生命

2012年08月22日

福島県双葉町 井戸川 克隆 町長 語る

パルシステムの講演会。双葉町はまさに東京電力福島第一原発の町。全部が警戒区域。1年半近くの今も埼玉県加須市の旧騎西高校に避難を続けている。その井戸川町長さんが語った。

最初に、さいたまコープの佐藤利昭理事長が挨拶する。さいたまコープはパルシステム埼玉と共に毎週木曜日に騎西高校で炊き出しを行っている。高校の建物の不自由さで各自の炊事が出来ない。ほとんど弁当などで食事を採っている被災者。そこに味噌汁など手料理をふるまっている。JA埼玉の米、野菜の提供を受けている。これは続けられている。発災直後の多くのボランティアの引く中で二つの生協が協力して継続して取り組んでいる。埼玉県内の避難者は7千人が今もいる。加須市は725名で一番多い。交流会も頻繁に計画している。

さて、井戸川町長は言う。原発の町は補助金で潤っているといわれる。だが、私が町長になってみると総務課長に来年度は予算が組めないといきなり言われた。財政が破綻寸前だった。前任者がなんと原発補助金を使い果たし7,8号計画を前倒ししそれも手をつけようとしていた。まずは財政の建て直し。コピーの紙の節約など爪に火をともすような節約でなんとか自治体の公表基準以下に持ち込んだ。

3.11発災直後3km避難をした。すぐ午後5時44分には10km避難へと変えた。いまもそうだが、原発事故とその対応について、とりわけ非難については政府からの指示は一切無い。それぞれの自治体で判断して対応している。12日午後3時40分に水素爆発が起きた。残った300人で川俣町に逃げた。そこでは放射能を浴びた人のスクリーニングをしていた。だがじつは被曝している。5万人が内部被曝もしている。細野大臣に直接そのことを指摘した。彼は知っていたが何もいわなかった。これは福島市民の「棄民」である。山下俊一福島県立医科大学副学長は長崎県で言っている事と福島県で話していることが違う。福島では100mSv以下なら大丈夫だという。これはある種の「殺人行為」だ。

いまは加害者が強い立場。東電は一番強い。被害者は弱く、結婚差別まで深刻だ。

ICRP(国際放射線防護委員会)は、被爆者を放置する立場。7万人の被曝は放置され抹殺されようとしている。うそがまかり通っている。河川は汚染された。水はもうダメだ。魚は食べられない。原発は稼動していたのは40年、しかし破壊されて町はすべてを失った。取り返しがつかない。

それなのに再稼動を首相の一言で決める。このことを任せるのか。虐待である。人の命をあまりにも軽んじている。

だが私は言い続ける。誰も言わなくてもいい続けるものがいなくてはならない。

パルシステム福島の安斎専務は話す。それでも97%の住民が福島県では残っている。そう、警戒区域。計画的避難区域。そして帰還困難区域。居住制限区域。避難指示解除準備区域と根拠無く線引きして相互に分断し、かつ展望を示さない国のやり方。そのもとで苦しむ避難者。じつはチェルノブイリよりもはるかに甘い基準。恐ろしい。

静かな怒りを胸に、避難者との継続的な支援連帯を続けよう。そして脱原発の仕組み構築を急ごう。事実を知り知らせ白日の下に暗黒面を照らし出そう。戦う町に支援の声を!



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2012年08月07日

虫の目 風の目 鳥の目

ものごとを考えるときの方法を持つ。

視点。うーんと近くに寄って観る。拡大して見る。草も花も手も皮膚も凄いぞ。生命の鼓動。虫の目。

風の目。歩く。走る。移動する。街をゆく。田畑をゆく。歩く。山を登る。谷をゆく。川を渡る。海へ出よう。暑さ。空気。海の風。

鳥の目。鳥瞰する。地図を観る。地球儀。山を登る。頂上から見渡す。風景。パターン認識。

時間軸。時間を伸ばす。虫たちの時間。一秒の長さ。鳥の目の時間。宇宙時間。歴史。人の歴史。生物史。地球史。ドラマ的思考。

現地。現物。現場思考。第一次情報。逆転発想。パラドックス思考法。矛盾点。独自思考。身体思考。呼吸法。ヨガ。

言葉。感動。激情。熱。エネルギー。エントロピー。循環。自然にすべての答えが眠っている。それを探求する。

超人への修練。修行。動物性との付き合いかた。野生の思想。超能力開発。すべては思い。行為。



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2012年07月31日

明日へ帰る 東日本大震災の記録

本を出そう。記録を残そう。この記録本を出すことがあなたが理事長になった意味だ。

パルシステム協力会の三澤孝道会長からメールがあった。昨年の震災後の6月25日の「100万人の食づくり運動」集会。「いまここからはじめよう」と生協組合員と職員、生産者や食品企業や物流企業が300名ほど集まった。その集会の後である。

三陸の津波に流された水産加工場。飼料コンビナートが破壊されて多くの畜産が餓死を余儀なくされた。その生産者の戦い。原発事故の間際の養鶏場。強制避難と絶滅。

生協あいコープみやぎ職員の奇跡の生還。原発事故のなかの恐怖のなかの助け合い。福島の生産者の怒りとそして悲しみ。

不気味な余震が続き、原発事故の放射能汚染の広がり。事故の実態も隠されたままのあの6月。暑い日射し。そのなかでパルシステムグループの必死の活動が語られあった。

その記録を残そう。協力会三澤会長の呼びかけでパルシステム連合会とパルシステム生産者消費者協議会香取政典代表が編集委員会を結成した。

編集は(株)シータス&ゼネラルプレスの若狭谷さん。ライターは後田さん。発行は(株)マハラバ文庫。代表は増田レアさん。

人間は忘れる。それがいつか死の体験も極限の恐怖も時間とともに薄らいでゆく。いつか普通の暮らしにもどっていく。戻ることができたかのように、なにごとも遠い過去のようになってゆく。

私たちの失った記憶。いま現在も抜け出すことが出来ない人たち。今まさに進行する危機状況。

協同とはなにか。

大震災のただなかで、自然発した行為。人のために恐怖を乗り越え人のために夢中で行ったこと。被災地へ

直後から駆けつける仲間たち。

言葉より前に組合員へ訪問した職員たち。採算を考えずに食料をすべて分け与える役員たち。人は危機と死の体験の極限状況で協同する。

とつとつと語られる真実。これを読もう。深く読もう。読み刻んでいきたい。そうして、語り続けたい。



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2012年07月19日

ゲンゴロウ一族とガムシ一族

ゲンゴロウとガムシは似ている。ソックリ。甲虫類。ところが泳ぎ方が違う。上から見るとゲンゴロウは後ろ足を横に出して平泳ぎ。がムシは足を上下に動かし犬かき。ハッキリと違う。

東北大学の向井さん。この人が説明してくれた。生き物調査のインストラクター。すごいディープな世界。まず動くものなら何でも知っている。点のような小さな虫たちも。

田んぼにいる糸ミミズ。それに似たウスバカゲロウの幼虫。この違い。糸ミミズは土を食べる。土の中の有機物を食べる。これに対してウスバカゲロウの幼虫は肉食。プランクトンや屍骸を食べる。動きが違う。ウスバカゲロウはクリンクリンと丸いバネのような動き。爪楊枝で触るとクリンクリンする。肉食系の特徴だそうだ。元気があってよろしい。

日ばかり蛇。小さななにか獰猛な感じ。ヤバそう。誰が獲ったか虫カゴに入れている。向井さん嬉しそう。これは貴重。昔は猛毒が有ると思われていて、噛まれると一日ばかりで死ぬと言われた。実際は毒は無い。

いや田んぼの動物の種類の多いこと。たった15分。これで数十人であっという間に40種類も捕った。

クモも多い。いろんな種類がいる。忍者のように水の上も平気ですばしこい。アメンボ。トンボ。ザリガニ。ドジョウ。このドジョウも有機の自分の田んぼでは金色になるという人がいた。ええっ、ほんとうかいな。

向井さんはヒルをみてこの子達と呼ぶ。虫はみんなこの子なのだ。なんか好きだな。愛情が溢れている。

有機田んぼは生き物曼陀羅。それが食べたり食べられたりして循環している。生命の連鎖。つながり。

稲葉光圀先生は言う。害虫も増えて様々な虫たちが共生しだすとタダの虫になる。悪さをしない。農薬化学肥料で破壊すると一部が欠けて一部が増える。生態系のバランスが崩れる。それが重大な影響を与える。

多様性。21世紀のキーワード。昆虫もカタチだけの分類から食物、住まい、動き方、仲間の作り方(社会)、生息地など多様な見方がある。向井さんはオタマジャクシを透明なケースに入れて見せた。ほっぺがぷっくらとして可愛い。ゲンゴロウに至っては腹に泡の空気を抱える。

人間も同様。漫画憂国のラスプーチンで佐藤優氏の裁判が描かれている。大手商社員や外務省官僚がでっち上げ裁判で罪を認めるなか、彼だけは否認する。できないことだ。その佐藤優氏は言う。人間は内部から崩れる。壊れる。

新たな時代へ。大きな社会の転換期。人は社会の崩壊に遭遇する。自然破壊を目の当たりにしている。

そこに立つ。そこで生きる。豊かなミクロコスモス。それを知る目を持つ。感じる身体を持つこと。



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2012年07月18日

生物調査と観察

生物多様性国際会議でフィールドワーク。

田んぼの生き物調査をした。

これがすごかった。



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2012年07月11日

生命のおもしろさ

習慣付け

身体を馴染ませる

呼吸

楽しむ

身体を変えるおもしろさはやってみるといい。昔、寺下さんに教えらた。僕と同じ年齢。それがフルマラソンを4時間台で走破する。どうやったらできるか聞いた。すると毎日徹底的にいっさいエレベーターやエスカレーターを使わないことだという。

えー、そんなことかとその時は思った。やってみると生半可なことではできない。エライことだ。事務所は7階。毎日まいにち絶対に階段を歩く。東京の電車の駅は長い階段が多い。地下深い。これも歩く。全て歩く。

自宅から駅まで1.5km。これを軽くジョグする。いまごろは汗ビッショリ。駅から事務所までもジョグする。このジョキングがまたタラタラ走り。注意するのは呼吸。吐くこと。吐き出す。ここに意識して肛門を締める。無意識にできるようにする。習慣付け。

新しいことに挑戦する。最初は慣れない。ギターもそう。だが練習すると弾けるようになる。繰り返すと次第になんでもなくなる。このクセをつける。

おもしろがる。面倒だと思わない。嫌なことを、嫌なことこそ楽しむ。そして習慣にする。

毎日まいにち軽くやる。気負わずに楽しむ。すると一ヶ月で変わる。意識が無意識をつくる。

積小為大。二宮尊徳。



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2012年07月05日

死命力 と人間のカタチ

生命力への感動。

生きる。生きている。このことの芯をしっかり感じること。生命の素晴らしさを体得すること。これがいまの時代は失われている。虚飾に彩られ、はては精神世界が封じられ孤立と孤独に崩壊してしまう。そのときに、感ずること。

細胞 卵細胞 粘菌 協同場

人間 肉体 心 人格形成 自然

心が壊れること 死と生命力

小川洋子の著書のなかに人間への驚きと感動を述べた文章があった。子どもの頃の記憶。自分の手を見つめて、その凝縮された機能の不思議に勘当して、宝物をもっていると実感したという。変なこども。

人間は肉体が誕生しても人間にならない。そこから人類の歴史をおさらいして人間に育つ。犯罪学者福島章によると、狩猟時代、栽培収穫時代と食料確保の長い歴史。その歴史を固体が再構成する。長い歴史過程。それを個人史で凝縮して子どもから大人へ成長していく。社会性を身に付け人間に育つという。

小さい時は残虐性がある。トンボや蛇を捕まえては殺す。猫や犬を飼う。その死を痛む。こうして花を育て生き物を愛してその死に出あって人間が生まれていく。人間は肉体だけの誕生ではなく社会性を身に付けて誕生していく。人間になっていく。

さて、その肉体もおもしろい。卵がある。精子と結合すると分裂が始まる。いくつかに分割されると細胞間で役割分担が始まる。相互に連携しさっきまで同じ一つの細胞だったのに目になるとか骨になるとか任務分担しけっして間違うことはない。そうして人体ができていく。この多細胞の組織化。この原型は粘菌だ。森に住む。単体でアメーバーとして活動している。それが乾燥したり食料が枯渇すると、集合しはじめ役割分担が起きる。きのこ状になる。胞子を作り遠くへ飛ばす。それまでは単なるアメーバー。ただの分裂で増殖する。

さて、固体細胞と多細胞体。多細胞はまるで完全な通信を行っているかのように見事な連携をして肉体を構成し生きて活動している。しかも福岡伸一によればその肉体は日々死滅し生成して生まれ変わっている。数ヶ月で全部入れ替わるという。分子マーカーをつけた食べ物を食べると肉体のどの部分にそのマーカーがあるかわかるという。そして数ヶ月で死滅し排出される。

さて、精神だ。心だ。こころが社会的活動で形成される。多細胞生物のように。するとこころが社会に操られる。競争社会。お金社会。すべての価値観が与えられて生きてゆく。それが世の中。その世の中の都合の悪い人間になると壊れる。壊される。

