事業・起業

2011年09月26日

他人史としての自分史 小山常子 「主人は留守、しかし・・・」

セカンドリーグ支援室長だった小山邦子さんが本をだした。ご主人の母の常子さんの本である。小山常子さんがご主人の小山正孝さんとのことを書いている。詩人であった彼との濃厚な関係がその詩とともに綴られている。

いま91歳の小山常子さんはお元気で好きなマージャンもやってるそうである。英語教室で近所の子どもたちに英語を教えていた。女性はお一人でも長生きするね。

最初に出会いのシーンが出てくる。階段でのすれ違い。そして初めてのデート。映画のワンシーンのようにその時のドキドキ感が伝わってくる。

おもしろいと思ったのは次の言葉。

私は人を好きになることが、これほど恐ろしいこととは思わなかった。怒涛の海に吸い込まれそうになりながら絶壁の上に立っているようなものである。

またこうも言う。恋愛というものは結局は恐ろしくエゴイスティックなものである。

これを読んで浮かんだのは、恋愛と生活についてだ。燃えるような喜びは暗闇に沈む悲しみと表裏一体である。人生は糾える縄のようだ。その旅である。平凡だが。

ドラッカーの著書で僕が一番好きなのは「わが軌跡」である。ここには自分が書かれていない。書いていない。自分を語らない。ドラッカーは影響を受けた人を語る。他人を語る。それを通してドラッカーの生き方が浮かび上がってくる。他人史の中に自分がいる。するとマネジメントの大家としての彼ではなく、なぜ企業や組織にこだわったかが分ってくる。それはナチスやロシアとの戦いだ。人を踏みにじる戦争という暴力とのそれだ。だから人が人らしく生きれるようにと組織のあり方を問うのである。彼も最初に祖母を語る。もっとも多くの影響をうけた自分のおばあちゃんから語り始める。ナチスユーゲントに毅然と立ち向かう彼女の生きかた。

さて、自分史を書いてみよう。それは身近な他人史となるだろう。他人を語り他人との関わりを物語ることで自分を解き放つのだ。セカンドリーグ支援室が応援する。



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2011年01月27日

常識を疑う パラドックス論

テレビや新聞の論調で考えていると世の中の真実が見えなくなる。

なぜ農村地域に若者が居なくなり山が荒れ村が衰退して行くか。

なかには、いや日本の農業は世界でも強いのだとか販売高は高いとか言い張り、まるで問題が無いかのように言い張る人すらいる。そう言う販売金額で見たら、日本ほど流通や販売網が整備され都市部に巨大消費市場が形成されていれば、金額で計算したら高額になるのはあたり前である。だが、この販売高が大きいと言うことと農業の衰退とはまるで問題が異なる。問題は、農村部をつぶさに見て行くと分かる。

たとえば竹藪の荒廃である。竹藪はまさに藪そのものになり密集して生えてくる。

これを保全するには筍を間引いてやる必要がある。適度にしてやり整備する。これをしないと荒れることとなる。そして密植になると一部から葉が枯れ始め葉が落ちる。そして幹と枝だけが残り魚の骨のようになる。それから白ちゃけて全体が枯竹だらけになる。こうなると次はバタバタと倒れ始める。

あるいはその前に他に広がって行く。よその畑や山に進出し出す。困ったもんだ。

これが倒れて崩れると崖崩れが起きる。竹は生きている時は根を張り、地震がきたら逃げ込めと昔の人がいうくらい強い。これが枯れてくると逆に弱い。怖い。

一気に山崩れが起きる。

それから昨年、過去最高の数の熊が里に出没して殺された。2800頭も。大変な数だ。

雑木林のコナラなどがカミキリムシにやられた。これは虫のせいではない。

これはおそらく森の衰退であり木々の生命力の衰弱が原因だろう。山が荒れて衰弱すると里山や森が荒れ、山の神といわれる熊もが荒れはじめてくる。

天候も変わり破壊的な気象と現象が多発していく。

農のチカラを金だけで考えないこと。カネで計らないこと。

若者の農離れは確かに第一にお金だが、実はその前に農から離れる価値観がある。問題そしてある。

農の面白さ豊かさを知らない。ただツライ。ただつまらない作業の継続に見える。

だが実は農ほど面白い物はない。ただし農をただの作業に落とし込めない。換金作物作りだけにしない。効率を考えないこと。

農は芸術だ。農は宗教だ。農は哲学だ。農は自然科学だ。農は社会科学だ。民俗学。伝統芸能。これを都市と結ぶ。そしてあったかいお金を回すこと。

ルーラルキャンパスで学ぶ芳醇な過去とそして未来。



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2011年01月19日

自由貿易論批判と中野剛志

ようやく若手の政策担当者から自由貿易への批判が展開されるようになった。
中野剛志「自由貿易の罠-覚醒する保護主義」青土社

世界がグローバル化するなかで、各国間の貿易ルールはいかにあるべきか。
「平成の開国」などというが日本は鎖国していたのか。などという議論の前提としてかなり本格的に主流派経済学の批判を展開する。ミルトン・フリードマンのような市場原理主義はもう評判が悪い。すでに多くの人々はこの化けの皮をはいで見抜いている。問題は、ポール・クルーグマンのようなまともな経済学者にある。
宇沢弘文先生たちのようにすでに自由貿易論批判を長年に渡りキチンと展開されている大御所はいたが、若手の政策研究者で政府部内からの本格的な批判はすごいことだと思う。大丈夫かなと心配になる。

さて、いままでの常識。
経済が発展すると人々は豊かになる。経済の発展には国際貿易が不可欠である。国際貿易では関税を出来るだけ低くして自由に行なうことが望ましい。これによって各国の強い産業が世界に広がり、非効率で弱い産業や企業が淘汰される。このことが世界をトータルに豊かにし人びとは幸福になる。各国が偏狭なナショナリズムによって政府と官僚の利益で世界貿易をゆがめて真の世界の発展と国際協調を阻害している。「リカードの罠」自由貿易が世界を豊かにする。

これに対していち早く自由貿易からの脱退を進めているのが当のアメリカである。アメリカ民主党のシンクタンク「ブリッキングス研究所」の「ハミルトン・プロジェクト」による政策である。保護貿易主義者のハミルトンの名を冠する。
アメリカ政府は、「労働政策やエネルギー政策、環境政策との整合性を理由に、従来の自由貿易のルールから逸脱する可能性がある」としているというのだ。
周知のように、もともと京都議定書も締結せず生物多様性条約にも加わっていない。しかしアメリカの悩みは破綻した金融資本主義によるアメリカ経済の崩壊である。ぼろぼろである。深刻な大不況。
そしてアメリカ発の多国籍金融資本はグローバルな怪物として暴れまくっている。政府を食い物にしながら。

中野剛志氏がすごいのは、経済学のあり方そのものを問うていることだと思う。
主流派経済学が、真理はひとつでその経済の本質を把握してそれを政策に落とすという枠組みそれ自体を批判している。経済学の前提として絶対真理の「合理主義」、数学的思考法を批判する。
ジョン・デューイの「プラグマティズム」を引用し、「問題状況」を把握し人間は不完全で間違いを犯すとして、「科学的探究とは終わりなき仮説の設定とその修正の過程である」という立場をする。これは、従来の理論と実践を分離し理論が優位と見なされていることへの批判である。抽象理論が真理であり、その知識をもって社会を改造しようとする合理主義批判だという。

さらにマイケル・ポランニーの「暗黙知」を評価する。科学者は問題発生の実践的現場を知る「暗黙知」の獲得から出発すべきだという。これは僕たち実務家の実践的な仮説・検証の参加型の思考法である。
ここでは、頭でっかちの議論がいかに危険かを述べていると思う。

ある社会の問題解決のための集団行為や協調行動のルールや方針を政策として確立していくために、政治、官僚、民間がいかに協働するかが問われているということ。
産業化とは、デューイを引用して「利益追求活動の結果ではなく、自然科学の知識を実践の中で応用し、技術を生活の中で応用した結果である」という。
なるほど教条主義は、マルクス主義のみに発生したのではなく、主流派経済学もそうだったというわけか。

政策のエキスパートとはと問う。
彼らの個人的な卓越性のみに由来するのではなく、社会におけるさまざまな主体とのコミュニケーションを通じて発想する「社会的知性」なのであると規定している。

そしてデューイによれば「ただし、社会的知性を発生させるコミュニケーションの場として決定的に重要なのは、最終的には地域である」というのだ。安定的な地域共同体が健在であり、かつ各地域共同体も対外的なコミュニケーションに開かれているような「大きな共同体」を理想とする。
そして中野氏は、政策のエキスパートとは、社会の地域共同体や各種の組織との間のコミュニケーションを通じて、大きな共同体を維持し発展させる役割を果たすとしている。

さて、日本の各地域共同体、そして各種組織はどう問題解決にあたるか。人びとの豊かになっていく活動をひろげるか。そのために、世界とどう向き直っていくか。
経済学と政府と行政と企業と各組織と市民のあり方への優れた官僚からの問題提起である。面白い。


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2011年01月17日

政府の限界と自ら取組むこと

日本の深刻さを羅列する。
若者の失業、高齢者の急速な拡大、所得格差の拡大、年金や社会保障の危機、農地の崩壊、山林の荒廃、竹林の荒廃、漁業の衰退、地方自治体の大赤字、経済の収縮など。
こうした問題をどう考えるか。

まず、この解決は団塊世代が取り組むべき課題であるということだ。これはハッキリしている。自分たちの問題だからだ。しかもほとんど団塊世代が撒き散らした問題である故に。

団塊世代だけとは言わないが、この国や社会のあり方に無責任な考え方が多い。というか問題山積していることに人ごとのように言う。政府がダメだとか財界が悪いとこか学者がまちがっているとか。
だからどうしたと言いたい。では自分たちは何をしているかと。

高齢者の問題は、高齢者になる自分たち世代で解決していきたい。高齢者だって役立たずではない。いやむしろたくさんの経験を積んだ「出来る」人たちが多い。頭で学ぶ上っ面の知識ではなく、辛酸を舐めた深い体験からくる人間の知識である。これを活かしていきたい。
ところが団塊世代は日本の成長期と成熟期に生きたために、経済衰退や崩壊などの乱世に弱い。基本的に会社人間が多いのではないか。という自分自身もそうである。組織の一員として真面目にやれば成果があがり暮らしも良くなる、良くなった。50年前の暮らしとは雲泥の差。

しかし、成長し成功したために自組織の外への関心は低い。地域社会へ裸一貫で参加するなど個人の貢献はじつに低いと思う。一人の人間として何ができるか、挑戦をしていない。いままですべて組織人として行動するのみだった。これが社会のあり方にひどい影響を与えた。社会が貧しくなった。そして問題が山積した。
ごめんなさい。申し訳ないと思う。やはり一人から行動していないと思う。

ではどうするか。
出来るところから無理せずやること。高齢者の手助けをする。障がい者に自分でも出来ることをやる。当たり前だが、専門的施設へも関わりたい。ホンの少しでも関わる。
農業をやる。土日でもいい。仲間と無理しない範囲で関わる。ずっと続ける。
若者の働き場をつくる。雇用して高い賃金など出せないが、一緒に朝市出店などチャンスをつくる。売り方を一緒に工夫する。
熱心な若者ならきっと稼ぐ術を体得するかもしれない。すると雇われない働き方も可能性を増す。

いま何度も総理大臣が替わる。何も変わらない国で政府の大臣がコロコロ変わる。
政治家も可哀想だ。大変だ。マスコミも無責任だし。出来ることは限られている。

木の根っこが腐っていては花は咲かない。実はつかない。政治の土壌もそうだと思う。
だから、政治を変える。それはしっかりとした根を生やすこと。豊かな土壌を育むこと。

こういうことはマスコミにも登場しない地域での働きかたにある。
僕たちが変わることにある。着々と地域の「豊か」を仕掛けていく。

自然は豊かにそれを教えてくれる。
風は冷たいがカラダを動かそう。

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2011年01月16日

畜産PR行動とパルシステム

一昨年、2008年からの大不況でパルシステムは2009年度ではじめて供給高が前年比を割り込んだ。そのもっとも悪かったのが産直の分野だった。青果と畜産である。そこで、もう一度組合員へのパルシステム産直の普及にグループ挙げて取り組んだ。

青果は昨年に物流改革を完成させて青果専用物流としたことにより、納品日を短縮して鮮度アップした。低迷した果物も糖酸度を測定して糖度保証とした。そして、地域のパルシステム事業所職員たちと生産者の交流と相互研修を徹底して取り組んだ。
いきいき品質キャンペーンである。組合員一人一回あたり3品目の青果の利用に上がった。
しかも利用後の評判も上々である。ただ昨年の夏の青果は異常気象で物不足と価格高騰でもともと青果利用は高くなる。むしろ市場価格が下落したこれからが勝負だ。

さて畜産である。
この取組みにあたりパルシステムの産直畜産を再度コンパクトに整理した。
産直4原則は当たり前だが、さらに直営工場がある。習志野精肉製造と山形ハムソーセージ工場である。これによって生産者の牧場からと畜場を通して直接仕入れて製品化している。これは肉質など製品化技術を内製化することで産直の技術的側面を把握することとなった。
さらに畜産専門家を育成し顧問獣医による指導をいただき牧場管理も生産者と共に研究する。
そして飼料米への挑戦である。このパルシステム産直はアメリカ型でもヨーロッパ型でもない日本型畜産への挑戦を行うことである。もちろん生産者も多様なため一緒に話し合いながら無理無く進める。

