するため、これを保持している南オーストラリアへ行った。州政府と非遺伝子組み換え政策の確認までもした。その拠点がカンガルー島である。ここから継続的持続的に非遺伝子組み換えの原料を確保できる。

さて、パルシステムは九州の平田産業さんとそのカンガルー島の非遺伝子組み換え菜種を原料に、圧搾法で絞り湯洗い法で精油している。こだわりが搾り方にある。いまのサラダ油などほとんどが化学薬品で抽出する。ノルマルヘキサン。ベンゼン系の毒薬である。揮発するので安全となっている。これが残留してカネミ油症事件である。ここから安全食品を求める運動が広がった。すでに40年以上前。

さて影山精油所。ここのこだわりが半端じゃない。二瓶徹さんがいつも会ってくれといっていたところ。今回は松江の青山商店さんと向笠さんと訪問した。景山社長。パワフルなおばちゃん。ごっつい感じで早口で話す。

ヒラメなんとかと自治体のトップを語り、農林畜産業分野の担当部門もアホと言い放つ。BSEの牛対策の後手後手。原発事故放射能対応の杜撰さと汚染牛の拡散。さらに遺伝子組み換え菜種の拡大と野生化への調査と対応。詳細な事実とそのことを放置する政府や自治体を許せない。怒りの言葉がマシンガンのように発せられる。

小ぶりの工場に案内される。香ばしい香り。それだけでおいしそうに感じる。この香りは気高い。
驚いた。セメントと石とステンレスの窯がある。火の焚口があり薪をくべる。薪で炒っている。そこで働いているのは3名の若い女性。大柄なお二人と小柄な方。30kgくらいの菜種の袋を軽々とかつぐ。大丈夫ですかと聞くと平気だという。こまめに気持ちいいくらいにみんな働いている。NONGMOに共感して働いているという。

国産菜種にこだわる。そのため品種にこだわりエルシン酸無しのものを農業試験所と連携して隔離圃場で種取りをしている。防虫ネットに囲まれた小さな畑。そこには肉厚の大きめの葉っぱが開いた菜種があった。ここからこだわるのだ。種が大切だとこれまた女性の生産工程管理者で取締役の黒谷さんが笑った。

その無エルシン酸の「キラリボシ」品種。これは火入れをせず生搾りだという。香りが違いうまいのだ。サラダに使うとこれは違うなと思った。こだわると行くとこまでいく。

帰路に二瓶さんが言った。影山社長は、あれで強いことを言い放った後でいつも「二瓶さん、相手はいやな感じをもったかな」と小声で聞いてくると。青山商店の青山さんが「彼女は薬害で全身やけどをおい、死の淵から島根大の医師に救ってもらえた。それから化学物質への警鐘を鳴らし続けている」という。

本物の遺伝子組み換え反対運動。筋の通ったその戦いは、大勢の支持者に囲まれる。実際に作って見せる。高度な技術とおいしい食の提供を伴って。未来の子どもたちの食卓を夢見て。
小賢しい変節や妨害をものともせずに。パワフルに活動する日本のおばちゃん。
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2013年01月12日

丸畑ほし柿 東出雲町畑地区

少し機体が揺れたが、宍道湖の上を通って出雲空港に昼に着いた。そこから30分で松江の町だ。宍道湖と中海を分けるくびれにある。その松江市役所の産業部門でレクチャーを受けた。松江市産業経済部の川原部長。最初から熱く語る。衛星写真を前に立ちあがって島根の歴史だ。

そこから車で30分であっというまに町並みを離れた山あいの集落になる。中程度の山並みに囲まれた村。その斜面の段々畑が全て柿の木でうまっている。柿の村。

狭い道を畑を縫うように降りていくと、小さな公民館の前に村人たちが出迎えてくれた。森廣公一組合長はじめ畑ほし柿生産組合の皆さん。公民館の脇には弥勒菩薩の祠が飾ってある。

その公民館に入ると、座卓の上に資料と共に抹茶が出された。すごいね。お茶受けは干し柿。これが合う。

島根県松江市東出雲町上意東が住所だが、この集落は畑と呼ぶ。はたけではなく「はた」である。どこにでもある日本の正しい田舎。違うのは畑にひたすら柿の木。そしてそれを干す柿小屋。3階建て。ガラス張り。これは違う。

