日記

2012年08月18日

犬のトトと走る 早朝ジョグ

トトとは犬である。ミニチェアダックスフンドというらしい。広美がどこかからもらったようだ。後ろ足の右足が悪い。普段は別に不自由は無いようだが、走ると左足だけでステップする。右足を左足につけて走る。

短い夏休みだったが、三日も走ると朝行くぞと声かけると嬉しそうに駆けだす。坂をトコトコ走っていく。猫のキタが付いてきて一緒に走る。だがキタは短距離ランナー。一気に駆け抜けて先頭にたち、トトを牽制する。トトは無視するようにたんたんと駆ける。キタはつまらなそうに立ち止まり足でも齧っている。ふと見ると何時の間にかトトは大分先にいる。キタはあわてて猛ダッシュ。一気に追い抜き左手というか足でトトの頭を叩く。もうよせというように。だがトトはそれも振り払うように前に向かって走る。

やがてキタの限界線に来る。坂の途中の分かれ道の辺りで立ち止まる。これから先は縄張りが違うのか、それとも自分のテリトリー限界なのか。そこから先は行かない。行けない。そこで大声で呼び止める。ナーゴ、な〜ご。

これを無視するようにさらに走る。やがて坂を登り切り緩い下りとなる。この頃になるとトトがブレだす。籔に気配がすると大声で吠えながら飛び込んでいく。バタバタバタと鳥が飛びだす。やはり猟犬の血。雑木林の動物の気配に黙ってられない。しばらくガサゴソと追いかけまわし吠えまくってからまた戻ってくる。

家並みがあると要注意。ネコやイヌの気配を嗅ぐ。大きな犬には素知らぬ顔でとおり過ぎる。しかし猫には嬉しそうに吠えてビックリしてかけ出した猫を猛然と追いかけていく。困った。

そうして疲れ果てると道端でグズグズする。こうなるとなかなか前に走らない。疲れたのだ。やれやれ。

脇に抱えてえっちらおっちら走ることとなる。

熱い夏。それでも早朝は快適だ。なだらかな坂の下には畑と家が散らばり、その前に海が広がる。沖には入道雲。正しい南国の夏。



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2012年08月12日

高校還暦同期会 青山同窓会

高校は中退している。バリケードストライキと1970年の安保闘争で逮捕された。確か地下鉄から国会議事堂に向かおうと有楽町で地上にでよとして機動隊とぶつかった。メタメタに叩かれて護送車にボロボロになって放りこまれた。本所警察の留置場。そしてネリカンこと練馬少年鑑別所入り。あげくに身元が割れて新潟まで護送されて新潟少年鑑別所入りした。

退学していたので、高校の同窓会とは無縁だと思っていた。それが新潟総合生協の故松田前専務理事の偲ぶ会で小泉君に会った。41年ぶりの再会。市会議員。彼はすぐ同誌の豊岡君を二次会に呼んだ。いやー、年取ったな。

さらに今年の一月に佐々木君、横尾君、吉田君と飲んだ。久しぶりに飲み終えのこってりラーメンを喰った。

その席で同期会をやるから来いという。いや、退学しているというと、問題ない。事務局と役員は仲間だという。へーと思った。なかなかやるな。

同期会の会場は新潟古町の老舗「鍋茶屋」貸切。同期107名、先生4名。芸妓もあげて盛大である。みんな挨拶しているがどうも顔をしらんやつばかり。テーブルはBで11クラスとある。これは10クラスしかなかったので中退者のもの。そこに片岡と横尾と並んだ。話が弾む。吉田も小泉も役員らしく、テーブル巡回してきた。

宴たけなわのとき先生が訪ねてきた。先生なんてこっちは迷惑かけたほうであまり話したくなかったが。すると曽我だった。曽我先生。

停学中に家に訪ねてこられた。よく話をした。親父や兄にも会った。マルクス、レーニンの話をしたと思い出して話す。お元気そうだ。今は80歳を超えた。家庭菜園ほどの野菜作りが楽しみだという。

君は純粋で理想家だったと言う。要はバカということ。あらためて先生にこう言われるとは思わなかった。ご心配をおかけしました。というと小声でじつは自分の妹も逮捕されていたのだよと話された。

還暦を記念する。還暦を祝う。おもしろい。ファーストステージの一周のやがて一区切りが見えてくる。

人生は旅だ。人は雨に打たれ嵐にあう。バカ騒ぎとそして孤独に打ちひしがれる。だがいつも光を見失わない。熱くあれ。バカになろう。



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2012年07月30日

夏と蝉

あちぃね。茹だるような日々。

蝉のなきがら。なきがらはぬけがらに似ている。

蝉の一生。これが巷間言われているほど分かっていわけではないという。あの喧しく鳴くのはオス。伴侶を求めて鳴いている。

交尾できるオスはなんと地中に7年間いると言われている。アメリカクラスになるとさらに13年間も地中にいる蝉がいる。なんでかというと7年間と13年間だと同時に地上に存在する確率が低いから。こんな数学的確率が意味があるかとはおもっているが。

とにかく蝉のオスは大変だ。ひたすら泣きわめきながら一週間であの世いき。交尾できる可能性も低い。一説によるとメスは一回しか交尾出来ないそうだ。参ったな。

というわけで力尽きて死んで行く。文句も言わずに生き絶える。エライな。凄いね。合掌。あとは蟻達に食べられて生命を活かされる。



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2012年07月09日

日記

ブログは日記

農は価値転換の近未来

地域で豊かに生きるということ

ブログは、自分のために記録する。自分が読者。未来の読者。半公開の意味は緊張を持つ。甘えない。感情のハケ口にはしない。自分観察。思考記録。考え方整理。

読書記録。特別の著書についてまとめておく。その著書が世界を解析して自分の生き方に影響を与えたもの。おもしろかったもの。変な考え方であること。

金融を頂点とする世界のあり方は世界を破壊する。それはハッキリしている。ではどうするか。どのように対峙するか。

井戸を掘る。深める。

お金への価値観を変える。お金は道具。主体は自分。じぶんとは肉体、精神、そしてその統合。他人との関係。仲間。社会。そのあり方を変える。これはそう簡単ではない。だいたい失敗する。ではどこから手をつけるか。

基本は他人と過去は変えられない。説教してもダメ。批判してもさらにムダ。エラそうに世界を解説したって何の役にたつか。議論することは好きだが。それはいいが。きっと考え方だけ普及しても変わらない。現実を変えないと。

それより自分と未来は変えられる。自分が先ずは変わる。自分は変えられる。肉体改造。精神改造。人間改造。変えていく。これがおもしろい。

逆転価値へ。階段を好む。長い坂道が好きだ。事故をおもしろがる。落第もいい。評判悪いことは刺激になる。批判にさらされる。転落。破産。一文無し。逆境を楽しむ。素手で生きる。何も無くなること。

丈夫なカラダ。タフな精神。どういう苦境でもおもしろがる。現場。現人。現環境。生。直接。一次。矛盾力。変人パワー。

そうしたことを実現するために、少しづつ試す。中庸。極端に、一気にそこへ行かない。徐々に無理なく歩むこと。積小為大。

田んぼに愛着する。なんの変哲も無い田。身体を馴染ませる。皮膚感覚。時間を変える。あきることなく触れる。匂い。音。味わい。

農はほんとうに好きになった人が分かる。そこから新たな豊かな価値が生み出される。豊穣。世界の終わりに。



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2012年06月20日

台風一過 爽やかな空気

強い台風4号が通り過ぎた。夕べあんなに窓を震わせていたのに。今朝はカラッと空を塗り替えたように輝く青空。名残りに浮雲が漂う。まだ無骨な灰色の塊が残る。

道端には吹き飛ばされた葉っぱたちが散らばっている。アスファルトにへばりついている。

ふとみると近所のおじさんが早朝から掃除をしている。道を掃いている。嬉しいな。とくになんでもないように丁寧に塵取りで葉っぱたちをすくい取る。きっとコンポストに使うのだろう。照れ臭くないぞと思いながら、おはようございます、と小声で声をかける。すると顔をあげておはようございます。と会釈してくれた。

