体験日記

2011年01月12日

たまのお休み

先日の土曜日は、久しぶりに予定が無くて、まず朝8時に自治会室に行く。チラシ配布の準備。だが、正月休みで来週に予定がズレていた。
そのまま軽く小一時間ばかりジョキングする。近所に保存林がある。その雑木林がいいのだ。落葉樹のなかの落ち葉積もる山路を軽くかーるくちんたら走る。
こんなさほど広くもない林でも、様々な野鳥が見える。
バサッと笹薮が鳴った。よく観ると茶褐色の尾羽が美しい。キジバトのつがいがいた。携帯カメラを構えると足早に笹にもぐっていった。

すぐ脇の枝がカカカッカッと大きなおとをたてる。見ると小ぶりな黒白の縞模様、コゲラである。意外に細い枝にいた。首を振りつつ回って登る。よしよし。

アップダウンの山路をのんびりと駈けて行く。竹林もある。よく手入れされた孟宗竹。少しひんやりする。静かだ。これはまた気分が違う。木道も整備されている。なんだか厳粛な気分。

一汗かいて家に戻ったらシャワーを浴びる。最後に冷水をぶっかけて締める。
気分がいい。

朝飯は玄米と黒米を炊く。ジャガイモと玉ねぎとキャベツとガンモの味噌汁。黒くなった今治市の農協の自然醸造の味噌がうまい。それから豆腐、納豆は欠かせない。ポークウィンナーを軽くボイルする。沸騰させない。取り上げた湯に白菜を軽く湯通しする。これを絞ってザックリと切る。そこに菜種油と純米酢に粗塩と胡椒を混ぜてよく振る。これをサッとかけて、さあ朝飯だ。ぐふふふふ。

ただし前夜に飲み過ぎたときは罰として朝飯抜きである。
食後に皿洗いをしたら軽く台所を片付ける。ペットボトルやビール缶の山を片付ける。
ついでに、書類の山もなんとか整理らしきことをしてみる。これはなかなか片付かない。

そうしていろいろやって、午後三時くらいに昼寝する。
これが気持ちいい。小春日和。
お日様が部屋を暖めてくれる。干した布団は日向の香り。幸せ感。

目覚めたら、夜はヨガにいくのである。



nobu23 at 08:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年01月04日

野浦の初詣り

今年は、30日から帰郷して大晦日と元旦をじっくり過ごした。兄がエクアドルにいるため、代わって歳暮配りから夜中の初参りと元旦の神社の氏子による春祈祷(はりんと)も参加した。
岡村夫婦が泊りにきてくれたので、ご一緒した。実家に92歳の母がひとりのため、海が荒れるといとこに言われて早めに帰郷したのがよかった。

野浦の初詣は夜中の12時前に行く。寒い夜だが、雪にはならず雨が降っていた。夜詣りは行き交う村人と挨拶はかわさない。黙々と歩くのがしきたりである。それから仏教宗派に関わらず、みな参拝して回る。順序もチャンと決められている。
最初は野浦大神宮。臼杵秀麿宮司が取り仕切る。お神酒をいただき軽く温まって次は萬福寺である。尊敬する先輩山形正之さんが対応してくれた。その脇の祠に参拝して、次は浄土真宗の「道場」である。御門徒の方々はお寺と呼ばず道場と言う。
この野浦の道場は一向一揆で逃げてきた雑賀衆が建てたというもの。木彫りの阿弥陀仏が祀られている。なんといまだに年一回、その雑賀衆が詣りに野浦に来るという。大半は北海道へ逃げていったが佐渡にも残りその村があるらしい。

さて、その後は「しょくばんどう」であり田んぼ脇の山路にある。小さな小屋に石地蔵が並ぶ。その側に古い石碑がある。これは実家の昔の家系で諸国を放浪した男の石碑だと聞いた。

雨が強くなるなか海辺にでて「権現堂」に参る。やはり小さな祠である。そこにお賽銭と祝儀が並べてある。それから村の真ん中で海に張り出した岩にある弁天様。次にあの有機農業の北野源栄さん家の脇の祠に参拝して、最後は北組の地蔵様に賽銭を置いてようやく終わる。ズボンはびしょ濡れになっている。

こうして初詣は終わった。村は神道も真言宗も浄土真宗も共存し皆で参る。
小さな村での共生の知恵であると思う。神道も真言宗も浄土真宗もみんな大切に続けられている。けっして一つにまとめない。
そうそういまも村には多様なグループがある。区会(自治会)、明日の野浦21委員会、双葉座、トキ米生産組合、伝統芸能館管理組合、民謡研究会などなど。これがたった42軒の小さな集落にある。

翌日、元旦には若者達による「春駒」が家々を回った。ひょっとこの面をつけ春馬の人形を手に踊る。平太鼓を細いバチで叩きながら方言で豊年満作を祈る。40軒も20分程度舞踊り祝い酒を頂く。彼らの体力には脱帽だ。年寄りに「そくせいでのう」と声をかける。みんな仲間だという気がしてくる。

豊かさはここに見える。画像 529

nobu23 at 07:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年11月26日

iPhoneとブログについて

iPhoneに変えて、1ヶ月以上たったが、まだ慣れない。入力も意外にキーパッドが小すぎてよく間違える。文字画面がキーパッドに隠れがちで使いにくい。おまけに、ライブドアのブログを携帯版で今まで入力していたのに、PC画面上で入力するため画像の取り込み方を忘れてまだできなくなっている。端末の環境変化でブログイメージが変わってしまう。

パソコン上でやればと思うが、仕事中はやらない。自宅か通勤途上と決めている。
せいぜい昼休みに明かな字の間違いなどを訂正するくらいだ。

さて、資源・環境ジャーナリストの谷口正次先生だ。銀座吉水で講演会を開催している。
今回は、ニューカレドニアのニッケル鉱山の実態が紹介された。
天国に一番近い国と紹介されたこの楽園のような土地を破壊する世界最大のニッケル鉱山が今年6月に稼働したという。フランス籍の鉱山差し止め訴訟で一旦勝利した先住民に対して、上告審で逆転敗訴させたのだ。怒った先住民たちの暴動を弾圧して、最後は稼働を認めさせる協定を押し付けたという。先住民のあいだに反対する年寄りと産業発展を好意的にとらえる若者たちとの溝が生まれたという。そしていまは妥協したリーダーへのわだかまりが残っている。

ニューカレドニアは、ゴンドワナ大陸分岐のときからあったという。そのため、多様な生物種があるだけでなく、その90%がここの固有種だという。こんな貴重な自然とそれと共生している人びとの暮らしを破壊したのだ。これが先進国の便利で豊かな生活を支えている。

重い現実を前に参加者の議論がかわされる。リユースやリサイクルをもっと進めるべきだ。いや、便利な暮らしを見直し生活を変えよう。エクアドルのヤスニ公園イニシアチブに参加しよう。などなど。しかし、この携帯の便利さの奥に深刻な環境破壊と豊かな先住民たちの社会の破壊があることをあまりにも知らされていない。知らない。
本当にわかっていない。

nobu23 at 07:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月27日

寒さのなかで チリ落盤事故について

寒さが一気にやってきた。まだ身体が対応していない。何かしら風邪気味である。こういう時は、おとなしくしているのが一番である。

しかし、ただ休んでいるだけではダメだ。簡単に身体を動かし、呼吸を深くする。少し汗がにじむくらいがいい。エントロピーの法則では、人体は活動することで廃熱と毒素が溜まる。これを、外に排出していかなくてはならない。これは、(鞠◆↓汗、8撞曄△修靴騰ぢ稜、で放出する。これによって、エントロピーの増大を防ぐのだという。従って、経度の運動による廃熱が大切になる。

ところで、チリ南米チリ北部サンホセ鉱山の8月の落盤事故。
作業員33人が地下約700メートルに閉じこめられていた。10月13日、カプセルを使って全員が無事助け出されたことについて。

8月5日の事故で、一旦は全員が死亡したとみられていた。しかし、17日後に地下700メートルまで掘った探査用ドリルに「全員が避難所で無事」と手紙が付いていた。奇跡的に生存が判明した。
救助用カプセル「フェニックス(不死鳥)」に一人ずつ乗り込み、地表までは15〜20分。カプセルは直径五十数センチで、酸素ボンベやカメラなども装備された。

作業員たちがいた避難所は地下624メートル、広さ約40平方メートル、天井の高さ4メートルの場所。直径15センチほどの穴から、食料や衣類などを受け取っていた。中には人が移動できる坑道が2キロあり、そこを「寝る場所」「食べる場所」「その他必要な場所」の3種類に分けて、救助を待ち続けていた。と新聞報道にある。

しかし、地下700mに完全に閉じ込められて、17日間もほとんど食べないで生きているということの地獄を、よく持ちこたえたと思う。テレビで奇跡の生存が確認されたと知ってからも、助けられるまで、息苦しくて見てられなかった。

圧倒的な岩山の深い坑道で、完全に閉じ込められる恐怖。それを思うだけで息苦しくていやになる。
しかし、宇宙飛行士の孤独と極限的な恐怖と似ている。このため、チリ政府はアメリカのNASAに支援を求めたという。宇宙飛行士の極限と似ているからだ。

さて、では地上で一見自由に見える僕たちも、じつは一歩間違うと孤独な閉塞感の洞穴に落ち込んでしまう。問題は、この洞穴はカタチが見えないことだ。
そこから、脱出し息苦しさと閉塞感から自由になるにはどうしたらよいか。

チリ鉱山労働者たちの闘いが、参考になるだろう。人が生きる意味、人が不安を克服するそのやり方、そしてどんな状況にあっても希望を失わず元気に生き続けること。
そこから世界の人びとの大いなる共感、そして芳醇な人間の底力への信頼が見えてくる。
素晴らしい奇跡。感動の持つ力。



nobu23 at 07:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月26日

小田原田んぼの脱穀

484c37b3.jpg一週間ハザ掛けした稲を脱穀した。雨が降るかと心配だった。曇り空。下手すると雨が来る。急ぐ。

ところが最初の脱穀器はエンジンがかからない。しかもベルトが緩くすり減っている。石川さんが直しているところに、鳥居ちゃんが来た。調子を機械屋に見てもらって修理済みがあると話しにきた。これが助かる。NPOはお金が無い。中古を農家からもらって使っている。そのためすぐ故障する。これが時間をくう。

当日はこちらのバラ園田んぼグループと春水グループの二つが作業する。ちゃんと二台準備してあった。鳥居ちゃんがいないと出来なかった。感謝。

脱穀は調子よく進んだ。機械音がうるさいこともあるが、みんなもくもくと働く。途中、一回稲藁が詰まったが簡単に直った。

朝8時から始めて午後1時過ぎに終わる。その間、一回少し休んだだけ。それでもみんな夢中に作業している。

ce68776a.jpg
田んぼ一枚に籾が30kg袋が10袋取れた。ただし籾擦りしないと収穫量が分からない。今年の猛暑の影響が心配だ。

様々なカエルがいた。緑や茶色。この時期は茶色が多い。しかし、どういう仕組みでカエルは土の色を身体に表すのだろう。不思議だ。おもしろい。

最後に増田さんが昆虫シートを持ってきた。昆虫に太いペンシルのような器械を近づけると、その虫の音が鳴るもの。すごい。しかもセミも鳥もある。みんなで騒いだ。

片付けて帰るころに、ポツリポツリ雨が来た。
cdb4ce00.jpg<


nobu23 at 08:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月25日

第3回ローカルサミットin小田原箱根

562283f7.jpg三日間に渡りローカルサミットが開かれた。北海道十勝、四国愛媛に続いて今回は小田原箱根が会場だ。

様々なイベントが企画されている。その二日目。小田原評定と題して11のテーマで分科会セッションが行われた。そのひとつ「いのち繋ぐ金融」セッションにでた。会場は星嵯学園大磯湘南キャンパスである。大磯駅からバスで行きかなり山道を歩くのどかな山中にあった。

モデレーターは神津多可思さん(リコー研究所)。この7月に日銀を辞めた、バリバリの国際金融マンである。と書くといかにも獰猛なやり手を想像されるかも知れないが、実に温厚でやさしい。

パネリストの最初は福冨 治さん(愛媛銀行)。融資担当だ。いま地域が大変だ。地域無くして金融無し。間接金融ではダメだ。融資しても戻らないか、融資条件を充たさない。だから直接金融で共同で事業を起こしていく。5億円でガイアファンドを設立した。これはいままでの銀行概念を変えるかも知れない。地域起こしの仕掛け人になること。また、融資は絶対、断らない。条件を一緒に整備するだけだという。
融資に当たっては慎重さより丁寧さだという。桃栗三年柿八年だ。とりわけ第一次産業は長い目で育てることが必要だ。10年くらい返済の必要がないものが必要になる。

信用金庫の全国組織の全信協の篠原幸治さんもおもしろい。まず全米映画協会「最も勇気と感動を与える映画100」のNO.1はいつも「It´s a Wonderful Life」だと話す。これは協会とコミュニティバンクのある地方の物語。アメリカ人が感動しているこの映画での金融の役割。
信用金庫の特徴は|羮企業専門性協同組織性C楼萍着性(お金の地産地消)。「神の見えざる手」は、本来身分制度の時代に一般庶民にもチャンスをとむしろ平等を説いた。

2012年は国際協同年だ。国連が採択した。
「Boys be ambitious !」の続きがある。「not for money or selfish aggrandizement…」(金のためでもなく、利己的栄達のためでなく)と続く。
信金マンは信金を辞めても、うちの信金はとしゃべる。これを「信金拘束」と言う、と笑いを取った。最初の自己紹介でもドラえもんののび太が年とるとこうなると笑いを誘う。愉快で奥が深い。信用金庫は、地域活性化に独特の役割を果たしそうだと実感させる。