西条柿。もともと広島の方から持って来たという。400年前。市の部長が尼子軍と毛利軍の戦いなどと詳細な史実を熱く語っていたが、要は古い。その母樹もいまだに大切にしている。干し柿生産がずっと続いてきた。これは抹茶とあわせてじつは贅沢な甘みだったと思える。いろいろ加工したものを試食したが、そのままを食べるのが一番おいしい。柔らかすぎなく裂いて齧ると甘過ぎないが濃厚な旨みがでる。滋養。これはダイエットちゅうの女性たちに最適だなと思った。自然のスィーツ。

畑サミットを昨年ここで開催したという。島根県では畑と名付けられた集落が40以上ある。その20以上が集まり地域の活性化を話しあった。分科会は柿小屋で輪になって話した。地域の農商工連携。活性化。と紹介してくれた特定郵便局長富士本数彦さん。トラクターで日本一周した。震災後陸前高田に一週間行った。やはり地域に変人はいる。

蕎麦も打って振る舞ってくれた。次つぎに話される方たちがまた熱い。おもしろい場にはおもしろいひとたちが集まるなと。交流会も盛り上がった。名残惜しい。

地域伝統食品「本場の本物」ブランド現地調査。財団法人食品産業センター二瓶徹さんが事務局を担当している。「本場の本物」はフランス政府からの招待があったばかり。ヨーロッパも伝統食品が大切にされている。画像1


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2013年01月10日

協同組合経営の革新

協同組合の経営
生協は日本の法律では、会計が企業会計に準拠している。資本の性格。剰余の問題。人の価値の表現。

組合員と専従職員の関係。組合は目的と目標を持ち、その実現に向けた執行機関を持つ。総会では運動や事業の計画や進捗を決議するが、その執行は理事会が担う。その代表理事のもとに専門職員が組織されて事業と運動を推進する。

組織が形骸化し官僚化、マンネリ化、職員のロボット化しないためにはなにが求められるか。

理念とビジョン。
絶えず何のために何を実現しようとしているか、問う。組合員のためにと語るのは容易い。だが組合員と言っても様々だ。リーダー達が今の社会をどう捉えて、どうしたいかが問題なのだ。そこが問われる。

世界をどう見るか。
いまの社会の問題をどう捉えているか。人びとの暮らし。その豊かさとは何か。貧しさとは何か。お金の問題。貧困。健康。食と農。生命。

心豊かとは何か。
共生とはなにか。理念とは生き方そのものである。自ら、自分たちがこう生きたい、こう有りたいと願うこと。このシンプルな哲学こそ大事にしたい。

組織が生き生きと創造的になること。誰もが言いたいことを語る。そして行動する。目標を実現していく。その行動単位。これは小さくする。そのチームごとに目標とその実現過程の見える化。問題発生と課題化。問題解決と次への行動計画化。この連続プロセス。

いつの間にか、地域のシェアの増大。さらなる問題への小規模組織での運動と事業。そのネットワーク。協同。

運動の評価。
物語。感動。心。伝説。が第一。
人数。規模。数値。がニ次情報。この順を勘違いしない。お金は三次情報となる。重要だが一次ではない。

道端にて。画像1



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2013年01月09日

言霊 非言語 コミュニケーション

言霊
言葉に魂が宿っている。何か考える時には言葉で組み立てる。これが意外に自分を確立する時にジャマになる。必ず他人の思考に乗ってしまう。世の中の風潮にすくい取られる。

逆に言葉化することで気持ちをコントロールすることもできる。暗示。あるいは鼓舞。勇気を出す。気合を入れる。

自分を落しこむ。マイナスパワー。これも言葉でできる。痛い。辛い。悲しい。腹が立つ。妬ましい。苦しい。言葉化で固定し一層マイナスへと加速化。

言葉の一つひとつを分解する。音。リズム。表現。耳。感覚。宮沢賢治。宮崎駿。ヒユー。どんちゃかちゃかちゃか、チャカチャカドン。ゴワッ。ぬかかかか。

言葉の再構成。
空。有ではなく無ではない。すべてが生まれ全てが消滅。共生。共滅。物証の境界。異界臨界。そこを臨む。そこを行き来する。言語。

生の五感。
言語の前に生きる。映像。視覚。動き。動体視力。アニメーション。一瞬。絵画。
音。聴覚。波長。耳。信号。神経系。快楽。音の魔術。愛の言葉。
触覚。触運動覚。皮膚感覚。空気接触。暑さ寒さ。水感覚。
舌。内臓感覚。人体。体内感覚。
消化器系。空腹感。脱糞感。脱尿感。腸感覚。
呼吸器系。口腔。喉。気管支。腹腔。胸腔。大いなる呼吸法。