どうしたら壊されず生き生きと生きていけるか。こころを育てる。精神世界をできるだけ自然のナマの状態にさらす。なにも足さない。なにも引かない。生命の場にさらしておきたい。

肉体は毎日毎日、毎秒ごとに滅びる。死を意識的に組み込んでいる。そうでないと生成しない。死は共にある。生命力が有るなら死命力もある。死を抱え込む力。誰でも持っている輝ける闇。宇宙と生命圏。

ヒッグス粒子の発見。仮説どうりの発見。それでまた迷路へと誘われていく。



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2012年06月28日

ある日の晩飯 食べる意味

玄米、小田原で栽培したもの。それに黒米。軽米町のキビ入り。

鮮魚鯵。塩降りだけで焼く。真竹の筍。小田原の鳥居ちゃんの竹藪のやつ。アクは無い。湯がいて冷蔵で保存。味噌汁に三陸ワカメと煮る。味噌は白州の見田さんんのもの。麹から造る。それと竹の子煮付。藪川の干し椎茸を水から戻しながら竹の子を一緒に入れて煮る。便利つゆを入れて三温糖を少し加える。

真竹の筍はいまが旬。干し椎茸の出汁が染み込みなんとも言えない。美味い。

枝豆。水をヒタヒタにして塩茹で。少し硬めでサッとあげて塩を降っておく。

納豆。カジノヤのもの。これを食べると他はダメだな。石塚家のは別格だが。

バカの一つ覚えのサラダ。キャベツ、レタスをテキトーに刻む。トマトもダイス状。塩を降ってギュッギュッと揉む。それにエキストラバージンオイル。パレスチナ産を振りかける。黒胡椒をガリガリと降る。最後にリンゴ酢で締める。

あとは、ビールで乾杯。うまいぞー。なんて幸せか。ぐはははは。



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2012年06月15日

三好礼子さん in. パル静岡

三好礼子さん。エッセイスト、自然回帰型生活びと、国際ラリースト。だと書いてある。株式会社フェアリーテール。

18歳でバイクで日本一周。3万キロ。野宿や見知らぬ方に泊めてもらうほとんど無銭旅行。バイトで稼ぎながら。

女らしいという言葉がある。どういうのか男らしい女性。武道の身体を持った知性的な方だ。独特のオーラ。

パリダカールラリーに何度も出走。最初は43歳で挑戦。撃沈。どうしたら完走できるかと先輩に聞く。足下の砂を読むこと。この答えが解るまで時間がかかった。毎日の生活の基本ができること。大きなことは小さな生活ができないとできない。

アフリカの様々な国と山と砂漠を走る。常に死と隣合わせ。一瞬で吹っ飛ぶ。

アーリット。ニジェールの都市。ウラン鉱石がある。アフリカの都市を走る。友人がたくさんできた。だが内戦。翌年には殺されていた。ウラン利権。内戦の原因。その恩恵は日本とつながる。世界はつながっている。

現在54歳。離婚していまは共同生活者といる。静岡県朝霧高原。美しい富士山。犬。ロバ。山羊と住む。カフェはその連れ合いが経営するとうまくいく。自分がやっていると全然ダメ。彼は山羊の乳を絞りチーズも作る。お肉にもする。

東京にいた時は、ほとんどの病気をした。食事もジャンクフード。痔も患った。それがこちらにきてすべて無くなった。一日一日剥がれ落ちるように治っていった。自然と大地。

でもなんでも食べる。あのオニギリの佐藤初女さんが泊まっていった。有機野菜とかこだわりますかと聞く。いやいただけるものは大切にいただくという。そうかと思った。

富士山一周トレイルランを主催。180kmを三日間で走る。元はスイスアルプスのモンブラン。この166km走破。世界トレイルラン。

宇宙から見る。私はプレアデスから来た。世界一という響きがいい。富士山トレイルランも今年5月に2千人参加で行った。8割が完走。71歳でハーフ完走。82km26時間。苦しみの限界を超える。

バイクの乗り方を参加者に実践指導。田んぼが大好きで一日中田植えをしても腰が痛くならない。体幹が若いと言われた。

すっくと立つ。片脚立ちでブレず平気。何時間でもいける。やはり身体が違う。

中学校時代の絵と文を見せる。すでに砂漠を夕日に向かって走る図。不思議だ。アフリカを走りながら何度も来たような初めてでない気がした。ご縁。感謝。これを大切にしたい。



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2012年06月04日

管野栄子さん、原発と味噌、三波石、神泉、有機栽培と醸造蔵

管野栄子さん。飯館村の味噌作りグループ。古い納家に木桶。雀も出入りするような土壁の小屋。そこに美味い味噌があった。2010年のグリーンツーリズム訪問時。いまは仮設住宅に住む。

までいなライフ。美しい村づくり日本で表彰された直後に、警戒区域でもない飯館村が高い放射能汚染にやられた。下手すると事故現場周辺よりも高い汚染。見えない恐怖。修験者の聖地虎取山も汚染された。キツメのハイキングで登頂した記憶。

菅野さんは語る。何日も泣いた。なんでこんなめにあうのか。そして思いたった。泣いていてもしょうがない。行動しなくては。宮城県の山の中に二反歩の畑を借りた。ニンニクを作る。放射能には免疫力。ニンニクはいい。

何十年かかろうと必ず帰る。なんで自分たちが、から自分たちだから課せられた役割という思いに変わった。行きすぎた日本。これを立ち止まらせる。立ち止まって考えること。どういう風に生き残るか。生きていくか。動かなければ分からない。堰を切ったように話す菅野さん。語る。

増田レアさん。マハラバ文庫代表。この味噌の里親プロジェクトの呼びかけ人。美しい飯館村、そこの味噌のすごさ。決して絶やしてはならない。味噌種にして里親になり育てていきたい。つながっていきたい。

(株)ヤマキ角掛さん。有機大豆、小麦の国産原料生産からこの天然醸造の発酵蔵での味噌醤油の生産。こだわりの御用蔵。それが福島の支援で味噌作りだ。避難所への支援や募金のように具体的な応援はわかりにくい。味噌作りがなんで支援か。味噌の深い意味。自然の凝縮。だからこの味噌を大切に育てたい。

さて、この螢筌泪で角掛さんのご指導で味噌の天地がえしをした。菅野さんも参加する。埼玉県上川町。山深い谷合いにある分校跡地。そこにヤマキの研修所がある。その倉庫から3月に仕込んだ味噌桶を取り出した。参加者全員が輪になって手をつなぎ祈りを捧げる。そしてフタをとる。おおっ、思わず声がでた。美しい。それは濃い山吹色。この香り。見れば味噌に白い粒、シトシンだという。このシトシンは美味しい。深い。少し味噌を手でとり舐める。豊穣なそのなかにやや塩味がある。まだ未熟だと角掛さんはいう。キウリがほしいな。

手袋をしてかき混ぜる。ゆっくりと三回ほどこね回す。空気を抜いてビニールで再度密閉する。フタを落としオモリを載せる。重石はペットボトルに水。あるいは袋入り塩だ。桶10個。すべて微妙に色が違う。多様性こそ天然醸造の面白さ。

埼玉県上川町となった神泉村。ここは三波石層の露見地だ。神流川と下久保ダム。水。清水。神の泉という。だからここに有機の醸造蔵をヤマキは作った。天皇への献上蔵。包丁人四条司家が日本古来の発酵食品にこだわる。国産原料と天然醸造。

夜、NHKスペシャルを見た。日本が作った世界最速スーパーコンピューター「京」。第二位の中国の4倍。そして米国IBMの人工知能。これで未来はシュミレート出来るという。人工心臓も生き物のようにバーチャルに鼓動する。人工知能は機械学習を通して全米のクイズ王に勝つ。相手にならない。そして膨大な人類の知の集積をする。その上に超能力を発揮するという。超機械の未来。そうだろうか。

原子力とはなにか。大地と岩石に沈降されたウラン。それを分解分離し単体として取り出す。精製し中性子操作で核分裂を起こす。もともと宇宙の壮大なパワー。その沈静化とマグマによる攪拌と混濁による生物圏の誕生。その超エネルギーを還元して引き出す。

なぜ放射能は怖いか。生物を破壊しつくす超高エネルギー。制御不可能なミニ宇宙。生物層はエネルギーの最適化を図る。宇宙創成のような核分裂や核融合をもてあそばない。原子力平和利用。これは平和か。知恵なのか。

味噌。真逆。還元からの逆流。複雑性のハーモーニー。分離分解整理ではなく、混合混濁連携協同、共生態。その生命的エネルギー。

放射能の無毒化。単体ウラン単体プルトニュウムと結合。岩石との結合。悪魔のパワーを沈静化し眠りにつける。大地に閉じ込める。

矛盾。イカロスの翼。太陽を目指す僕たちは、その業火に焼かれて墜落していく。そこからのフェニックス。バクテリアと岩石と水。味噌という壮大なシンフォニー。



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2012年06月02日

玄米を食す

玄米、また自然食か。分かったよ。身体にいいんだろう。それは知っている。だけどマズい。

なぜ玄米なのか。

栄養学の陥穽。落とし穴。

粗食の意味。

アメリカの発見。マグガバンリポート。

理想のウンコ。なぜウンコか。

血液と免疫系。

腸の意味。管。腸と血管。

腸内細菌。共生。毛細襞。

幕内秀夫。山梨県と東京都の境の山の中に棡原がある。そこは長寿村と知られていた。水田がなく急峻な山間部に小さな畑だけで暮らしていた。主に雑穀や山菜をたべていた。それがじいさんばあさんが元気で日本一の長寿を誇った。ところが戦後の食生活改善運動で栄養バランスが悪い劣悪な環境と見なされて食事を変える。肉、卵、牛乳などを食べようとした。結果、むしろ戦後の世代が早死にする。不思議な現象が起きた。幕内先生はこれを調べた。

雑穀や山菜で長生き。牛乳や肉や卵で病気がちになる。このポイント。それは全体食。全て丸ごと食べる。雑穀は玄殻ごと食べる。この殻の部分にビタミンやミネラルは詰まっている。リンゴやナシも種周りや皮にビタミンやミネラルがある。だから皮ごと食べる。

アンデスの山岳民族でトウモロコシしか食べない人たちが居るという。それなのに栄養不足にならない。なぜか。トウモロコシの実だけではなくその実が着いていた芯も擦って食べる。エスキモーがビタミン不足に陥らない。魚もアザラシも内蔵ごと食べる。血も肝臓も生で食す。ぜんぶ食べる勢い。全体食。

魚の身だけ食べる。リンゴの皮も種周りも省く。肉だけ。牛乳だけ。肉食民族。スペインの祭、マタンサ。豚一頭、丸ごと食べる。血も。サラミ。全て使い切る。全体食。しかも野生の運動で痩せぎすの豚。肉食のレベルが違う。

アメリカのマグガバンリポート。1977年。上院特別委員会の報告書。医療費高騰で国家財政圧迫。その打開策。国民が医療にかからないこと。健康。国民の健康を増進させる。国家プラン。病気になる人の生活習慣を変えること。二つ。運動と食事。運動は軽く持続可能なもの。食事はある国をモデル化。それが元禄以前の日本。米と一汁二菜。その米は玄米だ。そして80年代に穀物と野菜の摂取量が日米間で逆転する。意外。アメリカは移民国。貧しい移民が常に流れこむという。じつはそうした貧しい層が肥満でハンバーガーとコーラを飲む。

腸のこと。腸は体内にある外部。クラインの壺。外から内部に通貫する管。口からお尻へとつながる外部。自己と非自己。免疫。食べ物が口から入り胃や腸にある。これはまだ外部。それを胃液や腸液で溶かし腸内細菌のチカラで分解して吸収する。腸内細菌。そして血管に入り全身に配分される。血管の血液が栄養分として各地の細胞に運ぶ。細胞はそれを受取りDNAで新生細胞に増殖する。一方、時間とともに死滅させた古い細胞は汚物として血管に運ばれ肝臓や腎臓などで解体分離されて腸から排出される。余熱や排水は全身表面からも行われる。

この代謝機能は毎日毎時一瞬も休まず続いている。この人体への原料である栄養の取り口で排泄口が腸である。そこは共生態。バクテリア。腸内細菌群。細菌叢。

ガンは血液のこの機能が劣化すると起きる。腸がポイント。

免疫とは何か。多田富雄。自己と非自己。非自己の認識と自己への組織化。それを拒否するものの排除、排出。免疫力はむしろ過酷な環境が強化する。暑さ寒さ。飢え。痛み。活動。

さて玄米だ。全体食。消化の悪さ。それは植物繊維の多さ。消化されにくい植物繊維が大腸に届き腸内細菌のエサとなる。乳酸菌を取るだけでなくエサも届ける。

理想のウンコ。バナナ状で「浮く」こと。これは植物繊維を増やしバクテリアを良い菌叢にすること。

山あいの貧しい村。雑穀を食べ野良仕事にせいをだし、そして信心深い。鳥と虫と風と住む。光と音と香りに敏感。聴けないもの。嗅げない匂い。見えないものを見る。超人たちの平凡。



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2012年05月09日

身体心理学について

脳心理学から身体心理学へ(全身心理)