他にも地域活性化の「器」をどう準備するか、リスクをどうとるか、小泉改革で民間に投げようとしてリーマンショックで金融機関支援を担った日本政策投資銀行川崎哲史さん。地元さがみ信金から久津間克幸さん。ウーマンズボイスで箱根とエヴァンゲリオンを結ぶ。
スルガ銀行からも貴啓さん。個人融資の深堀。金融機関も地域の衰退に気を揉んでいる。様々な挑戦が行われている。だがいままでの金融規制が新たなチャレンジを認めない。そこで知恵の出し合いだ。

ぼくにとって一見、場違いに見える金融セッション。しかしこのところパルシステム・セカンドリーグ支援室は「あったかいお金の回し方」を呼びかけている。そのことが次第に金融機関との対話が増えだすこととなっている。

お金は、お金として自立させない。お金は人に役立つ道具として使われなければならない。金融機関との連携と協同の模索である。


nobu23 at 06:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月21日

民族文化映像研究所姫田忠義先生と基層文化

a0b5000f.jpgパルシステム・セカンドリーグ支援室では、地域で暮らしを豊かにする活動を続けている人びとを支援している。

セカンドとは、もうひとつの生き方、もうひとつの価値、もうひとつの事業、を意味する。
食と農、子育て、福祉、貧困などさまざまな地域課題を自ら解決せんとする人びとの活動が多様に続けられている。

さて、この支援室で民族文化映像研究所を訪問して姫田忠義所長の記録映画上映とそのお話を聞いた。

姫田先生は語る。人間のなかにある長い歴史と文化は、カタチを持つという。福島県松川町の金沢羽山の山ごもりのドキュメンタリー映画を見た。

羽山(はやま)とは人里近い里山のこと。葉山とも書くし、そのまま端山と書く地域もある。山の端。そこに神が宿る。

旧暦の11月12日から18日までその神の声を聞くため男たちが山に籠る。そして神明井戸の掃除からはじまる神事を行うのだ。
これを記録映画にとってある。
大きな囲炉裏、着物姿で雑魚寝する男たち。米研ぎ。研ぎ汁ごとの水垢り。素っ裸の水垢り。真夜中の神社まいり。
田植えの神事。褌ひとつで馬に模した男たちがオシクラマンジュウのように揉み合い掛け声をかけあう。

最後の夜、羽山の森に行き、注連縄を張り結界をつくり神域とする。ここで祈祷し託宣を受ける。
この神事はいまも受け続けられている。かっては日本中にあった。神との交信。

さて、上映が終わると姫田先生との語りあいである。
基層文化とはなにか。ヨーロッパでは明確な定義がある。サブストラクチャー。被征服者の文化だ。
バスク人やケルト人など。バスク人はクロマニヨン人の直系と言われる。
そうそう姫田先生はクロマニヨンの後のトータベル人に似ていると外国のその模型のある博物館で言われたそうだ。

たくさんの知見が話された。そのなかで印象的だったこと。
記録者として、最初に予断をもち、その証明のためだけに取材する現代のマスコミとの違い。
相手と愛しあうことができるか。敬意を持ち続けることができるか。

アイヌ人の管野さんに学んだこと。
たとえひとりになっても自分がその文化を守り生き続ける限り文化は滅びない。

こういう数や社会的評価のラチ外に真理がある。その深い豊かさ。


nobu23 at 07:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月19日

酒の毒と血管の問題

3d39e707.jpg安穏朝市でおもしろい方がいた。血管を見るのだ。小さな顕微鏡様の器械に左手の中指を乗せてモニター画面に映す。すると爪より手前の皮膚を透かして血管が見える。

ぼくより先に見てもらっているおじさんの指を見せてもらった。
画面にヒモのようなものが逆U字を描いていくつも並んでいた。これが血管だという。しかも良く見ると中が白く、しかも動いている。これが白血球だという。体内に炎症があると白血球が増えるらしい。
このおじさんはなかなかいい血管だという。問題なし。
血液の状態でいろんな病気になる要因が判るという。

さて、ぼくのはと見ると血管がくねくねと曲がってでこぼこしている。これは酒呑みの特徴だという。これは驚いた。ハッキリと分かる。
酒は毒だ。だから肝臓などで分解する。そこで水分を使う。この水分は血液から取ってくるという。そのため血が濃くなる。ドロドロになる。すると血管にあちこちぶつかりスムーズに流れない。そこででこぼこで曲がった血管になる。なるほど。

しかもこの状態を放置すると、毛細血管がモロクなり心筋梗塞や脳梗塞など大事に至る。非常に良くない。なおかつ胸から上が良くないという。肺かと聞くと、そうハッキリとは言えないという。
しかし喉がやられているとこれはハッキリと言った。たしかにここ数日は喉がガラガラする。
さらに腰が弱くないかと聞かれた。これも当たっている。とくにいまさっきまで小田原で稲刈りをしていて腰が重い。

いや、すごいな。血管を見て、血液を見て、一目瞭然だ。

それで、アドバイスは水を良く取ること。酒を控えること。ときどき断食をすること。レンコンもいいという。
なるほど。
断食は一食でもいいかと聞いてみる。そうだというから、一食はいつも抜いていると話すと、やり方が悪いと言われた。こりゃ意外に難しい。

こうして、身体の状態が分かることは、なかなかショックでいい。日頃、ひとの健康や病気に、負けるな吹き飛ばせなどと強気で話している。しかしいざ自分のことだとズシンと響く。ここからが大事なのだ。

酒はやめない。無理にやめない。しかし控えた呑み方を考える。食事を考える。これは基本だ。
レンコンも食べよう。まっ、いろいろやってみよう。
まずは、楽しむこと。病気を楽しむ。
身体の状態に素直に向き直ること。

ふと見ると、子どもスターがギターを引きならしていた。うまい。秋の安穏朝市。
2dea3d6c.jpg



nobu23 at 07:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月18日

稲刈り ハザ掛け 安穏朝市

18f33d38.jpg
先週は雨にやられて土日ともに農作業が出来なかった。天候が心配だったが、ようやく晴れて日曜日に稲刈りが出来た。

遅い稲刈りだが、小田原は暖かいため、田植えも6月と遅い。だから10月に稲刈りとなる。

田んぼは見た目は豊作である。ただ今年の猛暑でどこまで籾に実入りがあるか脱穀するまでわからない。

隣の田んぼの石橋さん家族と一緒に作業する。中沢君、金君、伊藤さんが参加してくれた。稲刈り機は二台使った。一条刈りと二条刈りである。
手押しタイプで自走しながら稲を刈って、結束する。どんどん刈りとっていく。
しかし、四隅や端は刈り取れないので手刈りする。ザクザクと心地いい音とともに刈り取る。
束ねるのは稲藁でなく麻紐を使う。本来は稲藁なのだが仕方ない。だがこの方が結びやすく解けにくい。

77662179.jpg

このバラ園田んぼから初級田んぼに、ハザ掛け用の竹を取りに行ってみると、大勢の参加者が脱穀をしていた。子どもたちも夢中である。豊年倶楽部のメンバーもコンバインで赤田んぼで作業していた。まさに稲刈り日和である。下曽我の田んぼは人びとで溢れていた。昔はおそらく稲刈りはこうだったろう。手作業だけだから人出が必要だった。いま、農作業は機械化し孤独な作業になってしまったが。

そしてじつはこの日曜日は、安穏朝市の開催とぶつかっていた。また土と平和の祭典も同時に開催されている。祭のシーズンでもある。

12時前に引き上げ、築地に向かった。田んぼから街の真ん中へ移動する。

安穏朝市は、土と平和の祭典にぶつかって出展数が少ない。しかし来客は増えていた。

手指先の血管診断があり、酒飲み要注意をいただいた。酒は毒であり、水分を血液から取るため血がドロドロになる。それが目で見ることができる。
なるほど。血液をサラサラにしなければならない。
おもしろい。
47cdec5b.jpg

nobu23 at 09:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月16日

西遊妖猿伝 諸星大二郎 民衆の怨念と神聖について

3a7a00bc.jpg下手な小説よりも漫画がおもしろい。しかも諸星大二郎氏は不可思議でダイナミックな人間世界と魔界の世界を描き出す。

西遊記がベースになってはいるが描き出された世界はまるで違う。

主人公の孫悟空は、花果山水簾洞の妖怪、無支奇と呼ぶ猿の化物にパワーを得る。人と妖怪の子どもかと言われた彼は、怒りに任せると破壊的パワーを出して敵を棒で叩き潰す。しかし、その怒りに任せることで我を忘れて味方まで破壊してしまう。

だが、強大な敵の前ではこの怒りがないと勝てない。そのときに権力の理不尽な横暴の前に殺された人びとの怨念を引き受けていく。漂う亡霊の恨みを受けてそのパワーを倍増していく。

しかし、そのパワーは暴力的で破壊的なため自分を忘れ味方まで破壊し、殺戮と破壊の限りを尽くすことになる。
そこに玄奘が現れる。三蔵法師である。彼の念仏が耳に入ると我にかえる。己を取り戻す。しかし、孫悟空にとってこの敵への怒りと神への祈りとのバランスが難しい。
そこで玄奘とともに天竺への旅にでる。この当時の旅は死と隣り合わせ。さまざまな敵や妖怪たちに出会うことになる。
また破戒僧の八戒もおもしろい。
全10巻だが一気に読める。

巻頭に諸星大二郎氏詠う。

楊氏天紀を乱し
蜂火塞空を焼く
一朝乱起こりて滅び
賊匪山沢に籠もる
百姓野を彷徨い
山鬼人心を惑わす
神怪の威を知らんと欲せば
須らく聞け妖猿伝




nobu23 at 10:38|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2010年10月13日

健康について

ab4ff038.jpg昨日もすぐ上の姉から連絡があり、体調悪く様々な検査を受けたという。還暦を過ぎるころには、こうしてみんな必ずというほど異常が見つかる。心配だ。

しかし問題は、病院にある。現代の西洋医学は対処療法であり、要素還元主義なため、すぐにクスリを投与したがる。高血圧だ。やれ血圧降下剤。ガンが見つかった。やれ抗がん剤だと。これがさらに体調を悪くする。治らない。慢性化する。


しかし病気になるには必ず原因がある。それはいきなり突然、なにか悪い病原菌に感染するのとは違う。
いや、たとえそうしたウイルスに感染したとしても、考えてみるとほとんどが自分の身体の状態に要因がある。

日頃カラダをメインテナンスし、くたびれたヤツをだましだまし整備し使う。これが一番大切だ。
医者は使うが使われない。自分の医療方針を確立すること。これが大事である。


とは言っても専門的なことや細部はもちろん医師を頼る。しかし任せきらない。活用するつもりで臨む。

その基礎理論の参考書。
帯津敬三(帯津病院)、安保徹(新潟大学免疫学)、五木寛之(養生論)、ヨガ理論、気功、幕内秀夫(粗食のすすめ)、ジョギング(スロージョギング)

ただし、心がすぐに崩れるようだと全然ダメだ。なにか異常が発見されると極度の不安に襲われ、かえって体調を崩してしまう。不安に負けない。楽しむこと。これはアニミズム論(山尾三省、安田喜憲)、内山節(哲学の冒険)

など。最後にマニアックなものとして、千島喜久男(気、血、動)がある。


nobu23 at 08:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月11日

二日続きの雨、稲刈り断念

66d5e370.jpgこの土日と稲刈りを予定していた。菊地さんや中澤君たちも仲間たちを連れて参加する予定だった。
雨は金曜日夕方から降りはじめた。
土曜日の早朝に小田原に行く。途中、石川さんに拾ってもらい電車から車に乗り換えた。

下曽我に着く前にポツリポツリ大粒の雨が落ちてきた。ヤバい。
しかしなんとか晴れないかと箱根山系を見ると、完全に雲に覆われている。
地元の鳥居さんに電話すると無理だと言われた。みんなに中止連絡をする。
田植えは雨でも出来るが稲刈りはダメだ。田がぬかるみ稻も汚れる。

土曜日いっぱい降り続き、結局日曜日もあきらめた。
月曜日は生協は業務のため稲刈りにはいけない。来週に期待するしかない。

土日農業の難しさ。収穫や種まきの時期の天候にある。
と考えて、いや農家は今年の猛暑に泣いただろうと思う。すると、やはり一番苦労しているのは農家自体だと思う。
農業と自然のなりわい。


nobu23 at 06:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月09日

小田原ローカルサミットのプレイベント いのちをつなぐ「金融」

51ac96ed.jpgこの10月22日から24日まで小田原でローカルサミットが開催される。地域を様々な企業やNPOなどが連携して新たな活力を生み出したいとするもの。仕掛けは「ものづくり生命文明機構」である。
その事務局長の吉澤さんがコーディネートしてプレイベントが開催された。

パネリストは、元日銀のかた、全国信用金庫連合のかた、愛媛県宇和島市で町起こしを仕掛ける愛媛銀行を辞めたかたと僕も並んだ。

さすが日銀出身者は、世界金融は必ずバブルになるといい、その株価曲線を見せた。そしてバーゼルの金融規制議論に加わっていたが、グリーを抑制するのは資本主義では矛盾すると嘆いた。なにか別の価値が必要だ。

全国信用金庫連合のかたもおもしろい。信金の仕事の価値順位が変わってきていること。以前は預金集めだったが、いまは町起こしだという。そこで「バカな」様々な取り組みをしているという。いくつかを紹介した。いま仕掛けているのは「はしご酒チケット」四店を回るコースである。そこからなにかはじまるだろう。