その結果、生産者とパルシステム畜産生産指標を作成している。生産管理から交流まで体系化されている。飼料の自給を向上する様々な取り組みも進める。パルブレッドのパンクズ、PB豆腐のおから、そして飼料米である。米豚など。

地域の配送センターなどの事業所職員たちと生産者の交流は様々な感動を生み出した。それをチラシに書き、そして語る。職員たちが商品を熱く語る。 生産を語る。つくるを語る。面白い。

パルシステムは物売りでは無い。扱っているのは熱き人間たちの思いのこもった生命力あふれる農産物とその食品である。つながることがいのちを結ぶ。


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2011年01月14日

下村婦人会、コミュニティビジネスの源流

熊本県球磨郡湯前町、と言ってもどこにあるかすぐにはでてこないかも知れない。鹿児島空港から高速道路に乗り、その後一般道をくねくねと山道を走る。一時間半くらいで山のなかの広い盆地のような所にでる。ここが湯前町だ。合併を拒否してがんばっている。
ここに昭和25年から続く 農家のお母さんたちの漬物加工場がある。下村婦人会である。創設者の山北幸さんは現在は引退したが、まだ特養で元気にしておられるという。96歳である。
ここの「市房漬け」が知る人ぞ知るこだわりの漬物なのである。これを視察した。「本場の本物」の審査である。

なにが驚いたかいうと、まず味噌作りから入る。地元「JAくま」から仕入れたお米と麦を中心に仕込む。そこまでは他でもできる。この味噌を土中に埋めたカメに寝せるのだ。人がすっぽり入るような深いカメで一年間自然醸造する。この味噌をベースに漬物を作る。また醤油も同様に仕込み手作り圧搾機で手でハンドルを回して絞る。ポタポタと絞る。だから醤油も深い香りがする。香ばしい。

原料野菜の畑も二ヶ所見た。
椎場さんは畑で大根を掘っていた。ほこほこする土に切り取られた大根の葉が一面に広がっている。ビールケースに座布団を敷いて腰掛けながら作業していた。声をかけると被り物を取って挨拶される。74歳。元気である。シャキとしている。
ご子息は「勤め」で農業をつがないという。二世帯で新居が隣接している。ヨメとはあわないと笑った。
畑には大根の他ほうれん草、白菜が見える。
あまり金にならないが、遊んでいても仕方ないとまた笑った。帰りに大根を二本もらった。洗って厚切りにし齧ッてみると、これが美味い。同行した町役場の職員にも進めたら驚いていた。ちょっと果実の味わいである。

もう一人、金子さん。彼はMOAの有機農業者。46歳。ゴマをはじめ麦や雑穀を生産している。実に詳しい。
ゴマは作るの難しくないですかと聞いたら、いやそんなこともないとしっかりと答えてくれた。ゴマ虫は出ませんか。でます出ます、あれはお友達です。葉っぱを食べてくれるので作業しやすい。それに増えるとカラスが食べてくれる。
別れ際に子どもが四人いると笑った。じつに頼もしい。町会議員だそうだ。

下村婦人会は8人の主婦たちで運営する。いままで生み出した利益で、「子ども文庫(図書館)」設立、「子ども広場(運動場)」を村に寄付した。公民館分館も建てた。

コミュニティ・ビジネスや農商工連携、6次産業化、などという言葉がでるはるか60年前に女性たちが起こした起業。子ども達が町へ出て行く。村を忘れないように、お母さんの味を忘れないようにと手作りの昔ながらの漬物を作った。伝統食にこだわった。

その名の由来である「市房山」が村のどこからでも見える。漬物、村、山、そして家族、これを結ぶ食の生産。
昭和46年、「暮らしの手帖」で花森編集長に取上げられ一躍有名になったという。
それからも延々と続けられ、現在代表は2代目の星原さんが務めている。
声のハリのある元気な方、自ら畑も栽培している。




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2011年01月06日

JAZZの歴史と組織の論理 坂本龍一

お正月にNHKで坂本龍一氏の音楽講座スコラを一挙に流していた。このうちJAZZについて、たまたま見たらこれがおもしろくていっきに最後まで見てしまった。

JAZZの発祥はよく知られたようにニューオリンズである。ここはアフリカから黒人奴隷を連れてきて売買するアメリカ南部の大都市だった。JAZZの原型は黒人労働歌とマーチングバンドと確か聖歌だった。労働歌はブルースであり辛い労働から解放されるために歌われるもの。マーチングバンドは本来戦争のためのもの。歩兵隊の前進を歩足のリズムを刻み統一して戦わせる。文字通り鼓舞するためだ。最強のオスマントルコ軍が開発したのだ。以降、軍隊の戦いで不可欠となった。あくまで明るくかろやかなマーチである。

ニューオリンズでこの黒人音楽と白人音楽が融合していく。
最初はリズムの革命家、ラグタイムだ。4拍子で、いままでワンとスリーが強調される普通のリズムを、裏拍子とも呼ばれるツーとフォーを強くする。ウンチャ、ウンチャ、である。これが後々ROCKへとつながる。
そしてブルーノート。これはドレミの七音階に当てはまらないミとシの半音階下げた音を基調に使うもの。民謡調というか独特の哀愁感がでる。
ラグタイムもブルーノートも既存の西洋音楽の範疇を壊す。こうした革新は頭ではできない。腹の底から湧き出す音楽への渇望から叩き出された。

そしてこれがダンスミュージックへと大衆化していく。ハデなビッグバンド。ラッパ系が入りスイングと呼ばれる快調なダンス音楽が広がる。ディークエリントンバンドなどである。
しかしこいつに飽きたらない黒人たちの新たな挑戦が始まる。

ところでJAZZの基本を坂本龍一氏はこうおさえる。コール&レスポンス。呼びかけと応答。呼びかける歌と応える歌。これを支えるリズムと通奏低音。ドラムとベース。
こうしてまずモダンJAZZが生まれた。チャーリー・パーカーが偉大だ。
シンコペーションを駆使しつつ、和音、つまりコード進行を進める。彼はコードを素早く正確に刻みながら自由に即興演奏を行う。

しかしその和音(コード)進行を無視しブルーノートの音階に依拠して表現するモードJAZZが次に誕生する。モードJAZZ。マイルス・ディビスである。切り詰めた音でまったく新らしい表現が洗われた。
しかしもっと革命的なJAZZが同時に発生する。音階、音調、リズムを無視して勝手にやる。フリーJAZZの誕生である。
山下洋輔がいう。ピアノ、ベース、ギター、ドラムが勝手にやりながら自己主張しそこから新たな協働が生まれると。すごい。

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2010年12月29日

地域と世界

団地の自治会で一年間集金と毎月の広報チラシまきをしている。
最初はイヤだったが、いつも不在でなにもしていないことに罪悪感みたいなものを感じていたから引き受けた。引っ越してきてこの10年で二度目である。
とは言っても、たいしたことではない。月一回、定例日に早朝自治会室に並べられたチラシを回覧板三つと25軒に配布するセットを作って配るだけ。役員会は出張などでなかなか出れない。

配達は楽で楽しい。しかし集金は結構大変だというか、いちいち個別訪問で集めるしかない。留守には再訪問した。しかし二回目からは留守宅に封筒で届けるようにお願いしたら簡単に集まった。全員からピタッと集まると気持ちがいい。

この自治会の総会が面白かった。出席者はほとんど女性だが、なかにいかにもどこかの会社の経理課長然としたおじさんが混ざっていた。その彼が会計報告をみててを挙げた。バス視察と懇親会費用をなんのために必要かと追求したのだ。それにたいして女性役員が役員同士の交流や研修に必要だと答弁した。そんなものは認められないとばかりにさらに手を挙げて追求しようとした

そのときだ。その人のそばの女性がすかさず手を挙げて、語気を強めて言った。
役員の方達は常日ごろ自治会のためにそれこそボランティアで働いてくれている。あなたも自治会のために働いてもらってもいいのでは。わたしは会計報告に問題は無いと思います。
そうしたらほぼ全員の女性たちがいっせいに力一杯拍手喝采したのだ。
するとその会計課長は、いや、僕はなにも反対までしていないと言い訳しながら黙ってしまった。

地域が成り立っているのは、昔からこうした地味な活動が支えている。活動などという言葉も似合わない。ごく当然の仕事。

さて、このチラシ束をよくみると実に多様な地域の様々な活動が見えてくる。子育て、高齢者サービス、盆踊り、天体観測、民謡、いろんな企画の案内がある。
環境部会の人が言った。私たちのような新しい街は、自分たち大人には別の故郷がある。だが、こどもたちにはこの街が故郷になる。ここが故郷だ。だから私たちが思い出に残るふるさとをつくることになると。良いふるさとをつくろおうと。

地域には、こういう素晴らしい人たちがほんとに多勢いる。
この人々の毎日の働きが美しい地域をつくっていく。それが本来の豊かな社会を形成する力になるとそう思った。

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2010年12月27日

アメリカと日本 元スパイの証言

最近アメリカや日本の諜報機関の仕事が暴露されることがあいついでいる。
扶桑社からでた「日本最後のスパイからの遺言」もその一つだ。これが面白い。
元公安調査庁の菅沼光弘氏とジャーナリスト須田慎一郎氏の対談。菅沼氏はドイツのゲーレン機関に訓練を受けた本物のスパイである。それがバイアスはあるにしてもここまでいうかと思うくらいしゃべっている。

一番、重要な部分は菅沼氏が公安庁を辞めた後、雑誌に匿名で「いまは冷戦が終わって、本当にいちばん日本が調査すべきはアメリカの対日情報活動です」と語ったら、すぐに親しいアメリカ大使館の偉い人から「敵と見なされる」という場面がある。
今日になって、朝鮮戦争とアジア三鷹事件、下山事件、松川事件の関連が暴かれてきているが、ついこのあいだの韓国海軍哨戒艦撃沈事件の問題などについても、国際政治の裏側を明らかにしている。そして朝鮮半島の悲劇も語る。アメリカは、朝鮮戦争の開戦を知りながら韓国軍には通報しなかった。戦争、これを利用しつくす。

さて、こうしたアメリカの陰謀、謀略とともにロシア、ドイツなどのじつに恐るべき情報活動の数々を知らされる。こういう国際政治舞台を見せられると日本の人のよさと強力な政治家の不在に不安を覚えるかもしれない。もっと情報収集して対外諜報活動をしないとやられると。なんとかしたいと。

実際、安倍晋三元官房長官がアメリカに日本に情報機関を作りたいといい、門前払いでバカにされたという。これを知ると日本独自の情報機関はいまも無いことになる。アメリカのやりたい放題ということだろう。

さて、お人好しとバカにされるこういう日本だが、第二次世界大戦の結果がこうなったと自覚すれば、これはこれでもいいのかもしれない。じつはすごいことだといえないか。
その結果、平和憲法と自国独自の戦争能力の欠如。対外諜報戦能力の欠如。つまり戦えないこと。
これが平和を招いた。
そのかわり、働いても働いてもアメリカの国債を買わされ為替操作でもって行かれる。しかしこれはこれで面白い。というのはけっして自虐的ではなく、アメリカ的価値観から離脱するしかないからだ。金持ち、権力、名誉欲のために戦い、人を落としいれ敵を無慈悲に殺しまくる。こういう価値観。絶対唯一の勝ち組の価値観。

これが自然を破壊する。生物を破壊する。人を破壊する。

日本の悲劇はじつは呪われた歴史を持っていること。
しかしであるが故に、これは祝福へ道なのではないかと思った。
いま国家が壊れはじめている。それは日本だけではない。世界じゅうで多国籍企業と金融資本の暴走が止まらない。
このときにこそ本当に豊かな自然、そして慈愛に満ちた多様な自然に満ちた世界。この日本の優しさに感謝していくことになる。戦わない豊かさ。


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2010年12月21日

哲学の不在 哲学の冒険

言葉のパラドックス
美しい言葉と正しい言葉は、ナマの本質からズレていることがある。というか実感から外れる場合が多い。
成果は人のためにとか人の役に立とうと話しながら、実は自分のことしか考えない。ならばいっそのこと、自分のワガママぶりを隠さないこと。自分かってをさらけ出したい。
バカ丸出しでいきたい。それが、誠実だと思う。

さて、哲学は言葉が硬い。扱いにくい。
そのため、哲学というとやれソクラテスだ、カントだヘーゲルだとなる。どこか高尚な余所行きの言葉。日常ではない借り物の世界。
理念もそうだ。会社の理念も立派な言葉が並ぶ。だがそういう会社に理念は浸透しないと思う。なにしろ飾り物だ。実際は、ひたすら利益追求か規模拡大に終わる。

では、哲学とはなにか。生き方だ。生きるそのやり方。
だから必ず誰でも哲学をもっている。その哲学は、それはすぐ分かる。なにしろ生き方だからだ。透けてみえる。行動、作法、対応。