見ると60歳を超えているか。髪は染めているが少し染め残っている。スリムで自然体。ギリギリでは無い。あくまで普通の人。普通に振る舞う。これが凄い。

道端に生命は宿る。嵐の後にはいのちたちの戦いの後が残る。あの強風を凌いだ木々。だが散ってしまった葉っぱたち。

それをたんたんと始末する。何事もなかったように。僕はいつもそこを気にとめずに通っている。電車の時刻を気づかいながら通っていく。



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2012年06月19日

真夜中のヤモリ

寝苦しい夜

まだ6月なのに蒸されるように寝苦しい

キョッキョッというような鳴き声が外からする。ぼんやりと聞いている。鳥にしては夜なのに。と思った瞬間にふっと浮んだ。昨日ベランダで見たヤモリだ。トカゲにしてはガニ股。壁にへばりついていた。白っぽい。あわてて逃げた。あいつだな。

もともと布団をかけるような寝方はしない。作務衣のズボンとランニングシャツ。裸の大将。

敷布団からはみ出して板床を転がる。

なんか夢を見ていた。思い出せない。あちこちに固い物が積まれてぶつかっている。ゴロゴロ転がるが平穏はない。仕方ない。

右背中にその角が当たり目覚める。喉が乾く。口蓋の奥。のどちんこのあたりから食道付近。少し痛み。

起きて薬草湯冷ましを飲む。小田原の梅エキスを箸につけて舐める。鳥居ちゃんの作ったもの。これが酸化したカラダを癒す。ふう。

ヤモリ。夜に鳴く。複数の声。なにを話しているのか。

明かりをつけて枕元の本を読む。いつしか夢の中に移行していく。



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2012年05月21日

皆既日食と金環日蝕

2012年5月21日(月)午前7時20分から40分まで金環日蝕を見た。天気予報は曇りだった。東新宿の本部横。ビルのスキマから見えた。

薄い雲間。かえって裸眼でも見えた。時々雲が切れる。するとまばゆい。通りかかりの人も集まる。そのなかに女性が日蝕グラスを貸してくれた。サラリーマンのおじさんも背広姿で喜ぶ。

早めの出勤組の職員たちも集まる。ワイワイ言いながら見た。

少し薄暗くなる。気づかない程度。ゆっくりと右手上方から黒い影が起こり次第に左手下方へと動く。意外に時間がかかる。35分くらいに完全に真ん中に黒い丸がはまる。金環のリングが完成した。美しい。

こういう天体ショー。なかなか見れない。しかし明治通りは普通に自動車が通う。何もないかのように歩く人びと。普段の日常だ。別に・・・。

皆既日蝕は太陽がすべて隠れる。金冠日蝕は黄金の輪が見える。太陽と月が一直線に並ぶ。そのとき引力が最大化する。引っ張られる。身体が軽くなる。わかるか。

こんど日本で見られるのは25年後。なかなか見れない。日常に現れる異常。



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新たな革命の姿 島岡 強 さん 長野広美議員

昨日20日の東京新聞。3面。「この人」欄に紹介。

革命を志し25年前からアフリカ東部タンザニアのザンジバル島で暮らす。なんと10代のころから「貧しい国を援助に頼らぬ自立した社会に変える」使命感を抱く。

4人乗りの小型漁船「カクメイジ」を造船しマグロ漁。水産会社、貿易会社の起業。直接雇用200人。日本へコーヒー、紅茶輸出関係も含め数万人の生計を助けるという。

危機感はコーヒー豆を外国業者に買い叩かれて、割高なインスタントコーヒーを飲む矛盾。この国の生産物を加工して付加価値を高めたい。さらにタンザニアの文化の普及。柔道の指導もする48歳。すごい。

イスラム式のターバンと髭。いよいよ日本人も若き革命家が世界を動かす。

革命のイメージ。政権打倒ではなく、人びとの自立と協同。新しい経済。新たな文化。身体。思想。愛。

同じ東京新聞には馬毛島での米軍飛行機の離着陸訓練場反対の記事。種子島西之表市長野広美議員である。軍事設備を許さず、迷惑設備をお金で地方にばら撒かせない。

もう一つの経済の起業。発展。地域を愛すること。



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2012年05月19日

五月晴れ

植物は力がある。動けない。雨風が吹き荒れても逃げられない。雪にまみれる地域でも生えている。氷点下になれば水分は凍る。それでも凍らずに耐えて平気だ。暑い夏。大量の水分蒸散。枯れない。

その水と二酸化炭素と光でカラダとエネルギーを産出する。土からバクテリアと共生して栄養をとっている。

緑が美しい。雨あがりの空に。その気高い澄んだ空に。五月。美しい五月。透明な拡がり。

小さなステップを踏む。寝起きの重い身体を伸ばして。ゆっくりと吐く。細く長く。いち、にぃ、さん、しぃ。リズムを刻む。息は軽く長く吐く。吐き切る。鼻から自然に深く澄んだ匂いが浸みてくる。

萌黄色。薄い黄緑。白い花。濃い緑。土の香り。草息れ。

虫。鳥のさえずり。音。遠く電車の軋み音。空。五月。

重い身体。強張る背中。張った腰周り。鈍いもも。アキレス腱。足指。手首。指。ゆっくりと呼吸して意識を回す。回す。

体内の目覚め。呼吸法。軽いジョグ。リズム。眼。耳。

なんというぜいたく。美しい。



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2012年05月18日

雨のなか、軽く走る

今ごろの時季は三寒四温。昨日暑かったと思えば今日は肌寒い。そして雨。早朝は雨もいい。緑が美しい。

道端の切り株も脇から芽が出てぐんぐん成長し始めている。舗装道路の端のスキマから青々とした葉が見える。芙蓉である。

生命と宇宙のおもしろさ。広大な空。その向こうにはてしない宇宙がある。太陽系、銀河星雲、銀河団。白色矮星。超新星爆発。ブラックホール。重力場。時空の歪み。ブラックマター。見えないエネルギー。

生命。進化論ではない生命圏思想。共生圏。生態系。系、システム。人間圏、生命圏の一部分。

人体。60兆個の細胞。一つの卵。一つの細胞の分化。細胞間コミュニケーション。役割分担。機能分化。ES細胞。何にでもなる。何ものでもない細胞。がん細胞。機能分担をしない。できない細胞。無限に増殖。コミュニケーションしない。永遠の孤独。

