2013年04月

2013年04月29日

佐渡 母の見舞い

土曜日に兄から電話があった。
それから佐渡に向かう。佐渡汽船の新潟港に姉が待っていた。兄への手土産を受け取る。母への伝言も。

午後6時過ぎには佐和田病院につく。母は酸素チューブを鼻に着けていた。寝ている。声をかけると目を明けた。声が出ない。少し熱がある。

分かったら目を動かしてと頼むと目を横に動かした。大きな呼吸。衰弱はしているが、顔に血の気が戻っていると思った。
27日が誕生日なのだ。94歳。
病院の看護婦がお誕生日おめでとうと枕元にカードを貼ってくれていた。

その夜は久しぶりに兄と両津の街で飲んだ。二軒ハシゴ酒。旅館に泊まる。
バーのカウンターで飲んで歌っていると、海府の同年代の男が兄弟ですか、羨ましいと声をかけてきた。父親を世話しているという。認知症。

翌日早朝、港を散歩する。大佐渡の山やまには残雪が残り藍色の山肌が美しい。
湾内のぬったりとした海は緩くうなっている。優しい塩の香り。

再び病院に行く。微熱は下がった。また来ると言うと、大きく顔を動かした。
地方のスーパーに花を買いにいく。従業員が朝礼をしていた。その終了を待たずに花をふた束買う。小ぶりの鮮やかなもの。

新ちゃんの命日、墓参り。
純粋な精神。傷つきやすい柔らかな魂。ごまかさない。卑怯に生きられない。優しいそのこころ。
美しく生きた若い人生。決して否定しない。悔やまない。決して穢すまい。透明な真理。

春の土手に、絡まりから伸びるツルの若芽。兄が採る。フキ、ノビル、葉ワサビがある。山菜がそこらじゅうに有る。ほんの少しだがいただく。旬の野草。

帰りのジェットホイル待合室でで清田和彦とバッタリ会う。中学校高校の仲間。いつまでも仲間だ。
父親の老人ホームの見舞いだという。松ヶ崎で僕とすれ違ったという。そして母親は新潟の老人ホーム。透析付で月に16万円。保証金は無かったという。やっぱり和彦だな。実家はついに誰もいない。泊まりに来い。ひとしきり話が弾む。

そうか、僕らはそういう年になったのか。
生と死。その輪廻。その転生。これを身近に寄り添っていく。終末への道程。

小佐渡の山は春色に近づく。
雑木林の茶色、黄緑、白、じつに多彩な木々のハーモニー。そのなかの山桜。美しい。
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2013年04月27日

村上春樹の新刊本

色彩を持たない
多崎つくると、
彼の巡礼の年

長い書名。全共闘に関わった人が読むとひときわ感慨深い。

赤、青、白、黒の名前の濃密な仲間たち。その一体的な関係から主人公の多崎つくるが突然切られる。数年後新しい恋人との出会いがある。そこからこのモノローグのような小説は始まる。

思い出したくもない深い傷。しかしそれを抱いたままでは新しい関係を作れない。そしてあのとき何が起こったのかを探る旅が始まる。

さて、60年代の終わり。
僕たちは社会の不正や灰色の人間関係の歪みに憤っていた。そして世界をほんものの世界へ。虐げられた人びとともに闘いに挑んだ。各大学で、高校で、職場で、街頭で集会、デモ、と激しい政治闘争。

だが、いつかそれを担う組織は変質していく。自分たちの正しさを主張し、いかに他の組織が間違っているか。そしてさらに自分たちの組織内でも仲間割れを起こす。党派闘争。そして内ゲバに転落していく。革命のために人を傷つけ、罵り、殺める人びと。恐ろしい逆転がおこった。絶対正義の論理。革命は純粋な理論と鉄の団結が生み出すとする。武装闘争。

勇気は他者の誤りを上げつらなうこと。決断は他者を切ること。そして非情さが語られる。勇気は人殺しに使われる。正義のために間違った人々を抹殺する。
恐るべき逆転。そして組織論理が自動回転し柔らかな優しさは敵だとされる。

差別は許さないと排除する。
差別しない完全な組織をつくるという。
そこには人間がいない。

だが、それは過去のことだろうか。
人間の持つ異常性。多重性。それを認めよう。人は間違う。人は馬鹿をする。けっして正しく賢い人などいない。
人間のおかしな世界。そかしその平凡な生き方の奥にある輝き。

社会を変える。
その豊かなイメージ。それを静かに奏でる。
フランツ・リスト
「ル・マル・デュ・ペイ」ラザール・ベルマンの演奏。

批判から、主義主張からの離脱。
つくる。物を造る。物語を創る。
確かな人びとのための静かな営為。眠れるような静かな激情。
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心の闇

心に天気がある。
晴れわたる空。どこまでも高い青空。
曇り空。どんよりと曇った空。
雨雲。黒い雲。

日暮れ。茜色。遠くの山並みが影絵になる。なにかしら大切なものを無くしたような儚い気持ち。

そして嵐。
どうなってしまうのかというほどの激しい雨風。いつか壊れようとする窓ガラス。その高い悲鳴のような音。

だが闇だ。
その漆黒。深い落とし穴。そこを見ないように遠ざかろうとする。だが必ず落ちる。
その底の無い深い深い穴に。なぜか。

疑心暗鬼
人を分かろうとすると、全部分かろうとすると、複雑なその世界が、嫌なことが見えてくる。なぜか。

操作しない。
利口にならない。ただそのまま。
バカになりたい。なにも見えずなにも仕掛けず、人をひととしてそのまま好きになる。悪意も善意も。罵りも。蔑みも。そのまま受け入れる。