会社も同じ。やれ人のためにとか人を生かすと叫ながら、簡単にリストラして恥ない。要は経常利益だけが心配だ。お金をケチる。コストカットだけが利益の源泉だと考えている。これは悲劇だ。かっての日本軍のように物資も金も補給しないで、人だけこき使う。精神論。これは、一人ひとりのエネルギーを磨耗する。創造力を引き出しえない。

これではダメになる。こうはなりたくない。
理念もへチマもない。だが、貧すれば貪する。
落ちぶれると必ずそうなる。例外は無い。

では、どうするか。
経営とはなにか。みんなが自分勝手でありながらうまく回っていくこと。
自分のために自分勝手にやっているのに、人のために役立つこと。
面白くてワクワクし、人が信じられて、いつも感動があること。
本当に、自分のためが人のためになるそういう仕事をしたい。そういう組織になりたい。


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2010年12月20日

TPPと鈴木宣宏東京大学教授

関税を原則ゼロにして、日本の農業はもちますか。まさか大丈夫だという人がいたら、現実を知らない人です。日本の農業を過保護だという人がいる。日本の農民がおこりますよ。
じつはアメリカやヨーロッパは農業保護を膨大な予算をかけて行っている。アメリカの例えば乳製品だ。貿易相手国のオーストラリアやニュージーランドは酪農が強い。自由貿易だとアメリカの酪農が衰退する。だから貿易では乳製品を保護している。酪農を手厚く支援している。しかし彼らはその事を少しも問題としていない。

国際貿易は交渉ごとであり駆け引きである。自分のことは棚にあげて他国へ開放を要求することは当たり前。少しも悪びれない。アメリカは都合の悪い事実は公表しない。ところが日本はなぜか自国の農業を自国内でやり玉にあげる。自国で農業保護を悪しざまに言う。

現在の日本の関税は世界で最も開放されている。ホンの少数の品目が残されているだけだ。世界一農産物や食品を輸入している。こんな国はない。

鈴木教授は明快である。真っ向からTPPを批判する。かつ様ざまなメディアに発表し恐れない。どうせ国大交渉では負けるからと、負けた場合を想定した条件提案に流れない。キチンとアメリカの考え方や行動を明らかにして対等にやるべきだと話すのだ。

最初に断っておきますと話し出した。いろんな場所で話していると私の頭の毛をカツラだと言う方がいらっしゃるが自毛です。と笑いをとった。会場がなごむなか舌鋒鋭く批判を展開する。
貿易をめぐる論調で日本が問題とされてるかのマスコミ論調のなか、これほどハッキリと発言される学者は少ない。叩かれることを恐れない。これが現代の行動する学者である。
もともとWTO貿易交渉の最前線にいた。農林水産省の役人だった。だから交渉の裏のウラまで知っている。

パルシステムの緊急学習会にて。



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2010年12月17日

経済学の破綻と副島隆彦

いまの政治の混迷と日米関係。そして中国との関係を分かりやすく説明している著書は、この副島隆彦氏の本が一番だろうと思う。

アメリカの経済が破綻状況にあり、膨大な負債を抱えた金融機関が次々と破産する瀬戸際にあること。ニューヨーク市場の株価は、重点銘柄を政府が操作し吊り上げているということ。そしてそのアメリカ発行の怪しげで決して返済されることのない債権を大量に日本政府が買わされていること。そしてその結果として日本は膨大な財政赤字を抱えこみ一緒に破綻しようとしていること。こうしたことが実に分かりやすく書いてある。必読書。

さて、このなかで政府の経済政策をこう説明する。
経済政策=財政政策+金融政策。
金融政策=金利政策+通貨量調節。
この金融政策は、破綻したと指摘する。ゼロ金利と通貨ジャブジャブ政策によって。それでも経済は回復しない。

副島隆彦氏は言う。だから国の経済政策は財政政策しかないと。
財政政策(ファイナンシャル・ポリシー)とは「王の蔵」。如何に財産を集め如何に使うか、これが財政政策だ。
要は、国民がいかに豊かになるかである。

だから税金は少ないほど良く、多くの国民により良いサービスと多くの富が配分されるほど良い。この政策はケインズしかない。

そして中国との関係を語る。中国はいまや日本の最大の貿易相手国である。輸入も輸出も最大である。だから中国がクシャミをしたら風邪をひく。この中国とアジアとの関係が日本の将来を決める。中国やアジアとどう関係をつくるか。

僕たちは思う。これからの世界は、生物多様性と稲作文化、そして里山イニシアチブ。それから禅の思想と気功、太極拳。
豊かな農の世界。ネーチャー・サイエンス。アグリカルチャー。自然治癒力。

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2010年11月26日

iPhoneとブログについて

iPhoneに変えて、1ヶ月以上たったが、まだ慣れない。入力も意外にキーパッドが小すぎてよく間違える。文字画面がキーパッドに隠れがちで使いにくい。おまけに、ライブドアのブログを携帯版で今まで入力していたのに、PC画面上で入力するため画像の取り込み方を忘れてまだできなくなっている。端末の環境変化でブログイメージが変わってしまう。

パソコン上でやればと思うが、仕事中はやらない。自宅か通勤途上と決めている。
せいぜい昼休みに明かな字の間違いなどを訂正するくらいだ。

さて、資源・環境ジャーナリストの谷口正次先生だ。銀座吉水で講演会を開催している。
今回は、ニューカレドニアのニッケル鉱山の実態が紹介された。
天国に一番近い国と紹介されたこの楽園のような土地を破壊する世界最大のニッケル鉱山が今年6月に稼働したという。フランス籍の鉱山差し止め訴訟で一旦勝利した先住民に対して、上告審で逆転敗訴させたのだ。怒った先住民たちの暴動を弾圧して、最後は稼働を認めさせる協定を押し付けたという。先住民のあいだに反対する年寄りと産業発展を好意的にとらえる若者たちとの溝が生まれたという。そしていまは妥協したリーダーへのわだかまりが残っている。

ニューカレドニアは、ゴンドワナ大陸分岐のときからあったという。そのため、多様な生物種があるだけでなく、その90%がここの固有種だという。こんな貴重な自然とそれと共生している人びとの暮らしを破壊したのだ。これが先進国の便利で豊かな生活を支えている。

重い現実を前に参加者の議論がかわされる。リユースやリサイクルをもっと進めるべきだ。いや、便利な暮らしを見直し生活を変えよう。エクアドルのヤスニ公園イニシアチブに参加しよう。などなど。しかし、この携帯の便利さの奥に深刻な環境破壊と豊かな先住民たちの社会の破壊があることをあまりにも知らされていない。知らない。
本当にわかっていない。

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2010年11月22日

チベットの大峡谷の村と20世紀について

昨夜、夜、佐渡から帰って、遅い夕食のあいだにテレビを見た。
NHKで中国チベット自治区の大峡谷の村を撮影したもの。この大峡谷の谷にある600人ほどの小さな村。ここは、4千メートル級の高山に囲まれて冬は完全に閉ざされるという。
夏のわずかなあいだに三日間かけて馬と人だけで険しい岩肌にうがった細道を荷物を運搬する。それが、ただ一つの生活道路なのだ。この大運搬の工程をカメラは撮り続ける。

このドキュメンタリーの主人公のひとりは、妻のために重さ30kgもある洗濯機を背負い4千メートルの山を超えていく。道は細く、足元はガレキの道。左手は断崖の奈落、右はせり出す岩肌。洗濯機をこの岩肌にぶつけたら、左の崖から墜落してしまう。事実、数年前に叔父さんが命をおとした。見てる方が辛くなる。馬も途中で立ち止まり動けない。

しかし、こんな人のすめるような場所から引っ越せばと思うが、彼は一生この運搬をするという。しかもそこには、迷いがない。
運搬撮影のかいまに映し出された村の風景と農業の姿。峡谷は意外に暖かく様々な野菜やトウモロコシが取れているようだ。そして美しい風景。

しかし、子ども達は都市に出て行く。教育が問題だ。高校以上は都市に配属される。
若い世代がこうして離れていく。村も電気が通りテレビが入った。洗濯機も冷蔵庫も欲しい。
この村は、さてどこに向かうか。

さて、僕たちは毎日毎日早朝から息苦しい満員電車を我慢して、エアコンの効いたビルの部屋に閉じこもり、パソコンの画面を見続けている。この僕たちの運搬事業はカラダを使わない。自然とは隔絶されている。それが、発展した近代という仕事の姿だ。

NHKがこのチベットの美しい村とそこに生きる人びとを放映したこと。
なんだかうれしくなった。

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2010年11月21日

文弥人形の双葉座 旅支度

来週に迫った文弥人形の上演会の準備で野浦村の寺に集まった双葉座メンバーを表敬訪問した。古寺の萬福寺の会合場所には夜7時半に行くと、すでに集まり打合せをしていた。
その奥の倉庫には人形のリアルな首が並び、古寺の雰囲気と妙にあっている。
東京公演へすべての道具を運送するために、コウリやプラスチックケースに手際よく詰めていく。間違うと上演出来なくなると点検に余念がない。それでもものの30分もしないで完成だ。

準備が終了すると、ストーブを囲んで一杯やることになる。すごいのは酒の肴だ。さっき釣り上げた臼杵春蔵さんのメジマグロを筆頭にイナダ、スミイカが大皿にならぶ。それから浅漬、ナマス、ギョウザもある。
酒も上等なヤツを臼杵満さんが持参してきた。ストーブには日本酒をやかんに直に一升をそそぐ。先週の新潟県三条市の東本願寺別院での上演の話に盛り上がる。
ふとみると柱の棧に筆書きが飾ってある。春に京都の弥勒菩薩半伽座像の住職から贈られたものという。すごいねこれは。

夜も更けてくると、さあと声がかかるとお終いだ。相変わらず終了締がみごとだ。
みんなで片付けて、一気に解散した。
ひとり海辺をあるくと、ほぼ満月が天空に浮かんでいる。明るい。月明かりに照らされて、海が揺らめきながら静かに輝いている。背景の山並みも黒い輝きにつつまれているようだ。

村は多くを失いながら、しかしなんて豊かなんだろうか。
天空の輝きにすべてが呼応し息づいている。ほろ酔いかげんで、ジワジワとうちなるパワーを感じながら、月と海と山にみとれていた。

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2010年11月20日

BMW技術全国交流会と近未来の世界

この11月18日から20日まで山形県米沢市にてBMW技術全国交流会が開催された。第20回という記念すべき大会となった。記念講演に安田善憲教授(国際日本文化研究センター)をお招きした。
安田先生は、20周年について、二点意義を述べられた。一つは20という数。これは生き物の大切な整数だという。例えば手足の指である。この数は偶然ではない。
さらに、伊勢神宮の建て替えが20年ごとに指定されている。最初はなんだ20年か、と思ったが同じ大きさ同じ様式と指定され、それを千三百年も続けて来られたと考えると不思議な気持ちを通り越して、その偉大さに驚く。さて、あと何回建て替えができるか、木材などを考えると暗澹たる気分になるという。同じ仲間であることが分かった。科学の発見よりずッと昔のひとの直感がすでに真理を予見していた

安田先生は、最澄さんが言った「山川草木国土悉皆成仏」を引用しDNAが発見されるはるか昔にこのことが語られたことを驚異的だと言う。DNAの発見で草木もバクテリアも同じ遺伝子をもち、ただ発現形態の違いに過ぎないこと。生命はすべて仲間であることを、すでにはるかむかしに予見していた 。科学に問題がある。

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2010年11月15日

セカンドステージの生き方と河村郁生さん

河村さんと白州牧場へ行った。河村さんは、全農を定年退職して三年になる。故郷の山口県柳井市で奥さんと二人で有機農業に挑戦している。
その合間にも農協関係者や行政からさまざまな相談を受けている。農産物販売や加工工場の活性化、過疎地対策など。ひきもきらない。

さて、有機栽培ではなにが大変か。田んぼはもちろんヒエなどの雑草である。奥さんと二反で軽トラ五台はとったそうだ。しかし畑はやはり土作りに苦心されている。
少しだがベニヤ板で囲い、山から落ち葉を集めてきて土作りをしたという。これは成功し5kgもある白菜ができたと笑った。
有機農業を本格的にやりたい。だから白州牧場だ。

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2010年11月12日

雇われない生き方と市場

大不況の時代。暮らしていくには、食べ物と生活用品がいる。最低限の生活条件を想定してみる。考えてみる。
失業して働く場所が失くなったと考える。どうするか。何が出来るか。

そこに市場(いちば)である。市こそ、さまざまな人たちの生活交換の機会となる。
畑や田んぼでできた野菜や果物やお米を並べる。農家でなくとも今やNPOなど多様に農業に関わる場が提供されている。そこで、こだわった自分がおすすめ出来る美味い農産物を作り、余剰分を売る。
自分で作れないときは農家から仕入れて売る。

このつくる、売る、が大切だ。相手がいる。つくる、売る、対象がいる。
相手がコレを必要と認めなければ売れない。農産物を畑や田んぼで栽培しないとつくれない。農家に信用されないと仕入れることができない。
だから、まずは畑や田んぼで農産物を作ってみる。それから売ってみる。
すると、客とのコミニュケーションができないとうれない。