言葉と感覚の持つ意味。
逆境にある時に、透明になること。おもしろがる。楽しむ。愉しむ。ほの見える異界への遠路。
画像1


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2013年01月08日

逆境 自分との対話

確かに自分への評価が悪いと感情的になる。ズボラでイイカゲンでホラふき。などなど腐る程ある。だがそれは当然だ。その通り。

問題はだからこそ自分らしさをシッカリとしたい。緻密でキチンとしていて出来ることしか言わない、ならば他人になってしまう。日本人はアメリカ人にはなれない。

では、自分らしさとはなにか。
素でいる。率直である。自然に在る。飾らない。りこうぶらない。賢いフリをしない。出来ない。バカは馬鹿。どこまでいっても治らない。ただそのまま。

逆境とはなにか。
他者の評価に惑わされること。問題の発生そのものではない。ピンチでは無い。事件事故はつきもの。いつも自然は僕らに仕掛けてくる。障害や破壊や死。それは当然だ。そのまま受け止めてもがく。もがく。

何が起きているか。
たとえヒドイ状況でも一種楽しむ。喜ぶ。おもしろがる。
なぜなら、夢だ。ビジョン。地域。島の思想。海の真ん中。世界の真ん中。に在る。画像1



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2013年01月07日

フリーミアム

インターネットで無料のモノを使う。iPhoneでも無料ソフトを簡単に取得できる。フリー。通常は有料(プレミアム)。これを合わせフリーミアムというらしい。

アメリカの投資家フレッド・ウィルソンの言葉。クリス・アンダーソンの著書「フリーからお金を生み出す新戦略」で有名になった。ここでは4タイプのフリーの方法が紹介されていた。

もともと商品販売で試供品を提供しこれで販売促進するモデルがあった。また髭剃りを無料で配布し後で刃だけ有料とするモデル。テレビのようにCMで稼ぎ視聴者には無料にするタイプ。インターネットではGoogleが無料で検索エンジンを提供し、その広告側に高価なコンテンツを販売する方法がある。

この仕組みは確かに便利でありがたい。しかし実は無料に潜む罠がある。個人情報が丸裸。捕捉される。ソフトやコンテンツを提供する側は無料で生きてる訳では無い。無料で利用する側から必ず元をとっている。それが見えない。廻り回って使っている消費者から回収しているのだ。当たり前といえば当たり前だが。

苫米地英人博士に言わせると、権力者は昔からこのフリーミアムを駆使してきた。貨幣の歴史。アメリカFRB。ドルのバラマキ。お金の魔力。「フリー経済学入門」。

これに対して、一人ひとりが自立し協同していく。そのためには本来はこうしたお金とインターネットからの離脱が求められる。だが、それすらこれらを通してでないと出来ない。このブログもそうだ。

社会改革のプロセス。
高次の目的。これは直ぐには出来ない、だけでは無い。矛盾が発生する。対立も発生する。これを切り捨てず抱えこむ。まるで自分の醜い欲望を抱え込み、見つめるように。欲を捨てるのではなく誘導していく。他者のように。

インターネットは不思議なパワー。開発は軍事関連からとそして自由を求めるヒッピームーブメントの関わりで相乗的に進化してきた。しかし強大な支配の帝国である。そのなかでの自由の無数の表現。その矛盾と激動。そこで生きながらなお外部に在る。分かっていながら自在する。

早朝の霜柱。水のパワー。画像1


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2013年01月04日

大いなる時代の転換期に

資本主義とは何か、あらためて考えてみる。

金融資本主義の破綻。それは恐ろしい社会的激変の予兆。
社会変革はどのように起きているか。それを加速化するには何をなすべきか。

生命系の運動のパワー。このことが感じられるか。見えているか。
価値の転換。価値の転換とは何か。それを体得できるか。
分断と孤立、競争的価値観が蝕む心の崩壊。
それに対して連帯と愛。そして協同の豊かな世界へ。