闇を覗く。
闇に落ちる。自ら落ちていく。闇に嵌る。
漆黒の闇に包まれる。ざわめきとおどろおどろしい異形。異界。魔界。

夜明け前。
静かに大地の唸りを感じよう。透明な耳を傾けて真空の宇宙と交信する。

早朝。
日の出を感じながらゆっくりと駆けていく。宇宙は晴れ渡り、生命体が満ちわたる。いのちに包まれる。愛を感じる。愛おしきいのち。その鼓動。

誰かが植えくれた道端の花。
咲き誇る。画像1



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2013年04月25日

社会を変えるということ

社会とは何か
変えるとはどういうことか
誰が、いつ、どのように変えるのか
出来るか

社会は制度だけではない。
国家と法律、行政システムだけではない。
経済組織。暮らしの基盤。コミュニティ。
それとどう関わり、何が問題で、それをどう変えたいか。

何か言うと、それはすでに語られた言葉と理論に成り果ててしまう。これがいかん。
暮らすことを根本的に考える。何かというとすぐ金を基礎に組み立てる、その思考方法。お金が無いと何も出来ない。まるで手足を縛られたように感じる。そして閉じこもる。これを何とかしたい。

バカッパワー。
過剰なる激情。いてもたってもいられない。問題を見過ごせない。解決したい。どうするか。

自分の複雑性。
ジキルとハイド。臆病者と攻撃者。完璧主義と杜撰さ。きちんとキチンと主義。テキトーらしさ。いいかげん。厳密。一番利口者主義。俺はずーと昔から正しく先が読めて誰よりも賢い、と威張りたがる。少しでも批判され欠陥を指摘されると激怒する。

そのすべてを自分が持っている。
多様な馬鹿がいる。自己のなかにいる。在る。間違いない。

意識の前に肉体がある。肉体には神経系が在る。その細胞一つひとつに独立した生命体の動きがある。それがネットワークして世界をつくる、

腹が減る、という意識。その自覚はどこからくるか。胃と腸。胃と腸に操られて意識が発生する。人間の意識を発生させる欲望。恐怖と快感。これは細胞の一つひとつから生まれる。意識。精神世界の基盤。

意識を変える。
カラダとどう付き合っていくか。むつかしい。この難しさ。複雑性。これを抱える。

師、偉大なる先達たち。
ネイティブインデアン。グランドファザー。サバイバル、トラッキング、アウェアネス。スピリット。
チベットヨーガ。呼吸法、瞑想。アーサナー。
修験者、禅の思想。雲水。
イギリスNGO、オープンペース。ブレーンストーミング、フィールドワーク。コミュニティ関与。協同組合。
アメリカ、ヒッピームーブメント、インターネット、ネットワーク思想。

十牛図の意味。


道端の花。
誰も育てていない。生えてきたら迷惑。セメントだらけ。そこに平気でたくましく花を咲かせいる。美しい花を咲かせている。
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2013年04月24日

「考える練習」保坂和志 を読む

これだな、と思った。世の中には似たような考え方をする人がいると思った。

アメリカの価値観。それと対抗するには、論理ではダメだ。全身に金融資本主義が染み付いている。もちろん自分自身。脳みその動かし方だけではない。身体操作もだ。カラダの使い方でアジアやアフリカと見分けがつく。ところが、近年はグローバル化されて顔の表情も区別がつかなくなった。

一昔前は佐渡でも、村ごとに動作もしゃべり方も違った。今はアメリカモデル。アメリカンが一番だ。そこからの離脱。それを自己から試みる。

保坂さんはいう。
反原発と言っても下手すれば、もう一度大きな事故が起きるのを期待するむきもある。それは原発推進派にザマーミロと言いたいから。ケンカの論理。敵を攻撃する。ムカつきを晴らしたい。これはこの社会論理に仕組みに浸かった考え方。

人は知らず知らずに分断、対立、抗争、罵り、お互いを棄損する。させられている。この生活様式。思考方法。生き方を変える。脱資本主義。

保坂さんはいう。
考えるとは理想を求めることだと。
そう理念だ。これは自己のなかに打ち立てる。試練は神が自己が与える。
受けとめる。呼吸法。運動法。画像1

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2013年04月23日

うなぎ 絶滅危惧種について 望岡典隆先生

今年2月に環境省が正式にウナギを絶滅危惧種に指定した。
いままでパルシステムは、毎年国産うなぎを食べようとキャンペーンを行ってきた。絶滅危惧種を食べるのか。それでいいのか。ここが問われている。

そこで、あらためてうなぎの実態と保護はどうなっているのかと調べる。九州大学望岡典隆先生の講義。
1960年代にうなぎ漁獲量が3千トン以上あった。それが2004年に5百トンを割り込む。いまは3百トンほど。シラスウナギも同様に1960年代は150トンほどが、1980年代から20トン程度と激減している。すでに10%まで落ちた。ヨーロッパとアメリカは現在は最盛期の1%とさえなっている。非常に深刻な状況だ。

望岡先生によると、この激減の原因は.轡薀垢硫疆呂竜獲∪限地の環境悪化C狼綉模の海洋環境の変化によるとされる。採り過ぎ、河川汚染、温暖化など、やはり人間のせいだ。ではどうしたらいいか。

