カラダの中を観る農と農村の未来

2011年01月27日

常識を疑う パラドックス論

テレビや新聞の論調で考えていると世の中の真実が見えなくなる。

なぜ農村地域に若者が居なくなり山が荒れ村が衰退して行くか。

なかには、いや日本の農業は世界でも強いのだとか販売高は高いとか言い張り、まるで問題が無いかのように言い張る人すらいる。そう言う販売金額で見たら、日本ほど流通や販売網が整備され都市部に巨大消費市場が形成されていれば、金額で計算したら高額になるのはあたり前である。だが、この販売高が大きいと言うことと農業の衰退とはまるで問題が異なる。問題は、農村部をつぶさに見て行くと分かる。

たとえば竹藪の荒廃である。竹藪はまさに藪そのものになり密集して生えてくる。

これを保全するには筍を間引いてやる必要がある。適度にしてやり整備する。これをしないと荒れることとなる。そして密植になると一部から葉が枯れ始め葉が落ちる。そして幹と枝だけが残り魚の骨のようになる。それから白ちゃけて全体が枯竹だらけになる。こうなると次はバタバタと倒れ始める。

あるいはその前に他に広がって行く。よその畑や山に進出し出す。困ったもんだ。

これが倒れて崩れると崖崩れが起きる。竹は生きている時は根を張り、地震がきたら逃げ込めと昔の人がいうくらい強い。これが枯れてくると逆に弱い。怖い。

一気に山崩れが起きる。

それから昨年、過去最高の数の熊が里に出没して殺された。2800頭も。大変な数だ。

雑木林のコナラなどがカミキリムシにやられた。これは虫のせいではない。

これはおそらく森の衰退であり木々の生命力の衰弱が原因だろう。山が荒れて衰弱すると里山や森が荒れ、山の神といわれる熊もが荒れはじめてくる。

天候も変わり破壊的な気象と現象が多発していく。

農のチカラを金だけで考えないこと。カネで計らないこと。

若者の農離れは確かに第一にお金だが、実はその前に農から離れる価値観がある。問題そしてある。

農の面白さ豊かさを知らない。ただツライ。ただつまらない作業の継続に見える。

だが実は農ほど面白い物はない。ただし農をただの作業に落とし込めない。換金作物作りだけにしない。効率を考えないこと。

農は芸術だ。農は宗教だ。農は哲学だ。農は自然科学だ。農は社会科学だ。民俗学。伝統芸能。これを都市と結ぶ。そしてあったかいお金を回すこと。

ルーラルキャンパスで学ぶ芳醇な過去とそして未来。



nobu23 at 07:53│Comments(0)TrackBack(0)  | 事業・起業

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