人の認識。毎瞬間。時系列は後で解釈的に起きる。原因とは事象の言いわけ。原因などは無い。その瞬間の世界断面。宇宙真理。生命。

瞬間の永遠性。人間の真理。自分の世界でしか真理は掴めない。不思議なもう一つの世界。ワンダーランド。そこへの入口。

もう一人の自分。離脱。外からの自分。内部世界を観ようとする。身体のなかの宇宙。



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2012年05月04日

久しぶりの連休

結婚式の後、遠方からの参列者を種子島観光とお茶組合の工場を案内。お昼の食事は西之表市の漁師街でとる。味にうるさい佐渡組も感心した。刺身が美味い。

種子島にお茶があること自体が知られていない。だが100年異常まえから静岡からの移住者で生産されている。いままでは粗茶生産まで。ほとんどが製茶加工の段階で静岡に行ってしまう。いまは原発事故の影響でひきが多い。製茶技術も磨きがかかる。なにより圃場から粗茶、製ちゃんとまでの一貫生産。茶の木の種類も独自だ。ただ関西系の薄い色。やや黄色がかる水色。香り高い。しかし関東の濃い茶の風土にあうか。

番屋峰と呼ばれるこの一帯は種子島でも一番高いところ。飛行場からも近い。

ここで飛行場へ帰京組みと屋久島行きのグループとに分かれる。雨嵐と天候が荒れて、飛行機はほぼ欠航した。彼らは最終便で鹿児島へ向かう。最後の便だけはなんとか島に下りた。無事に帰っていった。あとで聞いたら臼杵宮司が祈祷をしたという。やるな。



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2012年03月14日

早朝の月

だんだんと日が長くなる。朝が早くなる。日の出が早くなる。

12月にはまだ夜の中を通勤した。星空や月夜。出勤していく。事務所について夜が明けていく。

いまはすでに空が明るい。月だけがまだ輝いている。

夕べ飲み過ぎて怒りを表に出してしまった。小さな組織だがうまく運営出来ない。どうして人は、あれが悪い、これが悪いと人に求めるのだろうか。なんで自分が解決していかないのか。ここを受け止めきれない。酒が入ってついいらだってしまう。

問題を気づくこと。それはいいことだ。だが、その問題は誰がどう解決していくか。それが他人の起こした問題だと考えている。他人が解決すべきだと思っている。他人に迫る。困った。本当に厄介だ。なぜなら、だいたいそういう人が、その自分が問題を引き起こしていることも多い。不平、不満、愚痴、批判。でどうしたいかと聞きたい。こちらも悪い気が移ってくる。まだまだ未熟だ。感情的になる。

しかし、そうすべては解決できる。そもそも問題意識とは、じつはそれを発想している人の心のなかの無意識に、有るべき姿、在りたい姿がある。それと現実のギャップから生じているからだ。在るべき姿と比較している。無意識に。ただ現状を眺めているだけなら問題意識や不平不満は出ない。だから問題意識を持って批判的に思考すること自体はいいことだ。

で、何が問題かを意識化すること。書き出してその解決策を考えてみる。客観的に眺めてみること。それを他人が解決すべきだとした瞬間に解決出来なくなる。どうしたらいいかわからなくなる。人に頼る。するとドツボにはまる。他人の問題となるからだ。どうしようもない。自分は被害者だ。

しかし考えているのは自分だ。他人による他人のための他人の事業なら、そもそも自分はどこに位置づくか。傍観者。評論家。役立たずになって迷惑を撒き散らす。そうはしたくない。ならない。他人に役立つ。問題解決人になる。任せなさい。

ではどうするか。

問題を書き出す。それを自分がどう解決するか。書いていく。あの問題、この問題を解決していく。どんどん解決する。おもしろい。

解決していくためには、そういう風に主体的に考える。すべては具体的に解決できる。うまくいく。そうカラダを動かし、心を動かし、頭を動かしていく。じつはそういう人がいる。こういう人は分かる。こういう人がいると組織が上手く動く。そのかわりたくさんの問題が持ちこまれる。また批判もされる。そしてたたかれる。クソミソ。ボロボロ。傷つくかもしれない。

だが、それがおもしろい。体力がつく。胆力がつく。心が柔らかくなる。人が信頼できる。世界が豊かになる。

夜が明けていく。月が薄く溶けていく。未明。さあ、軽く走ろう。

踊るパルシステム



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2012年02月25日

団塊の世代と政治へのトラウマ

1969年に東京大学がバリケード封鎖された。そして機動隊との攻防戦である。東大安田講堂はある種の権威の象徴。それは大学だけではない。それを色とりどりのヘルメットの学生たちが占拠して全国に呼びかけた。それがパンドラの箱を開けたように全国に飛び散っていく。

各地方都市でも無数の集会やデモがおきた。現状の政治や社会体制を否定して新たな社会、政治を生み出そうとする。すべてを壊せ。破壊こそ創造の一歩だと。できるだけ過激に。ラジカルにと。

おもしろかった。世界は義務教育で教えてもらった価値観とは違うのだ。世界は虐げられている。少数の富める人びとによって支配されて多勢の民衆は虐げられ搾取されている。奴隷とされている。いまこそその支配をうち壊そう。くびきを解き放ち無限の創造の力で、自由と平等と富の分配を勝ち取ろうと。

こうした学生運動とベトナム反戦を掲げた青年労働者運動が結合して日米安全保障同盟への反対運動へと盛り上がっていった。

じつは世界中で1969年は似たような動きがあった。スチューデントパワー。世界的な学生運動。有名なのは、フランスカルチェラタン。アメリカカルフォルニアのバークレー。ポーランド。

そのころは戦うことに意味があった。あっちでもこっちでも激論が交わされ集会がもたれデモが組織された。様々な党派が表れ無数のヘルメットが隊列を組んだ。

それが衰退していく。党派の論理。純粋な系統だった一糸乱れぬ巨大な党を建設せよ。それだけが世界を変えられる。邪悪な国歌を打倒できると。そうかと思った。そしてそうした党の建設には絶対に正しい思想と理論を身につけなければならない。間違った他の党派は打倒しなければならない。こうしてまるで排他的な宗教団体のように変質していく。

以前は口角泡を飛ばして激論し、集会で殴りあっても帰り道で出会うと酒を飲んだ。議論はしても人間同士。お互いを尊重した。それがダメだという。たとえ親兄弟でも敵は敵だ。考えを変えるか排除するか抹殺するしかない。こうして恐るべき革命党派の論理が支配していく。こうなると権力欲旺盛で他者を操作するに長けたヤツが党派を牛耳る。嫌なヤツだ。操作主義が横行する。そして論争に負けるとレッテルを貼る。曰く差別主義者、日和見主義者、右翼的。はては反革命。抹殺。

そうして熱は冷めておぞましく寒々しい光景がひろがっていく。敗北したのだ。自分たちがいかに俗物だったか。自己実現という欲望の果てにむしろ滑稽なほどに競争社会と他者への非寛容を露呈した。そして凄惨な内ゲバの時代をもって終わる。以来、政治やイデオロギー的組織へのアレルギーが溜まっていく。もうたくさんだと。悔恨。

フランスのカルチェラタン。そのリーダー達は違った。フランス人のアランジェスマルなどは、その後、反ドゴール主義でミッテラン社会党の参謀となった。そしてカルチェラタンのヒーロー、赤毛のダニエル。ダニエル・コンバンディは国外退去命令でドイツに帰り緑の党を創設した。緑の党は普通の政治党派では無い。単なる政治党派では無い。その環境政策は柔軟でかつ極めて社会的だ。

日本の段階世代が問われている。排他的な宗教党派を嫌うのはわかる。単なる政治運動を見限ることもいい。国家や社会への虚しい批判もしはしない。だが、3・11だ。大地震と大津波。そして原発事故。いま行動しなければどうする。生きてきた意味を問う。死んでいく前に行動しなければどうする。暖かく寛容で愛をもって行動しよう。こんどこそ異端を抱え違いを認め敵を包含して動く。共感。共存。共生の社会へ。愛と協同。協働。賀川豊彦。世界へ。