うなぎの神秘。
ウナギの生態は神秘。川の上流にいたかと思うと、海に出て姿を消す。
回遊魚と一口に言っても3タイプ。川で産卵し海に出るもの、これを遡河回遊と呼ぶ。そして川に戻ってくる。サケなど。逆に海で産卵して川にくる、そして海に戻る、降下回遊。これがウナギ。海で産卵する。サケと違うのは、同じ川に戻って来ないという。海に戻る。他にアユのように両側回遊があるという。

ウナギの産卵は、今は先生たちによって広く知られるようになったがマリワナ海溝までいく。長い旅程。その海山付近で産卵が確かめられた。それも海の中層域。そこが塩分濃度の境目だという。そこに新月に卵を産む。新月は暗い。卵は見つけにくくなる。生物はおもしろい。

その稚魚が変態しつつ日本の河川に帰ってくる。その生態を先生たちはずーと調べていた。海洋調査船で太平洋を縦断して網を引っ張る。そこで捕獲した生物を丁寧に顕微鏡などで分類する。これを数十年続けている。
1990年に初めて海で幼魚の捕獲に成功。それから次々に新発見。ネイチャーの表紙を飾ったという。

ウナギの復活へ
ウナギは汽水域と河川で取れたものが7割以上有る。まずは河川を守ることが大切だ。そのためにシラスの定期定量調査を徹底する。河川と汽水域、沿岸の環境保全と再生。水質改善、餌生物の生育環境。ウナギの住み処を作る。魚道整備。そして放流を適切な方法で行うことだという。

ウナギ川計画(Eel River Project)
東アジア一帯に鰻川を設定し、100年にわたるシラスウナギのモニタリングデータを収集し、そこを漁業も環境破壊もない‘聖域‘として次世代を生む親ウナギを送り出し続ける。この壮大な計画を、研究者、行政、関連業者、市民参加で取組んでいく。

伝統漁法のすごさ
石倉漁、石を川に積んでおく。そこに小魚、カニ、エビが住み着くと共にウナギが住み着く。これを回りから網で取る。これは餌を増やしウナギも増やす。ここから蛇篭へいく。石を竹や柴で縛って川に沈める。川の流れを緩やかにして護岸も守るが、真骨頂は小魚などの溜り場になり生物を豊かに育む。
さらに柴漬漁。セメントの護岸に水生草などを植えてウナギなどの住み処を作る。

昔の人の知恵。
過渡の漁獲を戒めかつ魚の習性を知り尽くして増やしていく。増やす場所を守る。
いまや地球上の自然に純粋な自然はない。資源を如何に守り育てるか。それには里山、里海の思想。食べるがさせる。猟師が増やす。海を守る川を守る猟師。消費者の運動。

田んぼのおたまじゃくし。
種子島にて。足が生え出している。
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2013年04月19日

怒りについて

頭と腹
他人と自分と社会
毒だし、汗

腹が立つという表現は、腹が煮え繰り返る感覚。これはなかなかだ。あんまり無い。
頭で怒る。言葉で興奮する。これが多い。何で怒るか。他人との関係で理解されないことに理不尽さを持て余す。そのとき身近な人だと頭にくる。ココロに来ない。

理解力が足りない。相手に投げつけている。しっかりとタメをつくり一呼吸置く。これができん。これはなぜか。

お酒の飲み方。
ゆっくりじっくりといただく。酵母が育んだ多様な世界。田んぼが育てたたくさんの米粒。土中のバクテリア。稲の根っこ。稲管。葉脈。その透明の水系。それが変移し究極のアルコールとなる。だがアルコールだけをいただくわけではない。芳醇な香りと美しいその複雑な滋養をいただく。

毒だし
しかし飲み過ぎ。酔いに任せて言いたい放題。パワー全開。そうして疲れ果てる。
バカの壁。全身に澱む。馬鹿が溜まる。
すると怒る。言葉が乱雑になる。

走ろう
ゆっくりと吐きながらジョグ。内側を覗きながら地面を確かめて。遠くを見るのはもう少し後だ。
背中、肩に汗が滲み出す。無理はしない。心地よいリズムを維持しながら空洞を広げていく。頭と体を空洞化する。

やがて世界が見えてくる。
遠くの景色が目に入る。若葉が映える。
素晴らしい。美しい。
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2013年04月16日

こころの練習

だいたい悩んだり苦しんだり落ち込む理由は何か。なぜ人は苦しむか。
思い通りにならない。そのわけは。

恐怖はどこからくるか。悲しみはどこに宿るか。嫌なことはなぜ嫌なことか。

村上春樹の小説の中に、自己啓発セミナーの経営者の話が出てくる。どうしたら優秀な社員になれるか。社員を育てられるか。
まず、ペンチで爪を剥ぐと指名した研修生に話す。その上で、手の爪か足の爪かどちらかを言えという。どちらかを選ばないと両方を剥ぐという。その恐怖の中で研修生は必ずといっていいほど足の爪にすると答える。これが企業戦士のスタートだ。
恐怖を想像してそこから逃れようとする。落ちたら、排除されたら、落伍したら、仲間外れにされたらという恐怖。

働くことの動機がこの恐怖をベースにしてあるとがんばる。勝ち残るために競争を開始する。その先にお金と地位と権力がある。つまり就職とは、その動機とは無職の恐怖、収入ゼロの不安、社会的排除の恐怖からの逃走である。そして組織はその基本動機をベースに競争をしていく。これを求める。この社会と組織の仕組み。それが人を壊していく。強いエネルギー。