心や知能を脳科学で考える風潮がある。脳が問題だとする。違うと思う。頭がいい人と悪い人がいると考えて頭の使い方を工夫しろという。違います。

脳とは何か。ハブ。自転車のスポークをまとめる中心。あるいは地球上の飛行マップの中継点。要は全身感覚の集合態。この機能はハードとしてはほぼ同じ。障がいについても一部が機能しないことがあっても基本的にはほぼ同じ性能。

脳のイメージ。タコ。あるいは木の株。下方に足や根が無数に広がる。無数の神経や筋肉などが広がる。この中継局である。だから脳だけ取り出しても意味は無い。

人体細胞がそれ自体で無数の活動をしている。独立に新陳代謝を繰り返し細胞内ではエネルギー交換を続ける。新たに分裂して新細胞を産み出し劣化する旧細胞は破壊されて排出される。膨大な運動。生きている。生きて動いているとはものすごい。

その細胞たちは相互に連携、協同し役割をもってその役割に次第に特化する。最初に出来た卵。たった一つの卵。卵細胞が分裂して各機能を担っていく。この細胞同士は連結され連動している。近隣だけでなく全身と連絡している。

ある細胞機能に故障が生ずる。あるいは外部から一部へ損傷が加わる。するとこの異常を探知し痛みなどの知覚を生む。そしてそれへ対応した動きをする。指令が出される。これは各段階がある。その細胞と近隣細胞での動き。そして身近な細胞間の動き。手の関節レベル。腕のレベル。上半身。そして全身で捉えられて反応する。

手の怪我。手の細胞が反応する。傷口に外部からの細菌などへの防御活動。血液とリンパ液。さらに神経経路反応。さらに目でも確認。全身バランスの動員。これは回復への総動員。しかし一方、手が壊れたままでも不自由しないように他でサポートする。じつはこれに慣れると回復が遅れる。慢性化。これを刺激で怪我の回復へ再認識させるのが針治療法。経絡を刺激し壊れの知覚を広げ回復させる。

だから記憶は細胞に宿る。手に宿る。身体に宿る。言葉の記憶は動作に宿る。単語を覚えるのは動作と楽しい感覚を伴う。紙の字面だけではダメ。それがヒトの記憶。

感情も細胞に宿る。好悪。好き嫌い。これは生命の危険への察知と快適への感覚が原点。そのために動作が生じる。だから感情をコントロールするには身体を統制する。身体動作をコントロールする。小さなことから。

こうしてみると全身の神経などの中継点が脳であることがわかる。しかしそのレベルならなにもあんなに複雑で巨大化しなければ良い。だが身体細胞のレベルから今度は人間集団の関係へと広がる。身体は集団の社会への感覚器官と機能する。さらに人間社会の広がり。過去と世界。自然と宇宙。この知覚とハブの役割。

ではこうした複雑な機能を担わされたヒトの脳は壊れないか。壊れる。物体としてではなく機能の損壊もありうる。それが心の痛みとして、あるいはやる気を無くすとして遮断が始まる。すべてが嫌になり気力を喪失する。

ではどこから回復させるか。原点から。まずは身体を動かす。呼吸を深める。リズムと声を出す。大声で笑いながら歌い踊る。一心不乱。関係性の悪化が脳を痛める。脳の回復は人体から。身体性から。細胞から。すると関係性も回復する。

自然にまみれる。野山へ行こう。海へ出よう。全身これ触覚。おおいなる宇宙。それは自分の中にある。神は自分という自然に宿る。

頭でっかちの現代人間。競争と分断の社会。お金と権力の生き方。それが無いとまるでダメ。役立たず。ほんとうか。

違う。機能は細胞に宿る。人体に宿る。自然に宿る。単純になれ。バカになれ。大いなる自然に抱かれる。楽しい。うれしい。おもしろい。楽しいつもり。おもしろがる。つもり。まじない。呪い。マントラ。真言。

川の中に生きることとした普通の顕花植物。ヤクシマカワゴロモ。屋久島。



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2012年04月18日

身体を観察する

年をとるとガタがくる。それとどう向き合うか。

細胞と血液。細胞は日々活動し劣化する。細胞には神経系とともに血管が隅々まで張り巡らされている。血管が何をしているか。栄養を補給し汚れを吸収している。上下水道。

水道水は山から地下から流れてくる。新鮮なものがいい。血液の栄養は腸からくる。新鮮な食べ物を腸で腸内細菌のチカラをかりて分解して吸収し、血管から身体の各細胞の隅々まで送る。腸と血液。血管。

腸内細菌叢を活性化する。納豆。植物乳酸菌群。味噌汁。発酵食品。そして植物繊維。消化し難く大腸まで運ばれる細菌のエサ。理想のうんこ。バナナ状。浮く。

柔軟で強い血管。血圧。排熱、廃物、排汚染物、CO2。血管が下水道。肝臓、腎臓が下水処理。あと肺臓で空気から酸素を取り入れ、二酸化炭素を排出。酸素は血液で全身に回る。細胞の活動で転換されたCO2は再び血液で運ばれ肺臓で空気に出される。呼吸。深い呼吸法。

身体エントロピー。排熱、廃物、排水、排炭素。

全身運動。第二、第三の心臓。足、脚。手。肺臓。軽い運動。階段のゆっくりした動き。呼吸。軽く長く吐く。肛門を締め臍下丹田を意識し肩を脱力する。上半身は力を抜く。深く長く吐く。吐き切る。

血流を一日三回は意識する。流れを変える。軽く汗が滲む。

意識。艱難辛苦を逃げない。ストレスから抜け出さない。向き合う。主人公には逆境が襲ってくる。物語。人類の基本的ストーリーテラー。それを楽しむ。面白がる。ネバーエンデングストーリー。

さあ、いってみよう。



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2012年04月16日

酒井真澄さんの結婚式

結婚をしたいと思ったのは昨年の大震災のときだったと言う。酒井真澄さんと関幸雄さんの結婚式。in 海浜幕張。

千葉県の海岸近くの実家での被災。津波で埋まった泥を掻き出していた。家族と共に。そのとき家族の大切さと生命の繋がりを感じた。命をつないでいきたい。そして彼と結婚しようと思った。大切に育てていきたい。

この日は朝から土砂降りに近い雨。ややこしい問題も抱えている。事務所に寄って午後から式場に向かう。真澄さんと会ったのは水産加工場からの転職で担当上司と面接したとき。ちょうど10年前。まだ事務所が狭かったせいもあって確か喫茶店で話を聞いた。見るからに緊張しアガっていた。ロクに話しもできない。だが、それがかえって誠実な人柄が伝わってきた。履歴書も丁寧でキレイな文字。前職を知る職員の推薦もあった。やはり人柄が一番だ。

その後、商品畑を歩んで今はベテラン。別カタログの企画と運営を担当する。商品仕入からクレーム対応などなんでもこなす。商品カタログも好調。

ざっくばらんでフランクな振る舞い。だがじつは繊細。見かけはそうは見えないが。

雨の道端の排水溝の傍に小柄な花が咲いていた。その美しい強さ。可憐だが生命力あふれる。



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2012年04月11日

霧雨

やはり雨。だが朝にはもうあがりはじめている。

一瞬、嫌だなと思った。つづいて雨もいいと思い直した。晴天ばかりじゃない。雨だってふる。

いつもの軽くタタラを踏むようなジョグで駅へと向かう。背後からおばさんが傘をさして早足で追い抜いていく。ムッと思わない。自分の歩みを変えない。内向する。

足は軽く短くリズムを刻む。スピードとか距離を追わない。目標にもしない。ただ調べる。身体を調べる。

尻、臍下丹田、肩。肛門を軽く絞める。肩を脱力する。腰をやや前に出して臍下丹田に軽く意識をやる。ヘソ下三本。内部。軽いが長く細く息を吐く。長ーく吐ききる。吸う方はあまり意識しない。軽く長ーく吐ききる。

雨の日は身体が重め。左足に負担がかかる。太もも、膝、ふくらはぎ、アキレス、足。足指。を意識する。最初はできなかった。意識。つもり。そのうち足指の一本づつが分かるようになる。意識を操作する。

道端に扶搖の切株。傍に名の知れない草花。株はまるで枯れたようにただある。武骨に存在している。

いい。おもしろい。美しい。



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2012年04月10日

生と死 そして桜

めずらしく東京の桜が満開で穏やか春となった。この一日二日が見ごろである。

風もなく雨もない。花冷えまでもなく、気持ちのいい陽気。昼休みに事務所裏の外山団地の公園を歩く。あまり知られない良い場所。別世界。

子連れのお母さんたち。お爺さんもベンチで腰掛けている。土の広場。雑草が靴の下でふわりとする。コナラや雑木が大きく育つなかを歩く。そして桜の巨木。黒い幹に薄桃色の花びら。空を覆うように咲きほこる。さわさわとそよ風。

ここは鳥も種類が多い。様々な鳴き声が行き交う。チッチッ、ピー。カラスさえも桜の枝に止まり、大きな嘴で花をついばんでいる。黒いカラスと桜の薄紅の花。

夕方、知人の母の死を知り駆けつけた。御年82歳という。小さな一軒家にひとり住まい。眠るように逝ったという。茶飲み友達が語る。障碍者と共に生きて、共に学び、共に活動した。閑居山にて。でも近頃は体調を崩して衰弱気味だった。その娘は語る。周りに手を煩わせないように逝ったのだろうと。遺影写真は飾らない。ただ点描絵がある。無心に裁縫する清楚な姿。美しい人生。

人は生き、人は逝く。花は咲き、花は散る。萌えるその花の、短く、あるさまが、見えているか。乱舞する花びらを。風に舞うその姿。

子どもたちの叫び声。母親たちの笑い声。爺さんの消えかかるため息。鳥の叫び。黒いカラス。

一瞬息をのむ。時をとめる。時間が止まる。そうして今年も桜は散ってゆく。



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2012年04月05日

進化のイメージとエリートパニック

ダーウィンの進化論の貧弱化。

インドネシアのスラムの家族。

エリートパニック。日本の富める家族の貧弱。

ダーウィンの革新性。人間が一番えらいという世界観をひっくり返しネズミも猿も同じ生物の一進化形態とした。猿と同じ。人間が特別ではないと。これは当時のカトリック宗教にとってトンでもないこと。サルの親戚だなんて。

だが間違い。いまこの瞬間にいるすべての生物。その全てが進化の究極。適者である。そして進化の途上。系統樹はそれぞれ持っている。対等だというか一緒。

進化のイメージ。地球の温度が数度変わる。するとバクテリアの菌叢が変わる。その温度で元気になる菌たちが増える。土の中。水の中。空気の中。生物の中。するとそれに共生する小生物が変わる。バクテリアという一次生産者の変化で変わる。例えばコケ類。すると二次生産者の変化で三次が変わる。つまりは生物相全体がガラッと変化していく。生物は緊密に連携し相互に依存している。最近、それが高度な観測機器で次第に分かってきた。たとえば恐竜の絶滅。身体が大きく脳が小さいから絶滅したなんて恐竜に失礼。そうではなく恐竜のエサが激変した。なんでか。小惑星の衝突。それで2千年間巻き起きた粉塵の雲が覆った。突然の寒冷化。氷河期。そのため植物相が変わった。シダ類が激減した。しかしこうした例は、まだまだ知られていない。生命圏。その全体の一部。破片。それが人間。ヒト。

一転、スラムのこ汚ないバラック。狭い路地。下水も整備してないのか異臭が漂う。裸足のガキ。ニワトリ。入れ墨をした半裸のあんちゃん。若い母親。それがニコッと優しい。子どもたちも弾ける。元気だ。楽しい。嬉しい。貧乏なくせに幸せ。

翻ってある町。ある国。道路は整備されて清潔。家並みも立派。それなのにヒトの気配が少ない。淋しい。いつも不安。孤独。もっとお金があれば幸せになれる。もっと高級な外車がほしい。もっと立派な家がほしい。もっと給料がほしい。もっともっと。あれも心配。これも心配。不幸せ。なんで自分だけがこんな目にあう。

家と車とお金と地位と安全で快適な生活をと望み失敗する。いいじゃないか。丈夫な身体と豊かなこころ。貧しさ。艱難辛苦。天変地異。逆境。これを楽しむ。バカッパワー!全開。



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2012年04月04日

戦うということ 弱さについて

いつも戦っているひとがいる。敵の弱点を攻めて打倒する。競争し相手の間違いや問題点を探り暴き貶めその分、自分がのしあがる。嫌だな。

だが、逆に戦わないひともいる。いくら理不尽な批判や攻撃を受けても反論しない。ただ引き受ける。これはこれでよくない。

戦うとはどいうことか。権力闘争主義。世の中を良くするためには、権力闘争で敵を打倒して権力を握り、自分が良い方針を提案し実行するという。頭が良く正しい方針を作り実行する。だから誤った現執行部の批判を流布し多数派工作し勝つ。

こうした敵と味方の論理。エリート指導者論。これとどう向き合うか。



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2012年03月31日

天変地異の時代

東京直下地震。直下型地震から型が抜けた。東京都の東日本大地震を受けた見直し。今朝もNHKでも地震学者が東京湾北部震源で最大マグニチュード6で最大震度7と予測していた。いままで震度7クラスというと阪神淡路大震災での神戸市の一部か東日本大地震の後の確か仙台市の一部にあったように記憶している。