愛媛宇和島もすごい。愛媛銀行を辞めて宇和島商店街活性化に取り組む。いま地方銀行は中小企業や商店への銀行業務のあり方を変えるべきだと話す。これまでの融資とそれに伴う経営支援がダメだ。経費削減、コストカットばかり押しつける。全体が地盤沈下しているときに、これでは地域は衰退する一方だ。必要なことはバリュー創造をともにやること。中小企業や商店街と価値創造をすすめることだ。
そのためには融資スタイルだけではダメで、出資したり協同化する必要がある。
宇和島は司馬遼太郎ゆかりの木屋屋旅館の再生を図っている。

コメンテーターも、関東財務局職員、横浜銀行、さがみ信金、するが信金など金融の専門家たち。少し場違いかと思った。しかし、話の内容はもはや金融だけに縮まってはいない。地域力をどう活用するかだった。遊ぶ、学ぶ、働く、そしてつなぐ。

小田原ローカルサミットのプレイベントは、地域活性化のために「あったかいお金」をどう回すかが奇しくもテーマとなった。
本場は10月22日(金)である。


nobu23 at 15:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月07日

亜細亜BMW技術連帯の大会 韓国京義道楊平群にて

aefd76b9.jpg韓国は政府、自治体が率先して未来を描き出す。そして各方面が連携して一気に実現にむけて走りだしていく。この行動力とスピード感はすごい。アジアで日本に替わる存在感を示しているのも頷ける。

さてこの10月4日〜6日まで韓国BMW技術協会と亜細亜連携が主催してアジア大会が開催された。楊平群も共催した。群は大会経費も出した。日本をはじめ中国、フィリピン、タイ、カンボジアから参加した。韓国国内経費は全て大会が負担する。そして日本語と英語の同時通訳付きである。国際会議としては至れり尽くせり。

さて、楊平群はソウル市など首都圏を流れる漢江川の上流に位置している。このため飲み水を汚染しないために厳しい環境保全の法律が適用されている。工業立地はダメであり、農業にも規制は厳しい。とりわけ畜産公害に神経が使われている。こうした背景もあり、早くから環境に配慮した農業を推進してきた。「親環境農業」と呼ぶ。

この楊平群の群首が1999年に訪日してBMW技術を視察した。ここからが早い。そのころ日本からBMW技術を学び普及しようとしていたハ―・ジョンヒさんと連携した。群がサポートして一気に広めていく。

農民の研究会だけでなく農業技術研究所が技術を習得し大規模なBMWプラントを設置した。これを要望する農家にばら蒔く。さらにモデル農場で実験と観察を積み上げる。


6347e06e.jpg
韓国の固有種の韓牛を飼うダンノモ農場を見た。BMWプラントは透明なプラスチック板で囲ってある。牛舎は付近七ヶ所に別棟となっている。肥育牛。敷き料は普通に木屑などだが、糞はそのまま踏み込まれている。これが全く匂いがしない。床が乾いたもの以外にも少し粘土状のものも見たがやはり匂いはしない。見学者がみな驚いていた。それで次々に広がっていく。なるほど。

お昼にその肉をいただいた。肉は赤みが多く霜降りではない。臭みがなく、旨さが滲む。普段は牛肉など食べないが、これは厭味がなく食べられる。
韓国の親環境農業政策はビジョンがしっかりしているだくではなく、推進が官民連携が上手い。しかも有機農業を目標に据えている。楊平群は法的規制も含めて退路を断ち挑戦している様子がヒシヒシと伝わってくる。

大会では懐かしいお顔があった。チョン神父、金ヨンジュドゥレ生協理事長などすでに20年になるか。生協と農業が同じ場で出会い、未来を創る。しかもしっかりした技術を持って。

それにしても、この国際会議を実質プロデュースし、かつ事務局と裏方の洗面用具手配まで明るくこなすハー・ジョンヒさんのすごさには驚いた。こういう人たちがが韓国の驚くべき発展をリードしている。072a3019.jpg



nobu23 at 07:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月03日

最後の草取り 秋の田んぼ

0b083959.jpg昨年まで二年間、畑に転換した「バラ園田んぼ」がマイ田んぼである。NPO小田原食とみどりから借りている。田んぼの学校自主コースによるもの。

さて、なかなか草取りに参加出来ず、中沢君や金君、菊地さんらとやれるときにやるスタイルで草取りをしてきた。それでもヒエやコナギは少ない。しかし、このミソバギがところどころに密集して生えている。こいつは茎は堅く、引き抜くとドボッと土の塊ごと抜けてくる。最初は土を払っていたが、手間がかかり過ぎるので、土塊ごと外にだした。
石橋さんが見ていった。先週の竹だしだが竹が足りないかもしれないと話す。足りない場合は来週また竹取りだ。

さて、早朝出かけて、8時から11時までの3時間作業したら喉がカラカラになった。水をいくら飲んでも渇く。
少し休んだが回復しないので、作業を止めた。
鳥居ちゃんが早生みかんをくれた。うまい。


昼飯に自前の梅干しを二つ食べて、ナスとゴーヤの味噌炒めを食べるとやっと落ち着いた。熱中症には注意しているが、草取りはついつい夢中になってしまう。疲れた。

無農薬、無化学肥料栽培の田んぼは虫と鳥の宝庫だ。たくさんの雀がたかっていた。作業に入ると見えなくなった。
カエル、クモ、バッタ、イナゴ、そしてカマキリだ。写真を撮ろうとしたら、頭を斜めにして睨んだ。それがポーズとなっている。

89ec3475.jpg

隣の畦に白サギが舞い降りた。二羽。小田原はサギが多い。
まだまだ暑い。汗びっしょりとなる。
顔をあげると富士山が煙っている。
0a4e361b.jpg


nobu23 at 15:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月02日

資源の採取は必ず環境破壊を伴う 谷口正次先生とアバター

4d5b7110.jpg谷口正次先生は資源・環境ジャーナリストである。この資源・環境ジャーナリストという呼称もようやく最近世間に認められるようになってきたという。事実こうした集会に呼ばれるようになった。いままですでに三千人くらいに聞いてもらった。
銀座吉水かくえホールの講座。参加者は30名くらい。だが濃い人たちが多い。


映画アバターを見たかと問う。あの惑星パンドラに行き先住民の森を破壊する地球からの資源会社、あれはまさにいま熱帯雨林で行われている鉱山会社の姿そのものだという。映画監督のジェームス・キャメロンは、あの映画でその現実を訴えている。実際にもジェームス・キャメロンは先住民とデモの先頭に立ちいくつかの破壊を世界に暴露した。

さて、いま資源採掘は恐ろしい破壊ー自然と人間のーを進めている。日本で使われる便利で安い携帯、パソコン、デジタルテレビなどや電気自動車などは幾種類ものレアメタルの宝庫だ。この採掘のために広大な自然破壊と先住民破壊が行われている。
資源会社は、熱帯雨林の国の独裁者と結んで腐敗させ、採掘権を欲しいままにし、先住民の土地や権利を奪い、水銀や鉱物クズや掘り出した土砂で環境汚染を広げている。アマゾン流域では深刻な水銀汚染が蓄積され水俣病が心配されている。

世界の先住民は3億7千万人。金は金鉱石が1tで1gしか取れない。百万分の一。ほかにもその鉱石を掘るために広大な地域を伐採し山を削る。豊かな森が岩肌むき出しになる。そして鉱物毒と洗浄液などが垂れ流しにされている。

NHK地球白書でブラジルのヤノマミ族が紹介されていた。彼女は何故ひとの土地を奪いにくるのだと訴えていた。何故破壊し汚し死の土地に変えるのだと。出て行ってくれ。ただ静かにくらしていたいだけだと。

谷口先生は漫画を見せる。The ecological footprint 巨大な足が森を踏み潰している。そのうえに高層ビル群の都市生活がある。


さらに資源開発の多様な問題。人権、環境、労働(児童、奴隷)政争、紛争など。
資源貧乏、紛争鉱物という言葉がある。そして、ブラジル、ニューカレドニア、インドネシア、フィリピン、パプアニューギニア、コンゴ、ペルーなどの実体を紹介する。

ハッキリしておきたいこと。成長とサスティナビリティは共存できない。便利さと快適さの裏に自然の犠牲がある。パソコンは安すぎる。産業構造を変えなければいけない。


この谷口正次先生は、以前日本の鉱山資源会社にいた。それが変わった。鉱山で破壊する山の一本のユズリハの若木を採取した。これをもって返って庭に植えた。これがいま大きくなり家の守り木となっている。

鉱山技師からの孤独な反乱と戦い。成長経済の破綻を語る。
そう、いま先住民に学ぶこと。


nobu23 at 11:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月01日

「本場の本物」の審査 地域食品ブランドの展開

67859ee2.jpg日本各地に地域の風土や産物にあった食品がある。しかし、これらはいまどんどん衰退し無くなろうとしている。こういう食品をきちんと評価し育てていきたいとガンバる地域の小さな企業を対象にしている。

(財)食品産業センターが農水省の委託事業として、全国各地のこだわり食品や伝統食品を地域食品ブランドとして守り育てるために認証を行っている。その名も「本場の本物」である。

ここ4年くらい関わり、19団体のこだわり商品が認定された。なかでもやはり漬物が多い。そして以前は申請された食品でもまだ平気で食品添加物を使用しているとか副原料が外国産などがあった。
しかしいまは一次審査を通過するものは全て不必要な添加物は使われていないし素材はもちろん副原料にも産地のこだわりが明確になってきた。

全国からこうしたこだわり食品を集めて育てること。これが地域食品ブランド「本場の本物」の認証の役割だ。

審査委員長は加藤寛昭食と農研究所代表。審査委員には小泉武夫東京農大名誉教授や永島敏行さんがいる。
かなりツッコんだ意見交換が行われている。おもしろい。

これを回すのが事務局の二瓶さんだ。熱い思いとフットワークの良さと事務能力の高さがある。しかし腰が低くフランクである。


nobu23 at 18:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月29日

初秋のセミと精霊飛蝗

ffbbcd45.jpg9月ももう終わりだというのにセミが鳴いている。丘の上の大きな古い桜の木にいるらしい。ツクツク法師だ。ツクツクホーシ、ツクツクホーシと鳴いている。しばらくそれを繰り返しおしまいにフットコヒィンヨ、フットコヒィンヨ、フットコヒィンヨと三度鳴いてから、オシッコを放って飛び立つ。
このパターンは変わらない。

小ぶりの優秀なヤツだ。簡単には捕獲できない。
簡単に取れるアブラゼミ、少し手強いミンミン、そしてツクツク法師の順に取るのが難しい。さらにうえを行くのがヒグラシだ。ぼくらはカナカナゼミとよんだ。取るのはもちろん素手に限る。


階段を下ると、隣の土手の草藪からでてきた精霊飛蝗がいた。こいつは殿様飛蝗に比べてランクは落ちるがよくみるとかっこいい。デザインはおしゃれだ。殿様飛蝗のようにずんぐりむっくりしていない。すっきりしている。

夏が突然、行ってしまった。みんな当惑している。まだ秋に戸惑い、不慣れなこころ持ちのままでいる。


nobu23 at 10:44|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2010年09月27日

雨 病気について

d3dd41be.jpg猛暑が彼岸を境にキッパリと過ぎて今度は雨である。やや寒いくらいに雨が降る。
早朝のレールを濡らす。

歳を取ると誰でもやがてカラダにガタがくる。どこかしら異常が見つかるものだ。
病気持ちになる。

数年前にヨガの先生にこう言われた。
ほんとうにヨガをマスターしていれば百歳は越える。越えなければヨガをしたとは言えない。自分の教えた人は65歳で様々な病気を克服した。ヨガはちゃんとやれば必ず病を克服できる。

ヨガは、対処療法ではない。だから西洋医学が発病した患部に即効性を求めるのとは違う。だから痛みやダメージなどへの直接対処は西洋医学が優れている。発病した際には西洋医学が大事である。たとえば骨折にヨガにできることは少ない。

しかしカラダの精密な相関による健康についてはヨガこそ最も効果がある。

まずは気を整える。気とは呼吸であり意識である。意識といってもカラダについての意識だ。足指の一本一本や内蔵の感覚、手先から背骨や頭の中などに意識を行き渡らせる。渡らせる「つもり」である。この「つもり」を数年間続けているとやがてほんとうに足指の一つひとつが意識されてくる。

気が通いだしたら、カラダのバランスを見る。カラダは必ず歪んでいる。これを指定されたポーズを呼吸を意識して行う。するとカラダの歪みがハッキリと分かる。これが日頃の習慣化によるバランスの壊れなのである。普段、意識しないで壊れるままにしている。
これを意識する。

ただし、こういう動作は無理をしない。無理をするとカラダがいやがる。気持はガンバるが身体自体が忌避感覚を持つ。この真に苦しいとか痛いとかイヤだとカラダが嫌がるものをムリヤリすると逆効果である。かえって身体を壊す。

気の持ち方が大切だ。ラク過ぎず苦しくない。この微妙な状態を続けていくこと。最近のスポーツ医学でもこれが身体機能を伸ばすコツだとわかってきた。このポイントはじつは楽しむこと。おもしろがること。愉快にやることである。苦行ではない。

走ることも同じだ。苦しくなるチョット手前で緩める。ラクの少し先に行く。この中間を常に意識していく。すると実に楽しい。軽々と進化していくことができる。
病は気からという。これは当たっている。
さあ、免疫を意識して自分をつくっていこう。カラダをデザインしていこう。


nobu23 at 11:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月26日

佐渡にて 秋の始まり


ebf1b261.jpgさすがに彼岸を過ぎたこのころになると、あの猛烈な暑さも一気に離れていく。
佐渡はハッキリと秋の入口である。初秋である。

姉の友人の韓国からきた呉さんと金さんを案内して佐渡を回った。
ドンデン山にあがるとススキの穂が伸びている。前日までの雨が上がったせいか、空が高く空気が爽やかである。風が気持いい。
遥かに、いつもの新潟の弥彦山と角田山の二連らなりの姿のほか、三国山脈やかすかに飯豊連峰らしき影さえも遠望できる。空気が澄んでいる。