ところが、働くことの意味をまったく別に持つ人びともいる。食べること。作ること。そしてつなぐこと。これがおもしろい。ものづくり。暮らし作り。この仲間たちとの協同。多様な共存。
意外にじつは普通の組織のなかにもいる。企業戦士と呼ばれる人びとのなかにも人を楽しませよう、豊かにしたいという人びとも大勢いるのだ。ここがおもしろい。それも特別な人ではない。働くインセンティブがなんと他人のためだと当たり前に考えている。誰もしらない場所のゴミを拾う。

仕事とは何か。
雇われることか。何のために。
恐怖によって動かない。動かされない。決してごまかさない。ごまかされない。おどかされない。ただ有る。在る。
自分たちだけが完璧を求めない。批判され貶められることも恐れない。いいじゃないか。主張は違っていい。ただ見てくれと他人評価、うわさに振り回されない。パラドックス。逆説を楽しむ。

働く。動く。語る。書く。描く。自分が楽しむ。愉しむ。他人が愉快。おもしろい。
生みだす。その豊穣。豊かな生命。いのちのしごと。自分のなかの神々。

訓練。こころの動きを観る。
カラダの芯に闇が有り明かりがある。その白金の小さな玉。それをイメージしてお腹から膨らませていく。全身を光で包み込む。全開。

朝露
道端の野草。そこに水は宿る。水は世界を巡る。草の細胞、土の細菌、地下水脈。海。天空。そして・・・・
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2013年04月15日

母親について

この土日と佐渡の小木にある介護付き住宅に行った。母がいる。93歳。姉の順子と広美と。
佐渡汽船の両津港に従兄弟の定夫さんが迎えに来てくれた。一緒に行ってくれる。

小木は両津からはやはり遠い。二時間近く。3時頃についた。見た目、普通のアパートである。玄関には鍵が掛けてある。掛けっぱなし。徘徊を予防。入り口から直ぐに休憩室がありテレビもある。入居者は全員が高齢者。ほぼ全員が車椅子。中には、目がしっかりしているお婆ちゃんもいるが、ほとんど要介護で認知症に見える。

二階の右側の一人部屋に母は居た。ベッドに寝たきり。ハッとした。血の気が無く顎が外れたようにズレている。二月に会った時とは別人。熱が高いという。クール枕で冷やしている。体を触ると全身に熱がある。目を開けない。意識が混濁しているようだ。

ヘルパーさんに話を聞いた。その後にケアマネージャーと電話で話をした。先日、お医者さんに見てもらったという。解熱剤を飲んでるそうだ。変だな。熱が下がらない。むしろ衰弱している。順子が母に大きな声で呼びかける。母さん、遅くなってごめん。するとその明かない目尻に涙が滲んだ。意識はしっかりとしている。間違いない。

明日にまた来ると退去した。翌日、8時に行くとまだ熱が高い、これはマズイ。ケアマネージャーと詳細に話し合った。病院に観てもらいたい。連絡してもらい佐和田病院に母を連れて行った。小さな介護タクシーが迎えに来た。軽自動車である。親切な運転手。ほとんどの仕事がお年寄りの病院への送迎だという。そして佐渡のタクシー業界の窮状を話してくれた。7社もあって昨年2社が倒産と社長の逝去で廃業となった。それでもほとんどが赤字を抱えている。

不思議に車椅子は立派だ。ヘルパーさんも使いにくそう。それを譲り受けて、その立派な車椅子で母を運んで行く。佐和田病院は田んぼの中にあった。内科で診察を受けると肺炎を起こしていた。レントゲンを撮る。今のCTスキャンは縦に輪切りで見える。肺はやられているが心臓は強い。治療すればいける。体力が衰弱している。点滴で回復を図る。

そうそう昨日にヘルパーさんとオムツを替えた。うんこが多い。マメに替えないと。カラダに紅いブったような跡。調べるとお守りの堅い部分が当たっている。順子がその袋から何かを取り出した。三つのお守りがあった。そして古い免許証。

パンチで穴の空いた免許証。それは親父のカラー写真のあるものだった。いつも喧嘩していたその親父の写真を肌身離さず持っていた。

僕は何か勘違いをしていた。大きな勘違い。母は親父が亡くなっても落胆したようにも見えず一人で長生きしている。平気のようだった。強いなと思っていた。

肌身離さずお守りを着けていた。順子に聞くと前は4枚も父の写真を持ち歩いていたという。そうかと思った。口には出さなかったがいつも身に着けていたのだ。

人は生きて人は死んで行く。その死を大切にすること。いつまでも心に大切にすること。その痛みも喪失感をも。心の深い闇に佇む。その闇を恐れない。そこには死と生をつなぐ感覚が潜んでいる。

入院した母を置いて佐渡を離れる。佐和田病院からは両津港は近い。30分もあればいける。
日がさしてくると暖かい。そびえる様な大佐渡の山々にはまだ雪が覆っている。海にでると静かにうねっていた。港を出たジェットホイルは大きく旋回しながら湾を横切っていく。小佐渡の山並みはまだ冬景色を残したまま。なにか胸に残したまま佐渡を後にする。画像1