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2012年02月24日

恩師石崎先生 新潟高校時代

高校時代に学生運動をしていた。新潟大学に出入りして唯物論研究会に加わり、いっぱしの革命家気取りで議論していた。そして1969年に新潟高校で全校ストライキをしかける。産学共同粉砕、教育差別粉砕、日米安全保障条約の粉砕を掲げて。新潟高校では数十人の仲間がいた。それに新潟市内の高校からも参加した。いまから思うとじつに極少数の無謀な戦いである。

その実力ストライキで、夜中に学校に集まったときに異常な事態がおこる。大学生の部隊が大量に入ってきていた。知らなかった。彼らは鉄パイプなどで武装して本格的にバリケードを構築しだした。制止して追い出そうとしてもいうことを聞かない。図られたと思った。仲間には一人だけ別のグループのリーダーの高校生がいたのだが、彼が手配していた。まいった。うろたえた。

三階の指導部室で問題にして激論している間にも勝手にドンドンバリケードは強化されていく。そのときだ。階下から声が聞こえてざわめきがおこった。僕を呼んでいる。誰だと降りて行ったら、なんと新潟高校の石崎先生が単身で、素手で武装した学生をかき分けてきた。驚いた。

仲間があっけにとられていた。つかつかとすぐ目の前にきて、いきなり頬を叩かれた。さあ、帰るぞと一喝。一瞬、なにがおきたかと思った。そして冷静になるとこいつバカかと思った。しかしいったん先生には帰ってもらった。

それから、高校の仲間を集めて相談した。もう我々の意思は通らない。大学生部隊に乗っ取られた。出ようと話した。そして撤退した。夜半に。

早朝、連絡が入った。明方、機動隊が導入された。学生は逃げた。逃げ遅れたものが逮捕された。そのなかにあの高校生がいた。

今回、石崎先生に40年ぶりに再開した。懐かしくてうれしかった。変わらずにお元気だ。相変わらず目を覗き込むようにしっかりと話す。話してみると記憶のズレがわかり、知らなかったこともわかった。あのあと先生は逮捕を知って、校長にかけ合い警察署に単身でもらいさげにいったという。新潟高校だ、生徒をもらい下げにきたと。合わせてくれたが、もちろん出してはくれなかった。

あの朝、僕たちは高校に出ていった。なぜストライキを行ったかを説明したい。全校集会は騒然となった。集会の外の校庭で話し合いを開いた。それが膨らんでいく。そして呼びかけて逮捕者の釈放を求めてデモをした。150名ほどの学生服のデモ隊ができた。中央警察まで行って釈放を求めた。

石崎先生はその後が大変だったようだ。処分を巡って職員会議で激論したという。新潟高校の生徒を退学にはさせないと言い張った。一般的な暴力事件とは違うと。そのため反戦教師と烙印を押された。教員というのは事なかれ主義で卑怯なところがあると今も言う。生徒のことを考えていないと。多くが自己保身だけだと。

石崎先生とは、高校入学してすぐ親しくしていただいた。走りや体操で高度な技を教えてくれた。とくに水泳がおもしろかった。なにしろノーブレスで一気に50mを蒸気船のように両腕をぶん回してものすごいスピードで泳ぐ。みんな驚いた。フォームもへったくれも無い。国体水泳選手にスカウトされていたらしい。本来はテニスの選手。日本体育大学の恩師によって新潟国体の優勝請負人として送り込まれたという。あのジプシー請負人の第一号だと笑った。本当は大学の指導員と栃木の高校に就職が内定していたのだそうだ。それが定年まで勤めることとなった。

先生というには度外れた方。その石崎先生と再開できた。一生ものの関係だですねと話し合った。ありがたい。仲介したのは我が同志の豊岡君である。お互いにふけた。しかし彼の知的で優しいまなざしは変わらない。



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2012年02月01日

心の二重性と走ること

瞑想で空になる。これができない。様々な想念が湧き上がりデタラメに飛びまわる。トイレの便器が汚れていたこと。街角で見かけたホームレスのおじいさんの壊れた靴と汚れた髪の毛。妙に色っぽかった女性の後ろ姿。スラリと長い足の若い男の先の細い革靴。日陰の残雪。昨日の職員の話した不満。事業数値や組合員の声などなど。

あれもこれもしなければと焦る。あれっ、大事な約束をまたすっぽかしたかと不安になる。とこういう時には走る。それもゆっくりと走る。ジョキングなどとも言えないくらいヨタヨタと動く。息を吐く。吸わずにまず吐く。吐くことだけを意識する。ものの20分もすると身体が変わってくる。妄想を抑えない。なすままにして放っておく。吐くことを意識し身体の状態を意識する。少し、ほんの少しだけ負荷をかける。キツ過ぎない。苦しくなるチョット前に緩める。楽過ぎない。こうして苦しいと楽チンの中庸をキープする。これを毎日20分だ。途切れ途切れでもいい。気づいたら走る。決して無理しない。毎日だ。

腕立て伏せ。一回に5回だけやる。5回以上はたとえできてもやらない。いまの自分の腕の筋肉ではこれが適量。無理はしない。その変わり毎日やる。一日に気づいたら何度でもやる。決して身体を鍛えるとか大げさに考えない。日常に溶けこむ。当たり前にする。

階段もそうだ。すべて階段。エレベーターなどは基本は使わない。長い階段にあうと嬉しい。ステップで毎日5百回を日課にする人がいるという。必要無い。階段でいい。階段はすぐ500段くらいいく。

あとは日常生活をなるべくすべて自分で体を使う。皿洗いなんかとてもいい。風呂の掃除は一級だ。一切横着をしない。とにかくよく動くこと。すると妄想が気にならなくなる。心配事や気に病むことが少なくなる。明るく元気になる。

寝起きと寝る前が大事だ。自分に指示する。もう一人の自分を見つめる。だらしなく横着な自分がかわいい。文句ばかりですぐ怒る自分がいる。どいつもこいつもバカばかり、と傲慢ちきの自分。・・・で暗示をかける。

呪文。マントラ。ぎゃてい、ぎゃてい、はらぎゃてい。はらそうぎゃてい。ぼーじぃそわか。ぐはははは。



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2012年01月27日

夜明け前にて

原始人たちは夕方になると寂しいような哀しいような侘しい気持ちになると、宇宙飛行士の山崎さんが書いていた。なぜか。

これからやってくる夜が怖いのだ。暗闇には獰猛な野獣たちが潜んでいる。明け方まで死の恐怖に怯えて過ごす。だから、夜明けはうれしい。徐々に力が蘇ってくる。生気が戻ってくる。

夕暮れ。西に半透明に鋭く曲がったカマのような月があった。小さな星を連れて。まるで遠い物語りを思いださせるためにあるかのようだ。遠くの山並みは、橙色の夕焼けに美しい影絵のシルエットを見せている。

福島からの帰り。特急電車は一生懸命に猛スピードでかけて行く。窓辺でぼんやりと夕暮れを眺めている。

僕たちは何処から来て何処に行こうとしているのか。ふっと時間が止まる。真空の空に舞いあがって漂う。

社内放送の音楽が遠くから聞こえる。大きく息を吸って現実に戻る。さあ、行こうか。



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2012年01月24日

関東の雪

夕べ、酒をたくさん飲んでへべれけで帰った。夕方の雨は夜半に雪になり湿って大ぶりのボタン雪に変わり降りつづいた。幸い電車はまだ運行していたが、駅前はタクシーの行列で二重に並んでいるのだった。