別に話しべたでも、それはそれで魅力があればうれる。しかし、やはり言葉が必要だ。
基本はバナナの叩き売り。あれは見事だ。相手をよく見て引き付ける。
言葉にリズムとパワーがある。一種の芸である。
そうそう、売るものがなにもないときは、芸を売る。大道芸だ。
それすらない、ときにはものもらいをする。こういう場が市なのだ。

戸板商売。風呂敷商売である。戸板一枚、外してお店にする。風呂敷広げて陳列する。これが原点だ。一人ひとりと対話してお金をいただく。
ワンツーワンマーケティングである。この風呂敷商売が出来ずに、モノが売れないとか、不況だとか言う人たちがいる。システムが無いと生きていけないという。

さて、人に雇われなくても生きていけるか。お金の回し方の問題である。ひとに従属するからおカネをください、という悪夢が終わろうとしてしている。雇われなくても生きていける。仕事を作り出す。フーテンのトラさんの時代である。
毎月、築地本願寺で安穏朝市が開催されている。
セカンドリーグ支援室も参加者を募っている。覗いてみると面白い。



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2010年11月10日

最近考えていること


楽して高い旅館に泊まり、贅沢な凝った料理をいただくこと。
こういう旅は、なんて貧弱なことか。
山奥の名も知れない小さな村で、地元のお婆さんの昔からの手づくりの
料理をいただくこと。
その料理は、お米もみそ汁も漬物もほとんど全部がご自分で作られたという。こういう素晴らしいもてなし。こういう出会い。
これこそが旅だ。

食べ物と品質管理
品質管理の基本は、微生物コントロールと異物混入排除だ。
これはまるで精密機械工場のように加工施設と人間の管理が求められる。
これを実現している日本の食品工場。
これはこれでスゴイことだ。顔の見えない多勢の消費者に届けるためには、こうした厳密な管理が求められる。
しかし、それをすべての食品製造の基準としたらまちがう。

じつは食べ物は、不潔に見えるほうが美味しいときがある。
とりわけ発酵食品こそそうだ。
これは基本的に人間が管理できない。
季節、月日、朝夕の温度差。地域、土地、その環境、さらに
つくる人のその日の体調などさまざまな要因で変化する。
その曼荼羅の世界。一瞬一瞬が動的に変化していく。
だから外気にさらし、小動物が平気で出入りするような、
品質管理専門家が見たら、卒倒するような発酵環境がおもしろい。
そんな場所こそ、日本各地の家家にある。味噌蔵だ。
ここは酵母菌が住みつき結界をつくり発酵環境を構成している。
これが品質管理では評価できない。不幸だ。



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2010年11月08日

哲学の不在と暗闇

近代化の特長は、近代的自我の確立と競争による優れた人間の排出といわれている。
義務教育が科せられ企業社会が発達した。地域も国家に編成された。とりわけ日本はその優等生
として、すべての国民登録、会社組織、社会基盤整備が進んだ。こうして未来は、優れた人びとによる管理社会へと向かうという悪夢が蔓延した。リトルピープルと綿谷ノボルの世界である。

この呪いに落ち込むと、それは暗闇の世界に閉じ込められることとなる。
息苦しく不毛の世界。邪悪な気配と腐った肉臭がしてくる。

では、その世界にどう生きていくか。
暗闇を恐れないこと。恐怖と孤独に向き直ること。
呼吸を深くすること。歌を歌うこと。軽く走ることだ。

競争と近代的自我の呪い。この人間観に囚われるのは、自分が認められい、
評価されない、社会から不必要な人間だと烙印を押されることへの恐怖からだと思う。
そうなると食べていけないという恐怖がある。
だから子どもたちは、社会にでない。親から離れる恐怖に勝てない。

ではどうするか。
なにももたなくても生きれる事例をつくること。競争に負けても何ら人間的価値に問題はないということを実際に証明してみせることだ。
戦いの次元は、競争に勝てばなんでもできて他人を操ることを平気でおこなう、このような、じつは平凡な空洞化人間との生き方との戦いになる。

そのこたえはアメニモマケズにあり、雲水の世界であり、素朴な時代の修験者の世界である。
それが現代の哲学の入口となる。その先には農の世界がまっている。

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2010年08月15日

朱鷺神社奉賛会 総会

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野浦朱鷺神社奉賛会の総会が8月15日の昼からあった。会長は宮司の臼杵秀昭君。事務は中島明夫君だ。神社に参拝後に野浦公民館で開催された。

事業報告は朱鷺神社への看板設置、神社の年間管理、祈願の要請に応えて各地に出張して行った。昨年は、パルシステム「100万人の食づくりフェスティバル」の祈願式に出席したほか「朱鷺祈願祭2010」、新潟市の朱鷺メッセでの「願掛けトキ」など引っ張りだこ。

広報も、パルシステムセカンドリーグ発行の「のんびる」2010年4月号、地域情報誌「かがり火」No131、農村文化協会発行の「現代農業」増刊「季刊地域」、日本離島センター発行の「季刊しま」221号、洋県朱鷺愛鳥協会ホームページ、などでさまざまに紹介されている。

朱鷺神社への参拝は、環境省の審議官、佐渡自然保管事務所、新潟大学朱鷺・自然再生学研究センター長などの参拝。春祭り、野浦芸能の里フェスティバルなどの参加者で行われている。

宮司の臼杵秀昭君はちゃんとお札も正式な押印だと説明する。

参加者はトキ米生産組合北野源栄さんはじめ有機農業者、文弥人形の双葉座の関係者とNPOトキの島の中島事務局長である。

事業報告が終わると簡単な懇親会である。弁当とお汁にソーメンでいっぱいやる。若い人たちも参加してなかなかの盛況だった。

野浦には、有機農業がある。里山保全活動がある。そして双葉座の文弥人形。それをつないでトキの復活への取り組みだ。どじょうも増えた。生物多様性の頂点の鳥。

必ず朱鷺はくる。焦ることはない、と臼杵春蔵さんはいう。ちゃんとやるべきことをやっている。

あとは嫁さんがこないかと話される羽豆さん。村に若い人たちが暮らせる環境をつくりたい。それは職と収入をつくることだ。

美しい海と山がある。さて、どうするかだ。9cf84ac2.jpg


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2010年08月04日

藪川と上野さん、そして開拓者組合佐藤圭さん


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岩手県藪川で三澤孝道さんは、農場をはじめた。藪川というところは本州一寒いところだ。マイナス20℃にもなる。極寒の地。

そこに昔、放牧していたという牧場跡地がある。この山のなかのこういう場所で農業をはじめた。日本の自給率を少しでも上げるのだ。それには食べ物を自らつくる。本気だ。
最初は雑穀からやろうとした。それからいろいろ栽培した。うまくいかない。そして落ちついたのが蕎麦だ。いまは蕎麦畑を30haも耕作している。この農場がイーハトブー農場という。農場長が上野さんだ。

軽米町との関係。その最初に三澤さんが雑穀を栽培したくて探しあるいていた。すると軽米町の入口の農家でおばあちゃんに出会った。雑穀の種が欲しい。だが、おばあちゃんの話す言葉が分からない。とにかくお茶をすすめられた。いただいた。それから帰ろうとすると、奥から種を持ってきた。雑穀の種。お金は受けとらない。感激した。


その雑穀も続かなかった。しかし蕎麦だけはうまくいきだした。そこに農協からスカウトした上野さんが来てくれた。さあ、それからがすごい。
上野さん、いまでは無理だと言われた稲作もしている。畑も無農薬無化学肥料で作っている。激辛青唐辛子、昔きうりなどこだわり品種。そうして、山野草を栽培する。山そのままで育てる。行者ニンニク、しどけ、ウルイなどなど。
キノコ。椎茸はもちろんナメコ、マイタケなども任せてくれだ。
本当に多種類で豊かな食べ物ができる。

それだけではない。野良仕事の道具や機械はみんな修理する。はてはログハウスまで建ててしまう。まさに百姓だ。百の仕事をこなす。

夜、藪川の岩洞湖漁協の役員の皆さんと交流した。終戦直後から開拓者として入植した。それから60数年がたった。当時の開拓の夢と苦労を知る人は少ない。ほとんどがなくなったりした。村つくりが絶えようとしている。

佐藤圭さん。漁協組合長。開拓者だ。80歳を超えて熱い思いをもつ。現代の開拓者上野さんと新たな村つくりに挑戦する。

夕方、岩洞湖の向こうに夕日が落ちていく。薄曇りのなかで赤く照らす。一瞬、蝉の鳴き声が止んだ。美しい。人生は豊かだ。


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2010年08月03日

軽米町と藪川

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築地本願寺安穏朝市の運営委員会メンバーで岩手県の二つの地域を回った。農と都市の交流の仕掛けを組み立てる。
中川誼美さんが団長である。炭焼きや山野草栽培を見て歩く。原木椎茸の原木供給がいかに山を守るか教えてくれる町役場の兼田さん。切り株の脇から生える「ひこばえ」だと成長が早くしっかりしている。植林との比較をしてみる。なるほど。

軽米町には、悪いことをした。パルシステムでは、JA花巻で雑穀を扱い安定した取引をしているが、雑穀の歴史は、どうも軽米町にはかなわないという。しかしパルシステムでは雑穀といえば花巻だ。だが軽米町の雑穀は、なにしろ数千年前から自然栽培されていたようだ。
この町名の由来も種々説はあるが、物が豊かな所というアイヌ系の言葉からというのが有力だ。系がつくのはアイヌ自体は北海道での人びとをいい、若干系統が違うらしい。蝦夷(エミシ)はその後に進出してきた。

藤原氏の時代になるといたるところで馬が飼われて、その馬の餌にしたらしい。ヒエやキビは、実を人間が食べて茎や葉を馬に食べさせた。この茎や葉には微量栄養素が豊富で丈夫な馬が育った。

耕作放棄地が広がるなか、そこに本格的に雑穀を栽培し販売しようと取り組んだのが川原木町議会議長さんだ。それに応えて当時の岩手県農政振興部長が支援した。15年前。現在は275haにも広がった。キビ、ヒエ、粟、アマランサス、エゴマ、ダッタンソバなど多様に栽培している。全て無農薬無化学肥料栽培だと聞いた。
アマランサスは花のケイトウに似ている。強い赤の実が目に痛いほどだ。美しい。
輪作体系を守っている。

しかし、この販売がいまいちだ。六割が花巻に出荷し、残りが農協通した販売だ。軽米町のものがその名をつけずに売られている。

ひと口に雑穀というが栄養素ひとつとっても実に豊富だ。微量栄養素がお米の数倍はある。それは、腸内バクテリア作用など素晴らしい効果がある。奈美悦子さんの難病、掌蹄膿褒を完治させたのは有名だ。

さらにルーツも面白い。アフリカ、中央アジア、インド、南米と古人類の歴史が現れている。

そう雑穀、ややもするとついこだわりが強すぎて偏狭な語りになりそうだ。がしかし、それほどに豊かな穀物である。小さな巨人である。これが東北で守られている。それを育てる人びとがいる。


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2010年07月30日

有機農業と伝統芸能のつながり

bc221ca1.jpg佐渡の野浦 北野源エ門さんと石塚美津夫さん。有機農業者同志が北野さんの田んぼで語り合う。

北野さんの田んぼは、コナギなどが少ない。オモダカが白い花を咲かせていた。なんでこんなに雑草がすくないのか。
フキをミキサーで砕いて水でかき回して、濾してから噴霧器で散布したという。代かき後からすでに四回撒いた。すごい効果だ。

しかし、何故フキか。北野さんが子どもの頃、母親がフキを調理していて剥いだスジを畑に撒けといったらしい。それをすると雑草が抑えられた。田んぼ仕事をしながら、ふとそれを思いだした。やってみた。すると効果が現れだしたという。コナギが生えだす温度は19℃からだともいう。じつに研究熱心だ。そしてすぐ実践する。


この北野さんは76歳。彼が文弥人形を操る。重いくまわか丸を平気で1時間も動かし激しいチャンバラもする。見た目、どうみても小柄な老人に過ぎない。ところが、いったん人形を持った瞬間、変貌する。その動きはまるで忍者だ。
屈強な漁師の秀麿君すらかなわない。

もうすでに30年にもなる有機農業への取り組み。MOA農法をベースに改良を加えて独自の農法を開発していく。

深い自然観察とイニシエへの畏敬。カラダを使いきること。鍛錬すること。田んぼを愛し海に惚れて村を守っていく。偉大な人びとたち。深い人生。

田んぼの稲が、一陣の海風とともに波打っていく。さわさわと。


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2010年07月26日

野浦芸能祭と未来

714e5271.jpg村の衰退、崩壊が進む。全国各地の村は、高齢化が進み空き家が増えて、共有インフラ維持や祭が出来ない村が増えている。

だが、それでも元気な村がある。佐渡市野浦地区である。そこに仲間たちと行った。11名。沖縄からや新潟県ささかみからなど。ささかみの石塚美津夫さんは野浦では有機農業の先生だ。

さて、野浦では文弥人形を上演する双葉座がある。座員13名。古浄瑠璃を演ずる。平均年齢が最近若者が入り59歳に下がった。
文楽との違いは、人形を操るのが3人ではなく1人だ。物語る太夫も三味線と語りを1人で演る。そのため、人形の動きがダイナミックだ。うまくいくと躍動感がある。