震度7。それも直下。これはヤバイな。酷いことになりそうだ。逃げるか。

では、どうするか。

可能なことを考える。一番長くいる所の耐震性を調べる。事務所、そして自宅。これは建築屋が知っている。これが耐震強度が足りなければ補強する。つぎに停電、断水、ガスが止まる。怪我も想定。最低限2日凌ぐ。軽い怪我は自己治療。あと自転車。人力発電機。簡易太陽光発電機器。軽テント。

とにかく直下一発でヤられたらアウト。これは想定しても仕方がない。死ぬ時を考えてもしょうがない。問題は最悪の状況だが、これもしょうがない。その時はその時だ。なんとかなる。する。根拠の無い楽天性。

不安、孤独、恐怖をどう克服するか。

呼吸。これしかない。自律神経と大脳皮質による体性神経。つまりは随意神経。意志による神経。自律神経に意志を反映させる。とはいうものの心臓や肉体の精妙な神経運度をコントロールすることは素人はまず無理。可能なことは肺呼吸。これを意志で動かす。

呼吸こそ大脳皮質によるコントロールができる自律神経系。あるいは交感神経と副交感神経の橋渡し。動物性神経と植物性神経の乗り合い。だから呼吸をこそ統制したい。

気づいたときにいつも深く吐く。まず吐く。深呼吸を大きく吸えと言うが間違い。風船。まず空気を吐いて萎ませる。最後まで吐ききる。すると自然に空気が入る。新鮮な空気。身体の二酸化炭素など血液から肺の力で浄化する。血液の汚れ。この浄化は肝臓だけでない。肺。

深く吐く。吐き方は口から細く長く吐く。また一気にハッと吐く。どちらも吐ききる。丹田を意識する。これを裁定10分。これで意識が変わる。ジョキングなど軽く運動しながらこの吐くをやる。軽く走り意識は吐くこと。

さあ、こい。邪悪な敵や最悪な逆境。天変地異。強靱なパワーを孕ませた修験者。透明な意志。生命。宇宙。

暗闇が迫り嵐の予感。



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2012年03月29日

常識と非常識 逆境

資本主義社会に生きている。資本主義社会とは個人が独立して私的な所有が社会の基本となっている。あくまで個人単位。

農協が独占禁止法に抵触する。規制しろ。と騒いだ国会議員がいた。ある村で町で企業が独占的地位で有利な販売をしたら、自由な競争を阻害する。だから自由競争のために規制する。それを農協へも適用すべきだとする。

農協とはなにか。ある村の農民、例えば40軒が出資金を出して全員で協同で組合を作ったとする。するとみんなのために事業を始めればすべて独占的な事業になる。これが村にとって一人は万人のために、万人は一人のためにとなる。根本的に個人所有の企業体と異なる。

この協同の仕組みを村から町へ。町から県へ。県境を越えて地方へ。地方から国へ。国から世界へ。これが今年、国際連合で呼びかけられている。国際協同組合年(IYC)。資本主義、金融資本主義に対抗する。暴走を止めるチカラ。

だが、協同組合員も資本主義に生きている。いくら観念的に協同が大切だと掲げても、実態は資本主義人間。これが変わっていく。変わらないと衰退する。協同の精神。

子供時代からの社会的教育。競争の生き方。人と比べる。能力は比較して評価する。勝つか負けるか。人に勝つために頑張る。苦しいときもガンバル。そして勝ったものだけが栄光を手にする。富を手にする。お金を所有する。モノを沢山手にする。楽ができる。

だからいつも競争し比較し計画や管理や効率を競争している。資本主義人間。人に負け、人より劣り、効率が悪く、不便で、楽できないとダメだ。天変地異や不計画。自然的放置は許されない。

だが、協同組合年。協同だ。他人を大切にする。競争に負ける。効率の評価から人への役立ちへ。組合員同士の協力の仕組みへ。z

非常識へ。生き方を逆転させる。他人のために生きる



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2012年03月28日

神々の住む島 バリ島

インドネシアのスラバヤ空港から帰国するさい乗り換えでデンパサールを経由した。一日だけフリータイム日曜日。植田君とATJ(オルタートレードジャパン)の幕田さんとバリ島の棚田を見に行った。ライステラス。いまや観光地だ。谷からせり上がってくる大小の棚田を向かい側に有る道路下のレストランから眺める。政府が補助して観光資産とした。人気が有り日本人観光客もたくさんいた。何もこんなところで田んぼを見なくても日本各地にいくらでもあるだろうに、と思うだろう。だが異国で、それも赤道の南の熱帯地方で見るとまた格別だ。なんとも言えない懐かしいような不思議な感慨がある。

谷底から丁寧に山を巻く様に段々にある。畦もキチンとあり農民が歩いて上がっていく。田を囲む林が熱帯雨林ということと田のあちこちの間に椰子の木がすらっと伸びているのが熱帯らしさ。とは言えやはり田んぼは田んぼだ。涼風のなかビールで昼食をいただいた。

バリ島の7割はヒンドゥー教。残りは仏教、イスラム教、キリスト教など。ヒンドゥー教はジャワ島がイスラム教に占領されて逃げて集まったという。ヒンドゥー教はアニミズムの源流を残している様に感じる。自然を畏敬するスピリチュアルな感性が色濃い。

ヒンドゥーの古代遺跡。山や川。住居跡などに石の移籍が残る。村には必ず一軒づつ石の門がある。狭いヤツ。その門を通ると石とレンガの衝立てがある。悪魔は通れない。

ヒンドゥーの神は異形である。人と象や鳥との合体形。なんか爆発力がある。ヘビや虫や気持ち悪さ。人の性も露骨。悪魔の異形もどこかユーモラス。バカッパワーを感じる。大らかでかつ突き抜けている。スピリチュアル性。

蒸し暑い熱帯雨林のいたるところに存在する生命。暑苦しいその息吹を受けながら生きる。やがて夕闇が訪れ暗闇に夜空から透明な神々が降りおりてくる。星たちの強い煌めき。人は獣たちと精霊たちとそして神々に包まれて生きている。



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2012年03月16日

心のつくり方 ランダムメモ

デザインする。そのためには、いまを分解してみる。

言葉の分解。ひっくり返し。階段をんだいか。部屋はヤヘ。頭、またあ。まだめ。けのみか。かなお。

さらに言葉をつくる。エペセペ。シュワジベチカ。ポコンチポコンチ。ばちょふばちょふ。ぐいーん。ぐわっ。タリルレタリルレタリルレ。

呼吸。最初に口をすぼめて少しづつ吐く。長く吐く。最後に吐ききり丹田を引き締める。吸うのは自然に任せる。鼻から吸う。

声を出す。強く思いっきり瞬間的に吐く。ハッ! 力一杯全身を瞬間的に絞って吐く。ハッ! 肛門を締めて丹田にチカラを込める。ハッ! そして口を開けて、オーッと大声で長く響かせる。出来るだけ大きな声。可能な限り長く出し切る。

リズム。ドンチャカチャカチャカチャカチャカチャドン。繰り返す。

さらにドン、チャッ、チャッ、。ドン、チャッ、チャッ。を繰り返す。身体を乗せる。足でリズムを刻む。できたら箸などでどこかを叩く。夢中でやる。

拡散。拡げる。心を解き放つ。空中に気持ちを放り投げる。投げる動作と大声で吐ききる。イメージ。海辺。山頂。大海。大空。空中遊泳。宇宙遊泳。宇宙の旅。

収斂。集中。一点へ。ヘソ舌三本指輪の点。身体の表と背中の真ん中。丹田。コア。そこへ宇宙から、大海から、山頂から帰る。収束していく。していくイメージ。つもり。思考実験。

パワー。フォースのチカラ。宇宙神。生命源流。それと共にある。超能力。すべては連関する。起きることは意味がある。苦しみも悲しみもすべては歓びに変わる。素晴らしい。

生命。宇宙。心はその意識。その表現。身体はその受信装置。その体現化。身体に宇宙がある。すごい。



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2012年03月15日

大きな思想、小さな技術、中庸の生き方

いまは時代の転換期。誰の目にも明らか。

転換期に必要なモノ。哲学、技術、元気なバカ。あるいは人。

帝国日本が1945年に敗北すると、日本と世界は全面的に変化を起こした。軍事と他国占領思想から、経済競争へと転換した。宇宙や海やヒマラヤや密林など未知への挑戦。科学的思考方法。スピード、効率、便利、豊か、その象徴としてお金。

しかし自然収奪形、非自然的パワーやエネルギー、脱自然的環境、人工都市といった反自然界の人間社会は行き詰まった。

宇宙の始元的エネルギーの人工利用の破綻。原子力エネルギーによる人間破壊。DNA操作による生命始元への操作。その破綻。宇宙と生命の原理と真理を解き明かさんとして、単純にそれを金儲けの科学技術として失敗した。人間破壊。

さて、では転換期に求められるモノ。大きな思想。自然と人間の共生。いや大いなる自然の偉大さを本当に心から畏敬すること。知るとは何か。人と宇宙のパラドックス。

哲学とはアリストテレスやカントやヘーゲルなどの思想を学ぶことでは無い。哲学とは自分の生き方をデザインすること。自分の理念とビジョンを身体に染み込ませることだ。どう生きるか。これを組み立てる。言葉化しておく。哲学とは美しい生き方を求めること。とは内山節の言葉。哲学の冒険。

哲学をデザインして身につける。次に必要なこと。技術。その哲学を実行するためには技術を身につける。言葉を形に落とす。モノを作る。自然に学ぶ。先達に教えを乞う。

中庸という在り方。高い目標を掲げよう。するといつも問題にぶつかる。矛盾に逢着する。このとき必要なこと。溜め。受け止め力。間合い。そして問題を熟成させ発酵させる。



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2012年03月12日

3・11と走ることについて

東日本大震災、あれから1年たった。あの時間に有楽町の街中の人が黙祷した。道端に立って。鐘の音が鳴り続く。朝日新聞社の震災パネルを見に行った。

埼玉でマラソン。

パルシステム埼玉の坂本美春さんに呼びかけられて、さいたまシティマラソンに参加した。ハーフマラソンである。あの川口さんも参加している。レベルがまるで違うが。

なぜ走るか。これは酒をいつまでも美味しく飲みたいからが本音。走ると血液の循環が良くなり血管が浄化される。汗が出るのもいい。排熱である。さらに心をコントロールする。キツすぎない、楽すぎない。楽しく走る。すると幸せになる。幸せだと思う力がつく。なんとか制限時間内に入った。2時間31分が公式記録だった。坂本さんはそれよりも2分も早かったと聞いた。GPSの田村君が途中で伴奏してくれた。がはぐれて見えなくなった。

素敵だったのは、視力障碍者の女性と伴奏者の中年男性。おそらく制限時間内の完走ペースで走っていると思われるが、キツかったらスピードを落とそうとか、道路からいま畑が見えたとか、梅の花が咲いていると声をかけながら走っていたことだ。すごい。うれしくなった。僕もまたもう一人の僕に声かけながら走る。

その後に日比谷公園に行った。ピースオンアース。

メインステージに多くの人が釘付けになって溢れていた。噴水正面のパルシステムブースでは元気鍋を出していた。その行列が長い。ほかにもテントの出店がずっと続いて壮観だった。一軒づつ覗くと面白かった。アジアアフリカなどの民芸品。有機食品。イベント情報などなど。

日比谷公園での集会が変わったなと思った。40年前の1970年前後の全共闘の集会もいいときは色んなヘルメットとチラシなどでにぎわった。でも政府批判か他党派批判だった。絶叫が反響していた。そして大衆操作主義と内ゲバの論理。疑心暗鬼と政治主義。もうたくさんだと思った。トラウマ。

だが、いまは食物や雑貨などが所狭しと並べられる。銭湯の絵描きもいた。仮設住宅に富士山の絵を送ろうと。暮らしと向き合い、被災者と共感し、脱原発の再生エネルギーへの手作りの挑戦を行う。デモもスピーチもする。だが根本的に変わったのは、敵を作るのではなく、未来を作る。寛容で暖かく、しかし楽しくおもしろく。そして文化性や芸能性が高い。写真、映像、音楽、農、食、それらエモーショナルな連帯こそ共生の社会を創造する。



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2012年03月07日

放射能について

毒性評価をする場合にどの様な被害を生物に与えるかが問題となる。

今の農薬の毒性評価は主に魚毒性によっている。メダカが何匹死ぬか。しかしメダカに被害が少なくても昆虫に被害の有るものも多い。昆虫の神経に影響を与える神経毒性。例えばネオニコチノイド。これは魚毒性はほぼ無いといわれているが昆虫の神経毒性が問題となる。ヨーロッパで禁止している国がある。この場合、使う側というより販売側に立つと無害性を強調したくなる。しかし無害な農薬とは悪い冗談。なお、被害を受けるのは自然環境と微生物、小動物などである。そしてそれに近接する農民である。いやだな。農が好きな人ならわかると思う。困る。排除したい。