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2013年04月11日

技術と哲学

失われゆくもの
情報氾濫と金銭交換の時代
始原的身体に宿る精神の軽視ないし否定
肉体労働に潜む哲学と技術の重要性

知識と科学がその個人的利益においては楽して贅沢をすることが目的に堕落した。
そういう個人の集団では組織も巨大化すると管理機構の肥大化とデスクワークが増大化する。頭脳労働とやらが崇められる。管理者が権力となる。困った。

現場へ
こうして現地で把握し考察し、現場で問題発見し解決の糸口を模索し、現人による解決の実現と、生で考えることが軽んじられる。現場から遠ざかる。そして計数の管理から思考する。問題発見すらも数値でしかつかめない。前年対比、予算対比で悪化すると、何が起こっているのかと不安になる。おいおい、その前にすでに事業の仕組みや運動が現場で原人からいろんな問題を発せられているではないか。それをなぜ解決を先延ばしして平気であるのに、数字が悪くなるとあせる。おかしいでしょ。これが自分だ。自分の属する組織。くやしい。

なぜか
頭が先行し肉体が軽んじられる。物体が存在感を失う。情報と科学が知識と思考で組み立てられようとする。
結果、いつも誰かの思考の借り物。公式。一般的な方法論の引き写し。自分を失う。自分を失い自分たちを失う。自らの固有の身体性と固有の思考。主体を失う。

主体
それは生まれた時から在る。肉体の精密な構成は全身細胞と頭脳だけでない。動き。動作性を持って表出される。仲間たちとの関係性の独自の表現形式。これが生き生きとした組織を生みだす。
組合員一人ひとりを知る。顔を覚える。家を訪ねる。家族を知る。子供たちを知る。仲良くなる。
安全で生命溢れる生き生きとした農産物、海産物。化学調味料漬けにしたごまかし食品を排除し、生の野性の美味しさを届けたい。おいしい食べ物は人を幸せにする。

食べる哲学
なぜ、毎日食べるか。それはエネルギー補給だけではない。一番大切なのは細胞の生成と消滅に原料を補給しているのだ。肉体は精密な動的ネットワーク。この原材料こそ食べ物。だから口にセンサーが集中する。鼻で臭いを嗅ぐ。下で味を探査する。できるだけ新鮮で生命力あるものを食べたい。美味しさはそのバロメーター。

哲学
田んぼ、畑に哲学が溢れている。海に真理が漂っている。それを掬い取って、それを育てて各家庭に届ける。つなげる。食べ物へのこだわり。その真の意味。生きるということ。

生き方
技術は科学ではない。肉体を通した身体操作。身体思考。
一人ひとりがあふれる情報や金銭価値の魔力から解き放たれて、よみがえる生命思想へ。
近代にその真理はない。西洋哲学にその解決口はない。むしろ支配され廃棄されたアニミズム。古代信仰にこそ力強い超能力が眠る。チベット宗教。

その高山の霊験。体得するヨガの思想。
力強い精神。仲間を信じ愛する協同の深い豊かさ。ネットワーク。多様性を包含する真理への道。
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2013年04月09日

矛盾と問題について

建て前と現実
組織の理念とビジョン、それと現実のギャップ、それは必ず弱い部分に出る。
じつはカラダが弱ってくると弱い部分に出る。
それをどう見るか。どう対応するか。

まずは自分たちの組織の弱さを直視する。
矛盾をしっかりと受け止めたい。
それを規則だからとかルールに逃げ込まない。組織にはなんの問題も無い、問題はそれを起こす個人にあると切り捨てない。たとえそうでも問題は問題として我が事として受け止めたい。逃げない。嫌がらない。
問題を胸に落とし腹にためて、そうしてどうすればもっと良くなるか。変えられるか。思案する。
嫌な事を他人のせいにしない。他人が悪いからこうなったと嘆かない。嘆けば良いことも否定することになる。今があるのは成果も問題も矛盾を含めてあるのだ。それを問題だけをひとのせいにする根性なし。

ではどうするか
あるべき姿をもう一度しっかりと描く。こうなっていたいという理想像を描く。とにかく現実をいったん置いといて描く。こうなったらいいな。それをしっかりと信念する。

それから、どうしたらそうなるかを考える。いろいろ聞き回り嗅ぎ回り見て回る。五感で把握する。みんなを巻き込んで考える。カード化。展開。仮説。こうできたらうまくいく。そうする。

参加型行動
ヤってみる。動く。話す。解決していく。それを記録する。フィールドワーク。自頭で考え行動する。他人参加で集団解決。みんなを巻き込む。波風を立てる。騒ぐ。正面からぐいぐい進む。
たとえ仮説実行でも小幅修正を恐れない。トライアンドエラー。また挑戦し続ける。

ルール化
記録を抽出。プロセスを眺める。重点ポイント。その概念化。図式化。絵に落とす。言葉は短く切る。凝縮する。要は何だ。何がキーか。そして下手くそでも描く。手で描く。

動的平衡
ルール化は絶対化しない。また現実との矛盾が起きる。作っては壊し作っては壊していく。規則体系はいつも風化する。見事な規則体系やマニュアルのある組織は要注意。人が死んでる。ロボット化。気づかない。生身の人間は建築物ではない。動いている。妄想している。余計なこともする。無駄もする。いろんな人間がいる。それがおもしろい。絶えず自発的に動きしかし集団ベクトルが立つ。