ビチャビチャの雪道を歩く。珍しく革靴を履いていたために足もとが濡れる。降りつづく雪が頭を濡らす。コートはゴアテックスだから心配はない。脇道に入る。そこはまだ足跡が少ない。新雪を歩く。足形を記すようにリズムをとって歩く。酔っぱらい。ワンツーワンツー。

朝。出張のため遅めに起きる。カーテンを開けると、白銀の街があった。遠くに丹沢山系。そして富士山。背後から朝日が照らす。白に薄く金色。美しい。

空き瓶と空き缶とペットボトルの回収日。分別して持っていく。段差の低いボロマンションの階段が凍っている。思わず足を滑らし転びそうになった。危ないな。しかしまだ大丈夫。バランス。

関東は年明けてから雪が積もる。これから3月までにあと何回積もるだろうか。晴天の青い空。平常運転する電車に乗りながら新潟へ向かう。皆んな無事だろうか。

雪が輝いている。日が昇る。



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2012年01月07日

40年ぶりの再会

新潟高校で一緒に暴れた仲間に、昨年再会した。新潟総合生協前専務理事の松田さんを偲ぶ会であった。小泉市会議員。懐かしく話していたら仲間に声をかけるという。そして新年会となった。夜新潟駅前で集まった。

その小泉、吉田、片岡、佐々木、横尾。すこし記憶が薄れていたが、共にバリケードをつくった仲間だ。あのころの苦い失敗談で盛り上がる。するとたくさんの記憶違いがあることがわかる。自分で勝手に作った話で記憶が変わってしまっていた。それがお互いに話しているうちに戻ってくる。微妙なズレや忘れていた行動の記憶が蘇ってくる。懐かしい。

僕が昨年、取材をうけて新潟日報夕刊に取り上げられた記事を、みんな偶然読んだという。へーと思った。しかしみんな白髪が増えて年をとった。酒を酌み交わしていると昔が蘇ってくる。懐かしい。

自己の人生を振り返る年齢となった。セカンドステージへ向かう時に過去のいろんな失敗や思い出を点検すること。それは仲間たちとの交遊において他はない。いい友人を持った。ありがたい。嬉しい。



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2012年01月04日

佐渡野浦の正月

30日昼に仕事を切り上げ、佐渡へ帰省した。今年は連れ合いの広美が一緒だ。12月18日に入籍した。種子島の人。新潟で兄と合流しカーフェリーで海を渡る。さすがに時化でおおいに揺れた。船上で酒を飲む。両津でおんぼろ軽自動車に乗り換え、広美の運転で実家に向かう。雪は小佐渡を曲がると少なくなった。星が見える。

31日は買い物に両津の町まで出る。しかし店には鱈も寒ブリも無かった。残念。真鱈の切身だけを見つけて買った。ブリのアラをつけてくれた。帰りに潟上温泉に寄る。古い温泉は年寄りの溜り場である。お湯は熱い。爺さんたちによると新しいほうの風呂はぬるくていけないと言う。

佐渡野浦の年越しは、紅白歌合戦を終えてゆく年来る年の除夜の鐘が始まる頃に家を出るところからだ。夜参りである。村じゅうの人が元日の夜に初詣でをする。それも神社から寺、浄土真宗の道場、田んぼの脇の権現様、海辺の龍神様、弁財天様などいくつも回る。少しの浄財を捧げお神酒を頂きお払いを受ける。臼杵秀麿宮司も大忙し。そしていったん帰って飲みなおす。

さて元旦は春駒が一軒一軒門祓いに回ってくる。二人の踊り手と太鼓と鐘の歌い手。15分程度の踊り。総勢10名くらい。お米とお酒を捧げる。それから野浦大神宮の春人(はりんと)の会合である。親類などに年始挨拶。そして兄の子供たちを迎えにいく。ふみ子と美和。一緒に元旦を過ごす。

二日は、ささやかな妻のお披露目祝宴。自宅で親戚一同に列席を願う。しかし村の人々のなんと豊かなことか。刺身はタイ二匹をお頭合わせで並べる。サザエやマグロから煮付けや酢物など所狭しと広がっている。そして挨拶が続き歌踊りだ。特に作右門おやじの俵付け歌がすごい。めでたい歌が延々と続く。

挨拶に立った広美は感動で言葉がつまり目頭を押さえた。ろくでもない自分を思うと恥ずかしいやら感謝の気持ちやらで胸が詰まった。



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2011年12月05日

NAHAマラソン

今年で3回目だ。那覇マラソンである。12月の最初の日曜日。市内の奥武山公園から出て平和祈念公園を中間地点として戻ってくる。僕はこの平和祈念公園を勝ってにゴールとしてハーフを走る。目標は制限時間内。

スタートは午前9時。参加者は25千人。



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2011年11月23日

体調について

この海外出張から帰って体調を崩した。久しぶりにお休みした。体力を過信するのはまだまだいかんなと思う。インドネシアは全食事はホテルか空港だったので食事などのせいではない。むしろ食べすぎかもしれない。なんでも美味しく感じるゆえ。

体調が崩れるとひたすら寝る。熱いスープで汗をかく。寝汗をかいて下着を頻繁に交換する。毒だし。

最近、風邪でダウンすることが減ったが、まだまだ免疫力は弱い。注意が足りない。内臓が弱い。腸もだ。

冬、外気温が下がる。なるべく薄着で対応するが、鈍感ではダメだ。温度差に敏感になり、かつそれに対応する身体にしたい。

大きな呼吸。吐く。深く吐く。長く吐ききる。



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2011年11月17日

生きることとお金について

いま、失職したらどうか。

それが怖くて保身に走る。言いたいことを言えない。自分では間違っていると思っても行動することができない。そんな風になりたいか。それでいいか。いやだ。いつでも辞められる。失職できる。そういうことが可能か。

何が怖いか。お金が無いと生きられないか。今の日本では働かなくともじつは食べられる。いろいろ調べると部屋も食事も手に入れることができる。それは事実。

しかし問題はおそらくそう言う風に行動することができれば、そもそも困る状況にはならない。パラドックス。

先ずは自分のやりたいこと、楽しいことは何かをハッキリさせること。例えば農。あるいは食。これを極めたい。農の豊かさ。食のおもしろさ。そうだとするとそれに関わり仕事が続けられる環境をつくる。畑や田んぼを借りる。別に所有しなくてもいい。その耕作に仲間と楽しむ。一人だとつい成果だけを求めようとする。これがいかん。成果主義は農の深さを感じることができない。生命系の仕事は時間軸と身体性の異空間に入らなければ分からない。ドップリと浸かる。身体の隅積みと対話する。楽しむチカラ。

やりたいことことを続けること。続けられること。ここがポイントだ。そのために生きる。お金はその手段。逆ではない。

やりたいことことをやり続けられるかどうかは、自分が問題だ。本当にやりたいことを見つけること。夢中になって寝食忘れてもやり続けられるか。そして楽しむこと。成果だけを求めないこと。やること自体で楽しむ。

すると自分が愉しみ愉快になると不思議に回りも楽しい。豊かになる。人が集まる。するとお金が集まる。不機嫌な顔をして苛立っていたら集まらない。そりゃそうだ。自分もつまらん。