眼下に広がる海が美しい。磯辺がコバルトブルーに輝きなから次第に沖へと藍色が濃くなっていく。そこにいくつか船の航跡が白く引かれる。
手前に走る両津港に急ぐジェットホイルが見える。
手前の大佐渡と向かいの小佐渡に平野が置かれて両津港を挟んで加茂湖が見える。
箱庭のようだ。

さて、小佐渡の山並みに隠れて段々田んぼが点在する。その田んぼにいく。
野浦村の北野さんの有機栽培の田を見る。稲刈り跡だ。ここには稲刈り直後の独特の香りが残る。稲藁の匂いと土臭と畦の草いきれ。懐かしい香り。

海から風があがってくる。さわやかで美しい風。取り囲む雑木林がさわさわと緑をゆらす。風が生命を含んで吹き渡ってゆく。なんという贅沢。
7d1400be.jpg

そうしてたった一泊二日の帰郷は、あっというまに過ぎていく。秀昭君や定夫さん、中島君たちとの語らい。そこで学ぶ村の古い知らざる歴史。村の家の変遷。
韓国との領土問題の激論。そしてアジアの未来。

いま、一人佐渡を離れる。両津湾を高速で進む。こうして島を離れるたびに感傷が襲ってくる。
楽しいときは一瞬のように過ぎて、懐かしい仲間たちとのことが思い出に変わる。つい昨日のことが、いつか帰らない旅の跡に変わってしまう。旅のバカ話や気の置けない仲間たちとのこと。あれやこれや。
時はうつろってゆく。
波は揺らいで遠退いてゆく。海を走る。
高い空に、刷毛でひいた薄曇が茜色にそまりだす。それが影絵のように黒ずんでいく。
旅には寂寥感がつきものなのである。海を渡る


f8aaf781.jpg

nobu23 at 20:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月24日

安穏朝市には面白いもの貴重なものがたくさんでている

740037f3.jpgマルシェのようなそれらしい産直市場風ではない。
手づくり感覚の、昔ながらの、カタチにはまらない門前市の雰囲気がある。シロウトっぽい無骨な売り方がおもしろい。

客も初めてなら、売り子も慣れていない。
もっと本物の特徴をハッキリしゃべればと、見ているこちらがヤキモキする。
もうすこし慣れなれしく話しかけるとか、フレンドリーにしたらと思うが、そういうことすらなんとなく良しとしない。
客がすすんで笑顔で品物を取って話しかけてくれるのを待っているかのようだ。

これでは売れない。稼げない。売れても少額にとどまる。

ところが、これでも客はやってくる。この来客がおもしろい。どこで知ったか分かってやってくる。しかも一回買うとまた買いにくる。リピート率が高い。これはやはり陳列される品物がすごいからだ。

面白い品物を少し数える。
和歌山県海南市のシュロ製品がある。一見するとなんてこたないタワシとホウキ。
しかしこれが違うのだ。いまの安物のタワシのほとんどがパーム椰子を原料としている。ところがこいつは、シュロと比べて硬くて折れやすい。タワシ健康法なんてやると痛くてしかも肌が荒れる。この椰子に比べてシュロは柔らかく折れにくい。しかも皿洗いはこれひとつで油を落とす。ホウキは静電気が起きにくい。シュロを縛っているのは銅線である。贅沢だ。昔はこのシュロのホウキが嫁入り道具として高く取引されたという。しかし、いまはほんとうに貴重品となった。

シュロは育てにくく、皮剥ぎ職人が激減した。いまシュロ製品は少ない。
海南市は、日本一の家庭雑貨の町であり。高野山への参拝道な入口として門前市から発展した。シュロは参拝の旅人のワラジのヒモとして重宝された。
これを売るマハラバ文庫増田レア代表。山仕事讃歌として手仕事と暮らしの道具作りにこだわる。

食べ物はすごい。
日本蜜蜂の蜂蜜がある。八ヶ岳の山麓で有機農業をする夫婦が地元で自生の蜜蜂の巣を持ってくる。蕎麦畑で蕎麦蜜だ。
ここのもち米と雑穀のご飯はうまい。黒米が入ると赤飯のように赤く染まる。そこに雑穀が複雑な味を醸しだす。実に旨くしかも身体にいい。微量栄養素の宝庫だ。こういう飯を食べるとアレルギーも吹っ飛ぶ。免疫力が増進する。しかも完全無農薬。

小さいがリタトレーディングの扱う紅茶もおもしろい。
紅茶はお茶である。お茶の新葉は柔らかく甘い。そのため虫にやられる。だから農薬散布の数が半端じゃあない。これが有機栽培だということがどれだけ希少か意外に知られてない。
紅茶は発酵食品でもある。そのため茶葉の選定とともに自然発酵する工場が問題となる。リタトレーディングはスリランカから直接仕入れる。これがいい。スリランカは百年をこえる紅茶の歴史がある。従って茶葉の品種や堆肥づくりから栽培の技術が蓄積している。前に視察したが紅茶栽培の地域は山あいの急斜面が多く石が多いいわゆるガレ場のような土地である。こういう土地を茶の木は好む。静岡でもいいお茶栽培の土地は同じだ。
朝晩に霧が湧いてきて覆う。すると日の光が直射しないから軟らかい葉が育つ。スリランカはそれを熟知している。

さらに堆肥づくりのために牛をわざわざ飼っている。牛糞と落ち葉で良質の堆肥をつくっている。この堆肥がまたポイントである。木をいかに育てるかが大事なのである。丈夫な木を育てると虫にやられにくい。木自体の忌避力があるからだ。

そうして工場がまたポイントである。茶葉をきちんと品質ごとに管理して蒸して揉む。さらに発酵させて貯蔵する。この工場が木造四階建てである。坂に立てて、上から茶葉原料を入れて階ごとに製造段階をわけて作業し落としていく。無駄がなく省エネである。長い歴史の賜物。いま造れと言っても無理だろう。この古い工場を建て替えないのかと聞くと、ここに酵母菌がありこの工場が宝だと教えてくれた。古い木造の工場は紅茶の分厚い香りがした。

これを扱うリタトレードディングの大村カント君。もと茶道や謡いを習う若者である。お茶の道は紅茶を育てる。


nobu23 at 07:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月21日

中ノ郷信組酒井二三男理事長と山根真知子起業塾コーディネーター 「あったかいお金のまわし方」 その2

fe0654c2.jpg
1180c744.jpg
セカンドリーグ実践起業塾を主催する山根真知子氏はいう。自分の預けたお金がどのように使われているか考えたことがありますか?

銀行に預けたお金が融資されている実態はどうか。
国内銀行の預金額532兆円。それが国債に92兆円も使われる。市民のためでなく結局国に吸い上げられる。

さらに問題はアメリカの軍事費である。世界の軍事費120兆円のうち50兆円が米軍が使う。なんとアメリカ予算の20%を占める。そして日本国債828兆円の8%がその米国予算を埋める米国債に使われていると推計されている。

また、三菱東京UFJ銀行などが100億円単位で海外クラスター爆弾製造関連会社へ融資していることはあまり知られていない。

みんなの預けたお金はどこへ流れれているか。大手銀行では軍需産業や環境破壊や貸金業に融資されている。
あるいは短期国債として米国債を多量に買っている。

また、地方で集められたお金は東京に吸い上げられている。

経済の血液=金融機関のお金がどう使われているか。これをどこに流していくかを考えたい。無関心ではありえない。

だからこそ、環境や社会に配慮した企業や自分のくらす地域にお金が流れる社会を作りたい。
お金の地産地消で地域を豊かにしたい。

いま市民参加による新しい公共などの台頭が著しい。
すでに今年7月でNPOは4万500団体にもなった。

そこでパルシステム セカンドリーグ支援室の役割がある。
地域セカンドリーグが市民事業を支援する。
情報発信で貢献する。
人材育成を行う。
会員支援プログラムも豊富だ。
先行的に調査研究を進めている。

そして、新しい「お金の産直運動」を提案したい。
考えてみると、市民事業とはコミュニティに必要な事業を「地域のお金と人を集めて行うこと」だ。

お金に意志を持たせる市民金融の仕組みをつくることだといえる。

さあ、事業協同組合を創設し異業種の強みを生かした事業支援を行いたい。
情報誌「のんびる」やWebホームページで双方向の情報提供で広報支援を展開している。
そしてパルシステムのインフラを使った支援も重層的だ。商品開発、販売、原料、物流、顧客開発などなど。
パルシステムセカンドリーグは様々なネットワークを生かした支援を行う。

山根真知子氏はいう。もうひとつのくらし方提案。
地域で活動しよう。お金をまわしてみよう。意思を持ってお金を出す、預金先を変えよう。グローバルビジネスと正反対のコミュニティビジネスに、もう一つの人生のステージがある。
視野を広げてオルタナティブなライフプラン、セカンドステージに参加しませんか。
私たちの暮らしを豊かにし、住みよい地域を創るために。

山根真知子氏は、すでに第5期まで実践起業塾を終了し50数名の終了生と起業に取り組んでいる。

第一期生の橘和子さんの「ママのジャム」など成功発展事例が産み出されている。とくに女性たちの身の丈にあった起業が進んでいる。


nobu23 at 23:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月20日

あったかいお金のまわし方 シンポジウム

cd5cded2.jpgパルシステムのセカンドリーグ支援室主催。明治大学で開催、150名が参加した。

基調講演は一色広樹氏(経産省)「ソーシャルビジネスへの期待と振興にむけて」
ソーシャルビジネスの定義は以下だ。
ー匆饑:社会的課題に取り組むことを事業活動のミッションとする
∋業性:ビジネスの形に表し、継続的に事業を進めていくこと
3弯契:新しい社会的商品・サービスや、それを提供するための仕組みを開発したり、新しい社会的価値を創出。

では、コミュニティビジネスとは何か。
コミュニティビジネスは、ソーシャルビジネスのうち、より地域性のあるもの
である。

今、なぜソーシャルビジネスなのか。
様々な社会的課題の顕在化
(少子高齢化・環境問題・地域の疲弊化)求められる社会を元気にする取組

市民の公共参加
「新しい公共」に参加する市民の増加
OB人材や子育て後の女性等
多様な人材の活躍

行政の効率化・健全化社会的課題の拡大と価値観の多様化に伴う行政の限界

NPOの戦略的展開
事業性を持ち、戦略的・持続的に活動しようとするNPOの台頭

企業の社会貢献
自社の成長に資する社会貢献活動の積極化
中小企業の新たな展開

ソーシャルビジネスの課題
社会的認知度が不足
企業や行政のパートナーとして認識されず、資金調達も困難

社会性と事業性を両立させる経営ノウハウが不足
担い手(経営者・従業員)や支援人材が不足
関係者が集い場がなく、ニーズと意欲ある担い手のマッチングがなされにくい

ではどうするか
〕算饑度
中間支援機能
ノウハウ移転
ぢ爾こしに燃える若者等創出
を先進事例の選定、評価手法確立、日本政策金融公庫融資制度、ソーシャルビジネス地域協議会設置で展開する。

では具体的な社会的課題とは何か。
障害者支援、子育て支援、貧困、ホームレス問題、環境、まちづくり、まちおこし、地域活性化、国際交流、フェアトレード

一色さんの経産省の問題にしている課題とソーシャルビジネスの展開は、まさにいままでパルシステムとセカンドリーグ支援室が課題としてきたことそのものだ。

セカンドリーグ支援室で、「のんびる」とWebでの認知度アップと事例の大量紹介。シンポジウムや商品展示場参加。朝市出展。先進モデル事例へのハンズオン支援。担い手の育成実践起業塾。ノウハウ移転として企業とのネットワーク形成とマッチング。

シンポジウムはさらに山根真知子氏と中ノ郷信組による「あったかいお金のまわし方」の提案。
実践起業塾生からの報告。
そしてモデル事業の発表。
さらに地域セカンドリーグからの報告と続いた。詳細は次回にとする。


nobu23 at 07:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月17日

宗教について メモ

5643807b.jpg宗教が人をつくる。人間のこころをふわふわとした雲のようにあるがままに放置すると、やがて壊れて消える。もろいものだ。

だから、こいつを気持で抱えこんでしっかりと腹に落とす。


カラダと同じように鍛えて練り上げなければならない。そうしないと孤独と恐怖に耐えられない。人は必ず孤独と恐怖に逢着することになる。そのためにいつも安寧にしておくことが大切だ。呼吸とともに。


問題はひとつの教条を信じこむか、どうするかである。

それは自分の好き嫌いでいい。ただ宗教を自分に落とす場合、頭で考えるだけでは落ちない。宗教は哲学であり、文化であり、関係性であり、体育、作業なのである。こういう社会関係の総体が宗教となる。

すると、自分のカラダの宇宙から世界へと、また広大無辺のほんとうの宇宙までと、自らの意識においてとらえようとすることをどのように行うか。これが試練である。

達人たちは、普通のごくつまらない日常において行う。神事においては、それを深く刻み昇華する。宗教が人をカタチづくるとすると、自分の宗教をもたないことはありえない。ただそれを意義的に行なっているかどうか。難しい。キリスト者と自称するからといってそのようにも思えない人も多いような気がする。

さて、アニミズムだ。昔、山尾三省の「希望としてのアニミズム」(琉球大学の講義録)を読んで以来、自分の宗教作法を考えてきた。そしてこんどは安田喜憲先生であり、姫田忠義先生である。

彼らの発見した人間のありようには、普通いわれる宗教をこえる世界がある。たとえばそれは環境と人びととの深い関係である。人類史での地球環境との異変である。
また、神々との交信の記録フィルムである。神々はいずこに存在するかの記録である。