さて、放射能の被害をどう評価するか。今までの知見では外部被曝と内部被曝がある。外部被曝はピカドン。ピカは強烈な熱線と放射線。原爆は直接にこれでまず生きていられない。さらにドン。猛烈な爆風。すべてを破壊する。そして被爆後に残る強力な残留放射能。これで外部被曝する。細胞の直接な破壊。ものすごい高エネルギー放射線被曝。ほぼ死ぬ。高いエネルギー放射線は極めて危険。福島第一原発事故現場。作業員の恐れ。

これに対して低レベル被曝。これが問題。じつは低レベル被曝は人類がウランの発見と核分裂に手を染めてから始まった。かのキューリー夫人もこれでやられた。細胞の遺伝子を傷つけてガン化させる。

アメリカは核製造大国。多くの犠牲者がいる。なにしろ鉱山労働者がまず被曝する。そしてプルトニウム製造に携わる人たちが被曝する。つまり平時でも被曝者はたくさんいる。核の平和利用。多くの放射能汚染。

さらに核実験。大量の放射能大気汚染。そして原発。別に事故を起こさなくても核分裂をして放射能汚染を起こしている。ただ格納してそのとき外部にできるだけ出さないようにしているつもり。汚染物質は大量に製造される。どうするか。

被曝については、さらに劣化ウラン彈がある。戦車をまるでブリキのように穴をあけて貫通するあの砲弾。これがイラク戦争で大量に使用された。その後放置された。子どもたちが被曝した。あちこちでゴロゴロ転がっているという。危険極まりない。米軍兵士も被曝した。多くの兵士が苦しんでいる。

放射能はα波線とβ線とγ線がある。α線は飛距離というか届く距離が短い。そのため紙一枚あれば遮蔽できる。しかしガンマ線は遠くまで届く。放射能汚染物質のこの性質はガンマ線は外部被曝でやられる。しかし放射能汚染物質を体内に取り込んでしまうとα線もガンマ線も体内で出し続けられて被曝する。被曝し続ける。この場合、外部被曝の放射線量で問題がないといわれても困る。この被曝の事例が大量に存在する。肥田舜太郎医師と鎌仲ひとみ監督の対談を読むとそれがわかる。

放射能汚染への態度。たいしたことが無い、あまり気にするなという「楽天主義」と非常に怖がる「神経質」な対応がぶれる場合が多い。事実はどうなのか、それを知りたい。知らせたい。被害者の立場で考えたい。



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2012年03月01日

関東の雪 常識の逆転

いつも3月に関東は雪になる。暖かくなりだしてからぶり返す。春前の寒気が襲う。

空の雨が雪になる。水は気体になって空に舞い上がり雨となり雪となる。すべての物質が温度によって態様を変化させる。それも相転移と呼ばれるある点でダイナミックな変化を起こす。なぜ温度によって態様を変化させるか。これは分子運動と熱エネルギーによって説明される。エントロピーの法則で。

またクリティカルマスとは、その相転移のエネルギーや量の規模を言う。一定のエネルギーや規模によって相転移が起こる、その転換点での規模である。これを流通業界では規模を追えば有る一定点で自動的に変移が起こるとして規模を目指す経営が起きたことが昔はある。しかしこれは目的と目標を混同したもの。エネルギーの質を無視したもの。ただ規模拡大とするのは、むしろ質が劣化する。相転移は起こらない。

さて、水の分子は熱、そして運動エネルギーで形を変える。個々の関係性を変化させる。それが人に見えるのが水蒸気であり水であり氷である。雪は氷の空中結晶。全部違う形。一つとして同じ物は無い。条件は同じでも運動量が違う。空気も違う。結晶核も異なる。それが目に見える。美しい。

さて、目に見える雪に思う。

空を舞う雪。一つはひとつ。ひとつづつ孤独に舞っている。しかし全体として、多く振る。振り乱れる。雪が舞う。一つひとつが空を舞って、一瞬ののちに落下し溶けて無くなる。無くなったように見える。儚い。はかない。虚しくうつる。孤独。

ところが雪は雪であって雪ではない。それは水の分子でり氷である。氷は多勢の水分子の運動と共にある。そしてそれはやがて水に戻り海へとつながる。海はやがて水蒸気となって空を舞う。それがまた雪となって舞い降りる。

人はどこから来てどこにいくのか。僕たちは孤独か。ひとりで舞っている。雪がふる。



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2012年02月08日

宗教について 五木寛之「親鸞」を読む

五木寛之の親鸞がおもしろい。激動編。親鸞が越後に遠流の刑になってからの物語。その周辺の人物像の造形。生き生きとした庶民的語り。こ難しい宗教論よりよほどリアルに宗教の原理が伝わる。昔、村に来た紙芝居屋さんのようだ。登場人物になりきれる。漫画の源流。映画のシーン。

さて、ではそこに描かれる宗教とは何か。

それは乱世の世界。貧しく弱く病者や乞食、売春婦など底辺の世界。河原に生きる流れ者の世界。そこに降りていく。そして里山の世界。物語。

それは自己との葛藤。真理の探求。そう真理とは何か。生きることの意味を考えること。僕たちは何処からきて何処にいくのか。なぜ死ぬか。死とは何か。

一人ひとりその意味は違うと思う。だから真理は一人ひとりに有る。その肉体、その心。そしてそれを取り巻く人びと。家族。友人。地域。社会、自然。その複雑なネットワークの中心に人はいる。その豊穣の海に生きている。その豊かさを感じること。それとも海は孤独な断絶の暗黒と映るか。その違い。同じ現象をまるで違う受け止め方。心のありよう。それは人の心の動きにある。身体の中に有る。

宗教はいつも原始的であらねばならない。単純でわかり易くある。ただし頭脳ではなく肉体的感情的で有ること。原始脳によるもの。激情的にある。

そして協同とは何か。

自分と他者の真のつながりを意識すること。他者の痛み、苦しみ、哀しみを感ずる。しかしどうすることもできないこと。その痛みを抱える。それに進んで近づいていく。

無力さと非力。抗うこと。一歩づつ歩む。泥の中でもがく。少しづつ手探りで進む。やがて朝が来る。神殺しの現代。失ったのは神だろうか。



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2012年02月06日

腸と免疫について

腸がおもしろい。腸は内部の外部。身体を一本の筒だと考えるとイメージがわく。多細胞生物で最初に器官ができるのは空腸生物。言わば筒だ。これに神経ができて運動中枢神経系が発達していく。

この腸は植物でいうと根っこである。栄養の吸収口。植物が根っこで栄養を吸収する時はバクテリアと共生して活動する。同様に腸内でバクテリアを生存させて共生して活動している。つまりバクテリアの住みやすい環境を作り共存する。それも小腸と大腸では異なる菌をかっている。菌を育成する。適度な水分や酸。そして繊維質などの食料。ヒトはすべての栄養を消化管で吸収する。胃から肛門まで。各部位でバクテリアの種類と出す消化液が異なる。人体が栄養とはいえ外部のモノを内部化する接点がこの腸である。そのため常に人体への影響を監視する免疫系が集中している。約6割とが言われる。おもしろいのはどうやら腸内細菌を識別し有害菌を死滅させ有用菌を育成しているそうだ。

脳腸相関。腸は脳が苦しむと異常をおこす。心が病むと腸にくる。極度のストレスは腸捻転などの障害を引き起こす。従って常に心を平常に保ち極度の怒りや悲しみや苦しみを制御することが必要。そうでないと免疫系が破綻する。

脳腸相関は腸が主導することも多い。腸の状態がいいと元気になる。もっと単純には腸がカラになると空腹指令が脳にでる。腹減ったと思う。腸からの指令。

その腸の細菌では植物乳酸菌が大切だ。乳酸菌というとすぐヨーグルトを思い浮かべる。あれは動物性乳酸菌。どこが違うか。乳酸菌とは糖を分解して乳酸をつくる性質の菌。いろんな種類がある。かつ菌叢をつくる。複雑な各種の菌の集団。環境によって複雑な変化をする。それがミルクなどの動物性の糖に住んでいるモノを動物性乳酸菌という。植物で住むのが植物性乳酸菌。ミルクなどの糖と違い植物に住むものは強いという。過酷な環境下でも生きる。

植物乳酸菌の代表が味噌、醤油、漬物だ。日本人の食べ物の代表。

1960年代と比較して大腸ガンが9倍に増えたという。その主な要因が食生活の変化とストレスの増加だと言われる。要は腸の問題。

ガンを減らすためには腸が大切だ。植物乳酸菌を大量に摂る。食物繊維をいただく。そして明るく元気になる。これだな。

さて、では腸の状態がいいかどうかを毎日調べる方法がある。うんこだ。糞。これがバナナ状でかつ浮くのが望ましい。良いうんこを作ること。免疫力。人生は深い。デゥイ・マサンバさん。セネガル出身。祝いの歌



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2012年01月26日

超能力について

超能力について書く。

なにか自分を守る大きな力がついている。不思議なパワーが包んでいる。どんな状況になっても決して絶望することはない。そのかわりいつも試練を与えられる。とくに目先の自己利益を追求しだすとダメだ。自分だけが得すること。自分は自分はと人と比較すること。地位や金に執着すること。苦労を避けること。楽したいと思うこと。欲望を満足させたい。・・・こういう心を操縦する。根性無しの自分を見つめる。いかんなと思う。大いなる神々は自然と共にある。宇宙はある真理で動いている。

その大いなる真理は必ず一人ひとりに貫かれている。みんな生かされている。それを体得すること。夜明け前がいい。薄光のさす前。未明。

人を羨まない。嫉妬しない。他人のせいにしない。愚痴をこぼさない。愚痴や他人への批判は運をなくす。主体を喪失する。神が離れる。愚痴や批判は言われる側にまわる。全部自分のせいだと思うこと。自分こそが自分の人生の主人公だ。いつも物語を生きること。その自分を主人公としたドラマは様々な艱難辛苦や事件事故に遭遇し苦労や苦しみが絶えず襲ってくる。そして様々な罠、邪悪な攻撃、甘い誘惑、そして恐怖が襲ってくる。とくに恐怖こそ最大の試練。

恐れる。怖がる。病気。死ぬこと。貧乏になること。なにもなくなること。例えば、漆黒の夜に大海に一人で漂うこと。暗い地下深く一人で閉じ込められること。ガンで末期と言われること。絶望的状況。死への恐怖。孤独の絶望。

そのとき試される。自分に神が住み着いていることを。スーパーハイパワー。超能力。超楽天性。絶対に諦めない。自分なら必ず状況を変えられる。すべては試練だ。おもしろい。根拠の無い確信。信念。これだな。これを絶えず身につけること。そのためにいつもこうはなりたくないと避けることを、避けないこと。悲惨な現場にいること。いやなことに向かうこと。それを楽しむ。リズム。頑強さ。タフさ。ハイパワー。バカになりきる。ぐはははは。



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2012年01月13日

面白がり力

生命のパラドックス。

環境が厳しいと生命も頑張る。快適だと弱る。歩かない、走らない生活。車や電車やエスカレーター、エレベーターばっかり使って楽していると脚が弱る。寒いときに厚着と防寒を徹底し暖房に頼ると身体の温め機能が低下する。力仕事をしないと直ぐ弱る。当たり前。

だから身体を訓練しなるべく薄着で冷たい水を浴びる。するといつも身体がほかほかしている。気持ちいい。

さて、身体は訓練し鍛えることは当たり前だが、もう一つ訓練することがある。心。気持ちの持ち方。これが重要。なぜなら身体の各種細胞は神経系でつながり脳にくる。この脳が問題となる。

例えば、極度の怒りや悲しみや嫉妬や苦しみは脳にくる。すると神経系でその興奮が各種細胞に伝達される。よくあるのが試験前に下痢をしたりお腹が痛くなる症状。もっとひどくなると十二指腸潰瘍となる。あるいは極度のストレスが突発性難聴を引き起こす。耳が自分の表面的意思とは無関係に聞こえなくなる。ありいは耳鳴りがひどくなる。こうした症状はすべて単なる肉体病状ではない。神経系の異常。というか心の極度のストレスから正常に反応したもの。これだけハッキリと関連が判る例はまだいい。恐るべくはそこまでいかずに内臓器に疾患を徐々に溜めている場合である。注意する。

では、こうしたストレスや感情をどうするか。これが訓練しなければならない。心の持ち方。嫌なことを見つめる。何で嫌なのか。自分の車が無い。BMWなんか乗っている人を見てうらやましがる。違う。自分の体がポルシェだ。体ひとつで走る。エスカレーターは使わない。階段がある。長い階段ほど得をする。事件事故が起きる。何でか。なぜおきるか。それは必ずいまの自分たちのレベルを超えたからおきている。そこを格闘する。体がイカれる。面白い。天が試している。嫌なこと、つらいことを楽しむ。他人のせいにしたがるひとがいる。不思議だ。すると事を起こし人に影響させることができるのはその他人だと言うことになる。違う。人生の主人公は常に自分。だからすべては自分の問題なのだ。だから楽しむ。

道端で雪かきをしているおじさんがいる。誰も見ていないのにゴミを拾うおばさんがいる。それは何のためか。自分のためなのだ。人に褒められようとか評価されたいとかではない。自分が道を整理し美しくしたいから。だから自分で気分がいい。そのことを厭わないだけでなく楽しい。うれしい。