土には数兆ものバクテリアがいる。身体にも同様のバクテリアがいる。植物は根を張りこのバクテリアと共生している。身体もまた腸や皮膚、口内などで共生している。バクテリアが生かしている。生命圏の主人公はバクテリア。その複雑豊かな生活圏のなかに素手でいきる。何も持たない。何も足さない。何もひかない。



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2011年10月29日

夜明け

早朝、目覚まし時計で起きる。初冬は布団から離れがたい。もう少しと思う自分に一呼吸入れて跳ね起きる。さあ一日がはじまる。なんて幸せな人生だろうか、と言いきかせる。どんな逆境だろうと、それを試練と受けとめたい。大きく深呼吸だ。

もし沈没する船に乗っていたら焦って逃げようとするとパニックが起きる。すると助かるものも助からない。ましてやなんで自分だけがこんなめにあうのと嘆いてみてもはじまらない。それは自らが招いた状況なのだから。自分のせいなのだ。それがわからない。すべての自分のまわりに起こることは自分が創りだしたもの。自分が引寄せたもの。これが分からず嘆いてもダメ。

難破船、火事場、崖崩れ、落下、大地震などなど。狼狽えるな。楽しめ。死にはしない。逃げるな。向き直り、受けとめたい。無理難題をこそ楽しみたい。

暗闇のなかを軽く走っているとやがて朝日がさしてくる。群青色の晴天の空。澄み切った空気。身体が喜んでいる。



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2011年09月17日

ある日の晩飯

てがるで簡単を旨とす。玄米は小田原自前の。黒米も一掴み入れる。パルシステムのPBの雑穀米も混ぜる。2合炊いて余ったものはおにぎりくらいでラップに包み冷凍庫に取ってある。それをレンジで解凍する。結構いける。

白州の味噌。見田さんが麹から作ったもの。具はジャガイモ、玉ねぎ、キャベツという田舎味噌汁。味噌のうまいこと。

カジノヤの中粒納豆。経木入り。これが一番だ。パルのキムチもイケる。藪川の行者ニンニク漬け、少しづつ食べる。意外に便利で本格的なのは糠漬けパック。もう一年以上使っている。ほっといても大丈夫。食べるときは、ニンジンや胡瓜を一晩漬けて出して使う。豆腐はもちろん共生食品。こいつは試食だとスーパーの豆腐の変な甘さ(ニガリ成分の操作)に素人は騙されるが、毎日食べるとわかる。ふぉわッと大豆の旨味が滲み出る。天然醤油の独特の発酵香りで食べたい。

流石に鮮魚は近くのスーパー。アジに塩を振り焼いただけ。

キャベツの簡単サラダ。塩胡椒で菜種油と純米酢。あとは、もちろん枝豆だ。ぐはははは。乾杯!



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2011年08月31日

夏の終わり

ふと見ると、駅前の街路樹にセミがとまっている。ミンミンゼミ。ひっそりとつかまっている。

変な夏だった。本年最高の暑さを記録したかと思えば、観測記録を塗り替える集中豪雨。ゲリラ豪雨と呼ぶらしい。全国各地で洪水が襲っている。

ふりかえって人生をそれなりに生きてきてみると、いいことも悪いこともあった。しかしいいことが続くとむしろ不安になる。ふわふわとした気分。むしろ困難や苦境が当たり前になっている。そのほうがかえってヤル気が湧いてくる。それでもたまに人生はいいことも続くようだ。しかし、いいこと慣れしたら終わりだと思う。自分と世界が切れてしまう。嬉しさや悲しさが世界とともにありますようにと思っている。

僕たちは理不尽な世界に住み、逆境の中を歩いている。原発事故を起こして放射能汚染の広がりのなかで生きている。事故は収束を見せず、薄氷の上を沢山の原発がいまだに稼働している。恐ろしい。それを止められない。いまや反対は多数派にも関わらず。

憤りの嵐を乗り越えて、冷静になって無理なくこういう事態を変えること。すべての原発を止めて核物質を除去すること。廃炉へと。使用済み核燃料の恐怖。その措置。

新たな世界へは古い現在を変えることなしには向かえない。僕たちは震えるような怒りを胸に静かに微笑んで進まなければならない。フレンドリーにシフトしていきたい。

丸い水平線を見たか。その海洋に、太陽の撒き散らす銀色の光の粒が輝いて僕たちを包んでいた。そして君を包んでいる。奇跡の一瞬。

大いなる世界に。すべての生命とともに。



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2011年08月12日

夏の盛りにて

朝、駅までちんたら走りながら行く。いまの時季はこれだけでびっしょりと汗をかく。半袖ワイシャツも、下着もビッショリと濡れる。電車内でハンカチで汗を拭く。これだけで変なおじさん丸だし。最近は通勤だけはポロシャツにした。これを事務所で着替える。グッショリと濡れたポロシャツは扇風機で乾かす。

やっぱり更衣室があったらいいな、シャワールームがあるといいなと思う。なお、当たり前だが設備などは総務の権限である。間違わないこと。

真夏の暑さはキライじゃない。かんかん照りでアスファルトからの猛烈な照り返しと熱風を受けながら歩く。汗だくになる。ただし、こんなとき間違っても黒いスーツなど着ないことだ。初老の男が肩を落としてうなだれながら汗だくで歩く姿。全身から運命のイタズラに翻弄されて嘆いている様、が目に浮かぶ。お疲れ様といいたい。同じ炎天下でもポロシャツでランパンならどうだ。パワーを全開にする。熱いぜ!

さて、今年も蝉が泣き喚いている。このごろは夜中まで騒いでいる。彼らも大変だ。一生の最後に7年間の終わりに地上で最後の仕事をする。交尾だ。命をつなぐ最後の大仕事。だが目が悪い。なかなかパートナーを見つけられない。目が悪いと気づくのは、デタラメのように飛び電柱にぶつかって泣きわめきながら落ちるから。歩いて近付いていくと、気を取り直してまた近くの木にぶつかっていく。変なヤツ。こうしてあちこちにひっくりかえっている。仰向けに転がっている。決してまともにおきてはいない。みんな仰向けで死んでる。きっとカラダのデザインが死んだときのことを考慮してないのだろう。おかしい。車につぶされて干からびたものさえいる。

精霊飛蝗。いいところの生まれのように洗練された姿。僕らのように不細工な格好で大騒ぎでわめくようなことはない。けっしてしない。スーとしたデザイン。涼やかだ。



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2011年08月04日

雑感

中国の新幹線大事故の顛末を見ると、東京電力福島第一原発事故との類似性にがく然とする。どうも日本のマスコミ論調のように鬼の首でも取ったかのようにはしゃぐ気分にはなれない。

いつも事故を起こす側にたって考えてしまう。なぜ予想が出来なかったか。事故のシュミレーションを有りとあらゆる危険性で検討出来なかったか。あるいは危険性を承知しながら手を打てなかったのは何故か。

絶対正義。自分たちの事業は社会的に有用で意義のあることを成している。そのことへの批判には事業そのものへの批判と受けとめてしまい、頭から批判を拒否してしまう。感情的になる。否定的な意見にはしつこく反論して自分の正統性を言いつのる。そのために視野が狭くなり猪突猛進する。その結果、取り返しのつかない事故や破綻に直面する。

これらを回避するにはどうしたらいいか。議論を活発化する。誰かが正しそうな意見をいったら、疑問を呈し本当か裏から見たら違うのではと深く検討を加える。要は様々な立場からの意見や批判に向き直り検討しキチンと何故この方針を実行しているか説明できることが必要だ。それは問題を発見する過程でもある。