芸能祭は文弥人形だけでなく、春駒と呼ぶ祝いの舞いもあった。囃子太鼓で地元言葉で舞い踊り、お祓いをする。
それから民謡、両津甚句、相川音頭、佐渡おけさ。また、創作舞踊もある。阿賀町からの小学生交流でソーラン踊り、若者と大人取り混ぜたヒップホップダンス。多彩な出し物が続く。

おおとりは、やはり再び文弥人形。くまわか丸伝説だ。山本宗悦さんが太夫である。日野資朗卿の子息くまわか丸の仇討ちの物語。修験者大膳坊が法力で助ける。野浦の港を舞台に活躍した。

伝統芸能祭は、村人一丸で運営する。実行委員会を形成し、会場設営はもちろん焼きイカやサザエなどの売店。そして、練習を重ねた演技を披露する。
ここでは、年寄りが元気で文弥人形や民謡を指導する。誇り高い。若者も楽しみながらダンスを舞う。

村では自治会である区会の区長は1年任期。さらに会員制で「明日ののうら21委員会」がある。ここでは講演会など学習会の取り組みをしている。そしてトキ米生産組合があり、有機農業への挑戦を行う。
演芸は双葉座たけでなく民謡研究会など多彩にある。これが42軒の小集落にある。ダブって加入している。
面白い。

いま村は夏盛。蝉の甲高い声。海は凪。空気は澄んでいる。暑さのなかの村祭。


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2010年07月22日

阿賀野市の交流エリア検討委員会 加藤寛昭代表

4bed1391.jpgささかみが合併して阿賀野市になった。すでに10年か。
その阿賀野市で、2年前から観光戦略会議に関わった。

今回は、交流エリア検討委員会に呼ばれた。平成22年第4回阿賀野市交流エリア検討委員会である。

前回、ワークショップで10年後の阿賀野市の有りたい姿を議論し表示した。戦略的なビジョンである。そしてその実現にむけて現実との問題点を出した。

さて、今回は食と農研究所の加藤寛昭代表による交流拠点の成功と失敗の事例報告とそのポイントだ。

加藤代表は、三重県の「モクモクファーム伊賀の里」の事例、長野原の小布施町の事例を報告した。その後、グループに分かれ議論し、質問をまとめて出す。

それに対して、イニシャルコストとそのお金をどう準備したかといった議論もあったが、面白いのが議論を白紙に戻す質問があったことだ。そういう農と食の連携はいいとしても、そもそも交流拠点は本当に可能かというもの。
バイパス道路が出来るが、その脇の道の駅構想は実現するのかというわけである。今回見直しの前の構想をぶり返す。

なるほど。それは、こっちも知りたい。おそらく全国の村と町で同じ議論がされているのではないだろうか。
ロクに市民が基本計画をつくらなくとも国交省が設置する。あるいは町や村が全部つくり民に委託する。簡単だ。

だから、それがともすると大きな施設と利権により棚ぼたのような利益を享受する。しかし、こういう構造は危ない。だいたい赤字の垂れ流しにつながる。つながっている。
すでに遠いバブル時代の物語だ、と思った。
しかし、まだまだ地方ではいきていた。
道路と道の駅はやるのか、やらないのか。それを市が判断しないと議論は意味は無いという。

だが、いくつかの成功事例とともに失敗事例を加藤代表は示す。

中山間地域活性化の6原則と期待される効果。活性化6原則。
継続性、独自性、事業準備・事前学習、総合化、住民参加、自立の原則である。

期待される効果としては
地域農業、食品産業、観光産業の活性化。
新規雇用。
地域内交流、都市と地域の交流実現による地域活性化進展。

効果を実現するための条件
地域住民全員参加
農業組織と自治会の連携
強力なリーダーシップをもった人材の確保


会場はシーンとなった。グループ議論で質問を出す。するとやはり交流施設をめぐるこの委員会の議論は、失敗事例に当てはまるのではないか。本当に住民参加で実現可能な計画にしないとまずい。といった意見が飛び出した。また、運営や経営の主体をどう考えるかなど、施設以降のビジョン議論が今一度ではじめた。

市の計画議論に関わると、自治体が本来の住民参加で長期ビジョンを議論する難しさを感じる。
しかし、利益が違うように見える市民たちが議論を重ねるたびに、未来を次第に共有しだすのが分かり面白くなってきた。

ささかみとの30年の交流が次のステップにいこうとしているのかなと思った。


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2010年07月20日

姫田さんと奥三面 in ささかみ

4b959379.jpgドキュメンタリー映画の上映会。姫田忠義先生。そして中川誼美さん。中川誼美さんは銀座吉水の女将さん、自分の旅館の「かくえホール」で毎月、姫田先生のドキュメンタリー上映運動をしている。


ささかみで姫田先生と中川さんの対談、そして映画上映を行った。主催はNPO食農ネットささかみである。司会は北橋さん。石塚美津夫理事長の挨拶で始まる。

現在は新潟県新発田市に合併された旧朝日村の山深いところにあった42軒の集落。これが奥三面だ。三面ダムに沈んだこの村に住み込みドキュメンタリー映画を取り続けたのが姫田忠義先生だ。

映画は、村の年越しの松葉取りと暮の28日過ぎないと村の境界から入れないというきまり事の紹介から始まる。

正月のしきたり。村祭り。山のぜんまい狩り。
このぜんまい取りがいい。山に入りぜんまい小屋に一ヶ月も泊まりこんで行う。現金収入の三分の二になる。子どもたちも学校のぜんまい休みが一週間あり、家族で行う。取ったものをその場で煮て水切りをしながら揉む。そして干す。
テレビも電気もない山小屋で家族が楽しそうに夕げを過ごしている。

焼畑もでてくる。一区画を囲い、燃え広がらないようにしながら焼く。そこに一年めは蕎麦をまく。二年めは雑穀、三年めはさらに大豆などだ。そしてしばらく休む。おもに女性たちの仕事。

田んぼは、寒いために反収は1.5俵だった。最近は、品種改良などで6俵くらいになったようだ。
そうそうこのドキュメンタリーを取りだしたのは1965年からだという。
丸木船を一本の大木から造る場面もある。一人で造った小池さんは会場に来られていた。感動の再開。


圧巻は、山の狩り。熊狩り。さすがの映画チームも最後までは連れて行かれない。危険だからだ。鉄砲を持った男たちがチームで熊狩りをする。熊の穴を探り、冬眠から起きた熊を追う。

男のひとりがいう。俺たちには山しかないと。なんと昔は動物だけで70種類以上狩猟していたという。三万ヘクタールの山塊が彼らのフィールドだ。

最後に深い雪山の急斜面を一列にラッセルする狩人の姿。熊や狸、うさぎなどの皮を纏い着物は着るが下着ははかない。汗が凍るからという。誇らしい雪山の狩人の雄姿。

姫田先生は語る。北欧を撮影しに行って、この奥三面をそこで上映したら北欧の人びとからあんな厳しい環境で凄いと感動されたという。北欧のほうが大変じゃないかと聞くと、いや自分たちは氷の世界だからラクだと言われた。なるほど雪山の世界か。

中川誼美さんは語る。日本人が忘れたちょっと前の日本。ここに大切なものが詰まっている。スーパーやコンビニを追放したい。街にぶらぶらしている若者を村に送り出したい。農と食をカラダを使いながら大切にしていくことだ。
事を荒立て、ダメなことはハッキリだめだという。もの分かりのいい年寄りにはならない。
全国に16万もの神社や寺がある。ここで市を開く。市はモノ売りではない。集い語り合う。

JA女性部のお母さんたちや町田さんや金沢さんら年輩者たち、新潟大学粟生田先生、砂田先生、寺下さんやJA青壮年部青木君たちと70名を超える参加者。会場は養生園スカラベ庵。奥三面からの移築古民家。クーラーはなく、団扇を扇ぎながら映画に観とれていた。


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2010年07月16日

震災後の神戸はなんともいえない優しさが溢れていた。チャンプルーの会の紀平さん

43445303.jpg立川市と国分寺市にまたがる「けやき団地」。典型的な高度成長期のときの団地だ。五階建てが続く。エレベーターは無く階段ひとつに二世帯づつ並ぶ型の棟。この種類の団地の悩みは、どこでも同質の世代がそのまま年とって高齢化することだ。すると階段は難儀になる。引きこもりがちになる。

その団地の脇に商店街がある。いくつか閉店して寂しくなりつつある。ここにチャンプルーの会がある。この閉鎖した空き店舗を借りて地域のコミュニティのコアを作ろうとしている。いや、新たな地域づくりが行われている。紀平さんとチャンプルーの会。

ディサービスでお年寄りだけがくるのではない。様々なカルチャースクールもあり、自然食レストランもある。配食宅配サービスもある。

そうして、さらにみんなが住めて医療も教育も遊びも食と職もある拠点を構想している。どうしたら実現できるか。お金は無いが。


紀平さんは話す。いつから日本人は冷たくなったのだろうか。私には忘れえない体験がある。
それは阪神淡路大震災のことだ。神戸に実家があった。震災の後、どうしても行かなくてはと、東京から瓦礫の街に帰っていった。

街に行くと飲み水に困った。トイレも無い。しかし、歩いていると見知らぬ人が教えてくださる。どこどこに行けば飲み水があるなど。助かった。みんなが仲間たちでみんなで助け合おうとしていた。そういうなんともいえない空気がやさしくつつんでいた。

ビルが建ってくると、そうした空気はいつの間にか消えた。普通の街になった。

もうひとりのチャンプルーの方も、なんと神戸の同じ町だった。彼女も話す。実家の母に戦争時代もこうだったのと聞いた。するとまるで違うと。いまは一歩外に出て大阪に行けば、なんでも揃っている。戦争はどこに逃げても行けない。いまはまだ比べようがなく、いまのほうがましだ。

さて、共通したのはアジアやアフリカの貧しい子どもたちの輝く目のことだ。貧しいくせに日本より生き生きしている。日本は豊かなのにうちひしがれ自分のことしか考えていない。なにか、人間味が失われたように感じられる。

年寄りだけではつまらない。老いも若きも老若男女が共にくらす街にしたい。遊びも働きも農もある。文化も揃う。そういう街にしたい。お金も力も無い。それでも街に夢を見ている。なんとかしたい。


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2010年07月12日

築地本願寺安穏朝市と市場について

3a9eb3ca.jpg銀座吉水の中川誼美さんはいう。
スーパーやコンビニが食と農をダメにした。全国にお寺と神社が16万もある。全国各地のお寺や神社でこういう市場を開き、農と食を結びたい。その実験ををここから発信したい。マルシェなどの外国語での表現ではなく、昔から日本にあった市の復活だ。

出展者はじつに様々だ。有機農業家はもちろん多いが、それだけではない。村起こしで参加するのは、岩手県軽米町の町と福島県飯館村からだ。
野菜や米パンなどからアケビのツルで編んだカゴなどが並んだ。

面白いのは、自然エネルギーの太陽光発電装置の展示と相談もあった。ユニバーサルファッションのナイガイ・イムや地域作業所hanaのフェアトレード雑貨もセカンドリーグテントに並んだ。

地域をつなぐ。寺の境内が市場になる。交流だけでも面白い。


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2010年07月10日

全国養鱒技術協議会全国大会と栃木県水産試験所

142b55a7.jpg養殖の鱒だけで、これだけの技術協議会があると知った。知らなかった。

ある日、なんだか知らないが名指しで連絡がきた。話しが聞きたいという。それでお会いした。鱒養殖の協会があるという。それはあるだろうなとは思ったが、聞いてみるとなかなかすごい。各地に研究室があり、品種改良や疾病対策、飼養研究がなされていた。

そしてそこの技術協議会全国大会でしゃべってくれという。しかし、パルシステムでは養殖魚は鰻くらいで、内水面漁業はほとんど知らない。
それでも構わない。ある魚の専門雑誌に書いた文章を読んだという。特に、消費者ニーズに応えるというが、魚を知っているそんな消費者などいない、というフレーズが気になったと話された。

栃木県宇都宮市の市役所が会場。全国各地から百人くらいが参加しされていた。長野県、群馬県、静岡県などだ。控室での会話がすごい。うちは標高14006mで水温は13℃を上まらない、など。どうも研究所は山深い上のほうにあるらしい。
大会地元の栃木県水産試験所も那須塩原にあるらしい。そこの若手職員は元気があった。技術研究には自信が有るが、販売など利用してもらう方面に疎いという。

さて、中国やインド、ブラジルはもとよりアジアの急速な成長で、最も問題になるのは、資源だ。資源が枯渇ないし投機対象になる。リーマンショック以前にバターが店頭から消えたことがある。それまで安い海外乳原料で製造していた大手乳業会社が、価格急騰で一斉に国内原料に殺到した。結果、深刻な原料不足が起こった。これは必ずまた起こる。生産の優位。食料資源の争奪戦。

いま、ノルウェーから鱒が安く大量に日本へ輸出されている。これもあと何年続くか。必ず中国や振興国に買いまける日がくる。いま10%成長する中国は一千万円以上の所得を持つ人が一億人近いという。彼にとって日本の魚は高級品だ。2、3倍でも安い。

と考えてみると、日本の農業や水産業を守り育てるのは死活的に重要な課題だ。これは本当だ。だが、いままで低価格で捨てるほど食料を粗末にしてきた私たちが変わることが出来るか。