地球と生き物と人間を貫く真理である。これは観念的な言葉の羅列では語れない。なんというか一瞬の永遠を体得しなければならない。

そのようなつもりで生きる。生きたい。体得すること。


nobu23 at 08:23|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2010年09月16日

安田喜憲「一神教の闇」を読む

578ff165.jpg現代が転換期であるとここ10年くらい考えている。資本主義の崩壊過程が進行している。

いまの経済のあり方は自然の際限ない収奪から成り立ち、非自然化の社会システムをつくりあげていこうとしている。暮らしが自然と乖離して非自然的な人工物が氾濫する。その結果として、人間の自然も破壊されてガンや心臓病などが蔓延する。さらには市場原理主義など拝金主義やバラバラにされた孤独な人びとの憂鬱な社会が出現する。

この根本に自然を敬い自然とともに生きる生きかたの喪失があると安田先生は指摘する。世界の基底にあったアニミズムの破壊に原因があるという。一神教がアニミズムの神々を破壊した。

しかしまだ日本やインドに残るアニミズムは、自然への畏敬と慈悲のこころが基調となっている。一神教のように、自然を神のもとに改造し従属させない。また、他信教を敵として敵をつくり、その敵と対峙することで味方を増やすそのやり方が戦争を生む。戦争は必然となった。

そうではなく寛容と慈悲の精神、和を尊ぶ精神で平和で安寧な社会をめざす。
このアニミズムの精神は、決して原始的で古いものではない。むしろ優れた未来への根本的な哲学を創造することになる。

いまの石油産業や生活の仕方を十数億の中国などが追い求めたら地球がもたない。熱帯雨林や森をこの調子で破壊したら人類もまた生き延びることができない。森が全て無くなると地球は温度の緩衝がきかなくなり破断的にいわば火星のように太陽向きと影部分で極端な温度変化がおこるという。

では、アニミズムが生み出したい未来とは何か。自然に学び自然とともに暮らすやり方だ。
それはたとえばバイオミミクリーだ。高度な生物技術に学び活かす。
カタツムリの殼の模様。これは汚れない。泥のなかでも泥がつかない。これを道路に応用する。ほかにも蛾の燐粉、蚕の絹糸、蜘蛛の糸など自然の驚異的な創造物が紹介される。エネルギー投与も少なく公害もない。

こうした研究と開発の根底にアニミズムの精神を根付かせること。もったないや和のこころ、慈悲のこころだ。こうして、新たなアカデミーの創造をめざして安田先生は動いている。

日本文化研究センター教授。
この11月に開催されるBMW技術全国交流会で基調講演をお願いする。NHKでお会いした。1時間をこえる意見交換をしてくださった。偉そうにしないフランクな方である。


nobu23 at 07:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月15日

地域を豊かに農商工+消の連携を 光井将宇さん

c7477045.jpgパルシステム新農業委員会で各地域での様々な農商工連携について学習会を行なった。とくに農商工連携アドバイザーの近畿中小企業基盤機構の光井将宇さんから講演をいただいた。

彼はいう。
農商工連携事業とは何か。

地域の基幹産業である農林水産業と商業・工業等の産業間連携強化(6次産業化)。このことによる農林漁業者の経営改善、事業承継、食料自給率の向上、地域経済活性化を図る。

6次産業化とは何か。一次産業から二次、三次産業が連携して新たな事業を起こすこと。掛け算だ。

認定事例を紹介する。
兵庫県豊岡市の中小企業の丸萬中源(株)とたじま農協の例がある。「コウノトリ育む農法」による米粉を用いた食品の開発・製造・販売。たじま農協が取り組むコウノトリのための農法。オタマジャクシがカエルになるまで湛水田とする。稲の反当たり収量は減るが美味しい。粒を揃えるため25%もはじく。その規格外米を米粉にして新商品開発を進めている。
これで反収減を補いかつ価値創造していく。

沖縄県宮古島のアロエベラを使用した新化粧品及び原料の製造販売。中小企業は第三セクターのコーラル・ベジタブル(株)ほか二者と農業者は砂川さんと仲宗根さんだ。宮古島でかってアロエブームに乗ってアロエを植えた。アロエは収穫まで三年かかる。ところが、収穫までいかないうちにブームは去った。どうしよう。

というわけでアロエの活用が研究された。実はアロエは珊瑚石の土壌によりすごく良質の物ができる。特に宮古島のアロエベラは果肉成分が違うという。
それを使い自然のアロエベラ葉水を多量に使用した防腐剤不使用の化粧品を開発した。なにしろ無農薬栽培で生産者まで分かる。評判になった。
アロエ生産者が増えつつある。

変わったものでは、相対予約取引サービスと水産物直販事業がある。(株)旬材とYuuZuu(株)と海士町漁協などの連携。小売や外食、量販店の必要な魚介類をインターネットで予約登録して漁業者が必要な分だけ採取して届ける。この連携である。インターネットの仕組みだくでは手数料が高いと思ったが、物流込みで漁業者から10%小売から15%で合計25%が仲介企業に入る。この物流手配がすごい。全日空と提携し飛行機便も使う。

こうした連携事業の認定は20件ほどでまだまだという。
しかし、様々なチャレンジが行われている。

光井さんが最後に語る。「残酷な神=はだかの王様」が消費者だ。短期的な欲望やマスコミに踊らされた消費行動の気まぐれ集中豪雨で生産を破壊する。倒産が相次ぐ。消費者を代弁するとうそぶく流通業者。価格を下げろしか言わない。

消費者が生産者+販売者と一緒に活動する循環した消費活動を実現したい。次世代の消費者を育成する意識を大切にしたい。
それをパルシステムに望みたい。生協組合員と農林漁業者と中小企業者の連携こそ一番大切だ。

さてその後に、ささかみの石塚さんと米粉開発の木徳神糧の家辺さん、秋田県鹿角の豊下さん、秋田南部圏の石成さん、音更の太田さんらが話された。協力会会長の共生食品三澤さんもコメントされた。

各会員生協からも発言。農商工連携への組合員参加と期待も大きい。それぞれ取り組みが進られている。

しかし実は、パルシステムの産直運動は昔から地域を豊かにする総合的な活動だといえる。全国各地で農商工連携に取り組んでいる。

その意識的な全国展開と多様な事業者との連携を進めていきたい。


nobu23 at 10:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月13日

刈払い機の講習 NPO小田原食とみどり

5a40ceec.jpg草刈りで使う手持ちの動力付き刈払機は意外に事故が多い。死亡事故もある。木や石に当たりキックバックして自損する。スパッと片腕を切断したものや、作業仲間を損傷させたものなどもある。

NPO小田原食とみどりではこうした危険を避けるために本格的な講習会を開いている。二回目の講習会に参加した。事務局入れて10名。テキストと講師による座学と実習である。まるまる七時間かかる。

事故で一番多い業種が林業のため、林業界を想定しているがもちろん普通の草刈りでもためになる。

まずは、刈払機の種類、丸歯の種類、チップソー。各部名称から始まり作業の仕方へと続いていく。エンジンはツーサイクルだ。オイルパンを無くし軽くするためだ。爆発と吸気、圧縮とピストンが一往復するのがツーサイクルで、爆発、排気、吸気、圧縮、爆発と二回ピストンを動かすのがフォーサイクルだ。回転効率はツーサイクルがいい。

作業では、肩掛けて右側に下げる。右足を前に出して左足をやや後ろにする。左足の自損事故が多いからだ。摺り足でゆっくり前にすすむ。刈り方は右から左へと一方向に刈る。丸歯の左肩で切る。丸歯の右側は使わない。左回転のためキックバックで跳ねる危険があるからだ。

坂は上から下に刈らない。滑って危ない。必ず横に移動する。
あと、雷とハチに注意する。

機械の手入れも大切だ。分解と掃除。長く使用しない場合は、油をすべて抜いて置く。グリースで保護する。

法律では労働安全衛生法とその規則、刈払機の扱いへの通達も定めてある。

講習会を受けた仲間たちはなんとなく専門的に技術を習得したような気になる。連帯感がでてくる。誇らしい。事務局猪股さんに感謝である。


nobu23 at 07:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月11日

神話のチカラと姫田忠義 福島県松川町金沢の羽山ごもり

30ad3741.jpg姫田忠義先生のドキュメンタリー映画上映会が銀座吉水で月一回開催されている。
中川誼美さんの主催である。かくえホールという5、60名も入ればいっぱいの小さなホール。

姫田忠義先生本人との話し合いもある。

今回は、福島県松川町の金沢が舞台だ。この村の羽山信仰による神事。一週間の山ごもりである。黒沼神社の「籠り屋」と「神明井戸」と「はやまさま」で行われる。

男たちだけ数十人が「籠り屋」に寝泊まりして、大きないろりを使い煮炊きして神事を行う。寝るときは着物着たままいろりを囲んでゴロ寝である。素足をいろりに向けて、それだけで暖を取る。真夜中に水垢離をする。なにせ12月だ。寒さは凍えるほどだ。そこに真っ裸の男たちが神聖な井戸水をかぶる。なんどもなんども。

五日目に田植えを模したヨイサー行事。ふんどし一丁で踊り揉み合う。このときだけ村人が外から見学している。おしくらまんじゅうのように掛け声をかけながら揉み合い稲苗が育つ田を耕す。馬役で耕す。

最終日は真っ暗闇に羽山に登り神に祈る。そこで「ノリワラ」とと呼ばれる祈祷師により託宣を受ける。ノリワラは小刻みに榊を振るわして神様のお告げを告げるのだ。個人の相談もうける。

この儀式は、男たちの成長を祭る。奉る。祀る。凍てつく真冬に水垢離をする。いろりで大鍋で煮炊きする。村のすべての古社を参る。山を敬い田植えを踊る。

山ごもりも段階があり、第一回目から次第に成長して何十回と役割が高くなる。高くなるといって実は母になり婆さんになり、大婆さんになる。つまり大婆さんが一番偉いのだ。不思議な成長発展物語だ。男たちの成長は大婆さんになることなのだ。

当然、野菜や草木で作った本物そっくりの男女のそれも出てくる。

日本人の気高い精神性の根源にこの神事があると参加者の精神科医が話された。同感である。この神聖な一大演劇のなかに深いコミュニティの神話がある。


nobu23 at 08:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月10日

ギフトショーにおける錦織さんとカタログハウス松尾さん

e70ba393.jpgギフトショーがこんなに大きなイベントだとは知らなかった。東京ビッグサイト全館で催されていた。しかも70回目だという。歴史も古い。3日関で20万人が来場するという。

ここのシンポジウムに呼ばれた。コーディネーターは錦織さん。パネリストは松尾さんと僕だ。錦織さんとはもう6年くらい前に和歌山県海南市のデザインコンペの審査員に引きずり出されて以来の関係である。

松尾さんはカタログハウスの広報部長で通販業界に30年もいらっしゃるというこの道のプロ。話される内容が刺激的でおもしろかった。

錦織さんがいう。この会場にもいるがデザイナーは勘違いしている。物づくりでデザインだけはして、後はメーカーに「おまかせ」があまりにも多い。それではダメだ。本来、デザインとは売れて使ってもらい役立ってはじめて意味を為す。デザインは作る側の都合から、使う側の要望を実現するものへと本来逆でなければならない。

松尾さんが語る。
不況になると通販は伸びてきた。その売れる普遍的なテーマは健康と悩みである。これに答えるためには、説明がいる。情報が必要。だからカタログでなければならなかった。
最初のヒットは1976年のルームランナーからだった。斎藤社長のジョギングから発想された。

錦織さんが問う。カタログハウスは大きくしないことが社是と聞いたが。
松尾さんが答える。とくに大きくしないというより無理をして拡大することはしないだけだ。
なるほど。耳が痛い。また、商品担当の育成は「こんなものがあったらいいな」を探すことが大切だ。すると必ず見つかる。売れるものを探すようではダメだ。


カタログハウスは三千円台でないと扱わないのか。
物流が宅配業者に委託しているため、配送料金に対して割りがあわないためだ。パルシステムは自前の配送システムがあるので少額でも扱える。

雑貨の中国製品問題に対してはどうか。
昨年から日本製品マークをつけた。独自規準で製品化のほとんどを日本製造というレベルを超えたものにしている。現在7割になっている。

最後に錦織さんが語る。ものづくりのデザイナーの役割は、使うとつくるの「助け手」となることだ。感情移入できる新しい必需を生み出したい。「必需革命」を起こそう。


nobu23 at 07:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月08日

地域で農商工連携をどうすすめるか 光井 将宇さん

fade5107.jpg農村地域を活性化するには農を核としつつ、食品などの商品開発や観光などのサービスなどとの連携が不可欠だ。これによって都市との人やお金や情報などが循環する。都市と農の分断をどう超えるか。農商工と消の連携。

経済産業省がおもにリードするのが農商工連携法だ。中小企業関係への対応を軸としている。ただし、対象範囲はかなりゆるく設定してNPOや生協なども対象となる。

問題は、この食品開発やサービスの創造がそう簡単ではないことだ。とりわけいまは価格破壊の時代。そして極端な品質管理の時代だ。なかなか素朴でまじめな田舎の食べ物がすぐに売れるというわけにはいかない。

さて、パルシステムの各地で産地協議会をつくり実際に農商工連携に取り組んでいる事務局が集まり共同研究をした。沖縄、ささかみ、上川町、秋田南部圏。講師は近畿中小企業近代化機構の光井将宇さんである。奈良先端大学の准教授。

おもしろいのは、いままで会社を三つ作ったという。そのうち二つは倒産した。6ヶ月と4ヶ月。二回目は早めにあきらめた。そして三度目は成功し二年で上場して他の人に譲った。借金はすべて返したと話す。大学教員から起業した。そういう時代だった。