そにためには寛容であること。立場の違いや意見の違いを好きになることだと思う。自虐的な精神が求められる。

リーダーとはなにか。文句いう側ではなく、文句言われる側であること。事件事故の責任者でいること。批判される側にいること。世界のすべての悲惨と悲劇の原因が自分のせいだと思えること。

他人と過去は変えられない。変えることができるのは自分と未来だけ。しかし自分と未来を変える難しさ。だらしなく出た腹を摩りながら考えている。



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2011年07月12日

環境変化とどう向きあうか

自分を取り巻く環境が大きく変化したときにそれにカラダを合わせるか、環境を自分らしく合わせるか。これはじつは恐ろしい問題である。ひとは内実を見ない。観えない。何を悩んでいようと外見と肩書きだけである。もちろん真の仲間たちは違う。昔からの友人は素で付き合う。

宮本武蔵が剣の極意を問われて答える。畳の縁を歩く。これが極意だ。えっ、と驚きなにがなんだかわからない者に説く。いまこの城の天守閣の屋根から向こうの尾根まで畳の縁状の板が張って有り、そこを渡ったのだと。大袈裟だがこれが極意。地上高く狭い板の上を軽く渡れるか。まず無理だ。これを地上でも天空でもまったく変わらずに渡る。歩く。

王子と乞食。王子のときに乞食の心を持ち乞食のときに王子の心で生きる。要はとらわれない。捉われない。捕らわれない。囚われない。

役割りを素直に果たす。なすべきをスッと行う。

瞑想。内観法。呼吸法。数息観。

立ち方。両脚を自然に開き恥骨を前に引き腰を立てる。丹田から下部は地面に落とし、上は頭のテッペンから引き上げる。肩から脱力し自然体で立つ。深く吐く。眼を閉じてから半眼とする。さあ、いってみようか。



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2011年07月11日

早朝のひとっ走り

野付漁協とのふーどの森づくり協議会でも夜の懇親会はつい飲み過ぎた。漁協の人たちとパルシステム会員生協の役職員とのザックバランな交流は豊かな心を育むことができると、実感している。

さて、朝6時には小林君とひとっ走りした。いろいろ冗談を交わしながら軽く小一時間ジョキング。キツイものではないが、これがカラダに効くのだ。旅館に戻り汗をお風呂で流して、さあ朝飯だ。ご飯がうまい。

露天風呂からの日の出が美しいというが、残念ながら霧で見えなかった。野付は夏はこうした濃霧にほとんど覆われているという。

汗をかき汗を流す。一日一回はカラダを動かしポンコツの稼動域を確認する。年とともに劣化する肉体を動かすことで心も動かしていく。

野付半島の原生花園にて。



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2011年06月17日

雨と木

今年の雨は勢いがある。すべてを洗い流そうとでもするように沢山降っている。強い雨足。

それでよろこんでいるのが森の生物。濃い緑の葉っぱたちがみずみずしく光って精気に溢れている。美しい。嬉しい。

だらだら坂をななめに下り、濡れたアスファルトをゆっくりと降りていく。雨の日には必ずどこからかミミズが這い出してアスファルトに寝そべっている。このあとどうするんだろうと気がかりだが見て見ぬ振りをする。ミミズにひっかけてはいけない。たしか腫れるはずだ。

ふと街路樹を見る。樹肌に黄緑色のコケ。太い幹がたくましい。小さな名も無い草たちが勝手に生えて美しい。とても素敵な雨の日に。



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2011年05月14日

歯の治療法

イッセーさんにせっつかれて紹介してもらった贔屓の歯医者に行った。セカンドリーグ支援室のリーダーの吉村一正さん、身体と心の分かった人である。彼のチベット体操はセカンドリーグ支援室の定番だ。イッセーさんがいるときには、朝礼で軽く教えてもらう。手首、足首、頭の首と関節。筋と呼吸法。伸ばす、捻る、振る、押すと身体に聴きながら動かす。良く身体の仕組みと機能がわかってないと出来ない。

さて、自分のカラダに弱点が沢山あると思うが、そのなかでも一番弱いのは歯である。若いときに虫歯にやられて知り合いの理事の弟の歯医者にかかった。ところが数年して蓄膿症になった。自分でも感じるイヤな臭いと鼻水がでる。医者に通ったがだめだった。そこで、針治療もする口腔外科の町医者に変えた。するとそのじいさん医者がいきなり鼻に針を刺して治療する。翌日も通ったら、これはいかんと言う。これは被せた歯の治療が下手で中が壊死して鼻の奥の空洞に膿が溜まっている。そこから治療しろと言った。

ヤバいな。そこで大学病院にいき治療した。そのとき抜いた上歯を治療しておけば良かったのだが、面倒になってほったらかしておいた。その後、入れ歯を二度作ったが、違和感があり声も裏返るのでイヤになった。全部やめた。ほおっておいた。

すると下側の歯がおかしくなった。しかもこの部分は上歯が無いので30年もほったらかしていたために顔がゆがんだ。いつも食事は右側だけで噛む。左頬がヘコむ。すると眉間の縦皺が曲がってくる。変になる。

そこにイッセーさんが歯医者を紹介してくれたのだ。今いけ、すぐ行け、ただちに行けと。それに押されるようにようやく先日歯医者にかかった。



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2011年05月04日

桜を二度観る 得したな気分

土日と佐渡に帰った。新潟駅から例によってちんたら走りで佐渡汽船まで行った。佐渡汽船は信濃川河口にある。駅からしばらくして河岸に出る。桜が咲いていた。散り始めているがまだ美しい。ラッキー!と思った。新潟はまだ肌寒い。桜の開花が遅いのだ。首都圏の桜は散って、今年も春は過ぎていったと思っていた。また会えた。得した気分。嬉しい。

向こうには万代橋が見える。石のアーチ橋。新潟大地震では近代的な八千代橋が落ちたのに、古い建築のこの万代橋はビクともしなかった。どうだ、すごいだろう、というように威厳を持っている。デザインもいい。この万代橋に桜がまたよく似合う。

川面には繋留されたヨットが並ぶ。その人工的な土手には草花が植えられている。曇り空。

僕は、ゆっくりとカラダの芯を確かめながらちんたらちんたら走っていく。背中にうっすらと汗を滲ませて。なんて気持ちのいい日なんだろう。いつかなんとなく得した気分になっている。一瞬、一瞬を生きよう。



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2011年05月02日

佐渡の残雪

土日と久しぶりに佐渡に帰った。雨降りで肌寒い。大佐渡の山には雪が残っている。義兄の太田さんとボロ軽自動車を両津港の契約駐車場から出して実家へ向かう。

夕方、定夫さんが沢山の料理を持って来てくれた。カレイ切身、煮付、などから黄粉餅まである。話が弾む。定夫さんが帰ったら7時過ぎに中島君がきた。NPOトキの島事務局長。トキの話なら彼が一番だ。近所の村で巣作りがおこなわれているという。そして我が臼杵秀麿君の登場だ。奥さんの鈴子が先にメカブと葉ワサビ漬を届けてくれた。秀麿君は宮司の会議があったらしい。そこからか駆けつけてくれた。

佐渡の仲間と飲めるときが本当に嬉しい。しかも、首都圏にいるときのようになんか浮き足立った危うい感じがしない。旧い家はどっしりと立ち、見下ろす海はあくまで静かだ。おとなしい。