これはできる。簡単だ。こういう事実を知り知らせること。生産者が生産情報を知らせること。何よりも交流することからだ。

分断された経済、対立する生産と消費。不幸な社会。これを変えよう。鱒養殖は水との関係だ。美しく美味しい山の水が美味い鱒を育てる。森の人びとと魚の守り人。

集まった研究者、技術者は、どこか違う雰囲気があった。なんとなく人が良く素朴な感じを受けた。そして、各地から集まるがみんな知り会いのようだ。2日間に渡る技術研究会。熱のこもった大会だった。


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2010年07月09日

(株)ちば風土の会 第三回株主総会 と有機農業の推進

77bd9511.jpg(株)ちば風土の会の株主総会に参加した。ラディソンホテル成田。

千葉県の有機農業の名だたる団体がパルシステムと連携して三年前に結成した組織だ。50名ほどが出席されていた。菱田の会、自然派、丸和、シードの各グループである。

総会議案から見てみる。第三期事業報告(2009年6月〜2010年5月)だ。

売上一億1850万円、有機野菜セット数94,742セット(前期比106.3%)
パルシステム千葉との産地交流会は年七回で内容は落花生づくり、大豆栽培と味噌づくり、パルシステム千葉フェア参加、パルシステム千葉キューブ市川妙典での月一回の展示販売などを積み重ねている。パルシステムの会員生協と濃い連携を目指している。

有機農業の推進では、千葉県最高品質農産物協議会に参加。
また、運動としては、雇用創出、高齢者・身障者生活支援、里山保全、食育促進、地球温暖化問題対策など幅広くに取組んでいる。

さて、さすが有機農業者はただ者ではない。常勤役員の山下司郎さんはじめ杉本徳仁さんなど久しぶりに生産者で圧倒的な熱い人たちに出会った。

特に杉本さんは、千島喜久男学説の研究会を開いているという。すごいな。千島喜久男は学説の健康へのポイントは「気血動」だ。面白いのは空気循環など。
西洋医学の問題や誤りを明確化し東洋医学と総合化を図り実証したとされるものである。彼のガン理論は、唯一ガンの発生と消滅を説明しているものだ。

有機農業の哲学と奥深い思想は、医学的にもこうした学説に行き着く。懇親会では杉本さんと話しこんだ。
なんと80任發陵機圃場を経営している。

やはり、有機農業者は面白い。独特の文明観や生き方をしている。生協組合員と多様な交流をすることで、新たな地域づくりが生まれる、そういう予感がした。


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2010年07月07日

パルシステム協力会総会 三澤孝道会長

9c0d9c8d.jpgパルシステムも大きくなったなと思う。自戒的な気持ちでそう思う。いや自嘲的かな。危ない。
取引先企業による協力会が400名を越えて集まった。熱海後楽園ホテルである。その総会である。

会長の三澤孝道社長(共生食品)が挨拶する。
協力会の会則を見てほしい。パルシステムの事業と運動を支える生産者業者の連帯を深め、連合及び会員の相互発展を図ることを目的としている。
運動だ。唐笠専務が挨拶されたが、まさにパルシステムは運動抜きにはあり得ない。このことを協力会会員はしっかりと認識し共に歩んで行きたい。簡潔で力強い挨拶だ。

さて、講演は山本謙治さんだ。「日本の食は安すぎる」と語る。
山謙さんは、一度パルシステム生産者消費者協議会総会でも講演している。これに続いて、食品企業や流通業者もまた、同じ山本謙治さんだ。彼はデフレが生産を破壊すること。過てる消費者主権論をいま日本で唯一おおっぴらに批判している人だ。生産者と消費者連携を熱く語る。

その後、協力会活動報告と決算、活動方針と予算の採択がお決まり通りにあった。
しかし、協力会の総会はここからが面白い。

部会活動報告をパワーポイントで各部会長がするのだ。組合員交流委員会から始まり、物流部会、品質管理部会、環境部会、異業種交流部会と続く。

各部会は、部会長のもと十数名の会員企業で構成され、基本的に部会メンバーが企画と実行をしていく。パルシステム連合会職員が参加しても運営は部会長が仕切る。事実仕切っている。職員はついていけていない。

従って部会長報告は熱がこもる。組合員交流委員会は、イベントで各行政により、マイ箸やリユース皿を認めない場合があり、工夫する必要あり。
物流部会は、納品や物流事故ゼロの切実な取組報告。
品質管理部会は、鹿北精油と吉良食品の視察や学習会報告。
環境部会はエコリポート発行とよつ葉釧根工場、野付漁協の植樹活動視察、CO2削減と市民の変革の学習会など。

異業種交流部会は、奈良の梅柿生産者の大紀コープファーム見学や物流センター視察報告。

この後、4百人を超える大宴会が行なわれた。
生産者と加工企業や各種業者が一同に介し、言いたいことを話しながら繋がっていく。これがパルシステムだと思う。


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2010年07月05日

草取り

ce1f9a7a.jpgコナギは小さいうちは取りやすい。手で掻くように抜き取る。簡単だ。ただ、これを3時間もすると息が切れる。腰が痛い。しかし、中澤君たちが来て仲間たちでやると楽だ。ありがたい。

昔、村には腰の曲がったお年寄りがいた。これは草取りの大変さを現した。一番草から三番草取りまでやる。子ども時代はこれがイヤでたまらなかった。夏の暑さと草いきれと。稲が育つと鋭い葉先で腕を傷つける。下手をすると目をやられる。夜お風呂に入ると腕や首筋がピリピリしたものだ、
しかし確かに除草剤が普及して解放された。腰が曲がったお年寄りもいなくなった。除草剤はまさに奇跡のようなクスリだった。

おかげでホタルもメダカもいろんな生物が一緒に消えたが。
こんどは除草剤を使わないことで、田んぼがまた重労働の場となった。手作業である。いまどき農家もやらない。

ものは考えようだ。筋肉トレーニングと考える。結構、いい負荷になる。体験型遊び型だからこそできる贅沢である。

禅の修行やヨガの修行では、朝夕の禅やヨガ以外は農作業をするという。ここでやる農作業は機械など使わない。すべく手作業。鍬や鎌は使うが。
それから比べるとぼくらは除草機を使う。岩渕先生には叱られたが。生物多様性農業にガソリン使う機械はダメだと。先生、勘弁してください。

残念ながら、ここでは深水除草ができない。区画整理地域のため、畦はセメント。しかも浅い。水管理は地区一斉にされる。中干しもほぼ強制だ。

それでも、やはり地域の他の田んぼとは色も草も違う。カエルの数もまるで違う。
それからトンボやツバメ、カモも集まる。ヘビまで来る。素晴らしい。

初夏、ぼくたちの田んぼは草取りのシーズンだ。
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2010年07月04日

小田原下曽我の田んぼの草取り

5eff156d.jpg久しぶりに土日と小田原の草取りだ。一週間空けて心配だった。この時期が一番大事だ。まだ、雑草が小さいうちだと取りやすい。いた、全部取ってしまえば後はやり易くなる。

行って見ると、やはりコナギが水面下に出ている。まだ大量発生してはいないが、ところどころで群生している。これを手で取る。両手でかき回しながら抜き取る。それを畦に溜める。ほとんどコナギだけだ。

それから、稲の列で抜けているところを補植していく。まだ苗は活着するだろう。それにしても稲間がバラバラでしかも蛇行している。へたくそだ。

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田んぼも深い浅いがあり、浅いところに草が生えている。
菊池さんが参加し二人でお昼までやった。かなり取った。8時半から3時間少しである。このくらいで止めないとカラダにガタがくる。

水と土が気持いい。ヤゴが意外に素早い移動をする。カエルが愛嬌がありかわいい。カエルのトボケた顔と泳ぎを見ていると嬉しい。幸せな気分。ed4e8175.jpg

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2010年06月23日

パルシステム総会と20周年記念レセプション

311f1b5a.jpgホテル・メトロポリタン。代議員は50名。

総会はたくさんの意見と答弁があった。しかし、会員生協の役員が代議員になっているため、事前にすでに議論が積み重ねられている。あまりハプニングは起こらない。

今年の特徴は、2009年度の実績がはじめて前年割れをおこしたことだ。とくに得意とする産直部門が低迷した。深刻な局面と考える。。

その挽回として仕掛けた。青果の鮮度向上である。鮮度を一層高めるために、大胆な改革を行なった。
青果の専用物流と産地から組合員までの一日短縮である。これによって鮮度がグッと良くなった。やはり一日は大きい。
さらに、朝どりや夕どりなどの鮮度へのこだわりを図る。そして果実の糖度センサーによる品質保障などの表現も行なう。もともとセンサー自体は装備していたが、味への議論があった。糖度が基準でいいのかなどのこだわりである。しかし、やはり味のバラつきで果実の利用も低迷した。まずはバラつきのない美味しさにこだわった。

こうした青果改革を一部配送センターで実験を繰り返し、この4月に半数のセンター、6月から全体化し商品案内も大幅に刷新した。

だが、この第一歩でミスを発生させた。いきいき品質の表現である。産地の一部で取り組んでいる先進事例を全体が行なっているかのような記述があった。それが校正されず訂正されなかった。
重大なミスである。

さらに物流センターが大混乱した。半年前から産地や物流業者とシュミレーションし準備してきたが、実際にスタートしたら想定をはるかに上回った。
朝になっても仕分けが終わらない。会員生協センター納品も大幅に遅れた。欠品も物はあるのに多数発生してしまった。なさけない。

それからひとつひとつ関係者全員で調査と対策を組み立てる。リカバリーを徹底する。まだまだ課題は残る。だが、出来ることはすぐ全部やる。

考えてみる。いっせいに大きな改革を図ると、これまでの業務スタイルではできない問題が発生する。いや、これまでも孕まれていた問題が表出する。ここが正念場。実にしつこくひとつひとつ事例を追いかけて調べ尽くしていく。
伝達方法の再確認や物証の保存など。今まではなんとかなったがこれからはダメだ。

だが、ミスを恐れるあまり、スピードが鈍ったりや手続き主義に落ちいってはならない。表現にはある種の大胆さも求められる。メリハリのきいた分かりやすさ、簡潔性もだ。
問題は、この出来ていること出来ていないこと、これを過不足なく伝えることが大切だ。なんだ当たり前だと思われるかもしれない。ところが実はこれがやってみると難しい。
しかし、これの徹底である。

いま、日本は深刻なデフレに落ちいっている。デフレは生産を追いつめる。食べることにお金をかけることが農を豊かにする。このことを消費者自らが表現し、畑を台所に近づけていく。食卓が畑に近づいていく。

総会では仙石官房長官からのメッセージが届けられた。
記念レセプションで挨拶する山田農水相である。農と食のシステムをどう再構築するか。じつは社会の危機はこれからだ。


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2010年06月17日

生協の辞め方 パルシステム山梨の高橋勇さんの場合

f1fbb2ee.jpgパルシステム山梨の総代会。高橋勇専務の退任挨拶だ。
大学で生協を創った。そして山梨県にきた。戸田酒販戸田社長に請われて「ぐんない生協」の地域家庭班つくりに関わった。それで広島出身者が山梨にきた。以来、すでに人生で一番長く暮らしている。故郷と呼べるほどだ。

学生運動で逮捕されたりしたが、地域で人のために役立つ活動こそ必要だと、考えて生協に関わってきた。それからはや40年にもなる。
いろいろご迷惑もかけたが楽しく意義ある仕事をさせていただいたと感謝したい。

私の好きなチェ・ゲバラは、キューバ革命を成功させ、国のナンバー2だったのに、その地位をなげうってボリビアの山中に入っていった。貧しい人びとの解放のために。
権力を捨てて潔く地域に入ってゆく。そういう生き方を尊敬している。

パルシステム山梨を去るに当たって、いろんな皆さんから、もう少しと役割を慰留された。だが、幸せだが、きっぱりと辞めていきたい。地域でボランティアの一人としてまずは関わっていきたい。

私は、アクが強いので地域の活動団体にも、いろいろご迷惑をかけるかも知れない。だが、いまは毎週畑に行き農作業をしている。新たな地域活動に関わっていく。地域が元気で豊かになるように願っている。

高橋勇さん
熱く激しい情熱。
ときに火傷する場合もあった。
パルシステムは寂しくなる。
しかし、これからがセカンドステージの始まりだ。蓄積された豊富な経験と人間関係。環境や農、福祉への知識と熱い想い。
さあ、面白くなるぞ。


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2010年06月16日

60億キロメートルの旅 「はやぶさ」帰還によせて

5a9c33c0.jpg惑星「イトカワ」に着陸し、粉塵を採取して再び地球に戻る。この驚異的な惑星間旅行を無事終えて「はやぶさ」がオーストラリアの南部ウーメラの砂漠にカプセルを着地させた。60億キロメートルもの旅をして大気圏に突入して燃え尽きた。

テレビの映像では、いくつかの火矢となって焼け尽くしていく雄姿がみえた。そしてそこに伴走する強い光。これが切り離されたカプセルだった。

なんでこんなに感動するのか。
はてしない宇宙。遥かな遠い旅。まるでゴミのようにカリントみたいな、惑星と呼べないくらいの小さな岩塊。そこを目標として自走してたどり着く。気の遠くなるような長い旅路を走破して、あの「イトカワ」にたどり着く。それから繊細な着地に成功し、資源回収を果たし、再び長い旅路へと向かう。

