前記の 「歯科助手の女」 の後は少し間が空き、次は2000年の5月下旬、土日に立て続けに2人の女と逢った。日曜に逢った女とは珍しくHなことはせず、その後も友達関係が続いたのだが、土曜に逢った女とは例によって “おイタ” をしてしまった...
歳は一つ上の当時25歳、川越に住み、松下電器の工場で事務の派遣社員をやっている女だった。とても自由奔放な性格で、なんと既婚男性と不倫をしていた 逢う前ので、ボクなりの倫理観からそのことをかなり咎めた気がする。ボクもそんなこと言えるような立場では全然なかったんだけど... それでも泰然自若な彼女にはそんな声もどこ吹く風だった。「人前でキスとか平気で出来るよ」 なんてことも言っていた。

彼女はボクと逢う前に新宿で友達と用事があり、ボクらは池袋で18時頃逢った。彼女はベージュのサマーセーターに黒のスカートという 割とコンサバな格好で現れた。160cmくらいで中肉、それまで逢ってきた5〜6人の中で最もスタイルが良く、顔も一番の美人だった。ボクの心は嫌でも躍った

軽く挨拶を交わした後、ボクらはサンシャインへ向かった。細かくはもう憶えていないが、ハンズ脇のエスカレーターから地下に潜り、アルパ地下街にあるイタ飯屋で酒とイタリアンを食らった気がする

飯が終わり、ボクらはサンシャイン60内を散策した。ナンジャタウンはまたも閉館間際だった為断念し、そばにある書店に入った。各々勝手に立ち読みなどしつつ、ボクは彼女に 「どこでもキス出来るんだよね…?」 と水を向け、彼女とキスをした

そこからボクのスイッチが入ってしまい、ボクらはビルの外に出て、テラスでイチャイチャをした。時間は21時半頃だっただろうか。テラスにはカップルが点在し同じようにイチャイチャしていた。彼女と再びキスをし、ボクは彼女の胸をまさぐった。でDカップと聞いていた胸は決して 「巨乳」 ではなかったけれど、程良くボリュームがあった。

抑えが利かなくなったボクは 「今夜泊まろうよ」 と言い出した。彼女は帰りたがっていたようだったが、子どものように駄々をこね、無理むり彼女を西口のラブホ街まで連れていった。首都圏に住む方なら分かるだろうが、サンシャインから西口のラブホ街は結構距離がある(マピオンによると1.3km)。2人でゆっくり歩いて30分は掛かる道のりだ。彼女はとても疲れた様子で、「池袋大橋」 で線路を跨いで下り階段に差し掛かった時、突然 「わっ」 と叫んだ。あまりの疲れで、下り階段を見下ろした時に幻が見えたと言うのだ。その出来事だけは、8年以上経った今でも何故かハッキリと憶えている。その時のボクは、“冷静な方” の頭で 「俺は何をやっているんだろう...申し訳ないな...」 と思ったのだろうか。それでも “冷静じゃない方” の頭が、どうしても へと歩を進めたがっていた...。

顔もスタイルも綺麗だった彼女は、裸もやっぱり色白でとても綺麗だった。ボクも上気していたのか、初めてゴムを着けずにSEX してしまう程だった。しかし疲れの為か、イクことはついぞや出来ずに終わってしまった。

疲れ果てていた彼女は、事が済むとサッサと寝てしまった ボクは例によって寝つけず、人妻の時と同じように有線の邦楽チャート番組を聴きながらベッドに横になっていた。そんなボクも明け方頃、いつしか眠りに落ちた

朝になると、彼女は 「書道の教室があるの」 と言い、6時半くらいには起きてしまった。彼女を一人で帰してに残ることも出来たのだろうが、それでは淋しいと思ったのか、ボクも一緒に帰ることにした。駅までの歩きも内でも、彼女は素っ気なかった。ボクの最寄り駅に着き、別れ際にキスしようとしたら 「ごめんそういう気分じゃないの」 と断られてしまった。そんな言動が物語るように、離れた後の彼女は逢う前と一変して素っ気なくなった ワケも分からずで 「どうして?」 と問い詰めると、

思い出すと苦しくて、メールも続けられません。ごめんなさい

と返事が返ってきた。最初なんで苦しいのかよく分からなかったが、不倫関係にある 「彼」 への罪悪感からだろうと、少し経ってからようやく理解が出来た。ボクの頭にはやっぱりどこかで 「不倫は遊びに決まっている」 という固定観念があったのだろうが、たとえ不倫でも 彼女はきっと 心から彼のことを愛していたのだろう...。

絆が深まる前からHなことをすると、必ず切れる』 この教訓を初めて自覚したのはこの時だった。こうしてボクはまた一人、“友達” を失ってしまった...。

綺麗な人だったこともあり、この時のデートは今でも “良き思い出” として胸に残っている。その倍ぐらいの切なさと共に...。