こうした経験をもとに実に具体的に商品開発やサービス開発について話される。
商品は一発屋ではだめだ。リピートし持続可能でないと。さらに成功するまで支援し協力してきれる関係者が必要だ。なんでも相談してください。

事業仕分けで各地方局の農商工連携アドバイザーが削られた。それから各地方局のアドバイザーにも個人個人のレベルがある。仕方ないが注意が必要だ。しかし基本は遠慮なく相談してほしい。

光井さんは熱い。少し太りぎみな身体でまっすぐに見つめて語りかける。ほんとうに地方が元気になってほしい。いい商品づくりを応援したいという気持が溢れている。

終了後に、あの稲葉光國さんも駆けつけた。有機農業の話に花が咲く。


nobu23 at 08:41|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2010年09月07日

エクアドルのコレア大統領来日とヤスニITTプロジェクト

9dcf6e7b.jpgエクアドルは南米の左肩に位置している。アンデスの高峰から海のガラパゴス諸島まで多様な地形と気候によって世界一生物の多様性と民族の多様性を持っている国だ。

このエクアドルからいまコレア大統領が訪日している。それにあわせてエクアドルに学ぶ集会が上智大学で開催された。パルシステムからも参加した。

ピースボートの吉岡代表が話す。アメリカの裏庭と呼ばれたラテンアメリカの国は、見事にアメリカに好き勝手にやられて極めて貧しくなった。自然を破壊し鉱物資源や石油を収奪する。開発投資は独裁政権を肥やしたが、そのほとんどが投資国の会社にリターンしていく。資源貧乏である。一握りの独裁者を富ませて大多数があからさまに極貧に置かれる。さらに自然は破壊され環境は汚染されていく。

エクアドルのコレア大統領は、別に完璧な民衆の味方とは言わない。先住民たちの運動が自然や平和へのベースになっているのは事実だ。
しかし、アメリカはCIAなどを使いいまも反米政権を転覆し自国に有利な政権をつくろうとしている。エクアドルは昨年平和憲法により外国の軍事基地を撤去した。米軍基地を撤去した。先住民たちはその基地跡で悪魔払いをしている。平和への祈り。その先頭にコレア大統領がいる。

ヤスニITTイニシアチブをいま国連開発とすすめている。ヤスニ公園に眠る膨大な石油資源を採掘しない。そのことにより自然保護とCO2排出抑制への新しいカタチの投資を呼びかけている。掘らないことによる世界への貢献へお金を回そうというもの。これにドイツなどが賛同している。このヤスニITTイニシアチブは、すでにその周辺で巨大な石油採掘が稼働している実体からすると、ある意味、そうした石油資源国からの脱却を世界に問いかける新しい変革への挑戦である。アンデスとアマゾンの自然保護に世界はお金をかけるべきだということ。

なまけもの倶楽部の藤岡代表が話す。鉱山資源採掘により山が汚れ川が汚染された。先住民の子どもたちが被害にあった。いま人びとは自然を守りながら、フェアトレードに関わる。そのチョコレートなどを日本で扱う。あるいは伝統的な染め物をわけてもらう。それからエコシティ宣言をした村にエコツアーを仕掛ける。もうひとつの開発だ。

ほんとうに必要なのは日本が石油資源や鉱物資源採掘に手を貸すのではなく、環境と共生する暮らしかたを共にすすめること。先住民から学ぶことだ。

いまエクアドルの挑戦は新しい世界のあり方を問う。平和と環境と経済。資源と人びとのあり方を問う。
普天間の撤去はエクアドルに学ぶこと。


nobu23 at 10:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月05日

生消協関西ブロック会議 in 和歌山県有田市

d4a486b9.jpg0268a1da.jpg
この土日とパルシステム生産者消費者協議会の関西以西ブロック会議が和歌山県有田市で開催された。受け入れ団体はさんまる同志会である。七名の農家で結成され1970年代から交流が続いている。当時の商品担当の川西さんから開始された。
若手の波床さんが報告した。


ブロック会議はほかに無茶々園、大紀コープファーム、西宇和生産組合、三皿園、不知火ネットワーク、JA福岡八女など50名を越す参加者があった。消費者幹事も五名が生協組合員を代表して参加した。

生消協ではいま四つのプロジェクトが稼働している。その一つ、生産者自主点検プロジェクトの報告がされる。日本生協連の生協版GAPを参考に自ら適性規範を作成して全国からの監査を引き受けた中村農園の報告。そして今回、実施した「さんまる柑橘同志会」の報告があった。大変でいやだったがやってみると問題が整理されて良かった。

ほかに産直原料プロジェクトで加工品開発を図る。農業政策プロジェクトは農政批判に止まらず政策提言にいきたい。交流プロジェクトは県別交流会や青年農業者交流会と女性生産者交流会の準備を進める。
68d47d48.jpg

秋田県立大学の谷口吉光先生がアドバイスする。自主点検は産地ビジョンをもち事業を生産・加工と販売と交流など組織運営の高度化に活かすべきだ。
パルシステムとも次段階の産直提案をしていこう。生産者が対等に未来を語れる場として有意義な会だった。

早朝、有田川川辺を軽く走る。両脇の山並はミカン畑。険しい急坂を石垣で階段状にしてある。山の上に水タンクが見える。所どころスプリンクラーが水を散布している。
こんな崖っぷちでの農作業はこれは大変だ。すごい人たちが、美味しいミカンを育てている。

川沿いはまだ人影はまばら。ゆっくりと走る。


nobu23 at 22:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月03日

姫田忠義先生と記録フィルム

b053afef.jpg姫田忠義先生。民族文化映像研究所を主宰していらっしゃる。

その姫田さんの記録フィルムについて。
さる7月に旧笹神村で三面ダムに沈んだ村「奥三面」の記録フィルムを上映した。場所は奥三面村から移築した古民家。暑い夏にクーラーも無く畳に座って80名を超える満員の村民が集まって鑑賞した。

そこに描かれていたもの。
3万ヘクタールもの山地で暮らす人びと。森には80種類もの食べられる動物。幾種類もの山野草。さらに焼畑農業。かって焼畑農業というと原始的で遅れた農業だと思われていた。しかしドキュメントをみると、薮を開墾し4年と区切って蕎麦から大豆、小麦などを輪作する自然活用の実に優れた農法であることが分かる。ただ地力を温存するために連作したり採りすぎない。
といった現在の価値観とは違う農のあり方が見えてくる。

さて、姫田さんの民族文化映像研究所を訪問した。中川誼美さんが紹介してくださった。中川さんはいま銀座吉水で毎月姫田さんの講話と記録フィルムの上映運動をしている。

約270本もあるという。そのフィルムの意義はなにか。

いま時代は転換点にある。自然を収奪し破壊し人間だけが繁栄しようとしてきた。そういう経済社会のシステムをつくりだしてきた。個人主義と市民社会。競争原理、効率と富の蓄積。便利さ豊かさ。

その結果、訪れたのは孤立、孤独。不安。貧乏への忌避感。モノの欠乏への不安感。負けることでの絶望感である。他人と常に比較し、あるいは他人のアラを探す。競争原理主義。

人びとは自分という深いワナに陥りカラダもココロも破壊される。疑心暗鬼が常につきまとう。憂鬱な時代。いつもなにか大失敗してしまったかのような不安な時代なのである。

その対局にすこし前の日本がある。豊かな山や海に囲まれて神々に包まれて生きている。畏れと敬い。昼と夜。そこらじゅうに生息する命たち。村は個人主義などとは無縁だ。自分という世界は無いに等しい。それが豊かさだ。豊穣な世界にひられた自分こそ豊かなのだ。そこにはあるがままの素がある。

村上春樹がチェーホフを引用する。サハリンのギリヤ―ク人。姫田さんはそのギリヤ―ク人も知っているという。あの森の人びと。ギリヤ―ク人たちは「カラムシ」で布を織っていたと驚いたそうだ。北海道のアイヌ人は織らないのに。
これは日本の村々とつながりがきっとあると話す。
姫田さんとの話はつきない。実に深い。広い。
そう思ったら、ハーバード大学やケンブリッジ大学でも講義したことあると中川さんがいった。なるほど。


nobu23 at 07:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年09月02日

体調と真夏日の夜

446fd676.jpg基本的になにもなくても素で生きられるといいと思っている。できるだけシンプルにカラダひとつで山小屋に住む。そういうカラダとココロに仕上げたい。

ところが、今年の夏はダメだ。まるで軟弱だ。でついに十数日に渡ってエアコンをつけてしまった。寝苦しくてガマンができなかった。

普段は、窓を開けっ放して板の間に転がるように寝ている。これで暑くなるとぬるい水風呂に入りカラダを冷やす。するとぐっすりと眠れる。また、暑くなると水風呂に入る。これでエアコンはいらない。水が有ればいい。

しかし、いったんエアコンを使いだすと今度はやめられなくなる。暑さに負けてしまう。まいった。

もし、ぼくがエアコンがない山小屋で熱帯地方に住んでいたらどうする。そう考えるとまだまだダメだ。軟弱だな。

暑さにカラダをならしていくしかない。

そういえは、今年はやや体調が重い。これはやはりエアコンのせいだな。不自然なエネルギーに負けているのだ。

路傍の野花。アスファルトと側溝のこのほんのわずかなスキマに根を張り咲いている。のびのびと咲き誇っている。すごいね。ほんとうにすばらしい。


nobu23 at 07:27|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2010年08月31日

真夏の田んぼ

295f18d0.jpg小田原市の下曽我の田んぼである。
この時期、農家は田んぼに入らない。手で除草なんてしない。除草剤を撒いていれば田植えと稲刈りの二回くらいしか田んぼに入らない。

しかし、ぼくたちは違う。ましてや通い農業だから早朝に家を出ても9時過ぎになる。いよいよ暑さが最高潮になってくる時間だ。

0c8d98b7.jpg
田んぼのなかでコナギなどの雑草が繁茂していると、やはり稲の育ちが弱々しい。とくにヒエは回りの田んぼの人びとが嫌がる。せっせと抜いていく。

途中、ふらふらしてくる。のどがからからに渇く。無理しないで水を飲み、一休みしてからまた草取りに入る。つい、夢中になって時を忘れるが、またふらふらになる。小一時間であきらめた。3cc4c212.jpg

ふと、みるとクモが巣を張っている。これが、カメ虫やイナゴから稲を守っている。




nobu23 at 08:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年08月30日

NPO小田原食とみどりの研修と旅行

9765da00.jpgこの土日とNPO小田原食とみどりの研修と旅行に参加した。
小田原の下曽我を中心に田んぼや畑を耕し農と食をテーマに活動している。
研修は小田原産直組合の事務所で行われた。長谷川功代表はじめ15名が参加した。
簡単に2000年の小田原の協議会設立準備以来の活動振り返りを行う。
そしてこれからのビジョンを構想する。ワークショップで3時間があっという間に過ぎた。体験農業から多様な農の人材育成。こだわり農作物の栽培。販売力の強化。インターネットでの利用方法の強化とショップの展開。直売所の運営。やるべきことが次々にでてくる。みんな思いは同じだ。あっという間に発表になる。
9a4325dc.jpg


そして箱根千石原に向かう。会社の慰安旅行の雰囲気だ。職場の社員じゃあないが。田んぼ畑で出会った仲間たち。
上は70才台から30才台まで男女取り混ぜている。愉快な仲間たち。笑いが耐えない。

真夏の田んぼはヒエやコナギが繁茂する。研修前の午前は、こ1時間草取りをした。熱い。暑い。すぐにバテる。水を飲んでも飲んでも渇きが止まらない。ふらふらになってやめた。これ以上は危ない。
こういう仲間たちはほんとうにありがたい。夢はふくらんでいく。
3e1a97b1.jpg


nobu23 at 09:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年08月28日

経済メモ その3

3d29f10b.jpg明け方目覚めてテレビをつけると「朝まで生テレビ」をやっていた。アメリカと中国との関係。そして日本。軍事と経済。

司会の俵氏が嘆く。日本はかって競争力は一位だった。一人当たりGDPも二位だった。それがいまは20数位と転落した。中国にも抜かれる。
なぜそうなったのか。

これをどう考えるか。これが問題だ。

しかし、この負けたという数値とは何か。もちろんGDPは金銭的価値で表す。この数値のことだ。
いま、日本とヨーロッパ、アメリカの金利は無いに等しい。お金を預けても少しも増えない。これはGDPで表すと縮小していくことになる。利子が低いとお金は逃げる。
逆に利子が高いとはなにか。これは投資金額で生み出した算出金額が高いということ。

中国、インド、ブラジルなどの国は急成長している。商品市場は拡大しモノの生産は増大している。だから投資した金額を超えて算出する。単純な高度経済成長をしている。

このコースはかって日本がたどった道である。日本ではすでに飽和状態で買うべきモノはあまり無い。モノ余り現象だ。
市場に取り込まれず、モノ不足の膨大な人口を抱える発展途上国では工業成長はこれからだ。それをベースに金融が躍る。

また、EUやアメリカも日本とは違う。

ヨーロッパは東欧など開発途上の国を抱える。アメリカは移民と多国籍企業を内包している。中国やインド的成長は無理だが、これらの国を取り込みながら経済成長コースを歩むことが可能だ。

さて、日本はどうか。もちろんアメリカやEUのコースも別のカタチではあると思う。資本主義的な人びとの考えることだ。我々も例外ではなく金銭的に生きている以上工夫はする。

だが、世界の人びとが日本になにをみているか。なにを期待しているか。

それはきっと21世紀型の新たな経済の誕生を生み出すかと見ている。そう、金銭的価値でははかれないこと。そうした数値では分からないものだ。そういう種類の価値。そして新たな人間社会のあり方だろうと思う。