長い旅路には無数の危機との遭遇があった。
報道によると、最新のイオンロケットが次々に壊れ、燃料漏れまでおこしたという。絶対絶命。
すごいのはここらかだ。知恵のたけをつくして遠隔操作だけでイノチを吹き込まれる。そうして再起し、また母惑星へと帰還の路をたどる。
こうして、大気圏突入。燃え尽きながらカプセルを無事着地させた。

物語は、こうでなくちゃあというほどすごい。

遥かな宇宙。
そして無人の探査機。目標だって火星とかハデじゃない。ゴミのような星クレ。でこぼこ岩塊。
危機に次ぐ危機。なんども打ちのめされても、また起ち上がる。惑星間の孤独な一人旅。最後に、任務を果たして自ら焼け尽くす。
火だるまとなって。
しかし、カプセルだけは切り離して無事帰還する。

21世紀最初の、人類の生み出した。ネバーエンディングストリー。暗い時空は豊かな物語の母体だと思う。


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2010年06月11日

富士山と水の循環 リユースペットボトルの意義

edc89ce4.jpg山梨県の水の水源井戸を見に行った。
富士山の伏流水だ。これは美味い。しかしそれがなぜかと考えると実は深い。普通、地底を流れる水はミネラルたっぷりだから当たり前だと言われるかもしれない。

それはそうなのだが、わがBMW理論(バクテリア・ミネラル・水の理論)で考えるともっと分かりやすい。

まず、地球から考える。地球のマグマとそれが地上にでた玄武岩。そして海。それから生命体のミネラル組成が実は相似型だという。鉄分やリン、マグネシウム、亜鉛などが濃淡は別にして割合が同様だという。岩石が水に溶けて海になり、海がすべての生物の母体となった。
だから、このマグマの火山岩を通る水にはミネラルがたっぷり溶けて、生物には極めて有用なのだという。

そう言えば、富士山の裾野は森が深くまるでジャングルのように生命が多様だ。この生命を育んでいるのが火山岩と水なのだ。さらに岩石のミネラルを溶かしているのは、水だけでなくバクテリアなどの微生物だ。これが苔などと岩を栄養にして第一次生産者となっている。

さていま地球環境を守るために、使いすて社会を変えて循環社会をめざしている。この循環社会を形成するには自然に学ぶことが重要だ。循環のポイントは媒体にある。これが水である。物質も生命もこの水が循環を媒介する。

だからこそ、水を生かしたい。この富士山の源流水を直接、家庭に届けられないか。しかも容器はリユースでと思う。
東京の水は高度浄化でおいしくなったと言われる。だが浄化とはまるで違う。源流の水のミネラルや水素などの豊かな水。この美味さ。甘味。これが生命を育てる。これが都市の人びとを潤す。

山梨は豊かな自然がある。
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2010年06月08日

田んぼの水平と田植えの実施

1d42c3eb.jpg小田原は晴天だった。暑いくらいだった。
田植えは、早朝6時前から高田さんと石川さんがマイ田んぼですでに行っている。この二つの田んぼは代掻き後、田植えのまえに土をならしていた。
石川さんが手作りで角木に紐をつけ軽量金属の持ち手をつけた物を持ち込んだ。引いて見るとでこぼこが平らになる。少し重い。いい筋トレだ。

平らにした田んぼに、手押し田植え機で植えていく。二条植え。
以前は手植えをしていたが、田んぼの枚数が増えてあきらめた。欠株への補植だけはもちろん手植えだが。

田んぼに入るには、田んぼ用の長靴が必要だ。普通のゴム長を使っていたら、靴ズレをおこしカカトが擦りむけた。痛い。途中でマズイとは思ったが我慢して作業した。昼休みに足を抜いて見るとやはり皮がべろっと剥けた。
高田さんがワークマンに連れて行ってくれた。田んぼ専用の長靴があった。筒というか胴のところが柔らかく水が入らない。しかも泥に足を取られない。ラクだ。

田植えが何がいいかというと、補植で手植えをしていくときの楽しさ。軟らかい土に苗を挿していく感触。植えたあとの水にそよぐ苗たちの列。
汗ばむなかで水面を渡る風の気持良さ。
カエルたちのひょうきんな振る舞い。
ああ、今年も田んぼが始ったと嬉しい。
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2010年05月22日

BMW技術の研究 (株)パル・ミート山形事業所にて

c79ee2a9.jpgBMW技術の全国交流会が20周年を迎える。その記念の大会が今年は山形県で開催される。11月高畠町。米沢沢郷牧場を中心に実行委員会を形成して準備している。

この山形県村山市にはパルシステムの畜産会社(株)パル・ミートがある。ここでBMW技術について学習会を行った。講師は椎名盛男常任理事と伊藤幸蔵副理事長である。地元の畜産生産者なども参加した。リンゴ生産者からは使用方法と実験的な資材申し込みもあった。

(株)パル・ミート山形工場ではハムとソーセージを製造している。冷蔵肉源料からこだわった製品をつくっているが、このとき出る肉端材や血液の排水処理技術にBMW技術を使用している。排水の水質は、BODが20PPMと優良だ。だが、この排水と処理固形物は産廃にしている。もったいない。

有機物をバクテリアとミネラルで反応させた後の「製品」は、生物にとても有効なことがわかっている。だから、排水処理後の水と固形物は実は宝の山と言われた。

BMW技術は、自然界における有機物の循環を理解し活用する。つまり有機物分解は、腐敗と発酵の2コースだ。そして発酵コースにするために、水と石がバクテリアに働きかけるという。

真剣に聞く参加者。だが、頭の知識として分かることはまだ一歩に過ぎない。実は実際に使いながらそのチカラを再発見することとなる。
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2010年05月20日

築地本願寺安穏朝市

fab74915.jpg築地本願寺は銀座からほど近く築地場外市場に隣接している。
先月に引き続き第二回の安穏朝市が開催された。今度は前回の冷たい雨とはうって変わって五月晴れ。少し汗ばむような晴天だ。

天気には恵まれたが、この16日は日曜日で残念ながら築地市場はお休みだった。そのためか人通りが少ない。
本願寺はボーイスカウトを支援しているらしく、いくつかの地区の交流会で境内は大型バスと子どもたちで埋まった。
朝市テントは隅に広がる。

しかし、テント市は元気がある。例えば山菜だ。岩手県から軽米町と藪川が参加する。藪川は山桜もビンに飾った。まだつぼみだが北の山を演じた。ここの山菜は、やはり別格だ。味が濃い。
原本の椎茸も持ってきた。大小取り混ぜて山積みし、買い手に選んでもらう。これが好評だった。買いそびれたが実にうまかったと後で聞いた。

さて、いならぶ店でもやはりパンがおいしい。国産小麦にこだわる。そして天然酵母。だからむっちりした素朴ななかに深い味わいがある。三ヶ所でそれぞれ販売している。

面白いのは、雑穀と黒米だ。小田原子どもと文化協会がペットボトルに赤米、黒、白など数種類のお米を入れて並べてある。これは売り方がうまい。ここはパンも売る。これも七色で見た目もおしゃれ。つい買ってしまう。
「とうじば」さんの豆もいい。様々な大豆を軽く煎ってある。そのまま食べられる。うまい。

さて、運営委員会では、この安穏朝市の「らしさ」が話し合われた。ちょっと前の日本に、どこでもあった「売る人」と「買う人」のやりとり。買う人は勉強にもなるが、だまされることもある。だから、積極的に話かけたい。目指すは、たくさんの人がくることでも、多く売れることでも無い。人がつながり、あらたなネットワークをつくることだと一致した。

面白いのは、銀座の八百屋さん。この界隈の人たちはうるさいと言う。簡単には騙されない。安ければ安いでなんで安いのかと問う。
午後2時半には後片付け。藪川の山桜がほころび咲き始めていた。


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2010年05月15日

賀川豊彦とお金のあったかい回し方

0f0b866c.jpg協同組合金融には、労働金庫法や生協法による労働金庫と中小企業事業協同組合法による信組組合がある。
いずれも賀川豊彦が創立に関与している。

いま、地域でたくさんの女性たちが起業しようとしている。地域に根ざした活動や商品の開発を身の丈にあった事業=コミュニティビジネスにしようとしている。しかし、このとき一番の問題は資金である。まず自分の個人口座が無い。さらに個人収入が無い。すると事業計画を立てても資金は、家族からの借入に頼らざるを得ない。金融機関に行っても門前払いが多い。

こうしたなか、無担保低利子で保証もつく融資ができないかと話している。普通はできない。だが、工夫てきないか。

ふと見ると会議室に賀川豊彦が微笑んでいた。知恵と助けあいでなんとかしたい。


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2010年05月10日

地域を豊かに 新たな起業への取り組み

dd0e56de.jpg行者ニンニクである。
岩手県盛岡市藪川で藪川の開拓者の皆様に呼ばれていった。現在は岩洞湖の漁協の幹部の皆さんである。

玉山村藪川地区が盛岡市に合併して、市がこの地区の活性化のために補助金をだすという。それをうけて食品加工施設の計画をつくろうとしている。それについてアドバイスができないかという。

藪川は他所者からみると非常に豊かだ。ただし、都会的な価値観ではただの過疎地となる。山里や川、湖が好きで、その視点でみるとたまらない魅力にあふれている。

まず最初に、たくさんの山菜があること。
地元の上野さんに教えてもらうとこんなものも食べられるかと驚くことが多い。例えば、アイコだ。アザミのように葉や茎にトゲがある。これが食べられる。
さらに行者ニンニク、シドケ、ミズ、フキ、ワラビ、ゼンマイ、ウド、タラノメ、コシアブラ、ヒメタケなどまだまだいくらでもある。
さらにはキノコが豊富だ。椎茸栽培も盛ん。
山菜やキノコは、温度の高低差があり、雪が深いほど美味しい。だから藪川はうまい。それも野性のものが美味い。なんというか味が深い。

これを単に自然にあるまま取るだけでは、大変だ。そこで、野性のまま増やす。条件を整えてやるだけで沢山とれる。
そうして、このもっとも美味しい食べかたをも知っている。アクの抜きかた、料理方法。漬物など。行者ニンニク漬は臭いが旨い。元気になる。

川と湖もいい。魚は豊富で水も美味しい。イワナやワカサギ。今回はナマズで話しはもりあがった。

さて、なにがとれるか。なにを育てるか。そして誰に食べてもらおうか。イメージは親戚つきあいだ。顔の見える関係でお付き合いする。だから固定客に届ける。生協そのもの。地域を協同で活性化したい。

バカ者、若者、他所者たちが集まる。さあ、行動だ。


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2010年05月07日

下流志向 内田樹著

8c50f1f7.jpg「下流志向」
学ばない子どもたち
働らかない若者たち
内田樹著

ここで現代の子どもたちの学校での態度が紹介される。教師の話していることなど誰も聞いていない。ワザワザ無視して雑談に興じる。

それがどうしたと思う。よほど教師の教え方が下手か学生の質が低いかだろうと。ところが内田先生はそうは思わない。子どもたちはいわば「努力」して忌避しているのだという。

なぜか。
氏は語る。子どもたちの成長過程で社会的な存在感を得るのは、お金を持って消費者として立ち現れたときだという。
このとき自分の未熟さやいたらなさは問われず、消費主体として全人的に扱われる。お金の全能性を身をもって知る。消費者主権の誕生である。

このときから子どもたちは、消費者として行動する。学校は親と子どもにとって教育という商品を提供する場となる。するとこの商品を値切り、いちゃもんをつけることが、買い手としての対等以上の関係となる。オレ様化する子どもたち。キミの授業はつまらんネ、というわけだ。親はクレーマとなる。子どもの問題はすべて学校のせいだ。なんとかしろ。

しかし、実は学校を卒業すると今度は企業から子どもたちは労働力製品として値踏みされる。できたら働きたくない。売りたくない。引きこもりの発生である。

これに対して、ホンの少し前の日本では、子どもたちが最初に社会性をもつのは働くことだったという。例えば家事手伝いなど。すると大人に対して自分の無力さを実感する。労働の意味をカラダに染み着かせる。

学びの本質
学びは、学ぶ人にとってなんの役に立つか最初は分からないという。それを現代は子どもたちが平気でこの授業はなんの役に立つのと聞き、納得できないと忌避する。
ところが最初に無知な人が、納得できる授業内容ならそれはむしろおかしいという。学びの逆説である。学ぶほうにはこの内容が何の意味があるか分からないのが当たり前だという。

例えば、言葉について。言葉はなんの役に立つかなどと問うまえに覚えはじめている。そして必要に迫られて学習を深める。
これは、親や兄弟、親類から自然に学ぶ。当たり前だ。

しかし、このことから学びの本質を知る。

学びは子どもたちとって権利であり、親にとっては義務だ。しかしいまは子どもたちへの苦役として義務化してみえる。働くことも本来喜びである。しかし、いまは労働の切り売りだ。苦役となった。
では、どうするか。
農と食にその答えはあると僕は思う。カラダと自然との対話のなかに学びはある。そして親のなかに自分の未来がある。メンター(先達)の誕生である。親から学ぶ。