寒い早朝をちんたら走る。ゆっくり自分の身体と対話しながら走る。楽すぎない、苦しすぎない。こうして寒い朝に走れるなんてうれしい。幸せな気分。ぐはははは。



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2012年01月11日

宇宙がいまおもしろい

宇宙の観測技術がここ20年位で飛躍的に進歩した。そのために今まで見えなかった遠くの銀河や星たち、分からなかったものが分かってきた。見えてきた。

例えば光学望遠鏡の進化。分光技術。星の光を集光し、スリットで分けて投影し焼き付けて解析する。これにより波長別に色分けできる。可視光線だと短かいものは紫色、長いものは赤色に見える。光も要は電磁波。その波長によって分析できる。

光のドップラー効果。光も波のために音波のドップラー効果と同じく変移する。観測者に対して遠ざかるものは波長が長く、近づくものは短く見える。遠ざかるものは赤く見える。赤方偏移。これを使い星の距離と運動を測る。

これを観測して宇宙には我々以外の銀河があること、そしてそれが相互に遠ざかっていることを発見したのはエドウン・ハッブルである。赤方偏移の発見による。

さて、こうした観測技術が飛躍的に進歩すると何が起きるか。光学レンズの精度と共に、それを解析するコンピューターのレベルが上がった。そのことで、徹夜で熟練した観測者が眼を凝らして数ある星々たちを調べ尽くしたことは昔となった。今はコンピューターで一瞬に分類して超新星爆発も簡単に発見することが可能となった。そして電波望遠鏡。電波観測衛星などなど。こうして100億光年先まで見ることができる。すると100億年の昔の宇宙が見える。

計算もコンピューター技術で難しい高度計算が可能となった。シュミレーションもリアルだ。次第に真の宇宙の姿が見え始めてきた。すると悩ましい問題に覆われてくる。

宇宙は膨張し続け、しかも次第に加速しているという。本来、星々の質量があると膨張が次第に引き合う重力で減速して、やがて収縮すると計算されてきた。膨張が観測されなかった時代には、かのアインシュタインですら宇宙方程式に宇宙項という斥力を挿入し定常宇宙を導き出した。λ項という。ところがじつは銀河同士は加速しながらさらに膨張し続ける。この未知のエネルギーをどう解釈するか。ダークエネルギー、暗黒エネルギーの存在。

それと銀河の観測でも奇異な事実が判る。銀河の回転。これは太陽系のように重力により中心点と回転する星の質量と回転スピードが規則的になっている。近くは早く、遠くは相対的に角運動が遅い。ところが銀河の回転は違う。まるで見えている星の質量の信じられない倍率の質量が隠されているかのように回転する。その質量がなければその回転も無い。暗黒物質の存在。ダークマター。

さらに真空と思われてきた宇宙空間はエネルギーの宝庫で物質が生成と消滅を繰り返していると仮定されている。まさに仏教用語の「空」だ。無でも有でもない。

アインシュタインの時空の概念が、ニュートンの宇宙観をひっくり返した。光の速度の絶対化によって。ところが今度は光より早く進む物質が見つかったかもしれないと言う。するとアインシュタイン宇宙観も怪しくなる。

いま世界は大転換期にある。だいたいこれまでの歴史を見ると、大転換期は科学観の転換も同時に進む。いよいよ面白くなってきた。生き方が問われる。



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2011年12月26日

嫌なこと 自分の弱さを眺める

何が嫌かと聞かれたら、考えこむ。

人と比較されること。貶されることはもちろん褒められても落ちつかない。素直じゃないのかもしれない。高校時代に授業が単なる大学受験目的になって、とにかく合格のための技術と順化して嫌になった。要は競争社会。そのモチベーションは自分が生き残るため。人を蹴落とす。能力といっても真のチカラではない。できるだけ卑怯者になる訓練。自分さえよければいい。そんな風に受験勉強を嫌悪した。その心の滓が残っている。

弱さは他にも有る。人を楽しまそうとするあまり、嫌なことを言えない。どうしても嫌なことを言わなければならない場合、かえって酷く傷つけるように話してしまう。キチンと向き直れない。この弱さ。

これを考えてみると誰にでも好かれたい、あるいは嫌われたくない心理がある。よくいえばみんなが幸せになって欲しい、楽しく暮らして欲しいと思っている。自分が幸せになりたい、豊かになりたいと思っているから。そして全国各地でいろんな人に会う。あるいは仕事仲間と共に働く。しかしどんなにがんばっても身体はひとつ。思うままにならない。あっちもこっちも行きたい。だがままならない。

村上春樹が井戸を深堀することを書く。世界の拡がり。人びととの深い結びつき。これは多勢の人と交わることでは無い。深堀して暗い地下に降りていくこと。その深い暗い穴の底に暖かなつながりの世界が拡がっているという。それを知らなければならない。

苦手な物事。いやなタイプの人。おもしろくもないこと。これを考えると自分のワガママや自分勝手が見えてくる。それを治せない。それを眺めて楽しむこと。ひと呼吸おく。一間おく。ゆったりと受け止める。素直に悪びれず行動する。付け刃でカッコウつけてもバレる。誠実にありたい。できるか。



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2011年12月21日

不思議な経験

人生ではいくつか不思議な体験をすることがある。この間、沖縄へ向かう飛行機の中でそれはおきた。ぼんやりと窓から外を見ていた。ちょうど種子島の辺りだろうか。薄い雲がかかり下方に海かすかに見える。白い波だろうか点のように散らばっていた。

ふと変な感覚がしてよく目を凝らすと何かが下方で動いている。よく見ると太陽が反射して赤く見えている。その太陽と重なるように飛行機の影が映っている。へーと思った。美しい。それが移動していく。飛行機の移動とともに。滑るように動いていく。

そのうち雲間に出る。海が広がる。すると、何かわからない青い霧のようなものが、その海面に映る飛行機と太陽の影を中心点にして、沸き立つように拡がっていく。光の巨大な輪と中心に飛行機と。自分の乗った飛行機。その影。そして光。湧き立つ青い光の輪。揺らぎながら霧の輪になり、そして放射状に光線が放たれる。

痺れるように見ていた。目が離せない。突然、背中の方から感動が襲ってきた。涙が流れる。感謝。宇宙。

ダークマターとダークエネルギー。宇宙項。人間原理。美しい生き方。そして不思議な運命。ありがとう。本当に感謝しています。



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2011年12月15日

幸わせに生きること

幸せとはなにか

健康、お金、安寧である。

健康とは多少の障がいはあるも元気に活動できる身体と心を持っていること。この場合、心の持ち方が大事だ。どこか壊れていても平気。辛いことや苦しいことも平気。どんな艱難辛苦も楽しみながら生きる。その瞬間瞬間を愉しむ。

お金は有るといい。お金の儲け方は人に役立つこと。人のためになること。他人が困っていることや苦しんでいることを救う。あるいは他人が豊かになることに手助けすること。まずお金を出してあげること。パラドックス。自分のことしか考えないか儲けようとすると、入らない。あるいはそれで儲けると金の奴隷になる。パラドックス。

安寧。安寧は何も起こらないことではない。天変地異が起こる。天下大乱。事件事故がおきる。そういう時代。そこに立ち向かい楽しみながら生きる。

さて、それではそれをどうしたら獲得出来るか。自然と人間を深く理解すること。自分の中に眠る自然力。自分の中の世界。その宇宙。これを自覚出来るか。近代科学がことごとく間違った健康や心理学。自然認識。これを逆転させ得るか。

例えば、食。豊かとは何か。世界中からいろんなモノを集めて高級といわれるシェフの料理が豊かか。まるで違う。粗食と生の植物性食事。発酵食品。地元の野菜。

運動。筋肉を無理やり鍛えることか。違う。身体を壊す。毎日、ちょびっとづつ身体を使う。横着しない。料理も掃除も運び物も自分でやる。仕事もなるべく身体を使う。階段。歩く。山坂を小走りする。

心を訓練する。人と比較しない。恨まない。人のせいにしない。なぜなら人生の主人公は自分。全ては自分の物語。美しく生きる。生きたい。未来を怖がらず何も無くても焦らない。丈夫なカラダとバカになれる心があればいける。そしてかけがいのない仲間たち。愛する人びと。豊かで愉しい旅。



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2011年12月08日

もしガンが見つかったと医者に宣告されたら

人間、60歳前後になると、なんかしらガタがくる。そういうときに往々にして身体の異常が見つかる。とみに最近の医療技術は調査や分析が細密化している。だから昔は知らないですんだことが、早期発見とばかりに些細な異常が見つかる。一旦、医者に宣告されたらもういけない。一気に病人らしくなり、そしてクスリ漬け。アウト。

では、どうするか。

医者に頼ったらいけない。自分の方針を持つこと。自分のことは自分が責任を持って解決する。

自己方針

免疫力を強化しガンと共存する。免疫力強化方針。食。腸を意識する。腸こそ血液浄化と弱アルカリ性の拠点。あるいは木の根。バクテリア共存域。野菜、果物、五穀。ウンコを毎日調べて立派な糞に育てる。

運動。軽くしかし楽過ぎない。横着はいかん。無理もダメ。楽しく負荷をかけて汗が滲む程度。階段が一番いい。呼吸に気をつけ深く吐きながらリズミカルにカラダを心地良く動かす。

気持ち。心。すべての嫌なこと、苦しみ、悲しみを楽しむ。愉しがる。面白がるつもり。全ては人生の必然。神が与えたもう試練だ。楽しさの倍する苦しさが降りかかってくる。しかしそれを楽しむ。火事、地震、遭難、沈没、墜落、親しい人の事故。事業の事故。などなど。透明な心で楽しみながら立ち向かう。おもしろい。

免疫は、環境との対話。細胞は神経と血液などで生きている。食と運動は血液や物質に働きかける。心の持ち方は神経経路に働きかける。心が崩れて負けたら神経は細胞に負の働きかけをしていく。60兆個の細胞。少々の異常は当然だ。



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2011年12月07日

走ること この素晴らしさ

今年の那覇マラソンは身体が重かった。7kmまで比嘉君と走った。比嘉君は太っているが良く走る。ちんたらマラソン。最後尾辺りで二人でチンタラチンタラと声を出しながらゆっくり足踏みするように行く。吐く呼吸と身体のリズムを大切にする。歩くスピードより遅いぐらい。

1時間も行くと身体が暖まる。調子が出たら少しほんの少しだけスピードを上げる。見てても分からないくらい。

シロウトが長く走るためには、無理せず身体がキツイと感じないレベルで、かつ楽しすぎない感じで走る。この感覚を大切にする。決して競争しないこと。自分のスピードを大切にする。あと意識を丹田と肛門に置き締める。丹田を意識して脚を動かす。坂もなにも同じ調子で進み苦しくなる少し手前でスピードを落とす。苦しくはしない。無理はしない。

那覇はまるで夏のような晴天。太陽がギラギラと照らす。救急車が何度も行き来した。AEDも使ったようだ。無理は禁物。

ほんの数十年前にここで戦争があった。鉄の暴風と呼ばれる艦砲射撃と空襲で雨あられと爆弾が落とされ機銃掃射を受けながら人びとが逃げ惑ったという。そして味方のはずの日本軍に追いたてられて摩文仁の丘から断崖を飛び降り自殺させられた。捕虜にさせない為に。このサトウキビ畑には死体が無数に転がっていた。戦後もしばらく死体が放置されていたという。その悲鳴と苦痛。残忍な殺人者の群れ。サトウキビ畑。

カンカン照りの畑の丘を、そのダラダラ坂を重い身体をひきづるように走る。なにも思わず考えず呼吸と痛み出す部分に意識を向けて。走る。

中間地点として平和祈念公園がある。このレリーフは味方だけでなく敵も外国人も判明したすべての犠牲者を刻んである。祈り。身体で祈ろう。



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2011年12月01日

技術と人間 芸術

BMW技術を考える。



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2011年11月29日

第21回BMW技術全国交流会 IN 博多

バクテリア(B)ミネラル(M)ウォーター(w)による技術。BMW技術。この全国交流会が博多のニューオータニ博多で開催された。300名の参加。

挨拶に立った前理事長生田喜和さん。昨年、20年を迎え今年は成人の第一歩、次の20年への歩み出し。そのためにこの10月に一般社団法人と法人化した。東日本大災害と原発事故で地域再生と資源循環のこの技術への社会的役割が高まった。これに応えて新たな若手に世代交代した。

その新理事長伊藤幸蔵さん。



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2011年10月26日

佐渡の甚蔵おじやん逝去

甚蔵おじやんが亡くなった。今年の盆に病院に見舞いに行ってきた。ベットで何か言いたそうにしていたが、すでに栄養チューブがつながれ話せなかった。目は何か訴えていた。手にはグローブが嵌められていたのでチューブを取りたかったのかも知れない。

甚蔵おじやんはお母やんを大切にしていた。お母やんは若い時に土木工事で事故にあった。半身が不自由になった。おじやんは家事をこなしお母やんも元気になった。不自由ではあったが。

甚蔵家は僕の母の実家だ。母の父はうちの爺さんの姉を後妻にもらい母をうちに養子に出した。ややこしいが要は母は三才のときに養子で今の八平家に来た。このときの甚蔵家跡継ぎが今のおじやんとなる。