環境と相関
環境は絶えず変化する。組織を構成する人も絶えず変わっていく。その動態の中に人間力をおく。シンプルな生き方。卑怯じゃない。まっすぐに見つめる。問題を愉しむ。問題解決力。その連続。

驚異の美しさ
道端のセメントの壁。そのスキマ。堂々と生きる。画像1


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2013年04月08日

オリバー・ストーン NHK BS深夜

アメリカの裏面史、第一次世界大戦前から原爆投下と戦争の終結まで。
オリバー・ストーンは映画監督でジョン・F・ケネディ暗殺を対立する大統領候補者と巨大石油系と金融機関とCIAなどが絡んだ犯罪としてノンフィクションドラマを映画化。他にも権力犯罪の告発の映画を出している著名な監督である。

そのオリバー・ストーンがアメリカ帝国の世界制覇の歴史を内側から描いたというドキュメンタリーが今日の深夜12時からNHKのBS番組で放映される。確か5回シリーズ。これは録画しなくては。

そのNHKから一足早く本も出版されている。関係する歴代大統領とその側近。特に副大統領と軍幹部の発言と思考や性格が描写される。ウィルソン、ルーズベルト、トルーマン。ほかにドイツと戦うスターリン。イギリスのチャーチル首相。イギリス連邦と世界帝国。

意外なのは民族自決権を唱え第一次世界大戦後の独立運動の擁護者とされたウィルソン大統領。彼の本当の姿は薄っぺらい理想論に隠れた人種差別主義者だと暴露している。

アメリカの鉄道王や石油、金融、そしてデゥポンなどの多国籍企業が世界対戦の間もじつは利権を貪るその姿。たとえばドイツのUボート建造に一役買い、兵器売買に手を染めていること。さらにドイツへ金融融資。戦争費用の融資の実態。戦わせて儲ける。それをアメリカ国民も当時知っていて批判の嵐が起きる。しかしいつの間にかマスコミなどで沈静化させ議会で欺瞞が行われる。

一方、アメリカの労働者運動。ゼネラルストライキ。それから農民運動。人民党。共産党の歴史も出てくる。いやアメリカはもうひとつの民衆による権力との闘いの歴史もすごい。だが弾圧、圧制。

原爆製造の秘密。ドイツナチスの迫害。それによる亡命科学者。原爆製造のマンハッタン計画の責任者ロバート・オッペンハイマーも共産党員だった。だが核兵器製造に邁進する。ヨーロッパからの亡命ユダヤ人科学者を中心に原子爆弾が作られていく。

日本への原爆投下。
それはすでに敗北した日本軍部の降伏を認めずに落とされる。ソ連を意識した戦後世界制覇の強力なデモンストレーションだ。高揚するトルーマン。反対を押し切り投下する。さらに広島型ウラン原爆の後に新型プルトニウム原爆を長崎にも落とす。一瞬で死の世界。地獄の世界。アメリカの軍人たちがそのむごさにおののく。これを帝国は作り出し使用していく。人類への挑戦。

ここから何を学ぶか
単なる悪人批判ではない。帝国批判ではダメだ。自らの問題として捉える。
戦争は、経済の問題、資源の問題、それを動かす巨大組織。これに負けない平和の経済の戦略。
戦争は、政治の問題。政治は政治家。その政治家を動かすこと。その関係の作り方。個人と党派。
戦争は、組織の問題。個人の思い。平和への願い。これをどう組織的に取組むか。
官僚とは、権力とは、無慈悲な高圧的人間とは、じつは職務に忠実なまじめなドイツ人。日本人に多いという。これは民族問題ではなく、仕事と機能と効率と組織のあり方。そこを重く受け止める。
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2013年04月06日

NPO食農ネットささかみ 進化の予兆

NPO食農ネットささかみ、石塚美津夫理事長。粟生田事務局長。社員会がJAささかみの二階で開かれた。

今回は、6月のささかみ食と農の推進協議会総会に向けて2012年度活動まとめと2013年度活動方針案の検討を行っている。決算と予算も。

活動報告では、パルシステムの各会員生協で東京はじめ神奈川と福島が役員研修をささかみで行っているほか、職員研修が活発に実行されていた。パルシステムの産直の原点。たんなる交流を超えた地域活動丸ごと体験。農産物から農産加工品、グリーンツーリズム。反TPPなど多様な生産、学習、交流の場だ。
ささかみからもパルシステム生産者消費者協議会総会と県別交流会への参加。そしてパルシステム東京の江東センターへ6名の生産者が訪問して配達同乗と営業研修を行なっている。ここがすごい。生産者の圃場体験を生協職員が行うことは普通にある。しかし逆に生産者が自発的に配達や営業の研修をするのはささかみくらいじゃないかと思われる。パルシステムの全国の若手生産者が各会員生協センター現場の配達や営業に同乗することはあったが。今後は、会員生協配送センターと連携した産直の取組みが主体的に行われるとすごい。

環境活動を行っている一般社団「五頭法人自然学校」から協同取組みの提案があった。これも画期的。
農体験のおもしろさと深さを学ぶには、自然観察のプロの目が必要。普通、農業体験というとおざなりに田植え、稲刈りと当たり前の浅い体験に終わる。これでは一回で充分だ。しかもわざわざ遠くに行かなくても田んぼは田んぼ。近くでいいとなる。それを遠くまで足を運ぶのは、そこに行かなくては分からないことがあるからだ。それが地域の自然であり、人であり、そして里山体験である。これの面白さを発見できるコーディネーターがいないとすぐマンネリ化。つまらなくなる。行かなくなる。
聞けば、新潟の佐潟にある環境省の施設でラムサール条約の湿地保全を担当された方がリーダーだ。そして一緒に活動するのはレンジャー経験のある若い女性。福島潟。水の公園。渡り鳥の聖地。日本で最も多い。
こうした鳥や虫や草木を知りつくした研究者と農のコラボレーション。これが地域の価値を見出し創造的にする。