つかの間の安寧。佐渡はいいなと言ったら、中島君が言った。佐渡もむかいの柏崎に原発がある。そして佐渡も断層だらけだと。うー

ん、安寧はどこにあるか。逃げられない。原子力発電所か。



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2011年04月06日

播磨坂の桜

事務所のすぐ近くに播磨坂がある。まぼろしの環状線。前後が塞がれてその坂だけが取り残されて拡幅工事した後の広い道。その中央分離帯が桜並木の公園になっている。えらいぞ道路公団。

今年は例の自粛で桜祭りが取りやめられた。ガラガラ。見放題。観桜年。

少し肌寒いか。八分咲き。年季の入った肌黒い幹がひん曲がったその上に可憐な花びらが咲き乱れる。ソメイヨシノの清冽な花。見上げると降ってくる。どこに放射能があるのかと見上げる空が青い。すごく青い。美しい。

ところ所に花見人がいる。浮世離れした人びとがいる。いいね。今年も花見だ。酒を飲もうと。

世界が変わり、時代が飛んでいく。異常が正常になり、非日常が日常に変わってしまう。おかしくなっていく。ふわふわとした日常。終わることのない時間。

桜は、しかし一斉に咲く。何があろうと咲き乱れる。いつものように咲いている。一本いっぽん咲いている。なんて見事な咲きっぷり。嬉しい。美しい。



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2011年03月14日

電車混乱、計画ていでん

五時半に小田急駅に行く。途中すれ違ったオバさんが小田急は止まっている。行ってもムダ。シャッターが降りている。といわれた。

確かに駅に近づくと、逆に歩いて来る人たちがいた。タクシーも来ない。いくら待っても来ない。仕方が無いので、いったん家に戻り自転車を出して空気を入れ直し京王線に向かう。何とか動いている。

初めての計画停電。電車運行は大混乱。しかし、みな意外に冷静だ。



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2011年02月28日

憂鬱な時間を見つめる

明けがた目覚める。日曜日の夜、早く床についたせいかたくさんの夢を見た。還暦に近づいて来ると思わぬ身内や知人の不幸が様々に襲ってくる。苦しみや悲しみに襲われる。関係が深いほどその影響も大きい。逃れられない。

夢を見た。脈絡の無いそのなかで僕は怒っていた。大声で叫んでいた。確か役所の窓口に行き、給料の振込金額のミスを相手が認めながら仕方がないから次月まで待ってくれとしたことに対してだった。それは泣き寝入りしない、許さない。訂正しろと交渉していた。変なのだが、間に親父が入り僕に我慢しろと諭していた。しかしどうしても許すことが出来ずついに爆発した。窓口の女性に名刺を要求しはぐらかされると怒鳴り出した。もう止まらない。衆人の前で叫び続ける。

目覚めると寝汗をかいていた。憂鬱な気分。しばらく何だったんだろうかと考える。

もう夜が明けるころ。まだ暗い。雨音がしている。外は黒い雨に包まれている。

若いころの旅は坂を登るように期待を胸に秘めて駆け上がっていった。山の上に向かって。崖で落ちても、傷だらけでも無我夢中。

還暦に近づいてみると、友や家族や仲間たちの不幸が次々と襲ってくる。仕方ないと思いながらもやはり理不尽だと思っているのかもしれない。しかし年を取るということはそういううことなのだと思う。

外はまだ暗い。黒い雨につつまれている。



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2011年02月26日

土曜日の朝

久しぶりに午後から会議。午前はお休みだ。早朝、近所の野山を軽くちんたら走り。一時間半。少しは汗にまみれる。足にガタがこないように、丹田に気をやる。しかしどうでもいいようなことが頭を去来する。だいたいにおいて、くだらないことばかりが気になったりしている。

疲れ出したら、さらに歩調を弛める。ちんたら、チンタラ。

右足が疲れやすい。膝に負担がきやすい。胸が少しでも苦しかったら、弛める。坂でキツかったら歩く。無理はしない。楽しみながらゆく。

水仙の花がきれいだ。可憐だ。

帰宅したらシャワーを浴びて水をかぶる。プハーッ、気持ちいい。

朝飯。小田原田んぼ玄米と軽米町の雑穀焚き合わせ。神奈川中央養鶏の目玉焼き。カジノヤ中粒納豆。キムチ。薮川行者ニンニク漬、三澤さんのイカ塩辛。ジャガイモ、人参、玉ねぎとうめてば豆腐の味噌汁。味噌は手作り。あとはレタス、マヨこれに黒胡椒。

ぐははは。美味いぞ。



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2011年02月12日

謙虚と誠実 村上春樹「雑文集」

謙虚という生き方とは正反対である。なんか謙虚にしろと言われると無性に逆らいたくなる。偽善ぽく感じられる。しかし、村上春樹の「雑文集」を読んでいると考えさせられる。

彼は沢山の賞を受賞している。その受賞スピーチがすごい。単に喜んでいない。しかも、乗せられてもいない。いやなんとなく自分を勘違いしないように、真理からはなれないように抑制しているように見える。あるいは、授与者への率直な批評精神すら感じられる。

最大の表彰は読者からだとハッキリと言い切っている。これは起業家の態度であり実務家のこころでないかと思う。

有名になりたい、他人に、しかも著名人やマスコミに評価されたいとは誰しも思うことだ。それに流されない。自分を見失わない。すごいね。

こういう生き方はどこからくるんだろう。

勝手に考えると、おそらく、走ること、楽しむこと、遊ぶこと、学ぶことからではないかと思う。面白い。

すると、正直に率直に話し聞くことができる。

村上春樹の話のなかに、朝起きたら自分が何者かしばらくわからないということが出てくる。そして時間が立つとやがて自分の名前や役割がわかりだすといった話。これは、僕たちが物語のなかでこそ生きているということを語っている。だから、けっして他人に価値判断や評価をゆだねないこと。じぶんがなにものか、なにものでありたいかを物語ることが必要になる。

誠実とは戦いだといった人がいた。じぶんに言い聞かせる。



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2011年01月31日

寒さとサッカーアジア杯優勝

早朝、空気は乾いて寒さが突き刺す。指出し手袋から出た指先が冷える。手を丸めながら軽く小走りにリズムをつける。

澄んだ深い濃い青。

三日月に丸い月の形がくっきりとついている。星の明かりも輝きを失ってはいない。乾いた歩道を刻んでいく。

あまり観はしないサッカーの決勝を夜中に旅の仲間たちと見た。ジリジリする接戦と見事なボレーシュート。強い。そしてなによりチームワークの良さ。

これだけの集団ゲームはやはり言葉どおりチームワークがすべて。そのチームワークはゲームに出ている選手だけではない。それから選手だけでもつくれない。

プロ野球が企業とタレントとマスコミのゲームだとすると、もしかするとサッカーは違うのかもしれない。

子どもたちからのサッカー文化、地域のサポーター、そして各地のリーグによる底の厚さ。そして世界に開かれた個人参加と他流試合。

しかしチームワークと個人を活かすという一見相反する 難しい仕事を成し遂げるリード。この監督がイタリア人ということはおもしろい。

イタリアは歴史と文化の国。デザインとオシャレの国。食文化の国だ。低価格工業生産の国じゃない。楽しむ国だ。ガツガツと飢えた競争社会のメンタリティーでは無い。勝ち組がなんでも取る社会では無い。

日本サッカー協会のビジョンが、裾野を広げて地域に浸透して、大きな山をつくる。そして裾野が広ければ広いほど山も高くなる可能せがある。そして試合に勝つ強さは、競争的価値観だけでは無い。

ワンフォーオール、オールフォーワン

一人は万人のために、万人は一人のために



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