僕が小さいときは良く遊びに行った。泊まると小遣いをくれた。同年の準坊ちゃんと遊んだ。夏休みになると一ヶ月くらい田舎にくる。それで甚蔵家にいた。一緒によく遊んだ。

甚蔵おじやんが元気だった去年。伝統芸能祭で文弥人形を仲間たちと見に行った。終了とともに帰りの船に間に合うよう大急ぎで会場を出ようとしたら、いた。出口におじやんが立っていた。声をかけたら、お前に会いにきた。元気そうで良かったと先に言われた。

昔、郵便局に勤めていた。定年以降田んぼも丁寧に続けていた。キチンと管理するそのやり方は野浦の村では評判だった。

今年の正月も年始に行くと酒をすすめられた。元気だが昨年から田んぼをやめたという。機械の事故を親類が心配した。

そういえば親父が亡くなったのも田んぼをやめて数年だった。甚蔵おじやんは90を超えたと思うが。



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2011年10月24日

イタリアは精神病院が無い

躁鬱病や統合失調症が増えている。日本ではいまや4人に一人がなんらかの精神障害を抱えているという。これはどうしてか。

藤田鉱一郎先生である。あの寄生虫学者。凄いぞ。

この問題を個人と社会のあり方から解いていく。社会は個人がバラバラにされて競争し傷つき傷つけやすい関係性となっていること。専門医が誤った対処療法によって余計にダメにしていることを明らかにしている。

さて、個人について。生命の成り立ちからはじめ人間の仕組みを解明する。

バイオフィルム。細菌の集合体。下水の滑り。あるいは岩肌に着いた地衣類。一定規模に各種の細菌や苔類、藻類が集まるとまるで一つの多細胞生命体かのようになるという。水路が出来て物質代謝が行われる。協同生命体。このとき細菌間でやり取りされる情報伝達物質がセロトニン。そうあの脳内物質である。

多細胞生命体の動物に最初にできる器官が腸だという。その腸には様々なバクテリアが共生している。このバクテリアがセロトニンを産出しそれを情報伝達に使っているという。そしてそれが多細胞生命体で器官を動かす。人間でもセロトニンのほとんどを腸で作っている。腸内細菌を活用して。

腸しかない動物。腔腸動物。彼らの司令塔は腸である。つまり腸が脳の役割を果たしている。ヒトはどうか。ヒトの脳内物質は体内で自力で合成できない。セロトニンは腸のなかで細菌から引き継ぐ。ドーパーミンの前駆体も腸で作られているという。従って腸内細菌が大事だ。いかに活性化させるか。これが精神障害へきわめて有効だということ。脳内物質の製造を握っている。それからヒトは、頭が考えて身体が反応していると思っている。頭が先だと。それも間違ってはいないがじつは胃袋と腸が空になると指令が出る。腹が減ったぞと。すると頭が反応して腹が減ったとなる。可笑しいから笑うというが、じつは笑うと可笑しくなる。

さて、イタリアだ。イタリアのトリエステ県の県立精神病院のフランコ・バザーリア院長だ。彼が精神病院を解体し地域密着型の精神保健センターを作った。1973年に「民主的精神医学」という組織を立上げ、精神保健に関係する全ての職種の人を集め一大大衆運動を展開し精神病院の廃止を法律化した。そして精神病院は解体された。地域が人々の心の悩みを包んでいく。総合的にフォローする。

この流れがヨーロッパ全体に広がっているという。

こころと身体の免疫と健康。これを考えると本当に奥が深い。



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2011年10月19日

もう一人の自分 神々と生きる

もしできるなら、夜半にふと目醒めたい

南西向きの部屋なら天空に透明な月が見えるだろう

やや肌寒い薄青の空間が自分を無限に放ってくれる

できるなら、優しいこころを解き放ち愚かな自分をそっとみつめる

ひとは自分を離脱してもうひとりの自分を見ることができる

月とともに

さて自分とはなにものだろうか

静かに横たわったこの小柄な小太りの狸のような人体だろうか

それとも浮遊する変な意識だろうか

僕たちは不思議な身体に使われている

無意識という強力な操作性の虜にされてあがいている

原始の欲望をそれとして意識できずに暗い絶望の淵にたたずんでいる

人体には無限の宇宙がある

体内には人しれず無限の生命が蠢いている

とりわけ腸の中に住む神々たちが僕たちを操っている

ミクロとマクロ

細胞と細菌たち、分子と宇宙

繊細な神経とその伝達物質が僕たちを地獄と天国へと誘っていく

そう自分はどこからきてどこへいこうというのか

もう一人の自分を見る

多元宇宙を感じること

静止した天空の無限の時間を止めて

青白い透明な月とともある

南方のはるかな島の道端に佇む黒い蜥蜴が

こんなにもおおくの言葉を紡ぎだしてくれるのだ



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2011年10月18日

里海について

里海という言葉は、里山から類推した軽い言葉かと思っていた。しかしシンポジウムで報告された柳哲雄先生(九州大学応用力学研究所所長)の開発した言葉で、しかもその理由を知ってはじめてそうかとわかった。

里海は豊かだ。これは里海に人の手が加わえることで生物層が豊かになり生物生産性が高まるという。柳先生が発表した。直ぐ反論があった。生物多様性は人の手が加わらない方がいいと。余計なことをしない。人間が関与しない方が豊かになると。

だが、実際に生物相を調査してみるとじつは伝統的漁法の中に豊かにする方法が見出された。例えばアマモの壺苅り。海中のアマモをそのままに生やしておくよりも所々刈り取った方が小魚は増える。産卵も多くなる。アマモだけがビッシリと密植されていると他の生物は明らかに減る。これを極相と呼ぶ。極相にしない。そう言えば昔、佐渡の漁村では海掃除が村人総出でおこなわれていた。そして刈り取った藻を使ったような気がする。堆肥などに。これは記憶がぼけているが。里海は山と連携する。

石干見というのがある。海岸の浅瀬に石を積む。池の様に囲う。一片は開けておきそこから海水と魚が自由に出入りする。いしひみと呼ぶ伝統漁法。石組みに藻が生える。小魚が逃げ込み、それを追い大型の魚も来る。生物相が豊かになるという。この石干見が沖縄に残る。研究者が調べたら日本各地にもあった。いや韓国にもインドネシアにもあった。という訳でじつはスペインやアフリカなど世界各地にあった。石干見サミットがおこなわれた。人の賢明なる自然活用。

柳先生はいま瀬戸内海の深刻な海藻枯渇を調査している、対策を任されている。漁民たちは下水処理が進みすぎて貧弱化したという。川からの栄養も減った。ところが調査をしてみると川からの栄養よりも海の中の生物相の多様性がチッソやリンの循環を豊かにしていることが分った。海の中の生物多様性それ自体が栄養を豊富化するということが分析で分った。

里海の偉大さを現代の研究者が科学的データで証明する。このことは近代農水産業が大量生産大量消費で破壊してきたことを、見直すことにほかならない。自然との共生、人間が自然の恵みをいただくという思想。これは決して観念的な頭の上だけの理念ではない。伝統文化に育まれてきた英知のなのである。里海と里山。そして村。

国連大学高等研究所のあん・まくどなるど氏が語った。日本の漁村を小型自動車や自転車で回った。漁村は閉鎖的ではなかった。むしろ開かれていた。見知らぬ外国人を平気で受け入れてくれた。日本の里海を守っていきたい。感動した。そして話をしてみて分った。国連の世界農業遺産。今回の能登と佐渡が認定された。この仕掛けをしたのが彼女だった。いま能登半島で里海を守る活動で苦労されている。



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2011年09月30日

放射能検査と基準について

食品の放射能汚染が問題である。福島県東京電力第一原発事故で原爆の数十倍もの放射性物質を大量に空気中や海に撒き散らした。世界に撒き散らした。そこでさまざまなものが汚染された。そのなかでも食品の汚染が問題である。

国は暫定基準値を制定している。事故による農地の汚染や農作物の被害。これの流通規制値である。食品の流通規制である。よく間違うのだが、これは消費者への安全規制値ではない。これ以下なら安全などと言ってない。出荷の規制値である。小売の規制値である。これ以上は食品として国が出荷や流通を認めないということだ。これに違反すれば罰する。すると当然、生産物を規制されるのだから、損害賠償の対象になる。明確だ。生産者もこれは分かる。ところがこの基準値が高い。暫定と言いながら規制値が高すぎるのだ。

生産者にとって一見、この緩い基準値は有利に見える。出荷出来るものが多くなるからだ。基準値が甘い方が得する感じがする。これが落とし穴だ。そんな高いものを誰が食べるか。そうしてみんなが警戒する。その甘い基準の食品が出回ることで、問題の少ないものと区別がつかなくなる。そうなると大ぐくりの生産地域の警戒の話になる。福島県、そしてその周辺県、EUのように12都県、いや東日本だ、いやいや日本全体でしょう。もっといえば韓国南部も、更に中国遼東半島などとなっている。心配だ。どんどん拡げる。当然だ。

ここで問われるのは、出荷規制酢値をもっと引き下げることである。そしてそれは国が本来はやることだ。これは生産者への徹底によって一切出回らなくすることだ。この間、圃場における土壌汚染からの農産物への移染実態が分かってきている。土壌汚染のほぼ一割程度が農産物に移染されると考えられる。もちろん栽培種や個体差はある。しかしザックリと土壌汚染を測定すればほぼ収穫物の数値は想定可能になる。だから、規制値を見直すことと連動して、一定の汚染レベルの以上の圃場で農産物をつくらせないこと。いわば被曝地の国家管理。その徹底。そしてその補償。と除染活動に補償金を出す。日本は、農水省は作らせないことで保証金を今までも出してきた。減反政策。これを被曝した農地管理に適用したい。きめ細かい圃場の汚染数値の計測と公表、そこでの生産規制、出荷制限、流通禁止。そして補償と除染活動への補助金支給。そうすることで汚染農産物の流通を排除する。徹底する。

しかしそのためにどうするか。

各消費者団体や生協が自主基準を話し合う。政府が動かないならパルシステムが動く。生産者ときめ細かく検査を実施し基準をさげて排除していく。その動きのなかで各団体が連携して大きなうねりにする。そして政府を動かす。

問題は、測定だ。検査機器によって計測数値にブレが大きい。かつ低線量を測れない機器でNDなどといっても意味が無い。ここも充分注意したい。そんなもので測って数値を公表しても誤解を生みかねない。数値だけを公表してあとは消費者まかせというのも危うい。結局、問題が消費者の自己判断だとなりかねない。それは確かに自己責任の部分はある。だが、今とわれているのは国や行政がしっかりと安全を確保するために確かな措置を採ることである。



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2011年09月28日

大災害時における人間 樋口貞三先生

樋口貞三先生(異常態フードシステム研究所)

東日本大災害の時に日本人が献身的で自己犠牲をかえりみない行動を、あちこちでとったことが世界で称賛されている。感動をあたえている。

ところがどうやらこれは日本人がだけではないらしい。じつは大災害時に、あるいは大きな危機に陥った時の普通の人たちがとる行動だというのだ。世界中で見られるという。

Solnit,「災害のユートピア:なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか」亜紀書房、2010年 altruism(利他行為)「共助」

インドネシア大地震と大津波の時も自分の安全よりまわりの人のことを瞬間的に考え行動してしまう。と言うかあまり考えてなく反応して夢中で動く。じつはほとんどの人が人のために行動し、人の被害を我がことのように受けとめる。そして自己犠牲をいとわず実行する。これが世界中で見られるという。最近の研究結果だと樋口貞三先生は語る。

逆に直ぐ怯え逃げ出し、あるいは固まる人もいる。自分だけは助かりたい。恐怖に打ち震える。なんで自分がこんな目にあわなければいけないのだ。なんて運が悪い。不幸だ。昔はよかった。他人が羨ましい。妬ましい。これをエリートパニックと言うらしい。そのため自分だけはと身を固め蓄財し備蓄し頑丈な家と災害対策に走る。これだけやれば安心と。しかしいざとなると震えて怯える。動けない。遣られる。elite panic(富裕層のエゴイズムが事態を悪化させる:災害社会学用語)

なぜか。

じつは良い人とか悪い人とか、臆病な人とか勇敢な人とかがあらかじめ有るわけではない。自分は勇敢だと思っていても、その時になると裸足でわめいて逃げる。人を押しのけて逃げる。知ったことか。

こればっかりは分からない。だが、じつは誰にも臆病と勇敢が混在している。その時の人間関係や社会的状況が決める。とくに母は強い。愛は強い。育てる。

備蓄について。

家庭備蓄を考えよう。じつは昔はみんなやっていた。干したもの。干物。魚、海藻、大根など。漬物。さらに里山、里海。いざというときお金は役に立たない。蒔き、燃料。雨水。その濾し方。火の使い方。

