untitledこのホテルは、僕がこれまで泊まったホテルのなかでは確かに指折りのものだった。なによりもデザインが優れている。

建物の概観は、周囲の荒涼たる山々の風景と調和し融け込むように工夫され、屋内は細部に至るまで一分の隙もなく、洗練された優雅な感覚に満ちている。このホテルを設計した人は余程の優れ者だ。

とりわけ僕が気に入ったのはロビーのデザインだ。吹き抜け構造の一辺が巨大なガラス窓となっていて、それを透かして向こうに群青色のプール、さらにその向こうの谷間にベルベル人の廃村が見える趣向となっている。うっかりすると嫌味にもなりかねないこの演出を、センスの良さでキチッとまとめている。これには脱帽だ。

僕の客室は小ぢんまりした部屋だったが、心安らぐ落ち着いた色調で、眼下に川、その向こうにベルベル人の廃村が一望出来る。まるでタメルザの観光地の全てを一人占めにした気分だ。

こんな居心地よいホテルなら外に出ないで過ごすに限る。午後のほとんどの時間をプール・サイドで過ごした。水泳パンツ一丁でパラソルの日蔭に寝そべる。まわりに二、三組の客が居るが、話し声ひとつ聞こえない静けさだ。

スースで見付けたボードレール詩集「悪の華」を読む。
 
かの国に行かまほし
大きな編毛よ
うねりつつ
われをし運べ
人も樹も生々(せいせい)の気に満ちながら
炎暑に堪えてめくるめく
激しき国へ!

ベルベル人の廃村のスケッチもした。

ギラギラの陽光の下に曝された彼らの廃屋は、ベルベル人の痛ましい運命を象徴しているように思えた。その時、ふっと僕の頭に疑問が湧いた。

「なに故にこの村は廃村となりしや? ここに住むベルベルは何処に消えし?」
 だいたい、これはいつ頃の遺跡なんだァ?

「地球の歩き方」を失い、英語本案内書も読まない僕は、こんなことも考えずにベルベルの廃村をスケッチしている。これは恥ずべきことだ。そう思ったら落ち着かなくなった。

僕の横を通りかかったボーイを呼びとめ、その疑問を質したが彼は何も知らなかった。そこで僕はプールバーのボーイのところへ行き、同じことを尋ねた。そうしたら彼が、「廃村になったのは1969年」と言った。
 「1969年? そんな最近のこと? それがどうしてこれほどひどい廃墟になってしまったんですか?」

 このボーイは英語があまり得意でないらしく、どう答えてよいか暫らく口ごもっていたがやっとひと言、「Wet」(ウェット)と言った。

 「ウェット?(湿った?)」、「地面が湿ってマラリアでも発生したんですか?」

どうしても分らないから、もう一人のボーイをつかまえた。そのボーイの返事、今度は「Rain」(雨)だった。

 「え、レイン(雨)? 雨が降って泥の壁が崩れてしまったの?」

【つづく】