村上春樹が描いた世界への共鳴と共振。アタマのうえで計算されつくしたような物語ではない。自分の闇に向かって下降してたどり着くもうひとつの世界。この世界的つながり。共に苦しみ、共に生きる快感。


それは、生命と自然と人間の関わりの本来的あり方だと思う。
つまり食と農にその本質がある。そして豊かな遊びと文化のなかにある。
金銭的価値観と競争による成長経済のイメージを破棄する。
人びとの奥深い魂の優しさとみずみずしい清浄なる精神。
わくわくドキドキするワンダーな感情。踊る身体。つながる命。
新しく古い基底的な人間のネットワーク。これを可能とする媒体。貨幣ではない。この媒介を生み出さなければならない。


nobu23 at 08:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年08月25日

濱口廣孝さんの、今後の多方面での活躍を期待する会

db1075f5.jpgパルシステム生協連合会の元理事長濱口廣孝さんの退職慰労と次に期待する会があった。若森理事長と生産者や取引先企業を代表する諸先輩が呼びかけ参集した。

生協が大きくなるときに、転換点がある。その転換点では今までの事業の枠組や組織運営を否定的にとらえて、新しいやり方が必要となる。

これは誰でもわかるし語りもする。ところが、実際にはできない。どうしても今までのやり方が正しいと肯定してしまう。その結果、ズルズルと後退してしまう。だが、頑張ればまだやればやれると考える。さらには伸びる時代じゃあないと開き直る。

決して自分たちのやり方に問題があるとは考えない。考えようとはしない。誰かが悪いのだ。それは組織のあいつやこいつのせいだ。となりがちだ。他人の批判ばかりしてしまう。なさけない。

濱口さんのすごさは仕事を着実に積み上げていく。自分の理論がすごく時代の先を読み、正しい理論が社会を変え組織を変える、とは言わない。ただ仕事をこなしていく。

パルシステムグループが連合会を結成したときには、物流とシステムの統合を進めた。そして仕入の統一というもっとも難しい仕事をこなした。これは、今と逆で会員生協の独自商品を整理し集中すること。いやな仕事だ。

当時、バラバラだった勝手に連帯で理屈っぽかった我々を、統一したフォーマットに仕立てた。仕入機能も青果、そしてお米も専門子会社を設立し、専門業務のノウハウを蓄積することとなる。

事業のなかに人びとの本音が隠れている。一見、高尚な理論も実体から遊離していると現場はボロボロになる。だから地味だが、現場で仕事をする実務集団を育てあげるのだ。

そのためには、朝早く働き現場を回り業務を把握していく。部下の職員にも対等に議論し必要なら手厳しい対応をする。

こうした作風と実務能力こそパルシステムの底力を形成しているのである。リーダーの生きかたが組織を充実させる。

だが、いまは再び転換点にある。こんどは逆に集中から無数の現場創造が問われている。創造性、想像力、他人への配慮、誠実、信頼。

会では、佐渡野浦の伝統芸能の春駒が舞われた。新春をことほぐ。野浦大神宮の宮司が舞う。めでたい門出に。


nobu23 at 12:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年08月24日

真夏の安穏朝市

6d46f9c2.jpg
築地本願寺安穏朝市だ。8月22日(日)。
今回は、他力本願ライブと称してロックとリズム&ブルースのライブだ。
これに参加しないかと本願寺から呼びかけられた。もちろんOKだ。しかし、熱い。暑い。境内のアスファルトの照り返し。東京のど真ん中の熱風。


午前11時からオープンで9時半から準備した。これが10時くらいからまるで真夏。とにかく熱い。築地本願寺の境内はアスファルトだから照り返しもすごい。
喉が渇きふらふらする。熱中症に注意だ。

面白いのはロックバンドのあいだにお坊さんがステージで講話をすること。若い人たちも聴いている。
バンド自体も大音響でなんまんだぶと叫んでいた。念仏ロック。

さて、朝市は分断された農と食を直接結ぶ。こだわりのお店が並んでいるせいか、リピーターが多い。なにがうまいか良く知っている。無農薬無化学肥料栽培のかぼちゃやニガウリ。西瓜、生落花生など。

セカンドリーグの雑誌「のんびる」も売れる。今月は福祉の特集。福祉事業所の商品の紹介だ。全国のこだわり商品が並ぶ。商品を買うことでつながるのだ。天然酵母パンや藍染などいいものが多い。

さて、市場は掛け声が大切だ。とにかく呼びかけ話かける。お客様とのコミュニケーションがすべて。
いま、人びとは分断され個人個人がバラバラにされている。生き残るために必死だ。
しかし、本来はみんなでチカラをあわせて生きること。するとなんでも可能になる。実現する。

親鸞様の750回忌。乱世のなかのつながり。いにしえと未来。
56c2db1c.jpg


nobu23 at 08:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年08月23日

パルシステム神奈川ゆめコープ設立10周年(創立35周年)記念式典

9769835c.jpgパルシステム神奈川ゆめコープの設立10周年でけんぽく生協創立から35周年の記念式典があった。新横浜のプリンスホテル。

目を引くのは産直産地と協定を結び、その自治体と農協が参列し来賓として挨拶していたことだ。大橋荘治宮城県涌谷町長、高橋専太郎岩手県花巻農協組合長など。ゆめコープが提携している三つの産直産地から代表が参加していた。もちろん小田原産直組合のジョイファーム小田原長谷川功代表も車椅子で列席している。

さて、記念講演は合瀬宏毅NHK解説主幹だ。農を中心とした第一次産業が担当だ。
「食と農で地域を元気に」のテーマで話す。いま元気な地域直売所の紹介。鳴子のお米プロジェクト。耕作放棄地復元しお米栽培を守る活動。
そしてシンプル生活の若い人びとを取り上げた三浦展の著作「シンプル族の反乱」紹介。もはや車もモノもいらない。名誉も権力も欲しがらない。自然にナチュラルな生きかた。合瀬さんの話は、食と農が新たな段階に入ったことを表している。つまり大量生産と低コストと安売りの時代は終わったということ。豊かさの質と中味が変わってきた。
個人ブランドなど人びとのあらたな生きかた。それがモノ売りを超えた豊かさの新たな価値を創造する時代だということだと思った。高い付加価値を生み出す。シンプルで素敵な生きかた。

それにしても、時の立つ速さを感じる。思い出せば、あのバラックのような事務所と荒れた職場。そこに入ったときの妙な高揚感。素朴で正義感の強かった職員。大らかな組合員理事たち。プライドの高さと妙な劣等感。
熱く激しい議論と対立。
そして苦労された、いまは無き鈴木方十さんのこと。ご指導いただいた故松本先生。

いまや神奈川県で無くてはならない食と農の運動。その代表格としてパルシステム神奈川ゆめコープは未来を見つめている。齋藤文子理事長と大信政一専務理事。組合員代表と業務組織のバランスある発展。


nobu23 at 07:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年08月21日

経済メモその2 内山節から

bb6e37b7.jpgいまの世界経済をどうみるか。
哲学者の内山節先生が農文協発行の「農村文化運動」に書いている。すごく分かりやすく、かつ面白い。


まず1929年のアメリカ発世界大恐慌が語られる。最悪期はGDPは50%も減少し失業率が20%になった。
これから脱したのは戦時統制社会の構築と第二次世界対戦によってである。
つまりニューディール政策ではない。

さて、現代の経済的危機の本質。
アメリカのドル体制の危機だという。基軸通貨体制を維持するために世界中にばらまいたドルをアメリカに還流するシステムが必要だというのだ。
当初、圧倒的に強くアメリカ産商品が売れ輸出主導だった時代は終わった。それから変わり輸出し売れるものが無くなる。
商品が売れなければ、今度は企業を売買する。アメリカの不動産もうる。そして最後は金融債という紙を売ってドルを還流させる。そしてアメリカ国債を売る。

内山先生はこれがやがて国債も暴落し最後にハイパーインフレーションを起こして破綻するという。
これは、資本主義的な経済社会、個人主義的な市民社会、それから国民国家といういまの社会の根本的危機につながることになる。社会の組み換えがおこらざるを得ないとみる。

これを考えるためにいま一度、貨幣を考える。市場経済とお金の成り立ちを考える。
貨幣は国家がつくった。お金の成り立ちを単に交換価値の発生から説明するのは間違っているらしい。国によってはじめて成り立つ。これは使用価値とは無関係だという。

そして、あたたかいお金という概念を展開する。


nobu23 at 21:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年08月20日

経済メモ

今週の週間「エコノミスト」の記事から。

草野豊己(草野グローバルフロンティア代表)の論文。

引用
09年4月ロンドンG20首脳会議
ここで大恐慌の再来を阻止する協調政策を確認。
積極財政政策、非伝統的金融政策、通貨切り下げ競争抑制、で国際協調する。
これは、金融や民間部門のリスクを公的部門が肩代わりすること。これで2年間乗り切ってきた。

再び金融の変調。二つのリスク。
第一「欧州のソブリンリスク(国家財政破綻)拡大。
中国不動産バブル崩壊。米国景気回復息切れ。
第二「緊縮財政による経済のオーバーキル(過剰な景気引き締め)、金融規制強化などで金融システムの亀裂。

危機の本質
膨大な借金の代償
世界主要10カ国の名目GDP08年33.8兆ドル、債務総額111.5兆ドルとGDPの4倍に膨らんだ。
しかも店頭デリバティブ(金融派生商品)契約残高は684兆ドルと世界のGDPの10倍まで膨張。
この要因は借金による投資。アメリカはGDPの4.4倍。
日本は4.7倍である。
この債務膨張の仕組み。
CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)債務返済のリスクをデリバティブ(金融派生商品)としたこと。
ここにヘッジファンドが群がった。
結果CDS契約残高は62.2ドル。

08年リーマンショック以来の政府の財政出動。
米国総額4兆6千億ドル、EUは3兆7千億ドルプラスギリシャ危機7千5百億ユーロ保証。
09年4月ロンドンG20で5兆ドルの財政出動を決定。
以上引用。


こうした実体経済の何十倍に膨らんだ金融市場の近未来はどうなるか。貨幣価値の大暴落か金融市場の破綻か。

あたかもキリモミ飛行を迎える前の急上昇からなだらかな下降へと金融収縮に成功するか、それとも機体がバラバラに破損するか。危うい世界経済のただなかに私たちはいる。


nobu23 at 08:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年08月18日

水の問題 富士山という水の意味

465a4674.jpg水は面白い。
水は通常H2oの単体では存在しない。岩石から溶出するミネラルなど、それから溶け込む酸素や水素など複雑な微量素がおりなすシステムである。

山梨県の鳴沢村や忍野村などの水源地を見た。鳴沢村の渡辺さん、森のなかの水源地である。井戸を掘りポンプで汲み上げている。ここの水は300mもの深さがある。
飲んでみる。旨い。
まろやかで微かな甘味がある。ふくよかな感じ。しかも冷たい。聞けば4℃だという。冬にはあたたかく感じると話された。

普通の水井戸は150mくらいだが、なぜこんなに深くほったか。表流水による混濁を嫌った。玄武岩の層を幾つか掘り抜いた。この玄武岩の下層の600年くらい前の伏流水が欲しかった。
渡辺さんの説明では古富士山まで掘ったという。古富士までくると水はそれ以上浸透しないそうだ。

さて、この水はまずクラスターが小さい。80Hzだ。水道水が150Hz くらい。クラスターが小さいと細胞内に流通しやすいそうだ。
ミネラルはさすがに多い。バナジウムはもちろん亜鉛やカルシウムなど生物に必要な微量ミネラルが含まれている。

BMW技術では、人体の水は生物体と同じく海のミネラル組成と同じだとする。なぜか、それは地球の成り立ちに要因がある。地球のマグマのもともとのミネラル組成が基本である。それが地上で冷えて岩石になる。それが水に溶けて海ができる。その海に生物が発生していく。だから地球が人体を生み出した。だからマグマそのものの岩石が大事になる。それが玄武岩だ。

しかも何百年間と地中深く流れる水には、酸素や水素が溶け込んでいる。これをそのまま取り出す。これが旨く感じるのも無理はない。これが水だ。水がカラダの基本である。

こうしてみると、いくら浄化した水道水だと言ってみても全然違うことがわかる。汚染やバクテリアを取り除くのとは次元が違うのだ。水の成り立ちが大切だ。生命の水。

さて、これを大都会の人びとにそのまま届けられるか。しかも無駄のないリユースペットボトルで。
リユースペットはドイツやデンマークで普及している。
そもそもワンウェイボトルがこれ以上氾濫したら、地球がゴミだらけになる。アジアで増大するペットボトルを使い捨てから使い回しに変えるたい。リユース社会を実験したい。

その循環社会を水をテーマに始めたい。水こそ循環の基本形だからだ。水そのものと媒体としての機能とで。


nobu23 at 10:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年08月17日

戦争と平和へのメモ

f15ca2b9.jpgこの時期はやはり戦争を考える。大勢が苦しみ殺し殺された戦争について。

しかしそれは他人ごとではない。
自分自身を振り返ってみる。一時期、政治に関わり新左翼に関わった。それでトラウマがある。
それは理想を求め人間の真の素晴らしさを実現するとした運動が、やがて凄惨な内ゲバに転じていったことだ。

最初は理論的相違をめぐる論争だ。相手がいかに間違っているか。わが党派がいかに正しいかというもの。それは、一見真理を求め正確な社会革命のコースをめぐる論争に見えた。

ところが次第にむしろ間違った相手のいうことだから、いかに間違っているかを挙げ連ねるという派閥の論理に転落していく。相手への感情がまずある。自分たちの身内以外は敵なのだ。閉鎖的集団の論理。自集団の利害が先にたっていた。自集団が増えて大きくなることが革命なのだ。