社会的歴史。
人間は自然と向き合い、自然に働きかけて自然を作り変えて社会的存在として増大してきた。この社会的組織。国家と自治体。そして経済的組織として株式会社を生み出し、それを核として社会制度を生み出してきた。規則と軍隊、官僚組織。その論理と法体系。

資本主義の秘密。人間労働の疎外。剰余の生産は人間労働からしか生まれない。労働の組織化。それは労働の場や方法を持つ資本がその価値の増大のために行われる。剰余を最大化。その自動化。マルクス。チャップリン。社畜。
いまや若者たちがこの会社組織とその下の雇用労働の非人間化を批判し始めている。いくつかのベストセラー。「首でも年収1億円」小玉歩著。「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?」小暮太一著。


人間の疎外。
何のために働くか。剰余の増大のために。それは個人的には給与増大のために。競争的価値観。人との分断と勝ち組負け組。知恵と力の外化。自然の収奪。人間の破壊。労働の貧困。会社はそのための組織。個人として誰が悪いわけではない。社会的な存在ということ。まじめな人ほど非人間的。

革命の展開。
国家と社会制度。その変革は権力闘争では変えられない。敵と味方。相手を批判して打倒する価値観。これでは変えられない。競争的価値観。最終的には暴力。破壊。革命の破壊。破綻。資本主義の強化。逆説。

価値の転換。
大いなる変革の流れ。3・11以降。大量生産、大量消費、高エネルギー発電、巨大組織の破綻。これらの人間破壊。このことを変えたい。変えようとする多数派。その地殻変動。地下水脈。政治の表層に現れない胎動。
現地現場現人。畑村洋太郎。絶えず被災地へ行くこと。破壊から学ぶこと。共に生きること。生きようとすること。

都市と農村。食と農。この関係のあり方。
農の偉大さ。自然に向き合うこと。自然から学ぶこと。活かされること。第一次産業こそ最も重要。
農、畜産、水産、林業。ここの価値の再発見。そして増大化。基礎を固める。生命系で働くこと。学ぶこと。

都市の再編。コミュニティの復活。食と福祉。食の意味の再発見。分子生物学。細胞と腸。血管。神経系。食の偉大さ。価値の再発見。子育ての豊かさ。面白さ。高齢者の意味。意義。病者の価値。生きる喜び。楽しむこと。おもしろがること。

積小為大。
二宮尊徳。小さきことの積み重ねが大きなことをなす。

自分の変革。
自己の価値観の根底的な変革。身に纏わりつく資本主義からの転換。それは身体を変えること。自律神経系と体系神経系。。自律神経系の意識化。肉体改造と呼吸法。運動と食事。自分の中の他者。他者のための自分。究極のエゴイスト。他者への愛。パラドックス。他人への配慮がじつは自分のパワーに転化するということ。

科学の意義と限界。
時代の転換期は、価値観の大いなる転換期。
すると、宇宙論、自然観、生命観。人間観が変わる。進化論が社会学が経済学が変わる。生態学の現在。

2013年のはじまり。
画像1



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2013年01月02日

大晦日の村掃除 新年会

種子島の西之表市といっても井関は小さな集落だ。村では部落といまだに呼称している。その部落の人たちで大晦日に午前7時から大掃除だ。

井関神社。小さな山に、海に向かって山の上方に祠がある。大山神社というからおそらく修験道の神社だろう。その中間に拝殿がある。小ぶりだが立派な社殿である。ここを村の人たちで掃除してから門松を立てる。竹を左右に立て松と裏白と呼ぶシダとユズリハを薪を割った5辺を巻いて縛る。

年長者も定年退職で帰ってきた男たちで60歳半ば。どうも手順とかウラ覚えでみんなで話しながら組み立てる。

元旦では、神社初参り。区長と数人でお神酒を交わす。そのあと公民館で新年会。10人程度の小さな集まり。そのほとんどが帰ってきた男たち。酒を酌み交わしながら村を語った。つい飲みのぎた。お昼にはダウンした。

新年、あけましておめでとう。
心のありようを記していきたい。

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