恐怖の克服。

出たとこ勝負。なんとかなる精神。楽天的。危機を楽しむ。逆境で生き生きする。面白がる。さあ、動こう。走ろうよ。ゆっくりと。



nobu23 at 08:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年09月16日

考えていること そのための本

いま考えていること そのための著者

<哲学と宗教>時代の転換

内山節、稲盛和夫、梅原猛、橋爪大三郎、中沢新一、五木寛之、瀬戸内寂聴、河合隼雄

一神教、多神教、アニミズム、仏教、山獄信仰、修験者

<身体性>カラダとココロで考える

成瀬雅春、内田樹、村上春樹、安保徹、多田富雄、帯津敬三、武田惣角、植芝盛平、金哲彦、苫米地英人、養老猛司

呼吸法、歩行の地域性、ジョキング、エンドルフィン、修験者、ヨガ、お経、免疫

<食と農>健康とはなにか

東条百合子、辰巳芳子、幕内秀夫、福岡伸一、今治市安井孝、宇根豊、椎名盛男、福岡正信

粗食、細胞の死と生、うんこ、全体食、玄米、発酵、細菌共生

<生命 宇宙>神秘の探求

ブライアン・グリーン、松岡正剛、マーギュルス、アインシュタイン、立花隆、フリーマンダイソン、

入れ子構造、時間、空、エントロピー、ブラックホール、ミトコンドリア、多元宇宙

<経済>暮らしの回転

水野和夫、浜矩子、中野剛志、副島隆彦、内橋克人、宇沢弘文、マルクス、賀川豊彦、小泉武夫

金融資本主義、実体経済と金融、グローバルとローカル、ローカルマネー、貨幣と通貨、疎外、仏神性、温かいお金、協同、共生経済、情報、価値論

<エネルギーシフト>原発、化石燃料からの脱却

飯田哲也、広瀬隆、石橋克彦

マルチタスク、自給、人力、自然科学、ネイチャーサイエンス

こうしてメモしてみると、名前がなかなか出てこない。老人ボケの始まり。困ったもんだ。しかしこれらをじっくり読み込んで整理したいと思っている。



nobu23 at 06:49|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2011年09月13日

福島県飯館村の真実 長谷川健一さんの証言

日本はこれほど危険で恐ろしい国だったか。すごい話を聞いた。大げさでは無い。

とにかく住民に知らせない。情報を操作する。ウソをつく。住民の安否も被害もまったく放置してかえりみない。ましてや職業はもとより家屋敷や田畑、山を捨てなければならなくなっても補償もしない。酪農をやめざるを得ず、村を離れ仮設住宅に住み職も無くて、いままでにもらった保証金はなんと130万円のみ。50頭の牛も畜舎もトラクターも家も全部使えない。それでどうやって暮らしをたてるか。

飯館村の前田地区の酪農家長谷川健一さんの証言だ。シータスアンドゼネラルプレスの藤井さんの企画である。生々しい真実が農家の言葉で率直に語られる。

畑にいると大きな揺れが起こった。長い。次第に揺れが大きくなるとともに地割れが出来て怖くなった。家に戻ると家自体は壊れてはいなかったが屋根瓦が落ちていた。すぐ部落を訪問して回った。自分は地区長だ。村民が大丈夫か心配だった。停電で酪農設備が止まる。自家発電で動かした。仲間の酪農家にも貸した。

問題は原発事故だ。3月14日に3号機の爆発。原発事故について多くのジャーナリストから話を聞いた。これは大変だと15日に地区住民を集会所に集めた。外へ出るな。マスクを着用しろ。玄関で服を脱いで外に置け。すぐ風呂場で身体を洗え。放射能の恐怖。しかし政府も県もだれも教えない。しかしあとで分った。集会のときが一番放射能の濃度が濃かった。現地に入ったジャーナリストが測っていた。100μSVを振り切った。新聞発表の数倍。行政の担当官にも聞いた。45μsvだ。高い。ところが担当官は誰にも言わないでくれといった。SPEEDIの計測とシュミレーションも隠された。原発事故直後から風は西北だ。「たんこぶ」と私は呼んだ。警戒区域を越えた40km地点の飯館村がこぶのように突き出て濃い濃度となっている。

子ども達を避難させろ。できるだけ若い者も退避させろと話して回った。村長と対立した。御用学者の山下俊一長崎大学教授がやってきて心配要らない。安全だと講演した。その翌日4月11日に計画的避難区域の指定だ。政府はウソをつき御用学者で撹乱する。しかし住民はその間も被曝し続けている。特に子ども達だ。娘はもう結婚できないのかという。そして子どもを産めないと。広島、長崎の差別が、その烙印が福島におきる。飯館村は差別される。20年後のチェルノブイリを見た。恐ろしい。飯館村はその数倍も放射能が計測されている。マスコミも何度言ってもカットされる。真実を伝えない。

飯館村は町村合併に与せず、までいなライフを培ってきた。丁寧ななどという方言だ。日本一美しい村という表彰をされた。村人は村を誇りに思いそのブランドを育ててきた。それが原発で一転した。

6月11日仲間の酪農家が自死した。壁に「原発さえなければ」と書いてあった。7歳と5歳の息子がいる。もっとも恐れていたこと。悔しい。

自分は本当のことを知ってもらいたい。いろいろ叩かれている。しかし絶対に負けない。大勢の人に伝えたい。長谷川健一さん。酪農家。よくぞ語ってくれた。

昨年、安穏朝市の仲間と共に飯館村に行った。修験者の村。山に登った。遠くまで阿武隈山系を望んだ。ついこの間。それが遠い昔に感じられる。悪夢だ。しかし負けない。できることをやる。



nobu23 at 06:38|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2011年09月11日

中澤満正さんにお見舞い

驚いた。目が光っている。顔の血色も悪くない。不思議な人。

あと持っても三ヶ月だと言われたと話す。思い残すことは無い。8月に自分の会社を清算した。その手続きを終えた。女房も面倒を見た親族をおくり肩の荷をおろした。遺産などが入り彼女の心配は無くなった。あとは本をもう一冊出したい。もうペンも握れないしパソコンも苦痛だ。だから仲間に口述筆記のライターを頼んだ。これは二週間もあれば出来る。これをやりたい。

昨年までは医者いらずで、ここ5年くらい人間ドッグもかかっていない。それが春先に腹が痛くなり、だんだんひどくなった。この4ヶ月は飯が喉を通らず筋肉が極端におちた。すると疲れやすくだるく寝てばかりいるようになる。だが講演などの仕事は続けた。行き帰りがしんどかったが、話をするときはむしろ冴えた。頭は鋭くなった。全然シンドイとは思わなかった。しかし終わると本当に疲れて何もする気が無かった。以前はなんとも思わなかったが、電車の優先席は大事だ。若者が譲らず携帯を見てると本当に腹がたつ。頭にくる。

自分は大腸癌だと思い長期入院を覚悟した。だからそれまでにいろんなことを片付けたかった。そしてそれは全てやった。

ところが医者に見てもらったら膵臓癌だという。これはだめだ。少しは知っている。膵臓癌は駄目だ。医者にどのくらい持つか率直に聞いた。あともって3ヶ月だという。ならば、やりたいことをやる。口述筆記で本を出したい。

痛みはいまは無い。強力な痛み止めを使っている。どうせ余命が短いならば痛みは御免蒙る。手術もひどい延命治療もしない。

なんでそんなに自分のことを淡々と話すかって、自分でも不思議なくらい冷静なんだ。嘘じゃない。

この病状を隠さない。みんなに話してもらって結構だ。お見舞いも遠慮しなくていい。大歓迎だ。獄中接見と同んなじ。病院はつまらない。きてくれたら嬉しい。疲れないかって、大丈夫だ。むしろ元気になる。

一週間くらいで退院し自宅で療養する。同じことだ。自分は人の数倍は生きた。とくに30台40台は数時間しか寝なかった。みんな信じないが本当なのだ。ぜんぜん平気だった。おもしろかった。思い残すことはない。

いろいろあるが期待してるぞ。またな。

中澤満正さん。パルシステムの創業者のひとり。侍だ。あるいはヤクザの大親分の風格。痩せて小柄になったが、眼光は鋭い。時代に最後の戦いを挑む。

ブログ掲載のために写真を撮らせていただいた。

早朝軽く走っていたら、晩夏の蝉が鳴いていた。思わず胸が熱くなり風景がぼやけた。



nobu23 at 07:22|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2011年09月09日

生と死について

東條百合子さんの食と身体の本を読んでいると、繰り返し生かされているという言葉がでてくる。自分の身体の細胞も神経も生きている。その細胞や神経によって自分が生かされている。しかし絶えずその細胞や神経が壊れる、あるいは死滅する。不思議だが細胞は自ら死ぬためにスイッチを入れる。神経も骨も毛も同じ。60兆個もの細胞が毎日それぞれ死んでは生まれている。不思議だ。身体は中学生頃までは成長して、それ以降は出来上がった身体にエネルギーだけを取り込むのかと思っていた。車のように。

一部、部品が壊れたら修理するように。それが違う。

身体はこの60兆個もの細胞の生死の織り成すドラマだったのである。という。すごい。

そしてその細胞、筋肉、血管、神経、骨、毛などを造る原料が食べ物だ。食べ物は生命を形作る。食べ物は別の生命の細胞だ。これをいただく。生命を殺し生命を形作る。いのちの連鎖。

さて、身体のこの生死のドラマを自ら見ることが可能か。

無理だ。というか見ることは難しい。だが細胞の死は分かる。皮膚の垢。髪の毛。爪。うんこ。おしっこ。汗など。細胞の死体は排出される。違和感なく。毎日。それで細胞の生成は分かるか。難しい。

意識して身体を観察する。外形的な変化は必ず見つかる。これを見分ける。デザインを確かめる。筋肉が衰弱してきているな。鍛えよう。

だがもっといい方法がある。軽く走る。階段をゆっくり登る。体操をする。



nobu23 at 07:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年09月08日

マイナスの感情の扱い方

マイナスの感情。自分がまるでダメで、いい加減で、能力の無いヤツだと落ち込む。整理整頓ができず散らかってしまう部屋を見て嫌になる。他人がキチンとしていて優れていると思い、それに比べて自分は虚勢を張っているが全然できないと思ってしまう。そして落込み、いやな気分になる。あるいは、他人がうらやましくなる。嫉妬する。妬む。腹立つ。呪ってやろうか。

この感情はなぜおきるか。

今朝軽く走っていると、道路を大きな声で携帯で話して歩いている女性がいた。回りが見えないのだろう。感情的に大声で罵っている。この相手が悪い、相手が憎い。何度言えばいいのと。

これは誰にでもおこること。では、どうするか。他人と比較しない。競争しない。自分は自分だ。あるいは離脱する。バカになる。腹の立つ相手に対しては、なぜ自分がこんなに感情的になるか自分のことを考える。だって相手と喧嘩しても相手も迷惑だろう。ムダなことだ。それだけでは無い。傷つけあうだけ。若いときはどうにもならない感情を胸に激しく罵り傷つけあったものだ。激するとぶち殺してやるなどと怖い言葉も出てくる。暴力的破壊的衝動。しかし年齢を積重ねるとそれ自体がおかしくなる。変に冷静になってくる。

マイナス感情は、欲望と煩悩の表れだ。これはこれで大切にする。全ての情動を押さえ込んだらウツになる。気のやり場が無くなる。

そうではなく感情を楽しむ。激情を引出し、それに乗る。パワーを使いこなす。それにはすべてを楽しむこと。といつも思ってはいる。



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2011年09月01日

年齢について

普通、年齢というと誕生日から数える。まっ、これは当たり前。しかし50歳過ぎるとバラつく。同じ年齢とは見えない。初老の疲れた男か半病人となるか、まだまだイケるか差がでてくる。これはどうしてか。

若いということはカラダが若いことと考える。年ではない。カラダが柔らかいとは、筋肉が柔軟で関節が良く回ること。体力があることと考える。するとこれは身体を伸ばし柔軟体操を良くすればいいということになる。そのとおりだ。毎日、無理せず習慣にしていく。身体を折り曲げ伸ばし捻じる。このとき呼吸と共にやること。

体力が落ちる。50歳過ぎると劇的に落ちる。惰性で元気に生きられるのは40台まで。これを過ぎたら意図的に身体を使う必要がある。この明確な意志をもった日常をさりげない習慣としていくこと。このときイヤだなあと思ってはいけない。嫌なことを我慢してヤってはいけない。そんなことをしたらカラダがヘソを曲げる。かえって劣化する。例えば、毎日、階段を使うとする。長い階段を見たらワクワクしてなんてラッキーなんだと思い込むこと。嬉しい。楽しい。

階段は決してハアハアと息を切らして登らない。ユックリと一歩一歩呼吸と共に登っていく。富士山までを想像すると7階なんて直ぐだ。ちょろい。

じつはこれがバカにならない。毎日続けているとある日カラダが軽く感じられる。足が変わっていく。自分の身体は正直だ。他人の評価なんかいらない。問題じゃない。自分の身体こそ自分であって自分ではない。いかにこの他人のような身体と向き合うか。ここだな。

軽く走る。一日一回は軽く汗をかく。汗を吹き出させて水はけのいい身体にしたい。毒を排出したい。クスリを引き出したい。いいクスリを身体自身が持っている。それを使う。これは運動して血液を激しく循環しないと出てこない。

疲れやすくなったら身体をもっと使うこと。筋肉を鍛えて関節を動かして呼吸を変化させていこう。それも無理なく楽しみながら。

夏はこうしたカラダ使いに最適だ。



nobu23 at 06:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)