いよいよおもしろくなる。
石塚理事長も次を見据えて仕掛けに入る。有機農業の実践。さらに若手農家との研究会。都市体験農業者の受入。加工品の開発と販売。さらに星寛治さんと山下惣一さんを招いた鼎談と本の出版。

交流センター「ぽっぽ五頭」も使わなければお荷物だ。運営で赤字。
だが、活用すれば宝の山。県立自然公園。薬草園。雑木林の秋取山。大荒川。豊かな里山と整備された交流施設。森の中の瀟洒なレストラン。そして福祉総合拠点へ。
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2013年04月05日

酒米プロジェクト in 静岡

耕作放棄地でお米を作り、それで酒を作る。
パルシステム静岡の上田由紀さんの呼びかけである。副理事長をしている。
そこで岩元専務と田んぼを見に行った。富士の裾野の一角、ゆるい谷合。独立水系。土は黒い。これはなかなかいい土地なのではとシロウトながら聞いたら、岩元専務がじつは天皇への献上米を作っているのだという。そういう土地なのだと。そうか。献上する農作物はたいがい日本で一番の味とそして有機栽培が多い。農薬や化学肥料を使ってない独特の伝統の栽培技術を誇る。

で、その田んぼに組合員理事や職員と螢僖襯薀ぅ鷽Πたちが通った。6月と遅い田植えに苗が無い。小田原の鳥居ちゃんが夜遅くに運んでくれた。70枚の苗である。キヌヒカリ。
夏の熱い時期にもせっせとみんなで草取りに出かけてついに稲刈りだ。それでも反収は4.5俵あったという。やはり休耕田の再開は良い成績だ。無施肥だ。

さて、そのお米を酒にしてくれるのが静岡由比の神沢川酒造。望月君の酒蔵。ここは早くから全国地酒研究会に入っておりこだわりの酒蔵で有名だ。その代表銘柄は正雪。都内でも有数のこだわり店にしか置いていない。すっきりとしたなかに旨みが含まれる。
そこでこの無農薬の米が酒になる。もちろんキヌヒカリは酒米専用米ではない。したがって精米を70%も削りこむような吟醸造はしない。もったない。できない。逆に67%を残す。33%だけ磨く。

吟醸造が上等だという人がいるが違うと思う。本当の酒の旨みはやや雑味と呼ばれる多様な味と香りがあってこそふくよかさが出てくる。深みが増す。というわけで仕上がりを期待した。

昨日、その上田さんが三島営業所に出来上がったばかりの酒を持ってこられた。試飲用の御猪口と。
香りを嗅ぐ。気高い甘さが漂ってきた。これはすごい。一口頬張り口の中で回す。鼻から嗅ぐ。。うまい。これはうまい。豊穣な旨みと深みと、その割に飲みやすい。やばい。

酒の味わい
酒は、酔うほどに気分が大切だ。気持ちの高ぶりを、華やいだ気分へ導いていく。決して愚痴や人をののしったり自分を落としててはいけない。いらいらもダメ。後悔もしてはいかん。
大いなる神の恵み。複雑な土壌菌と麹菌と生命体のハーモニー。その豊かなエキスを一口ひとくち大切にいただこう。
良い酒は人生を豊かにする。酒天童子、に帰りながら酔いに歌おう。
こういう酒を創ってくださった皆さんに乾杯!画像1


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2013年04月04日

組織と人事

自分育て
仲間づくり
環境デザイン

組織は未来からデザインしたい
10年先になっていたいイメージ
現実とのギャップが見えてくる
未来へのコツ。10mもの高さから海に飛び込めるか。42.195kmを走れるか。無理、ムリ。むり。出来ない。

ではどうするか
海の高さからまずは飛び込む。それに慣れる。そして毎日少しづつ高さを上げる。慣れる。無理しない。怖さが感じられたら下げる。気持ちいい感じを大切にする。いつの間にか平気で驚く高さから飛び込める。飛び込んでいる。
マラソン。最初は5mも走れない、ひーひー。少しづつ軽くかーるくジョグ。苦しくしない。気持ち良さを感じる。無理しない。習慣付け。

組織
未来へのステップ。
仕事は問題発見とその解決。この連続。こうなるべきだが、そうなっていない。それはなぜか。どうしたらいいか。どうやればうまくいくか。出来ることから始める。

富士山
日本で一番高い。裾野。広い。
高い山をいっぺんには登れない。一歩一歩。それを飽きないで楽しむ。愉しむ。

鳥の目、風の目、虫の目
上から目線、横から目線、下から目線。
全部必要。さらに斜めから目線。いつも多様な視点と動態視力。

欲望とパワー
普通はお金と地位、名声。この欲求が強い。これを否定しない。眺める。
もう一つのパワー。
好きになること。感動。共感。
愛と協同。そのおもしろさ。ダイナミックな運動。創造力。想像力。
物語。神話。神と共に在る。