内田先生は、武道を教えている。だから、スターウォーズを引用する。アナキン・スカイウォーカー、例のダースベーダーが実はオビ=ワン・ケノービの弟子であったこと。弟子が師匠を超えて「オレ様化」しダークホースに引き寄せられてしまい、最終的にはオビ=ワン・ケノービに倒されることを深いと指摘している。
このスターウォーズは元もと黒澤明の世界なのである。


そう。
何から学ぶか。
自然と生き方の作法は少し前の日本にある。


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2010年05月03日

開拓者の精神と協同について

d21330e3.jpg今は盛岡市となった外山村のこと。
ここの藪川地区に三澤さんが入り20年近くになる。荒廃した酪農跡地をいまは一面の蕎麦畑に変えている。ここで未来塾を主宰し面白い人たちが集う。
そこになんとはなしに参加させていただいている。しかし開拓者についてはさらに話をさかのぼる。

この村は面白い。
ようやく少しわかってきた。実は何もない高原に約60年まえに開拓者が入り村づくりをしてきたという。
そうだったのかと思った。

なにしろ藪川は寒い。いまごろでも日陰や山にはたくさんの雪が残っている。本州いちの極寒の地だ。稲はもちろん野菜なども普通に作れない。冬はトンでもない寒さだ。強力な暖房がないと耐えられない。

そこに29人の若者が入植した。リーダーは伊藤勇雄さんと深沢勘一さんだった。その伊藤さんを偲んだ生誕百年記念誌をお借りした。それはすごい世界。文字通りの地域づくりである。観念的じゃあなく実際に開墾し村をつくった。電気を引き電話を通して民間バスを誘致した。学校をたて診療所を開設した。これをひとつずつ実現していったのである。
当時の話の一端を現組合長の佐藤さんに聞く。

マッチが無い。あるいは貴重品なのか、起き火を大切にする。薪の燃えカスに灰をかぶせて大事にとっておき翌日には堀だして使う。火を絶やさない。
それから杉の木の薄いコバをつくり硫黄を塗る。手作り自家製マッチだ。こうした工夫と知恵が何気なく語られる。これがすごい。

日本の強さと豊かさは実はこういう人びとがつくってきたのだということがわかる。感じられる。おそらく、無数の藪川があったのだ。全国各地に。

さて、そのリーダーの伊藤勇雄さんは外山村が軌道に乗りだすのを見とどけると、なんと南米パラグアイを目指す。今度は外国に開拓村をつくらんとする。当時70歳。だが77歳で病に倒れた。しかしいまもパラグアイには日本村があるという。

いま人びとは元気がない。いいふるされた言葉だが便利さと金銭的価値観に溺れている。自然との共生を取り戻すこと。個人主義から協同を復活させること。このビジョンが実は過去のこの村にあったのだ。素晴らしい。

竹田芳男さん、この手作りのログハウスがいいのだ。森のなかで住む。月がきれいだ。
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2010年04月19日

第2回農商工連携研究会と大塚さん

0c8acef3.jpgNPO法人農商工連携サポートセンター主催の研究会である。代表は大塚洋一郎さん。30名の出席。

農商工連携について考えてみる。
農業で一応生計をたてている人は2百万人をきったと言われている。平均年齢もすでに67歳をこえる。農業の大切さが語られるが、その割には状況は衰退に向かっているとしか言えない。

では、どうするか。
農を核とした新たなお金の回す仕組みをつくれないか。今までの産業構造を変えるようにと。これはこの間の国の変化でもある。
地方の農業地帯での活性化を目指す行政の取り組みが始まっている。
2007年農商工連携の推進法ができ、農水省と経済産業省がまがりなりにも連携して動きだした。

これは、農業と中小企業が連携して新しい商品やサービスを生み出そうとすることを助成するもの。お金と人で支援する仕組みである。

しかし、こういう補助金の仕組みは往々にして実は政府周辺の関係者か、よほどの利害関係者あたりしか使われないのが実態だ。そしてさらには、結局土建業などの企業に吸い上げられた。いまはそれにIT関係か商社などが群がる。
これでは農民も地方も活性化するにはほど遠い。農業にITだというが、使いこなすまえに借金まみれとなった。IT業者は素抜きで稼ぐ。農民にはたまらない。

今回、報告した三井将宇プロジェクトマネージャーは面白かった。中小企業基盤整備近畿活性化支援事務局。奈良先端大学の先生である。普通、補助金を出すがわは実務手続きの機械的な説明をされる。まさに役人的に。
ところが、先生は熱い。仕組みの説明も使うがわの視点で解説する。ギリギリの理解の幅を事例で話す。なるほどこれなら使い勝手がいいかもしれない。

こうした仕組みの成功事例、失敗事例の報告とともに参加者が互いに連携しようとする。参加した人たちも面白い人が多かった。むしろこのなかから何か生まれるかもしれない。

大塚さん。経済産業省で農商工連携をすすめ定年まえにやめて、民間の立場から繋いでゆく。永沢映さんの講座を学んでいた。面白い人がでてくることが一番だ。


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2010年04月17日

築地本願寺安穏朝市 第1回開催

bc82830d.jpg築地本願寺である。親鸞。その命日から750周年。16日が命日である。

親鸞は、平安時代末期に現れた民衆の宗教だ。京都鴨川に死体が腐臭を放つ時代の地域に、虐げられた人びとの宗教が誕生した。権威になった比叡山に対抗する浄土宗である。それは法然に始まった。南無阿弥陀ととなえるだけで「悪人」すら浄土にいけるという。「悪人」にしかなれなかった底辺の人びとの清浄なる魂を救おうというものだ。

時の権力に狙われ法然や親鸞は遠流の刑に処された。数名の行動派のお坊さまは処刑された。民衆の宗教とはそれほど重いものなのだ。以降、織田信長しかり繰り返し弾圧する。
さて、その本願寺が社会的活動をしている。テーマは、三つ。平和、人権、環境である。この一貫として寺を開放し人びと自身による市場を呼びかけた。安穏朝市である。

社会が金融を頂点にバラバラになっている。生産と消費は寸断され互いに破滅へと向かう。消費は己れのためにもっともっと安くと動き、スーパーは自己破壊を繰り返す。生産も加工も流通も小売も分断され未来が見えない。

そこに民衆の市場だ。築地本願寺を開放する。ここに生産者と消費者が出逢わんとする。直接語らう。高いも安いも顔を見て話す。加工業者もNPOも皆集まる。集まりたい。

初日はまだ30団体だ。雨に打たれる。寒い。震えながらも、立つ。いろんなな人がきた。様々な人たちが覗いていった。まだまだ様々な団体に呼びかけたい。

つながるという場。時空をこえる。時と空間をつないでゆく。
運営委託は銀座吉水の中川誼美さん。「ちょっと前の日本」の提唱者。ドキドキンタリー映画上映活動や有機農業推進など多彩な活動をしている。いまの社会はスーパーとコンビニ、農協がダメにしたと公言する。だから一人ひとりが行動せよと。

さあ、未来はここからだ。過去はここにある。南無阿弥陀仏。なんまんだぶつ。合掌。ec017a8c.jpg


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2010年04月09日

現役と退役

308975d6.jpg(株)パル・ミートの山川さんが65歳でついに定年だ。送別会をした。60歳定年だが65歳まで再雇用制度がある。その満期だ。実は60歳定年では石上さんと中村さんのお二人がいる。本当に感無量。

年齢を重ねて実績を積むとかけがえのない経験が蓄えられる。この豊かな経験、紙の知識ではない人間力こそ宝だ。若い人たちにどう伝えるか。難しい。
しかし、つながりつなげていくことで何かがおきる。起こす。今度は雇われない生き方だ。セカンドステージ、セカンドリーグ。

ほかに、パルシステム神奈川ゆめコープの座談会があった。新生協設立10周年、元けんぽく生協から35周年の記念誌編纂のため。いろんなことがすでに昔話となった。歳月はいまさらながら早い。懐かしい

考えてみると、いまを生きることは、昔を生きることでもある。連面とした人びとの活動があってこそ今がある。だが、一瞬の後に時は過ぎ去り、歴史となってゆく。いまでさえロクに記録されない物語が未来に語りつげるか。これは難しい。

だが、実はいまがあることそのものが大勢の昔があってこそだ。ありがたいと思う。考えると面白い。

生協という組織は、いち経営者の個性では語れない。たくさんの役員や職員の様々な活動から構成されている。それぞれの切口からみる万華鏡の世界だ。

パルシステムは、さらに多様な面をもつ。この多様さこそ宝だ。
これからのパルシステムは、生協本体だけでなく、生産者や加工、流通、福祉、文化など多様な活動と事業で構成されることとなる。そうした無数の輪のハーモニーがパルシステムそのものとなるだろう。

山川さん、石上さん、中村さん、ありがとう。そうしてこれからが新たなステージだ。


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2010年04月07日

新たな時代と若い人たちとの対話

a19481b6.jpg昨日は、二ヶ所で四回役員と職員へ産直について対話した。パルシステム神奈川ゆめコープは、理事と幹部職員とで定期的に学習会をもっている。
講師は生物多様性と生き物調査の岩渕成紀先生、ささかみのわが石塚美津夫理事長など面白い方たち。そこに呼ばれる。

参加されたセンター長や営業所長たちは、20年前の前身であるけんぽく生協よりはるかに巨大で複雑な運営の責任者である。悩みも多いと思う。しかし、産直がパルシステムの基本だということはみな共有していると感じた。真剣だ。

午後はパルシステム東京板橋センターにいく。新しく美しいセンターだ。荒川の土手のそばにある。

最初に営業担当の職員、次に配送担当の第一部、最後に配送担当の第二部の職員と三回話した。配達から帰って疲れているのに6時半からみな参加してくれた。いまパルシステムでは全62センターで産直青果の学習会を行っている。

青果専用箱と言っても冷蔵とどこが違うか。じゃがいもや玉ねぎは日にち短縮の意味はないのではなどきちんと意見が出された。若い意欲ある数人の職員が残って話しを続けた。嬉しくなる。

いくら不況でも、食を大切にしたい。基本は自分のカラダだ。
日々自分のカラダの細胞は壊れてはつくり治されている。そのカラダの原料が食べ物だ。いいカラダをつくるいい原料を食べることでいいカラダをつくることが可能となる。

健康はうんこを見ることから。良いうんこを出すためにはお米を食べたい。とりわけ玄米がいい。腸内が健康だといいうんこがつくれる。

いい食べ物は、いい生産者がつくる。いい生産者は、いい土つくりと水を大切にする。バクテリアを活用する。それは地域を豊かにする。本当だ。

一人ひとりが大切にされ、大切にする。みんながチカラをあわせて生協を豊かにする。生協は生産者とともに消費を変えていく。確かな未来はそこにある。誇りと自信をもとう、感謝!


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2010年04月01日

年度スタートとパラダイム転換

d5529c32.jpgおそらく事業的に厳しい年度となりそうだ。時代の変化に対応した当時の事業システムは、次第に細部が精密に仕上げられ巨大な建築物のように完成していく。しかし、その完成過程で、それは社会の変化への変化に即応する仕組みとはなりにくい、と思う。むしろ、社会への防御システムとなっているかもしれない。
そのことが、加入や利用を広げると共に、逆にめざすべき目標から遠ざかっていくというパラドックスをうんでいるのかも知れないと思う。

考えてみると、パルシステムの事業の中心である食への取り組みが難しくなっている。巨大化が本来の狙いの実現とズレはじめてきているからだ。このことはある意味、必然的におこる矛盾である。だから、これをどう解決していけるか重い課題を抱えている。しかしこれこそ、時代の要請だと思っている。大衆化、普及と、こだわりと本物への接近。食と農への理解の深化をもっと図ること。

日本の食システムは、食の危害を徹底して排除してきた。細菌コントロールや異物混入の排除だ。その結果、病的なはどの衛生管理がすすんだ。それは家庭のまな板にまで及んでバイ菌を滅菌するという。これを真に受けると他人の体はおろか自分自身のカラダも否定することになる。口内や腸内はもちろん皮膚さえ細菌の巣窟だ。菌だらけと言っていい。

生きているということは、こうした菌だらけの世界のひとつの仲間として、人もまた生かされているということだ。だから、清潔とは、腐敗などの病原菌を抑制し通常の菌たちとの共生システムにすることをいう。滅菌として菌を全滅、排除することではない。
ところが、大量生産、大量消費で商品の品質管理を徹底すると菌の排除に向かわざるを得ない。だが、食は実は本来、常在菌とは共存しているのが普通である。それは、特に保存を常識的に行えば、品質的に特に問題とならない。このことは、商品の生の姿を知ることであり、多様性を知ることである。これは、矛盾する。

ではどうするか
こうした食の豊かさを知りあい学びあう仕組みをつくることだと思う。
最初から、食や農を知りつくしている人はいない。みんな教えてられて学びながらホントのことを次第に分かっていく。こうした場にパルシステムがなれること。加入しやすいが、しかし段階的に無理なく、食の真実へ近づくことがプログラムされているような参加型の食育の場であり続けること。このポイントは、生産現場と結ぶことだ。
これが進化を促すことになると思う。


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