しかし当の本人たちも薄々おかしいと思っても、もうダメだ。ある種、そうした疑問を呈するやつは臆病者であり日和見主義者にされていく。
そのうち肉体的実践が大事だとされ、それ自体はなるほどと思うと、これは敵を倒す暴力の実践なのだ。ここまでくると理論もへちまもない。勝手に暴走しはじめる。いつのまにか、国家への戦いが敵対党派との戦いにすりかわる。先ずは敵対党派の殲滅抜きには国家との戦いもあり得ないというわけである。
本末転倒。しかし悲惨な戦いは終わらない。

こういう場面では純粋で几帳面なやつほど危ない道をひた走る。
もしかすると自分たち自体が間違っているかもしれないとは考えない。あるいは考えることはおかしいとなる。断固として迷わず決断して勇気を持っていくことしかないとなる。

これが恐ろしい。いつのまにか人間性を失い軍事思想へと昇華していく。総火の玉だ。玉砕である。軍事思想とは要は自アタマで考えることの放棄。絶対の組織集団ルールの貫徹である。死を恐れない。死を見つめない。生命を見つめない。

さて、現在だ。
先ずは、組織論理に囲まない。集団の論理に流されない。一人ひとりが生命を大切にした生きかたをすること。それには、自分の身体性に目覚めること。60兆個の細胞の生成。そして全身の神経細胞。ミラーニューロン。
運動系と多重人格。物語の世界。

村上春樹。世界の人びとが紡ぎだす深い精神世界。国境を超える人びとの基底的世界。平和への祈り。


nobu23 at 09:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年08月14日

茗荷谷の蝉


9e0bad80.jpg
茗荷谷には比較的公園が多い。暑い夏の昼休みにこの古い大きな木のある公園にいく。

さすがに人はまばらだ。
噴水のある水場で子どもたちが騒いでいる。離れて木陰の道を歩く。
なにか世間バナレしたような大人たちが一人二人、探しものをしているかのようにゆっくりと歩いている。
気配を消してすれ違う。
木陰は意外にさわやかだ。暑さを忘れる。

気づいてみると都会の真ん中なのに、不思議な生々しさが漂う。異次元空間への空中トンネルを探す人びと。
蝉の鳴き声がふっと止む。
さっきまで聴こえていたカン高い鳥の声もやむ。
工事の喧騒も近くの道路の車の音も聞こえない。

大きな古い木はいい。蝉たちがそこに位置して生と死とをつなぐ場である。死と生の中間地点である。
ようやくこれにふさわしい木を見つけた。そうしてみんみん蝉はそのカラダを木に同化していく。考え深そうに哲学していく。彼にはいのちと時間がわかっているのだ。
その意義深い時間を止めてみせる。一瞬の永遠をぼくにみせる。
なんという不思議な世界。

たくさんの音と、そして静寂。飛び去るような時間と一瞬の永遠。それをわからせてくれようとする。

古い大きな木は昔からの構造物のようにある。どこからが物体でどこからが生命体かわからない。そういう存在感。だから蝉はやってくる。安心してとまっている。ここからしか行けないとわかっている。ここがかの通路だ。秘密の時空間への道なのだ。

ぼくはこの時空に取り込まれる。みんみん蝉に同化する。と思った。
そう思ったその瞬間、蝉は飛びたった。振り切った。
するといっせいに騒音が降り注いできた。再開した。そう、昼休みが終わる。b9c4a796.jpg287c4c42.jpg


nobu23 at 01:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年08月12日

真夏 一生を終えるか アブラゼミ

21a03d64.jpg熱い。猛暑である。

真夏の都会のアスファルトはたまらない。白茶けた道路に湯気が沸いているようだ。しかし、ここが勝負だ。カラダにエネルギーが満ちてくると暑さも爽快である。日焼けしながらも歩く。

都会の小さな公園。蝉が鳴きわめいている。アブラゼミだ。暑苦しいその声。耳から全身に降り注いでくる。
これに比べたらヒグラシは涼しげだ。夕方、カナカナカナと遠くから聴こえる。物悲しい。姿は決して見せない。

で、我がアブラゼミだ。脇の裏道にひっくり返っていた。これでは車に引きつぶされるかとつまんでみた。
すると弱々しくもジタバタと羽を動かす。しかし、飛べるほどではない。

仕方ないので起こしてみた。なかなかの雄姿だ。七年間も土中にいた。最後の一週間、交尾のために外にでてきた。危ない我が身を省みずひたすら泣きわめいて倒れる。
それが彼の生きかた。

真夏になると必ずこのアブラゼミと再会する。騒々しくけたたましい。
ただ喚きちらしそして息をひきとる。生と死。そのあいだにいる。やがて生はどこかに抜け出していく。
熱い。


nobu23 at 10:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年07月14日

旅について

de76a417.jpg60歳を人生の折り返しとみるか、ゴールとみるかで、全然違った風景がたちあらわれてくる。人はあまりに組織人として長いと、まるでその組織での役割抜きには自らのあり方がないかのように考えてしまうようになる。役割が人になる。溶けたビニールのように皮膚に張りついてしまう。


自分では、相当自由に動き続けてきたつもりでも、知らず知らずに、この枠組みにどっぷりと使ってしまう。これは、まずい。
そして組織が低落しても社会が壊れても、内部では仲良しグループによって事無かれで、安泰に運営してしまえるように見えてしまう。ヤバいことだ。

さて、ついこのあいだまで日本の村と山には、山伏の伝統があったという。内山節先生によると群馬県上野村では、最近も家をでて単独で山に入り一人修行者になった高齢者がいたという。私度僧といい、山伏となる。あるいは修験者だ。

これは明治時代のはじめに弾圧されるまで全国各地に60万人もいたらしい。

それから雲水だ。山伏とは違うが、やはり修行を続ける仏僧だ。日本には、こうした風来の水脈がある。佐渡の我が家でも、たびたび出家する人間がいた。武蔵もそうだ.

しかし、現代の日本は旅を忘れた。ただの観光や移動はあるが、人生をやり直してまるで別世界に住むかのような本物の旅が失われたのだ。その結果、物語を失った。脈動する魂と深い世界との交信を忘れてしまった。

しかし、たまにはこの異世界に触れることが必要だ。重病になり、死と直面してからでは困る。死と直面すると必ず起ちあらわれる異世界。これを生きているうちに体得すること。これは鉄道を走る列車が、まるで列車ごと異次元に走りこむような話だ。

さて、時間と余裕の無いぼくたちはどうするか。
物語だ。物語を読むこと。上質な物語の世界には、こうした異次元の世界がひろがる。そうして願わくばこの異次元世界に旅を企ててみよう。


nobu23 at 07:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年07月02日

ある日の晩飯

0839d038.jpg具たくさん味噌汁。味噌は今治市直販所でお気に入りのJA桑周の久美愛みそ、これが美味い。エコじゃがとエコ玉ねぎ、キャベツ、椎茸入。

PB豆腐冷やっこ。枝豆。サラダはレタスとキャベツにピーマンとPBツナフレークノンオイルを混ぜる。塩胡椒と「マヨネーズはこれ」を少々。

藪川の行者ニンニク漬け。そして小田原のきぬひかり玄米と黒米。炊いておいて冷凍保存したのをレンジ解凍。

そして、シルクヱビスで乾杯。

今日も無事終わった。がはははは。


nobu23 at 22:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年06月30日

パルカレッジinささかみと 阿賀野市の交流エリア検討委員会

13b9bca2.jpgささかみは、パルシステムグループの職員にとって、訪問し学ぶ場である。働く意味を考えその意欲を引き出すチカラがある。

毎年20名くらいのチームで、それこそ学生から内定者、新人、三年から五年、リーダー、幹部と経験や仕事内容や役割ごとに企画されている。農業体験と座学とワークショップが行なわれている。
やはり、独特の現地空間と濃い人びと、美味しい食事とうまい水が人を元気にする。生協の無くてはならない道場である。

この日は、供給リーダーと営業リーダーと呼ばれる現場を指揮するリーダーたちの研修があった。行程は、農協での総合的な説明。堆肥工場や豆腐工場の見学。そしてメインは石塚美津夫理事長の有機農業の体験だ。
夢の谷ファームで草取り。それから石塚さんの講義。
夜は、その夢の谷ファームでホタル観賞である。しのつく雨のなかに光の点滅。ふわりと舞う輝跡。驚き。これこそが有機農業の成果だ。十数年前に絶滅したと村人の誰もが思っていた。それが復活した。どうだ。・・・参った。

さて、ささかみから帰って何をつなぐか。それは、参加したみんなが創ることだ。みんなが少なくともこの瞬間だけは働いていて良かったと思っている。これは確かだ。この瞬間が大切だ。


2e7a4175.jpg
さて、パルカレッジに参加した後、午後から阿賀野市の体験交流エリア検討委員会に出席した。道の駅構想の見直し検討だという。

市の各界から委員が選ばれている。農業、商店街、建設、不動産、企業、NPOなどだ。
街つくりの構想をお手伝いすべく二時間のワークショップをコーディネートした。
10年後の阿賀野市の未来。4グループで出された内容は、やはり素晴らしいものだった。環境、農業、福祉、温泉、食、若者などなどである。多くの知恵を寄せると一人の天才に優る。

そして次に、このビジョンを意識しつつ問題点の抽出をした。でるはでるは、である。
これをまとめて各グループで発表する。問題を明確にする。
今回はここまで。

有りたい姿の未来ビジョンを協同で描いていくこと。そして現実とのギャップを把握すること。ここから始まる。
次は課題化だ。
未来は、住民自身によるデザインが決める。自分達で夢を語り知恵を寄せ、資源を発見して創っていく。地域コミュニティ再生は、こうした場づくりから始まると思う。


nobu23 at 10:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年06月29日

世界金融システムの危機とジョージ・ソロス

6ac82184.jpgいまG20が開催されている。管直人総理大臣の初参加だ。

さて、一見すると世界はリーマンショックから立ち直ったかのようだ。だが、このソロスの講義録を読むとむしろ危うい現実と危機の深さが明らかとなる。

それにしてもこのソロスという人は面白い。世界金融システムの只中で巨万の富を築いた、まさに金の申し子。ヘッジファンドの親玉である。そのソロスが明け透けに世界資本主義の市場原理主義を徹底批判する。面白い。

故郷ハンガリーにソロスの創った中央ヨーロッパ大学。そこでの講義録である。

激動の金融システムのなかを泳ぎながら何度も危機に陥いる。しかし生きのびていく。成功していく。
この不思議な強さはどこからくるか。金融システムを知りつくしたと言われたかのノーベル賞経済学者すら破綻したのに。
彼の生い立ちを知るとなるほどと思える。ナチスドイツのハンガリー占領。ソロス少年一家を偽の身分証で救う父親。その父親のロシア捕虜とシベリア脱走経験。ソロスの少年時代のナチスドイツ占領からの解放。しかし次にはソ連占領。そこから逃れてイギリスの大学へと向かう。そしてアメリカに渡りトレーダーとなるのだ。

この数奇な運命。世界の激変をこうして生き抜いてきた彼だけが体得できた真実が見えるのだろうと思う。
国も社会もなにも確かなことは何もなく、命ももて遊ばれる。

彼独特の「再帰性」理論。これは二つの命題からなる。「思考する参加者がいるような状況において、参加者の世界観は部分的で、歪んでいる。」
と「この歪ん状況認識は、その結果として発生する状況参加者の不適切な行動を通じて、状況に対して影響を及ぼしうる」というもの。
これは要するに、ゲームの参加者にとって確実なことは何もない。完全な予測はあり得ない。しかも、参加者の思惑でゲームの場が変わる。という賭博の修羅場をくぐり抜けたものの持つ独特の世界観に似ている。

だが、本当に面白いのは彼の資本主義批判にある。ジョージ・W・ブッシュ政権批判。あのジョージ・オーエル「1984」の世界、「真理省」の存在。「ニュースピーク」という言語。オーエルが描いた人間支配の究極の姿。これをブッシュの参謀フランク・ルンツが公然と真似る。彼はは大衆操作と暴力と戦争への煽動家である。なんでも仕掛ける。自分達が勝てばいい。アメリカにおぞましい1984の誕生である。

このような情報操作がいとも簡単に成功すること。これをソロスは「アメリカ人は真実の探求に特に関心があるわけではない」「それどころか、騙されたがっている」という。この情報操作の時代を「消費者社会の誕生」からだと明確にしている。この企業広告の時代から政治と文化の領域にも広がったと見抜いている。

しかし、これはアメリカだけではない。二つの月の世界とリトルピープルは私たちの世界だ。誰かを悪者にしたがる単純な白黒の世界観。みんなは悪くないというわけだ。問題は自分達にあるのに。怪物は自分達が育てているのだが。

ソロスは、ざっと第二次大戦後の資本主義を概括する。世界金融システムを牛耳るIMFと世界銀行。これはアメリカが大株主となる株式会社。この戦後世界経済秩序を決めたブレトン・ウッズ会議はイギリスのケインズを押さえてアメリカのハリー・デクスター・ホワイトが握る。以来「ワシントン・コンセンサス」が世界の指導原理となった。
しかしこのアメリカを頂点とした仕組みが自ら生み出した金融システムの怪物に破壊されていく。アメリカ発世界恐慌だ。

ソロスの提言は、世界金融システムを制御する世界的意思をつくれということにある。
だが、それは自己矛盾だ。各国を超えた金融の怪物。これは弱さや矛盾を食い物にして肥大化してゆく。人間の素朴な欲望を累乗化して暴れていく。

では、どうするか。
新しい経済、金銭的価値とは異なる価値によって結ばれる社会の誕生である。
それは、実は昔からあった。いまもある。そこここにある。
マスコミと金融システムからの逸脱。あるいは、地下深い井戸からの繋がり。
豊かな森の物語。大地と水と生命のシンフォニー。


nobu23 at 07:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)