小田原の「のびる」、のんびる。
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2013年04月03日

春の雨

雨が降ると肌寒い
昨日から降り続く雨
咲き誇った桜にまとわりついて、花びらを散らしてゆく
もう今年も花見の時季が終わる
雨と風が散らしてゆく

濡れる足もとを気にしながら、道を急ぐ
時々強い風が吹く、雨とともに

快晴の気温上昇がまるでウソだったかのように
とぼとぼと歩く
重い足取り

昨日は熱く、今日には濡れそぼり
三寒四温を過ごしていく

雨と雨と雨
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2013年04月01日

怠け者の田んぼ仕事

田んぼの持続
もう何年続いているか。おそらく10年はたったか。春になると堆肥撒きと田おこしが始まる。小田原の田んぼのことである。その前の茨城のギルドの濱田さんから面倒見てもらった田んぼからは15年はたっている。

農作業はつまらない
じつは都会でデスクワークをしていると土の上の肉体労働はつらい。すぐいやになる。これを長く続けるにはテキトーに手を抜いてやるしかない。ムキになって早く終わらせようとしないこと。ムキになってやると身体にガタがくる。節々が痛くなる。そして次には行くのがおっくうになる。雨でも降らないか。
だから一日に午前のみとする。集合は朝9時程。解散は12時をメドとする。一日中と頑張らない。もう少しやりたい。そのくらいでやめる。すると、次にまたやりたくなる。これがコツ。

農作業のおもしろさ
ただ成果だけを求めると手作業や肉体労働はいやになる。なにせ捗らない。2時間3時間と続けると飽きる。早く終わらせたい。つまらない。
ところが、小田原の地元の鳥居ちゃんを見てると、本来柑橘類が主業で田んぼは大嫌いだと公言しているクセに、田んぼでもじつに手際がいい。僕らの作業を見ていられない。どれっとスコップを手に取るとやってみせる。これが上手い。作業の仕方も段取りもまるで違う。

鳥居ちゃん
田んぼにスコップで堆肥をバラまく。このばら撒き方が違う。ザアーと均等に振りまく。僕らはボトッボトッとまとまって落とす。これじゃ堆肥が偏るという。そうなのか。しかしこれが難しい。
農作業のカッコよさ。力を抜いて自然体で流れるように進む。カラダの使い方だな。

考えるチカラ
じつは農業には智恵が欠かせない。田んぼの状態。種はなににするか。そして育苗。苗代。田植え。草取り。稲刈り。脱穀、籾摺り。精米と始めから終わりまで一年の計がある。さらに天候と稲や草の状態を観察する。この相関を知ろうとする。
しかしその前に、その日その日の作業の段取り。仕事の仕方。この工夫がとても重要だ。これが頭で組み立てられていると一日が楽しい。仕事を考えることの基本。

仲間
農作業を継続していく。飽きずいやにならず、楽しみながら続けること。ムキになって二、三日通ってやめるのはマズイ。一二年でやめるのもどうか。持続、継続。これだな。止めてもなんどでも復活させる。やればいい。続けることは止めてもやめてもまたやればいいということ。のらりくらり。テキトーに持続する。

おもしろがる力
なんでもおもしろがること。まず空気を吸う。草いきれ。枯葉、若葉、花の香り。そして観る。田んぼの土も草も素人が10数年もやると全部違ってくる。雑草も違う。また田の中でもこれが異なる。違いを知る。
虫がすごい。カエルが驚いて飛び出していく。こいつはさっきまで冬眠していた。かわいそうだが必死で飛びのいていく姿がかわいい。バッタもいた。茶色。これはイナゴか。鳥もくる。田おこしの虫を側で待つ。これはケリ。そして上空にはツバメ。小田原はすでにツバメが舞っている。肌寒いのに。
雨が降れば面白い。冷たい風もおもしろい。泥だらけも面白い。かんかん天気で日射病もいい。喉ががらがら。草で手を切る。これもいい。

学者肌の金ちゃん。
中沢君がたびたび彼に指導にいく。見かねている。頭のいい人は意外に農作業ではあまり考えない。理論や意味が抽象ではないからかな。肉体労働は苦手のようだ。それでも彼は通い続ける。これがおもしろい。すごい。
肉体作業こそじつは大切。肉体の感情が思考を左右しているということ。これを掴んでいないとうわっつらのイデオロギーに堕する。深みが無い。政府批判と他人批判で事足りる思想。それでどうしたい。

資本主義とアメリカ支配
この脱却。これは難しいぞ。この思想に首まで浸かっている。この離脱。これは口先批判ではダメだ。グチに転落する。自立への道。まずは自給からだ。ささやかな自給を組み立てる。自給しようとする。
主食の米、味噌汁。野菜、魚。梅干。納豆。これをなるべく作ろう。自前で作る。
お金に依存しない。自分で作らないことはお金で買うこと。面倒だからとなんでもお金で買おうとする。金銭主義。金銭でなんでもかんでも賄おうとすること。これがいかん。これで何が帝国主義批判だ。
自分のカラダで可能なことの領域を増やしたい。自給と自作業を続ける。
ちなみに小田原のキヌヒカリ米は美味い。これに黒米をいれると赤飯だ。ぐはははは。

中澤君、金ちゃん、川西君
素敵な仲間たちのおかげでまた今年も小田原の田んぼを続けられる。もちろんそのベースにNPO小田原食とみどりの齋藤文子事務局長はじめみんなの仲間たちの支えがあるからである。感謝。
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